———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS網膜再生と幹細胞網膜を含めた中枢神経系はいちど障害されるとその神経細胞は再生されず,失われた機能を取り戻すことができないと考えられてきました.しかし近年,神経幹細胞が胎生期ばかりでなく,ヒトを含む成体哺乳類動物の脳にも存在することが明らかになるにつれ,中枢神経系においても幹細胞システムを駆使して組織学的に再生させようという試みがなされ始めました.網膜再生の分野については,すでにアメリカを中心に胎児網膜を用いて網膜色素変性や加齢黄斑変性の患者に対して移植が数十例行われており,結果が報告されつつあります1).しかしながら胎児網膜を用いることには倫理的な問題があり,また供給に限りがあるため均一な移植細胞を十分得ることはむずかしく一般的な治療とはなりえません.そこで幹細胞が今後の細胞移植源として期待されています.幹細胞の視細胞分化への試み2000年にvanderKooyらのグループは,成体マウスの毛様体上皮細胞にneurosphereを形成する網膜幹細胞が存在することを報告しました2).ただ視細胞を含む網膜細胞に分化する割合は非常に低く,移植に使える量ではありません.さらに,毛様体の患者からの採取には危険を伴います.一方,Harutaらは成体ラットの虹彩細胞に注目し,虹彩培養細胞に視細胞の分化に重要な役割を果たすホメオボックス型の転写因子であるCrxをレトロウイルスを用いて遺伝子導入したところ,効果的にロドプシン陽性細胞を得ることができました3).加えて,霊長類であるサルの虹彩組織からもロドプシン陽性細胞が得られることを見出しました4).虹彩は周辺虹彩切除術により視機能に影響することなく,安全に組織を得ることができ,自家移植が可能であります.しかし臨床応用を考えた場合,レトロウイルスで導入するかぎりrandominte-grationによる危険性が残るため,今後遺伝子導入の方法あるいは遺伝子導入によらない方法を開発する必要があります.胚性幹細胞(ES細胞)については,複数のグループで視細胞の誘導に成功しています5)が,拒絶反応や腫瘍形成,視細胞の純化など越えなければならない壁はまだ多いのが現状です.網膜の内在性幹細胞中枢神経機能再生の方法には細胞移植のほかにもう一つのアプローチとして,中枢神経に内在している神経幹細胞を賦活して中枢神経の再生を促す方法があります.下等動物ではさまざまな組織幹細胞が網膜を再生することがわかっています(図1).魚類や両生類ではciliarymarginalzone(CMZ)とよばれる毛様体辺縁部に網膜幹細胞が存在し,体の成長にあわせて網膜も成長させています.哺乳類でも毛様体辺縁部から網膜幹細胞の性質をもった細胞がneurosphere法により培養可能です2)が,実際に生体内でこれらの細胞が網膜再生に関与しているかは不明です.イモリなどの両生類では網膜障害時に網膜色素上皮細胞が分化転換によって網膜を再生させます.魚類では網膜外層に視細胞杆体前駆細胞の存在が知られています.そして近年,鳥類を用いた実験でM?ller細胞が内在性網膜幹細胞としての性質をもつことが報告されました6).2001年Rehらのグループは,ニワトリ網膜に急性障害を与えると,網膜内のM?ller細胞が分裂を始め網膜神経幹細胞特異的な遺伝子を発現(83)◆シリーズ第69回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊大音壮太郎(兵庫県立尼崎病院眼科)網膜の内在性幹細胞毛様体辺縁部魚類,両生類哺乳類網膜内魚類(杆体前駆細胞)鳥類・哺乳類(M?ller細胞)網膜色素上皮両生類図1さまざまな網膜の内在性幹細胞———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006し,一部は神経特異的なマーカーを発現したと報告しました.つまり網膜中のM?llerグリア細胞が網膜幹細胞としての性質をもつわけです.そこで筆者らは,網膜の内在性神経幹細胞は成体の哺乳類でも存在するのか,また網膜の神経幹細胞が成体でも存在しているならば,何らかの因子を投与し,幹細胞を活性化させ,神経を再生できないかということを検討しました7).ラット網膜での急性障害後の神経再生?-methyl-D-aspartate(NMDA)を6~7週齢の成体ラットの硝子体中に投与し,網膜内層に急性の障害を起こしました.網膜障害後分裂細胞をラベルするためbromo-deoxyuridine(BrdU)を硝子体中および腹腔内に投与し,免疫組織化学により細胞の分裂を調べました.すると網膜障害後2日目に内顆粒層に分裂細胞がみられ,これらはすべてM?ller細胞であることがわかりました.このM?ller細胞由来の分裂細胞は神経前駆細胞様の性質を獲得し,時間経過とともに一部は外顆粒層に遊走しました.そして網膜障害後2~4週間において,M?ller細胞由来の分裂細胞の一部は双極細胞および視細胞に特異的なマーカーを発現し,M?ller細胞から網膜神経細胞へ分化したことが示唆されました.すなわちM?ller細胞は成体哺乳類網膜において内在性神経幹細胞としての性質を有しており,成体哺乳類網膜にも再生する能力があることがわかったわけです.しかしこうした神経細胞のマーカーを発現する割合は非常に低く,また神経節細胞,水平細胞,アマクリン細胞のマーカーを発現する分裂細胞はありませんでした.筆者らは哺乳類成体網膜には全種類の網膜神経細胞を分化誘導する要素が欠けているのだと考え,外的・内的因子を導入することによりM?ller細胞由来の分裂細胞の分化誘導を試みました.神経細胞の分化にかかわる外的因子であるレチノイン酸を硝子体中に投与したところ,有意に双極細胞への分化を促進することができました.またレトロウイルスベクターを用いて,網膜神経細胞の分化にかかわるbHLH型・ホメオボックス型の転写因子をM?ller細胞由来の分裂細胞に遺伝子導入したところ,アマクリン細胞・水平細胞への分化も認められ,さらにはCrx(ホメオボックス型転写因子)とNeu-roD(bHLH型転写因子)を同時に強制発現させることにより,視細胞への分化も促進することができました.以上のように,筆者らは,成体ラットの網膜において急性障害後神経再生が起こることを発見しました.さらに外的・内的因子によって再生された神経細胞の運命をある程度コントロールすることもできるわけです.新たな網膜再生治療の可能性このようにM?ller細胞は成体の網膜再生の細胞源となる可能性をもっているといえます.将来M?ller細胞は,網膜変性疾患において,薬物治療や遺伝子治療のターゲットとなるかもしれません.より効果的にM?l-ler細胞を活性化させ,さらに多くの神経細胞を生成し,神経回路網に組み込まれ機能することを示すことができれば,網膜再生治療の新たな可能性が広がることになるでしょう.文献1)RadtkeND,AramantRB,SeilerMJetal:Visionchangeaftersheettransplantoffetalretinawithretinalpigmentepitheliumtoapatientwithretinitispigmentosa.???????????????122:1159-1165,20042)TropepeV,ColesBL,ChiassonBJetal:Retinalstemcellsintheadultmammalianeye.???????287:2032-2036,20003)HarutaM,KosakaM,KanegaeYetal:Inductionofpho-toreceptor-speci?cphenotypesinadultmammalianiristissue.????????????4:1163-1164,20014)AkagiT,AkitaJ,HarutaMetal:Iris-derivedcellsfromadultrodentsandprimatesadoptphotoreceptor-speci?cphenotypes.?????????????????????????46:3411-3419,20055)IkedaH,OsakadaF,WatanabeKetal:GenerationofRx+/Pax6+neuralretinalprecursorsfromembryonicstemcells.??????????????????????102:11331-11336,20056)FischerAJ,RehTA:M?llergliaareapotentialsourceofneuralregenerationinthepostnatalchickenretina.????????????4:247-252,20017)OotoS,AkagiT,KageyamaRetal:Potentialforneuralregenerationafterneurotoxicinjuryintheadultmamma-lianretina.??????????????????????101:13654-13659,2004(84)***———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006????(85)■「網膜の内在性幹細胞」を読んで■網膜色素変性症や加齢黄斑変性など,網膜自体がダメージを受ける疾患患者は,現代の医学をもってしても,視力を回復することができません.網膜を含む中枢神経は,長い間再生しないとされていましたので,これは解決が不可能な問題と考えられていました.ところが,最近中枢神経にも再生する力があるということがわかり,網膜再生治療の研究が広く行われています.これが実用化されると,網膜色素変性症のみならず,多くの網膜疾患の治療が可能になるため,患者さんの受けるメリットには計り知れないものがあります.しかしながら,網膜再生治療の臨床応用には,解決すべきいくつかの大きな問題があります.その一つは,治療用細胞の源の問題です.視力を再生させるためには,十分量の細胞が必要ですが,それをどこに求めるかです.その問題に関して画期的な報告が,2004年に大谷篤史先生(ソーク研究所:現京都大学)からなされました.それは簡単にいうと,骨髄の幹細胞を用いて網膜変性を抑制するというものです.これは厳密には網膜再生治療ではありませんが,網膜変性症の治療としては,きわめて有効なものです.骨髄細胞は網膜細胞よりもはるかに多数存在し,取り扱いも容易ですので,この方法は網膜変性防止・再生医療を実用化へ近づけた重要なものといえます1).事実,欧米のマスメディアで大きく取り上げられ,現在世界中で行われている研究の大きな流れの一つになっています.一方,今回大音壮太郎先生が述べられているのは,別の方法です.骨髄細胞ほどではありませんが,眼球内にも多くの細胞があり,それらはすでに網膜内で存在し,活動しているので,それを視細胞に分化させて,視力再生に活用するというものです.そうすれば,視力再生に不可欠な網膜細胞同士のネットワーク化がスムーズに行われ,外から細胞を導入する際の問題点もなくなるという考え方です.具体的な方法は本文にわかりやすく述べられていますので省きますが,網膜再生という本来の目的にはこの方法が適しており,網膜変性症治療のブレークスルーになるかもしれません.特に素晴らしいのは,この研究は日本のオリジナルの研究である点です.科学には国境がないといいますが,現代において科学技術は戦略物資の一つです.わが国オリジナルの研究は少ないといわれているなかで,この研究は大きな期待を集めています.文献1)OtaniA,DorrellMI,KinderKetal:Rescueofretinaldegenerationbyintravitreallyinjectedadultbonemar-row-derivedlineage-negativehematopoieticstemcells.?????????????114:765-774,2004鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆