‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

基礎研究コラム:70.ミクログリアと眼の関係

2023年3月31日 金曜日

ミクログリアと眼の関係ミクログリアとはミクログリアとは,神経回路の恒常性を保つ中枢神経系グリア細胞の一種で,自然状態では中枢神経内において唯一の免疫担当細胞です.中枢神経疾患においては,脳梗塞後の炎症,変性疾患,腫瘍,外傷,虚血性脳障害に関与しているといわれています.眼科領域においては網膜の自然免疫環境を制御し,網膜の定常状態の維持に重要な役割を果たしているといわれています.眼内(網膜内)におけるミクログリアはゲートキーパーとして機能し,炎症,変性,虚血性網膜症などの組織の変化を検出し,サイトカインなどを分泌して病態変化に重要な役割を果たしており,加齢性黄斑変性,ぶどう膜炎,緑内障,網膜変性などの病態に関与しています.一方,ミクログリアの定常状態・疾患状態での機能は未だ十分に解明されていません.これまでに報告されていることとしては,ミクログリアは,炎症を増悪させる機能と,免疫寛容にかかわり,炎症を抑制する相反する機能があります.眼におけるミクログリアの発生ミクログリアは発生期に卵黄.で発生し,血流を介して中枢神経系(脳など)へ移動し,血液脳関門などの血管系の完成とともに外界と隔離され,生着すると報告されています1).マウスの眼においては,ミクログリアは血管発生とともに網膜内で増加・移動します.その一方,血管発生前にもごく少数のミクログリアが存在することが報告されています(図白木暢彦大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室C1)2).そこで筆者らのグループは,眼局所に眼の一部の免疫系が自然発生してくる可能性があるのではないかと着想しました.ヒト幹細胞を用いた眼オルガノイドCself-formedecto-dermalCautonomousmulti-zone(SEAM)法にて免疫系細胞を探索した結果,眼オルガノイド内に血流を介さず局所にミクログリア様細胞が出現してくることがわかりました3)(図2).そして,このミクログリアは,眼のマスター遺伝子であるCPAX6を発現している,PAX6陽性のミクログリアでした.今後の展望本研究は,従来の仮説である卵黄.から脳や眼に血流を介して移動し生着するという仮説を補完し,眼を含む中枢神経系の局所に自然に局所的に発生してくるミクログリアと卵黄.から移動するミクログリアのC2種類がある,という可能性を示唆します.これは,先述した相反する機能の理由を説明することができる可能性があるという点からも,非常に画期的な発見です.この新規免疫細胞を検討することで,加齢性黄変性,ぶどう膜炎,緑内障,網膜変性などの眼疾患の画期的な治療法,すなわち新規薬剤探索,ヒト人工多能性幹細胞(hiPS)細胞由来の細胞移植,病因探索などを開発できる可能性があると考えております.文献1)GinhouxF,LimS,Hoe.elGetal:Originanddi.erentia-tionofmicroglia.FrontCellNeurosciC7:45,C20132)LiCF,CJiangCD,CSamuelMA:MicrogliaCinCtheCdevelopingCretina.NeuralDevC14:12,C20193)ShirakiN,MaruyamaK,HayashiRetal:PAX6-positivemicrogliaCevolveClocallyCinChiPSC-derivedCocularCorgan-oids.StemCellReportsC17:221-230,C2022図2眼オルガノイドにおけるミクログリアヒト幹細胞由来の眼オルガノイドには,ミクログリアが存在している.(99)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C381

硝子体手術のワンポイントアドバイス: 238.真の鋸状縁断裂に対する硝子体手術(初級編)

2023年3月31日 金曜日

238真の鋸状縁断裂に対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに一般に巨大裂孔は,硝子体基底部の後縁に沿って網膜硝子体牽引が作用することにより形成される.その結果,鋸状縁部には網膜の一部が残存することが多い.一方,鈍的外傷による鋸状縁断裂は,硝子体基底部内で裂孔を形成することが多く,このタイプは裂孔縁の翻転や網膜.離は合併しにくいことが報告されている1).硝子体基底部内裂孔のなかでも,感覚網膜と毛様体無色素上皮自体が解離するタイプは真の鋸状縁断裂とよばれることがある2).筆者らは鈍的外傷により真の鋸状縁断裂を2カ所に発症したが,網膜.離を合併せず,単純硝子体切除で治癒した1例を経験し報告したことがある3).●症例提示67歳,男性.左眼眼球打撲による前房出血と硝子体出血をきたし,硝子体手術を施行した.前房洗浄後に上方と下方の虹彩離断を認めた.超音波水晶体乳化吸引術を施行したが,Zinn小帯が広範囲に断裂しており眼内レンズは挿入しなかった.続いて硝子体切除術を施行したところ,4時~7時および10時~1時の範囲にわたって鋸状縁断裂を認めた(図1).断裂部は感覚網膜と毛様体無色素上皮が解離しており,辺縁の網膜には網膜硝子体牽引を示唆する所見は認めず,網膜.離の合併もなかった.眼球の高度の変形により,鋸状縁部が接線方向に伸展することで生じた真の鋸状縁断裂と考えられた.硝子体切除後に眼内光凝固および輪状締結術を行い,ガスタンポナーデは施行せず手術を終了した.術3カ月後に眼内レンズ毛様溝縫着術および虹彩整復術を施行し,矯正視力は(0.7)に改善した.●真の鋸状縁断裂の臨床的特徴Hahlerらは,硝子体基底部内裂孔をその位置により硝子体基底部内毛様体扁平部裂孔,鋸状縁断裂,硝子体(97)0910-1810/23/\100/頁/JCOPYab図1硝子体手術中の所見下耳側(a)および上鼻側(b)にかけて約90°の鋸状縁断裂を2カ所認める.裂孔縁の翻転や網膜.離は認めなかった.(文献3より引用)図2鋸状縁断裂の発症機序硝子体基底部後縁裂孔の発症には硝子体牽引が関与する(a)が,真の鋸状縁断裂の発症には網膜の接線方向の牽引が関与する(b).(文献3より引用)基底部内網膜裂孔に分類している1).厳密にいうと,鋸状縁断裂は基底部内毛様体扁平部裂孔,基底部内網膜裂孔,硝子体基底部前縁裂孔,硝子体基底部後縁裂孔とは区別されるべきであるが,従来の報告ではこれらが混同されていることが多い.硝子体基底部後縁裂孔の発症には硝子体牽引が関与するが(図2a),硝子体基底部内裂孔は硝子体牽引の関与が少なく,真の鋸状縁断裂は構造上脆弱な感覚網膜と毛様体無色素上皮との境界が解離するもので,裂孔の前後縁に硝子体が付着し,裂孔縁の翻転や網膜.離の合併は少ないとされている(図2b).しかし,真の鋸状縁断裂において網膜.離が発症したとする報告もみられるため2),光凝固に加えてガスタンポナーデや輪状締結術の併施も必要に応じて考慮すべきである.文献1)HaglerWS,NorthAW:Retinaldialysisandretinaldetachment.ArchOphthalmol79:376-388,19682)小沢洋子,石田晋,篠田啓ほか:外傷による真の鋸状縁断裂に網膜.離を伴った1症例.あたらしい眼科15:725-728,19983)角南健太,家久来啓吾,森下清太ほか:鈍的外傷により巨大鋸状縁断裂を形成するも網膜.離をきたさなかった1例.眼科手術28:647-650,2015あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023379

考える手術:15.涙道内視鏡手術

2023年3月31日 金曜日

考える手術⑮監修松井良諭・奥村直毅涙道内視鏡手術後藤聡涙道手術のゴールデンスタンダードである涙.鼻腔吻合術は100年以上の歴史があり,鼻内・鼻外によらず世界標準となっている.涙道内視鏡は1979年にCohenが報告したものの,わが国に登場したのは2002年であった.涙道内視鏡用のマイクロスコープの開発とともに,わが国では涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術(lacrimalendoscopicintubation:LEI)が独自の発展を遂げてきた.LEIのポイントは,①涙道内視鏡検査,②閉塞部の解除,③涙管チューブ留置,④確認のための涙道内視鏡検査である.①は内視鏡による涙道の観察scopepuncture(SEP)がある.涙道内視鏡の破損や仮道形成を避けるために発展した.③は涙管チューブを正確に涙道に留置するための方法として,sheathguidedintubation(SGI),後藤式SGI,lidocainejellyexpandedintubation(LJEI)などが開発された(表1).④のチューブ留置後の観察も重要である.チューブの留置状況をみて仮道形成がないことを確認すると同時に,症状の改善のために狭窄部位を開放する.術直後に涙道がもっとも開放・拡張された状況にすることが大切である.聞き手:流涙患者の治療には,チューブ挿入と考えてよかし,LEI(動画1)の術後1年の成功率(通水検査で症いでしょうか?状が消失している割合)は,私の施設では90%となっ後藤:流涙の6割が涙道原性,4割が涙道以外の眼表面ており,一般的な盲目的チューブ挿入より高い成功率で疾患,眼瞼疾患などによるとされています.原因が涙道す.また,閉塞の部位・状態の確認,再閉塞の状態を把であれば涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術(LEI)で治握することで自分の手術の癖,手術適応の考察など,手る可能性がありますが,他の原因のチェックも必要です.術成績の改善以外にも得られる情報は多いと考えます.聞き手:盲目的チューブ挿入で多くが治るように感じま聞き手:上下涙小管閉塞や涙.炎既往例はLEIの術後すが,涙道内視鏡を使う必要はあるでしょうか?成績が悪いと聞きます.治療成績を上げるコツはなんで後藤:盲目的なチューブ挿入で手術成績がよい場合は,すか?あるいは手術適応はどのようなものですか?あえて涙道内視鏡を使う必要はないかもしれません.し後藤:コツはLEI後にしっかり涙道を拡げ,涙道と(95)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233770910-1810/23/\100/頁/JCOPY考える手術チューブの間にスペースを確保することです.また,適応ですが,1年後の疎通率は慢性涙.炎後では9割くらいと良好ですが,急性涙.炎後では4割が1年以内に再閉塞します.このため,急性涙.炎では説明の際に涙.鼻腔吻合術の成功率も伝え,患者さんにLEIか涙.鼻腔吻合術を選択してもらいます.急性涙.炎以外の第一選択は基本的にLEIにしています.聞き手:涙道内視鏡で涙小管の観察がうまくできません.後藤:涙.鼻涙管の観察と比較して,涙小管観察はより涙道内視鏡操作の技術が必要です.むずかしさの理由は,涙小管が可動性ある眼瞼内を走行することと,涙.鼻涙管に比べ内径が狭いためだと思います.涙小管観察ができないと涙小管閉塞に対処できません.涙道内視鏡は先端が粘膜に触れると観察できないので,眼瞼を外側に引っ張り,解剖学的な涙小管の走行,眼瞼を引っ張る方向,涙道内視鏡の方向を同一軸に合わせる必要があります(図1)(動画2).また,涙道内視鏡があれば涙道を余すところなく観察できるわけではなく,どうしても見えない箇所が存在するケースも存在します.聞き手:シースは使ったほうがいいですか?後藤:より良い観察・治療のためにも18G血管留置針を使用したシースを装着して涙道内視鏡を使用することをお勧めします.涙道の狭窄・屈曲部を進むためにシースを先に出してから涙道内視鏡を進める方法があります(ZOOMtechnic).聞き手:涙道内視鏡手術はどれくらいやれば巧くなりますか?後藤:ほかの手術もそうですが,手術をどのレベルにもっていくかで異なります.よい指導者にアドバイスをもらいながら手術をしていけば,観察力の鋭い人で100件程度,そうでない人でも300件程度で,問題なく手術を完遂できるレベルになると思います.聞き手:涙道内視鏡をマスターするために一番大切なポイントはなんですか?後藤:ずばり,よく観察することです.たとえば内総涙点に入るときに前回は見逃してしまったとしたら,「今回はしっかり見る!」という意識をもって見るようにするといいと思います.そしてできるだけ見えていない時間を減らすように意識してください.涙道内視鏡は当初は3,000画素でしたが,最近は15,000画素や20,000画素に改良されてきました.私もいまだに毎日発見の連続です.最初はなんとなく涙道内を見て,なんとなくチューブを入れて,なんとなく治ったり治らなかったりということもあると思います.しかし,丁寧に観察すると,どのような症例が治ってまた治らないのか術中に推測できるようになっていきます.表1涙道内視鏡併用涙管チューブ挿入術の用語directendoscopepuncture(DEP):涙道内視鏡のプローブで直接閉塞部位を開放する方法.sheath-guidedendoscopepuncture(SEP):プローブに被せたシースで閉塞部位を開放する方法.柔らかいシースで閉塞部位を開放するため,仮道をつくりにくい.sheath-guidednon-endoscopicpuncture(SNEP):硬い閉塞の場合はシースでは開放できないため,涙管ブジーに入れ替えて閉塞を解除する方法.sheathguidedintubation(SGI):シースにチューブを連結して,鼻内視鏡を使用してチューブを留置する方法.G-SGI(SGI後藤式):鼻内視鏡なしでチューブ留置するSGI.lidocainejellyexpandedintubation(LJEI):リドカインゼリーを使ってチューブを留置する方法.378あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023(96)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性:ブロルシズマブ切り替え成績

2023年3月31日 金曜日

●連載◯129監修=安川力髙橋寛二109加齢黄斑変性:コンソルボ上田朋子富山大学大学院医学薬学研究部眼科学講座ブロルシズマブ切り替え成績滲出型加齢黄斑変性(AMD)に対する治療は,抗CVEGF薬硝子体内注射が第一選択となっているが,患者によって治療効果が異なり,なかには短期間で再発を繰り返す症例や治療抵抗性の症例もある.本稿では,そのような症例のブロルシズマブ切り替え成績と眼内炎症発生後の経過について概説する.ブロルシズマブ切り替え効果ブロルシズマブはヒト化一本鎖抗体フラグメントであり,分子量が約C26CkDと非常に小さく眼組織への移行性が高い.また,溶解性も高いためモル換算でラニビズマブの約C22倍の投与量となり,滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)への高い効果と効果の持続が期待される.第CIII相試験であるCHAWK&HARRIER試験では,アイリーアに対するブロルシズマブの非劣性が示され,半数以上の症例で治療間隔がC12週であった1).当院では,アフリベルセプトからブロルシズマブへ切り替えたCtreatCandextendレジメンで加療中のC1型黄斑新生血管(macularneovascularization:MNV)症例19例C19眼と,ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalCa1型MNV(n=19)16choroidalvasculopathy:PCV)症例C22例C23眼の,切り替え後C18カ月間の臨床経過を後ろ向きに検討した2).その結果,1型CMNVの治療間隔はC7.4±1.4週からC11.6C±2.6週に延長され(p<0.001),PCVではC6.9±1.3週からC11.7±3.1週に延長された(p<0.001).また,1型MNVでは新生血管の小さな症例ほど治療間隔が長く,PCVではポリープ数の少ない症例ほど治療間隔が長くなった(図1).このような強い相関関係はブロルシズマブ以前の抗CVEGF薬ではみられず,ブロルシズマブ切り替え効果を予測できる可能性が示唆され,今後さらに多数例・長期間での検討が待たれる.ブロルシズマブ投与後の眼内炎症発生後の経過ブロルシズマブ投与後の眼内炎症は,HAWKC&HARRIER試験ではC5.6%(1,088眼中C60眼)で発生し,CbPCV(n=23)16ブロルシズマブ投与間隔(週)ブロルシズマブ投与間隔(週)1284128400新生血管の大きさ(mm2)ポリープ数図11型黄斑新生血管(MNV)およびポリープ状脈絡膜血管症(PCV)でみられたブロルシズマブ投与間隔との相関関係a:1型CMNVでは,ブロルシズマブ投与間隔と新生血管の大きさの間に負の相関関係があった(r=-0.81;p=0.0002).b:PCVではブロルシズマブ投与間隔とポリープ数の間に負の相関関係があった(r=-0.81;p=0.0016).051015048(93)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233750910-1810/23/\100/頁/JCOPYa:切り替え前b:Switchback後1年図21回目のブロルシズマブ投与後に眼内炎症が生じた症例(自験例)67歳,男性.a:アフリベルセプトC8週間隔で滲出(.)がみられた.RV=(0.2).b:ブロルシズマブ切り替え後に眼内炎症がみられ,アフリベルセプトへCswitchbackした.そのC1年後,投与間隔はC12週まで延長された.RV=(0.5).網膜色素上皮の隆起は平坦化し,ポリープ内の血流情報はみられなくなった(.).網膜血管閉塞はC2.1%で発生した3).眼内炎症が進行する前の早期発見,早期治療(0.1%ベタメタゾン点眼やトリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射)を行うために,投与前の患者への説明と投与後の注意深い経過観察が不可欠である.眼内炎症が残存した状態でCAMDに対する他剤投与を行うと,炎症が再燃し網膜血管閉塞に進展する危険性がある4).一方,眼内炎症が発生した場合でも,ブロルシズマブ切り替えによるCAMDへの効果は持続する.さらに,眼内炎症後CAMDが再燃し,元の抗CVEGF薬へCswitchbackした場合も,治療間隔は元の間隔よりも延長できることが少なくない.当院で経験した症例を図2に示す.眼内炎症後のCAMD再燃に対し,アフリベルセプトへCswitchbackしたが,治療間隔は元の間隔よりも延長され,1年後も滲出の改善が維持されていた.Awhらは,網膜下液や網膜内液が残存する症例や治療頻度が高い症例にブロルシズマブ切り替えを行い,ブロルシズマブを平均C1.78回(1~4回)投与したのち,元の抗VEGF薬へCswitchbackした.その結果,眼内炎症の発生した症例を含めC54%(41眼中C22眼)の症例で,滲出の改善が少なくともC6カ月間維持された5).このようなブロルシズマ切り替えによる滲出抑制効果がCswitchback後どれだけの期間持続するかは,今後の長期検討が必要である.C376あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023おわりに短期間で再発を繰り返す患者や治療抵抗性の患者に対するブロルシズマブ切り替えは,たとえ眼内炎症が発生したとしても,AMDの活動性が抑制され,のちに良好なコントロールが得られる可能性がある.眼内炎症の早期発見と早期治療が大前提であるが,長期にわたって治療を継続しなければならない患者にとって,ブロルシズマブ切り替えは大切な選択肢の一つである.文献1)DugelCPU,CKohCA,COguraCYCetal:HAWKCandCHARRI-ER:Phase3,multicenter,randomized,double-maskedtri-alsCofCbrolucizumabCforCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologyC127:72-84,C20202)Ueda-ConsolvoCT,CTanigichiCA,CNumataCACetal:Switch-ingtobrolucizumabfroma.iberceptinage-relatedmacu-larCdegenerationCwithCtypeC1CmacularCneovascularizationCandCpolypoidalCchoroidalvasculopathy:anC18-monthCfol-low-upCstudy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC261:C345-352,C20233)MonesCJ,CSrivastavaCSK,CJa.eCGJCetal:RiskCofCin.amma-tion,retinalvasculitis,andretinalocclusion-relatedeventswithbrolucizumab:posthocreviewofHAWKandHAR-RIER.OphthalmologyC128:1050-1059,C20214)WitkinCAJ,CHahnCP,CMurrayCTGCetal:OcclusiveCretinalCvasculitisfollowingintravitrealbrolucizumab.JVitreoretinDisC4:269-279,C20205)AwhCCC,CDavisCEC,CThomasCMKCetal:Short-termCout-comesCafterCinterimCtreatmentCwithbrolucizumab:aCret-rospectivecaseseriesofasinglecenterexperience.RetinaC42:899-905,C2022(94)

緑内障:クロックチャートとその有用性

2023年3月31日 金曜日

●連載◯273監修=福地健郎中野匡273.クロックチャートとその有用性江浦真理子近畿大学医学部眼科学教室「クロックチャート」は緑内障患者に自己の視野異常を自覚させるための視野自己チェックシートである.非常に簡便な手法であるが,緑内障患者に自己の視野異常を確実に自覚させることができ,今後,自動車免許更新時や高齢者講習における視野異常チェックツールとしての応用も検討されている.個のアC4(ネコ)のC°52,(チョウ)C°02,シ)●はじめに緑内障は病期が進行するまで自覚症状に乏しく,診断時にはかなり視野障害が進行していることが多い.緑内障患者に自分の視野異常を確実に自覚させることは,スクリーニングによる疾患の早期発見のみならず,点眼指導や手術導入におけるアドヒアランスの向上,自動車運転をはじめ,さまざまな社会的リスクの回避の面からもきわめて重要であると考える.本稿では,自己の視野異常を自覚させるために近畿大学医学部眼科学教室のチームが開発した視野自己チェックシート「クロックチャート(CLOCKCHART)」について述べる.C●緑内障患者が視野異常を自覚しにくい理由緑内障患者が視野異常を自覚しにくい要因としては,中枢レベルでの補.現象(.lling-inphenomenon)のほかに,日常では視野検査条件とは異なり,両眼開放下で視覚情報処理を行っていること,眼球運動や頭位の変換をすることにより視野異常部位をカバーしていることなど,さまざまな理由が関係している1).C●クロックチャートクロックチャートは,新聞紙面を用いた視野自己チェックシートとして開発された(図1)2).検査視標として,10°(テントウムシ),15°(イモムシ),20°(チョ図1クロックチャートa:片眼を遮蔽し,中心の赤い点を固視し,Ca用紙との距離を変えていく.イモムシが消える距離で,チャートを時計のようにC15oずつ回転させ,常にC4個の視標が消えていないかを自己チェックする.b:検査視標として,10°(テントウムシ),15°(イモムウ),25°(ネコ)のC4アイテムが配置されている.また,中心C5°にはアムスラーチャートとその周りにヒマワリの花びらが配置されており,黄斑疾患を含めた固視点近傍の視野障害にも対応している.検査方法は,まず被検者が自分の片手で非測定眼を遮蔽し,中心の赤い点を固視する.チャートとの距離を変えていくと,用紙から30~40cmの距離でイモムシがC15°のCMariotte盲点に一致し消えるところがある.この検査距離を保ちつつ,チャートをC15°ずつ時計のように回転させ,常にC4個の視標が見えるかどうかを確認していく.チャートをC360°回したあと,中心のヒマワリの花びらに欠けがないか,格子に歪みがないかを確認し,他眼も同様に行う.クロックチャートと静的視野検査の一致率は,緑内障初期(91%),中期(96%),進行期(96%)である.具体的な症例を図22)に示す.2009年に全国で新聞広告にてC3日間クロックチャートをC6,245万枚配布し,WEB上でも公開した.インターネットによる調査で,クロックチャートを認知した人が約C1,472万人,実際に使用した人が約C758万人,異常を自覚した人がC49万人,病院を受診した人がC33万人,緑内障と診断された人が3万人であった3).C●両眼クロックチャートクロックチャートの応用として,運転免許更新時におイテムが配置されている.中心C5°にはアムスラーチャートとその周りにヒマワリの花びらが配置されている.(文献C2より引用)(91)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233730910-1810/23/\100/頁/JCOPYaクレースケールComparison(オクトパス)(オクトパス)クロックチャート図2クロックチャートの症例自動視野計オクトパス(ハーグストレイト社)による静的視野検査結果とクロックチャートの結果をC25比較した.Ca:左眼正常眼圧緑内障のC61歳,男性.静的視野検査では固視部上方にわずかな感度低下を認める.クロックチャートでCbも同部位の初期の視野異常を検出できている.Cb:左眼開放隅角緑内障のC58歳,男性.静的視野検査では鼻側上方に感度低下が認めC25られる.クロックチャートでも静的視野と類似した視野変化を検出することができている.Cc:左眼cける視野異常の自己チェックを目的に,両眼クロックチャート(図3)が開発された4).わが国における普通運転免許取得基準は,視力の条件として両眼でC0.7以上,かつ片眼でそれぞれC0.3以上が必要と規定されている.片眼の視力がC0.3に満たない者のみ視野検査が実施され,視力が良いほうの眼の視野が左右C150°以上必要とされている.運転免許センターにおける視野検査は水平視野計で測定されているが,この検査で不合格となることは非常に少ないのが現状である.両眼クロックチャートはオリジナルのクロックチャートをさらに簡略化し,用紙からC30Ccmの距離で,両眼開放下で中心の赤い点を固視しながらハンドルを回すように用紙をC30°ずつ360°回転させ,10°(子ども),15°(自転車),20°(車),C25°(信号)のC4個の視標が消えないかをチェックしていく.非常に簡便な手法であるが,両眼開放下でも存在すC374あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023開放隅角緑内障のC67歳,男性.静的視野検査では上下の感度低下を認め,進行期の症例である.クロックチャートでもほぼ一致したC25進行した視野異常を検出することができている.(文献C2より改変引用)図3両眼クロックチャートa:運転免許更新時における視野異常の自己チェックシートとして開発された.両眼開放下にハンドルを回すように用紙をC30°ずつ回転させ,4個の視標が消えないかをチェックする.Cb:検査視標として,10°(子ども),15°(自転車),20°(車),25°(信号)のC4個のアイテムが配置されている.(文献C4より引用)る,運転や日常生活に支障をきたす重度の視野異常を,明確に自覚させることができる.警察庁の高齢者講習において視野異常を自覚させるツールとしての応用も検討されている.文献1)江浦真理子:視野異常の自己チェック.OCULISTAC110:C27-32,C20222)MatsumotoCC,CEuraCM,COkuyamaCSCetal:CLOCKCCHARTR:aCnovelCmulti-stimulusCself-checkCvisualC.eldCscreener.JpnJOphthalmol59:187-193,C20153)松本長太:緑内障と視野に魅せられたC37年.あたらしい眼科38:1051-1063,C20214)IshibashiCM,CMatsumotoCC,CHashimotoCSCetal:UtilityCofCCLOCKCCHARTCbinocularCeditionCforCself-checkingCtheCbinocularvisual.eldinpatientswithglaucoma.BrJOph-thalmol103:1672-1676,C2019(92)

屈折矯正手術:屈折矯正白内障手術

2023年3月31日 金曜日

●連載◯274監修=稗田牧神谷和孝274.屈折矯正白内障手術渡邊敬三南大阪アイクリニック屈折矯正白内障手術は,患者の術後のライフスタイルを重視し,より快適に過ごしてもらうために行われる白内障手術と言い換えることができる.患者の生活によりそった眼内レンズ選択と,白内障手術にかかわる技術的革新を利用した正確な手術を行うことが求められている.望の術後CSEを選択することが求められる.C●はじめにIOLの種類および術後CSEの選択にあたっては,術前白内障手術は多焦点眼内レンズ(intraocularlens:の患者の生活スタイルを詳細に聴取することが重要で(一IOL)の登場以来,手術を受けたあとの生活の質の向上部抜粋),希望するCIOL・術後CSEにおけるメリットとデがより期待できるようになり,屈折矯正の意味合いが大メリットを詳細に説明している.きくなってきた.一方で,多焦点CIOLに限らず単焦点最近では保険適用内で使用可能なレンティスコンIOLを使用した白内障手術においても,術後屈折精度のフォート(参天製薬)およびテクニスアイハンス(AMO向上に伴い,患者の期待値が上がってきたこともあり,社)が登場し広く使用されているが,患者の期待値が非術後不満症例が多くなってきたように感じている.単焦常に高い場合があり,メリットに対しデメリットを大き点・多焦点CIOLを問わず患者満足度の高い屈折矯正白く感じてしまう患者も少なくないため,術前説明を丁寧内障手術を成功させるポイントについて述べる.に行う必要性を感じている.C●術前検査●屈折精度角膜および眼軸長の正確な測定が基本かつ重要である術後屈折精度は術後満足度を大きく左右するものの,が,角膜計測においては従来から行われてきたレフケラ今後求められていく予測屈折誤差±0.25Dの精度は十分トメーターおよび眼軸長測定装置に加え,前眼部光干渉とはいえない1).断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)などを精度向上のためには眼軸長測定装置の最適化は必須で用いて角膜屈折力の測定誤差を確認することが,術後のはあるが,結果のバラつきを解消することは困難であ屈折精度を向上させるうえで重要である.また,角膜高る.当院では,2種の眼軸長測定装置を用いて測定誤差次収差の検出は,多焦点CIOLの使用可否決定に必須のを最小化し,最適化後のCA定数の変化に着目した患者ものと考える.眼軸長測定については,セグメントごとごとの屈折誤差の予測を行い,術中波面収差解析装置の屈折率の差を考慮した装置が実用化され,注目してい(ORASystem,アルコン社)を用いて,精度とバラつる.き対策を行っている.これらの対策により当院の屈折精度(図1)は飛躍的に向上し,バラつき(図2)についてC●眼内レンズ決定も抑制傾向にある.両眼手術の場合には同時手術は行わ多焦点CIOLの種類は多岐にわたり,メリット・デメないなどの対策を実施しながら,今後さらなる対策が必リットはレンズの種類により多様である.また,単焦点要と考えている.IOLを選択する場合においても,焦点距離を従来のようC●乱視矯正・残余乱視な遠方か近方かだけを患者に問うたり,近視だから近方に合わせるといった考えではなく,術後等価球面度数角膜乱視を軽減し,術後裸眼視力を向上させるために(sphericalCequivalent:SE)により遠見・近見視力が大トーリックCIOLが使用される.現在ではCBarrettToricきく異なること(たとえばCSE=0Dであれば遠方視力はCalculatorに代表されるさまざまな予測式が開発され,1.0となるがC50Ccm視力はC0.4になる.一方CSE=-0.5D角膜前後面乱視および惹起乱視を予測したうえでCIOLなら遠方C0.8,50Ccm0.6程度になる)をふまえた焦点距が選択され,良好な矯正効果が報告されている.一方,離の選択肢が存在することを患者に提示したうえで,希正確なレンズ固定は術後結果に大きく関与し2),手術室(89)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233710910-1810/23/\100/頁/JCOPY≧±0.25D≧±0.5D≧±0.75D≧±1.0D対策前対策後図1術後屈折誤差の対策前後の比較3カ月以上経過観察のできた白内障手術施行症例における術後屈折誤差の対策前(n=58)・対策後(n=142)の比較を示す.C±0.25D以内およびC±0.5D以内の割合が大きく改善している.で行うマニュアルマーキングは,イメージガイドシステムの使用と比較し,有意な軸ズレを生じる点に留意が必要である.また,ORASystemの術中測定に基づいて眼内レンズが選択された場合,残余乱視C0.5D以内の割合はC97.8%であったのに対し,術前検査結果のみでは80.3%であったという報告3)があり,眼球全乱視成分を検出するCORASystemの有用性についてさらなる検討が必要である.トーリックCIOLにより乱視矯正効果は向上したが,角膜乱視の矯正のみでは説明されない想定外の大きな残余乱視を経験することがある.近年,手術惹起乱視(surgicallyCinducedastigmatism:SIA)の合計変化量(totalSIA)の概念が提唱されているが,筆者の行ったノントーリックCIOL挿入眼における残余乱視の検討4)では,術後残余乱視と術前角膜前後面円柱度数やCIOLの偏心・傾斜には有意な相関がなく,術中波面収差測定による提示円柱度数および術後角膜前後面円柱度数のみが有意に相関する結果を得た.しかし,術中測定と術後角膜前後面のデータ間には相関がみられず,網膜などに起因する残余乱視について今後さらなる検討が必要であると考えている.C●術後不満対応術後不満の多くは,ひと言で表せば,患者のニーズに応えられていないということである.不満の種類はさまざまではあるが,術後屈折誤差や残余乱視による術後裸眼視力の低下によるものと,術前説明が不十分であることに基づくレンズ選択ミスと考えられるものに大別されると考えている.裸眼で見えるようにしたかった・すっきり見えない,といった不満は,屈折誤差の最小化と十分な術前説明によって減少させることが可能である.加えて術後結果を踏まえた不満への対応も忘れてはならない.患者の立場に立たない安易な発言には十分に注意すC372あたらしい眼科Vol.40,No.3,20231.000.800.600.400.200.00-0.20-0.40-0.60-0.80-1.00■Barrett(ARGOS)■Haigis(ARGOS)■ORA+ARGOS■SRK/T(ARGOS)図2各種計算式による予測屈折誤差の比較眼軸長測定装置CARGOS(santec)を使用してCSRK/T式,Barrett式,Haigis式で算出した予測値と,ARGOSとCORASystemを併用して算出した予測値について,それぞれ術後等価球面度数との誤差を示す.対象はC3カ月以上経過観察のできた白内障手術施行症例(n=180)である.ORASystemの併用により,術前計測単独に比べ,バラつきは抑制傾向である.SD:標準偏差べきである.C●おわりに今後さらに屈折矯正白内障手術が発展するためには,執刀医自身が術後屈折精度を適時振り返りながら屈折精度の向上に努めることに加え,IOLの選択肢を各医師の経験で取捨選択するのではなく,医師およびコメディカルスタッフが患者の生活状況をふまえたアドバイスを行い,患者とともに最適解を探すことが欠かせないと考えている.文献1)KamiyaK,HayashiK,TanabeMetal:Nationwidemulti-centreCcomparisonCofCpreoperativeCbiometryCandCpredict-abilityCofCcataractCsurgeryCinCJapan.CBrCJCOphthalmolC106:1227-1234,C20222)WebersCVSC,CBauerCNJC,CVisserCNCetal:Image-guidedCsystemCversusCmanualCmarkingCforCtoricCintraocularClensCalignmentCinCcataractCsurgery.CJCCataractCRefractCSurgC43:781-788,C20173)BlaylockJF,HallB:Astigmaticresultsofadi.ractivetri-focaltoricIOLfollowingintraoperativeaberrometryguid-ance.ClinOphthalmolC14:4373-4378,C20204)WatanabeK:EvaluationCofCrefractiveCaccuracyCofCORACandCtheCfactorsCimpactingCresidualCastigmCatismCinCpatientsimplantedwithtrifocalIOLsduringcataractsur-gery:ACretrospectiveCobservationalCstudy.CClinCOphthal-molC16:2491-2503,C2022(90)

眼内レンズ:分散型粘弾性物質による低加入度数分節眼内レンズの術後回旋予防

2023年3月31日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋436.分散型粘弾性物質による低加入度数分節山本敏哉ひたちのうしく眼科眼内レンズの術後回旋予防低加入度数分節眼内レンズのトーリックモデルにおいて,まれに術後大回旋することが知られている.しかし,その予防法は確立されていない.そこで,粘着効果の高い分散型粘弾性物質を水晶体.内に留置することにより術後の.内回旋頻度を低減することができたので報告する.●はじめに現在,日本において保険適用で使用できる老視対応の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)としては,低加入度数分節CIOLのレンティスコンフォート(以下,LC)(図1a)がある.遠方および近方C1.5D加入の二つの単焦点CIOLが扇状に合わさった分節状プレート型CIOLで,遠方のみならず,良好な中間視力が得られる効果がある1.3).さらに,トーリックモデルである低加入度数分節トーリックCIOLのレンティスコンフォートトーリック(以下,LCT)(図1b)が発売され,一定の角膜乱視を有する眼においても使用することが可能となった.しかし,まれに大回旋することが報告され4),現状では完全に予測することは困難となっている.C●LCの術後大回旋の頻度LCTの術後大回旋の頻度を確認するため,LCTとほぼ同等の形状を有するCLCを使用し,術後回旋角度を観察した.当院における白内障単独手術を合併症なく施行されたC76例C128眼を対象とし(不完全な連続円形切.や部分的でも.外固定およびCZinn小帯断裂を認めた症例は除外),LCの手術終了直後の.内角度と術後C3日経過した状態の.内角度の差を術後回旋角度として評価した.その結果,45°以上の大回旋を起こしていた眼はC128眼中C遠用ゾーン遠用ゾーン中間用ゾーン中間用ゾーン(+1.5D)(+1.5D)abトーリック軸マーク図1レンティスコンフォート(a)とレンティスコンフォートトーリック(b)5眼に認められ(3.9%),このC5眼はすべてCIOLを水平方向に固定した症例であった.このことから水平方向固定で大回旋の頻度が比較的多くなる傾向があることがわかった.高齢者の乱視は倒乱視が圧倒的に多く,その場合にCLCTの固定位置は水平方向となるため,大回旋の予防ができることが望ましい.そこで筆者は,粘着効果の高い分散型眼粘弾剤(ophthalmicCviscosurgicaldevice:OVD)のシェルガン5)を水晶体.内に留置する予防方法を考案した.C●予防方法の手技当院では上方強角膜切開で白内障手術を行っている.まず型通りに白内障除去を行い,空となった水晶体.内に凝集型COVDを垂直方向に適量注入する.次に分散型Cabc図2分散型OVD.内留置による回旋予防法の手技(上方切開IOL水平方向固定の場合)分散型COVDを.内水平方向部位に直接.と接するように注入し(a),インジェクターからCIOLを凝集型COVDとともに.内へ挿入(Cb)後,IOLを水平方向に回旋させて,IOL支持部周辺のみに分散型COVDが残るよう手術を終える(Cc).(87)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C3690910-1810/23/\100/頁/JCOPY表1分散型OVDの使用なし群と使用あり群の比較使用なし群(n=84)使用あり群(n=77)p値術後矯正視力(logMAR)C術翌日の眼圧C術後回旋角度C45°以上の大回旋の頻度.0.05±0.06C18.3±6.1CmmHgC7.9±15.4°C6.0%(C5眼).0.06±0.04C20.2±7.3CmmHgC4.1±10.5°C1.3%(C1眼)C0.310.090.03*0.21術後矯正視力および術翌日の眼圧においてC2群間に有意差は認めなかった(Mann-WhitneyUtest).しかし,術後回旋角度では,使用あり群で有意に回旋角度の減少がみられた(p=0.03,Mann-WhitneyUtest).45°以上の大回旋の頻度は,使用なし群は6.0%,使用あり群でC1.3%となり,有意差は認めなかった(FisherC’sCexacttest).*:p<0.05(Mann-WhitneyUtest)OVDを.内水平方向部位に直接.と接するように注入し(図2a),インジェクターからCIOLを凝集型COVDとともに.内へ挿入する.この際に分散型COVDがより水晶体.に接するよう押しつけるイメージで挿入する(図2b).その後,IOLを水平方向に回旋させて,最後に.内の凝集型COVDを光学部裏面も含め除去する.分散型OVD自体はある程度視認可能なため,支持部周辺のみに分散型COVDが残るよう手術を終える(図2c).C●術後臨床成績実際にこの方法における回旋予防効果を,LCを用いて通常通り手術を終えた使用なし群C84眼と,分散型OVDを水晶体.内に留置した使用あり群C77眼とで,水平方向固定で比較した.結果を表1に示す.45°以上の大回旋を起こした眼は,使用なし群でC5眼(6.0%),使用あり群でC1眼(1.3%)となり,有意な差ではないが大回旋の頻度を低減できたと考えている.C●分散型OVD留置の注意点や合併症この予防方法の注意点として,分散型COVDをただ.内に注入しただけでは,水晶体.との粘着効果が得られず流れてしまう可能性がある.ソフトシェルテクニックのように凝集型COVDを使って水晶体.に押しつける必要があるため,IOLを挿入する前が行いやすい.また,分散型COVDを.内に留置する際の創口部位は,IOL水平方向固定の場合は上方切開のほうが行いやすく,逆にIOL垂直方向固定の場合は耳側切開のほうが有利となる.合併症としては,術翌日の高眼圧が比較的起こりやすい印象があり,40CmmHgを超える症例もC1例経験した.これらの高眼圧症例は,点眼や内服加療により速やかに正常化したが,緑内障などの患者では使用を控えたほうがよいであろう.C●おわりにこの予防方法を用いても.内留置されずに分散型OVDが流れてしまった症例がC1例存在し,完全な予防方法とはなっていない.現在のところ,完全な予防方法として水晶体.拡張リング挿入法があるが,コストの面から考えても回旋後の二次的なCIOL整復法として使用するのが現実的である.LCTは視機能の面からも乱視患者にとても大きなメリットとなりうるため,大回旋は解決すべき問題である.本方法以外に,IOL挿入後でも行え,創口部位に影響されない,より簡便で安全・安価な予防方法の検討も今後必要であろう.文献1)VounotrypidisCE,CDienerCR,CWertheimerCCCetal:BifocalCnondi.ractiveintraocularlensforenhanceddepthoffocusincorrectingCpresbyopia:ClinicalCevaluation.CJCCataractCRefractSurg43:627-632,C20172)PedrottiCE,CMastropasquaCR,CBonettoCJCetal:QualityCofCvision,CpatientCsatisfactionCandClong-termCvisualCfunctionCafterCbilateralCimplantationCofCaClowCadditionCmultifocalCintraocularlens.IntOphthalmolC38:1709-1716,C20183)OshikaT,AraiH,FujitaYetal:One-yearclinicalevalu-ationofrotationallyasymmetricmultifocalintraocularlenswith+1.5dioptersnearaddition.SciRepC9:13117,C20194)野口三太朗:レンティスコンフォートトーリック.IOL&RSC35:301-308,C20215)WatanabeI,YoshiokaK,TakahashiKetal:Advancesinunderstandingthemechanismofophthalmicviscosurgicaldeviceretentionintheanteriorchamberoronthecornealsurfaceduringocularsurgery.ChemPharmBull(Tokyo)C69:595-599,C2021

コンタクトレンズ:読んで広がるコンタクトレンズ診療 小児へのコンタクトレンズ処方

2023年3月31日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナー読んで広がるコンタクトレンズ診療7.小児へのコンタクトレンズ処方糸井素啓京都府立医科大学大学院医学研究科■はじめにコンタクトレンズ(CL)装用には年齢制限がない.そのため小学生以下であっても必要に応じて装用することは可能であり,実際に小学生のCCL装用者は徐々に増加傾向にある.しかし,小児のCCL装用では,安全性の確保が課題となり,慎重にCCLを処方する必要がある.本稿では,現在増加している小中学生のCCL装用に焦点を当て,小中学生にCCLを処方するうえで理解しておくべき注意点を紹介する.C■コンタクトレンズの適応小児では,安全性に優れる眼鏡が屈折矯正の第一選択となる.しかし,強度遠視,不同視弱視,角膜不正乱視などの疾患は眼鏡では十分な矯正効果を得られず,CLの医学的適応となる(表1).とくに強度の屈折異常・不同視は,光学的メリットと弱視治療という観点からCCLが屈折矯正の第一選択となる.一方で,近年,スポーツや習いごとを理由とするCCL装用が一般化してきた.さらに,近視進行抑制を目的とするオルソケラトロジーレンズ,多焦点ソフトコンタクトレンズ(SCL)の装用も急増している.ただし,これらのレンズによる近視進行抑制効果には個人差があり,近視進行を完全に止めるものではないこと,「オルソケラトロジーガイドライン」ではC20歳未満への処方が「慎重処方」となっていることに留意したい1).視覚再生機能外科学道玄坂糸井眼科協力が必要である.保護者によっては,児童を信頼している,あるいは多忙で時間がないなどの理由で,本人だけにCCLの管理をさせる人もいるが,そういった場合でも保護者の理解と監視が合併症のリスクに影響することを根気よく説明する.保護者にCCLトラブルとその危険性を理解してもらい,それを避けるために必要なCCL装用・ケアの方法を取得してもらうこと,定期健診の重要性を理解してもらうことは,小児における「安全なCCL装用」の第一歩である.一方,このような保護者の関与の影響なのか,15歳以下の小児は成人に比較してトラブルの頻度が低く,むしろC10代後半からC20代前半にかけての年齢層でCCL装用に伴う合併症の頻度が高いことが報告されている(図1)2).選択したレンズの種類や装用時間の差などを考慮する必要はあるが,「適切に処方されたレンズを正しく取り扱えば,小児であってもCLは安全に装用できる」と考えられる.C■コンタクトレンズの選択上述のように,児童へのCCL処方では,安全性の確保が優先されるため,酸素透過性ハードコンタクトレンズ(rigidgaspermeablecontactlens:RGP-CL)またはシリコーンハイドロゲル素材のC1日使い捨て型CSCLを第一選択とする.筆者の場合は,スポーツでの装用や機会C■細菌性角膜炎■浸潤性角膜炎8■急性結膜炎■周辺部角膜潰瘍■虹彩炎■小児へのコンタクトレンズ処方は安全かCLトラブルの多くは,不適切なレンズ装用・レンズケア,または定期検診を怠ったことに起因する.どれだけ聡明な児童であっても,児童自身で最初からしっかりとした管理・ケアを行うのはむずかしいため,保護者の表1小児におけるコンタクトレンズの医学的適応1年間における発症頻度76543211.弱視治療目的無水晶体眼不同視2.視力矯正近視・遠視角膜不正乱視3.整容目的角膜白斑などC0年齢図1年齢別のCL装用者における合併症の頻度8~12歳では,CL関連合併症の頻度が低く,青色で示される細菌性角膜炎の発症を認めなかった.(文献C2より一部改変して引用)8~1213~1718~2526~33(85)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C3670910-1810/23/\100/頁/JCOPY表2おもなカラーコンタクトレンズのDk値種類商品名会社名CDk*CDk/L**低含水(<4C0%)ハイドロゲル低含水(<4C0%)ハイドロゲル中含水(40~6C0%)ハイドロゲル高含水(>6C0%)ハイドロゲルシリコーンハイドロゲルスターリー(STARRY)ネオサイトワンデーリングCUVディファイン・モイストフレッシュルック・デイリーズエアオプティクス・ブライト/カラーズボシュロムCアイレCジョンソン・エンド・ジョンソンCアルコンCアルコンC9.0C11.0C28.0C26.0C112.0C12.913.833.326.0138.0*Dk:×1011(cm2/sec)(mlO2/ml×mmHg),**Dk/L:×10.9(cm/sec)(mlO2/ml×mmHg)装用の場合はC1日使い捨て型CSCLを,親がCRGP-CLの装用経験がある場合や,中等度以上の屈折異常の場合はRGP-CLを勧めている.とくに,強度近視あるいは弓道や射撃などで見え方の質にこだわる場合はCHCLが有用である.近年,整容目的にサークルレンズを含むカラーCCLの装用を希望する患者が急増している.カラーCCLは,レンズが分厚く,着色部位の色素が酸素の透過を阻害するため,低酸素に起因する角膜障害や機械的擦過を生じやすいことが懸念され,若年者への処方は慎重にならざるをえない.また,カラーCCLはシリコーンハイドロゲル素材の商品が少なく(表2)2),現在通販などで流通している商品の多くが,酸素透過性が低い低含水のハイドロゲルレンズであることにも注意を要する.しかし,画一的に否定すると,インターネット・量販店などで適切な指導を受けないまま低品質のレンズを購入することへつながる危険性がある3).筆者は,カラーCCLはクリアーレンズに比較して角膜低酸素の危険性が高いことを説明したうえで,原則的にシリコーンハイドロゲル素材のC1日使い捨てタイプに限定し,クリアーレンズと合わせて処方している.C■レンズケアCLのケア方法は複数あるが,筆者は消毒・洗浄効果に優れている手法として,SCLに対してはポビドンヨード入りのケア用品による消毒を,RGP-CLに対しては研磨剤含有の洗浄液を用いたこすり洗いによる洗浄を勧めている.指導の際には,具体的な手順や使用するケア用品を丁寧に保護者と本人に説明し,実際に目の前で一緒に行うと効果的である.また,処方後も,定期検診の際にケア状況の確認を行う.確認の際には「具体的」に「保護者」に尋ねることがポイントである.実際に使用しているケア用品の商品名,ケア用品(ボトルおよびレンズケース)の交換頻度などを確認し,子どもに一任していないかどうかもしっかりと見きわめる.C■おわりに繰り返しになるが,小児にCCLを処方する際には,重篤なCCLトラブルを避け,安全なCCL装用を維持することが最優先される.しかし,上述のポイントを踏まえて適切な処方・定期健診を行えば,成人と同様に安全なCL装用は可能である.小児に対しては安全性に配慮したうえで,満足度の高いCCL診療を行いたい.文献1)日本コンタクトレンズ学会オルソケラトロジーガイドライン委員会:オルソケラトロジーガイドライン(第C2版).日眼会誌121:936-938,C20172)ChalmersCRL,CWagnerCH,CMitchellCGLCetal:AgeCandCotherriskfactorsforcornealin.ltrativeandin.ammatoryeventsCinCyoungCsoftCcontactClensCwearersCfromCtheCCon-tactCLensCAssessmentCinYouth(CLAY)study.CInvestCOphthalmolVisSci52:6690-6696,C20113)渡辺潔,植田喜一,佐渡一成ほか:カラーコンタクトレンズ装用に関わる眼障害調査報告.日本コンタクトレンズ学会誌56:2-10,C2014

写真:画像鮮明化技術の眼科外来診療画像への適用

2023年3月31日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦466.画像鮮明化技術の眼科外来診療画像横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科への適用視覚機能再生外科学図1水濡れ性低下型ドライアイのspotbreak像不明瞭であったspotbreak(a)が,鮮明化により明瞭に観察されている(b).図2涙液減少型ドライアイの角膜フルオレセイン染色像まったく見えなかった角膜上皮障害や涙液層の破壊(a)が,鮮明化され可視化されている(b).図3図1bと図2bのシェーマ(83)あたらしい眼科Vol.40,No.3,20233650910-1810/23/\100/頁/JCOPYあらゆる医学領域で画像の重要性はますます増してきているが,眼科外来診療においても,コントラストの良好な画像を用いて,患者に眼の状態や疾患の説明を行うことや,画像を診療録に保存,記録することが求められている.画像を鮮明化する技術は,セキュリティー領域,たとえば,監視カメラ,ドライブレコーダー,ドローンなどで発達してきたが,近年,その技術が医療分野にも応用されるようになってきている.筆者のグループは早い段階でこの技術に触れる機会に恵まれ,医療用リアルタイム画像鮮明化装置MIEr(ロジック・アンド・デザイン)を用いて,フォトスリットランプ画像(ディフューザー画像や各種生体染色画像)1),手術動画2),超広角走査型レーザー検眼鏡画像3),マイボグラフィー画像4)などの鮮明化を試みてきた.そしてその過程で,コントラストが悪く見えにくかった画像が鮮明に可視化され,それが高速変換で得られたことに驚かされるとともに,その大きな可能性,将来性を感じてきた.MIErは,デジタル画像,もしくはアナログ画像からデジタル変換された画像を,画像のオリジナリティ(本来の画像情報)を保持したまま,独自のアルゴリズムで人の眼に認識しやすいように鮮明化できる.この技術は,霧,煙の除去,監視カメラが不得手とする暗所映像,逆光,半逆光映像(相対的に暗い画像)の鮮明化など,すでにさまざまな領域での実績があり,その適用拡大の過程で医療現場の画像への応用が模索され,近年,その成果が徐々に形になってきている.とくに画像を取り扱うことの多い眼科領域においては,今後,大きな力を発揮することが期待される.不鮮明な画像というのは,暗くコントラストが悪い領域に,観察したい対象が存在する画像のことであり,低コントラスト領域に画像処理を行って,そのコントラストを上げるのが画像鮮明化である.一般に,コントラストの悪い画像は画素の明度分布図(=横軸に明度,縦軸に特定明度の画素数)のヒストグラムが偏る傾向にあるため,MIErの技術では,画像を細かく分割し,狭い範囲で個別にヒストグラムを作り,あとで合成する手法を用いている.また,この技術は動画にも適用でき3),PC上の煩雑な処理をリアルタイムで実行することができる.細隙灯顕微鏡で得たモニター画像を患者への説明に用いようとした際に,ディフューザー画像はまだしも,フルオレセイン画像がまったく使用に耐えなかったといった経験はないだろうか?MIErの適用は外来診療の現場であり,細隙灯顕微鏡とCCD(chargecoupleddevice:電荷結合素子)カメラで得たアナログ画像をデジタル変換し,モニター表示の直前にMIErを介入させるだけで,モニター画像を鮮明化することができる.実際に試みてみると,図1~3に示すように,患者への説明に用いるには無理のあった不鮮明な画像が鮮明化され,これがないと外来診療ができないという錯覚さえ覚えた.とくにフルオレセイン像はフィルターを介して得るため,光量が減少するうえに,アナログからデジタルへの変換過程で画像のコントラストがさらに低下してゆく.しかし,MIErの使用により,画像は驚くほど雄弁に疾患やその病態を語る画像へと変化した.まさに,鮮明な画像が医師-患者間のコミュニケーションツールになっていることを実感した瞬間であった.文献1)福岡秀記,横井則彦,外園千恵:画像鮮明化処理ソフトウェアSoftDEFRの眼科画像に対する有用性の検討.あたらしい眼科36:559-565,20192)青木崇倫,横井則彦:画像鮮明化装置LISr-101の眼科手術動画への応用.あたらしい眼科37:443-444,20203)山下耀平,福岡秀記,永田健児ほか:画像鮮明化処理ソフトウェアの超広角走査レーザー検眼鏡画像への有用性の検討.日眼会誌126:574-580,20224)福岡秀記,横井則彦:画像鮮明化ソフトウェアのマイボグラフィー画像への応用.あたらしい眼科40:211-212,2023

総説:大規模医療データサイエンスが拓く新しい 糖尿病網膜症学

2023年3月31日 金曜日

あたらしい眼科40(3):359.364,2023c第27回日本糖尿病眼学会総会特別講演(内科)大規模医療データサイエンスが拓く新しい糖尿病網膜症学NewStudiesonDiabeticRetinopathyStudiesPioneeredbyLarge-ScaleMedicalDataScience曽根博仁*Iわが国独自の大規模臨床エビデンスの重要性多くが無症状である2型糖尿病の内科診療は,HbA1cをはじめとするサロゲート(代替)マーカーやリスク因子の改善により,将来の合併症予防や(健康)寿命延伸が期待できるという前提で成立している.したがって,その期待を裏付ける科学的データが必須である.さらに,糖尿病診療は多くの生活習慣介入を伴うが,その実施努力に見合った効果が期待できるかについても説得力ある根拠が求められる.そのため糖尿病分野では従来から,多数の患者データを収集・解析し科学的エビデンスを確立する大規模臨床研究が盛んであった.一方,2型糖尿病の病態には多因子遺伝と生活習慣との両方が関与し,人種や地域の影響を強く受けるため,他人種におけるエビデンスが日本人に当てはまるとは限らず,わが国独自のエビデンス構築が必要である.II従来型大規模研究の限界糖尿病患者の視力障害を予防するための内科診療の基本は,眼科に定期的な診察をお願いし,その結果を活かしながら網膜症の発症・重症化のリスク因子管理を行っていくことである.それに必要なリスク因子のエビデンスは,従来,住民コホート,患者レジストリー,臨床試験とそれらのメタアナリシスにより確立されてきたが,一方,それら従来型研究については,①登録患者が特殊で結果を一般診療に外挿しにくい,②長期間追跡の労力や費用が厖大である,③追跡中のドロップアウトが多い,④対象者数が限られ,統計パワーが不十分である,⑤事前に設定したアウトカムについてしか解析できない,などの限界点も指摘されてきた.とくに,従来型研究により「早期」網膜症の重要リスク因子は解明されたものの,視力を脅かし生活の質と医療費に多大な悪影響を与える「重症進行」網膜症のリスク因子はまだ検討が不十分であった.幸い近年の治療法の進歩により,そのような重症網膜症は以前より減少してきたが,むしろそのために従来コホートでは解析に必要なイベント数を確保することが困難になりつつある.また,血糖や血圧など既知リスク因子のさらに詳細な解析あるいは残余リスク因子の探索にも,従来型コホートでは患者・イベント数が不足することが多い.III新たな大規模医療データサイエンスの登場これらの従来型研究の限界を補うための研究ツールとして,リアルワールドデータが用いられるようになった.実際に,リアルワールドデータを活用した研究は近年うなぎ登りに増加している(図1).研究に利用できるリアルワールドデータには,健診,人間ドック,レセプト(診療報酬請求),DPC(診断群包括分類),電子カルテ,介護保険などがあり,いずれもその名のとおり現場状況を反映したデータであるうえ,対象者数も膨大で必要イベント数を確保しやすい.しかし,研究目的で作られたデータベースではないため,研究活用時には留意が必要である.たとえばレセプトデータは,全員加入という悉皆性に加え,受診を要する重症疾患がほぼ漏れなく捕捉可能という特長を有する.しかし,検査データが含まれていな*HirohitoSone:新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科学分野〔別刷請求先〕曽根博仁:〒951-8510新潟市中央区旭町通一番町757新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(77)359論文数図1PubMedに登録されたリアルワールドデータ研究の年代別件数の急激な増加である透析導入のリスク因子を検討した筆者らの以前の過去現在未来①コホート研究(前向き)②ケースコントロール研究過去の要因暴(後向き)露状況の調査イベント発症の追跡いことが短所で,健診や電子カルテデータと連結して用いる必要がある.さらに,いわゆる「レセプト病名」や「保険病名」といわれるように,病名が実際のイベント発症を反映しているとは限らないことも問題である.つまり,「糖尿病網膜症」という病名のみでは重症度が不明なうえ,たとえ「増殖網膜症」という病名がつけられていても,実際に処置を要する危険な状態なのか,あるいはすでに鎮静化した状態なのか区別できない.これに対しては,「診断が確定すればほぼ実施されるが,診断が確定しない限りまず実施されない」処置である光凝固術,硝子体手術,抗血管内皮増殖因子(vascularCendo-6,0005,5005,0004,5004,000thelialgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内注射などが行われたことを手がかりに,当該イベントが実際に起きているか否かを診療行為から判定する必要がある1).データサイズと並ぶリアルワールドデータの最大のメリットは,歴史的コホートデザインを用いることにより,通常のコホート研究に必要な膨大な時間・労力・費用なしに,縦断解析が可能になることである.このデザインは後ろ向きのケースコントロール研究と混同されやすいが,健診結果など過去の確実な測定済みデータが存在し,さらにその後のイベントが確実に捕捉できる際に利用可能になるデザインであり有用性が高い(図2).CIVビッグデータで解明された重症進行糖尿病網膜症のリスク因子わが国のレセプトデータベース解析によって明らかにされた「治療を要する(視力が脅かされる)重症進行糖尿病網膜症」発症の有意な年齢調整リスク因子は,3,5003,0002,5002,0001,5001,000500HbA1c,空腹時血糖,収縮期血圧であった(表1)2).HbA1cについては,6.5%以下の群と比較すると,8.1.8.5%の群で約C6倍,8.6%以上の群で約C14倍と,HbA1c上昇とともに急速に発症リスクが上昇した(図3)2).これは以前にCJapanCDiabetesCComplicationsStudy(JDCS)3)で報告した単純網膜症とCHbA1cとの直線的な関係とはやや異なり,HbA1c8.5%付近を変曲点としたCS字状の関係であったことが判明した(図4)2).一方,同じデータベースを用いて糖尿病腎症の末期像図2各種縦断研究(①コホート研究,②ケースコントロール研究,③歴史的コホート研究)の概念の比較リアルワールドデータ研究ではとくに③が用いやすい.なお,③はレトロスペクティブコホート研究とよばれることもある.研究結果では,収縮期血圧が高くなるほど透析導入リス表1わが国のレセプトデータ解析から判明した糖尿病患者におけクが増大したのに対し,拡張期血圧については意外なこる重症進行糖尿病網膜症の多変量調整リスク因子(Cox回帰)とに,高くなるほど透析導入リスクは逆に低下していた4).この結果より,脈圧(収縮期血圧と拡張期血圧の差)の影響が強い可能性に気づき,収縮期血圧と脈圧をあえて共変量として同時投入してみたところ,収縮期血圧のほうが吸収され脈圧のみが独立因子として残った(表2)4).実際に,収縮気圧(140CmmHg以上または未満),脈圧(60CmmH以上または未満)でそれぞれ層別化して発生率をみたところ,前者より後者のほうが,透析導入者と非導入者をよりよく区別できていた.CHbA1c性別(男性)年齢(/5年)BMI(5Ckg/mC2増加)収縮期血圧(10CmmHg上昇)LDLコレステロール(1Cmg/dl上昇)HDLコレステロール(1Cmg/dl上昇)空腹時血糖(1Cmg/dl上昇)トリグリセリド(対数変換)喫煙HbA1c(%)1.22(0.81.1.86)1.21(1.09.1.34)1.09(0.91.1.31)1.13(1.03.1.23)0.99(0.99.1.00)1.01(0.99.1.02)1.00(1.00.1.00)0.84(0.63.1.13)0.88(0.63.1.23)1.70(1.56.1.86)(文献C2より改変引用)0.100.080.06≦6.5Cref0.046.6.C7.07.1.C7.51.90(C1.03.C3.51)3.60(C1.89.C6.85)C0.04<C0.017.6.C8.03.50(C1.64.C7.47)<C0.010.028.1.C8.55.91(C2.87.C12.2)<C0.01C≧8.614.1(C8.07.C24.6)<C0.010.00調整因子:年齢,性別,BMI,収縮期血圧,空腹時血糖,05001,0001,5002,0002,500HDLコレステロール,CLDLコレステロール,トリグリ観察期間(日)セリド,現在喫煙C重症網膜症累積発症率HbA1c(%)ハザード比(95%信頼区間)p値図3わが国のレセプトデータ解析から判明したHbA1cと重症進行糖尿病網膜症との関連(文献C2より改変引用)Cab10.25網膜症発症率(95%信頼区間)0.80.60.40.20.200.150.100.0500.006.47.48.49.410.411.44567891011121314HbA1c(%)HbA1c(%)図4HbA1cと単純網膜症,重症進行網膜症発症との関連a:JDCSにおける単純網膜症.Cb:レセプトと特定検診の連結データベースにおける重症網膜症.(文献2,3より改変引用)表2わが国のレセプトデータ解析から判明した糖尿病患者にお表3わが国のレセプトデータ解析から判明した収縮期血圧に加えける各種血圧指標を共変量として投入した際の透析導入のてあえて脈圧を共変量として追加した際の糖尿病患者におけ多変量調整リスク因子(Cox回帰)る重症進行糖尿病網膜症の多変量調整リスク因子(Cox回帰)性別(男性)年齢(/5年)BMI(5Ckg/mC2増加)収縮期血圧(10CmmHg上昇)脈圧(10CmmHg上昇)LDLコレステロール(1Cmg/dl上昇)HDLコレステロール(1Cmg/dl上昇)空腹時血糖(1Cmg/dl上昇)トリグリセリド(対数変換)喫煙HbA1c(%)b0.041.41(0.92.2.16)1.18(1.07.1.30)1.13(0.94.1.36)0.91(0.79.1.04)1.50(1.23.1.84)0.99(0.99.1.00)1.01(0.99.1.02)1.00(1.00.1.00)0.88(0.66.1.18)0.82(0.59.1.16)1.73(1.59.1.89)(文献C2より改変引用)0.040.030.020.01重症網膜症累積発症率重症網膜症累積発症率0.030.020.010.000.00観察期間(年)観察期間(年)図5重症進行糖尿病網膜症発症リスクに対する脈圧(a)と収縮期血圧(b)の影響(三分位解析)01234560123456そこで,同じく進行した細小血管合併症である重症進行糖尿病網膜症についても,同様に収縮期血圧と脈圧を共変量として同時投入してみたところ,収縮期血圧は吸収され脈圧のみが有意な因子として残った(表3)2).実際に,脈圧と収縮期圧をいずれも三分位に層別化して発生率をみたところ,収縮期圧を用いるより脈圧を用いたほうが,重症進行糖尿病網膜症高リスク群をよく分離することが可能であった(図5).脈圧は一般に太い血管壁の硬さを反映するとされ,以前の筆者らのメタアナリシス結果5)でも心血管疾患との関連が示されていたが,細小動脈合併症の病態にも関与することが明らかになり,重症進行糖尿病網膜症のリスク評価や発症予測には,収縮期血圧のみならず脈圧も重(文献C2より改変引用)要であることが示唆された.CV糖尿病合併症同士の関連合併症同士の関連についても新たな知見が得られている.筆者らは以前,JDCSにおいて,単純網膜症と微量アルブミン尿が同時にみられる糖尿病患者において,経時的な腎機能低下のリスクが高いことを報告した6).一方,最近のレセプトデータでは,一般尿検査の尿蛋白C1+以上,またはCeGFR低下(30.59Cml/min/1.73CmC2)がみられる患者ではいずれも,それらをもたない患者と比較して重症進行糖尿病網膜症のリスクが約C2倍に上昇していたが,それら両方をもつ患者ではリスクは約C6倍に上昇表4わが国のレセプトデータ解析から判明した尿蛋白陽性(一般尿検査1+以上)とeGFR軽度低下(30~59ml/min/1.73m2)およびそれらの組み合わせによる重症進行糖尿病網膜症の多変量調整リスク因子(Cox回帰)ハザード比(95%信頼区間)p値尿蛋白陽性eGFR軽度低下1.91(C1.90(C1.27.C2.87)C1.11.C3.23)C0.0020.019尿蛋白陽性eGFR軽度低下ハザード比(95%信頼区間)p値--1(reference)-+1.52(0.78.2.95)0.217+-1.73(1.11.2.69)0.015++5.57(2.40.12.94)<0.001(文献C7より改変引用)Cab100100未発症者割合(%)75502575502500123456700123456年数Strata網膜症なし極軽中等度の非増殖性度の非増殖性軽重症の非増殖性年数度の非増殖性最重症の非増殖性図6英国の電子カルテ解析研究から判明した観察開始時の網膜症状態による増殖性網膜症(a)および7硝子体出血(b)の累積発症率していた(表4)7).このようなデータは,糖尿病患者における細小血管合併症間の共通病態の存在を示唆するとともに,網膜症リスク評価の層別化に役立つものと考えられた.CVIリアルワールドデータを活用した他の研究例ビッグデータを活用することにより,ほかにも多くの関連が示されている.たとえば,英国の電子カルテデータベースを解析した結果では,ベースラインの詳細な網膜症ステージ別の増(文献C8より改変引用)殖網膜症や硝子体出血の発症率が報告されている(図6)8).また,白内障手術後に合併症として黄斑浮腫がみられることが知られていたが,実際に網膜症を有する糖尿病患者に対する白内障手術後に,治療を要する糖尿病性黄斑浮腫のリスクがC2.9%からC5.3%に有意に上昇していたことが判明した9).眼科は次々と最先端計測機器類が導入され,リアルワールドデータが蓄積されやすい分野であるが,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)10)やマイクロペリメーター(視感度測定器)11)などの計測値が,糖尿病患者に多い認知症のリスク評価に使える可能性も示されている.糖尿病網膜症の頻度(%)10093.96%908072.16%70.25%66.45%706059.146%52.53%504033.03%34.20%3020100<20%20~30%30~40%40~50%50~60%60~70%70~80%>80%Timeinrangeの割合図7中国人2型糖尿病患者におけるtimeinrange別の網膜症有病率(文献C12より改変引用)一方,内科でも持続血糖モニタリングなどの普及により,血糖値の詳細な日内変動や日較差に関するビッグデータが蓄積されている.糖尿病網膜症のリスク因子としての血糖コントロールも,従来はCHbA1cを中心に評価されていたが,timeinrange(TIR;グルコース値がC70以上C180Cmg/dl未満の時間の割合)など,より新たなコントロール指標との関連が明らかにされ(図7)12),糖尿病網膜症とその重症化予防のためのより詳細なコントロールの指針作りに役立つものと思われる.CVIIリアルワールドデータの今後近年の技術進歩に伴うリアルワールドデータの活用は,現場に役立つ新たなエビデンスを産み出すことを可能にする.ただし,研究活用時には各データベースの長所と短所を理解して,リサーチクエスチョンに合ったデータベースを選ぶ必要があり,さらに複数のデータベースを結合するなどの工夫を要する.一方,リアルワールドデータが使用できるようになっても,コホート,レジストリー,無作為化試験などの従来型研究の価値が低下するわけではなく,新旧の手法を目的によって適宜使い分けることにより,新たな大規模医療データサイエンスの世界が広がり,糖尿病診療や予防の個別化に貢献できるはずである.謝辞:JDCSにご協力いただいた多くの先生方,とくに山形大学の山下英俊先生,大阪大学の川崎良先生,京都大学の田中司朗先生に深謝申し上げます.文献1)FujiharaCK,CYamada-HaradaCM,CMatsubayashiCYCetal:CAccuracyofJapaneseclaimsdatainidentifyingdiabetes-relatedCcomplications.CPharmacoepidemiolCDrugCSafC30:C594-601,C20212)YamamotoCM,CFujiharaCK,CIshizawaCMCetal:PulseCpres-sureCisCaCstrongerCpredictorCthanCsystolicCbloodCpressureCforCsevereCeyeCdiseasesCinCdiabetesCmellitus.CJAmHeartCAssocC8:e010627,C20193)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal;JapanCDiabetesComplicationsStudyGroup:IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabe-tes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesCompli-cationsStudy(JDCS)C.DiabetologiaC54:2288-2294,C20114)OsawaT,FujiharaK,HaradaMetal:Higherpulsepres-sureCpredictsCinitiationCofCdialysisCinCJapaneseCpatientsCwithdiabetes.DiabetesMetabResRevC35:e3120,C20195)KodamaCS,CHorikawaCC,CFujiharaCKCetal:Meta-analysisCofCtheCquantitativeCrelationCbetweenCpulseCpressureCandCmeanarterialpressureandcardiovascularriskinpatientswithCdiabetesCmellitus.CAmCJCCardiolC113:1058-1065,C20146)MoriyaCT,CTanakaCS,CKawasakiCRCetal;JapanCDiabetesCComplicationsCStudyGroup:DiabeticCretinopathyCandCmicroalbuminuriacanpredictmacroalbuminuriaandrenalfunctionCdeclineCinCJapaneseCtypeC2Cdiabeticpatients:CJapanCDiabetesCComplicationsCStudy.CDiabetesCCareC36:C2803-2809,C20137)YamamotoCM,CFujiharaCK,CIshizawaCMCetal:OvertCpro-teinuria,moderatelyreducedeGFRandtheircombinationareCpredictiveCofCsevereCdiabeticCretinopathyCorCdiabeticCmacularCedemaCinCdiabetes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC60:2685-2689,C20198)LeeCS,LeeAY,BaughmanDetal;UKDREMRUsersGroup:TheCUnitedCKingdomCDiabeticCRetinopathyCElec-tronicCMedicalCRecordCUsersGroup:report3:baselineCretinopathyCandCclinicalCfeaturesCpredictCprogressionCofCdiabeticretinopathy.AmJOphthalmolC180:64-71,C20179)DennistonCAK,CChakravarthyCU,CZhuCHCetal;UKCDRCEMRCUsersGroup:TheCUKCDiabeticCRetinopathyCElec-tronicMedicalRecord(UKDREMR)UsersGroup,report2:real-worldCdataCforCtheCimpactCofCcataractCsurgeryConCdiabeticCmacularCoedema.CBrCJCOphthalmolC101:1673-1678,C201710)ChanCVTT,CSunCZ,CTangCSCetal:Spectral-domainCOCTCmeasurementsCinCAlzheimer’sdisease:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysis.COphthalmologyC126:497-510,C201911)CiudinCA,CSimo-ServatCO,CHernandezCCCetal:Retinalmicroperimetry:aCnewCtoolCforCidentifyingCpatientsCwithCtypeC2CdiabetesCatCriskCforCdevelopingCAlzheimerCdisease.CDiabetesC66:3098-3104,C201712)ShengCX,CXiongCGH,CYuCPFCetal:TheCcorrelationCbetweentimeinrangeanddiabeticmicrovascularcompli-cationsCutilizingCinformationCmanagementCplatform.CIntJEndocrinolC2020:8879085,C2020