———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLSゲノム医科学の発展は眼科学に多大なインパクトを与えている近年ヒトゲノムが解読され,われわれがもつ遺伝子の染色体上の位置,構造,機能,個体差などの情報が加速度的に蓄積されています.この結果,生命の設計図であるゲノム情報を基盤として生命現象や病気を捉えようとする「ゲノム医科学」という新しい学問分野が創出されています.テレビや新聞でも「ゲノム」という語彙がしばしば飛び交っており,ゲノム医科学は21世紀の社会や医療に多大なインパクトを与えると考えられています.眼科領域でもヒトゲノム解読に伴い,疾患遺伝子座が位置する染色体領域を抽出すれば原因(疾患感受性)遺伝子を同定することが容易になったため,commondiseaseを含めた各種眼疾患の病因解明も急速に進みつつあります1,2).筆者らも九州大学病院倫理委員会の承認を得て,数年前よりおもに難治性の遺伝性眼疾患のゲノム解析を開始しました.これまでの解析を通して,角膜ジストロフィ,家族性滲出性網膜症や黄斑ジストロフィなどの遺伝性眼疾患は致死性のものが少ないため,決して少ないとはいえず,そのゲノムレベルの探索は,病態の正確な把握と診断の確定に有用であることがわかりました.したがって,患者様の同意とプライバシーに十二分に配慮したうえで,病因を把握しておくことは正しい診断,経過観察や治療方針の決定などに有用であると思われ,将来に導入される可能性がある再生医療や遺伝子治療の適応の決定にも必要となると考えます.角膜ジストロフィは近年最も原因遺伝子解明が進んだ眼疾患の1つである角膜ジストロフィは遺伝性,両眼性に角膜混濁を生じる疾患群で,近年原因遺伝子の解明が最も進んだ眼疾患群の1つです.約10年前に,角膜実質に種々の混濁を生じ,常染色体優性遺伝形式を示す顆粒状角膜ジストロフィ,格子状角膜ジストロフィ,Avellino角膜ジストロフィ,そしてReis-B?cklers角膜ジストロフィは同一の?????遺伝子の異なる変異により生じることが明らかになりました3).?????変異のホモ接合体はヘテロ接合体に比べ重症で4),角膜移植術や治療的レーザー角膜表層切除術後,早期に混濁が再発します5).また筆者らは,典型的な格子状病変のない角膜混濁を示す症例に対し,?????遺伝子解析により格子状角膜ジストロフィI型と診断しました(図1)6).このように遺伝子診断が角膜ジストロフィの診断確定に有用です7).しかしながら,実際の臨床の現場で遺伝子診断を行っている施設は現在のところ大学病院などに限られ,広く一般臨床に普及しているとはいえません.この理由の1つとして,臨床現場で運用できるような簡便,迅速な遺伝子診断法が確立されていないことがあげられます.現在筆者らは患(73)◆シリーズ第66回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊吉田茂生(九州大学大学院医学研究院眼科学分野)もっと速く患者様の病因を知りたい図1非典型的な所見を示す角膜ジストロフィの前眼部写真格子状病変をもたない角膜混濁を示した患者に?????遺伝子解析を行ったところ,格子状角膜ジストロフィI型に特徴的な変異を同定した.左:右眼,右:左眼.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006者様のゲノム解析にはおもにPCR(polymerasechainreaction)?ダイレクトシークエンス法を用いていますが,まだ高価で,労力も少ないとはいえず,改善の余地があると考えています.今ある基礎技術を臨床に応用し,角膜ジストロフィを迅速,正確に診断できた筆者らはこれまでの報告と同様に8),九州地方でも,?????のエキソン4と12が変異の好発部位であることを確認しました9).特にエキソン4の隣り合う塩基の変異で格子状角膜ジストロフィとAvellino角膜ジストロフィを生じるため,この部位をターゲットとして,迅速診断システムを構築できないか試みました10).近年のゲノム医科学研究の進展に伴い,既知の遺伝子型を迅速かつハイスループットで解析(タイピング)する方法として,マイクロアレイ法,Invader法,TaqManPCR法,HybridizationProbe法,MALDI-TOF/MS法など数多く開発されてきていますが,このうちLightCy-clerを使用したHybridizationProbe法に着目しました.本法では,2本の蛍光プローブによりPCRの各サイクルで蛍光をモニターし,遺伝子型のリアルタイム検出を行うことで,精度の高い遺伝子診断が可能です.また,PCR後の電気泳動は不要なため,迅速,簡便で,チューブ交換によるサンプルの取り違えや,コンタミネーションの危険もありません.筆者らはまず,?????のエキソン4と12を増幅するプライマーを設計し,おのおののPCR産物の配列内にハイブリダイズするような3?端をフルオレセインでラベルしたプローブと5?端を????????蛍光色素でラベルしたプローブを設計しました(図2A).それぞれのプライマーとプローブを1本のキャピラリーに混合し,PCR法で増幅後,蛍光シグナルをモニターしながら,温度をゆっくりと上げて融解曲線解析を行いました.すなわち,ある高温に達するとまずTm値(融解温度:プローブとその相補鎖との間で形成されるDNAハイブリッドの安定性を特徴づける)の低いほうのプローブが(74)水正常BA418G>Aホモ(Arg124His)417C>Tヘテロ(Arg124Cys)418G>Aヘテロ(Arg124His)Temperature(℃)Fluorescence-d(F2/F1)/dT5?3????????5?3????????????????????????????cggctahu変異検出プローブアンカープローブ図2LightCyclerPCRを用いた角膜ジストロフィの迅速診断システムA:?????遺伝子エキソン4のプライマーとプローブデザインの模式図.B:?????遺伝子エキソン4の融解曲線解析.野生型ホモ接合体,変異型ホモ接合体,ヘテロ接合体の判別は,融解曲線における蛍光強度の一次微分のピーク値(Tm値)を用いた.野生型に特徴的なTm値のみを示した場合は正常,変異型に特徴的なTm値のみを示した場合は変異型ホモ接合体,両方のピークを示したときはヘテロ接合体であると診断できた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???のではないかと考えています.文献1)吉田茂生,山地陽子,桑原留美ほか:遺伝子診療学14.眼科疾患(福嶋義光編).日本臨牀63(臨増):264-268,20052)吉田茂生:加齢黄斑変性の分子遺伝学.臨眼58:2063-2068,20043)MunierFL,KorvatskaE,DjemaiAetal:Kerato-epithe-linmutationsinfour5q31-linkedcornealdystrophies.?????????15:247-251,19974)MashimaY,KonishiM,NakamuraYetal:SevereformofjuvenilecornealstromaldystrophywithhomozygousR124Hmutationinthekeratoepithelingenein?veJapa-nesepatients.???????????????82:1280-1284,19985)InoueT,WatanabeH,YamamotoSetal:RecurrenceofcornealdystrophyresultingfromanR124HBig-h3muta-tionafterphototherapeutickeratectomy.??????21:570-573,20026)YoshidaS,YoshidaA,NakaoSetal:Latticecornealdys-trophytypeIwithouttypicallatticelines:roleofmuta-tionalanalysis.???????????????137:586-588,20047)YoshidaS,KumanoY,YoshidaAetal:Twobrotherswithgelatinousdrop-likedystrophyatdi?erentstagesofthedisease:roleofmutationalanalysis.???????????????133:830-832,20028)MashimaY,YamamotoS,InoueYetal:AssociationofautosomaldominantlyinheritedcornealdystrophieswithBIGH3genemutationsinJapan.???????????????130:516-517,20009)YoshidaS,KumanoY,YoshidaAetal:AnanalysisofBIGH3mutationsinpatientswithcornealdystrophiesintheKyushudistrictofJapan.????????????????46:469-471,200210)YoshidaS,YamajiY,YoshidaAetal:RapidgenotypingformostcommonTGFBImutationswithreal-timepoly-merasechainreaction.?????????116:518-524,2005解離し,フルオレセインと????????の距離が離れるため蛍光強度が急激に低下します.DNAハイブリッドにミスマッチが存在すると,完全にマッチした配列よりも解離しやすくなり,Tm値がより低い値となるため,各PCR産物のプローブに対するTm値の差から遺伝子型を検出できます.融解曲線解析で,各遺伝子型(418G>A,417C>T,1710C>T,および野生型)は異なる融解ピーク温度によって検討した66例全例で明確に区別でき,ダイレクトシークエンスによる結果と100%一致しました(図2B).血液採取から解析終了までの所要時間は約1時間30分で,PCR-ダイレクトシークエンス法が丸1日以上かかるのに比べると,迅速性や労力,コスト面で優れていると考えました.本法は正確であるため,現在日常の臨床診断に用いています.本システムにより,非典型的な臨床所見を示す?????関連角膜ジストロフィの正確な診断,?????関連角膜ジストロフィと紛らわしい角膜疾患における除外診断,さらに遺伝性角膜ジストロフィのゲノム解析に基づいた疾患単位の再分類がより容易になると考えています.現在ヒト幹細胞についての捏造疑惑が世間を騒がせており,科学者のモラルが問われていますが,これは,現代科学が実力以上に背伸びをしすぎている一面を反映しているのかもしれません.ゲノム解読を背景にした情報・技術基盤は確実に増加しており,今できる技術を有効に活用し,少しでも多くの患者様の病因をより迅速,正確に把握し,小さくても着実に前進していくことは,近未来のよりよい眼科医療に向けた,意外な近道になる(75)■「もっと速く患者様の病因を知りたい」を読んで■今回は遺伝子診断の実用化を目指す取り組みについて九州大学の吉田茂生先生にわかりやすく解説していただきました.遺伝子診断についてはこのコラムでも過去に多くの取り組みを取り上げてきましたが,検査法自体がかなりややこしく敬遠されることも多かったと思います.吉田先生は日常臨床のレベルを上げるために遺伝子診断が特別の検査法でなく,日常診療の一環として行える検査法にするために如何に効率的に遺伝子異常を検索するシステムをつくるかという先生の取り組みを紹介していただいています.われわれ臨床眼科医が貧血の有無,血糖値などを直接に測定する機会はかなり少なく,患者から採血ののち検査室に検体を送って結果を読むことで,患者の治療を行っています.これと同じような手間で遺伝子診断ができるためには,検査法が簡便になりコストを極力下げる必要があり,近年の分子生物学の進んだ技術は低コストで大量のデータ処理ができる検査システムを構築しつつあることが吉田先生の総説からよくわかります.今後はこのような検査を行い,検査結果の解釈までを医師,患者に返す医療事業が発展すると考えられます.その際に注意すべきことは,遺伝子情報のもつ意味を厳しく判断して正しく患者に伝えることです.?????の遺伝子異常により角膜ジストロフィの診断をすることはかなり近未来でできると考えられますが,その意義———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006☆☆☆(76)づけはかなりはっきりとしています.しかし,今後問題になる生活習慣病のような多因子遺伝性疾患は多くの遺伝子が関与していると考えられています.ある疾患と関連する多くの遺伝子の多型は統計学的に関連のある組み合わせを示すことは可能ですが,それがどのような臨床的な意義,意味をもつのかはまだ未解明の問題も多く,実用化にはまだ時間が必要です.しかし,このような多因子遺伝の遺伝子多型の情報からある疾患の危険性(ある遺伝子型をもっていると○○○○○になりやすいといった解釈)が出始めているのも事実です.これについてはある人の将来を予言することにもなるため,その人の人生を狂わせてしまうかもしれません.遺伝子医療に携わるわれわれ医師はこのことの重大性をいつも認識しつつ科学にまじめに向かいあうことが求められています.このような時代だからこそ高い倫理性が求められていると考えます.山形大学医学部視覚病態学山下英俊