成人の近視と長期予後近視性黄斑症管理の最前線CurrentStrategiesfortheManagementofMyopicMaculopathy塩瀬聡美*はじめに近年,世界的に近視人口は増加しており,とくにアジア諸国では,若年成人の90%が近視であるといわれている.変性近視は視力障害の2位(Beijingスタディ)や,近視性黄斑変性は失明原因の上位(多治見スタディ)など,近視が視力障害の重要な原因であることは多数報告されている.しかし,すべての近視が矯正視力を障害するわけではなく,「矯正視力の低下を起こすもの」=「病的近視」であり,そのなかでも失明の原因となる病態は,おもに近視性黄斑症,近視性視神経症,近視性牽引黄斑症である.本稿では,これらのうち「近視性黄斑症」についてとりあげる.I病的近視とは病的近視とは,遺伝・環境などから発生する進行性の眼球延長によって,さまざまな合併症を生じ,矯正視力の低下をきたすものである.従来,その定義は,屈折値や眼軸長をもとになされ報告されてきたが,強度近視であっても必ずしも合併症,視力障害をきたすとは限らず,病的近視に対する適切な定義が必要となっていた.国際的に統一した基準を定める目的で行われた2015年の病的近視の国際メタ解析スタディ(Meta-AnalysisforPathologicMyopiastudy:META-PM)において,はじめて「病的近視」=びまん性萎縮以上の近視性黄斑症を有する近視,もしくは後部ぶどう腫を有する近視,と定義された1).II近視性黄斑症とは近視性黄斑症は近視に伴う網脈絡膜病変であり,前述のMETA-PMにおいて,定義,明示された(図1).長期経過においてカテゴリー0からカテゴリー4へと進行していく.またどのカテゴリーの段階においても生じる病変がプラス病変で,カテゴリー2以上とプラス病変が病的近視の定義に入る.III近視性黄斑症の有病率久山町研究によると,わが国での近視性黄斑症の有病率は40歳以上の1.7%であった.また,有病率は2005年,2012年,2017年にかけて徐々に増加しており,40代,50代,60代,70代と,加齢とともに増加することが報告されている2).IV近視性黄斑症の分類1.びまん性萎縮(カテゴリー2)初期は視神経周囲がメインの黄色調の萎縮(乳頭周囲びまん性萎縮)だが,進行すると後極全体に萎縮が広がる(黄斑に及ぶびまん性萎縮).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で観察すると,脈絡膜は非常に菲薄化しているが,びまん性萎縮だけで視力は障害されず,維持していることが多い.FangらはsweptsourceOCTを用いて,乳頭周囲びまん性萎縮の目安を中心窩から3,000μm鼻側の脈絡膜厚<56.5μm,*SatomiShiose:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕塩瀬聡美:812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(45)183category0近視性黄斑症なしcategory1紋理眼底病的近視mentepithelium:RPE)や視細胞も消失する.この病変が中心窩に及べば黄斑部萎縮(カテゴリー4)となり,高度の視力障害を起こすが,この病変自体は通常,黄斑部から離れる方向に拡大癒合するので,黄斑部に及ぶことは少ない4).3.黄斑部萎縮(カテゴリー4)①限局性萎縮(カテゴリー3)が拡大・癒合し黄斑部に至るもの,②硝子体手術後,③近視性黄斑新生血管(macularneovasculalization:MNV)の萎縮期,などの成因による黄斑部萎縮がある.①の限局性萎縮は,通常,黄斑から離れる方向に拡大し,黄斑部に至ることはまれとされているので,病的近視眼の黄斑部萎縮はほとんど③の近視性MNV関連の黄斑部萎縮である.4.プラス病変a.Lacquercracks眼軸延長に伴ってBruch膜が線状,機械的に断裂することで起こる眼底の黄色線状病変である.新しいlac-quercracksが生じると単純型黄斑部出血を伴うことがある.眼底は紋理眼底か軽度のびまん性網脈絡膜萎縮であることが多い.OCTではRPEの断裂および深部信号の増強を認める.b.Fuchs斑近視性MNVの萎縮期に形成される色素沈着を伴った瘢痕萎縮病巣である.病的近視眼の5.10%にみられ,MNVがBruch膜の断裂を通ってRPE下に伸展し,漿液性か出血性のRPE.離を起こし,線維瘢痕化したものである.MNVが黄斑近傍に発生しやすいため,Fuchs斑も同部位に発生し,急速に黄斑萎縮に至って視力を障害する.c.近視性MNV病的近視に合併する脈絡膜新生血管である.外来で近視に合併するMNVは時折みかけるが,すべてが近視性MNVではなく,紋理眼底(カテゴリー1)や萎縮のない(カテゴリー0)MNVは,定義上は近視性MNVではない.近視性黄斑症のカテゴリー3である限局性萎縮やlacquercracksから生じることもある.近視性黄斑症の分類ではプラス病変の一部であるが大変重要な病態である.なぜなら,カテゴリー2,3の近視性黄斑症のみでは基本的に中心視力は下がらず,高度の中心視力障害はカテゴリー4の黄斑部萎縮であること,そして,そのほぼ92.7%の原因が近視性CNVであることをFangらが報告しているからである3).ここからは,この近視性黄斑症のなかで視力低下に直結する「近視性MNV」について詳しく述べる.V近視性MNV1.近視性MNVの発症病的近視の10%に5),強度近視者の5.2.11.3%に6),一般住民の0.1%に発症し2),50歳以下の若年MNVの62%を占める7)と報告されている.平均8年で反対眼に35%発症し8),強度近視眼発症MNVの15%が両眼性である6)といわれているため,患眼のみならず反対眼のチェックも定期的に行うことが大変重要である.2.近視性MNVの発症機序近視性MNVの発症機序には機械的因子と遺伝的因子がかかわっているとされている.遺伝的因子については,MNV拡大に関する遺伝子の報告はあるものの,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)遺伝子を含めて,発生に関するはっきりした遺伝子は同定されていない.機械的因子について,もっとも有力とされているのは眼軸延長をベースとする説である.近視眼は眼軸が延長することで,RPE,Bruch膜脈絡膜が菲薄になり,脈絡膜,網膜外層が虚血に陥り,血管形成因子と抗血管形成因子とのバランスが崩れる.これに加えて眼球が引き伸ばされることでBruch膜に裂け目が生じると,その治癒反応としてその穴を通じて網膜下に新生血管ができる,という説である9).近年,このMNVは加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegen-eration:AMD)でみられるような脈絡膜血管由来ではなく,強膜を貫通した短後毛様動脈由来ではないかと報告されている10).3.近視性MNVの診断(気をつけるポイント)a.眼底AMDのMNVに比べて非常に小さな灰白色の病変で(47)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023185図2中心窩外の近視性黄斑新生血管(MNV)a:84歳,女性.左眼歪視で近医を受診したが,異常がないといわれ脳外科を紹介された.脳に異常がないのでやはり眼科ではないかといわれて脳外科から当院を紹介され受診した.視力(1.0).b:OCTで黄斑は一見,問題なさそうにみえる.Cc:造影検査を行うと黄斑の上方から蛍光が漏出していた(.).d:OCTAでも黄斑上方に血管構造がみられ(),近視性CMNVとして治療を開始した.図3単純型黄斑部出血a:35歳,女性.右眼中心暗点で受診.視力(0.8).黄斑に出血がみられる(.).b:OCTで黄斑下の隆起がみられる().c:FAで蛍光漏出はなく,インドシアニングリーン蛍光造影で出血近傍に線状の低蛍光のCBruch膜の断裂(lacquercracks,.)がある.断裂に伴った単純型黄斑部出血と考えられた.Cd:OCTAでは血管構造がみられない.Ce:経過観察にて,1カ月後には出血は自然消退し,自覚も消失した.図4抗VEGF薬投与後の近視性黄斑分離症a~c:45歳,女性.右眼近視性CMNVに対し,抗CVEGF薬をC1回投与した.視力(0.7C×sph.17.0Ccyl.0.5Ax170°).d~f:治療開始C5カ月後.FA,OCTで近視性CMNVは消失しているが,網膜分離が増悪している.その後,視力(0.5)に低下してきたため硝子体手術を施行した.眼底・FA・OCT・OCTAによる評価近視性MNV+近視性MNV-図5近視性MNVの治療ガイドライン(文献C22より改変引用)近視性CMNVのC5年成績を報告した(第C4回日本近視学会)が,いったん有意に改善した視力はC5年間維持できていたものの,徐々に治療前視力との有意差が減少していった.大石ら23)を含む他の報告でも,治療開始C3年までの視力は有意に改善していたが,4年目から視力の有意差はなくなったと述べられている.長期経過後の視力と関連ある因子については,治療前視力,MNVの面積,高齢であることなどのほかに,黄斑部の萎縮の拡大があげられており,ほとんどの報告で長期期間中に萎縮面積が拡大していくと述べられている.佐柳ら24)は,治療C1年後の経過ではあるが萎縮の拡大にはアフリベルセプト,ラニビズマブという薬剤間の有意差はなかったと報告している.さらに長期の経過の報告が待たれる.萎縮の拡大との関連因子としては投与回数,MNVの位置,MNVの面積などが報告されているものの,関連因子はないという報告もあり,明らかなコンセンサスは得られていない.随時,治療眼を自発蛍光で観察しながら,萎縮の経過を追うことが大切である.近年,この萎縮はただの網脈絡膜の萎縮だけでなく,Bruch膜の穴であることが示された25).つまり,強膜の伸展によって,穴が拡大していくことが黄斑部萎縮拡大の問題である.この萎縮に対する治療が,今後の近視性CMNV治療の視力予後を改善していくために必要と思われる.おわりに近視性黄斑症の疫学やイメージングの報告は相次ぎ,病態は少しずつ解明されている.一方,新生血管に対する治療は確立しているものの,病的近視に特異的な眼球の機械的構造の変化とそれに伴う萎縮の進行に対する治療はない.近視性黄斑症の長期マネージメントにおいて,これらに対する治療の確立こそ,患者,そして眼科臨床医が切望しているところであろう.病的近視の患者,近視性CMNVを発症した患者は大きな不安をかかえて病院を受診する.とくに若年患者はインターネットで近視性CMNVを検索し,「失明」の文字をみつけて,ナーバスになって頻繁に来院する.現状では,そのような患者に自覚症状が出てすぐ治療をすれば,ある程度急速な視力低下は防げることを伝え,患者の自覚に耳を傾けて適切な治療を提供することが大切である.文献1)Ohno-MatsuiK,KawasakiR,JonasJBetal:Internationalphotographicclassi.cationandgradingsystemformyopicmaculopathy.AmJOphthalmolC159:877-883,C20152)UedaE,YasudaM,FujiwaraKetal:Trendsintheprev-alenceCofCmyopiaCandCmyopicCmaculopathyCinCaCJapanesepopulation:TheCHisayamaCStudy.CIOVSC60:2781-2786,C20193)FangCY,CDuCR,CNagaokaCNCetal:OCT-basedCdiagnosticCcriteriaCforCdi.erentCstagesCofCmyopicCmaculopathy.COph-thalmologyC126:1018-1032,C20194)FangY,YokoiT,NagaokaNetal:ProgressionofmyopicmaculopathyCduringC18-yearCfollow-up.COphthalmologyC125:863-877,C20185)HayashiCK,COhno-MatsuiCK,CYoshidaCTCetal:Long-termCpatternCofCprogressionCofmyopicCmaculopathy:aCnaturalChistorystudy.OphthalmologyC117:1595-1611,C20106)WongTY,FerreiraA,HughesRetal:Epidemiologyanddiseaseburdenofpathologicmyopiaandmyopicchoroidalneovascularization:anevidence-basedsystematicreview.AmJOphthalmolC157:9-25,C20147)CohenSY,LarocheA,LeguenYetal:Etiologyofchoroi-dalCneovascularizationCinCyoungCpatients.COphthalmologyC103:1241-1244,C19968)Ohno-MatsuiCK,CYoshidaCT,CFutagamiCSCetal:PatchyCatrophyCandClacquerCcracksCpredisposeCtoCtheCdevelop-mentCofCchoroidalCneovascularizationCinCpathologicalCmyo-pia.BrJOphthalmol87:570-573,C20039)WongTY,Ohno-MatsuiK,LevezielNetal:Myopiccho-roidalneovascularization:CurrentCconceptsCandCupdateConCclinicalCmanagement.CBrCJCOphthalmolC99:289-296,C201510)IshidaCT,CWatanabeCT,CShinoharaCKCetal:PossibleCcon-nectionofshortposteriorciliaryarteriestochoroidalneo-vascularizationsineyeswithpathologicmyopia.BrJOph-thalmol103:457-462,C201911)YoshidaCT,COhno-MatsuiCK,CYasuzumiCKCetal:MyopicCchoroidalneovascularization:aC10-yearCfollow-up.COph-thalmologyC110:1297-1305,C200312)Ohno-MatsuiCK,CItoCM,CTokoroT:SubretinalCbleedingCwithoutchoroidalneovascularizationinpathologicmyopia.ACsignCofCnewClacquerCcrackCformation.CRetinaC16:196-202,C199613)FarinhaCCL,CBaltarCAS,CNunesCSGCetal:ChoroidalCthick-nessCafterCtreatmentCforCmyopicCchoroidalCneovasculariza-tion.EurJOphthalmolC23:887-898,C201314)WolfCS,CBalciunieneCVJ,CLaganovskaCGCetal:RADI-ANCE:aCrandomizedCcontrolledCstudyCofCranibizumabCinCpatientsCwithCchoroidalCneovascularizationCsecondaryCtoCpathologicmyopia.OphthalmologyC121:682-692,C201415)IkunoCY,COhno-MatsuiCK,CWongCTYCetal:IntravitrealCa.iberceptinjectioninpatientswithmyopicchoroidalneo-190あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(52)-