網膜発生におけるヒストン修飾の役割ヒストン修飾による遺伝子発現制御遺伝情報をもつCDNAは細胞核内でヒストンC8量体に巻きつき,クロマチンの基本単位であるヌクレオソームを形成しています.ヒストンの特定のアミノ酸がメチル化などのさまざまな修飾を受けると,修飾を介した複合体の形成や電荷の変化により,遺伝子の転写状態に影響を及ぼします.このようなCDNA配列の変化を伴わないエピジェネティックな遺伝子発現制御は,発生や再生など数多くの生命現象にかかわっています.網膜発生におけるヒストン修飾の役割ヒトを含むさまざまな種の網膜発生において,種々の網膜細胞は網膜前駆細胞から逐次的に産生されます(図1).正常な網膜発生には厳密な遺伝子発現制御が不可欠であり,重要な転写因子群が明らかにされています.網膜発生におけるヒストン修飾の役割は,この十数年で知見が深まってきました.筆者らは,転写の不活性化に寄与するヒストンCH3の27番目のリジンのトリメチル(H3K27me3)に対するメチル化酵素や脱メチル化酵素の網膜特異的ノックアウトマウスの解析により,H3K27me3が網膜前駆細胞の増殖能や運命決定に関与していることを明らかにしました1,2)(図2).今後の展望ヒストン修飾や修飾酵素は多数同定されており,ヒストン修飾間の相互作用もあるため,網膜発生におけるヒストン修飾の役割の解明にはまだ多くの労力が必要だと考えられま胎生期哺乳期網膜前駆細胞神経節細胞水平細胞アマクリン細胞錐体視細胞桿体視細胞双極細胞Muller細胞図1マウス網膜発生における各網膜細胞の産生胎生期から哺乳期にかけて,網膜前駆細胞は増殖能を変化させながら各網膜細胞を逐次的に産み出す.(文献C1より改変引用)(87)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY岩川外史郎東京大学大学院医学系研究科網膜発生・疾患病態学す.シークエンス解析技術の飛躍的な進歩により,1細胞レベルで網羅的な遺伝子発現解析が可能となっていますが,ヒストン修飾をC1細胞レベルで網羅的に解析することはまだ困難が多い状況といえます.より少ない細胞数で解析可能なCUT&Tagなど,次世代の技術が開発されており3),網膜発生におけるヒストン修飾の役割の全貌解明とともに,網膜再生への応用も期待されます.文献1)IwagawaCT,CWatanabeS:MolecularCmechanismsCofCH3K27me3andH3K4me3inretinaldevelopment.Neuro-sciResC138:43-48,C20192)IwagawaCT,CHondaCH,CWatanabeS:Jmjd3CplaysCpivotalCrolesintheproperdevelopmentofearly-bornretinallin-eages:amacrine,Chorizontal,CandCretinalCganglionCcells.CInvestOphthalmolVisSciC61:43,C20203)Kaya-OkurHS,WuSJ,CodomoCAetal:CUT&Tagfore.cientCepigenomicCpro.lingCofCsmallCsamplesCandCsingleCcells.NatCommunC10:1930,C2019胎生期哺乳期早期分化桿体視細胞Muller細胞Jmjd3(脱メチル化酵素)ノックアウト産生異常神経節細胞水平細胞アマクリン細胞双極細胞図2網膜特異的Ezh2あるいはJmjd3ノックアウトマウスの表現型H3K27me3のメチル化酵素であるCEzh2や脱メチル化酵素であるCJmjd3を網膜でノックアウトすると,増殖能の低下,早期分化,産生異常といった表現型が現れ,H3K27me3の制御が網膜発生において重要であることが示された.(文献C1より改変引用)あたらしい眼科Vol.40,No.9,2023C1209