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原発閉塞隅角緑内障治療の第一選択はレーザー虹彩切開術か水晶体再建術(PEA+IOL)か?

2007年8月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSI相対的瞳孔ブロック機序による閉塞隅角眼にLIは有効か?相対的瞳孔ブロック機序による原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)には,臨床的に急性型,慢性型およびその中間型として亜急性型または間欠型がある.緑内障視神経障害のない急性発作は,急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangle-clo-sure:APAC)とよぶが,相対的瞳孔ブロックにより後房に房水がうっ滞して後房圧が上昇し,虹彩が前彎して虹彩根部で広範囲にわたる隅角閉塞を起こし,房水の急激な流出障害とともに急激な眼圧上昇をきたす.一般的に,50歳以上の女性の遠視眼に多いとされる.自覚症状としては視力低下,霧視,虹視,眼痛に加え,頭痛,悪心,嘔吐を伴うため最初に内科を受診することもまれではない.APACが発症する数日前に何度か霧視を自覚して眼科を受診し,亜急性型原発閉塞隅角症(prima-ryangle-closure:PAC)で発見されることもある.他覚所見としては,浅前房,角膜浮腫,毛様充血,中等度散瞳などがあり,眼圧上昇は40~80mmHgに達する.片眼にAPACを発症した場合,5年以内に反対眼にもAPACを起こす確率は50~80%であり1),反対眼に対してはPASのない狭隅角眼(primaryangle-closuresuspect:PACS)であっても予防的LIを施行すべきであるとされてきた.アジア人ではAPACの反対眼に予防的LIを行った場合,経過中にAPACが発症したといはじめに閉塞隅角緑内障は,隅角閉塞により眼圧上昇をきたす疾患である.隅角閉塞をひき起こす機序には,一般的に相対的瞳孔ブロック機序とプラトー虹彩機序があげられる.しかしながら,アジア人では相対的瞳孔ブロック機序とプラトー虹彩機序の両方の関与で隅角閉塞が生じていることがまれではない.すなわち,瞳孔ブロックを解除する目的でレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)を行った後も虹彩前癒着(peripheralanteriorsyn-echiae:PAS)が進行する症例が存在する.加えてLIは,症例によっては水疱性角膜症という重篤な合併症をひき起こすことがわが国では問題となっている.一方,加齢とともに水晶体厚は増加するとともに前房深度や前房容積は減少することがすでに知られており,閉塞隅角眼での水晶体の存在は明らかに隅角を閉塞させる原因と考えられ,水晶体摘出は古くから閉塞隅角緑内障では有効な治療法であるとされてきた.超音波白内障手術機器や手術手技が進歩し,より安全確実に水晶体再建術が行えるようになった現在,閉塞隅角眼に対してLIを行うよりも水晶体再建術を第一選択と考える術者も増えはじめている.本稿では,閉塞隅角緑内障の病態を考えたうえで,第一選択となるのはLIかあるいは水晶体再建術かを再考してみたい.(31)????*YasumasaOtori:大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学(眼科学)〔別刷請求先〕大鳥安正:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学(眼科学)特集●原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジあたらしい眼科24(8):1015~1020,2007原発閉塞隅角緑内障治療の第一選択はレーザー虹彩切開術か水晶体再建術(PEA+IOL)か????????????????????????????????????????????????-????????????????:??????????????????????????????????(???+???)?大鳥安正*———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007う報告はなく,約9割で眼圧上昇を予防できると報告されている2).すなわち,APACを発症したその反対眼に対するLIはAPACの発症を確実に予防できる処置(本来の意味での予防的LI)であり,EBM(evidence-basedmedicine)の確立された治療法であるとされている3).慢性型PACGは,急性型の既往がないものおよび急性型の既往があり,LIなどで瞳孔ブロックを解除できたものの眼圧コントロールが不安定であるものがあり,自覚症状なく経過することが多く,視野障害が進行していることもまれではない.また,急性型の既往がない場合には,ときに開放隅角緑内障と診断されていることもある.緑内障視神経障害をきたし眼圧上昇をきたしているPACGに対してLIを行った場合,観血的治療が必要となる確率は,急性型の既往がある場合には62.9%であり,急性型の既往がない場合には45.8%であると報告されている4).すなわち,慢性型PACGでは,LIによって薬物治療を含めて眼圧コントロールが得られる確率は約50%であり,行う場合には外科的治療の必要性を患者に十分説明しなければならない.慢性型PACGでは,PASが進行し眼圧の高い症例も多く,LIを行っても眼圧コントロールが悪いものと推測される.このことは,LIという手技があくまでも瞳孔ブロックを解除し,虹彩を平坦化させる手段であって,既存のPASの範囲を減少したり,隅角機能を再建する手技ではないことを証明しているのかもしれない.さらに,最近の報告では,後述するプラトー虹彩機序を合併しているPACGでは,LI後でもPASの進行が起こりやすいとされており5),慢性型PACGの治療方針を決める場合は,プラトー虹彩機序の関与がないかどうかを超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)で確かめておく必要がある.IIプラトー虹彩機序による閉塞隅角眼にLIは有効か?プラトー虹彩機序とは,虹彩根部の形態異常があり,虹彩根部が隆起しているため虹彩面は平坦で相対的瞳孔ブロック機序を伴っていないにもかかわらず散瞳すると虹彩根部が隅角を閉塞するものであり,厳密にはLIを施行し相対的瞳孔ブロック機序を完全に除去することが必要である.診断にはUBMが有用で,プラトー虹彩機序がある場合には,毛様体の前方偏位および毛様溝の消失が特徴的な所見となる6).このような虹彩の形態異常をプラトー虹彩形態(plateauiriscon?guration)とよび,プラトー虹彩機序があり,視神経障害を伴わないものをプラトー虹彩症(plateauiris)とよび,視神経障害を伴うとプラトー虹彩緑内障(plateauirisglaucoma)とよぶ.ときに,APACあるいは急性型PACGで発症することもある.実際には,プラトー虹彩形態のみが関与している閉塞隅角緑内障はまれであるが,相対的瞳孔ブロックが隅角閉塞の原因と考えられLIを施行された症例のうち約40%にプラトー虹彩機序を合併しているとの報告もあり7),わが国ではまれな疾患とされていたプラトー虹彩が多くの閉塞隅角眼に合併している可能性が高い.プラトー虹彩形態にLIを行った場合,隅角形態はLI前後でまったく変化がないと報告されている8).加えてプラトー虹彩機序を合併しているPACGでは,LI後でもPASの進行が起こりやすいとされている5).したがって,少なくともプラトー虹彩優位の閉塞隅角眼に対するLIは,隅角を開大させる目的には適さないといえる.一方,プラトー虹彩症候群に対するレーザー周辺隅角形成術は隅角閉塞を改善する目的では意味がある治療法とされている9).一般的に予防的LIが行われている症例のなかにプラトー虹彩機序が関与しているものが含まれている可能性は高く,筆者はプラトー虹彩優位の閉塞隅角眼に対しては,隅角閉塞を改善するためにはLIを行うよりもむしろ水晶体再建術を行うほうが理にかなっていると考えている.プラトー虹彩症候群に水晶体再建術を行うと,虹彩と毛様体の形態には変化はないとされているが,前房深度および隅角角度は開大する10)ことから,プラトー虹彩症候群での水晶体再建術は隅角を開大するという目的では有効な治療法であると考えられる.しかしながら,PASが進行しているあるいはPASの位置がSchwalbe線よりも高いような症例では,水晶体再建術のみでは,隅角機能が再建できないことがあるため,隅角癒着解離術や線維柱帯切開術などの房水流出路再建術の併用が望ましい.(32)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007????III原発閉塞隅角症の治療方針:LIか?水晶体再建術か?緑内障診療ガイドラインには,原発閉塞隅角症(pri-maryangle-closure:PAC),すなわち,狭隅角眼で,かつ各種負荷試験陽性眼,あるいはPASが存在する症例では,瞳孔ブロック機序の存在が明らかであることからLIの適応としてよいと記載されている.しかしながら,瞳孔ブロック機序の存在は,vanHerick法などの細隙灯顕微鏡検査だけでは,正確には判断できない(図1).UBMをすることで,隅角閉塞の原因が相対的瞳孔ブロック機序なのか,プラトー虹彩機序なのかがわかる(図2,3).UBMがなければ圧迫隅角検査で,ダブルハンプサイン(サインウェーブサイン,図4)がみられればプラトー虹彩機序の関与をおおよそ予想できるが,手技には多少熟練を要する.現時点では,UBMで虹彩の前彎があるかどうかをチェックすることが相対的瞳孔ブロック機序の関与を判定するうえで最も確実な方法である.近年,非接触式前眼部解析装置が開発されているが,毛様体を含む虹彩裏面を評価できる機器はUBMのみであり,今後もUBMの存在意義がなくなることはなく,個人的には閉塞隅角眼の正確な病態把握には必須の機器であると考えている.PACに白内障を合併していたり,遠視がつよくQOL(qualityoflife)に障害があれば,水晶体再建術を勧めることには異論はないと考える.しかしながら,白内障がないPACで,視力がよくQOLにまったく障害をきたしていない患者に隅角閉塞の進行を防ぐためにLIを行うか水晶体再建術を行うかが問題となる.筆者の施設では,非接触式前眼部3D解析装置であるペンタカムを用いて,閉塞隅角眼に対して前房深度および前房容積の変化を検討している.PACS,PAC,PACGを含む閉塞隅角眼に対して水晶体再建術を行ったところ,前房深度は2.6倍(平均値で術前1.43mmが(33)図1閉塞隅角眼の前眼部細隙灯写真A:70歳,女性,PACS,前房深度1.94mm,前房容積65mm3,眼圧14mmHg.B:66歳,女性,亜急性PAC,前房深度1.71mm,前房容積64mm3,眼圧54mmHg.C:Aと同一症例のvanHerick像2度.D:Bと同一症例のvanHerick像0~1度.AとBでは,前房容積はほぼ同じであり,細隙灯顕微鏡検査では周辺前房深度がBのほうが狭い以外に差はない.ABCD———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007(34)図3プラトー虹彩機序が優位の閉塞隅角眼の超音波生体顕微鏡所見(図1症例Bと同一症例)3時,9時でわずかに虹彩の前彎があるが,虹彩が平坦化している12時,6時では,毛様体の位置が前方偏位し,毛様溝が消失している.対光反応があり,ピロカルピン点眼で眼圧は下降したが,相対的瞳孔ブロック機序よりもプラトー虹彩機序が眼圧上昇の主原因と考えられた.軽度白内障があったため,レーザー虹彩切開術をせずに,後日水晶体再建術を施行し,前房深度は2.73mm,前房容積は127mm3に増加した.反対眼にも水晶体再建術を施行した.12時3時6時9時図2相対的瞳孔ブロック機序が優位の閉塞隅角眼の超音波生体顕微鏡所見(図1症例Aと同一症例)3時,6時,9時の3象限で虹彩の前彎があり,相対的瞳孔ブロックが隅角閉塞の優位な原因と考えられる.両眼ともに急性発作の既往はなく,反対眼には20年前レーザー虹彩切開術が施行され,急性発作を起こさず,虹彩前癒着の進行もなかったが,現在核白内障となり,水晶体再建術を予定している.レーザー虹彩切開術をしていないこの眼は,虹彩前癒着の進行もなく,白内障の進行を待って水晶体再建術を行う予定としている.内皮細胞の大きさや密度に左右差はない.12時3時6時9時———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007????術後3.69mmに増加)に,前房容積は2.4倍(平均値で術前59.2mm3が術後142.7mm3に増加)にそれぞれ増加した.一方,APAC,PACS(APACの反対眼),PAC,PACGを含む閉塞隅角眼に対してLIを行うと,前房深度は不変(平均値で術前1.74mmが術後1.74mm)で,前房容積は1.4倍(平均値で術前58.7mm3が術後84.2mm3に増加)程度にしか増加しないことがわかった11)(図5).すなわち,LI前後では前房深度には変化なく,虹彩が平坦化することで周辺前房深度が増加し,前房容積が1.4倍に増加する程度であるのに対して,水晶体再建術では,水晶体が眼内レンズに置き換わることで前房深度が増加するのみならず,瞳孔ブロックも解消され,さらに前房容積が2.4倍にまで増加し,同年齢の開放隅角眼とほぼ同程度の前房容積に近づくのである.したがって,閉塞隅角眼を解剖学的に開放隅角眼に近づけるには,水晶体再建術のほうがLIよりも有利であることは明らかである.Nonakaらは,閉塞隅角眼の水晶体再建術後には,毛様体突起の位置が後方に移動することで隅角がさらに開大すると報告している12).プラトー虹彩緑内障でも水晶体再建術によって隅角が開大する理由として,毛様体突起が後方に位置することで説明がつく.以上のことから,閉塞隅角眼に対して,隅角を開大する目的には,水晶体再建術を第一選択とする考え方は手術が問題なく行えれば正しいといえる.しかしながら,閉塞隅角眼は前房深度が浅く,ワーキングスペースが開放隅角眼と比較すると明らかに狭いうえに,急性発作後では,Zinn小帯が脆弱であることも多いため,手術経験が浅い術者にとっては,やはり難易度が高い.わが国では,LI後の水疱性角膜症が問題となっているが,水疱性角膜症の原因疾患として最も多いのが水晶体再建術後である13)ことを忘れてはならない.さらに,左右差があるような閉塞隅角眼では,水晶体亜脱臼が隠れていることもあり,なぜ隅角が閉塞しているのかということを常に念頭において病態を把握することが重要である.QOLに障害のないPACに対して,LI後の水疱性角膜症の発症が多いからLIよりも水晶体再建術を安易に勧めるという単純思考は慎まれるべきである.おわりに本来の予防的LIとは,急性発作眼の反対眼に対するLIを意味しており,このような症例では,まずLIを行うことがEBMの確立された治療法である.ただし,白(35)図4圧迫隅角鏡検査でのダブルハンプサイン(サインウェーブサイン)A:圧迫前の超音波生体顕微鏡写真.B:圧迫後の超音波生体顕微鏡写真(イメージ).プラトー虹彩形態で毛様体が前方偏位している場合には,圧迫隅角検査では,虹彩根部は隅角の根元の部分で盛り上がり,虹彩のこぶが2つみえる.BA図5ペンタカムでの閉塞隅角眼に対する水晶体再建術とレーザー虹彩切開術の手術前後の前房容積の変化(両群ともn=13,文献11より改変)水晶体再建術後では,前房容積は2.4倍に増加する(同年齢の開放隅角眼の前房容積144.2mm3とほぼ同程度の前房容積)のに対し,レーザー虹彩切開術後では,前房容積は1.4倍の増加しか得られない.LI:レーザー虹彩切開術.180160140120100806040200水晶体再建術前水晶体再建術後前房容積(mm3)58.7LI後LI前84.259.2142.7———————————————————————-Page6????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007(36)内障や強度の遠視がなくQOLに障害のない閉塞隅角眼(PAC,PACG)にLIをするか水晶体再建術をするかを決める場合,相対的瞳孔ブロック機序が優位であれば,まず安全にLIを行うべきであろう.経過中に白内障が進行し,視力低下をきたせば水晶体再建術をすれば患者の理解も得やすい.ただし,慢性型PACGでは,LIが根本治療にはならないことを十分説明したうえで治療を行うようにすべきである.プラトー虹彩機序が優位であれば,LIは隅角を開大する目的では治療効果は低いと考えられ,レーザー隅角形成術や水晶体再建術を考慮しながら経過をみるべきであろう.文献1)LoweRF:Primaryangle-closureglaucoma:thesecondeye:ananalysisof200cases.???????????????46:641,19622)AngLP,AungT,ChewPT:AcuteprimaryangleclosureinanAsianpopulation:long-termoutcomeofthefelloweyeafterprophylacticlaserperipheraliridotomy.??????????????107:2092-2096,20003)SawSM,GazzardG,FriedmanDS:Interventionsforangle-closureglaucoma.Anevidence-basedupdate.??????????????110:1869-1879,20034)Alzago?Z,AungT,AngLPetal:Long-termclinicalcourseofprimaryangle-closureglaucomainanAsianpopulation.?????????????107:2300-2304,20005)ChoiJS,KimYY:Progressionofperipheralanteriorsyn-echiaeafterlaseriridotomy.???????????????140:1125-1127,20056)PavlinCJ,RitchR,FosterFS:Ultrasoundbiomicroscopyinplateauirissyndrome.???????????????113:390-395,19927)近藤武久:UltrasoundBiomicroscopy(UBM)による緑内障診断.あたらしい眼科15:403-407,19988)PolikofLA,ChanisRA,ToorAetal:Thee?ectoflaseriridotomyontheanteriorsegmentanatomyofpatientswithplateauiriscon?guration.??????????14:109-113,20059)RitchR,ThamCC,LamDS:Algonlaserperipheralirido-plasty(ALPI):Anupdate.???????????????52:279-288,200710)TranHV,LiebmannJM,RitchR:Iridociliaryappositioninplateauirissyndromepersistsaftercataractextraction.???????????????135:40-43,200311)岡奈々,大鳥安正,岡田正喜ほか:前眼部3D解析装置(Pentacam?)における閉塞隅角緑内障眼の前眼部形状.日眼会誌110:398-403,200612)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocesscon?gurationaftercata-ractsurgeryforprimaryangleclosure.?????????????113:437-441,200613)ShimazakiJ,AmanoS,UnoT,MaedaN,YokoiN;TheJapanBullousKeratoplastyStudyGroup:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.??????26:274-278,2007

レーザー虹彩切開術(LI)と角膜障害:LIに続発する角膜内皮障害についての最新の知見

2007年8月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSIレーザー虹彩切開術と角膜内皮レーザー虹彩切開術は急性閉塞隅角緑内障発作(急性原発閉塞隅角症)に対する観血的周辺虹彩切除術(PI)に代わる治療法として1980年代から施行され,その安全性と簡便性ゆえに広く普及してきた.わが国においてはアルゴンレーザーのみを用いる方法が最初に紹介された点,ならびに欧米とは異なり緑内障専門医のみならず一般眼科臨床医が数多く施行した点で,その普及に拍車がかかったと言える.本法は外来にて施行可能であり,通常は術後早期の軽度虹彩炎と一過性眼圧上昇を認めるのみであることから合併症の少ない比較的安全な術式とされ,狭隅角眼(原発閉塞隅角症)の緑内障発作予防目的にも広く用いられている.しかし,日本人のようなアジア人種の虹彩は色素に富むこと,原発閉塞隅角症を起こしやすい遠視眼では虹彩根部が厚い傾向があることから,症例によっては容易に虹彩穿孔が得られない場合もある.その結果として過大なエネルギーが眼内に照射されることとなり,熱エネルギーの角膜や周囲組織への影響が懸念されることとなる.このような理由から,当初よりレーザー虹彩切開術が角膜内皮に及ぼす影響について数多くの検討がなされてきた.Smithら1),Robinら2),Thomingら3),Panekら4)の1980年代の報告ではレーザー虹彩切開術前後で角膜内皮細胞密度に変化がなかったとするものが多いが,Schwartzら5),Zabelら6),Jengら7)のように,はじめに近年,角膜移植の原因疾患におけるレーザー虹彩切開術後の晩発性角膜内皮代償不全(水疱性角膜症)の割合が非常に多いことが判明し,しかも緑内障発作眼ではない予防的レーザー虹彩切開術でも発症していることが問題となっている.欧米やアジア諸国においてはレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症がそれほど問題とはなっていないことから,この合併症はわが国における特徴的な合併症といっても過言ではない.本病態の問題点は,レーザー照射後かなりの長期間(数年~10数年)を経て発症することが多いため,最初にレーザーを施行した医療機関もしくは施術者は患者の転居・転院や医療機関側の事情により発症をまったく関知しないことが多いことにある.すなわち無理なレーザー過剰照射などの医原性要因が水疱性角膜症発症に関与していたとしても,その情報が施術者にフィードバックされるのは数年以上経過した後であり,その時点ではすでに多数の症例が同じ条件で施術されてしまっているために発症を予防できない.したがって,近年のレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症発症のブームはしばらく続く可能性がある.本稿では,レーザー虹彩切開術の合併症としての水疱性角膜症の特徴と発症機転として現時点で考えられている説,ならびにその後の治療と予後に関して当科における最新の知見を交えて紹介する.(27)????*KazuhikoMori:京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕森和彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学特集●原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジあたらしい眼科24(8):1011~1014,2007レーザー虹彩切開術(LI)と角膜障害:LIに続発する角膜内皮障害についての最新の知見??????????????????????????????????????????森和彦*———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.24,No.8,20071980年代後半になってからはレーザー虹彩切開術後の角膜内皮細胞数減少の報告が多くなっている.さらに照射総エネルギーが20Jを超える場合には角膜内皮細胞面積が著しく拡大するとしたHongら8)の報告のように,照射総エネルギーと角膜内皮障害との関連性を示唆した報告もある.近年では,レーザーの種類にかかわらずNd:YAGレーザーでも内皮が減少したとのWuら9)の報告もあり,照射総エネルギーのみならずレーザーによる虹彩切開という手技自体が病態に関与している可能性も示唆されはじめている.IIレーザー虹彩切開術後の晩発性角膜内皮代償不全(水疱性角膜症)1984年にPollackら10)が報告して以来,レーザー虹彩切開術後の晩発性合併症としての角膜内皮代償不全(水疱性角膜症)が数多く報告されるようになってきた11,12).レーザー虹彩切開術後に瞳孔ブロックが解除されて眼圧も正常化し,角膜も透明で一見順調に経過している症例でも,数年から10数年を経た後にレーザーを施行した付近の角膜,あるいは照射部位から遠く離れた下方より角膜浮腫が出現し,徐々に角膜全体に広がってゆく場合がある(図1,2).一般的に水疱性角膜症発症の危険因子としては,1)急性緑内障発作の既往,2)総エネルギー10J以上の過剰照射,3)既存の角膜内皮障害,4)膨化白内障,5)糖尿病などが統計的に有意と報告されているが,必ずしもこれらに当てはまらない症例においても晩発性水疱性角膜症を発症する場合がある.IIIレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の発症機序このような晩発性水疱性角膜症の発症機序としては,これまでにも種々の仮説が提出されている.従来から広く信じられてきた説としては,極端な浅前房で周辺部虹彩と角膜内皮面間の距離が著しく短い場合,もしくは角膜浮腫が十分取れる前にレーザーを施行した場合などに発生すると考えられるレーザー照射による角膜内皮への直接的間接的損傷である.この説ではレーザー虹彩切開術後早期に認められる照射部位近傍の角膜浮腫や内皮障害を説明することは可能であるが,晩発性に照射部位から遠く離れた下方角膜より浮腫が出現する症例が存在することを説明できない.近年ではサーモグラフィによる測定からレーザー照射に伴って局所的に温度が上昇していることを確認した報告や前房中の活性酸素が増加していることが原因とする説(獨協大妹尾ら),虹彩切開孔からの房水噴流によって内皮が障害されるとする説(愛媛大山本ら,筑波大加治ら),虹彩血管の透過性亢進によるサイトカインが関与しているとする説(京都府医大東原ら),前房内に散布された虹彩色素に対して角膜内皮面で惹起された免疫反応が原因とする説(東京大山上ら)など新説も報告されており,直接照射とは異なる機序の関与が示唆されている.このように多数の仮説が提起されているにもかかわらず,現在のところ単一の仮説で病態のすべてを説明する(28)図1レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症図2当科初診時の角膜浮腫出現部位全体型72.5%上方型13.2%下方型14.3%———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007????ことができないことから,レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症発症にはおそらくは複数のメカニズムが関与しているであろうとする複合原因説が主流となっている.したがって,アルゴンレーザーを用いたレーザー虹彩切開術のみならず,角膜内皮に対する影響が少ないとされるNd:YAGレーザーを使用した場合や,虹彩に切開を加えないレーザー隅角形成術・レーザー線維柱帯形成術などでも率が低いとはいえ水疱性角膜症が発症する可能性があり,これらのレーザー治療の際にも十分な注意が必要であると考えられる.IVレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に対する角膜全層移植術の特徴一般に緑内障発作後のみならず予防的治療を含めたレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に対する角膜全層移植術の成績は,他の原因疾患によるものよりも予後不良であることが多い.その原因としては,1)虹彩血管の透過性が亢進しており,角膜移植の術後のみならず術中からも強い炎症を惹起しやすいこと(図3),2)緑内障発作の既往に伴う一過性眼虚血の影響,3)緑内障発作の既往のためにZinn小帯自体も脆弱となっている場合が多いこと,4)もともとの狭隅角のために周辺虹彩前癒着(PAS)を生じやすく,術後炎症と相まって広範なPASへ移行してゆくこと(Creepingメカニズム,図4),5)移植後に眼圧上昇をきたした場合には移植角膜温存と眼圧下降の両者のバランスを考えながら治療を構築してゆかねばならず,さらに難治となりやすいこと(図5,表1),などの理由があげられる.したがって,角膜移植の術前検査において超音波生体顕微鏡(UBM)や前眼部光干渉断層計(OCT)などを駆使して隅角の病態を十分把握しておくのみならず,術中術後の炎症や癒着の予防目的で,あらかじめ術前からステロイドの内服を併用するなど十分な消炎を図っておくこと13),ならびに術中においても隅角癒着解離術の併用や虹彩縫合による縮瞳など術後の隅角再閉塞を予防する措置を講じておくことが重要である.(29)表1角膜移植後緑内障の原疾患別緑内障手術成績原疾患緑内障病型ステロイド:他緑内障術式ロトミー:レクトミー成功率(3年)円錐角膜4:04:0100その他の眼表面疾患6:27:175化学外傷3:13:167水疱性角膜症5:108:741図4Creepingメカニズム部分的に形成されたPASを足場として,PASが全周に移行してゆく.図5Creepingメカニズムによる全周性PAS図3術後フィブリン膜による瞳孔の部分閉鎖———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007V角膜に優しいレーザー虹彩切開術狭隅角による緑内障発作を起こす可能性があるといった理由のみで,安易にレーザー虹彩切開術の適応を拡大することは避けるべきである.非接触型スペキュラーマイクロスコープが広く普及し容易に角膜内皮所見が得られることから,レーザー虹彩切開術前後に両眼の角膜内皮所見を評価しておくことは治療選択と経過観察のうえで必須である.さらに晩発性水疱性角膜症の原因が不明である以上,少しでもその危険性を減らす努力をすることが大切である.すなわち,術前処置として十分に縮瞳させた後に,アルゴンレーザーの無駄撃ちを極力減らし(通常は50発以下),Nd:YAGレーザーを併用して可能な限り少ないエネルギーで基本に忠実なレーザー虹彩切開術(表2)を心がけること,ならびに術後にステロイド点眼を用いて十分な消炎を図ることが重要である.レーザー虹彩切開術前の角膜内皮細胞検査にて滴状角膜や内皮細胞数減少などの異常が発見された場合には,基本的にはレーザー虹彩切開術を避けるほうが良いと考えられる.しかしながら,経過観察のみにて万一急性緑内障発作を発症した場合には,発作に伴う角膜内皮障害から水疱性角膜症をきたす可能性がある.角膜内皮細胞への負担が最も少ない観血的周辺虹彩切除術も長期的にみれば白内障の進行に伴って浅前房化の進行から隅角の再閉塞をきたしうる.根本的治療となる白内障手術自体も,浅前房であることから同様に角膜内皮障害を助長する恐れがある.すなわちレーザー虹彩切開術,観血的周辺虹彩切除術,白内障手術のいずれもが一長一短を有しており,原発閉塞隅角症の治療としていずれを選択するかは,緑内障発作の可能性,角膜内皮障害進行の危険性,それぞれの術式のメリットとデメリットを十分説明したうえで,最終的には患者の同意のもとに決定してゆくことこそが最良の方法である.文献1)SmithJ,WhittedP:Cornealendothelialchangesafterargonlaseriridotomy.???????????????98:153-156,19842)RobinAL,PollackIP:Acomparisonofneodymium:YAGandargonlaseriridotomies.?????????????91:1011-1016,19843)ThomingC,VanBuskirkEM,SamplesJR:Thecornealendotheliumafterlasertherapyforglaucoma.????????????????103:518-522,19874)PanekWC,LeeDA,ChristensenRE:E?ectsofargonlaseriridotomyonthecornealendothelium.????????????????105:395-397,19885)SchwartzLW,RodriguesMM,SpaethGLetal:Argonlaseriridotomyinthetreatmentofpatientswithprimaryangle-closureorpupillaryblockglaucoma:aclinicopatho-logicstudy.?????????????85:294-309,19786)ZabelRW,MacDonaldIM,MintsioulisG:Cornealendo-thelialdecompensationafterargonlaseriridotomy.????????????????26:367-373,19917)JengS,LeeJS,HuangSC:Cornealdecompensationafterargonlaseriridectomy─Adelayedcomplication.????????????????22:565-569,19918)HongC,KitazawaY,TanishimaT:In?uenceofargonlasertreatmentofglaucomaoncornealendothelium.????????????????27:567-574,19839)WuSC,JengS,HuangSCetal:Cornealendothelialdam-ageafterneodymium:YAGlaseriridotomy.??????????????????????31:411-416,200010)PollackIP,RobinAL,DragonDMetal:Useoftheneo-dymium:YAGlasertocreateiridotomiesinmonkeysandhumans.???????????????????????82:307-328,198411)薄田寿,櫻木章三:予防的アルゴンレーザー虹彩切開術後に晩発性角膜内皮代償不能を来した1例.眼科35:1489-1491,199312)松永卓二,阿部達也,笹川智幸ほか:アルゴンレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の検討.眼紀52:1011-1015,200113)金井尚代,外園千恵,小室青ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に関する検討.あたらしい眼科20:245-249,2003(30)表2レーザー虹彩切開術のポイント1.撃つ前によく狙う十分に縮瞳させるAbrahamレンズなどの虹彩切開用レンズを使用するできるだけ薄いところ(虹彩紋理の薄い部分)老人環は避ける中央に近すぎると水晶体を障害周辺すぎると角膜内皮を障害2.あわてずしっかりフォーカスする無駄撃ちは百害あって一利なし連発は避け,しっかり冷却煙(gunsmoke)を撃たない3.無理はしない発作が解除していれば2日に分けても可大きく開けすぎない

閉塞隅角の画像診断:器質的隅角閉塞と機能的隅角閉塞

2007年8月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS角鏡検査では,検査時に意図せずして力が加わるうえに,照明を必要とするため,暗所での機能的隅角閉塞の観察は不可能であった.そこで,うつぶせ試験2~4),暗室試験4~6),散瞳試験4)といった負荷検査を施行し,眼圧上昇をもって機能的隅角閉塞によるものと考えられていたが,各種負荷検査の感度・特異度は不明であり,機能的隅角閉塞の診断は不可能であった.近年,超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicrosco-py:UBM)の登場により,50MHzと,高周波数のプローブを用いて,側面・軸性解像力が50?mと,高解像度の画像を得ることが可能になり,通常では観察しづらい隅角底の観察ができるようになった7)(図2).UBMはじめに隅角閉塞は,器質的隅角閉塞(synechialangle-clo-sure)と機能的隅角閉塞(appositionalangle-closure)とに分けられる.器質的隅角閉塞とは,虹彩周辺部と隅角線維柱帯との間に生じた器質的な癒着のことをいい,不可逆性の隅角閉塞であり,周辺部虹彩前癒着(peripher-alanteriorsynechia:PAS)という.一方,機能的隅角閉塞とは,虹彩周辺部が隅角線維柱帯に接触する状態をさし,縮瞳剤や虹彩切除による瞳孔ブロックの解消により消失する,可逆性の隅角閉塞である.最近改訂された日本緑内障学会による緑内障診療ガイドライン1)(2006年第2版)では,「原発閉塞隅角症(pri-maryangle-closure:PAC)」は,原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)とは分けて考えられるようになった.狭隅角に基づく器質的隅角閉塞や機能的隅角閉塞を認める場合にPACとなり,それに緑内障性視神経症が加わるとPACGとなる(図1).PACは,PACGの前段階であり,いずれPACGへと発展する可能性があるとされており,PACを診断・管理することは,PACG予防のためにも重要である.そこで,本稿では,隅角閉塞についての今までの知見をまとめることにする.I隅角閉塞の診断器質的隅角閉塞(=PAS)は,圧迫隅角鏡を用いて隅角を観察することによって診断が可能である.一方,隅(21)????*ShihoKunimatsu:自治医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕国松志保:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学教室特集●原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジあたらしい眼科24(8):1005~1010,2007閉塞隅角の画像診断:器質的隅角閉塞と機能的隅角閉塞???????????????-??????????????????????????????-???????国松志保*図1原発閉塞隅角緑内障(PACG)の発症様式と閉塞隅角症(PAC)PACとは,「狭隅角眼で,他の要因なく,隅角閉塞をきたしながら,緑内障を生じていない症例」と定義されている.狭隅角眼機能的隅角閉塞(+)Appositionalangle-closurePrimaryangle-closuresuspectPrimaryangle-closure(PAC)???器質的隅角閉塞(+)Peripheralanteriorsynechia(PAS)緑内障性視神経症(+)Primaryangle-closureglaucoma(PACG)眼圧上昇(+)(急性・慢性)———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007の利点・欠点を表1にまとめた.UBMを用いることにより,原発閉塞隅角緑内障における隅角閉塞のメカニズム8~10),プラトー虹彩の診断11),明暗所での虹彩の動態12),レーザー虹彩切開術前後13)や白内障手術前後14)での隅角構造の変化など,続々と新知見が報告されている.そして,圧迫隅角鏡では区別できなかった隅角閉塞も,UBMを用いることにより,明所および暗所での虹彩や毛様体の動態の観察が可能になり,閉塞隅角緑内障眼や狭隅眼での,機能的隅角閉塞の有無を診断できるようになった15)(図3).II隅角閉塞の分布・頻度PASの分布については,1956年にPhillipsは,1,600例の緑内障外来患者のカルテをもとに調べ,急性型・慢性型とも上方にPASが多かったと報告している16).日本人においては,1995年に末森らが,PACG156例270眼の多数例に対して圧迫隅角検査を施行したところ,急性型では90.7%,急性型の他眼60.0%,慢性型89.2%にPASを認め,急性型のPASは幅が広く,丈の高いものが,慢性型のPASでは幅の狭く丈の低いものが多く,部位別発生頻度では,他の報告と同様に,上方に多かったと述べている17).機能的隅角閉塞に関しては,UBMを用いた結果,PASの有無にかかわらず,機能的隅角閉塞がしばしば観察されることが明らかになった.過去の報告を表2にまとめた.Ishikawaらは,白人の狭隅角眼(Sha?er分類grade1,2)178眼を調べたところ,明所では機能的隅角閉塞は認めず,暗所うつぶせ試験下では99眼(55.6%)に機能的隅角閉塞を認めたと述べている6).Sakataらは,ブラジル人の正常眼22眼とoccludableangleの31眼(PACS2眼,PAC15眼,PACG14眼)にUBMを施行し,正常眼では,下側23%,上側23%に機能的隅角閉塞を認めたのに対して,occludableangle眼では,下(22)図2正常眼のUBM像角膜と虹彩との間に隅角が観察できる.強膜岬は,白っぽく高輝度でうつる強膜と,低輝度の毛様体とが,角膜内面で交差する点として確認できる.虹彩裏面が,水晶体前面と接触しているのも観察できる.強膜岬角膜虹彩水晶体前面図3機能的隅角閉塞の一例72歳,女性,右眼耳側のUBM所見.隅角鏡では,Sha?er分類1度,PASは認めなかった.UBMを施行したところ,明所では,隅角閉塞を認めなかった(左)が,暗所では,隅角が閉塞していた(右).明所暗所表1UBMによる隅角検査の利点および欠点利点眼球を圧迫することなく検査ができる観察光が不要=暗所での観察が可能虹彩裏面や毛様体も描出可能である動的な変化も記録できるくり返し検査できる隅角断面像が得られ,定量的に評価できる欠点検査に熟練を要する隅角鏡に比べると軽微ではあるが,眼球を圧迫することになるどの施設でもできる検査方法ではない———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007????側90%,上側87%と高頻度に機能的隅角閉塞を認めたと報告している18).日本人における報告としては,Sakumaらが,46眼の閉塞隅角緑内障および狭隅角眼を調べたところ,PASのある眼(30眼)では90%,PASのない眼(16眼)では81.3%に機能的隅角閉塞がみられたと報告している15).Kunimatsuらは,PASのない狭隅角眼80例80眼に対してUBMを施行し,機能的隅角閉塞は,明所では46眼(57.5%),暗所では68眼(85%)に認め,明所・暗所でも,上側と下側での機能的隅角閉塞の頻度が高く(図4),また,隅角開大度が小さくなるにつれて,機能的隅角閉塞の頻度は高くなっていた(図5)と報告している19).このように,人種による差はあるものの,PACおよびPACGにおいて,機能的隅角閉塞の頻度は高いことがわかった.隅角閉塞の分布は,器質的隅角閉塞(=PAS)・機能的隅角閉塞ともに,上方に多いことがわかった.機能的隅角閉塞の頻度が高いことから,すべての機能的隅角閉塞がPASにつながることは考えにくく,PAS発症には機能的隅角閉塞以外の要素も関係していると考える.III隅角閉塞のパターンPASの形成過程については,1960年にGorinらが,従来の隅角鏡検査により観察した結果,隅角の閉塞は,周辺部虹彩が,まず隅角底から癒着し前方に及ぶ型(shorteningoftheangle)と,Schwalbe線から癒着し後方に及ぶ型との,2パターンがあると報告した20).また,慢性閉塞隅角緑内障に認められるPASのほとんどは,圧迫隅角検査により,隅角底まで詳細に観察をすると,隅角底から癒着が始まり,毛様体前面,強膜岬,Schlemm管のいずれかの高さに達するもので,Schwal-be線から癒着を認めることはきわめてまれであると報告されている21).UBMを用いることにより,隅角閉塞のパターンの観察も容易になった.Sakumaらは,UBMを用いて,機能的隅角閉塞を,Schwalbe線に近接して始まるSタイプと,隅角底から始まるBタイプとに区別した(図6).ACG患者46眼のうち40眼に機能的隅角閉塞を認め,このうちの3分の2はSタイプで始まっていたと報告している15).(23)表2機能的隅角閉塞の頻度(過去の報告)報告者対象機能的隅角閉塞の頻度SakumaTetal,1997閉塞隅角緑内障眼およ狭隅角眼46眼(日本人)PAS(+)眼90%,PAS(-)眼81.3%IshikawaHetal,1999狭隅角眼(Sha?ergrade1,2)178眼(白人)明所0%,暗所うつぶせ試験後55.6%KunimatsuSetal,2005狭隅角眼80眼(日本人)明所57.5%,暗所85%SakataLMetal,2006PACS2眼,PAC15眼,PACG14眼(ブラジル人)下側90%,上側87%図44方向別の機能的隅角閉塞の頻度機能的隅角閉塞は,明所では46眼57.5%,暗所では68眼85%に認めた.明所と暗所では,4方向間で有意に異なっていた.また,各方向とも,暗所のほうが,明所と比較して有意に頻度が増加していた.(文献19より改変)暗所明所上側下側鼻側耳側020406080100閉塞頻度(%)020406080100閉塞頻度(%):機能的隅角閉塞あり:機能的隅角閉塞なし図5隅角開大度別の機能的隅角閉塞の頻度機能的隅角閉塞の頻度は,明所・暗所とも,それぞれの隅角開大度(gradeslit,1,2)ごとに有意に異なっていた.いずれのgradeでも,暗所での機能的隅角閉塞の頻度は,明所に比べて有意に増加していた.(文献19より改変)暗所明所GradesliteGrade1Grade2020406080100閉塞頻度(%)020406080100閉塞頻度(%):機能的隅角閉塞あり:機能的隅角閉塞なし———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007隅角閉塞のパターンは,PASでは隅角底から,機能的隅角閉塞ではSchwalbe線に近接して始まることが多く,両者の間には相違がある.これは,隅角鏡検査とUBMという,検査方法の違いによるところもあると思われるが,PASと機能的隅角閉塞とは,異なる機序で起きている可能性もある.IV隅角閉塞とUBMパラメータPACGの隅角構造を明らかにするために,従来は,Aモードエコーを用いて,眼軸長・前房深度・水晶体厚を測定し,正常眼との比較検討がなされてきた.UBMの登場により,隅角断面像から,UBMに内蔵された計測ソフトによって,距離や角度を測定できるようになり,まず1992年に,Pavlinらによって,15のパラメータが提唱された22).代表的なものとして,angleopeningdistance500(AOD500;強膜岬から500?mの位置での線維柱帯から虹彩面までの距離),trabecularirisangle(隅角底の先端からAOD500の2点を結ぶ線と,虹彩表面のなす角度)があげられる.Marchiniらは,1998年に,10のパラメータを提唱した23)(図7).正常人42例と急性・慢性PACG患者(白人)54例とを比較したところ,trabecular-ciliarypro-cessdistance(TCPD;強膜岬から500?mの位置と毛様体突起までの距離)に代表されるパラメータにより,PACG患者では毛様体が前方に位置していることが明らかになった.その後,Shiotaら24)(PACG30例,インド人),Yeungら25)(レーザー虹彩切開術後のPACG16例,中国人)により,いずれの人種でも,PACG患者では,正常人と比較して,毛様突起が前方に位置していることが報告されている.しかし,PACGのなかでは,急性と慢性,機能的隅角閉塞の有無などで比較しても有意差はみられていない.UBMパラメータによりPACGと正常人との区別をすることはできるが,機能的隅角閉塞の有無やPACGのタイプ(急性,慢性など)の判別には限界があると思われる.V狭隅角眼から緑内障発症まで狭隅角眼から機能的隅角閉塞発症までの経過について,Kunimatsuらは,狭隅角眼80眼を対象にUBMを行い,機能的隅角閉塞に寄与する因子についてロジス(24)図62つの隅角閉塞のパターン左:隅角閉塞が,周辺虹彩がSchwalbe線(太い矢印)に近接することによって始まっている(Sタイプ).右:隅角閉塞が,周辺虹彩が隅角底(細い矢印)に近接することによって始まっている(Bタイプ).SタイプBタイプ図7UBMパラメータACA:隅角角度(?),AOD500:強膜岬から500?mの位置での線維柱帯から虹彩面までの距離(mm),TCPD:線維柱帯から毛様体までの距離(mm),ID:TCPD線上での虹彩の厚さ(mm),ICPD:TCPD線上での虹彩から毛様帯までの距離(mm),IZD:虹彩とZinn小帯までの距離(mm),ILCD:虹彩と水晶体の接する距離(mm),SIA:強膜と虹彩とのなす角度(mm),SCPA:強膜と毛様突起とのなす角度(mm)(文献22より改変)ACA500μmAOD500TCPDIDICPDIZDSIASCPAILCD———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007????ティック解析を用いて検討したところ,機能的隅角閉塞の存在には,性別・年齢・屈折は関連せず,隅角開大度と部位が関連していたと報告している19).すなわち,狭隅角眼のうち,より隅角の狭い場所で,4方向別には上方で機能的隅角閉塞が発症しやすい,と述べている.機能的隅角閉塞からPAS形成については,Bhargavaら26)が,20例の慢性閉塞隅角緑内障患者に対して,隅角鏡を用いて機能的隅角閉塞の分布を,ピロカルピンによる反応とともに調べたところ,隅角閉塞は上側により多く起こり,ピロカルピンによって虹彩と線維柱帯との接触が解除される反応は下側により多く起こっていた.つまり,隅角閉塞は,上側から下方に向かって,まずは可逆的な虹彩?線維柱帯の接触(機能的隅角閉塞)から始まり,やがて永続的な隅角癒着へと発展するのではないかと結論づけている.PAS形成と緑内障との関連については,末森らは,原発閉塞隅角緑内障患者のPASの分布を調べたところ,急性型の他眼と慢性型では,PASの形状が似ていたことから,急性緑内障発作発症には,①PASを発症していない狭隅角眼から急性型へと移行する経路と,②狭隅角眼がPASを形成して慢性型となり,そのなかの一部が急性型へと移行する経路のうち,後者(②)が多いのではと推察している17).いずれの報告においても,PAS形成を,緑内障の前段階とする意見は数多い.しかし,機能的隅角閉塞については,PASのない部位であっても,特に暗所では高率に機能的隅角閉塞を生じていることから,機能的隅角閉塞が,どれくらい房水流出をブロックしているかについてもわからない.PAS発症には,機能的隅角閉塞だけでなく,虹彩付着部の位置,毛様体・虹彩・水晶体の厚さや,虹彩根部の動態などといった未知の要素が関与していると思われ,さらなる長期的な研究の結果が待たれている.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第2版.日眼会誌110:777-814,20062)HyamsSW,FriedmanZ,NeumannE:Elevatedintraocu-larpressureintheproneposition.Anewprovocativetestforangle-closureglaucoma.???????????????66:661-672,19683)HarrisLS,GalinMA:Proneprovocativetestingfornar-rowangleglaucoma.???????????????87:493-496,19724)HitchingsRA,PowellDJ:Pilocarpineandnarrow-angleglaucoma.???????????????????????101:214-217,19815)PavlinCJ,HarasiewiczK,FosterFS:Anultrasoundbio-microscopicdark-roomprovocativetest.???????????????26:253-255,19956)IshikawaH,EsakiK,LiebmannJMetal:Ultrasoundbio-microscopydarkroomprovocativetesting:aquantitativemethodforestimatinganteriorchamberanglewidth.????????????????43:526-534,19997)PavlinCJ,SherarMD,FosterFS:Subsurfaceultrasoundmicroscopicimagingoftheintacteye.?????????????97:244-250,19908)PavlinCJ,HarasiewiczK,SherarMDetal:Clinicaluseofultrasoundbiomicroscopy.?????????????98:287-295,19919)RitchR,LiebmannJM:Roleofultrasoundbiomicroscopyinthedi?erentiationofblockglaucomas.?????????????????????9:39-45,199810)WilenskyJT,KaufmanPL,FrohlichsteinDetal:Follow-upofangle-closureglaucomasuspects.???????????????115:338-346,199311)PavlinCJ,RitchR,FosterFS:Ultrasoundbiomicroscopyinplateauirissyndrome.???????????????113:390-395,199212)WooEK,PavlinCJ,SlomovicAetal:Ultrasoundbiomi-croscopicquantitativeanalysisoflight-darkchangesasso-ciatedwithpupillaryblock.???????????????127:43-47,199913)GazzardG,FriedmanDS,DevereuxJGetal:Aprospec-tiveultrasoundbiomicroscopyevaluationofchangesinanteriorsegmentmorphologyafterlaseriridotomyinAsianeyes.?????????????110:630-638,200314)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocesscon?gurationaftercata-ractsurgeryforprimaryangleclosure.?????????????113:437-441,200615)SakumaT,SawadaA,YamamotoTetal:Appositionalangleclosureineyeswithnarrowangles:anultrasoundbiomicroscopicstudy.??????????6:165-169,199716)PhillipsCI:Sectoraldistributionofgoniosynechiae.???????????????40:129-135,195617)末森晋典,井上隆夫,山本哲也ほか:原発閉塞隅角緑内障における周辺虹彩前癒着の圧迫隅角鏡による観察.あたらしい眼科12:949-952,199518)SakataLM,SakataK,SusannaRJretal:Longciliaryprocesseswithnociliarysulcusandappositionalangleclo-sureassessedbyultrasoundbiomicroscopy.???????????15:371-379,200619)KunimatsuS,TomidokoroA,MishimaKetal:Preva-lenceofappositionalangleclosuredeterminedbyultra-(25)———————————————————————-Page6????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007(26)sonicbiomicroscopyineyeswithshallowanteriorcham-bers.?????????????112:407-412,200520)GorinG:Shorteningoftheanteriorchamberinangleclo-sureglaucoma.???????????????49:141-146,196021)北澤克明:緑内障クリニック.改訂第2版,p109,金原出版,198622)PavlinCJ,HarasiewiczK,FosterFS:Ultrasoundbiomi-croscopyofanteriorsegmentstructuresinnormalandglaucomatouseyes.???????????????113:381-389,199223)MarchiniG,PagliaruscoA,ToscanoAetal:Ultrasoundbiomicroscopicandconventionalultrasonographicstudyofoculardimensionsinprimaryangle-closureglaucoma.?????????????105:2091-2098,199824)ShiotaR,DadaT,GuptaRetal:Ultrasoundbiomicrosco-pyinthesubtypesofprimaryangleclosureglaucoma.??????????14:387-391,200525)YeungBYM,NgPW,ChiuTYetal:Prevalenceandmechanismofappositionalangleclosureinacuteprimaryangleclosureafteriridotomy.???????????????????33:478-482,200526)BhargavaSK,LeightonDA,PhillipsCI:Earlyangle-clo-sureglaucoma.Distributionofiridotrabecularcontactandresponsetopilocarpine.???????????????89:369-372,1973新糖尿眼科学一日一課初版から7年,糖尿病の治療,眼合併症の診断,治療の進歩に伴い,待望の改訂版刊行!【編集】堀貞夫(東京女子医科大学教授)・山下英俊(山形大学教授)・加藤聡(東京大学講師)本書の初版が出版されて7年余がたった.この間に糖尿病自体の治療や合併症の診断と治療が大きく変遷し進歩した.ことに糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫の発症と進展に関与するサイトカインの研究が進展し,病態の解明が大きく前進した.これを踏まえて,発症と進展に関与する薬物療法の可能性を追求する臨床試験が進んでいる.一方で,視機能,ことに視力低下に直接つながる糖尿病黄斑浮腫の治療は,現時点で最も論議が活発な病態となっている.硝子体手術やステロイド薬の投与の適応と効果について,初版が出版された頃に比べると大きく見解が変化している.そして,糖尿病黄斑浮腫の診断に大きな効果を発揮する画像診断装置が普及した.(序文より)〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544メディカル葵出版株式会社Ⅰ糖尿病の病態と疫学Ⅱ糖尿病網膜症の病態と診断Ⅲ網膜症の補助診断法Ⅳ糖尿病網膜症の病期分類Ⅴ糖尿病網膜症の治療Ⅵ糖尿病黄斑症Ⅶ糖尿病と白内障Ⅷその他の糖尿病眼合併症Ⅸ網膜症と関連疾患Ⅹ糖尿病網膜症による中途失明糖尿病眼科における看護Ⅸ■内容目次■B5型総224頁写真・図・表多数収載定価9,660円(本体9,200円+税460円)

閉塞隅角の画像診断:瞳孔ブロックと非瞳孔ブロックメカニズム

2007年8月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSブロック,さらにⅣ上脈絡膜腔の開大・硝子体の関与について,最近の知見を紹介しながら小括する.I相対的瞳孔ブロック相対的瞳孔ブロックとは言うまでもなく,瞳孔領における虹彩と水晶体の接触のため後房?前房間に圧較差を生じることにより,虹彩全体が前方に彎曲し虹彩根部が前方に押し出され,その結果ただでさえ浅前房で狭かった前房隅角がよりいっそう狭くなる状態である(図1A).アルゴン+YAGレーザーでLIを行い,穿通した瞬間に後房から勢いよく房水が噴出するのをみると,いかに房水が移動できずに貯留していたかが実感される.瞳孔領における接触が強いほど,すなわちMapstone1)が提唱した“pupil-blockingforce”が大きいほど後房から前房への房水の移動が妨げられる.その瞳孔をブロックしようとする力の理論値は,虹彩と水晶体の接点で瞳孔散大方向と収縮方向に向かうベクトルの大きさとなす角で規定され,瞳孔径(散大筋と括約筋の麻痺状態に対しての)と水晶体の相対的位置(眼軸長,水晶体厚,毛様小帯のトーヌスなどが影響する)を計測することによって算出される.浅前房,狭隅角眼をみたときに屈折値と矛盾がないか確認する習慣をつけておくことは重要である.もともとの強度遠視が白内障の進行に伴う近視化によって相殺されて正視化している場合があり,眼軸長を調べなければ病態の把握が困難であるからである.虹彩組織の剛性,しないやすさも前方彎曲の程度に影はじめに外来で急性原発閉塞隅角症(APAC)や高度の浅前房の患者に遭遇し,レーザー虹彩切開術(LI)を施行してほっと一安心,よく目にする光景である.はたして本当に一安心でよいのだろうか.治療後,隅角の器質的癒着の範囲はどの程度?暗室うつむき試験は陰性になった?そもそも本当に相対的瞳孔ブロックが原因だったのか?緊急入院治療や時間外診療から開放された安堵感で思考停止に陥っている自分に気がつく.「閉塞隅角=瞳孔ブロックだから,前後房の交通ができた時点で解決」という誤解が今でも少なからぬ眼科医の常識であり,その結果,内皮細胞密度が500/mm2以下,核硬度E-IV以上,totalPAS(周辺虹彩前癒着)に近く,濾過手術が数回施行されてあるような,きわめて難治緑内障の状態になった患者が紹介されてくることになる.無理なLIでなく周辺虹彩切除が行われていれば,濾過手術でなく水晶体再建術+隅角癒着解離術がされていれば,と後悔してみても,そもそも隅角閉塞機序の理解がなければ治療方針が定まらない.開放隅角緑内障における眼圧上昇の原因が電子顕微鏡所見や組織化学的研究で解明されていくように,閉塞隅角緑内障の隅角閉塞メカニズムは画像診断機器の進歩に伴って少しずつ明らかになってきており,とりわけ超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)が果たしてきた役割は大きいといえよう.本稿では,Ⅰ相対的瞳孔ブロック,および非瞳孔ブロックとしてⅡプラトー虹彩形状,Ⅲ水晶体(15)???*JunUeda:新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野〔別刷請求先〕上田潤:〒951-8510新潟市旭町通一番町754新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野特集●原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジあたらしい眼科24(8):999~1003,2007閉塞隅角の画像診断:瞳孔ブロックと非瞳孔ブロックメカニズム???????????????????????-??????????????????????????上田潤*———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007響するため,閉塞隅角緑内障の地域差・人種差に関係している可能性がある.また,瞳孔領に落屑物質の沈着など房水の移動を妨げる変化が加われば前後房の圧較差が大きくなるため,落屑症候群では閉塞隅角緑内障をきたしやすいことが知られている2).これがさらに,器質的な虹彩後癒着が形成されれば完全瞳孔ブロック,すなわちirisbomb?を発症することになる.さて,純粋な相対的瞳孔ブロックが隅角閉塞の原因であれば,LIもしくは周辺虹彩切除(PI)後,隅角は開大するはずである.ところが,これまでの報告(表1)によると,LI後も多くの症例では暗室うつむき試験が陰性化せず,機能的閉塞が残存し,PASの範囲の拡大が停止しない.このことは,取りも直さず非瞳孔ブロックのメカニズムが,独立あるいは瞳孔ブロックと併存する形で多くの隅角閉塞に関わっていることを示唆している.IIプラトー虹彩形状1990年代UBMが導入される以前の成書では,プラトー虹彩症候群はわが国ではまれな疾患とされてきた.1992年Pavlinら3)がUBMを用いて,それまでブラックボックスであった虹彩よりも後方の前眼部形態を描出したところ,プラトー虹彩症候群の隅角では,前方に偏位した毛様体・毛様突起が虹彩根部を後方から圧排し,毛様溝が消失している(図1B)という本疾患の形態学的特徴が示された.隅角鏡検査で虹彩面が線維柱帯の色素帯よりも高位にあるようなプラトー虹彩形状を有する眼(図2A,B)では,虹彩切開孔が開いていても散瞳時に隅角閉塞が生じて眼圧が上昇する.このような臨床症状を伴った場合をプラトー虹彩症候群と定義し,形態学的所見であるプラトー虹彩形状と区別している.毛様体・毛様突起の位置や形状に焦点をあてて原発閉塞隅角症眼のUBMを撮ると,眼圧上昇の直接の原因とならない程度のプラトー虹彩形状も含めると,1/3から半数近い症例で毛様体の前方偏位が観察される.また,50歳以上の中国人1,405名に対して行われた疫学調査“Liwan(16)図1原発閉塞隅角緑内障のタイプ分類(文献5より改変)B.プラトー虹彩A.相対的瞳孔ブロックC.水晶体ブロック図2隅角の構造とプラトー虹彩形状の虹彩面の高さとの位置関係ABCDSchwalbe線線維柱帯無色素帯線維柱帯色素帯強膜岬毛様体帯表1LI,PI後の慢性閉塞隅角緑内障眼の経過を追った報告HungPTetal1979(年)PI後も52.4%で暗室うつむき試験陽性KarmonGetal1982LI後も38%で暗室うつむき試験陽性ThomasRetal1999LI後も26.6%では隅角が開大せずAlsago?Zetal2000LI後のアジア人では,89.6%で追加治療が,45.8%で濾過手術が必要であったRosmanMetal2002LI後の欧米人では,100%で追加治療が,31.3%で濾過手術が必要であったNonakaAetal2005LI後も38.6%で暗室うつむき試験陽性で,白内障術後は全例で陰性となったChoiJSetal2005LI後5年の経過で,32.2%の症例でPASの範囲が拡大したHeMetal2007LI後19.4%の症例では,3/4周以上の機能的閉塞が残存した———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007????EyeStudy”4)での隅角鏡検査所見では,Sha?er分類0度,1度の狭隅角眼では,30%前後の隅角にプラトー虹彩形状がみられたと報告されている.「中央部の前房深度が深い」というプラトー虹彩形状の特徴の一部分を排すれば,毛様体・毛様突起の位置・形状が,単独にまたは瞳孔ブロックなどの他のメカニズムと併存して関与している閉塞隅角は,わが国ではかなり多いことが明らかになってきた(図1)5).プラトー虹彩形状の治療には,侵襲の少ないものから,低濃度のピロカルピン点眼,lasergonioplasty(LGP),水晶体再建術(隅角癒着解離術:GSL併用を含む)がある.自験例で,20眼のLI施行後のプラトー虹彩形状に対して0.5%または1%のピロカルピンを1日1回夕方に点眼し,点眼開始前,点眼開始後1カ月時にUBMで隅角形状を解析した(図3).治療前のangle-openingdistance(AOD)500,trabecular-irisangle(TIA)が,それぞれ60.2±44.9?m,7.4±9.0?であったのが,ピロカルピン点眼開始後は140.4±70.7?m,15.2±8.5?に,著明に開大した.また,隅角底から毛様溝の底に引いた線と線維柱帯がなす角度corneo-sulcusangleが47.3±9.0?から59.6±12.2?に開いたことから,毛様体の後方回旋が起こっていることが明らかとなり,ピロカルピンは縮瞳効果だけでなく,毛様体筋の縦走線維や放射状線維の収縮によってプラトー虹彩形状の改善に効果があることがわかった.LGPは原発閉塞隅角症に対して隅角開大効果があることは多数の報告から明らかだが,毛様体・毛様突起の位置異常に対して何らかの影響を及ぼすか否かに関しては明らかでない.水晶体再建術(GSL併用を含む)は,最も隅角開大効果の高い治療で,自験例ではプラトー虹彩形状9眼に対して水晶体再建術(うち,5眼にGSL,6眼にLGPを併用)を施行したところ,TIA500が術前15.0±6.3?であったのに対し,術後は22.2±9.2?と開大し,術後の隅角開大度はピロカルピン点眼後の15.2±8.5?よりも大きかった.プラトー虹彩の虹彩面の開大効果をみるためTIA2000を計測してみたところ,術前24.2±4.4?であったのに対し,術後は39.4±3.6?とさらに大きく開大しており,隅角開大は純粋に水晶体容積が眼内レンズに置き換わって減少したことによるものと考察した.Nona-kaら6)によると,水晶体再建術によって,前房深度とAOD500が増加するのみでなく,trabecular-ciliaryprocessdistance(TCPD)も0.51±0.09mmから0.69±(17)図3治療開始前および低濃度ピロカルピン点眼開始後1カ月のプラトー虹彩形状のUBM所見すべての症例で隅角の開大がみられた.低濃度ピロカルピン点眼開始後———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.24,No.8,20070.12mmに開くことから,毛様突起も後方移動していることがわかった.すなわち,プラトー虹彩形状の改善にも効果がある治療であることが明らかとなった.III水晶体ブロック相対的瞳孔ブロックとプラトー虹彩形状が,単独に,あるいは併存して多くの原発閉塞隅角症の発症メカニズムに関わっているのに比べると,水晶体ブロックの関与する比率は小さいと考えられている(図1).水晶体前面が虹彩を前方に圧排し,高度の浅前房,狭隅角を呈する病態としては,a)外傷性水晶体亜脱臼,b)落屑症候群などのZinn小帯の脆弱化に伴う水晶体亜脱臼,c)膨隆白内障などが代表的で,厳密に言えば原発閉塞隅角症の原因には含めるべきでないかもしれない.高齢化に伴って落屑症候群の有病率は明らかに増加してきており,潜在的に程度の差はあれ水晶体の前後移動を起こしている眼は少なくない可能性がある.a)水晶体亜脱臼の診断には,まず外傷歴や自覚症状の変動など詳細に病歴をとることが重要である.水晶体振盪,白内障の進行,虹彩と水晶体の間隙の左右差,硝子体の脱出,散瞳時の水晶体偏位などの所見があれば,診断は容易である.暗室うつむき試験で陽性,UBMでは,Zinn小帯の断裂した部位で毛様突起と水晶体の距離が広がるのが特徴的である.b)落屑症候群で経過観察中に,片眼の前房深度が浅くなることから本症を疑う.初診であっても,病歴から,急激に患眼だけ近視化したのを自覚している場合が多い.上記の水晶体亜脱臼の所見に加え,瞳孔領や水晶体前面の落屑物質の沈着から診断する.c)過熟白内障と高度の浅前房から本症を診断するが,角膜浮腫で前房の詳細な観察ができない症例では,水晶体起因性緑内障と鑑別が困難な場合がある.いずれの場合でも,水晶体の前方移動が閉塞隅角の原因であるため,水晶体摘出が治療の原則である.水晶体?の安定が悪いため,?内固定にはこだわらず,?と前部硝子体を切除したうえ,毛様溝固定が望ましい場合が多い.IV上脈絡膜腔の開大・硝子体の関与これまで,脈絡膜?離による毛様体前方回旋や悪性緑内障は,炎症に伴うものであったり術後合併症であったり,いわゆる原発閉塞隅角症の原因とは分けて考えられてきた.しかし,白内障手術の際,強度近視眼では前房がきわめて深くなり虹彩がしばしば後方彎曲するのに対し,遠視眼では超音波乳化吸引術が終了した時点でも浅前房が改善しない症例を経験することがある.明らかに,diaphragmaを前方に押し返す力には,近視眼と遠視眼で違いがある.両者における硝子体細胞や基質の発生に違いがないとすれば,硝子体腔の容積が異なれば,硝子体密度や房水透過性に差がでることは容易に理解できる.つまり,原発閉塞隅角症で前眼部形態と水晶体の不均衡から狭隅角が生じるのと同じように,硝子体腔容積と硝子体ゲルの不均衡が,高い硝子体密度の原因となっている可能性がある.一方,Sakaiら7)は501眼の原発閉塞隅角症と156眼の開放隅角緑内障および高眼圧症にUBMを行い,上脈絡膜腔の開大の有無を比較したところ,前者では20%の眼でみられたのに対し,後者ではわずかに1.3%にしかみられなかった.また,上脈絡膜腔の開大を有する原発閉塞隅角症の前房深度(1.92±0.42mm)は,有しないもの(2.06±0.32mm)に比べ有意に前房が浅いことを報告した.この結果は,Quigleyら8)が提唱する原発閉塞隅角症の病態,および悪性緑内障の発症メカニズムの仮説と合致するものである.彼らの仮説8)は,以下の通りである.脈絡膜が眼球に占める容積は約480??と大きいのに対し,前房容積は約150??しかない.仮に脈絡膜が20%浮腫を生じれば約100??に相当し,前房中の房水の2/3を押しのける量にあたる.脈絡膜が膨張した分,硝子体腔のゲルよりも後方の内圧が上昇し,前房圧との間に圧較差を生じる.ここで房水が抵抗なく硝子体ゲルをすり抜けられれば問題ないが,原発閉塞隅角症眼では房水の透過性が低い.前述の硝子体密度が高いうえ,移動する房水が拡散する表面積(di?usionalsurface)が極端に小さい.これは,前部硝子体膜のうち水晶体後面で塞がれていないドーナツ状の部分の表面積にあたり,原発閉塞隅角症では(18)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007????眼球が小さいうえに相対的に水晶体が大きいため,正常眼の50%程度しかない.以上をまとめると,原発閉塞隅角症眼は図48)に示すように,小眼球,上脈絡膜腔の開大,硝子体ゲルの透過性不良という3つの要素を内包しており,その眼球が極端に小さいものが真性小眼球症,また何らかの原因による脈絡膜浮腫と硝子体の透過性不良のためにdiaphragmaが前方移動して悪循環となるのが悪性緑内障と位置づけている.将来は,Valsalva手技によって全身の静脈環流量を減少させ,UBMで脈絡膜浮腫の起こりやすさや前房深度の減少を確認する新しい負荷試験を行って,内眼手術に際しての前部硝子体切除術併用の適応を決めるようになるかもしれない.おわりに隅角閉塞機序について,相対的瞳孔ブロックとその他の3つのメカニズムに分けて概説した.LIに伴う水疱性角膜症の問題,第一選択の治療としての白内障手術など,原発閉塞隅角緑内障に対する治療を取り巻く議論が熱くなっている.現状ではまだ判然としない部分が多く,病態に関しても治療に関しても,今後大きく流れが変わっていく可能性は少なくない.UBMを初めとする画像診断機器の知見が蓄積され,より的確な診断と,病態に応じた最善の治療指針が確立されていくことを期待したい.文献1)MapstoneR:Mechanicsofpupilblock.????????????????52:19-25,19682)RitchR,Schlotzer-SchrehardtU,KonstasAG:Whyisglaucomaassociatedwithexfoliationsyndrome???????????????????22:253-275,20033)PavlinCJ,RitchR,FosterFS:Ultrasoundbiomicroscopyinplateauirissyndrome.???????????????113:390-395,19924)HeM,FosterPJ,GeJetal:GonioscopyinadultChi-nese:theLiwaneyestudy.?????????????????????????47:4772-4779,20065)近藤武久:前房・隅角の画像解析UBMによる緑内障画像診断.文光堂,20016)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocesscon?gurationaftercata-ractsurgeryforprimaryangleclosure.?????????????113:437-441,20067)SakaiH,Morine-ShinjoS,ShinzatoMetal:Uveale?usioninprimaryangle-closureglaucoma.??????????????112:413-419,20058)QuigleyHA,FriedmanDS,CongdonNG:Possiblemecha-nismofprimaryangle-closureandmalignantglaucoma.??????????12:167-180,2003(19)図4原発閉塞隅角症の危険因子(文献8より改変)小眼球,上脈絡膜腔の開大,硝子体ゲルの透過性不良という3つの要素のうち,1つ以上を有している.硝子体ゲルの透過性不良上脈絡膜腔の開大小眼球真性小眼球症悪性緑内障

原発閉塞隅角緑内障の新しい分類:国際分類と新緑内障ガイドラインについて

2007年8月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSのスクリーニング能力が向上してきていることにある.以前からアジア諸国にPACG患者が多いことは知られていたが,残念ながらこれらの国々における緑内障診療レベルはこれまで必ずしも高くなかった.近年これら諸国の社会構造が近代化し,社会福祉体制が改善するに従って,近代的な眼科診療が可能となりPACGに対する欧米諸国の注目が上昇するようになったことも理由の一つである.以上のような背景から,PACGに関する国際的な興味が急速に増加したが,その際に問題になったことはPACGの疾患定義に世界基準がないことであった.表1に,これまで報告されたPACGに関する主要な疫学調査とそのなかで用いられている診断基準を示す.表1からは各報告間において診断基準が,特に視神経障害の有無に関して,大きく異なることがわかる.したがって,I新しい原発閉塞隅角緑内障分類の背景原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglauco-ma:PACG)に関する話題が最近賑やかである.日本人眼科医にとって,学問的には終わったかのように思われていたPACGであるが,実は世界的に現在非常に注目されている.その理由に関しては,本特集の序説でも述べられていると思われるが,緑内障のなかでは重篤化症例が多いこと(統計によると緑内障の病型別患者数は全体からみれば少ないが,緑内障による失明者の約半数はPACGである),原発開放隅角緑内障と異なり,予防的レーザー虹彩切開術や水晶体摘出術により多くの症例で発症そのものを予防することが可能であること,さらに超音波生体顕微鏡や非接触型の前眼部解析装置などの検査機器の開発が急速に進んで病態解明や危険眼・潜在眼(9)???*KenjiKashiwagi:山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学講座〔別刷請求先〕柏木賢治:〒409-3898山梨県中巨摩郡玉穂町下河東1110山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学講座特集●原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジあたらしい眼科24(8):993~997,2007原発閉塞隅角緑内障の新しい分類:国際分類と新緑内障ガイドラインについて??????????????????????????????????????????-????????????????:??????????????????????????????????????????????????????????柏木賢治*表1各種閉塞隅角緑内障疫学調査の診断基準の比較国眼症状眼圧上昇隅角鏡視神経乳頭評価視野評価負荷試験発作歴グリーンランド++全例--++アラスカ++全例++(眼圧)--中国++一部----チベット++一部---+日本-+眼圧上昇例----南アフリカ++全例++(視神経)--モンゴル++全例++(視神経)--台湾-+全例--++これまでに報告されている主要な閉塞隅角緑内障の疫学調査結果を示す.調査によって,診断基準が異なることがわかる.特に下線で示すように視野障害や視神経障害など緑内障性視神経障害の有無の診断基準への採用が研究によって異なることが重要なポイントである.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007これらの調査結果から得られた有病率などを互いに比較検討することが困難であり,このことはPACGの実態の理解や適切な診療方針を決定するうえで大きな支障となった.PACGに関する世界共通の診断基準を作成し情報の共有化を高める必要性が求められたため,国際的な眼科疫学研究組織であるInternationalSocietyofGeographicandEpidemiologicalOphthalmology(ISGEO)が中心となり新しい診断基準の作成が積極的に進められた.その結果,PACGに関する新しい分類や診断基準などがFosterらによって2002年に疫学調査研究結果として報告されるに至った1).この基準に対しては,諸意見が残ってはいるが現在PACG診断の世界的標準となりつつある.アジア諸国の一員でもあり,眼科診療先進国である日本は,PACGの国際標準化に関しても,深く参加すべきであったと思われるが,レーザー虹彩切開術の普及に伴い,疾患としての興味が薄れていたこと,塩瀬スタディや多治見スタディの結果に代表されるように,原発開放隅角緑内障,特に正常眼圧緑内障がその興味の中心となっていたこと,ISGEOの定めるPACGの定義そのものに対する考え方の違いなどからか,この流れから遅れた感は残念ながら否めない.その結果,日本緑内障学会が2003年に発表した緑内障ガイドライン2)におけるPACGの理解や定義は,ISGEOのものとは大きく乖離する結果となった.そこで病態理解のグローバル化が求められる現在において,その問題点を解決するために,日本緑内障学会は,ISGEO分類を考慮した緑内障ガイドライン第2版を発表し3),世界認識との格差を解消することとなった.II新しい原発閉塞隅角緑内障に関するISGEO診断基準ISGEOではPACGを表2に示すように大きく3つに分類している.すなわち,機能的な隅角閉塞が隅角全体の3/4以上に認められるが,眼圧上昇や眼圧上昇の既往を疑わせる所見ならびに緑内障性視神経障害を有さないものを原発閉塞隅角眼疑い(primaryangle-closuresuspect:PACS)とした.ついで,PACSの所見に加え,周辺虹彩前癒着,眼圧上昇,虹彩や線維柱帯の異常,glaucoma?eckenの存在など眼圧上昇もしくは眼圧上昇発作の既往を疑わせる所見を有するものを原発閉塞隅角眼(primaryangle-closure:PAC)と定義した.さらに,これらの所見に加え,緑内障性視神経障害の存在,もしくはそれを強く疑わせる所見を有するものを原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)と定義した.米国眼科学会の2005年のPreferredPrac-ticePatternにもこの基準は採用されている.前述したように,現在このPACG診断が世界の標準になってきており,今後,PACGを診断する際にはこの基準に則る必要がある.III従来の日本におけるPACGの定義とISGEOのPACGに関する定義の違い2003年の緑内障ガイドラインにおいては,PACGの定義として,“他の要因なく,隅角閉塞により眼圧上昇を来す疾患である”とされ,“原発閉塞隅角緑内障では眼圧上昇あるいは視神経の変化は隅角閉塞が証明されながら眼圧上昇あるいは視神経の変化を来していない初期症例を含めてすべて原発閉塞隅角緑内障とする”とされた.すなわち,緑内障性視神経障害(GON)の有無はPACGの診断に必須ではないとされた.上記の診断基準をISGEOの基準に当てはめると,PACもしくはPACSとなり,大きく異なる.さらに,ISGEOではいわゆる緑内障急性発作を起こしてもGONのない症例は“原発閉塞隅角眼(PAC)もしくは急性原発閉塞隅角眼(acuteprimaryangle-closure)と診断されるが,従来の日本のガイドラインではこのような場合も“原発閉塞隅角緑内障”と定義している.(10)表2ISGEOによる原発閉塞隅角緑内障分類?原発閉塞隅角眼疑い(primaryangle-closuresuspect:PACS)・隅角の3/4周以上において,線維柱帯後部が観察されない?原発閉塞隅角眼(primaryangle-closure:PAC)・PACS+線維柱帯閉塞所見(周辺虹彩前癒着,眼圧上昇,虹彩や線維柱帯の異常所見,glaucoma?eckenなど)?原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)・PAC+緑内障性視神経障害———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007???IVわが国における新しい閉塞隅角緑内障の定義前述したように,PACGの世界的定義の見直しを受けて,日本緑内障学会でも,先頃新しいPACGの定義に関するガイドラインをまとめ発表した3).主要な改定部分を表3に示す.重要な点としては,“狭隅角眼で,他の要因なく,隅角閉塞を来しながら,緑内障を生じていない症例を原発閉塞隅角症(primaryangle-closure)”と定義したこと,従来の定義でいう閉塞隅角緑内障の急性発作眼の場合,発作寛解後,緑内障性視神経障害を有さない場合を“急性原発閉塞隅角症”とした点である.さらに付記として“狭隅角は隅角が狭いという状態を表現するに過ぎず,隅角閉塞機序が存在することを意味しない”こと,“狭隅角の原発開放隅角緑内障はありうるので,狭隅角緑内障の用語は用いるべきではない”が加えられた.ここで,閉塞隅角眼と狭隅角眼の使用が日本においては曖昧であることに注意する必要がある.まだ十分にコンセンサスは得られていないが閉塞隅角はoccludableangleとほぼ同義で隅角の機能的閉塞が起こっていることを意味しているが,狭隅角はnarrowangleと訳され,単に前房深度が浅いだけで機能的閉塞を起こしてはいない状態と考えられる.したがって,ISGEOに基づく隅角の閉塞を評価する場合は閉塞部の表現は閉塞隅角:occludableangleと表現し,narrowangleと表現しないようにすべきであると考える.さらに間違えやすい表現として,PACG疑いとPACSの違いにも注意する必要がある.PACSは前述したように,隅角の一定範囲以上が機能的に閉塞しているが,眼圧上昇などの機能的異常や周辺虹彩前癒着や神経障害などの器質的障害をきたしていない状態を示すのに対し,PACG疑いは,閉塞隅角眼で緑内障性視神経障害の存在が証明されないが,存在する可能性が高い状態を示している.このような新しい閉塞隅角緑内障の定義を用いてわが国で初めて行われた大規模な疫学調査が多治見スタディである4).従来の日本の定義と新しい定義で判定した場合の有病率の違いを表4に示す.従来の定義の場合,PACGの有病率は1.3%であるが,ISGEO基準に基づいた新しい判定基準によると,PACGの有病率は0.6%,PACは0.5%となり大きく異なる.VISGEO診断基準の特徴と問題点ISGEO診断基準には,いつくかの特徴がある.まず,ISGEOではPACGの診断基準を策定するにあたっての基本的な考え方として図1に示すような,PACGの発症機転を想定している.すなわち,原発閉塞隅角眼疑い(11)表3閉塞隅角緑内障に関するわが国における新しい緑内障ガイドラインの特徴?狭隅角眼で,他の要因なく,隅角閉塞を来しながら,緑内障を生じていない症例を原発閉塞隅角症(primaryangle-clo-sure)と定義する.?急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangle-closure)・急性発作寛解後,緑内障性視神経障害を有さない.?原発閉塞隅角症は原発閉塞隅角緑内障の前段階であり,無治療では原発閉塞隅角緑内障に進展する.(付記)?狭隅角は隅角が狭いという状態を表現するに過ぎず,隅角閉塞機序が存在することを意味しない.?狭隅角の原発開放隅角緑内障はありうるので,狭隅角緑内障の用語は用いるべきではない.表4多治見スタディにおける原発閉塞隅角緑内障の有病率従来定義新定義PACG1.3%0.6%PACG疑い*─0.2%PAC**─0.5%**:視神経障害の確認精度が低い.**:確定的な視神経障害を認めないPAC.注記:診断基準はISGEOにほぼ準拠.PACG疑い≠PACS.図1原発閉塞隅角緑内障の発症・進展の考え方原発閉塞隅角眼疑い(primaryangle-closuresuspect)原発閉塞隅角眼(primaryangle-closure)原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma)急性原発閉塞隅角眼(acuteprimaryangle-closure)10~20%/10~20年後25~30%/5年後———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007の一部が原発閉塞隅角眼に移行する.さらにその一部は眼圧上昇発作を起こす急性原発閉塞眼を介して,他の一部は,急性の眼圧上昇なく慢性的に眼圧上昇から緑内障性視神経症を示し,PACGに移行するとした.しかしながら,臨床において本当にこの定義のように進行するかはいまだ証明されていない.たとえば,機能的閉塞隅角がどこまで進むと虹彩前癒着や眼圧上昇が起こるのか,機能的閉塞隅角を経ずに,PACGを発症する症例は存在しないのかなどに関しては不明である.前房深度や隅角開度だけがPACG発症のパラメータだけでなく,これらの状態が同じようであってもPACGの発症頻度が人種などによって異なることが最近明らかになっており,隅角所見以外にPACG発症に関与する因子の存在も指摘されている.現在の診断は隅角検査の結果によるが,隅角検査は主観的検査であるために診断がどのくらいの精度を有しているか疑問である.これらの点に関しては今後前向き調査などで検討することが強く求められている.最近は無侵襲で定量性が高い検査機器や毛様体の観察が可能な超音波生体顕微鏡など新しい検査機器が開発されている.今後このような機器を積極的に用いて,閉塞隅角緑内障の発症機序を解明するとともに,発症の危険性を判定するパラメータを増やし,より精度の高い判定基準を作成することが重要である.現在,世界的な流れとして,“緑内障”と診断する根拠として表5に示すような緑内障性視神経症の存在を証明する必要があるが,視神経乳頭の形態は多彩で現在の判定基準では十分に高い診断能力はなく診断が曖昧になる点も問題である.特に日本人の場合,近視眼などでは視神経乳頭の変形が強く判定に苦慮する症例も少なくない.以上からより普遍性や信頼性が高い緑内障性神経障害の判定基準が必要である.VI原発閉塞隅角緑内障診断上の注意点これまでの診断基準に代わり今後,ISGEOや新しい緑内障ガイドラインに基づき閉塞隅角緑内障を診断することが重要である.特に,診断では正しい隅角所見を得ることが従来に増し要求されているため,眼科医は隅角鏡の使い方に熟練する必要がある.隅角検査の詳細に関しては他書に譲るが,ポイントとしては,視軸に対して平行に観察できるように隅角鏡を当て患者には正面を直視するように指導すること,強く圧迫して眼球の変形をきたさないこと,部屋の照明は可能な限り落とすこと,細隙灯の光をできるだけ細く短くし,瞳孔領に光が入光しないように注意することが重要である.また通常の隅角検査では,周辺虹彩前癒着(PAS)の有無を判定することがしばしば困難である.圧迫隅角検査はPASの判定に有用であるため,圧迫隅角検査に習熟する必要もある.おわりにわが国ではかつて閉塞隅角緑内障眼やその危険眼に対してはレーザー虹彩切開術(LI)を行うことで治療が完了すると捉えられてきたふしがあるが,最近LI後の水疱性角膜症が問題視されるようになっている.LIにより発症した水疱性角膜症で全層角膜移植手術が必要となった症例のうち,急性発作後にLIを施行した症例と予防的にLIを施行した症例はほぼ同数であるとの報告がある.LIの有用性を考えた場合,むやみにLIを恐れる心配はないが,施行にあたっては術前に安全性や必要性を十分に検討する必要がある.閉塞隅角の治療として水晶体摘出術を勧める眼科医もいるが,過剰な患者への負荷は避けるべきであることは明白である.LIで閉塞隅角の急性発作を解消した症例でも長期的には慢性閉塞隅角緑内障に移行し,その予後は開放型よりも悪いことも報告されている.有効な予防的治療をもつ原発閉塞隅角緑内障の場合,どのような症例が本当に治療を要するの(12)表5緑内障性視神経障害分類?分類①:視神経障害+視野障害・正常の97.5%域を超えるC/D比もしくはC/D比の左右差・もしくは耳側辺縁のC/D0.1以下の狭小化・かつ明らかでかつ恒常的な視野障害?分類②:進行した視神経障害・正常の99.5%域を超えるC/D比もしくはC/D比の左右差?分類③:視神経障害,視野障害とも証明不可能・高度視力障害(3/60未満)と正常の99.5%範囲を超える眼圧上昇・高度視力障害(3/60未満)と緑内障手術歴もしくは,緑内障視機能障害を証明する医学記録ただし,分類①と②の場合,他の原因が除外できること.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007???か,発症機序解明という医学的興味に加えきちんとした治療基準を確立することが急務である.このためには世界的統一基準で客観的なデータを集めることが重要で,閉塞隅角緑内障の診療に関しては今回紹介したような,診断基準に基づいた診療を行うことが求められる.文献1)FosterPJ,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thede?nitionandclassi?cationofglaucomainprevalencesurveys.???????????????86:238-242,20022)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン.日眼会誌107:126-157,20033)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:778-814,20064)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecond-aryglaucomainaJapanesepopulation.?????????????112:1661-1669,2005(13)眼科領域に関する症候群のすべてを収録したわが国で初の辞典の増補改訂版!〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544メディカル葵出版株式会社A5判美装・堅牢総360頁収録項目数:509症候群定価6,930円(本体6,600円+税)眼科症候群辞典<増補改訂版>内田幸男(東京女子医科大学名誉教授)【監修】堀貞夫(東京女子医科大学教授・眼科)本書は眼科に関連した症候群の,単なる眼症状の羅列ではなく,疾患自体の概要や全身症状について簡潔にのべてあり,また一部には原因,治療,予後などの解説が加えられている.比較的珍しい名前の症候群や疾患のみならず,著名な疾患の場合でも,その概要や眼症状などを知ろうとして文献や教科書を探索すると,意外に手間のかかるものである.あらたに追補したのは95項目で,Medlineや医学中央雑誌から拾いあげた.執筆に当たっては,眼科系の雑誌や教科書とともに,内科系の症候群辞典も参考にさせていただいた.本書が第1版発行の時と同じように,多くの眼科医に携えられることを期待する.(改訂版への序文より)1.眼科領域で扱われている症候群をアルファベット順にすべて収録(総509症候群).2.各症候群の「眼所見」については,重点的に解説.3.他科の実地医家にも十分役立つよう歴史・由来・全身症状・治療法など,広範な解説.4.各症候群に関する最新の,入手可能な文献をも収載.■本書の特色■

日本人と原発閉塞隅角緑内障:PACGの人種差,地域差

2007年8月31日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSI原発閉塞隅角緑内障原発閉塞隅角緑内障あるいはその予備軍である浅前房,狭隅角眼は比較的眼軸の短い遠視眼や小眼球に高頻度に発症する.このような眼ではもともと隅角が狭いうえに,(1)相対瞳孔閉鎖,(2)プラトー虹彩形状が重なり,さらに(3)加齢による水晶体厚みの増加がいっそう隅角を狭細化し,最終的には隅角閉塞を生じ発症する.本症は中~高齢の女性に頻度が高く,さらに東アジア系人種で頻度が高い特徴がある.II原発閉塞隅角緑内障のわが国における頻度わが国においてこれまで行われた疫学調査には,日本全国を対象としたShioseらの1991年の報告2)と,Iwaseら(2004),Yamamotoら(2005)の多治見スタディ(2000~2001)1,3)がある.Shioseらの報告では全緑内障有病率は3.56%であり,そのうち原発閉塞隅角緑内障と診断された症例は0.34%であった2).多治見スタディでは全緑内障有病率は5%であり,そのなかで原発閉塞隅角緑内障と診断された症例は0.6%であった.なお,Shioseらの全国調査では参加者は40歳以上の成人で対象者16,078人中8,126人が受診し,受診率は50.54%であった.一方,多治見スタディでは40歳以上の成人の78.1%,3,021人が受診している.閉塞隅角の所見の判定はShioseらはvanHerick法で狭隅角眼をスクリーニングしその後,隅角鏡検査を行っはじめに多くの疾病の発症頻度,有病率には性差,年齢差だけでなく人種差や民族差,さらには同一民族においても地域差があることが知られている.たとえば,胃癌は日本において頻度が高く,大腸癌は欧米においてより頻度が高いことが知られている.眼科疾患に関して,加齢黄斑変性症は欧米では頻度が高く,成人の失明原因の主要な疾患であることはよく知られているが,一方で最近までわが国ではまれな疾患であったとされていた.しかし環境,特に食生活の欧米化や長寿社会の到来により,日本においても加齢黄斑変性症の頻度は急速に増加している.緑内障は房水の流出抵抗の機序から,開放隅角緑内障と閉塞隅角緑内障の2大病型に分類されているが,その発症頻度に民族差や人種差があることが報告されている.さらに開放隅角緑内障においても原発開放隅角緑内障の頻度と正常眼圧緑内障の頻度には明らかな人種差が認められることがこれまでの多くの疫学調査で報告された.特に,わが国においてはこの正常眼圧緑内障が諸外国に比べ際立って高頻度であることが2000~2001年に行われた多治見スタディにより証明された1).もう一つの病型である閉塞隅角緑内障に関してはどうであろうか.本稿では,これまでに報告された緑内障疫学調査を中心に各国における閉塞隅角緑内障の発症頻度の違いについてまとめてみる.(3)???*ShoichiSawaguchi,HiroshiSakai&YukoNakamura:琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野〔別刷請求先〕澤口昭一:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野特集●原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジあたらしい眼科24(8):987~992,2007日本人と原発閉塞隅角緑内障:PACGの人種差,地域差?????????????-????????????????????????????????:??????????????????????????????澤口昭一*酒井寛*仲村優子*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007ている.Becker-Sha?er分類で2度以下を狭隅角と分類し,grade1以下をclosedあるいはoccludableとしている.多治見スタディではスクリーニングは同様にvanHerick法で行い,vanHerick2度以下に関しては二面鏡で隅角を観察し,隅角を4分割して3象限以上の隅角線維柱帯色素帯が観察できない場合(Sha?er分類で2度以下の狭隅角)をoccludableangleと定義している.この結果,多治見スタディではvanHerick法でgrade2以下は4.5%(女性が6.5%,男性は1.9%)であった.このvanHerick分類で2度以下の4.5%のうち,Sha?er分類では69.8%がSha?er2度以下のoccludableangleであったとも述べている.この結果から,vanHerick法は臨床的には狭隅角のスクリーニングとして十分機能していることが改めて示された.Shioseらの報告を注意してみてみると,全体(全国平均)の原発閉塞隅角緑内障の頻度は0.34%であるが,北海道ではその頻度は非常に高く0.86%であった.それに対し受診率が高く,多治見市の住民に背景が近い愛知,山梨ではそれぞれ0.34%,0.32%であり,このことから国内においても原発閉塞隅角緑内障の発症頻度に非常に大きな地域差があることが推定された.ちなみに岩手のそれはその中間の0.49%であった.Shioseらの隅角所見の基準は多治見スタディのそれに比べ厳しく設定されており,一方,Yamamotoらの基準は最近の疫学調査の基準に沿っていることがこの差につながっている可能性がある.実際にYamamotoらはShioseらと同様の判定基準を用いた場合,多治見スタディにおける原発閉塞隅角緑内障の発症頻度は0.23%になると述べている.III原発閉塞隅角緑内障の人種差,民族差における発症頻度原発閉塞隅角緑内障の有病率はすでに述べたように人種,民族,さらには地域差があることが知られている.たとえば原発閉塞隅角緑内障はヨーロッパやアメリカの白人には少なく,南アフリカの黒人においてもその頻度は白人より若干高いものの低頻度の範疇に入ることが報告されてきた.ここではこれまでのおもな疫学調査の報告についてまとめる(表1).1.原発閉塞隅角緑内障が低有病率(0.5%以下)(1)アメリカのウィンスコンシン州の疫学調査4):43~84歳,5,925人の対象者で4,926人の受診.おもに白人で原発閉塞隅角緑内障は2名で,有病率は0.04%.(2)オーストラリアのメルボルンの疫学調査5):40歳以上,3,271人の参加者で受診率は83%.おもに白人(97%)で原発閉塞隅角緑内障は2名で,有病率は0.1%未満.(3)アメリカのアリゾナ州のヒスパニックの疫学調査6):40歳以上,4,774人の受診者で受診率は72%.原発閉塞隅角緑内障は5名で,0.1%の有病率.(4)南アフリカの黒人における疫学調査7):Zulu地方で行われた調査で,受診者は1,005人で受診率90.1%.原発閉塞隅角緑内障の有病率は0.1%未満.(5)南インド地方,TamilNaduにおける疫学調査8):40歳以上の5,150人が受診.原発閉塞隅角緑内障は0.5%.2.原発閉塞隅角緑内障の発症頻度が中等度(0.5~1.0%以下)(1)北イタリアの白人での疫学調査9):40歳以上の対象者5,816人中,4,297人が受診し,受診率は73.9%.全緑内障有病率5.0%のうち原発閉塞隅角緑内障の有病率は0.6%.ただし,Sha?ergrade1,2の狭隅角でも隅角閉塞の既往がない症例は開放隅角緑内障に分類.(2)東アフリカのTanzaniaで行われた疫学調査10):対象者3,641人中,3,268人が受診し,受診率は90%.全緑内障有病率は4.16%で,原発閉塞隅角緑内障は0.59%.注目すべきは診断基準が変わると有病率も変化するという趣旨が記載された.(3)シンガポールにおける中国系住民の疫学調査11):40歳以上の1,717人中,1,232人が受診し,受診率は71.8%.緑内障有病率3.2%のうち原発閉塞隅角緑内障は1%.(4)日本における疫学調査・多治見スタディ3):3,021人の住民の受診(78.1%の受診率)で,全緑内障有病率5%のうち原発閉塞隅角緑内障有病率は0.6%.(4)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007???3.原発閉塞隅角緑内障の発症が高頻度(1.0~2.0%)(1)北モンゴルにおけるモンゴル人の疫学調査12):40歳以上の住民1,000人中,942人が受診(受診率94.2%).原発閉塞隅角緑内障は14名で,有病率は1.4%.Occludableangleの頻度は6.4%〔PACG(原発閉塞隅角緑内障):1.4%+PAC(原発閉塞隅角症):1.9%+PACS(原発閉塞隅角疑い):3.1%〕であった.また原発閉塞隅角緑内障の14症例は全例,無症状であった.(2)南インドのハイデラバードで行われた疫学調査13):30歳以上の2,522人が受診し,受診率は85.4%.40歳以上に換算すると原発閉塞隅角緑内障の有病率は1.08%,原発閉塞隅角緑内障を含まないPACは2.21%.(3)グリーンランドのエスキモーの調査14):原発閉塞隅角緑内障は1.5%の頻度.疫学調査ではない.地域の病院受診者で原発閉塞隅角緑内障と診断された患者数と背景人口で推定された値.(4)南中国のリアン地方の疫学調査15,16):50歳以上の1,504人の参加(75.3%の受診率)で,全緑内障は3.8%,原発閉塞隅角緑内障は1.5%.注目すべきは全例に隅角鏡検査を施行し,PACSは11.0%,PACは2.4%.4.原発閉塞隅角緑内障の発症がきわめて高頻度(2.0%~)(1)北西アラスカのエスキモーでの疫学調査17):2,500人の対象者で受診者は1,923人,受診率は84%(内1,686人のエスキモーが検討対象).40歳以上の2.65%が原発閉塞隅角緑内障.Occludableangleは全体では2.8%だが,50歳以上では17%に達する.(2)南アフリカ,西ケープタウンのMamre地区の疫学調査18):40歳以上の1,194人中,987人(受診率82.7(5)表1閉塞隅角緑内障の有病率人種/民族報告者報告年国・地方対象年齢(歳)受診者数(受診率)PAC(PACS)AACGPACGアジアShiose2)1991日本40~8,126(50.5%)男性0.64%女性1.79%─0.34%Yamamoto3)2005日本多治見40~3,021(78.1%)1.3%(3.4%)─0.6%Foster11)2000シンガポール中国系40~1,232(71.8%)─61%Foster12)1996モンゴル40~942(94.2%)(6.4%)21.4%Dandona13)2000南インド30~2,522(85.4%)2.21%─1.08%He15)2006中国50~1,504(75.3%)2.4%81.5%Salmon18)1993南アフリカインド系混血40~987(82.7%)(9.0%)02.3%Ramakrishnan8)2003南インド40~5,150──0.5%ヒスパニックQuigley6)2001アリゾナ州40~4,774(72%)──0.1%白人Wensor5)1998オーストラリア─3,271(83%)──0.06%Boromi9)1998イタリア40~4,297(73.9%)──0.6%Klein4)1992ウィスコンシン州43~844,9260.9%20.04%黒人Rotchford7)2002南アフリカZulus1,005(90.1%)──<0.1%Buhrman10)2000東アフリカTanzania40~3,268(90%)──0.59%イヌイットArkell17)1987北西アラスカ40~1,923(84%)(17%)82.65%Cox19)1984アラスカ40~34,144(全住民)─422.12%Drance20)1973カナダ40~377──2.9%Alsbirk14)1971グリーンランド40~──1.5%PAC(PACS):原発閉塞隅角症(原発閉塞隅角疑い),AACG:急性閉塞隅角緑内障(症),PACG:原発閉塞隅角緑内障.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007%)が受診.原発閉塞隅角緑内障の頻度は2.3%(定義は異なる,視神経・視野の障害は必須でない).Sha?ergrade1は9%.この地区はほとんどが南東アジア人種(南インド)およびその混血.(3)アラスカにおけるエスキモーの閉塞隅角緑内障の調査19):40歳以上の閉塞隅角緑内障患者(急性,慢性,間歇性,閉塞隅角眼を含めているが,視神経・視野障害の記載なし)から発症頻度を推定.有病率は2.12%.アラスカに住む34,144人のエスキモー住民のなかで閉塞隅角緑内障の病歴・通院歴のある患者を調べた.(4)カナダにおけるエスキモーの閉塞隅角緑内障頻度20):40歳以上の377人の調査で原発閉塞隅角緑内障有病率は2.9%.視神経・視野障害は含まれない.眼圧上昇あるいはその既往のある患者のみ対象.IV同一民族,人種における原発閉塞隅角緑内障の発症頻度の地域差閉塞隅角緑内障の発症頻度にこれまでの報告から人種差,民族差があることは明らかである.しかしながら同一の民族や人種のなかでの地域的な差はあるのであろうか.ここではいくつかの同一民族あるいは人種で行われた調査の結果についてまとめてみる.(1)イヌイット:Dranceによりカナダにおけるエスキモーの原発閉塞隅角緑内障の発症頻度は40歳以上では2.9%と報告された20).アラスカのエスキモーではCoxは同様に2.12%と報告している19).Alsbirkはグリーンランドエスキモーは40歳以上の女性で2.1%,40歳以上の男性で0.9%,全体で1.5%であったと報告した14).しかしながら本格的な疫学調査として行われたArkellの北西アラスカの調査では原発閉塞隅角緑内障は2.65%の有病率が報告されており17),グリーンランドエスキモーを除いては2%以上の非常に高い有病率であることが改めて明らかとなった.(2)アフリカ黒人:黒人を比較した検討としてZuluとTanzaniaで行われている.南アフリカのZuluでは原発閉塞隅角緑内障の有病率はきわめて低く,0.1%未満で7),一方,東アフリカのTanzaniaでは中等度の発症頻度である0.59%であった10).(3)インド:南インドではTamilNadu7)では0.5%,ハイデラバード13)では1.08%であった.興味深い点は民族的に近縁の南アフリカ西ケープでは2.1%の有病率が報告された点である18).原発閉塞隅角緑内障の有病率が民族差ばかりでなく地域的な違いがあることが明らかである.(4)白人:一般に白人は原発閉塞隅角緑内障の発症頻度が低く,ほとんどの報告では0.1%以下である4).しかし北イタリアでの疫学調査では0.6%と報告されている9).地中海地方のラテン系の白人と北方のゲルマン,アングロサクソン系の白人では原発閉塞隅角緑内障の有病率に違いがあるかどうか,今後の検討が注目されている.(5)日本人:Shioseらの報告2)では日本全国の平均は0.34%である.注目すべきは北海道における原発閉塞隅角緑内障の発症頻度は0.86%であり,一方,熊本では0.12%と単純に比較しても約7倍程度北海道のほうが高頻度であった.多治見スタディ3)では原発閉塞隅角緑内障の頻度は0.6%であったが,これをShioseらの診断基準に準拠すると0.23%の頻度であったと述べられており,逆に多治見スタディの基準(新しい基準)で北海道の原発閉塞隅角緑内障の有病率を推計すると約2.24%となり,北海道はエスキモーと同程度の原発閉塞隅角緑内障の好発地域となる(もっとも現在の診断基準で判定すればエスキモーはいっそう高い有病率になることは疑いもない).V急性閉塞隅角緑内障の頻度急性閉塞隅角緑内障の発症頻度はその実数が比較的把握しやすく,精度も高いと考えられる.いくつかの報告を述べる.Arkellら17)の1,686人のエスキモーの調査では8人が急性発作を起こしていた.Coxの報告19)では住民34,144人のなかで42名が急性発作を起こしていた.モンゴルにおける調査12)では942人の受診者のうち原発閉塞隅角緑内障は1.4%であったが,急性閉塞隅角緑内障は2名であった.南アフリカMamreでの987人の調査18)では原発閉塞隅角緑内障は2.3%と高頻度であるにもかかわらず急性発作はいなかった.シンガポールの中国系人種1,232人のなかで急性発作は4名であった11).Heらの南中国地方では1,804人の受診者のうち(6)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007???8名が発作眼であった15).多治見スタディでは3,021人の受診者で8名が急性発作を起こしていた3).年間で人口比当たりの急性閉塞隅角緑内障の発症頻度に関しては,Erieらのミネソタでの検討(96%が白人)では年間10万人で3.6人の発症頻度であったと報告した21).Seahらはシンガポールで1年間の急性発作の頻度を前向き調査で行い,発症者数189人,計208眼であり,人口10万人に12.2の高頻度であり,特に中国系で有意に高頻度であったと報告している22).沖縄では年間約200人弱が発作を起こしていることがアンケート調査で推計されており(人口130万人),人口10万人に15.4の高頻度であった23).VI疫学調査の問題点東アフリカのTanzaniaにおける緑内障の疫学調査で,それまで原発閉塞隅角緑内障の頻度が低いと考えられてきたアフリカの黒人で0.59%とかなり高い発症頻度が報告された.そのなかで著者らはこの結果について緑内障の有病率や病型は診断基準にかなり影響を受けると述べている.一方で,開放隅角緑内障の頻度はアフリカ系のアメリカ人であまり大きな変化がなかったとも記載している.緑内障の診断基準はFosterらにより2002年に定義され,閉塞隅角緑内障においてもその詳細が記載された24).これ以降は最近の疫学調査で用いられている原発閉塞隅角緑内障の分類,すなわち,PACS,PACとPACGの概念が用いられている15,16,24,26).この定義でFosterらは東アジア人種のなかで,中国系シンガポール人およびモンゴル人でoccludableangle(PACS)の頻度,周辺虹彩前癒着の頻度,およびGON(視神経障害)の有無との関連を報告した25).閉塞隅角緑内障の病因については初めに示したように相対瞳孔閉鎖とプラトー虹彩形状が関与し,最終的には白内障の進行(水晶体厚みの増加)が引き金となり発症する.しかしながらプラトー虹彩形状に関してはこの定義では触れられていない.今後,原発閉塞隅角緑内障を定義する際に考慮する必要がある.特にこれまでの多くの疫学調査における隅角検査は細隙灯顕微鏡検査で周辺前房が狭い対象のみ(vanHerick2度あるいは1度以下)を隅角検査の対象としており,プラトー虹彩形状はその多くが見逃されている可能性もある.実際,モンゴルでの全例で隅角鏡検査を行ったFosterらの報告12)では,64人のoccludableangleのうち5名がプラトー虹彩形状であるとされた.南中国で同様に施行されたHeらの報告では,調査した50歳以上の1,330人のうち,狭隅角(PACS)が11%に観察され,そのうち10.1%がプラトー虹彩であったとしている16).多治見スタディではvanHerick法での狭隅角眼を対象として隅角鏡検査を行っており,そのなかで原発閉塞隅角緑内障と診断のついた症例にプラトー虹彩形状はなかったと報告された3).今後,緑内障の疫学調査は原発閉塞隅角緑内障の病態を考えた場合,病型を確定するうえで対象者全例に隅角鏡検査を行うことが求められる.疫学調査の対象者のなかに調査中に新たに緑内障と診断される症例が非常に多いことが明らかにされてきており,今後の疫学調査では受診者数と受診率はこれまで以上に非常に重要となってくる.多くの疫学調査では,開放隅角緑内障のみならず閉塞隅角緑内障に関しても病歴がなく,調査によって初めて診断されることが圧倒的に多いという事実がある.今後,これまでの報告に比べ閉塞隅角緑内障の有病率,さらにPACSやPACの有病率がいっそう高頻度となる可能性がある.おわりに緑内障の診断基準にGON(緑内障性視神経障害)という概念が不可欠なものであり,原発閉塞隅角緑内障についてもその概念,診断基準も含め多くの修正が行われた.緑内障疫学調査においては,この新しい閉塞隅角緑内障の診断基準の下に,病型を正確に判定するために隅角鏡検査を対象者全員に行うことが求められる.沖縄県は急性閉塞隅角緑内障の発症頻度が高く,この点からも多治見スタディに引き続き日本人における緑内障の病型別有病率を含めた地域差を検討するうえで疫学調査のフィールドとしては非常に適した地域と考えられる.沖縄県の有人離島である久米島町で2005~2006年に日本緑内障学会,久米島町役場の共催で行われた久米島スタディは,参加した対象者全員に隅角鏡検査を行っており,新しい診断基準と定義の下に行われた大規模な疫学(7)———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007調査である.多治見スタディとの比較,国際的なデータとの比較を通じて新たな閉塞隅角緑内障の疫学と病態の解明への発展が期待される.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryopen-angleinJapanese:theTajimistudy.??????????????111:1641-1648,20042)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan─Anationwideglaucomasurvey─.????????????????35:133-155,19913)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:Tajimistudyreport2.Prevalenceofprimaryangleclosureandsecond-aryglaucomainaJapanesepopulation.?????????????112:1661-1669,20054)KleinBEK,KleinR,SponselWEetal:Prevalenceofglaucoma.TheBeaverDamEyeStudy.?????????????99:1499-1504,19925)WensorMD,McCartyCA,StanislavskyYLetal:TheprevalenceofglaucomaintheMelbourneVisualImpair-mentProject.?????????????105:733-739,19986)QuigleyHA,WestSK,RodriguezJetal:Theprevalenceofglaucomainapopulation-basedstudyofHispanicsub-jects.???????????????119:1819-1826,20017)RotchfordAP,JohnsonGJ:GlaucomainZulus:apopula-tion-basedcross-sectionalsurveyinaruraldistrictinSouthAfrica.???????????????120:471-478,20028)Ram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序説:原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジ

2007年8月31日 金曜日

———————————————————————-Page1(1)???1980年代以降,すなわちレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)の普及後に眼科医になった世代にとって,原発閉塞隅角緑内障は解決済み疾患のリストに入っていたといえる.眼科医が一般に共有していた原発閉塞隅角緑内障診療の原則とは,まず第一に,原発閉塞隅角緑内障における隅角閉塞のメカニズムはほとんど瞳孔ブロックによっており瞳孔ブロック以外のメカニズムが問題となるのは例外と考えること.第二に,瞳孔ブロックを解除するためにLIを施行すれば基本的には治療完了するはずであり,LIを行っても眼圧が下降しない症例はすでに広範な周辺虹彩前癒着が生じているなどの進行例であるか開放隅角緑内障とのcombinedmecha-nismと考えること.そして,その場合にはやむをえないので濾過手術などを行う,というものであった.しかし,このような考え方は後述するような理由から改変を迫られており,原発閉塞隅角緑内障は現在の眼科学における重要なトピックスとなっている.前世紀末から今世紀初頭にかけてアジアでの緑内障疫学調査が進み,東アジアおよび南インド地域では欧米に比べて原発閉塞隅角による緑内障の頻度が非常に高く,予後も大変に悪いことが報告された.たとえば,北モンゴルの蒙古系民族とシンガポールの漢民族での調査結果を基にメタアナライシスを行ったFosterらは,中国の170万人の両眼失明者のうち91%が原発閉塞隅角緑内障によるものであり原発閉塞隅角緑内障の失明率は原発開放隅角緑内障の約3倍に上ると推計し,原発閉塞隅角緑内障は東アジアにおける失明の最大原因疾患であるとした.同時に,こうしたショッキングな調査結果を公衆衛生上のインフラやシステムの問題に帰せるのか,原発閉塞隅角緑内障を医学的にも解決済みの疾患とはできないのではないかとの疑念も上がってきた.すなわち,欧米と東アジアでは原発閉塞隅角緑内障の頻度も深刻さも大きく異なるが,隅角閉塞の病型そのものが大きく異なっていることが明らかになってきたのである.欧米における原発閉塞隅角緑内障の隅角閉塞のメカニズムについては,Ritchらは隅角閉塞の90%は瞳孔ブロックに起因すると見積もっており,こうした考え方が世界標準としてわが国にも導入された.しかし,近年,東アジアにおける原発閉塞隅角緑内障の隅角閉塞は瞳孔ブロック以外のメカニズムも大きく関与していると理解されるようになってきた.中国では原発閉塞隅角緑内障の約60%が瞳孔ブロックメカニズムにプラトー虹彩メカニズムや水晶体因子などを加えたマルチメカニズムによる隅角閉塞0910-1810/07/\100/頁/JCLS*1YasuoKurimoto:神戸市立医療センター中央市民病院眼科*2HidenobuTanihara:熊本大学大学院医学薬学研究部視機能病態学●序説あたらしい眼科24(8):985~986,2007原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジ?????????????????????????????????-????????????????栗本康夫*1谷原秀信*2———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007と報告されており,日本人を対象にした筆者らの検討結果もこれにほぼ一致する.欧米では,瞳孔ブロックによる閉塞隅角緑内障のみを“primaryangle-closureglaucoma”とし,プラトー虹彩によるものは“primaryangle-closureglaucoma”とは分別する立場をとる成書もあるが,これは少なくとも東アジアにおいては不適切である.くり返しになるが,東アジアの原発閉塞隅角緑内障は瞳孔ブロックだけでなくプラトー虹彩や水晶体因子が複合的に絡んでおり,純粋に瞳孔ブロックのみによる隅角閉塞はむしろまれといえる.原発閉塞隅角緑内障とは線維柱帯の閉塞という?nalcommonpathwayを有するいくつかの異なる病態を含むと考えるべきであろう.原発閉塞隅角緑内障の治療においては,冒頭に述べたように,隅角閉塞の機序は瞳孔ブロックによるという考え方を基にLIが第一選択治療とされてきた.LIは瞳孔ブロックを少ない侵襲で解除できる優れた治療方法であるが,最近,LI後長期間を経て発症する水疱性角膜症がわが国では大きな問題となっている.また,LIは慢性の原発閉塞隅角緑内障に対しては従来考えられていたほどの治療効果はなく,多くの症例では追加治療が必要となることもわかってきた.特に東アジアにおいては瞳孔ブロック以外のメカニズムの関与が大きいので,LIの治療効果は欧米よりも低いと考えるべきであろう.こうした事情をうけて,瞳孔ブロックだけでなくプラトー虹彩や水晶体因子にも治療効果を有する白内障手術を原発閉塞隅角緑内障治療の第一選択にするという考え方も出てきた.隅角閉塞のメカニズムの理解と併せて,治療方針の立て方についてもさらなる検討を要する課題である.わが国を含む東アジアの原発閉塞隅角緑内障については,欧米で確立された考え方をそのままあてはめるわけにはゆかない.われわれは,東アジアの実状に即した原発閉塞隅角緑内障診療の方法論を構築する必要があろう.本特集では,「原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジ」と題して,原発閉塞隅角緑内障に関する最新の論点を各分野に造詣の深い先生方にわかりやすく解説していただいた.また,症例に応じた最適の治療方針を立てるうえで,LIと白内障手術の得失を異なる立場から論じていただき,閉塞隅角緑内障の診療において必須な術式でありながら必ずしも十分に普及していない周辺虹彩切除術と隅角癒着解離術については実戦的な解説もお願いした.本特集が,変革期にある原発閉塞隅角緑内障診療の現状を理解する一助になると同時に,明日からの診療のお役にたてれば,企画者として幸甚の至りである.(2)

眼科医にすすめる100冊の本-6月の推薦図書-

2007年7月31日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007???0910-1810/07/\100/頁/JCLSつい先日の勉強会でのこと,香港貿易発展局日本主席代表古田茂美さんの講演で,『孫子』(そんし)の兵法について演者が触れました.日本でも『孫子』はよく知られており,最近ではNHKの大河ドラマ「風林火山」の中で武田軍の旗印として登場します.風林火山は『孫子』の「軍争篇」の要約であり,他には「刑篇」「勢篇」「地形篇」「九地篇」などがあります.『孫子』は,中国春秋時代の思想家孫武の作とされる兵法書.武経七書の一つであり,戦略論としての評価は非常に高く,中国人はこれを「孫子以前に兵書無く,孫子以降に兵書無し」とまで評しています.さて,その講演会で演者は,中国の教科書には『孫子』の兵法があり,子どもから大人までみんなそれを知っている,日本でもよく使われる「三十六計逃げるにしかず」は,まさに『孫子』に書かれている36の兵法を意味していると話しました.「三十六計逃げるにしかず」の意味を私はそれまで知りませんでした.先日来日した温家宝首相もこれまでの中国の対日政策とは違った印象を日本人に与えましたが,それもまさに『孫子』の兵法の中にあるものであると,演者はその兵法を紹介してくださいました.この時代に『孫子』かと思われる向きもあるかもしれませんが,実は『孫子』の兵法をよく理解しているわけではなく,『孫子』はもう古い考えだと思い込んでいるだけです.実は,戦略に関して古今東西の最良の書が『孫子』であると考えられています.クラウゼヴィッツの『戦争論』も孫子にはおよばない.ナポレオンは『孫子』を読み,実戦で生かしていたという記録があるそうです.中華的戦略戦術を知らずに,中国と付き合うのはむずかしいかもしれません.さて,本書の著者である山本七平氏は1943年に22歳で徴兵され,陸軍将校としてルソン島の攻防戦に参加,そこで終戦を迎えています.1956年「山本書店」を創立し,1970年には大ベストセラーである「日本人とユダヤ人」をイザヤ・ベンダサンの名前で出版しています.氏の思考の根底には「人間とはなにか」「日本人とはなにか」そして「日本人のつくった組織とはなにか」という問いかけが流れています.日本人のつくった組織,特に日本の軍隊,また戦争の指導者への厳しい批判があります.本書には『孫子』の兵法はお隣りの韓国では盛んに学ばれており,秀吉の朝鮮出兵の頃には,韓国のおもだった部将のほとんどは兵法のすべてを諳んじていたようです.もちろん,実践は兵法のとおりに展開するわけではありませんが,それでも秀吉が朝鮮半島から引き上げることになる背景には,日本の戦略の稚拙さ,特に海軍の整備などほとんど考えられていなかったことがあげられるでしょう.また,明の参戦も想定されていなかった.トータルに,秀吉は兵法を理解していなかった,または,「読み役,解説役」といわれる「物読み僧侶」がいなかったか,使いこなせなかったのかも知れません.家康も勉強家で兵法は学んでいたが,韓国の部将のレベルには至らなかったであろうと,氏は述べています.本書は単に『孫子』の兵法を紹介しているだけではなく,太平洋戦争における日本軍のありかたを企業のあり方と比較しています.たとえば,当時の日本軍が勝利の必須の条件としていた「愛国心」も「滅私奉公」も「必勝の信念」も,孫子はまったく触れていない.国境に近く逃げやすい地形に兵をおけば,兵はすぐに逃げて故郷に帰れるので,敵が来れば散り散りになって逃げてしまう.敵を撃滅しなければ必ず全滅してしまう位置におけば,兵は死に物狂いで戦う.『孫子』の兵法は,ある種(75)■7月の推薦図書■「孫子」の読み方山本七平著(日経ビジネス人文庫)シリーズ─75◆伊藤守株式会社コーチ・トゥエンティワン———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007エネルギーのマネジメントであり,そこには不確実な精神論は含まれません.まして,リーダーがそのあいまいな感情に浸るなど微塵もないわけです.それは,会社組織にもあてはまります.「当たって砕けろ」とか「やればできる」,これらは根拠のない精神論であり,兵法の欠落した指導者の責任逃れにすぎません.『孫子』の兵法によれば,「愛社精神」も「企業への忠誠」も求めていない.はじめからそんなことは念頭にない.孫子は,部下に対して超人的な自発的努力や能力の発揮,さらに,度はずれた勤勉さも要求していない.そんなことはあてにもしない.部下が新人類であろうがなかろうが,必ず目的を達成するのが兵法であると孫子は考えているのです.『孫子』の思想の全般的特徴?非好戦的であること…戦争を簡単に起こすことや,長期戦による国力消耗を戒める.この点について老子思想との類縁性を指摘する研究もある.「百戦百勝は善の善なるものに非ず.戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」(謀攻篇)?現実主義に立脚していること…緻密な観察眼に基づき,戦争のさまざまな様相を区別し,それに対応した記述を行う.「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」(謀攻篇)?戦争における主導性の重視…「善く攻むる者には,敵其の守る所を知らず.善く守る者は,敵,其の攻むる所を知らず」(虚実篇)そのほかに,計篇─的確な見通しの立て方作戦篇─的確な収束をこころがける謀攻篇─戦わずに勝て刑篇─敵の崩れを待つ勢篇─組織力で勢いに乗れ虚実篇─戦いは変化自在に軍争篇─相手の油断を誘え九変篇─臨機応変に対応する行軍篇─敵情をどう探るか地形篇─組織の統一に意を用いよ九地篇─部下のやる気を引き出す火攻篇─目的の達成は慎重に用間篇─諜報活動に力を入れる何千年も前につくられ,だれでも知っている孫子の兵法ですが,実のところ旧日本軍の戦争指導者は兵法を理解していなかったと氏は指摘します.孫子の兵法には,だれでも一度はどこかで触れたことがあるでしょう.日本の経営者はよく戦国時代の武将から経営のヒントを得るようですが,実はその背景には,『孫子』の兵法の思想が流れています.『孫子』の兵法がそのまま企業経営に使えるわけではありませんが,視点を変えてみれば,ずいぶん参考になる部分もあります.人生を設計するうえでも参考になると思います.これまでも『孫子』についての解説書は多々でていますが,本書は『孫子』を身近に理解できる一冊です.☆☆☆(76)

硝子体手術のワンポイントアドバイス50.ガス白内障(初級編)

2007年7月31日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007???0910-1810/07/\100/頁/JCLSはじめに有水晶体眼の硝子体手術時にガスタンポナーデを施行した場合,術後にガスによる一過性の後?下白内障(ガス白内障)をきたすことがある.最近では硝子体と白内障の同時手術を選択する術者が増えているので,ガス白内障の発生頻度は減少しているものと思われるが,その臨床的特徴については理解しておく必要がある.●ガス白内障の臨床的特徴ガス白内障は有水晶体眼に対して硝子体手術とガスタンポナーデを施行した後に高率にみられる.原因としては,眼内の気体によって後?下に浸透圧の変化が生じるためではないかと推測されている.よって,SF6(sulfurhexa?uoride)ガスやC3F8(per?uoropropane)ガスによる特異的なものではなく,通常の100%空気でも生じうる.臨床的特徴としては,羽毛様(図1)あるいは魚鱗状(図2)の空胞形成が後?下に生じ,ガスの減少とともに4~5日で消失することが多い(図3).一般に,水晶体後面の残存硝子体皮質量が少なかったり,術後に十分な伏臥位が保持できなかった場合に顕著となることが多い.●ガス白内障の予防水晶体後面の残存硝子体皮質量を多くすること,長期滞留ガスの使用を控えること,厳重な伏臥位を保持することなどが考えられるが,あくまでも網膜の復位を優先すべきである.伏臥位がほとんど保持できない症例では不可逆性の後?下白内障に進行することもある.●ガスタンポナーデ眼の再手術時の注意点有水晶体眼でガスタンポナーデ中に再?離などをきたし再手術を施行する場合,眼内の気体を灌流液に交換した途端に,上記のような後?下白内障が出現することがある.また,硝子体手術中に頻回に液?空気置換を施行するときにも同様の現象が生じる.しばらく待てば混濁(73)は軽減することもあるが,眼底の視認性が不良の場合には水晶体摘出を余儀なくされることもあるので,小児の硝子体手術などでは注意を要する.文献1)池田恒彦,田野保雄,細谷比左志ほか:ガス白内障.臨眼43:956-959,1989硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載?50ガス白内障(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1ガス白内障(羽毛様混濁)の細隙灯顕微鏡所見図2ガス白内障(魚鱗状混濁)の細隙灯顕微鏡所見図3図2の症例の4日の細隙灯顕微鏡所見ガスの減少とともに下方からガス白内障が減少してきている.術8日後には混濁は完全に消失した.

眼科医のための先端医療79.幹細胞にかかわるシグナル伝達

2007年7月31日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007???0910-1810/07/\100/頁/JCLSはじめに再生医療は不可逆的機能喪失に陥った重篤な疾患に対する根本的治療として研究が進められ,その臨床応用の確立が大いに期待されています.その一つのキーポイントとなるのが幹細胞研究です.生体には,発生過程から成体に至るまで,自己複製能,分化能をもった多種の幹細胞が存在しています.成体の臓器における機能,恒常性を維持する自己修復能を担っているのが組織幹細胞(臓器幹細胞)とよばれる細胞群からなるシステムです.幹細胞の維持,分化・増殖についての研究は,移植再生治療の基礎研究という位置づけからも,近年,急速に進められ,これまでに幹細胞の複製に関してNotch,Wnt,BMP,Shh,LIF,FGFなどのシグナルが広く複数の幹細胞システムに共通した重要な分子機構であることが知られています1).幹細胞の分化に関してもさまざまな分子の報告がなされています.幹細胞を利用する再生治療ではこれらの分化増殖にかかわるシグナルを応用制御することでより有効な移植細胞の獲得,機能発現が試みられています.本稿では,筆者らの試みと最近の知見を併せて紹介します.網膜幹細胞とWntシグナル幹細胞の特質を利用して傷害された組織を再構築させ,機能を取り戻す幹細胞移植は,角膜上皮幹(前駆)細胞で,すでに臨床応用され,成果をあげています.哺乳類の成体網膜では幹細胞となりうる細胞の存在が示唆されているものの,再生を証明する報告はなく,再生を担う幹細胞システムの働きが非常に抑制された状態にあると考えられています2).網膜移植再生治療としては胎児より得られた網膜シートを網膜色素変性症患者に移植する試みがごく限られた施設でなされていますが,その有効例はわずかな数の報告にとどまっています3).胎児組織の使用は供給や倫理的面で問題があり,これを解決しうる移植細胞源として,網膜に分化しうる幹細胞の探索が行われてきました.成体毛様体色素上皮組織に存在する細胞は,成体内で傷害された組織を補?する組織幹細胞としてのふるまいを示す報告はありませんが,単離し,増殖因子下で浮遊培養すると,増殖能,神経網膜への多分化能を有する網膜幹細胞としての性質を示す細胞を得ることができます4,5).マウスやラット,ヒト眼球にも存在し6),自己の眼球やアイバンクに提供された眼球から網膜幹細胞を得ることが可能です.しかしながら毛様体由来網膜幹細胞の増殖能は他の幹細胞に比べて低いこと,自己毛様体組織から得られる細胞の数には制限があることから,移植再生治療に応用するには細胞数を増やす手段が必須です.Wntは,ショウジョウバエの体節形成にかかわる遺伝子Winglessとマウス乳癌の原因遺伝子???-?のアミノ酸配列の相同性が高いことから命名された分泌型糖蛋白で,体軸形成,中枢神経発生,器官形成,発癌などに関与しています7).そのシグナル(69)◆シリーズ第79回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊福島美紀子(熊本大学大学院医学薬学研究部視機能病態学分野)幹細胞にかかわるシグナル伝達図1Wnt-bカテニン経路の模式図Wntの刺激のない状態では,細胞内のb-カテニンはGSK3の複合体によりリン酸化を受けて,ユビキチン化され,分解される.転写因子Lef/Tcfはb-カテニンの代わりにGrgと結合し,標的遺伝子の転写が抑制される(図左).Wntがレセプターに結合するとb-カテニンは分解が抑制され,核内へ移行する.Lef/Tcfはb-カテニンと結合することで????????や?-???などの標的遺伝子の転写を促進し,細胞周期を進行させる(図右).———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007の一つであるWnt-bカテニン経路(図1)は造血幹細胞をはじめさまざまな幹細胞の自己複製や成体海馬脳における神経再生を促進すること8)が知られています.さらにWnt分子が発生過程の網膜における未分化維持機構にかかわっていることも明らかにされていました9,10).筆者らはこれらの知見から増殖環境下の毛様体由来網膜幹細胞においてb-カテニン経路を活性化したところ,未分化性を維持したまま,増殖が促進されることを見いだしました11).b-カテニン経路の活性化は移植に十分な数の細胞を得るために???????で網膜幹細胞を増殖させる際の有用な手段の一つになることが期待されます.さらに,このWntシグナルと網膜幹細胞の組み合わせによる臨床応用可能な新しい治療として,M?llerグリアによる成体網膜幹細胞治療が開発され,期待されています12).M?llerグリアは網膜固有のグリア細胞で,ニワトリ成体網膜ではM?llerグリアが網膜幹細胞として再生にかかわることが報告されていました13).マウスやラットにおいても網膜に傷害を与えると限られた数であるもののM?llerグリアが分裂開始し,神経網膜への分化能を獲得することが示され,M?llerグリアが哺乳類の成体網膜で幹細胞の性質をもつ細胞であることが明らかにされました14).この実験系においてb-カテニン経路を活性化したところ,M?llerグリアの分裂が亢進し,これをレチノイン酸添加により視細胞に分化誘導すると外顆粒層に遊走する視細胞の数が著しく増加することが明らかにされました.この現象は網膜変性モデルの??マウス網膜においても観察され,さらに下流のシグナルを促進するGSK3b(glycogensynthasekinase3b)阻害薬投与でも同様の結果が得られました.GSK3b阻害薬は低分子化合物で薬として期待できることから難治性神経変性疾患の予防・治療薬の開発に重要な知見が得られたものとしても非常に期待されています12).網膜再生治療の今後の課題幹細胞治療の今後の課題としては,増殖させた網膜幹細胞をいかに傷害網膜内で適切に分化,統合させ,機能回復させるかという点にあります.網膜内に移植された幹細胞の分化が生体の宿主傷害網膜由来のシグナルに影響されることを筆者らも明らかにしています15)が,再生にかかわるさまざまなシグナルを明らかにし,それをいかに制御できるかが,臨床応用に向けた重要な研究課題と考えています.これまで,解析困難であったシナプス形成に関する重要な知見も,最近,網膜変性モデルでの網膜細胞移植実験で得られてきています16).網膜再生治療の臨床応用にはいまだ解決すべき問題が多く残されていますが,実現の可能性が少しずつ広がってきていることは間違いなく,今後さらに臨床応用に向けた研究の進展が望まれています.文献1)MimeaultM,BatraSK:Concisereview:recentadvancesonthesigni?canceofstemcellsintissueregenerationandcancertherapies.??????????24:2319-2345,20062)MoshiriA,CloseJ,RehTA:Retinalstemcellsandregeneration.??????????????48:1003-1014,20043)RadtkeND,AramantRB,SeilerMJetal:Visionchangeaftersheettransplantoffetalretinawithretinalpigmentepitheliumtoapatientwithretinitispigmentosa.???????????????122:1159-1165,20044)TropepeV,ColesBL,ChiassonBJetal:Retinalstemcellsintheadultmammalianeye.???????287:2032-2036,20005)AhmadI,TangL,PhamH:Identi?cationofneuralpro-genitorsintheadultmammalianeye.??????????????????????????270:517-521,20006)ColesBL,AngenieuxB,InoueTetal:Facileisolationandthecharacterizationofhumanretinalstemcells.??????????????????????101:15772-15777,20047)HopplerS,KavanaghCL:Wntsignalling:varietyatthecore.??????????120:385-393,20078)LieDC,ColamarinoSA,SongHJetal:Wntsignallingregulatesadulthippocampalneurogenesis.??????437:1370-1375,20049)KuboF,TakeichiM,NakagawaS:Wnt2binhibitsdi?er-entiationofretinalprogenitorcellsintheabsenceofNotchactivitybydownregulatingtheexpressionofpro-neuralgenes.???????????132:2759-2770,200510)KuboF,TakeichiM,NakagawaS:Wnt2bcontrolsretinalcelldi?erentiationattheciliarymarginalzone.????????????130:587-598,200311)InoueT,KagawaT,FukushimaMetal:ActivationofcanonicalWntpathwaypromotesproliferationofretinalstemcellsderivedfromadultmouseciliarymargin.??????????24:95-104,200612)OsakadaF,OotoS,AkagiTetal:Wntsignalingpro-motesregenerationintheretinaofadultmammals.???????????27:4210-4219,200713)FischerAJ,RehTA:M?llergliaareapotentialsourceofneuralregenerationinthepostnatalchickenretina.????????????4:247-252,200114)OotoS,AkagiT,KageyamaRetal:Potentialforneuralregenerationafterneurotoxicinjuryintheadultmamma-lianretina.??????????????????????101:13654-13659,200415)MawatariY,FukushimaM,InoueTetal:Preferentialdi?erentiationofneuralprogenitorcellsintothegliallin-(70)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007???repairbytransplantationofphotoreceptorprecursors.??????444:203-207,2006eagethroughgp130signalinginN-methyl-D-aspartate-treatedretinas.?????????1055:7-14,200516)MacLarenRE,PearsonRA,MacNeilAetal:Retinal(71)☆☆☆■「幹細胞にかかわるシグナル伝達」を読んで■現在,治療が最も困難な眼科領域の疾患は,緑内障や網膜変性などの神経(網膜)が傷害される疾患です.それらの治療法開発のため,遺伝子治療,人工視覚など,多くの研究がなされていますが,特に注目されているのが,網膜再生治療です.2000年に網膜幹細胞の存在が報告されて以来,網膜再生は,網膜変性疾患治療の切り札と考えられてきました.しかし,いざ臨床応用するには,治療に必要な幹細胞の量と質を得る方法が不十分,幹細胞が視細胞に分化してネットワークをつくるかどうか不明などの大きな問題がありました.そのため,網膜再生治療の実現は,当分先になるという悲観的な見方がされるようになりました.そのようななかで,最近,きわめて重要な報告がありました.一つは,2006年MacLarenらによる,視細胞前駆細胞移植によりシナプス形成を伴う網膜修復が可能であったという報告,もう一つは,本文でも紹介されている,OsakadaらによるWntシグナル調節による網膜再生亢進の報告です.網膜細胞の増殖・分裂を亢進させる因子は,今までにもFGF(?broblast-growthfactor)やインスリンなど,多くのものが知られていました.しかし,これらは,網膜細胞を増殖させるだけではなく,線維芽細胞など非網膜細胞も増殖させて,眼内増殖性病変をひき起こすので,網膜再生治療には使えませんでした.それに比べ,Wntシグナル経路の活性化は,網膜内の網膜幹細胞のみの選択的増殖が可能なので,網膜再生治療に用いることが可能です.この方法で,幹細胞が増えれば,数少ない網膜幹細胞を探し求めたり,それを移植したりする必要はありません.さらに,Wntシグナル経路の活性化は,薬物投与により可能であり,細胞移植,遺伝子治療の際に大きな問題となる外科的侵襲が不要です.これは,実際の治療では,大きなメリットとなります.本稿を書かれた福島美紀子先生たちのグループは,網膜幹細胞におけるWntシグナルの重要性を最初に見いだしました.Wntシグナルが,ヒトにおいても,網膜幹細胞再生のキーであることが証明されたら,網膜再生治療の実現は,もうすぐそこかもしれません.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二