———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLSさて,細菌がその種の保存のために数を増やす活動において,付着・定着というプロセスが非常に重要である.なぜなら,彼らにはほとんど運動器官が存在せず,細胞に寄生して移動することができないので,浮遊しながら足場を求め,たまたま何かに引っかかって付着すると,必死になって定着を試みる.バイオフィルムは,この定着において活躍する,いわば“バイオの糊”なのである.2.形を変えるバイオフィルムバイオフィルムは,七変化する.Glycocalyxははじめ微小な突起を形成する(図1)が,それは次第に長さと粘性を増していき,菌同士を接着させる糊のような役割を果たす.この“糊”によって付着・定着が確実となり,細菌は安心して増殖することができる.問題は定着した後,である.仮に増殖が旺盛に行われたとしても,何らかの理由で菌数が減少する方向に向かうことがある.自然界では水などの物理的な力がそれに相当する.そんな状況に置かれたときglycocalyxは,次第に強度を増し,菌体を保護する“鎧”となる(図2).IIバイオフィルム感染症とは1.いわゆる古典的感染症細菌が生体に入ると,付着・定着し増殖して菌塊(コロニー)を形成する.これが感染の成立であり,これによって生体に炎症反応が起こることが,細菌感染症(古はじめにバイオフィルム形成が関与する感染症という概念をCostertonら1)が提唱してから,すでに20年近い年月がたった.いまやバイオフィルム感染症は,日常臨床において広く認知された疾患概念となっている.バイオフィルム感染症のなかには,バイオマテリアルが関連しているものが多く,さまざまなバイオマテリアルを使用する眼科領域においてもバイオフィルム感染症の存在が報告された2).コンタクトレンズ(CL)は眼科領域で広く用いられるバイオマテリアルの一つであるが,他のバイオマテリアルと同様に,使用したCL上に形成されたバイオフィルムに関する症例報告3,4)があり,実験的にも確認された5,6).最近馴染み深くなった疾患概念ではあるが,再度その詳細を整理するとともに,CLとの関連,そして,今後CLを取り巻く環境とどのように関わっていくかを考えてみたい.Iバイオフィルムの概念1.バイオフィルムとはバイオフィルムとは本来,細菌などの微生物が増殖をしていく過程で菌体外に産生される物質で,これは細菌の生態においてきわめて生理的で,種の保存のうえで大切な物質である.その実態はglycocalyxという菌体外多糖である.(37)???*YukoKamei:東京女子医科大学東医療センター眼科〔別刷請求先〕亀井裕子:〒116-0011東京都荒川区西尾久2-1-10東京女子医科大学東医療センター眼科特集●新しいコンタクトレンズの展望あたらしい眼科23(7):879~883,2006バイオフィルム感染症??????-?????????????????亀井裕子*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.7,2006典的感染症)の発症である(図3).感染症に対して,生体の感染防御機構が働いて細菌の攻撃に成功すると,病巣は徐々に退縮していく.2.バイオフィルムが関与する感染症しかし仮に,このような感染防御機構による細菌の撃退が不完全に終わって,細菌が「ひそかに生き残ってしまう」としたらどうだろうか.細菌を完全に撃破したと“勘違いして”いるので,すでに感染防御反応は撤収してしまっている.つまり,生体は細菌に対して無防備な状況になったことになる.この“隙”を細菌は見逃さない.再び増殖を始め,新たなコロニーをここかしこに作り始めるに違いない.バイオフィルムは実のところ,細菌同士を接着させるだけでなく,細菌が「あたかも死滅してしまった」かのように,感染防御機構を“だます”うえでも重要な役割を演じている(図3).前述のように,バイオフィルムは“糊”や“鎧”に形を変えることができ,この“鎧”こそが,感染防御機構の攻撃をかわし,その身を護るための無敵の城壁となっている.バイオフィルムに覆われたコロニーは,生存していることを気づかれないように息を潜めている.そして,感染防御機構の撤退を確認するや否や,今度は“鎧”を脱いで増殖を始める.このように,感染防御機構の手を逃れて生き延びた細菌が,増殖に適した環境では仲間を増やし,過酷な環境ではバイオフィルムに護られて増殖せずに生存するサイクルをくり返すと,生体内には慢性的な感染が持続することになる.(38)図1表皮ブドウ球菌に形成されたバイオフィルムGlycocalyxの突起(矢印*1).糸状のバイオフィルム(矢印*2)は硬く変化する(矢印*3).*1*2*3図2黄色ブドウ球菌に形成されたバイオフィルム糸状のバイオフィルム(矢印*1)は硬い膜となっている(矢印*2).*1*2図3古典的感染症とバイオフィルム感染症バイオフィルム感染症は,コロニーがバイオフィルムに覆われることで感染防御反応から逃れ,静かに増殖できる感染様式である.古典的感染症浮遊菌増殖攻撃増殖阻止死滅感染防御系/薬剤バイオフィルム静かな増殖エスケープ環境好転侵入/増殖浮遊菌バイオフィルム感染症———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.7,2006???3.バイオフィルムを作る細菌基本的に細菌はすべて,バイオフィルムを作る能力をもつ8)といわれているが,いわゆる“バイオフィルム形成能”は菌種や株によっても異なるといわれている.CL装用者に起こる角膜感染症の代表的起炎菌9)である,緑膿菌やブドウ球菌も,もちろんバイオフィルム産生能がある5~8).表皮ブドウ球菌は代表的な結膜?常在菌の一つであるが,やはりバイオフィルムを産生する5,6,8).IIIバイオフィルムとバイオマテリアルバイオマテリアルの役割は,付着・定着の足場の提供にある7).「GuidelineforthePreventionofSurgicalsiteInfection1999」には,手術部位感染(surgicalsiteinfection:SSI)の危険性は『汚染した細菌量×毒力/宿主の抵抗力』であると記されている.量的細菌汚染が組織1g当たり105以上になると,SSIはさらに著しく増加する.ところが仮にここに異物,たとえばシルク縫合糸が存在すると,組織1g当たり100個のブドウ球菌でも感染を起こしうると記載されている10).さらにバイオマテリアルには,足場として適した素材,形状がある.本来細菌は平滑な面よりもいびつな面を好む5,11).眼内レンズ(IOL)ではレンズに形成された傷,ホールやループの付け根,水晶体?に接する部分など(図4)に,バックルでは溝や内腔をもつものや,ポアが大きいラフな素材に,縫合糸ではナイロンより,シルクのような縒り糸のほうに付着しやすい(図5).涙点プラグや涙道留置用チューブは,管もしくはくぼみが存在する.構造上,ウォッシュアウトをうけにくく,内部に細菌が付着しやすい(図6).CLの表面への付着は構造的要素よりレンズ素材の荷電や傷などの影響を受ける6).このようにして定着のための足場を得た細菌は,体液によるウォッシュアウトを受けにくくなり,限りなく増殖を続けることができるのである.IVCLとバイオフィルム1.バイオフィルム形成に必要な条件細菌がCLに付着して増殖する過程で,バイオフィルムを形成することがある.CLが細菌の付着に必要な足場となっていることは間違いないが,装用中は通常,瞬(39)図4眼内レンズ上に付着した細菌図58-0シルク糸上に形成された黄色ブドウ球菌のコロニー図6涙道留置用チューブの内腔に形成された細菌の塊細菌同士が無数に付着しているのがわかる(右下は拡大図).———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.7,2006目や涙液によるウォッシュアウトを受けているので,付着することはできても盛んに増殖することがむずかしい環境であると考えたほうがよい.つまり,涙液によるウォッシュアウトが低下する環境が関与していると考えられる.実は細菌が増殖するチャンスは,必ずしも眼表面だけではない.むしろ,付着・定着と増殖は,別の場所で成立することもありうる.すなわち,非装用時,保管時の環境の問題である.保管に使用するレンズケース内で細菌が増殖すると,増殖した細菌はCL上でも増殖し,バイオフィルムを形成するに至る可能性が高い.CLにおける細菌バイオフィルム形成は,角膜に細菌感染を起こす危険性を高めるだけでなく,アカントアメーバなど他の微生物を接着させる足場となっているという報告もある12).2.CL素材の影響CLの素材によってバイオフィルム形成は異なるのであろうか.筆者らの実験6)によれば,ソフトコンタクトレンズ(SCL)がガス透過性ハードコンタクトレンズよりもバイオフィルムが形成されやすい傾向にあり,SCLに対する形成は高含水率のほうが低含水率より強かった.Bruinsmaら13)は接触角の異なる2種類のハイドロゲルSCLで緑膿菌の接着強度を比較したところ,CL表面が疎水性ほど強く接着すると報告した.Henriquesら14)は,連続装用ハイドロゲルSCLと終日装用ハイドロゲルSCLとで緑膿菌と表皮ブドウ球菌の接着能を比較したところ,連続装用ハイドロゲルSCLにおける接着のほうが終日装用ハイドロゲルSCLにおけるそれよりも強い傾向にあり,連続装用ハイドロゲルSCLが疎水性で終日装用ハイドロゲルSCLが親水性であることに起因すると述べている.Catalanottiら15)も,SCLと表皮ブドウ球菌と黄色ブドウ球菌のスライム産生能を調べた報告のなかで,レンズ表面が疎水性であるほど産生能が高いと報告した.CL素材と細菌の接着能やバイオフィルム形成との関連は,種々の報告があるものの,CLに含まれる微量素材の違いや,表面の帯電,その他,さまざまな要因が関与している可能性があり,一定の傾向を導き出すに至っていない.今後のさらなる検討が待たれるところである.3.レンズケアの影響レンズケアは,CLに付着した細菌を除去するために必要な作業であるが,この作業が十分に行われない場合,残存した細菌が増殖してバイオフィルムを形成しやすくなると考えられる.Grayら16)は,回収したレンズケースで微生物の混入が確認されたもののうち,75%が過酸化水素消毒後のケースであったと報告した.したがって,仮にCL自体に付着した細菌をほぼ100%除去できたとしても,レンズケース内で保管している間に,ケースに付着して増殖した9,17)細菌がCLに付着して増殖し,ケース内でバイオフィルムを形成する18)可能性がある.Vバイオフィルム対策1.細菌の除去微量の菌でもCLに残存していれば,増殖してバイオフィルムを形成するきっかけとなる.まずは,確実に菌を減らすための手段として,こすり洗いと消毒によって100%除去を目指す.2.レンズケースの管理消毒後のケース内は無菌ではない16).過酸化水素消毒は,ケース内で中和が完了すると消毒効果がなくなる19)ので,時間の経過とともに細菌が増殖することが知られている.一方,マルチパーパスソリューションは,ケース内に消毒薬が充?された状態で保管されるものの,菌種によっては増殖を抑えられないことがある.したがって,レンズケースは常に洗って乾かし,定期的に交換することが推奨される16,20).3.素材の開発細菌が付着しにくい素材の検討が行われているが,種々の報告12~15)があるものの,付着阻止100%と保障された素材がない.今後の開発が待たれる.(40)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.7,2006???(41)4.薬剤の開発現在上市されているケアソリューションには,界面活性剤を使用することで細菌の増殖抑制を図るものが多い.SCLのケアには消毒用剤を用いるが,消毒効果が高い薬剤は細胞毒性が高く,角結膜障害が少ない消毒剤は消毒効果に問題があるなど,それぞれに利点・欠点がある.ケアに用いるソリューションにバイオフィルム形成を抑える作用をもつ物質として,非ステロイド系消炎剤(サリチル酸ナトリウム21),ジクロフェナク22)など)の効果が報告されているが,消毒剤以外の成分が消毒剤を補うだけの効果があるのか,さらなる検討が必要であろう.おわりにCLは常に細菌汚染にさらされており,バイオフィルム感染症発症の危機にあるといって過言ではない.新しい素材やケア用品の開発は,CLユーザーに利益をもたらしている一方で,細菌汚染のリスクを高めている可能性もある.今後,細菌汚染を防止してバイオフィルム形成を抑制するような,優れた素材が出てくることを期待したいところではあるが,まずは微生物学の基本に立ち,細菌を付着させないための最大の努力を怠らないことが重要である.付着した細菌を完全に除去すること(CLの洗浄,消毒),さらには再付着を防止すること(レンズケースの管理)が2本柱である.すなわち,レンズケアこそバイオフィルムの形成を阻止する最も重要な対策といえる.文献1)CostertonJW,ChengKJ,GesseyGGetal:Bacterialbio?lmsinnatureanddiseases.??????????????????41:435-464,19872)ElderMJ,StapletonF,EvansEetal:Bio?lm-relatedinfectionsinophthalmology.???9:102-109,19953)SlusherMM,MyrikQN,LewisJCetal:Extended-wearlenses,bio?lm,andbacterialadhesion.????????????????105:110-115,19874)工藤昌之,針谷明美,上野聰樹ほか:連続装用コンタクトレンズに観察された細菌バイオフィルム.臨眼56:1129-1132,20025)林立飛,宮尾洋子,三田哲子ほか:眼科医療材料のバイオフィルム形成.あたらしい眼科13:1885-1889,19966)亀井裕子,栗原理恵,三田哲子ほか:コンタクトレンズにおけるバイオフィルム形成.日コレ誌39:143-147,19977)小林宏行:細菌バイオフィルムの臨床.臨床科学30:931-937,19948)秋山尚範,鳥越利加子,森下佳子ほか:皮膚科領域のbio-?lm感染症.化学療法の領域10:1489-1494,19949)原二郎,秦野寛:コンタクトレンズと感染.あたらしい眼科12:883-337,199510)MangramAJ,HoranTC,PearsonMLetal:Guidelineforpreventionofsurgicalsiteinfection,1999.?????????????????????????????20:247-278,199911)山本直樹,高坂昌志,井上孝ほか:眼内レンズにおける実験的バイオフィルムの形成.生物試料分析22:157-162,199512)SimmonsPA,TomlinsonA,SealDV:TheroleofPseudo-monasaeruginosabio?lmintheattachmentofAcantham-oebatofourtypesofhydrogelcontactlensmaterials.?????????????75:860-866,199813)BruinsmaGM,vanderMeiHC,BusscherHJ:Bacterialadhesiontosurfacehydrophilicandhydrophobiccontactlenses.????????????22:3218-3224,200114)HenriquesM,SousaC,LiraMetal:AdhesionofPseudo-monasaeruginosaandStaphylococcusepidermidistosili-cone-hydrogelcontactlenses.?????????????82:446-450,200515)CatalanottiP,LanzaM,DelPreteAetal:Slime-produc-ingStaphylococcusepidermidisandS.aureusinacutebacterialconjunctivitisinsoftcontactlenswearers.?????????????28:345-354,200516)GrayTB,CursonsRT,SherwanJFetal:Acanthamoeba,bacterial,andfungalcontaminationofcontactlensstoragecase.???????????????79:601-605,199517)WilsonLA,SawantAD,SimmonsRBetal:Microbialcon-taminationofcontactlensstoragecasesandsolutions.???????????????110:193-198,199018)針谷明美,工藤昌之,上野聰樹ほか:ガス透過性ハードコンタクトレンズのレンズケースのバイオフィルムの観察.臨眼55:485-488,200119)亀井裕子:コールド消毒の利点と欠点.あたらしい眼科15:311-316,199820)亀井裕子:コンタクトレンズケアの指導要領.月刊眼科診療プラクティス4:62-63,200121)FarberBF,HsiehHC,DonnenfeldEDetal:Anovelantibio?lmtechnologyforcontactlenssolutions.??????????????102:831-836,199522)PerilliR,MarzianoML,FormisanoGetal:Alternationoforganizedstructureofbio?lmformedbyStaphylococcusepidermidisonsoftcontactlenses.??????????????????49:53-57,2000