学童近視の進行予防外来最前線近視進行予防治療の提示方法TherapeuticMethodsforthePreventionofMyopiaProgression松村沙衣子*はじめに近視有病率の増加は,世界的に公衆衛生および社会経済上の重要な問題になっている.とりわけ東アジア先進国の若年層での増加が著しく,若年者の近視および強度近視の有病率は,それぞれ80~90%,20%程度にまで上昇している1).わが国でも,令和3年度の学校保健統計調査にて,裸眼視力1.0未満の子どもの割合は小学校,中学校,高等学校でそれぞれ36.9%,60.3%,64.4%と報告され,年々右肩上がりの増加傾向を示している2).さらに,コロナ禍の影響で小児を取り巻く生活環境は大きく変化しており,近視発症の低年齢化や進行速度の増大が懸念される.近視が重症化すると,網膜,脈絡膜,強膜の病的変化により,不可逆的な視力障害を起こす合併症が増加する.このため,将来の強度近視の合併症リスクを減らすために,小児における近視進行予防治療の需要が高まっている.小児近視進行予防治療は新しい分野であり,長期に経済的負担を伴う自由診療であることから,正確なエビデンスに基づいた治療を提供し,患者や保護者との信頼関係を構築する必要がある.小児近視進行予防治療に取り組むうえで必要となる知識,患者や保護者の理解を深めるための治療方法の提示法,長期管理の工夫などについて,当院での実際の取り組みを含めて概説する.I近視進行予防治療の重要性1.国内外における小児近視有病率の増加世界的に近視,強度近視の有病率は増加傾向にあり,Holdenらの研究では2050年には世界人口の約50%が近視,約10%が強度近視になると予測されている3).わが国では2013~2016年に調査した長浜研究の結果,35~80歳の近視有病率がすでに50.0%,強度近視有病率が7.9%と報告されている.とくに若年者(35~59歳)では70%が近視,約10%が強度近視であり,将来はさらなる増加が懸念される4).小児の近視有病率もとくに東アジア先進国で高く,ヨーロッパで約40%であるのに対して,東アジアでは約60%と報告されている5).わが国も小児近視有病率の高い地域であり,年々増加傾向にある.1984年と1996年に行った調査を比較すると,1996年では7歳以降の近視の有病率が年齢とともに増加してくる傾向があった6).1996年の7歳,12歳時の近視有病率はそれぞれ約15%,約60%であったが,2017年のわが国の報告では7歳で71.9%,12歳で94.6%と報告されている7).発症年齢の低年齢化も指摘され,未就学児においても近視小児増加の波が起きており,香港では10年間で2.3%から6.3%とへ増加している8).低年齢発症の近視の問題点は,近視進行安定化までの時間経過が長いことより,成人期の最終的な近視度数も上がってしまうことである.また,コロナ禍の影響で,小児を取り巻く環境は*SaikoMatsumura:東邦大学医療センター大森病院眼科〔別刷請求先〕松村沙衣子:〒143-8541東京都大田区大森西6-11-1東邦大学医療センター大森病院眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(3)141激しく変化しており,中国の7~18歳1,001,749人を対象とした研究では,スマートフォン,タブレットなどの2時間以上の使用が7~12歳では3.14倍,13~18歳では2.07倍に増加しており,1時間以上の屋外時間が7~12歳では1.14倍,13~18歳では1.71倍減少していた9).このような生活環境の変化に伴い近視の進行度も有意に上昇していることが報告されており,近視発症の低年齢化や近視進行速度の増大がますます懸念されている.2.強度近視眼の視力障害のリスク近視の程度が1D増すごとに,強度近視の合併症である近視性黄斑症,開放隅角緑内障,後.下白内障,網膜.離のリスクはそれぞれ58%,20%,21%,30%増加する8,9).屈折異常別に年齢による視力障害の累積リスクを解析した研究では,85歳時点での累積リスクは正視で9.5%,強度遠視で15.3%と報告される一方,強度近視では60歳以前からリスクが増加傾向を示し,85歳時点で33.7%と高かった10).近視による合併症のリスクは,高血圧や喫煙による心血管疾患のリスクと同程度とされ,近視進行予防治療の目的は強度近視の合併症を減らすことにある.近視黄斑症のリスクは,近視度数.3Dの人よりも近視度数.6Dの人のほうが高いが,小児期に進行を1D遅らせれば,どちらの人もリスクを37%下げることができると報告している9).予防的介入は著しい近視進行を示す小児期にとくに有効であり,この時期に早急にエビデンスのある有効な介入を行うことが重要と考える.II小児近視予防治療の対象国際近視研究所(InternationalMyopiaInstitute:IMI)は,前近視を「ベースラインの屈折,年齢,その他の定量化できる危険因子の組み合わせにより,予防的介入に値する将来の近視発症の可能性が十分にある子どもの眼の屈折状態(.+0.75Dおよび>.0.50D)」と定義した9,11).近視患者においては,近視発症の最大4年前に遠視度数の低下を示し,屈折値や眼軸長のもっとも急速な変化は近視発症後ではなく,近視発症の前年に起きると報告されていることが,前近視の段階での介入を推奨する理由の一つである.しかし,近視の前段階にある小児は,視機能に影響が出ていないことから眼科受診の機会もなく,この時点での予防的介入はわが国において困難である.近視進行予防治療の対象についての明確な基準はまだ確立していないが,わが国における小児近視予防治療は自由診療であり,実臨床では患者や保護者の意向に沿う形となる.本稿では最近の報告に基づき,とくに強度近視になるリスクが高く,積極的に治療を勧めるべき対象について概説する.1.近視発症前の指導や管理東アジア人では,近視の発症を1年遅らせることで,最終的な近視レベルを0.75D以上下げることができる可能性があるとされる12).このため,将来の近視発症が予測される患者に対しては,できるだけ早い段階で予防介入を検討することが望ましい.近視発症の予測因子の一つとして両親の近視歴があげられる.シンガポール,米国,オーストラリアの人口ベースの研究を集計した9,000人のデータ解析では,6歳以前(近視発症以前)から,両親の近視歴をもつ子どもは近視よりの等価球面度数(sphericalequivalent:SE)を示した13).筆者らが行った日本人未就学児(4~6歳)457名の解析でも,両親の近視歴は長眼軸長,近視よりのSE,大きい眼軸/角膜曲率半径比と有意な関連を示した14).両親の近視歴による子どもの近視の予測度は,ゲノムワイド関連解析から得られた近視感受性遺伝子のリスクスコアや環境因子スコアと同程度のものであると報告されている15).親の近視を確認することは,日常診療でも比較的容易であり,近視リスクをもつ子どもを発症前に発見するのに非常に有効と考える.両親の実際の近視度数はさらに有効な情報となる可能性も指摘されている.香港からの報告では,実際に両親の近視度数を測定し,両親の近視が軽度(.3D未満)であれば子どもの近視リスクは増加しない一方で,中等度近視(.3D以上~.6D未満)であれば片親のみでもリスクが生じ,とくに両親ともに強度近視の場合,リスクは11.22倍であった16).以上より,前近視の小児が来院した際は,少しでも発症を遅らせるために,近見作業の管理や屋外活動時間の増加を促す生活習慣指導を徹底したうえ,定期的な眼科検診の必要性を助言し,患者と保護者に準備さ142あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(4)等価球面度数(D)年齢(歳)0.00567891011-0.50-1.00-1.50-2.00-2.35-2.50-3.00-3.21-3.50-4.00-4.50-4.46-5.00-5.50-5.48-6.00近視発症年齢10歳(n=150)近視発症年齢9歳(n=218)近視発症年齢8歳(n=220)近視発症年齢7歳(n=235)近視発症年齢3~6歳(n=105)図1近視小児の等価球面度数(D)の年変化を近視発症年齢で層別化したグラフ早期発症近視は12歳以前に強度近視になる可能性が高い.近視小児において,近視発症年齢または近視進行期間は,将来の強度近視のもっとも重要な予測因子とされる.(文献18より引用)次年度以降2年分の近視進行度(D/年)年間の近視進行量(D)年齢(歳)6789101112131415-0.2-0.28-0.36-0.4-0.49-0.54-0.6-0.59-0.64-0.63-0.8-0.77-0.94-1-1.06-1.2図2近視小児における年間近視進行量のグラフ(D/年)近視進行度は年齢によって異なり,年齢の増加とともに低下する.近視進行度の評価においては,その絶対値だけでなく,年齢を加味したうえでの平均進行度との比較が重要となる.(文献20より引用)0.00-0.20-0.40-0.60-0.80-1.00-1.20>-0.50.-0.50to>-0.75.-0.75to>-1.00.-1.00to>-1.25.-1.25(D/年)(n=152)(n=98)(n=119)(n=122)(n=127)初年度の近視進行度(D/年)図37~9歳の近視小児における初年度近視進行度とその後2年間の近視進行度の関係初年度進行度が年間.0.50Dより遅い子どもは,その後の2年間の進行平均値がもっとも遅いのに対し,初年度進行度が年間.1.25Dより速い子どもは,その後の進行平均値ももっとも速い.(文献25より引用)る.わが国の年齢別屈折変化量の解析では,男児,女児ともにC8歳がピークとなっており,早期発症近視であればこのピーク前に治療を開始したほうが効果的と考えられる26).小学校入学以降に発症する通常の学童近視であれば,学校健診での視力低下を指摘されて眼科受診した時点が治療開始を検討するよいタイミングと思われる.また,それぞれの治療法により開始可能な年齢は異なる.低濃度アトロピン治療による薬理学的アプローチであれば,侵襲性は低いため比較的年齢が低い時期から開始可能である.現在,わが国ではマイオピン(myopine)0.01%とC0.025%を自由診療にて提供可能であり,6~12歳を対象としたわが国のランダム化比較試験ではマイオピンC0.01%点眼の屈折度数と眼軸に対する有効性が証明されている.4~12歳の近視小児を対象とした香港のLAMP研究では,低年齢ほど濃度の高い点眼が有効であり,0.05%点眼の有効性が報告された.4歳未満のより低年齢の患者における有効性については現在進行中の大規模研究の結果が待たれるところである.オルソケラトロジーは,酸素透過性の高いハードコンタクトレンズを夜間に装用し,視力矯正と抑制効果を促す治療法である.わが国のガイドラインでは未成年には慎重処方となっているが,実臨床の場では,未成年の使用がC75%程度を占めている27).低年齢の使用も増加しており,個人差も大きいものの,保護者がレンズ装脱や管理を行えるため,小学C1年生(6~7歳)から開始可能である.多焦点ソフトコンタクトレンズ(softCcontactlens:SCL)は日中に装用する必要があるため,自己装脱が可能な年齢からの開始となり,実臨床では小学校高学年での開始が多い.C2.終了時期近視進行予防治療の終了時期は,近視の安定化が得られる年齢がよいとされる.COMET研究では,近視の安定化は平均おおよそC16歳であるが,個人差も大きく,15歳までにC48%,18歳までにC77%,21歳までにC90%,21歳までにC96%の近視患者に安定化が認められた28).このことから少なくとも高校卒業までは治療を継続したほうがよく,成人までであればなおよいと考えられる.成人を過ぎても眼軸伸長を認める症例がC10%程度あることに留意し,中止後も屈折度数や眼軸長の変化に対しモニタリングが必要である.CIV近視進行予防治療の提示法以上のような近視進行予防治療の学術的背景を踏まえ,実際の臨床の場では,治療の重要性,適応,各治療法の特徴,開始・終了時期などについて適切な情報を提示する必要がある.現在はインターネットなどから容易に情報を得られる時代であり,子どもの近視治療に対して熱心な保護者も多い.小児近視治療は長期の自由診療と頻回受診により経済的負担を伴うため,治療目的や治療法選択の詳細な説明にて,患者や保護者の理解を得る必要がある.治療を行うにあたって,十分な理解が得られないと,治療脱落するケースもあり,場合によってはリバウンドなどが生じる可能性がある.治療目的,治療内容選択や効果判定を含めた近視進行予防治療の提示法につき,当院近視外来での実際の取り組みを含めて概説する.C1.現状把握と治療目的の提示はじめに,患者の近視についての現状把握を行う.当院では初診診察前の待機時間に環境因子,両親の近視歴を含めた近視危険因子評価シートを記入してもらい,効率的な診察に役立てている.このシートは診察時の生活習慣指導にも有用である.患者の近視の現状把握によって,治療対象になりうると判断された場合は,患者・保護者への治療目的の説明を行う.治療目的は,近視進行予防により,強度近視で増加する視機能に影響する眼疾患の羅患率を減らすことである.近視が失明につながる危険な病気のリスクであることを認識している人は少ない.まずこのような医学的な知見を正しく患者および保護者に伝えることで,近視進行予防治療の動機づけを行っていくことが重要である.一方で,近視抑制治療を希望する患者・保護者のなかには,近視進行に神経質になっていたり,過度に期待をもっていたりする人も少なくない.このような患者・保護者に対しては,むしろ近視進行予防治療の限界,具体的には,進行予防治療は近視を止めるものではないこ(7)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C145図4Myopiacalculator(近視進行予測ソフト)BrienHoldenVisionInstituteが開発した近視進行予測ソフトであり,Web上で無料公開している(https://bhvi.org/myopia-calculator-resources/).人種,年齢,初診時の等価球面度数(SE),治療選択を入力すると,治療した場合と未治療の場合の近視進行度が表示される.コントロール率は変更して入力可能である.<6歳aオルソケラトロジー+0.01%アトロピン点眼b自己装用可能であれば10歳未満でも処方検討cオルソケラトロジー+眼鏡図5東邦大学医療センター大森病院眼科近視外来における近視進行予防治療の治療プロトコール図6東邦大学医療センター大森病院眼科近視外来で使用している小児近視手帳治療内容,眼鏡使用の有無や処方度数,治療経過について記載し,患者や保護者に対する長期の動機づけを促す.図7眼軸進行曲線による治療効果判定代表例:9歳男児.7歳よりオルソケラトロジーとC0.01%低濃度アトロピン点眼薬の併用療法を継続している.眼軸伸長が平坦化しており,グラフ上の年齢平均値に近づいてきている.(Oculus社版権許諾有)-