あたらしい眼科Vol.23,No.3,20063590910-1810/06/\100/頁/JCLS大規模臨床試験では糖尿病網膜症の進展の予防には,厳格な血糖コントロールが重要です1)が,高血圧のコントロールも大切であることがUKPDS(UKProspectiveDiabetesStudy)により報告されました2).また,高血圧のない1型糖尿病患者でangiotensinconvertingenzyme(ACE)阻害薬であるlisinoprilが網膜症の進展を抑制することが報告され3),レニン.アンギオテンシン系(renin-angiotensinsystem:RAS)の抑制が正常血圧患者の網膜症の進展予防に有効であることが示されました(図1).さらに,angiotensinⅡtype1(AT1)受容体拮抗薬であるcandesartanを使用した大規模試験(TheDiabeticRetinopathyCandesartanTrials:DIRECT)が現在行われています4).この研究の目的の第一に,正常血圧の1型および2型糖尿病患者および血圧コントロールがされている2型糖尿病患者で,candesartanが網膜症の発症あるいは進展に有用であるか検討することがあげられ,血圧コントロール以外でのRASの役割に注目しています.しかし,RASと糖尿病網膜症の進展に関する機序については,いまだに十分な検討はされていません.網膜血流からみたRASと網膜症の関連糖尿病網膜症では,血管の形態変化が生じる前から網膜血流の低下が生じることが報告されています5,6).また,acetylcholineによる内皮依存性血管拡張反応も糖尿病患者では障害されています7).このような障害がACE阻害薬であるcaptoprilやAT1受容体拮抗薬であるcandesartanで予防できるかを正常血圧のstreptozotocin(STZ)誘発糖尿病ラットで検討したところ,投与群では,網膜血流が正常ラットと同等に保たれていました8).内皮依存性血管拡張反応も無治療の糖尿病ラットでは,濃度依存性に障害されていましたが,captoprilやcandesartanを投与された糖尿病ラットでは,正常ラットと同等に血管拡張反応が認められました8).これらのことから,RASの抑制は網膜症発症の機転となる網膜血流の障害を抑制し,血管反応を正常に保つことが示唆されました.これは,RASの抑制が,高血圧のない糖尿病患者で,血糖コントロールに影響を与えることなく,網膜症の進展を予防する機序の一つであることを示しています.血流維持の機序近年,糖尿病網膜でACEの発現が高値を示しangiotensinⅡの産生が局所的に高くなっていること9)や,網膜血管内皮細胞や周皮細胞でAT1受容体が発現していること10,11)が報告されています.AT1受容体の活性化は,diacylglycerol(DAG)/proteinkinaseC(PKC)経路を活性化し,血管収縮に働きます12,13).ACE阻害薬やAT1受容体拮抗薬で治療をした糖尿病ラットの網膜では,DAGの活性が正常と同レベルであったことから,RASの阻害がDAGによる血管収縮作用を抑制し,血流を保ったと考えられます8).今後の展望糖尿病では,高血糖によりポリオール代謝の亢進,PKCの活性化,後期糖化終末産物の蓄積などさまざまな糖代謝異常が生じます.これらはさまざまなサイトカ(79)◆シリーズ第63回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊堀尾直市(藤田保健衛生大学医学部眼科)降圧薬が糖尿病網膜症に効くの?─レニン.アンギオテンシン系の抑制─図1Renin-angiotensinsystem(RAS)と血管反応AngiotensinⅡは主としてangiotensinⅡtype1(AT1)受容体を介して血管収縮や血管新生に働く.ACE:angiotensinconvertingenzyme,ARB:angiotensinreceptorblocker,VEGF:vascularendothelialgrowthfacor,DAG:diacylglycerol,PKC:proteinkinaseC.AngiotensinⅠAngiotensinⅡAT1AT2EndothelinVEGFDAG/PKCSuperoxideironNitricoxide血管収縮血管新生血管拡張増殖抑制ACEARBACEinhibitor360あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006インやその受容体を介して,血管閉塞,血管透過性亢進,血管増殖を惹起します.今回は,RASの抑制がDAG/PKC経路を抑制し,網膜症発症を抑制することを中心に紹介しましたが,RASは他の経路にも深く関わっていることが報告されています.今後さらにRASの抑制が,血糖や血圧のコントロールに加えて,網膜症進行予防の重要な役割を担っていることが示されていくでしょう.文献1)TheDiabetesControlandComplicationsTrialResearchGroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-dependentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,19932)UKProspectiveDiabetesStudyGroup:Efficacyofatenololandcaptoprilinreducingriskofmacrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS39.BMJ317:713-720,19983)ChaturvediN,SjolieAK,StephensonJMetal:Effectoflisinoprilonprogressionofretinopathyinnormotensivepeoplewithtype1diabetes.TheEUCLIDStudyGroup.EURODIABControlledTrialofLisinoprilinInsulin-DependentDiabetesMellitus.Lancet351:28-31,19984)ChaturvediN,SjoelieAK,SvenssonA:TheDIabeticRetinopathyCandesartanTrials(DIRECT)Programme,rationaleandstudydesign.JReninAngiotensinAldosteroneSyst3:255-261,20025)FekeGT,RivaCE:LaserDopplermeasurementsofbloodvelocityinhumanretinalvessels.JOptSocAm68:526-531,19786)BursellSE,ClermontAC,AielloLPetal:High-dosevitaminEsupplementationnormalizesretinalbloodflowandcreatinineclearanceinpatientswithtype1diabetes.DiabetesCare22:1245-1251,19997)JohnstoneMT,CreagerSJ,ScalesKMetal:Impairedendothelium-dependentvasodilationinpatientswithinsulin-dependentdiabetesmellitus.Circulation88:2510-2516,19938)HorioN,ClermontAC,AbikoAetal:AngiotensinAT(1)receptorantagonismnormalizesretinalbloodflowandacetylcholine-inducedvasodilatationinnormotensivediabeticrats.Diabetologia47:113-123,20049)OkadaY,YamanakaI,SakamotoTetal:Increasedexpressionofangiotensin-convertingenzymeinretinasofdiabeticrats.JpnJOphthalmol45:585-591,200110)OtaniA,TakagiH,SuzumaKetal:AngiotensinIIpotentiatesvascularendothelialgrowthfactor-inducedangiogenicactivityinretinalmicrocapillaryendothelialcells.CircRes82:619-628,199811)OtaniA,TakagiH,OhHetal:AngiotensinII-stimulatedvascularendothelialgrowthfactorexpressioninbovineretinalpericytes.InvestOphthalmolVisSci41:1192-1199,200012)MalhotraA,KangBP,CheungSetal:AngiotensinIIpromotesglucose-inducedactivationofcardiacproteinkinaseCisozymesandphosphorylationoftroponinI.Diabetes50:1918-1926,200113)ShibaT,InoguchiT,SportsmanJRetal:CorrelationofdiacylglycerollevelandproteinkinaseCactivityinratretinatoretinalcirculation.AmJPhysiol265:E783-793,1993(80)■「降圧薬が糖尿病網膜症に効くの?」を読んで■今回は堀尾直市先生の解説により,高血圧に対する治療薬として認可され効果をあげているレニン.アンギオテンシン系の抑制薬を糖尿病網膜症の治療薬として使用するというきわめて魅力的なアイデアについてのお話です.その臨床的な効果についてはかなりポジティブな結果が報告されつつありますが,網膜症治療における作用機序解明にはまだ研究を積み重ねることが必要であることがわかりやすく解説されております.糖尿病性腎症における効果は臨床研究で検証され確認されており,血圧降下を目的としないレニン.アンギオテンシン系の抑制薬の使用が内科領域ではトピックスとなっています.腎症と網膜症とは分子病態として似通った点もあり,レニン.アンギオテンシン系が堀尾先生の解説のように網膜症の分子病態に深く関与している可能性があります.レニン.アンギオテンシン系の抑制薬が網膜症治療薬候補として有利な点はすでにほかの疾患への適応ながら治療薬として認可され,実際の診療に使われているという実績です.適応を拡大して網膜症の治療薬として使うためには安全性,有効性を含め十分な検討が必要です.われわれ臨床医としては効果が検証できれば安全性にも期待がもてますので,臨床応用が早い時期に可能ではないかと考えます.現在,糖尿病網膜症の治療は,全身管理(高血糖,高血圧など),網膜光凝固,眼局所トリアムシノロン投与,硝子体手術などの発達により,失明を回避することはかなりの確率で可能になってきました.今後,われわれ眼科医に要求されるのは失明を防ぐ眼科医療から高度な視力を保つあたらしい眼科Vol.23,No.3,2006361眼科医療へのパラダイムシフトです.このための戦略として,①糖尿病を発症する人の数をなるべく抑制する,②糖尿病を早期発見し,早期に治療する.眼科をなるべく早期に受診させる,③糖尿病網膜症の早期発見,早期治療,が考えられます.このうち,①,②はおもに内科医が担当です.③についてはもちろん眼科医が責任をもつのですが,「早期治療」にあたる軽症網膜症の進行,悪化を防ぐための眼科独自の治療薬が必須です.今回の堀尾先生の解説は,このような糖尿病網膜症診療戦略の確立のなかできわめて重要な位置を占めるものです.山形大学医学部視覚病態学山下英俊(81)☆☆☆