0910-1810/06/\100/頁/JCLSI点眼薬による薬剤毒性1.薬剤の眼表面への沈着薬剤そのものが沈着するものとして,ニューキノロン系の抗菌薬(ノフロキサシンなど)や抗真菌薬であるピマリシンがあげられる.また,点眼により,涙液中のpHやイオン組成が変化し,二次的に角膜に沈着を生じることもある.代表的な例としてはカルシウム塩の沈着があげられ,帯状角膜変性の成因の一つと推測されている.はじめに薬剤の副作用は種々多彩であるが,本稿では点眼薬または全身投与薬の眼表面への副作用に絞って述べることにする.点眼薬の副作用は,最も高い薬剤濃度となる角結膜上皮に最も現れやすい.ここでは点眼薬の副作用を薬剤の沈着によるもの,点眼薬の主剤や基剤(防腐剤,安定化剤,緩衝剤など)の細胞毒性によるもの,そして薬剤アレルギーによるもの,の3つに大きく分けて考えていくことにする.また全身投与薬による副作用として,Stevens-Johnson症候群と抗癌薬によるものを概説する.(11)291表1眼科点眼剤による角膜障害原因代表的薬剤沈着ニューキノロン系抗菌薬・ピマリシン眼軟膏・エピネフリン点眼薬剤毒性主剤抗ウイルス薬IDUR点眼・ゾビラックスR眼軟膏bブロッカーチモプトールR点眼・ベトプティックR点眼プロスタグランジン関連薬レスキュラR点眼・キサラタンR点眼アミノグリコシド系抗菌薬トブラシンR点眼・サンテマイシンR点眼非ステロイド系抗炎症薬ジクロードR点眼抗真菌薬ピマリシンR点眼点眼麻酔薬ベノキシールR点眼防腐剤塩化ベンザルコニウム,パラベン類,クロロブタノールなど(ほとんどの点眼薬に含有)薬剤アレルギー即時型結膜炎(Ⅰ型)散瞳薬偽眼類天疱瘡(Ⅱ型)IDUR,アミノ配糖体系の抗生物質,緑内障治療薬*MotokoKawashima&JunShimazaki:東京歯科大学市川総合病院眼科〔別刷請求先〕川島素子:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科特集●基本的な角膜上皮疾患の考え方と治療方法あたらしい眼科23(3):291~295,2006薬剤毒性─点眼薬および全身薬による毒性─DrugToxicity─ToxicityDuetoEyedropsandGeneralDrugs─川島素子*島﨑潤*292あたらしい眼科Vol.23,No.3,20062.薬剤毒性による角結膜障害薬剤毒性による角結膜障害の原因には,点眼薬の主剤によるものと,防腐剤,緩衝剤などの添加物によるものとに大きく分けることができる.代表的な薬剤を表1に示す.薬剤起因性角膜障害は角膜表層上皮のturnoverおよびバリア機能と非常に関連しており,その臨床像は段階的に進行し,重症度から以下のように分類される(表2).<所見>a.点状表層角膜症最初の段階は,点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)である.部位的に限局している場合とびまん性の場合があり,原因や重症度と関係している.薬剤起因性角膜障害でみられる限局性の点状表層角膜症は,角膜中央部よりやや下方,瞼裂に沿うような形で生じることが多く,ドライアイに類似したフルオレセイン染色パターンを示す(図1).これらの薬剤の点眼により,角膜知覚が低下すること,涙液の安定性が低下すること,などの報告があり,薬剤によりドライアイの状態が作り出されている可能性がある.また,角膜一面に点状表層角膜症がみられる場合は,より強く薬剤起因性のものを疑うべきである.薬剤により表層の上皮細胞が変性,死滅し,脱落が亢進していることを示すものであり,慢性にみられる場合には,表層細胞の脱落による上皮細胞数の減少が基底細胞の細胞増殖により十分に補われていないことを示している.b.渦巻き角膜症とクラックライン角膜上皮細胞の脱落の亢進が持続すると,基底細胞の増殖だけでこれを代償することがむずかしくなったり,基底細胞にも障害が及んで十分な増殖能を発揮できなくなる.基底細胞から十分な数の上皮細胞が生み出されなくなると,表層細胞は紡錘形になって遊走により角膜表(12)表2薬剤毒性の重症度からみた角結膜障害の分類点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy)渦巻き角膜症(vortexkeratopathy)クラックライン(epithelialcrackline)遷延性上皮欠損(persistentepithelialdefect)輪部機能不全(limbaldysfunction)図1点状表層角膜症図2a渦巻き角膜症図2bクラックラインあたらしい眼科Vol.23,No.3,2006293面を覆おうとする.この形が渦巻き角膜症(vortexkera-topathy)とよばれる状態である(図2a).病態が進行し,渦巻き角膜症のような代償性の変化が限界に達すると,クラックライン(epithelialcrackline)とよばれるひび割れ状の混濁が生じてくる(図2b).c.遷延性上皮欠損角膜上皮を覆っておこうとする上皮の力が限界に達すると,上皮欠損が生じる.この状態では基底細胞や輪部の幹細胞の増殖能も限界に達しているので,少なくとも原因薬剤が投与されている間は上皮欠損の治癒が見込めない,遷延性上皮欠損の状態となる(図3).d.輪部機能不全細胞毒性,特に細胞増殖に影響を与えるような点眼薬を長期間連用した場合に生じるのが輪部機能不全である.輪部とは角膜と結膜の境界部分であり,この部分の幅約1.5mmの上皮の基底細胞層に角膜上皮の幹細胞が存在するとされている.臨床的に輪部上皮はpalisadesofVogt(POV)とよばれる色素沈着を伴った縦じわとして観察され,POVの有無で輪部上皮の健常性が推測できる.輪部上皮は角膜上皮細胞の供給源である以外に,角膜と結膜を隔てる役割を有しており,輪部上皮が障害を受けると結膜上皮が輪部を超えて角膜上に侵入する,いわゆる輪部機能不全の状態となる.<治療>薬剤毒性が疑われる症例に対しては,まずそれまでに使用してきた点眼薬のうち上皮障害に関与していると考えられるすべての点眼薬を中止し,防腐剤を含まない人工涙液であるソフトサンティアRの頻回点眼により眼表面からの薬剤のwashoutを行う.ただし,原疾患の悪化の可能性などより治療を中止できない場合は,防腐剤を含まない点眼にまず変更する(表3).上皮障害を「治癒」しようとして,さらに点眼薬を追加し重症化していくことを防ぐためには,早期に薬剤起因性角膜障害を疑って治療のアプローチをすることが重要である.3.薬剤アレルギーによる角結膜障害薬剤アレルギーによる角結膜障害は,薬理学的作用や用量とはあまり関係なく生じるので注意が必要である.a.即時型結膜炎抗原である原因薬剤とIgE(免疫グロブリンE)抗体が結合し,これが肥満細胞表面のFc(fragmentcrystallizable)レセプターに結合することでひき起こされる急性の反応であり,点眼後に急激に結膜充血と浮腫を生じる.典型的なものは散瞳薬によるものであり,その多くはフェニレフリンが原因である.<治療>ステロイド点眼で消炎を図るが,放置しても2~3日以内に自然軽快,消失する.次回から原因薬剤を使用しないようにする.b.薬剤起因性偽眼類天疱瘡IgGが結膜の基底膜抗原を認識し,補体の存在下で基底膜を障害する自己免疫反応である.本来自己抗原である基底膜抗原に薬物が結合することで異物として認識されると考えられている.所見としては眼類天疱瘡と非常に類似した臨床像を示し,ときに急性増悪をくり返しな(13)表3防腐剤を含まない点眼薬・眼軟膏の例薬剤の種類代表的薬剤もともと防腐剤を含まない製剤タリビッドR眼軟膏・クラビットR点眼・ソフトサンティアRユニットドーズ点眼インタールRUD点眼・ヒアレインミニR点眼・パピロックミニR点眼防腐剤フリー容器チマバックR点眼・リンベタRPF点眼・ブロキレートRPF点眼・クモロールRPF点眼自家作製点眼シクロスポリンR点眼・ソル・メドロールR点眼・ジフルカンR点眼など図3遷延性上皮欠損294あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006がら慢性に経過する結膜炎の形をとり,徐々に結膜.の短縮や瞼球癒着,涙点閉鎖,眼瞼内反を生じてくる.POVはやがて消失し,角膜上に異常な結膜上皮が表層性の血管侵入を伴って侵入してくるようになり,最終的には高度の眼球乾燥症と視力障害を呈するようになる.原因薬剤としてはIDUR(ヨード・デオキシウリジン),アミノ配糖体系の抗生物質,緑内障治療薬などが指摘されている.<治療>免疫抑制薬やステロイド薬を使用し,進行例では羊膜や培養上皮移植を併用した眼表面再建術を行う.いったん生じた瞼球癒着や結膜.の短縮などの変化は不可逆的であり,進行例の手術成績は不良であるために,できるだけ早期に診断し,原因薬剤を中止することが大切である.II全身薬による角膜障害1.Stevens-Johnson症候群全身薬による角膜障害を生ずる代表例である.皮膚粘膜症候群の一つに分類され全身の皮膚粘膜が侵される重篤な疾患である.薬剤が原因であるStevens-Johnson症候群は60~70%とされる.Ⅲ型アレルギー反応と考えられている.原因薬剤としては,抗生物質,感冒薬などの一般用医薬品を含めた消炎鎮痛薬,フェノバルビタール(フェノバールR),カルバマゼピン(テグレトールR)などの中枢神経系用薬剤が多い(表4).発症早期は,眼脂,結膜充血,偽膜形成,急速な眼瞼癒着の進行,角膜上皮びらんなどを生じ,慢性期には角結膜の角化・瘢痕化,涙液分泌障害,眼瞼癒着などを生じ,重篤な視力障害に陥る(図4).<治療>急性期の治療のメインは消炎であり,感染に注意しながらステロイド薬の全身・局所投与を行う.慢性期は,睫毛抜去,抗生物質点眼,低濃度ステロイド点眼,人工涙液,血清点眼など眼表面のメンテナンスを行う.手術としては,羊膜や培養上皮移植を併用した眼表面再建術を行う.治療技術は向上しているが,依然難治である.2.抗癌薬による角膜障害抗癌薬のなかには,副作用として消化器症状や神経症状ばかりではなく,重篤な眼障害を生じる薬剤もある.なかでも角結膜などの眼表面に障害を生じるものとして,フルオロウラシル(5-FU),メトトレキサート(メソトレキセートR),ドキソルビシン(アドリアシンR),マイトマイシン(MMC)などがあげられる.5-FUは角膜上皮障害を45%に,メトトレキサートは17%に結膜炎に生じ,特に放射線療法との併用で毒性が増加するとの報告がある3,4).これらの副作用は抗癌薬投与直後に認め,投与を中止すれば一般的に可逆性で,障害は1~2週で治まる.しかし,3~4剤併用の大量ないし長期投与では,失明に陥る重篤な障害が生じることがある.特に,放射線治療と抗癌薬を併用する際には留意すべきで表4薬剤誘発性Stevens-Johnson症候群のおもな原因薬剤抗生物質ペニシリン系解熱鎮痛薬サリチル酸,フェノールブタゾン,イブプロフェン,スリンダク催眠鎮静薬フェノバルビタールサルファ剤抗てんかん薬カルバマゼピン,フェニトイン,トリメタジオン抗精神病薬フェノチアジン系(クロルプロマジン)利尿薬フロセミド,メタゾラミド痛風治療薬アロプリノール抗結核薬イソニアジド,リファンピシン漢方薬センナ(アローゼンR),麦門冬(14)図4Stevens-Johnson症候群(慢性期)あたらしい眼科Vol.23,No.3,2006295(15)ある.また,眼科的治療として5-FUとMMCは緑内障治療,翼状片手術,瘢痕性角結膜疾患の手術などで,瘢痕抑制目的で眼部に直接使用される薬剤でもある.その場合,点状表層角膜症が高頻度で発症し,そのほかに結膜の菲薄化,組織の脆弱化,創傷治癒遅延,ひいては重篤な感染症をひき起こすこともあり,使用方法については十分留意されたい.おわりに以上,薬剤毒性による角膜障害について概説した.本来は治療の目的で用いられる薬剤が,副作用として眼組織に障害を与えている例は決して少なくなく,点眼薬が両刃の剣であることを常に意識しておくことが重要である.文献1)山田昌和,真島行彦:点眼薬の副作用.眼科40:783-790,19982)大橋裕一:薬剤アレルギーの病態と治療(細胞毒性によるもの).眼科NewInsight2,点眼薬─常識と非常識─(大橋裕一編),p78-85,メジカルビュー社,19943)HansenHH,SelawryOS,HollandJFetal:Thevariabilityofindividualtolerancetomethotrexateincancerpatients.BrJCancer25:298,19714)HamerslyJ,LuceJK,FlorentzTRetal:Excessivelacrimationfromfluorouraciltreatment.JAMA225:747-748,1973