———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS加の一途をたどった.しかし,この遺伝子治療ブームの過熱とは対照的に,改善例を示すプロトコールは影を潜め,副作用を生じる症例が目立つようになった.1999年にはアデノウイルス(Ad)ベクターによる人為的ミスによる死亡事故,2002年以降にはレトロウイルスベクターによる11例中3例の白血病様症状の誘発が報告2)され,世界中の遺伝子治療関係者を震撼させた.決して十分でなかった基礎研究が問題視され,一部の臨床プロトコールは凍結し,以後遺伝子治療は暗い反省期に入った.しかしこれは人類が未経験の領域に足を踏み入れた必要な結果ともいえる.この警鐘を教訓とし,遺伝子治療は綿密な基礎研究のもと地道に進行している.当然のことながら,真に効果があり安全な治療以外は明確に淘汰される時代となったのである.2006年初頭の統計では,申請中を含めそのプロトコール数は1,145,そのうち24件の臨床研究がPhaseIII(ランダム化比較試験)に突入はじめに「遺伝子治療」という言葉を聞いて,皆さんは何を思われるだろうか?「ちょっと前までブームだったけど,下火かな」「安全性が確立できないなら,怖くて使えないよ」「本当に効果はあるの?」などという声が聞こえてきそうである.当たらずとも遠からず,といったところか.しかしその風潮のなかで,真に選び抜かれた遺伝子治療研究は確実に進歩を遂げ,一部は治療法のなかった疾患に苦しむ患者の福音となりえている.眼科領域でも加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対する遺伝子治療臨床研究プロトコールは着実に進行しており,眼科臨床の場に姿を現す未来はまったくの想像ではなさそうである.代替治療のない難治性網脈絡膜疾患の治療法として,遺伝子治療が存在価値を得る時代がはたしてやってくるのか,今回その可能性について述べてみたい.I遺伝子治療の歴史1970年,Science誌上にて遺伝子治療の可能性が示唆1)されて以後,遺伝性疾患に対する究極の治療法として注目を浴び続け,ついに1990年先天性酵素欠損であるアデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症の女児に初めて合法的な遺伝子治療が行われ,劇的な成功を収めた.改めてその効果を確信し,画期的な新治療に沸き立った研究者達は,その適応を遺伝性疾患から癌やAIDS(後天性免疫不全症候群)へと拡大させ,臨床研究件数も増(51)????*MasanoriMiyazaki&YasuhiroIkeda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕宮崎勝徳:〒812-0082福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野特集●網脈絡膜変性疾患のアップデートあたらしい眼科23(9):1161~1168,2006網脈絡膜変性疾患の治療へ向けて:遺伝子治療???????????????????????????????????????????????????????????????????????????宮崎勝徳*池田康博*:PhaseI62%(n=714):PhaseI/II20%(n=234):PhaseII14%(n=161):PhaseII/III1.0%(n=12):PhaseIII2.1%(n=24)図1現在の遺伝子治療臨床研究の進行状況———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006している3)(図1).淘汰の時代を乗り越え,本物の遺伝子治療がその潜在能力を発揮する段階にきている(表1).II眼科領域における遺伝子治療の歴史一方,眼科領域での遺伝子治療研究は出遅れ,最初にBennettらにより小動物における眼内遺伝子導入が報告されたのが1994年である4).翌年の1995年にはSaka-motoらが,増殖硝子体網膜症モデルを対象とした初の遺伝子治療結果を報告した5).以降研究は加速し,種々の疾患モデル動物を対象とした治療報告が数多くなされた.そしてついに2001年,JohnsHopkins大学においてAMDに対する臨床プロトコールが提出された6).これは,神経保護作用と血管新生抑制作用を併せもつ色素上皮由来因子(pigmentepithelium-derivedfactor:PEDF)遺伝子を搭載したAdベクターを硝子体内に投与し,眼内でPEDFを高発現させることにより,病態の主体である脈絡膜新生血管を退縮させる方法論である.2003年より開始されたPhaseⅠ臨床研究では28人の被験者を対象とし,治療経過において安全性に問題はないと報告されている7).現在はさらに軽症の20人の被験者を対象とし,PhaseIB臨床研究へ順調にステップアップしている.III遺伝子治療の位置づけと眼科領域における有用性当初,治療法のない遺伝性致死性疾患に対してのみ適応と考えられていた遺伝子治療は,その方法論が洗練されるに従い,上記変遷にみるように適応疾患・臓器を急速に拡大していった.これは,遺伝子異常の修復や正常遺伝子の補充といった「遺伝子の治療」のみならず,有効なドラッグデリバリーシステム(drugdeliverysys-tem:DDS)としての地位を確立したことを意味する.眼科領域は投与法の如何を問わず,網脈絡膜組織への薬剤移行性が低い.局所投与(点眼)ではその網脈絡膜への薬剤移行が非常に低いことが報告されている.一方,全身投与でも特に血液網膜関門の存在により,標的眼内組織で薬剤を有効濃度で作用させるためには大量投与や頻回投与が必要で,そのコスト・副作用が問題となる.そこでその活路として,眼内埋め込みデバイス,薬剤ターゲティングなど種々のDDSが考案されており,疾患によっては十分有効と考えられる.しかし網脈絡膜変性疾患は罹患期間が数年から数十年と長期であるため,いずれも反復投与を免れない.そこで標的である網脈絡膜,およびその近傍の細胞に遺伝子導入し,持続的に治療蛋白を発現・分泌させ,局所での有効濃度を維持できる遺伝子治療は特に慢性の経過をたどる変性疾患へのDDS,および治療として比較的受け入れられやすい(52)表1遺伝子治療の歴史年号遺伝子治療全体の歴史年号眼科領域における遺伝子治療1944DNAの発見1953DNAの二重らせん構造の解明1970Science誌に遺伝子治療の可能性1980サラセミアの遺伝子治療実験(米)1990ADA欠損症患者への遺伝子治療開始(レトロウイルスベクター・米)1991癌に対する遺伝子治療開始1993AIDSに対する遺伝子治療開始1994網膜への遺伝子導入(マウス・Adベクター・米)1995最初の遺伝子治療(マウス・Adベクター・米)1998遺伝子治療症例3,000例突破1999Adベクターによる死亡事故(米)2001レトロウイルスベクターによる白血病発症(仏)2001AMD患者に対する遺伝子治療臨床研究開始(Ad-PEDF硝子体内投与・米)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006????と考えられる(図2).さらに眼内への遺伝子治療では,他臓器と比較して有利な点が存在する.第1に眼球は身体表面に露出し眼内が透見可能であることから,遺伝子導入操作が容易である.第2に小臓器であることから,効果を得るために必要なベクター投与量が抑えられる,さらに第3として眼球は閉鎖系であり血液眼関門で全身の血液循環から比較的隔絶されており,投与後の全身伝播の可能性が低い,などがあげられる.これらの利点と,QOL(qualityoflife)における視機能の重要度を考え合わせると,今後網脈絡膜変性疾患への応用の可能性も十分に考えられる.IVベクターの性能と眼科領域における将来性遺伝子治療の成否の鍵を握っているのが,治療遺伝子を標的細胞に導入する「ベクター」の性能である.ウイルスが元来もつ細胞進入機構を利用したウイルスベクターと,それ以外とに大きく分けられるが,その遺伝子導入効率の高さからウイルスベクターが臨床プロトコールの約70%を占める(図3).現在レトロウイルスベクター,Adベクターが主流であるが,新規ベクターも徐々に浸透してきている.おのおのの特性を表2に示す.ヒトへの投与がなされている現段階のベクターでも,その性能は発展途上である.おしなべて,遺伝子導入効率が低く,細胞特異性に乏しく,遺伝子発現制御技術が未熟,である.現状では逆に,そのレベルのベクターでも効果が得られる疾患が遺伝子治療のよい適応となる.この原則を踏まえたうえで,その遺伝子導入・発現特性に応じた疾患選定と治療戦略を熟考する必要がある.(53)表2各種ウイルスベクターの特徴レトロウイルスベクターアデノウイルスベクターアデノ随伴ウイルスベクターレンチウイルスベクターセンダイウイルスベクター導入効率やや低い非常に高いやや低い中非常に高い導入から発現までの期間比較的速い(1週間前後)非常に速い(24時間前後)遅い(数週間前後)速い(2日前後)非常に速い(24時間前後)発現持続期間1年間以上2週間前後半年間前後1年間以上1週間前後非分裂細胞への導入-++++染色体への組込み+-±+-その他挿入変異の可能性細胞毒性免疫原性導入遺伝子のサイズ制限挿入変異の可能性国産ベクターcedbffga図2眼科領域におけるドラッグデリバリーシステムa:角膜透過製剤,b:Tenon?下(内)注入デバイス,c:硝子体注入剤,d:強膜打込製剤,e:硝子体挿入デバイス,f:経口剤からの眼内移行,g:遺伝子治療.AdenovirusRetrovirusOthersHerpessimplexvirusAdeno-associatedvirusVacciniavirusPoxvirusLipofectionNaked/PlasmidDNA図3現在の遺伝子治療臨床研究に用いられている各種ベクターの割合(数字は%)———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.23,No.9,20061.レトロウイルスベクター現在最も汎用されているベクターの一つであるが,フランスにおける造血幹細胞への???????遺伝子導入治療後に白血病が発症した事故2)の経験もあり,ややその研究は足踏み状態の感がある.遺伝子導入に際して細胞分裂を必要とするため,神経網膜のように終末分化した細胞集団への導入には不向きである.しかし,増殖硝子体網膜症や眼内悪性腫瘍など病的細胞増殖が病態の主体となる疾患では,細胞選択的に遺伝子導入が可能であり,将来的に治療として応用される可能性は依然残されていると考えられる5).2.Adベクター現在唯一眼科領域で臨床研究が進められているベクターである.発現期間が短いため網脈絡膜変性疾患にはやや不適であるが,その高い発現量と硝子体内投与でも効率的に網膜外層まで遺伝子が導入できる特性8)から,その有用性は高い.さらに問題となっていたウイルスの催炎性や細胞毒性も,ベクターの改良に伴いその安全性が向上してきた.現在進行中のAMDに対するPhaseⅠ臨床研究には,この改良型Adベクターが使用されており,ヒト硝子体内投与による重篤な副作用は現在まで生じていないと報告されている6).3.アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター比較的長期間発現すること,非分裂細胞への遺伝子導入が可能であることから,網脈絡膜変性疾患に適したベクターであると考えられる.網膜下投与では網膜色素上皮細胞と視細胞,硝子体内投与では網膜神経節細胞や内顆粒層と,投与法により幅広い細胞に遺伝子導入が可能である点9)も魅力的である.動物モデルを対象とした研究も多く報告されており有望なベクターであるが,血中での安定性が高く生殖細胞への導入が危惧されること,挿入遺伝子の大きさに制約があること,大量生産が困難であることが臨床応用への障壁となっている.4.レンチウイルスベクター非分裂細胞ヘの遺伝子導入が可能であり,ベクターゲノムが宿主染色体に挿入されるため外来遺伝子を安定かつ長期間発現させることができる.このため,慢性の経過をたどる網脈絡膜変性疾患に対する遺伝子治療用ベクターとして最適であると考えられる.しかしながら,従来のレンチウイルスベクターはヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode?ciencyvirus:HIV)を基本骨格とするため,ウイルスそのものの病原性が危惧され,いまだ臨床応用に至っていない.ベクターそのものの危険性を回避するために,自然宿主であるサルにも病原性を示さない「アフリカミドリザル由来免疫不全ウイルス(simianimmunode?ciencyvirusfromAfricangreenmonkey:SIVagm)」を基本骨格としたSIVベクターがわが国において開発され10),筆者らはこのベクターの網膜への遺伝子導入特性を以下のごとく報告した11)(図4).①ベクター注入部位に一致した網膜色素上皮細胞への遺伝子導入が可能であること.②導入早期(2日目)から遺伝子発現が認められ,少なくとも1年間の安定した発現が得られること.③網膜電図(electroretinogram:ERG)を用いた電気生理学的検討では,導入早期に一過性の電位の低下を認めるものの,導入30日後までには正常域に回復すること.④少なくとも1年間の経過観察期間において,眼球および諸臓器に悪性新生物の発生を認めないこと.以上の優れた特性を踏まえ,現在筆者らは種々の疾患モデルに対する治療実験を行っている12,13).一方,SIVベクターで唯一危惧される点は,外来遺伝子挿入による遺伝子発現の抑制や癌化である.これは前述のレトロウイルスベクターでの事故によりさらにクローズアップされている.レトロウイルスベクターでの白血病発症に関しては,①プロウイルスゲノムへの組み込みに必要なLTR(longterminalrepeat)配列の転写活性が,癌化に関与したこと,②元来アクティブな遺伝子の近傍に挿入されやすい性質をもっており,標的造血幹細胞は細胞増殖や分化に関わる遺伝子が活性化状態であること,③対象疾患が免疫不全状態であることから,発生した癌細胞を免疫学的に排除する機構が欠落していたこと,が大きな要因と考えられている.対照的にSIVベクターは,LTR配列の転写活性を排除していること(54)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006????(55)16日SIV-GFP125日365日RPERDONLSIV-nls-lacZacdeb図4SIVベクターの網膜への遺伝子導入特性SIV-nls-lacZ投与群(a,b).網膜下投与により生じた網膜?離(RD)部位に一致して,青色で示す遺伝子発現が認められ(a),その発現は網膜色素上皮細胞(RPE)に特異的である(b).ONL:外顆粒層.SIV-GFP投与群(c,d,e).同一個体による経過を観察しているが,投与365日後においても発現の低下なく,長期安定した発現が認められる.(文献11より改変)CorneaONRD図5SeV-nls-LacZ網膜下投与による遺伝子導入導入時の網膜?離(RD)部位に一致して遺伝子が導入されている.ON:視神経.(文献16より改変)———————————————————————-Page6????あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006(selfinactivation:SIN化),挿入のホットスポットを認めずランダムであること(未公表データ),筆者らが対象とする細胞が終末分化した網膜色素上皮細胞であることにより,癌化の可能性はきわめて低いと考えられている.5.センダイウイルス(SeV)ベクターセンダイウイルスの組換え技術は1996年に日本で開発され14),この組換え技術を応用したSeVベクターは純国産のウイルスベクターである15).SeVはヒトに対して病原性がなく,また感染細胞の細胞質内でゲノムの転写・複製が行われることから,ヒトに対してきわめて安全なウイルスと考えられる.眼科領域ではラット網膜色素上皮細胞への遺伝子導入を筆者らが報告している15)(図5)が,強力な遺伝子発現を示す一方で発現期間が2週間前後と短いことから,慢性の経過をたどる網膜変性疾患への応用はやや困難である.しかし安全で,感染に要する時間がきわめて短く,Adベクターを凌駕する非常に高い遺伝子導入効率・発現量をもつことから,Adベクターに取って替わる可能性を十分に秘めている.現在は免疫原性の軽減や長期発現を目指したベクターの改変が進められている17).V網脈絡膜変性疾患への適応と可能性遺伝子治療が未発達の現段階で,治療としてのコンセンサスを得るためには,対象疾患が①有効な治療法が存在しない,②視機能の悪化により,患者のQOLを著しく低下させる,③リスクを上回る有効な治療効果が期待できる,の3点を満たす必要がある.1.網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)上記条件を満たし,かつ遺伝性疾患である点で,最も遺伝子治療の対象として候補にあがる疾患である.RPは網膜のおもに視細胞(一部は網膜色素上皮細胞)の遺伝子変異により緩徐に視細胞のアポトーシス変性が進行する疾患である.その原因遺伝子はこれまで約40種類報告されており,これも氷山の一角とされている.RPにおいて遺伝子変異により誘導される視細胞のアポトーシスは,(A)必要な蛋白が生成されない,または生成量が不足することによる異常と,(B)異常蛋白が過剰に生成される異常,およびその両者に起因すると考えられる.そこで遺伝子治療のメソッドとしては,(A)に対しては①視細胞に対し正常遺伝子を導入する,(B)に対して②視細胞における異常遺伝子発現を抑制する,(A),(B)両者に対して③変性する視細胞にアポトーシス抑制遺伝子を導入する,④視細胞もしくはその近傍の細胞で神経保護因子を発現・分泌させる,の大きく4つが考えられる(図6).現在視細胞に高頻度に遺伝子導入可能なベクターが存在しないことから①,②,③が,また臨床応用を考慮した場合,すべての遺伝子異常に対応することは困難であることから①,②がその対象外となる.そこで神経栄養因子を分泌させ,広範囲の視細胞に作用させる方法論は,原因遺伝子を問わず広く治療が可能であり,将来の産業化にも有利であると考えられる.ここで現在筆者らが行っているPEDFを用いた遺伝子治療研究について紹介する.SIV-PEDFを網膜下投与し,網膜近傍で神経保護因子であるPEDFを過剰発現・分泌させ,視細胞のアポトーシスを広く抑制するメカニズムである.RPモデル動物であるRCSラットを対象とした視細胞変性抑制効果を病理組織学的ならびに電気生理学的に検討し,以下の結果を得た12)(図7).①投与後12週まで組織学的に視細胞数が保たれており,視細胞変性を抑制できた.②視細胞変性の抑制には神経保護因子であるPEDFのアポトーシス抑制が関与していた.③ERGを用いた電気生理学的検討において,機能的(56)必要な蛋白の生成不足異常蛋白の過剰生成②異常遺伝子発現の抑制④神経保護因子の導入・発現・分泌視細胞のアポトーシス死①正常遺伝子の導入③視細胞へのアポトーシス抑制遺伝子導入図6網膜色素変性に対する遺伝子治療方法———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006????にも保護効果が得られた.筆者らの施設では他のRPモデル動物においても同様の研究を進め,有効な結果が得られている.このように複数のRPモデル動物での有効性が長期確認できたことから,現在筆者らは臨床応用を目指した前臨床試験を大型動物を対象に行っている18~20).先行するAMD臨床研究が存在すること,さらにそのなかでPEDF過剰発現の安全性に関してコンセンサスが得られていることは,研究を進めるうえで追風になると考えている.2.他の網脈絡膜変性疾患今回は割愛させていただくが,加齢黄斑変性,難治性緑内障などは十分にその適応を満たし,遺伝子治療研究も盛んである.筆者らも緑内障モデル動物における有効性を確認しており(未公表データ),何らかの形で遺伝子治療がそのサポートとして役立つ可能性はあると考えている.VI網脈絡膜疾患に対する遺伝子治療の将来展望淘汰の時代に生き残れる遺伝子治療はどのようなものなのか.それは綿密な研究結果に基づいた,既存治療と比較した「有効性」と「安全性」のバランスである.いかに安全でも効果が乏しければ治療として成り立たず,逆に劇的な効果があればわずかの危険性は容認されるのである.その意味で現行の遺伝子治療は,リスクを上回る確実なベネフィットに乏しいと言わざるを得ない.まず現状の遺伝子治療全体に期待されることは,新規高性能ベクターの開発である.安全性の向上はもとより,標的細胞への効率的な導入,組織特異的な遺伝子発現と,その発現レベル制御といった基礎的技術革新が心待ちにされる.さらに臨床応用を目指すわれわれ医師に今できることは,既存のベクターでの小動物・大動物を対象とした前臨床段階における効果判定試験,安全性試験を綿密に行い,科学的な根拠に裏打ちされた質の高い成果をあげ,その情報を公正に社会に開示することである.そのうえで所属機関,および厚生労働省での十分な審査・承認を得て,初めて試験的な医療として臨床試験を実施できるのである.逆に言えば,新たな治療であればあるほどその承認に時間を要し,患者の治療として成立するために長い年月を費やさなければならないジレンマも感じる.それを打破するためにも,より効率的な研究システムと,それを推進する国や企業の受け入れ態勢も必要であろう.わが国でも,筆者らの所属する九州大学において,網膜色素変性に対する遺伝子治療臨床研究が進行している.前述した小動物での有効な治療効果をヒトで実現させるために,現在大型動物を用いた安全性試験を実施中である.2004年度までに急性毒性試験が終了し良好な(57)abSIV-hPEDFSIV-hPEDFSIV-lacZUntreatedWildtype(msec)20015010050050?VUntreated図7SIV-PEDF網膜下投与による神経保護効果生後3週齢のRCSラットの網膜下に各ベクターを投与.7週齢で評価.a:網膜組織像.SIV-hPEDF群で視細胞が有意に残存している.b:暗順応ERG.高い振幅が得られている.(文献12より改変)———————————————————————-Page8????あたらしい眼科Vol.23,No.9,2006(58)結果が得られており,長期安全性試験を実施中の段階で,明らかな有害事象は認められていない18~20).今後遺伝子治療研究を続けていくにあたり,乗り越えなければならない問題が山積している.特に網膜変性疾患は長期の緩徐な進行を示すことから,その効果(ベネフィット)を証明するために要する時間は長い.しかし,遺伝子治療でしか救えない疾患も現に存在し,網膜色素変性はその代表であると考えている.難治性網脈絡膜疾患の治療として,筆者らの進める遺伝子治療が世界に認められ,多くの患者の喜ぶ顔を引き出す一助になれば幸いである.謝辞:遺伝子治療研究の遂行に際しご指導いいただいております千葉大学大学院医学研究院の米満吉和客員教授,ならびに各ウイルスベクターを供給いただいておりますディナベック株式会社の長谷川護社長に深謝いたします.文献1)DavisBD:Prospectsforgeneticinterventioninman.????????170:1279-1283,19702)Hacein-Bey-AbinaS,vonKalleC,SchmidtMetal:AseriousadverseeventaftersuccessfulgenetherapyforX-linkedseverecombinedimmunode?ciency.????????????348:255-256,20033)JournalofGeneMedicinehomepage(http://www.wiley.co.uk/genmed/clinical/)4)BennettJ,WilsonJ,SunDetal:Adenovirusvector-mediatedinvivogenetransferintoadultmurineretina.?????????????????????????35:2535-2542,19945)SakamotoT,KimuraH,ScuricZetal:Inhibitionofexperimentalproliferativevitreoretinopathybyretroviralvector-mediatedtransferofsuicidegene.Canproliferativevitreoretinopathybeatargetofgenetherapy???????????????102:1417-1424,19956)RasmussenH,ChuKW,CampochiaroPetal:Clinicalprotocol.Anopen-label,phaseI,singleadministration,dose-escalationstudyofADGVPEDF.11D(ADPEDF)inneovascularage-relatedmaculardegeneration(AMD).?????????????12:2029-2032,20017)CampochiaroPA,NguyenOD,ShahSMetal:Adenoviralvector-deliveredpigmentepithelium-derivedfactorforneovascularage-relatedmaculardegeneration:resultsofaphaseIclinicaltrial.?????????????17:167-176,20068)SakamotoT,UenoH,GotoYetal:Retinalfunctionalchangecausedbyadenoviralvector-mediatedtransfectionofLacZgene.?????????????9:789-799,19989)AliRR,ReichelMB,ThrasherAJetal:Genetransferintothemouseretinamediatedbyanadeno-associatedviralvector.?????????????5:591-594,199610)NakajimaT,NakamuraK,IdoEetal:Developmentofnovelsimianimmunode?ciencyvirusvectorscarryingadualgeneexpressionsystem.?????????????11:1863-1874,200011)IkedaY,GotoY,YonemitsuYetal:Simianimmunode?-ciencyvirus-basedlentivirusvectorforretinalgenetransfer:apreclinicalsafetystudyinadultrats.?????????10:1161-1169,200312)MiyazakiM,IkedaY,YonemitsuYetal:Simianlentiviralvector-mediatedretinalgenetransferofpigmentepitheli-um-derivedfactorprotectsretinaldegenerationandelec-tricaldefectinRoyalCollegeofSurgeonsrats.?????????10:1503-1511,200313)MiyazakiM,IkedaY,YonemitsuYetal:SimultaneousretinalgenetransferofPEDFandFGF-2bySIVagm-basedlentiviralvectorshowssynergisticneuroprotectivee?ectinananimalmodelofretinitispigmentosa.PosterpresentedatAssociationofResearchforVisioninOph-thalmology(ARVO)AnnualMeeting,May200514)KatoA,SakaiY,ShiodaTetal:InitiationofSendaivirusmultiplicationfromtransfectedcDNAorRNAwithnega-tiveorpositivesense.?????????1:569-579,199615)HasanMK,KatoMK,ShiodaTetal:CreationofaninfectiousrecombinantSendaivirusexpressingthe?re?yluciferasegenefromthe3′proximal?rstlocus.???????????78:2813-2820,199716)IkedaY,YonemitsuY,SakamotoTetal:RecombinantSendaivirus-mediatedgenetransferintoadultratretinaltissue:e?cientgenetransferbybriefexposure.???????????75:39-48,200217)LiHO,ZhuYF,AsakawaMetal:AcytoplasmicRNAvectorderivedfromnontransmissibleSendaiviruswithef?cientgenetransferandexpression.???????74:6564-6569,200018)IkedaY,YonemitsuY,MiyazakiMetal:Apreclinicalsafetystudyofsimianimmunode?ciencyvirus(SIV)-basedlentivirusvectorforretinalgenetransferinnon-humanprimates.PosterpresentedatAssociationofResearchforVisioninOphthalmology(ARVO)AnnualMeeting,May200519)KohnoR,IkedaY,MiyazakiMetal:Systemicexamina-tionofsimianimmunode?ciencyvirus(SIV)-basedlentivi-rusvectorforretinalgenetransferinnon-humanpri-mates.PosterpresentedatAssociationofResearchforVisioninOphthalmology(ARVO)AnnualMeeting,May200520)IkedaY,YonemitsuY,MiyazakiMetal:Prolongedgeneexpressioninnon-humanprimateretinausingrecombi-nantSivagm-basedlentiviralvectors.PosterpresentedatAssociationofResearchforVisioninOphthalmology(ARVO)AnnualMeeting,May2006