———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.7,20089910910-1810/08/\100/頁/JCLSシステムバイオロジーという言葉は,著者である北野宏明氏が,1996年に出版した『システムバイオロジー─生命をシステムとして理解する』(日経BP企画)のなかで初めて使っています.生理現象を理解するには,遺伝子や蛋白質を理解することは必須ですが,それらがどのように相互作用し,そのネットワークが,どのような動作原理で挙動するのかがわからなければ,その生命現象の理解は困難です.従来の分子生物学者の重鎮なら「ものを出せ」と言います.しかし,システム理解の本質は,「もの」がどう構成され,どのように「こと」が起きているかの理解にあります.分子生物学が,ある意味で「ものの科学」であるのに対して,システム生物学は「ことの科学」であるということができます.「場」の研究を長年行っている,清水博先生も「もの」ではなく「こと」という言い方をよくされます.清水先生は,ものについてどれだけ知っても,「こと」について理解できるわけではない.今ここで起こっている「こと」を知るためには,従来のものごとを理解する方法ではむずかしいと言われます.北野氏もまた,「もの」から「こと」がどう生じているかについて理解する必要があるといいます.アプローチは違いますが「もの」が何らかの作用・機能・状態・関係を起こしていくプロセスを理解するという意味では,近いものを感じます.さて本書では,生命をシステムで考える新しい思考の枠組みとして,ロバストネス“Robustness”をテーマにあげています.生物の存在する環境は常に変動しますから,このような変動に対応できる能力は,その生存と繁栄にとってきわめて重要な特徴であるといえます.ここで興味深いのは,この機能は,個別の分子や遺伝子の機能ではなく,それらが,特定のシステムを形成した結果として現れる機能だという点です.ロバストネスとは「システムが,いろいろな擾乱(じょうらん)に対してその機能を維持する能力」と考えます.ロバストネスは単に生物だけに備わったシステムではなく,たとえば飛行機にも備わっています.飛行機の場合,「どういうふうに飛びたいか」という入力があります.それに対して,フラップやラダーなどのフライト・コントロール・サーフェースとエンジン出力が調整され,「飛行経路」という結果が出てきます.しかし,それに擾乱という不測事態が加わるときに,飛行経路維持という機能のロバストネスを確保するためには,このずれを修正する必要があります.この修正は,基本的にはフィードバック制御によって行われます.このフィードバック制御には,ネガティブ・フィードバックとポジティブ・フィードバックがあり,本書ではこのことについて詳しく述べられています.また,フィードバックだけではなく,フィードフォワードについても述べられています.飛行機の場合,飛行経路の維持のために「システムの状態」と「望まれる状態」との差を,入力にフィードバックして,その差を修正する手法が取られます.つまり,ネガティブ・フィードバックとは,上に行ったら,下に行く.下に行ったら,上に行く,という具合に誤差の方向に対して反対方向(=負)に制御することからついた名前です.このネガティブ・フィードバックは,エアコンの温度調整にも使われています.もちろん,飛行機ではもう少し複雑なネガティブ・フィードバック制御が行われています.一方,ポジティブ・フィードバックは,出力が正のフィードバックを受けるので,システムの状態は一方向にどんどん偏っていきます.たとえば,生物でも同様で,炎症が起こると,それを他の免疫細胞に知らせるシグナルが出されます.そして,これを受け(87)■7月の推薦図書■したたかな生命進化・生存のカギを握るロバストネスとはなにか北野宏明+竹内薫著(ダイヤモンド社)シリーズ─83◆伊藤守株式会社コーチ・トゥエンティワン———————————————————————-Page2992あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008取った免疫細胞がその場所にきて,さらに炎症は拡大し,さらに大きなシグナルが出され,さらに免疫細胞が集まり……というフィードバックが起こるのです.この場合,炎症をひき起こした原因が除去されるタイミングで,このポジティブ・フィードバックを強力に抑えるシグナルが出され,炎症は治まっていきます.また,システム制御の方法には,フィードバック以外にも,フィードフォワード制御も用いられています.たとえば,できるだけ雨に濡れないという状態を目標にした場合,フィードバック制御では,雨に濡れ始めたら屋内に入るという制御が想定されます.これに対して,フィードフォワード制御では,雨雲が出てきたら屋内に入るという制御をすることが,一つの設定として成り立ちます.フィードバック制御では,少し雨に濡れてしまいますが,フィードフォワードでは,事前に屋内に移動するという制御によって,雨に濡れないということが可能になります.このようにして,フィードフォワードでは,列車の運転手が地震の際に,微弱振動を検出して,大きな揺れがくる前に列車を止めることで,事故を回避することもできます.さて,本書が興味深いのは,生物に関わらず,飛行機や私たちをとりまく全てのシステムは同じように「ロバストネス」をもち,それを向上させようとしている点にあります.本書は,システムバイオロジーの観点から,ロバストネスの概念に始まり,ロバストネスの進化に至っています.本書のなかではロバストネスと癌の関係についても深く洞察しています.特に興味深いのは,癌もそれ自体がロバストネスを有しており,現代の癌治療に対して,癌にもロバストネスのシステムが働いているという点にあります.最近の傾向として,科学に関する書籍は経営やITのシステム構築などに新しい視点と解釈を与えているように思います.そのなかでも本書は秀作だと思います.☆☆☆(88)