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高齢者の白内障

2022年10月31日 月曜日

高齢者の白内障StrategiesforCataractSurgeryinElderlyPatients永田万由美*はじめに近年,日本は世界でも類をみない超高齢社会に突入している.それに伴い白内障手術の適応も拡大し,高齢者に対する手術が求められるようになった.白内障手術の安全性も向上し,高齢者に対する白内障手術でも良好な視機能が得られるようになっている1).70歳以上のC14~48%が軽度認知障害という報告もあるが2),認知機能に対する白内障手術の効果はこれまでも報告されおり3,4),高齢社会における白内障手術の役割は大きい5).しかし,認知機能低下のため術中患者の協力が得られない場合もあり,局所麻酔が主流の白内障手術では医師側にとってストレスの大きい患者である.さらに,このような患者は小瞼裂,進行した核硬度の高い白内障,散瞳不良やCZinn小帯脆弱例などの難症例が多く,術者を悩ませる.したがって,高齢者に対する白内障手術を検討する場合は,詳細な手術戦略をもって手術に臨むことが必要不可欠である.本稿では当院で実際に行っている高齢者白内障患者に対する周術期管理や術中対策について紹介する.CI術前診察のポイント1.問診と手術の決定高齢者に対する白内障手術では,術前から手術戦略は始まっている.まず,入室時の動作を観察し,しっかり歩けるか,介助を必要としていないかを確認する.そして問診時の注意点として,意思の疎通が可能かどうか,自分の病状や手術を受けることを理解しているかどうかを判断する.これは白内障手術を施行する際,局所麻酔で施行可能かどうかの重要な判断材料になる.一見意思疎通が困難に感じる患者でも,難聴が原因になっている場合もあるので,患者とゆっくり会話できるように問診の時間は余裕をもってとるようにする.また,近年は独居のため一人で受診される高齢者も多い.一人で受診される高齢者はしっかりした人が多いが,可能であれば家族との再受診を勧め,再度病状説明の時間をとるようにしたほうが安全である.不測の事態のときに家族の協力があることは重要である.家族がいない場合は,役所の福祉相談課などで民生委員の介入を依頼する方法もある.高齢者の場合,なんらかの基礎疾患を伴う患者は少なくなく,低侵襲,短時間の白内障手術でも術中や術後に思わぬ体調変化を起こすことがある.よって薬手帳やかかりつけ医からの情報を得て全身的状況について把握しておくことが重要である.既往が不明な高齢者に対しては血液検査,心電図,胸部CX線などの検査を行い,異常所見があれば当該科に相談し手術の可否を確認しておく.そのほか,今まで入院をしたことがあるかどうか,入院中せん妄を指摘されたことはないかなどを確認する.経験上,外来で問題ない振る舞いをしていた患者でも,入院や手術によるストレスで夜にせん妄や徘徊をするケ*MayumiNagata:獨協医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕永田万由美:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町大字北小林C880獨協医科大学眼科学教室C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(35)C1327図1布かけテスト外来にある処置用ベッドに仰臥位になり,顔に孔開き布をかけてから開瞼器を付け,顕微鏡の光を当てて術中と同じ状況を体験してもらい,不穏にならず安静が保たれるかどうかを確認する.図2小瞼裂症例に対するドレープとテガダーム装着ドレープとテガダームで上下眼瞼をしっかり押さえ,開瞼を保持する.図3固視不良症例に対する上直筋への通糸a:有鈎鑷子で上直筋をしっかりつかみ,強膜を穿孔しないよう針を寝かせて確実に上直筋に通糸する.Cb:眼球の固視が安定する.る.認知症患者にも積極的な声かけが効果的で,筆者の経験では「手術を受けている」という状況を自覚させないような会話が有用である.患者の家族や趣味の話など,手術とまったく関係ない話をひたすら会話しているうちに患者の緊張がほぐれ,問題なく手術を終えることが多い.C3.手術手技前述のように高齢者の白内障は難易度が高いため,十分な準備をして手術に臨む.手術難易度が高く術中合併症のリスクも高いので,強角膜切開を推奨する.高齢者では長期にわたり抗血栓薬を内服している人も多いため,術中虹彩へのダメージに注意し,手術侵襲の大きい水晶体.外摘出術や水晶体.内摘出術,IOL強膜内固定の施行が予想される場合はかかりつけ医に相談し,術前の休薬も検討する.老人環や角膜混濁など術中視認性が悪い患者ではトリパンブルーによる前.染色やライトガイドを用いて視認性を確保し,小瞳孔患者では虹彩剪刀による虹彩切開や虹彩リトラクターによる瞳孔拡張を行う.また,Zinn小帯脆弱例には水晶体.拡張リングを併用し低吸引圧,低灌流量でのスローサージェリーを心がけ,可能な限り小切開白内障手術での完了をめざす.近年使用されているフェイコマシンは前房安定性や核破砕効果が高いので,核硬度が高い患者でも水晶体乳化吸引(phacoemulsi.cationCandaspiration:PEA)での手術完了が可能なことが多い9).ただし,DivideC&CCon-quar法による確実な溝堀りが必要であるため,当院では核硬度に合わせてCUSpowerを上げたフェイコマシン設定に変えて手術を施行している.核硬度と年齢には正の相関があるので,高齢になるほど核破砕には時間がかかり角膜内皮細胞数も減少する1).よってCPEA前のソフトシェルテクニックは必須であり,術中に分散型眼粘弾剤を追加するなど,PEA中は硬い核による内皮への物理的障害にも注意を払う必要がある.認知機能が低下し,術後眼帯による保護に不安がある患者の場合は,創口を縫合することでできるだけ感染を予防する.CIII術後フォローアップのポイント入院中は病棟看護師の協力のもと,術後せん妄の発症に注意し,早期退院を検討する.一般のクリニックでは日帰り手術が主流かもしれないが,大学病院などでは全身合併症や通院困難などの理由で入院での手術を希望する患者も多い.核硬度が高く,眼合併症を伴う難症例の高齢者の白内障手術後は角膜浮腫や虹彩炎,高眼圧を認めることも多いので,入院加療は頻回に診察して対処できるメリットもある.入院中は家族やスタッフの協力のもとしっかりと点眼指導を行い,退院後も定期的な通院を促す.とくに認知機能低下患者に対しては,誤って眼を擦るなど術後接触による感染や創口離開に十分注意する必要があり,当院では術後C1カ月間は保護用眼鏡の使用を勧めている.おわりに高齢者の白内障手術はさまざまな留意点が多く,周術期の詳細な準備と的確な手術,病棟や手術室のスタッフとの協力が必要不可欠である.また,術中ある程度患者の協力が得られなくても手術を続投できる術者のスキルも求められる.しかし,検査がうまく施行できない認知機能低下患者でも術後明らかにCqualityoflifeやCactivi-tiesofdailylivingが改善し,患者や介護する家族から喜ばれることが多い.今後ますます進行する超高齢社会において,日本眼科学会が推奨する視覚に関する健康・医療・福祉に貢献するアイフレイル政策10)のためにも,高齢者に対する白内障手術は積極的に検討すべきであると考える.文献1)城山朋子,松島博之,高橋鉄平ほか:獨協医科大学病院におけるC90歳以上の超高齢者に対する白内障術後成績,臨眼C74:1017-1021,C20202)PetersenCRC,CKnopmanCDS,CBoeveCBSCetal:MildCcogni-tiveimpairment:tenCyearsClater.CArchCNeurolC66:1447-55,C20093)IshiiK,KabataT,OshikaT:Theimpactofcataractsur-geryConCcognitiveCimpairmentCandCdepressiveCmentalCsta-tusCinCelderlyCpatients,CAmCJCOpthalmolC146:404-409,C20084)MiyataK,YoshikawaT,MorikawaMetal:E.ectofcata-ractCsurgeryConCcognitiveCfunctionCinelderly:ResultsCofCFujiwara-kyoEyeStudy,PlosOneC13:e0192677,C20185)緒方奈保子:白内障手術がもたらす全身へのベネフィット.1330あたらしい眼科Vol.39,No.10,2022(38)

高齢者の眼瞼下垂

2022年10月31日 月曜日

高齢者の眼瞼下垂BlepharoptosisinElderlyPatients大山泰司*渡辺彰英**はじめにわれわれ眼科医は,日常診療において白内障をはじめとした加齢性疾患の診療を行うことが多い.その中で眼瞼下垂も加齢性疾患の一つであり,高齢社会の進行に伴って増えてきていると考えられる.眼瞼下垂は,整容面のみならず上方視野の狭窄により視機能への弊害をきたしうる疾患として知られているが,視力低下など直接的な視機能障害をきたすことは少ないため,ともすれば放置されがちである.治療機会を逸しないためには,診察担当医が眼瞼下垂を正しく評価するとともに,治療適応があれば積極的に治療を勧める姿勢が必要である.本稿では,眼瞼下垂の病態および診断などについて総論的に述べ,次に診察の進め方と手術の概要をポイントを交えながら解説する.I加齢性眼瞼下垂の病態と診断眼瞼下垂を理解するために,まず解剖を知っておく必要がある.上眼瞼は,上眼瞼挙筋とMuller筋の二つの筋によって瞼板を介して挙上される(図1).上眼瞼挙筋は挙筋腱膜(aponeurosis)を介して瞼板へ挙上力を伝える動眼神経支配の筋である.Muller筋は挙筋腱膜の裏側に位置し,瞼板上縁に付着して交感神経の刺激によって収縮する.眼瞼下垂はこれら二種類の筋や神経の障害によって生じ,大きく先天性と後天性の二つに分類される.後天性眼瞼下垂はさらに腱膜性,筋原性,神経原性,機械性に分けられる.具体的には,加齢やハードコンタクトレンズ装用に伴う眼瞼下垂,内眼術後の眼瞼下垂などは腱膜性眼瞼下垂に分類される.また,外眼筋ミオパチーや重症筋無力症などは筋原性に,動眼神経麻痺やHorner症候群,顔面神経麻痺などは神経原性に,腫瘍や外傷に伴うものは機械性眼瞼下垂に分類される.高齢者の眼瞼下垂でもっとも多い原因は,加齢に伴う腱膜性眼瞼下垂である.腱膜性眼瞼下垂では,挙筋腱膜が弛緩,菲薄化することで上眼瞼挙筋の収縮力が瞼板に伝わりづらくなり眼瞼挙上力が低下する.また,挙筋腱膜の過度な引き込みによって眼窩隔膜内脂肪もともに眼窩内へと引き込まれることで上眼瞼眼窩縁に陥凹を生じることがある(図2).症状の多くは両眼性であるが,片眼性のこともある.ただし,片側の眼瞼下垂手術のみ行った場合に,一見正常であった対側に眼瞼下垂を生じることがある(Heringの法則)(図3).術前にこれを予測するためには徒手的に術眼を挙上させて対側に下垂が生じないかを確認する.もし対側の下垂がみられた場合には両側の手術を勧めたほうがよい.しかし,Heringの現象を術前に完全に予測しきることは困難であり,片側手術の際には対側の眼瞼下垂手術も必要になる可能性についてあらかじめ伝えておくほうが無難である.高齢者では過去に内眼手術を受けている場合も多い.問診にて内眼手術後からの症状であれば診断は容易である.その本態は,退行性眼瞼下垂と同様に挙筋腱膜の弛緩であり,手術時の開瞼器による過度な開瞼や長時間の手術侵襲が原因と考えられている.内眼手術後の眼瞼下*TaishiOyama:那覇市立病院眼科**AkihideWatanabe:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕大山泰司:〒902-8511沖縄県那覇市古島2-31-1那覇市立病院眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(25)1317線維脂肪組織Whitnall靭帯眼輪筋上眼瞼挙筋眼窩隔膜上直筋上眼瞼挙筋腱膜前層上眼瞼挙筋腱膜後層Muller筋眼輪筋-瞼板結膜図1上眼瞼の解剖上眼瞼の挙上は上眼瞼挙筋およびMuller筋が担う.図2挙筋前転術施行術前後術前には過度な挙筋腱膜の引き込みに伴う上眼瞼陥凹がみられていた(a).術後,眼瞼下垂が解消されると陥凹も消失した(b).図3Heringの法則右眼のみ手術希望されたため右眼挙筋短縮術を施行したところ,術後にHeringの法則によって左眼瞼下垂の悪化がみられた(写真右).この患者ではHeringの現象について術前にも説明しており,納得の上で追加治療は希望されなかった.図4Marginalre.exdistans.1(MRD.1)と挙筋機能(levatorfunction)の計測代償性に前頭筋での挙上をしている患者では眉を軽く押し下げて計測する.この症例ではMRD-1は0である(写真右上).挙筋機能は上方視と下方視での上眼瞼移動距離を計測する(写真下).この症例は12mmと計測される.図5偽眼瞼下垂重度の上眼瞼弛緩皮膚による眼瞼下垂を認めるが,皮膚を挙げると上眼瞼瞼縁の下降はない.偽眼瞼下垂症であり,皮膚切除術が適応となる.に一期的に重瞼切開で皮膚切除を行うことも多い.しかし,重度の皮膚弛緩であれば二期的手術で予定したほうが術中定量はしやすい.一期的手術か二期的手術か,重瞼の有無,眉の状態など個々の患者に応じてどちらを選択するか決める.CIV手術方法ここでは,基本の手技となる挙筋腱膜前転術と瞼縁余剰皮膚切除術について解説をする.皮膚切開のデザインには竹串とピオクタニンエタノールの組み合わせ,もしくは皮膚ペンどちらでもよいが,皮膚ペンを用いる場合にはなるべく細いほうがデザインは容易である.C1.挙筋腱膜前転術a.局所麻酔(図6a,b)30G針を用いて,反転させた上眼瞼結膜下と皮膚側から眼輪筋下へ麻酔を行う.結膜下への麻酔では下方視してもらうことで上眼瞼の緊張もとけて麻酔液が注入しやすくなる.最初,麻酔液を少し注入して膨らんだところへ追加注入するとやりやすい.Cb.皮膚切開と止血(図6e,d)No.15C円刃を用いてデザインに沿って皮膚切開を行う.このときに左右の手の指をしっかり使って皮膚にテンションをかけることがポイントである.とくに高齢者では皮膚弛緩を伴っていることが多いため,しっかり緊張をかけることを心がける.止血時には左手の示指,中指を使って創部を上下に開くように軽く押さえながらガーゼを少しずつずらして出血点を探していく.Cc.術野展開(瞼板露出)(図7)瞼縁側の眼輪筋を天井側へ牽引しつつ,右手の薬指で眉側の皮膚にテンションをかけて創部を展開する.ここでは,左手で天井に向けて創部を展開する点がポイントである.これにより立体的な術野の展開が可能になり,一気に瞼板に到達することができる.瞼板前には脂肪沈着がみられる場合もあるが,スプリング剪刀の刃先の感触を頼りにバイポーラで止血しながら展開していく.とくに鼻側では脂肪沈着が多くなり手技がむずかしいこともあるが,小まめに止血しながら鼻側も確実に瞼板前面を露出していく.Cd.挙筋腱前後面の露出(図7,8)頭側,足側それぞれ眼輪筋下に釣り針鉤をかけて術野を展開し,挙筋腱膜を軽く頭側へ牽引しながら瞼板前面に付着した残存組織を切開する.Muller筋前面が確認できるようになったら,Muller筋と挙筋腱膜間の疎な組織を切開し,腱膜後面の白くつるっとした組織を露出させる.この操作をしっかり行うことがポイントで,ここを怠ると挙筋腱膜の前転操作がしづらくなり,結果的に矯正効果も不十分となってしまう.後面がしっかり露出できたら眼窩隔膜を切開して前面を露出させる.ここで外側(lateralhorn)に切開を加える一手間によって格段に腱膜の前転操作が容易になるため,筆者は全例で行うようにしている.挙筋腱膜の脂肪変性が強い場合には,Muller筋を瞼板上縁でバイポーラで止血しながら切開し結膜面からも.離することで挙筋腱膜群前転術へとコンバートする(図9).Ce.挙筋腱膜の前転(図10)ホワイトライン(眼窩隔膜と挙筋腱膜の折り返しにみられる白くしっかりした横走組織)を基準に,挙筋腱膜に通糸し瞼板上縁から約C1/3の部分へC6-0ナイロン糸で仮固定する.ホワイトラインの上には下横走靭帯(lowerCpositionedCtransverseligament)が走っているのがみられることがあるが,これは切開してよい.矯正量は瞳孔上縁より上で角膜輪部よりC1.2Cmm下を基本として4)対側の状態などで術前にあらかじめ決めておく.矯正量に過不足があれば適宜通糸位置をホワイトラインからずらして調整する.瞼縁が自然な形になり,矯正量もよければ,中央の縫着位置と同じ高さで耳側,鼻側にも同様に瞼板への固定を追加しC3点固定とする.術中定量の際には仰臥位のままでもよいが,できれば座位の姿勢で重力がかかった状態で確認するとより確実である.余剰となった眼窩隔膜の断端はトリミングしておく.Cf.重瞼作製~閉創(図10)重瞼作製にはいくつかの方法があるが,筆者は瞼縁側の眼輪筋と挙筋腱膜断端を縫合する方法を好んで行っている.7-0アスフレックスでC3カ所程度通糸固定する.そのほかに,皮膚縫合の際に挙筋腱膜を縫い込む方法な(29)あたらしい眼科Vol.39,No.10,2022C1321図6麻酔~止血a:眼瞼結膜下への麻酔注入.Cb:皮膚側からの麻酔.Cc:両手の指を使ってしっかり皮膚にテンションをかけながら皮膚切開する.d:止血時にはガーゼを少しずつずらしながら出血点を探す.図7瞼板露出~眼窩隔膜切開a:左手でしっかりと眼輪筋を天井に向けて牽引し,術野を立体的に展開する.Cb:挙筋腱膜を軽く頭側へ牽引し,瞼板前結合組織を切開している.Cc:Muller筋と挙筋腱膜の間の疎な組織を切開し,挙筋腱膜後面を露出させている.d:眼窩隔膜を切開し,挙筋腱膜前面を露出させている.図8挙筋腱膜を持ち挙げたところa:Lateralhornを止血切開している.Cb:挙筋腱膜が持ち上がり,ホワイトラインも確認できる.Cc:挙筋腱膜後面が見えている.図9術中コンバートした症例挙筋腱膜の脂肪変性が強くみられたため挙筋腱膜群前転術へとコンバートした.図10挙筋腱膜の前転~手術終了a:腱膜を前転し瞼板へ固定したところ.Cb:術中定量にてほどよい挙上量で瞼縁の形状もよい.Cc:瞼縁下の眼輪筋と眼窩隔膜断端とを通糸している.d:手術終了時.図11瞼縁余剰皮膚切除上眼瞼の余剰皮膚が瞳孔を覆うほど被さっている(Ca).瞼縁皮膚切除を施行し,重瞼線が見えるようになった(b).追加で挙筋短縮術もすすめたが希望されなかった.

高齢者の内反症─退行性下眼瞼内反症の診断と治療

2022年10月31日 月曜日

高齢者の内反症─退行性下眼瞼内反症の診断と治療EntropioninOlderAdults-DiagnosisandTreatment豊野哲也*野田実香**はじめに退行性下眼瞼内反症は,下眼瞼を構成する組織の加齢による弛緩に伴い,眼瞼自体が眼球側に向かって回旋している状態である(図1).睫毛の生え際が潜り込み確認できない状態が特徴的な所見であり(図2),下眼瞼を用手的に下方に引くと内反は一時改善するが,瞬目すると元に戻る.異物感による流涙や眼脂の訴えが多く,眼表面疾患の合併例では角膜実質に不可逆性の障害が及ぶこともある.内反症が治療により改善すると,即時に不快な症状が消失するため,とても高い患者満足度が得られることも特筆すべき点である.本稿では,退行性眼瞼内反症が生じる原因を三つに大別し,それぞれの評価方法と治療法について解説する.I退行性下眼瞼内反症の原因退行性眼瞼内反症の原因は以下の三要素に大別できる.①垂直方向の弛緩:下眼瞼牽引筋腱膜(lowereyelidretractors:LER)が,瞼板下縁から断裂し,瞼板を下方に引いて眼表面に密着させる力が失われた状態である(図1).②水平方向の弛緩(horizontallidlaxity):瞼板を水平方向に牽引している組織,すなわち皮膚,眼輪筋瞼板部,内角靭帯,外角靭帯が弛緩している状態である.③表層組織の乗り上げ:垂直方向と水平方向の弛緩の要素のみであれば眼瞼は外反すると考えられるが,この要素が加わることで内反となる.眼輪筋隔膜部が収縮する際に眼輪筋および皮膚が瞼板上方を乗り越えて,眼瞼は内反する.II退行性下眼瞼内反症の診断1.垂直方向の弛緩の評価下眼瞼翻転テスト:下眼瞼を指で下方に引いた際,瞼板下縁がLERにより固定されていると翻転するが,LERが瞼板下縁から断裂していると翻転せず,瞼板下縁に沿った溝が形成される(図3).この溝を観察することでLERがはずれている範囲を推定できる.2.水平方向の弛緩の評価Lateraldistractionテスト:下眼瞼を耳側に牽引し,下涙点の移動距離で水平方向の弛緩の程度を評価する(図4).Snapbackテスト:下眼瞼皮膚をつまんで眼球表面から離した後に解放し,戻るスピードを評価する.定性的な評価となる.Pinchテスト:下眼瞼皮膚をつまんで眼球から離れる斜め下方向に牽引し,眼球表面からの距離を計測する.水平方向の弛緩の程度が評価され,8mm以上を陽性とする(図5).3.垂直方向の弛緩,水平方向の弛緩,表層組織の乗り上げの組み合わせ評価瞬目テスト:下眼瞼を下方に引き,一時的に内反が改*TetsuyaToyono:東京大学医学部附属病院眼科**MikaNoda:野田実香まぶたのクリニック〔別刷請求先〕豊野哲也:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部附属病院眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(19)1311ab図1下眼瞼の解剖a:正常.b:眼瞼内反症.ab図2眼瞼内反症のスリット所見ab図3下眼瞼翻転テストa:右眼陽性.b:左眼陰性.図4Lateraldistractionテスト図5Pinchテストa:陰性例.b:陽性例.瞼板図6Jones変法(bはサージャンズビュー)図7Evertingsuture法図8Kuhnt.SzymanowskiSmith変法図9Jones変法とKuhnt.SzymanowskiSmith変法の組み合わせa:術前.b:術後2週間.図10Wideevertingsuture法図11Wideevertingsuture法による治療例a:術前.b:術後2週間.c:術後3カ月.

高齢者の眼瞼炎

2022年10月31日 月曜日

高齢者の眼瞼炎BlepharitisintheElderly有田玲子*はじめに眼瞼炎は,眼瞼の炎症によって特徴づけられる疾患である.視力を脅かすことはほとんどないが患者の症状は強く,慢性化するとCqualityCoflifeやCqualityCofCvisionを著しく低下させる.最近,わが国で行われた疫学調査でも,眼瞼炎の最大のリスクファクターは高年齢であることが明らかになった.さらに,眼瞼炎はメタボリックシンドロームの早期から認められる所見であり,メタボリックシンドロームの重症度と相関するという報告もなされている.まさに,人生C100年時代,超高齢社会を迎えた日本において,眼瞼炎は国民病ともなりえるとともに,全身疾患とのかかわりという点からも,適切な診断と早期からの治療が望ましい.本稿では,眼瞼炎の診断から最先端の治療までわかりやすく解説する.CI分類眼瞼炎の原因は,急性期か慢性期か,また慢性期の場合はその解剖的位置によって前部,後部に分類される(図1).臨床的に問題になるのは慢性眼瞼炎であり,もっとも頻度が高いのは後部眼瞼炎(マイボーム腺機能不全)である1).C1.急性眼瞼炎潰瘍性または非潰瘍性である.潰瘍性眼瞼炎は感染症によって起こる.これは通常,細菌性であり,もっとも一般的にはブドウ球菌性である(図2)1).単純ヘルペスおよび水痘帯状疱疹の感染のようなウイルス性の場合もある.非潰瘍性眼瞼炎は,通常,アトピー性または季節性などのアレルギー反応である1).慢性眼瞼炎は,その部位によって分類されることが多い.前部眼瞼炎では,感染症(通常はブドウ球菌),または脂漏性疾患が関与している.患者はしばしば顔面および頭皮の脂漏性皮膚炎を有する1).また,前部眼瞼炎は酒さを伴うことがある.C2.後部眼瞼炎(マイボーム腺機能不全)マイボーム腺機能不全は,後部眼瞼炎を引き起こし,慢性化する.マイボーム腺が過剰に分泌され,油性の物質が詰まり,眼瞼炎が充血する1).酒さを伴うこともある1).最近,ニキビダニ(Demodexfolliculorum)(図3)よって引き起こされることが報告されている2).CII疫学年齢,民族,性別を問わず,すべての人に発症しうるが,50歳以上の高齢者に多くみられる.わが国におけるC2017年に行われた住民検診の結果,マイボーム腺機能不全の有病率はC32.9%であった(図4)3).危険因子は,高齢,男性,抗脂質異常症薬の内服であった3).台湾におけるC5年にわたる縦断的疫学調査によると,眼瞼炎はメタボリックシンドロームの初期サインとして重要であり,その重症度と一致していた4).*ReikoArita:伊藤医院〔別刷請求先〕有田玲子:〒337-0042埼玉県さいたま市見沼区大字南中野C626-11伊藤医院C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(11)C1303MGD(meibomianglanddysfunction):マイボーム腺機能不全図1眼瞼炎の分類図2ブドウ球菌性眼瞼炎(前部眼瞼炎)の症例68歳,男性.右眼,睫毛根部に痂疲がみられる.図3ニキビダニニキビダニ(D.folliculorum)は体長C300.400Cμm,頭部+4対の足+腹部からなる.睫毛を抜去し,光学顕微鏡で観察できる(C×400倍).(高橋研一先生のご厚意による)9080706050403020100020406080100年齢男性女性図4マイボーム腺機能不全の年代別性別有病率40歳を過ぎると男性の有病率が女性を上回り,60歳以上の男性ではC50%,80代以上ではC80%の有病率となる.図7マイボーム腺開口部閉塞(Plugging)78歳,男性.右眼,上眼瞼のすべてのマイボーム腺開口部にCpluggingを認める.図6後部眼瞼炎の睫毛脱落81歳,男性.右眼,上眼瞼の眼瞼縁には著明な血管拡張を認め,下眼瞼には睫毛脱落を多数認める.有病率(%)図5前部眼瞼炎患者のコラレット82歳,女性.右眼,睫毛にフケ状沈着物を認める.ブドウ球菌であることが多いが,ニキビダニの関与も報告されている.図8マイボーム腺開口部閉塞(Ridge)図9後部眼瞼炎の血管拡張73歳,女性.左眼,上眼瞼のマイボーム腺開口部が閉塞69歳,男性.左眼,マイボーム腺開口部周囲の血管拡張してすべてつながり,ridgeとよばれる状態になっている.を認める.図10後部眼瞼炎(マイボーム腺機能不全)の角膜上皮障害72歳,女性.左眼,角膜下方に特徴的な上皮障害を認める.アイホットR(セプト)トルマリンアイマスク(リンケージワークス)図11市販されている温罨法グッズ市販されている温罨法グッズを上手に利用する.Cab蒸気でホットアイマスク(花王)目もとエステ(Panasonic)図12最先端の医療機器a:LipiFlow(Johnson&CJohnson社):ThermalpulsationCsystemのひとつで,45℃でC12分間,マイボーム腺を瞼結膜側から温め,マッサージする.b:M22(LumenisBe社):IntenseCPulsedLight(IPL).c:AQUACCEL(Jeisys社):IntensePulsedLight(IPL).表1目元専用洗浄液商品名アイシャンプーティーツリーオキュソフトマイボシャンプーメシル販売元メディプロダクトホワイトメディカルホワイトメディカルラ・ショエットロート製薬容量C60CmlC50Cml30個入りC50CmlC150Cml標準価格1,260円2,100円1,980円1,500円990円.特徴液状泡状滅菌個包装洗い流し不要泡状CBACfree泡状市販されている目元専用洗浄液を使うと眼瞼の汚れが落ちやすい.日本でも複数種類市販されている.泡タイプとジェルタイプがあり,好みで選んでもらうとよい.表2オメガ3脂肪酸のサプリメントと処方薬写真商品名フィッシュオイルCDHA&EPACDHA&EPA青魚CDHACDHA&EPAエパデールロトリガEPA含有量(mg)C360C100C96C100C300C1,800C930DHA含有量(mg)C240C300C276C500C145C0C750オメガC3脂肪酸は後部眼瞼炎(マイボーム腺機能不全)に有効であり,市販のサプリメントや処方薬などから摂取可能である(処方薬は眼瞼炎の適用外).-

高齢者の斜視

2022年10月31日 月曜日

高齢者の斜視StrabismusintheElderly太根ゆさ*はじめに近年の社会の高齢化により,高齢者の眼位異常を伴う疾患に出会う機会が増えていくことが予想される.帝京大学医学部附属病院眼科(以下,当科)で,2019~2021年に斜視手術を施行した件数のうち,65歳以上の高齢者が占める割合は,2019年12.8%(60例/470例),2020年13.6%(65例/477例),2021年9.3%(39例/419例)であった.多い割合とはいえない結果であったが,80歳以上の患者も,毎年5~9人みられた.本稿では,症例を呈示しながら,高齢者の斜視をみたときの診断,治療において注意すべき点や,近年,高齢者の斜視の原因として広く認知されてきているsaggingeyesyndrome(SES)について述べる.I症例呈示1.感覚性斜視a.症例181歳,男性.何十年も前から左眼の外斜視がある.外斜視のせいで恥ずかしくて外出するのがつらい.左眼は幼少の頃から見えず,栄養不足が原因だったと聞いている.視力:右眼(1.2),左眼光覚.眼位:Hirschberg試験(以下の症例も同じ)RF(右眼固視).10°,大型弱視鏡:RF.8°,左眼は角膜混濁と白内障で眼底透見不能.超音波Bモード検査にて後部ぶどう腫の所見.白内障手術をしても視力が得られる可能性が低いと考え,整容目的で手術を計画した.術中量定にて左眼外直筋後転術を施行し,術後1年で眼位は正位,大型弱視鏡:RF.2°R/L4°.整容的に満足が得られた(図1).b.高齢者の感覚性斜視当科における前述の3年間で斜視手術を行った80歳以上の患者22人中3人は片眼が光覚の感覚性外斜視であり,高齢になっても整容面の改善への意欲がある症例があることがわかった.「もう見た目は気にするような年ではないので」と,積極的な手術を望まない人がいる一方で,「実は長年ひそかに気にしていたが,治せると思っていなかった」「手術してもまたすぐ戻るからやめておいたほうがよいといわれた」など,手術を受ける機会を逃していた症例もみられる.患者の意向をさりげなく聞き出し,治したいという希望があれば,手術適応の検討および加療へとつなげていくとよいと考える.2.外斜視a.症例279歳,女性.若い頃からときどき外斜視を指摘されていた.20年前脳梗塞後,徐々に外斜視が目立つようになった.複視は自覚したことなし.眼精疲労が強く,手術希望.視力:右眼(1.2),左眼(1.2),眼位:.45°,大型弱視鏡:大角度で第一眼位測定不可,眼球運動:両眼やや内転不良,輻湊不良.術中量定にて両眼の前後転を施行し,術後1年で眼位は正位,シノプトRF.2°.複視の自覚はなく,疲労の改善が得られた(図2).*YusaTane:帝京大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕太根ゆさ:〒173-8605東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医学部眼科学講座0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(3)1295図1症例1:外斜視(81歳,男性)図2症例2:恒常性外斜視(79歳,女性)a:術前.b:左眼外直筋後転10mmの施行後1年.整容a:術前.b:左眼内直筋短縮9mm+外直筋後転11mm,的に満足が得られた.右眼内直筋短縮6mm+外直筋後転6mmの施行後1年.眼精疲労が改善した.b20°18°図3症例3:両眼上斜筋麻痺(70歳,男性)a:右眼固視C9方向むき眼位.左眼上斜視と下斜筋過動がみられる.Cb:術前眼底写真.9方向むき眼位でははっきりしないが,右眼にも外方回旋がみられる.〔正常では中心窩と乳頭中心を結んだ線と水平線との角度は平均C7.25°C±2.57°,左右差は平均C1.61°C±1.22°(視能学.p.328,第C2版)である.〕c:右眼上直筋C1筋幅耳側移動,下直筋後転C1Cmm+1筋幅鼻側移動の施行後C1年.眼位の改善,複視の消失が得られた.図4MRI冠状断,T1強調画像SaggingCeyesyndrome(SES)はCMRI画像のCT1,もしくはCT2脂肪抑制なし,で確認する.Ca:症例C4(73歳,男性):両眼CLR-SRbandの断裂()と,左眼外直筋の下方偏位と上端部の耳側偏位がみられる().b:若年者:LR-SRbandは正常(),外眼筋の下垂や傾斜はない().LR-SRbandは,他の外眼筋Cpulley間をつなぐCbandよりもコラーゲンを多く含むため,加齢による影響を受けやすい.Cb15°10°*図5症例4:SES疑い(73歳,男性)a:上段,術前.下段,左眼下直筋後転C2.5mm,1.25筋幅鼻側移動の施行後C3カ月.術後複視は改善した.Cb:術前眼底写真.左眼(下転眼)で外方回旋がみられる.た内斜視や,原因不明の微小な上下斜視の多くがCSESであった可能性がある.SESはCpulleyを含む眼周囲の軟部組織の変化であり,baggylid(たるんだ眼瞼),上眼瞼のくぼみ,腱膜性眼瞼下垂などがみられるが,眼瞼下垂手術やフェイスリフト手術をしているとわかりにくくなる場合や,緑内障でプロスタグランジン関連薬による眼瞼溝深化で逆に似たような顔貌になる可能性もある.斜視や顔貌などの特徴がそろえばCMRIは診断には必須ではないが,冠状断において①CLR-SRbandの伸展,断裂,消失,②外直筋の下方偏位や上端部の耳側傾斜がみられる(図4).SESの治療は,軽いものではプリズム眼鏡を試すが,困難であれば,通常の内斜視,上下斜視と同様に手術を計画する.内斜視については,当科では内外直筋の後転・短縮を施行しているが,その他に手術の量定の工夫の報告があり,詳細については各文献に譲る.一方で,heavyCeyesyndrome(HES)という,強度近視が内斜視の原因となる疾患概念がある.これは,上直筋と外直筋の間への眼球後方の脱臼によりCLR-SRbandの障害を生じるものである.同じCpulleyの障害でも,加齢によるもの,眼球の脱臼によるもの,と機序が異なるが,高齢者においては両者が併存し,明確に区別できない場合もあるとされる.病態が明らかで眼球の脱臼があれば,治療は上外直筋結合術(横山法)が有用であり,SESが疑われるときでも強度近視があればCMRIで確認するとよい.CIIその他の注意すべき疾患高齢者で複視を訴える場合,①共同性,非共同性斜視であるか,②非共同性であれば,緊急疾患か否か,をまず考える.眼球運動制限があれば,緊急性の高い脳梗塞や脳神経疾患の除外のためにCCT,MRIを行うが,このとき可能であれば,あわせて前述のCSESや,外眼筋障害で多い甲状腺眼症の鑑別として外眼筋の断面をみるために,MRI冠状断での撮影も依頼できるとよい.末梢神経麻痺の場合,画像上では診断がつかないことが多いが,全身疾患があれば内科的なコントロールの状態を確認し,少なくとも半年をめどに症状の改善傾向がみられるか経過観察する.脳神経麻痺で多いのは上斜筋麻痺に伴う上下斜視だが,前述のCSESとの鑑別には,①麻痺眼の内下転障害や下斜筋過動はあるか,②CBHTTがみられるか(注:両眼性でははっきりしない),③麻痺眼(上転眼)で外方回旋が多いか(SESと逆),④代償不全型先天上斜筋麻痺の場合はCMRIで上斜筋の低形成があるか(はっきりしない場合もある),などで行う.患者の訴えが多いものの診察のたびに斜視角が変動し手術に踏み切れない,プリズム眼鏡もうまくいかない症例では,重症筋無力症も疑う.経過をみているうちに,遅れて眼瞼下垂も生じて診断がつくこともある.高齢でわかりにくくとも眼瞼下垂をみたとき,「こんな顔だったかな.加齢の下垂かな」と思わず,「いつもこんなに下垂していましたか?」と問うことで,「実は最近ときどきまぶたが下がることがあって」と症状の詳細を聞き出すことができる.非共同性斜視においては,手術は第一眼位~下方での複視の消失が目標となり,全方向での複視の改善はむずかしいことをよく患者に説明することが重要である.CIII斜視手術における術中,周術期における注意点1.術中a.結膜高齢者は,結膜が脆く伸展性に乏しくなり,瞼裂斑もみられる.最後の結膜縫合の際,結膜が裂けて,筋付着部を覆うのにも手間取り時間を要することがある.いつも以上に丁寧に,できるだけCtensionがかからないよう慎重に結膜を扱うよう心がけている.Cb.全身への侵襲当科では局所麻酔下での手術は術中量定のため麻酔は最低限とし,4%キシロカイン点眼麻酔にて行う.局所麻酔で外眼筋操作の際に注意すべきは迷走神経反射と術中疼痛や緊張に伴う血圧上昇があげられる.術中モニターはするが,高齢者において,疼痛による血圧上昇が長時間に及ぶことは他の年代よりもリスクが高いため,とりわけC80代以上の高齢者は,可能な限り外眼筋の短縮よりも,疼痛の少ない後転による術式を選択するようにしている.(7)あたらしい眼科Vol.39,No.10,2022C1299赤:固視眼緑:測定眼baBagolini線条ガラスMaddoxrod図6Cyclophorometerによる回旋偏位の測定a:Cyclophorometer.Bagolini線条ガラスとCMaddoxrodを片眼ずつに配置している.光を見せると,固視眼において光視標を固視することができ,2本の線が平行になるようにCMaddoxrodに連動したダイアルを回して,回旋偏位を定量する.b:上段,正面での測定.下段,光視標を動かして,むき眼位における回旋偏位の測定.-

序説:超高齢社会における眼疾患

2022年10月31日 月曜日

超高齢社会における眼疾患
Eye Diseases in aSuper-Aging Society
佐藤美保* 辻川明孝**
日本は世界でも類をみない超高齢社会に突入している.わが国の平均寿命は男性が 81.25歳,女性が87.32歳だが,健康寿命は男性が 72.14歳,女性が74.79歳であり,平均寿命とは約 10年の隔たりがある.厚生労働省の「健康日本 21(第 2次)」でも
「健康寿命の延伸と健康格差の縮小」を目標に掲げている.2015年に新規に身体障害者手帳を取得した人は 70歳以上が 62.5%を占め,高齢者になってから高度な視覚障害に至るケースが多い.高度な視覚障害に至ると,視機低下により直接的に日常生活が制限されるだけでなく,転倒リスクが高まったり,認知症が悪化したりするなど,視機能障害は健康寿命に多面的に影響が出る.このような状況に鑑み,2021年に日本眼科啓発会議はアイフレイルという新しい概念を提唱し,アイフレイル対策活動を通して,健康寿命の伸延をめざした活動を行っている.
高齢者の視機能障害の原因としては,緑内障,白内障,網膜硝子体疾患,加齢黄斑変性などをあげることができる.緑内障はわが国での失明原因の第 1位の疾患である.緑内障の罹患頻度は年齢とともに上昇し,多治見スタディでは 80歳代では緑内障の頻度は 16.4%と報告されている.わが国のような超高齢社会においては非常に重要な疾患である.白
内障も,進行して視機能が高度に低下すると認知機能に影響を及ぼしたり,外出を控えたりする原因となる.さらに,高齢者の場合は点眼のコンプライアンスの低下,点眼・術後管理の困難など,高齢者特有の問題も生じうる.
手術手技の改良により,安全に手術を行うことができるようになってきたため,最近は,90歳を超える超高齢者でも白内障,網膜硝子体疾患に対して手術を受けることが多くなってきている.一方で,PE症例,Zinn小帯の脆弱例,眼瞼狭小例など,超高齢者には手術のむずかしい患者が多いため注意を要する.
また,抗 VEGF薬の登場により,滲出型加齢黄斑変性の視力予後は大きく改善した.しかし,加齢黄斑変性は根治しない疾患であり,抗 VEGF薬は繰り返し投与を要するケースも多く,どのような薬剤をどのようなレジメンでいつまで投与を行うか悩ましいケースも多い.患眼・僚眼の状態,家族のサポートの状況など総合的に判断し,超高齢者に対してはある程度で治療を見合わせる判断も必要かもしれない.
高齢者では眼球だけでなく,しばしば付属器も衰えてくる.附属機の異常は,視機能全般を著しく妨げることから,積極的な治療が期待されている.
*Miho Sato:浜松医科大学医学部眼科学講座 **Akitaka Tsujikawa:京都大学大学院医学研究科眼科学
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未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置 術後に網膜内層虚血に伴うParacentral Acute Middle Maculopathy を発症した1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1281.1287,2022c未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術後に網膜内層虚血に伴うParacentralAcuteMiddleMaculopathyを発症した1例林孝彰飯田由佳東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科CACaseofParacentralAcuteMiddleMaculopathywithIntraretinalIschemiathatDevelopedImmediatelyPostFlow-DivertingStentTreatmentforanUnrupturedInternalCarotidArteryAneurysmTakaakiHayashiandYukaIidaCDepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenterC目的:未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術後に網膜内層虚血に伴うCparacentralCacuteCmiddlemaculopathy(PAMM)を発症したC1例を報告する.症例:47歳,女性.海綿静脈洞部の未破裂左内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術直後に左視野異常を自覚し,留置術C11日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.矯正視力は両眼それぞれC1.5であった.左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を認めた.光干渉断層計で病巣部の網膜神経線維層から外網状層にかけての高反射ラインに加え,内顆粒層の高反射ラインを認めた.光干渉断層血管撮影では,高反射部に一致して表層および深層毛細血管網の血流シグナルが低下しており,網膜内層虚血に伴うCPAMMと診断した.発症C38日後の左眼矯正視力はC1.5と不変で,自覚症状の改善はなかった.結論:フローダイバーターステント留置術の血栓塞栓性合併症として,網膜内層虚血に伴うCPAMMは起こりうる.CPurpose:Toreportacaseofparacentralacutemiddlemaculopathy(PAMM)withintraretinalischemiathatdevelopedimmediatelypost.ow-divertingstent(FDS)treatmentforanunrupturedinternalcarotidartery(ICA)Caneurysm.CCaseReport:AC47-year-oldCfemaleCexperiencedCvisualC.eldCdisturbanceCinCherCleftCeyeCimmediatelyCpostCFDSCtreatmentCforCanCunrupturedCleftCICACaneurysm,CandCpresentedCatCourCdepartmentC11CdaysClater.CHerCbest-correctedvisualacuity(BCVA)was1.5ODand1.5OS,andafundoscopyexaminationrevealedayellowish-whiteClesionCofCone-thirdCtoCone-halfCdiscCdiameterCinCsizeClocatedCsuperior-nasalCofCtheCfovea.COpticalCcoherencetomography(OCT).ndingsrevealedhyperre.ectivebandsattheleveloftheinnernuclearlayer,aswellasfromthenerve.berlayertotheouterplexiformlayer.OCTangiography.ndingsrevealeddecreasedblood-.owsignalsinCtheCsuper.cialCandCdeepCcapillaryCplexus,CthusCleadingCtoCaCdiagnosisCofCPAMMCwithCintraretinalCischemia.CAtC38-dayspostonset,herleft-eyeBCVAremainedat1.5,yetthesymptomsdidnotimprove.Conclusion:PAMMwithintraretinalischemiaisathromboemboliccomplicationthatcanoccurpostFDStreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1281.1287,C2022〕Keywords:paracentralacutemiddlemaculopathy,光干渉断層計,光干渉断層血管撮影,内頸動脈瘤,フローダイバーターステント.paracentralacutemiddlemaculopathy,opticalcoherencetomography,opticalcoherenceto-mographyangiography,internalcarotidarteryaneurysm,.owdiverterstents.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめにParacentralCacuteCmiddlemaculopathy(PAMM)は,2013年にCSarrafらによって報告され,光干渉断層計(opti-calcoherencetomography:OCT)で内顆粒層と外網状層のラインが高反射を示す所見を呈する1).光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)を用いた研究で,PAMMは網膜血管が深層に向かう網膜毛細血管網の虚血がその本態と考えられている2,3).PAMMは,傍中心窩急性中間層黄斑症と訳されることがあるが,本報告ではCPAMMと表記する.未破裂脳動脈瘤に対する血管内治療として,これまでコイル塞栓術が施行されてきた.しかし,大型動脈瘤や紡錘状動脈瘤に対してはコイル塞栓術施行が困難となること,コイル塞栓術だけでは大型およびネックの広い脳動脈瘤において再開通率が高いなどの問題点が指摘されていた4,5).2015年に未破裂内頸動脈瘤に対して新たな治療法として,フローダイバーターステント(.owdiverterstents:FDS)留置術が保険収載された.これは動脈瘤をまたぐように脳血管にフローダイバーターというステントを入れ血流が動脈瘤に入るのを防ぐ治療法である.2020年C9月に「頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療法CFlowDiverter)適正使用指針」第C3版(最新版)が策定された6).今回,筆者らは,未破裂無症候性内頸動脈瘤に対するFDS留置術後に,網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症した症例について報告する.CI症例患者:47歳,女性.主訴:左視野異常.現病歴:海綿静脈洞部に位置し内側へ膨隆する未破裂無症候性左内頸動脈瘤(長径C8Cmm)に対して,他院でCFDS留置術が施行され,全身麻酔覚醒直後から左中心部の視野異常を自覚した.5日後に他院眼科受診し,左眼黄斑部異常を認めたため,FDS留置術C11日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)眼科へ初診となった.FDS留置術C2週前より,アスピリンおよびクロピドグレル硫酸塩による抗血小板薬C2剤併用療法(dualantiplateletCtherapy:DAPT)が施行され,当院初診時もCDAPTが継続されていた.既往歴:高血圧,糖尿病,脂質異常症など基礎疾患はなし.初診時眼所見:視力は右眼C0.1(1.5C×sph.3.50D(.1.00DCAx150°),左眼0.1(1.5C×sph.3.50D(.0.25DCAx120°),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C13CmmHgであった.両眼ともに前眼部および中間透光体に異常所見はなかった.眼底所見として,右眼眼底に異常はなかったが,左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を,視神経乳頭上方に小さな網膜表層出血を認めた(図1a).黄斑部COCT(CirrusHD-OCT5000)のCBスキャン・水平断画像で,黄白色病変中央部では網膜神経線維層から外網状層にかけて高反射ラインを(図1b),そのやや上方で内顆粒層に高反射ラインを(図1c)認め,PAMM所見と考えられた.OCTA(CirrusHD-OCT5000)では,高反射部に一致して表層網膜毛細血管網および深層網膜毛細血管網の血流シグナルが低下(図2)しており,網膜内層虚血に伴うCPAMMと診断した.フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)を施行し,造影早期では黄白色病変部の網膜毛細血管充盈遅延・ブロックによる低蛍光を認め,造影中期でも病変部網膜毛細血管の造影不良を認めた(図3).黄白色病変は,網膜内層の循環不全によるものと考えられた.また,FA造影早期に血管アーケード内に多数の斑状低蛍光の所見がみられ,局所的脈絡膜充盈遅延と考えられた.血液検査を施行し,赤血球数・白血球数・血小板数,凝固系,電解質に異常値はなかった.肝機能および腎機能は正常であった.経過:FDS留置術後でCDAPTが継続されていたことから,当院では無治療で経過観察となった.その後自覚症状は不変であった.発症C38日後の左眼矯正視力はC1.5と不変で,黄白色病変は消失した(図4).OCTでは,病変部の網膜神経線維層から外網状層にかけて菲薄化し,相対的に外顆粒層が肥厚していた(図4).Humphrey静的視野(SITA-standard,プログラム中心C10-2)で,中心窩閾値はC37CdBと良好で中心下方に感度低下(MD値:C.2.6CdBp<5%,PSD値:4.71CdBp<1%)を認めた(図5).経過中,症状の改善・悪化はみられなかった.CII考按今回,未破裂内頸動脈瘤に対するCFDS留置直後に網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症したC1例を報告した.PubMedと医中誌を調べた限り,FDS留置後にCPAMMを発症した報告例はなかった.本症例は,基礎疾患が存在しなかったこと,内頸動脈瘤が眼動脈に近い近位部に位置していたこと,FDS留置術直後に同側眼に網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症していることから,FDS留置術と関連して本疾患が発症したと考えられた.2020年C9月に日本脳神経外科学会,日本脳卒中学会,日本脳神経血管内治療学会から,「頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療法CFlowDiverter)適正使用指針」第C3版が策定された6).FDS留置の適応は,内頸動脈の錐体部から床上部に位置し,最大径C5Cmm以上のワイドネックまたは紡錘状動脈瘤で,症候性・無症候性は問わないとなっている6).本症例も長径C8Cmmの海綿静脈洞部に位置する動脈瘤で,FDS留置術の適応であったと考えられる.周術期管理として,術前C10日以上前よりCDAPT投与が開始され,術中はヘパリン全身投与により活性化凝固時間をC250.300秒(コントローab図1初診時の眼底写真と左眼病変部OCTのBスキャン・水平断画像a:右眼に異常はなかったが,左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を,視神経乳頭上方に小さな網膜表層出血を認める.Cb:OCTにおいて黄白色病変中央部では,網膜神経線維層から外網状層にかけて高反射ラインを認める.c:そのやや上方では,内顆粒層に高反射ラインを認める.ル比C2.2.5倍)に維持し,術後は,DAPTをC6カ月投与す物表面での血小板活性化による白色血栓予防の目的で術前かることが推奨されている6).本症例に関して,術中の詳細はらCDAPTが行われる.FDS留置術の術後合併症として,血はっきりしないが,術後もCDAPTが継続されていた.一般栓塞栓性および出血性の合併症がある6).海外の国際共同研的に,血管内治療では術中の血流うっ滞による赤色血栓予防究におけるCFDS留置術の合併症率は,虚血性脳卒中がC4.7で全身ヘパリン化による抗凝固療法が行われ,ステント留置%,脳出血はC2.4%で,動脈瘤破裂はC0.6%とわずかであっ図2左眼黄斑部のOCTA画像(初診時)上段は,表層毛細血管網を捉えたセグメンテーションを示す.OCTCenface像の高反射部に一致して血流シグナルが低下している.下段は,深層毛細血管網を捉えたセグメンテーションを示す.病変部の血流シグナルが低下している.C図3初診時の左眼フルオレセイン蛍光造影写真造影早期(造影開始C14秒,16秒,24秒)では黄白色病変部の網膜毛細血管充盈遅延・ブロックによる低蛍光を認め,造影中期(造影開始C3分C11秒)でも病変部網膜毛細血管の造影不良を認める.また,造影早期(造影開始C14秒,16秒,24秒)に血管アーケード内に多数の斑状低蛍光の所見がみられる.図4左眼眼底写真と病変部OCTのBスキャン・水平断画像(発症38日後)黄白色病変は消失している.OCTでは,病変部の網膜神経線維層から外網状層にかけて菲薄化し,相対的に外顆粒層が肥厚している.た7).一方,眼動脈から分岐する網膜中心動脈の閉塞など眼PAMMは,OCTで内顆粒層の高反射を示す所見として合併症の記述はなかった7).本症例では,FDS留置術後に眼報告され1),その後,網膜血管が深層に向かう網膜毛細血管外症状は出現しなかった.網の血流障害・虚血によって引き起こされる病態として報告図5左眼Humphrey静的視野(SITA.standard,プログラム中心10.2)(発症38日後)中心窩閾値はC37dB,中心下方に感度低下(MD値:C.2.6CdBp<5%,PSD値:4.71CdBp<1%)を認める.されている2).PAMMは,単独で発症することもあるが,糖尿病網膜症,高血圧性網膜症,網膜動脈閉塞症,網膜静脈閉塞症など網膜血管閉塞疾患に合併してみられることが多い3,8).筆者らは,脳動脈瘤に対するコイル塞栓術後にPAMMを発症したC2例を報告している9).眼動脈の近位部に位置する内頸動脈瘤だけでなく,遠位部に位置する前交通動脈瘤に対するコイル塞栓術後であってもCPAMMは発症する9).このようにCPAMMは,脳血管内治療に関連する血栓塞栓性合併症として起こりうる.PAMMは網膜毛細血管の存在しない中心窩無血管域には発生しないため,PAMMを単独で発症した場合,中心視力は保たれることが多い.しかし,中心窩無血管域周囲の網膜毛細血管網が障害されると,視野異常の自覚は必発である8,9).逆に,黄斑部外にCPAMMが発症した場合,気づくことなく過ぎ去っていく可能性が考えられる.本症例に発症した網膜内層虚血に伴うCPAMMは中心窩に近く(図1,2),視野異常を自覚し,視野検査でも中心下方の感度低下が続いていた(図5).本症例では,その病変とは別に,FA早期で局所的脈絡膜充盈遅延による多数の斑状低蛍光の所見がみられた(図3).同様な所見は,巨細胞性動脈炎に合併したCPAMMでもみられていることから10),眼動脈から分岐する短後毛様動脈系にも循環障害が生じた可能性が示唆された.PAMMの長期経過に関する報告は少ない.筆者らは,2.5年以上経過観察したCPAMMのC2例について検討し,視野障害は改善せず持続していることを報告した8).このことから,PAMMでは組織虚血によって不可逆的な網膜神経細胞障害が生じ,視野障害が永続すると考えられる.PAMMの治療に関して,原疾患があればその治療を優先するが,PAMM自体に有効な治療法はない.最後に本症例では,FDS留置術の全身麻酔覚醒直後から左視野異常を自覚していたことから,FDS留置術と関連して網膜内層虚血に伴うCPAMMが発症したと考えられた.FDS留置術の血栓塞栓性合併症として,PAMMは起こりうる.FDS留置術は,PAMMの新たな発症要因と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SarrafCD,CRahimyCE,CFawziCAACetal:ParacentralCacuteCmiddlemaculopathy:aCnewCvariantCofCacuteCmacularCneuroretinopathyCassociatedCwithCretinalCcapillaryCisch-emia.JAMAOphthalmolC131:1275-1287,C20132)Nemiro.CJ,CKuehleweinCL,CRahimyCECetal:AssessingCdeepretinalcapillaryischemiainparacentralacutemiddleCmaculopathyCbyCopticalCcoherenceCtomographyCangiogra-phy.AmJOphthalmolC162:121-132,Ce121,C20163)ScharfCJ,CFreundCKB,CSaddaCSCetal:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCandCtheCorganizationCofCtheCretinalCcapillaryplexuses.ProgRetinEyeResC81:100884,C20214)MurayamaCY,CNienCYL,CDuckwilerCGCetal:GuglielmiCdetachableCcoilCembolizationCofCcerebralaneurysms:11Cyears’experience.JNeurosurgC98:959-966,C20035)RaymondCJ,CGuilbertCF,CWeillCACetal:Long-termCangio-graphicCrecurrencesCafterCselectiveCendovascularCtreat-mentCofCaneurysmsCwithCdetachableCcoils.CStrokeC34:C1398-1403,C20036)日本脳神経外科学会,日本脳卒中学会,日本脳神経血管内治療学会策定:頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療用CFlowDiverter)適正使用指針第C3版.20207)KallmesCDF,CHanelCR,CLopesCDCetal:InternationalCretro-spectivestudyofthepipelineembolizationdevice:amul-ticenteraneurysmtreatmentstudy.AJNRAmJNeurora-diolC36:108-115,C20158)NakamuraCM,CKatagiriCS,CHayashiCTCetal:LongitudinalCfollow-upCofCtwoCpatientsCwithCisolatedCparacentralCacuteCmiddleCmaculopathy.CIntCMedCCaseCRepCJC12:143-149,C20199)NakamuraCM,CKatagiriCS,CHayashiCTCetal:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCafterCendovascularCcoilCemboli-zation.RetinCasesBriefRepC15:281-285,C202110)KasimovCM,CPopovicCMM,CMicieliJA:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCassociatedCwithCanteriorCischemicCopticneuropathyandcilioretinalarteryocclusioningiantcellarteritis.JNeuroophthalmolC42:e437-e439,C2022***

網膜色素線条に合併した脈絡膜新生血管に対する 抗血管内皮増殖因子の治療成績

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1277.1280,2022c網膜色素線条に合併した脈絡膜新生血管に対する抗血管内皮増殖因子の治療成績熊谷真里子中山真紀子江本宜暢山本亜希子岡田アナベルあやめ杏林大学医学部眼科学教室COutcomesbyTreatmentRegimenforChoroidalNeovascularizationinAngioidStreaksMarikoKumagai,MakikoNakayama,YoshinobuEmoto,AkikoYamamotoandAnnabelleAyameOkadaCDepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicineC目的:網膜色素線条(AS)に合併した脈絡膜新生血管(CNV)に対する抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬の治療方針別成績を明らかにすること.方法:CNVを合併したCAS15例C22眼に対し抗CVEGF薬治療を行い,後ろ向きに検討した.結果:平均経過観察期間はC63カ月(12.115カ月).抗CVEGF薬治療開始時の方針は,14眼(64%)が必要時投与(PRN),8眼(36%)がCtreat-and-extend(TAE)であった.PRN眼で,治療開始後C1年以内に再発がみられたのはC9眼であり,再発のためCPRNからCTAEに移行したのはC10眼であった.最終治療方針はC18眼(82%)がCTAEとなった.平均矯正視力はC1年とC3年で有意に改善したが,最終視力が低下した症例は全例初期からCPRN眼であった.結論:ASに合併するCCNVは再発が多く,抗CVEGF薬治療はCPRNよりは初期からCTAEの方針が視力予後には有効であった.CPurpose:ToCanalyzeCoutcomesCbasedConCtheCtreatmentCregimenCofCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactor(VEGF)therapyforchoroidalneovascularization(CNV)inretinalangioidstreaks(AS)C.Methods:Thisretrospec-tiveobservationalstudyinvolved22eyesof15patientswithAS-associatedCNVtreatedwithanti-VEGFintravit-realinjections.Results:Themeanfollow-upperiodwas63months(range:12-115months)C.Theinitialtreatmentregimenwasprorenata(PRN,“asneeded”)in14eyes(64%)andtreat-and-extend(TAE)in8eyes(36%)C.Ofthe14PRNeyes,recurrenceofCNVoccurredwithin1yearin9eyes,and10eyesweretransitionedtoTAEduetoCrecurrence.CTheC.nalCtreatmentCregimenCwasCTAECinC18eyes(82%)C.CMeanCbest-correctedCvisualCacuityCsigni.cantlyimprovedat1-and3-yearsposttreatmentinitiation,however,alleyeswithdecreasedvisualacuityat.nalfollow-upwereinitialPRNeyes.Conclusion:AlthoughrecurrenceofAS-associatedCNVwasfrequentlyobservedpostanti-VEGFintravitrealinjection,thetreatmentregimenofinitialTAEresultedinbettervisualout-comescomparedtothatofinitialPRN.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1277.1280,C2022〕Keywords:網膜色素線条,脈絡膜新生血管,抗CVEGF治療.angioidstreaks,choroidalneovascularization,anti-vascularendothelialgrowthfactor.Cはじめに網膜色素線条(angioidstreaks:AS)はCBruch膜に弾性線維の変性を引き起こす疾患であり,Bruch膜の肥厚,石灰化や断裂を生じる.特発性の場合もあるが,多くは弾性線維性仮性黄色腫(pseudoxanthomaelasticum:PXE)をはじめ複数の全身疾患に続発する.ABCC6遺伝子変異が原因であるCPXEが背景にある場合は,重篤な心臓や脳血管系の合併症にも注意する必要がある1.3).中心窩近傍に脈絡膜新生血管(choroidalCneovasculariza-tion:CNV)を合併すると,視力予後が不良となることが多い.この続発性CCNVに対しては抗血管内皮増殖因子(vas-cularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内注射により,視力改善および維持,またはCCNV進行予防の有効性が報告されている4.6).しかし,今までの報告では必要時投与(proCrenata:PRN)の方針が多く,CNVの再発を繰り返すことで瘢痕および網脈絡膜萎縮が拡大するため,長期〔別刷請求先〕熊谷真里子:〒181-8611東京都三鷹市新川C6-20-2杏林大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MarikoKumagai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine,6-20-2Shinkawa,Mitaka,Tokyo181-8611,JAPANC的にみると視力低下する症例が少なくない.今回,AS合併CCNVに対する抗CVEGF薬硝子体内投与の治療経過についてCPRN,またはCtreat-and-extend(TAE)の治療方針別に後ろ向きに検討した.CI対象および方法対象はC2003年C11月.2017年C9月に杏林大学医学部附属病院眼科にてCASに活動性CCNVを合併し,抗CVEGF治療を施行した15例22眼(女性10例14眼,男性5例8眼)である.本研究は杏林大学医学部倫理委員会の承認のもと行った.ASの診断基準としては検眼的に視神経乳頭から放射状に伸びる典型的なCAS,視神経乳頭周囲の萎縮性変化,周辺部梨子地眼底を認めるものとした.一部症例ではフルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)にて色素線条部のCwindowdefect,AS部周囲の組織染,インドシアニングリーン蛍光造影後期にCAS部の組織染を認めるものも診断根拠とした.CNVの活動性は,病変付近に網膜下出血,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で滲出性変化,またはCFAで病変の蛍光漏出を認めたものと定義した.経過観察期間がC12カ月未満のものは除外した.抗CVEGF薬治療(ベバシズマブまたはラニビズマブを倫理委員会承認のもと使用)を施行し,これらの症例のCCNV発症部位,治療方針,投与回数,再発,視力の変化,合併症について後ろ向きに検討した.治療方針は初期治療として,抗CVEGF薬を活動性が消失するまでC4週ごとに硝子体内投与を継続した.活動性が消失した段階で,患者の希望を踏まえた医師の判断にてCPRN,またはCTAEの治療方針を決めた.PRNの方針では,毎月検査を行いながら,活動性が生じた際に投与を再開し,滲出性変化が完全に消失するまで基本的に毎月投与を行った.一方,TAEの方針では,滲出性変化が完全に消失するまで毎月投与を継続し,消失と確認できた段階から約C2週の投与間隔の延長を試みた(最長C12週間隔).滲出性変化が再度生じた場合は,投与間隔をC1.2週間短縮した.視力は小数視力表を用いて測定し,その結果をClogarithmofCtheCminimumCangleCofresolution(logMAR)値へ換算したうえで解析を行った.CII結果初診時平均年齢はC67歳(40.87歳)で,平均経過観察期間はC63C±30カ月(12.115カ月)であった.平均等価球面度数は.1.69D(+1.50.C.11.38D)であった.治療開始時の治療方針はPRNが14眼(64%),TAEが8眼(36%)であった.1.CNVの発症部位と治療方針両眼ともに治療の対象となった症例はC7例,片眼のみはC8例であった.CNVの発症部位は中心窩下がC17眼(77%),傍中心窩がC4眼(18%),傍中心窩から視神経乳頭周囲がC1眼(5%)であった.治療開始時の治療方針はCPRNがC14眼(64%),TAEがC8眼(36%)であった.その後CCNV再発のためCPRNからCTAEに移行したのはC10眼であり,最終的な治療方針はPRNが4眼(18%),TAEが18眼(82%)となった.C2.投与回数平均投与回数はCPRNで治療を開始したC14眼において,1年目は6.3回,2年目は2.3回,3年目は2.0回,4年目は0回,5年目はC0回であった.TAEで治療を開始したC8眼において,1年目は9.8回,2年目は8.7回,3年目は7.4回,4年目はC8.6回,5年目はC4.8回であった.C3.再発CNV再発の定義は網膜出血や網膜内液,網膜下液などの滲出性変化を認めた場合とした.PRNで治療を開始したC14眼において,CNVの再発は治療開始から平均C12.4カ月であり,1年以内がC9眼,2年目が1眼,3年目がC1眼,4年目がC1眼,再発がみられなかったのはC2眼であった.14眼中C12眼(86%)でC4年以内にCCNVの再発を認めた.最終的にC10眼がCPRNからCTAEに移行した.1年以内に再発したC9眼のうちC8眼は同部位の再発であったが,1眼はまったく別の部位に新たなCCNVが生じた.TAEで治療を開始したC8眼において,CNVの再発は治療開始からC2年目がC2眼,3年目がC1眼でみられた.そのC3眼のうちC2眼は同部位で,1眼は別の部位で再発がみられた.C4.視力の変化治療開始時の平均ClogMAR視力C0.40に比べ,治療開始C1年後はC0.26(n=22眼),3年後はC0.28(n=15眼),5年後は0.36(n=14眼)であり,1年後とC3年後に有意な視力改善が認められた(図1,Wilcoxonsigned-ranktest,p<0.01).治療方針別の視力経過では治療開始時と最終受診時を比較し,logMAR0.2以上の変化を改善または悪化,0.2未満の変化を維持として,PRN継続で行ったC4眼では改善がC2眼,維持と悪化がそれぞれC1眼,PRNからCTAEに移行したC10眼では改善がC2眼,維持がC7眼,悪化がC1眼,初期からTAEで行ったC8眼では改善がC5眼,維持がC3眼であった(図2).C5.全身疾患の合併症対象患者の既往歴として脳梗塞C2例,脳動脈瘤C1例を認めた.また,経過観察中に脳出血を生じた症例がC1例あった.C6.代表症例69歳,女性.右眼の中心暗点を自覚し当院受診となった.logMAR(小数視力)治療開始時と治療開始C1年後,3年後,5年後の平均ClogMAR視改善がC5眼,維持がC3眼であった.力を比較したところ,1年後とC3年後に有意な視力改善が認められた(Wilcoxonsigned-ranktest,p<0.01).d図3代表症例a:右眼の矯正視力はC1.2であった.眼底所見において視神経乳頭周囲の萎縮と色素線条,傍中心窩にCCNVを示唆する網膜下出血に伴う隆起性病変を,さらに後極部上方に梨子地眼底を認めた.Cb:OCT所見において出血に相当する部位に網膜下液がみられた.c:FA所見において色素線条のブロックと色素線条の先にCCNVを示唆する蛍光漏出および出血によるブロックがみられた.Cd:ASに合併した活動性CCNVと診断し,PRNの方針でC5回投与後での矯正視力はC1.2で出血がほぼ消失した.しかし,最後の投与後C7カ月の段階で,CNV再発を示唆する瘢痕隣接の出血がみられ,抗CVEGF薬の投与を再開し,治療方針はCTAEに変更された.経過を図3に示す.CIII考按活動性CCNVを合併したCASに対する抗CVEGF療法は,過去の研究においてCPRNの方針が多かった.Sawaらの報告では,13例C15眼の患者(男性C5例,女性C8例,平均年齢C59歳,54.70歳)において,PRNの方針で治療し,初発時CNVの平均投与回数はC4.5回(1.9回)であった6).本研究の平均投与回数は,PRNの方針のC1年目はC6.3回(n=14眼),TAEの方針のC1年目はC9.8回(n=8眼)と既報よりも投与回数は多い結果であった.OCT解像度の向上によりごくわずかな滲出性変化が検出可能となり,本研究ではそのような変化に対しても投与を行ったため,既報と比較し投与回数が多くなったと考えられる.PRNの方針であったC14眼中,治療開始後C1年以内に再発がみられたのはC9眼(64%)と多かった.最終的に再発でPRNからCTAEに切り替えたのはC10眼であった.1年以内に再発したC9眼において治療開始後から平均C7.2カ月で再発がみられ,Sawaらの報告においてもC5眼(33%)で最終投与から平均C5.1カ月に再発がみられた.本研究では滲出性変化がなくなった状態をC2回確認できるまで投与を継続していた症例が多く,既報より投与回数は多くなったが,その分再発が抑えられたと考えられ6),とくに治療開始からC1年以内は再発に留意すべきと考える.また,全体の平均ClogMAR矯正視力は治療開始時C0.40,1年後C0.26(n=22眼),3年後C0.28(n=15眼),5年後C0.36(n=14眼)であり,1年後とC3年後に有意な改善(p<0.01)がみられたもののC5年後はベースラインに戻っていた.治療経過中にCAS合併CCNVによる網脈絡膜萎縮が進行したため,5年後平均ClogMAR矯正視力の有意な改善が得られなかったと考えられる.しかし,治療方針別の最終視力解析により,PRNよりも初期からCTAEのほうが視力維持・改善できる可能性が示唆された.Lekhaらの報告においてはC15眼全例に新規CCNVがあり,発症部位は傍中心窩がC8眼(53%)で,中心窩下がC7眼(47%)であった7).本研究のCCNV発症部位は傍中心窩がC4眼(18%),中心窩下がC17眼(77%),傍中心窩から視神経乳頭周囲がC1眼(5%)と,Lekhaらの報告より中心窩下の発症が多かったが,既報,本研究ともにCCNVの発症部位は中心窩下および傍中心窩が大半を占めていた.CNVの再発率はLekhaらの報告(PRN方針,平均経過観察期間C57カ月間以内)ではC73%に対し7),本研究(PRN方針,48カ月間以内)はC86%とどちらも高頻度にみられた.CNVの発生場所に違いがみられても,ASのCCNVは再発しやすい可能性がある.症例数は少ないが,本研究においてCASに合併するCCNVの再発が多くみられ,抗CVEGF薬治療の方針としては初期からCTAEとするほうが視力維持・改善できる可能性があることが示唆された.今後症例数を増やし,TAE方針における有効性をさらに検討する余地があると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)RoachCES,CIslamMP:PseudoxanthomaCelasticum.CHandbCClinNeurolC132:215-21.C20152)KatagiriCS,CNegishiCY,CMizobuchiCKCetal:ABCC6CgeneCanalysisCinC20CJapaneseCpatientsCwithCangioidCstreaksCrevealingfourfrequentandtwonovelvariantsandpseu-dodominantCinheritance.CJCOphthalmol2017:ArticleCIDC1079687,C20173)SoutomeCN,CSugaharaCM,COkadaCAACetal:SubretinalChemorrhagesafterblunttraumainpseudoxanthomaelas-ticum.RetinaC27:807-808,C20074)TeixeiraA,MoraesN,FarahMEetal:Choroidalneovas-cularizationCtreatedCwithCintravitrealCinjectionCofCbevaci-zumab(Avastin)inCangioidCstreaks.CActaCOphthalmolCScandC84:835-836,C20065)TilleulCJ,CMimounCG,CQuerquesCGCetal:IntravitrealCranibizumabCforCchoroidalCneovascularizationCinCangioidstreaks:Four-yearfollow-up.RetinaC36:483-491,C20166)SawaM,GomiF,TsujikawaMetal:Long-termresultofintravitrealbevacizumabinjectionforchoroidalneovascu-larizationsecondarytoangioidstreaks.AmJOphthalmolC148:584-590,C20097)LekhaT,PrasadHN,SarwateRNetal:Intravitrealbeva-cizumabCforCchoroidalCneovascularizationCassociatedCwithCangioidstreaks:Long-termCresults.CMiddleCEastCAfrCJCOphthalmolC24:136-142,C2017***

ぶどう膜炎によって発見された梅毒の1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1272.1276,2022cぶどう膜炎によって発見された梅毒の1例西崎理恵平野彩和田清花砂川珠輝小菅正太郎岩渕成祐昭和大学江東豊洲病院眼科CACaseofSyphilisDiagnosedviaaUveitisExaminationRieNishizaki,AyaHirano,SayakaWada,TamakiSunakawa,ShotaroKosugeandShigehiroIwabuchiCDepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKotoToyosuHospitalC諸言:近年,梅毒は増加傾向であり,また症状は多彩である.今回,眼科受診を契機に梅毒と診断された症例を経験したので報告する.症例:49歳,男性.両視力低下で近医を受診後,ぶどう膜炎の診断で精査加療目的に昭和大学江東豊洲病院紹介受診となった.初診時矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.2,両眼硝子体混濁と左眼網膜静脈分枝閉塞症様出血を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査で両眼網膜血管炎と周辺部網膜の無血管野を認めた.血液検査を行い,梅毒CTP抗体,RPR定量,FTA-ABS定量から梅毒性ぶどう膜炎と診断した.ペニシリン大量点滴療法,ステロイド内服,網膜光凝固術で硝子体混濁は消失し,視力は両眼C1.2に回復した.考察:今回の症例は,網膜炎発症から間もないうちにペニシリン大量点滴療法を施行したことから,眼底に変性を残さずに完治したと考えられる.結論:近年,梅毒感染が増加し,症状が多彩であることから,ぶどう膜炎診察時には梅毒血清反応をルーチンに検査する必要があることを今回再認識できた.CPurpose:Inrecentyears,thenumberofsyphilispatientshasbeenincreasing.Symptomsandeyelesionsarenonspeci.c,andtheirappearancecanvary.Herewereportacaseofsyphilisdiscoveredduringanophthalmologi-calexamination.CaseReport:A49-year-oldmalepresentedafterbecomingawareofalossofvisualacuity(VA)CandCsubsequentlyCbeingCdiagnosedCwithCuveitisCatCaClocalCclinic.CUponCexamination,ChisCcorrectedCVACwasC0.4CODCand1.2OS,andbilateralvitreousopacitywasobserved.Abloodtestwasperformed,thusleadingtoadiagnosisofsyphilis.ThevitreousopacitydisappearedandhiscorrectedVArecoveredto1.2inbotheyesviahigh-dosepeni-cillininfusiontherapy,oralsteroids,andretinalphotocoagulation.Conclusion:The.ndingsinthiscaserevealtheimportanceofroutinelyperformingbloodtestsforsyphiliswhentreatingpatientswithuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1272.1276,C2022〕Keywords:梅毒,ぶどう膜炎,ペニシリン大量点滴療法.syphilis,uveitis,penicillinhigh-doseinfusiontherapy.はじめに近年,梅毒の報告数は増加傾向にある1).とくに働き盛りの年代で患者が多く発生している.梅毒は多彩な全身症状を示し2),眼病変も非特異的である3,4).今回,感染経路が不明で全身症状がなく,眼科受診によって梅毒が発見された症例を経験したので報告する.CI症例患者:49歳,男性.主訴:両眼視力低下,霧視,飛蚊症.既往歴:1年前に皮疹で皮膚科受診歴あり.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:近医眼科にて両眼硝子体混濁と診断され,精査加療目的で紹介受診となった.初診時眼科所見:矯正視力は右眼(0.4),左眼(1.2),眼圧は右眼C10.3CmmHg,左眼C9.7CmmHgであった.前眼部には炎症所見やその他視力低下をきたす異常は認めなかった.中間透光体は両眼に硝子体混濁を認めた.眼底は両眼に細動脈の狭小化や蛇行を認め,左耳側網膜に網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血を認めた(図1).フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)で網膜動脈と静脈からの蛍光漏出,両眼周辺部網膜に無血管領域を認めた(図2).以上〔別刷請求先〕西崎理恵:〒135-8577東京都江東区豊洲C5-1-38昭和大学江東豊洲病院眼科Reprintrequests:RieNishizaki,DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKotoToyosuHospital,5-1-38Toyosu,Koto-ku,Tokyo135-8577,JAPANC1272(114)図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両細動脈の蛇行,狭小化,左眼耳側網膜に網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光造影(FA)a:右眼,b:左眼.両眼に網膜血管炎と,両眼の周辺部網膜に無血管領域を認めた.より動脈炎,静脈炎があると判断し,また血管閉塞,無血管領域も生じていることから,感染性ぶどう膜炎の可能性が高い5)と考えられた.血液検査はCCRP1.17,梅毒トレポネーマ(TP)抗体陽性を認めた.このことから追加で血液検査を行ったところ,迅速プラズマレアギン(rapidCplasmareagin:RPR)定量C64倍,FTA-ABS定量C1,280倍と上昇を認めたことから梅毒性ぶどう膜炎と診断した.また,同時にヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)抗原も検査を行ったが陰性であった.梅毒の感染機会を患者に聴取するも感染経路は不明であった.経過:神経梅毒に準じたペニシリン大量点滴療法をすすめたが,本人の都合ですぐに入院することができず,アモキシシリン内服C1,500Cmg/日をC12日間投与した.しかし,硝子体混濁の程度や眼底所見の改善はみられなかった.初診から15日目に入院し,駆梅療法としてペニシリンCG1,800万単位/日点滴をC14日間投与した.炎症の改善に乏しかったことからプレドニンC30Cmg/日の内服も併用した.点滴治療C10日目に神経梅毒スクリーニング目的に神経内科を受診し髄液検査を行った.高次脳機能障害やCArgyllRobertson瞳孔を含む神経学的所見は認めなかったが,髄液細胞数C18/μl,髄液蛋白C42Cmg/dl,髄液中の梅毒血清反応(FTA-ABS定性)が陽性となり,無症候性神経梅毒と診断され神経内科での経図3点滴14日間+内服24日後のフルオレセイン蛍光造影(FA)a:右眼,b:左眼.網膜血管炎は改善傾向だが,両眼周辺部網膜に無血管領域が悪化した.図4治療終了後57日目の眼底写真a:右眼,b:左眼.硝子体混濁はほぼ消失した.過観察を受けることになった.点滴C14日目には両眼硝子体混濁は減少し,矯正視力は右眼C0.9,左眼C1.2に改善した.その後はアモキシシリンC1,500Cmg/日内服とプレドニンC30mg/日内服を行った.点滴加療終了後C24日目の血液検査では,RPR定量C32倍,FTA-ABS定量C1,280倍とCRPRの減少を認めた.FAでは両網膜血管炎は改善傾向であったが,両眼周辺部網膜の無灌流領域は増加したため(図3),その後無血管領域に光凝固を施行した.点滴治療後の内服はC197日間行い,その後は経過観察を行った.治療終了後C57日目の検査で矯正視力は右眼C1.2,左眼C1.2,眼圧は右眼12.7mmHg,左眼はC12.7CmmHg,両眼硝子体混濁はほぼ消失し(図4),血液検査は梅毒CTP抗体陽性,RPR定量C8倍,FTA-ABS定量C640倍と有意に改善を認め,ガイドラインの定める治癒基準(RPRがC2倍系列希釈法でC4分の1)を達成した.治療終了から約C1年後も両眼矯正視力C1.2が維持され,梅毒CTP抗体陽性,PRP定量C8倍,FTA-ABS定量C320倍と経過は良好である.CII考按以前は減少傾向と考えられていた梅毒だが,近年,性生活の多様性などから報告数は増加傾向となっている1).2010年以降は男性と性交をする男性(menCwhoChaveCsexCwithmen:MSM)を中心とした感染が増加していたが,その後,国立感染症研究所がC2018年に行った都内の医療機関で診断された第CI期,II期梅毒患者を対象とした調査では,2014年以降は異性間の感染事例が急増し,2015年にはCMSMを上回ったとされており,2016.2018年にはCMSMおよび男性の異性間性的接触の増加はみられないが女性の異性間の感染事例は引き続き増加していると報告している.さらに,女性の異性間性的接触による感染のうち性風俗産業従事歴は64.7%,利用歴(直近C6カ月以内)は男性の異性間性的接触のC68.8%と報告されており,異性間性的接触増加の背景には性風俗産業従事者・利用者の感染があると考察されている.梅毒への偏見から患者自身が感染を伏せようとする場面に実臨床でしばしば遭遇する.本症例では感染経路に関する情報を問診から得られなかったが,感染経路が推測されればパートナーへ注意喚起を行うなど対策を講じることが可能となるが,このような偏見も感染の一因となっている可能性が考えられる.梅毒の初期症状として皮膚所見が一般的に知られているが,患者自身に梅毒感染の心当たりがあっても診察に対する羞恥心から受診につながらない可能性が考えられる.しかし,眼症状の一般での認知度は低く,また自覚として表れやすいことから,患者は梅毒を疑わずに病院を受診し,偶発的に感染が発覚することが多いと推測される.こういった患者を見逃さず全身治療につなげることが大切である.梅毒性ぶどう膜炎は全ぶどう膜炎の原因疾患のなかでC0.4%にすぎず4,6,7),また海外の報告では梅毒患者がぶどう膜炎を起こす割合はC1.8%程度と報告されており8),頻度は少ないものの特異的な所見がなく,多彩な症状を呈する.このことから梅毒性ぶどう膜炎を疑って診察や問診,血液検査などを行い,総合的に判断することが必要であり,ルーチンで梅毒血清反応を行うことが必要であると考えられた.また,梅毒とCHIVの混合感染も多く報告されており,混合感染例では眼梅毒を発症しやすく発症時期や進行が早いとの報告や,HIV感染者は非感染者より治療反応性が悪く,再発が多い9)との報告もあり,梅毒血清反応陽性を認めた際には,同時にHIVも検査が必要である4,6,8,10).ぶどう膜炎はいずれのステージにおいても生じうるが11),一般的には第二期または第三期にみられるといわれている.本症例では眼以外の所見に乏しく,病期の判定は困難だが,1年前に皮疹で皮膚科受診歴があり,これが梅毒によるものならば少なくとも発症からC1年以上が経過しており第二期または第三期である可能性が高く,眼梅毒が発症する好発ステージと矛盾はない.治療に関しては米国疾病予防管理センター(CenterCforCDiseaseCControlCandPrevention:CDC)が,眼梅毒に対しては神経梅毒に準じてペニシリン投与を行うとガイドラインに定めているが8),わが国においては神経梅毒合併例ではベンジルペニシリンの静脈投与,非合併例ではアモキシシリンの経口投与を行うことが多いと報告がある11).現在のところ梅毒トレポネーマのペニシリン耐性は確認されておらず,ペニシリンはいずれのステージの梅毒に対しても有効とされており,米国ではペニシリンアレルギーを有する患者に対しても脱感作療法を行いながら投与を行うことが推奨されている12).日本では代替薬としてマクロライド系やテトラサイクリン系,エリスロマイシン系薬剤が用いられている6,10).今回当院ではCCDCのガイドラインに準じて治療を行う予定であったが,患者都合によりアモキシシリンの経口投与を行うことになった.しかし,加療が奏効せず,その後静脈投与に切り替えた.駆梅療法開始後に死滅した梅毒トレポネーマに対するアレルギー反応であるCJarisch-Herxheimer反応6,7,9)で発熱や悪心などの症状が生じることがあり,ペニシリンアレルギーと鑑別が必要である.ステロイドの併用は,梅毒性ぶどう膜炎自体が病原体に対するアレルギーが関与していると考えられていること6)やJarisch-Herxheimer反応の予防,また消炎を考慮してしばしば用いられるが,これに関しては統一した見解はなく,眼内の炎症が強い場合にのみ併用が推奨される場合7)や視神経症や.胞様黄斑浮腫をきたした場合に併用するといった報告もある13).海外ではワクチンの研究も行われており実用化の目処はたっていないものの,予防的にドキシサイクリンを投与したところ,梅毒を含む一部の性感染症の発症率が低下したとの報告もあり,今後予防薬が用いられるようになるかもしれない12).本症例では神経症状は認めなかったが,CDCはすべての眼梅毒患者が髄液検査を受けることを推奨しており4,11),本症例でも点滴治療C10日目に実施し無症候性神経梅毒の診断に至った.梅毒性ぶどう膜炎では,炎症が長期化すると神経網膜や網膜色素上皮の萎縮をきたし,ごま塩様眼底を呈するが,今回の症例では網膜炎を起こしてから間もないうちに神経梅毒に準じたペニシリン大量点滴療法と網膜光凝固術を施行したことにより,眼底に変性を残さずに完治したと考えられた.CIII結語今回,眼科受診を契機に梅毒感染が判明し,ペニシリン大量点滴療と網膜光凝固術によって治癒した症例を経験した.近年梅毒感染が増加しており,多彩な症状を呈することから,ぶどう膜炎診察時には梅毒血清反応を必ずルーチンに検査したほうがよいと再認識できた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)国立感染症研究所厚生労働省健康局,結核感染症課:病原微生物検出情報41:6-8:20202)日本性感染症学会梅毒委員会梅毒診療ガイド作成小委員会,日本性感染症学会:梅毒診療ガイド.5,2018C3)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C25:855-859,C20084)中西瑠美子,石原麻美,石戸みづほほか:後天性免疫不全症候群(AIDS)に合併した梅毒性ぶどう膜炎の症例.あたらしい眼科33:309-312,C20165)KaburakiT,FukunagaH,TanakaRetal:Retinalvascu-larCin.ammatoryCandCocclusiveCchangesCinCinfectiousCandCnon.infectiousCuveitis,CJpnCJCOphthalmolC64:150-159,C20206)蕪城俊克:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼75:58-62,C20217)岩橋千春,大黒伸行:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼C73:290-294,C20198)佐藤茂,橋田徳康,福島葉子ほか:Acutesyphiliticpos-teriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)を呈した梅毒性ぶどう膜炎のC3例.臨眼72:1263-1270,C20189)木村郁子,石原麻美,澁谷悦子ほか:眼梅毒C5症例の臨床像について.臨眼71:1731-1736,C201710)鈴木重成:疾患別:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼C70:260-265,C201611)牧野想,蕪城俊克,田中理恵ほか:中心性漿液性脈絡網膜症と鑑別を要した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.臨眼C73:C753-760,C201912)GhanemCKG,CRamCS,CRicePA:TheCmodernCepidemicCofCsyphilis.NEnglJMedC382:845-854,C202013)近澤庸平,山田成明,高田祥平ほか:眼の水平様半盲を呈した梅毒性ぶどう膜炎.臨眼70:1047-1052,C2016***

片眼性に眼窩先端症候群をきたし,後に十二指腸原発びまん性 大細胞型B 細胞性悪性リンパ腫と診断された1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1266.1271,2022c片眼性に眼窩先端症候群をきたし,後に十二指腸原発びまん性大細胞型B細胞性悪性リンパ腫と診断された1例伊藤裕紀*1後藤健介*2平岩二郎*2*1中部ろうさい病院眼科*2江南厚生病院眼科CACaseofDuodenalDi.useLargeB-CellLymphomainwhichtheInitialSymptomwasOrbitalApexSyndromeHirokiIto1),KensukeGoto2)andJiroHiraiwa2)1)DepartmentofOphthalmology,ChubuRosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KonanKoseiHospitalC目的:眼窩部への圧迫と浸潤により症状が出現し,眼窩先端症候群を呈した転移性十二指腸原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)のC1例を報告する.症例:61歳,男性.2カ月前に右眼瞼腫脹が出現し,いったん改善するもその後再燃,さらに右眼球突出も出現したため,近医眼科より中部ろうさい病院紹介となった.初診時矯正小数視力は右眼光覚なし,左眼C1.5.右眼は眼球突出,眼球運動障害のほか,眼底には脈絡膜ひだがみられ,磁気共鳴画像診断にて右眼窩に腫瘤性病変がみられた.後日,腹痛にて近医内科を受診したところ,腹部にコンピュータ断層撮影にて軟部影がみられ,当院内科紹介となった.生検にて十二指腸原発CDLBCLと診断され,眼窩内腫瘍が転移巣であることが確認された.化学療法により腫瘍は縮小したが,失明に至った.結論:眼窩にCDLBCLが確認された場合,たとえ症状がなくとも原発巣の同定のためには腹部の腫瘍性病変の精査が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCmetastaticCdi.useClargeCB-celllymphoma(DLBCL)ofCtheCorbitCthatCcausedCorbitalapexsyndromeandoptic-nervedysfunction.Casereport:A61-year-oldmalewasreferredtoourdepart-mentwithexophthalmosandeyelidswellinginhisrighteye.Uponexamination,therewasnolightperceptionintheCrightCeyeCandCoculomotorCparalysisCwasCobserved.CMagneticCresonanceCimagingCrevealedCaCmassCinCtheCorbit,CthusCsupportingCorbitalCapexCsyndrome.CAfterCbeingCdiagnosedCasCmetastaticCDLBCLCviaCpathologicalCexaminationCofCtheCduodenum,CsystemicCchemotherapyCwasCinitiated.CTheCtumorCsizeCdecreased,CyetCvisualCacuityCdidCnotCimprove.CConclusion:ForCorbitalCDLBCLCpatients,CsearchingCforCneoplasticClesionsCinCtheCabdomenCmayCbeCanCimportantfactorforidenti.cationoftheprimarylesion,eveniftherearenoabdominalsymptoms.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1266.1271,C2022〕Keywords:眼窩先端症候群,悪性リンパ腫,化学療法.orbitalapexsyndrome,malignantlymphoma,chemo-therapy.Cはじめに眼付属器悪性リンパ腫は眼窩における発生例が多く,眼付属器に原発する場合と,隣接臓器や他臓器の悪性リンパ腫が眼付属器に浸潤,転移する続発性の場合がみられる.眼窩では筋円錐内外を満たすほどの腫瘤を形成する場合があり,眼球突出や眼球運動制限は診断のきっかけとなる.今回,右眼球突出,右眼瞼腫脹をきたし,後日腹部症状の出現により診断に至った十二指腸原発びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫(diffuseClargeCB-celllymphoma:DLBCL)のC1例を経験したので報告する.CI症例61歳,男性.右眼瞼腫脹のため近医眼科を受診.右眼瞼炎を疑われガチフロキサシン点眼液,フルオロメトロン点眼液を処方されいったん改善したが,その後発症時期は不明であるが右眼瞼下垂が出現し,前医受診のC2カ月後に再度右眼〔別刷請求先〕伊藤裕紀:〒455-8530愛知県名古屋市港区港明C1-10-6中部ろうさい病院眼科Reprintrequests:HirokiIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ChubuRosaiHospital,1-10-6Komei,Minato,Nagoya,Aichi455-8530,JAPANC1266(108)図1初診時の眼底写真,超音波画像とMRI画像右眼眼底に脈絡膜ひだ(Ca)を,超音波画像矢状断にて右眼眼窩部に眼球を圧迫する腫瘤性病変(Cb)を,MRI画像にて.の先端に円周状にCT1強調画像にて等信号(Cc),T2強調画像にて等信号.高信号(Cd),DWIにて高信号(Ce),ADCにてやや高信号(Cf)な所見があり,右眼球を圧排,眼窩尖部から眼窩内を占拠するC31C×25C×28Cmm大の腫瘤を認める.内部は腫瘍内出血をきたしているためCDWIにて信号の低下,ADCにて高信号を認める.図2病理画像の結果核腫大したCN/C比の高い異型細胞が密に増殖し,間質に浸潤する像(Ca)をみる.異型細胞は免疫染色にてCD20(Cb),MUM1(Cc),bcl-6(Cd)陽性であった.スケールバー:20Cμm.瞼腫脹が出現したため前医を受診,同点眼で症状改善がみられなかった.さらにC10日後,右眼眼球突出もみられたため中部ろうさい病院(以下,当院)眼科紹介となった.既往歴として高血圧,高脂血症,糖尿病があるが眼科既往はなかった.当院初診時,矯正小数視力は右眼光覚なし,左眼C1.5であった.右眼視力低下の自覚はあったとのことだが発症時期は不明であった.眼圧は右眼C13.0CmmHg,左眼C11.5CmmHg.相対的瞳孔求心路障害(relativeCafferentCpupillarydefect:RAPD)は右眼陽性.右眼は眼瞼下垂のため閉瞼しており,開瞼時上斜視のほか外転障害,上転障害,下転障害がみられた.眼球突出度は右眼C26.0mm,左眼C15.0mmであった.両眼の前眼部,中間透光体に特記すべき異常はみられなかったが,右眼眼底には脈絡膜ひだがみられ(図1a),超音波画像検査では右眼の眼球形態の変化を認め,眼窩部からの圧迫性病変が疑われた(図1b).そのため当日に緊急で磁気共鳴画像(magneticCresonancetomography:MRI)検査を行ったところ,右眼窩に腫瘤性病変がみられ,T1強調画像にて等信号,T2強調画像にて等信号.高信号,拡散強調画像(diffusionweightedCimage:DWI)にて高信号,apparentCdi.usioncoe.cient(ADC)マップにてやや高信号(図1c~f)を呈し,眼窩先端症候群の診断に至った.血液検査にて可溶性インターロイキン(interleukin:IL)-2受容体1,520CU/mlであり,眼窩悪性リンパ腫が疑われた.また,同じ週に腹部中心に鈍痛症状の持続があり,近医内科を受診し,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)にて腹部大動脈右側にC50Cmm大の軟部影がみられたため当院内科紹介となった.内科にて透視下胃十二指腸ファイバー検査を施行し,十二指腸病変の病理検査を施行したところ,核腫大した核・細胞質比(nucleo-cytoplasmicratio:N/C比)の高い異型細胞が密に増殖し,間質に浸潤する像がみられた.免疫染色にて異型細胞はCAE1/AE3陰性,CD20,MUM1,bcl-6陽性で,CD3,CD5,CD10,Cyclin-D1陰性,Ki-67陽性率はC90%以上だった(図2)ため,Hansらの分類法により非胚中心CB細胞型CB細胞リンパ腫と診断された.転移性悪性リンパ腫を疑い陽電子放出断層撮影(positronCemissionCtomogra-phy:PET)を施行,右眼窩内腫瘤,心臓に接する軟部腫瘤,膵尾部腹側の軟部腫瘤,下腸管膜動脈分岐レベル腹部大動脈右側の腫瘤,左外腸骨動脈腹側腫瘤に集積がみられた(図3).以上から,AnnArbor病期分類CIV期の多発転移性の十二指腸原発CDLBCLと当院血液内科で診断された.DLBCLに対して同科でリツキシマブ・シクロホスファミド・ドキソルビシン・ビンクリスチン・プレドニゾロンからなるR-CHOP療法をC6クール施行されたところ,腹腔内浸潤の縮小とともに眼窩病変も縮小(図4)し,眼球運動障害・眼瞼下垂は改善したが視力は改善しなかった.また,脈絡膜ひだは改善したが残存している.治療開始からC13カ月経過しているが,同科で化学療法継続中である.CII考按今回,片眼性の眼症状とほぼ同時期に腹部症状が出現し,十二指腸を原発とする眼窩転移性のCDLBCLのC1例を経験した.本症例は十二指腸に病変がみられ,十二指腸病変の生検に(111)d図3PETの結果転移性悪性リンパ腫を疑いCPETを施行したところ,右眼窩内腫瘤(Ca),心臓に接する軟部腫瘤(Cb),膵尾部腹側の軟部腫瘤(Cc),下腸管膜動脈分岐レベル腹部大動脈右側の腫瘤(Cd),左外腸骨動脈腹側腫瘤(Ce)に集積がみられた.よってCDLBCLと診断された.多発する悪性リンパ腫においてCLewinの基準1)では,病変の主体が十二指腸,小腸,大腸に存在すれば他臓器やリンパ節浸潤の有無にかかわらず腸管原発とみなされる.眼窩腫瘍に対しても生検による病理学的診断が望ましいが,眼窩腫瘍の扱いに慣れない一般眼科医にとっては生検にて眼窩病変を採取することは困難であることが多い.眼窩内悪性リンパ腫は一般的にCDWI高信号,ADC低信号2)であり,本症例はCADC高信号ではあるところは典型例からはずれているが,腫瘍内出血により灌流の影響を受けてCADC信号の上昇が起きたものと考えられる.また,眼窩病変と同時期に十二指腸や腹腔内に病変を認めたことを踏まえると,十二指腸を原発とした眼窩転移性のCDLBCLであると考えられた.本症例では腹部症状が強く,腹腔内多発転移がみられ,速やかに治療を開始する必要があったため,あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1269図4治療前後のMRI画像初診時に右眼窩尖部から眼窩内を占拠し,眼球を圧排していた腫瘤(Ca)は,治療後には縮小(Cb)しているのが確認された.眼窩病変の生検は行わずに化学療法を開始した.眼付属器病変も合わせるとCAnnArbor病期分類ではCIV期に該当しており,日本血液学会造血器腫瘍診療ガイドラインに沿ってCR-CHOP療法が施行された.施行後すべての腫瘤に対し縮小傾向がみられ,治療効果が確認された.同様に眼窩病変の縮小も認め,眼球運動や眼球突出,眼瞼下垂は改善したが光覚の回復はみられなかった.視力低下をきたした時期は不明だが,当院受診C2カ月前に眼瞼腫脹を認めており,同時期から眼窩病変が存在していた可能性が高いと思われる.十二指腸には濾胞性リンパ腫(follicularlymphoma:FL)やCMALT(mucosaCassociatedClymphoidtissue)リンパ腫といった低悪性度リンパ腫の発生頻度が高く,十二指腸にDLBCLなどの中悪性度リンパ腫を認めることはまれである3).一方,原発性眼窩悪性リンパ腫としてはCMALTリンパ腫が一番多く,DLBCLやCFLがC2番目に多いといった報告がある4,5).さらに眼窩が原発の悪性リンパ腫は眼窩悪性腫瘍のC43%6)を占めると報告されている.したがって,本症例のように十二指腸を原発とする眼窩転移性のCDLBCLの症例は少ないと考えられる.悪性リンパ腫は病変部によって症状の出現頻度は異なり,十二指腸におけるCDLBCLの場合,潰瘍型の病変であることが多く腸管壁の伸展性が比較的保たれ,管腔が狭小化していても腹部症状が出現することは少ない3).一方で,眼窩悪性リンパ腫が眼窩先端部に浸潤した場合は,視神経や動眼神経,外転神経,三叉神経などのさまざまな神経障害をきたすことが報告されている7.13).そのため本症例のように眼窩と十二指腸に病巣がある場合,原発巣の腹部症状よりも転移巣の眼窩病変による症状のほうが早期に出現することがある.したがって,眼窩悪性リンパ腫を疑った場合,症状の有無にかかわらず,十二指腸などの消化管を含めて早期に全身検査を行うことが重要である.眼窩後方に腫瘍が限局している場合,当院のように腫瘍の生検が困難な施設もあるため,大学病院などに紹介する前に消化管内視鏡検査を含めた全身精査を行うことで早期診断,早期加療につながるケースがあると思われる.CIII結論今回,片眼性の眼球突出・眼瞼腫脹で発見され,眼窩先端症候群により失明に至った転移性十二指腸原発CDLBCLのC1例を経験した.初診時に腹部症状がみられなくとも,消化管悪性リンパ腫の転移巣の可能性があるため,随伴症状の有無にかかわらず腹部を含め全身の腫瘍性病変を精査することが,原発巣の早期発見につながる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LewinCKJ,CRanchodCM,CDorfmanRF:LymphomasCofCtheCgastrointestinaltract;ACstudyCofC117CcasesCpresentingCwithgastrointestinaldisease.CancerC42:693-707,C19782)HaradomeK,HaradomeH,UsuiYetal:Orbitallympho-proliferativedisorders(OLPDs):valueofMRimagingfordi.erentiatingorbitallymphomafrombenignOPLDs.AmJNeuroradiolC35:1976-1982,C20143)赤松泰次,下平和久,野沢祐一ほか:十二指腸悪性リンパ腫の診断と治療.消化管内視鏡27:1142-1147,C20154)FerryJA,FungCY,ZukelbergLetal:Lymphomaoftheocularadnexa;ACstudyCofC353Ccases.CAmCJCSurgCPatholC31:170-184,C20075)瀧澤淳,尾山徳秀:節外リンパ腫の臓器別特徴と治療眼・眼付属器リンパ腫.日本臨牀C73(増刊号C8):614-618,C20156)後藤浩:眼部悪性腫瘍の診断と治療.東京医科大学雑誌C65:350-358,C20077)後藤理恵子,米崎雅史:三叉神経の単神経障害を初発症状とした悪性リンパ腫例.日本鼻科学会会誌C56:103-109,C2017C8)高橋ありさ,川田浩克,錦織奈美ほか:眼症状を伴った小児の副鼻腔原発CBurkittリンパ腫のC1例.眼臨紀C11:349-352,C20189)山本一宏,神田智子,中井麻佐子:Tolosa-Hunt症候群様症状を呈し,篩骨洞病変で診断された悪性リンパ腫のC1症例.日本鼻科学会会誌41:19-22,C200210)浅香力,三戸聡:外転神経麻痺で発症した蝶形骨洞悪性リンパ腫例.耳鼻咽喉科臨床補冊:48-52,201011)米澤淳子,安東えい子,手島倫子ほか:急速な増大を示した眼窩悪性リンパ腫のC1例.眼臨97:107-109,C200312)野澤祐輔,佐藤多嘉之,十亀淳史ほか:非ホジキンリンパ腫の一症例.北海道農村医学会雑誌41:100-102,C200913)三浦弘規,鎌田信悦,多田雄一郎ほか:当院における鼻腔・篩骨洞悪性腫瘍の検討.頭頸部癌39:21-26,C2013***