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Amsler チャートによる緑内障性傍中心視野障害検出の検討

2023年1月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(1):118.121,2023cAmslerチャートによる緑内障性傍中心視野障害検出の検討松岡孝典佐藤大樹西垣誠士部坂優子雲井美帆辻野知栄子松田理大鳥安正独立行政法人国立病院機構大阪医療センター眼科CExaminationofParacentralVisualFieldDefectsinGlaucomabyAmslerChartTakanoriMatsuoka,HirokiSatou,SeijiNishigaki,YukoHesaka,MihoKumoi,ChiekoTsujino,SatoshiMatsudaandYasumasaOtoriCDepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationOsakaNationalHospitalC目的:緑内障の傍中心視野障害検出に対するCAmslerチャートの有用性を検討すること.対象および方法:大阪医療センター眼科を受診し,HumphreyCFieldCAnalyzerCSITA-FAST10-2(以下,HFA10-2)とCAmslerチャート(Whiteonblack)を施行したC22例C22眼を対象とした.Amslerチャートによる傍中心視野障害の検出率をCHFA10-2と比較し,感度・特異度・陽性的中率・陰性的中率を検討した.両眼とも緑内障の場合は,MD値が低値である眼を選択した.患者背景は,平均年齢C61.1±12.3歳,平均CMD値(HFA10-2).13.5±7.4CdB,中心窩閾値C31.3±8.1CdB.それぞれの検査における異常ありの定義は,Amslerチャート:暗点あり,HFA10-2:パターン偏差で連続するC3点に危険率C5%以下の感度低下があり,そのうちのC1点が危険率C1%以下であるものとした.結果:Amslerチャートの傍中心視野障害の検出率は,感度C85%(17/20),特異度C100%(2/2),陽性的中率C100%(17/17),陰性的中率C40%(2/5)であった.Amslerチャートで認めた暗点は,すべてCHFA10-2の視野障害の部位と一致した.結論:Amslerチャートは,緑内障における傍中心視野障害のスクリーニング方法として用いることが可能である.CPurpose:ToexaminetheusefulnessoftheAmslerchartfordetectingparacentralvisual.elddefectsinglau-coma.CMethods:ThisCstudyCinvolvedC22CeyesCofC22CpatientsCwhoCunderwentCHumphreyCFieldCAnalyzerCSITA-FAST10-2(HFA10-2)andAmslerchart(whiteonblack)visual.eldtests.Ifbotheyeshadglaucoma,theeyewiththelowermeandeviation(MD)valuewasincluded.Patientbackgroundwasasfollows:ameanageof61.1C±12.3years,andameanMDof.13.5±7.4CdB.Thede.nitionofabnormalineachexaminationwasasfollows:CAmslerchart:darkspotspresent,andHFA10-2:threeconsecutivepoints(asensitivityreductionof5%orless),withoneofwhichhavingariskof1%orlessinpatterndeviation.Results:TheAmslercharthadasensitivityof85%,speci.cityof100%,positivepredictivevalueof100%,andnegativepredictivevalueof40%.Conclusions:CTheAmslerchartcanbeusedasascreeningtoolforparacentralvisual.elddefectsinglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(1):118.121,C2023〕Keywords:Amslerチャート,ハンフリー視野検査,緑内障,傍中心視野障害,スクリーニング.AmslerCchart,CHumphreyvisual.eldtest,glaucoma,paracentralvisual.elddefects,screening.Cはじめに緑内障における傍中心視野障害は,患者のCqualityCofClifeの低下をきたすため1),緑内障の重症度分類であるCAnder-son分類でも重視されており2),出現時は治療強化のタイミングとなる.しかし,緑内障の静的視野検査として多く用いられているCHumphreyCFieldCAnalyzerCSwedishCinteractiveCthresholdalgorithm(以下,HFASITA)30-2あるいは24-2プログラムは,HFASITA10-2プログラムと比較すると,傍中心視野障害検出は劣ると報告されている3).また,傍中心視野障害のある患者では,HFASITA24-2よりもCHFASITA10-2のほうが視野障害の進行をより鋭敏に捉えることができるとの報告もある4).このように重症度および進行速度の把握に重要となる傍中心視野障害の早期発見のためには,HFACSITA-Faster24-2Cといった新たなプログ〔別刷請求先〕松岡孝典:〒540-0006大阪府大阪市中央区法円坂C2-1-14独立行政法人国立病院機構大阪医療センター眼科Reprintrequests:TakanoriMatsuoka,DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationOsakaNationalHospital,2-1-14Hoenzaka,Chuoku,Osakashi,Osaka540-0006,JAPANC118(118)ラムの導入や,HFASITA10-2を追加で行うことなどが必要である.しかし,緑内障と診断されたすべての患者にCHFASITA10-2を行うことは現実的ではなく,傍中心暗点検出のために簡便で短時間に行うことのできるスクリーニング検査が求められる.AmslerチャートはCMarkAmslerによって考案され,十分近方矯正したうえで眼前C30Ccmにかざすと,固視点から10°の視野が検査可能となる.白地に黒線のCblackonwhite(以下,BOW)のものと,黒字に白線のCwhiteonblack(以下,WOB)がある5).Amslerチャートは,網膜前膜や中心性漿液性脈絡網膜症といった網膜疾患のスクリーニングとして用いられることが多い6).緑内障に対してのCAmslerチャートの有用性の検討としては,Suらの報告がある7)が,わが国からの報告はない.そこで筆者らは日本人における緑内障性傍中心視野障害検出に対してのCAmslerチャートの有用性を検討した.CI対象および方法大阪医療センター緑内障外来を受診し,HFASITA-Fast10-2(CarlZeiss以下,HFA10-2)とCAmslerチャート(半田屋商店)を施行したC22例C22眼(男性C13例C13眼,女性C9例C9眼)を対象とした.両眼とも緑内障である場合は,検査眼はCHFA10-2のCmeandeviation(以下,MD)値がより低値であるものを選択した.対象の平均年齢は,61.1±12.3(31.77)(平均値±標準偏差(範囲)歳であった.病型は,原発開放隅角緑内障(狭義)14例,正常眼圧緑内障C6例,続発緑内障C1例,落屑緑内障C1例であった.平均矯正視力は0.8(0.2-1.5),HFA10-2での平均CMD値は.13.5±7.4(.28.27.0.34)dB,中心窩閾値C31.3±8.1(o..39)dBであった.AmslerチャートはCWOB(図1)のものを使用し,視能訓練士が眼前C30Ccmにかざし,明室で暗点の部位を問診し,暗点の自覚部位を記載した.その後にCHFA10-2を行い,検査結果を比較した.異常ありの定義として,Amslerチャート:暗点あり,HFA10-2:パターン偏差で連続するC3点が危険率C5%以下であり,そのうち一点が危険率C1%以下のものとした.Amslerチャートにおける中心視野障害の検出率をCHFA10-2と比較して感度・特異度・陽性的中率・陰性的中率を比較検討した.また,EZRを用いて,l係数算出およびCMann-WhitneyUtestでの有意差検定を行った8).本研究は後ろ向き研究であり,診療録から年齢,性別,病型,HFA10-2,Amslerチャートを抽出した.また,ヘルシンキ宣言に準じており,当院の臨床研究審査委員会の承認のもとで行った(承認番号C20083).図1本研究で使用したAmslerチャート第C1表whiteonblackを用いた.II結果HFA10-2では,異常ありC20眼,異常なしC2眼であった.Amslerチャートの検査では,異常ありC17眼,異常なしC5眼であった.両検査とも異常ありはC17眼.HFA10-2異常ありだが,Amslerチャートで異常なしと判断されたものはC3眼あった.HFA10-2で異常なしの症例では,全例CAmslerチャートでは異常なしであった.Amslerチャートでの中心視野障害の検出は,感度C85%(17/20),特異度C100%(2/2),陽性的中率C100%(17/17),陰性的中率C40%(2/5)であった.l係数はC0.51であった.HFA10-2で異常ありだが,Amslerチャートで異常なしであったC3例は,全員男性で,矯正視力は,(0.5),(1.5),(1.5)であり,平均CMD値は.9.8±1.4CdB,平均中心窩閾値はC31.7±2.2CdBであった.両検査で異常ありの症例群の平均MD値.15.7±6.6CdB,中心窩閾値C32.7±4.7CdBと比較して有意差はなかった.(p=0.146,p=0.669)図2にCHFA10-2とCAmslerチャートの視野障害の比較を示す.症例C1は,75歳の正常眼圧緑内障の女性.矯正視力は(0.9),MD値は.17.23CdB,中心窩閾値はC33CdB.HFA10-2で上および下鼻側に視野障害があり,Amslerチャートでも同様の位置に視野異常を認めた.症例C2は,40歳の原発開放隅角緑内障の男性.矯正視力は(1.5),MD値は.6.14dB,中心窩閾値はC34CdB.HFA10-2で上鼻側に視野障害があり,Amslerチャートで同様の部位に視野異常があった.症例C3はC64歳の原発開放隅角緑内障の男性.矯正視力は(0.5),MD値は.9.62CdB,中心窩閾値はC33CdB.HFA10-2では上鼻側に視野障害があったが,Amslerチャートでは視野異常を自覚しなかった.症例C1と症例C2のようにCAmslerチャートで検出される暗点は,HFA10-2のパターン偏差と比べて視野障害の位置は一致するが,面積は小さい傾向にあった.図2HumphreyFieldAnalyzer10-2(HFA10-2)とAmslerチャートの視野障害の比較症例1:75歳,女性.正常眼圧緑内障.矯正視力(0.9),MD値.17.23CdB,中心窩閾値C33CdB.HFA10-2のパターン偏差とCAmslerチャートの視野異常が一致している.症例2:40歳,男性.原発開放隅角緑内障.矯正視力(1.5)MD値C.6.14CdB,中心窩閾値C34CdB.HFA10-2のパターン偏,差とCAmslerチャートの視野異常の部位は一致しているが,Amslerチャートの視野異常の面積が小さい.症例3:64歳,男性.原発開放隅角緑内障.矯正視力(0.5)MD値C.9.62CdB,中心窩閾値C33CdB.HFA10-2のパターン偏,差では上鼻側に感度低下があるが,Amslerチャートでは視野異常が検出できなかった.MD:meandeviation.III考按Amslerチャートによる緑内障性傍中心視野障害の検出を検討したところ,感度は低いが特異度が高い結果となった.また,Cl係数はC0.51であり,AmslerチャートとCHFA10-2の検査結果は一致していた.緑内障性傍中心視野障害に対してのCAmslerチャートの感度・特異度の既報としては,Suらは感度C68%,特異度C92%(WOB,平均年齢C60.9歳,平均CMD値C.8.21CdB)7),Gesse-sseらは感度C71.7%,特異度C95.4%(WOB,平均年齢C59.8歳,平均CMD値C.19.94dB),感度C80.4%,特異度C95.4%(BOW,同一症例)9)と報告している.今回の報告は,既報と同様に特異度が高く感度が低い結果であった.SuらはMD値によるCAmslerチャートの感度比較を行っており,MD値が低値であるほど,感度が高くなると報告している7).今回の検討では既報より感度・特異度ともに高値であるが,MD値がC.12CdB以下がC12例と中期以降の症例が多かったため,既報よりも感度が高い結果となった.Amslerチャートは,網膜疾患のスクリーニングで用いられることが多いが,感度は高くなく,感度C20.60%,特異度C88.95%と報告されている10).網膜疾患での検討では,病変の大きさにより感度は変化するとされ,直径C6°以内の暗点は約C80%判別できないと報告されている6).緑内障性視野障害の検出も暗点の面積によって異なると考えられるが,網膜疾患と異なり,中心視野の異常でないため,さらに大きな暗点でなければ検出できない可能性がある.今回の研究では,Amslerチャートの記載を視能訓練士が行った.患者ごとに異なる視能訓練士が検査および記載を行ったため,Amslerチャートの暗点の面積と視野障害の検出率を比較することができていない.暗点の面積とスクリーニングの有用性については,今後の検討課題としたい.今回の検討では,HFA10-2で異常ありだが,Amslerチャートで異常なしとなった偽陰性の症例はC3例あった.3症例とも男性であったが,平均CMD値や平均中心窩閾値は両検査で異常ありの症例と有意差はなかった.矯正視力は(1.5)と良好な症例もあったが,症例C3で示したような不良例もあった.症例C3は唯一眼であり,矯正視力も不良でありながら,自覚症状がないため,緑内障の治療強化に消極的であった症例である.偽陰性となる症例の特徴の検討は既報でもなされておらず7,9),病気への向き合い方や性格もCAmslerチャートにおける暗点の検出率に関与しており,HFA10-2の測定値のみでは推測できない可能性がある.網膜前膜と緑内障が合併している眼は,網膜前膜を合併していないもう片眼と比べて視野障害が進行しているという報告もある10).Amslerチャートを用いて傍中心暗点とともに歪視の有無をみることで黄斑部疾患の有無も同時にスクリーニングできることは意義深い.緑内障のスクリーニングとしては,従来クロックチャートが用いられ,早期緑内障の検出として有用であると報告されている11).しかし,クロックチャートは,中心視野障害検出はやや乏しいことと,大きさが新聞と同じであるためスマートホンを用いたスクリーニングとしては使用できないことが問題点である.近年はスマートホンが普及しており,今回の検討からもスマートホンでCAmslerチャートを表示してのセルフチェックは有用である可能性がある.今回の検討では,視能訓練士によってCAmslerチャート検査が行われたが,当院の実際の日常診療では医師自身が行っている.Amslerチャートを患者に片眼ごとに提示して格子の見え方の異常の有無を問い,異常があるようなら,HFA10-2などの精査を行う.OCTでの神経線維層欠損の位置から中心視野障害の位置を予想し,再度問診すると,視野障害の部位の格子の見え方に異常を自覚することが多い.Crabbらは,緑内障性視野障害の部位の見え方を検討しており,blurredpartsやCmissingpartsの見え方が多いと報告している12).Fujitaniらは,Amslerチャートでの緑内障性視野障害の部位の見え方の検討で,missing/white31%,Cblurry/gray24%,black21%と報告している13).今回の研究では,見え方の検討は行っていないが,日常診療の印象としては,やはりCmissing/whiteかCblurry/grayのように見えているようである.また,同論文では,Amslerチャートを行うことで,緑内障性視野障害を自覚し,点眼アドヒアランスの向上が期待できるとも報告している14).当院でもAmslerチャートで視野障害を自覚した症例のなかには,緑内障手術を含めた治療強化に積極的になる者もあった.本研究の限界として,対象症例が少ないこと,緑内障の病期が進行した例が多いこと,患者自身が大病院に紹介となった時点で通常より検査に積極的になった可能性があることがあげられる.自覚を問う検査であり,検査を行う環境や患者自身の心理面も重要であるため,通常よりも感度,特異度が高く出ている可能性がある.軽症例やクリニックでの感度,特異度も検討することが今後の課題である.また,今回の検討ではCWOBのCAmslerチャートのみを使用して検討したが,視野異常の検出感度はCBOWを用いたほうが高いとの報告もある9)ことから,BOWを用いての検査も今後の検討としたい.以上,Amslerチャートは緑内障による傍中心視野障害のスクリーニングとして有用であることが明らかになった.本研究の内容の一部は第C32回日本緑内障学会で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SumiCI,CShiratoCS,CMatsumotoCSCetal:TheCrelationshipCbetweenCvisualCdisabilityCandCvisualC.eldCinCpatientsCwithCglaucoma.OphthalmologyC110:332-339,C20032)AndersonCDR,CPatellaVM:AutomatedCstaticCperimetry,CCVMosby,St.Louis,19993)Sullivan-MeeCM,CKarinCTranCMT,CPensylCDCetal:Preva-lence,Cfeatures,CandCseverityCofCglaucomatousCvisualC.eldClossCmeasuredCwithCtheC10-2CachromaticCthresholdCvisualC.eldTest.AmJOphthalmolC168:40-51,C20164)KungY,SuD,SimonsonJLetal:ParafovealscotomainprogressioninglaucomaHumprey10-2versus24-2visu-al.eldanalysis.OphthalmologyC120:1546-1550,C20135)AmslerM:Methodofusingthetestchartofquantitativevision.アムスラーチャート付属説明書6)SchuchardRA:ValidityCandCinterpretationCofCAmslerCgridreports.ArchOphthalmolC111:776-780,C19937)SuCD,CGreenbergCA,CSimonsonCJLCetal:E.cacyCofCtheCAmslergridtestinevaluatingglaucomatouscentralvisualC.elddefects.OphthalmologyC123:737-743,C20168)KandaY:InvestigationCofCtheCfreelyCavailableCeasy-to-useCsoftware“EZR”(EasyR)forCmedicalCstatistics.CBoneCMarrowTransplantC48:452-458,C20139)GessesseGW,TamratL,DamjiKF:AmslergridtestfordetectionCofCadvancedCglaucomaCinCEthiopia.CPLoSCOneC15:e0230017,C202010)SakimotoCS,COkazakiCT,CUsuiCSCetal:Cross-sectionalCimagingCanalysisCofCepiretinalCmembraneCinvolvementCinCunilateralCopen-angleCglaucomaCseverity.CInvestCOphthal-molVisSciC59:5745-5751,C201811)MatsumotoCC,CEuraCM,COkuyamaCSCetal:CLOCKCHART(CR):aCnovelCmulti-stimulusCself-checkCvisualC.eldscreener.JpnJOphthalmolC59:187-193,C201512)CrabbDP,SmithND,GlenFCetal:Howdoesglaucomalook?patientperceptionofvisual.eldloss.Ophthalmolo-gyC120:1120-1126,C201313)FujitaniCK,CSuCD,CGhassibiCMPCetal:AssessmentCofCpatientperceptionofglaucomatousvisual.eldlossanditsassociationwithdiseaseseverityusingAmslergrid.PLoSOneC12:e0184230,C2017***

新しい眼内レンズ度数計算式における予測精度と屈折誤差に 関連する因子の検討

2023年1月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(1):111.117,2023c新しい眼内レンズ度数計算式における予測精度と屈折誤差に関連する因子の検討白玖柾貴*1後藤克聡*2竹原弘泰*3水川憲一*1山地英孝*1杉本拓磨*1馬場哲也*1宇野敏彦*1桐生純一*2*1白井病院*2川崎医科大学眼科学1教室*3井上眼科CFactorsRelatedtoPredictionAccuracyandRefractiveErrorinNewIOLPowerCalculationFormulasMasakiHaku1),KatsutoshiGoto2),HiroyasuTakehara3),KenichiMizukawa1),HidetakaYamaji1),TakumaSugimoto1),TetsuyaBaba1),ToshihikoUno1)andJunichiKiryu2)1)ShiraiEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,3)InoueEyeClinicC目的:新しい眼内レンズ(IOL)度数計算式の予測精度と屈折誤差に関連する因子を比較検討した.対象および方法:対象は白内障手術を施行したC88例C150眼で,計算式にCSRK/T,BarrettCUniversalII式(Barrett),Kane,EVO2.0を用いた.各式の屈折誤差の割合をCCochranのCQ検定,屈折誤差に関連する因子を多変量解析で検討した.結果:屈折誤差±0.25D以内の割合は,EVOはSRK/TやCBarrettよりも有意に高く(p<0.05),±0.50D以内の割合は,EVO・Kane・BarrettはCSRK/Tよりも有意に高かった(p<0.01).屈折誤差に関連する因子は,SRK/Tは前房深度,眼軸長,挿入CIOL度数,Barrettは平均角膜屈折力,眼軸長,挿入CIOL度数,KaneとCEVOは挿入CIOL度数のみであった.結論:EVOはCSRK/TやCBarrettよりも精度が高く,Kaneと同等であった.EVOとCKaneは標準値をはずれた術前生体計測値でも影響を受けにくい計算式であることが示唆された.CPurpose:ToCcompareCtheCpredictionCaccuracyCofCnewCintraocularlens(IOL)powerCcalculationCformulasCandCfactorsassociatedwithrefractiveerror(RE)C.PatientsandMethods:Thisstudyinvolved150eyesof88patientswhoCunderwentCcataractCsurgery.CSRK/T,CBarrettCUniversalII(Barrett)C,CKane,CandEVO2.0(EVO)wereCusedCasCcalculationCformulas.CTheCpercentageCofCRECforCeachCformulaCwasCdeterminedCbyCCochran’sCQCtest,CandCfactorsCrelatedtoREwereexaminedbymultivariateanalysis.Results:ThepercentageofREwithin±0.25diopters(D)CwasCsigni.cantlyChigherCinCEVOCthanCinCSRK/TCandBarrett(p=0.05)C,CandCtheCpercentageCwithinC±0.50Dwassigni.cantlyhigherinEVO,Kane,andBarrettthaninSRK/T(p=0.01)C.FactorsassociatedwithREwereanteriorchamberdepth,axiallength,andIOLpowerinSRK/T,cornealradius,axiallength,andIOLpowerinBarrett,andonlyIOLpowerinKaneandEVO.Conclusions:TheaccuracyofEVOwashigherthanthatofSRK/TandBar-rettandcomparabletothatofKane.WebelivethattheEVOandKaneformulasarelessa.ectedbythenon-stan-dardpreoperativebiometricdata.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):111.117,C2023〕Keywords:眼内レンズ,屈折誤差,計算式,Kane式,EVO式.intraocularlens,refractiveerror,calculationformula,Kaneformula,EVOformula.Cはじめにるかが重要であるが,わが国では従来の計算式であるCSRK/白内障手術において術後の患者満足度を高めるためには,T式1)がもっとも多く使用され,ついでCBarrettUniversalII正確な眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数の選択が求式(以下,Barrett),Haigis式の順に多いとされる2).近年められる.そのためにはどのようなCIOL度数計算式を用いでは,Barrettが使用されることが増えており,術後屈折誤〔別刷請求先〕白玖柾貴:〒767-0001香川県三豊市高瀬町上高瀬C1339医療法人明世社白井病院Reprintrequests:MasakiHaku,ShiraiEyeHospital,1339TakaseKamitakase,Mitoyocity,Kagawa767-0001,JAPANC0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(111)C111表1各計算式に用いた眼球パラメータ・SRK/T眼軸長,角膜屈折力・Barrett眼軸長,角膜屈折力,前房深度,水晶体厚,角膜横径・Kane眼軸長,角膜屈折力,前房深度,性別・EVO眼軸長,角膜屈折力,前房深度差の少ない有用な計算式であることが報告されている3,4).さらに,新しい計算式としてCKaneformula5)(以下,Kane)やCEmmetropiaCVerifyingCOptical(EVO)formulaCversionC2.05)(以下,EVO)が登場した.KaneはCJackXKaneが開発した計算式であり,理論光学に基づいており回帰式と人口知能の両方が搭載されている.EVOはCTunKuanYeoが開発した正視化理論に基づいた厚肉レンズ計算式である.KaneとCEVOは予測精度が高いことが海外で報告されている6)が,筆者らが調べた限りわが国において報告はなく,日本人における精度は不明である.そこで今回,新しいCIOL度数計算式の予測精度および屈折誤差に関連する因子を他の計算式と比較検討した.CI対象および方法白井病院(以下,当院)倫理委員会承認のもと,ヘルシンキ宣言に基づき後ろ向き観察研究を施行した.対象はC2019年C4月.2021年C3月に当院で白内障手術が施行され,術後3カ月まで経過観察できた症例である.6名の術者がC2.4Cmmの角膜切開創または経結膜C1面切開創から超音波乳化吸引術およびCIOL挿入術を施行し,IOLが.内固定できた症例を対象とした.挿入したCIOLは,DCB00V(オプティブルー:ワンピースアクリル,Johnson&Johnson)であった.対象の除外基準は,術前に白内障以外に視力に影響を及ぼす角膜疾患や網膜疾患があるもの,屈折矯正手術や外傷の既往があるもの,光学式眼軸長測定装置COA-2000(トーメーコーポレーション)で測定できなかったもの,Zinn小帯脆弱例,術中および術後合併症のあったもの,術後矯正視力がC0.7未満であったものとした.年齢,性別,既往歴,現病歴,治療歴,屈折度数,視力,眼内レンズの種類,OA-2000による眼軸長と角膜屈折力(弱主経線:K1,強主経線:K2),前房深度,水晶体厚,角膜横径を診療録から抽出した.IOL度数計算式にはCSRK/T,Barrett,Kane,EVOのC4式を用いた.各計算式に用いた眼球パラメータを示す(表1).実際の手術で使用したCIOL度数の決定にはすべてCSRK/Tが用いられており,その後,挿入CIOL度数での術後予想屈折値をCSRK/T以外のC3式でも算出した.レンズ定数にはメーカー推奨値を使用しCSRK/T,Kane,EVOにはCA定数C118.8,BarrettにはCLensCFac-tor1.77を用いた.定数による誤差の要因を除去するために,既報7)に基づき各眼の屈折誤差値から全体の単純屈折誤差の平均値を減算して平均値がC0になるように較正した値で比較検討を行った.屈折誤差は,術後C3カ月における自覚的屈折値の等価球面値と挿入CIOL度数における各式の予想屈折値との差(自覚的屈折値-予想屈折値)と定義した.検討項目は各計算式における単純値屈折誤差,絶対値屈折誤差,屈折誤差±0.25D,C±0.50D,C±1.00D以内の割合,眼軸長別における屈折誤差の割合,屈折誤差に関連する因子とした.眼軸長別の屈折誤差の割合は標準的な眼球形状とされるC23.0.25.0Cmm8)を基準とし,23.0Cmm未満,23.0.25.0Cmm,25.01Cmm以上のC3群に分けて解析を行った.屈折誤差に関連する因子は多変量解析で検討した.統計学的検討4式間における較正後絶対値屈折誤差の比較にはCFried-man検定,4式間における屈折誤差の割合の比較にはCochranのCQ検定,眼軸長別0.50D以内の割合の比較にはC|2検定を用いた.単純値屈折誤差に影響する因子の検討には重回帰分析を用い,目的変数は較正後の単純値屈折誤差,説明変数はCIOL度数,平均角膜屈折力,角膜乱視,前房深度,眼軸長,年齢,性別,角膜横径とした.IOL度数と単純値屈折誤差の相関にはCSpearmanの順位相関係数を用いた.すべての統計解析の有意水準はC5%未満とし,統計ソフトはCSPSSver.22(IBM社)を用いて行った.CII結果本研究で対象となったC88例C150眼の平均年齢はC74.0C±6.6歳(52.88歳),男性C77眼,女性C73眼,角膜屈折力の弱主経線はC43.91C±1.56D(40.61.48.70D),強主経線はC44.81C±1.61D(41.41.49.56D),角膜乱視はC.0.90±0.55D(C.0.05..2.73D),角膜横径はC11.54C±0.49Cmm(10.14.13.35mm),前房深度C3.24C±0.40Cmm(2.16.4.23Cmm),眼軸長はC23.87±1.38mm(21.69.28.55mm),術後視力はClogMARC.0.10±0.07(0.18.C.0.15),挿入CIOL度数はC19.86C±3.08D(9.5.25.50D)であった(表2).各眼軸長別の症例数の分布を示す(図1).C1.術後屈折誤差屈折誤差の平均値,標準偏差,中央値,四分位範囲の値を示す(表3).較正前の単純値屈折誤差(平均値C±標準偏差)はCSRK/TでC0.12C±0.45D,BarrettでC0.16C±0.44D,KaneでC0.14C±0.44D,EVOでC0.14C±0.43,絶対値屈折誤差はSRK/TでC0.35C±0.31D,BarrettでC0.35C±0.31D,KaneでC0.34±0.31D,EVOでC0.34C±0.30Dであった.較正後の絶対値屈折誤差はCSRK/TでC0.34C±0.30D,BarrettでC0.33C±0.28D,KaneでC0.33C±0.29D,EVOでC0.32C±0.28Dであり,各式間で有意差はなかった(p=0.746)(図2).表2患者背景60年齢C74.0±6.6C50性別(男性/女性)77:73角膜屈折力CK1(D)C43.91±1.56C40角膜屈折力CK2(D)C44.81±1.61平均角膜屈折力(D)C44.36±1.56C30角膜乱視(D)C.0.90±0.55C20角膜横径(mm)C11.54±0.49C10前房深度(mm)C3.24±0.40眼軸長(mm)C23.87±1.38C0術後ClogMARC.0.10±0.07挿入CIOL度数C19.86±3.08平均値±標準偏差図1眼軸長別の症例数の分布21mm代は6眼,22mm代は37眼,23mm代は49眼,24mm代は27眼,25mm代は17眼,26mm代はC10眼,27mm代は3眼,28mm代はC1眼,平均眼軸長はC23.87C±1.38mm(21.69.28.55mm)であった.表3単純値および絶対値屈折誤差症例数(眼)2122232425262728眼軸長(mm)単純値屈折誤差(D)絶対値屈折誤差(D)150眼CSRK/TCBarrettCKaneCEVOCSRK/TCBarrettCKaneCEVO平均値C0.12C0.16C0.14C0.14C0.35C0.35C0.34C0.34標準偏差C0.45C0.44C0.44C0.43C0.31C0.31C0.31C0.30中央値C0.11C0.10C0.11C0.11C0.25C0.26C0.23C0.24四分位範囲C0.55C0.51C0.50C0.47C0.44C0.43C0.39C0.43最小C.1.32C.1.01C.1.07C.1.06C0.00C0.01C0.00C0.00最大C1.85C1.66C1.66C1.61C1.85C1.66C1.52C1.47範囲C3.17C2.67C2.73C2.67C1.85C1.66C1.52C1.47(NS.Friedman’stest)較正後単純値屈折誤差(D)絶対値屈折誤差(D)150眼CSRK/TCBarrettCKaneCEVOCSRK/TCBarrettCKaneCEVO平均値C0.00C0.00C0.00C0.00C0.34C0.33C0.33C0.32標準偏差C0.45C0.44C0.44C0.43C0.30C0.28C0.29C0.28中央値C.0.01C.0.06C.0.03C.0.04C0.29C0.26C0.26C0.24四分位範囲C0.55C0.51C0.50C0.47C0.42C0.33C0.32C0.34最小C.1.43C.1.16C.1.21C.1.20C0.00C0.01C0.00C0.00最大C1.73C1.50C1.52C1.46C1.73C1.50C1.52C1.46範囲C3.16C2.66C2.73C2.66C1.73C1.49C1.52C1.462.術後屈折誤差の割合各計算式における屈折誤差の割合を示す(表4).0.25D以内の割合はCSRK/TでC48.0%(72眼),BarrettでC48.0%(72眼),KaneでC50.7%(76眼),EVOでC51.3%(77眼)で,EVOはCSRK/TとCBarrettよりも有意に割合が高かった(p<0.05).EVOとCKaneに有意差はなかったが,EVOとは異なりCKaneとCSRK/T,Barrett間には有意差はなかった.0.50D以内の割合はCSRK/TでC73.3%(110眼),Barrettで(NS.Friedman’stest)79.3%(119眼),KaneでC78.7%(118眼),EVOでC78.7%(118眼)であり,Barrett,Kane,EVOはCSRK/Tよりも有意に割合が高かった(各Cp<0.01).1.00D以内では各式間で有意差がなかった(p=0.06).各計算式で屈折誤差C1.00Dを超える症例がC3.5例みられたが原因は不明であった.そのうちC4式で共通していたC2例においても,逸脱した術前パラメータはみられなかった.(D)単純値屈折誤差(D)絶対値屈折誤差2.002.001.501.001.500.500.001.00-0.50-1.000.50-1.50-2.000.00SRK/TBarrettKaneEVOSRK/TBarrettKaneEVO(NS.Friedman’stest)(NS.Friedman’stest)図2較正後の単純値屈折誤差と絶対値屈折誤差絶対値屈折誤差はCSRK/TでC0.34C±0.30D,BarrettでC0.33C±0.28D,KaneでC0.33C±0.29D,EVOでC0.32±0.28Dであり,各式間で有意差はなかった(p=0.746).表4絶対値屈折誤差における割合計算式0.25D以内0.50D以内1.00D以内SRK/TCBarrettCKaneCEVOC48.0%(n=72)*48.0%(n=72)50.7%(n=76)*51.3%(n=77)73.3%(n=110)97.3%(n=146)79.3%(n=119)**96.0%(n=144)78.7%(n=118)**96.0%(n=144)78.7%(n=118)98.0%(n=147)(**p<0.01,*p<0.05.Cochrans’sQtest)表5眼軸長別の屈折誤差0.50D以内の割合p値計算式23.0Cmm未満23.0Cmm.25.0Cmm25.01Cmm以上(Chi-squaretest)SRK/T65.1%(n=28)81.8%(n=63)83.3%(n=25)C0.076CBarrett81.4%(n=35)81.8%(n=63)83.3%(n=25)C0.976CKane76.7%(n=33)*80.5%(n=62)80.0%(n=24)C0.882CEVO76.7%(n=33)80.5%(n=62)90.0%(n=27)C0.347C3.眼軸長別の術後屈折誤差0.50D以内の割合眼軸長別の屈折誤差C0.50D以内の割合を示す(表5).眼軸長C23.0mm未満での割合は,SRK/TはC65.1%(28眼),BarrettでC81.4%(35眼),KaneでC76.7%(33眼),EVOで76.7%(33眼)となりCBarrett,Kane,EVOはCSRK/Tよりも有意に割合が高かった(SRK/TCvsBarrett:p<0.01,CSRK/TvsKane:p<0.05,SRK/TvsEVO:p<0.05).眼軸長C23.0.25.0Cmmおよび眼軸長C25.01Cmm以上における割合は,各式間で有意差はなかった(各Cp=0.392,0.096).また,各計算式における眼軸長別のC0.50D以内の割合では,Barrett(p=0.976),Kane(p=0.882),EVO(p=0.347)は有意差がなかったが,SRK/T(p=0.076)ではC23.0Cmm未満C114あたらしい眼科Vol.40,No.1,2023(**p<0.01,*p<0.05.Cochrans’sQtest)で低い傾向がみられた.C4.単純値屈折誤差に影響する因子単純値屈折誤差における重回帰分析の結果を示す(表6).SRK/Tは前房深度(標準偏回帰係数C0.26,p<0.01),眼軸長(0.41,p<0.01),挿入CIOL度数(0.75,p<0.01),Bar-rettは平均角膜屈折力(0.26,p<0.05),眼軸長(0.58,p<0.05),IOL度数(0.65,p<0.01),KaneはCIOL度数(0.16,p<0.05),EVOはCIOL度数(0.21,p<0.01)が関連因子であった.多重共線性の確認を行ったが,分散拡大要因がC10を超える変数や説明変数間の相関行列において相関係数が0.9以上を示したものはなく,Durbin-Watson比がC2に近い値を示し残差はランダムであったことから,すべての変数を(114)表6単純値屈折誤差における重回帰分析計算式変数偏回帰係数標準偏回帰係数偏回帰係数C95%信頼区間p値下限値上限値CSRK/T定数C.6.32C.9.28C.3.36<0.01前房深度C0.29C0.26C0.09C0.49<0.01眼軸長C0.13C0.41C0.04C0.22<0.01挿入CIOL度数C0.11C0.75C0.07C0.15<0.01CBarrett定数C.9.44C.16.75C.2.13<0.05平均角膜屈折力C0.07C0.26C0.00C0.14<0.05眼軸長C0.19C0.58C0.04C0.33<0.05挿入CIOL度数C0.09C0.65C0.03C0.15<0.01CKane定数C.0.46C.0.92C.0.01<0.05挿入CIOL度数C0.02C0.16C0.00C0.05<0.05CEVO定数C.0.59C.1.03C.0.15<0.01挿入CIOL度数C0.03C0.21C0.01C0.05<0.01SRK/T:単純値屈折誤差とIOL度数Barrett:単純値屈折誤差とIOL度数2.002.001.50y=0.039x-0.77451.50y=0.0233x-0.46021.00R2=0.07071.00R2=0.02730.500.500.000.00-0.50-0.50-1.00-1.00-1.50-1.50-2.00-2.005.00(D)10.0015.0020.0025.0030.000.00(D)5.0010.0015.0020.0025.0030.00Kane:単純値屈折誤差とIOL度数EVO:単純値屈折誤差とIOL度数2.002.001.50y=0.023x-0.4565R2=0.02631.50y=0.0289x-0.5724R2=0.04361.001.000.500.500.000.00-0.50-0.50-1.00-1.00-1.50-1.50-2.00-2.005.00(D)10.0015.0020.0025.0030.005.00(D)10.0015.0020.0025.0030.00(Spearman’srankcorrelationcoe.cient)図3単純値屈折誤差と挿入IOL度数との相関相関係数(r)は,SRK/TでCr=0.25(p<0.001),BarrettでCr=0.16(p=0.057),KaneでCr=0.15(p=0.062),EVOでCr=0.20(p<0.05)であった.対象とした.すべての計算式で関連因子であった挿入CIOL度数と単純値屈折誤差の相関係数(r)は,SRK/TでIII考按r=0.25(p<0.001),BarrettでCr=0.16(p=0.057),Kaneこれまでに日本人において新しいCIOL度数計算式であるでr=0.15(p=0.062),EVOでCr=0.20(p<0.05)であったKaneとCEVOを用いた報告は筆者らが調べた限りなく,本(図3).研究が初めての報告である.その結果,KaneおよびCEVOは従来の計算式であるCSRK/TやCBarrettよりも予測精度の高い計算式であることが明らかとなった.C1.術後屈折誤差とその割合本研究における較正後絶対値屈折誤差の中央値はCEVO,Kane,Barrett,SRK/Tの順に小さかった.屈折誤差C0.25D以内の精度ではCEVOはCSRK/TやCBarrettよりも有意に精度が高く,Kaneと同等であった.0.50D以内の精度では,EVO,Barrett,Kaneは同等で,3式ともにCSRK/Tよりも有意に精度が高い結果であった.既報において,Saviniら9)の検討では,屈折誤差の中央値はCEVO:0.205,Kane:0.200,Barrett:0.202,SRK/T:0.221で,EVO,Kane,BarrettはCSRK/Tよりも屈折誤差が小さかった.さらに,術後屈折誤差C0.50D以内の割合はEVO:90.7%,Kane:90.0%,Barrett:88.0%,SRK/T:84.7%で,EVOおよびCKaneは精度が高かったと報告している.Hipolito-Fernandesら6)はC13のCIOL度数計算式を比較した結果,Kaneがもっとも予測精度の高い計算式であり,ついでCEVOも優れた結果であったことを報告している.Darcyら10)やCConnellら11)の検討においても,Kaneはもっとも予測誤差が小さく,BarrettやCSRK/Tよりも精度が高いことが報告されている.また,EVOにおける前房深度パラメータの有無による検討では,術後屈折C0.50D以内の割合は前房深度ありがC83.5%に対して前房深度なしがC87.0%で,前房深度なしのほうが高く,KaneのC86.5%と同等であったという興味深い報告もある12).本研究の結果は既報と同様の結果が得られたことから,日本人においてもCEVOとCKaneはCBarrettやCSRK/Tよりも予測精度が高い計算式である可能性が示唆された.さらに,EVOは前房深度を用いず必要最小限のパラメータであっても予測精度が高い可能性もあるが,今後詳細な検討が必要である.C2.眼軸長別の術後屈折誤差の割合本研究における眼軸長別の屈折誤差の検討では,23.0Cmm未満においてCSRK/Tが他のC3式に比して精度が有意に低い結果であったが,23.0.25.0CmmおよびC25.01Cmm以上においてはC4式間での有意差はなかった.各式における眼軸長別の屈折誤差の割合では,EVO,Kane,Barrettでは有意差はなかったが,SRK/TではC23.0Cmm未満で低い傾向がみられた.そのため,SRK/TはC23.0Cmm未満の短眼軸眼において精度が劣る可能性が示唆された.Barrettは眼軸長C28.0Cmm以上の強度近視眼やC22.0Cmm以下の短眼軸眼において高い精度であったと報告されている3,4).Saviniら9)の眼軸長C26.0Cmm以上における検討では,屈折誤差C0.25D以内の割合はCSRK/TがC42.1%,Barrettが47.4%,KaneがC52.6%,EVOがC68.4%,屈折誤差C0.50D以内の割合はCSRK/TがC84.2%,BarrettがC84.2%,KaneがC94.7%,EVOがC89.5%で,KaneおよびCEVOはCSRK/TやCBarrettよりも精度が高かったと報告している.Mellesら13)はCKane,EVO,Barrett,SRK/Tを含むC10式の比較において,Kaneがもっとも予測誤差が小さく,短眼軸,標準眼軸,長眼軸のいずれにおいてももっとも正確であったと報告している.Darcyら10)の検討でも同様に,眼軸長別のサブ解析においてCKaneは予測誤差がもっとも小さかったと報告している.本研究におけるCBarrett,Kane,EVOは眼軸長別の屈折誤差に有意差がなく,既報9)とは異なる結果であった.その理由としては,本研究では対象の平均眼軸長がC23.9Cmmと標準的な眼球形状の症例が多く含まれており,23.0Cmm未満はC43眼(22.0Cmm以下はC7眼),25.01Cmm以上はC30眼(26.0mm以上はC14眼)と,短眼軸および長眼軸長が少なかったことが結果に影響したと考えられる.また,本研究では既報8)の標準的な眼球形状とされるC23.0.25.0Cmmを基準として眼軸長別の解析を行ったことも影響していると思われる.そのため,本研究の結果からは,眼軸長C23.0mm未満でEVO・Kane・BarrettはCSRK/Tよりも精度が高く,EVO,Kane,Barrettは眼軸長の影響を受けにくい計算式である可能性が示唆された.さらに,既報9)のように長眼軸長を増やして検討を行うと,EVOおよびCKaneは,BarrettやCSRK/Tよりも予測精度が高い可能性もあるため,今後の検討課題である.C3.術後屈折誤差に関連する因子本研究における術後屈折誤差に関連する因子は,SRK/Tでは挿入CIOL度数,眼軸長,前房深度,Barrettでは挿入IOL度数,眼軸長,平均角膜屈折力,であった.一方,EVOおよびCKaneでは関連因子は挿入CIOL度数のみで,標準偏回帰係数は小さかった.Mellesら8)は,SRK/Tでは角膜屈折力や前房深度,眼軸長,挿入CIOL度数による影響を受けること,Barrettでは角膜屈折力や挿入CIOL度数に影響を受けるが前房深度による影響は小さいことを報告している.Hipolito-Fernandesら14)は,KaneおよびCEVOは極端な前房深度と水晶体厚の眼においても予測精度が高いことを報告している.また,IOL度数については,どのような計算式でもハイパワー,ローパワーになるほど屈折誤差を生じてしまうこと14),ハイパワーレンズは製造過程で誤差が存在すること15),が報告されている.BarrettとCSRK/Tにおいて本研究と既報8)の結果は異なる部分もあるが,対象や解析方法が異なることが影響していると考えられる.本研究は,多変量解析による屈折誤差に関連する因子を検討しており,多変量解析を行っていない既報13)よりも眼球形状をより反映した結果であると思われる.そして,EVOおよびCKaneは,角膜屈折力や眼軸長の影響は受けにくく,極端な前房深度や水晶体厚でも精度が高く,従来の計算式と同様に挿入CIOL度数によって屈折誤差は生じるがその影響は小さいことが考えられる.よって,EVOおよびCKaneは術前生体計測値の影響を受けにくい計算式であることが示唆された.しかし,短眼軸や長眼軸の症例数の割合が増えると,結果が変わる可能性もあるため,眼軸長別の屈折誤差に関連する因子の検討が必要である.C4.本研究における問題点本研究の問題点としては,症例数が少ないこと,両眼のデータを採用している症例が多く含まれていることで結果に影響した可能性があること,標準的な眼軸長の対象が多く含まれており,長眼軸眼や短眼軸眼での屈折誤差の検討ができていないこと,KaneとCEVOではオプション入力である角膜厚や水晶体厚は用いておらず,必要最小限のパラメータを用いての検討であること,複数名の術者による結果であること,があげられる.また,後ろ向き研究であるため屈折誤差の因子とされている術後屈折の測定誤差16)の影響も考えられる.さらに,BarrettやCEVO,Kaneについては,IOL度数計算式が非公開であるため各術前パラメータがどのように組み込まれた結果であるかが不明であるため,計算式の違いによる詳細な比較検討はできないことも限界点である.そのため,今後は症例数を増やし,長眼軸長や短眼軸長を含めてより詳細な眼軸長別の屈折誤差や屈折誤差に関連する因子の検討を行い,オプション入力のパラメータの有無による予測精度の違いを検討する予定である.EVOおよびCKaneでは,角膜厚や水晶体厚を用いることでより予測精度の高い結果が得られることが期待される.CIV結論日本人における四つのCIOL度数計算式の比較検討において,EVOはCSRK/TやCBarrettよりも精度が高く,Kaneと同等であった.さらに,EVOとCKaneは標準値を外れた術前生体計測値でも影響を受けにくい計算式であることが示唆された.文献1)Retzla.JA,SandersDR,Kra.MCetal:DevelopmentoftheSRK/Tintraocularlensimplantpowercalculationfor-mula.JCataractRefractSurgC16:333-340,C19902)佐藤正樹,神谷和孝,小島隆司ほか:2020CJSCRSCclinicalCsurvey.IOL&RSC34:412-432,C20203)RongX,HeW,ZhuQetal:Intraocularlenspowercalcu-lationCinCeyesCwithCextrememyopia:ComparisonCofCBar-rettCUniversalCII,CHaigis,CandCOlsenCformulas.CJCCataractCRefractSurgC45:732-737,C20194)ShrivastavaCAK,CBeheraCP,CKumarCBCetal:PrecisionCofCintraocularClensCpowerCpredictionCinCeyesCshorterCthan22mm:Ananalysisof6formulas.JCataractRefractSurgC44:1317-1320,C20185)SaviniG,TaroniL,Ho.erKJetal:RecentdevelopmentsinCintraocularClensCpowerCcalculationCmethodsC─CupdateC2020.CAnnTranslMedC8:1553,C20206)Hipolito-FernandesCD,CLuisCME,CGilCPCetal:VRF-G,CaCnewCintraocularClensCpowerCcalculationformula:AC13-FormulasCComparisonCStudy.CClinCOphthalmolC14:C4395-4402,C20207)WangCL,CKochCDD,CHillCWCetal:PursuingCperfectionCinCintraocularClenscalculations:III.CCriteriaCforCanalyzingCoutcomes.JCataractRefractSurgC43:999-1002,C20178)MellesCRB,CHolladayCJT,CChangCWJCetal:AccuracyCofCintraocularlenscalculationformulas.OphthalmologyC125:C169-178,C20189)SaviniCG,CHo.erCKJ,CBalducciCNCetal:ComparisonCofCfor-mulaCaccuracyCforCintraocularClensCpowerCcalculationCbasedonmeasurementsbyaswept-sourceopticalcoher-encetomographyopticalbiometer.JCataractRefractSurgC46:27-33,C202010)DarcyCK,CGunnCD,CTavassoliCSCetal:AssessmentCofCtheCaccuracyCofCnewCandCupdatedCintraocularClensCpowerCcal-culationCformulasCinC10930CeyesCfromCtheCUKCNationalCHealthService.JCataractRefractSurgC46:2-7,C202011)ConnellCBJ,CKaneJX:ComparisonCofCtheCKaneCformulaCwithCexistingCformulasCforCintraocularClensCpowerCselec-tion.BMJOpenOphthalmolC4:e000251,C201912)SaviniCG,CMaitaCMD,CHo.erCKJCetal:ComparisonCofC13CformulasCforCIOLCpowerCcalculationCwithCmeasurementsCfromCpartialCcoherenceCinterferometry.CBrCJCOphthalmolC105:484-489,C202113)MellesRB,KaneJX,OlsenTetal:Updateonintraocularlenscalculationformulas.OphthalmologyC126:1334-1335,C201914)Hipolito-FernandesCD,CLuisCME,CSerras-PereiraCRCetal:CAnteriorCchamberCdepth,ClensCthicknessCandCintraocularClenscalculationformulaaccuracy:nineformulascompari-son.BrJOphthalmolC106:349-355,C202215)禰津直久:IOL度数決定の最前線─バレットは最強か.あたらしい眼科36:1485-1492,C201916)NorrbyS:Sourcesoferrorinintraocularlenspowercal-culation.JCataractRefractSurgC34:368-376,C2008***

全般性不安障害を合併し,短期間に糖尿病網膜症が 進行した若年発症2 型糖尿病の1 例

2023年1月31日 火曜日

《第27回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科40(1):101.105,2023c全般性不安障害を合併し,短期間に糖尿病網膜症が進行した若年発症2型糖尿病の1例山崎光理*1宮本寛知*1木下貴正*1清水美穂*1森潤也*1青木修一郎*1三次有奈*2今泉寛子*1*1市立札幌病院眼科*2市立札幌病院糖尿病内分泌内科CACaseofYoung-OnsetType2DiabeteswithGeneralizedAnxietyDisorderandDiabeticRetinopathythatProgressedOveraShort-TermPeriodHikariYamasaki1),TomohiroMiyamoto1),TakamasaKinoshita1),MihoShimizu1),JunyaMori1),ShuichiroAoki1),ArinaMiyoshi2)andHirokoImaizumi1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,2)DepartmentofDiabetology,SapporoCityGeneralHospitalC不安定な精神状態による不規則な生活や内科治療の中断により,血糖コントロールが不良で短期間に糖尿病網膜症が進行した症例について報告する.患者はC26歳,女性.8歳でC2型糖尿病と診断され,中学生頃からうつ傾向があり,22歳で全般性不安障害と診断された.内科,精神科とも治療は中断しがちで,血糖,精神状態ともに不安定であった.初診時視力右眼(1.2),左眼(1.0),両眼非増殖糖尿病網膜症を認め,HbA1cはC13.3%だった.6カ月後,左眼が増殖糖尿病網膜症に進行し,9カ月後には網膜前出血により視力が低下したため硝子体手術を実施し,並行して内科で血糖コントロールも行った.右眼もC18カ月後に増殖糖尿病網膜症となり硝子体手術を実施し,術後視力は右眼(0.5),左眼(0.6)となり,両眼とも糖尿病網膜症は安定した.眼科,他科ともに通院を継続し,全身状態も安定した.本症例では内科,精神科との連携により,治療を中断しないようなかかわりが重要であった.CPurpose:Toreportacaseofyoung-onsettype2diabeteswithgeneralizedanxietydisorderanddiabeticreti-nopathyCthatCprogressedCoverCaCshort-termCperiod.CCaseReport:ThisCcaseCinvolvedCaC26-year-oldCfemaleCdiag-nosedwithtype2diabetesattheageof8andatendencytobedepressedsinceshewasinjuniorhighschoolwhowasdiagnosedwithgeneralizedanxietydisorderattheageof22.Thepatient’sinternalmedicineandpsychiatrictherapytendedtobeinterrupted,andhergeneralconditionwasunstable.Atinitialpresentation,hervisualacuity(VA)was1.2ODand1.0OS,andbilateralnonproliferativediabeticretinopathy(NPDR)andanHbA1cof13.3%wasobserved.Vitreoussurgerywasperformedinherlefteye6monthslaterandinherrighteye18monthslaterdueCtoCtheCbilateralCNPDRCprogressingCtoCproliferativeCdiabeticCretinopathy,CwithCtreatmentsCinCtheCotherCdepart-mentssimultaneouslystrengthened.Postsurgery,herVAwas0.5ODand0.6OS,andthebinoculardiabeticreti-nopathyandheroverallgeneralconditionwerebothstable.Conclusions:Inthiscase,ocularsurgerywassuccess-fulinclosecollaborationwithinternalmedicineandpsychiatrictherapy,thusillustratingtheimportanceofkeepingarelationshipwithotherdepartmentsandnotinterruptingtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):101.105,C2023〕Keywords:糖尿病網膜症,若年発症C2型糖尿病,全般性不安障害.diabeticretinopathy,young-onsettype2dia-betes,generalizedanxietydisorder.Cはじめに安障害を合併し,初診時に軽症非増殖糖尿病網膜症(nonpro-糖尿病はうつ病1)や不安障害2)などの精神疾患との関連がCliferativeCdiabeticretinopathy:NPDR)からC6カ月後に左報告されている.8歳で発症したC2型糖尿病患者で全般性不眼,19カ月後に右眼が増殖糖尿病網膜症(proliferativedia-〔別刷請求先〕山崎光理:〒060-8640北海道札幌市中央区北C11条西C13丁目C1-1市立札幌病院眼科Reprintrequests:HikariYamasaki,DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,13-1-1Kita11-jonishi,ChuoKu,SapporoShi,Hokkaido060-8640,JAPANC図1初診時眼底写真と蛍光造影写真両眼眼底に毛細血管瘤を認め,蛍光造影検査では毛細血管瘤と,周辺部に限局的な無灌流領域を認めた.beticretinopathy:PDR)に進行し,汎網膜光凝固を実施したが両眼硝子体手術に至った症例を経験したため報告する.CI症例患者:26歳,女性.主訴:糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の精査.現病歴:8歳でC2型糖尿病と診断され,小児科や内科で入院加療するも中断あり,21歳時にCHbA1c13.2%の状態で近医内科へ転院となった.糖尿病に対して内服治療(メトホルミン,テネグリプチン)を行っていたが,血糖コントロールは不良でCHbA1c9.12%で経過していた.また,中学生頃からうつ傾向があり,22歳で全般性不安障害と診断され内服治療(ロフラゼプ酸エチル)されていたが,23歳から治療を中断していた.近医眼科でCDRの経過観察を行っていたが,精査のため市立札幌病院(以下,当院)眼科を紹介受診した.既往歴:熱性けいれん.家族歴:父親,祖母(父方,母方)が糖尿病,妹は耐糖能異常であった.初診時所見:視力は右眼C0.09(1.2C×sph.3.75D(cylC00DC.2.cyl(50DC.7.sph×,左眼0.06(1.0180°)C2.25DAx.Ax180°),眼圧は右眼20.3mmHg,左眼22.0mmHg,血糖値はC369Cmg/dl,HbA1c13.3%であった.両眼底には少数の毛細血管瘤が散在し,軽症CNPDRであった.光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では黄斑浮腫はみられなかった(図1).蛍光造影検査(.uoresceinCangiog-raphy:FA)では毛細血管瘤に加えて周辺部に限局性の無灌流領域を認めたため,血糖コントロールが重要であることを指導し,引き続き前医で経過観察とした.経過:6カ月後,左眼の後極部全体に網膜出血が増加したため,再度紹介された.HbA1c12.5%,視力は右眼(1.0),左眼(0.8),OCTで左眼に黄斑浮腫を認め,FAでは左眼の乳頭上に新生血管があり,右眼は毛細血管瘤と局所的な無灌流領域が散在していた(図2).左眼の汎網膜光凝固術(pan-retinalphotocoagulation:PRP)を予定し,PRPによる糖尿病黄斑浮腫の悪化を防止するため,トリアムシノロンアセトニドのCTenon.下注射治療を並施した.初診からC8カ月後,左眼の糖尿病黄斑浮腫は消退した.並行して当院内科へ血糖コントロールを依頼し,2週間の教育入院を行ったが血糖コントロールの改善はなかった.初診からC11カ月後に起床後図2初診6カ月後の蛍光造影写真とOCT画像両眼に網膜出血の増加と左眼黄斑浮腫を認め,蛍光造影検査では左眼の乳頭上下に新生血管を認めたが,無灌流領域は左眼で軽度増加した程度であった.図3初診9カ月後の眼底写真視力は右眼(0.9),左眼(0.09)に低下し,後極部に網膜前出血を認めた.に左眼の視力低下があったため当科を再受診した.左眼視力(0.09)に低下し,後極部に網膜前出血(図3)を認めた.水晶体温存C25ゲージ(G)硝子体手術を施行した.術後左眼視力は(0.6)に改善し,HbA1c9.2%でCDRも安定した.視力は右眼(0.7),左眼(0.8)で経過していたが,初診からC18カ月後に右眼も乳頭上に新生血管が出現し,網膜前出血も伴っており,PRPを開始した.また,内科からの働きかけで精神科への通院を再開した.初診からC34カ月後,右眼の硝子体出血,視神経乳頭から鼻側の牽引性網膜.離(図4)を認め,右眼視力(0.2)に低下したため,水晶体温存C25CG硝子体手術を施行した.術前に当院精神科に入院中の精神状態の評価,内服の管理を依頼し,その後は内科,精神科,眼科と密に連携をとった.初診よりC49カ月で視力は右眼(0.4),左眼(0.5)となり,DRは安定し黄斑浮腫もなく経過した(図5).なお,全経過を通じて両眼とも虹彩ルベオーシスは認めなかった.血糖はCHbA1c9%前後と高めではあったが,内科,精神科についても通院を中断することなく,比較的安定して経過した.図4初診34カ月後の右眼眼底写真とOCT画像右眼の硝子体出血と,視神経乳頭から鼻側の牽引性網膜.離を認めた.図5初診49カ月後の眼底写真両眼底落ち着いた経過をたどった.II考按本症例の特徴として,若年発症のC2型糖尿病であること,精神疾患を合併していること,血糖コントロールが不良で急速にCDRが悪化し手術を要したこと,術後は内科,精神科ともに安定し眼底も落ち着いていることがあげられる.思春期におけるC2型糖尿病の問題点として,思春期にかけてインスリン拮抗ホルモンが増大すること3),成長期であり食欲がもっとも旺盛で,食事療法の順守がむずかしいこと,第二反抗期の時期であり治療に反発しやすいことや,思春期特有の精神的不安定さがあることなどがあげられている4).本症例ではさらに中学からのうつ傾向,全般性不安障害,不眠症を合併しており,そのことが内服治療の中断や血糖コントロールの不良を招きCDRの悪化を助長していたと考えられる.若年者では高齢者と比較して後部硝子体が未.離で,増殖膜は血管が豊富で活動性が高く,急激に増悪することがあり5,6),半年間で正常眼底からCPDRに進展し硝子体手術を要した若年発症の糖尿病の症例報告もある7).JapanCDiabetesCComplicationsCStudy(JDCS)では軽症CNPDRから重症NPDR,PDRへの進行が年間C2.11%8)とされ,国際分類では軽症CNPDRからCPDRに進展する率はC1年後でC0.8%,5年後でC15.5%9)とされており,わが国の診療ガイドラインでも軽症.中等症CNPDRの患者ではC6カ月ごとの診察を目安として推奨している10).しかし,上述した理由から若年者ではより短期間での診察が必要といえる.しかし,本症例では就労のため頻回な通院が困難で,経済的な負担が大きく,精神的な問題も抱えていた.これまで通院も中断しがちであり,通院,治療を強いることで通院自体を中断してしまう恐れがあり,治療につなげるのが困難であった.今回精神科へのコンサルトが遅れたため,より早期から精神科への通院を再開し,精神状態を安定させることで右眼の早期治療につなげられた可能性はあったと考える.また,左眼手術後,右眼視力の悪化がなく,眼底所見も大きな変化がなかったためCFAを実施していなかった.毛細血管閉塞の拡大の把握が遅れた可能性や,重症CNPDRの段階でPRPを実施していれば右眼は手術に至らなかった可能性も否定できない.2型糖尿病,精神疾患,視覚障害は互いにリスクを高める.まずうつ病の患者はC2型糖尿病を発症するリスクが高い1).その原因として,過体重,摂取カロリー高値であること,運動量が少ないこと,喫煙などの好ましくない生活習慣の傾向が考えられる.また,抑うつ症状は視床下部下垂体-副腎および交感神経副腎系の活性化および炎症の増加に関連しており11),炎症マーカーはC2型糖尿病の既知の危険因子である12)ことから,精神疾患自体がC2型糖尿病を発症させうると考える.一方CDRは高血糖,高血圧,腎症,貧血,高コレステロール血症など複数の不良な全身因子の影響を受けている7).DRの重症度およびそれに関連する視力低下の重症度は,心理社会的幸福の低下と有意に相関する13).これは視力低下に起因する日常生活,社会活動の喪失が原因である可能性や,網膜に障害があり光刺激を受けられないことで,睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が不足し睡眠障害を起こしやすくなるためという報告がある14).また,DR患者では視力低下以外に視野異常,色覚とコントラストの異常などもきたすため,これらがメンタルヘルスに悪影響を及ぼしている可能性も示唆されている13).本症例では内科,精神科へ診療を依頼し,密に連携をとりあったことで病状は安定した.他科との連携を早期よりとりながら診療にあたることが重要である.CIII結論若年発症のC2型糖尿病は重症化しやすく,若年者のCDRでは頻回な診察が必要である.視機能障害,精神疾患,全身因子は双方に影響しあっているため,他科との連携が重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GoldenCSH,CLazoCM,CCarnethonCMCetal:ExaminingCaCbidirectionalCassociationCbetweenCdepressiveCsymptomsCanddiabetes.JAMAC299:2751-2759,C20082)SmithKJ,BelandM,ClydeMetal:Associationofdiabe-teswithanxiety:asystematicreviewandmeta-analysis.JPsychosomResC74:89-99,C20133)SaadRJ,DanadianK,LawyVetal:InsulinresistanceofpubertyinAfrican-Americanchildren:lackofacompen-satoryincreaseininsulinsecretion.PediatricDiabetesC3:C49,C20024)内潟安子:若年発症C2型糖尿病の疫学・成因・病態・治療・合併症.東京女子医科大学雑誌81:154-161,C20115)岡野正:増殖糖尿病網膜症に対する後部硝子体.離と牽引の影響.眼紀38:143-152,C19876)臼井亜由美,清川正敏,木村至ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療と術後合併症.日眼会誌C115:516-522,C20117)森秀夫:33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例.あたらしい眼科30:1034-1038,C20138)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCinCJapaneseCadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsCStudy(JDCS)C.CDiabetologiaC54:C2288-2294,C20119)WilkinsonCCP,CFerrisCFL,CKleinCRECetal:ProposedCinter-nationalclinicaldiabeticretinopathyanddiabeticmacularedemadiseaseseverityscales.OphthalmologyC110:1677-1682,C200310)瓶井資弘,石垣泰,島田朗ほか:糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版).日眼会誌124:955-981,C202011)MusselmanCDL,CBetanCE,CLarsenCHCetal:RelationshipCofCdepressiontodiabetestypes1and2:epidemiology,biolo-gy,andtreatment.BiolPsychiatryC54:317-329,C200312)DuncanCBB,CSchmidtCMI,CPankowCJSCetal:Low-gradeCsystemicin.ammationandthedevelopmentoftype2dia-betes:theatherosclerosisriskincommunitiesstudy.Dia-betesC52:1799-1805,C200313)KhooCK,CManCREK,CReesCGCetal:TheCrelationshipCbetweenCdiabeticCretinopathyCandCpsychosocialCfunction-ing:aCsystematicCreview.CQualCLifeCResC28:2017-2039,C201914)安藤伸朗:糖尿病網膜症患者さんの悩みを理解する心療眼科的アプローチ.眼科ケア11:1100-1105,C2009***

継続通院困難な糖尿病黄斑症患者に対して硝子体手術と 黄斑部への外科的介入が奏効した1 例

2023年1月31日 火曜日

《第27回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科40(1):95.100,2023c継続通院困難な糖尿病黄斑症患者に対して硝子体手術と黄斑部への外科的介入が奏効した1例岩根友佳子*1今井尚徳*1,2曽谷育之*1山田裕子*1大石麻利子*2中村誠*1*1神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学*2真星病院眼科CACaseofDiabeticMaculopathySuccessfullyTreatedwithParsPlanaVitrectomywithCystotomyandSubretinalHardExudateExtractionfromanIntentionalMacularHoleYukakoIwane1),HisanoriImai1,2)C,YasuyukiSotani1),HirokoYamada1),MarikoOishi2)andMakotoNakamura1)1)DivisionofOphthalmology,DepartmentofSurgery-Related,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MahoshiHospitalC糖尿病黄斑浮腫診療においては,治療抵抗例のみならず,継続的な通院加療が困難な患者をいかに治療するかも重要な課題である.今回筆者らは,両眼に発症した糖尿病黄斑症に対して,硝子体手術および黄斑部への外科的介入が奏効したC1例を報告する.患者は,精神発達遅滞のあるC55歳,女性.両眼ともに糖尿病黄斑症による矯正視力低下を認め,右眼(0.15),左眼(0.8)であった.右眼は中心窩下硬性白斑,左眼は.胞様黄斑浮腫が顕著であった.精神発達遅滞のため,継続的な通院加療が困難と判断し,全身麻酔下で,両眼ともに硝子体手術を施行した.右眼は中心窩下硬性白斑除去,左眼は.胞様腔内壁切開術を併用した.術C6カ月後,両眼ともに黄斑症の再燃はなく,矯正視力は右眼(0.7),左眼(0.8)と改善維持された.抗CVEGF治療を中心とした継続的な通院加療が困難な症例に対しては,患者の状況に合わせて治療を工夫することが重要である.CPurpose:Inthetreatmentofdiabeticmaculopathy(DM)C,thespeci.cmethodsappliedtotreatnotonlytreat-ment-resistantcases,butalsocasesinwhichundergoingcontinuousoutpatienttreatmentisdi.cult,isanimpor-tantissue.HerewereportacaseofDMsuccessfullytreatedwithvitrectomywithcystotomyandsubfovealhardexudateextractionfromanintentionalmacularhole.Casereport:A55-year-oldfemalewithmentalretardationpresentedCafterCbecomingCawareCofCdecreasedCvisualCacuity.CUponCexamination,CherCbest-correctedCdecimalCvisualacuity(BCVA)was0.15ODand0.8OSduetosubfovealhardexudateinherrighteyeandcystoidmacularede-mainherlefteye.Duetomentalretardation,shehaddi.cultyundergoingcontinuousoutpatienttreatment.Thus,weperformedvitrectomywiththeremovalofsubfovealhardexudateinherrighteyeandwithcystotomyinherlefteye.Overthe6-monthfollow-upperiodpostsurgery,therehasbeennorecurrenceofDMinbotheyesandherBCVAhasbeenimprovedandwellmaintainedat0.7ODand0.8OS.Conclusion:The.ndingsinthisstudyrevealCthatCwhenCtreatingCpatientsCwithCDM,CitCisCimportantCtoCselectCtheCproperCtreatmentCbasedConCtheCback-groundofthepatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):95.100,2023〕Keywords:糖尿病黄斑症,中心窩硬性白斑,中心窩下硬性白斑除去術,硝子体手術,.胞様腔内壁切開術.dia-beticmaculopathy,subfovealhardexudates,subfovealhardexudateextraction,vitrectomy,cystotomy.Cはじめにと硬性白斑が黄斑部に沈着し,著明な視力低下をきたすこと糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)は,糖がある2).尿病網膜症による視力障害の原因の主要な病態の一つであ近年は抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthる1).糖尿病網膜症の病期にかかわらず発症し,慢性化するfactor:VEGF)治療を中心とした網膜光凝固,ステロイド〔別刷請求先〕今井尚徳:〒650-0017兵庫県神戸市中央区楠町C7-5-2神戸大学医学部附属病院眼科医局Reprintrequests:HisanoriImai,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofSurgery,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,7-5-2Kusunoki-cho,Chuo-ku,Kobe,Hyogo650-0017,JAPANC眼局所注入,そして硝子体手術を組み合わせた集学的治療によって,多くの場合,治療可能となった3).しかし,一部に抗CVEGF治療に抵抗するCDMEが存在することが報告されている4).また,抗CVEGF治療は,定期的な通院が必要であるため,経済的負担,身体的負担が大きく,そのために治療継続することが困難な患者が存在することも問題となっている.近年,抗CVEGF治療を中心とした集学的治療に抵抗する難治CDMEおよび中心窩下硬性白斑に対して,計画的Cbal-ancedsaltsolution(BSS)注入術5),.胞様腔内壁切開術6,7),.胞様腔内フィブリノーゲン摘出術8),そして意図的黄斑円孔からの中心窩下硬性白斑除去術9,10)などの新しい手術術式が開発され,良好な成績が報告11)されている.今回筆者らは,精神発達遅滞のため継続した通院加療が困難な患者に対して,硝子体手術に上記の新規外科治療を組み合わせて加療施行し,良好な結果を得た経験を報告する.CI症例患者:55歳,女性.現病歴:両眼に発症した糖尿病網膜症に対して,前医にて経過観察されていた.しかし,糖尿病黄斑症に伴う視力低下が進行したため,加療目的に神戸大学医学部附属病院紹介初診となった.既往歴:2型糖尿病(HbA1c7.2%),精神発達遅滞(グループホーム入所中).家族歴:特記すべき事項なし.初診時所見:視力は右眼C0.05(0.15C×.0.25D(cyl.1.00DCA×105°),).°90×1.00DA.cyl(0.25D×.左眼0.3(0.8眼圧は右眼C11mmHg,左眼C11mmHg.細隙灯所見として前眼部は特記すべき異常所見はなし.水晶体にCEmery分類GradeI程度の白内障を認めた.眼底所見として右眼に汎網膜光凝固後の網脈絡膜瘢痕.広範囲の中心窩下硬性白斑沈着を認めた(図1a).左眼に汎網膜光凝固後の網脈絡膜瘢痕..胞様黄斑浮腫を認めた(図1b).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)所見として右眼に中心窩下の硬性白斑沈着による高輝度像を認めた.外境界膜ライン,ellipsoidCzoneは途絶していた(図1c).左眼に.胞様腔内が高輝度に描出される.胞様黄斑浮腫を認めた.外境界膜ラインは連続しているものの,ellip-soidzoneは途絶していた(図1d).経過:眼底所見上,糖尿病網膜症に続発する糖尿病黄斑症と,右眼は硬性白斑の網膜下沈着,左眼は.胞様黄斑浮腫を認めた.OCT所見上,両眼ともに網膜外層障害が著明であった.無治療で放置した場合,視力低下は免れない状況であり,視力改善は困難ではあるものの視機能維持目的に治療を導入する必要があると考えられた.定期的な抗CVEGF治療および毛細血管瘤直接光凝固が適応と考えられたが,既往歴として精神発達遅滞があり,制御困難な体動などによる合併症が懸念されるため,局所麻酔下に行われる抗CVEGF治療を含む継続した通院加療は困難な状況であった.患者および家族と相談し,全身麻酔下に手術を施行した.患者背景を考慮し両眼同時手術とした.右眼については,術後体位保持に対する患者の理解度および家族のサポートは十分と判断し,意図的黄斑円孔からの硬性白斑除去を施行した.術式の詳細は後述する.術後,右眼網膜下硬性白斑は著明に減少し,経過中も徐々に減少した(図2a,c).左眼黄斑浮腫は術直後から消失し,経過観察期間中は再発なく維持された(図2b,d).術後C6カ月時点での矯正視力は,右眼(0.7),左眼(0.8)である.CII術式両眼ともに,通常の広角観察システム(Resight;CarlCZeissMeditec)を用いたC27ゲージ経毛様体扁平部硝子体手術および白内障手術を施行した.手術器械はコンステレーションビジョンシステム(Alcon社)を使用した.トリアムシノロンアセトニド(マキュエイド)を用いて硝子体を可視化して郭清したのち,汎網膜光凝固の追加および毛細血管瘤直接光凝固をそれぞれ施行した.術終了時にトリアムシノロンアセトニド(ケナコルト-A)Tenon.下注入(40Cmg)を施行した.右眼は,上記施行後,術前の眼底所見およびCOCT所見から同定した中心窩位置を,拡大レンズ(ディスポCtype5d,HOYA)下に,内境界膜鑷子(グリスハーバーCDSP,Alcon社)で把持し意図的黄斑円孔を作製した.同部位から眼内灌流液(BSSPLUS,Alcon社)の水流を吹き付け,中心窩下硬性白斑を可及的に除去した.術終了時に,内境界膜翻転法およびC20%CSFC6ガスの硝子体内充.を施行した(図3).左眼は上記施行後,内境界膜.離を施行した.その後,内境界膜鑷子を用いて.胞様腔内壁を把持して切開し,.胞様腔内滲出液を硝子体腔に誘導した(図4).CIII考按多くのCDMEが,抗CVEGF治療を中心とした集学的治療によって治療可能となった3).しかし,これらの治療に抵抗する難治CDMEをいかに治療するか,またこれらの治療を受ける機会を得られない患者をいかに治療するかは,現在の課題の一つであり,それらに対する新規治療の開発や治療指針の策定が渇望される現状である.近年,難治CDMEおよび糖尿病黄斑症に対する外科治療の有用性が報告されている5.14).Toshimaらは,抗CVEGF治図1初診時眼底写真と光干渉断層計画像(水平断)a:汎網膜光凝固後の網脈絡膜瘢痕と広範囲の中心窩下硬性白斑沈着を認めた.Cb:汎網膜光凝固後の網脈絡膜瘢痕,網膜下硬性白斑,.胞様黄斑浮腫を認めた.Cc:中心窩下の硬性白斑沈着に一致した高輝度像を認めた(△).外境界膜ライン,ellipsoidzoneは途絶していた.Cd:.胞様腔内が高輝度に描出される.胞様黄斑浮腫を認めた(*).外境界膜ラインは健常であるものの,ellip-soidzoneは途絶していた.cd図2術後6カ月時点での眼底写真と光干渉断層計画像(水平断)a:網膜下硬性白斑は著明に減少した.Cb:網膜下硬性白斑は著明に減少し.胞様黄斑浮腫は消失した.c:中心窩下の硬性白斑沈着による高輝度像は消失した.外境界膜ライン,ellipsoidzoneは途絶したままである.Cd:.胞様黄斑浮腫は消失した.外境界膜ラインは保たれているが,ellip-soidzoneは途絶したままである.図3右眼手術画像a:トリアムシノロンアセトニドを用いて硝子体を可視化して郭清した(Resight下画像).b:内境界膜(.)を下方のC2象限をC2乳頭径の範囲で.離し,上方は翻転用に.離せずに温存した(拡大レンズ下画像).c:汎網膜光凝固の追加および毛細血管瘤に対する直接光凝固を施行した(Resight下画像).d:血管走行より中心窩位置(.)を同定し,内境界膜鑷子で把持し意図的黄斑円孔を作製した(拡大レンズ下画像).Ce:同部位(.)からCBSSを網膜下の硬性白斑に吹き付け,中心窩下硬性白斑を可及的に除去した(Resight下画像).f:術終了時に,内境界膜(.)を中心窩(.)上方より翻転し,20%CSFC6ガスの硝子体内充.を施行した(拡大レンズ下画像).療に抵抗する難治CDME14眼に対して,計画的網膜下CBSS注入術を施行し,6カ月の経過観察期間にて,中心窩網膜厚そして矯正視力ともに有意に改善した結果を報告している5).また,筆者らは,抗CVEGF治療を中心とした集学的治療に抵抗する難治CDME30眼に対して,.胞様腔内壁切開術および.胞様腔内フィブリノーゲン摘出術を施行し,12カ月の経過観察期間にて,中心網膜厚そして矯正視力ともに有意に改善した結果を報告した7).さらに,中心窩下硬性白斑沈着に対する硝子体手術は,1999年にCTakagiらによって初めて報告され12),その有用性が多く追試されている13,14).Avciらは,11眼を対象としてC3年間の長期経過において,全例で黄斑下硬性白斑は完全に消失し,手術施行群では,無治療群と比較して,有意に矯正視力を維持できることを報告している13).これらの結果は,DMEおよび糖尿病黄斑症が難治化した場合には,従来の治療のみにこだわることなく,これらの新規外科治療をも組み合わせて工夫することで,患者の視機能を温存しうる可能性を示している.今回筆者らは,難治化はしていないものの,抗CVEGF治療を中心とした集学的治療を十分に受ける機会を得られない患者に対して,硝子体切除,内境界膜.離,網膜光凝固,および術終了時のトリアムシノロンCTenon.下注入に加え,上記の新規外科治療も組み合わせて施行することで,良好な結果を得た.本症例のように,継続した通院加療が困難で治療機会を十分に得られない場合は,通常の治療指針にこだわることなく,一期的に施行可能な治療をすべて施行することも選択肢として考慮する必要があると考える.とくに,上記の新規外科治療は,難治CDMEのみならず,抗CVEGF治療を中心とした通常の治療を受ける機会を得られない患者にも有効である可能性があり,今後検討が必要である.本症例の右眼においては,意図的黄斑円孔を作製し,中心窩下硬性白斑を除去する工夫を取り入れた.2020年にKumagaiらによって,38CG針を用いて網膜下にCBSSを注入し,意図的に黄斑円孔を作製し,そこからCBSSを網膜下硬性白斑に吹き付けることで硬性白斑を除去し,有意な矯正視力改善が得られることが報告されている9).Takagiらによって報告された従来の術式は,中心窩耳側に意図的網膜裂孔を作製する必要があるため,傍中心暗点の出現に対する懸念は解決されていない15).さらに網膜下へ鉗子を挿入し硬性白斑自体を把持し摘出するため,操作中に網膜に障害を加える可能性があり,難度は高い.Kumagaiらによって報告された図4左眼手術画像a:トリアムシノロンアセトニドを用いて硝子体を可視化して郭清した(Resight下画像).b:汎網膜光凝固の追加および毛細血管瘤に対する直接光凝固を施行した(Resight下画像).c:内境界膜(.)を中心窩(.)からC2乳頭径の範囲で.離した(拡大レンズ下画像).d:内境界膜鑷子を用いて,中心窩(.)にて.胞様腔内壁(.)を把持して切開した(拡大レンズ下画像).図5術後6カ月時点でのGoldmann視野検査a:左眼,中心暗点の発生はなく,傍中心の比較暗点を認めるのみであった.Cb:右眼,中心暗点の発生はなく,傍中心の比較暗点を認めるのみであった.意図的黄斑円孔からの中心窩下硬性白斑除去は,傍中心暗点が出現しない点で従来の術式と比較し利点がある可能性がある9).本症例では,中心窩下硬性白斑が分厚く,BSS注入にて黄斑円孔が発生するか不明であったため,直接網膜を把持し意図的黄斑円孔を作製したが,傍中心暗点の発生はなく(図5),矯正視力は改善した.このように,中心窩に意図的黄斑円孔を作製する本法は,BSSを注入する方法および中心窩を直接把持する方法のいずれにおいても,傍中心暗点の発生を予防できる点で利点が大きい可能性がある.一方で,意図的黄斑円孔を作製した際には,黄斑円孔が開存してしまう懸念がある.筆者らは,黄斑円孔の開存を予防するために内境界膜翻転法を併用し,良好な円孔閉鎖を得た.Kumagaiらの報告では内境界膜翻転を併用せず,全例で円孔閉鎖を得ており9),今後は,本法を施行する際に内境界膜翻転を行うべきか,多数例での検討が必要と考える.CIV結論継続通院治療が困難なCDMEに対して,硝子体手術および意図的黄斑円孔からの中心窩下硬性白斑除去術,.胞様腔内壁切開術を併用し,良好な結果を得た症例を経験した.抗VEGF治療が全盛の現在においても,それが叶わない場合には,通常の治療指針にこだわらず,患者の状況に合わせて,治療を工夫することが重要である.文献1)DasCA,CMcGuireCPG,CRangasamyS:DiabeticCmacularedema:pathophysiologyCandCnovelCtherapeuticCtargets.COphthalmologyC122:1375-1394,C20152)SigurdssonCR,CBeggIS:OrganisedCmacularCplaquesCinCexudativeCdiabeticCmaculopathy.CBrCJCOphthalmolC64:C392-397,C19803)瓶井資弘,石垣泰,島田朗ほか:糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版).日眼会誌C124:955-981,C20204)WellsCJA,CGlassmanCAR,CAyalaCARCetal:A.ibercept,bevacizumab,orranibizumabfordiabeticmacularedema.NEnglJMedC372q:1193-1203,C20155)ToshimaCS,CMorizaneCY,CKimuraCSCetal:PlannedCfovealCdetachmenttechniquefortheresolutionofdiabeticmacu-larCedemaCresistantCtoCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactortherapy.RetinaC39:S162-S168,C20196)TachiCN,CHashimotoCY,COginoN:CystotomyCforCdiabeticCcystoidCmacularCedema.CDocCOphthalmolC97:459-463,C19997)ImaiH,TetsumotoA,YamadaHetal:Long-terme.ectofcystotomywithorwithoutthe.brinogenclotremovalforrefractorycystoidmacularedemasecondarytodiabet-icretinopathy.RetinaC41:844-851,C20218)ImaiH,OtsukaK,TetsumotoAetal:E.ectivenessofenblocCremovalCofCfibrinogen-richCcomponentCofCcystoidClesionforthetreatmentofcystoidmacularedema.RetinaC40:154-159,C20209)KumagaiK,OginoN,FukamiMetal:RemovaloffovealhardCexudatesCbyCsubretinalCbalancedCsaltCsolutionCinjec-tionCusingC38-gaugeCneedleCinCdiabeticCpatients.CGraefesCArchClinExpOphthalmolC258:1893-1899,C202010)井坂太一,岡本芳史,岡本史樹ほか:意図的黄斑円孔を介した糖尿病性黄斑下硬性白斑除去術.眼臨紀C13:526-529,C202011)IwaneCY,CImaiCH,CYamadaCHCetal:RemovalCofCsubfovealCmassiveChardCexudatesCthroughCanCintentionalCmacularCholeCinCpatientsCwithCdiabeticmaculopathy:aCreportCofCthreecases.CaseRepOphthalmolC13:649-656,C202212)TakagiH,OtaniA,KiryuJetal:NewsurgicalapproachforCremovingCmassiveCfovealChardCexudatesCinCdiabeticCmacularedema.OphthalmologyC106:249-257,C199913)AvciCR,CInanCUU,CKaderliB:Long-termCresultsCofCexci-sionCofCplaque-likeCfovealChardCexudatesCinCpatientsCwithCchronicCdiabeticCmacularCoedema.Eye(Lond)22:1099-1104,C200814)NaitoT,MatsushitaS,SatoHetal:Resultsofsubmacu-larsurgerytoremovediabeticsubmacularhardexudates.JMedInvestC55:211-215,C200815)竹内忍:(田野保雄,大路正人編),後極部意図的裂孔作成の功罪.眼科プラクティス30,p158-159,文光堂,C2009C***

網膜分離症を伴う牽引性網膜剝離を認めた 非増殖糖尿病網膜症の1 例

2023年1月31日 火曜日

《第27回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科40(1):91.94,2023c網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を認めた非増殖糖尿病網膜症の1例伊藤駿平野隆雄知久喜明星山健村田敏規信州大学医学部眼科学教室CNon-ProliferativeDiabeticRetinopathywithTractionalRetinalDetachmentandRetinoschisisShunIto,TakaoHirano,YoshiakiChiku,KenHoshiyamaandToshinoriMurataCDepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicineC目的:広角Cswept-source光干渉断層計(SS-OCT)にて周辺部に網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を確認できた非増殖糖尿病網膜症のC1例を経験したので報告する.症例:79歳,男性.遷延する左眼硝子体出血の加療目的にて信州大学附属病院眼科を紹介受診.初診時,矯正視力は右眼C0.7,左眼C10Ccm指数弁.右眼は毛細血管瘤のみを認める非増殖糖尿病網膜症であった.1回の撮影で水平断C23Cmmの範囲を取得可能な広角CSS-OCT(OCT-S1,キャノン)にて,眼底検査で確認困難であった丈の低い網膜.離が耳側周辺部で確認された.より周辺部を広角CSS-OCTで撮影すると網膜分離症と網膜.離が描出された.同部位では強い硝子体牽引を認め,ラスタースキャンでは網膜内層・外層に裂孔を認めなかったため,牽引性網膜.離に伴う網膜分離症と診断した.左眼の硝子体手術後に右眼への外科的手術介入について説明したが,本人が手術を希望しなかったため,病変部周辺に網膜光凝固を施行.2カ月後も網膜.離の進展は認めず,網膜下液の減少を広角CSS-OCTで観察可能であった.結論:非増殖糖尿病網膜症眼において続発性網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を認める症例を経験した.これらの病変の同定,治療後の経過観察に広角CSS-OCTは有用と考えられた.CPurpose:Toreportacaseofnon-proliferativediabeticretinopathy(NPDR)inwhichtractionalretinaldetach-mentCandCretinoschisisCwereCobservedCusingCwide-angleCswept-sourceCopticalCcoherencetomography(SS-OCT)C.CCase:ClinicalCexaminationCofCaC79-year-oldCmaleCwithCtypeC2CdiabetesCmellitusCandCpersistentCvitreousChemor-rhageinthelefteyerevealedNPDRwithmicroaneurysmsintherighteye.Wide-angleSS-OCT(OCT-S1;Can-on)imagingrevealedlowretinaldetachmentandmoreperipheralretinoschisisinthetemporalregion.Thepatientwasdiagnosedwithtractionalretinaldetachmentandsecondaryretinoschisisduetothevitreoustractionobservedatthesite,andtherasterscandidnotshowanytearsintheinnerorouterretinallayers.Afterperformingparsplanavitrectomyinthelefteye,retinalphotocoagulationwasperformedaroundthelesionintherighteyeduetotheCpatientCnotCwishingCtoCundergoCsurgicalCintervention.CTwoCmonthsClater,Cwide-angleCSS-OCTCshowedCnoCpro-gressionCofCretinalCdetachment,CandCsubretinalC.uidCdecreasedCoverCtime.CConclusion:Wide-angleCSS-OCTCwasCfoundusefulfortheevaluationofNPDRwithtractionalretinaldetachmentandsecondaryretinoschisisatbothpreandposttreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):91.94,2023〕Keywords:糖尿病網膜症,牽引性網膜.離,網膜分離症,広角スウェプトソース光干渉断層計.diabeticretinopa-thy,tractionalretinaldetachment,retinoschisis,wide-angleswept-sourceopticalcoherencetomography.Cはじめにの遺伝形式をとる先天性と,中年以降の網膜周辺部に生じる網膜分離症は感覚網膜がC2層に分離する疾患で,若年者の後天性に分類される1).後天性網膜分離症は成因が不明な点黄斑部および網膜周辺部に生じ,多くは伴性劣性(X-linked)が多く,臨床および病理組織学的検討から加齢による網膜周〔別刷請求先〕伊藤駿:〒390-8621長野県松本市旭C3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ShunIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,3-1-1Asahi,Matsumoto,Nagano390-8621,JAPANC図1初診時右眼の広角眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像a:広角眼底写真では点状・斑状の網膜出血を認める.カラーマップと比較すると,網膜肥厚部位の色調はやや暗く見える.Cb:黄斑部を通るCSD-OCT(6Cmm)水平断では異常所見を認めない.Cc:黄斑部を通るCSS-OCT(23Cmm)水平断では周辺部耳側に網膜.離(C.)を認める.d:OCTカラーマップでも周辺部耳側に網膜.離の影響と考えられる網膜厚の肥厚所見(.)を認める.図2左眼の広角眼底写真の継時的変化と超音波Bモード画像a:初診時の広角眼底写真.硝子体出血で眼底詳細不明である.Cb:初診時のCBモード.硝子体に絡まる出血を認め,網膜.離を認めない.Cc:硝子体術後C1カ月の広角眼底写真.汎網膜光凝固の瘢痕化を認めた.硝子体出血の誘因と考えられた網膜裂孔はC6時方向の網膜周辺部に認めた(眼底写真の範囲外).最終矯正視力はC0.7であった.辺部の類.胞変性が関与しているとされる.近視性牽引黄斑症や硝子体牽引症候群でみられるほか,増殖糖尿病網膜症や網膜.離に続発することも報告されている2).今回,筆者らは広角Cswept-source光干渉断層計(swept-sourceCopticalCcoherencetomography:SS-OCTであるOCT-S1,キャノン)を用い周辺部網膜の網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を同定し,さらには治療後の経過を評価可能であった非増殖糖尿病網膜症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者はC79歳,男性.20年来のC2型糖尿病で,直近のHbA1cはC6.2%とコントロール良好であったが定期的な眼科受診歴はなかった.左眼の視力低下を自覚し近医受診したところ,硝子体出血を指摘され,精査加療目的にて信州大学附属病院眼科に紹介受診となった.初診時視力は右眼C0.4(0.7×+3.50D),左眼C10cm指数弁(矯正不能).眼圧は右眼C11CmmHg,左眼C14CmmHgであり,眼軸長は右眼C22.30Cmm,左眼C22.58Cmmと強度近視眼ではなかった.前眼部中間透光体には両眼ともCEmery-Little分類でCgrade2の白内障を認めるのみであった.右眼には毛細血管瘤が散在していて国際重症度分類で軽度非増殖糖尿病網膜症の状態であった(図1a).左眼は硝子体出血のため眼底透見不良であったが,超音波CBモードで明らかな網膜.離は確認できなかった(図2a,b).1カ月以上遷延する消退不良の硝子体出血に対し,本人の手術希望もあり,同意を得て左眼水晶体再建術,経毛様体扁平部C25ゲージ硝子体手術を施行した.術中,左眼眼底には点状,斑状出血を認めるが増殖性変化を認めず,中等度非増殖糖尿病網膜症であった.6時方向の網膜周辺部に網膜裂孔および破綻した架橋血管が確認され硝子体出血の原因と考えられた(図2c).糖尿病罹病期間がC20年間と長く,将来的に増殖性変化出現の可能性も図3初診時右眼のパノラマ写真と耳側の広角光干渉断層計(OCT)画像a:パノラマ写真では耳側に網膜.離(.)を確認できる.Cb:耳側を撮影したCSS-OCT水平断の拡大写真.牽引性網膜.離(C.)およびその直上,耳側に網膜分離症(C.)を認める.Cc:耳側のCOCTカラーマップでは局所的な網膜厚の肥厚所見()を認める.ラスタースキャンでは裂孔や外層孔,内層孔を認めない.d:23CmmC×20Cmmの広角COCTAで広範囲の無灌流領域や新生血管を認めない.否定できないため,術中,汎網膜光凝固を施行した.一方,後極を狙った広角CSS-OCTのルーチン撮影で,通常の眼底診察およびCspectral-domainOCT(SD-OCT)では検出されなかった丈の低い網膜.離を認めた(図1c,d).さらに耳側網膜を追加撮影したところ,後部硝子体.離は既完であり,耳側と.離部位上に網膜分離症が描出された(図3a,b,c)..離部位をCOCTラスタースキャンで細かく確認したが,内層・外層ともに裂孔は確認できず,牽引性網膜.離と続発性網膜分離症と診断した.なお,光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)では広範囲の無灌流領域や新生血管を認めず,非増殖糖尿病網膜症に矛盾しない所見であった(図3d).本人に病状を説明し,右眼の牽引性網膜.離に対する硝子体手術を提案したが,左眼の手術直後ということもありこの時点での積極的な手術は希望しなかった.初診時からC1カ月後,広角CSS-OCT所見でも右眼の牽引性網膜.離の進行は認められなかったが,硝子体による牽引は継続していた(図4a).牽引性網膜.離に対する治療として再度,硝子体手術,網膜光凝固術を提案したところ,網膜光凝固術を希望したため,.離が進行する場合は緊急で硝子体手術を行うことを詳細に説明し,同意を得たのちに,網膜.離周囲に網膜光凝固術を施行した(図4b).右眼網膜光凝固後C2カ月で網膜.離の進展を認めず,広角CSS-OCT所見では網膜下液の経時的な減少が確認できた(図4c).この時点で左眼視力は(0.7)まで改善を認めた.今後広角CSS-OCTも含め定期的な経過観察を行う予定である.CII考察増殖糖尿病網膜症眼における網膜分離症については多くの報告がなされている.正常眼と比較すると増殖糖尿病網膜症の硝子体液では凝固,補体,キニン-カリクレインシステムなど,癒着に関与する蛋白質が有意に高いこと3)や網膜新生血管を足がかりとして牽引性網膜.離が引き起こされる際に網膜分離症が併発するためと考えられている.一方で本症例.離部後極側中心窩図4右眼の病変部の継時的変化(SS-OCT水平断)a:初診時からC1カ月後.Cb:網膜光凝固直後.網膜.離の進行を認めず,鼻側に凝固斑を確認できる.検眼鏡で網膜分離症の部位にも凝固斑を確認できた.Cc:網膜光凝固C2カ月後.硝子体による牽引は持続しているが,網膜下液は減少しており,網膜.離の進行を認めない.は明らかな増殖性変化を伴わない非増殖糖尿病網膜症眼にもかかわらず,牽引性網膜.離に伴う網膜分離症が確認された.この理由を考察する.本症例では広角CSS-OCTにて病変部での後部硝子体皮質による網膜の牽引が確認できた(図3b).この牽引は網膜光凝固術後C2カ月後にも持続しており(図4c),強い網膜-硝子体の癒着が生じていたと推察する.健常人や網膜症のない糖尿病患者と比較すると,糖尿病網膜症患者では非増殖期においても後部硝子体の厚み,硝子体分離,網膜と硝子体の癒着など網膜硝子体界面の異常の割合が有意に増加することが知られている4).長期間の糖尿病罹患により網膜-硝子体の強い癒着が生じ,後部硝子体.離に伴って牽引性網膜.離および続発性網膜分離症が発生したと推察する.また,増殖糖尿病網膜症の病理組織学的研究報告中の牽引性網膜.離と網膜分離症を同一部位に認めた写真5)と,本症例の広角CSS-OCT画像を比較すると,その構造は非常に類似している.このことはこの考えを支持する.筆者らの調べた限り,非増殖糖尿病網膜症に伴う網膜分離症の報告は確認できなかった.この理由の一つとして,周辺部の限局的な網膜分離症は通常の眼底検査や従来のCOCT検査では描出困難なことが考えられる.本症例でも,初診時の通常の眼底検査や撮像範囲がC6CmmのCSD-OCT検査(図2a,b)では牽引性網膜.離,網膜分離症は同定できなかった.同一光源から発した二つの光の光路差から光干渉現象を利用することで非侵襲的に網脈絡膜の断層画像を取得可能な手法としてC1991年に初めて報告されたCOCTは,網脈絡膜疾患にとどまらず角膜疾患や緑内障疾患など多くの疾患の評価に用いられ,日常診療には欠かせない検査となっている6).しかし,既存のCOCTは撮像範囲が後極部に限定される機器が多く,網膜静脈閉塞症や糖尿病網膜症といった広く眼底に病変をもつ疾患の網膜断層や循環動態を全体的に評価することは困難であった.近年,SD-OCTよりも長波長の光源を用いたCSS-OCTの登場によりこの撮像範囲の問題は解決しつつある7).本症例においては最大撮像範囲の横径がC23Cmmの広角CSS-OCT装置であるCOCT-S1を用いることで,周辺部の限局した網膜.離と網膜分離症を同定することができた.OCT-S1では長波長のCsweptsource光源の特徴を生かし,網膜にとどまらず,脈絡膜から硝子体まで深さ方向に広い範囲の情報を取得できる.本症例でもこの特徴により網膜の状態だけではなく,網膜に対する硝子体の強い牽引も詳細に観察可能であった.今後,広角CSS-OCTによる周辺部の新たな知見の報告が期待される.次に本症例の治療について考察する.後天性網膜分離症の大部分は進行が緩徐であり,経過観察を選択することが多い.治療を考慮するものとして網膜内層孔・外層孔を生じ分離症の拡大,網膜.離への移行の可能性が高い場合があげられ1),広範な網膜.離を伴った場合には網膜光凝固のほかに硝子体手術を施行することが検討される8).本症例では牽引性網膜.離の範囲は限局的で,網膜分離症に内層孔・外層孔を認めなかった.僚眼の硝子体手術直後であり,患者自身が早急な硝子体手術を希望しなかったため,網膜光凝固を選択した.現在,光凝固後C2カ月が経過したが,網膜.離,網膜分離症の進行は認めていない.網膜分離症に対し網膜光凝固術を施行した箇所に裂孔原性網膜.離を発症した例もあり9),光凝固後も定期的な経過観察が必要と考えられた.また,網膜下液の吸収は緩徐で,増殖糖尿病網膜症による牽引性網膜.離の網膜下液の自然吸収には平均C57.5日かかることが報告されている10).本症例では広角CSS-OCTによる観察で網膜光凝固後の網膜下液の継時的な減少を評価することができた.広角CSS-OCTは眼底周辺部の局所的な牽引性網膜.離や続発性の網膜分離症などの網膜硝子体界面異常の同定や治療後の経過観察に有用であることが示唆された.文献1)ByerNE:Clinicalstudyofsenileretinoschisis.ArchOph-thalmolC79:36-44,C19682)BuchCH,CVindingCT,CNielsenNV:PrevalenceCandClong-termCnaturalCcourseCofCretinoschisisCamongCelderlyCindi-viduals:theCCopenhagenCCityCEyeCStudy.COphthalmologyC114:751-755,C20073)BalaiyaS,ZhouZ,ChalamKV:Characterizationofvitre-ousCandCaqueousCproteomeCinChumansCwithCproliferativeCdiabeticretinopathyanditsclinicalcorrelation.ProteomicsInsightsC8:1178641816686078,C20174)AdhiCM,CBadaroCE,CLiuCJJCetal:Three-dimensionalCenhancedimagingofvitreoretinalinterfaceindiabeticret-inopathyCusingCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomogra-phy.AmJOphthalmolC162:140-149,Ce1,C20165)FaulbornJ,ArdjomandN:Tractionalretinoschisisinpro-liferativeCdiabeticretinopathy:aChistopathologicalCstudy.CGraefesArchClinExpOphthalmolC238:40-44,C20006)HuangCD,CSwansonCEA,CLinCCPCetal:OpticalCcoherenceCtomography.ScienceC254:1178-1181,C19917)ChikuY,HiranoT,TakahashiYetal:EvaluatingposteC-riorCvitreousCdetachmentCbyCwide.eldC23-mmCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomographyCimagingCinChealthyCsubjects.SciRepC11:19754,C20218)GotzaridisEV,GeorgalasI,PetrouPetal:Surgicaltreat-mentCofCretinalCdetachmentCassociatedCwithCdegenerativeCretinoschisis.SeminOphthalmolC29:136-141,C20149)小林英則,白尾裕,浅井宏志ほか:引き抜き血管を伴う後極部外層裂孔による網状変性網膜分離症網膜.離に対する硝子体手術のC1例.あたらしい眼科16:873-877,C199910)貝田真美,池田恒彦,澤浩ほか:糖尿病牽引性網膜.離の網膜下液の自然吸収過程と性状に関する検討.眼紀C49:501-504,C1998***

基礎研究コラム:68.マウス角膜内皮移植モデル

2023年1月31日 火曜日

マウス角膜内皮移植モデル角膜移植と免疫研究角膜移植手術の歴史はC150年近くに及びます.1838年Kissamはブタの角膜を人に移植する異種移植を行いました.たったC2針の端々縫合と無麻酔で移植を行った,という現在の確立された移植手技からは程遠い始まりでした.その後は徐々に手技が改善され,また異種移植ではグラフトが生着されないことから同種移植へと切り替わり,1905年CZirmが初めてヒトでの角膜移植手術を成功させました1).角膜移植手術はその後,臨床で広く行われるようになっていきましたが,どういったメカニズムで移植片が拒絶反応に至るのかについての基礎研究が行われるようになったのは,1980年代に入りマウス角膜移植モデルが確立され,免疫研究が盛んに行われるようになったあとです2).つまりC150年の角膜移植手術の歴史のうち,ここC30年近くで急速に基礎研究が進み,「角膜移植のメカニズム」が解明されてきたのです.さらに近年,移植医療に大きな変化が生じました.1998年CMellesが角膜内皮移植を成功させ,角膜移植は全層移植術からパーツ移植が主流の時代へと移り変わりました3).角膜内皮移植術はC2012年から「米国でもっとも行われる角膜移植手術」となっています.特徴として,全層移植手術に比べ拒絶反応の発症率は圧倒的に内皮移植術のほうが低く,視力予後も良好です.しかし,拒絶反応が少ないとはいえ,移植片が拒絶されるメカニズムや移植後成績に影響するファクターに関する解析などは,今後必須の研究といえます.このような背景から,筆者は米国CSchepensEyeResearchInstituteのCDanalabでの研究生活中に,マウス角膜内皮移植モデルの作製を試みました.モデル作製での最大の難点図1マウス角膜内皮移植モデルa:マウス角膜内皮移植術後C1日目の写真.Cb:マウス角膜内皮移植術後C8週目の写真.中川迅東京医科大学茨城医療センター眼科は,解剖学的にマウスの前房は浅い構造で,前房内操作の手技が困難をきわめたこと,移植したグラフトが結果的にしっかりホスト角膜に生着したとしても,虹彩と触れCanteriorsynechiaが生じるとCgraftfailureに至ってしまうことから,術後の完璧な状態が得られないとサイエンスのパートには行かれないことでした(図1)4).また,移植片作製にC30G鋭針を用い,厚みC70Cμmのマウス角膜を穿孔しないように部分切除していくのは,むずかしい手技でした.今後の展望マウス角膜内皮移植モデルが作製できるようになり,今後は角膜内皮移植術の免疫解析が行われていくと予想されます.角膜内皮移植で生じる拒絶反応の首座となる免疫細胞,その他,角膜内皮に影響する因子などが今後明らかになれば,臨床における術後移植片生存率の向上にも恩恵をもたらす可能性があります.このモデルが今後の角膜移植医療の発展,メカニズム解析の一助となることを期待します.文献1)ZirmE:EineCerfolgreicheCtotaleCKeratoplastik.CGraefesCArchOphthalmolC64:580-593,C19062)WilliamsKA,CosterDJ:Penetratingcornealtransplanta-tionintheinbredrat:Anewmodel.InvestigOphthalmolVisSciC26:23-30,C19853)MellesCGR,CEgginkCFA,CLanderCFCetal:ACsurgicalCtech-niqueforposteriorlamellarkeratoplasty.CorneaC17:618-626,C19984)NakagawaCH,CBlancoCT,CKahaleCFCetal:ACnovelCmurineCmodelofendothelialkeratoplasty.CorneaC2022,inpressC(77)あたらしい眼科Vol.40,No.1,2023C770910-1810/23/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:236.White without pressure(初級編)

2023年1月31日 火曜日

236Whitewithoutpressure(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●WhitewithoutpressureとはWhiteCwithoutpressureは周辺部網膜が地図状にやや白変化した領域として観察されるもので,強膜圧迫をしたときのみに観察されるものがCwhitewithpressure(強膜バックリング手術後の隆起部位に観察されるものも含む),強膜圧迫なしで観察されるものがCwhitewith-outpressureである.つまりCwhiteCwithoutCpressureはCwhitewithpressureが進行した形態とみなすことができる.眼科医になったばかりの頃にCwhiteCwithoutpressureを網膜.離と誤診した経験のある人は多いのではないだろうか.筆者も過去に若いレジデントの先生から「網膜.離のように見えますが,何ですかこれ」と質問された経験が何度もあるので,念のために本シリーズでとりあげる.C●Whitewithoutpressureの臨床像以下のような特徴がある1,2).①色調が隣接する正常所見の網膜より明るく見え,境界鮮明だが辺縁不規則である(図1).②通常,眼底周辺部にみられるが,ときどき赤道部を越えて血管アーケード付近までみられることがある.③若年者,近視眼に多くみられ,加齢とともに縮小する.④白人に少なく(2~3%),黒人(約C20%)や黄色人種に多い.⑤範囲内に正常な暗くみえる部位が存在することがあり,しばしば網膜裂孔と誤診する.⑥耳側,とくに耳下側に多くみられる.⑦双眼倒像鏡観察下で通常は扁平にみえるが,なかには非常に白っぽく,やや隆起しているように観察されることもある(図2).C●Whitewithoutpressureの本態本病態に関する研究は意外に少なく,詳細は未だ不明の点が多いが,以下のような説がある.①広範囲の網膜硝子体癒着(硝子体基底部の延長のような変化)(75)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1Whitewithoutpressureの典型例色調が隣接する正常所見の網膜より明るく見え,境界鮮明だが辺縁不規則である.図2網膜.離と誤診しやすいwhitewithoutpressure非常に白っぽく,やや隆起しているように観察されることもあり,網膜.離のようにみえる.②内境界膜の断裂あるいは不規則性③網膜表面付近の硝子体線維の密集④網膜細胞内の脂肪沈着物現在では,面状の網膜硝子体癒着が原因とする説が一般的である.C●病的意義一般に網膜.離の危険因子ではないとする説が有力である.しかし,巨大裂孔網膜.離の他眼に高頻度でみられるとする報告もある3).通常,若年者にみられるものは病的意義はほとんどないと考えてよさそうである.文献1)MichelsCRG,CWilkinsonCCP,CRiceTA:RetinalCdetachment.CMosby,St.Louis,19902)HunterLE:RetinalCwhiteCwithoutpressure:reviewCandCrelativeincidence.AmJOptomPhysiolOptC59:293-296,C19823)FreemanHM:Felloweyesofgiantretinalbreaks.TransAmOphthalmolSocC76:343-382,C1978あたらしい眼科Vol.40,No.1,202375

考える手術:13.白内障囊外摘出術(ECCE)

2023年1月31日 火曜日

考える手術⑬監修松井良諭・奥村直毅白内障.外摘出術(ECCE)田中寛京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学世界では白内障が未だもっとも多い失明原因であり,安全な白内障手術を安定して提供することは大切である.現在,わが国では白内障手術機器の機能向上や手術の知識の普及により,安全に白内障手術を行える環境が整っており,白内障手術はもっとも多く行われており,基本的な手術の一つとなっている.ただし,「基本的=リスクが高くなることがある.ECCEは切開創も大きく,また手術数も多くなく不安に感じるかもしれないが,うまく適応を判断することができれば,PEAより安全かつ短時間で手術を行うことが可能となる.今回はその中でも自己閉鎖を基本とする小切開ECCEについてとりあげる.聞き手:白内障.外摘出術(extracapsularcataract聞き手:ECCEを行うことができなければ対応できないextraction:ECCE)のよい適応となるのはどのようなケースはありますか?場合でしょうか?田中:いいえ,それはないと思います.ただし,ECCE田中:ECCEは水晶体の核を丸ごと創から娩出する手術が行えるとより安全に手術が可能な場合はあると思いまです.ECCEのよい適応としては核硬度が高い患者や角す.そもそも白内障手術の目的は安全に混濁した水晶体膜中央部の混濁がある患者があげられます.習熟すればを除去し,水晶体.に眼内レンズを挿入することです.褐色白内障など水晶体乳化吸引(phacoemulsi.cation「安全に」という言葉の中には「合併症なく」また「安andaspiration:PEA)では長時間かかる,もしくは対定した時間」といった意味も含まれていると考えます.応できない場合でも,15分以内で安定して手術を行う核硬度の高い白内障眼の場合はPEAでは角膜内皮障害ことが可能となります.PEAで長い時間を要すると,や後.破損といった合併症のリスクが高くなることがあ認知症や精神疾患がある患者では体動が徐々に大きくなりますが,ECCEをうまく行うことができれば合併症のり合併症のリスクが高まります.ECCEは超短時間で手リスクを低くすることができます.術を終了することはできませんが,習熟すれば安定した時間で手術を行うことが可能となります.聞き手:ECCEのメリットを教えてください.(73)あたらしい眼科Vol.40,No.1,2023730910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術田中:核硬度に依存せずに一定の操作で手術を行えるというメリットがあります.また,角膜中央に混濁を合併するケースでは,PEAよりもECCEでは安全に手術をすることが可能となります.そして,現在は切開や縫合といった手技を行う機会が減っているなかで,そのような手技を学べるといった副次的なメリットも存在します.聞き手:ECCEのコツを教えてください.田中:まず,頭位ですが,ややヘッドダウンにするようにして,上方の強角膜がしっかりと露出できるようにセッティングを行います.次に強角膜創作製ですが,私は核の大きさにもよりますが,1面目は約6mmの直線の強膜切開と両端に0.5mm程度のバックカットを入れた創を作製しています.2面目の創の深さは半層から2/3層をめざしクレッセントナイフを用いて作製します.中心部の切開創では,クレッセントナイフのカッティングエッジを振るように強角膜創を作製していき,その後眼球に並行になるようにクレッセントナイフの裏面を眼球に当てつつ,ナイフを円を描くようなイメージで横に切開を広げていきます.その後,スリットナイフを用いて眼内に穿孔しますが,二重穿孔にならないようにナイフを持つ手に力を入れず先端を振りながら抵抗のない部分を進めていき,創の先端まできたことを確認してから穿孔します.その後は横方向に広げるのですが,ナイフの先端が前房内にあることを確認しつつナイフの横の部分をつかって創拡大を行います(図1a).強角膜創作製時には有鈎鑷子で強膜を把持しますが,押し付けると眼球に歪みができ,きれいな創ができないため,把持部を手前に引くイメージで創作製を行います.核の娩出のためには大きな連続円形切.(continuouscurvilinearcapsulorrhexis:CCC)の作製が必要なため,前.鑷子を用いて大きなCCCを作製します.その後,核を前房に脱臼させるために,しっかりとハイドレーションを行ったのち,両手にフックを持ち,核を前房内に徐々に脱臼させていきます(図1b).核娩出は虹彩離断や破.などのリスクを伴うため,とくに注意が必要となります.角膜と水晶体の間に角膜内皮保護のため分散型の粘弾性物質を,破.予防のために後.に凝集型の粘弾性物質を充.します.輪匙はいくつか種類がありますが,粘弾性物質を充.しながら核を娩出できるイリゲーション輪匙を好んで用いています.挿入時は左右に軽く振りながら核の下に潜り込ませ,先端部分で虹彩を挟まないようにしっかりと視認します(図1c).娩出時はゆっくりと行い,核が手前にきたところで強膜創を下方に広げ,圧の逃げ場を一カ所にすることで娩出を行います.最後は皮質を除去し眼内レンズを挿入します.無縫合で術終了することを目標にしますが,閉鎖がこころもとない場合は縫合を行うことをお勧めします.聞き手:ECCEの合併症はどういったものがありますか?田中:強角膜創の閉鎖不全,角膜内皮障害,虹彩離断などがあげられます.創の厚みや距離などが不十分である場合は自己閉鎖を得られないことがあります.虹彩嵌頓の原因となるため,その場合は8-0バイクリル糸で縫合を行っています.創が核に対して小さい場合,また輪匙での機械的な損傷がある場合は,術後角膜内皮障害に伴う角膜浮腫を生じるため,言葉の通り圧を用いて「娩出」させるイメージで行うことが望ましいです.また,複数回の操作や視認不良な状態での操作により,虹彩離断とそれに伴う出血を認めることがあります.図1白内障.外摘出術の術中操作a:強角膜3面切開作製時.スリットナイフの先端が前房内にあることを確認しつつ創拡大を行う.b:核脱臼.片方のフックを核の下に,もう片方のフックを核の上におき行う.c:核娩出.イリゲーション輪匙をしっかりと核の下に潜り込ませ,先端部分で虹彩を挟んでいないことを確認する.74あたらしい眼科Vol.40,No.1,2023(74)

抗VEGF治療:長期視力が維持できた加齢黄斑変性症例

2023年1月31日 火曜日

●連載◯127監修=安川力髙橋寛二107長期視力が維持できた加齢黄斑変性症例吉田いづみ東邦鎌谷病院眼科硝子体内注射の長期投与には効果の減弱などの問題がある.今回,活動性が高いポリープ状脈絡膜血管症に対し,多数回の加療を継続し,右眼はC11年半視力が維持できた症例について提示することで,長期投与の問題点および見解を述べる.症例患者はC66歳,男性.初診時,左眼矯正視力(0.09),ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalCchoroidalCvascu-lopathy:PCV)による網膜下出血を認めた.それに対し硝子体内ガス注入とその後,遷延した硝子体出血に対して硝子体手術を施行し,1年後とC2年後のC2回,光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)を施行したが,視力不良のため数回のみの硝子体内注射施行にとどまった.16年後の現在は網膜内の滲出性病変が遷延化し,Clamellarhole化していて,視力は(0.06)である(図1).右眼は左眼初診時のC4年後にCPCVのためラニビズマブ硝子体内注射(intravitrealCinjectionCofCranibizum-ab:IVR)にて加療を開始した.当初は治療効果を認め,Cdrymaculaが得られ,矯正視力(1.2)を維持していたが,2~3カ月間隔でのCIVRにもかかわらず,次第にCdrymaculaが得られなくなった.網膜下液(subretinal.uid:SRF)が遷延したため,治療開始からC3年後にアフリベルセプト硝子体内注射(intravitrealCinjectionCofa.ibercept:IVA)に切り替えてCdrymaculaが得られた.ところがCIVAでも再び効果が減弱し,2カ月間隔の投与でもCdrymacula得られなくなったため,8年後にCPDTを施行した.その後,IVAを継続し,9年後に再度Cdrymaculaが得られた.しかし,再燃の間隔は短く,毎月投与でも再燃するようになり,11年後にC2回目のCPDTを施行した.現在の注射間隔はC2カ月で視力9回,.のべ治療回数は計IVR)1図7)である(C.は(0IVA43回,PDT2回であった.受診時の光干渉断層計所見から,11年半(138カ月)の経過観察期間中,網膜内液(intraretinal.uid:IRF)は認めなかったが,のべCSRF残存期間(すべてのCSRF期間を足したもの)1)(図2)は微量も含めるとC111カ月であった.連続での最長はC33カ月であった.右眼治療開始時現在左眼治療開始時現在図1治療開始時と現在のカラー眼底写真およびOCT66歳,男性.両眼PCV.右眼はCIVRをC9回,IVAをC43回,PDTをC2回施行した.現在の視力(0.7).左眼はガス注入,硝子体手術,PDTをC2回施行した.現在の視力(0.06).解説今回,長期視力維持できた症例を紹介した.活動性が低ければ少ない治療で視力維持できる.一方,本症例の右眼は活動性が高く,多数回の治療によっても滲出(SRF)が遷延したが,視力は維持できた.最近CIRFに対してCSRFは許容されるという考え方2)があり,本症例でこれだけのCSRF期間があったにもかかわらず視力が保たれたことはこれを裏付ける.しかし,意図的に許容したわけではなく,診療状況から投与間隔をC2カ月からC1カ月半以下に縮めるのがむずかしかったからであり,できていたらCdrymaculaが得られた期間は増えた可能性がある.意図的に許容したり,注射の効果が弱いときに諦めたりすると無治療に陥る危険性(71)あたらしい眼科Vol.40,No.1,2023710910-1810/23/\100/頁/JCOPY受診時A受診時B受診時C受診時D受診時E受診時FSRF期間①SRF期間②.uidsubretinalhyperre.ectivematerial網膜色素上皮図2のべIRF残存期間およびのべSRF残存期間の計算方法上段:OCTの日付から計算したCIRFの出現した受診時CBと消失した受診時CDの間がCIRF期間①,受診時CEと受診時CFの間がCIRF期間②.全経過観察期間におけるCIRF期間①+②+・・・の合計を「のべCIRF残存期間」とした.下段:SRFも同様.がある.SRFも長期遷延するとCIRFを招く印象があり,筆者はなるべく加療すべきと考えている.長期の治療になれば多数の硝子体内注射が必要になる.多数の注射による網膜色素上皮の萎縮という点では,treat-extend-stopにてC50回の硝子体内注射を平均6.5年にわたり行っても平均視力(0.4)が保たれていたとする報告などがあり,萎縮はむしろCundertreatmentによるものであろうと考えられてきており3),この点でもより積極的に加療してよいと考える.ただし本症例はこれらの報告よりも経過が長く,結果的にCSRFを許容したことで注射の回数がさらに多くはならなかったことがかえってよかった可能性も残る.以前の筆者らの報告では,硝子体内注射の効果があった症例で経過中効果が減弱したのち,再度効果が現れるようになるのは治療開始から平均C42.9カ月目で,平均10.1回目の注射であった(IVRからCIVAなどへのスイッチ症例も含む).初回から効きづらかったものが効くようになったのは平均C24.4カ月目で,平均C6.7回目の注射であった(スイッチ症例を含む)1).IRFやCSRFの蓄積で網膜の構造が破壊されると効果が減弱するかどうかも検討し,IRF,SRFともに期間の総和のべC70カ月まで調査できたが,蓄積されたC.uidのせいで効きが悪くなるという傾向はとくにみられなかった.以上より,効果が弱くても複数回の硝子体内注射を継続することや,少し時間がたった患者に対しても治療を中断しないことが大切であると考える.注射の効果が弱いときにCPDTを施行するのも一つのC72あたらしい眼科Vol.40,No.1,2023方法であるが,1回目もC2回目も著効しなかった.1回目の直前はほとんどCdrymaculaが得られない状態になっていたのが,注射を続けて得られるようになったので,いくぶんの効果があったといえるかもしれない.左眼に関して,筆者は視力がすでに悪い患者に対しても長いCIRFの遷延は途切れさせるように加療したい1)と考えているが,lamellarhole化するまでに連続C75カ月IRFを遷延させてしまっていた.Lamellarhole化するのは,滲出が遷延して網膜の細胞間の構成が破壊されることによるといわれている4).文献1)YoshidaI,SakamotoM,SakaiAetal:E.ectofthedura-tionCofCintraretinalCorCsubretinalC.uidConCtheCresponseCtoCtreatmentCinCundertreatedCage-relatedCmacularCdegenera-tion.CJOphthalmologyC26:5308597,C20202)GuymerRH,MarkeyCM,McAllisterILetal:Toleratingsubretinal.uidinneovascularage-relatedmaculardegen-erationCtreatedCwithCranibizumabCusingCaCtreat-and-extendregimen.Ophthalmology126:723-734,C20193)AdreanSD,ChailiS,RamkumarHetal:Consistentlong-termCtherapyCofCneovascularCage-relatedCmacularCdegen-erationCmanagedCbyC50CorCmoreCanti-VEGFCinjectionsCusingCaCtreat-extend-stopCprotocol.COphthalmologyC125:C1047-1052,C20184)FranconeCA,CYunCL,CKothariCNCetal:LamellarCmacularCholesinthepresenceofage-relatedmaculardegeneration.CRetinaC40:1079-1086,C2020(72)

緑内障:OCT en-face image法による網膜神経線維層の評価

2023年1月31日 火曜日

●連載◯271監修=福地健郎中野匡271.OCTen-faceimage法による飯川龍新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野網膜神経線維層の評価網膜神経線維層の評価方法の一つであるCOCTen-faceimage法は神経線維束の走行を直接観察する方法であり,臨床の場で標準的に用いられているCOCTによる視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚や黄斑網膜神経節細胞層複合体厚の測定といった定量的な検査とは異なっている.日常臨床にも活用でき,患者のCQOL推定に役立つ有用な情報が得られる.●はじめに緑内障は視神経と視野に特徴的変化を有し,眼の機能的,構造的異常を特徴とする疾患であり,診断および治療において,精度ある眼底画像による網膜神経線維層(retinalCnerveC.berlayer:RNFL)の評価が必要である.眼底のCRNFL,網膜神経線維層欠損(retinalnerve.berlayerdefect:NFLD)を観察する方法としておもに臨床で用いられているのは,眼底写真,無赤色光眼底写真(red-free),光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)などである.本稿ではCOCTCen-faceimage法によるCRNFLの観察について,その特徴や利点について述べる.C●En-faceimage法とは―画像作成方法通常のCOCTでは網膜の断層像であるCBスキャン画像図1En-faceimageの作成過程a:視神経乳頭部.b:黄斑部をCILMに沿って平坦化(.attening)した画像.を用いることが多い.En-faceimage法は網膜のCBスキャン画像を連続的に撮影してC3Dイメージを作成し,さらにそこから層別に二次元的画像を再構築する方法である.筆者らの既報1)におけるCen-faceimageの作成方法を紹介する.スウェプトソースCOCTを用いて黄斑と視神経乳頭を中心としたそれぞれC6×6CmmのCcubeCscan(512×256,垂直×水平)撮影を行う.その後,画像閲覧ソフト(EnView,トプコン)で内境界膜(internalClimitingmembrane:ILM)面に沿ったCen-face面を描出(平坦化=.attening)し,RNFLの最表層部における黄斑部,視神経乳頭周囲のCRNFLを観察する(図1).この際,ILMからの深度は,個々の症例においてもっともCRNFLが明瞭に描出されるところとする.得られたC2枚の画像(黄斑部,乳頭部)を大血管をもとに重ね合わせる.この方法で得られた正常眼のCen-faceimageを図2に示す.最近はCOCT血管撮影やCOCTのCwide撮影のレポートにもCen-faceimageが表示されるようになっており,目にする機会が増えている.これらの画像はCILMからある一定の厚み(たとえばトプコンのCHoodreportでは表層からC52μm)を用いて平均化することでCen-face図2正常眼の網膜神経線維の走行視神経から放射状に広がる神経線維,耳側縫線での上下に分かれた神経線維の走行が明瞭に観察できる.(69)あたらしい眼科Vol.40,No.1,2023690910-1810/23/\100/頁/JCOPYabcd図3En-faceimage法による中心10°内視野の推定a:黄斑部と視神経乳頭部のC2枚の画像を重ね合わせて作成したCen-faceimage.Cb:Humphrey10-2プログラムの測定に対応する点を,網膜神経節細胞の変位(RGCdisplacement)を用いて重ね合わせた図.●はCNFLDがある領域,〇はCRNFLが障害されていない領域を表す.Cc:上下逆転させることにより中心C10°内の推定視野を作成.Cd:実際のCHumphrey10-2視野のトータル偏差とパターン偏差.imageを作成している(en-facestabimage).この方法の注意点として,平均化によってCRNFLの微細な変化に関する情報が消失する可能性がある2).それに対して,筆者らの方法はCILMからある一定の距離における断面を観察しており,en-facestabimageとは異なる.筆者らの方法の注意点として,黄斑部の耳側と鼻側ではRNFLの厚みが異なるので,ILMから単一の距離でNFLDを同定するのはむずかしいことと,ILMからの距離によりCNFLDの幅が変化し,結果にばらつきがでることがあげられる3).C●En-faceimage法の利点緑内障診療で用いられるCOCTの視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚や黄斑部網膜内層厚の測定はいずれも正常データベースとの比較で異常の有無を判定する定量検査で,客観性や定量性があることが大きな利点である.しかし,正常データベースの範囲を超える強度近視や若年者,高齢者では,正確な結果が得られない可能性があることが欠点である.それに対し,en-faceimage法は対象のCRNFLが高反射になるという原理から,神経線維束の走行を直接観察する定性検査であるという点が異なる.そのため,通常の眼底写真やCOCTなどの画像検査では限界のある強度近視に関しても有用である.En-faceimage法の一番の利点は,黄斑部を含めたCRNFLがより明瞭に描出されることである.とくに,従来の眼C70あたらしい眼科Vol.40,No.1,2023底写真やCOCTによる網膜内層厚解析では不可能だった,視覚に関連した生活の質(QOL)にかかわる乳頭と黄斑を結ぶ領域(乳頭黄斑領域)のCRNFLの残存の有無を,視覚的に容易に検出し,視野がどの程度残存しているかを推定できるのが利点である(図3).C●En-faceimage法の限界この方法の限界として,網膜上膜や網膜硝子体界面など,場合によってはCen-faceimageそのものの取得が困難であること,また視野の推定に関してはあくまで定性的な方法であり,視野感度の推定はできないことなどがあげられる.文献1)IikawaCR,CToganoCT,CSakaueCYCetal:EstimationCofCtheCcentralC10-degreeCvisualC.eldCusingCen-faceCimagesCobtainedCbyCopticalCcoherenceCtomography.CPLoSCOneC15:e0229867,C20202)HoodCDC,CFortuneCB,CMavrommatisCMACetal:DetailsCofCglaucomatousCdamageCareCbetterCseenConCOCTCenCfaceCimagesCthanConCOCTCretinalCnerveC.berClayerCthicknessCmaps.InvestOphthalmolVisSci56:6208-6216,C20153)AlluwimiCMS,CSwansonCWH,CMalinovskyCVECetal:CusC-tomizingCperimetricClocationsCbasedConCenCfaceCimagesCofCretinalCnerveC.berCbundlesCwithCglaucomatousCdamage.CTranslVisSciTechnolC7:5,C2018(70)