———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSンズを通して見る像は拡大(凸レンズ)または収縮(凹レンズ)して見える.乱視矯正に用いられる円柱レンズでは,この作用が,軸と直角な経線方向のみに見られることが特徴である(経線拡大・縮小効果).その割合は,頂間距離が12mmの場合,1Dに対して約1.25%である(たとえば2Dのレンズで2.5%,4Dでは5%).興味深いことに円柱レンズの軸が斜めに置かれると,経線拡大・縮小効果によってイメージが含む垂直線や水平線は,凹レンズでは軸へ近づく方向へ(図1下段),凸レンズでは軸から遠ざかる方向へ傾斜する.傾斜角は軸角度が45?または135?で最大となり,その割合は1Dに対して約0.4?である(たとえば5Dの円柱レンズでは,傾斜角は2?になる).はじめに眼鏡レンズによる乱視矯正においては,しばしば眼鏡視力と装用感の間にトレードオフの関係が発生する.つまり,優れた視力を得ようとすると装用感が悪化し,装用感を改善させようとすると視力を犠牲にせざるをえない局面に遭遇するのである.このような局面で,わが国で踏襲されてきたほとんど唯一の方法論は,「(試しがけをもとに)装用感を重視しながら,控えめの度数で処方する」という,いわばヒューリスティックな方法論(経験則に基づいて,近似的な答えを得るための意志決定法)であった.そして,これを実践する過程で,「見え過ぎる眼鏡=疲れやすい眼鏡」という誤った構図が形作られてきたように思われる.DavidGuytonは,すでに30年前,乱視矯正に使用する円柱レンズと三次元空間感覚の歪み(distortionofspatiallocalization)の関係を理論的に説明し,乱視矯正に関するよりシステマティックな方法論を提示した1).この理論に従って乱視矯正を実践することで,従来の方法論に比べてより確実かつ短時間で,優れた視力と装用感を兼ね備えた眼鏡に到達できると筆者は考えている.興味深いことに,この理論の鍵を握るのは両眼視である.本稿では,具体例をあげながら,この古くて新しい眼鏡レンズによる乱視矯正の方法について解説したい.I円柱レンズによるイメージの歪み眼鏡レンズは角膜から離れた位置に置かれるため,レ(13)????*SatoshiHasebe:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・眼科学〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8558岡山市鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・眼科学特集●眼鏡の新しい展開あたらしい眼科24(9):1145~1150,2007眼鏡レンズによる乱視矯正とスラント感─より優れた眼鏡視力を提供するために─????????????????????????????????????????????????????????:??????????????????????????????長谷部聡*図1円柱レンズによるイメージの歪み(凹レンズの場合)45°135°90°180°———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.24,No.9,2007しかし経験的に,これら円柱レンズによる像の歪みに対しては,短期間で感覚的な順応が生ずることが知られている.したがって,不同視が見られない限り(乱視の度数と軸が,両眼で一致する場合),たとえばケース(1)(表1)では,処方例が示すように,乱視を完全矯正することによって最良の眼鏡視力を提供できる場合が少なくない1).II眼鏡の装用感を損なう原因は何か?円柱レンズによるイメージの歪み自体が大きな問題でないとすれば,何が,私たちをして眼鏡による乱視矯正を「控えめ」にさせるのだろう.その理由は両眼視にあると考えられる.両眼視の役割を一言で要約するなら,網膜上に投影された二次元画像情報を基に,両眼の差分(視差)を脳内で計算することにより,奥行き情報を含んだ現実世界の三次元コピーを脳内に構築することにある.両眼視の仕組みはあまりに精巧であるため,私たちは,眼前に広がる空間が実は網膜上に投影された平面画像を基に再構築されたコピーであるとは,にわかに信じられない.しかし,円柱レンズによる乱視矯正においては,両眼視こそが装用感を大きく損なう原因となっているのである.III軸が90?で度数が異なる円柱レンズがもたらすスラント感円柱レンズの軸が90?で度数に左右差がある場合,注視方向を通る垂直線を除くすべての視野で,水平方向の視差が発生する.ケース(2)(表2)は左眼のみに軸が90?の乱視がある症例であるが,もし完全矯正眼鏡を処方するなら,左眼のイメージは水平方向に約4%収縮して見えることになる.その結果,前額平面内にある図形ABCD(図2)を両眼視するとき,固視点を通る垂直線ABを境として,左側ではR/Lつまり交差性の視差が生じるため,手前に飛び出して見える.逆に右側ではL/Rつまり同側性の視差が生ずるため,奥に引っ込んで見える.視差の大きさは垂直線ABとの距離に比例するので(剪断性視差),図形ABCDは,全体として垂直線ABを軸として,奥行き方向に傾斜しているように知覚される(図3の上2段)(垂直線を軸とするスラント感)1,2).スラント感の大きさは幾何学的に,経線拡大・縮小効果の割合(M),対象物までの距離(Dcm),瞳孔間距離(IPDcm)によって予測できる(式1,図4).ここで興味深いのは,対象物までの距離によってスラント感が変動することである.「強いメガネをかけると目が回る」という症状は,このような理屈で説明できるのかもしれない.スラント感の大きさ(?)=tan-1?-1?+12????EII…(1)しかし幸いなことに,垂直線を軸とするスラント感に対しては,感覚的な順応が期待できる.Adamsらの実験3)によれば,スラント感をもたらす眼鏡を連続装用し(14)表1ケース(1)屈折値:右眼-cyl3.00DAx25?左眼-cyl3.00DAx25?処方例:右眼-cyl3.00DAx25?左眼-cyl3.00DAx25?表2ケース(2)屈折値:右眼0.00D左眼-cyl3.00DAx90?処方例:右眼0.00D左眼-cyl3.00DAx90?図2垂直線を軸とするスラント感の原理L/RR/L両眼視固視点ABCD左眼イメージ90°右眼———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.9,2007????た場合,スラント感は時間経過とともに改善し,約1週間でスラント感は消失した(図5).そして眼鏡装用を中止したところ,今度は逆方向のスラント感が知覚されたという.この実験結果は,垂直線を軸とするスラント感は,通常約1週間で感覚的に順応しうることを示している.したがって,ケース(2)の処方例が示すように,感覚的な順応力が弱いとされる高齢者やパートタイムの眼鏡装用者を除けば,乱視を完全矯正することにより最良の眼鏡視力を提供できる場合は少なくない.ただし,「最初はスラント感に驚くかもしれないが,続けて使っているうちに1週間ほどで慣れるよ」という事前説明が必要になる.IV軸が斜めで直交する円柱レンズがもたらすスラント感軸が斜めで交差する円柱レンズ矯正では,別のタイプのスラント感が発生する.ケース(3)(表3)はその典型例であるが,完全矯正眼鏡を通して前額平面内にある図形ABCD(図6)を見ると,前述したように,垂直線ABは対称的に傾斜して見える.これらのイメージを両眼視するとき,中央の固視点を通る水平線を境として,図形の上半分では,R/Lすなわち交差性の視差が生じるため,手前に飛び出して知覚される.逆に図形の下半分では,L/Rすなわち同側性の視差が生じたるため,奥に引っ込んで知覚される.視差の大きさは水平線からの距離に比例するため(剪断性視差),図形ABCDは全体として,固視点を通る水平線CDを軸として奥行き方(15)図3スラント感を説明するステレオグラム(交差法で融像)図4幾何学的に予想される垂直線を軸とするスラント感の大きさ括弧内はイメージに生ずる水平方向の経線縮小効果を示す.2°4°9°100cm50cm33cm0D(100%)-cyl1.00DAx90?(99%)3°6°12°0D(100%)-cyl3.00DAx90?(96%)図5Adamsらの実験(文献3より)垂直線を軸とするスラント感は1週間で感覚的に順応する.垂直線を軸とするスラント感(?)Noadaptation108642050-5-10眼鏡on日数(日)眼鏡o?表3ケース(3)屈折値:右眼-cyl3.00DAx45?左眼-cyl3.00DAx135?処方例(1):右眼-cyl3.00DAx180?左眼-cyl3.00DAx180?処方例(2):右眼-0.50D-cyl2.00DAx30?左眼-0.50D-cyl2.00DAx150?———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.24,No.9,2007向に傾斜して知覚される(図3の下2段)(水平線を軸とするスラント感)1,2).スラント感の大きさは幾何学的に,垂直線の傾斜角(q?),対象物までの距離(Dcm),瞳孔間距離(IPDcm)から予測される(式2,図7).「平坦な道路が坂道に見える」という症状も,この原理で説明できる.tan〔スラント感の大きさ(?)〕=2????tan(q/2)…(2)垂直線を軸とするスラント感と異なり,水平線を軸とするスラント感では,感覚的な順応が期待しにくいことが経験的に知られている(理由は明らかでない).したがって,軸が斜めで交差する乱視に対しては,完全矯正は困難であることが多く,スラント感を許容範囲内に止めるために,つぎのような処方上の対策が必要になる.対策1:円柱レンズ度数の軽減.軽減した度数の1/2を球面値に加えて,等価球面値を一定に保つ.この場合,残余乱視は増加するので,眼鏡視力は低下する.対策2:頂間距離を短く(たとえば10mm)指定.同一度数であっても,頂間距離が短いほど経線拡大・縮小効果は小さくなるため(究極的にはコンタクトレンズ),スラント感は改善する.対策3:90?または180?方向への軸シフト.経線拡大・縮小効果は一定であるが,軸シフトとともにベクトル方向が変化するため,垂直線の傾斜は軽減し,スラント感は改善する(図8).この場合も,シフトとともに残余乱視が増大する(図9a).特に注意したいのは,軸シフトが30?を超えると(図中矢印),残余乱視は元来の乱視度数を超え,円柱レンズは乱視を作り出す方向に作用することである.したがって,シフト量は最小限(10?~20?)に止めるべきであろう.さらに残余乱視の増大を最小限にするためには,シフト量に応じて円柱レンズ度数を軽減させると良い.たとえば15?,30?の軸シフトに対しては,それぞれ円柱レンズ度数を80%,50%まで軽減するのが合理的である(図9b).この効果は部分的なものであるが,30?までの軸シフトなら,等価球面値に対し(16)図6水平線を軸とするスラント感の原理固視点45°135°L/RR/L両眼視ABCイメージD左眼右眼図7幾何学的に予想される水平線を軸とするスラント感の大きさ7°100cm3°50cm2°33cm左)-cyl1.00DAx45°右)-cyl1.00DAx135°19°左)-cyl3.00DAx45°右)-cyl3.00DAx135?7°10°図8円柱レンズの軸シフトとスラント感の関係を説明するステレオグラム(交差法で融像)15?30?45?スラント感大スラント感小軸シフト———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.9,2007????て球面度数のみで処方するよりは良好な視力が期待できる(図中矢印).以上の理論を基に,ケース(3)に対する処方例を考えてみよう.処方例(1)は,両眼とも軸を180?に統一した例である.スラント感は見られず,装用感は良好である.しかし45?の軸シフトが行われた結果,残余乱視は元の乱視度数である3Dを超える.等価球面値に対して球面レンズのみ(-1.50D)で矯正したほうが,おそらく視力の点でも装用感の点でも優れている.処方例(2)は,それぞれ180?方向へ15?の軸シフトを行い,円柱レンズ度数を2/3に軽減した例である.スラント感が許容できる症例では,最良の眼鏡になる可能性がある.許容が困難な症例では,さらなる軸シフトと円柱レンズ度数の軽減が必要になる.V疾患により異なる眼鏡処方異常スラント感の原因は,円柱レンズの経線拡大・縮小効果によって周辺部網膜にもたらされる水平方向の視差である.このため片眼に中心暗点があり視力が不良な例では,通常と異なる処方箋が有効になる場合がある〔ケース(4)(表4)〕.両眼とも眼鏡で完全矯正すると最良の視力が得られる.しかし,左眼の周辺部網膜の視機能が残されているため,強度のスラント感が生じて,眼鏡装用は困難である.処方例(1)は,円柱度数を軽減した「控えめの」処方である.しかし,右眼の潜在的視力0.6を犠牲にしているばかりか,スラント感の問題も完(17)全には解決されていない.処方例(2)は,視力不良な左眼の視力を犠牲にして,左眼の軸を右眼の軸に揃えることにより装用感の改善を狙ったものである.両眼開放下で視力0.6が得られ,しかも装用感は良好である.斜視により抑制と交代視が見られる症例では,スラント感の問題は除外できるため,両眼とも完全矯正できる場合が多い.VI2モード・アプローチの勧め筆者は,健常者と眼疾患をもつ患者では,眼鏡処方の対応を切り替えるべきだと考えている.表5が示すように,健常者では一般的に,乱視や不同視が比較的小さく,視力的な余力がある.日常生活に必要な視力が得られれば良いので,処方の重点は視力より装用感に置かれることになる.この目的では,従来のヒューリスティックな(控えめの)方法論は有効であり,処方者の経験や眼科的知識を問われることは少ない.これに対して患者(たとえば角膜移植術後)では,乱視や不同視が極端に大きいことがまれでなく,矯正視力も乏しいことが多い.ここではまず,日常生活に最低限必要な視力を確保することが重要であり,装用感よりも眼鏡視力に処方の重点が置かれる.最良の眼鏡視力を追求するうえでの指針として,本稿で示したシステマティ表4ケース(4)左眼加齢黄斑変性症矯正:右眼(0.6×-cyl3.00DAx35?)左眼(0.02×-cyl3.50DAx130?)処方例(1):右眼(0.2×-1.00D-cyl1.00DAx35?)左眼(0.02×-1.25D-cyl1.00DAx130?)処方例(2):右眼(0.6×-0.50D-cyl3.00DAx35?)左眼(0.01×-0.25D-cyl3.00DAx35?)表5眼鏡処方における健常者と眼科患者の違い健常者眼科患者乱視小大不同視小大矯正視力良好(余裕あり)不良(余裕なし)処方の重点装用感>眼鏡視力装用感<眼鏡視力対応装用感を重視しながら控えめの度数で処方装用可能な範囲でベストの眼鏡視力を追求図9円柱レンズの軸シフトと残余乱視の関係0501001502000153045607590015304560759001530456075900153045607590正しい乱視軸に対するレンズ軸のシフト量(°)050100050100150200050100a.度数が一定の場合b.度数をシフト量に合わせて軽減した場合残余乱視(%)円柱度数(%)———————————————————————-Page6????あたらしい眼科Vol.24,No.9,2007(18)ックな方法論が役立つはずである.VIIその他の注意事項本稿で示したケースはいずれも典型例であり,実際の症例では,程度の差はあれ個々の要素が混在している.要素ごとに装用感への影響を分析したうえで,総合的な判断で処方を考える必要がある.小児では,スラント感に対する感覚的な順応力が強く,乱視は完全矯正できる場合が多い.ことに斜視や弱視を合併する場合は,調節麻痺下の屈折検査で得られた屈折値を基準に,完全矯正するのが原則である.逆に高齢者では感覚的な順応力が乏しく,度数や軸の変更にはより慎重でなければならない.軸が180?で度数の異なる円柱レンズで矯正する場合,垂直方向の経線拡大・縮小効果により,上下の視野において垂直方向の視差が発生する.垂直方向の視差は,単独ではスラント感を発生させにくいが,球面度数における不等像視の場合と同様,眼鏡装用感に影響を与える.またプリズム効果により,下方視(readingposition)で上下複視の原因となる場合がある.おわりにGuytonの理論に基づいたシステマティックな乱視矯正法を紹介した.この理論を基に円柱レンズの経線拡大・縮小効果に由来するスラント感の問題を見切ることで,より優れた眼鏡視力を患者に提供できる.システマティックな方法論を実践するうえでは,病態に関する情報(両眼視の有無,中心暗点の有無,期待される感覚的順応力の程度など)が不可欠である.一方,優れた眼鏡視力を獲得するうえでは,感覚的な順応過程(眼に眼鏡を合わせるだけではなく,眼鏡に眼を合わせる過程)が必要になる場合がある.この過程を乗り切るためには,眼鏡処方者と患者の間の信頼関係が重要である.これらの条件を満たし,積極的な乱視矯正を推進できる立場にあるのは,私たち眼科医である.文献1)GuytonDL:Prescribingcylinders:Theproblemofdis-tortion.???????????????22:177-188,19772)OgleKN,MadiganLF:Astigmatismatobliqueaxesandbinocularstereoscopicspatiallocalization.????????????????33:116-127,19453)AdamsWJ,BanksMS,vanEeR:Adaptationtothree-dimensionaldistortionsinhumanvision.????????14:1062-1064,2001