———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081121私が思うことシリーズ⑫(75)私は大学卒業後10年間余り大学に勤務していました.網膜離を専門にしていた関係で,網膜色素上皮の下液吸収に興味を惹かれ,摘出した網膜色素上皮を利用して生理学的な実験をしていました.研究も軌道にのり,学位を頂戴し,留学を果たしたころ,「このまま研究を続けていいものか?」という疑問が湧いてきました.というのも,アメリカで眼科の基礎的な研究をしているのはおもにPhDで,特に私の分野の研究仲間は大抵生理学教室のPhDでした.医学部を出たMDは研究もそこそこに臨床に専念しているのが普通だったのです.帰国後,民間病院を経て開業したのは留学先での印象が大きく影響しています.開業して早くも15年目に入りました.白内障手術,LASIK(laserinsitukeratomileusis)から硝子体手術に至るまで多くの手術症例に恵まれ,また,多くの優秀な職員,若い先生方に助けられて,眼科医として充実した毎日を過ごしています.一般社会なら引退も近い年齢になってしまいましたが,体力と気力の続く限り手術を続けていきたいと思っています.私は最近,日ごろ思いついたことをブログに書き連ねることにしています.私のブログ,Eye-Surgeon’sEyeはグーグルで検索していただければすぐ出てきますので,それをご覧いただければ私が何を考えているのかすぐにわかってしまいます(図1).先日,2008年の初めごろ,ブログの質問欄から学術講演を依頼されたことがありました.ブログに書いていることが面白いからと講演を依頼されました.このとき,依頼主はブログの著者が誰かはわからなかったそうです.これもネット社会ならではの出来事ではないでしょうか.ブログを通じて質問されたり,見学に来られたり,若い先生方との交流が進むのは楽しいものです.私が開業した頃から見ても,世の中はネットを中心に目まぐるしく変化しています.最近のネット社会が眼科,あるいは医療にどんな影響を与えているかをちょっと考えてみましょう.14年前にはインターネットがありませんでした.普及しだしたばかりの携帯電話を握り締めて,開業の場所探しや器械の交渉をしていたことが思い出されます.阪神大震災の後くらいから本格的なネット社会到来と騒がれ,メールやホームページがあたりまえのこととなってきました.しかし,ホームページを作ってはみたものの,当時はそれほど役に立たず閲覧者も少なかったよう0910-1810/08/\100/頁/JCLS坪井俊児(ShunjiTsuboi)医療法人聖明会坪井眼科1950年大阪生まれ.趣味はピアノ演奏,日本古代史研究,韓国ドラマ鑑賞など.移り気な性分のせいでライフワークとよべるものはない.フィジカルとメンタルの両面で向上を続けることを「一応」の目標としている.もちろんピアノ演奏のことである.(坪井)グーグリネス社会と眼科図1筆者のブログ“EyeSurgeon?sEye”の一例———————————————————————-Page21122あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008に思います.ところが検索エンジンのグーグルが登場して事情は一変しました.グーグル以降のネット社会をWeb2.0とよぶ人もいますが,私はグーグルに敬意を表してグーグリネス(グーグルらしい)社会とよぶことにします.グーグリネス社会で何が変わったか?一言でいえば,個人が情報の受け渡しをできるようになったということでしょう.政府機関や大学などが情報を独占し,それを小出しにしつつ社会を操作するということがだんだんできにくくなってきました.世の中情報ほど大切なものはありません.古代,暦法により民衆を支配した時代から,連綿とその手法は生きてきました.グーグリネス社会でそこに風穴が開くとすれば,想像もつかない変化が待っているのかもしれません.ここでは卑近な例としてわが国における医療法第69条(旧)の広告規制をあげます.医師は診療科名やベッドの有無,診療時間など決められたことしか広告できないという規制のことです.この規制は公式見解として,誇大広告から患者を守るために設けられているとされていますが,実際のところ,医師以外の新聞記者や評論家など,医学を本格的に学んだことも実際の医療現場に身を置いたこともない人の意見のみがクローズアップされてしまい,医療や医療制度にとって大きなマイナスになっていると思います.しかしネット上では医師であろうが誰であろうが何を書いてもよい.医師の発言のみ封じるということは技術的にも不可能です.グーグリネス社会では広告媒体としてもインターネットは既存のマスコミに肩を並べつつあり,いずれ凌駕するともいわれています.医師に対する広告規制は有名無実となりつつあります.このような現状を踏まえ,新しい医療法では広告規制が大幅に緩和されつつあります(現行医療法第6条の5).最近,私のところの診療所を初めて受診される患者さんの受診動機を調べたことがあります.その結果,ホームページをご覧になってからこられた患者さんの割合が増えてきています(図2).LASIKのみならず比較的年齢層の高い白内障でも同じような傾向があります.特に,ホームページを見て医療内容について質問される方が増えてきました.先日も,片眼白内障で近視の方に対して,白内障手術と同時に健眼のLASIKをお薦めしたところ,「白内障手術の際には多焦点IOL(眼内レンズ)を入れてください」と希望されました.そしてなんと,「屈折型ではなく回折型のレンズを入れてください.私は近くを重視したいから.」といわれたのには驚きました.必ずしも回折型が近方重視とは限りませんが,ご本人さんの強い希望がありましたので回折型の発売を待って手術を行い,結果的にすごく喜んでいただきました.グーグリネス社会では患者さんの意識や知識レベルが驚くほど進んできます.グーグルでは「邪悪であってはいけない.(中略)もし100人の平均的な人たちに尋ねれば,どちらが正しいか,ほとんどみんな一致すると思うよ.」(梅田望夫:ウェブ時代5つの定理,文藝春秋刊)という倫理が支配しています.それを実現するには,世の中の一人ひとりが自分の得意分野をネット配信することが大切になってくると思います.そしてそれが医師-患者間に応用されたとき,理想の医療が実現するとまでは言いませんが,今よりも随分風通しがよくなることだけは確かでしょう.坪井俊児(つぼい・しゅんじ)1975年大阪大学医学部卒業大阪大学病院研修医(外科,眼科)1977年近畿大学医学部眼科助手1979年大阪大学医学部眼科助手1984年ミネソタ大学眼科研究フェロー1987年大阪大学医学部眼科助手復職1988年(医)きっこう会多根記念眼科病院部長1994年坪井眼科開業2002年より近畿大学医学部眼科非常勤講師.医学博士.ブログhttp://eyesurgeon.exblog.jp/ホームページhttp://www.tsuboi-eye.co.jp/(76)2坪井眼科のホームページ