———————————————————————-Page10910-181008\100頁JCLSではTS-1?投与開始から眼症状を自覚するまでの期間は平均3.1カ月であった2).自覚症状としては霧視が多く,羞明,流涙,異物感,開瞼困難を訴えることもある.診断のポイントは問診によって抗癌薬を内服しているかを聞き出すことと,つぎに述べる特徴的な角膜上皮障害を認めるかである.TS-1?による角膜上皮障害の特徴は両眼性であること,epithelialcrackline*1を伴うことが多いことである.結膜充血は認めず,結膜上皮障はじめに角膜に影響を及ぼす全身投与薬としては,表1のような薬剤があげられる.なかでも最近の日常診療で出会う可能性が高いのは,抗癌薬のテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合カプセル剤(TS-1?:ティーエスワン)と抗不整脈薬のアミオダロンである.特に前者は近年,涙液を介して角膜上皮障害を生じる薬剤として非常に注目されている.本稿では抗癌薬TS-1?による角膜上皮障害とアミオダロン角膜症について解説する.I抗癌薬による角膜上皮障害角膜に影響を及ぼす抗癌薬としては5-フルオロウラシル(5-FU)系の薬剤が重要であるが,そのなかで最も注意が必要なのは,TS-1?である.TS-1?は1999年に厚生省により認可された新しい経口抗癌薬であり,5-FUのプロドラッグであるテガフールに5-FUの分解酵素阻害薬ギメラシルと消化管毒性を軽減するためのリン酸オテラシルカリウムを配合したものである1)(図1).現在,国内では胃癌,結腸・直腸癌,頭頸部癌,非小細胞肺癌,手術不能または再発乳癌,膵癌で保険適用が承認されている.経口で投与でき,同じ5-FU系抗癌薬であるテガフール・ウラシル配合カプセル剤(UFT?)と比較しても高い5-FUの血中濃度が長時間得られることから,その有用性は高く,近年投与患者数が増加(2005年の年間使用患者数は約10万人)している薬剤である.眼のおもな副作用は角膜上皮障害である.筆者らの調査(27)???*YukaHosotani:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕細谷友雅:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室特集●眼科における薬剤副作用あたらしい眼科25(4):449~453,2008全身用剤による角膜障害??????????????????????????????????????????細谷友雅*表1角膜に影響を及ぼす全身投与薬角膜に沈着するもの適応症アミオダロンクロロキンクロファジミン金製剤インドメタシンナプロキセンクロルプロマジンキナクリンタモキシフェン不整脈マラリア,慢性関節リウマチHansen病慢性関節リウマチ炎症炎症精神病マラリア乳癌角膜上皮障害を起こすものフルオロウラシル製剤(5-FU)シタラビン悪性腫瘍急性白血病,膀胱腫瘍*1Epithelialcrackline:薬剤性角膜障害に特徴的な所見とされる,角膜中央やや下方に水平方向に生じるひび割れ状のラインのこと.樹枝状角膜炎と鑑別が必要であるが,terminalbulbを認めず,全体的に混濁して周辺にSPK(点状表層角膜症)を認めることが特徴である.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(28)ロジー*2による診断を兼ねた上皮?離が治療としても有効であった.本症が疑われた場合はまず内科や外科の主治医に連絡し,抗癌薬の中止が可能な状況か相談することが望ましいが,全身的な理由で投与中止が不可能な患者も多い.筆者の経験では角膜上皮障害が完治した症例は,薬剤投与が中止できた症例,あるいはUFT?への変更を行った症例に限られていた.以下に代表的な症例を示す.〔症例1〕72歳,男性.胃癌術後の肝転移に対してTS-1?が投与され,投薬開始より9カ月後に左眼の羞明,かすみを訴え受診した.視力はVD=0.3(0.7×sph-2.25D?cyl-3.00DAx65?),VS=0.5(矯正不能)であり,両眼に角膜上皮障害を認めた(図3a~d).右眼には角膜中央の一部を除いて,輪部を含むほぼ全面に角膜上皮障害を認め,左眼にはepithelialcracklineを伴う角膜全面の上皮障害を認めた.高度の角膜上皮障害を呈することとは対照的に,両眼ともに結膜上皮障害,充血を認めなかった.涙液中5-FUのwashoutを目的とした防腐剤フリーの人工涙液頻回点眼などの治療を行った.TS-1?内服は全身的な必要性から続行された.点眼で一時所見が改善し,自覚症状も軽減したが再度増悪し,治癒を得られないまま永眠された.害がないことも特徴である.上皮の異形成をきたし,不正乱視による視力低下を伴う症例や涙小管狭窄を呈する症例も報告されている.筆者の経験では,上下眼瞼に隠れた部分の角膜にのみ変化を認める症例があり,一見して片眼性の病変と思われても,僚眼の眼瞼に隠れた部分にも病変がないかをしっかりと観察することが必要である.鑑別疾患として,点眼薬による角膜上皮障害やドライアイがあげられるが,前者は詳細な問診を行うことで鑑別可能である.後者は結膜上皮障害を伴うことが多いこと,ドライアイでは涙液減少を認めるが,TS-1?による角膜上皮障害では涙液量は十分であることから鑑別可能である.発症の機序としては,涙液中に分泌された5-FUが角膜上皮細胞を障害すると考えられる(図2).5-FUは細胞のDNA,RNA合成を阻害することで抗腫瘍効果を発揮するが,角膜上皮の基底細胞は活発に分裂しているため,この細胞分裂が阻害されて角膜上皮障害をきたす.また,外傷などで広範囲に角膜上皮が障害されると輪部の幹細胞の分裂が活発になることが知られているが,幹細胞の位置する輪部上皮基底細胞にも増殖抑制が生じていることが推察される.治療は防腐剤を含まない人工涙液を1日6~10回点眼し,眼表面に滞留する5-FUを洗い流すのが基本である.ヒアルロン酸点眼液は,薬剤の眼表面での滞留時間を延長させる可能性があり,筆者は使用していない.上皮の異形成を認めた症例では,インプレッションサイト*2インプレッションサイトロジー:眼表面の細胞診の方法である.セルロース膜を用いて角膜や結膜の最表層上皮を採取し,PAS(過ヨウ素酸フクシン)染色などを行う.図1TS-1?の特徴テガフールは体内で5-FUに分解される.ギメラシルは5-FUの分解を抑制し,高い5-FU血中濃度を維持することが可能である.テガフール:5-FUのプロドラッグギメラシル:5-FUの分解酵素阻害薬オテラシルカリウム:消化管での5-FU活性抑制⇒消化管毒性軽減この3剤の合剤抗癌作用↑テガフール5?FU体内での分解が阻害され血中5-FU濃度が上昇ギメラシル(=分解阻害薬)体内で分解———————————————————————-Page3図3症例1の初診時前眼部写真a:右眼.矯正視力は0.7で結膜充血を認めない.b:右眼のフルオレセイン染色.中央部を残しほぼ全域に角膜上皮障害を認める.c:左眼.視力0.5(矯正不能)で結膜充血を認めない.d:左眼のフルオレセイン染色.全面に角膜上皮障害を認めepithelialcracklineを伴う.(文献2より)〔症例2〕65歳,男性.胃癌術後の再発予防にTS-1Rが投与されており,投薬開始より4カ月後に両眼のかすみを訴えて受診した.視力はVD=1.0(矯正不能),VS=0.4(1.0p×sph-0.25D..cyl-2.00DAx100°)であり,両眼にepithelialcracklineを伴う角膜上皮障害を認めた(図4a~d).両眼ともに結膜上皮障害,充血は認めなかった.TS-1Rの内服を中止し,人工涙液の頻回点眼を行ったところ,所見と自覚症状は改善した.〔症例3〕74歳,女性.胃癌術後の再発予防にTS-1Rが投与されており,投薬開始より5カ月後の近医受診時,左眼の角膜上方に点状表層角膜症を認めた.投薬開始14カ月後には両眼の角膜に点状表層角膜症を伴う,フルオレセイン染色性の異なる地図状の異常上皮を認め(図5a,b),視力障害も出現した.TS-1Rの投与を中止し,人工涙液の頻回点眼を行ったが,2カ月待っても視力改善が得られないため,兵庫医科大学病院眼科を受診した.視力はVD=0.5(1.0×cyl-1.50DAx60°),VS=0.1(矯正不能).異常上皮による角膜不正乱視を認めた(図6).輪部は保たれており,結膜充血を認めなかった.治療を兼ねてインプレッションサイトロジーを施行した.処置後,異常上皮の範囲は縮小し,視力も改善した.異常上皮の起源が角膜上皮か結膜上皮かを同定することはできなかった.IIアミオダロン角膜症アミオダロン(アンカロンR)は,難治性不整脈に優れた効果を示す治療薬であり,1962年に開発されて以来,現在でも頻用される治療薬である.しかし,眼科的には———————————————————————-Page4図4症例2の初診時前眼部写真a:右眼.視力は1.0で結膜充血を認めない.b:右眼のフルオレセイン染色.Epithelialcracklineを伴う角膜上皮障害を認める.c:左眼.矯正視力1.0pで結膜充血を認めない.d:左眼のフルオレセイン染色.Epithelialcracklineを伴う角膜上皮障害を認める.図5症例3の前眼部フルオレセイン染色写真角膜にフルオレセイン染色性の異なる地図状の異常上皮を認める.a:右眼.矯正視力は1.0.b:左眼.視力は0.1(矯正不能).———————————————————————-Page5図6症例3のフォトケラトスコープ写真図7アミオダロン角膜症角膜の下方2/3に集束する褐色の色素沈着を認める.異常上皮の存在する部分に一致して,マイヤーリングの乱れを認める.左眼は中央のリングにも乱れを認める.有名な角膜症をはじめ,白内障,視神経症などの合併症が報告されており,視力低下の原因となることもある.このうち角膜症は,アミオダロン投与開始1~3カ月後に出現し,発症率は約6~9割といわれている.両眼性で,角膜下方1/3の上皮内に褐色の線状色素沈着を認める4,5)(図7).角膜上皮の基底細胞内にリポフスチンを含む沈着物が認められるが,発症機序はいまだ不明である.自覚症状はほとんどないことが多く視力も低下しないが,まれに羞明,色視症,虹視症を訴えることがある.診断のポイントは薬剤内服歴の聴取である.初期のアミオダロン角膜症は,健常者にみられるHudson-Stahli線との鑑別がむずかしいことがあるが,アミオダロン角膜症の色素沈着は『猫ひげ状』あるいは『箒で掃いたような』と表現され,Hudson-Stahli線よりも細かい分岐が多い.経過とともに角膜中央よりもやや下方に中心をもつ渦状,放射線状の色素沈着がみられるようになる.鑑別疾患としてFabry病,他の薬剤性角膜障害などがあげられるが,家族歴の有無や内服既往歴の聴取が鑑別に役立つ.色素沈着のみで特に症状がなければ,経過観察としてよい.通常は角膜症のみでは視力低下はきたさないが,視力障害を認める場合は視神経症を合併していないか注意が必要である.角膜の色素沈着はアミオダロン内服を中止すると軽減する.稿を終えるにあたり,ご校閲いただいた市立豊中病院眼科部長細谷比左志先生および三村治教授に深謝いたします.文献1)ShirasakaT,ShimamotoY,OhshimoHetal:Developmentofanovelformofanoral5-fluorouracilderivative(S-1)directedtothepotentiationofthetumorselectivecytotoxicityof5-fluorouracilbytwobiochemicalmodulators.AnticancerDrugs7:548-557,19962)細谷友雅,外園千恵,稲富勉ほか:抗癌薬TS-1Rの全身投与が原因と考えられた角膜上皮障害.臨眼61:969-973,20073)EsmaeliB,GolioD,LubeckiLetal:Canalicularandnasolacrimalductblockage:anocularsideeffectassociatedwiththeantineoplasticdrugS-1.AmJOphthalmol140:325-327,20054)川本晃司,近間泰一郎,西田輝夫:日常みる角膜疾患アミオダロン角膜症.臨眼60:672-674,20065)金井要,村山耕一郎,米谷新:生体共焦点顕微鏡を用いたアミオダロン角膜症の観察.臨眼56:1094-1098,