トーリック眼内レンズToricIntraocularLens西村知久*はじめにトーリック眼内レンズはその名の通り,乱視を矯正するための眼内レンズである.日本国内では2009年より使用できるようになり,良好な裸眼視力をもたらすことが報告された1).当初は単焦点眼内レンズのみであったが,2012年から多焦点眼内レンズも導入された.白内障手術を受ける患者の術前角膜乱視の推定分布をみると,1.0D以上の症例が約36%,1.5D以上の症例は約17%含まれる2).単焦点眼内レンズの場合でも乱視が強くなるにつれて裸眼視力が悪くなることが報告されており,多焦点眼内レンズにおいてはさらにその傾向が強くなることが示されている3).このことからも,積極的にトーリック眼内レンズを使用することにより,患者満足度の向上や眼鏡使用率を低下させることが期待されている.1.0D以上の角膜乱視を有する患者のうち30%以上の患者がトーリック眼内レンズの適応になるといわれているが(図1),近年直乱視と倒乱視によって乱視矯正量を調節する計算式が主流となっているため,倒乱視では約0.7D以上,直乱視では2.0D以上が適応となることが多い.ただし,トーリック眼内レンズを使用する場合の一番大きな合併症は術後の軸ずれである.目標軸より1°ずれると3.3%の矯正力の低下となり,15°以上ずれるとトーリック眼内レンズを使用するメリットがなくなるといわれている4).今回,現時点で,国内で認可されているトーリック眼内レンズを紹介するとともに(表1),いくつかのトーリック眼内レンズの特徴や軸ずれなどの傾向について説明する.また,トーリック眼内レンズを使用する場合に,軸ずれを予防する方法についても解説する.Iトーリック眼内レンズの種類1.単焦点トーリック眼内レンズの種類2009年8月に日本アルコン株式会社(以下,アルコン)のAcrySofIQTORIC(SN6AT3~T5)が発売となり,高度乱視に対するモデル(T6~T9)は2011年10月から追加発売となった.2021年11月にはAcrySofの後継モデルとなるClareonTORIC(CNW0T3~T9)(表2)が発売された.ClareonTORICはAcrySofから素材が変更となり,subsurfacenanoglistening(SSNG)やglisteningを生じないものとなったが,プラットフォームはそのまま引き継ぐこととなり,乱視矯正度数もほぼ同じものとなっている.エイエムオー・ジャパン株式会社(以下,AMO社)からは,2013年8月にTECNISToric1-Piece(ZCT150,225,300,400)が発売され,2014年11月からTEC-NISToricOptiBlue(ZCV150,225,300,375)が追加された.2020年4月には軸ずれ防止を強化するために,クライオタンブリング(研磨)時にループの部分にカバーをして研磨をすることにより,ループの部分のざらつきを残した支持部側面のすりガラス状の形状を伴ったTECNISToricIIOptiBlue(ZCW150,225,300,375)が発売されている.HOYA株式会社(以下,HOYA社)*TomohisaNishimura:美川眼科医院〔別刷請求先〕西村知久:〒840-0831佐賀市松原4-3-21美川眼科医院0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(25)1183患者(%)100.00100806040200角膜乱視(D)図1術前角膜乱視の推定分布1.0D以上の乱視を有する割合は36%ある(アルコン社提供).表1トーリック眼内レンズのサマリーメーカー販売名モデル円柱度数(角膜面)販売期間単焦点レンズAlconAcrySofIQTORICSN6AT3~AT51.03~2.06D2009年8月~2011年10月AcrySofIQTORICSN6AT6~AT92.57~4.11D2011年10月~ClareonTORICCNW0T3~90.98~3.92D2021年11月~TECNISToric1-PieceZCT150,225,300,4001.03~2.75D2013年8月~AMOTECNISToricOptiBlueZCV150,225,300,3751.03~2.57D2014年11月~2021年9月TECNISToricIIOptiBlueZCW150,225,300,3751.03~2.57D2020年4月~HOYAiSertMicro355355T3~T51.03~2.06D2014年8月~2020年2月VivinexTORICXY1AT3~AT71.04~3.12D2019年5月~多焦点レンズAlconReSTORTORICSND1T3~T61.03~2.57D2014年5月~2020年12月ACTIVEFOCUSTORICSV25T3~T61.03~2.57D2018年7月~AcrySofPanoptixTORICTFNT30,40,50,601.03~2.57D2019年10月~ClareonPanotixTORICCNWTT3~60.98~2.45D2022年4月~TECNISSymfonyOptiBlueZXV150,255,300,3751.03~2.57D2017年11月~AMOTECNISSymfonyToricIIOptiBlueZXW150,225,300,3751.03~2.57D2020年4月~TECNISSynergyToricIIOptiBlueSimplicityDFW150,225,300,3751.03~2.57D2020年4月~低加入度数調節型眼内レンズ参天製薬レンティスコンフォートトーリックLENTISLS313,MF15,T1,T2,T31.05~2.10D2020年11月~AMOTECNISEyhanceTORICIIOptiBlueSimplicityDIW150,225,300,375,450,525,6001.03~4.11D2021年3月~表2ClareonTORICのスペックClareonTORIC発売日2021年11月モデルCNW0T3CNW0T4CNW0T5CNW0T6CNW0T7CNW0T8CNW0T9円柱度数:眼内レンズ面(D)1.502.253.003.754.505.256.00円柱度数:角膜面(D)0.981.471.962.452.943.433.92度数範囲+6.0~+30.0D(0.5ステップ)光学部非球面バイコンペックス材質紫外線・青色光吸収剤含有アクリル樹脂支持部形状STABLEFORCE光学部-支持部の角度0°光学部径6.0mm全長13.0mm屈折率1.55非球面設計-0.2μm表3HOYAVivinexToricのスペック販売名HOYAVivinexToricトーリックモデル名XY1AT3-SP~XY1AT7-SP光学部仕様前面:非球面(ABCデザイン)後面:トーリック素材紫外線吸収性黄色軟質アクリル樹脂(疎水性軟質アクリル素材「Vivinex」)支持部仕様シボ加工(前・後面)すり仕上げ(側面)光学部径/長径6.0mm/13.0mm製造範囲球面:+10.0~+30.0D(0.5Dステップ)円柱:T3(1.5D)~T7(4.5D)(眼内レンズ面)ノズル外径1.70mm(HOYA提供)(アルコン社提供)表4レンティスコンフォートトーリックのスペック販売名レンティスコンフォートトーリックモデルLS-313MF15T1LS-313MF15T2LS-313MF15T3円柱度数IOL面1.50D2.25D3.00D角膜面1.05D1.58D2.10D形状光学部径6.0mm全長11.0mm材質架橋アクリルエステル共重合体(紫外線吸収剤含有)屈折率(35℃)1.46支持部角度0°滅菌方法高圧蒸気滅菌パワー範囲+10.0D~+27.0D(0.5Dステップ)医療機器承認番号30100BZX00212000(2019年11月承認)A定数等超音波式118.0(前房深度4.97mm)光学式*1SRK/TSRKIIHofferQHolladay1HaigisBarrett*2Holladay2*2HillRBF*2A=118.18A=118.3pACD=5.18sf=1.34a0=0.706a1=0.274a2=0.127LF=1.45DF=05.070A=118.18*12020年2月変更*2SRK/TのA定数に基づく・「A定数等」は参考値.(参天製薬提供)表5TECNISEyhanceTORICIIOptiBlueSimplicityのスペックフロストループ全長13.0mmテクニスアイハンストーリックCIIオプティブルーSimplicity前面高次非球面ProTEC360°エッジデザインTORIC軸マークHAPTICSOFFSET3点固定後面販売名テクニスアイハンスTVBSimplicity医療機器承認番号C30300BZX00083000光学部モデルCDIW150CDIW225CDIW300CDIW375CDIW450CDIW525CDIW600円柱度数(眼内レンズ面)C1.50DC2.25DC3.00DC3.75DC4.50DC5.25DC6.00D円柱度数(角膜面)C1.03DC1.54DC2.06DC2.57DC3.08DC3.60DC4.11D度数範囲+6.0D~+30.0D(C0.5D刻み)光学部径C6.0Cmm形状高次非球面材質紫外線・紫色光吸収剤含有アクリル-メタクリル架橋共重合体屈折率1.47(C35℃)エッジデザインProTEC360°シャープエッジデザイン測定方法*超音波式眼軸長測定光干渉式眼軸長測定A定数C118.8C119.3前房深度予測値(ACD)C5.4CmmC5.7CmmCSurgeonFactor**(SF)1.68CmmC1.96Cmm支持部全長C13.0Cmm材質紫外線・紫色光吸収剤含有アクリル-メタクリル架橋共重合体デザインCHapticsoffsetfromoptics,CTri-FIXデザイン,フロストループインプラント方法プリロード式CTECNISSimplicityDeliverySystem*A定数,前房深度予測値,SurgeonFactorは参考値.**CalculatedCbasedConCHolladayCIformula(HolladayCJT,CPragerCTC,CChandlerCTY,CMusgroveKH,LewisJW,RuizRS.Athree-partsystemforre.ningintraocularlenspowercalculations.JCataractRefractSurg.1988;14(1):17-24)C….(AMO社提供)表6トーリック眼内レンズ(SN6A,ZCT,355)3群の術後矯正視力,術後自覚乱視,正視狙い症例における術後裸眼視力,術後等価球面度数の比較SN6A(n=70)ZCT(n=70)355(Cn=70)p値年齢C76.49C±4.68C75.81C±4.76C76.73C±4.57Cp=0.5431術前矯正視力※C0.66C±0.25C0.68C±0.27C0.65C±0.23Cp=1.7107※術前ケラトC1.48C±0.94C1.65C±0.68C1.58C±0.56Cp=0.0209術後矯正視力※C1.16C±0.17C1.23C±0.15C1.16C±0.14Cp=0.0368※術後自覚乱視-0.42±0.43-0.42±0.39-0.50±0.35Cp=0.5036Emmeねらい群は,術後ねらいが-0.5D未満の症例とした.Emmeねらい群SN6A(n=53)ZCT(n=39)355(Cn=54)p値術後裸眼視力※C1.05C±0.24C1.12C±0.22C1.04C±0.21Cp=0.4559※術後等価球面屈折-0.03±0.43-0.38±0.52-0.13±0.49Cp=0.0479C※視力はlogMAR視力換算にて統計解析Kruskal-WallisH-test術後矯正視力はCZCT群が有意によかったが,術後自覚乱視や正視狙い症例における術後裸眼視力には有意差は認められなかった.術後等価球面度数はCZCTが有意に近視側にシフトしていた.p<0.01※14121086420図2トーリック眼内レンズ(SN6A,ZCT,355)3群間の軸ずれの比較SN6A群が有意に軸ずれが少なかった.SN6AZCT355※Mann-WhitneyU-test14121086420図3トーリック眼内レンズ(SN6A,ZCW,XY1A)3群間の軸ずれの比較SN6A群が有意に軸ずれが少なかった.SN6AZCWXY1A※Mann-WhitneyU-test表7トーリック眼内レンズ(SN6A,ZCW,XY1A)3群間の術後矯正視力,術後自覚乱視,正視狙い症例における術後裸眼視力,術後等価球面度数の比較SN6A(n=70)ZCW(n=70)XY1A(n=70)p値年齢C79.09C±4.09C78.26C±4.58C77.23C±5.53Cp=0.0911術前矯正視力※C0.62C±0.24C0.70C±0.29C0.67C±0.25Cp=0.6546C※術前ケラトC1.45C±0.58C1.28C±0.57C1.28C±0.50Cp=0.1837術後矯正視力※C1.21C±0.14C1.23C±0.13C1.22C±0.18Cp=1.5301C※術後自覚乱視-0.43±0.31-0.29±0.31-0.39±0.34Cp=0.0856Emmeねらい群は,術後ねらいが-0.5D未満の症例とした.Emmeねらい群SN6A(n=57)ZCW(n=52)XY1A(n=45)p値術後裸眼視力※C1.04C±0.19C1.11C±0.21C1.09C±0.26Cp=0.5332C※術後等価球面屈折-0.23±0.56-0.11±0.39-0.05±0.50Cp=0.8058※視力はlogMAR視力換算にて統計解析Kruskal-WallisH-test術後矯正視力,術後自覚乱視,正視狙い症例における術後裸眼視力,術後等価球面度数に有意差は認められなかった.などにより実施困難となる場合があるので,手術のはじめにターゲット軸位置へのマーキングを併用することを勧める.③術後に力学的不均衡をきたさないように,レンズ光学部の直径よりも小さい前.切開を行い,レンズ光学部周辺が前.で完全に覆われるようにする.④水晶体.内に眼内レンズを挿入後,水晶体.内にも粘弾性物質を残さないように,レンズ裏面とともに水晶体.内の十分な洗浄を行う.⑤眼内レンズの完全な開放時間は,眼内レンズや手術時の気温などによって異なるため,眼内レンズが動かなくなるまで,十分な時間の前房洗浄を行う.⑥トーリック眼内レンズ挿入後の前房洗浄や,サイドポートから水晶体.内の洗浄時に,トーリック眼内レンズの挙動が安定しないときには,動きが止まるまで,繰り返しゆっくりと前房洗浄を行ったり,術後の安静の徹底を指示したりすることが必要となる.⑦手術終了後には,創閉鎖を確実に行うために,創のハイドレーションを行うとともに,眼圧も一定に(大体10~20mmHg)保つようにする.⑧眼圧変動を少なくするために,眼球にできるだけ外的圧力がかからないように,開瞼器,ドレープの除去時に,患者に開瞼しておいてもらう.⑨患者によっては,手術直後の軸ずれを予防するために,手術終了後に臥位でのC30分程度の安静を勧めるとともに,手術当日の過激な行動の自粛を考慮する.CIVトーリック眼内レンズの現状と使用時の注意点日本白内障屈折矯正手術学会がC2021年に出したCClin-icalSurveyでは,84%の術者がトーリック眼内レンズを使用しており,近年使用割合も増加している7).ただし,米国白内障屈折矯正手術学会や欧州白内障屈折矯正手術学会の報告と比較すると使用頻度や普及率はまだ低いとの報告もある7).過去C1年間におけるトーリック眼内レンズの軸ずれの修復手術は,31%の術者が経験した7).また,Zinn小帯脆弱症例では軸ずれ対策として,水晶体.拡張リングの併用が有用と報告されている8,9).トーリック眼内レンズの術後の乱視度数誤差の要因は,術前角膜形状解析ミスがC27%,軸ずれがC14%,眼内レンズ傾斜がC11%であり10),術前の角膜形状解析検査も重要であると考えられる.このことに関しては,トーリック眼内レンズの有用性は基本的には角膜の正乱視成分の矯正であり,不正乱視を矯正することはできない.そのため,対象眼の不正乱視成分の存在を定量化することが重要であり,ケラトメータのみによる測定では不正乱視の検出は十分に行えないことから,プラチド角膜形状解析装置,波面収差計,前眼部光干渉断層計などの機器を用いて評価を行うことが望ましいと考える.また,万が一,術後に軸ずれが生じた場合,単焦点トーリック眼内レンズは,10°程度の軸ずれでは視力に影響がないこともあり,患者の要望に応じて軸修正を考慮すればよいと考える.ただし,多焦点トーリック眼内レンズは,単焦点トーリック眼内レンズと比べると軸ずれによる視力への影響が大きいため,積極的に補正を考慮したほうがよいと思う11).また,軸ずれ修正の時期については,修正を行った時期と再回旋度数を比較した報告があり,術後C6日以内ではC13.1°C±13.5°であったのに対し,術後7日以降ではC6.3°C±5.9°と回旋度数が小さくなっていた12,13).この結果から,軸ずれの修正は術後C1週以降に行ったほうが補正後の再回旋が生じにくいと考えられる.おわりに各種トーリック眼内レンズの特性や軸ずれ防止方法,注意点などについて述べた.レンズの軸ずれについては,注意点を参考にしていただき,術中にしっかりと軸ずれ対策を行えば,統計学的には有意差があっても臨床的な問題はなく,良好な裸眼視力をもたらして眼鏡使用率も低下させることができる1,5,6).乱視は年齢とともに倒乱視化することが知られており14),倒乱視の患者についてはできるだけ乱視を減らすことが望ましいと考える.とくに,多焦点眼内レンズや低加入度数調節型トーリック眼内レンズを使用する場合には,乱視をしっかりと矯正することが重要である.しかし,若年者の直乱視の過度な矯正は控えるべきであり,1.0D程度の直乱視を残すことで,長期にわたって良好な裸眼視力を維持することができると考えている.各トーリック眼内レンズ1190あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(32)-