———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.12,200716310910-1810/07/\100/頁/JCLSはじめに細菌性眼感染症の多くは,臨床所見と塗抹標本のグラム染色結果により起因菌推定と点眼薬選択が可能であるが,臨床の現場ではほとんど行われていない.この理由としては,①幅広い抗菌力を有するキノロン点眼薬が汎用されていること,②診療中に行うグラム染色が煩雑で熟練が必要であることがあげられる.しかし,有効な点眼薬も検査を行わずに長期集中的に使用されると耐性菌出現は避けることができない.ここでは,日常診療で使用されている市販点眼薬の主要な角膜炎起因菌に対するpostantibioticbactericidaleect(PABE)を測定した砂田ら1)のデータをエビデンスとして菌種・菌群別に対する市販点眼薬の有効性を検証するが紙面の都合上,実験の詳細は砂田らの論文を参照していただきたい.また,PABEとは,細菌に抗菌薬を短時間接触させた後,抗菌薬を取り去っても持続される殺菌効果を意味する.PABE測定法の概要1.対象菌株2003年1月から12月に施行された感染性角膜炎サーベイランスに参加した24施設において分離された133株のうち,分離頻度の低い菌および感受性測定困難な菌を除いた9菌種,計93株(表1)を対象とした.2.測定市販抗菌点眼薬スルベニシリン(SBPC),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),ミクロノマイシン(MCR),クロラムフェニコール/コリスチン(CP/CL),エリスロマイシン/コリスチン(EM/CL),レボフロキサシン(LVFX)およびガチフロキサシン(GFLX)の8種類の市販点眼薬を用いた.3.PABE測定法一定高濃度の菌液10μlに点眼薬原液を約50μl添加・混和後4分間室温にて作用させた後,滅菌生理食塩水にて2,000倍希釈しその菌浮遊液50μlをスパイラルシステムにて定量培養後,コントロール(点眼薬無添加)と比較しその発育阻止率(,±,+,2+,3+)を求めPABEとした.種点眼薬のPABE図1に被検菌種に対する点眼薬のPABEを3+と1+~2+の2群に分けて示し,その内訳を下記に示した.7菌種・群に対して最も強い3+のPABEを示したのはMCRで,以下TOB,SBPC,GFLX,LVFX,CL,CMX,CPの順であった.1.ブドウ球菌群に対するPABETOBは97.5%,MCRは80%,SBPCは55%の株に対し3+のPABEを示した.CMX,CP/CL,EM/CL,LVFX,GFLXは87.5%以上の株に対し~1+の(81)眼感染症セミークライシスコントロール●連載(最終回)監修=浅利誠志井上幸次大橋裕一55.エビデンスに基づく点眼薬の使い分け浅利誠志*1井上幸次*2大橋裕一*3*1大阪大学医学部附属病院感染制御部/臨床検査部*2鳥取大学医学部眼科*3愛媛大学医学部眼科点眼薬選択の基本は,臨床所見および塗抹染色結果より起因菌を推定し適正に各種点眼薬を使い分けることにある.しかし,実際には広域抗菌スペクトルを有するキノロン薬の汎用に偏り,塗抹・培養検査,使い分けも軽視されている.そこで,適正治療を目的に各種起因菌に対する市販点眼薬有効性のエビデンスを紹介する.表1使用菌種と菌株数菌種菌株数()()ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌———————————————————————-Page21632あたらしい眼科Vol.24,No.12,2007PABEを示した.また,メチシリン耐性ブドウ球菌群(MRS)とメチシリン感受性ブドウ球菌群(MSS)の2群においてPABEに差はみられなかった.2.溶血性レンサ球菌群に対するPABESBPC,TOB,MCRは全株に対し,CMXは50%の株に対し3+のPABEを示した.CP/CL,EM/CL,LVFX,GFLXは66.7%以上の株に対し~1+のPABEを示した.3.緑膿菌に対するPABELVFX,GFLXは全株に対し,TOB,MCRは87.5%,EM/CLは75%,SBPC,CP/CLは50%の株に対し3+のPABEを示した.CMXはすべての株に対し~1+のPABEを示した.4.GNFNB(ブドウ糖非発酵性グラム陰性桿菌)に対するPABETOBは全株に対し,SBPCは92.9%,MCRは71.4%の株に対し3+のPABEを示した.LVFXは1+~2+に92.9%,GFLXは1+に44.4%,3+に33.3%のPABEを示した.CMX,CP/CL,EM/CLはすべての株に対し~1+のPABEを示した.5.セラチアに対するPABEMCRは75%,GFLXは66.7%,LVFXは50%の株に対し3+のPABEを示した.SBPCは50%の株に対し~±,残りの50%の株に対し2+~3+のPABEを示した.CMX,TOB,CP/CL,EM/CLはすべての株に対し~1+のPABEを示した.6.コリネバクテリウム群に対するPABE(図1には示していない)SBPC,TOB,MCRはすべての株に対し,LVFXは57.1%,EM/CLは42.9%の株に対し3+のPABEを示した.CMXは~3+に,CP/CLは±~3+に幅広いPABEを示した.GFLXは33.3%の株に3+のPABEを示したが,66.7%の株に対しのPABEを示した.因菌種と点眼薬選択角膜炎のおもな起因菌に対するPABE(3+)を基に点眼薬の選択順位を表2に示した.ただし,このデータは,invitroの水溶性の高い条件下での結果であるため,実際の点眼抗菌薬選択に際しては,この表と感染部位への薬物動態薬力学(PK/PD),細胞毒性などを考慮して(82)表2角膜炎起因菌に対する点眼薬のPABE分布菌群()ブドウ球菌群溶血性レンサ球菌群緑膿菌セラチアコリネバクテリウムブドウ糖非発酵性グラム陰性桿菌0%20%40%60%80%100%3+0%20%40%60%80%100%:GlucosenonfermenterGFLXLVFXCLCPMCRTOBCMXSBPCGFLXLVFXCLCPMCRTOBCMXSBPC:??????????????:?????????????:?????????:??????????????spp?:?????????????:?????????????2+1+~図1角膜炎起因菌に対する点眼薬のPABE分布———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.12,20071633(83)決めていただきたい.特に,分子量が500以上の点眼剤(CMX,MCR,CL,EM)では組織透過性が悪い2)ため感染部位によっては良好な治療成績が得られないこともある.一方,多くの菌種に対して良好なPABEが得られたアミノ配糖体系薬(TOB,MCR)は,術前の減菌化にも効果的であるが,頻回点眼により細胞毒性が増すため点眼回数と投与期間を控えることが重要である.また,アミノ配糖体系薬は血中有効濃度から考慮した場合,溶血性レンサ球菌群には無効なため通常治療薬としては用いないが,ペニシリン系薬およびキノロン系薬との併用により優れた殺菌効果が得られることが知られている.事実,Streptococcussanguis,Streptococcussalivariusなどの溶血性レンサ球菌群による感染性心内膜炎の治療薬は,ペニシリンGとゲンタマイシンの2剤併用治療3)が世界標準とされている.この併用療法は,眼感染症治療においても治療効果が期待できるものと思われる.さらに,術後眼内炎では,房水内最高濃度値(AQCmax)に優れた薬剤が第一選択となるが,福田らの報告4)では6種汎用点眼薬のAQCmaxはLVFX,CP,EM,CMX,MCR,SBPCの順に高かったとされている.このためPABEは1+と弱くてもAQCmaxの高い薬剤も選択肢の一つとなる.治療開始後の注意としては,同一点眼薬使用後5~7日以上治療効果が得られない状態で培養検査を行った場合,菌交代現象によりその薬剤に耐性を示す菌種に変わっている5)ことが多いため単純に起因菌と判断してはならない.また,術前と術後に系統の異なる抗菌薬を用いることも菌交代現象を阻止するために重要である.まとめ耐性菌の出現が抗菌薬開発を凌駕している現在,限られた点眼薬を適正に使用することが結果的に耐性菌防止に繋がる.このためには,臨床所見より推定される起因菌と塗抹結果に基づきPABEの優れた薬剤を選択し,さらに治療開始後3日前後で治療効果が認められない場合は,培養結果,感受性結果およびPK/PDに応じて適切な点眼薬の使い分けを心掛ければ耐性菌の出現を効果的に抑えることは可能である.また,今後,非常に危惧される事項としては,溶血性レンサ球菌や腸球菌に対する第一選択薬であるペニシリン系点眼薬のサルペリンが2006年11月に製造中止となったことがあげられる.なぜなら,最も汎用されているキノロン系薬の弱点は溶血性レンサ球菌および腸球菌感染症だからである.適正な点眼薬の使い分けが行われていない施設では,今後,治療期間の延長,難治性感染症の増加,菌交代現象に伴う真菌・腸球菌の分離頻度の増加および薬剤高度耐性菌の分離頻度が一層増加するものと考えられる.点眼薬の使い分けにより優れた抗菌薬を長期有効に使用したいものである.文献1)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibioticeectの比較.日眼会誌110:973-983,20062)新家眞:点眼薬の吸収と動態(眼内移行,流出など).眼科診療プラクティス11:387-392,19943)サンフォード感染症治療ガイド,37版,p45-50,20074)福田正道,佐々木一之:あたらしい薬動力学的指標maxi-mumconcentrationintheaqueousによる汎用抗菌点眼薬の評価.日眼会誌106:195-200,20025)浅利誠志:耐性菌感染症.臨眼57(増刊号):66-74,2003☆☆☆