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角膜上皮感染症

2006年3月31日 金曜日

0910-1810/06/\100/頁/JCLSsensitiveStaphylococcusaureus(MSSA),CNSはmethicillin-resistantCNS(MRCNS)とmethicillin-sensitiveCNS(MSCNS)(表皮ブドウ球菌の場合はmethicillin-resistantStaphylococcusepidermidis(MRSE)とmethicillin-sensitiveStaphylococcusepidermidis(MSSE)に分けられる(表1).一般的に,黄色ブドウ球菌は毒素産生が豊富で病原性が強く,一方のCNSは病原性に乏しい.はじめに角膜上皮は物理的なバリアとして,涙液とともに角膜の防御機構の一端を担っており,さまざまな病原体の侵入を防止している.しかしながら,ある条件下にバリアが破綻すると,病原体は角膜上皮内に侵入し,そこに留まることで感染が成立する.近年,コンタクトレンズ(CL)装用者の増加に伴い,角膜上皮感染症が日常臨床においてしばしばみられるようになった.本稿では,代表的な病原体であるブドウ球菌とアカントアメーバがひき起こす角膜上皮感染症に的を絞り,病原体の特徴,発症機転,リスクファクター,臨床所見,診断(検査や鑑別疾患),および治療方針を概説する.Iブドウ球菌角膜上皮炎1.ブドウ球菌の分類と特徴ブドウ球菌は,眼部の常在菌として最も多く検出される細菌で,コアグラーゼ(血漿を凝固させる作用のある蛋白)保有の有無で,大きくコアグラーゼ陽性および陰性ブドウ球菌の2群に分けられる.ヒト由来のコアグラーゼ陽性株は,基本的に黄色ブドウ球菌のみであるため,実際上は,黄色ブドウ球菌とコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulasenegativeStaphylococci:CNS)とに大別される.CNSの代表菌種として表皮ブドウ球菌があるが,近年はメチシリン耐性株も増加しており,メチシリンへの感受性により,黄色ブドウ球菌はmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)とmethicillin-(47)327*TakashiSuzuki&YuichiOhashi:愛媛大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕鈴木崇:〒791-0295東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):327~332,2006角膜上皮感染症CornealEpithelialInfection鈴木崇*大橋裕一*表1ブドウ球菌による角膜上皮感染症の治療メニュー*薬剤感受性試験の結果を参考にして治療を決定するMSSAもしくはMSCNSの場合局所1.キノロン系(ガチフロキサシン,レボフロキサシン)点眼2.セフメノキシム点眼もしくはスルベニシリン点眼*重症度に合わせて回数決定.重症の場合は1と2の併用.全身セフェム系薬剤内服(各抗菌薬に感受性がある場合)MRSAもしくはMRCNSの場合局所1.0.5%バンコマイシン1時間ごと点眼2.0.3%アルベカシン1時間ごと点眼3.0.5%クロラムフェニコール1時間ごと点眼(クロラムフェニコール感受性の場合)*重症度に合わせて,1~3を併用する.全身ミノサイクリン(200mg/日)内服またはST合剤(2g/日)内服(各抗菌薬に感受性がある場合)328あたらしい眼科Vol.23,No.3,20062.ブドウ球菌による角膜上皮感染症の発症機転とリスクファクターブドウ球菌は通常,結膜や眼瞼などに常在している.涙液や角膜上皮バリアなどの防御機構により侵入は阻止されているが,菌数の増加や防御機構の破綻などが重なると,感染を生じやすくなる.菌数増加のリスクファクターとしては,眼瞼炎,結膜炎,涙.炎などの外眼部感染症のほか,CLを介した汚染が考えられる.一方,防御機構破綻のリスクファクターとしては,ドライアイ,角膜上皮障害(機械的障害,再発性上皮びらん,CL装用など),およびステロイド点眼による免疫不全などがあげられる.これらのリスクファクターは複雑に絡み合っており,たとえば,アトピー性皮膚炎患者においては,眼瞼に黄色ブドウ球菌が多数常在している1)なかに,機械的刺激やアレルギー性機転による角膜上皮障害が加わり,黄色ブドウ球菌による角膜上皮感染症を起こすと想定される.3.臨床所見の特徴ブドウ球菌による角膜上皮感染症の臨床所見としては,比較的境界が明瞭で,円形もしくは楕円形の角膜上皮欠損を伴う細胞浸潤が特徴的である.ただし,前述したように,黄色ブドウ球菌とCNSでは病原性に差があるため,臨床所見も異なる.たとえば,黄色ブドウ球菌の場合には細胞浸潤の程度も強く,しばしば多発性であり,CNSの場合には,単発性浸潤であることが多い.図1aは,再発性上皮びらんの治療目的でSCLを装用していた患者に発症したMRSAによる角膜上皮感染症で,上皮びらんの辺縁部に浸潤が多発している.一方,図1bは従来型ソフトコンタクトレンズ(SCL)を3日間連続装用後に発症したCNSによる角膜上皮感染症で,角膜中央部に小円形の角膜浸潤を認める.病変も,眼瞼炎などでは眼瞼縁に一致して生じる場合が多いが,CL装用者においては,角膜中央部や周辺部など,すべての場所に認められる.なお,MRSAやMRCNSは,MSSA(48)図1ブドウ球菌による角膜上皮感染症の臨床所見a:MRSA角膜炎の1例.再発性上皮びらんの辺縁に多発する小円形の浸潤を認める.b:CNS角膜炎の1例.角膜中央部に円形の浸潤を認める.abあたらしい眼科Vol.23,No.3,2006329やMSCNSと比較して,若干病原性が低いとされる2).4.診断(検査と鑑別疾患)ドライアイや眼瞼炎,あるいはCL装用などのリスクファクターがあり,上述のようなブドウ球菌に特徴的な臨床所見を認める場合には,診断と治療とを兼ねて病巣部の擦過を行い,直接鏡検と培養検査を試みる.ブドウ球菌は外眼部の常在菌で,分離培養で検出されても原因菌としての特定はできないため,確定診断には,塗抹標本の直接鏡検にてグラム陽性球菌の存在を確認することが必要である.図2の症例は,再発性の上皮びらん部分に生じた角膜上皮感染症で,アトピー性皮膚炎を合併している.この場合,直接鏡検でグラム陽性球菌を多数認めたほか,培養検査において黄色ブドウ球菌が検出されたことから,黄色ブドウ球菌による角膜上皮感染症と診断できた.鑑別すべきものとして,ブドウ球菌やアクネ菌による眼瞼炎に伴う周辺部角膜浸潤があげられるが,結膜充血が局所的であるほか,浸潤は一定の距離を置いて輪部に平行に存在しており,上皮欠損が生じることも少ない点などが判断材料である.5.治療大部分のMSSAやMSCNSは多くの薬剤に感受性を示すため,ニューキノロン系,セフェム系,ペニシリン系などの頻回点眼が有効であるが,MRSAやMRCNSの場合には,b-ラクタム系薬剤に加え,ニューキノロン系にも高度耐性を示すことがほとんどのため,バンコマイシン点眼液やアルベカシン点眼液を自家調整し,投与する必要がある.治療メニューの一例を表1に示す.IIアカントアメーバ角膜(上皮)炎1.アカントアメーバの分類と特徴アカントアメーバは淡水や土壌中に自由生活する原虫で,水道水にも存在し,その形態には栄養体とシストの2型がある.このうちの栄養体は30~40μmで偽足とよばれる棘状の舌のようなものを有し,一方のシストは10~20μmの球状で二重の細胞壁を有する(図3).乾燥など,アメーバの発育に向かない条件では容易にシスト化し,条件が良くなれば栄養体へと復帰し増殖する.シストの薬物に対する抵抗性は強いため,感染はきわめて難治となる.アカントアメーバはその遺伝子型によって,現在のところT1~14に分類されている3).(49)図2黄色ブドウ球菌による角膜上皮感染症の一例左図:眼瞼縁に一致して,角膜に浸潤を認める.右図:角膜病巣擦過物の塗抹標本(グラム染色)にて,グラム陽性球菌を認める.5μm330あたらしい眼科Vol.23,No.3,20062.アカントアメーバ角膜炎の発症機転とリスクファクター水道水などに含まれているため,日常生活においてアカントアメーバと接する機会は多いはずであるが,感染が成立することはきわめて少ない.しかしながら,角膜から分離されたアカントアメーバにはT3,4の遺伝子型をもつものが多いことが知られており,偽足の違いなど,アカントアメーバの種類によって発症リスクに差のある可能性はある3).また,アカントアメーバが多く生息する汚水などの飛入や,アカントアメーバが多量に付着したCLの装用などでは,当然,角膜上皮との接触機会が増大するため,感染の発症リスクは高くなる.特にCLケース内にグラム陰性桿菌が繁殖すると,それを餌としてアメーバが増殖し長期間生存するという知見は病態を考えるうえで重要である4).すなわち,レンズ装用者のケア不足がアカントアメーバの汚染を増幅させ,一方で,過装用などによる角膜上皮障害が重なることにより,感染の可能性が高くなると推測される.3.アカントアメーバ角膜(上皮)炎の臨床所見アカントアメーバ角膜炎の初期には,角膜中央部の上皮内から上皮下にかけて多発性の浸潤が出現する.このとき,放射状角膜神経炎とよばれるアカントアメーバ角膜炎に特異的な所見がみられることがある.実際には,角膜神経に沿う周辺部の淡い線状の浸潤で,多くの例で多発している.この所見がみられれば,アカントアメーバ角膜炎である可能性はきわめて高いが,全例にみられるものではない点,病期が進行すると消失する点に注意が必要である.初期の所見として,今ひとつ重要なのが偽樹枝状角膜炎である.角膜中央部を走る線状の上皮病変で,ターミナルバルブはなく,盛りあがったような感じがむしろ帯状疱疹に似ている(図4).(50)図3アカントアメーバの形態左図:二重の細胞壁を認める.右図:核と棘状の偽足を認める.10μmシスト栄養体abc白矢印:多発する角膜上皮~上皮下の浸潤.黒矢印:放射状角膜神経炎.白線にて囲んだ領域:連続する上皮の不整・偽樹枝状角膜炎.図4アカントアメーバ角膜炎初期の臨床所見の代表3例(a~c)あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006331(51)4.診断(検査と鑑別疾患)角膜上皮擦過物の塗抹標本の鏡検,培養検査によるアカントアメーバの検出は,確定診断にきわめて重要である.塗抹標本の鏡検は比較的容易で,パーカーインク(KOH)染色,ギムザ染色,グラム染色,ファンギフローラ染色のいずれか,あるいは複数を用いてシストの検出を試みる5)(図5).また,診断を確実なものとするために,大腸菌塗布寒天平板培地による分離培養検査は必須である.角膜上皮内から上皮下にかけて角膜浸潤が多発する疾患との鑑別が重要であるが,CL装用者のなかには,アカントアメーバ角膜炎初期に類似の角膜病変を呈するも図5アカントアメーバ角膜炎の塗抹標本(グラム染色)二重の細胞壁を有するアカントアメーバのシストを多数認める.図6アカントアメーバ角膜炎初期の鑑別疾患a:CL過装用による角膜上皮下の浸潤.散在性の上皮下浸潤を認める.b:CL付着微生物に対する免疫性の浸潤.角膜中央部の上皮下浸潤とCLの汚染を認める.c:実質型角膜ヘルペス.角膜中央部と周辺部に上皮下浸潤を認める.abc332あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006(52)のもあり,注意が必要である.また,CLを装用したまま就寝した場合に,毛様充血を伴い角膜上皮に浸潤が多発することがある(図6a).この場合,細胞浸潤は一様で角膜全面に及んでおり,ときに角膜浮腫も認められる.そのほか,CLに付着した微生物に対する免疫反応として,びまん性の細胞浸潤が角膜上皮下にみられることもある(図6b)が,CLを中止するだけで軽快することが多い.いずれの場合でも,アカントアメーバ角膜炎との鑑別が困難と感じたときには,ステロイド点眼は用いずに,CLの装用中止のみで数日経過をみるのがよい.安易なステロイド投与は,診断を混乱させるもととなるため厳に慎むべきである.特に,実質型角膜ヘルペスでも,まれに上皮下から実質浅層にかけて多発性浸潤を呈する場合があるが,角膜上皮障害は強くないことが多い(図6c).5.治療アカントアメーバに対する特効薬はない.現時点では,角膜病巣部の掻爬を根気強く行い,病原体を物理的に除去する戦略が最も効果的で5),これに抗真菌薬を中心とした薬物治療を併用する.抗真菌薬はアカントアメーバの栄養体には効果があるが,シストに対しては効果が低いため6),シストに有効なPHMB(polyhexame-thlenebiguanid)やクロルヘキシジンなどを併用するのがよい.局所投与においては,アゾール系薬剤が中心となるが,近年ではポリエン系のピマリシン点眼の有効性も報告7)されており,今後の検討が必要である.全身的に抗真菌薬が投与可能な場合には,アゾール系薬剤(フルコナゾール・イトラコナゾール)を使用するのがよい.一般的な処方例を表2に示す.文献1)NakataK,InoueY,HaradaJetal:AhighincidenceofStaphylococcusaureuscolonizationintheexternaleyesofpatientswithatopicdermatitis.Ophthalmology107:2167-2171,20002)SotozonoC,InagakiK,FujitaAetal:Methicillin-resistantStaphylococcusaureusandmethicillin-resistantStaphylococcusepidermidisinfectionsinthecornea.Cornea21:S94-101,20023)ZhangY,SunX,WangZetal:Identificationof18SribosomalDNAgenotypeofAcanthamoebafrompatientswithkeratitisinNorthChina.InvestOphthalmolVisSci45:1904-1907,20044)CengizAM,HarmisN,StapletonF:Co-incubationofAcanthamoebacastellaniiwithstrainsofPseudomonasaeruginosaaltersthesurvivalofamoeba.ClinExpOphthalmol28:191-193,20005)石橋康久,本村幸子:アカントアメーバ角膜炎の診断と治療.眼科33:1355-1361,19916)ElderMJ,KilvingtonS,DartJK:AclinicopathologicstudyofinvitrosensitivitytestingandAcanthamoebakeratitis.InvestOphthalmolVisSci35:1059-1064,19947)田原和子,浅利誠志,下村嘉一:Acanthamoebacystに有効な治療薬剤の検討.感染症学雑誌71:1025-1030,1997表2アカントアメーバ角膜炎に対する治療メニューの一例局所・0.2%フルコナゾール*・0.1~0.2%ミコナゾールの1時間ごと頻回点眼・ピマリシン点眼1時間ごと頻回点眼またはピマリシン眼軟膏1日5回・0.02%PHMBもしくは0.02~0.05%クロルヘキシジンの1時間ごと点眼・0.2%フルコナゾール*・0.1~0.2%ミコナゾールの結膜下注射1日1~2回(1剤につき0.2~0.5ml)全身・イトラコナゾール内服(150mg/日)またはフルコナゾール点滴(200mg/日)随時病巣部の角膜擦過を行う*フルコナゾールのプロドラッグであるホスフルコナゾールは,生体内で分解後フルコナゾールとして作用するため,点眼での効果はない.そのため,点眼薬としてはフルコナゾールを使用する必要がある.

ウイルス性角膜上皮疾患

2006年3月31日 金曜日

0910-1810/06/\100/頁/JCLSて生じる難治性の実質溶解で角膜穿孔に至ることもある病変である,と述べられている1).同様に眼ヘルペス感染症研究会が2002年に提唱した上皮型ヘルペスの診断基準2)を表2に示した.確定診断項目は単純ヘルペスウイルスの分離同定とされている.ウイルス分離がウイルス疾患診断のgoldstandardであはじめに本稿では,単純ヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,アデノウイルスによる角膜上皮疾患について概説する.I角膜ヘルペス単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)Ⅰ型またはⅡ型による角膜病変を角膜ヘルペスという.眼ヘルペス感染症研究会が1995年に提唱した角膜ヘルペスの病型分類1)を表1に示した.この分類では,上皮型病変として樹枝状角膜炎,地図状角膜炎,その二次病変として遷延性上皮欠損をあげている.樹枝状角膜炎は,その名のとおり病変が樹枝状を呈するのが特徴で,フルオレセインにより染色したときのterminalbulbとよばれる病変末端部の瘤状の拡大像,epithelialinfiltrationにより,他疾患との鑑別を進める.地図状角膜炎においても特徴的なdendritictailとよばれる樹枝状病変がどこかに保たれているため,他の原因による角膜びらんとの鑑別に有用な所見となる.なぜ病変が樹枝状を呈するのかは,現在も不明である.二次病変の遷延性上皮欠損は,実質溶解を伴わない長期の上皮欠損で,角膜上皮が伸展性を失って段差をつくり,しかしdendritictailが認められないことが特徴とされる.一方,実質型病変の二次病変としてあげられている栄養障害性角膜潰瘍は,実質の溶解を伴う上皮欠損で,長期の遷延性上皮欠損や高度の実質炎症に引き続い(43)323*ShiroHigaki&YoshikazuShimomura:近畿大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕檜垣史郎:〒589-8511大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):323~325,2006ウイルス性角膜上皮疾患ViralEpithelialKeratitis檜垣史郎*下村嘉一*表1角膜ヘルペスの分類基本型二次病変(Ⅰ)上皮型樹枝状角膜炎遷延性上皮欠損地図状角膜炎(Ⅱ)実質型円板状角膜炎栄養障害性潰瘍壊死性角膜炎(Ⅲ)内皮型角膜内皮炎?(角膜輪部炎)(文献2より)表2上皮型ヘルペスの診断基準確定診断.単純ヘルペスウイルスの分離同定確実診断.蛍光抗体法によるウイルス抗原の証明.ターミナルバルブを持つ樹枝状あるいは地図状角膜炎補助診断.角膜知覚低下.上皮型ヘルペスの確実な既往.PCR法によるウイルスDNAの証明(文献1より)324あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006るが,施行可能な施設は研究施設を有する病院に限定されると考えられる.採取検体をVero細胞(アフリカミドリザルの腎細胞由来)またはPRK(primaryrabbitkidney)細胞に接種し,細胞変性効果(cytopathiceffect:CPE)の有無を観察する.陽性であれば大抵の場合,2~4日でCPEが観察される.確実診断項目として,蛍光抗体法によるウイルス抗原の証明,ターミナルバルブを持つ樹枝状あるいは地図状角膜炎,の2項目があげられる.当院では角膜病変擦過物をスライドガラスに塗布して検査室に提出すると,1時間ほどで蛍光抗体法による判定を施行してくれる環境になっている.補助診断項目としては,角膜知覚低下,上皮型ヘルペスの確実な既往,polymerasechainreaction(PCR)法によるウイルスDNAの証明の3項目があげられている.角膜知覚検査はCochet-Bonnet角膜知覚計により行う.コンタクトレンズ装用者,眼科手術後,bブロッカー点眼症例などでも角膜知覚は低下するが,偽樹枝状病変を鑑別するのに非常に有効な検査である.ウイルスの涙液中への無症候性排泄がヘルペスの場合認められるので,感度の高いPCRの場合,判断に慎重を要する場合があると考えられる.Kaufmanら3)は,realtimePCR法にて高率に涙液中への無症候性排泄を証明した.樹枝状角膜炎,地図状角膜炎への治療は3%アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏1日5回が基本になる.眼軟膏のため点入困難で患者はしばしば1日5回の点入に難色を示し,3回程度しか実行できていないことがしばしば見受けられる.最初に眼軟膏処方時にしっかり患者のコンプライアンスを得られるよう説明しておくことが,このようなことを避けるのに有効である.3%アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏が効かない場合,アシクロビル耐性株も考慮するが,実際には耐性株は極々まれであり,大抵の場合は,患者がきちんと5回点入できていないことによる.患者によっては,眼瞼に塗布していた症例を経験したこともある.3%アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏のほかに,レボフロキサシン(クラビットR)点眼液などの抗生物質点眼液を混合感染予防のために,1日3回程度で処方する.コンプライアンスが悪く3%アシクロビル眼軟膏点入が困難な症例,角膜移植術後などで上皮の状態が悪くアシクロビル眼軟膏の上皮への負担が懸念される症例では,アシクロビル内服またはバラシクロビル(バルトレックスR)内服を考慮する.現在では,バラシクロビル500mg1日2錠分2で処方することが多い.角膜ヘルペスはいったん治癒後に再発することがあり,これがこの疾病の特徴である.寒冷,ストレス,紫外線照射,睡眠不足,発熱などを避けるよう患者に指導するとともに,眼科点眼薬では眼圧下降薬のラタノプロスト点眼液4),bブロッカー点眼液にてHSV-1再活性化の可能性が報告5)されており,このような点眼液の処方は控えるとともに,すでに処方済みの場合には他の点眼液への変更を検討する必要がある.IIVZVによる偽樹枝状角膜炎幼少時期に水痘罹患歴のある者の2%程度に帯状疱疹を発症する.帯状疱疹は脊髄後根神経節または三叉神経節に潜伏感染したVZV(varicella-zostervirus,水痘帯状疱疹ウイルス)の再活性化により発症する.三叉神経第1枝領域がおかされた場合を眼部帯状ヘルペスという.眼合併症は約半数に起こり,眼合併症として,眼瞼炎,結膜炎,上強膜炎,強膜炎,角膜炎,虹彩炎,緑内障,まれに視神経病変,眼筋麻痺などがある.角膜炎はVZVの直接的作用によるものが多い.偽樹枝状角膜炎が代表的で,HSVによる樹枝状角膜炎とは異なり,フルオレセイン染色が鮮明でなく,またterminalbulbも認められない.一見,異物による引っ掻き傷のような印象を受ける淡い病変を呈する.他に点状角膜炎を認めうる.治療は全身的にアシクロビル800mg1日5回内服などの加療がすでに皮膚科などで開始されている場合が多く,これに3%アシクロビル眼軟膏1日5回を併用する.虹彩炎を合併しているときは,ステロイド点眼を併用する.ステロイド点眼は,HSVによる樹枝状角膜炎では禁忌とされているが,偽樹枝状角膜炎に対しては,アシクロビル眼軟膏と併用すれば禁忌ではない.(44)あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006325IIIアデノウイルス結膜炎による角膜炎アデノウイルス結膜炎はアデノウイルス8型によるものが多く,19型,37型によるものもある.急性濾胞性結膜炎発症早期に,しばしば点状表層角膜症を合併し,発症して1週間ほどで病変は消退する.しかし,角膜上皮下混濁による羞明,不正乱視が数カ月間持続することがあり,患者は不便を訴える.治療は抗生物質点眼で経過をみるが,角膜病変を合併している症例では0.1%フルオロメトロンなどのステロイド点眼を処方する.若年症例では,細菌による混合感染により角膜穿孔をまれに合併しうるため,ステロイド点眼処方例では,特に慎重に経過観察が必要である.文献1)下村嘉一ほか(眼ヘルペス感染症研究会):上皮型角膜ヘルペスの新しい診断基準.眼科44:739-742,20022)大橋裕一ほか(眼ヘルペス感染症研究会):角膜ヘルペス─新しい病型分類の提案─.眼科37:759-764,19953)KaufmanHE,AzcuyAM,VarnellEDetal:HSV-1DNAintearsandsalivaofnormaladults.InvestOphthalmolVisSci46:241-247,20054)DeaiT,FukudaM,HibinoTetal:Herpessimplexvirusgenomequantificationintwopatientswhodevelopedherpeticepithelialkeratitisduringtreatmentwithantiglaucomamedications.Cornea23:125-128,20045)HillJM,ShimomuraY,DudleyJBetal:TimololinducesHSV-1ocularsheddinginthelatentlyinfectedrabbit.InvestOphthalmolVisSci28:585-590,1987(45)

再発性角膜上皮びらん

2006年3月31日 金曜日

0910-1810/06/\100/頁/JCLSまり,びらんの範囲がはっきりとわかる.上皮と基底膜の接着異常が原因のため,びらん周辺部の上皮も浮腫状に浮いている場合があり,一般的にはびらんの面積よりもさらに広い範囲が影響されていると考えられる(図1,2).このように再発性角膜上皮びらんの病態は,基底膜の変性による上皮細胞層と基底膜の接着性の低下であると考えられる.その原因として,表1に示すように,1.外傷により基底膜が損傷を受け,その後に再生が円滑に行われない場合2.外傷の既往歴はないものの基底膜自体に問題が生じ接着不良である場合3.角膜ジストロフィなどで基底膜・Bowman膜にさまざまな変化が生じた結果,上皮の接着障害がひき起こされる場合などがあげられる.I原因と診断再発性角膜上皮びらんは,文字通り角膜上皮.離をくり返し発症する「症候群」である.したがって,その原因はさまざまであり,外傷の既往,特発性で原因不明のもの,他の角膜変性症を伴っているものなどを問診やスリット所見から考察することが原因の特定に重要となる.発症が突然で,激烈な痛みを伴うことも多く,患者は不安を抱えて受診する.原因をある程度特定し,治療方針を患者に説明していくことで,その不安をできるだけ取り除くことも大事なポイントとなる.ただし,再発性角膜上皮びらんではどの原因にも共通して見受けられる典型的な臨床所見があるので,問診・診察時に見落とさなければ診断自体はむずかしくない.①発症をくり返しているエピソードがある突然発症した角膜上皮びらんの既往歴があり,約2週間から数カ月後に再発したエピソードをもつ.また角膜表面の擦過傷の既往がある場合も多いので問診で必ず聞くこと.②夜間・起床時に発症することが多い睡眠中は涙液蒸発量が低下するため,相対的に涙液が低浸透圧になることが角膜上皮浮腫をきたすのに関与している.そして起床時の瞬目などの物理的刺激をきっかけとして発症することが多い.③均一な角膜上皮欠損所見フルオレセインで角膜を染色すると欠損部は均一に染(39)319*YuichiUchino:東京歯科大学市川総合病院眼科**ShigetoShimmura:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕内野裕一:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):319~322,2006再発性角膜上皮びらんRecurrentCornealErosion内野裕一*榛村重人**表1再発性角膜上皮びらんの原因一般的なもの(外傷性)1.外傷性再発性角膜上皮びらん(非外傷性)2.糖尿病角膜症特殊なもの3.格子状角膜ジストロフィReis-Buckler角膜ジストロフィ上皮基底膜ジストロフィ(map-dot-fingerprintdystrophy)320あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006●一般的なもの発症前に外傷既往の有無により大きく2つに分けられる.1.外傷性再発性角膜上皮びらん軽微な外傷(爪,紙片,異物などによる擦過)を契機に,上皮層のみならず上皮基底膜が損傷を受けることにより,角膜上皮びらんをくり返す疾患である.上皮欠損は速やかに治癒するが,上皮欠損の発作が数週間から1~2カ月の間隔をおいてくり返し再発する.2.糖尿病角膜症糖尿病患者では,網膜症の重症度に相関して角膜知覚が低下し,また涙液量も減少している.糖尿病患者の角膜上皮基底膜は肥厚しているため,anchoringfibrilがBowman膜に到達していないことが多く,角膜上皮接着に関して脆弱性の原因の一つと考えられる1).このことから硝子体手術中に角膜上皮を.離した症例では再発性角膜上皮びらんになりやすい.ただし,患者自身に外傷既往の覚えがなく,糖尿病などの全身疾患のない場合も多い.片眼性の場合は,些細な外傷(自分の爪が入ったものの大きな傷にならずに済んだ場合など)があった可能性も考えられるし,両眼性の場合にはつぎにあげる特殊症例の可能性もあるので,より注意して観察する必要がある.●特殊なもの角膜上皮や上皮直下に病変を有する角膜ジストロフィでも本症を認めることがある.3-1.格子状角膜ジストロフィ線状混濁をBowman膜や浅層実質に認める遺伝性角膜ジストロフィであり,組織学的には混濁の本態はアミロイドの沈着である.3つに分類されるが,その多くを占める1型は常染色体優性遺伝である.角膜混濁の形状はメロンの皮状で,上皮びらんを生じた際には角膜ヘルペスに間違われることもあるので注意を要する.3-2.Reis-Buckler角膜ジストロフィ常染色体優性遺伝形式をとり,幼少時より両眼性の網目状混濁をBowman膜上に出現させ,数週間に一度の割合で異物感を伴うびらん発作が出現する.びらん発作の回数は成人になると徐々に減少するが,角膜混濁は進行し視力は低下する.3-3.上皮基底膜ジストロフィ(map-dot-fingerprintdystrophy)両眼性の角膜上皮基底膜異常で,成人に多く遺伝性はないとされている.所見は地図状,点状,指紋状などさまざまな形状の上皮基底膜病変として認められる.角膜上皮最下層にある基底細胞と基底膜を接着させるヘミデスモゾームが認められず,本症の原因と思われる.(40)図2図1と同一症例のフルオレセイン染色写真接着不良となっている範囲の境界まで染色されるので病変がはっきりわかる.図1角膜上皮びらんのスリット写真輪部近くの角膜上皮は完全に.離して浮き上がっているが,さらにその上方の上皮は接着が緩やかになっている程度で収まっている.あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006321II治療1.発作時の治療法比較的短期間のうちに再上皮化するものの,上皮欠損が存在すると感染をひき起こしやすいため,感染予防のために抗菌薬の点眼や眼軟膏の点入を用いるとよい.また圧迫眼帯なども効果的である.眼帯がむずかしい場合には,バンデージ効果を期待して治療用ソフトコンタクトレンズを使用する.疼痛コントロールには鎮痛薬の内服を処方する.疼痛が強いため,診察時の麻酔点眼薬の使用は良いが,処方による頻回点眼を行うとより重篤な上皮障害が発症するため禁忌である.2.再発予防法起床時に生じやすい角膜上皮浮腫を予防するため,高含水のソフトコンタクトレンズを連続装用したり,就寝中の低浸透圧涙液を高浸透圧化するため,5%塩化ナトリウム軟膏を就寝時に使用する.また瞬目による物理的刺激を和らげるため,就寝前の抗生物質眼軟膏の点入や起床時開瞼前の人工涙液の点眼を習慣化させて再発を予防する.3.手術的治療法a.角膜表層穿刺(anteriorstromalpuncture:ASP)外来スリットランプで可能な手術的治療法として,ASPがある2).これは26ゲージ針などの注射針の先を白内障手術時のチストトームのごとく曲げて,接着不良の上皮ごと直下の実質内へ約1/3~1/2まで穿孔させる方法である(図3).穿刺の間隔はおよそ0.3~0.5mm前後で,処置を施す範囲としては病変を認めない部位の周辺角膜までpunctureすることが再発を防止するコツである.また外来スリットランプにて点眼麻酔を用いて処置できる利点があるが,術後瘢痕化することもあるため,瞳孔領も含むような広範囲な症例にはあまり適していない(図4).ASP施行後は抗生物質眼軟膏を点入した後に圧迫眼帯させ,眼瞼の動きをできる限り抑制することで.離上皮の接着をより促す.b.治療的レーザー角膜切除術(phototherapeutickeratectomy:PTK)異常上皮や基底膜などの表層角膜切除に対して綿棒やサージカルナイフを用いていたが,エキシマレーザーを用いてこの治療的角膜切除を行う方法である3).従来の方法とは異なり患者への負担や視力回復面で多くのメリットをもつ患者の屈折値が遠視化するという問題がある.また角膜変性症の場合には再発のリスクも考えなければならない.(41)図3図1と同一症例に対するanteriorstromalpuncture施行時図4Anteriorstromalpuncture施行3週間後瞳孔下方のpunctureした箇所に点状の実質混濁を認める.322あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006文献1)AzarDT,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:Decreasedpenetrationofanchoringfibrilsintothediabeticstroma.Amorphometricanalysis.ArchOphthalmol107:1520-1523,19892)McLeanEN,MacRaeSM,RichLF:Recurrenterosion.Treatmentbyanteriorstromalpuncture.Ophthalmology93:784-788,19863)JainS,AustinDJ:Phototherapeutickeratectomyfortreatmentofrecurrentcornealerosion.JCataractRefractSurg25:1610-1614,1999(42)

コンタクトレンズ眼障害

2006年3月31日 金曜日

0910-1810/06/\100/頁/JCLSス透過性ハードコンタクトレンズ(RGPCL)は,レンズ径が大きく,リフトエッジも低くなってきているので,レンズエッジによる機械的な障害が発症原因となっているケースが増えてきている.発症にはレンズデザイン,レンズフィッティング,レンズの汚れ,レンズの傷,角膜径,瞬目,瞼裂幅,涙液,瞼裂斑などのさまざまな要因がかかわっている.b.発症原因の鑑別ポイント(1)角結膜上皮障害の観察発症原因が局所の乾燥であるときは点状表層角膜症の一つ一つの点が比較的大きく,密度はやや疎であり,レンズエッジによる機械的障害であるときは,比較的細かく,密集している傾向がある.レンズエッジによる線状の圧痕がみられることもある.ただし,両者を合併していることもあるので注意を要する.はじめにコンタクトレンズ(CL)眼障害にはさまざまなものが含まれる.本稿では角膜上皮障害に限定し,ハードコンタクトレンズ(HCL)による眼障害,ソフトコンタクトレンズ(SCL)による眼障害,multipurposesolution(MPS:多目的溶剤)による眼障害の代表的なものについて解説する.Iハードコンタクトレンズによる眼障害1.3時-9時のステイニングHCL装用者に特有の合併症であるが,CL非装用者にみられることもある.まれではあるがレンズ径の小さいSCL装用者にもみられる.3時-9時あるいは4時-8時の方向の角膜周辺部と結膜に点状で表層性の上皮障害を認める(図1).結膜上皮障害単独のこともある.中等度以上では3時-9時方向の結膜充血を伴う.軽微なものまで含めれば半数以上のHCL装用者にみられる.長期に持続すると,角膜白斑,dellen,角結膜上皮過形成,偽翼状片などを合併する.重症化すると,角膜上皮びらんから,角膜浸潤,角膜潰瘍へと進行することもある.a.発症機序発症原因は局所の乾燥(涙のブレークアップ),あるいはレンズエッジによる機械的な障害である1~4).両者が関与するケースもある.この2つの発症原因はレンズフィッティングの観点からすると,相反する部分もあり,発症原因の鑑別を誤ると治療に苦渋する.最近のガ(31)311*MotozumiItoi:道玄坂糸井眼科医院〔別刷請求先〕糸井素純:〒150-0043東京都渋谷区道玄坂1-10-19道玄坂糸井眼科医院特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):311~318,2006コンタクトレンズ眼障害ComplicationsofContactLensWear糸井素純*図13時-9時のステイニング312あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006(2)レンズフィッティングの確認3時-9時のステイニングが生じたHCLでレンズフィッティングを確認する.その際に,重要なのがレンズエッジと病変部位の関係である.まずレンズエッジ部分のフルオレセインが適量であるか,病変部位でブレークアップが生じていないかを確認する.つぎにHCLを指でまぶたの上から鼻側,耳側,下方,上方へと軽く移動させ,病変部位でレンズエッジによるこすれや圧迫を生じていないかを確認する.そして,自然な状態で瞬目させて,HCLの移動に伴い,レンズエッジが病変部位に接触していないか,あるいは,局所で涙のブレークアップが生じていないかを確認する.その際に,HCLが瞬目に伴い適切に動いているか,下方固着を起こしていないかも確認する.(3)HCL表面の状態3時-9時のステイニングが生じたHCLを眼に装用させた状態でレンズ表面を確認する.まぶたに一切指を触れず,自然な瞬目の状態でレンズ表面を確認し,つぎにBUT(涙液層破壊時間)を測定する要領で瞬目を抑制し,レンズ表面の乾き具合を確認する.表面の状態に問題があると考えられたときは,その原因が汚れ,傷,あるいはレンジエッジの形状に問題があるかを検討する.c.具体的な対応(1)適切なレンズフィッティングへ変更パラレルフィッティングを原則とするが,その際に静止位置が良好であること,リフトエッジが適切であること,レンズの移動に伴いレンズエッジによる機械的な障害が生じてないことを確認する.処方するHCLのデザインによっては,ベースカーブを0.05~0.10mm程度スティープに処方したり,フラットに処方することもある.発症原因が局所の乾燥であるときは0.05~0.10mm程度スティープに処方するが,低いリフトエッジのレンズをスティープに処方すると機械的な障害を誘発するので注意を要する.(2)レンズ径の変更発症原因が局所の乾燥であるときは,レンズ径を小さくする(8.0~8.5mm)と,レンズ表面とレンズ後面に奪われる涙液量が減少し,3時-9時方向の角結膜の乾燥を抑制できる.(3)周辺部デザインの変更レンズエッジによる機械的障害が生じているときはリフトエッジが高く,ベベル幅が広く,ブレンドが良好なものへレンズデザインを変更する.特に下方固着を生じているときは,ベベル幅が広く,リフトエッジが不十分なことが多い.発症原因が局所の乾燥であるときは,リフトエッジが低く,周辺部のエッジ厚が薄いデザインのものへ変更する.(4)レンズの材質レンズが汚れやすく,水濡れ性の悪い素材では3時-9時のステイニングを誘発しやすい.高Dk(酸素透過係数)の素材は汚れやすいので,低Dk,あるいは表面処理をしているRGPCLへ変更する.(5)レンズ洗浄方法の変更つけおき洗浄のみでは汚れ落ちが悪いので,クリーナーによるこすり洗いの併用を指導する.その際に,表面処理を施してあるRGPCLでは研磨剤入りのクリーナーが使えないので注意が必要である.汚れの程度により強力蛋白処理を併用する.(6)SCLへの変更充血が顕著な症例や,前述する対策を施しても軽減しない症例ではSCLへ変更する.3時-9時のステイニングでSCLへ変更が必要な症例の多くはドライアイを合併しており,そのような症例ではSCLによる眼障害の発症率が高くなるということを念頭におき,レンズを選択する.(7)人工涙液,ヒアルロン酸の頻回点眼HCL上から人工涙液,ヒアルロン酸の頻回点眼を併用する.HCL上からの点眼は多くは問題がないが,眼の状態(例:中等度以上のドライアイ)によっては好ましくないこともある.2.比較的密集したびまん性の点状表層角膜症HCL装用者に特有の合併症である.角膜の中央部,あるいは,中間周辺部(ドーナツ状)に比較的密集したびまん性の点状表層角膜症である(図2,3).軽度の場合は,軽度の異物感,あるいは,自覚症状を伴わないことが多いが,悪化すると,レンズ装用感の悪化,強い異物感,HCL装脱後の痛み,視力低下などを訴える.多(32)あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006313くはHCLを装脱して,一晩で回復するため,装用直後ではなく,装用後数時間してから自覚症状が発現することが多い.悪化すると角膜上皮びらんに発展し,眼痛を訴える.a.発症機序HCL後面に付着した膜状の汚れによる機械的なこすれが原因である5).レンズフィッティングがフラットなときは瞳孔領中央付近に,スティープなときは比較的周辺部にドーナツ状に発症する.つけおき洗浄や研磨剤を含まない洗浄液・洗浄保存液を使用している人に好発する.成人女性に多く,化粧品による汚れのことが多い.水道水や市販の洗眼剤による洗眼も増悪因子となる.アレルギー性結膜炎,アトピーで眼の症状が強いときは,レンズが汚れやすいため発症しやすい.b.診断のポイント(1)レンズ汚れの観察レンズの汚れは,実体顕微鏡と細隙灯顕微鏡で観察する.両者ともにレンズ後面に焦点を合わせて観察する.細隙灯顕微鏡ではスリット幅を2~3mmとやや広げて左右にゆっくりスキャンしながら観察すると汚れを確認しやすい.(2)レンズフィッティングの確認レンズフィッティング検査でHCL後面の角膜接触部位と点状表層角膜症の位置関係が一致していることを確認する.c.具体的な対応(1)こすり洗いの指導強力なクリーナー(専用洗浄液)によるこすり洗いの併用を指導する.その際に,表面処理を施してあるHCLでは研磨剤入りのクリーナーが使えないので注意が必要である.(2)定期的な強力蛋白除去プロージェントR(メニコン),ハイドロケアFR(エーエムオー)などの強力蛋白除去を汚れの程度に応じて指導する.ただし,プロージェントR(メニコン)は頻回に行うとレンズ素材に影響を及ぼすので,月に1回程度を限度とする.(3)低Dkのガス透過性HCLへの変更高DkのRGPCLを使用していてレンズの汚れが強く,交換が必要な場合は,低DkのRGPCLを選択するとよい.低Dkの素材のほうが一般に汚れにくく,強力な研磨剤入りクリーナーが使いやすい.3.OverwearingsyndromeRGPCLが普及する前は,眼科の夜間救急患者の多くを占めた疾患であったが,最近,遭遇することは少なくなった.ポリメチルメタクリレート(PMMA)素材のHCLを長時間装用,あるいは連続装用した人にみられることが多い.RGPCLでも極端なスティープフィッティングで固着を起こすと生じる.CLの汚れも増悪因子となる.SCLではまれではあるが,発症した場合はHCLに比べて広範囲に生じる.低含水性厚型SCLを長時間装用している場合は注意が必要である.(33)図3角膜中間周辺部のびまん性の点状表層角膜症図2角膜中央部のびまん性の点状表層角膜症314あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006a.発症機序急性の酸素不足が原因である.角膜中央部に急性角膜上皮浮腫が生じ,その後,角膜上皮.離に進展する(図4).CL装脱直後,あるいはCL装脱後数時間で発症する.激しい眼痛,流涙,羞明,視力低下,充血,異物感などを訴え,虹彩毛様体炎を伴うこともある.b.具体的な対応(1)原疾患の治療感染防止目的で抗生物質・抗菌薬の点眼,あるいは眼軟膏を処方する.痛みが強い場合は,鎮痛薬の内服を投薬する.局所表面麻酔の点眼薬(ベノキシールR)は創傷治癒を長引かせるので治療目的で使用してはならない.診察時のみの使用にとどめる.2~3日で治癒することが多い.(2)レンズの変更PMMA素材のHCL装用者で発症した場合は,治癒後,RGPCLへ変更する.RGPCL,あるいはSCLで発症した場合は,より酸素透過性の高いレンズへ変更する.(3)レンズフィッティングの変更スティープフィッティングである場合は,治癒後,適切なレンズフィッティングのものへ変更をする.(4)装用指導定められた装用時間を守ること,いきなり長い時間の装用をしないように指導する.IIソフトコンタクトレンズによる眼障害1.スマイルマークパターン点状表層角膜症瞳孔領下方の弓状の点状表層角膜症(図5)で,SCL装用者にみられる6).多くは無症状であるが,夕方になると乾燥感,異物感を自覚することもある.重症化すると角膜上皮びらん,角膜浸潤へと進行することがある.a.発症機序局所の乾燥が原因である.高含水性SCL装用,連続装用,ドライアイ,瞬目不全,下三白眼の人に多い.b.具体的な対応(1)装用指導軽度で終日装用であれば,CL装用を継続しても問題はない.連続装用は中止させる.中等度以上であれば装用時間の短縮を指導し,継続するようであればレンズを変更する.(2)レンズの変更中等度以上では1日使い捨てSCL,低含水性の頻回交換SCL,シリコーンハイドロゲルCLなどへ変更する.従来型の低含水性厚型SCLに変更すると症状は軽減するが,このタイプのSCLは酸素供給の面で劣り,良い選択とはいえない.(3)人工涙液の頻回点眼,ヒアルロン酸点眼SCL上から人工涙液の頻回点眼,ヒアルロン酸点眼を行う.ただし,人工涙液は防腐剤を含まないものとする.従来型SCLに対しては防腐剤を含むすべての点眼液をレンズ上からしてはならない.(34)図4ソフトコンタクトレンズ装用者にみられたoverwearingsyndrome図5スマイルマークパターン点状表層角膜症あたらしい眼科Vol.23,No.3,20063152.Epithelialsplitting,SEALs(superiorepithelialarcuatelesions)SCL装用者に認められる.上方の角膜輪部に沿った弓状の角膜上皮障害(角膜輪部から3mm以内)を呈する(図6).ただし,初期には1~数個の島状の病変からなり,横方向に拡大し典型的な病変となる.結膜充血,角膜血管新生を合併することもある.重症化すると角膜上皮びらん,角膜浸潤,角膜潰瘍へと進行する.無症候性のことが多いが,CL装脱後に軽い異物感や充血を自覚することがある.従来から報告されているepithelialsplittingと,シリコーンハイドロゲルCL装用に伴う眼障害として最近報告されているSEALsは同一疾患である7).a.発症機序SCLによる機械的な障害と考えられる.タイトなレンズフィッティング,大きな直径,スティープなベースカーブ,汚れたSCL,変形したSCL,煮沸消毒に好発する5,6,8~10).患者側の発症要因としてはドライアイ,巨大乳頭結膜炎,近視度数が強い,周辺部の角膜の扁平化が顕著であるなどがあげられる5,11).特に周辺部と中央部の角膜曲率の差が大きく,周辺部の角膜曲率半径が非常にフラットな症例では,周辺部の角膜曲率半径に比べて,選択されたSCLのベースカーブがスティープとなるので要注意である.レンズデザイン,材質により発症頻度に差があり,中間周辺部~最周辺部のカーブがスティープで,その部位のレンズ厚が厚いものが発症しやすい.以前は高含水性SCLに好発すると考えられていた10)が,低含水性SCLやシリコーンハイドロゲルCLでも発症頻度が高いものがある.b.具体的な対応(1)原疾患の治療原則としてCL装用を中止し,2次感染予防に抗生物質点眼を処方する.症例によっては,そのまま経過観察,あるいは,一時的に人工涙液の点眼することにより自然治癒することもあるが,重症化すると角膜浸潤,角膜潰瘍へと進展する可能性があるため,治癒するまではCL装用の中止を指導することが望ましい.(2)ベースカーブの変更ベースカーブの変更が可能であればフラットなベースカーブへ変更する.(3)レンズケアレンズケアはクリーナーによるこすり洗いとコールド消毒(過酸化水素,MPS)へ変更を指導する.(4)装用指導連続装用の中止と装用時間の短縮を指導する.(5)レンズの変更再発例,重症例ではレンズの材質,デザインを変更する.高含水性薄型のSCLが良い適応である.3.Pigmentedspike(pigmentedslide)Pigmentedspikeはpigmentedslideともいわれ,角膜輪部のpalisadesofVogtの内側の延長上にみられる角膜の比較的表層のスパイク状の淡い茶褐色の混濁のことである(図7)6).スパイクの長さは通常は1~2mmで角膜周辺部に櫛状に並んでおり,多少波打っている.ただし,スパイクの長さに関しては,3~4mm,あるいはそれ以上になることもある.全周性にみられることが多いが,スパイクの長さは均一ではなく,経線方向で大きく異なる.角膜血管新生や角膜内皮細胞障害を伴うことが多い.長期のSCL装用者に好発するが,HCL装用者でもみられることがある.a.発症機序CL装用による局所の慢性酸素不足が原因と考えられている.酸素不足により,輪部の角膜上皮細胞の分裂能が低下し,角膜輪部の角膜上皮細胞の急速な移動が生じるためとされる.(35)図6Epithelialsplitting316あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006低含水性で厚型の従来型SCL装用者に多くみられ,特に近視度数が強いほど顕著な傾向となる12).HCL装用者では,フィッティングが不良なレンズを長期に装用しているものに多い.特に非ガス透過性,あるいは低DkのHCLでは要注意である.前述したように全周性のことが多いが,トーリックSCL(プリズムバラストデザイン),HCLでは角膜下方が顕著なことが多い.レンズの汚れ,タイトフィッティング,大きなレンズ径,ドライアイは危険因子となる.b.具体的な対応(1)装用指導Pigmentedspikeは視機能に影響することはないが,この所見は,慢性酸素不足を示しており,装用時間の短縮,連続装用の中止を指導する.(2)角膜内皮細胞撮影必ずしも角膜内皮細胞障害を伴うわけではないが,顕著な角膜内皮障害を伴う症例も少なくないので確認する必要がある.(3)レンズの変更顕著な所見を有する症例ではレンズを変更する.高酸素透過性素材,薄型デザインのSCLで,可能な限りベースカーブはフラットなものを選択する.従来型SCLよりも,1日使い捨てSCL,2週間交換SCL,シリコーンハイドロゲルCLが良い選択である.HCL装用者に対しては,レンズフィッティングを確認のうえ,適正なフィッティングのものへ変更する.レンズの種類は,角膜内皮の状態にも左右されるが,中Dk,あるいは高DkのRGPCLを選択する.4.角膜浸潤(無菌性,細菌性)SCL使用者で角膜浸潤を認めた場合,感染性のものと,無菌性のものを考える必要がある.無菌性角膜浸潤の病巣は比較的小さく,多発性で,比較的周辺部に存在する(図8)7).角膜輪部にも病巣がみられることもある.自覚症状は比較的軽微である.一方,感染性の病巣は,無菌性に比べて小さく,角膜中央部付近に存在することが多い(図9)7).眼痛,霧視,結膜充血などの自覚症状が強く,虹彩炎,前房蓄膿を伴うこともある.放置すると角膜潰瘍へ進行する.a.発症機序無菌性角膜浸潤は細菌そのもの,あるいは,細菌の産(36)図9感染性角膜浸潤図7Pigmentedspike(pigmentedslide)図8無菌性角膜浸潤あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006317生する毒素に対するアレルギー反応と考えられている.細菌性のものは局所への感染が原因である.SCL消毒の主流となっているMPSは消毒力が弱いために,こすり洗いとレンズケースの管理(毎日の洗浄と乾燥,定期的交換)を怠っていると,レンズケース内に細菌が増殖しやすい.角膜浸潤例ではレンズケース内に細菌が増殖していることが多い.b.具体的な対応(1)CL装用の中止無菌性,細菌性ともにCL装用の中止を指導する.角膜浸潤のみならず,眼表面の性状が正常化するまでは,装用を開始してはならない.10日間~2週間程度要することが多い.(2)細菌学的検査病巣擦過物,眼脂,レンズケース内の溶液の塗抹検査,細菌培養検査,薬剤感受性検査を実施する.レンズケースからグラム陰性桿菌が検出されることが多い.(3)ステロイド薬の点眼無菌性角膜浸潤に対してはステロイド薬の点眼が有効である.ただし,多少でも細菌性が疑われた場合は,治療当初はステロイド薬点眼の使用は避けたほうがよい.(4)ニューキノロン系の抗菌薬とアミノ配糖体系抗生物質の点眼SCLによる角膜浸潤ではグラム陰性桿菌がかかわっていることが多く,まずはニューキノロン系の抗菌薬とアミノ配糖体系抗生物質の点眼を処方する.重症度により,抗菌薬の内服または点滴投与も併用する.その後,細菌学的検査の結果により,薬剤を変更する.治療によっても反応しない場合,真菌性角膜潰瘍,アカントアメーバ角膜炎を疑う.(5)レンズケア指導,装用指導治癒後,CL装用を希望する場合は,装用時間の短縮と連続装用の中止を指導し,レンズケアの再教育を行ってから,装用再開を指示する.特にこすり洗いとレンズケースの管理(毎日の洗浄と乾燥,定期的交換)の指導は重要である.(6)眼科検診の指導点状表層角膜症,角膜上皮びらんに細菌感染を合併することによって,細菌性角膜浸潤,さらには感染性角膜潰瘍へと進行する.眼科検診を受けていれば,角膜上皮障害が軽微な段階で予防できる.重症なコンタクトレンズ障害では眼科検診を怠っている人が多い.再発を予防するためにも,眼科検診を指導しなければならない.IIIMPSによる眼障害MPSに含まれる薬剤および防腐剤による細胞毒性やアレルギー反応がある.最近,特に注目を浴びているのがシリコーンハイドロゲルCL(O2オプティクスR)とPHMB(polyhexamethylenebiguanide)を含むMPS製品の組み合わせである.PHMBを含むMPS製品による角膜上皮障害最近,PHMBを含むMPS製品による角膜上皮障害が国内外で報告されるようになってきた13~16).海外で報告されているようにハイドロゲルSCL装用者でも生じることはあるが,シリコーンハイドロゲルCL(O2オプティクスR)装用者で特に障害は顕著である16).病変はびまん性の点状表層角膜症(図10)で,装用後数時間出現し,その後,徐々に消失する.同じPHMB製品でも,その障害が顕著なものと軽度のものがある.多くの場合,自覚症状は軽微,あるいは無症状であるが,眼痛や充血を伴うこともある.多くは装用6時間後には消失,あるいは軽微となる.海外でも,このタイプの障害の報告は数年前までほとんどなかったが,診察のタイミングにより見逃していた可能性が高い.(37)図10MPSによる点状表層角膜症318あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006a.発症機序MPSに消毒成分として含まれているPHMBがSCL表面に集積して,中毒反応を生じている可能性が高い.レンズの種類により表面の性状が異なり,それが影響しているために,シリコーンハイドロゲルCLで強い中毒反応が観察されるのであろうと推測されるが,詳細は不明である.2006年1月現在,日本ではシリコーンハイドロゲルCLとして販売されているレンズはO2オプティクスRのみであり,今後登場してくるシリコーンハイドロゲルCLについては検討が必要である.b.具体的な対応(1)過酸化水素の消毒システムへ変更過酸化水素の消毒システムで,装用前にレンズのすすぎを実施すれば,このような消毒成分による角膜上皮障害を100%予防することが可能である.(2)PHMBを含まないMPSへ変更過酸化水素の消毒システムはMPSに比べて操作が煩雑となるため,MPSを希望するものに対しては,PHMBを含まないMPSに変更する.装用初期の軽微な上皮障害が報告されているが,臨床的に問題となるレベルではない.文献1)SolomonJ:Causesandtreatmentsofperipheralcornealdesication.ContactLensForum11:30-36,19862)GrahamR:Persistentnasalandtemporalstippling.Contacto12:20-21,19683)CotieB:Howtomanage3and9o’clockstaining.ContactLensForum15:42-43,19904)KlineLN,DeLucaTJ,FishbergGM:Cornealstainingrelatingtocontactlenswear.JAmOptomAssoc50:353-357,19795)糸井素純:コンタクトレンズによる角膜上皮障害.あたらしい眼科13:837-843,19966)渡邉潔:新しい角膜上皮障害の分類.CLの正しい選択と障害への対応.ディスポーザブルコンタクトレンズ,第2版,p58-73,メジカルビュー社,19987)糸井素純:コンタクトレンズによる眼障害.あたらしい眼科17:957-965,20008)小玉裕司:コンタクトレンズの角膜への影響.日本の眼科70:1407-1410,19999)DougelJ:Abrasionssecondarytocontactlenswear.ComplicationsofContactLensWear(edbyTomlinsonA),p123-156,Mosby-TearBo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アレルギー性結膜疾患に伴う角膜上皮障害

2006年3月31日 金曜日

0910-1810/06/\100/頁/JCLSアレルギー反応が起こりやすい部位である.一方,角膜は,1)上皮細胞層が高いバリア機能をもち抗原の侵入を阻止する,2)角膜内には一部の抗原提示細胞やマクロファージ系の細胞がみられるのみで,肥満細胞,好酸球などのアレルギー反応に重要な細胞は存在しない,3)無血管組織であり骨髄やリンパ組織からの免疫細胞の供給を受けにくい,などの理由により一次的なアレルギー反応は生じない.感作の成立した個体の結膜.にスギ花粉,ダニの死骸などの抗原が侵入すると,まず即時型のアレルギー反応がひき起こされる.この反応では肥満細胞の活性化と脱顆粒に伴い放出される種々のメディエーター,特にヒスタミンが重要な役割を果たしている.ヒスタミンの作用により結膜血管は拡張し,血管壁の透過性が亢進することにより,充血,浮腫,滲出物などの臨床的な変化が観察される.ついで抗原侵入後12~24時間をピークとする遅発相がひき起こされる.遅発相は活性化された肥満細胞内で新たに生合成されるロイコトリエン,プロスタグランジン,ヘルパーT細胞(Th)2サイトカイン*などが重要はじめに前眼部のアレルギー疾患であるアレルギー性結膜疾患では炎症反応はおもに結膜でひき起こされる.このために隣接した組織である角膜にも二次的に種々の病変が生じる.アレルギー性結膜疾患は4つに細分化されるが,それぞれに特徴的な病変が生じる.アレルギー性結膜疾患に伴う角膜病変の治療ではそれぞれの特性を理解して適切に診断,治療を行うべきである.I角結膜のアレルギー疾患の分類角結膜におけるアレルギー疾患は増殖性変化の有無,アトピー性皮膚炎の合併の有無,コンタクトレンズ・義眼などの結膜異物の有無によりアレルギー性結膜炎,アトピー性角結膜炎,春季カタル,巨大乳頭結膜炎の4つに分類される.それぞれに特徴的な角膜病変がみられるが,巨大乳頭結膜炎については本特集の別項で記載されているので,本稿では除外する.IIアレルギー性結膜疾患の角膜病変はおもに結膜でのアレルギー反応によって生じる前眼部を構成する角膜と結膜はアレルギー学的に対照的な特徴をもっている.結膜は,1)バリア機能が低く抗原成分が浸潤しやすい,2)肥満細胞などの免疫系の細胞が多く免疫反応が起こりやすい,3)血管やリンパ管に富み免疫反応が生じた場合に骨髄やリンパ節などで産生された免疫系の細胞が容易に浸潤する,などの理由から,(23)303*炎症反応は浸潤してくるT細胞の性質により大きくTh1,Th2反応に分けられる.Th1反応は細菌感染,ウイルス感染,自己免疫疾患などでみられ,Th1サイトカインであるインターフェロン(IFN)-g,インターロイキン(IL)-2などの炎症局所での濃度が上昇する.Th2反応は寄生虫感染やアレルギー反応でみられTh2サイトカインであるIL-3,-4,-5,-9,-10,-13などの炎症局所での濃度が上昇する.*NaokiKumagai:山口大学医学部分子感知医科学講座(眼科学)〔別刷請求先〕熊谷直樹:〒755-8505宇部市南小串1-1-1山口大学医学部分子感知医科学講座(眼科学)特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):303~309,2006アレルギー性結膜疾患に伴う角膜上皮傷害CornealLesionsinAllergicConjunctivalDiseases熊谷直樹*304あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006で,これらの生理活性物質により好酸球を中心とする炎症細胞の浸潤がひき起こされる.好酸球が放出する種々の細胞傷害性蛋白質(majorbasicprotein:MBP,eosinophilcationicprotein:ECP,eosinophilicperoxidase:EPO)などは角膜上皮細胞に対する傷害作用を有している.アレルギー性結膜炎では即時型反応が病態の主体であり,このために掻痒感を主体とする自覚症状がひき起こされるが,角膜上皮などの組織の傷害は明らかではない.一方,春季カタルでは即時型反応に加えて遅発型反応も強くひき起こされ,このために角膜の上皮傷害や結膜巨大乳頭の形成などがひき起こされる.さらにアトピー性角結膜炎で炎症反応が年余にわたって持続する場合には眼表面のバリア機能の低下などによる感染への抵抗力の減弱,角膜を取り巻く涙液,マイボーム腺機能,睫毛などの異常を続発する.IIIアレルギー性結膜炎でみられる角膜病変の臨床像アレルギー性結膜炎では角膜病変を伴わないか,軽度の点状表層角膜症に留まる.アレルギー性結膜炎と思われる患者で角膜全面に及ぶ点状表層角膜症以上の変化を生じた場合には他の疾患を疑うべきである.鑑別すべき疾患としては,1)重症型のアレルギー性結膜疾患である春季カタルやアトピー性角結膜炎,2)点眼液による中毒性角膜炎,3)アレルギー性結膜炎とドライアイの合併,4)アデノウイルス結膜炎などの感染性結膜炎,などがある.特に春季カタルとの鑑別は重要である.5,6歳以下の年齢の小児においては上眼瞼に強い乳頭性結膜炎があっても巨大乳頭は形成しないことが多く,春季カタル患者がアレルギー性結膜炎と見誤られやすく,注意が必要である.また,アレルギー性結膜炎と思われる患者で偽性眼瞼下垂があれば角膜病変の存在を強く示唆しているので,春季カタルを強く疑うべきである.IV春季カタルでみられる角膜病変の臨床像春季カタルでは,強い好酸球性の結膜炎に伴って種々の角膜病変が生じる.日本眼科医会の調査では春季カタル患者の約半数で何らかの角膜病変がみられた1).初期には点状表層角膜症が生じるが,病勢が強まると点状表層角膜症が融合して角膜上皮全体が毛羽立ったようにみえる落屑様の点状表層角膜症を生じる.さらに炎症が強まると角膜びらんや角膜潰瘍へと進行し,上皮欠損部は数日の経過で白色の沈着物である角膜プラークに被覆される.角膜プラークは好酸球や上皮細胞の破片の集簇したものと考えられている.春季カタルでみられる角膜病変の診断や治療を考えるうえではいくつかの重要なポイントがある.1.点状表層角膜症が最も重要な所見である角膜病変を伴う春季カタルの治療では,角膜所見は原因となる抗原の濃度や飛散状態による寛解や増悪,治療による改善,季節性の変動などにより変化するために,病勢に応じて投与する薬物の種類や回数を適切に調整す(24)図1春季カタルの病勢の変化と角膜上皮病変春季カタルでは結膜の炎症反応に伴って点状表層角膜症(SPK)がまず生じる.結膜炎の増悪に伴って落屑状のSPKから角膜びらん,角膜潰瘍へと進展するが,このときには周囲にSPKが多く残っている.治療などで結膜炎が軽快するとSPKは速やかに消失するが,角膜びらんは修復されるのに時間がかかるのでしばらく残存する.やがて角膜びらんは徐々に縮小して角膜病変は治癒へ向かう.炎症の増悪炎症の軽快治癒SPK角膜びらん淡い混濁あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006305る必要がある.このためには病勢の的確な判定が必要となる.春季カタルでみられる角膜所見のうち,点状表層角膜症は寛解や増悪に最も反応しやすい所見であり,病勢を最も適切に表している.すなわち,角膜びらんがある症例において,角膜びらんの周囲に点状表層角膜症が存在しているならば病勢は強く増悪の過程にあり,角膜びらんのみがみられて点状表層角膜症がないならば治癒の過程にある(図1).2.春季カタルの角膜炎には特徴的な検眼鏡的所見がある春季カタルでは角膜はおもに角膜外の要因,すなわち結膜炎に伴い涙液中に放出された細胞傷害性の好酸球蛋白質や蛋白分解酵素によって傷害される.したがって,角膜上皮の傷害が実質の傷害よりも先行し,しかも広範囲で傷害の程度も強い.春季カタルでは潰瘍底は速やかにプラークにて被覆され,潰瘍周辺への細胞浸潤は臨床的にはみられない.これらは角膜内の要因でひき起こされる感染性角膜炎などとの際立った相違点である.また,形態的には角膜病変は類円形のことが多い.角膜病変が角膜の辺縁部にできた場合には扇型を呈するが,このときにも病変の周辺部は丸くなっている.この点は角張った病変を形成しやすい外傷性角膜びらんや単純ヘルペス角膜炎との際立った違いである.その他の特徴としては,春季カタルでは小さいびらんや潰瘍が多発することはなく,ほとんどの症例で大きな病変が1つだけ形成されるという特徴がある(図2).3.春季カタルの角膜病変の形成には結膜病変が重要である春季カタルでは角膜炎のみが単独で起きることはなく,必ず強いアレルギー性の結膜炎を伴う.角膜病変を伴う春季カタルでは結膜擦過物の鏡検で多数の好酸球を観察することができる.春季カタルでみられる結膜の変化は上眼瞼に強く,上眼瞼の所見が他の部位の結膜よりも判定しやすいので,経過観察はおもに上眼瞼結膜を対象に行う.上眼瞼結膜の所見としては,充血・浮腫・滲出物の程度,巨大乳頭の形態,トランタス斑の有無が特に重要な所見である.結膜所見を客観的に評価する指標としては日本眼科アレルギー研究会で作成された判定基準を用いる.しかし,特定の患者の寛解,増悪を判定する目的であれば,適切に撮影した前眼部写真のほうがより適している.写真の判定には慣れが必要であるが,以下の点に気をつけると判定がしやすい.1)浮腫については写真ではわかりにくいが,浮腫が増悪すると結膜が混濁するために結膜血管が見えにくいが,浮腫が軽減すると血管がはっきりと見えるようになる.また,浮腫が増悪すると上眼瞼結膜が全体に大きく,丸くなったように見えるが,軽快すると小さくなったように見える.2)巨大乳頭は上眼瞼結膜の上(反転すれば下側になる)1/3の範囲では評価しない.正常者でも円蓋部近傍には巨大乳頭がみられることが多い.3)巨大乳頭は大きさよりも形が活動性の変化を観察するうえでは重要である.増悪期には巨大乳頭は丸く(25)図2春季カタルでみられる角膜病変の特徴春季カタルでみられる角膜病変には以下の特徴がある.1)強い上眼瞼結膜の充血・浮腫・滲出物がある.球結膜充血を伴う.2)トランタス斑がしばしばみられる.3)角膜病変は上方にできることが多い(例外あり).4)楕円形あるいは周辺に広い扇型である.5)病変が多発することはない.6)細胞浸潤による混濁はない.7)上皮.離部に薄い混濁(プラーク)が速やかに形成される.8)びらん周囲にわずかに上皮層の持ち上がりがある.9)びらん周辺にSPKがある.10)病変は輪部には達しないことが多い.306あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006ドーム状になっており,徐々に増大する.炎症が寛解すると,巨大乳頭は高さが低く,頂点が平坦になる.巨大乳頭が消失するには数カ月を要する(図3).4)巨大乳頭上のトランタス斑は,フルオレセインで染色すると見つけやすい.4.角膜プラークは結膜の炎症反応とあまり関係がない角膜びらんや角膜潰瘍が生じた後に形成される角膜プラークはひとたび形成されると結膜の炎症反応が治癒してもなかなか消失せず,春季カタルの薬物治療を行う際の目安にはならない.角膜プラークがあることは過去において強い角膜傷害があったことを示す所見である.Vアレルギー性結膜疾患に伴う角膜病変の治療:総論前述したように春季カタルでみられる角膜病変は,結膜における強いアレルギー性炎症の結果生じると考えられる.したがって角膜病変を直接の治療のターゲットにするのではなく,まず結膜の炎症反応を抑制することを目標に薬物療法や手術療法を行うべきである.1.抗原回避春季カタルなどのアレルギー疾患では感作の成立した個体でも抗原に接触しない限り炎症反応は発症しない.したがって春季カタルで重篤な角膜病変を伴う場合には後述する薬物治療とともに抗原回避についても説明する必要がある.ただし,患者や家族が抗原回避を熱心に行ってくれることは残念ながら少ないようである.抗原回避をするためには原因抗原を把握しなければならないので,あらかじめ血清中抗原特異的免疫グロブリン(Ig)E抗体価の測定や皮膚反応などによって原因となる抗原を調べておく.調べるべき抗原はわが国ではダニ抗原(ヤケヒョウヒダニあるいはコナヒョウヒダニ),スギ花粉,ヒノキ花粉,イネ科植物花粉(カモガヤ,ハルガヤ,イネ科花粉混合物のいずれか),ペット上皮(イヌ上皮,ネコ上皮など)である.秋に飛散する雑草植物花粉(ブタクサ,ヨモギなど)が関与する症例は少ない.2.薬物療法前述したようにアレルギー性結膜疾患における角膜病変は結膜における炎症反応により二次的に生じている.アレルギー性結膜疾患に伴う角膜病変に対する薬物療法では,結膜におけるアレルギー性炎症を沈静化させて,角膜病変の自然回復を促すことを目標としている.アレルギー性結膜疾患では,かなり強い角結膜病変がみられる場合でも角膜上皮細胞の機能には異常がなく,結膜の炎症反応が沈静化すれば速やかに治癒へ向かう.逆に,結膜の炎症反応が抑制されない状態でヒアルロン酸製剤,コンドロイチンなどの角膜上皮保護薬を投与しても無効である.a.アレルギー性結膜炎に伴う角膜病変への薬物療法(図4)アレルギー性結膜炎に伴う軽度の点状表層角膜症に対しては,抗アレルギー薬や抗ヒスタミン薬の投与をベー(26)図3春季カタルの病勢の変化と巨大乳頭春季カタルでは炎症反応が持続すると上眼瞼に巨大乳頭が形成される.炎症が増悪しているときには巨大乳頭はドーム状に隆起しており,頂点に黄白色のトランタス斑がみられる.炎症反応が軽減すると乳頭の底面積は変わらないままで乳頭が平坦化し,頂点が平らになる.トランタス斑は消失する.炎症が消退して数カ月を経て巨大乳頭は消失する.炎症の増悪炎症の軽快治癒巨大乳頭トランタス斑あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006307スに,症状の重いときのみステロイド薬の懸濁液であるフルオロメトロンの点眼液を投与する.もしも,この薬剤を追加投与しても角膜病変が増悪する場合には春季カタル,アトピー性角結膜炎などの他の角結膜疾患や,アレルギー性結膜炎に乾性角結膜炎,薬剤中毒性角膜症などの他の角膜疾患が合併していることを疑うべきである.b.春季カタルを伴う角膜病変への薬物療法(図5)春季カタルの治療においても抗アレルギー薬や抗ヒスタミン薬の点眼液の投与が基本であるが,これらの薬物のみで管理できる症例は少ない.ほとんどの症例では春から夏にかけての増悪時にはステロイド薬の点眼投与が必要である.角結膜病変をよく観察しながらステロイド薬を増減し,軽度の点状表層角膜症以下の角膜病変に留まるように管理を行う.ステロイド薬としては懸濁性ステロイド薬であるフルオロメトロンに加えて,水溶性ステロイド薬であるベタメタゾンやデキサメタゾンが用いられる.水溶性ステロイド薬のほうが懸濁性ステロイド薬よりも効果も副作用も高い.春季カタルで懸濁性ステロイド薬のみでコントロールができる症例は少なく,炎症反応が増悪して角膜全体に及ぶ点状表層角膜症や角膜びらん,角膜潰瘍などがみられた場合には初期に水溶性ステロイド薬を投与して結膜の炎症反応を強く抑制し,その後水溶性ステロイド薬を漸減して懸濁性ステロイド薬へと変更していく.増悪時の初期投与量としては0.1%のベタメタゾンあるいはデキサメタゾンを1日4回が標準的な投与量である.角膜病変を伴う春季カタルの治療では薬物を漫然と投与するのではなく,角結膜の病像から炎症反応の増悪・寛解を的確に判定し,病勢に応じて薬物の種類や点眼回数を増減する必要がある.薬物の効果の判定のために最も重要な臨床的な所見は前述したように点状表層角膜症の程度であり,治療を開始あるいは増強前に散在していた点状表層角膜症が治療後に消失していれば,たとえ角(27)図4アレルギー性結膜炎の角膜病変への対応のフローチャート抗アレルギー薬,ステロイド薬で治療アレルギー性結膜炎角膜病変を確認SPK以下の病変かYesNo他疾患の鑑別改善したか治療の継続NoYes図5春季カタルの角膜病変への対応のフローチャート春季カタル角膜病変を確認病勢を観察しながら薬物を継続YesYesYesYesYesNoNoNoNo抗アレルギー薬点眼液を投与軽度のSPK以下の病変かステロイド薬の点眼回数増加ステロイド薬眼注ステロイド薬内服改善したか抗アレルギー薬点眼液とステロイド薬(免疫抑制薬)点眼液を投与改善したか巨大乳頭切除術上皮化されていない角膜プラークはあるか改善したか角膜プラーク除去術No308あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006膜びらんや潰瘍が残存していても治療は奏効している.また,結膜の充血,浮腫,滲出物も治療が有効な場合には速やかに消失する,効果判定の良い指標である.巨大乳頭は存在すること自体よりも前述したような形状の変化がより重要である.また,巨大乳頭の頂点にトランタス斑がみられた症例では治療が奏効すればトランタス斑は速やかに消失する.薬物療法を開始してこれらの炎症反応の軽快を示す所見が得られた場合には治療をさらに追加する必要はなく,経過を観察していけば徐々に角膜病変は回復して治癒へ至る.逆に,角膜病変を伴う春季カタルに対する治療を強化して1週間程度たっても角膜上皮の点状表層角膜症が改善しない,結膜所見が回復しない場合には薬物治療は不十分であり,このまま経過観察をしても角膜上皮傷害の回復は見込めないので,さらに治療を強化する必要がある.治療法の強化の方法としては,1)ステロイド薬の点眼回数の増加,2)ステロイド薬の短期間内服,3)巨大乳頭の手術的な切除などがある.このうち,ステロイド薬の点眼回数の増加は最も副作用が少ない方法であり,第一に試みるべき治療法であるが,学校で点眼することを好まない患児も多く,頻回点眼が実際に可能かどうかをよく尋ねてからにしたほうがよい.ステロイド薬の内服療法として筆者らはプレドニゾロン0.6mg/kg(BW)を1週間のみ投与するミニパルス療法を用いている.1週間しか投与しない場合では継続的に使用する場合に比べて効果の面では劣るものの,消化性潰瘍や感染症の増悪以外の重大な副作用はほとんど生じず,安全性が高い.3.手術療法(図5)角膜病変を伴う春季カタルの症例でステロイド薬の点眼回数の増加,ステロイド薬の眼局所への注射,内服などを行っても改善しない症例では巨大乳頭の切除術を行うと改善することが多い.この手術では,上眼瞼結膜円蓋部と眼瞼皮下に局所麻酔を行った後に巨大乳頭を切除する.大きな乳頭を数個切除するのみではほとんど効果が得られず,上眼瞼結膜にみられる増殖性の変化をすべて切除するべきである.角膜上皮病変の改善は通常手術の翌日からみられる.角結膜炎の治癒後に角膜上に角膜プラークが残存することがある.一般に角膜上皮で被覆されている角膜プラークは自然に吸収されるが,上皮で被覆されていないプラークは吸収されにくく,それ自体が結膜炎の増悪因子である.そのために,上皮化されていない角膜プラークに対しては除去術が行われる.この際に留意すべき点は以下の2点である.1)結膜の炎症反応が消退してから角膜プラークを除去する.結膜の炎症反応が軽快しない状態で角膜プラークを除去すると数日でプラークが再形成されてしまう.そのためにプラークを除去する時期はアレルギー反応の原因となる抗原の飛散が少なく,多くの患者で炎症反応が消退しやすい季節である冬季に行うのが適している.また,プラーク除去数日前からプレドニゾロンの短期間内服などで炎症反応を強く抑えるのも有効である.2)プラークは見かけよりも大きいことが多い.一般に角膜プラークは周辺部に淡く混濁して角膜上皮に被覆された部位が,中央部に強く混濁して上皮に被覆されない部位がある.このためにプラークの大きさはフルオレセインで染色される範囲よりも大きい.術前に細隙灯顕微鏡でよく観察して,プラーク全体を除去するように心がける.VIアトピー性角結膜炎でみられる角膜病変の治療アトピー性角結膜炎でみられる角結膜病変(図6)は春季カタルの角結膜病変に類似している.しかし,以下の点で春季カタルの角膜病変とは大きな違いもある.1)春季カタルでは病勢の季節性の変動が大きく,多くの症例では15歳前後で寛解する.しかし,アトピー性角結膜炎では炎症反応の季節性の変動はわずかで,加齢による自然回復傾向はほとんどみられない.2)アトピー性角結膜炎では,持続する炎症反応により角結膜のバリア機能は障害され,涙液分泌,マイボーム腺機能の異常などより角膜上皮を取り巻く環境が悪化している.3)アトピー性角結膜炎では角膜感染症,特に単純ヘルペス角膜炎が起こりやすく,重症化しやすい.4)アトピー性角結膜炎では巨大乳頭はないかあって(28)あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006309もわずかで,治療方法としての巨大乳頭切除術は行えない.アトピー性角結膜炎でみられる角結膜病変への対応は春季カタルに準じるが,ステロイド薬の使用は感染症の予防のために必要最小限にとどめるべきであるとされる.また,角膜上皮を取り巻く環境の整備に努めるべきである.アトピー性角結膜炎では年余にわたって角膜病変が続くことが多く,経過中に遷延性角膜上皮欠損,角膜プラークの形成,白内障の出現などにより重篤な視力障害をきたす症例が多い.アトピー性角結膜炎の治療は角結膜疾患の専門医に任せるべきである.文献1)アレルギー性結膜疾患の診断と治療のガイドライン(大野重昭編),日本眼科医会アレルギー眼疾患調査研究班業績集.日本眼科医会,p9-11,1995(29)図6アトピー性角結膜炎患者の角結膜所見A:上眼瞼結膜に強い充血,浮腫を伴う乳頭性結膜炎がみられるが巨大乳頭は形成しない.B:角膜に広範な角膜プラークが形成され角膜の透明性が損なわれている.上下眼瞼のマイボーム腺機能不全と白内障を伴っている.AB

マイボーム腺・眼瞼関連角膜上皮疾患

2006年3月31日 金曜日

0910-1810/06/\100/頁/JCLSじ,眼表面に異常をきたすようになる.このような,マイボーム腺の異常に伴う,涙液および眼表面の異常をマイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)と総称する.MGDは,脂質の分泌低下を生じる「閉塞性MGD(obstructiveMGD)」と,分泌過剰を生じる「脂漏性MGD(seborrheicMGD)」の2つに分類される.MGDの原因は不明であるが,加齢に伴うマイボーム腺開口部の導管上皮の異常角化,ホルモンバランスの変化1),常在細菌叢の変化に伴うmeibum組成の変化,皮膚疾患との関連(脂漏性皮膚炎や酒渣様皮膚炎)などの関与が推測されている.2.診断患者は,非特異的な症状(熱感,異物感,充血,掻痒感,疲れ目,眼痛,起床時の開瞼困難など)を訴えることが多く,ドライアイに共通の慢性の不定愁訴である.角膜には下方に限局したSPKを認めるか(図1),あはじめに臨床の現場で,角膜に点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)や細胞浸潤を認める場合,眼表面のみを観察しているだけではその原因がすぐには明らかでないことがしばしばある.そのようなとき,マイボーム腺を含む眼瞼縁を詳細に観察することで,角膜上皮障害の原因を突き止め,有効に治療できる場合が少なくない.マイボーム腺開口部や眼瞼縁は眼表面と密接に関連しているにもかかわらず,見過ごされがちであるというのが現状である.細隙灯顕微鏡検査を行う際に,最初から強拡大で角膜や球結膜の観察をするのではなく,拡散光を用いて弱拡大で眼瞼縁を含めた観察を行うクセをつけると,よくわからなかった眼表面の炎症性疾患の原因がわかり,効果的な治療ができるようになる.本稿では,マイボーム腺および眼瞼縁と関連した角膜上皮障害について述べる.I閉塞性マイボーム腺機能不全による蒸発亢進型ドライアイ1.病因・病理マイボーム腺は皮脂腺の一種であり,涙液中に脂質(meibum)を供給している.この脂質が涙液油層を構成し,涙液の蒸発を抑制し,その安定性を維持するのに非常に重要な役割を果たしている.そのため,マイボーム腺の機能が低下して涙液油層に異常が生じると,涙液の蒸発が亢進し,その安定性が失われ,ドライアイを生(17)297*TomoSuzuki:京都市立病院眼科〔別刷請求先〕鈴木智:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町1-2京都市立病院眼科特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):297~302,2006マイボーム腺・眼瞼関連角膜上皮疾患CornealEpithelialDamageRelatingtoMeibomianGlandandLidMargin鈴木智*図1蒸発亢進型ドライアイと涙液減少型ドライアイ蒸発亢進型では角膜下方に限局した軽度のSPKを認めるのに対し,涙液減少型では角膜のみならず球結膜にも点状染色を認める.蒸発亢進型涙液減少型298あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006るいはまったくSPKは認めないことも多い.涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)が5秒以下と短縮していることが多いが,SchirmerI法は正常である.これは,眼表面と涙腺を結ぶ反射弓は保たれており,涙腺そのものにも異常は生じていないため,反射性の涙液分泌が保たれていることを意味している1).閉塞性MGDの診断は,マイボーム腺開口部における脂質の固形化(pluggingなど),指で上眼瞼を圧迫した際のmeibum分泌の減少,meibumの性状変化,眼瞼縁の血管拡張や不整,皮膚粘膜移行部の後方移動(瞼縁の角化が進行し瞼結膜と皮膚との境界が徐々に結膜側へ移動していく現象)などによって行う(図2).最近では,マイボーム腺の腺構造を観察できるマイボグラフィーや,meibumの分泌量を測定できるマイボメトリーなどを用いた総合的なマイボーム腺機能の評価も行われるようになってきた2).3.治療・管理蒸発亢進に伴うドライアイのため,まずは人工涙液(防腐剤無添加)の点眼を行う.回数を増やしても症状が改善しない場合は,ヒアルロン酸の点眼を併用する.閉塞性MGDの治療も同時に行う.マイボーム腺機能の改善を目的として,蒸しタオルなどを用いて5~10分間眼瞼の保温を行い,続いて眼瞼をマイボーム腺開口部に向かってマッサージしてmeibumの排出を促進するとともに,瞼縁の清拭を行う.外来で,マイボーム腺圧迫鑷子を用いてmeibumを圧出することを定期的に行うと,症状が改善することもある.どうしても症状が改善しない場合には,涙点プラグの使用が有効な場合もある.IIブドウ球菌性眼瞼角結膜炎(Staphylococcalblepharokeratoconjunctivitis)1.病因・病理眼瞼縁の睫毛根部におけるブドウ球菌(おもに表皮ブドウ球菌,黄色ブドウ球菌)の増殖が原因である.ブドウ球菌のもつ外毒素(dermatonecrotoxin)によって眼瞼皮膚のびらんや潰瘍が生じ,長期化すると睫毛が抜け,睫毛乱生や睫毛禿になることもある.眼瞼縁炎に伴って生じる慢性結膜炎やSPKは,ブドウ球菌そのものが結膜上皮や角膜上皮に感染して生じるものではなく,外毒素に対する上皮の反応である3).一方,カタル性角膜潰瘍や角膜フリクテンは,ブドウ球菌に対する感染アレルギー(カタル性角膜潰瘍はⅢ型,フリクテンはⅣ型アレルギーと考えられている)である.そのため,いずれの場合でも角膜の病変部を擦過して培養してもブドウ球菌を検出することはほとんどない.ブドウ球菌の感染は,高齢者,糖尿病患者,アトピー性皮膚炎患者などに好発し,これらの患者では治療に抵抗して慢性の経過をとることが多い.2.診断自覚症状は,眼瞼の灼熱感,疼痛,異物感,軽度の結膜充血,流涙,眼脂などであり,視力障害を訴えることはほとんどない(角膜フリクテンを除く).また,両眼同時に発症することは少ない.ブドウ球菌性眼瞼炎では,一般に眼瞼縁の皮膚表面に硬くてもろいフィブリン様の膜様物を生じ,睫毛の生育とともにそれが持ち上げられcollaretteとよばれる特徴的な所見を呈する(squamoustype)(図3).ときに,睫毛根部に硬い痂皮を生じ,鑷子などでその痂皮を.がすと毛根部に小さい潰瘍が認められることもある(ulce-rativetype).結膜の変化はあまり多くはないが,球結膜充血や軽度の乳頭増殖を伴った慢性結膜炎を認めるこ(18)図2閉塞性MGDマイボーム腺開口部の閉塞性所見とともに,瞼縁の血管拡張や不整も認められる.あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006299とがある.角膜の合併症として,外毒素による角膜下方1/3を中心としたSPK(図4),免疫反応によるカタル性角膜浸潤や軽度の角膜フリクテンなどが認められることもある.脂漏性眼瞼炎とは,睫毛根部にgreasyな分泌物を認めるものの潰瘍は伴わず,容易に分泌物の除去が可能であるので鑑別が可能である.しかし,両疾患が合併していることもある.角膜にSPKを認める場合には,ドライアイ(おもに瞼裂部を中心に角膜のみならず結膜にも点状染色が認められる),アトピー性角結膜炎(角膜下方に点状染色を認めるが,眼瞼にアトピー性皮膚炎を認める)などとの鑑別が必要である.なお,若年者(特に女性)の角膜下方のSPKでは,睫毛根部のcollaretteなどは認めず,マイボーム腺炎を伴っている場合が多く,マイボーム腺炎角膜上皮症の一病型の場合もありうる4).3.治療ブドウ球菌性眼瞼角結膜炎は,適切な治療を行うことで比較的早く症状を軽快させることができる.治療は,瞼縁の清拭に加え,ブドウ球菌に感受性のある抗生物質の投与が中心となる.具体的には,ニューキノロン系〔クラビッドR(レボフロキサシン),ガチフロR(ガチフロキサシン)など〕の点眼や眼軟膏が有効なことが多い.しかし,近年ニューキノロン耐性のブドウ球菌の出現が増加しており,慢性化すると治療が困難となることも多いので,瞼縁の菌培養と感受性検査を施行した後に抗菌薬を選択し,濫用しないよう注意することが必要である.カタル性角膜潰瘍は,病変が局所の免疫反応の結果生じたものであるため,その抑制を目的として,急性期には低濃度ステロイド薬の点眼の併用が効果的である.しかしながら,長期間にわたるコントロールには抗原(すなわち細菌)の量を減少させるために,抗菌薬の点眼と眼瞼縁の清拭が重要である.基本は,やはり眼瞼縁炎の治療となる.IIIマイボーム腺炎角膜上皮症マイボーム腺炎(meibomitis)という場合に,閉塞性MGD一般を意味していることが多いが,ここでは,「マイボーム腺そのものに明らかな炎症所見を伴っている閉塞性MGD」に限定してマイボーム腺炎という用語を使用する.マイボーム腺炎では,マイボーム腺開口部における脂質の固形化および導管上皮の角化による閉塞所見(pluggingなど),指で瞼縁を圧迫した際の分泌障害などの閉塞性MGDの所見に加え,眼瞼縁・瞼結膜のマイボーム腺存在領域(特に開口部周辺)に強い充血を認める(図5).「炎症」の原因としては,細菌感染あるいは(19)図3ブドウ球菌性眼瞼縁炎睫毛根部にcollaretteを認める.図4ブドウ球菌性眼瞼角結膜炎ブドウ球菌の外毒素による角膜下方1/3に限局したSPK.〔鈴木智:角膜疾患外来でこう診てこう治せ(木下茂編),メジカルビュー社,p46,図3より転載〕300あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006細菌関連蛋白への生体反応の関与が考えられる.いわゆる慢性眼瞼結膜炎の起因菌としては,好気性菌であるStaphylococcusspeciesが一般的であるが,マイボーム腺炎の起因菌としては,筆者らは嫌気性菌であるPropionibacteriumacnes(P.acnes)がマイボーム腺内で増殖している可能性があると考えている3).この「細菌増殖によって生じるマイボーム腺炎」が角膜上皮障害と関連しているものを,筆者らは「マイボーム腺炎角膜上皮症」とよんでいる.それは,角膜に結節病変を作る「フリクテン型」と,結節性病変は作らずSPKが主体である「非フリクテン型」の2つに分類できる.いずれのタイプも,若年女性に多いのが特徴である.1.診断a.フリクテン型「フリクテン型」の特徴は,その名のとおり,角膜上の結節性細胞浸潤とそれに向かう表層性血管侵入である.角膜の結節性病変の延長線上の眼瞼縁にマイボーム腺炎を認める.角膜フリクテンの起因菌として,これまで黄色ブドウ球菌がおもに考えられてきたが,実際に患者の結膜.や眼瞼縁の培養を行ってもこれらの細菌を検出することはまれである.筆者らが行ったマイボーム腺分泌物の培養5,6)および実験モデル7)による検討では,P.acnesも本疾患の起因菌として重要であると考えられる.若年女性(特に思春期ごろ)に圧倒的に多いこと,幼少時より麦粒腫や霰粒腫の既往歴がある症例が多いこと,ヒト白血球抗原(HLA)との関連があることなども特徴である6).患者は,異物感,充血,眼痛,羞明,流涙,視力低下などを訴える.重症例や難治例では,角膜の混濁と菲薄化が生じ,高度の視力低下をきたす.若年女性で,角膜に結節性浸潤病巣とそれに向かう表層性血管侵入,対応する球結膜の充血が認められれば,診断は容易である.低倍率で,拡散光のもとに観察することでマイボーム腺炎の合併が捉えやすくなる(図6a,b).軽症例では,結節性細胞浸潤の延長線上に限局したマイボーム腺炎が認められるが,重症例では眼瞼全体に及ぶ強いマイボーム腺炎が認められる.眼瞼を反転してみると,マイボーム腺そのものの炎症がわかりやすい.(20)図5マイボーム腺炎マイボーム腺開口部近傍の瞼結膜および眼瞼縁の発赤,腫脹が認められる.図6マイボーム腺炎角膜上皮症(フリクテン型)a:角膜に結節性細胞浸潤とそれに向かう表層性血管侵入,その延長線上の眼瞼縁にマイボーム腺炎を認める.b:aのフルオレセイン染色所見.結節部位に一致して角膜上皮びらんを認める.abあたらしい眼科Vol.23,No.3,2006301角膜フリクテンでは,マイボーム腺炎と角結膜の炎症所見は同様に推移する.すなわち,角結膜所見が高度であるほどマイボーム腺炎も高度であり,角膜病変はマイボーム腺炎の改善に伴って改善する.重症例になると,長年にわたって再発をくり返しているため角膜への血管侵入と角膜上皮下~実質内への細胞浸潤が高度となり,単純ヘルペスによる壊死性角膜炎などと見誤ることがある.しかしながら,高度のマイボーム腺炎を合併していることに注目すれば,「角膜フリクテン」と診断できなくても,マイボーム腺炎が眼表面の炎症の原因となっていることが推測できるため,治療方針を誤ることはない.b.非フリクテン型マイボーム腺炎とともに認める角膜上皮障害はSPKが主体であり,「フリクテン型」のように細胞浸潤による結節病変を作らないものを「非フリクテン型」とよんでいる.SPKは角膜全体に及ぶ重症例もあれば,角膜の一部(下方あるいは上方)に限局している軽症例もある(図7a,b).いわゆる高齢者の閉塞性MGDに伴う蒸発亢進型ドライアイに典型的な,角膜下方に限局したSPK(図1)とはいささか異なるものと考えられるが,厳密に区別するのはむずかしい.この病型には,表層性血管侵入を伴う症例と,伴わない症例が混在している.角膜上皮障害および眼表面の炎症の重症度は,「フリクテン型」と同様,マイボーム腺炎の重症度と相関している.2.治療「フリクテン型」,「非フリクテン型」ともに,マイボーム腺炎が疾患の原因であると考えられるので,その治療が基本となる.すなわち,眼瞼縁の清拭とともに,マイボーム腺内で増殖している可能性のある細菌(P.acnes)に対して適切な抗菌薬を投与する.増殖した細菌の数を減らす目的で,感受性の高いセフェム系抗生物質の内服〔たとえば,フロモックスR(塩酸セフカペンピボキシル)〕を行うと効果的である6).マイボーム腺内の細菌叢を整える目的で,クリンダマイシンの投与も有効と報告されている8,9).マイボーム腺炎が比較的軽度で,視力障害をきたしていない症例については抗菌薬の点眼のみ〔タリビッドR(オフロキサシン)+ベストロンR(セフメノキシム)〕でコントロール可能であるが,再発をくり返す症例については抗菌薬の内服投与は必須である.重症例および難治例にはマイボーム腺内の抗菌薬の濃度を高める目的で点滴を行い,良好な成績を得ている10).ステロイド薬については,ocularsurfaceの炎症が強い場合には抗菌薬との併用が効果的であるが,投与を中止すると再発することが多い.これは,マイボーム腺炎に関連していると考えられる細菌が十分に除菌されていないためと考えられる.基本はあくまでもマイボーム腺炎の治療であるということを忘れないようにしたい.穿孔例や瘢痕の強い症例については,角膜移植を行うが,原則として表層角膜移植を選択すべきである.(21)図7マイボーム腺炎角膜上皮症(非フリクテン型)a:角膜上方に表層性血管侵入とSPK,対応する眼瞼縁にマイボーム腺炎を認める.b:aのフルオレセイン染色所見.ab302あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006文献1)鈴木智:神経支配および性ホルモンと眼の乾き.あたらしい眼科22:303-309,20052)YokoiN,KomuroA,MaruyamaKetal:Newinstrumentsfordryeyediagnosis.SeminOphthalmol20:63-70,20053)ThygesonP:Complicationsofstaphylococcicblepharitis.AmJOphthalmol68:446-449,19694)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:マイボーム腺炎に関連した角膜上皮障害(マイボーム腺炎角膜上皮症)の検討.あたらしい眼科17:423-427,20005)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:角膜フリクテンの起炎菌についての検討.あたらしい眼科15:1151-1153,19986)SuzukiT,MitsuishiY,SanoYetal:Phlyctenularkeratitisassociatedwithmeibomitisinyoungpatients.AmJOphthalmol140:77-82,20057)SuzukiT,SanoY,KinoshitaS:Ocularsurfaceinflamma-tioninducedbydelayedhypersensitivityresponsetoPropionibacteriumacnes.Cornea21:812-817,20028)横井則彦:マイボーム腺に関連した眼表面疾患.日本医事新報4166:33-36,20049)横井則彦,西井正和:涙液異常(ドライアイ・マイボーム腺異常).眼科47(11):1619-1631,200510)鈴木智,横井則彦,木下茂:角膜フリクテンに対する抗生物質点滴大量投与の試み.あたらしい眼科15:1143-1145,1998(22)

薬剤毒性-点眼薬および全身薬による毒性-

2006年3月31日 金曜日

0910-1810/06/\100/頁/JCLSI点眼薬による薬剤毒性1.薬剤の眼表面への沈着薬剤そのものが沈着するものとして,ニューキノロン系の抗菌薬(ノフロキサシンなど)や抗真菌薬であるピマリシンがあげられる.また,点眼により,涙液中のpHやイオン組成が変化し,二次的に角膜に沈着を生じることもある.代表的な例としてはカルシウム塩の沈着があげられ,帯状角膜変性の成因の一つと推測されている.はじめに薬剤の副作用は種々多彩であるが,本稿では点眼薬または全身投与薬の眼表面への副作用に絞って述べることにする.点眼薬の副作用は,最も高い薬剤濃度となる角結膜上皮に最も現れやすい.ここでは点眼薬の副作用を薬剤の沈着によるもの,点眼薬の主剤や基剤(防腐剤,安定化剤,緩衝剤など)の細胞毒性によるもの,そして薬剤アレルギーによるもの,の3つに大きく分けて考えていくことにする.また全身投与薬による副作用として,Stevens-Johnson症候群と抗癌薬によるものを概説する.(11)291表1眼科点眼剤による角膜障害原因代表的薬剤沈着ニューキノロン系抗菌薬・ピマリシン眼軟膏・エピネフリン点眼薬剤毒性主剤抗ウイルス薬IDUR点眼・ゾビラックスR眼軟膏bブロッカーチモプトールR点眼・ベトプティックR点眼プロスタグランジン関連薬レスキュラR点眼・キサラタンR点眼アミノグリコシド系抗菌薬トブラシンR点眼・サンテマイシンR点眼非ステロイド系抗炎症薬ジクロードR点眼抗真菌薬ピマリシンR点眼点眼麻酔薬ベノキシールR点眼防腐剤塩化ベンザルコニウム,パラベン類,クロロブタノールなど(ほとんどの点眼薬に含有)薬剤アレルギー即時型結膜炎(Ⅰ型)散瞳薬偽眼類天疱瘡(Ⅱ型)IDUR,アミノ配糖体系の抗生物質,緑内障治療薬*MotokoKawashima&JunShimazaki:東京歯科大学市川総合病院眼科〔別刷請求先〕川島素子:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):291~295,2006薬剤毒性─点眼薬および全身薬による毒性─DrugToxicity─ToxicityDuetoEyedropsandGeneralDrugs─川島素子*島﨑潤*292あたらしい眼科Vol.23,No.3,20062.薬剤毒性による角結膜障害薬剤毒性による角結膜障害の原因には,点眼薬の主剤によるものと,防腐剤,緩衝剤などの添加物によるものとに大きく分けることができる.代表的な薬剤を表1に示す.薬剤起因性角膜障害は角膜表層上皮のturnoverおよびバリア機能と非常に関連しており,その臨床像は段階的に進行し,重症度から以下のように分類される(表2).<所見>a.点状表層角膜症最初の段階は,点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)である.部位的に限局している場合とびまん性の場合があり,原因や重症度と関係している.薬剤起因性角膜障害でみられる限局性の点状表層角膜症は,角膜中央部よりやや下方,瞼裂に沿うような形で生じることが多く,ドライアイに類似したフルオレセイン染色パターンを示す(図1).これらの薬剤の点眼により,角膜知覚が低下すること,涙液の安定性が低下すること,などの報告があり,薬剤によりドライアイの状態が作り出されている可能性がある.また,角膜一面に点状表層角膜症がみられる場合は,より強く薬剤起因性のものを疑うべきである.薬剤により表層の上皮細胞が変性,死滅し,脱落が亢進していることを示すものであり,慢性にみられる場合には,表層細胞の脱落による上皮細胞数の減少が基底細胞の細胞増殖により十分に補われていないことを示している.b.渦巻き角膜症とクラックライン角膜上皮細胞の脱落の亢進が持続すると,基底細胞の増殖だけでこれを代償することがむずかしくなったり,基底細胞にも障害が及んで十分な増殖能を発揮できなくなる.基底細胞から十分な数の上皮細胞が生み出されなくなると,表層細胞は紡錘形になって遊走により角膜表(12)表2薬剤毒性の重症度からみた角結膜障害の分類点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy)渦巻き角膜症(vortexkeratopathy)クラックライン(epithelialcrackline)遷延性上皮欠損(persistentepithelialdefect)輪部機能不全(limbaldysfunction)図1点状表層角膜症図2a渦巻き角膜症図2bクラックラインあたらしい眼科Vol.23,No.3,2006293面を覆おうとする.この形が渦巻き角膜症(vortexkera-topathy)とよばれる状態である(図2a).病態が進行し,渦巻き角膜症のような代償性の変化が限界に達すると,クラックライン(epithelialcrackline)とよばれるひび割れ状の混濁が生じてくる(図2b).c.遷延性上皮欠損角膜上皮を覆っておこうとする上皮の力が限界に達すると,上皮欠損が生じる.この状態では基底細胞や輪部の幹細胞の増殖能も限界に達しているので,少なくとも原因薬剤が投与されている間は上皮欠損の治癒が見込めない,遷延性上皮欠損の状態となる(図3).d.輪部機能不全細胞毒性,特に細胞増殖に影響を与えるような点眼薬を長期間連用した場合に生じるのが輪部機能不全である.輪部とは角膜と結膜の境界部分であり,この部分の幅約1.5mmの上皮の基底細胞層に角膜上皮の幹細胞が存在するとされている.臨床的に輪部上皮はpalisadesofVogt(POV)とよばれる色素沈着を伴った縦じわとして観察され,POVの有無で輪部上皮の健常性が推測できる.輪部上皮は角膜上皮細胞の供給源である以外に,角膜と結膜を隔てる役割を有しており,輪部上皮が障害を受けると結膜上皮が輪部を超えて角膜上に侵入する,いわゆる輪部機能不全の状態となる.<治療>薬剤毒性が疑われる症例に対しては,まずそれまでに使用してきた点眼薬のうち上皮障害に関与していると考えられるすべての点眼薬を中止し,防腐剤を含まない人工涙液であるソフトサンティアRの頻回点眼により眼表面からの薬剤のwashoutを行う.ただし,原疾患の悪化の可能性などより治療を中止できない場合は,防腐剤を含まない点眼にまず変更する(表3).上皮障害を「治癒」しようとして,さらに点眼薬を追加し重症化していくことを防ぐためには,早期に薬剤起因性角膜障害を疑って治療のアプローチをすることが重要である.3.薬剤アレルギーによる角結膜障害薬剤アレルギーによる角結膜障害は,薬理学的作用や用量とはあまり関係なく生じるので注意が必要である.a.即時型結膜炎抗原である原因薬剤とIgE(免疫グロブリンE)抗体が結合し,これが肥満細胞表面のFc(fragmentcrystallizable)レセプターに結合することでひき起こされる急性の反応であり,点眼後に急激に結膜充血と浮腫を生じる.典型的なものは散瞳薬によるものであり,その多くはフェニレフリンが原因である.<治療>ステロイド点眼で消炎を図るが,放置しても2~3日以内に自然軽快,消失する.次回から原因薬剤を使用しないようにする.b.薬剤起因性偽眼類天疱瘡IgGが結膜の基底膜抗原を認識し,補体の存在下で基底膜を障害する自己免疫反応である.本来自己抗原である基底膜抗原に薬物が結合することで異物として認識されると考えられている.所見としては眼類天疱瘡と非常に類似した臨床像を示し,ときに急性増悪をくり返しな(13)表3防腐剤を含まない点眼薬・眼軟膏の例薬剤の種類代表的薬剤もともと防腐剤を含まない製剤タリビッドR眼軟膏・クラビットR点眼・ソフトサンティアRユニットドーズ点眼インタールRUD点眼・ヒアレインミニR点眼・パピロックミニR点眼防腐剤フリー容器チマバックR点眼・リンベタRPF点眼・ブロキレートRPF点眼・クモロールRPF点眼自家作製点眼シクロスポリンR点眼・ソル・メドロールR点眼・ジフルカンR点眼など図3遷延性上皮欠損294あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006がら慢性に経過する結膜炎の形をとり,徐々に結膜.の短縮や瞼球癒着,涙点閉鎖,眼瞼内反を生じてくる.POVはやがて消失し,角膜上に異常な結膜上皮が表層性の血管侵入を伴って侵入してくるようになり,最終的には高度の眼球乾燥症と視力障害を呈するようになる.原因薬剤としてはIDUR(ヨード・デオキシウリジン),アミノ配糖体系の抗生物質,緑内障治療薬などが指摘されている.<治療>免疫抑制薬やステロイド薬を使用し,進行例では羊膜や培養上皮移植を併用した眼表面再建術を行う.いったん生じた瞼球癒着や結膜.の短縮などの変化は不可逆的であり,進行例の手術成績は不良であるために,できるだけ早期に診断し,原因薬剤を中止することが大切である.II全身薬による角膜障害1.Stevens-Johnson症候群全身薬による角膜障害を生ずる代表例である.皮膚粘膜症候群の一つに分類され全身の皮膚粘膜が侵される重篤な疾患である.薬剤が原因であるStevens-Johnson症候群は60~70%とされる.Ⅲ型アレルギー反応と考えられている.原因薬剤としては,抗生物質,感冒薬などの一般用医薬品を含めた消炎鎮痛薬,フェノバルビタール(フェノバールR),カルバマゼピン(テグレトールR)などの中枢神経系用薬剤が多い(表4).発症早期は,眼脂,結膜充血,偽膜形成,急速な眼瞼癒着の進行,角膜上皮びらんなどを生じ,慢性期には角結膜の角化・瘢痕化,涙液分泌障害,眼瞼癒着などを生じ,重篤な視力障害に陥る(図4).<治療>急性期の治療のメインは消炎であり,感染に注意しながらステロイド薬の全身・局所投与を行う.慢性期は,睫毛抜去,抗生物質点眼,低濃度ステロイド点眼,人工涙液,血清点眼など眼表面のメンテナンスを行う.手術としては,羊膜や培養上皮移植を併用した眼表面再建術を行う.治療技術は向上しているが,依然難治である.2.抗癌薬による角膜障害抗癌薬のなかには,副作用として消化器症状や神経症状ばかりではなく,重篤な眼障害を生じる薬剤もある.なかでも角結膜などの眼表面に障害を生じるものとして,フルオロウラシル(5-FU),メトトレキサート(メソトレキセートR),ドキソルビシン(アドリアシンR),マイトマイシン(MMC)などがあげられる.5-FUは角膜上皮障害を45%に,メトトレキサートは17%に結膜炎に生じ,特に放射線療法との併用で毒性が増加するとの報告がある3,4).これらの副作用は抗癌薬投与直後に認め,投与を中止すれば一般的に可逆性で,障害は1~2週で治まる.しかし,3~4剤併用の大量ないし長期投与では,失明に陥る重篤な障害が生じることがある.特に,放射線治療と抗癌薬を併用する際には留意すべきで表4薬剤誘発性Stevens-Johnson症候群のおもな原因薬剤抗生物質ペニシリン系解熱鎮痛薬サリチル酸,フェノールブタゾン,イブプロフェン,スリンダク催眠鎮静薬フェノバルビタールサルファ剤抗てんかん薬カルバマゼピン,フェニトイン,トリメタジオン抗精神病薬フェノチアジン系(クロルプロマジン)利尿薬フロセミド,メタゾラミド痛風治療薬アロプリノール抗結核薬イソニアジド,リファンピシン漢方薬センナ(アローゼンR),麦門冬(14)図4Stevens-Johnson症候群(慢性期)あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006295(15)ある.また,眼科的治療として5-FUとMMCは緑内障治療,翼状片手術,瘢痕性角結膜疾患の手術などで,瘢痕抑制目的で眼部に直接使用される薬剤でもある.その場合,点状表層角膜症が高頻度で発症し,そのほかに結膜の菲薄化,組織の脆弱化,創傷治癒遅延,ひいては重篤な感染症をひき起こすこともあり,使用方法については十分留意されたい.おわりに以上,薬剤毒性による角膜障害について概説した.本来は治療の目的で用いられる薬剤が,副作用として眼組織に障害を与えている例は決して少なくなく,点眼薬が両刃の剣であることを常に意識しておくことが重要である.文献1)山田昌和,真島行彦:点眼薬の副作用.眼科40:783-790,19982)大橋裕一:薬剤アレルギーの病態と治療(細胞毒性によるもの).眼科NewInsight2,点眼薬─常識と非常識─(大橋裕一編),p78-85,メジカルビュー社,19943)HansenHH,SelawryOS,HollandJFetal:Thevariabilityofindividualtolerancetomethotrexateincancerpatients.BrJCancer25:298,19714)HamerslyJ,LuceJK,FlorentzTRetal:Excessivelacrimationfromfluorouraciltreatment.JAMA225:747-748,1973

涙液減少型ドライアイ

2006年3月31日 金曜日

0910-1810/06/\100/頁/JCLS方が登場してきた4)が,この考え方は,SSの結膜の異常をうまく説明してくれる.近年,涙液減少型ドライアイの考え方や治療にも進歩がみられるが,ここではその病態の考え方と診断,治療の基本について述べる.I涙液減少型ドライアイの病態─3つの異常涙液減少型ドライアイにおける1つ目の異常は,眼表面の涙液と上皮のインターフェイスの異常である.この異常は,ドライアイに共通するものではあるが,涙液減はじめにドライアイは,涙液減少型と蒸発亢進型に分けられ1)(図1),涙液減少は,その大きな原因の1つである.涙液減少型ドライアイとは,さまざまな原因によって眼表面の涙液貯留量が減少し,その結果,角膜上皮障害がひき起こされて,異物感,羞明などの慢性の眼症状が生じ,QOL(qualityoflife)が低下するものである.最近,新しいドライアイの問題として,視機能の低下が注目されるようになってきた2,3)が,これは涙液減少型ドライアイにおいても例外ではない.涙液減少型ドライアイは,さらに,シェーグレン症候群(Sjogren’ssyndrome:SS)とSS以外の涙液減少型ドライアイ(Non-SS)に大きく分けられる(図1)が,両者に共通する病態として,涙液貯留量の減少に基づく涙液と上皮の間の悪循環があり,この病態に基づけば,角膜上皮障害や眼症状を理解しやすい.一方,ドライアイの病態の新しい考え方として,炎症を中心におく考え(3)283*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):283~290,2006涙液減少型ドライアイAqueousTear-deficientDryEye横井則彦*図1ドライアイの分類とその原因涙液減少型ドライアイシェーグレン症候群(SS)コンタクトレンズ装用VDT作業マイボーム腺機能不全蒸発亢進型重症眼表面疾患Non-SSReflexloopの障害など図2涙液減少型ドライアイの眼表面における涙液─上皮の悪循環とその修復システムとしてのreflexloop~涙腺システム涙液減少型ドライアイでは,涙液と上皮の界面に悪循環が生じており,それを眼表面の知覚神経から涙腺に至るreflexloopを通じて反射性に分泌された涙液(reflextear)が修復しようとするが,その機能不全のために,悪循環が慢性化している.悪循環上皮の濡れ性の低下涙液の安定性の低下涙液(水分)量減少Sensorynerve修復液層油層表層上皮障害ReflexloopReflextear284あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006少型ドライアイにおいては,涙液量の減少によって涙液と上皮の良好な関係(安定した涙液により上皮の機能が保たれ,逆にムチンを介した上皮の涙液保持作用により涙液の機能が保たれるという関係)が崩れ,慢性的な悪循環が生じている(図2).眼表面に悪循環が生じると,眼表面の知覚神経から神経系の反射経路(reflexloop)を介して涙腺から反射性の涙液が分泌され(図2),眼表面の涙液量が増加して,悪循環が軽減される.ところが,涙液減少型ドライアイにおいては,reflexloop~涙腺からなる眼表面のフィードバックシステムにすでに障害があるために,悪循環が解消されにくく,慢性化する.つまり,この救済システムの異常(reflexloop~涙腺システムの障害)は,涙液減少型ドライアイに特徴的な2つ目の異常である.さらに涙液減少型ドライアイの重症例には,もう1つの異常が関与している.涙液減少型ドライアイでは,上・下の涙点閉鎖を行えば,眼表面に最大の水分増加がもたらされ,reflexloop~涙腺システムの機能不全が代償されて悪循環が解消し,角膜上皮障害はほとんど消失する例が多い.しかし,上・下の涙点閉鎖を行っても,結膜上皮の障害の改善は,角膜上皮ほどには期待できない(図3)5).この事実は,涙液減少型ドライアイにおける結膜上皮の障害が単に水分量の減少だけに基づくものではないことを意味していると考えられる.特に,SSにおいて,結膜の免疫学的な炎症が病態に深く関与していることが指摘されており6,7),涙液減少型ドライアイにおける3つ目の異常として,この結膜の炎症の関与を考える必要がある.II涙液減少型ドライアイの原因涙液減少型ドライアイは,眼表面の涙液貯留量の減少を特徴とするが,涙液の基礎分泌に基づくと考えられる眼表面の涙液貯留量と反射性に分泌される涙液量には有意な相関がある8).したがって,reflexloop~涙腺までの反射性涙液分泌経路の異常(図4)を伴う例は,眼表面の涙液貯留量も減少しており,涙液減少型ドライアイ(4)図3上・下涙点プラグ挿入前・後の角膜上皮障害と結膜上皮障害の変化上段:上・下涙点プラグ挿入前,下段:プラグ挿入後.スルフォローダミンB染色(上皮障害のみを検出しうる色素)で評価.角膜上皮障害は糸状物も解消して完全に消失しているが,結膜上皮障害の改善は少ない.あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006285を生じうる.一方,重症の眼表面疾患であるスティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnsonsyndrome)や(偽)眼類天疱瘡〔ocularcicatricial(pseudo-)pemphigoid〕にもしばしば,重症の涙液減少型ドライアイが合併する.しかし,これらの眼表面疾患の本質的な異常は,高度の結膜炎症であり,結膜上皮下に生じた強い炎症の結果,結膜の瘢痕性変化がひき起こされて涙腺の導管が閉塞され,その結果,涙液分泌が減少する.また,これらの重症の眼表面疾患には,高度のマイボーム腺機能不全や炎症に基づく眼表面の角化がしばしば合併し,涙液減少と蒸発亢進の合わさった最重症のドライアイが生じうる(図1).III涙液減少型ドライアイの診断1.眼症状角膜上の涙液の不安定性や角膜上皮障害による「乾燥感」や「異物感」がよくある症状であるが,結膜の炎症に基づく「充血」や「眼脂の増加」を訴えることもある.一方,reflexloop~涙腺システムが比較的保たれている涙液減少型ドライアイの軽症例では,逆に「流涙」(軽症例では,角膜表面に悪循環が生じはじめると,反射性に涙液が分泌される)を訴えることもある.ドライアイにおける視機能障害,すなわち,開瞼の維持により,視力が低下したり2),高次収差が増加する3)ことが示されているが,涙液減少型ドライアイにおいても,視機能の障害が主訴となる場合もある.しかし,一般に症状は,いわゆる不定愁訴の場合が多く,症状だけで涙液減少を看破することはできない.涙液減少があると,乾燥により脱落する細胞が増えるとともに,眼表面の涙液の流れが遅くなって,ムチンや細胞の残渣が滞留して,眼脂を生じやすく,炎症が遷延しやすくなる.中高年者の眼脂の訴えは,しばしば,慢性結膜炎に分類されやすいが,その背景に涙液減少が関与していることがあることにも注意したい.2.涙液減少の診断法涙液減少型ドライアイの診断において最も重要なことは,涙液減少の検出であることはいうまでもない.しかし,高度の涙液減少の検出は容易でも,軽度の異常を看破することはしばしば容易ではなく,いくつかの異常から総合的に考えるのが実際的である.a.涙液メニスカスの観察先に述べたように,涙液量には,現在,眼表面で利用されている涙液貯留量と,悪循環を軽減させる援軍としての反射性涙液分泌量の2つの視点があり,誤りの少ない涙液量の評価のためには,両者をともに評価するのが良い.下眼瞼中央の涙液メニスカスの高さは,眼表面全体の涙液貯留量を知るうえでの良い指標となる.メニスカスの高さは,細隙灯顕微鏡を用いて,なるべく染色を行わずに行いたいが,しばしば評価しづらい.そこで,フル(5)副交感神経障害抗コリン作用薬剤の服用など涙腺障害涙液減少型ドライアイ加齢顔面神経障害(中枢性)聴神経腫瘍手術など知覚神経障害角膜切開手術(ECCE,LASIK,PKP)糖尿病点眼の影響(NSAID,bblockers)Reflexloop図4Reflexloop~涙腺システムの障害部位とその背景下方涙液メニスカス図5正常の涙液メニスカスの高さ─Schirmer試験紙を用いた確認286あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006オレセイン染色を用いるが,染色は,眼表面の涙液量を変えないように行うことが重要であり,涙液量を変えてしまうとせっかくの重要な情報の1つ(涙液貯留量)を見失ってしまうことになる.したがって,フルオレセイン染色時には,水滴で試験紙を塗らした後,水滴を強く振りきり,試験紙の角をメニスカスに当てるだけの操作で,最小限の色素を投与することが大切である.メニスカスの高さを実感することはむずかしいので,最初は,Schirmer試験紙などをあてて,正常の高さ(0.2~0.3mm)をよくイメージしておくとよい(図5).また,涙液減少においては,メニスカスに貯留する涙液に汚れ(微塵,増加した眼脂など)が観察されやすく,この所見も参考になる.b.SchirmerテストⅠ法SchirmerテストⅠ法は,異常部位の高位診断はできないが,reflexloop~涙腺に至るフィードバックシステム(悪循環の自己修復システム)の異常を検出しうるすぐれた検査法である.点眼麻酔は行わず,Schirmer試験紙を下眼瞼の外側1/3にかけ,5分間の涙液の分泌量を眼瞼縁からの濡れた濾紙の長さで計測する(mm/5分).試験紙が角膜に触れると値が変動しやすいため,挿入時に注意が必要である.異常値は,5mm/5分以下.c.角膜,結膜の上皮障害の評価ドライアイでは,角膜に点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)を生じるが,涙液減少では,角膜下方にSPKが集積しやすい.しかし,涙液減少がより重症になってくると,SPKは角膜下方に限局せず,角膜の中央を含んで,より上方にまで分布するようになる.そして,さらに重症になると,角膜に糸状物(6)図6涙液減少型ドライアイにおける角膜糸状物(上)とcornealmucusplaque(下)図7結膜上皮障害の観察上:リサミングリーン染色,下:ブルーフリーフィルター使用.あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006287やmucusplaqueを伴うようになる(図6).涙液減少型ドライアイでは,角膜よりも結膜に上皮障害を伴いやすい特徴があり,SSでは,角膜にSPKがみられなくても,結膜に高度の点状染色が認められ,この所見からSSを疑うことも多い.なお,結膜の点状の上皮障害は,ブルーフリーフィルターを用いれば,観察がより容易である(図7下)9).ローズベンガル染色は,ムチンに覆われていない角結膜上皮を染色するとされ10),SSの診断には好んで用いられてきた経緯があるが,染色時の刺激が強いため,最近では,同様の染色性を示し,刺激のないリサミングリーン染色11)が用いられる傾向にある(図7上).d.涙液の質の評価涙液の「質」としては,涙液の重要な「性質」である「安定性」を評価する.実際には,フルオレセインで涙液を染色した後,自然瞬目後に開瞼を持続させ,フルオレセインにbreakupが生じる(darkspotが出現する)までの時間を電子メトロノームなどを用いて計測し,3回の平均を取る(異常値は5秒以内).涙液減少型ドライアイでは,一般に,涙液の安定性も低下している.e.検査の手順と総合診断ドライアイの検査は,互いの検査が干渉し合いやすいため,侵襲の少ない検査法から順番に施行することが重要であり,このステップを確実に踏むことが,とりこぼしの少ない涙液減少型ドライアイの診断法となる(図8).1995年に示されたわが国のドライアイの診断基準12)は,近々改定される方向にあるが,ドライアイの診断基準は,本来,涙液減少型ドライアイではなく,原因によらずドライアイそのものを診断するものである.したがって,先に述べた涙液減少眼のチェック項目〔1)病歴やSchirmerテストⅠ法により,reflexloop~涙腺の経路の異常を推定,2)涙液メニスカスが低い,3)角膜上皮障害が角膜の下方にあり,結膜の上皮障害が角膜に比べて強いか同程度〕を参考に総合的に診断する.3.SSの診断SSの診断は,日本の基準(日本シェーグレン症候群改訂診断基準1999)もあるが,筆者らは,Foxの基準13)に準拠して,より厳しい基準で行っている.すなわち,涙液減少型ドライアイの所見に加えて,ドライマウスを聴取できる場合に,血液検査で自己抗体(リウマチ因子,抗核抗体,抗SS-A抗体,抗SS-B抗体)の有無を調べ,これが少なくとも1つ陽性である場合に限り,耳鼻科にて口唇小唾液腺の生検を行って,病理部に確定診断を依頼している.また,原発性SSか二次性SS(他の膠原病を合併)の鑑別は,内科に依頼している.なお,日本の基準では,抗SS-A抗体,または,抗SS-B抗体陽性,かつ,涙液減少型ドライアイがあれば,SSと診断でき,必ずしも病理組織診断を必要としない.IV涙液減少型ドライアイの治療1.涙液減少型ドライアイの重症度の評価涙液減少型ドライアイの的確な治療のためには,まず,その重症度を評価することが重要である.涙液減少型ドライアイの重症度は,一般にSPKの程度で評価でき,軽症例(SPKが角膜下方周辺に限局),中等症例(SPKが角膜中央より下方に分布するが,角膜中央を含まない),重症例(SPKが角膜中央を含んで全面に分布)の3つに分けると,簡便である(図9).ただし,上輪部角結膜炎(superiorlimbickeratoconjunctivitis:SLK),(7)結膜上皮障害の評価(bluefreefilterが有用)メニスカスの高さの観察(涙液貯留量の定性的評価)最小量のフルオレセインを投与角膜上皮障害の評価結膜弛緩症,上輪部角結膜炎の観察10分以上おいて,SchirmerテストⅠ法BUTの測定(3回平均)図8フルオレセインを用いた涙液減少型ドライアイの診断ステップBUT:涙液層破壊時間.288あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006難治性の角膜糸状物,cornealmucusplaqueの合併例は一般に刺激症状が強いため,点眼治療の無効例は重症に含めるのが良い(図9,10).2.涙液減少型ドライアイに対する点眼治療の基本点眼治療の基本は,人工涙液の頻回点眼であり,防腐剤無添加のものを用いるのが良い.薬剤性の上皮障害は,涙液減少に基づくSPKに上乗せの形で生じるため,防腐剤無添加の点眼液を治療の基本におけば,薬剤性の上皮障害の関与を考えなくて済み,ドライアイの重症度が判定しやすくなる.ドライアイ患者では,長い点眼歴を有する例も多いため,初診時に重症例と判断されても,少なくとも1カ月程度は,防腐剤無添加の人工涙液のみでwashoutをかけ,再び重症度を評価して,それに基づいて治療を考えるのが良い(図9).低力価のステロイド点眼(0.1%フルオロメトロンなど)は,特に,SSで充血を伴う例や眼脂の多い例には,ある程度有効であり,人工涙液点眼だけで管理が難しい場合に,オプションとして用いる.米国では,抗炎症治療としてのシクロスポリン点眼の効果が認められ14),実際の臨床にも用いられている.3.中等症までの涙液減少型ドライアイの治療中等症までの涙液減少型ドライアイでは,点眼治療によりSPKの下方シフト(比較的知覚の鈍麻な角膜下方周辺部にSPKがシフトする)が得られやすく,それが得られれば症状の改善が得られる.しかし,点眼を止めれば,SPKは再び上方にシフトして症状が悪化するため,常にSPKが下方に絞り込まれるように,症状のないときも点眼治療を続けることが大切である.このSPKの下方シフトのチェックは,ドライアイの重症度の変化や点眼治療のコンプライアンスを確認するのに有用である.4.涙液減少型ドライアイの重症例の治療点眼治療で,症状の改善が得られない重症例では,上・下の涙点に涙点プラグを挿入する.上・下一方のプラグ挿入は,重症例には効果がなく,逆に,中等症例以下への上・下の涙点プラグ挿入(図10)は,眼脂の蓄積,薬剤毒性,バイオフィルム形成15)などの涙点プラグに伴う合併症がありうるため,頻回点眼のほうが優れている.なお,重症例に対する眼軟膏の点入は,角膜表面の疎水性を高めるため不適当である.(8)重症中等症軽症ドライアイの重症度SPKの分布併発症治療の選択ステロイド点眼はあくまでもオプションとしてなし(SPKのみ)なし(SPKのみ)filamentcornealmucusplaqueSLK人工涙液(7/日)(防腐剤フリー)orヒアルロン酸(6/日)人工涙液(7~10/日)(防腐剤フリー)and/orヒアルロン酸(6/日)(防腐剤フリー)上・下涙点プラグor外科的涙点閉鎖術and人工涙液(6/日)(防腐剤フリー)低力価ステロイド(必要に応じて2~4/日),プラグ後は2/日まで)図9涙液減少型ドライアイの重症度評価と治療の選択SPK:点状表層角膜症,SLK:上輪部角結膜炎.あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006289(9)涙点プラグの挿入16)は,原則として上・下の涙点に行う.まず,涙点ゲージで涙点サイズを計測した後,フレックスプラグR(FP:EagleVision社),あるいは,パンクタルプラグR(PP:FCI社)を選択し,挿入する〔FPは,挿入しうる最大のゲージ径(MG)+0.1mm,PPは,MG<=0.6⇒SS,MG=0.7⇒S,MG=0.8⇒M,Mが脱落して疎通性のある肉芽のある場合はLを原則として選択するが,PPのSS,Sよりも,むしろMG=0.7まではFPを選択することが多い〕(図10).FPは脱落しやすいが肉芽形成がなく,脱落後に平均0.1mm涙点が拡大する17).一方,PPは脱落しにくいが肉芽形成を起こしやすく,脱落後も同じプラグを挿入しうるが,プラグの周囲が汚れ,白色塊(細菌バイオフィルムと関係)が付着しやすい.最近では,FPの長所を維持したまま,脱落の低さをもくろんだスーパーフレックスプラグR(SFP:EagleVision社)が登場したが,今後の動向が期待される.涙点プラグは,挿入直後に刺激症状が生じて抜去を余儀なくされるケースもまれではないが,挿入されても恒久的なものではなく,脱落をくり返すうちに数年以内に挿入できるプラグのサイズを失うか,挿入できなくなることを患者に伝えておくことが大切である.プラグの挿入後は,原則として,防腐剤を含まない人工涙液のみで,眼脂などをwashoutし,ヒアルロン酸は不要となる.涙点プラグの挿入が不可能な場合は,筆者らは,独自に開発した外科的涙点閉鎖術18)を行って図10涙点プラグの種類(上段)と上・下涙点プラグの挿入例(下段)上段:左:フレックスプラグR(FP);中:パンクタルプラグR(PP);右:スーパーフレックスプラグR(SFP).下段:左:プラグ挿入前.難治性の角膜糸状物;中:上,下涙点にフレックスプラグRを挿入;右:糸状物は消失しているが,中等度の涙液減少であるため,メニスカスは比較的高い.FPPPSFP290あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006(10)いるが,まだ十分とはいえず,完璧な涙点閉鎖法の登場を期待している.おわりにドライアイが注目されるようになって,涙液減少型ドライアイの領域も着実に進歩してきている.診断においては,まだ一般的な方法とはなっていないが,メニスコメトリー法8,19)などの非侵襲的な涙液貯留量の評価法も誕生した.しかし,涙液減少型ドライアイの最も重要な病態の舞台は角膜表面にあり,角膜上の涙液量を評価しうる新しい非侵襲的な方法の開発が待たれる.また,治療においては,ヒアルロン酸20)の登場は,点眼治療の範囲を拡大させたが,涙液減少型ドライアイの中等症までの例では,いまなお頻回点眼を余儀なくされており,さらに長時間涙液を安定化させうる点眼液の登場が待たれる.さらに,涙点プラグの非適応例に対して,恒久的に安定した涙点閉鎖の得られる手術方法の開発が待たれる.文献1)LempMA:ReportoftheNationalEyeInstitute/IndustryworkshoponClinicalTrialsinDryEyes.CLAOJ21:221-232,19952)GotoE,YagiY,MatsumotoYetal:Impairedfunctionalvisualacuityofdryeyepatients.AmJOphthalmol133:181-186,20023)KohS,MaedaN,KurodaTetal:Effectoftearfilmbreak-uponhigher-orderaberrationsmeasuredwithwave-frontsensor.AmJOphthalmol134:115-117,20024)PflugfelderSC:Antiinflammatorytherapyfordryeye.AmJOphthalmol137:337-342,20045)広谷有美,横井則彦,都築祐勝ほか:涙点閉鎖術後の角膜および結膜におけるローズベンガル染色についての検討.日眼会誌107:719-723,20036)SternME,GaoJ,SchwalbTAetal:ConjunctivalT-cellsubpopulationsinSjogren’sandnon-Sjogren’spatientswithdryeye.InvestOphthalmolVisSci43:2609-2614,20027)KawasakiS,KawamotoS,YokoiNetal:Up-regulatedgeneexpressionintheconjunctivalepitheliumofpatientswithSjogrensyndrome.ExpEyeRes77:17-26,20038)YokoiN,KomuroA:Non-invasivemethodsofassessingthetearfilm.ExpEyeRes78:399-407,20049)KohS,WatanabeH,HosohataJetal:Diagnosingdryeyeusingablue-freebarrierfilter.AmJOphthalmol136:513-519,200310)FeenstraRP,TsengSC:Whatisactuallystainedbyrosebengal?ArchOphthalmol110:984-993,199211)KimJ,FoulksGN:Evaluationoftheeffectoflissaminegreenandrosebengalonhumancornealepithelialcells.Cornea18:328-332,199912)島﨑潤:ドライアイの定義と診断基準.眼科37:765-770,199513)FoxRI,RobinsonCA,CurdJGetal:Sjogren’ssyndrome.Proposedcriteriaforclassification.ArthritisRheum29:577-585,198614)StevensonD,TauberJ,ReisBL:EfficacyandsafetyofcyclosporinAophthalmicemulsioninthetreatmentofmoderate-to-severedryeyedisease:adose-ranging,randomizedtrial.TheCyclosporinAPhase2StudyGroup.Ophthalmology107:967-974,200015)SugitaJ,YokoiN,FullwoodNJetal:Detectionofbacteriaandbacrerialbiofilmsinpunctalplugholes.Cornea20:362-365,200116)西井正和,横井則彦:涙点プラグ:適応とコツ.眼科手術17:208-210,200417)稲垣香代子,横井則彦,西井正和ほか:涙点プラグ脱落前後における涙点サイズの変化と選択したプラグの検討.日眼会誌109:274-278,200518)横井則彦,西井正和,小室青ほか:重症涙液減少型ドライアイに対する新しい涙点閉鎖術と術後成績.日眼会誌108:560-565,200419)YokoiN,BronAJ,TiffanyJMetal:Reflectivemeniscometry:Anewfieldofdryeyeassessment.Cornea19:S37-S43,200020)YokoiN,KomuroA,NishidaKetal:Effectivenessofhyaluronanoncornealepithelialbarrierfunctionindryeye.BrJOphthalmol81:533-536,1997

序説:基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法

2006年3月31日 金曜日

(1)281日常診療において,角膜上皮疾患に遭遇する機会はきわめて多い.なかでも,中高年齢者のドライアイとその関連疾患は,日々の診療で出会わないことはないほどである.また,コンタクトレンズによる角膜障害も,非常によく見かけるものである.さらに,点眼治療中の緑内障眼や,各種の眼手術の術後眼を注意して見れば,薬剤性の角膜上皮障害に出会う機会も多いに違いない.こうした角膜上皮障害のなかで最も一般的なパターンは,点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)であり,SPKの原因は,角膜の最表層上皮をメンテナンスする機構の異常による.また,今回取り上げたように,SPK以外にもさまざまな角膜上皮障害パターンが存在する.日常臨床において高頻度に出会う,SPKなどの角膜上皮障害を大したものではないと,感染予防の抗菌点眼液の処方で終わるか,病態生理を考えながら,それを最短の時間で治癒に導く方策を練るかでは,臨床の力や姿勢に大きな差があるのは当然のことである.また,常々,角膜上皮障害の病態生理を考える習慣は,より重症の角膜疾患に遭遇した場合に,それにアプローチするためのロジックを身につけるための日常のトレーニングともいえる.今回の特集では,単純なSPKから角膜感染症まで幅広く角膜上皮疾患を取り上げながら,今一度基本に戻って,病態生理と診断・治療のコツについて,エキスパートの先生方にまとめていただいた.まず,筆者の一人である横井は,涙液減少型ドライアイについてまとめた.涙が少ないと一言でいうのは簡単であるが,的確に診断することはそれほど容易ではない.近年の涙液減少型ドライアイにおける炎症の関与や,治療の選択についても言及した.点眼薬,全身薬の薬剤毒性については,川島素子先生・島﨑潤先生にお願いした.眼表面に対する薬剤の沈着,毒性,アレルギーとしての表現形や病態がまとめられており,注意すべき薬剤リストもあって日々の診療に役立つものと思われる.マイボーム腺および眼瞼関連の角膜上皮疾患では,マイボーム腺角膜上皮症の名づけ親の一人である鈴木智先生にまとめていただいた.眼瞼縁炎は前部のブドウ球菌性眼瞼結膜炎と後部のマイボーム腺疾患に分けられるが,よくわからないSPKや眼表面の炎症をみたら,マイボーム腺をチェックすることという重要なメッセージがこめられている.アレルギー性結膜疾患の角膜上皮傷害については,本病態に造詣の深い熊谷直樹先生にまとめていただいた.重症例である春季カタルとアトピー性角結膜炎の所見の見方と治療のコツが手に取るようにわかりやすくまとめられており,必読に値する一稿である.コンタクトレンズによる角膜上皮障害には,特徴的な所見がみられるが,日常診療で非常によくみかけるため,正確な知識を頭に入れておきたい.糸井0910-1810/06/\100/頁/JCLS*NorihikoYokoi&ShigeruKinoshita:京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学●序説あたらしい眼科23(3):281~282,2006基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法ComprehensionandTreatmentofEssentialCornealEpithelialDisease横井則彦*木下茂*282あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006素純先生に,その詳細をまとめていただいた.再発性角膜びらんは,しばしば患者を苦しめる疾患である.外傷性以外のものは,時に見逃されていることもある.原因や治療について,内野裕一先生・榛村重人先生にまとめていただいた.ウイルス性角膜上皮疾患,それ以外の角膜上皮感染症については,それぞれ,檜垣史郎先生・下村嘉一先生,鈴木崇先生にまとめていただいた.感染症のエキスパートによる執筆であり,特に角膜上皮を舞台とするヘルペス性角膜炎やブドウ球菌あるいはアカントアメーバによる角膜炎のポイントがまとめられており,非常に勉強になると思われる.角膜ジストロフィも見たことがないと,わからない難問になってしまいがちである.鑑別を要する重要な3つの角膜上皮のジストロフィについて,相馬剛至先生・西田幸二先生に解説していただいた.最後に古くて新しい話題,糖尿病角膜上皮症について,細谷比左志先生にまとめていただいた.糖尿病角膜上皮症は,変わらず,日常診療でしばしば経験するが,アンカリング・フィブリルの機能不全説から,新しいラミニンのAGE(advancedglycationendproducts,終末糖化産物)化説まで,かなり詳しくメカニズムがわかってきている.いずれの総説も力作ぞろいで,すべての角膜上皮疾患がカバーされており,日常診療に大いに役立つものと思われる.読者のみなさんも,今一度,基本に立ち返って,角膜上皮疾患について復習していただき,目前のSPKを完治させることからトライしていただきたいと思う.本特集を座右においてよく復習しておけば,角膜上皮疾患には,自信がついてくることは間違いない.(2)

眼科医にすすめる100冊の本-2月の推薦図書-

2006年2月28日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.2,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLSAnti-agingmedicine(抗加齢医学)は,このところ話題の医療です.不老不死は,人間にとって永遠の願望です.これまで,いろいろなことが試されてきました.EBM(evidence-basedmedicine)という概念が定まらない時代には,経験知から,食べ物,薬,運動,祈祷に至るまで,さまざまなものが開発されてきました.あるものは,今でも珍重されています.この半世紀の間に,医療の進歩により,寿命は画期的に延びました.しかし,これまでanti-agingと医療は,別物として考えられてきたように思います.医療の目的から,anti-agingや不老不死は,どこかで切り離されたのでしょう.時の権力者たちが不老不死を求め,そして彼らがどこか利己的に映ったためか,不老不死という概念は一見荒唐無稽な願望と捉えられがちです.そんな願望を抱くよりは,日本人の平均寿命が80歳台であれば,およそそれを標準に自分の寿命を考えるのが普通のことなのです.しかし本書では,平均寿命という考え方,また,人間は少しずつ老化し,やがて身体は利かなくなる,およそ60歳ぐらいから衰えていく,といった思い込みに対して,「60歳を過ぎたら下り坂」とは限らない,という事例を紹介しつつ,今の生活を少し変えるだけで,50代の体力と元気のまま,80代を生きられると説いています.そのためには私たちは,身体にしかるべき信号を送らなければならない,と著者はいいます.著者は,ハリーという医師と出会い,健康や寿命に対して新しい考え方にふれる機会をもちます.最初は,普通の患者と医者の関係で治療を受けるのですが,その過程で彼は,ハリーにいくつか質問をします.「このお仕事で何が一番大事だと思われますか?」ハリーは答えます.「患者さんと長い関係を築き,患者さんにずっと健康でいてもらうことですね.病気を治すだけじゃなく,もっと健康になってもらうこと,これが大事なんです」「どういうことでしょう?」「実を言うと,私は内科の医療だけじゃなく,加齢の問題にも取り組んでいまして…」そこでハリーは,いかに老化に取り組むかについて3つの基本を説きます.その一つは運動です.「またか」と思いましたが,ハリーのいう運動とは,「無理せずゆっくりウォーキング」などというものではありません.運動は週に6日.そのうち筋力トレーニングは,最低週に2日.あとは,(220-年齢)×0.7~0.8の心拍数に上げる運動をすることを一番の条件にする.栄養やダイエットについてもふれますが,なんと言っても大事なのは運動だといいます.遺伝が影響するのは,せいぜい20%.残りの80%は自分次第です.ハリーは,加齢イコール老化だとは考えていません.現代の高齢者の病気や健康の衰えは,加齢のプロセスにあらわれる正常な現象ではなく,むしろ異常な現象だというのです.そして,私たちは異常な状態に慣れきってしまい,加齢の正常なプロセスに立ち戻ることを忘れているだけだというのです.年をとったからといって,QOL(qualityoflife)が衰えるわけではないとハリーは言います.さて,彼が運動を強く勧める理由は,単に身体のため,健康のためではありません.自分の身体へのコミュニケーション手段としての運動,つまり,心拍数を通して自分の身体とコミュニケートを試みようとする方法なのです.人間をとりまく環境は著しく進歩してきましたが,人間そのものは特に進化しているわけではありません.人間の身体も,脳も,自然界の法則には合致してい(65)シリーズ─62◆伊藤守株式会社コーチ・トゥエンティワン■2月の推薦図書■若返る人クリス・クロウリーヘンリー・ロッジ著沢田博佐野恵美子訳(エクスナレッジ)———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.2,2006ますが,現代社会にマッチしているわけではありません.すべて現代のシステムができる前の世界に適応するように発達してきたものです.私たちの身体のパーツのほとんどは,荒野で生き抜くためにつくられています.だから,放っておくと,脳も身体も,現代社会の状況を読み違えてしまいます.危険な自然界で生き抜くようにプログラムされている人間が,コンビニエンスな社会に適応するには,本当はもっともっと時間が必要です.現代人は,今の社会に太古の脳と身体とプログラムで対処しているために,身体は現代社会の環境を読み違えてしまいます.たとえば,ストレス反応がいい例です.ストレス反応とは,もともと荒野で獣に出会ったときの心身の反応であり,獣に出会うことなどなくなった現代では,あまり必要とされる反応ではありません.しかし,私たちは,獣と出会わなくても,仕事の締め切りや人間関係でのプレッシャー,はたまた急に電話が鳴るだけで,ストレス反応を起こしてしまうという矛盾を抱えています.逆に,身体と脳が,いまだに荒野を想定しているときに,身体を動かさず,朝から晩まで机に向かったり,ごろごろしたりしていると,「衰え」のモードにスイッチを入れてしまうことになります.身体を動かす,特に心拍数を上げることは,元気信号を,脳や身体に送ることにほかなりません.一方,身体を動かさずにいると,確実に,衰退と,機能低下の信号が発せられることになるわけです.その理由について,本書では各所でふれています.自分の身体と脳に,生きようとしている意志を伝えることが,加齢に伴う老化を防ぐ唯一の方法であるとハリーは言います.そして,著者はそれを実践し,その効果を体験します.彼は,生きようという意志を自分の身体と脳に伝えるためには,週に6日の運動をしない理由は一切ないと言います.もし,今日運動しないのであれば,それは1日にタバコを2箱吸っているのと同じぐらい悪いと言うのです.このことについては,いかなる言い訳も受け付けられません.とにかく週に6日間の運動.それを仕事だと思って続ける必要があるのです.それだけではなく,止めたら終わりだというのです.今日始めたら,死ぬ日まで続ける.とにかく運動を続けること.それが身体と脳に,元気信号を送り続けることであり,それは1日として休んではならないことなのです.実は私たちは,身体を動かした後,例外なくある種の爽快感を体験していることを身をもって知っています.つまり,運動は身体のためだけではないということです.運動が心の健康に与える影響も大きいのです.それを,ハリーは「元気信号」と呼びます.もちろん,本書では,運動によって生じる活性酸素の問題も取り上げています.しかし,それ以上に,週に6日の運動の必要性が強調されるのです.長生きのためのもう一つの大切な要素は,人間関係です.どんなに食事に気をつけ,運動をしても,孤立してしまえば,老化を止めることはできません.その理由について,いまのところはっきりとしたデータはないのですが,心臓病の権威であるオーニッシュ博士は「慢性的なストレスがあなたの免疫機能を低下させる可能性があるように,利他主義や愛や同情は免疫を強化するかもしれない」と言います.現代では,核家族化が進み,それに反比例するようにペットブームが起こっています.それは,人間が生きるために必要なふれ合いや愛を,動物に求めるようになっているからなのかもしれません.いずれにしても,空気,食べ物,水,運動,そして,人との関わりやふれ合いも,老化と関係します.そして,最後の要素は「生きがい」です.私たちは,お金以外に仕事から得る大きな報酬として,「生きがい」を手にしています.もちろん,仕事の選び方,そして仕事の仕方によって異なってきますが,仕事から得る生きがいを簡単に手放さないことです.それは,単にポストに対するこだわりではありません.いい仕事を続けることに意味があるのです.さて,最近はanti-agingmedicineに注目が集まっています.本書は,自分がどんな生き方をするのか考え直すために,もう一つのanti-aging,つまり自分で取り組むことのできるanti-agingに目を向ける,とてもいい機会になるでしょう.(66)☆☆☆