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マイボーム腺関連ドライアイの治療

2023年3月31日 金曜日

マイボーム腺関連ドライアイの治療TreatmentofMeibomianGland-relatedDryEye鈴木智*はじめにマイボーム腺は,上下眼瞼の瞼板内に存在する独立皮脂腺であり,正常では眼瞼縁で粘膜皮膚移行部のすぐ皮膚側に開口し,脂質を分泌している(マイボーム腺分泌脂をCmeibumとよぶ).Meibumは,涙液の最表層にある油層を形成し,涙液の蒸発抑制,涙液の表面張力の低下,瞬目の潤滑化,光学的に平滑な表面の形成,といった良好な視機能を維持するための重要な役割を果たしている.涙液の安定性の維持に重要なマイボーム腺に異常が生じると,涙液が不安定化し眼表面に異常が生じ,結果として視機能に影響することもある.マイボーム腺機能不全(meibomianCglandCdysfunc-tion:MGD)という用語は,臨床的にはC1980年にCKorbとCHenriquezにより「マイボーム腺開口部の閉塞によってCmeibumの分泌が低下し,ドライアイ,コンタクトレンズ不耐症を生じるマイボーム腺の機能障害」として最初に報告された1).以降,蒸発亢進型ドライアイの原因としてCMGDの認知度が上がり,日本ではC2010年に「さまざまな原因によってマイボーム腺の機能が瀰漫性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う」と定義された2).MGDの有病率は欧米人よりはアジア人に多く,また加齢に伴い増加する3).一方,ドライアイの有病率もアジア人に多く,男性よりは女性に多く,加齢に伴い増加する4).すなわち,日本では,MGDとドライアイの両方を有している高齢者が多いと推測される.しかし,MGDとドライアイは完全にオーバーラップしている疾患ではなく,とくに角膜の点状表層角膜症(super.cialCpunctateCkeratopathy:SPK)の原因が常にドライアイとは限らない.MGDは,分泌減少型と分泌増加型の大きく二つに分類されるが,日本人は分泌減少型のなかでも閉塞性MGDが多く,meibumの質的・量的異常と開口部の閉塞を特徴とする.この閉塞性CMGDは,さらに,マイボーム腺開口部周囲の発赤・腫脹などの明らかな炎症を伴う場合(マイボーム腺炎,meibomitis)(図1b)と,そういった炎症が明らかでない場合(図1a)に分類することができる5).そして,おのおのの病態に対応する眼表面の異常が存在する(図2)5).角膜に異常を認めた際,MGDの有無,そして付随する炎症の有無を確認することで,それぞれに合併する眼表面の異常かどうかを把握することが容易となり,効果的な治療を行うことが可能となる.本稿では,マイボーム腺と眼表面を一つのユニットとして捉えるCmeibomianCglandsCandCocularCsur-face(MOS)(図2)5)の考え方に基づき,治療法について解説する.CI非炎症性・閉塞性MGDに伴うドライアイの治療日常診療で,女性あるいは高齢者の炎症のない閉塞性MGDに伴う眼表面の異常を認めることは多い.このようなCMGDには,「新聞を読んでいるとすぐ眼がぼやける」というような視機能にかかわる症状を訴えることが*TomoSuzuki:地方独立行政法人京都市立病院機構京都市立病院眼科〔別刷請求先〕鈴木智:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町C1-2地方独立行政法人京都市立病院機構京都市立病院眼科C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(49)C331図1閉塞性マイボーム腺機能不全(MGD)a:非炎症性閉塞性MGD.Cb:炎症性閉塞性CMGD(マイボーム腺炎).図2MeibomianglandsandOcularSurface(MOS)閉塞性マイボーム腺機能不全は「非炎症性」と「炎症性」に分類でき,それぞれに対応する眼表面の異常が存在する.(文献C5より改変引用)ScpreScpre眼が重い眼がぼやける43ScpreScpre21100視力低下焦点が合わない44YoungElderlyMGDYoungElderlyMGD321100図3加齢,マイボーム腺機能不全に伴う自覚症状(文献C6より改変引用)YoungElderlyMGDYoungElderlyMGD図4非炎症性分泌減少型マイボーム腺機能不全(閉塞性MGD)a:マイボーム腺開口部のところどころに閉塞所見を認める.b:フルオレセイン染色で涙液の不安定性を認める.図5非炎症性分泌減少型閉塞性マイボーム腺機能不全(萎縮性MGD)a:マイボーム腺開口部が萎縮し,眼瞼縁に不整(irregularity)を認める.Cb:フルオレセイン染色で涙液蒸発亢進と角膜下方,球結膜下方に上皮障害を認める.図6マイボーム腺炎角結膜上皮症(MRKC)非フリクテン型a:マイボーム腺開口部が閉塞しその周囲に発赤・腫脹を伴っている(マイボーム腺炎).球結膜に充血を認める.b:フルオレセイン染色で角膜にCSPKを認めるが,球結膜には上皮障害を認めない.Cabc図7マイボーム腺炎角結膜上皮症(MRKC)非フリクテン型a:マイボーム腺炎,球結膜充血とともに角膜にびまん性の密な点状表層角膜症(SPK)を認める.Cb:ミノサイクリン内服治療により,マイボーム腺炎,球結膜充血は軽快したが,閉塞性マイボーム腺機能不全(MGD)とそれに伴う涙液の蒸発亢進とCSPKが残存している.Cc:閉塞性CMGDは軽度残存しているが,ドライアイ点眼治療の追加により涙液の安定性は回復しCSPKは認めない.1C

ドライアイの外科療法

2023年3月31日 金曜日

ドライアイの外科療法SurgicalTreatmentforDryEye横井則彦*はじめにドライアイ(dryeye:DE)は,開瞼維持時の涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進(瞬目摩擦の亢進)をおもなメカニズムとする疾患であり(図1),これらはともに結果として炎症を招いて,さまざまな慢性の眼不快感の原因となる.涙液が潤滑剤としての特性をもつことを考えに入れると,瞬目摩擦亢進のメカニズムは,とくに涙液減少型DE(aqueousde.cientDE:ADDE)に関与する1).DEの治療の基本は点眼治療であり,涙液層の安定性低下や瞬目摩擦の軽減に作用する点眼液が利用できるわが国においては,点眼治療の守備範囲は広く,それがDE治療において日本が世界トップを行くといえるゆえんであると思われる.しかし,点眼治療に限界のあるDEも存在し,それらにおいては涙液層の安定性の低下,あるいは瞬目摩擦亢進のメカニズムが点眼治療では対応できない程度に重症であることを意味する.そのようなDEに対して,外科療法が選択できる場合がある.本稿では,外科療法を要するDEの難症例の病態とその具体的な治療法について紹介する.I外科療法の対象となるDE外科療法の対象となるDEとして,まず重症のADDEがある.その背景として,Sjogren症候群(Sjogrensyndrome:SS),SS以外のADDE(non-SSADDE),移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD),眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP),Stevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyn-drome:SJS)をあげることができる.一般にADDEは眼表面炎症を多少なりとも伴うが,重症度としてSSまでは涙点プラグを用いた上下の涙点閉鎖術が著効する(図2).しかし,ここで強調しておきたいのは,ADDEには多少なりとも水濡れ性低下型ドライアイ(decreasedwettabilityDE:DWDE)が合併する点である.すなわち,ADDEでは涙液のクリアランスが多少なりとも悪いために,涙液中に蓄積した炎症性メディエーターが上皮表面の水濡れ性を支配する膜型ムチン(とくに,もっとも多くの糖鎖を含むMUC16)にshedding(炎症性メディエーターによって膜型ムチンがそのpro-teolyticcleavagesiteで切断され,水分子を保持する糖鎖部分を大きく失うことを意味する)を引き起こし,水濡れ性が低下する2).しかし,炎症の程度が軽度であれば,上下の涙点への涙点プラグ挿入で眼表面の水分量を増やせば,角膜上皮障害に著明な改善が得られるのが一般的である.しかし,GVHD,OCP,SJSといった重症眼表面疾患に伴うADDEは,涙点プラグ治療を行っても,予想に反して十分な角膜上皮障害の改善が得られない場合がある(図3).これはおそらく,これらのADDEでは疾患特異的な免疫炎症が強く働くために,眼表面上皮に分化障害を伴い,MUC16の発現そのものが低下して角結膜上皮表面に水分を保持しにくくなっていることがその理由として考えられる.免疫抑制薬の点眼剤をもたない日本においては,ベースライン治療とし*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(39)321図1ドライアイのコア・メカニズムドライアイの病態の鍵を握るメカニズムとして,開瞼維持時の涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進があり,これらのメカニズムがドライアイにおける眼表面の他覚所見を表現するとともに,眼不快感/視機能異常に総括されるドライアイ症状を引き起こす原因となる.(文献2より改変引用)図2Sjogren症候群に対する上下涙点プラグ挿入術の前(a)・後(b)の角膜所見Partialareabreakのケースでareabreakより軽症であるため,プラグ後,涙液メニスカス高は高くなり,角膜上皮障害は完全に消失している.図3上下涙点プラグが挿入された移植片対宿主病の涙液減少型ドライアイ涙液メニスカスが高くなっているにもかかわらず高度の角膜上皮障害が認められる.図4涙丘下線維組織充.涙点閉鎖術(横井法)局所麻酔を行い(a),ドリルで涙小管垂直部の上皮を除去(b)し,涙丘下の線維組織を切除して採取し(c),8-0吸収糸を涙点壁-線維組織-涙点壁と通して縫合し(d),さらに縫合を最低3本加え(e),涙点を完全に閉鎖する(f).図5瞼裂斑に隣接する強い角膜上皮障害のために異物感と眼痛を訴える症例術前に瞼裂斑(Ca)とそれに隣接する角膜上皮障害(Cb)を認める.瞼裂斑切除と羊膜移植を施行し,再発なく瞼裂斑は消失し(Cc),角膜上皮障害も消失している(Cd:手術C7カ月後).いる場合はCCCh手術のよい適応となり,弛緩結膜を除けば少なからず症状の改善が得られる.ただし,CChに対して手術を考慮する場合は,涙液層の破壊に対してはジクアホソルナトリウム点眼液などの点眼治療を,瞬目摩擦亢進に対してはレバミピド点眼液を低力価ステロイド点眼液(0.1%フルオロメトロンC2回/日程度)とともに,最低C1カ月は使用してみて,まったく改善が得られない場合に考慮すべきである.CVICChに対する筆者の手術(3分割切除法,横井法)(図6)CChの本体は結膜の強膜からの.離であり,結膜下組織の異常16)(膠原線維や弾性線維の変性に基づく減少や構造および機能異常,およびリンパ管拡張症)が結膜を強膜から.離させる要因になっている.とくに輪部からC3Cmmまでの結膜は本来,強膜と融合しているが,それが強膜からはずれるとたわみを生じて,弛緩結膜がTMに現れてそれを占拠したり,瞬目時に周囲組織との強い摩擦を生じるようになる.さらに,弛緩結膜の上に異所性のCTMが形成されて角膜下方における涙液層の破壊を促進する要因となる.つまり,TMに現れたCChは涙液層の安定性低下や瞬目摩擦の亢進を増幅させうる.さらに,TMを占拠した弛緩結膜は,TMにおける涙液の流れを遮断する原因となり,導涙性流涙の原因にもなる.したがって,CChの手術目標は,1)外眼角から涙点までの健常なCTMを再建すること,2)結膜下の異常な線維組織を除去して,術後の炎症を利用し,.離した結膜を強膜に癒着させて,結膜表面の起伏や可動性をなくすことに尽きる(図7).そして,忘れてはならないのは,次に述べる上輪部角結膜炎(superiorlim-bickeratoconjunctivitis:SLK)でみられるような上皮障害や結膜炎症を示していない上方の結膜弛緩や,TMにおける涙液の流れを涙点の手前でブロックしている半月ヒダや涙丘を見逃すことなく外科療法の対象とすることである.つまり,結膜弛緩の完全消失とCTMの完全再建が症状改善の鍵を握る.結膜弛緩症には単純型7,8)と円蓋部挙上型9)が存在し,後者の詳述は避けるが,術式が異なるため注意が必要である.要点は,後者は円蓋部形成を行ってからCCChに対する手術を行うことである.CVIISLKの病態SLKは上眼瞼を引き上げ下方視させて診察を行わないと,しばしば見落とすことがあるため注意が必要である.通常,上方の球結膜に充血,血管の蛇行(corkscrewsign)や直線化,および上皮障害がみられ,角膜輪部の肥厚,角膜上皮障害,あるいは糸状角膜炎を伴うこともある1).瞬目摩擦の亢進が病態の鍵を握るため,1日の終わりにかけて症状が悪化するのが一般的である.SLKにはCDEがC25%に,甲状腺疾患がC30%程度に合併するとされ,合わせて甲状腺ホルモンホルモン(T3,T4,TSH)や自己抗体CthyroidCstimulatingCantibody(TSAb),thyroidCperoxidaseCantibody(TPOAb),CTSHreceptorCantibody(TSHRAb)を調べ,これらに異常がみられたら,内分泌内科などに対診を求めることが重要である.ADDEにはCSLKが合併しやすいが,DEがなくてもCSLKは存在しうる.SLKはClidCwiper15)の後方で結膜.円蓋部を頂点とする,本来,瞬目摩擦が生じないCKessingspaceにおける瞬目摩擦の亢進が病態を形成していると考えられ1),CChのところで述べたように,上方結膜が強膜から.離していることが瞬目摩擦亢進の原因となっている.つまり,上方のCCChと考えることができる12).そのため,下方視させてCSLKの結膜領域を眼瞼越しに擦りおろすと,弛緩結膜が上方のCTMから顔を出す様子が観察される.そして,上方の弛緩結膜と眼瞼結膜との間で瞬目摩擦亢進が生じるため,眼瞼結膜にも充血や浮腫,乳頭形成がしばしば認められる.CVIIISLKの手術(Kessingspace再建術,横井法)(図8)CChと同様,SLKに対する外科治療の目標はCTenon.を含む結膜下の線維組織を切除して,はずれた上方の球結膜を強膜に炎症性に癒着させCKessingspaceを再建することに尽きる1).手術の要点としては,手術は下方視させたまま行うこと,結膜切開は輪部からC2Cmmの位置でC2時からC10時にかけて行い,弛緩の程度に応じて舟形の結膜切除を行い縫合する.オリジナルには,ロー326あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023(44)図6結膜弛緩症に対する3分割切除法(横井法)カレーシスマーカーでマーキングしてから局所麻酔を行い(Ca),マーキングに沿ってカレーシス剪刀で弧状の結膜切開を行う(Cb).続いて結膜下のCTenon.を切除し(Cc),子午線方向の結膜切開を行い(Cd),下方ブロックで弛緩程度に応じた結膜切除を行い(Ce),下方ブロックの縫合を行う(Cf).その後,耳側ブロックでも同様に弛緩程度に応じた結膜切除を行って縫合し(Cg),耳側の上下の合わせ目で弛緩程度に応じた調整の結膜切除を水平方向で行って縫合する(Ch).最後に鼻側ブロックでも同様に弛緩程度に応じた結膜切除を行って縫合し(Ci),手術を完了する(Cj).以上の結膜切除において切除ブロックと反対方向に視線を向けてもらって切除することで過剰な結膜切除を回避でき,術後の術創の離開を回避することができる.図73分割切除法(横井法)の術前(a)と術3カ月後(b)のパノラマ写真外眼角から涙点までの下方の涙液メニスカスが完全再建され,結膜表面の起伏も完全に消失している.図8上輪部角結膜炎に対する手術(Kessingspace再建術,横井法)カレーシスマーカーでマーキング(Ca)したあと,弧状の結膜切開をC10時からC2時までで行う(Cb).弧状切開部の遠位の結膜下のCTenon.を引き出して切除し(Cc),弧状切開の遠位の結膜表面にC12時の位置で弛緩程度に応じたマーキングを行い(Cd),2時(あるいはC10時)からマーキングを通るようにC10時(あるいはC2時)までの結膜切開を行う(Ce).その結果,結膜切除部は舟形となる.結膜を縫合して手術を完了する(Cf).図9上輪部角結膜炎に対する手術(Kessingspace再建術,横井法)の術前(a)および術2日後(b)リサミングリーン染色後.術C2日目にはまだ結膜の縫合糸が残存している(リサミングリーンで染色されているのがわかる)にもかかわらず,すでに輪部の肥厚や結膜上皮障害,血管の蛇行が消失しているのがわかる.C-

ドライアイの点眼療法

2023年3月31日 金曜日

ドライアイの点眼療法EyeDropTreatmentforDryEye堀裕一*はじめに2016年に改訂されたわが国におけるドライアイの定義では,ドライアイとは「涙液層の安定性の低下」が病態の中心であることが強調されている1).そのため,わが国におけるドライアイ治療の中心は「眼表面の涙液層を安定化させる」ことにあり,その観点で点眼薬が開発,発売されてきた.2019年に発表された「ドライアイ診療ガイドライン」においても,眼表面の層別治療(tearC.lmCorientedtherapy:TFOT)の重要性が強調され,ジクアホソルナトリウムやレバミピドといった涙液層を安定化させる点眼が高い推奨を得ている2).一方,世界に目を向けると,シクロスポリン点眼をはじめとする抗炎症療法がドライアイに対する点眼治療の第一選択とされている国も散見される3).本稿では,ドライアイに対する点眼療法について,TFOTや日本の「ドライアイ診療ガイドライン」に則って解説するとともに,日本以外の国で使われているドライアイ点眼についても言及する.CI眼表面の層別治療(TFOT)涙液層は,マイボーム腺からのマイバムによる油層と,水および分泌型ムチンを含む液層からなり,膜型ムチンを発現している角結膜上皮の上に薄く均一に存在することが理想とされる.これらの成分が不足していると,眼表面における涙液層の安定性が低下し,ドライアイの状態となる.TFOTは,涙液層および眼表面の不足分を補うことで涙液層の安定性を高めてドライアイを治療しようとする概念であり,日本・アジアを中心に広がっているドライアイ治療の考え方である(図1)2,4).このような概念が実現できたのも,わが国のドライアイ治療薬として,2010年にムチンや水分を増加させるジクアホソルナトリウムが,またC2012年にムチンを増加させ角結膜上皮細胞のバリア機能を向上させるレバミピドがそれぞれ上市され,層別治療な点眼を使うことができるというブレイクスルーがあったことが大きいと考える.CII眼表面の層別診断(TFOD)眼表面の層別治療(tearC.lmCorienteddiagnosis:TFOD)を成立させるためには,涙液層のどの成分が不足しているかを正しく見きわめる(診断する)必要がある.そのような考え方がCTFODである.TFODを正しく行うためには,フルオレセイン染色時の涙液層の破壊パターン(break-uppattern:BUP)から判断する方法が有用である.BUPはline,area,spot,dimple,rapidexpansion,randomのC6つのCbreakに分類されるが,この分類によって自動的に涙液層のどこに異常があるかを判断することができる.正しくCBUPを観察するためにはフルオレセイン染色の方法が重要で,理想的なフルオレセイン染色としては,1)涙液貯留量を変化させず,2)侵襲が少なく(反射性涙液分泌を起こさない),3)簡便に外来で行える方法があげられる2).「ドライアイ診*YuichiHori:東邦大学医療センター大森病院眼科〔別刷請求先〕堀裕一:〒143-8541東京都大田区大森西C6-11-1東邦大学医療センター大森病院眼科C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(33)C315【正しい方法】フルオレセイン試験紙に点眼液をC2滴たらす.試験紙をよく振って水分を十分に切る.試験紙を下眼瞼のメニスカスに軽く触れて染色する.【患者への声かけ】「目を軽く閉じてください.ぱっと眼を開けて,そのまま眼を開けたままにしてください」☆軽い閉瞼と早い開瞼を促すことが重要.表2Breakupパターンとドライアイの分類,層別異常,推奨される治療法の選択Breakupパターン(BUP)ドライアイの分類眼表面の層別異常推奨される治療法CLinebreak涙液減少型(軽度.中等度)液層ジクアホソルナトリウムヒアルロン酸人工涙液CAreabreak涙液減少型(重症)液層上皮涙点プラグCSpotbreak水濡れ性低下型表層上皮(膜型ムチン)ジクアホソルナトリウムレバミピドCDimplebreak水濡れ性低下型表層上皮(膜型ムチン)ジクアホソルナトリウムレバミピドCRapidexpansion水濡れ性低下型表層上皮(膜型ムチン)ジクアホソルナトリウムレバミピドCRandombreak蒸発亢進方油層人工涙液ヒアルロン酸ジクアホソルナトリウムに上市されており,長年広く各科で使用されてきた.眼表面も粘膜組織であるため,ドライアイ治療薬としても開発され,ムコスタ点眼液CUD2%としてC2012年に上市された11).レバミピド点眼はヒトにおいて結膜の杯細胞数を増加させることが証明されており12),涙液中への分泌型ムチン量を増加させる.「ドライアイ診療ガイドライン」では,レバミピド点眼は従来の点眼治療と比べて自覚症状,角結膜上皮障害を改善させる特徴があり,エビデンスレベルは「B(中)」で,推奨の強さは「強い:実施することを推奨する」位置づけとなった2).レバミピドは,結膜だけでなく,角膜上皮細胞に対するバリア機能保護作用が上市後のさまざまな基礎研究により明らかになっている13,14).さらにジクアホソルナトリウムと同様にレバミピドも眼表面の膜型ムチン発現を増加させることが報告されている15).レバミピド点眼も「水濡れ性低下型」ドライアイの患者に対し有用であり,CspotbreakやCdimplebreakなどのCBUPを呈する患者に対して第一選択となっている(表2).また,レバミピドには消炎効果があり,ドライアイにする抗炎症療法としての側面にも期待が寄せられており,基礎研究の結果からもとくにCSjogren症候群のような眼表面の炎症が強い患者には有効であると思われる16).また,眼表面の炎症とドライアイの自覚症状は密接に関連していると思われ,実際,ドライアイに対する長期の臨床研究の報告では,レバミピド点眼後C1年間にわたって自覚症状のスコアが改善し続けており17),一見,充血などの炎症がひどくない通常のドライアイ患者に対しても,症状を改善させる意味で抗炎症作用を有するレバミピド点眼は期待できると思われる.C3.ヒアルロン酸点眼液と人工涙液2010年代初め以降のジクアホソルナトリウムやレバミピドが上市されるまでは,ドライアイの患者に対しての点眼治療はヒアルロン酸点眼液と人工涙液,またコンドロイチンなどの角膜保護薬しか存在していなかった.そのため,長期にわたってヒアルロン酸点眼や人工涙液を使用している患者は非常に多く,長期安全性という意味では大変優れた点眼薬である.「ドライアイ診療ガイドライン」では,ヒアルロン酸点眼と人工涙液のエビデンスレベルは「B(中)」であり,推奨の強さについては,ヒアルロン酸が「強い:実施することを推奨する」であり,人工涙液が「弱い:実施することを提案する」となっている2).ジクアホソルナトリウムやレバミピドが上市されてからこれらの点眼の使用状況について,リアルワールドでの上市前後の処方の変化の比較を検討した山田の大変興味深い総説がある18).それによると,ジクアホソルナトリウムやレバミピドが上市される前(2005.2008年)の調査19)と上市後20)を比べて,人工涙液の使用割合は33.9%からC15.6%と半分以上減少しているが,ヒアルロン酸点眼液はC73.7%からC65.9%とあまり減少していなかった18).ヒアルロン酸はわが国では角結膜上皮障害治療薬としても承認されており,世界の多くの国々でドライアイの治療薬として承認されている(米国ではCOTC医薬品の扱い).日本でもC2020年にC0.1%ヒアルロン酸点眼液の一部がスイッチCOTC化しており,そのようなOTC化の流れが続く可能性はあると思われるが,山田の総説でも述べられているように,ヒアルロン酸点眼の角膜上皮の創傷治癒促進作用と涙液の安定化作用は他のドライアイ治療薬にはない独特のものであり18),これからもヒアルロン酸点眼液のニーズは続くと考えられる.CIVドライアイにおける抗炎症療法ドライアイは炎症性疾患であることは以前からいわれており,海外では免疫抑制薬であるシクロスポリン点眼がドライアイ治療薬として承認されており広く使われている.しかし,わが国では未承認となっており,実臨床では,炎症が強いドライアイ患者に対しては,シクロスポリン点眼ではなく副腎皮質ステロイド点眼をC1日C2回程度使用することが多い.ここでは,ドライアイに対する抗炎症療法について言及する.C1.副腎皮質ステロイド「ドライアイ診療ガイドライン」では,副腎皮質ステロイド点眼は従来の点眼治療と比べて自覚症状,涙液の安定性を改善させる特徴があり,エビデンスレベルは「B(中)」で,推奨の強さは「弱い:実施することを提案する」位置づけとなっている2).フルオロメトロンな318あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023(36)どの低力価のステロイド点眼をC1日C2回C1カ月程度続けると,ドライアイ患者の自覚症状が劇的に改善する場合がある.ランダム化比較試験の報告においてもステロイド点眼はドライアイ患者の自覚症状および上皮障害の改善に有効であると報告されている21).ただし,ステロイドの長期投与は眼圧上昇や,角膜感染症のリスクがあるため,実際の臨床で使用する場合は適正な使用が求められる.やはり涙液の安定性の向上の観点からは,ステロイド点眼のみよりも,なんらかの涙液安定性を向上させる点眼液(ジクアホソルナトリウム,レバミピド,ヒアルロン酸,人工涙液)と併用したほうがよいと考える.C2.シクロスポリン点眼「ドライアイ診療ガイドライン」では,シクロスポリン点眼は自覚症状,角結膜上皮障害を改善させる特徴があり,エビデンスレベルは「B(中)」であるが,わが国では未承認であるため,推奨の強さは「弱い:実施しないことを提案する」の位置づけとなっている2).しかし,世界的には,ドライアイ治療薬としてシクロスポリン点眼が有効であることは,広く認識されており,米国では,0.05%シクロスポリン点眼(Restasis,CAllergan社)がドライアイ治療薬としてC2003年に食品医薬品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA)に承認され,ヨーロッパではC0.1%シクロスポリン点眼(Ikervis,参天製薬)がC2015年に欧州医薬品庁(EuropeanCMedicinesAgency:EMA)に承認され,現在,アジアを含め世界各国で使用されている3).今後はわが国でもシクロスポリン点眼がドライアイに対する治療の選択肢の一つとして使用することができるようになることを期待する.C3.その他の抗炎症治療現在もドライアイに対する抗炎症治療について多くの研究や治験が行われている.実際に海外で上市されている抗炎症をターゲットとしたドライアイ治療薬としては,lymphocyteCfunction-associatedCantigen1(LFA-1)アンタゴニストであるCli.tegrastがあげられる).免疫グロブリン・スーパーファミリーに属する細胞間接着分子であるCintercellularCadhesionmolecule-1(ICAM-1)と,そのリガンドであるCLFA-1の結合はCT細胞の活性化に重要な役割を担っており,ドライアイと関連しているとされている22).Li.tegrastはCICAM-1のLFA-1の結合を阻害する競合的アンタゴニストであり,T細胞の遊走やサイトカインの放出を阻害する22).米国ではC5%Cli.tegrast点眼(商品名:Xiidra)がC2016年にFDAよりドライアイ治療薬として承認された.おわりに今回,2019年に発表された「ドライアイ診療ガイドライン」に沿ってドライアイの点眼療法について解説した.ガイドラインはC5年も経過すると新しいエビデンスが報告され,内容もやや古くなり,改定する必要があるといわれている.今後わが国でも抗炎症療法を含め,新しいドライアイ治療薬が上市されることが期待され,治療法も少しずつ変わっていくと予想される.しかし,ドライアイ診療の基本であるフルオレセイン染色を行ってドライアイのサブタイプ分類を行い,治療法を選択するというCTFODおよびCTFOTという理念は今後も変わらないと思われる.文献1)島﨑潤,横井則彦,渡辺仁ほか:日本のドライアイの定義と診断基準の改定(2016年度版).あたらしい眼科C34:309-313,C20172)ドライアイ研究会診療ガイドライン作成委員会:ドライアイ診療ガイドライン.日眼会誌123:489-592,C20193)堀裕一:ドライアイにおける抗炎症治療の功罪.あたらしい眼科37:667-669,C20204)YokoiCN,CGeorgievGA:TearC.lm-orientedCdiagnosisCandCtear.lm-orientedtherapyfordryeyebasedontear.lmdynamics.CInvestCOphthalmolCVisCSciC59:DES13-DES22,C20185)山口昌彦,大橋裕一:ムチンと水分を供給するジクアス点眼薬.あたらしい眼科32:935-942,C20156)MatsumotoCY,COhashiCY,CWatanabeCHCetal:E.cacyCandCsafetyCofCdiquafosolCophthalmicCsolutionCinCpatientsCwithCdryeyesyndrome:aJapanesephase2clinicaltrial.Oph-thalmologyC119:1954-1960,C20127)TakamuraCE,CTsubotaCK,CWatanabeCHCetal:ACrandom-ized,Cdouble-maskedCcomparisonCstudyCofCdiquafosolCver-susCsodiumChyaluronateCophthalmicCsolutionsCinCdryCeyeCpatients.BrJOphthalmol96:1310-1315,C20128)七條優子:培養ヒト角膜上皮細胞におけるジクアホソルナトリウムの膜結合型ムチン遺伝子の発現促進作用.あたらしい眼科28:425-429,C2011(37)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C319-

全身疾患とドライアイ

2023年3月31日 金曜日

全身疾患とドライアイSystemicDiseaseandDryEye重安千花*はじめにドライアイのなかには全身疾患に関連して発症するものがある1).「ドライアイ診療ガイドライン」においてもテーマとして取りあげられ,「ドライアイと全身疾患(糖尿病,うつ病,顔面神経麻痺,眼瞼けいれん,C型肝炎,慢性関節リウマチ,甲状腺疾患)との関係は?」というクリニカルクエスチョンに対し,文献検索がなされている2).そのなかで,免疫が関連する疾患がドライアイに罹患するリスクを上げているものの,生活習慣病とドライアイの関連は明らかではなかった.本稿では,指定難病のなかで免疫に関連した重症なドライアイをきたすSjogren症候群(Sjogrensyndrome:SS),Stevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyn-drome:SJS),眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphi-goid:OCP)を取りあげ,解説する(なおOCPは指定難病の類天疱瘡に含まれるが,眼粘膜病変のみの場合は診断基準を満たさないことが多い).すでに他科で診断を受けている場合には迷うことはないが,初診が眼科であった場合の対応についても解説する.ISjogren症候群1.疾患の概念SSは涙腺,唾液腺の分泌障害による乾燥症状を主体とし,外分泌腺の腺房細胞がリンパ球の浸潤により破壊される,自己免疫性疾患である3).患者数は約10万人(平成29年厚生労働省患者調査)と推計されているが,潜在的な患者を含めると10~30万人とも推計され,男女比は1:17と50歳代の女性に発症ピークをもつ.他の膠原病の合併のない一次性のSSと,関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの膠原病に合併する二次性SSがあり,関節リウマチの患者の約20%にSSの合併がみられると報告されている.一次性SSは病変が涙腺,唾液腺に限局する腺型と全身諸臓器に及ぶ腺外型に分類される.根治的な治療方法はなく,障害臓器への対症療法が中心となる.2.症状および身体所見外分泌腺の障害に伴うドライアイ,ドライマウスが症状の主体であることが多いが,腺外病変として関節症状,呼吸器症状,肝症状,消化管症状,腎症状,皮膚症状やその他(Raynaud現象,筋炎,末梢神経炎,血管炎,悪性リンパ腫など)を生じることがある.3.特徴的な眼所見涙腺の腺房細胞がリンパ球に破壊されることにより,涙液減少型ドライアイの所見を示す.とくに瞼裂部の結膜障害がみられることが多く,涙液減少に加え,結膜上皮下へのリンパ球の浸潤の影響も考えられている.涙液減少の進行に伴い角膜障害も下方から全面に広がり,フルオレセイン染色で染色点が融合したpatchypattern(斑状染色)(図1),糸状角膜炎を示すことがある.ま*ChikaShigeyasu:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕重安千花:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(25)307図1Sjogren症候群の前眼部所見フルオレセイン染色後(ブルーフリーフィルター)の前眼部所見.瞼裂部の結膜障害,角膜全面にCpatchypatternがみられた.表1Sjogren症候群の診断基準(厚生労働省研究班,1999年)1.生検病理組織検査で次のいずれかの陽性所見を認めることA)口唇腺組織でリンパ球浸潤がC4CmmC2当たりC1focus*以上(図2)B)涙腺組織でリンパ球浸潤がC4CmmC2当たりC1focus*以上*1focus:導管周囲にC50個以上のリンパ球浸潤2.口腔検査で次のいずれかの陽性所見を認めることA)唾液腺造影でCstageI(直径C1Cmm以下の小点状陰影)以上の異常所見B)唾液分泌量低下(ガムテストC10分間でC10Cml以下,またはサクソンテストC2分間2Cg以下)があり,かつ唾液腺シンチグラフィーにて機能低下の所見3.眼科検査で次のいずれかの陽性所見を認めることA)シルマー(Schirmer)試験でC5Cmm/5Cmin以下で,かつローズベンガルテスト(vanBijsterveldスコア)で陽性B)シルマー(Schirmer)試験でC5Cmm/5Cmin以下で,かつ蛍光色素(フルオレセイン)試験で陽性(図1)4.血清検査で次のいずれかの陽性所見を認めることA)抗CSS-A抗体陽性B)抗CSS-B抗体陽性1,2,3,4のいずれかC2項目が陽性であればCSjogren症候群と診断する.指定難病はCEULARSjogren’sSyndromeDiseaseActivityIndexによる重症度分類の重症(5点以上)を対象とする.図2Sjogren症候群の口唇腺の組織学的所見口唇腺の導管周囲に多数のリンパ球浸潤がみられた.図4Stevens-Johnson症候群の急性結膜炎図3Stevens-Johnson症候群の汎発性紅斑(前腕)広範囲に角結膜の上皮欠損がみられた.皮膚の汎発性の紅斑が全身にみられた.表2Stevens-Johnson症候群の診断基準(厚生労働省研究班)主要所見(必須)1.皮膚粘膜移行部に重篤な粘膜疹がみられる.2.皮膚の汎発性紅斑に伴い,表皮の壊死性障害に基づく水疱・びらんがみられる(図3).3.発熱がある.4.病理組織学的に,表皮の壊死性変化を認める.5.多形紅斑重症型,ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群を除外できる.副所見1.紅斑は顔面,頸部,体幹有意に全身性に分布する.2.皮膚粘膜移行部の粘膜病変を伴う.眼表面では,偽膜形成と眼表面上皮欠損のどちらかあるいは両方を伴う両眼性の急性結膜炎がみられる(図4).3.全身症状として他覚的に重症感,自覚的には倦怠感を伴う.4.自己免疫性水疱症を除外できる.副所見を考慮のうえ,主要所見全C5項目を満たした場合にCSJSと診断する.初期のみの評価でなく,全経過の評価により診断する.慢性期(発症後C1年以上経過)では眼瞼および角結膜の瘢痕化がみられる.慢性期で粘膜病変が眼瞼および角結膜の瘢痕化の場合,主要所見C4は必須ではない.指定難病は重症度分類において中等度以上を対象とする.5.SJSを疑う所見経過が重要であり,高熱や全身倦怠感に加え,時間単位で急性に進行する両眼性の結膜炎を生じる.一般的にも風邪に伴い急性結膜炎を生じることもあるので迷う症例もあるが,眼所見のみでなく,発熱に加え全身性の皮膚粘膜に重篤な紅斑・びらん・水疱が多発し粘膜疹を伴うことが必須である.ただし先述のように,眼症状が先行し,2日程度遅れて皮膚病変が生じることもあるので注意が必要である8).CIII眼類天疱瘡1.疾患の概要指定難病の類天疱瘡群は表皮基底膜部に自己抗体(IgG)が線状に沈着する表皮下水疱症であり,類天疱瘡と後天性表皮水疱症に大別される9).類天疱瘡のおもな亜型は,皮膚病変が主体の水疱性類天疱瘡(bullouspemphigoid:BP)と粘膜病変が主体の粘膜類天疱瘡(mucousmembranepemphigoid:MMP)であり,OCPはCMMPに分類される10).MMPは眼粘膜や口腔粘膜にびらん性病変を生じ高率に瘢痕形成を生じるため,以前は瘢痕性類天疱瘡とよばれた11).表皮基底膜部抗原であるCBP180(COL17),ラミニンC332などに対する自己抗体(おもにCIgG)により,粘膜病変を生じる自己免疫性水疱症である.眼粘膜病変のみの眼型CMMPはC35%程度にみられ,現時点では類天疱瘡の診断基準を満たさないことが多い.類天疱瘡群の治療は皮膚科が中心となり,ガイドラインに準じて重症度に応じて,局所および全身のステロイド治療に加え免疫抑制薬,免疫グロブリン大量静注療法,血漿交換療法などが必要になる.C2.症状および身体所見MMPはおもに眼粘膜や口腔粘膜に水疱やびらんが生じるが,咽頭や喉頭,食道,鼻腔内,外陰部,肛囲の粘膜が侵されることもある.びらんが上皮化したのちに瘢痕を残すことがある.重篤な場合は食道病変に伴う嚥下困難,喉頭病変による呼吸困難を生じることがあり,他科との連携が必須である.なお,抗ラミニンC332型MMPでは悪性腫瘍発生の相対的危険度が高いことが知られており,精査が必要である.C3.特徴的な眼所見OCPによる両眼性の結膜炎は急性のものと慢性のものがあるが,非感染性であり,また眼科手術や外傷などを契機に急性増悪するものもある.初期は両眼性の結膜炎像を示し,進行期は結膜.短縮,瞼球癒着を示し(図5),重症のドライアイや輪部機能不全に至る(図6).結膜の瘢痕化の程度によるCFosterの病期分類(I~IV期)があり12),I期は慢性的な結膜炎症から結膜.下組織に白色の線維性増殖がみられ,IV期では角膜は結膜上皮により被覆された状態になる.急性増悪時には炎症の抑制のためにステロイド点眼,角膜上皮障害が強い場合には角膜上皮保護を行う.局所管理に加え,全身的な免疫抑制療法が必要となることも多く,ステロイドに加え免疫抑制薬が必要となる.慢性炎症に対しては低濃度ステロイドを中心に,感染と眼圧,涙液状態の管理と治療を行う.C4.診断MMPの眼型粘膜類天疱瘡の症状として発症している場合は診断基準(厚生労働省研究班)に準じるが(表3),眼粘膜病変のみの場合は,現時点では類天疱瘡の診断基準を満たさないことが多い.医療費助成の対象は,Bul-lousCPemphigoidCDiseaseCAreaIndex(BPDAI)を用いて中等症以上である.C5.OCPを疑う所見中年から高齢者の両眼同時発症の慢性的な非感染性の結膜炎で,結膜.短縮や瞼球癒着を伴う場合には注意を要する.MMPの全身的な症状として眼粘膜病変がみられる場合は,口腔粘膜のびらんなどを伴うため確定診断に至ることが多いが,眼型CMMPの場合は診断が困難であることも多い.なお,OCPに類似した瘢痕性角結膜症を生じる偽眼類天疱瘡との鑑別も重要である.組織学的に上皮基底層への免疫複合体の沈着は通常みられず,幼少時のトラコーマ感染後の瘢痕性変化などでも生じることがあるが,点眼薬の長期使用に伴うことが多い.リスクの高い点眼(29)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C311図5眼類天疱瘡による瞼球癒着図6眼類天疱瘡による輪部機能不全初診時所見.両眼性の結膜炎がみられ,結膜.短縮,瞼球輪部機能不全による遷延性上皮欠損を生じた.癒着を生じていた.表3類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む)診断基準(厚生労働省研究班)A.臨床的診断項目1.皮膚に多発する,.痒性紅斑2.皮膚に多発する,緊満性水疱およびびらん3.口腔粘膜を含む粘膜部の非感染性水疱およびびらんB.検査所見1.病理組織学的診断項目1)表皮下水疱を認める.2.免疫学的診断項目1)蛍光抗体直接法により,皮膚の表皮基底膜部にIgG,あるいは補体の沈着を認める.2)蛍光抗体間接法により,血中の抗表皮基底膜部抗体(IgG)を検出する.あるいはELISA(CLEIA)法により,血中の抗CBP180抗体(IgG),抗CBP230抗体(IgG)あるいは抗CVII型コラーゲン抗体(IgG)を検出する.De.nite:以下の①または②を満たすもの①CAのうちC1項目以上かつCB-1と,さらにCB-2のうちC1項目以上を満たし,Cの鑑別すべき疾患を除外したもの②CAのうちC1項目以上かつCB-2のC2項目を満たし,Cの鑑別すべき疾患を除外したもの指定難病はCBullousPemphigoidDiseaseAreaIndexを用いて中等症以上を対象とする.

VDT とドライアイ

2023年3月31日 金曜日

VDTとドライアイVisualDisplayTerminalUseandDryEyeDisease山西竜太郎*内野美樹**はじめにパーソナル・コンピューター(以下,パソコン)やスマートフォン(以下,スマホ)といったCVDT(visualCdisplayterminals)機器が普及し,長期間画面を見続けることでの眼の疲れや見えにくさを引き起こすドライアイが問題になっている.CTFOSCDEWSCIICEpidemiologyCReport1)には,VDT機器の使用がドライアイのリスクファクターと示されている.VDT機器を注視すると瞬目回数が減ることがドライアイの誘因の一つである2)が,長時間に及ぶCVDT作業は眼だけではなく全身にも影響を及ぼすことが知られている.そこで,厚生労働省はC2002年におもにパソコンなどのCVDT作業に携わる労働者向けに「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドラインについて」を公表した.その後,VDT作業の形態はより一層多様化しているという点をふまえて,2019年には「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」に改められた.本稿ではオフィスワーカーを対象とした大規模な疫学調査であるCOsakastudyより得られた知見をふまえつつ,VDT作業がドライアイにもたらす影響や,上記ガイドラインに示されているCVDT健診についても紹介する.CIVDT症候群VDT作業による座位時間の増加が原因となる運動不足,また食生活の変化やパソコンやスマホなどディスプレイ機器の長時間利用が増加している環境下では,身体や心の健康に影響を及ぼす可能性がある.長時間のVDT作業が引き起こす心身の変化はCVDT症候群といわれている.厚生労働省が実施した「平成C20年技術革新と労働に関する実態調査」3)では,回答者の約半数がC1日C4時間以上CVDT作業をしていた.パソコン作業時間の増加と,それに伴う疲労は顕著に現れ,約C91%が眼の疲れ・痛み,そして約C75%が首,肩のこり・痛みがあると回答した.さらに,VDT作業による精神的な疲労やストレスを感じているとする労働者は約C35%で,1日あたりの連続作業時間が長くなるほどストレスを感じているとする労働者の割合が高かった.VDT症候群のおもな症状を表1に示す.長時間の作業は,眼を酷使することでの眼乾燥感や眼精疲労だけではなく,首,肩のこりや,心身にも影響を及ぼしうる.それゆえ,作業の適切な管理が必要とされている.CIIオフィスワーカーにおけるドライアイの実態調査(Osakastudy)2011年に行われたCOsakaStudyは,オフィスワーカーを対象に行った大規模なドライアイの疫学調査4)で,ドライアイの有病率だけでなく,さまざまな生活関連のアンケートを実施し,ドライアイの危険因子などを調査した.対象はオフィスワーカーC672名で,このうちC561名が調査に参加した.*RyutaroYamanishi:東京都済生会中央病院眼科,慶應義塾大学医学部眼科学教室**MikiUchino:ケイシン五反田アイクリニック,慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕山西竜太郎:〒108-0073東京都港区三田C1-4-17東京都済生会中央病院眼科C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(19)C301表1VDT症候群が全身に及ぼす症状眼の症状ディスプレイを長時間見続けるドライアイ,眼精疲労,視力低下など体の症状同じ姿勢で作業を続ける首,肩,腰の凝り,背部痛,頭痛や嘔気など心の症状眼や体の不調がストレスとなる食欲減退,不安感,抑うつ症状など参考:慶應義塾大学保健管理センター【在宅勤務における健康管理】VDT症候群の予防Chttp://www.hcc.keio.ac.jp/ja/health/health/other/wfh401.html表2Osakastudyで示されたVDT作業者のドライアイ確定・疑いのリスクファクタードライアイ確定例・疑いの割合(%)オッズ比性別男性女性60.2%C76.5%C1.002.00年齢22.2C9歳≧30歳55.9%C66.2%C1.002.22VDT作業時間0.8時間≧8時間62.0%C77.3%C1.001.94(文献C4より作成)表3OsakaStudy対象者のドライアイ有病率(2006年のドライアイ診断基準による)分類ドライアイ確定(%)ドライアイ疑い(%)非ドライアイ(%)計(%)2016年のドライアイ診断基準ドライアイ確定(%)非ドライアイ(%)計(%)65(C100)0(0C.0)65(C100)264(C87.1)39(C12.9)303(C100)0(0C.0)193(C100)193(C100)329(C58.6)232(C41.4)561(C100)(文献C6より作成)2006年の診断基準2016年の診断基準図12006年と2016年のドライアイ診断基準によるOsakastudy対象者のドライアイ有病率の比較(文献C6より作成)表4さまざまな条件下での瞬目回数自発的瞬目数回/分(中央値)不完全瞬目割合%(中央値)ベースライン15.5(C16)14.5(C29.5)タブレット読書台に6(11)14.5(C28.5)パソコン画面拡大なし6.5(C11)9(20)パソコン画面拡大C330%11.5(C11)13.5(C25.8)A4用紙ディスプレイに貼付7(12)0(C16.3)A4用紙読書台使用5(10)5(C22.8)A4用紙音読しながら4(9)0(C14.5)(文献C10より作成)※事務所則:事務所衛生基準規則情報機器作業ガイドライン:情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン図2テレワークの際の環境整備(厚生労働省ホームページ:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_01603.htmlより引用)表5VDT健診(作業者に対する健康診断の項目)配置前健康診断定期健康診断業務量や既往歴の調査自覚症状眼の症状首肩腕や腰など筋骨格系の症状ストレスに関する症状業務量や既往歴の調査自覚症状眼の症状首肩腕や腰など筋骨格系の症状ストレスに関する症状眼科検査視力検査遠見視力近見視力(5C0Ccm視力またはC30Ccm視力)屈折検査眼位検査(交代遮蔽試験または眼位検査付き視力計で斜位の有無)調節機能検査(普段作業を行っている状態での近点距離)眼科検査視力検査遠見視力近見視力(5C0Ccm視力またはC30Ccm視力)筋骨格系に関する検査(上肢の運動機能や圧痛点の有無)筋骨格系に関する検査(上肢の運動機能や圧痛点の有無)

ドライアイとアレルギー性結膜疾患

2023年3月31日 金曜日

ドライアイとアレルギー性結膜疾患DryEyeandAllergicConjunctivalDiseases庄司純*はじめにアレルギー性結膜疾患とドライアイの関係は,長年にわたり議論が続けられている課題である.どちらの疾患もある種の免疫学的異常を背景として発症してくる炎症性疾患という側面をもつが,その病態においてオーバーラップする部分があるかどうかは未だに不明である.また,非感染性結膜炎の代表である両疾患では,自覚症状,他覚所見,臨床検査などによる臨床データと眼局所の病態解析とにより,両疾患の類似点や相違点が明らかになりつつある.アレルギー性結膜疾患は,即時型アレルギー反応を主要病態とする結膜の炎症性疾患であり,アレルギー性結膜炎,春季カタル,アトピー性角結膜炎,巨大乳頭結膜炎などの病型が含まれる1).一方,わが国(2016年)でのドライアイの定義2)は,「様々な要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがある」とされている.両者の定義を満たす場合に,アレルギー性結膜疾患とドライアイが併発していることになるが,実際の臨床の場では治療を抗アレルギー薬中心で行うのか,ドライアイ治療を優先するのかなど,臨床的にむずかしい課題に直面する.ここでは,アレルギー性結膜疾患患者の自覚症状,他覚所見および涙液検査や眼表面検査のデータから,アレルギー性結膜疾患に併発するドライアイについて既報を中心に解説する.Iアレルギー性結膜疾患の自覚症状とドライアイアレルギー性結膜疾患における重要な自覚症状としては,「眼掻痒感」「異物感」「充血」「流涙」「眼脂」があげられているが3,4),「眼乾燥感」や「眼灼熱感」などの訴えもみられる5)(表1).とくに眼乾燥感は,流涙がみられる季節性アレルギー性結膜炎症例や軽症~中等症の通年性アレルギー性結膜炎症例でみられることがあり,結膜充血を伴う眼表面のアレルギー炎症によって出現する症状である.これらのアレルギー性結膜疾患の自覚症状は,ドライアイの眼不快感を示す自覚症状とオーバーラップするものが多い.しかし,両疾患とも結膜炎であるという視点では,結膜炎による非特異的な自覚症状と考えることもできる.したがって,アレルギー性結膜炎に合併するドライアイ患者を診断するための自覚症状については,今後の検討課題である.一方,ドライアイの自覚症状からアレルギー性結膜炎の合併を検討した報告がある.Dermerらは,問診票を使ってドライアイ症状を有する被験者75名の涙液をSchirmer試験紙で採取し,涙液中の総IgE値を測定するとともに,環境因子についても調査した.その結果,涙液中に総IgEが検出された被験者は全体の76%であり,17.3%で高値を示していたと報告している6).また,この報告では,涙液中総IgE値が高値を示した症例では,ペットや喫煙など屋内の環境因子との関係が有意に*JunShoji:庄司眼科医院,日本大学医学部視覚科学系眼科学分野〔別刷請求先〕庄司純:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(11)293表1アレルギー性結膜疾患における代表的な自覚症状と出現頻度SAC(84例)PAC(52例)AKC(41例)VKC(38例)GPC(8例)総計(223例)陽性例(陽性率%)陽性例(陽性率%)陽性例(陽性率%)陽性例(陽性率%)陽性例(陽性率%)陽性例(陽性率%)眼.痒感充血眼異物感流涙眼灼熱感眼疲労感乾燥感眼脂76(90.5)67(79.8)44(52.4)47(56.0)10(11.9)29(34.5)33(39.3)41(48.8)41(78.8)41(78.8)27(51.9)18(34.6)4(7.7)24(46.2)26(50.0)30(57.7)32(78.0)30(73.2)20(48.8)21(51.2)3(7.3)15(36.6)13(31.7)24(58.5)27(71.1)29(76.3)29(76.3)24(63.2)10(26.3)12(31.6)12(31.6)30(78.9)6(75.0)6(75.0)6(75.0)5(62.5)3(37.5)1(12.5)4(50.0)1(12.5)182(81.6)173(77.6)126(56.5)115(51.6)30(13.5)81(36.3)88(39.5)126(56.5)SAC:seasonalallergicconjunctivitis,PAC:perennialallergicconjunctivitis,AKC:atopickeratoconjunctivitis,VKC:vernalkera-toconjunctivitis,GPC:giantpapillaryconjunctivitis(文献5より引用)ab*40*703560MUC5ACmRNA相対発現量302520151010500鎮静期活動期鎮静期活動期図1慢性アレルギー性結膜炎患者における重症度別眼表面SPDEFmRNAおよびMUC5AC発現量の比較活動期の慢性アレルギー性結膜炎患者では,鎮静期の患者と比較して,有意に眼表面CSPDEFmRNAおよびCMUC5AC発現量が低値を示した.(文献C12より改変引用)C100SPDEFmRNA相対発現量1010.11101001,000臨床スコア(点)図2慢性アレルギー性結膜疾患患者における臨床スコアと眼表面SPDEFmRNA発現量との関係SPDEFmRNA発現量と臨床スコア(5-5-5方式重症度観察スケール)との間に有意な負の相関がみられる.Cr=.0.484,Cp=0.049(文献C12より改変引用)SPDEFmRNA相対発現量・涙液採取:Schirmer試験紙・涙液検体:緩衝液で溶出・測定:ELLA法標識アルカリホスファターゼレクチン(WGA)ムチン(MUC5AC)抗MUC5ACモノクローナル抗体図3涙液中MUC5ACの測定涙液はCSchirmer試験紙で採取し,緩衝液で涙液を溶出したものを涙液検体とする.涙液検体をCenzyme-linkedClectinCassay(ELLA)法で測定して,涙液中CMUC5AC濃度を算出する.ELLA法は,ムチンを抗ムチンコア蛋白抗体とアルカリフォスファターゼ標識レクチンとでサンドイッチして測定する方法である.C–涙液中MUC5AC値(mg/ml)200150100500020406080100年齢(歳)図4涙液中MUC5AC-WGA値健常者では,年齢とともに涙液中CMUC5ACが減少傾向を示した(直線).Steel-Dwass法**:p<0.01NSNS:notsigni.cantNS****NSNS160140120100806040MUC5AC-UAE-1(mg/ml)250200150100500ControlドライアイACMUC5AC-WGAMUC5AC-UEA-1図5涙液MUC5AC値涙液中CMUC5ACをCELLA法で測定する場合,シアル酸と反応する小麦胚芽レクチン(WGA)を使って測定する場合とフコースと反応するハリエニシダレクチン(UAE-1)を使って測定する場合とでは,測定結果が異なる.コア蛋白が同じでも,糖鎖の構成が異なるムチンが存在し,ムチンにはさまざまなバリエーションが存在することがわかる.AC:アレルギー性結膜炎,WGA:小麦胚芽レクチン,UEA-1:ハリエニシダレクチン.ControlドライアイACMUC5AC-WGA(mg/ml)ビロード状乳頭増殖角膜老人環様混濁点状表層角膜炎図6アトピー性角結膜炎症例42歳,男性.重症のアトピー性角結膜炎を発症しており,他覚所見では乳頭増殖,角膜老人環様混濁および点状表層角膜炎がみられた.涙液中CMUC5AC-WGA量は右眼C2Cmg/ml,左眼C3Cmg/mlと低値を示した.短縮型ドライアイが発症すると考えられる.C2.涙液の生化学検査眼表面疾患において診断,重症度判定および治療効果判定が行える眼表面検査は,血液検査に代わる臨床検査として実用化が待望されている.涙液は眼表面の病態を反映する物質が検出可能な検体であることから,涙液検査は臨床応用可能な眼表面検査の一つとして有望視されている.涙液中の何を測定すれば臨床応用可能であるのかは,今後の課題である.これまでに,アレルギー性結膜疾患とドライアイの涙液中では,個々の疾患で病態や病状を反映する物質が検討されてきた.そのなかで,両者に共通して報告がある物質は,Th1サイトカイン(IFN-c,IL-12),Th2サイトカイン(IL-4,IL-5),炎症性サイトカイン(IL-1Ca,IL-1Cb),その他の炎症関連物質(NGF,IL-6,CXCL8,MMP-9,NGF)のC11項目である19).その一方で,疾患特異性が高い物質は,診断価値が高いとして注目されている.アレルギー性結膜疾患では好酸球炎症を特徴とすることから,好酸球関連因子であるCeosinophilCcationicCprotein20),eotaxin-221),およびヒスタミンCH4受容体22)がバイオマーカーとしても有用であることが報告されている.また,ドライアイではCMMP-9が診断に有用とされ,諸外国ではCIn.ammaDry23)をはじめとしてさまざまなCMMP-9検査キットが使用されている.おわりにアレルギー性結膜疾患とドライアイは,どちらも非感染性眼表面疾患の代表的疾患である.両疾患の病態解明は,近年の研究により飛躍的に向上したが,まだまだ未解決な問題を多く含んでいる.両疾患に生じる特異的病態を解き明かすことが,今後のアレルギー診療やドライアイ診療をスキルアップする確実な道筋ではないかと考えられる.本稿を終えるにあたり,診療および研究のご指導をいただいている日本大学医学部視覚科学系眼科学分野主任教授山上聡先生に深謝いたします.文献1)日本眼科アレルギー学会診療ガイドライン作成委員会:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第C3版).日眼会誌C125:741-785,C20212)島﨑潤,橫井則彦,渡辺仁ほか;ドライアイ研究会:日本のドライアイの定義と診断基準の改定(2016年版).あたらしい眼科34:309-313,C20173)中川やよい,内尾英一,岡本茂樹ほか:アレルギー性結膜炎患者の求める診断・治療ニーズについて─インターネット患者アンケート全国調査C2009年度報告.新薬と臨床C58:2086-2098,C20094)深川和己:アレルギー性結膜疾患患者に対する治療実態および治療ニーズ調査-人口構成比に基づくインターネット全国調査.アレルギー免疫15:1554-1564,C20085)庄司純,内尾英一,海老原伸行ほか:アレルギー性結膜疾患診断における自覚症状,他覚所見および涙液総CIgE検査キットの有用性の検討.日眼会誌116:485-493,C20126)DermerH,TheotokaD,LeeJCetal:TotaltearIgElev-elsCcorrelateCwithCallergicCandCirritatingCenvironmentalCexposuresCinCindividualsCwithCdryCeye.CJCClinCMedC8:C1627,C20197)SwamynathanCSK,CWellsA:ConjunctivalCgobletcells:CocularCsurfaceCfunctions,CdisordersCthatCa.ectCthem,CandCtheCpotentialCforCtheirCregeneration.COculCSurfC18:19-26,C20208)KunertCKS,CKeane-MyersCAM,CSpurr-MichaudCSCetal:CAlterationingobletcellnumbersandmucingeneexpres-sionCinCaCmouseCmodelCofCallergicCconjunctivitis.CInvestCOphthalmolVisSciC42:2483-2489,C20019)DogruM,Asano-KatoN,TanakaMetal:OcularsurfaceandCMUC5ACCalterationCinCatopicCpatientsCwithCcornealCshieldulcer.CurrEyeResC30:897-908,C200510)DogruCM,COkadaCN,CAsano-KatoCNCetal:AlterationsCofCtheCocularCsurfaceCepithelialCmucinsC1,C2,C4CandCtheCtearCfunctionsinpatientswithatopickeratoconjunctivitis.ClinExpAllergy36:1556-1565,C200611)DogruCM,CMatsumotoCY,COkadaCNCetal:AlterationsCofCtheCocularCsurfaceCepithelialCMUC16CandCgobletCcellCMUC5ACCinCpatientsCwithCatopicCkeratoconjunctivitis.CAllergyC63:1324-1334,C200812)HorinakaCM,CShojiCJ,CTomiokaCACetal:AlterationsCinCmucin-associatedgeneexpressionontheocularsurfaceinactiveCandCstableCstagesCofCatopicCandCvernalCkeratocon-junctivitis.JOphthalmol31:9914786,C202113)DarttDA,MasliS:ConjunctivalepithelialandgobletcellfunctionCinCchronicCin.ammationCandCocularCallergicCin.ammation.CCurrCOpinCAllergyCClinCImmunolC14:464-470,C201414)LobefaloCL,CAntonioCED,CColangeloCLCetal:DryCeyeCinallergicconjunctivitis:roleofin.ammatoryin.ltrate.CIntJImmunopatholPharmacol12:133-137,C199915)SuzukiCS,CGotoCE,CDogruCMCetal:TearC.lmClipidClayerC(17)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C299-

ドライアイと画像診断

2023年3月31日 金曜日

ドライアイと画像診断DryEyeandDiagnosticImaging高静花*はじめに眼表面を層別に診断し(tear.lmorienteddiagno-sis:TFOD),層別の不足成分を補う(tear.lmorient-edtherapy:TFOT)ことにより涙液層の安定性を高めて効果的にドライアイを治療するというのが,現在日本においてはドライアイ診療の基本である.本稿のテーマは日進月歩の「ドライアイと画像診断」であり,最新あるいはまだラボレベルの装置も存在するが,ここでは基本的なことをわかりやすく解説する.また,ドライアイと手術との関係が最近注目を浴びている.ドライアイの自覚症状のひとつである視機能低下の診断には,画像を用いた評価が有用であり,これについても整理する.ITFODに基づく画像診断日本およびAsiaDryEyeSociety(ADES)のドライアイの定義と診断基準をおさらいする(図1)1,2).定義:さまざまな要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがある.診断基準:涙液層破壊時間(tearbreak-uptime:BUT)が5秒以下で,かつ眼不快感,視機能異常などの自覚症状を有する.細隙灯顕微鏡はいうまでもなく優れた生体顕微鏡で,フルオレセイン染色を用いれば涙液を可視化できる.ドライアイ診断基準1,2)における必須項目のBUTの測定,涙液層の破壊パターン(break-uppattern:BUP)の鑑別もでき,眼表面の層別診断であるTFODはできる.ただし,詳しい情報を得るには限界があり,そのアシストをするのが画像診断である.とくに,前眼部,眼表面の画像診断の場合,①病変の程度や広がりを定量化できる,②細隙灯顕微鏡では見えないもの,観察しにくいものを可視化できる,というメリットがある.おなじみのTFOD/TFOTの概念に基づいて,細隙灯顕微鏡以外で一般的に入手可能な画像診断装置を図2に示す.以下,個々の画像診断について解説する.1.涙液干渉像観察涙液干渉像の観察は,非侵襲的な涙液層の安定性の評価法としてドライアイを対象とした研究から発展し,最近ではマイボーム腺機能不全(meibomianglanddys-function:MGD)の評価においても広く使われている.通常,涙液の最表層に位置する涙液油層の干渉像の観察を意味するが,装置によっては厚みの計測も可能である.現在日本で市販されている装置としてはLipiViewII(ジョンソン・エンド・ジョンソン),Keratograph5M(Oculus社),DR-1a(興和,生産終了)などがある.図3に健常眼,linebreak(涙液減少型ドライアイの軽症タイプ),dimplebreak(水濡れ性低下型ドライアイの軽症タイプ)の例を提示する.非侵襲に直接観察することによって涙液の油層の障害を推測することができる*ShizukaKoh:大阪大学大学院医学系研究科視覚先端医学講座〔別刷請求先〕高静花:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2.2大阪大学大学院医学系研究科視覚先端医学講座0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(3)285+=図1ドライアイの診断基準(文献2より改変引用)画像診断視機能評価涙液干渉像観察NIBUTマイボグラフィー涙液メニスカス評価コントラスト感度NIBUT前方散乱(以下は動的評価可能)実用視力角膜トポグラフィーNIBUT波面センサー共焦点顕微鏡結膜充血評価図2ドライアイ研究会の眼表面の層別治療(TFOT)の概念図に対応する画像診断の種類健常眼LinebreakDimplebreak自覚症状BUT<5秒ドライアイ図3DR-1aによる涙液干渉像の測定(東邦大学眼科糸川貴之先生のご厚意による)図4Keratograph5Mによる非侵襲的涙液層破壊時間(NIBUT)の測定Firstは最初にbreakupが検出されたとき,Averageは全体の平均.健常眼ドライアイTMH=0.25mmTMH=0.08mm図5Keratograph5Mによる下方涙液メニスカス高(TMH)の測定おおむねの目安として健常眼はC0.2Cmm以上.図6前眼部OCTによる下方涙液メニスカス高(TMH)の評価健常眼ドライアイ図7プラチド角膜形状解析装置による測定健常眼ドライアイ図8実用視力測定(文献C7より転載)Blink12345678Blink12345678図9Break-uppatternと高次収差(文献C8,9より改変引用)?早すぎて検出できずBlink123456789BlinkBUT>10秒12345678BUT<10秒Blink123456789図9つづき

序説:わかりやすいドライアイ診療

2023年3月31日 金曜日

わかりやすいドライアイ診療ComprehensiveDryEyeTherapy榛村重人*山上聡**ドライアイは実に奥が深い分野であり,日米の研究者においては疾患概念が一部異なるほどである.日本では涙液を層別に診断する概念(tear.lmori-enteddiagnosis:TFOD)が提唱されており,涙液層が不安定になることが主病因として捉えられている.一方で,欧米ではドライアイの発症は炎症が主軸であるとの考えがある.こうした議論の場として,ここ20年ほどでドライアイ専門誌が刊行され,専門的な研究会や学会が多く立ち上がっている.日本眼科学会や日本眼科医会の啓発活動の成果もあって,ドライアイは単に眼が乾く病気から,qualityoflifeに影響する「疾患」という概念が社会において受け入れられつつある.また,小児におけるドライアイも報告されるようになり,近視との関連,あるいはCOVID-19の後遺症としても注目されている.ドライアイ研究が盛んなわが国はドライアイ治療薬の種類も多く,世界に先駆けて承認された点眼薬も市販されている.ドライアイの診断は,油層と液層に分けて考えるのが基本で,原因として油層を形成するマイボーム腺が関与しているケースは多い.本特集は,ドライアイの診断,治療にかかわる知見をさまざまな角度から紹介することで,最近のドライアイに関する考え方を整理,定着させることを目標とした.まず,高静花先生には「ドライアイと画像診断」について解説していただいたが,患者負担が少ない非侵襲的な機器開発により,多くのドライアイ関連のデータが蓄積できるようになった.庄司純先生には「ドライアイとアレルギー性結膜疾患」について執筆していただいた.アレルギー性疾患とドライアイを合併する患者は多く,臨床の場において対応に迷うことが少なくない.長年の臨床経験に基づいたアドバイスは大変参考になる.山西竜太郎先生・内野美樹先生が執筆された「VDTとドライアイ」では,ドライアイの環境的な側面について説明されている.オフィスワーカーの職業病ともいえるドライアイは,企業の生産性にも影響する可能性があり,近年注目されている.ドライアイはさまざまな症状を呈することがあるため,環境によるドライアイについては啓発が重要である.重安千花先生には代謝性疾患,神経疾患や自己免疫疾患とドライアイについて解説していただいた.アレルギー性結膜疾患のような局所的な病態以外にも,全身疾患とドライアイの関連性も重要なテーマである.とくに失明するリスクのある自己免疫疾患では,眼科医単独で免疫抑制薬を処方するのが困難な場合があり,他科と連携する必要がある.*ShigetoShimmura:藤田医科大学**SatoruYamagami:日本大学医学部視覚科学系眼科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(1)283

顕微鏡的多発血管炎治療中に網膜動脈分枝閉塞症を 発症した1 例

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):271.277,2023c顕微鏡的多発血管炎治療中に網膜動脈分枝閉塞症を発症した1例飯田由佳*1林孝彰*1倉重眞大*2丹野有道*2中野匡*3*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター腎臓・高血圧内科*3東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofBranchRetinalArteryOcclusionduringTreatmentofMicroscopicPolyangiitisYukaIida1),TakaakiHayashi1),MahiroKurashige2),YudoTanno2)andTadashiNakano3)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DivisionofNephrologyandHypertension,DepartmentofInternalMedicine,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:全身性の抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎に網膜動脈閉塞症の合併例の報告は少ない.今回,顕微鏡的多発血管炎(MPA)治療中に網膜動脈分枝閉塞症を発症したC1例を報告する.症例:78歳,男性.13年前にMPO-ANCA高値(600CEU)を認め,腎生検の結果CMPAと診断され,ステロイドと免疫抑制薬内服加療中であった.右眼下方視野異常を自覚したC2日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.血清学的検査で,MPO-ANCAは陰性化していた.右眼の視力は(0.9)であった.眼底の血管アーケード内上方に網膜の白濁所見を認め,光干渉断層計画像で病変部網膜内層に高反射帯がみられた.光干渉断層血管撮影では病変部の網膜血管の描出不良を認め,フルオレセイン蛍光造影検査を施行し網膜動脈分枝閉塞症と診断された.慢性腎臓病ならびにCMPAに対して加療中であったため,アスピリン腸溶錠による加療を行った.発症C3カ月後,右眼視力(1.2)を維持していた.結論:MPAに対する治療によってCMPO-ANCAが陰性化しても,その経過中に網膜動脈分枝閉塞症は起こりうる.CPurpose:ThereChaveCbeenCfewCreportsCofsystemicCantineutrophilCcytoplasmicCantibody(ANCA)C-associatedCvasculitisCcomplicatedCwithCretinalCarteryCocclusion.CHereCweCreportCaCcaseCofCbranchCretinalCarteryCocclusion(BRAO)thatCoccurredCduringCtreatmentCofCmicroscopicpolyangiitis(MPA)C,ConeCofCtheCmostCcommonCformsCofCANCA-associatedvasculitis.Casereport:A78-year-oldmalewhohadanincreasedMPO-ANCAlevel(600EU)CandCwhoCwasCdiagnosedCwithCMPACafterCaCrenalCbiopsyC13CyearsCagoCandCwasCbeingCtreatedCwithCcorticosteroidsCandimmunosuppressivedrugspresentedwithalowervisual.eldabnormalityinhisrighteyeat2daysafterthesymptomConset.CSerologicCtestingCshowedCthatCMPO-ANCACwasCnegative,CandCbest-correctedCvisualCacuityCinChisCrighteyewas0.9.Funduscopyrevealedawhitishlesioninthesuperiorretinawithinthevasculararcade.Opticalcoherencetomography(OCT)revealedChyperre.ectiveCbandsCinCtheCinnerClayerCofCtheCretinaCatCtheClesion,CandCOCTangiographyshowedpoorvisualizationofretinalbloodvesselsinthelesion,.nallyleadingtothediagnosisofBRAOby.uoresceinangiography.SincethepatientwasundertreatmentforchronickidneydiseaseandMPA,hewastreatedwithaspirinenteric-coatedtablets.At3monthspostonset,thepatientmaintainedagoodvisualacu-ityCofC1.2CinCtheCrightCeye.CConclusion:BRAOCcanCoccurCduringCtheCcourseCofCMPA,CevenCafterCMPACtreatmentChasmadeMPO-ANCAnegative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(2):271.277,C2023〕Keywords:ANCA関連血管炎,顕微鏡的多発血管炎,網膜動脈閉塞症,光干渉断層計,光干渉断層血管撮影.an-tineutrophilcytoplasmicantibody(ANCA)C-associatedvasculitis,microscopicpolyangiitis,retinalarteryocclusion,Copticalcoherencetomography,opticalcoherencetomographyangiography.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめに全身性の抗好中球細胞質抗体(antineutrophilCcytoplasmicantibody:ANCA)関連血管炎は小血管(毛細血管,細小動・静脈)を主体とした壊死性血管炎で,ANCA陽性率が高いことを特徴とする1,2).肉芽腫性病変のみられないものが顕微鏡的多発血管炎(microscopicCpolyangiitis:MPA)と定義され,指定難病(告示番号C43)に認定されている.厚生労働省作成(https://www.nanbyou.or.jp/entry/245)によるMPAの診断基準を表1に示す.主要症候のC2項目以上を満たし,組織所見が陽性の例,あるいは主要症候の①「急速進行性糸球体腎炎」および②「肺出血又は間質性肺炎」を含め2項目以上を満たし,myeloperoxidase(MPO)-ANCAが陽性の例はCDe.nite(確実例)と診断される.MPA罹患者の男女比はほぼC1:1で,好発年齢はC55.74歳と高齢者に多い.発熱,体重減少,易疲労などの全身症状とともに,組織の出血や虚血・梗塞による徴候が出現する.網膜動脈閉塞症(retinalCarteryocclusion:RAO)は,血管閉塞部位によって,網膜中心動脈閉塞症(centralRAO:CRAO)と網膜動脈分枝閉塞症(branchRAO:BRAO)に分類される3).CRAOは急激な視力障害をきたす疾患で,網膜中心動脈への血栓や塞栓によって発症する.一方,BRAOは,網膜中心動脈の枝の網膜動脈が閉塞し発症する.過去に,ANCA関連血管炎にCRAOを合併した報告例は少ない.今回筆者らは,MPA治療中にCBRAOを発症した症例を経験したので報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:右眼下方視野異常.現病歴:13年前の東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)腎臓・高血圧内科受診時,全身性の高度炎症所見(白血球数C13,800/μl,CRP21.6Cmg/dl,血液沈降速度1時間値C140Cmm),腎障害(血清CCr値C2.97Cmg/dl),MPO-ANCAの抗体価高値(600CEU,基準値:20CEU未満)を認めた.白血球分画で好酸球数の増加はみられなかった.その後,出血性胃潰瘍がみられ,腎生検で急速進行性糸球体腎炎所見も認められた.MPAの主要症候のC2項目以上を満たし,かつ主要組織所見から確実例(表1)と診断された.診断後,ステロイドパルス療法および免疫抑制薬(タクロリムス水和物カプセルC2Cmg/日およびアザチオプリンC50Cmg/日)の治療により軽快し,約C1年半前よりプレドニゾロンC7.5Cmg/日および免疫抑制薬(ミコフェノール酸モフェチルC500Cmg/日)内服加療にて通院中であった.MPO-ANCAの直近C2年間の推移としてC1.0.4.5CU/ml(基準値:3.5CU/ml以下)であった.今回,2日前からの右眼下方視野の霧視を訴え当院眼科初診となった.既往歴:MPA,慢性腎臓病,高血圧,糖尿病,胃潰瘍,肺気腫,急性虫垂炎術後,右結腸切除後,肥満,帯状疱疹.初診時眼所見:視力は右眼C0.6(0.9C×sph+1.25D(cylC.1.75DCAx95°),左眼C0.4(0.9C×sph+1.25D(cyl.2.00DCAx85°),眼圧は右眼13mmHg,左眼10mmHgであった.両眼ともに偽水晶体眼である以外は,前眼部・中間透光体に特記すべき異常はなく,虹彩毛様体炎や強膜炎の所見はみられなかった.右眼眼底の血管アーケード内上方に網膜白濁とドルーゼンを認め,左眼眼底にはドルーゼンと視神経乳頭耳側下方に網膜神経線維欠損を認めた(図1).右眼黄斑部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000)検査を施行し,中心窩の上方から耳側網膜内層に高反射帯所見を認め,同部位の網膜神経線維層は肥厚していた(図2).光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA,CirrusCHD-OCT5000)では,右眼の黄斑部上方網膜の網膜血管ならびに網膜毛細血管の描出不良を認めた(図2).同日,フルオレセイン蛍光造影検査を施行したところ,耳側に向かう網膜動脈の充盈遅延を認めた(図3).造影早期(造影C19秒,22秒,27秒後)から造影中期・後期(造影C44秒,1分10秒,7分11秒後)の画像(図3)をよく観察すると,閉塞動脈の起始部は視神経乳頭の耳側辺縁部からではなく中心部付近に存在していたことから,BRAOと診断した.一方,糖尿病網膜症の所見はみられなかった.血液検査所見:赤血球数,血小板数,凝固系,肝機能,電解質値に異常なし,白血球数C8,800/μl,CRP0.54Cmg/dl,血液沈降速度C1時間値C43Cmmと軽度の炎症反応を認めた.白血球分画は,好中球C79.5%,リンパ球C16.9%,単球C3.2%,好酸球C0.2%,好塩基球C0.2%でやや好中球の割合が高かった.Cr2.23Cmg/dl,eGFR23Cml/分/1.73CmC2,LDLコレステロール129mg/dl,HbA1c7.1%,MPO-ANCAC1.7U/ml,proteinase3(PR3)C-ANCA1.0CU/ml,リウマトイド因子C11.4CIU/ml,抗ストレプトリジン-O抗体20CIU/ml,可溶性CIL-2レセプター(solubleCinterleukin-2receptor:sIL-2R)604CU/ml,Cb-D-グルカンC6.0Cpg/ml,T-SPOT.TB(-)であり,腎障害に加えCsIL-2Rの軽度上昇を認めた.MPO-ANCAは陰性化していた.経過:発症から約C48時間経過しており,積極的な加療希望がなかったこと,慢性腎臓病ならびにCMPAに対してプレドニゾロンC7.5Cmg/日および免疫抑制薬内服加療中であったことから,内科医の許可を得て,同日よりアスピリン腸溶錠(100Cmg/日)のみ開始した.内服直後からふらつきを自覚し,自己中断していたため,クロピドグレル硫酸塩に変更した.変更後にふらつきは改善した.原因精査の目的で頸動脈超音波検査を施行し,両側総頸動脈分岐部から内頸動脈・外頸動脈にかけて高輝度プラーク(図4)を認めたが,閉塞や明らかな狭窄を疑う所見はみられなかった.頭部・眼窩単純表1顕微鏡的多発血管炎の診断基準(1)主要症候①急速進行性糸球体腎炎②肺出血または間質性肺炎③腎・肺以外の臓器症状:紫斑,皮下出血,消化管出血,多発性単神経炎など(2)主要組織所見細動脈・毛細血管・後毛細血管細静脈の壊死,血管周囲の炎症性細胞浸潤(3)主要検査所見①CMPO-ANCA陽性②CCRP陽性③蛋白尿・血尿,BUN,血清クレアチニン値の上昇④胸部CX線所見:浸潤陰影(肺胞出血),間質性肺炎(4)診断のカテゴリー①CDe.nite(確実例)(a)主要症候のC2項目以上を満たし,組織所見が陽性の例(b)主要症候の①および②を含めC2項目以上を満たし,MPO-ANCAが陽性の例②CProbable(疑い例)(a)主要症候のC3項目を満たす例(b)主要症候のC1項目とCMPO-ANCA陽性の例(5)鑑別診断①結節性多発動脈炎②多発血管炎性肉芽腫症(旧称:ウェゲナー肉芽腫症)③好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/チャーグ・ストラウス症候群)④川崎病動脈炎⑤膠原病(全身性エリテマトーデス,関節リウマチなど)⑥CIgA血管炎(旧称:紫斑病性血管炎)参考事項(1)主要症候の出現するC1.2週間前に先行感染(多くは上気道感染を認める例が多い.(2)主要症候①②は約半数例で同時に,その他の例ではいずれか一方が先行する.(3)多くの例でCMPO-ANCAの力価は疾患活動性と平行して変動する.(4)治療を早期に中止すると,再発する例がある.(5)除外項目の諸疾患は壊死性血管炎を呈するが,特徴的な症候と検査所見から鑑別できる.難病情報センターのホームページ(https://www.nanbyou.or.jp/entry/245)より抜粋.図1初診時の眼底写真右眼眼底(左)にアーケード内上方の網膜白濁とドルーゼンを認め,左眼眼底(右)にはドルーゼンと視神経乳頭耳側下方に網膜神経線維欠損を認める.ab図2初診時の右眼黄斑部OCTおよびOCTA画像a:OCTのCganglioncellanalysisでは,中心窩の上方から耳側網膜内層に高反射帯所見を認め,同部位の網膜神経線維層は肥厚している.Cb:網膜全層のセグメンテーションによるCOCTA(3×3mm)で,黄斑部上方網膜の網膜血管ならびに網膜毛細血管の描出不良を認める.MRI検査を施行したところ,加齢性白質病変を認め,潜在的なCsmallCvesseldiseaseの存在が疑われた.MRI再評価の目的で脳神経外科にコンサルトし,クロピドグレル硫酸塩内服継続となった.Goldmann動的視野検査では右眼は網膜の病変部に一致した部位(中心下方)の視野障害を認め,左眼に視野異常はみられなかった.発症C2カ月後,右眼視力(1.0),OCT検査で右眼病変部の網膜神経線維層は菲薄化し,OCTAでは,病変部の網膜血管の血流シグナルは回復していたが,網膜毛細血管の血流シグナルは他の部位と比べ低下していた(図5).最終受診時(発症C3カ月後),右眼視力(1.2)を維持していた.CII考按今回,MPAに対してステロイドおよび免疫抑制薬内服加療中に,BRAOを発症した高齢男性例を報告した.全身性のCANCA関連血管炎は,MPAのほかに多発血管炎性肉芽腫症(旧称:Wegener肉芽腫症)と好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/Churg-Strauss症候群)がある2).MPO-ANCAは,MPAと好酸球性多発血管炎性肉芽腫症で高率に検出され,PR3-ANCAは多発血管炎性肉芽腫症で検出されることが多い2).過去にCMPO-ANCAもしくはCPR3-ANCAが検出され,RAOを発症した報告例は大きくC2種類に分けられ,ANCA陽性で全身性のCANCA関連血管炎と診断されている症例と診断されていない症例である.これまでにわが国からCANCA陽性にCRAOもしくは毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例に関する文献検索を行った.全身性のCANCA関連血管炎の診断には至っていないものの,片眼性にCCRAOを発症し,血清学的検査でCMPO-ANCAが検出されたC4例の報告がある4.7).このC4例のうちC3例5.7)は高齢者で,1例4)はC26歳の男性であった.一方,小山らは,MPO-ANCAが検出された多発血管炎性肉芽腫症に対する治療直後に両眼のCBRAOを合併したC72歳の女性例を報告している8).58歳の男性が片眼のCCRAOを発症し,その後CPR3-ANCAが検出され多発血管炎性肉芽腫症と診断された報告例もある9).また,MPO-ANCA陽性の好酸球性図3初診時の右眼フルオレセイン蛍光造影写真各写真右上に造影開始からの時間経過を示す.造影早期(造影C19秒後)から後期(造影C7分C11秒後)にかけて観察すると,耳側に向かう網膜動脈の充盈遅延を認める(→).造影中期(造影C1分C10秒後)から閉塞網膜動脈の造影が観察される.造影早期(造影C19秒,22秒,27秒後)から造影中期・後期(造影C44秒,1分C10秒,7分C11秒後)の拡大画像をよく観察すると,閉塞動脈の起始部は視神経乳頭の辺縁部からではなく中心部付近に存在している.図4総頸動脈分岐部の超音波画像(長軸像)a:右総頸動脈分岐部から内頸動脈起始部に高輝度プラーク(.)を認める.Cb:左総頸動脈分岐部に高輝度プラーク(.)を認める.図5発症2カ月後の右眼黄斑部OCTおよびOCTA画像a:黄斑部COCTのCganglionCcellanalysisでは,病変部の網膜神経線維層は菲薄化している.Cb:網膜全層のセグメンテーションによるOCTA(3×3mm)で,病変部網膜血管の血流シグナルは回復しているが,網膜毛細血管の血流シグナルは他の部位と比べ低下している.多発血管炎性肉芽腫症にCCRAOを合併した高齢者C3例の報告10.12)や,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症に両眼のCCRAOの合併例の報告もある13).これらC4例10.13)のCCRAOは,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の診断もしくは治療直後に発症している.一方,全身性のCANCA関連血管炎に毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例として,片眼性の毛様網膜動脈閉塞症発症直後にCMPO-ANCA陽性の好酸球性多発血管炎性肉芽腫症と診断されたC48歳の女性の報告があった14).MPO-ANCA陽性CMPAで経過観察されていた本症例は,フルオレセイン蛍光造影検査(図3)で右眼CBRAOと診断された.過去の報告をまとめると,全身性のCANCA関連血管炎と診断されていなくても,ANCAが検出されればCRAOを合併する可能性があり,PR3-ANCA陽性例に比べCMPO-ANCA陽性例の報告が多かった.また,発症時期に関しては,RAO/毛様網膜動脈閉塞症の発症を機にCANCA関連血管炎と診断された症例,ANCA関連血管炎の診断もしくは治療直後に発症した症例に分類された.本症例は,MPAと診断されたC13年後にCBRAOを発症した.筆者らが調べた限り,本症例のようにCMPAの確実例と診断され,その診断・治療前後においてCRAOもしくは毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例はなかった.このことから,全身性のCANCA関連血管炎のなかでもCMPAにCRAOを合併することは,まれな病態である可能性が示唆された.一方で,本症例は,発症時の年齢がC78歳と高齢で,コントロールは比較的良好であったものの,高血圧と糖尿病の存在,慢性腎臓病の加療中であったこと,さらに,頸動脈超音波検査で両側性に高輝度プラーク(図4)を認めたことから,MPAとは関係なく,BRAOを発症した可能性は否定できなかった.しかし,少なくともCMPAの存在がCBRAO発症のリスクを高めた可能性は考えられる.過去の報告と照らし合わせると,ANCA陽性であれば全身性のCANCA関連血管炎の診断の有無にかかわらず,RAO/毛様網膜動脈閉塞症は起こりうる合併症である.本症例を経験し,治療によってCMPO-ANCAが陰性化しても,MPAの経過中にCBRAOを発症する可能性がある.本論文の要旨は,第C38回日本眼循環学会(富山,2022)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本循環器学会ほか:血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版).p54-60,C20182)高田秀人,針谷正祥:血管炎ANCA関連血管炎.日本臨床C77:531-542,C20193)HayrehSS:AcuteCretinalCarterialCocclusiveCdisorders.CProgRetinEyeResC30:359-394,C20114)渡辺一順,加瀬学:網膜中心動脈閉塞症を呈したCP-ANCA陽性網膜血管炎.あたらしい眼科C17:1429-1432,C20005)YasudeT,KishidaD,TazawaKetal:ANCA-associatedvasculitisCwithCcentralCretinalCarteryCocclusionCdevelopingCduringCtreatmentCwithCmethimazole.CInternCMedC51:C3177-3180,C20126)土橋直史,八田和大,石丸裕康ほか:網膜中心動脈閉塞症,糸球体腎炎,間質性肺炎,脳梗塞,肥厚性硬膜炎を合併したCANCA関連血管炎の一例.日本リウマチ学会総会・学術集会プログラム・抄録集C03:660,C20167)高木麻衣,小林崇俊,高井七重ほか:ANCA関連血管炎に発症した網膜中心動脈閉塞症のC1例.眼臨紀C10:960,C20178)小山里香子,本間栄,坂本晋ほか:気管支粘膜病変と全身の血管炎が顕著であったCPR3-ANCA陰性ヴェゲナー肉芽腫症疑いのC1例.日本呼吸器学会雑誌C41:646-650,C20039)小林大介,和田庸子,村上修一ほか:網膜中心動脈閉塞で発症したCWegener肉芽腫症の一例.中部リウマチC40:C100-101,C201010)山下嘉郎,村上一雄,横田英介ほか:網膜中心動脈閉塞症,多発大腸潰瘍の合併を認めたアレルギー性肉芽腫性血管炎の1例.愛媛医学C25:128-133,C200611)AsakoCK,CTakayamaCM,CKonoCHCetal:Churg-StraussCsyndromeCcomplicatedCbyCcentralCretinalCarteryCocclu-sion:caseCreportCandCaCreviewCofCtheCliterature.CModCRheumatolC21:519-523,C201112)井上千鶴,中道悠太,杉山千晶ほか:前部虚血性視神経症と網膜中心動脈閉塞症が併発したアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)の症例.臨眼C67:369-376,C201313)UdonoCT,CAbeCT,CSatoCHCetal:BilateralCcentralCretinalCarteryCocclusionCinCChurg-StraussCsyndrome.CAmCJCOph-thalmolC136:1181-1183,C200314)安田貴恵,信藤肇,波多野裕二ほか:眼症状を伴ったアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)のC1例.臨床皮膚科C55:1027-1030,C2001***

鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の 1 例

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):266.270,2023c鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の1例富永千晶多田香織水野暢人伴由利子京都中部総合医療センター眼科CACaseofBlunt-TraumaAniridiaafterMicroincisionCataractSurgeryChiakiTominaga,KaoriTada,NobuhitoMizunoandYurikoBanCDepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenterC目的:鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の症例を報告する.症例:78歳,男性.当科で左眼超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行.眼内レンズを.内固定し,2.4Cmmの角膜切開創は無縫合で終了した.術後矯正視力はC1.2であった.術後C1年C3カ月時,転倒し左眼を打撲,霧視,眼痛を自覚し当科を受診した.左眼視力は手動弁(矯正不能)で,前房出血のため透見不良であったが全周の虹彩が消失していた.眼球の裂創や角膜切開創の離解,眼内レンズの偏位はなく,切開創に色素性組織の付着がみられた.2日後には前房出血は消退し,網膜に異常はなく矯正視力はC1.0に回復した.羞明の自覚が残存したが,人工虹彩付きソフトコンタクトレンズの装用により症状の改善が得られた.結論:外傷により全周性に離断した虹彩が角膜切開創から脱出し,その後切開創は自然閉鎖したと考えられた.極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCblunt-traumaCaniridiaCafterCmicroincisionCcataractsurgery(MICS).CCaseReport:AC78-year-oldCmaleCunderwentCMICSCinChisCleftCeyeCthroughCaC2.4CmmCself-sealingCcornealCincision.CHisCpostoperativeCvisualacuity(VA)wasC1.2,CyetC15CmonthsClaterCheCvisitedCourCdepartmentCcomplainingCofCblurredCvisionandpaininhislefteyeimmediatelyafterexperiencingblunttrauma2daysbefore.Onclinicalexamination,moderatehyphemaandcompleteabsenceoftheiriswasobservedwithoutdehiscenceofthecornealincision.Sincetheintraocularlensandallotherocularstructuresremainedintact,hisVAimprovedto1.0afterresolutionofthehyphema.Theuseofasoftcontactlenswithanarti.cialiriswassuccessfulagainsthisphotophobia.Conclusion:CThe.ndingsinthiscasesuggestthatthetotalirisexpelledthroughthecornealincisionandthattheincisionwasself-sealed,andthattraumamightcausewounddehiscenceeveninthelongtermafterMICS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(2):266.270,C2023〕Keywords:極小切開白内障手術,無虹彩症,鈍的外傷,虹彩付きソフトコンタクトレンズ.microincisioncataractsurgery,aniridia,blunttrauma,softcontactlenswithanarti.cialiris.Cはじめに白内障手術は年々進歩を遂げ,今では極小切開白内障手術が主流となり安全性が高まっているが,術後合併症はいまだ存在する.今回,極小切開白内障手術施行よりC1年C3カ月後に鈍的に眼球を打撲し,外傷性無虹彩症をきたしたが,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の脱出や偏位,その他の眼組織に異常がみられなかった症例を経験したので報告する.I症例患者:78歳,男性.主訴:左眼霧視,眼痛.既往歴:左眼白内障に対し,当科で超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationCandaspiration:PEA)およびCIOL挿入術を施行した.手術はC2.4Cmmの角膜切開創で,foldableIOL(AMO社製CZCV300)を.内固定し,切開創は無縫合で終了した.術中合併症はなく,術後視力はC1.2(矯正不能)〔別刷請求先〕富永千晶:〒629-0197京都府南丹市八木町八木上野C25京都中部総合医療センター眼科Reprintrequests:ChiakiTominaga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenter,25YagiUeno,Yagi-cho,Nantan,Kyoto629-0197,JAPANC266(128)図1初診時の左眼前眼部写真白内障手術における角膜切開創の拡大・離解はなく,前房深度は深く維持され,軽度の前房出血がみられた.前房出血のため透見不良ではあったが,全周の虹彩が確認できなかった.眼内レンズの明らかな偏位はみられなかった.図2受傷4日後の左眼前眼部写真角膜切開創に虹彩とおぼしき色素性組織の付着(.)がみられた.図3左眼隅角鏡写真全周にわたり虹彩組織は確認できず,毛様突起が観察された.と良好であった.現病歴:左眼白内障術後C1年C3カ月時,泥酔し駐車場で転倒した際に車止めで左眼を打撲した.受傷後から左眼の霧視,眼痛を自覚し,2日後に当科を受診した.初診時所見:視力は右眼C0.7(0.9C×sph+2.25D(cyl.1.75CDCAx85°),左眼30cm/m.m.(矯正不能),眼圧は右眼18CmmHg,左眼C28CmmHgであった.左眼は前房出血のため眼内透見不良であったが,前房深度は深く,全周の虹彩が確認できなかった(図1).IOLは.内に固定され偏位はなく,Seideltestは陰性で,Bモード超音波検査では硝子体出血や網膜.離を疑う所見はみられなかった.これらの所見から眼球破裂の合併はないものと判断し,降圧薬を内服のうえ,保存的に経過観察を行った.経過:前房出血は徐々に吸収され,受傷C4日後には全周の虹彩欠損が明らかとなった.受傷C11日後には左眼視力はC0.4(1.0C×sph.0.75D(cyl.0.25DAx145°)に回復し,眼圧は16CmmHgに下降した.白内障手術切開創の拡大・離解はなく,切開創に虹彩とおぼしき色素性組織の付着がみられた(図2).眼底の透見も可能となり,異常はみられなかった.後日行った隅角鏡検査では,虹彩組織の残存はなく,全周性に毛様体突起が確認された(図3).受傷からC5カ月が経過し,羞明に対して人工虹彩付きソフトコンタクトレンズ(soft図4「シード虹彩付ソフト」装用時の左眼前眼部写真a:茶(C),瞳孔が透明なタイプ(No.3).僚眼に似た最濃の茶色を選択したが,ソフトコンタクトレンズを通して眼内レンズの全貌が透見され,羞明の改善もみられなかった.Cb:黒(D),瞳孔が透明なタイプ(No.3).眼内レンズは透見されず,羞明の訴えも解消した.Ccontactlense:SCL)の装用を希望された.「シード虹彩付ソフト」(シード社)のなかで,僚眼の虹彩色に近いもっとも濃い茶色の茶(C)で,瞳孔が透明なタイプCNo.3のCSCLを選択し,虹彩径C12Cmm,瞳孔径C2Cmmでオーダーした.しかし,実際にレンズを装用すると肉眼的に僚眼よりやや薄い色調であり,細隙灯顕微鏡下においてはCSCLを通してCIOLの全貌が透見され(図4a),羞明の改善にも至らなかった.そこでCSCLの虹彩色を黒色(黒(D))へ変更したところ,整容的な違和感もなくなり,羞明の訴えも解消した.患者はコンタクトレンズ使用歴がなく,着脱練習に時間を要したが,高い満足度を得られている(図4b).CII考按白内障手術創は,水晶体.外摘出術(extracapsularcata-ractextraction:ECCE)が主流の時代にはC12Cmmの切開が必要であったが,PEAの普及やCIOLの進歩により現在では2Cmm台にまで狭小化し,安定性や安全性は高まっている1).CBallら2)は,同一施設,同一術者により施行されたCECCE症例とCPEA症例における術後鈍的外傷後の創離解率について比較検討し,ECCE症例における創離解はC5,600例中C21例(0.40%)であったのに対し,PEA症例ではC4,800例中C1例(0.02%)であったと報告している.外傷のエネルギーや術後経過年数は症例によって異なるが,PEA症例での創離解率はCECCE症例の約C20分のC1であり,術式の進歩が術創の安定性に大きく貢献しているといえる.一方で,わが国においては高齢化が急速に進行しており,白内障手術の適応となる年齢層の人口が増加している.高齢者の場合,転倒リスクが高く3),したがって白内障手術後鈍的眼外傷の患者は今後も増加することが予想される.また,術後C6年経過後に鈍的外傷で無虹彩症を生じた症例報告もあり4),小切開白内障手術の長期経過後であっても創離解を生じる可能性があるという認識を医師・患者ともにもつ必要がある.外傷性無虹彩症は虹彩が根部で全周にわたって離断したものをいい,重篤な眼外傷に生じることが多く,前房出血を伴う5).鈍的眼外傷時,外力は組織の脆弱な部分にもっとも強く作用するため,過去に内眼手術の既往がある場合には手術創の離解を生じ,内眼手術の既往がない場合では輪部あるいは直筋付着部付近の強膜に破裂創を生じやすいことが知られている3,5).本症例でも術創以外に裂創はなく,離断した虹彩は角膜切開創から脱出し,その後切開創は自然閉鎖したと考えられた.術創からの虹彩脱出については,①外傷により手術切開創が一時的に歪み,房水が流出,②持ち上げられた虹彩が創口に引き寄せられ,創口に嵌頓,③創口の内側と外側に生じる圧勾配により虹彩離断が生じ,創口から房水とともに眼外に脱出,④創口の自己閉鎖性や凝固血によって房水流出が遮断されるというメカニズムが提唱されている6,7).ここで前述したCBallら2)の報告において創離解をきたした症例の虹彩所見に着目すると,ECCE症例のC21例中,3例は虹彩損傷なし,18例で部分的な虹彩の断裂・脱出をきたしたが,無虹彩となった症例はなかった.それに対しCPEA症例のC1例は無虹彩であったと報告されている.これにはPEAにおける小切開創のほうが無虹彩症を生じやすいメカニズムがあると考える.ECCEのような大きな切開創では比較的眼内圧が低い時点から創離解を生じてしまうが,創が大きいがゆえ,圧が下がりやすく,また房水流出時に虹彩が引き込まれた場合にも創の完全閉塞には至りにくく,部分的な虹彩損傷に終わる.一方,PEAの小切開創は安定性が高く,創離解率も低いが,小切開創が離解する場合には,より高い(130)眼内圧が生じているといえる.その高まった圧により小さな創から房水が押し出され,その際に虹彩が引き込まれると比較的容易に創を閉塞する.房水流出はいったん遮断されるが,その時点で眼内圧が十分に下降していない場合には,嵌頓部を起点に全周の虹彩離断を生じ,房水とともに全虹彩の脱出に至ると考えられる.このことから白内障術後外傷性無虹彩症は,小切開化に伴い,生じるリスクがより高くなった病態である可能性も考えられる.小切開強角膜切開創と角膜切開創の外力に対する抵抗性について,Ernestら8)は猫眼において幅C1.7CmmC×トンネル長C3.0Cmmの切開創を比較し,術翌日では角膜切開創のほうが強角膜切開創より低い外力で変形を生じたこと,創部の治癒過程にみられる線維血管反応が強角膜切開創ではC7日以内に生じたのに対し,角膜切開創ではC60日かかったことを報告している.また,角膜切開創の形状と外力に対する抵抗性について,Mackoolら9)はヒト摘出眼球に幅C3.0Cmmもしくは3.5Cmm,トンネル長C1.0Cmm.3.5Cmm(0.5Cmm間隔)の角膜切開創を作製し外力を投じたところ,トンネル長C2.0Cmm以上で大きな耐性を示したと報告している.このように強角膜切開創であるか角膜切開創であるか,またトンネル長の違いによって術創の外力に対する抵抗性に差がみられるが,本症同様の白内障術後外傷性無虹彩症の既報において,筆者らが調べた限り,角膜切開創4,10,11)と強角膜切開創2,6,12)いずれの報告も同程度であった.以上より,切開創の大きさ,位置,術後経過期間による創の安定性と,鈍的外傷のエネルギーの大きさ,タイミングなど条件が揃うと外傷性無虹彩症に至ると考えられる.切開創が小さいほど術創の安定性は高く,術後経過期間が長くなるほど外力に対する抵抗性は増すと考えられるが,本症のように極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性があり,その場合にはそれだけ高い眼内圧が生じていることを意味するため注意が必要である.本症例では外傷性無虹彩症をきたしたが,IOLの偏位や脱出はみられなかった.同様に自己閉鎖創白内障手術後にCIOLの偏位や脱出がみられなかった症例としては,筆者らが調べた限りC1997年にCNavoCn6)が報告した強角膜切開C5.5mm,術後C4カ月の症例が最初である.無虹彩症をきたすほどの衝撃が加わったにもかかわらず,IOLの偏位を生じず,水晶体.やCZinn小帯に損傷がみられなかった要因の一つには,前述の虹彩脱出のメカニズムからも推測されるとおり,角膜または強角膜切開創が衝撃による外圧を逃がすバルブの機能を果たすことがあげられる6,10)が,その他の要因としてCIOLの材質の関与が考えられる11).白内障術後鈍的外傷性無虹彩症の既報に,IOLが硝子体内へ落下し,その後網膜.離をきたした症例がある2).この症例で使用されていたCIOLは硬い素材のCpolyCmethylmethacrylate(PMMA)で,受傷時の衝撃を吸収できずに重症化した可能性が考えられている.術式の進化とともにCIOLの開発も進み,今ではCfoldableIOLが一般的に使用されている.小切開,極小切開創から安全に挿入できることをめざし開発されたCfoldableIOLであるが,その柔軟性により本症例でも受傷時の衝撃を吸収し,水晶体.やCZinn小帯の損傷を防ぐことができた可能性が考えられる.無虹彩症による羞明の対症療法として,わが国では遮光眼鏡,人工虹彩付きCSCLが推奨されている.現在わが国で唯一認可されている人工虹彩付きCSCLは,「シード虹彩付ソフト」(シード社)のみである13).このCSCLは現在主流のC1日交換型あるいは頻回交換型CSCLと異なり,使用後に適切な洗浄・消毒のケアが必要な従来型に分類される.5種類の虹彩デザイン(周辺透明部の有無,瞳孔の有無の組み合わせ)とC4色の虹彩色の全C19パターンから選択し,度数,虹彩径,瞳孔径,瞳孔色をオーダーして作製することができる.現物サンプルはあるがトライアルレンズはなく,購入後C1回限り交換可能となっている.羞明に対する処方の場合,薄い色では本症例のように透けて症状改善に至らないことがあり,その際は虹彩色の変更が望ましいと考える.シード虹彩付ソフトの素材はメタクリル酸C2-ヒドロキシエチル,通称ハイドロゲルであり,一般的な頻回交換型のCSCLに比べると酸素透過係数は低い.今後は基本的な眼科検査・診察に加え,SCLの装用状況やケアの適正性,SCLの状態やフィッティングを確認し,角膜上皮障害などCSCL装用に伴う合併症にも注意して経過観察していく必要があると考える.今回の症例はC2.4Cmmの極小切開で施行した白内障術後C1年C3カ月が経過していたが,鈍的外傷により創離解が生じた.その後切開創は自然閉鎖したが,無虹彩症をきたした.白内障手術の進歩に伴い,術創は狭小化し手術時間も短縮しているが,それゆえ患者の術後眼球保護に対する意識の低下が懸念される.極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性があることを認識し,患者の年齢,性格,生活環境などに応じて術後患者指導を行うことの重要性を再確認する必要がある.また,外傷性無虹彩症は小切開創で生じやすい可能性があり,症例の蓄積が重要と考える.文献1)三戸岡克哉:白内障手術法の進化.あたらしい眼科C26:C1009-1016,C20092)BallCJL,CMcLeodBK:TraumaticCwoundCdehiscenceCfol-lowingCcataractsurgery:aCthingCofCtheCpast?CEyeC15:C42-44,C20013)相馬利香,森田啓文,久保田敏昭ほか:高齢者における鈍的眼外傷の検討.臨眼C63:93-97,C20094)MikhailM,KoushanK,ShardaRetal:Traumaticanirid-iaCinCaCpseudophakicCpatientC6CyearsCfollowingCsurgery.CClinOphthalmolC6:237-241,C20125)矢部比呂夫:鈍的眼外傷.日本の眼科C68:1317-1320,C19976)NavonES:Expulsiveiridodialysis:AnCisolatedCinjuryCafterCphacoemulsi.cation.CJCCataractCRefractCSurgC23:C805-807,C19977)AllanB:Mechanismofirisprolapse:Aqualitativeanaly-sisCandCimplicationsCforCsurgicalCtechnique.CJCCataractCRefractSurgC21:182-186,C19958)ErnestCP,CTippermanCR,CEagleCRCetal:IsCthereCaCdi.e-renceCinCincisionChealingCbasedConClocation?CJCCataractCRefractSurgC24:482-486,C19989)MackoolCR,CRussellR:StrengthCofCclearCcornealCincisionsCinCcadaverCeyes.CJCCataractCRefractCSurgC22:721-725,C199610)BallJ,CaesarR,ChoudhuriD:Mysteryofthevanishingiris.JCataractRefractSurgC28:180-181,C200211)Muza.arCW,CO’Du.yD:TraumaticCaniridiaCinCaCpseudo-phakiceye.JCataractRefractSurgC32:361-362,C200612)三田覚,坂本拡之,堀貞夫:白内障術後外傷性無虹彩症のC1例.東女医大誌82:220-225,C201213)大口泰治:虹彩付ソフトコンタクトレンズによる羞明への対応.あたらしい眼科C38:775-782,C2021***