———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.1,2006??0910-1810/06/\100/頁/JCLS天外伺朗さんは本名,土井利忠,ソニーの技術者で,CDを開発し,AIBOというロボット犬を作ったことで世界的に有名だ.日本を代表する技術者といっても過言ではないだろう.一方,天外伺朗としては,少し変わった視野のもとに活動を行っている.マハーサマーディ研究会という「いかに死ぬか」という研究会をはじめとして,さまざまな超常現象や運の研究も行っている.本のタイトルとしては『運命の法則』と,あたかもそのような法則があるように書かれているが,結論を先に言ってしまうと「いい運も悪い運も存在しないので,そんなに気にすることはない」という逆説的なメッセージが貫かれている.例をあげよう.たとえば受験生が希望の大学に入ったとしよう.これは運がいいのか?もちろんそのときは希望がかなって,とても嬉しいだろう.でも人生をトータルで考えたときには,本当にそれが良かったかどうかはわからない.希望の大学に入ったことで一流会社には入ったものの,自分が本当に望む人生とは違ったものを手に入れることになるかもしれない.一方大学に落ちたことは運が悪いのか?大学に落ちてそこでは落ち込むけれど,その後にベンチャービジネスをはじめたり,自分の好きな絵の世界に進んだりして,自分の世界を追求できるかも知れない.運命とは簡単にはわからないものだ,少なくともその瞬間には良いのか悪いのかはわからない.こういう考え方にたてば,ものすごくうまくいったときにも驕りたかぶることもなくなるし,うまくいかないときにも落ち込むことはない.しかし人生においては「運が良くてうまくいった」とか,「まったくついていない」というように物事が自分の思うようにいかない場合もある.いったい何が重要なのか?実はこれが最も大切なところなのだが「フローに乗って生きる」ということらしい.フローというのはわかりにくい概念だが,簡単に言えば,一つの仕事に熱中してそればかりやり,考えていると,フロー状態(人生の流れ?)というものが起き,人智を超えた結果が得られる.というものだ.天外さんはCDの開発や,AIBOの開発中に,このフローに入った経験があり,この状態では必要な情報は自然と手に入り,偶然によってあたかもプログラムされているかのように仕事がうまく進んでいくそうである.これを一般的な表現でいえば「最高に努力した人のもとに運は訪れる」「準備した人に風が吹く」ということになるだろう.要するに,運はただ単にやってくるものではなくて,引き寄せていくものだということになる.そのためには,心の底からその瞬間を楽しみ,熱中してやらなければならない.人智を超えた何かの力が働いていると言うのである.確かに自分自身でも,楽しみながら熱中して研究や仕事をしていたら,突然思ってもいない“いい風”が吹いてきて仕事がうまくいくことを何回も経験した.そのときは確かに無我夢中,一所懸命やっていた.うまくいったときの状況をまとめてみると,1)自分の利益とかエゴなどは忘れて熱中している2)興奮している3)絶対うまくいくと信じている4)仲間を信じているこのような状態のときにフローが起き,いわゆる“運”が訪れるというわけだ.これが“運命の法則”というわけだが,あくまで天外さんはそれでも運命にいいも悪いもないので,フローが起きた後に大きく落ち込むこともあるので気をつけなければいけないと言う.大変おもしろい考え方だと思う.自分はヨットを長くやってきたので,運を風にたとえ(69)シリーズ─61◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科■1月の推薦図書■運命の法則「好運の女神」と付き合うための15章天外伺朗著(飛鳥新社)———————————————————————-Page2??あたらしい眼科Vol.23,No.1,2006てみるとわかりやすい.風は海の上では公平に吹いている.時に強い風が吹いてくる(これをブローという.フローではないが,似ている).ちょっとしたブローならたいていの人が使えるが,あまりに強いと使い切れないので風を逃がして船を安定させる.それでも強風のためにひっくり返ってしまうこともある(沈という).しっかりと練習をして,強風を今か今かと待っているヨットマンには,この強風を使いこなすことができる.するとプレーニングが起きる.普通船は排水量に従って水を押しのけた分の浮力で浮いているが,ある程度の速度になると水中翼船のように,水の上に浮きあがることができる.このときには水の抵抗は極端に少なくなり,すばらしいスピードが出る.このプレーニングをいかに長い時間保つかがヨットレースの勝敗を決するのだ.天外さんがいう人生のフロー状態は,ちょうどこのヨットのブローによるプレーニングに似ている.そのときはいかにヨットを沈させずに,長い間プレーニングさせるかだけを考えている.エゴの入り込む余地もない生きている瞬間だ.いい運も悪い運もない.風は公平に吹くように,運も公平にやってくる.使いこなすのは僕たち自身だ.ということがとてもよくわかる本でした.(70)☆☆☆