———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.3,20093570910-1810/09/\100/頁/JCLSWeb2.0とよばれる現象インターネットの新しい利用方法が,「交流」というコンセプトであることは,第1章で紹介しました.インターネットが国家機関や研究機関や民間企業にかぎられた所有物であった時代には,情報発信者は国家であり,研究機関であり,民間企業でした.インターネットの情報発信者の主体が民間企業から個人へ移行している,現在の潮流を「Web2.0」としばしば表現します.その例が,ブログや,ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)といったユーザー参加型の交流サイトであり,Wikiシステムを用いた文書作成Webサイトです.日本最大のSNSサイトはmixiといいます.参加登録者は1,000万人ともいわれていますので,活用されている方もいらっしゃるかもしれません.インターネットの世界では,これまで情報の受け手であったユーザー個人が情報の発信者へとシフトし,ユーザー参加型のモデルが広まっています.情報の発信者が飛躍的に増えたことで,「情報発信者の共同作業によって,より有益な情報が生み出される」という,現象が起こりつつあります.このようにして積み上げられた付加価値の高いインターネット上の情報を「集合知」とよびます.その成功例がインターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」です.ここでいう「フリー」とは,「無料」と「フリーアクセス」の両方の意味をもちます.Web2.0は単一の技術やキーワードを指すのではなく,いくつもの要素が折り重なりパラダイムシフトが起こっていくなかで,誰しもが感じていたインターネットの変化をTimO’Reilly(ティム・オライリー)氏らが言葉で表現したものです.2005年9月に同氏が発表した論文「WhatIsWeb2.0」(副題:Web2.0とは何か次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル)のなかで,次世代インターネットを象徴する言葉として紹介されたことで注目されるようになりました.彼のインタビュー記事からWeb2.0について理解することができます.『私が人に理解してほしいのは,コンピューター業界の根本的構造が変わりつつあるってことだ.(中略)つまり,インターネットはソフトウェアの価値を何か違うところに持っていこうとしている.それは何か.それが,Web2.0なんだ.私が考えているのは,まず,ユーザーが中心となって巨大データベースを作り,多くの人が使えば使うほどそのデータベースは良くなっているってこと.“ネットワーク外部性”が成功を導いている.1997年に私はこのことを“Infoware”と呼んでいた.でもそれは正しくなかった.きっと“People-ware”って言うのが正しいと思う.』1)Web2.0の世界観を簡潔に表現すると,インターネットが個人と個人の情報発信を繋ぐ「交流」として使われるようになり,無限の広がりと組み合わせを持つネットワークと巨大なデータベースがわれわれの生活のすぐそばにある,という状態です.そのような技術の進歩と意識の流れのなか,変わらぬものがあります.人の営みです.医療行為はどこまでいってもアナログな行為です.しかし医療情報のデジタル化はどんどん進んでいます.インターネットの潮流はどのように眼科医療と合流していくでしょうか.ファイリングシステムでしょうか,電子カルテでしょうか,私はもっと先に大きな合流点があるように思います.ティム・オライリー氏は,インターネット業界において,ハードウェアからソフトウェアに価値が移り,ソフトウェアも皆が同じモノを使うようになると,その先に価値を産むのは“Peopleware”であると述べています.個人の知識ノウハウが個人だけのものでなくなり皆でシェアできる環境,それがWeb2.0の世界です.医療情報の巨大なデータベースを世界の医療人がシェアできる環境って魅力的ではないですか?(75)インターネットの眼科応用第2章インターネットは個と個を繋ぐ武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ②———————————————————————-Page2358あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009Web2.0と医療Web2.0とよばれる,情報発信源が民間企業から個人へと移る,この大きなパラダイムシフトを医療界にあてはめるとどうなるでしょうか.私は,情報発信者が「大学」や「病院」から「医師個人」へシフトする,と考えます.従来,学会や研究会といった,実際に顔を合わせる場を通じて情報の発信・交流は行われました.この場合,所属は必須です.Web2.0の世界はこの既存の場に参加することなく,医師個人が所属に関係なく,自分の意思と管理のもと,自身の治療方針や治療成績を外部データベースに蓄積します.さらに別の医師が上書きをする,という新しい医療情報の交流形態を意味します.情報の蓄積量,情報の信頼度を,組織と個人で比較した場合,組織である「大学」,「病院」の優位性は揺らぎません.しかし,日本中の医師個人の知識が蓄積するとどうなるか,一人の専門家の知識との差はどう縮まっていくのでしょうか.その答えはブリタニカ百科事典とウィキペディアとの比較をみれば明らかです.ウィキペディアの記事の正確性は,世界で最も権威があるとされるブリタニカ百科事典と比べて遜色がありません.2005年12月のネイチャー誌によると,同程度の情報を含んだ双方の辞書項目を比較したところ,誤った記載の数は,一つの記事につき,ブリタニカが2.92個でウィキペディアが3.86個でした2).一人の専門家による記述と,多数の人間の集合知にはさほどの差がなかった,という証明です.一定の資格を得た専門家が参加し,インターネットで知的交流を行うのは時代の流れです.医療の世界でも,大学や病院といった組織からの情報発信だけでなく,医師個人が情報を発信し,ディスカッションしながら,集合知を創るのが次の10年に起こる流れと予測します.インターネットは個人を無限に繋ぐ道具です.個人と個人がエリアを越えて繋がる不思議な道具です.参加するメンバーの指向性によって,生き物のような変化を生みます.インターネットによる外部ネットワークがいい意味でも悪い意味でも人間性を帯びてくると,そのネットワーク自体が文化を持つようになります.先述したmixiにはmixiに参加するユーザーが作り上げた文化が(76)ありますが,残念ながら知的交流には不向きのようです.医療に関する媒体の文化は,医療者であるわれわれ自身で作ることになるでしょう.専門知識を持った医師同士がインターネットを「交流」の道具として用いると,どのような文化を創造できるかは,われわれが医療をどのように考えているかで決まります.医療行為が単なる生計を立てる手段ではないはずです.いい医療を目の前の患者に伝えたい,という基本のスタンスさえ変わらなければ,ウィキペディアのような成功事例を後世に伝えることができるでしょう.インターネットによって,医師個人と医師個人がエリアを越えて繋がれば,さまざまな臨床上の相談事が可能です.症例検討会の開催も可能です.医療機関と医療機関が繋がれば難症例の遠隔診断や,離島の医療を支援することができます.私は大阪で眼科クリニックを営む傍ら,有志とNPO法人MVCメディカルベンチャー会議(以下,MVC)を設立し活動しています.MVCは医療人の知的・人的な交流を活性化させ,蓄積された知的共有物を広く一般生活者に伝え,医療水準の向上に貢献したい,という理念のもとに活動しています.私は一臨床医ですので,システムやプログラムのことはよくわかりません.ですが,インターネットにはさらなる可能性を感じ実践してきました.連載を通じて,医療というアナログな行為と,眼科という職人的な業をインターネットでどう補完するか,実例を交えながら紹介していきたいと思います.皆さんとの意見交換を通じて,30年後の医療環境をともにつくっていければ幸いです.MVCの活動に共感いただき,k.musashi@mvc-japan.orgにご連絡いただければ,医療者限定インターネット会議室「MVC-online」http://mvc-online.jpから招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.参考文献1)鳴海淳義CNETJapanhttp://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20361105,00.htm2)JimGiles.NaturePublishingGroup.http://www.nature.com/news/2005/051212/full/438900a.html