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写真:Vortex patternを呈した角膜上皮障害

2022年8月31日 水曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦459.Vortexpatternを呈した角膜上皮障害瀬越一毅京都府立医科大学眼科学教室バプテスト眼科クリニック横井則彦京都府立医科大学眼科学教室図2図1のシェーマ①角膜輪部の結膜侵入②耳側結膜の充血③渦状の外観を示す角膜上皮障害図1前眼部所見(ディフューザーによる観察)角膜輪部の結膜侵入と耳側結膜の軽度の充血を認める.図3前眼部所見(フルオレセイン染色による観察)渦状の外観を示す角膜上皮障害を認める.図47週間後の前眼部所見(フルオレセイン染色による観察)上皮障害は改善し,渦状の外観も消失した.(67)あたらしい眼科Vol.39,No.8,2022C10770910-1810/22/\100/頁/JCOPY症例は45歳,男性.3週間前からの右眼の視力低下[RV=(0.6×sph.4.00D),LV=(1.0×sph.2.50D(cyl.2.50DAx120°)]と充血を主訴に前医を受診し,0.5%レボフロキサシン(右眼4回/日),0.1%デキサメタゾンメタスルホ安息香酸エステルナトリウム点眼液(右眼C4回/日)の点眼で改善しない角膜炎として京都府立医科大学附属病院に紹介となった.初診時に右眼の局所的な輪部機能不全を想定させる角膜周辺の結膜侵入と渦状のパターン(vortexpattern)を示す点状表層角膜症(図1~3)を認め,Cochet-Bonnet角膜知覚計では両眼ともに軽度の角膜知覚低下(55Cmm)を認めた.また,角膜内皮細胞密度は正常範囲であった.防腐剤フリーのステロイド(0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム)点眼液(右眼C4回/日,左眼C1回/日)とC0.5%レボフロキサシン点眼液(右眼C2回/日,左眼C1回/日)を用いて経過観察した.7週間後には視力はRV=(1.0C×sph.4.25D(clyC.1.75DCAx5°),LV=(1.5C×sph.3.00D(cly.2.00DAx135°)まで改善し,角膜上皮障害も改善した(図4).本症例では過去(20年前)にソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)の使用歴があり,初診時の輪部機能不全が想定される角膜所見は軽度ではあったが,角膜知覚低下から,酸素透過性の低いCSCL装用の既往があったと考えられた.SCLの合併症として,点状表層角膜症,superiorepi-thelialCarcuatelesions(SEALs:上方の角膜輪部に沿う弓状の角膜上皮障害),角膜上皮幹細胞疲弊症(limbalCstemCcellde.ciency:LSCD),巨大乳頭結膜炎,角膜内皮障害などがある1).なかでもCSCLによるCLSCDは,化学外傷やCStevens-Johnson症候群といった他の眼表面疾患におけるCLSCDほどには重篤ではないが,基本的な病像は類似していると考えられる.角膜上皮の幹細胞は輪部に存在するとされ,そこから分裂した上皮細胞(transientCamplifyingcell:TAcell)は角膜中央に向かって移動(Y)したのちに基底細胞として分裂・増殖(X)し,表層細胞となって脱落(Z)することで,X+Y=Zの関係を保ちながら角膜の恒常性を維持している.そして,健常な上皮のターンオーバーではCYが可視化されることはない2)が,Zの亢進時に,Xが障害を受けている場合には,X+Y=Zの関係を維持するためにCYの亢進が表層上皮障害を反映して,動きのあるパターンの様相を示しながら,渦状などの上皮障害として観察される場合がある.また,この渦状の上皮障害パターンは,角膜移植術後や酸素透過性不良なCSCLの装用者,薬剤毒性などで報告されている3,4).今回,その契機は推測の域を出ないが,角膜輪部機能不全になんらかの角膜表層の上皮障害をきたす要因が加わることで,渦状の外観を示す角膜上皮障害を生じたものと考えられた.本症例のようなCSCL装用に起因する神経麻痺性角膜症,あるいはCLSCDが想定される病態に対する治療としては,SCLの使用の完全中止(本症例は以前から中止していた),防腐剤を含まない人工涙液による点眼治療,進行例では副腎皮質ステロイド点眼の併用などが用いられる5)が,本症例は角膜知覚や輪部機能の障害程度が軽度であったためか,ステロイド点眼のみで改善した.文献1)糸井素純:コンタクトレンズによる眼障害.日本医事新報C4625:69-72,C20122)ThoftCRA,CFriendJ:TheCX,CY,CZChypothesisCofCcornealCepithelialCmaintenance.CInvestCOphthalmolCVisCSciC24:C1442-1443,C19833)DuaCS,CGomesAP:ClinicalCcourseCofChurricaneCkeratopa-thy.BrJOphthalmol84:285-288,C20004)佐々木梢:抗癌薬CTS-1による角膜上皮障害のC1例.臨床眼科73:217-223,C20195)RossenJ,AmramA,MilaniBetal:Contactlens-inducedlimbalstemcellde.ciency.OculSurfC14:419-434,C2017

総説:緑内障手術で視力を守るために

2022年8月31日 水曜日

あたらしい眼科39(8):1063~1076,2022c第32回日本緑内障学会須田記念講演緑内障手術で視力を守るためにToProtectthePatient’sVisioninGlaucomaSurgery庄司信行*はじめに線維柱帯切除術(trabeculectomy:以下,LET)を勧める際には,現在の治療では進行が止められず,いずれ重篤な視機能障害をもたらす可能性が高いため,眼圧を下げる手術が必要であることを説明する.一方で,手術の目的は視機能の現状維持であるものの,ときに視力低下が生じて元に戻らないことがあることも説明しなければならない1~7).視野を保つためと説明しながら,視力低下のリスクについても説明しなければならないというジレンマは,緑内障手術を担当する医師であれば何度も経験することである.しかもわれわれは,視力が術後どのような経過をたどるかについて,あまり具体的なデータをもっていない.また,昨今,LETと白内障手術の相性はあまりよくない,同時手術の成績はよくないので別個に行うべきである,という報告8~10)もあり,はたして同時手術は避けるべきなのかどうかを知りたい.さらに,同時手術を行うにしろ単独にしろ,視機能の限られた緑内障患者に対して,通常の白内障手術と同じ眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を使用してよいのだろうか,という疑問も生じる.緑内障手術は患者の視機能を保つために行われるが,患者の視機能を損なうこともある.筆者の意図するところは,患者の視機能のなかでも重要な視力を手術で損なうことなく守る方法を探ることである.そこで今回の須田記念講演では,1)LET後の視力の経過,術直後に低下した視力の回復を妨げる要因はなにか,2)同時手術の是非と,行う場合のIOL度数決定の問題,そして3)緑内障に適した眼内レンズとは,という三つの項目について講演したのでまとめた.なお,現在論文作成中のデータが発表に含まれていたため,内容の一部は割愛させていただいたことをお断りしておく.ILETと視力変化LET後の視力低下に関する論文は以前よりいくつかみられるが,Francisら7)は,一過性の視力低下は56.5%にみられ,平均して約3カ月で回復したものの,なかには2年近くかかった症例が存在することを報告している.長期的な視力低下でいわゆる中心視野消失を生じた症例は2%で,術前の中心視野障害(いわゆるmaculasplitting)がみられるような進行例と,術後の合併症がみられた症例とのことである.わが国の全国濾過胞感染調査(CollaborativeBleb-RelatedInfectionIncidenceandTreatmentStudy:CBIITS)のデータを用いたKashiwagiらの報告11)では,WHOの定義によるblindnessは12.2%で,やはり術前の視力不良例や,術後の合併症発症例でリスクが高かったと報告されている.一方,logMAR値で0.2以上の悪化は観察期間5年の間には28.3%だったが,長期経過の観察だったので,緑内障そのものの進行例も含まれ,視力は経時的に低下していたことも報告されている.こうした長期観察は,緑内障診療の要になるものであるが,手術そのものの影響とも考えられる比較的早期の視力の経時的な変化に関する報告12,13)は少ない.また,これらの報告では白内障手術との同時手術例が含まれていたので,単独手術や同時手術を分け,より多数での検討*NobuyukiShoji:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕庄司信行:〒252-0375神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(53)1063表1線維柱帯切除術(LET)単独症例の背景平均±標準偏差最小-最大性別(男性/女性)年齢(歳)術前視力(logMAR)眼軸長(mm)術前眼圧(mmHg)術前10-2MD(dB)128/8866.0±12.318-880.072±0.19.0.30-0.7025.5±2.321.3-35.219.1±6.08.0-45.0.19.19±7.6.34.3-.1.2n=216(1例1眼)が必要と考えた.1.LET術後の視力変化2015年4月~2020年3月に北里大学病院でLET単独手術を施行した824眼のうち,①初回手術例,②術前矯正視力0.3以上,③白内障以外に視力に影響する可能性のある他の眼疾患を認めないこと,④Humphrey視野計10-2SITAstandardを施行し,中心窩閾値が測定されている,などの条件で選択し,さらに両眼手術例の場合はランダムに選択した片眼のみを採用した216例216眼を対象として検討を行った(表1).まず,これらの症例を,術前矯正視力が小数視力で1.0以上の群(術前視力良好群)と1.0未満の群(術前視力不良群)に分けて検討した.眼圧経過は,術前,術後1,2,3日,1週,2週,1カ月,3カ月の順に示すと,術前視力不良群で21.0±8.4,16.5±9.4,13.7±9.9,10.2±6.3,9.9±5.8,8.6±4.6,9.7±4.7,10.2±3.8mmHg,術前視力良好群で21.1±8.2,15.3±10.0,12.6±9.0,9.9±6.2,9.3±5.6,8.7±4.3,10.0±4.2,10.4±3.4mmHgと,両群とも同様の経過をたどっていた.そうした眼圧経過において,視力の経過は図1,2の通りであった.術前視力不良群では,やはり3カ月経っても回復せず,logMAR値の平均で約0.1低下したままであることがわかった.言いかえれば,小数視力が術前0.6程度まで落ちていた症例は,術後2週間で0.3~0.4程度まで低下し,徐々に改善してくるものの,3カ月で0.5程度までしか回復しないということになる.また,術前視良好群では,術前1.0~1.2が術後2週間で0.7~0.8に低下し,徐々に回復するものの3カ月経っても0.9~1.0と完全には回復しないことがわかった.これらの結果をもとに,LETの説明をする際には,最初の2週間ほどは2~3段階程度の視力低下が生じ,徐々に回復するものの,3カ月経っても元のように見えるようにならない可能性が高いことを患者に説明しなければならないことがわかった.2.LET術後の視力低下の関連因子上記の検討において,術後3カ月の時点でlogMAR値0.2以上の悪化がみられた症例は216眼中34眼であった.では,その34眼と悪化がみられなかった症例182眼の背景にどのような違いがあったのだろうか.性別,術後合併症の頻度をFisher’sexacttestを用いて,年齢,術前視力(logMAR換算値),眼軸長,術前眼圧,術前平均偏差(meandeviation:MD)値(10-2)をMann-WhitneyUtestを用いて比較した結果,悪化した症例は,悪化しなかった症例と比べて男性が多く,術前眼圧が高めであり,脈絡膜.離と浅前房の発症頻度が有意に高いことがわかった(いずれもp<0.01).そのうち,視力低下に影響の大きい因子は,多変量解析の結果,浅前房発症例であり,オッズ比は7.8であった.logMAR値が0.4以上悪化した10例とそうでない206例を比較したところ,悪化した症例では術前視力が低く(p=0.031,Mann-WhitneyUtest),脈絡膜.離,浅前房の頻度が高いことがわかった(いずれもp<0.01,Fisher’sexacttest).多変量解析を行うと脈絡膜.離と浅前房の二つの因子が選択され,オッズ比はそれぞれ14.9,26.6と非常に高い値であった.3.術前中心窩閾値と視力術前中心窩閾値と術後の視力低下の関連について受信者動作特性曲線(receiveroperatingcharacteristiccurve:ROC曲線)でみると,logMAR値0.2以上の悪化を示す症例では,感度は低いが33.5dBを,0.4以上の悪化は29.5dBをカットオフ値とすることがわかった(図3).ここで,そのカットオフ値である33.5dBを上回る値,つまり術前の中心窩閾値が34dB以上であったにもかかわらず,術後3カ月の時点で術前視力に戻らなかった症例36眼と戻った症例53眼にどのような違いがあったかをみたところ,浅前房の発症は視力が戻らなかった群で5眼,戻った群で1眼,低眼圧黄斑症の発症例はそれぞれ4眼と0眼で,有意に前者の頻度が高いことがわかった(p=0.037と0.024).多変量解析の結果,視力低下と有意な関連があったのは,年齢が高いこと,術前視力や術前10-2のMD値が低いことで,とくに浅前房やlogMAR換算値-0.100.10.20.30.40.50.219(0.60)n=1300.3110.436(0.37)0.400(0.40)(0.49)n=130n=1060.446(0.36)n=88n=560102030405060708090days図1術前視力不良群の平均logMAR値の変化術前logMAR値>0,すなわち小数視力が1.0未満の症例の平均視力の変化.logMAR変化量(3M.術前)は0.091±0.253.数値はlogMAR値,カッコ内は小数視力,nは眼数を表す.-0.1logMAR換算値00.10.20.30.40.5-0.059(1.14)n=1870.0150.1000.116(0.80)0.063(0.87)n=154(0.97)n=187(0.77)n=155n=880102030405060708090days図2術前視力良好群の平均logMAR値の変化術前logMAR値≦0(小数視力≧1.0),すなわち小数視力が1.0以上の症例の平均視力の変化.logMAR変化量(3M.術前)は0.074±0.118.数値はlogMAR値,カッコ内は小数視力,nは眼数を表す.低眼圧黄斑症の発症例ではその頻度が高いことがわかった.次に,logMAR値0.4以上の悪化を示した症例の術前中心窩閾値のカットオフ値である29dB以下の症例で,3カ月の時点で視力が戻った症例19眼と戻らなかった症例34眼を比較した.その結果,患者背景には有意な違いはなかった.しかし,多変量解析を行うと,脈絡膜.離の発症例で視力低下を生じる可能性が非常に高いことがわかった.つまり,中心窩閾値が低下している症例で視力を維持しようとしたら,術後の合併症として脈絡膜.離を起こしてはならない,ということになる.しかし,視力が戻った症例は術後3日目の眼圧が有意に低く,5mmHg以下に下がった症例は8眼(40%)で,視力が戻らなかった症例4眼(13%)に比べてその割合が高いものの,脈絡膜.離を生じた症例はなかった.つまり,脈絡膜.離が生じた症例は全例視力が戻らなかったことになる.ROC曲線による解析では,カットオフ値8mmHgのときp値は0.0396であるものの,感度0.61,特異度0.28であり,曲線下面積(areaunderthecurve:AUC)は0.67であった.特異度が低いため明確なことはいえないが,術後3日目の眼圧が8mmHgを超えないように調整することが望ましいと考える.つまり,中心窩閾値が29dB以下の症例では,術後早めに眼圧を下げ,かつ脈絡膜.離が生じないように管理を行えlogMAR0.2以上の悪化logMAR0.4以上の悪化Sensitivity0.00.20.40.60.81.0Sensitivity0.00.20.40.60.81.00.00.20.40.60.81.00.00.20.40.60.81.01-Speci.city1-Speci.cityAUC=0.65[95%CI:0.55-0.75]p<0.01AUC=0.82[95%CI:0.68-0.95]p<0.01Cut-o.=33.5dB(感度0.45,特異度0.79)Cut-o.=29.5dB(感度0.79,特異度0.80)図3視力悪化例の術前中心窩カットオフ値AUCp値Cut-o.値(dB)感度(%)特異度(%)上耳側上鼻側下耳側下鼻側0.780.680.870.79<0.01<0.01<0.01<0.0127.53.525.525.560.870.981.671.584.056.080.078.0ば,術後の視力低下は術前まで戻る可能性が高くなる,という結果になるが,現実的には非常にむずかしい管理ということになる.やはり,中心窩閾値が下がる前に手術を行うことが望ましいのではないかと考える.そこで,中心窩閾値が29dB以下になるときの固視点を囲む中心4点のカットオフ値をみたところ,上鼻側の1点は特異度が低いが,下方のとくに下耳側が25.5dBを下回ると中心窩閾値が29dB以下になる可能性が高いことがわかった(図4).そのため,手術を行うなら,中心4点がこれらの値を下回る前に行ったほうが,術後の一過性の視力低下から回復する可能性は高くなると考えられた.4.中心窩閾値良好例の視力低下術前の中心窩閾値が悪い症例では視力が悪化しやすく,元に戻る割合が低いことはある程度理解できるが,36dB以上と高い症例でも,一定の割合で視力は下がり,1年経過しても戻らない症例が存在する.今回の対象216眼のうち,術前中心窩閾値が36dB以上であった症例は49眼で,そのうち術後3カ月までに視力が回復した症例は81.6%,12カ月経過しても視力が戻らなかった症例は12.2%存在した.こうした症例は,先ほどの結果を合わせて考えると,やはり合併症によるものが大きく,良好な視力もしくは中心窩閾値を保つためには,合併症の発生を極力抑える工夫をしなければならないと考えた.そこで,術後合併症のうち,脈絡膜.離,浅前房,低眼圧黄斑症を発症した症例の背景を,記載が不明であった8眼を除いた208眼で調べることにした.まず脈絡膜.離を生じた症例18眼と生じなかった190眼を比較したところ,術前視力やMD値,中心窩閾値などに差はなかったが,脈絡膜.離が生じなかった症例と比較して術前眼圧が高く(21.4±5.2vs19.0±6.1mmHg),術後3日目と1週目の眼圧下降率が有意に高いことがわかった(それぞれ64.1±19.4vs41.3±37.1,69.0±23.2vs42.5±36.0%).多変量解析の結果では,術後1週目の眼圧下降率が選択された(オッズ比は1.04).感度・特異度がそれほど高くないので,p値が0.05未満であっても言い切ることはむずかしいが,脈絡膜.離は術前眼圧が19mmHg以上の症例で生じやすく,これを避けるためには,術後3日目の眼圧下降率は50%未満に抑え,1週目には,もう少し下げたとしても70%を超える下降とならないように管理すると,脈絡膜.離は生じにくいという結果であった.浅前房に関しては,術前の眼圧やMD値,中心窩閾値に差はなかったものの,発症例16眼の術後1週目の眼圧下降率が非発症例192眼のそれより有意に大きいことがわかった(60.8±39.4vs43.4±35.3%).多変量解析では,術後1週の眼圧下降率が選択され,浅前房は70%の眼圧下降率を境に発生頻度が高くなる可能性が示唆された(オッズ比は1.02).低眼圧黄斑症に関しては,術前の視力や眼圧,中心窩閾値などに差はみられなかったものの,発症例13眼では術後2日目の下降率が大きいことがわかった(56.0±39.4vs23.6±50.7%).多変量解析でも術後2日目の下降率が選択された.術後2日目の早期から眼圧が下がりすぎると黄斑症が生じやすく,57%以上の下降は避けたほうがよいことが示された.つまり,術翌日,2日目などの早期の極度な眼圧下降は避けたほうがよいと考えられる.5.病型と視力低下病型別の視力経過についておもな結果をかいつまんで述べると,視力が戻らなかった症例群は,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)127眼中44眼で,やはり術前の視機能(logMAR値,10-2のMD値,中心窩閾値,中心4点の閾値)が有意に低かった.術翌日の眼圧は,視力の戻った症例に比べて有意に高く(19.9±9.1vs16.2±9.4mmHg),1週目に15mmHg以上の眼圧の症例の割合も高かった(30vs15%)ことから,術直後からある程度の眼圧下降を得なければならないということだと考える.一方,戻らなかった症例では,脈絡膜.離の割合も有意に高い結果だった(18vs3%).正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)48眼の場合も,視力が戻らなかった症例17眼は術前の視機能が低かった.また,視力の戻らなかった症例では,戻った症例に比べて術後3日と1週目の眼圧が有意に高かった(それぞれ11.3±5.0vs8.2±5.2,10.2±4.9vs7.4±5.2mmHg).有意差はないが,3日目には8mmHg以下になった症例の割合は,視力の戻った症例のほうが多い傾向にあった.つまり,視力の戻らなかった症例では術後早期の眼圧があまり下がっていなかった症例が多かったようで,視力回復のためにも,ある程度の眼圧下降が必要ではないかと考えられる.一方,POAGに比べてより低い眼圧をめざしてLETを行い,実際に40%近くの症例が術後3日以内に5mmHg以下になっていても,NTGでは脈絡膜.離はけっして多くなかった(48眼中3眼のみ).もちろん眼圧値の下限はあると思われるが,脈絡膜.離は,先に述べたように術前からの眼圧下降率が高すぎることによって生じることのほうが多いと推測された.落屑緑内障眼の視力が戻った症例13眼と戻らなかった症例19眼を比較したところ,視力,視野感度など術前の視機能や眼軸長,術前眼圧に関しては両群間に差はなかった.術後2週目の眼圧のみ有意差がみられ,戻らなかった症例が12.6±7.0mmHg,戻った症例が7.9±2.9mmHgであった.しかし,それ以外には差がみられなかった.裏を返せば,落屑緑内障では,どのような症例でも視力が低下し,回復しない可能性があるということではないだろうか.ROC曲線による解析では,カットオフ値10mmHgでAUC0.74,p=0.021であった.感度は0.82だったが特異度は0.42であったので,一つの参考でしかないが,落屑緑内障では術後2週目の眼圧を10mmHg以下に下げておくことがよいのではないかと考えている.6.術後低眼圧の視力への影響近年のLETの手術成績の判断基準において,眼圧5mmHg以下は不成功と判断されることが多いが,LET術後5mmHg以下の低眼圧の症例で視力低下や合併症が多かったのかどうかを調べた.6~8mmHgで経過した症例と比較した結果,術後1カ月,3カ月とも5mmHg以下の群で有意に視力が低かった(logMAR値0.14と0.14に対して5mmHg以下の群では0.42と0.41).また,有意差はないが,3カ月の時点での視力悪化例が5mmHg以下の症例で31%(6~8mmHg群では9%)と多い傾向(p=0.051)にあることもわかった.合併症に関しては,症例数が少ないことも関係していると思われるが,発生率は少なく,5mmHg以下の極端な低眼圧は,脈絡膜.離や浅前房などを生じなくても,視力低下が回復しない可能性が高いのではないかと考えられる.一方,6~8mmHgの群と9~12mmHgの群の間には有意差はなかった.合併症の頻度も有意差はなく,真の眼圧値かどうかの議論はあるにしても,6mmHgまでを眼圧下降の下限とする考えは納得できるものであった.以上の結果から,術後いったん下がった視力は,眼圧が適度に下降しないと回復しにくい一方,眼圧下降率が高すぎて合併症が生じると,さらに視力は戻りにくくなると考えられる.つまり,手術侵襲で視力は下がるものの,眼圧下降で視力回復のチャンスが生まれることになるが,眼圧が下がることでなにが起こっているのだろうか?適度な眼圧下降時に起こっていることはなんであろうか?それは血流の改善かもしれないし,脈絡膜.離が視力予後に影響することを考えると,脈絡膜の環境の変化なのかも知れない.当院では,術前と術後1~3カ月の時点での血流を,レーザースペックルフローグラフィを用いて調べたが,有意な変化は認めなかった.やはり術翌日から直後の1,2週間になにが起こっているのかを調べる必要があるだろう.眼圧変化に伴う角膜形状変化も含めて,今後の課題と考える.IILETと白内障手術との同時手術近年,LET単独のほうが同時手術よりも成績が良好であるとの報告は,日本緑内障学会で行われたCBIITSのデータを用いた検討をはじめ,いくつも報告されている8~10).一方で,成績に変わりはなく,同時手術はむしろ合併症が少ないとのレビュー14)も出されている.しかし,LETを先に行った場合,白内障手術による炎症の影響で濾過胞の機能低下が生じる可能性が高く,LET術後の白内障手術は,1年程度などの一定の間隔をあけることが望ましいとの報告15~17)も多い.過去に当院でLETを行った症例のうち,2015~2020年に当院で白内障手術も行ったのは18例21眼で,LETから白内障手術までの期間は0.5~53年(平均16年)であった.術前眼圧は11.5±3.8mmHgで,術後は平均10.4から14.1mmHgの間を変動していたが,統計学的に有意な眼圧変化はみられなかった.しかし,点眼の追加が必要になった症例は2眼,濾過胞の機能不全に陥り,再建術を行った症例が1眼だったことから,白内障手術は濾過機能に多少影響する可能性はあると考える.そこで,同時手術の是非を考えるために,まず水晶体眼とIOL眼におけるLET単独手術での比較を行い,それぞれのLET単独手術とLET水晶体再建術との同時手術の比較を行った.1.LET単独手術―有水晶体眼vsIOL挿入眼有水晶体眼に対するLET単独手術47眼(有水晶体群)とIOL挿入眼でのLET単独手術169眼(IOL群)の経過を比較すると,術前の眼圧に差はないものの(19.2±5.6vs19.1±6.2mmHg),術後1週目は有水晶体群で有意に低く,術後3日以内に8mmHg以下になった症例の割合は68%と,IOL群の50%に比べて有意に高かった.脈絡膜.離の頻度は有水晶体群に若干多い傾向(15%vs7%,p=0.067)であった.術前視力(log-MAR換算値)に差はなかったものの(0.08vs0.07),術後1週で視力が戻った症例の頻度は有水晶体群20%であったのに対し,IOL眼で40%と有意に高かった.3カ月の時点で視力が術前に戻っていた症例の割合はそれぞれ62%と60%で差はなかった.2.LETと白内障の同時手術群とIOL眼に対するLET単独手術群の比較LETと白内障の同時手術(同時手術群)142眼とIOL眼におけるLET単独手術(IOL群)169眼を比べると,術後2週の眼圧が前者で10.0±5.5,後者で8.7±4.6mmHgと有意に低かったが,以降の眼圧に有意差はなく,視力(logMAR換算値)の平均値にも有意差はなかった.しかし,術後3カ月の時点での2段階以上の視力低下例の割合が,同時手術群1%に対してIOL群5%と有意に後者が高かった.浅前房の頻度も,同時手術群が4%だったのに対しIOL群が9%と有意に高く,合併症の発症は同時手術群で少ない可能性が考えられた.3.LETと白内障の同時手術群と有水晶体眼に対するLET単独手術群の比較有水晶体眼のLET単独群(有水晶体群)47眼と同時手術群142眼を比較すると,眼圧の経過は3カ月の時点まで有意に同時手術群(10.4~11.8mmHg)が有水晶体群(8.4~9.4mmHg)と比較して有意に高かったものの,脈絡膜.離の頻度は有意に低く(4vs15%),視力の回復に関しては,これは白内障手術をしているので当然かも知れないが,同時手術群のほうが有意に良好であった.幸い,今回の検討例では中心視野を消失した症例はなかった.4.LETの同時手術先に述べたように,当院でLET後に半年以上あけて白内障手術を行った症例では,平均眼圧の有意な上昇はなかったものの,点眼の強化や追加手術が必要となった症例が数例認められた.同時手術群は単独手術群に比べて1mmHg前後眼圧が高めとなったが,白内障手術の効果のためか視力回復は早く,合併症も有意に少ない結果であった.これらのことから考えると,白内障合併眼に対してLETを行う場合に,あえて半年や1年以上の間隔をあけてLET後に白内障手術を二段階に分けて行う必要性は感じられなかった.こうした短期間での結果を踏まえて,さらに観察期間を延ばした比較が必要と考える.5.同時手術におけるIOL度数決定LETと白内障手術の同時手術を考える際に,IOL度数決定のための計算式にはなにを選べばよいのだろうか.とくに,白内障単独手術の場合と違って,眼圧を大幅に下げる手術を併用すると,眼圧下降に伴う眼軸長の短縮と,強膜弁作製によるケラト値の変化が生じる可能性が考えられる.眼軸長の変化は微量であるが,たとえばもし20mmHgも下げたとすると,これまでの報告18,19)に基づけば0.3~0.4mm程度の短縮となり,これはIOL度数でいえば度数で1~2段階の差が生じる可能性が生じることになる.以前,筆者らはトラベクトーム手術においても,眼軸長が眼圧に応じて変化することを報告した20).図5は,当教室の飯島が2019年に日本眼科学会総会で発表した白内障手術眼でのデータであるが,通常使われることが多い水色のドットで表したSRK/T式は角膜形状や眼軸長の影響を受けやすく,赤色のドットで表したBarrett式は受けにくいことがわかった.そこで,LET同時手術眼でBarrett式とSRK/T式の比較を行ったところ,予測誤差はBarrett式で.0.15D,SRK/T式で平均.0.38と,Barrettのほうが予測,絶対とも誤差が有意に少ないという結果であった(図6).データの詳細は省くが,±0.5D以内に入った症例の割合はBarrettが70%,SRK/Tが57%,±1.0D以内の割合はBarrettが94%,SRK/Tが79%でどちらも有意差はなかったが,Barrett式のほうが予測性は良好である傾向が示されたので,筆者らの施設ではBarrett式を原則として用いるようにしている.6.LETと乱視矯正手術の併用LET術後に乱視が強くなることは知られているが,乱視が増えれば裸眼視力は低下するし,高齢者では若年者に比べて乱視の影響を受けやすい21)ことから,LET後に生じる乱視はなるべく矯正したい.手術で生じる乱視,すなわち惹起乱視の値や方向などが予測できるのであれば,乱視矯正IOLを併用できる可能性がある.惹起乱視の評価には算術平均術後惹起乱視(mean-surgi-callyinducedastigmatism:M-SIA)が用いられることが多い.M-SIAは乱視の大きさのみを考慮し決定する方法で,軸の方向は考慮されていない.一方,セントロイドSIA(centroid-SIA:C-SIA)は乱視の大きさだけでなく軸の方向も考慮し決定する方法である.したがって,C-SIAはM-SIAより全体のSIAの傾向を把握するのに臨床的に有用な可能性がある22,23).詳細は現在論文投稿中なので省くが,乱視は強膜弁作製方向に大きくなるものの,個々の症例で乱視量や軸の方向のばらつきも大きく,術中に乱視矯正IOLや角膜輪部減張切開術(limbalrelaxingincision:LRI)による乱視矯正はあまり高い精度が保てないと考え,適応にはしづらいと考えている.n=4802211SRK/BarretTt予測誤差(D)-2-2-3-3予測誤差(D)00-1-1384042444648505220222426283032平均角膜屈折力(D)眼軸長(mm)PearsonPearson相関係数rp相関係数rpSRK/T-0.485<0.001SRK/T0.223<0.001Barrett0.0300.506Barrett0.0270.56図5予測誤差との相関(SRK.T式vsBarrett式)SRK/T式(青い点)は角膜形状や眼軸長の影響を受けやすいが,Barrett式(赤い点)は受けにくい.(飯島ら,日本眼科学会一般講演,2019)術前術後3カ月p値矯正視力(logMAR)0.08±0.160.02±0.100.002眼圧(mmHg)18.9±4.310.6±2.6<0.001平均角膜屈折力(D)44.21±1.4144.27±1.410.371角膜乱視量(D)0.88±0.441.34±0.70<0.001絶対誤差(D)32p<0.001p=0.029Pairedttest10-1予測誤差(D)21-2-3BarrettSRK/TBarrettSRK/T0-0.15±0.54-0.38±0.610.44±0.340.55±0.46予測誤差絶対誤差図6LET同時手術前後の屈折誤差予測誤差,絶対誤差の比較において,Barrett式とSRK/T式の間には有意差がみられた.(飯島ら,日本緑内障学会一般講演,2019年)下させる可能性が常に指摘されており,緑内障眼に挿入III緑内障に適した眼内レンズは?した場合,コントラスト感度がさらに低下する可能性が1.コントラスト感度と多焦点IOL推測される.今回,緑内障眼でのコントラスト感度を検近年,さまざまな多焦点IOLが開発され,普及する討するために,単焦点IOLを挿入された緑内障以外のことによって,緑内障眼にも挿入されているケースを経疾患のない矯正視力1.0以上の症例78眼のコントラス験する機会が増えた.多焦点IOLはコントラストを低ト感度をVCTS-6500で測定した.その結果,MD値との有意な関連はみられなかったが,中心窩閾値が低下するにつれてコントラスト感度が有意に低下することがわかった.これは明所下でも薄暮下でも同様の結果であった.したがって,中心窩閾値に影響が及びつつある緑内障眼では多焦点CIOLの挿入は慎重に検討しなければならず,実際には避けるべきと考える.当院でも,他院で多焦点CIOL挿入術を受け,見え方に不満を訴えて単焦点CIOLに交換した患者を経験した.この患者はC48歳のPOAGの女性で,遠方矯正視力はC0.6,中心窩閾値がC26dBであり見づらさを強く訴えていた.IOL交換に伴う危険性を納得したうえで単焦点CIOLに交換したところ,眼圧は術前と変わりなく,視野障害の程度も変わりなかった.遠方矯正視力はわずかに向上し,曇っている感じがとれて見え方の違和感がなくなったと,本人の訴えも大きく改善した.コントラスト感度は正常範囲に戻ったわけではないものの,全周波数で明らかな改善がみられた(図7).つまり,多焦点CIOLを挿入したことにより,この患者はこれだけコントラスト感度の落ちた生活を強いられていたことになる.これまでにも,多焦点CIOLでコントラスト感度の低下が生じることはいくつも報告されている24~26).さらに緑内障や網膜疾患の患者は視機能をさらに低下させる可能性があると指摘されている27).したがって,緑内障眼に対して,コントラスト感度をさらに低下させる可能性のある多焦点CIOL挿入は漫然と行うべきではない.もちろん,超高齢社会において,ある程度の遠近視力の向上に対する一定のニーズはあるが,コントラスト感度が低下しないといわれている焦点深度拡張型多焦点CIOLは検討の余地はあるものの,それでも,中心視野への進行速度を評価し,中心視野障害の可能性を否定できるような視野検査の蓄積,眼底所見を含めた緑内障の評価をしっかり行ってから選択の判断を行うべきであることはいうまでもない.C2.着色IOLの影響わが国ではC1990年代に登場した黄色着色レンズが使われることが多い.これは羞明や術後の色合いの変化を少なくするなどが目的といわれている.以前は色感覚変化や羞明感への影響や,睡眠や血圧への影響,加齢黄斑変性の予防などに関して報告28~34)があり,加齢黄斑変性の予防効果についてはあまり期待通りではないようだが35,36),緑内障眼にどのような影響があるかについてはコントラスト感度(log)2.521.510.501.5361218空間周波数(cpd)図7本症例のコントラスト感度(術前後)多焦点眼内レンズから単焦点眼内レンズに交換したのち,コントラスト感度は大きく改善した.あまり検討されていない.たとえば,緑内障の早期に短波長感受性錐体の感度低下が起こることは,ブルーオンイエロー視野計の研究でよく知られている.緑内障のない白内障手術患者の片眼に黄色着色IOL,僚眼には非着色CIOLを入れてブルーオンイエロー視野計で測定し,影響の有無を調べた研究では,やはり着色レンズの影響があることが報告されている32).したがって,緑内障眼で短波長をカットすることは,何の影響もないといいきることはできないのではないだろうか?また,今回の講演では触れなかったが,白内障術後に短波長光が網膜のメラノプシン神経節細胞を刺激することで概日リズムが調整され,睡眠が改善するようになることは知られている.短波長の感受性が落ちている緑内障にさらに短波長をカットする眼内レンズを使うことは本当に問題ないのだろうか?本研究で使用した黄色着色レンズの詳細は図8の通りである.現在販売されている着色CIOLの分光透過率を参考に選択し,HOYA社のカラーフィルターガラスL39,L42,Y44,眼鏡レンズ基材CVGを使用した.それぞれわかりやすいように分光透過率に応じてCG1~G4とした.分光透過率曲線を示す図8は,上が今回使用したレンズ,下が現在販売されているおもな着色CIOLである.まず,正常若年者C20例C20眼において,フィルターなしとCG1~G4までのフィルターをつけた眼鏡装用下でカラーフィルターガラス眼鏡レンズ基材100使用レンズ0着色眼内レンズG1(L39)・G3(L42)・G4(Y44)G2(VG)透過率(%)350370390410430450470490510530550570590波長(nm)図8使用した黄色着色レンズの詳細上段:使用したレンズの透過率,下段:臨床で使用されているおもな黄色着色CIOLの透過率.G1~G4は便宜上の名称で,カッコ内はそれぞれのフィルターガラス(HOYA)の型番を示す.Humphrey視野計におけるCSITA-SWAPを測定し,その中心C4C×4点と中心窩閾値の計C17点を合計した網膜感度について調べたところ,G4の黄色着色レンズは明らかに網膜感度を低下させることがわかった(図9).図10はフィルターなし(N)とCG4装用時の網膜感度を等価球面度数,眼軸長別にみたものである.等価球面度数に関しては,N,G4ともに正の相関がみられたが,近視眼であるほどCG4による網膜感度への影響は大きいことがわかった.眼軸長に関しては,G4装用時に負の相関がみられ,眼軸長が長いほど,網膜感度への影響が大きくなることがわかった37).以上の正常者の実験から,緑内障患者ではどの程度の感度低下が生じるのかを調べるために,同一日に通常のクリアレンズ装用下での視野測定と,先ほどのCG4着色レンズ装用下での視野検査の結果を比較した.水晶体の着色の影響を除外するために,クリアCIOL挿入眼を対象とした.結果は予想に反して,MD値に関しては着色レンズ装用時のほうが有意に良好であった.パターン標準偏差値や中心窩閾値,固視点近傍のC4点やC16点の閾値の合計は有意差がなかった.MD値が良好となった理由としては,もしかすると色収差や散乱光の低減により,結果がよくなった可能性がある.一方,緑内障患者では,障害された神経節細胞が過敏性を獲得するとの報告38)もあり,正常若年者でのシミュレーションでは,緑内障患者の状況を反映していない可能性がある.外来で緑内障眼に行ったCdysphotopsiaに関するアンケートでは,dys-photopsia(まぶしさや光の軸,黒い影などの異常な光視)の自覚がCIOL挿入眼で多く,緑内障のない白内障患者のCIOL挿入眼より非常に高頻度にみられた.このようなCdysphotopsiaが疾患特有のものであるとしたら,そのメカニズムがあまりわかっていないのに,ある特定の分光透過率をもつ着色CIOLを眼内に挿入してしまってよいのか,それともクリアなCIOLにして遮光眼鏡などで工夫をする31)ほうがよいのかは,今後しっかりと検討すべき課題なのではないだろうか.緑内障眼に対する着色CIOL使用の是非はさらなる検討が必要と考えている.C3.視野障害に対するdysphotopsiaの影響ここまでは見えるほうのCdysphotopsiaの話だったが,今度は見えないほうの影響をシミュレーションを通して正常若年者20眼**平均閾値(dB)343230282624NG1G2G3G4反復測定分散分析p<0.0001**Sche.e検定p<0.01図9黄色着色レンズの網膜感度への影響平均閾値(dB)各フィルターガラス(図C8で示したCG1~G4)を装用し,正常若年者C20眼においてHumphrey視野計CSITA-SWAPを測定した.フィルターの装用順は無作為に行い,中心C17点の閾値の平均を算出し,比較した.Nは着色レンズ非装用を示す.G4装用時の感度は他のすべての測定条件における感度と比較して有意に低下していた.等価球面度数眼軸長G4p<0.01r=0.67G4p<0.01r=-0.5934Np=0.04r=0.47Np=0.10r=-0.46343232平均閾値(dB)3030282826262424222220-10-8-6-4-202024682022242628等価球面度数(D)眼軸長(mm)Spearmanrankcorrelationcoe.cient図10眼軸長,等価球面度数と網膜感度フィルターなし(N)とCG4装用時の網膜感度を,等価球面度数,眼軸長別に測定した.等価球面度数別の測定では,N,G4ともに正の相関がみられたが,近視眼であるほどCG4による網膜感度への影響は大きかった.眼軸長別の測定では,G4に負の相関がみられ,眼軸長が長いほど,網膜感度への影響が大きかった.●:N装用,○:G4装用.確認し,緑内障性視野障害に影響の少ないCIOLを考えとよばれる.このCnegativeCdysphotopsiaはCIOLの屈折てみた.率によって異なり,高屈折率の素材では光が大きく曲が見えないほうのCdysphotopsiaは,IOLの光学部を通るため,中心に向かってグレア光が移動し,光の当たらる光,エッジを通る光,そして虹彩-IOL間を通る光にない領域を作り出し,グレアを知覚しやすくなる(図よって生じ,光の合間の暗い部分がCnegativephotopsiaC11).屈折率1.413屈折率1.550アッベ数56.7アッベ数37.0図11IOLの屈折率とnegativedysphotopsiaNegativedysphotopsiaは,IOLの光学部を通る光,エッジを通る光,そして虹彩-IOL間を通る光によって生じる,光の合間の暗い部分である.高屈折率の素材では光が大きく曲がるため,中心に向かってグレア光が移動し,光の当たらない領域が広くなり,グレアを知覚しやすくなる.左図は低屈折率素材のCIOLを用いたとき,右図は高屈折率素材のCIOLを用いたときのシミュレーションである.屈折率C1.550,いわゆるアクリル製CIOLに使われる素材でのシミュレーションではC78~90°の広い範囲でCneg-ativedysphotopsiaが発生していた.低い屈折率,つまりシリコーンCIOLでのシミュレーションではCnegativedysphotopsiaのみられる範囲は若干狭くなることがわかった39).NegativeCdysphotopsiaが生じる部位は,ちょうど耳側残存視野にかかる領域になる.広い範囲にdysphotopsiaが生じてしまうと,視野の狭窄につながってしまうかもしれない.もちろん,患者の残存視野にもよるが,このリスクを考えると,緑内障性視野障害を有する患者には屈折率の低い眼内レンズが望ましく,筆者はシリコーンCIOLもしくは低屈折率のアクリルCIOLを選択するようにしている.CIVまとめ線維柱帯切除術後の視力低下はC3カ月経過しても回復しないことが多いことがわかった.いったん下がった視力の回復の可能性について検討した結果,視力回復の鍵は,術前の視機能の余力ともいうべき中心窩閾値に依存することから,中心窩閾値が低下する前に手術を勧めるべきである.また,病型によって異なるが,術後にはある程度のすみやかな眼圧下降が必要である一方,脈絡膜.離や浅前房・黄斑症といった低眼圧による合併症が生じると視力回復の可能性は著しく低下し,それらの合併症は眼圧下降率が高すぎることで生じることがわかった.これらの現象のメカニズムについては不明な点が多く,より安全な治療のためには引き続き検討を行っていく必要がある.同時手術はCLET単独手術に比べてC1CmmHg程度高く経過するが,合併症の頻度は明らかに少なく,白内障手術を併用したので当然かも知れないが,術後の視力低下が生じにくい術式と考えられる.同時手術におけるCIOL度数の算出には,強膜弁作製による惹起乱視や眼圧下降による眼軸長の変化の影響の少ないCBarrett式が効果的であると考えられる.同時手術を行う場合,単に白内障手術で用いるCIOLを流用せず,緑内障眼に適したCIOLを用いるべきである.緑内障が進行性の疾患であることを考えれば,先々コントラスト感度の不要な低下を増長する可能性のある多焦点CIOLは避けるべきである.LETによって強膜弁方向への惹起乱視が生じるが,その変化や軸の方向は個人差があり,乱視矯正用CIOLや乱視矯正角膜切開術のような術中の乱視矯正はむずかしいと考える.短波長感受性錐体のコントラスト感度低下や網膜感度の低下を生じる可能性のある黄色着色レンズの使用は慎重にすべきであろう.Dysphotopsiaによる視野狭窄の可能性を考えると,用いるCIOLの屈折率は,シリコーンもしくは低屈折率のアクリルが望ましいと考える.本講演では明確な回答が出せなかったが,緑内障患者の白内障術後に訴えの多い羞明に関しても,網膜神経節細胞レベルで対応がむずかしいのか,それともなにか光学的な対応が可能なのかなどは,引き続き今後の課題としたい.謝辞:恩師新家眞先生,白土城照先生,山本哲也先生に深謝申し上げるとともに,筆者の緑内障研究の入口でご指導いただいた中野豊先生,山上淳吉先生,小関信之先生,鈴木康之先生,そして本講演の座長の労をおとりいただいた相原一先生や東京大学医学部眼科学教室の先生方,また今回の講演のために一からデータ収集をして解析してくれた笠原正行君や平澤一法君,佐藤信之君をはじめとした北里大学医学部眼科学の医局員と医療衛生学部視覚機能療法学の教員の方々,そしてこうした素晴らしい財産を引き継がせていただいた清水公也先生に心より感謝申し上げます.文献1)AggarwalCSP,CHendelesS:RiskCofCsuddenCvisualClossCfol-lowingCtrabeculectomyCinCadvancedCprimaryCopen-angleCglaucoma.BrJCOphthalmolC70:97-99,C19862)MartinezJA,BrownRH,LynchMGetal:Riskofpostop-erativeCvisualClossCinCadvancedCglaucoma.CAmCJCOphthal-molC115:332-337,C19933)TopouzisCF,CTranosCP,CKoskosasCACetal:RiskCofCsuddenCvisuallossfollowing.ltrationsurgeryinend-stageglauco-ma.AmJOphthalmolC140:661-666,C20054)LangerhorstCCT,CdeCClercqCB,CvanCdenCBergTJ:VisualC.eldCbehaviorCafterCintra-ocularCsurgeryCinCglaucomaCpatientswithadvanceddefects.DocOphthalmolC75:281-289,C19905)CostaVP,SmithM,SpaethGLetal:Lossofvisualacuityaftertrabeculectomy.OphthalmologyC100:599-612,C19936)LawCSK,CNguyenCAM,CColemanCALCetal:SevereClossCofCcentralCvisionCinCpatientsCwithCadvancedCglaucomaCunder-goingCtrabeculectomy.CArchCOphthalmolC125:1044-1050,C20077)FrancisCBA,CHongCB,CWinarkoCJCetal:VisionClossCandCrecoveryCafterCtrabeculectomy.CArchCOphthalmolC129:C1011-1017,C20118)LochheadCJ,CCassonCRJ,CSalmonJF:LongCtermCe.ectConCintraocularpressureofphacotrabeculectomycomparedtotrabeculectomy.BrJOphthalmolC87:850-852,C20039)Ogata-IwaoCM,CInataniCM,CTakiharaCYCetal:ACprospec-tiveCcomparisonCbetweenCtrabeculectomyCwithCmitomycinCCandphacotrabeculectomywithmitomycinC.ActaOph-thalmolC91:e500-e501,C201310)ArimuraS,IwasakiK,OriiYetal:Comparisonof5-yearoutcomesCbetweenCtrabeculectomyCcombinedCwithCphacoemulsi.cationCandCtrabeculectomyCfollowedCbyphacoemulsi.cation:aCretrospectiveCcohortCstudy.CBMCCOphthalmolC21:188,C202111)KashiwagiK,KogureS,MabuchiFetal:Changeinvisu-alCacuityCandCassociatedCriskCfactorsCafterCtrabeculectomyCwithCadjunctiveCmitomycinCC.CActaCOphthalmolC94:Ce561-e570,C201612)Beltran-AgulloCL,CTropeCGE,CJinCYCetal:ComparisonCofCvisualCrecoveryCfollowingCEx-PRESSCversusCtrabeculecto-my:ResultsCofCaCprospectiveCrandomizedCcontrolledCtrial.CJGlaucomaC24:181-186,C201513)KobayashiN,HirookaK,NittaEetal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非器質的(心因性)視覚障害

2022年8月31日 水曜日

非器質的(心因性)視覚障害Non-Organic(Psychogenic)VisualDisturbance山上明子*I非器質的視覚障害とは非器質的視覚障害とは,視力・視野障害の原因が特定できず現在の医学レベルでは器質的異常を検出できない状態であり,機能的な視覚障害と考えられる.機能的視覚障害のうち精神的・心理的要因が発症メカニズムに関与する場合が心因性視覚障害であるが,精神的・心理的な要因であることを証明することは容易ではなく,心因性と診断するための確実な方法はない.また,詐病・詐盲とは厳に区別しなければならない.検査上何も異常がみつからない=器質的疾患がないというわけではなく,器質的疾患の初期症状の可能性も否定できないので,非器質的視覚障害と診断しても,症状の進行の有無や他の症状の出現などないか経過観察を行っていく必要がある.II非器質的視覚障害と診断までのアプローチ非器質的視覚障害と診断するまでのフローチャートを示す(図1).非器質的視覚障害はさまざまな検査所見から器質的疾患を除外して診断する.視力障害を説明できる所見が角膜,水晶体および眼内にみられない場合には,まず視野検査を行ってみる.視野検査の結果から病変部位を推測し(視神経疾患か,視交叉以降の病変か,視交叉以降の病変か),眼窩および頭部磁気共鳴画像(magneticresonanceimag-ing:MRI)撮像を行って視神経および頭蓋内病変を精視力障害を説明できる所見が眼内に見あたらない視野検査視機能異常は両眼性か片眼性か視野障害のパターンから視路障害の部位を推定眼窩MRIで視神経~視交叉および頭蓋内精査MRIで異常がみられない視神経症(遺伝性,薬物性など)を鑑別眼底検査で異常がみられない網膜病変の精査上記で器質的疾患が否定できれば非器質的視覚障害図1非器質的視覚障害の診断までのアプローチ査する.MRI検査で視神経および頭蓋内疾患が否定されたら,MRIで異常がみられない視神経症や,検鏡的に異常がみられない網膜疾患を鑑別していく(表1)1).表1に示す疾患が除外し,非器質的視覚障害と診断する.III非器質的視覚障害の診断に必要な問診や各検査のポイント(表2)1.問診器質的な疾患を鑑別除外するためには問診が重要とな*AkikoYamagami:井上眼科病院〔別刷請求先〕山上明子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(47)1057表1非器質的(心因性)視覚障害と鑑別を要する視神経・網膜疾患視神経疾患(MRIで異常がみられない視神経症)Leber遺伝性視神経症優性遺伝性視神経症後部虚血性視神経症網膜疾患(検鏡的に異常がみられない網膜疾患)Stargart病X染色体劣性網膜分離症線維性異形成急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOOR)急性特発性盲点拡大症候群(acuteidiopathicblindspotenlargementsyndrome:AIBES)多発消失性白点症候群(multipleevanescentwhitedotsyndrome:MEWDS)Occultmaculardystrophy癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)悪性黒色腫関連網膜症(melanoma-associatedretinopathy:MAR)自己免疫性網膜症(文献1より改変引用)表2非器質的視覚障害の診断に有効な検査および検査所見a)問診:眼および全身の既往歴,遺伝歴,薬物歴(過去にさかのぼって),交通事故を含めた外傷歴b)視野検査:静的視野検査の中心窩閾値と視力検査結果との乖離,対座法と動的/静的視野検査の乖離c)対光反射:片眼性または両眼性でも左右の障害に差がある場合に相対的瞳孔求心路障害(RAPD)の有無を確認非器質的視覚障害ではRAPD陰性となる(ただし,レーベル遺伝性視神経症の一部では陰性)d)矯正視力:レンズ打消し法での視力測定,近方視力と遠方視力の乖離,視力検査結果の変動e)眼窩MRI:視神経疾患や頭蓋内疾患の有無の鑑別f)調節機能検査:調節けいれん,調節不全や輻湊障害の有無を鑑別,調節けいれんで矯正視力が低下することもあるg)電気生理学的検査網膜電図(ERG)や多極所ERGで網膜疾患の有無を鑑別,視覚誘発電位(VEP)で視神経や頭蓋内疾患の有無を鑑別,非器質的視覚障害では電気生理学的検査は正常所見となるh)色覚検査:非典型的な色覚検査結果i)複視試験や両眼視機能検査片眼の重度の視力低下症例に対して,両眼視を利用して行う検査プリズムで上下斜視を作製した時に両眼性複視を自覚する場合や,チトマス立体試験で立体視が確認できる場合は両眼視があるということで非器質的視覚障害と考えられる.見から総合的に診断を進める必要がある.さらに,静的視野検査では中心窩閾値を測定し,視力検査の結果と整合性があるか確認する.視力が低下していても,静的視野検査および中心窩閾値が正常で,中間透光体や角膜病変が否定できれば,非器質的視覚障害が疑われる.視力不良例では対座法も参考になる.診察室での様子が視力・視野障害と乖離している場合(視力・視野障害が重篤にもかかわらず,移動やしぐさがスムーズな場合など)には,視野検査結果では見えないはずの部位に不意に視標を提示し色を答えさせたり,追視を促したりすると見えないはずの部位の視標が確認できるなど視野検査結果と対座法での乖離が確認できる場合は非器質的視覚障害が疑われる.その他,視野検査結果の再現性がない場合(変動する場合)や,動的視野と静的視野結果の乖離も非器質的視覚障害を示唆する所見となる.3.対光反射視力障害が片眼性(または両眼性でも左右の障害の程度に差がある場合)の場合には相対的瞳孔求心路障害(relativea.erentpupillarydefect:RAPD)の有無を確認する.非器質的視覚障害ではRAPDは陰性となる(ただしLeber遺伝性視神経症では視力に左右差があっても陰性となる場合がある).また,両眼性の重篤な視力障害でも対光反射が迅速十分であり,視運動性眼振が誘発されればある程度の視力があると推定され,参考所見となる.4.矯正視力一般的な視力検査では視力が出ないが,被検者が検査結果に動揺したり,検査中の反応が理不尽な印象がある場合には,レンズ打消し法を用いると視力が出ることがある.レンズ打消し法とは最初に強めの凸レンズを入れて網膜像をぼやかしたあと,それと同一度数の凹レンズを入れて視力を測定する方法で,とくに小児の心因性視覚障害の診断には有効である2).また,レンズ打消し法と通常の視力検査結果の乖離や近方視力と遠方視力の検査結果の乖離も非器質的視覚障害を示唆する所見になる.5.MRI検査視神経疾患や頭蓋内病変の鑑別のためにMRI検査を行う(CTでは視神経炎など炎症性疾患は検出できない).MRI撮像方法・スライスが重要であり,眼窩内脂肪抑制をかけた撮像方法で視神経に沿って冠状断スライスでの撮像をオーダーする.単純に頭部MRIをオーダーするだけでは脳の水平断のみで視神経疾患を見逃す可能性があるので,注意が必要である.また,放射線科に読影を依頼する際にはどのあたりの病変を疑っているのか,鑑別として考えている疾患(病態)を詳しく記載すると,読影の際に参考にしてもらえるので所見の見逃しが少なくなる.6.調節機能検査視力低下の原因に調節障害(多くは調節けいれんの状態)が関与している場合がある.原因不明の視力低下の場合はもう一度屈折を確認してみる.オートレフ値が検査日ごとに異なっていたり,以前もっている眼鏡と屈折値が異なっている場合(近視化している場合)は,調節麻痺薬を用いて正確な屈折値を確認すると,調節けいれんの状態になっていることもある.また,頭頸部外傷後や脳脊髄液漏出症の患者では調節の異常(調節障害や輻湊障害,偽近視)が出現しやすく遷延性であり,外傷直後より数カ月経過してから悪化したり,矯正視力が変動したり低下してくることもしばしば経験する3).調節に関して通常測定可能なのは調節力であるが,これは絶え間なく繊細に行われるはずの調節系のごく一部の視標にしか過ぎず,ダイナミックな調節機能の異常を検出できる検査方法はない.また,高次脳機能障害と考えられるさまざまな視覚異常症も経験する4).7.電気生理学的検査網膜電図(electroretinogram:ERG)や視覚誘発電位(visualevokedpotential:VEP)は他覚的検査であり,網膜疾患や視神経疾患など検鏡的に眼内に異常がみられない視神経・網膜疾患や頭蓋内病変など,器質的疾患の存在の有無の鑑別には重要である.網膜疾患のなかに(49)あたらしい眼科Vol.39,No.8,20221059は,眼底所見が正常で,光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)やERG(局所および多局所ERG)で診断できる疾患を鑑別する.8.色覚検査視神経疾患では色覚異常を自覚して(色がわかりにくいなど)受診することがある.非器質的視覚障害で色覚異常を主訴に受診することはまれであるが,心因性が疑われる症例の約半数以上で何らかの色覚異常を呈し,通常の色覚異常では分類できないような非典型的結果を示すとされる5).9.複視試験や両眼視機能検査複視試験は両眼視を利用して片眼の重度の視力低下の症例に対して行う検査で,眼に4Δのプリズムを基底上方または下方に挿入して上下斜視を作製し,視標にずれてみえるかたずねる.ずれを認識していれば,患眼も視標が見えていることになる.また,チトマス立体試験(Titmusstereotest)も有効で,立体的に見えれば両眼視しているということになり,非器質的視覚障害の裏づけとなる所見となる.IV心因性視覚障害とは非器質的視覚障害のうち精神的・心理的要因が発症メカニズムに関与することが推定される場合が心因性視覚障害である.心因性視覚障害の発症メカニズムとしては,視覚機能は形態角,動態覚,視野,明暗知覚,色覚,調節などの各機能について,左右別々の眼球からの情報が統合されたものであるが,この本来統合されている視覚機能が精神的・心理的要因でさまざまな形で統合が崩れた状態となり,容認できない観念によって生じた心的興奮は防衛という機制を介して身体的症状に転換されるという転換説と,人間は感覚・精神・運動・生物的な機能を統合させて機能しているが,この統合には心的エネルギーが必要であり,疲弊などで病的に心的エネルギーが低下すると統合が崩れて解離が起こるとする解離説でという概念で説明されている6).小児の心因性視覚障害は,学校検診で視力不良を指摘されるも自発的な視覚障害の苦痛の訴えがなく,心因となるエピソードがないことが多く,転換性障害の診断基準を満たさない非転換性障害と考えられている.一方,精神医学にける代表的な診療マニュアルであるDSM-5では心因性視覚障害は身体症状症の変換性/転換性障害(機能性神経症状症)に分類され,その症状と認められる神経疾患または医学的疾患とが適合しないことを裏づける所見があり,その所見は臨床的に意味のある苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている,または医学的な評価が必要であると定義される7).非器質的視覚障害の要因が心因性であることを診断するのは非常にむずかしく,要因と思われる問題が解決し視覚障害が軽快消失すれば心因性と診断できるが,臨床的には要因と思われる問題がみつからない場合も多い.V脳脊髄液漏出症とは脳脊髄液漏出症とは脳脊髄液腔から脳脊髄液(髄液)が持続的ないし断続的に漏出することにより減少し,頭痛,頸部痛,めまい,耳鳴り,倦怠感などさまざまな症状を呈する疾患である2).代表的な症状としては起立時に増悪する頭痛・頸部痛,めまい,耳鳴り,視機能異常,嘔気,倦怠感,疲労感など多彩な症状を呈する(表3)8,9).視機能異常は代表的な症状で眼科を受診することが多い.脳脊髄液漏出症症例の眼の自覚症状と眼所見について表4に示す2).多くの患者が視機能異常を自覚しているが,その自覚症状や眼所見は多彩であり,眼瞼けいれんや輻輳けいれん・調節不全など調節系の異常のほか,羞明や視力低下・視野欠損があってもそれを説明できる病変が眼内・脳内に認められない例や,求心性視野狭窄を呈する例など,今までわれわれが心因性視覚障害(非器質的視覚障害)と診断してきたような所見を呈する.このような眼科所見のほかに,頭痛(眼科を受診する脳脊髄液漏出症患者では頭痛が明確ではない患者もあるが)やさまざまな全身症状,めまいやふらつき,さまざまな部位の痛み,気圧による体調の変化および誘因となるような外傷の既往や手術既往があるときに脳脊髄液漏出症による眼症状を疑い,専門医に紹介している(紹介1060あたらしい眼科Vol.39,No.8,2022(50)表3脳脊髄液漏出症の症状主症状頭痛(90%以上,起立で増悪),頸部痛,めまい,視機能異常,倦怠感などその他の症状嘔気・嘔吐,聴覚過敏,耳鳴り,小脳失調,歩行障害,認知症,記憶障害,直腸膀胱障害乳汁分泌,腰痛,歩行障害など症状が連日性かつ薬の有効性が乏しい(脳脊髄液漏出症学会ホームページより改変)=表4脳脊髄液漏出症の自覚症状および眼所見自覚症状眼痛ピントが合わない,単眼複視,複視,視力低下,羞明,視野障害眼科的診断視力障害,視野障害,中枢性羞明,輻湊けいれん,調節障害,眼瞼けいれん,眼位異常,視覚陽性現象,眼科検査で異常を検出できない例

先天眼振

2022年8月31日 水曜日

先天眼振CongenitalNystagmus林孝雄*はじめに眼の揺れを呈する疾患としては,先天眼振,後天眼振,および眼振とは区別される後天発症の眼球運動振動現象(saccadicoscillation)の三つ1)があり,神経眼科疾患としては後者二つが当てはまる.この二つの神経眼科疾患とまぎらわしい疾患となると,先天眼振ということになる.鑑別のポイントとして,これら三つの疾患群の揺れにはそれぞれ特徴的なものがあるので,基本的には先天眼振の種類と揺れと病態を把握しておけば,それ以外の揺れをみたら後天眼振または眼球運動振動現象と判断することができる.その後の対応としては,先天眼振であれば,頭位異常の矯正や眼振の減弱を目的として治療方針を決めていけばよいが,後天眼振や眼球運動振動現象であれば,まずはその原因を探るべく脳幹や小脳を中心とした部位の画像検査を急ぐ必要がある.本稿では,眼振である先天眼振と後天眼振の種類と揺れの状態をまとめ,両者の鑑別ができるようにする.I先天眼振の種類と病態先天眼振(広義の先天眼振)には,表1に示すように乳児眼振(狭義の先天眼振),先天周期交代性眼振,(顕性)潜伏眼振,眼振阻止症候群,点頭発作(spasmusnutans)の5種類がある.それぞれの眼振の揺れの特徴と病態を表2に示し,下記に詳しく説明する.表1(広義の)先天眼振の種類…1)乳児眼振(狭義の先天眼振)2)先天周期交代性眼振乳児眼振症候群3)潜伏眼振・顕性潜伏眼振4)眼振阻止症候群5)点頭発作1.乳児眼振(狭義の先天眼振)乳児眼振(infantilenystagmus)は,生後2~4カ月頃に発症するので,先天眼振(congenitalnystagmus)ではなく,このようによばれるようになった2).乳児眼振は,発症初期から成長とともに揺れの状態が変化するのが特徴である.まず,発症初期には水平の大きな等速度の往復運動を示し,電気眼振検査法(electronystagmography:ENG)で記録すると三角波形(図1a)を示す.そして,生後6カ月頃からは左右に細かく振子のように揺れる(振子様眼振)ようになり,ENGではサインカーブのような振子様波形(図1b)がみられてくる.さらに1歳頃から左右どちらかに引っ張られるような律動眼振に変化し,ENGでは緩徐相(用語解説参照)が徐々に速度が増加する速度増加型(用語解説参照)の律動波形(図1c)を示すようになる.ただし,成長しても振子様眼振のままで律動眼振に変化しない患者もいる.律動眼振がみられるようになると,静止位(nullzone,nullpoint)という,もっとも眼振が弱い部位がみられるようになり,その位置が顔の正面にない場合は頭位異常を示すようになる.*TakaoHayashi:帝京大学医療技術学部視能矯正学科〔別刷請求先〕林孝雄:〒173-8606東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医療技術学部視能矯正学科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(39)1049表2(広義の)先天眼振の揺れと病態1)乳児眼振(狭義の先天眼振)①左右眼の同調する水平方向の眼振で,成長とともに眼振の様相が変化する.②静止位が正面にない場合は頭位異常を示す.③静止位より右を見ると右向きの眼振,左を見ると左向きの眼振がみられる.④静止位から右や左に眼を動かして行くに従い,眼振の振幅が大きくなっていく(Alexanderの法則).⑤輻湊により眼振が減弱あるいは消失する症例が約80%にみられる.⑥動揺視を自覚しないが,眼振が強くなるとぼやけ(視力低下)を感じる.2)先天周期交代性眼振①静止位が左右に移動するため,見やすい位置で見ようとして顔回しが右や左に変化する.②静止位の移動の周期は一定でなく,左右どちらに長時間留まることが多い.③静止位が移動し始めるときに動揺視を自覚する症例が多い.3)潜伏眼振・顕性潜伏眼振①潜伏眼振は片眼を遮閉することにより誘発される左右同調性の律動眼振である.②眼振の向きは固視眼への向きで,ENGでは緩徐相は速度減弱型を示す.③顕性潜伏眼振は,斜視や片眼の弱視があるため,両眼開放下でもみられる潜伏眼振である.4)眼振阻止症候群①内斜視で眼振が減弱されている.②内転眼で固視し,その眼の向きに顔を回して見る.③固視眼を外転させると外転方向に向かう律動眼振が両眼同調してみられる.④律動眼振の緩徐相は潜伏眼振と同じ速度減弱型を示す.5)点頭発作①左右眼で同調性のない振子様眼振がみられる.②異常頭位と頭部のうなずき(headnodding)を伴う.③小児期に自然に消失する.④視神経膠腫による後天性の点頭発作と類似する.そのため鑑別目的で頭部画像検査を必ず行う.a.三角波形右左b.振子様波形c.律動波形(速度増加型)時間図1乳児眼振の波形(シェーマ)a:三角波形.等速度で左右に往復する波形.b:振子様波形.小さな振幅のサインカーブのような波形.c:律動波形.緩徐相と急速相の二つの成分をもち,繰り返す波形(緩徐相は速度増加型).緩徐相急速相右左時間左向きの眼振図2律動眼振の成分律動波形は緩徐相と急速相をもち,緩徐相は徐々に速度が増加する速度増加型を示している.また,急速相の向かう方向が眼振の向きであり,この波形は左向きの左向きの律動眼振の波形であることがわかる.静止位が正面の場合右方視で右向きの眼振左方視で左向きの眼振図3静止位と眼振の向きとの関係静止位が正面にある場合,静止位より右を見ると右向きの律動眼振,左を見ると左向きの律動眼振がみられる.図4先天周期交代性眼振静止位が左方にあるときは,顔を右に回して見るが,静止位が右方に移動すると,その部位で正面を見ようとして顔を左に回して見るようになる.本人は無意識でこの顔回しを周期的に繰り返す.両眼開放では眼振なし右左緩徐相:速度減弱型左向きの眼振時間右眼遮閉図6(顕性)潜伏眼振の波形潜伏眼振・顕性潜伏眼振の波形は,緩徐相の速度が徐々に減少する速度減弱型を示す.右向きの眼振左眼遮閉図5潜伏眼振両眼開放下では眼振はみられないが,右眼を隠すと左向き,左眼を隠すと右向きの左右同調した律動眼振がみられる.表3後天眼振の種類,原因,眼振の様相原因眼振の様相中枢性眼振1)輻湊後退眼振中脳水道症候群輻湊と両眼の眼球後退が同調してみられる眼振2)解離性眼振核間麻痺(MLF症候群)病巣側の眼の内転障害と僚眼の外転時にみられる律動眼振3)CBruns眼振小脳橋角部の聴神経鞘腫など側方視時にみられる律動眼振4)上向き眼振Wernicke脳症,髄膜炎,有機リン化合物の中毒などによる小脳虫部や延髄の障害両眼の同調した上向きの律動眼振5)下向き眼振頭蓋頸椎移行部のCArnold-Chiari奇形や脊髄小脳変性症など両眼の同調した下向きの律動眼振6)後天周期交代性眼振外傷,脳炎,梅毒,多発性硬化症,脊髄小脳変性症など静止位が左右に移動する律動眼振7)シーソー眼振傍トルコ鞍や視床下部を含む間脳の腫瘍,脳幹上部の血管性病変など片眼が上転するのに同調して他眼が下転する眼振8)黒内障性眼振大脳皮質の萎縮,小眼球,先天白内障,全色盲,眼白子症など少しでも見えるところがないかと探すように左右に大きく往復運動をさせる眼振9)(後天性)点頭発作視交叉部の神経膠腫など左右眼で同調性のない振子様眼振末梢性眼振(末梢前庭眼振)前庭眼振半規管などの末梢前庭神経障害水平あるいは上下-回旋方向の律動眼振上斜筋ミオキミア原因不明.(脳幹背側部で滑車神経を血管が拍動性に圧迫?)内方回旋方向と同時に下転方向への律動眼振b.解離性眼振核間麻痺(内側縦束症候群)の場合に,脳幹の病巣側の内転障害と同時に,僚眼にみられる外転時の耳側方向への律動眼振である.核間麻痺では,一側の内側縦束が障害されることによって,障害側の眼は内転障害を示すが,その眼を内転させようとするインパルスが僚眼の外転時眼振を引き起こすといわれている.Cc.Bruns眼振Bruns眼振とは,側方視したときにその方向に引っ張られる注視眼振で,小脳橋角部の聴神経鞘腫などでみられる.腫瘍側へは大振幅で小頻度,健側へは小振幅で大頻度の律動眼振を示す.聴神経鞘腫はC50~60歳代に多く,小児期には少ない9).Cd.上向き眼振上向き眼振は,両眼の同調した上向きの律動眼振である.Wernicke脳症や髄膜炎,有機リン化合物の中毒などによる小脳虫部や延髄の障害でみられる.Ce.下向き眼振下向き眼振は,両眼の同調した下向きの律動眼振である.頭蓋頸椎移行部のCArnold-Chiari奇形や脊髄小脳変性症などでみられる.Cf.後天周期交代性眼振先天周期交代性眼振と同様に,律動眼振の静止位が左右に移動し,そのために右や左に顔回しをする.外傷,脳炎,梅毒,多発性硬化症,脊髄小脳変性症などでみられるので,発症機転を十分に聞き取り,先天性との鑑別を行う必要がある.Cg.シーソー眼振シーソー眼振とは,右眼が上転したときに左眼が下転し,逆に左眼が上転したときには右眼が下転するという,シーソーのように上下に揺れる眼振である.傍トルコ鞍や視床下部を含む間脳の腫瘍や脳幹上部の血管性病変などでみられる.Ch.黒内障性眼振黒内障性眼振は生直後からみられ,視性眼振ともいわれる.すなわち,視力不良が原因で,少しでも見えるところはないかと探すように,左右に大きく往復運動をさせる眼振である.大脳皮質の萎縮のほか,小眼球,先天白内障,全色盲,眼白子症などの眼球自体の障害が原因となる.生直後からみられ,水平の大きな往復運動の眼振であることから,上述の乳児眼振発症初期の三角波形を示す眼振との鑑別が必要である.Ci.(後天性)点頭発作後天性の点頭発作は,先天性のものと同様に左右眼で同調性のない振子様眼振を示す.上述したように,後天性の場合は視交叉部の神経膠腫などの中枢神経病変を伴っていることがあるので,必ずCMRI検査で確認をする.とくに,小児の視神経膠腫はC90%がC19歳以前,平均7.0歳で診断されるC10))といわれているので,先天性との鑑別に気をつける必要がある.C2.末梢性眼振(末梢前庭眼振)末梢性眼振は前庭眼振ともいわれ,水平あるいは上下-回旋方向に向かう律動眼振がみられる.半規管などの末梢前庭神経障害が原因で生じる.C3.上斜筋ミオキミア上斜筋ミオキミアは,発作性に生じる回旋性の小振幅な眼振である.回旋眼振の急速相は上斜筋の作用方向である内方回旋方向で,同時に下転方向への律動眼振を伴う.通常片眼にみられ,上下に揺れる動揺視を伴う.原因は不明であるが,脳幹背側部で滑車神経を血管が拍動性に圧迫するため,との説がある.そのため純粋な眼振ではなく,「眼振様運動」に分類されることもある(原因不明であるので,表3の欄外に記載した).おわりに神経眼科疾患である後天眼振のまぎらわしい疾患として,(広義の)先天眼振を取り上げ,両者の眼振の揺れの特徴および病態を述べた.眼振の発症時期などから,ある程度先天性か後天性かを判断するのはできるが,それ以外に知っておくことは,(広義の)先天眼振は基本的には水平眼振のみということである.すなわち,上下の眼振や回旋性の眼振をみたら後天眼振を強く疑えばよい.また,先天周期交代性眼振以外の(広義の)先天眼振では動揺視を自覚しないので,平衡障害としてのめまいやふらつきなども後天眼振を疑わせる重要な所見となる.1054あたらしい眼科Vol.39,No.8,2022(44)■用語解説■緩徐相:電気眼振検査(ENG)をするとみられる律動眼振波形の成分で,眼球がゆっくりと固視目標からずれていくときにトレースされる部分をいう.速度増加型:律動眼振の緩徐相が,徐々に速度を増加させていくタイプであることをいう.急速相:ENGをするとみられる律動眼振波形の成分で,ずれた眼球を急速に固視目標に戻すときにトレースされる部分をいう.速度減弱型:律動眼振の緩徐相が,徐々に速度を減弱させていくタイプであることをいう.-

Sagging Eye Syndrome

2022年8月31日 水曜日

SaggingEyeSyndrome國見敬子*後関利明*はじめにSaggingeyesyndrome(SES)は眼窩周囲組織の加齢性変化によって起こる遠見内斜視または上下斜視として発症する斜視疾患である1).その病態は眼球運動神経麻痺や外眼筋疾患に起因する神経眼科疾患ではなく,眼窩プリーの異常による.SESは「第二の老眼」とも表現され1),2020年より眼科専門医ガイドラインの履修項目としても採択されたが,眼窩プリーやSESは日本眼科学会「眼科用語集」第6版(Web-2018年版)v6.2.01には掲載のない用語で,その名前の浸透はいまだ乏しい.SESは微小斜視角を呈するため,所見を検出しづらく,ドライアイや原因不明と診断されることも多い.長年悩んだ末にようやく診断がつき,安堵,治療にたどりつく患者がいることも事実である.加えてSESは2022年現在,わが国や米国では後天斜視の原因の第1位であり,加齢とともに発症者の割合が増加する2,3)ため,今後も増加する可能性が高い.今回SESの病態,診断方法,神経眼科疾患を含めた鑑別すべき疾患,治療方法について解説する.ISESの有病率と病態先に述べたように現在,SESは高齢発症の斜視疾患の第1位で,わが国の報告では,後天性の両眼性複視を訴えた60歳以上の236例のうち57例(24.2%)が2)SESであった米国の報告では,40歳以上の後天性の両眼性複視を訴えた945例のうち297例(31.4%),90歳以上では60.9%にSESが認められたと報告されており,年代ごとにSESの割合は増加する3).1989年,病理・画像診断により,眼周囲のTenon.内に眼窩プリーが存在することがMillerによって発見された4).眼窩プリーとは,外眼筋の位置および眼球運動を安定させる組織である.具体的には,上斜筋以外の外眼筋は,エラスチンと平滑筋によって剛性が強化されたコラーゲンからなる構造物に包まれ,さらにそれらを眼球の赤道部付近でリング状に結ぶ,きしめん様の構造物で構成されている(pulleyrings).Pulleyringsの前方は眼窩壁に蜘蛛の巣のような形状で眼窩壁につながるサスペンションに連続し,後方は眼球に向かって外眼筋を構成する2層(強膜挿入部に連続するgloballayerとプリー組織に連続するorbitallayer)のうち,orbitallayerに連続している(pulleyslings).これらの組織全体をorbitalpulleysystemという5~8)(図1).外眼筋は眼窩プリーを起点に滑車として屈曲する.この機能により,眼窩プリーは外眼筋の位置および眼球運動を安定させている.眼窩プリーより前方の外眼筋は視線変化によって走行を変化させるのに対し,眼窩プリーよりも後方の外眼筋の走行は視線変化によって位置を変えない.眼窩プリーの位置が安定しているため,むき眼位によって外眼筋の位置はほとんど変化せず,眼球運動を行うことができる5).頭部を固定し,眼球運動の開始点を定めると,すべての眼球運動は,その点からの1回転で表せ,回転軸は同一平面上に乗るというListingの*KeikoKunimi&ToshiakiGoseki:国際医療福祉大学熱海病院眼科〔別刷請求先〕後関利明:〒413-0012静岡県熱海市東海岸町13-1国際医療福祉大学熱海病院眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(33)1043CollagenElastinTrochleaLPSSOLGOLLR-SRBandLEMEOrbitalLayer図1眼窩プリーの構造Pulleyringは眼球の赤道部付近にリング状にきしめん様の構造物で構成される.その前方は眼窩壁に蜘蛛の巣のような形状で眼窩につながるサスペンションに,後方は眼球に向かって外眼筋を構成するC2層のうち,orbitallayerに連続し,pulleyslingとよばれており,これらの組織を総じてCorbitalpulleysystemという.(文献C5より引用)SmoothMusclebaAponeuroticblepharoptosis腱膜性眼瞼下垂症Baggylowereyelid下眼瞼の眼窩脂肪織によるふくらみ図2Saggingeyesyndromeの臨床的特徴a:特徴的な顔貌.SunkenCuppereyelid(上眼瞼の脂肪が下方移動することなどにより上眼瞼がくぼむ),apo-neuroticblepharoptosis(腱膜性眼瞼下垂),baggylowereyelid(下眼瞼の眼窩脂肪織によるふくらみ).b:正常.LR-SRバンドがCMRIではっきり確認できる.開散麻痺様内斜視:LR-SRバンドの変性が左右対称.10CΔ程度の遠見内斜視,近見斜位(外斜位を含む)となる.小角度の上下斜視:LR-SRバンドの変性が左右非対称.5CΔ程度の外方回旋を伴う微小上下斜視となる(文献C6より改変引用).c:HeavyCeyesyndromeのCMRI冠状断.強度近視による眼軸の伸展で,上直筋と外直筋の間から筋円錐外に脱臼し,眼位は内下転位に偏位する.眼窩容積と眼球容積の不一致加齢に伴う眼窩プリーの変化SESHES図3眼窩プリーが障害される疾患Saggingeyesyndrome(SES)とCheavyeyesyndrome(HES)の関係.近視性後天性後天共同性内斜視急性後天共同性内斜視内斜視SaggingEye強度近視Syndrome性内斜視眼窩窮屈症候群固定内斜視図4後天内斜視の関係灰色:解剖学的要因.白:機能的要因.(神眼38:239~240,2021より引用)診断に至らず長年苦しみ,時に精神的な疾患に移行してしまうこともある.SESはC40歳以上の後天性複視の原因疾患の第C1位であった3)こともふまえ,高齢化が進む日本において今後患者数が増えていくことが予想されるため,眼科関係者として認識しておくべき新しい疾患概念である思われる.文献1)RutarT,DemerJL:Heavyeyesyndromeintheabsenceofhighmyopia:aconnectivetissuedegenerationinelder-lystrabismicpatients.JAAPOSC13:36-44,C20092)KawaiCM,CGosekiCT,CIshikawaCHCetal:Causes,Cback-ground,CandCcharacteristicsCofCbinocularCdiplopiaCinCtheCelderly.JpnJOphthalmolC62:659-666,C20183)GosekiT,SuhSY,RobbinsLetal:PrevalenceofsaggingeyeCsyndromeCinCadultsCwithCbinocularCdiplopia.CAmJOphthalmol62:55-61,C20204)MillerJM:FunctionalCanatomyCofCnormalChumanCrectusCmuscles.VisionResC29:223-240,C19895)DemerCJL,COhCSY,Poukens:EvidenceCforCactiveCcontrolCofCrectusCextraocularCmuscleCpulleys.CInvestCOphthalmolCVisSciC6:280-1290,C20006)GosekiT:Saggingeyesyndrome.JpnJCOphthalmol65:C448-453,C2017)KonoCR,CClarkCRA,CDemerJL:Activepulleys:magneticCresonanceCimagingCofCrectusCmuscleCpathsCinCtertiaryCgazes.InvestOphthalmolVisSciC43:2179-2188,C20028)DemerJL:TheCorbitalpulleyCsystem:aCrevolutionCinCconceptsCofCorbitalCanatomy.CAnnCNCYCAcadCSciC956:C17-32,C20029)DemerJL:PivotalCroleCofCorbitalCconnectiveCtissuesCinCbinocularalignmentandstrabismus:theFriedenwaldlec-ture.InvestOphthalmolVisSciC45:729-738,C200410)KonoCR,CPoukensCV,CDemerJL:QuantitativeCanalysisCofCthestructureofthehumanextraocularmusclepulleysys-tem.InvestOphthalmolVisSciC43:2923-2932,C200211)ChaudhuriZ,DemerJL:Saggingeyesyndrome:connec-tivetissueinvolutionasacauseofhorizontalandverticalstrabismusinolderpatients.JAMAOphthalmolC131:619-625,C201312)ClarkCRA,CDemerJL:E.ectCofCagingConChumanCrectusCextraocularmusclepathsdemonstratedbymagneticreso-nanceimaging.AmJOphthalmolC134:872-878,C200213)DemerJL:TheCaptClecture.CconnectiveCtissuesCre.ectCdi.erentCmechanismsCofCstrabismusCoverCtheClifeCspan.CJAAPOSC18:309-315,C201414)PinelesSL:DivergenceCinsu.ciencyCesotropia:surgicalCtreatment.AmOrthoptJC65:35-39,C201515)KawaiM,GosekiT,IshikawaHetal:CharacterizationoftheCpositionCofCtheCextraocularCmusclesCandCorbitCinCacquiredesotropiabothatdistanceandnearusingorbitalmagneticCresonanceCimaging.CPLoSCOneC16:e0248497,C202116)LimL,RosenbaumAL,DemerJL:Saccadicvelocityanal-ysisCinCpatientsCwithCdivergenceCparalysis.CJCPediatrCOph-thalmolStrabismusC32:76-81,C199517)YokoyamaCT,CTabuchiCHCetal:TheCmechanismCofCdevel-opmentinprogressiveesotropiawithhighmyopia.Trans-actionsCofCtheC26thCmeeting,CEuropeanCStrabismologicalCAssociationCBarcelona,CSpain,CSeptemberC2000.Cp218-221,CSwetsandZeitlingerPublishers,Lisse,200018)YotsukuraCE,CToriiCH,CInokuchiCMCetal:CurrentCpreva-lenceCofCmyopiaCandCassociationCofCmyopiaCwithCenviron-mentalfactorsamongschoolchildreninJapan.JAMAOph-thalmolC137:1233-1239,C201919)IwasaM,WakakuraM,KohmotoHetal:ClinicalfeaturesofCcrowdedCorbitalCsyndromeConCmagneticCresonanceCimaging.NeuroophthalmologyC45:87-91,C202120)KohmotoCH,CInoueCK,CWakakuraM:DivergenceCinsu.ciencyCassociatedCwithChighCmyopia.CClinCOphthal-molC5:11-16,C201021)TanRJ,DemerJL:HeavyeyesyndromeversussaggingeyeCsyndromeCinChighCmyopia.CJCAAPOSC19:500-506,C201522)LyonsCCJ,CTi.nCPA,COystreckD:AcuteCacquiredCcomi-tantesotropia:aCprospectivestudy.CEye(Lond)C13:617-620,C199923)SpiererA:AcuteCconcomitantCesotropiaCofCadulthood.COphthalmologyC110:1053-1056,C200324)鎌田さや花,稗田牧,中井義典:近視性後天性内斜視の臨床像と手術成績.眼紀11:811-815,C201825)BurianCHM,CMillerJE:ComitantCconvergentCstrabismusCwithacuteonset*.AmJOphthalmolC45:55-64,C195826)LeeCHS,CParkCSW,CHeoH:AcuteCacquiredCcomitantCeso-tropiarelatedtoexcessiveSmartphoneuse.BMCOphthal-molC16:37,C201627)飯森宏仁,佐藤美保,鈴木寛子ほか:(亜)急性後天共同性内斜視に関する全国調査デジタルデバイスとの関連について.眼臨紀C13:42-47,C202028)AkagiT,MiyamotoK,KashiiSetal:Causeandprogno-sisCofCneurologicallyCisolatedCthird,Cfourth,CorCsixthCcranialCnervedysfunctionincasesofoculomotorpalsy.JpnJOph-thalmolC52:32-35,C200829)AkbariCMR,CMirmohammadsadeghiCA,CMahmoudzadehCRCetal:Managementofthyroideyedisease-relatedstrabis-mus.JCurrOphthalmolC32:1-13,C202030)ChaudhuriZ,DemerJL:GradedverticalrectustenotomyforCsmall-angleCcycloverticalCstrabismusCinCsaggingCeyeCsyndrome.BrJOphthalmolC100:648-651,C201631)ChaudhuriCZ,CDemerJL:MedialCrectusCrecessionCisCasCe.ectiveaslateralrectusresectionindivergenceparalysisesotropia.ArchOphthalmolC130:1280-1284,C201232)ChaudhuriZ,DemerJL:Long-termsurgicaloutcomesinthesaggingeyesyndrome.StrabismusC26:6-10,C20181048あたらしい眼科Vol.39,No.8,2022(38)

急性内斜視

2022年8月31日 水曜日

急性内斜視AcuteAcquiredComitantEsotropia吉田朋世*仁科幸子*はじめに急性発症した両眼複視を訴える患者が来院した場合,早急に鑑別すべき疾患として,脳神経(動眼神経,滑車神経,外転神経)麻痺,重症筋無力症,外眼筋疾患などの神経眼科疾患がある.これらは発症早期に診察を行うと,一般的に非共同性の斜視を示し,さまざまな程度の眼球運動制限を認める.ところが近年,急性もしくは亜急性の両眼複視を訴えるが,共同性の斜視で,眼球運動制限を認めない内斜視の報告が増加してきた.その原因として,スマートフォンなどのデジタルデバイスの過剰使用が疑われている.現在,全国調査でこのような斜視の病態について検討が行われている1).本稿では,元来の急性内斜視と異なる,デジタルデバイスに関連した急性内斜視の特徴を筆者らの経験をふまえながら解説する.I急性内斜視急性内斜視の定義は,生後6カ月以降に急性に発症する内斜視で,調節性要因の関与がない共同性の内斜視である.Burianらの古典的な分類がもっとも多く使われており,これによるとおもに三つのタイプに分けられる.I型(Swantype)は,片眼の遮閉や視力低下による融像の遮断によって起こるもの,II型(Burian-France-schettitype)は心身のストレスや精神的ショックが誘因となって起こり,他に原因がないもの,III型(Biel-schowskytype)は5.00D以上の近視の低矯正によって起こるものである2).Buchらは,これらに加えて,mono-.xationsyndromeもしくは内斜位の代償不全に関連するもの(IV型),頭蓋内病変によって起こるもの(V型),周期性内斜視(VI型),輻湊けいれんに続いて発症したもの(VII型)の分類を行った3)が,その定義は未だ議論の余地がある.症状としてもっとも多いのは急性の両眼複視であるが,年少児の場合はすぐに斜視眼の抑制がかかるので複視を訴えず,周囲が眼位異常に気づいて受診することが多い.そのほか片目つぶりなどがみられることもある.問診では発症時期,症状,眼鏡矯正の有無,外傷・発熱などの随伴症状の有無,誘因となりうる生活の変化などについて聴取する.検査項目として,瞳孔反応,年齢に応じた視力・両眼視機能検査,遠見・近見眼位,眼球運動検査,前眼部・眼底検査などを行い,非共同性斜視や器質疾患の除外を行う必要がある.また,調節麻痺薬を用いた精密屈折検査により調節性内斜視や調節けいれんを鑑別する.さらに,中枢神経系疾患を除外するために頭部CT,MRIを実施する必要もある.III型の急性内斜視は,遠見の内斜視で発症し,間欠性のうちは適正な屈折矯正のみで治癒することもあるが,一般的には手術治療を要する.プリズム治療やボツリヌス毒素注射が有効な場合もある.適切な時期に治療を行えば,眼位および両眼視の予後は良好であることが多い.*TomoyoYoshida&SachikoNishina:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕吉田朋世:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(27)1037表1デジタルデバイス関連内斜視の症例報告報告年齢デジタルデバイスの使用時間屈折矯正治療Leeら(C2016)7.1C6歳1日C4時間以上4カ月以上適矯正デジタルデバイスの制限および手術治療吉田ら(C2018)5歳,1C0歳1日3.4時間4カ月以上適矯正デジタルデバイスの制限および手術治療Mehtaら(C2018)16歳1日C8時間以上1カ月間低矯正デジタルデバイスの制限および屈折矯正Kaurら(C2019)8.1C2歳1日C4時間以上1週間.1カ月間適矯正デジタルデバイスの制限および点眼治療永山ら(C2020)16歳1日6.1C2時間1年以上過矯正デジタルデバイスの制限および屈折矯正,プリズム治療松永(C2020)10歳1日3.4時間以上1年以上適矯正デジタルデバイスの制限および手術治療江塚ら(C2021)11歳,1C2歳1日4時間1カ月間適矯正デジタルデバイスの制限およびプリズム眼鏡橋本ら(C2021)14歳1日C12時間以上7カ月間低矯正デジタルデバイスの制限および屈折矯正VanHoolstら(C2022)5.1C5歳10例中5例が1日2時間以上,5例がC2時間以下8例がC3カ月以上適矯正デジタルデバイスの制限および手術治療-III自験例デジタルデバイスの過剰使用を契機に発症したと思われる急性内斜視について,筆者らが,国内ではじめて報告したC2症例の経過を以下に紹介する5).C1.症例15歳,男児.もともと間欠性の内斜視があり,近医で経過観察されていた.4歳頃より携帯電話のゲームをC1日C2,3時間使用したところ,恒常性の内斜視が出現し当院を受診した.初診時,視力は右眼C1.0(1.2C×cyl+0.50Ax80°),左眼C1.2p(n.c.)であり,遠見C40PD,近見C40PDの共同性内斜視を認めた.眼球運動制限は認めなかった.両眼視機能はチトマス立体試験(Titmusste-reotest:TST)では検出できず,大型弱視鏡で同時視を検出できるのみだった.頭部CCTおよび神経学的検査では異常所見を認めなかった.デジタルデバイスの使用以外に明らかな眼位悪化の契機がないことから,デジタルデバイスの使用制限を指示したが,眼位の改善を認めず,5カ月後に斜視手術(右眼内直筋後転術C4Cmm+外直筋短縮術C5Cmm)を施行した.術後眼位は正位となり,両眼視機能はCTSTでC40秒まで回復を認めた.C2.症例210歳,男児.4カ月以上にわたりデジタルデバイスをC1日C3時間以上使用した後に内斜視,複視が出現し当院を受診した.初診時,視力は右眼C1.5(n.c.),左眼C1.0p(1.5C×cyl+0.50DAx105°)であり,遠見C35PD,近見40PDの共同性内斜視を認めた(図1)8).眼球運動制限は認めなかった.両眼視機能はCTSTでは検出できず,大型弱視鏡で融像を検出できるのみだった.Bagolini線条レンズ試験では,融像の抑制がみられた.頭部CCTおよび神経学的検査では異常所見を認めなかった.デジタルデバイスの使用以外に明らかな眼位悪化の契機がないことから,デジタルデバイスの使用制限を指示したが,眼位の改善を認めず,7カ月後に斜視手術(左眼内直筋後転術C5Cmm+外直筋短縮術C4Cmm)を施行した.術後眼位は正位となり,両眼視機能はCTSTでC50秒まで回復を認めた(図2).CIV発症機序とリスク因子現在,デジタルデバイスの使用が直接的に急性内斜視の発症に関与するという証明はまだできていない.しかし,その発症機序についてはさまざまな仮説がたてられている.もっとも有力な説として考えられているのは,近業の増加による近見反応の増強である.原らは,近見反応の適応・学習から内斜視を発症する可能性があると推察している13).すなわち,近見反応では調節と輻湊がお互いにクロスリンクしているが,近方視を繰り返すことで近見システムが酷使され順応し,一方で遠見視を行わないことで開散反応が低下し,内斜視を最終的に発症するという仮説である.また,野原らは,携帯電話・スマートフォン使用時の平均視距離を検討し,書籍読書時の平均視距離に比べ携帯電話・スマートフォンでのメール作成の平均視距離は有意に短いことを報告している14).スマートフォンやタブレットの使用により急性内斜視をきたした症例は,同じデジタルデバイスを使うコントロール群に比べ有意に視距離が短かったとの報告もある8).従来の近業よりもさらに視距離が短い状態で,長時間の近方視を行った結果,過剰な輻湊が惹起され内斜視を発症したと考えられる.リスク因子としては,第一に内斜視を発症しやすい素因をもつことがあげられる.Leeらは,もともと融像域が狭い,もしくは内斜位のある若年者が,スマートフォンを近距離で長時間使用することによって,元来保たれていた調節と輻湊のバランスを崩し,内斜視をきたすのではないかと推測している.筆者らが以前報告した症例のなかにも斜視の既往を認めるものがあり,もともと不安定ながら両眼視を獲得していた人が長時間の近業を行うことで,その均衡を失い,斜視や複視などの症状を発現してしまうと思われる.長時間の近業が増加していても急性内斜視を発症しない人のほうが圧倒的に多いことから,先天的な素因も重要な要素だと考えられる.第二に,年齢が発症に関与する可能性がある.牛丸らは,2008.2018年の近視を伴う亜急性後天性共同性内斜視の調査を行い,2010年以前ではC10.20代前半と(29)あたらしい眼科Vol.39,No.8,2022C1039図1術前9方向眼位(文献C8より引用)図2術後9方向眼位(文献C8より引用)デジタルデバイスの過剰使用近見反応の増強(近見視の順応,開散反応の低下)デジタルデバイス関連急性内斜視図3デジタルデバイス関連急性内斜視の発症機序表2神経眼科疾患による内斜視とデジタルデバイス関連内斜視の違い神経眼科疾患による急性内斜視デジタルデバイス関連急性内斜視非共同性斜視のタイプ共同性さまざまな程度の制限あり眼球運動制限なし異常所見を認めることがある頭部画像検査異常を認めない日常の行動では変化しない斜視角の変動デジタルデバイスの制限により減弱することがある症例によっては不良治療予後良好–

緑内障とまぎらわしい神経眼科疾患

2022年8月31日 水曜日

緑内障とまぎらわしい神経眼科疾患Neuro-OphthalmologicDiseasesConfusedwithGlaucoma大久保真司*宇田川さち子**はじめに緑内障は,視神経乳頭の篩状板付近において,網膜神経節細胞とその軸索である網膜神経線維が障害されて生じる疾患である1).緑内障性視神経症による視野障害は,厳密に網膜神経節細胞および網膜神経線維の走行に一致する.網膜神経線維層欠損のみられる患者では,前視野緑内障のような極早期の状態を除けば,網膜神経線維層欠損の形状に沿った視野障害をきたす.「緑内障診療ガイドライン」2)にも,「緑内障は,視神経乳頭と視野に特徴的変化を有し」と定義されており,緑内障診断においては視神経乳頭所見と視野障害が対応しているかをみることが基本である.乳頭リムの菲薄化とそれにつながる網膜神経線維層欠損と,視野障害の部位や程度に整合性がとれているかを確認する必要がある.視神経所見と視野所見に不一致のある場合や,視神経乳頭の色調が陥凹の程度に比して蒼白な場合は,必ず他疾患の除外が必要である.多治見スタディ3)では,40歳以上の日本人における緑内障の有病率は推定5.0%とされており,緑内障は珍しい疾患ではないので,他疾患と緑内障が合併している患者もそう珍しくないと思われる.また,他疾患のある患者に緑内障性視神経症が合併しているかどうかの判断がむずかしい場合もある.本稿では圧迫性視神経症,脳血管障害,前部虚血性視神経症(anteriorischemicopticneuropathy:AION),常染色体優性遺伝性視神経萎縮などの緑内障とまぎらわしい神経眼科疾患を疑うポイントと,鑑別に必要な磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)についてまとめた.I神経眼科疾患を疑うポイント1.視神経乳頭所見と視野所見が一致しない緑内障診断においては視神経乳頭所見と視野の対応をみることが基本であるので,視神経乳頭所見と視野所見があわない場合は,必要があれば視野を再検のうえ,神経眼科疾患をはじめとした他疾患を疑う必要がある.2.視神経乳頭の陥凹の程度に比較してリムが蒼白である緑内障性視神経症は,リムの菲薄化や陥凹の三次元的な拡大が起こり,その後に病期が進行するとリムが蒼白化する.それに対して,頭蓋内および眼窩内病変の圧迫により視神経の軸索が障害されて生じる圧迫性視神経症では,対応する部分的また乳頭全体のリムの蒼白化が早期から起こり,通常,三次元的な乳頭陥凹拡大は生じない.視交叉を圧迫する病変では,おもに交叉線維が障害され典型的には両耳側半盲を呈するが,圧迫のされかたによってさまざまなパターンがありうる.時間がある程度経過したものでは,交叉線維が投影する視神経乳頭鼻側と耳側のリムが蒼白化(帯状萎縮または蝶ネクタイ状萎縮)することが知られているが,検眼鏡的に検出するのは容易ではない.しかし,光干渉断層計(optical*ShinjiOhkubo:おおくぼ眼科クリニック,金沢大学医薬保健研究域医学系眼科学**SachikoUdagawa:金沢大学附属病院眼科〔別刷請求先〕大久保真司:〒920-0081金沢市小坂町西97-1おおくぼ眼科クリニック0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(19)1029coherencetomography:OCT)を用いれば,視交叉圧迫病変では視神経乳頭の帯状萎縮または蝶ネクタイ状萎縮に対応するように乳頭周囲網膜神経線維層の鼻側と耳側の菲薄化や4),半盲パターンの網膜内層の菲薄化が確認できる5).急性期のAIONは,乳頭が腫脹し,出血をきたすことがあり,緑内障性視神経症と鑑別に困ることはないと思われるが,発症後しばらく経過したAIONは,視野所見やOCT所見が緑内障性視神経症に類似することもあり,しばしば鑑別が困難なことがある.慢性期の鑑別の要となる視神経乳頭所見も,動脈炎性AIONでは乳頭陥凹拡大をきたす6)ことが報告されており,AIONも鑑別疾患として頭に入れておく必要がある.ただし,日本人で多い非動脈炎性AIONでは,リムが全体的にやや蒼白な色調になり,陥凹は浅いことが多い6)とされており,そこが緑内障性視神経症との鑑別のポイントと思われる(図1).また,常染色体優性遺伝性視神経萎縮では,耳側が部分的に三角形に蒼白化しているものから全体的に退色しているものまで,さまざまな程度の蒼白化がみられる.3.視野が垂直経線を保つような半盲傾向を示す視交叉から後方の病変では,固視点を通る正中垂直経線を境に視野欠損が生じる.緑内障の場合,早期の診断はパターン偏差確率プロットを用いるが,極早期の半盲の場合トータル偏差確率プロットやパターン偏差確率プロットでは視野異常が検出できないことがあり,半盲の最終診断は,実測閾値で判断することが推奨されている7).まずは正中線をはさむ左右の対の数値を比較する.左右差が2dB以上の点が上下に連続して3個以上一方が低い場合,さらにその横の対の数値を比較し,同様の基準を満たす場合,有意な垂直半盲があると判断する7,8).Fujimotoら9)は,耳側半盲の早期診断のために,正中線にそって耳側が2dB以下の低下が連続4対,あるいは3dB以上の低下が連続3対あれば,有意とすると報告している(図2).この半盲の基準を満たさない同名半盲として,同名半盲性傍中心暗点には注意が必要である.視野だけをみると,緑内障の傍中心暗点と非常にまぎらわしい.Hum-phrey24-2や30-2において固視点の周りの4点は視角4.2°の1個の測定点にすぎないが視中枢(V1)では皮質拡大率により視皮質の約30%に及ぶ広い領域がこの点の情報処理にあたっている.このためこの4点を特異点として区別して評価する必要がある7).左右の視野のプリントアウトを並べて固視点周囲の4点を評価し,左右の同一象限にパターン偏差確率プロットで有意な感度低下がみられた場合は同名半盲性傍中心暗点が示唆され,後頭葉視皮質の後方の障害が疑われる7)(図3).同名半盲性傍中心暗点の中心視野の評価には,Humphrey10-2が有用である.4.視力障害を伴う視野障害や視野の進行が速い緑内障では,かなり末期に至るまで中心視野が維持されて視力低下をきたさないことが多いとされているが,早期から乳頭黄斑線維束の障害が起こり,中心暗点や視力障害を伴う中心障害型の緑内障も存在する10).中心障害型の緑内障眼では,小乳頭や傾斜乳頭を伴った近視眼であることが多く,乳頭の評価が困難なことも多い.乳頭所見と視野の対応に疑わしい点があれば,頭蓋内の評価を行うことが望ましいと思われる.また,眼圧コントロールの割に,視野障害の進行が速いと思われる場合も神経眼科疾患を疑う必要がある(図4).II神経眼科疾患鑑別のためのMRI撮影オーダーのポイント緑内障性視神経症との鑑別を行うのであれば,軟部組織の描出に優れ,質的な判断が可能なMRIがもっとも有用と思われる.MRIのオーダーの際に,脂肪抑制を併用し冠状断も撮影すること,可能であれば造影を併用することが重要である.1.視神経評価するなら脂肪抑制緑内障性視神経症を鑑別するためには,視神経の評価が中心となると思われる.視神経は高信号を呈する眼窩脂肪に取り囲まれているため,通常のT1強調画像とT2強調画像では視神経の炎症や異常をうまく描出できない.そのため,視神経を評価する際には脂肪抑制が必須と考えられる.1030あたらしい眼科Vol.39,No.8,2022(20)図1症例1(67歳,男性):右眼前部虚血性視神経症(AION)+前視野緑内障a1:AION発症C3日後(急性期)の眼底写真.視神経の上方が腫脹している.下方に網膜神経線維層欠損()がみられる.Ca2:AION発症C4カ月後(慢性期)の眼底写真.右視神経の腫脹は消失している.下方に網膜神経線維層欠損()がみられる.Cb:AION発症C4カ月後(慢性期)の網膜内層のCOCT所見.網膜内層上方はCAIONによりびまん性に菲薄化している.下方は眼底写真の網膜神経線維層欠損に対応するように菲薄化している.下方の変化は緑内障性変化と思われる.Cc:AION発症C4カ月後(慢性期)のCHumphrey24-2SITAstandardのプリントアウト.下方の網膜神経線維層欠損に対応する上方の視野障害はみられないが,上方のCAIONに対応する下方の視野障害がみられる().図2症例2(54歳,女性):下垂体腫瘍による両耳側半盲検診で視神経乳頭陥凹拡大を指摘されて受診.Ca:右眼眼底写真.視神経乳頭陥凹はやや大きいが,リムは保たれている.b:左眼CHumphrey30-2SITAstandardのプリントアウト.上方に軽度の感度低下がみられ,GHT(緑内障半視野テスト)は正常範囲外.Cc:両眼のCHumphrey30-2SITAstandardの実測閾値.両眼ともに実測値において,正中線をはさむ左右の対の数値を比較すると左右差がC2CdB以上の点が上下に連続してC3個以上一方が低く(),さらにその横の対の数値を比較すると同様の基準を満たしており(),有意な垂直半盲がある7,8).Fujimotoら9)の提唱した正中線に沿って耳側がC2CdB以下の低下が連続C4対,あるいはC3CdB以上の低下が連続C3対あれば有意とする耳側半盲の早期診断の基準も満たす(緑枠).この症例は,MRIにて下垂体腫瘍がみられた.a図3症例3(67歳,男性):脳出血による左同名半盲性傍中心暗点朝,新聞が読みにくいことを自覚して受診.両眼ともに矯正視力C1.2と良好.眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C14CmmHg.Ca:両眼のCHumphreyC24-2CSITAstandardのプリントアウト.両眼ともにCGHT(緑内障半視野テスト)は正常範囲外で,パターン標準偏位もCp<5%で,片眼ずつでみると緑内障性の傍中心暗点のようにもみえる.両眼ともに固視点の周りのC4点のうちの左下のC1点にパターン偏差確率プロットで有意な感度低下がみられる().左右の視野のプリントアウトを並べて固視点周囲のC4点を評価し,左右の同一象限にパターン偏差確率プロットで有意な感度低下がみられた場合,同名半盲性傍中心暗点が示唆され,後頭葉視皮質の後方の障害が疑われる7).b:MRIのCT2強調画像.後頭葉の後方端に脳出血がみられる().図4症例4(60歳,男性):右眼中心視野障害型の開放隅角緑内障前医にて眼圧がコントロールされているにもかかわらず,視野が進行し,視力も低下してきたために紹介受診.矯正視力(0.6C×.9D),眼圧C11CmmHg.2日間の眼圧日内変動を測定しても最高眼圧C13CmmHgであった.Ca:右眼底写真.近視性乳頭で乳頭周囲脈絡網膜萎縮を伴い,やや乳頭は傾斜している.視神経乳頭陥凹拡大は著明である.Cb:右眼CHumphreyC24-2CSITAstandardのプリントアウト.中心窩閾値はC20CdBと低下している.中心を含む著明な感度低下がみられる.Goldmann動的視野計では,周辺部の視野は比較的保たれている(未掲載).視野進行速度が速く,視力低下も伴っていたので神経眼科疾患除外のためにCMRI施行したが,緑内障性変化以外に明らかな異常はみられなかった(未掲載),さらなる眼圧下降を図り加療中である.このような症例では,MRIを施行しておくことが望ましい.

視神経鞘髄膜腫

2022年8月31日 水曜日

視神経鞘髄膜腫OpticNerveSheathMeningioma笹野紘之*はじめに視神経鞘髄膜腫(opticCnerveCsheathmeningioma:ONSM)は視神経鞘のくも膜表層細胞から発生する良性腫瘍で,緩徐に進行し,視神経の圧迫障害や循環障害を生じ,重篤な進行性の視機能障害をきたす1).中年女性に多く,視力低下,視野異常などの視機能障害,視神経乳頭腫脹・萎縮など視神経炎に類似した臨床像,眼底所見を呈するため,見逃されやすい疾患である.本稿では,当院で経験した症例をふまえ,ONSMの臨床像から鑑別のポイントを示す.また,放射線治療の成績を示すことで,ONSMの早期診断および治療の重要性について述べる.CI分類ONSMは全髄膜腫のC1~2%と比較的まれな腫瘍である2,3).眼窩内,視神経管内から発生した原発性CONSMと蝶形骨縁などの頭蓋内から視神経管を経由して眼窩内に浸潤した続発性CONSMがある.腫瘍形状は,視神経の走行に沿って進展する管状のCdi.usetype,紡錘状のCfusiformtype,球状のCglobularCtypeに分けられ4),既報での頻度はそれぞれC64%,10%,25%である2).視神経管あるいは上眼窩裂を越えて進展する場合がある.CII臨床像ONSMは中年女性に多いが,神経線維腫症C2型に合併することがあり,小児にもみられる.緩徐に進行する片側性(ときに両眼性)の視機能障害をきたす.進行例では相対的瞳孔求心路障害(relativeCa.erentCpupillarydefect:RAPD)が陽性であり,視神経乳頭異常を呈する.初診時の症状は,視力低下,視野異常,眼球突出が多いが,自覚症状がなく,人間ドックで視神経乳頭腫脹を指摘されて受診する場合もある.C1.視神経乳頭所見ONSMの視神経乳頭異常は,腫脹,萎縮,optociliaryshuntvessel(OCSV,図1)があげられる.進行性視力障害,視神経乳頭蒼白,OCSVがCONSMの古典的三徴候(Hoyt-Spencer徴候)とされていたが,OCSVは視神経を栄養する血管が視神経内前方で障害された場合に出現するため,ONSMに特異的な所見ではない.初期のCONSMでは視神経乳頭に異常を認めない場合も多い.C2.画像所見造影CCT・MRIで腫瘍は強い造影効果を呈する.内部の視神経自体は造影されず,周囲の腫瘍部のみが造影されるCtram-tracksignを呈する(図2).腫瘍が視神経管に及ぶと視神経管の拡大と反応性骨硬化を生じることがある.CIII鑑別疾患視神経に腫脹をきたす疾患が鑑別になる(表1).これ*HiroyukiSasano:東京慈恵会医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕笹野紘之:〒105-8461東京都港区西新橋C3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(13)C1023図1視神経鞘髄膜腫の視神経乳頭所見a:乳頭腫脹,b:乳頭萎縮を認め,シャント血管であるCOCSVがみられる.図2視神経鞘髄膜腫の造影MRI所見(水平断)a:Globulartype,Cb:Fusiformtypeの内部の視神経自体は造影されず,周囲の腫瘍部のみが造影されるCtram-tracksignを呈している.表1視神経鞘髄膜腫と鑑別を要する疾患視神経膠腫視神経炎サルコイドーシス視神経周囲炎肥厚性硬膜炎特発性眼窩炎症(炎性偽腫瘍)癌性髄膜症白血病やリンパ腫による浸潤性視神経症非動脈炎性視神経症糖尿病乳頭症片側性のうっ血乳頭視神経の腫大と眼窩下方への屈曲(kinking)を呈している.(文献C5より引用)図4視神経鞘髄膜腫のdi.usetypeの造影MRI所見a:水平断.b:冠状断.視神経周囲に輪状の造影効果を認める.bcd図5Globulartypeの視神経鞘髄膜腫に対する強度変調放射線治療(IMRT)42歳,女性.Ca:眼窩造影MRI:左眼窩内にCtram-tracksignを呈するCglobulartypeのCONSMを認める.Cb:IMRT施行前の左眼CGP:中心暗点と上耳側の暗点を認める(矯正視力C0.15).c:眼窩CCT:IMRTの線量分布を示す.IMRTは総線量C50.4CGy,28回分割で施行した.Cd:IMRT施行直後の左眼CGP:中心暗点の消失,上耳側の暗点の縮小を認める(矯正視力C1.2).(文献C9より引用)

乳頭浮腫を呈する後眼部炎症疾患

2022年8月31日 水曜日

乳頭浮腫を呈する後眼部炎症疾患PosteriorOcularIn.ammatoryDiseasePresentingwithPapilledema堀純子*はじめに後眼部の炎症疾患において視神経乳頭浮腫を呈することは多い.こうした疾患では視神経炎との鑑別は常に必要であり,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT),フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA),磁気共鳴画像(magneticCreso-nanceimaging:MRI)などの各種画像検査で鑑別が可能である.また,視神経炎が先行して発症した場合でも,長期経過中に網膜血管炎など後眼部炎症の所見を呈してくるぶどう膜炎もある.したがって,視神経炎の患者にぶどう膜炎の精査を併行して行うことも疾患の本態を見きわめるために重要である.本稿では,乳頭浮腫を呈する代表的な後眼部炎症疾患について,視神経炎との鑑別のポイントを述べる.CIVogt.小柳.原田病Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)は視神経炎ともっともまぎらわしいぶどう膜炎である.VKHの典型例では,両眼性に後極部の多発性の漿液性網膜.離を呈するため,乳頭浮腫があっても視神経炎との鑑別は容易である.OCTでは漿液性網膜.離,脈絡膜皺襞,網膜色素上皮.離が認められる.FAでは後極部主体に,早期に多発性顆粒状過蛍光,後期に同部からの色素漏出と貯留を認める(図1).VKHは前眼部炎症を伴うことも多く,その場合は視神経炎との鑑別は容易である.一方,乳頭型のCVKHは乳頭とその周囲に炎症所見が局在するため,視神経炎と誤診されやすい1).視神経炎との鑑別のポイントは,FAで乳頭過蛍光のみでなく,乳頭周囲に顆粒状過蛍光を認め,OCTで乳頭周囲の脈絡膜皺襞や漿液性網膜.離を見逃さないこと,HLA-DR4陽性などである.乳頭型CVKHの再発例では,乳頭周囲の眼底が夕焼け状の色調を呈していることも鑑別ポイントである.CII後部強膜炎後部強膜炎は乳頭浮腫を伴い眼球後部痛があることから,視神経炎と誤診されることがある.後部強膜炎は各種画像検査に基づいて診断し,その過程で視神経炎との鑑別をする.後部強膜炎は,乳頭浮腫のほかに,後極の脈絡膜皺襞,滲出性網膜.離がみられる.これらの所見はCOCTで確認する.超音波CBモードで眼球後部の肥厚および眼球壁後方の浮腫(T-sign)はとくに診断に有用である(図2).FAで網膜血管漏出や斑状蛍光漏出,造影眼窩CMRIで強膜の造影増強,強膜結節,強膜からのTenon.の離解,外眼筋炎や眼窩炎症像を認めることもある2).炎症性偽腫瘍や甲状腺眼症など眼窩内炎症が眼球後壁に及んだ場合は,後部強膜炎と視神経炎を併発することもあり,精査のために,造影眼窩CMRIや血液検査を行う.*JunkoHori:日本医科大学多摩永山病院眼科〔別刷請求先〕堀純子;〒206-8512東京都多摩市永山C1-7-1日本医科大学多摩永山病院眼科C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(9)C1019図1Vogt.小柳.原田病眼底所見は乳頭の発赤と腫脹,漿液性網膜.離を認め(Ca),OCTで漿液性網膜.離,同部の細胞浸潤,脈絡膜皺襞が確認できる(Cb).蛍光造影で早期に脈絡膜肉芽種性炎症を反映するCmultipledarkspots()が散在し,その後網膜の多発する顆粒状過蛍光(),乳頭からの漏出を呈する(Cc).図2後部強膜炎乳頭浮腫と後極の脈絡膜鄒壁を認める(Ca).OCTで脈絡膜皺襞と滲出性網膜.離を認め,同部の細胞浸潤も認める(Cb).超音波CBモードで眼球後壁の肥厚と眼球壁後方の浮腫によるCT-signを認める(c).図3視神経炎が先行したBehcet病20歳,男性.右眼の視力低下で紹介.初診時矯正視力C0.2,乳頭の発赤と腫脹あり(Ca),RAPD陽性,中心フリッカ値C12HZと低下,中心暗点を認めたため(Cb),視神経炎としてステロイドパルス療法を施行し,視力C1.5に改善した.そのC4カ月後にぶどう膜炎を発症し,HLAB51陽性,蛍光造影でシダ状漏出認め(Cc),初診からC7カ月までに口腔内アフタ,外陰部潰瘍,結節性紅斑が出現し,完全型CBehcet病の診断となった.図4結核性ぶどう膜炎27歳,中国籍男性.乳頭の発赤と腫脹,脈絡膜に黄灰色の斑状病変が多発し融合している(Ca).蛍光造影で乳頭過傾向と脈絡膜の斑状過蛍光を認めた(b).OCTでは黄斑浮腫と硝子体中の細胞浸潤を認める(Cc).–

眼底所見が正常な網膜疾患

2022年8月31日 水曜日

眼底所見が正常な網膜疾患RetinalDiseasewithaNormalFundus上野真治*はじめに原因不明の視力や視野障害をきたす疾患には,円錐角膜などの角膜疾患,見落とされがちな核白内障,眼底所見が正常な網膜疾患,球後視神経炎や頭蓋内疾患などがあげられる.本稿ではそのなかでも眼底正常の網膜疾患である,急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOOR),オカルト黄斑ジストロフィ(occultmaculardystrophy:OMD),眼底所見が正常の錐体ジストロフィについて概説する.以前は局所網膜電図(electroretinogram:ERG)や多局所ERGを含むERGで他覚的に網膜を評価することによって診断を行っていたが,近年は光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)の精度の向上により多くの疾患で網膜の異常を捉えることができるようになってきた.どの疾患も非常に珍しいが,正しく診断するためには所見の特徴を理解することが重要である.I急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)1992年にGassが原因不明の急性の網膜外層(視細胞)障害で,眼底所見にほとんど異常をきたさない疾患を報告しacutezonaloccultouterretinopathyと名づけた.症状は光視症,視野欠損,視力障害があり,眼底は正常である.近視を有する若年女性に発症しやすく,片眼性の場合が多い.診断は,視野異常に一致する多局所ERGの振幅低下によってなされる.多くの場合,視野異常の範囲に対応してOCTで視細胞外層の構造であるellipsoidzone(EZ)やinterdigitationzone(IZ)の異常として捉えることが可能である.AZOORは経過観察中に視機能が回復する患者がいるが長期にわたり視野欠損が変化ないもの,また進行性に悪化するものもある1).また,海外の報告では初期には眼底所見に異常がなくても,進行性に網脈絡膜萎縮をきたすことが多いとされており,AZOORは複数の病態が混ざった疾患群と考えられる.そのため,OCTや眼底自発蛍光などの画像所見もさまざまである.ここではAZOORの代表的な2症例を提示する.〈症例1〉32歳,男性.4週前からの左眼の突然の光視症と視野異常を自覚して受診した患者である.全身疾患の既往はなかった.両眼矯正視力は1.0であった.眼底には明らかな異常はないが(図1a),Humphrey静的視野検査の結果では視野異常が確認された(図1b).多極所ERGでは視野検査の障害部位に一致して振幅の減弱がみられ(図1c),視野障害が網膜性であることがわかる.眼底自発蛍光では視神経乳頭周囲に障害部位を示すと考えられる明らかな過蛍光がみられた(図1d).OCTではEZの明らかな途絶がみられ,この視野障害が網膜外層の障害であることが判定できる(図1e).この症例は経過とともに自覚症状,視野は改善し,OCTでもEZが回復したことが確認された.*ShinjiUeno:弘前大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕上野真治:〒036-8562弘前市在府町5弘前大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(3)1013acb左眼右眼de初診時3カ月後1年後図1症例1:左眼の急性帯状潜在性網膜外層症a:罹患眼(左眼)の眼底に異常はない.Cb:罹患眼(左眼)のCHumphrey静的視野検査(30-2)のグレースケールでは,Mariotte盲点の拡大から半盲様の視野となっている.Cc:多局所CERGでは視野異常に一致して左眼の振幅の低下がみられる.Cd:超広角眼底カメラによる眼底自発蛍光では罹患眼の左眼にのみ視神経乳頭周囲の過蛍光がみられた().e:左眼のCOCTでは初診時にCEZの途絶が明瞭に確認された().その後経過観察中にCEZは回復していることが確認できる.ac右眼左眼de左眼図2症例2:右眼の急性帯状潜在性網膜外層症a:罹患眼(右眼)の眼底に異常はない.Cb:Humphrey静的視野検査(10-2)のグレースケールは,罹患眼(右眼)の中心暗点を示していた.Cc:多局所CERGでは視野異常よりも広範囲右眼に著しい振幅の低下がみられた.Cd:超広角眼底カメラによる初診時眼底自発蛍光では両眼とも明らかな異常はない.Ce:OCTでは,左眼に比較して右眼には明らかなCEZの途絶はみられないが,EZの輝度が低下しており,IZが消失していた.6カ月の右眼経過観察中にCOCTに大きな改善はみられない.6カ月後abd200μV杆体応答20ms最大応答200μV10ms200μV10ms錐体応答30Hzフリッカ100μV10mse正常図3症例3:オカルト黄斑ジストロフィ(右眼データ供覧)a:眼底には異常はない.b:超広角眼底カメラによる眼底自発蛍光では明らかな異常はない.c:OCTではCEZが輝度の低下しており,中心窩付近は不鮮明となっている.また,IZは確認できない.Cd:全視野CERGでは異常はない.Ce:黄斑部局所ERGでは正常に比べて振幅の低下がみられる.adbef正常杆体応答100μV20ms最大応答100μV10ms錐体応答50μV10ms30Hzフリッカ50μV10ms図4症例4:眼底所見が正常の錐体ジストロフィ(右眼データ供覧)a:眼底には異常はない.Cb:超広角眼底カメラによる眼底自発蛍光で中心窩付近にわずかに過蛍光を認める().c:OCTではCEZの輝度の低下しており不鮮明となっている.また,IZは確認できない.Cd:Goldmann視野では中心暗点を認める.杆体機能がほぼ正常であるため視野はほぼ正常となるが,正常であれば錐体の密度が高く杆体の存在しない中心窩において,この患者では錐体機能が消失したため中心暗点となった.Ce:パネルCD15著明な色覚異常を認める.Cf:全視野CERGでは杆体応答と最大応答は正常であるが,錐体応答とC30CHzフリッカが消失し錐体の反応が選択的に消失している.–