‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

多施設による緑内障患者の実態調査2020 年版 −ROCK 阻害薬−

2022年7月31日 日曜日

《第32回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科39(7):953.958,2022c多施設による緑内障患者の実態調査2020年版.ROCK阻害薬.内匠哲郎*1,3井上賢治*1國松志保*2石田恭子*3富田剛司*1,3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科CMulti-InstitutionalSurveyontheUseofROCKInhibitorforGlaucomain2020TetsuroTakumi1,3)C,KenjiInoue1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),KyokoIshida3)andGojiTomita1,3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenterC目的:緑内障薬物治療の実態調査から,ROCK阻害薬の使用状況を明らかにする.対象および方法:2020年C3月8日.14日にC78施設を外来受診した緑内障,高眼圧症患者C5,303例C5,303眼を対象とした.使用薬剤数別にCROCK阻害薬の使用率と併用薬を調査した.さらにC2016年調査の結果と比較した.結果:ROCK阻害薬の使用率はC1剤例C0.4%,2剤例C3.1%,3剤例C11.5%,4剤例C33.5%,5剤例C88.8%などであった.ROCK阻害薬との併用薬剤はC2剤例CPG関連薬,3剤例CPG関連薬/Cb遮断配合薬,4剤例Cb遮断薬/炭酸脱水酵素阻害配合薬+PG関連薬,5剤例さらにCa2刺激薬を追加した組み合わせが各々最多であった.ROCK阻害薬の使用割合は薬剤数が増えるに従って増加した.ROCK阻害薬の使用はC2016年調査とは同様だった.結論:ROCK阻害薬はC3剤以上の使用例において配合剤と併用される頻度が高く,多剤併用になるほど使用されていた.CPurpose:ToCinvestigateCtheCcurrentCstatusCofCtheCusingCaCRho-associatedCproteinkinase(ROCK)-inhibitorCforthetreatmentofglaucoma.PatientsandMethods:Atotalof5,303outpatients(5,303eyes)withglaucomaorocularhypertensionseenat78medicalinstitutionsinJapanfromMarch8toMarch14in2020wereenrolled.ThepercentagesCofCROCK-inhibitorCandCtheCconcomitantCmedicationsCwithCROCK-inhibitorCwereCinvestigatedCinCeachCgroupofmedicationsused.Thestatuswasthencomparedwiththatreportedin2016.Results:TheuseofROCK-inhibitorCinCtheC1CtoC5CmedicationsCgroupsCwas0.4%,3.1%,11.5%,33.5%,Cand88.8%,Crespectively.CInCtheC2CtoC5Cmedicationsgroups,theconcomitantmedicationsmostwidelyusedwereprostaglandin(PG)analogs,PG/Cb-blocker.xedCcombination,Cb-blocker/carbonic-anhydrase-inhibitor(CAI/Cb).xedCcombination+PGCanalogs,CandCCAI/b.xedcombination+PGanalogs+a2agonist,respectively.TheuseofROCK-inhibitorwasincreasedasthenumberofmedicationsincreased.Conclusion:ROCK-inhibitorwasfrequentlyusedwith.xedcombinationsinthethreeormoreCmedicationsCgroup.CAsCtheCnumberCofCmedicationsCincreased,CtheCfrequencyCofCtheCuseCofCROCK-inhibitorCincreased.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(7):953.958,C2022〕Keywords:ROCK阻害薬,併用,配合剤,緑内障薬物治療.ROCK-inhibitor,concomitantuse,.xedcombina-tion,treatmentwithmedication.Cはじめに日本緑内障学会が作成している緑内障診療ガイドラインが2018年に改訂され第C4版となった1).眼科医は,この緑内障診療ガイドラインを参考にして緑内障の診断,病型分類,治療を行っている.緑内障診療ガイドライン第C4版においても緑内障性視野障害進行抑制に対して唯一根拠が明確に示されている治療は眼圧下降で,その第一選択は薬物治療である2.5).近年新たな眼圧下降の作用機序を有する点眼薬,配合点眼薬,後発医薬品の発売などで緑内障薬物治療の選択肢は大幅〔別刷請求先〕内匠哲郎:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台C4-3井上眼科病院Reprintrequests:TetsuroTakumi,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,CJAPANC表1研究協力施設(78施設)ふじた眼科クリニックとやま眼科博愛こばやし眼科鬼怒川眼科医院おおはら眼科さいはく眼科クリニックいずみ眼科クリニック篠崎駅前髙橋眼科久が原眼科サンアイ眼科みやざき眼科藤原眼科さいき眼科はしだ眼科クリニックかわぞえ眼科クリニック石井眼科クリニックそが眼科クリニック槇眼科医院やながわ眼科高輪台眼科クリニック大原ちか眼科ふかさく眼科早稲田眼科診療所かさい眼科たじま眼科・形成外科井荻菊池眼科ほりかわ眼科久我山井の頭通りあおやぎ眼科いなげ眼科やなせ眼科本郷眼科赤塚眼科はやし医院的場眼科クリニック吉田眼科えぎ眼科仙川クリニックにしかまた眼科のだ眼科麻酔科医院東小金井駅前眼科小川眼科診療所みやけ眼科後藤眼科良田眼科高根台眼科おがわ眼科白金眼科クリニック谷津駅前あじさい眼科西府ひかり眼科小滝橋西野眼科クリニックおおあみ眼科だんのうえ眼科クリニックあつみクリニック中山眼科医院綱島駅前眼科あつみ整形外科・眼科クリニックもりちか眼科クリニック眼科中井医院林眼科医院中沢眼科医院さいとう眼科なかむら眼科・形成外科駒込みつい眼科ヒルサイド眼科クリニックさくら眼科・内科立川しんどう眼科図師眼科医院大宮・井上眼科クリニック菅原眼科クリニックいまこが眼科医院札幌・井上眼科クリニックうえだ眼科クリニックむらかみ眼科クリニック西葛西・井上眼科病院江本眼科ガキヤ眼科医院お茶の水・井上眼科クリニックえづれ眼科川島眼科井上眼科病院に拡大している.選択肢が増えることで患者に対してもっとも適した治療を提供できる可能性が増大するが,その選択には薬剤の種類が多いがゆえに苦慮することもある.そこで緑内障病型の発症頻度や緑内障薬物治療の実態を把握しておくことは眼科医の緑内障診療の一助になると考えた.筆者らは眼科専門病院やクリニックにおける多施設での緑内障患者実態調査をC2007年に開始した6).その後,2009年に第C2回7),2012年に第C3回8),2016年に第C4回緑内障患者実態調査9)を実施した.2014年にはCROCK(Rho-associatedCproteinkinase)阻害薬が使用可能となり,ROCK阻害薬の良好な眼圧下降効果と高い安全性が報告されている10.14).さらにC2016年以降,ラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬,オミデネパグイソプロピル点眼薬,ブリモニジン/チモロール配合点眼薬が新たに使用可能になった.筆者らはC2020年に第C5回緑内障患者実態調査を実施し,緑内障患者の最新の実態を解明した15).今回はそのなかで,使用可能となってからC5年間が経過したCROCK阻害薬の使用状況を解析した.CI対象および方法本調査は,緑内障患者実態調査の趣旨に賛同した全国C78施設において,2020年C3月C8日から同C14日に施行した.調査の趣旨は緑内障診療を行ううえで,緑内障病型の発症頻度や薬物治療の実態を把握することが重要であるためとした.調査施設を表1に示す.この調査期間内に外来受診した緑内障および高眼圧症患者全例を対象とした.総症例数C5,303例5,303眼,男性C2,347例,女性C2,956例,年齢はC11.101歳,C68.7±13.1歳(平均C±標準偏差)であった.緑内障の診断と治療は,緑内障診療ガイドライン1)に則り,主治医の判断で行った.片眼のみの緑内障または高眼圧症患者では罹患眼を,両眼罹患している場合には右眼を調査対象眼とした.調査方法は調査票(表2)を用いて行った.各施設にあらかじめ調査票を送付し,診療録から診察時の年齢,性別,病型,使用薬剤数および種類,緑内障手術の既往を調査した.集計は井上眼科病院の集計センターで行った.回収した調査票より病型,使用薬剤数および種類,レーザー治療,緑内障手術の既往について解析を行った15).今回はそのなかでROCK阻害薬リパスジル点眼薬(グラナテック,興和)の使用率と併用薬を調査し,緑内障病型別のCROCK阻害薬使用割合を調査した.さらにこれらの結果をC2016年の前回調査の結果9)と比較した.配合点眼薬はC2剤として解析した.なお,2016年調査までは点眼薬は先発医薬品と後発医薬品に分けて調査していたが,今回の調査では薬剤は一般名での収集とした.ROCK阻害薬の使用率およびC2016年調査時との表2調査票第C5回緑内障実態調査第C5回緑内障実態調査イニシャル整理番号性別M:男性・F:女性年齢歳診断名右・左1:POAG2:NTG3:PACG4:続発緑内障(落屑緑内障を含む)5:高眼圧症6:小児緑内障1:無手術既往歴2:有術式1:レクトミー2:ロトミー3:GSL4:チューブシャント5:その他()レーザー既往歴1:無2:有術式1:LI2:CSLT(ALT)3:その他()1:無緑内障処方薬剤2:有〈b遮断薬〉1:チモロールマレイン酸塩(チモプトール)2:チモロールマレイン塩酸持続性(チモプトールXE)3:チモロールマレイン塩酸熱応答(リズモンTG)4:カルテオロール塩酸塩(ミケラン)5:カルテオロール塩酸塩持続性(ミケランLA)6:ベタキソロール塩酸塩(ペトプティク)7:レボブノロール塩酸塩(ミロル)〈ab遮断薬〉8:ニプラジロール(ハイパジール)〈イオンチャネル開口薬〉9:イソプロピルウノプロストン(レスキュラ)〈PG製剤〉10:ラタノプロスト(キサラタン)11:トラボプロスト(トラバタンズ)12:タフルプロスト(タプロス)13:ビマトプロスト(ルミガン)〈PG+b遮断薬配合剤〉14:ラタノプロスト/チモロールマレイン酸塩配合(ザラカム)15:トラボプロスト/チモロールマレイン酸塩配合(デュオトラバ)16:タフルプロスト/チモロールマレイン酸塩配合(タプコム)17:ラタノプロスト/カルテオロール酸塩配合(ミケルナ)⇒裏面に続く緑内障処方薬剤2:有⇒表面より続き〈CAI+b遮断薬配合剤〉18:ドルゾラミドC/チモロールマレイン酸塩配合(コソプト)19:ブリンゾラミドC/チモロールマレイン酸塩配合(アゾルガ)〈点眼CAI〉20:ドルゾラミド塩酸塩(トルソプト)21:ブリンゾラミド塩酸塩(エイゾプト)〈経口CAI〉22:アセタゾラミド(ダイアモックス)〈a1遮断薬〉23:ブナゾシン塩酸塩(デタントール)〈a2遮断薬〉24:ブリモニジン酒石酸塩(アイファガン)〈ROCK阻害薬〉25:リパスジル塩酸塩(グラナテック)〈EPC2受容体作用薬〉26:オミデネパグイソプロビル(エイベリス)〈a2刺激薬+b遮断薬配合剤〉27:ブリモニジン酒石酸塩C/チモロールマレイン酸塩配合(アイベータ)〈その他〉28:ピロカルピン塩酸塩(サンピロ)29:ジピべフリン塩酸塩(ピバレフリン)30:その他()ROCK阻害薬の使用割合の比較にはCc2検定とCFishaerの直接確率検定を用いた.Cc2検定での比較ではCBonferroni法による多重比較の補正を行った.有意水準はCp<0.05とした.本研究は井上眼科病院の倫理審査委員会で承認を得た.CII結果ROCK阻害薬使用症例はC440例C440眼,男性C224例,女性C216例,年齢はC27.98歳,平均C70.7C±12.4歳であった.全症例(5,303例)の病型は正常眼圧緑内障C2,710例(51.1%),原発開放隅角緑内障C1,638例(30.9%),続発緑内障435例(8.2%),高眼圧症C286例(5.4%),原発閉塞隅角緑内障C225例(14.2%)などであった.ROCK阻害薬使用症例の病型は,原発開放隅角緑内障C222例(50.5%),正常眼圧緑内障C116例(26.4%),続発緑内障C76例(17.3%),原発閉塞隅角緑内障C23例(5.2%),高眼圧症C3例(0.7%)であった.全症例(5,303例)の使用薬剤数は平均C1.8C±1.3剤で,その内訳は無投薬C543例(10.2%),1剤C2,203例(41.5%),C2剤C1,217例(23.0%),3剤C754例(14.2%),4剤C391例(7.4%),5剤C160例(3.0%),6剤C34例(0.6%),7剤C1例(0.02%)であった.ROCK阻害薬の使用率はC1剤例ではC0.4%(9例/2,203例),2剤例ではC3.1%(38例/1,217例),3剤例ではC11.5%(87例/754例),4剤例ではC33.5%(131例/391例),5剤例ではC88.8%(142例/160例)であった.使用薬剤数が増えるにしたがって,ROCK阻害薬の使用率が有意に増加した(p<0.0001,Bonferroni法による多重比較補正後,有意水準Cp=0.005)(図1).ROCK阻害薬との併用薬剤はC2剤例ではプロスタグランジン(以下,PG)関連薬が最多(65.8%)であった(表3).3剤例ではCPG関連薬/Cb受容体遮断薬(以下,Cb遮断薬)配合1剤*2剤3剤4剤*5剤ROCK阻害薬その他*p<0.0001(c2検定後,Bonferroni法による多重比較補正)図1使用薬剤数別ROCK阻害薬の使用率表3ROCK阻害薬との併用薬剤*薬剤数ROCK阻害薬使用患者数併用薬剤使用患者割合C3C4C5C87C131C142CPG/bPG+a2PG+CAI/bPG/b+a2PG+CAI/b+a2PG/b+CAI+a234.5%C25.3%C40.5%C18.3%C64.1%C22.5%2C38CPG65.8%CPG:プロスタグランジン関連薬,Cb:b遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬,Ca2:a2刺激薬.剤(34.5%)が最多で,次にCPG関連薬とCa2受容体作動薬(以下,Ca2刺激薬)との併用(25.3%)であった.4剤例ではPG関連薬とCb遮断薬/炭酸脱水酵素阻害薬配合剤(40.5%)が最多で,次にCPG関連薬/Cb遮断薬配合剤とCa2刺激薬(18.3%)であった.5剤例ではCPG関連薬と炭酸脱水酵素阻害薬/Cb遮断薬配合剤とCa2刺激薬(64.1%)が最多で,次にPG関連薬/Cb遮断薬配合剤と炭酸脱水酵素阻害薬とCa2刺激薬(22.5%)であった.併用薬剤は配合剤が多く,配合剤使用例はC3剤例C34.5%,4剤例C58.8%,5剤例C86.6%であった.ROCK阻害薬の使用割合はC1,2,3,4,5剤例では今回はそれぞれC0.4%,3.1%,11.5%,33.5%,88.8%でC2016年調査9)ではそれぞれC0.5%,3.7%,7.9%,23.8%,76.8%で同等だった(図2).緑内障病型別のCROCK阻害薬の使用割合をC2016年調査9)と比較した結果を示す.原発開放隅角緑内障では今回調査(13.6%)がC2016年調査(9.7%)より有意に多かった(p=0.0020Bonferroni法による多重比較補正後,有意水準Cp=0.0083).一方,正常眼圧緑内障,続発緑内障,原発閉塞隅角緑内障,高眼圧症では今回調査(4.3%,17.5%,10.2%,1.0%)とC2016年調査(3.1%,11.6%,6.4%,2.5%)で同等だった(p=0.0417,p=0.0224,p=0.1750,p=0.3129,Bonferroni法による多重比較補正後,有意水準Cp=0.0083).CIII考按今回C2020年C3月に行った多施設での第C5回緑内障実態調査におけるCROCK阻害薬の使用状況を使用薬剤数別に調査し,2016年調査9)の結果と比較した.ROCK阻害薬の使用率は薬剤数増加に伴い増加しており,ROCK阻害薬は多剤併用症例で多く使用される傾向がある.実際CROCK阻害薬使用症例のうち多剤併用症例の割合は本使用薬剤数765432120202016NS(c2検定後,Bonferroni法による多重比較補正)図22016年調査との比較(ROCK阻害薬の使用割合)調査(2,557例,48.2%)ではC2016年調査(1,929例,45.0%)よりも有意に増加していた(p=0.0016).ROCK阻害薬の増加が寄与したと考えられる.一方,緑内障病型別でのROCK阻害薬の使用割合でも原発開放隅角緑内障では今回調査(13.6%)がC2016年調査(9.7%)より増加していた.正常眼圧緑内障,続発緑内障,原発閉塞隅角緑内障では本調査(4.3%,17.5%,10.2%)がC2016年調査(3.1%,11.6%,6.4%)より増加したが有意差はなかった.高眼圧症ではCROCK阻害薬使用割合は本調査(3例,1.0%)とC2016年調査(6例2.5%)ともに低く,有意差はなかった.ROCK阻害薬は特定の病型で多く使用されている可能性がある.2012年に使用可能となったCa2刺激薬の使用割合はC2016年調査時(8.8%)9)に比べて,2020年調査時(11.9%)15)には有意に増加した.ROCK阻害薬は使用可能となってからC5年が経過し,Ca2刺激薬と同様に時間経過に伴い使用が増加した可能性が考えられた.緑内障診療ガイドライン1)では第一選択薬としてCPG関連薬,およびCb遮断薬が記載され,ROCK阻害薬は他の薬剤とともに第二選択薬としてあげられている.本調査の結果でも1剤例は0.4%と少数だった.これらの症例は何らかの理由でCPG関連薬やCb遮断薬が使用できない患者であったと考えられる.2剤例ではCPG関連薬との併用がC65.8%と最多で,PG関連薬が第一選択薬として使用されているためと考えられる.3,4,5剤例では,さまざまなパターンでCROCK阻害薬は使用されていた.ROCK阻害薬が使用可能となった当初C4カ月間のCROCK阻害薬の処方パターンを筆者らは調査した10).ROCK阻害薬投与前の薬剤数は追加群C3.9C±1.0C剤,変更群C3.9C±0.8剤,変更追加群C3.7C±1.1剤であった.追加群では投与前薬剤数はC1剤C1.6%,2剤C8.9%,3剤C13.7%,4剤C54.9%,5剤C18.5%などであった.ROCK阻害薬が処方され,3カ月後まで経過が追えた症例の報告では,ROCK阻害薬の追加群はC82例C121眼,変更群はC26例C41眼であった11).追加群の投与前の薬剤数はC1剤C4.9%,2剤C6.6%,3剤C43.8%,4剤C38.0%,5剤C6.6%であった.その他にROCK阻害薬投与例の投与前点眼スコアはC3.5C±1.0点12),C3.7±1.0点13),投与前点眼剤数はC2.8C±0.7剤14)と報告されている.過去の報告10.14)のCROCK阻害薬の使用方法と,今回調査でのC4剤例,5剤例で使用割合が高いことは一致していた.ROCK阻害薬はおもに多剤併用症例で使用されることが判明した.また,今回調査のC3,4,5剤例ではCPG関連薬/Cb遮断薬配合剤およびCb遮断薬/炭酸脱水酵素阻害薬配合剤との併用が多く,ROCK阻害薬の併用薬は配合剤使用例が多いという報告10)と同様であった.追加群における投与前薬剤のうち配合剤はC3剤C47.3%,4剤C79.1%,5剤C54.2%であった10).今回調査でもC3,4,5剤例では配合剤の使用がC3剤例C34.5%,4剤例C58.8%,5剤例C86.6%と多く同様であった.今回の研究の問題点として,前回調査9)と症例が同一でないことがあげられる.症例を同一とすることはできなかったのでなるべく多数例を収集し,解析した.またCROCK阻害薬が何剤目として投与されたかは判断できなかった.たとえばC2剤例においてもCPG関連薬にCROCK阻害薬が追加投与されたのか,ROCK阻害薬にCPG関連薬が追加投与されたかは不明である.本調査の結果をまとめると,ROCK阻害薬はとくにC3剤以上の使用例において配合剤とともに用いられる頻度が高く,多剤併用になるほど使用されていた.本論文は第C32回日本緑内障学会で発表した.謝辞:本調査にご参加いただき,ご多忙にもかかわらず診療録の調査,記載,集計作業にご協力いただいた各施設の諸先生方に深く感謝いたします.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第C4版).日眼会誌C122:5-53,C20182)TheAGISInvestigators:TheAdvancedGlaucomaInter-ventionStudy(AGIS)7:TheCrelationshipCbetweenCcon-trolCofCintraocularCpressureCandCvisualC.eldCdeterioration.CAmJOphthalmolC130:429-440,C20003)LichterPR,MuschDC,GillespieBWetal:fortheCIGTSStudyGroup:InternCclinicalCoutcomesCinCtheCCollabora-tiveCInitialCGlaucomaCTreatmentCStudyCcomparingCinitialCtreatmentrandomizedtomedicationsorsurgery.Ophthal-mologyC108:1943-1953,C20014)CollaborativeCNormal-TensionCGlaucomaStudyCGroup:CComparisonCofCglaucomatousCprogressionCbetweenCuntreatedCpatientsCwithCnormal-tensionCglaucomaCandCpatientsCwithCtherapeuticallyCreducedCintraocularCpres-sure.AmJOphthalmolC126:487-497,C19985)HeijiA,LeskeMC,BengtssonBetal:Reductionofintra-ocularCpressureCandCglaucomaprogression:resultsCfromCtheCEarlyCManifestCGlaucomaCTrial.CArchCOphthalmolC120:1268-1279,C20026)中井義幸,井上賢治,森山涼ほか:多施設による緑内障患者の実態調査─薬物治療─.あたらしい眼科C25:1581-1585,C20087)井上賢治,塩川美菜子,増本美枝子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2009年版─薬物治療─.あたらしい眼科C28:874-878,C20118)塩川美菜子,井上賢治,富田剛司:多施設における緑内障実態調査C2012年版─薬物治療─.あたらしい眼科C30:C851-856,C20139)永井瑞希,比嘉利沙子,塩川美菜子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2016年度版─薬物治療─.あたらしい眼科C34:1035-1041,C201710)井上賢治,瀬戸川章,石田恭子ほか:リパスジル点眼薬の処方パターンと患者背景および眼圧下降効果.あたらしい眼科C33:1774-1778,C201611)塚原瞬,榎本暢子,石田恭子ほか:リパスジル点眼液による眼圧下降効果の検討.臨眼C71:611-616,C201712)石田順子,家木良彰,山下力ほか:川崎医科大学附属病院におけるリパスジル点眼液の使用経験と効果.臨眼C72:C1443-1449,C201813)上原千晶,新垣淑邦,力石洋平ほか:リパスジル点眼追加治療C12カ月の成績.あたらしい眼科C35:967-970,C201814)柴田真帆,豊川紀子,黒田真一郎:緑内障患者に対するリパスジル塩酸塩水和物点眼液追加投与の眼圧下降効果と安全性の検討.あたらしい眼科C35:684-688,C201815)黒田敦美,井上賢治,井上順治ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2020年版─薬物治療─.臨眼C75:377-385,C2021C***

基礎研究コラム:自然免疫記憶

2022年7月31日 日曜日

自然免疫記憶自然免疫記憶(innateimmunememory)とは「免疫ができる」という言葉は,一度かかった感染症には二度とかからない,という二度なし現象をさしていますが,これをうまく利用したのがワクチンで,1796年にジェンナーはワクチンを初めて用い,天然痘の予防に成功しました.200年以上たった今でも,感染症の流行を抑えるためにはワクチンの存在が不可欠です.免疫システムには自然免疫と獲得免疫があり,感染が起こるとまずは単球,マクロファージなどの自然免疫細胞が非特異的に働き,その後CT細胞やCB細胞などの獲得免疫細胞が特異性をもって異物や感染細胞を排除します.従来,二度なし現象を担っているのは特異性をもつ獲得免疫系であり,免疫記憶は獲得免疫系にのみ存在し自然免疫系には存在しないとされていました.しかし近年,再感染に対して獲得免疫系に依存せず,自然免疫系の応答変化をもたらす自然免疫記憶(innateimmunememory)の存在が明らかにされつつあります.自然免疫記憶は,初回刺激時のヒストン修飾を中心としたクロマチン構造の再構成が本体であり,それによって再刺激を受けた際の反応が大きく変化することによると考えられています(図1).免疫反応が増強するような変化はCtrainedimmunity,逆に減弱するような変化はCimmuneCtol-eranceとよばれています.CBCGワクチンによるtrainedimmunityBCG接種により自然免疫が訓練され,結核菌以外の感染症にも自然免疫反応が増強されると考えられています.これはCBCG接種によりヒト末梢血内の単球のクロマチン修飾が畑匡侑UniversityofMontreal起こることで,他の刺激を受けた際に炎症性サイトカインの発現亢進が起こることなどに起因し,たとえばCBCGワクチン接種後は,本来無関係な感染症である黄熱ウイルスに対しても耐性があることが示されています1).疫学研究でも,同様にCBCGワクチン接種が結核以外の呼吸器感染症など,非特異的な感染症による死亡率を低下させるのでは,という結果が報告されています2).現在,新型コロナウイルス感染症がパンデミックとなり大きな問題となっていますが,パンデミック初期には地域による感染率・死亡率の差が大きいと報告されていました.とくに,日本を含むCBCG接種国・地域では,COVID-19発症数や死亡数が少なく,BCG接種がその原因の一つである可能性が指摘されています.今後の展望自然免疫システムは感染症のみならず,神経疾患や代謝疾患などさまざまな疾患に関与していることが知られています.BCGなどの微生物由来成分により訓練された自然免疫細胞は,これらの疾患を修飾している可能性が考えられ,今後の病態解明の一助になると思われます.文献1)ArtsRJW,MoorlagSJCFM,NovakovicBetal:BCGvac-cinationCprotectsCagainstCexperimentalCviralCinfectionCinChumansCthroughCtheCinductionCofCcytokinesCassociatedCwithtrainedimmunity.CellHostMicrobeC23:89-100,Ce5,C20182)NemesE,GeldenhuysH,RozotVetal;C-040-404StudyTeam:PreventionofM.tuberculosisinfectionwithH4:CIC31CvaccineCorCBCGCrevaccination.CNEnglCJCMedC379:C138-149,C2018C図1初回刺激および2回目刺激に対する免疫応答の変化自然免疫細胞は,初回刺激によりクロマチン構造の再構成が起こることで,2回目刺激の免疫応答が増強(trainedimmunity)もしくは減弱する(immunetolerance).(93)あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022C9470910-1810/22/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:シリコーンオイルの上脈 絡膜腔迷入(上級編)

2022年7月31日 日曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載230230シリコーンオイルの上脈絡膜腔迷入(上級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにシリコーンオイル(siliconeoil:SiO)の合併症の一つに網膜下迷入があるが,SiOが網膜下ではなく上脈絡膜腔に迷入したとする報告は少ない1,2).筆者らは過去に複数回の硝子体手術を余儀なくされた症例でSiOが上脈絡膜腔に迷入した2例を経験したことがある3).●症例症例1:45歳,女性.家族性滲出性硝子体網膜症(familialexudativevitreoretionapathy:FEVR)に伴う牽引性網膜.離(tractionalretinaldetachment:TRD)例で,網膜の短縮化が著明なため網膜切開とSiOタンポナーデを余儀なくされた.術後,網膜欠損内の脈絡膜菲薄部位に脈絡膜裂孔が生じ,上脈絡膜腔にSiOが迷入した.網膜と脈絡膜は眼内光凝固により強固に癒着していた.再手術で脈絡膜欠損部位を拡大して上脈絡膜腔のSiOを抜去したが(図1a),硝子体腔にSiOが残存した(図1b).症例2:29歳,男性.増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に起因するTRDで,複数回の硝子体手術後に網膜の短縮化が著明となり,鼻側にTRDが再発した.前回手術時の医原性裂孔部位に脈絡膜欠損が生じ,強膜が透見された(図2a).網膜と脈絡膜は眼内光凝固により強固に癒着しており,SiOは脈絡膜欠損部位から上脈絡膜腔に迷入していた.上脈絡膜腔のSiOを抜去するため,広範囲の網脈絡膜の切除を余儀なくされ,再度SiOを注入して後極と上方網膜の復位を得た(図2b).●上脈絡膜腔SiO迷入の機序上脈絡膜腔にSiOが迷入したとする報告は,眼球破裂により脈絡膜が部分的に欠損した例,上脈絡膜腔出血併発例,上脈絡膜腔へのSiO誤注入例など,いずれもなんらかの原因で強膜と脈絡膜の間にスペースを生じたことが誘因となっている.今回筆者らが経験した2例はFEVRおよびPDRの再手術例で,いずれも網膜の短縮(91)0910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1症例1a:術中所見.脈絡膜欠損部位()から上脈絡膜腔のSiO(.)を抜去した.b:術後眼底写真.上耳側の強膜が露出しており,エッジの網膜が脈絡膜と一体化し,強膜との間にスペースが生じていた().硝子体腔にはSiOが残存した(.).(文献3より引用)図2症例2a:術前眼底写真.鼻側の医原性裂孔部位に脈絡膜欠損が生じ,SiOが上脈絡膜腔に迷入していた.b:術後眼底写真.上脈絡膜腔のSiOを抜去するため広範囲の網脈絡膜の切除を余儀なくされ,再度SiOを注入して後極と上方網膜の復位を得た.化が著明であった.以前に施行された眼内光凝固により網脈絡膜の接着は保持されていたが,網膜欠損部位に脈絡膜裂孔が生じて上脈絡膜腔にSiOが迷入したものと考えられる.脈絡膜と強膜の癒着は緩いため,いったん上脈絡膜にSiOが迷入しだすと,大量の上脈絡膜腔SiOとなり,その抜去のためには広範囲の脈絡膜切除を余儀なくされる.症例によっては経強膜的にSiOを抜去したり2),そのまま経過観察するほうがよい場合もあり,臨機応変に対応すべきである.文献1)ZhangZD,ShenLJ,ZhengBetal:Surgicalmanagementofsiliconeoilmigratedintosuprachoroidalspaceaftervit-rectomy.IntJOphthalmol4:458-460,20112)ShanmugamMP,RamanjuluR,KumarRMetal:Transs-cleraldrainageofsubretinal/suprachoroidalsiliconeoil.OphthalmicSurgLasersImaging43:69-71,20123)児玉昂己,大須賀翔,水野博史ほか:家族性滲出性硝子体網膜症の硝子体術後,シリコーンオイルが上脈絡膜腔に迷入した一例.眼臨紀14:659-663,2021あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022945

考える手術:角膜移植術のこだわり(DMEK,DALK)

2022年7月31日 日曜日

考える手術⑦監修松井良諭・奥村直毅角膜移植術のこだわり(DMEK,DALK)親川格ハートライフ病院眼科林孝彦日本大学医学部視覚科学系眼科学分野角膜移植の対象疾患に対する標準的な治療法は全層角膜移植(PKP)であったが,拒絶反応や続発緑内障,縫合糸関連合併症(感染症,惹起不正乱視),外傷性創離開,移植片機能不全,また思ったほど矯正視力が得られないといった多くの術後合併症のリスクがあった.そこで合併症を低減するために,現在ではパーツ移植の概念が浸透し,角膜内皮機能不全に対してはDescemet膜.離角膜内皮移植(DSAEK)やDescemet膜角膜内皮移植(DMEK),角膜実質混濁や角膜屈折異常に対しては層状角膜移植(LKP)や深部層状角膜移植(DALK)が,DMEKでは,日本人は欧米人と比較して前房スペースが狭く,硝子体圧が高いことが多い.また,進行した角膜浮腫や濃い虹彩色調が移植片の視認性を下げてしまうことから,移植片に対する術中操作がむずかしくなりやすい.これらの問題点を克服する工夫について述べる.無硝子体眼に対しては移植片を眼内で広げる操作が長時間となり,移植片ダメージが生じやすい.この解決法として独自に考案し良好な結果を得ている方法を紹介する.DALKでは,空気を用いたbigbubble法による角膜実質層とDescemet膜層の分離を高い確率で再現性をもって可能にするためのポイントを手順を追って説明する.DALKでは慎重かつ大胆に角膜実質の分離を行うことが重要だが,同時に,bigbubbleによる実質分離を行ったあとは,前房圧をしっかり下げてDescemet膜に亀裂を生じさせないための細心の注意も必要である.聞き手:Descemet膜角膜内皮移植(Descemetmem-房へ挿入された移植片が硝子体圧の影響で眼外へ押し出braneendothelialkeratoplasty:DMEK)を行う際に,されやすい傾向にあります.脱出すると角膜内皮細胞に当初学んだ欧米の術式に多くの工夫を加えているとのこ大きなダメージが生じるため,必ず回避すべき合併症でとですが,具体的にはどのようにしているのですか?す.対処法として,眼粘弾性物質(オペガン)を使用し親川:とくに移植片の挿入時,展開時に工夫を加えていた挿入法を行っています.具体的には,移植片挿入器具ます.日本人眼では高い硝子体圧を伴うことが多く,前として代用している眼内レンズ挿入器具に,眼灌流液浸(89)あたらしい眼科Vol.39,No.7,20229430910-1810/22/\100/頁/JCOPY考える手術水下で眼内レンズ挿入部に移植片を装填し,後方部に粘弾性物質を少量加え,プランジャーを押すことで粘弾性物質を介して移植片を射出し,前房内へ挿入します.この方法により移植片が脱出する合併症はなくなりました.また,日本は進行した角膜内皮機能不全眼が移植対象となることが多く,角膜視認性が悪い状態であり,さらに濃い虹彩色素が移植片のコントラストを低下させるため,展開時に移植片の表裏を特定することが重要となります.表裏を特定できずに長時間操作による内皮損傷が生じることや,表裏が逆となって移植片機能不全となる合併症も経験しました.対策として,1.5mmおよび1.0mmの大小の半円形状をした非対称性マーキングを移植片辺縁に2対置く方法を考案しました.これにより術中に表裏を確実に認識できるため,上記のような合併症は皆無となりました.林:DMEKでは少しでも雑な操作をすると命取りとなります.繊細な移植片操作が最低限必要であり,起こりうる合併症を予想し,対処できる力を備えることも必要です.挿入する際に,欧米の多くの術者はガラス製の移植片挿入器具を使用しますが,浅い前房スペースと高い硝子体圧をもつ日本人眼においては,工夫が必要不可欠です.粘弾性物質を使ったプラスチック製挿入器具を用いる工夫のほか,麻酔法として全身麻酔や球後麻酔および瞬目麻酔を用いることや,挿入時に開瞼器を緩めることで硝子体圧を極力下げておくことも工夫の一つです.聞き手:欧米でも無硝子体眼へのDMEKは展開操作がむずかしく,チャレンジング症例とされていますが,どのような工夫をしていますか?林:無硝子体眼に対して一般的な方法でDMEKを行うと,有硝子体眼と比較して展開時間が有意に長いことを指摘した論文を以前発表しました.無硝子体眼では前房水を抜いても硝子体腔が虚脱するのみで前房を浅くすることができず,前房スペースが広いままのため,移植片を広げることができないことが大きな原因となります.解決法として,doublebubbletechniqueを考案しました.これは移植片の展開時に,移植片直上にまずsmallbubbleを入れてある程度移植片を広げ,その状態で移植片の下方からbubbleを少しずつ加えて移植片の周辺部から徐々に角膜後面へ接着させていき,さらにbubbleを下方から追加注入していくことで最終的に完全な角膜後面への展開固定を獲得する方法です.この方法は短時間で再現性高く行うことができるため,これまでDMEKを回避する傾向にあった無硝子体眼でも,ストレスなく執刀することが可能となりました.親川:Doublebubbletechniqueのコツとして,制御糸944あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022をうまく使うことも必要です.私は5時の強膜部に7-0シルク糸を使用しています.移植片の上部にsmallbubbleを入れたあと,移植片の下方にbubbleを追加注入していくタイミングで,制御糸でやや上転させながらbubbleを追加注入します.そうすることで移植片が大きく偏位して固定されることを防ぎ,可能なかぎり中心部付近で固定することができます.聞き手:深部層状角膜移植(deepanteriorlamellarker-atoplasty:DALK)を行ううえでこだわっていること,工夫されていることはどのような点ですか?林:DALKは角膜深層の実質組織とDescemet膜組織の層で分離して移植を行っていくため,その手技に特徴があります.おもに行っている方法は,空気を用いて分離するbigbubble法です.角膜中心部において角膜トレパンを用いて予定切開円を角膜実質内中層まで作製後,上方角膜輪部からスリットナイフで実質組織に刺入し,角膜深層の実質組織内までナイフを進めます.次に作製した切開創から角膜中心部方向に平行に鈍針や30ゲージ鋭針を進めていき,実質深層のDescemet膜直上あたりで空気を注入し,角膜実質の分離操作を行います.以前はサイドポートを開けて,角膜中央の実質組織をある程度除去したあとに,この操作を行っていましたが,現在はサイドポート作製や実質組織除去を先に行わずにこの操作をすることで,よい成績を得られています.注入した空気による圧を逃がすことなく,組織を分離する力の方向へ確実に加える点が大きなポイントと考えています.その後の角膜実質組織の除去操作では,サイドポートを開けて前房圧を常に下げて処理を行っていく点がDescemet膜亀裂を生じさせないためのポイントとなります.このbigbubble法で実質組織の分離を確実に行い,7割程度でDALKを完遂できています.ただし,bigbubble法が成功せずに実質組織が残存した場合には,layer-by-layer法により実質組織を少しずつ分離してDescemet膜組織を露出することになります.その際,私が使用しているのは前田式DLKスパーテルと林式DALKフッカーであり,Descemet膜に亀裂を生じることなく実質組織を確実に分離していきます.また,軽度のDescemet膜亀裂であればリカバリーすることでなんとかDALKを完遂できることも多いです.DALKを完遂できれば10.20年以上の術後長期間の角膜透明治癒が期待できるます.しかし,大きな亀裂となった場合は全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PKP)へコンバートすることもあります.そのときには気持ちを切り替え,きれいな縫合を意識して惹起乱視の少ないPKPに全力を注ぐようにしています.(90)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性の予後予測因子

2022年7月31日 日曜日

●連載121監修=安川力髙橋寛二101加齢黄斑変性の予後予測因子辻中大生奈良県立医科大学眼科学教室加齢黄斑変性(AMD)に伴う脈絡膜新生血管(CNV)に対して抗CVEGF薬硝子体内注射が治療の第一選択としてあげられる.この治療により,視力の改善や維持が可能になってきたが,一方で治療抵抗性の患者も存在する.本稿ではCAMDの治療,とくに抗CVEGF療法施行の際の予後予測因子として現在知られているものについて概説したうえで,今後の方向性について述べる.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)において抗CVEGF療法は第一選択となり,多くの患者に適応が広がっている.現在,わが国ではAMDに対してラニビズマブ,アフリベルセプト,そしてC2020年にはブロルシズマブが製造販売承認を受け,治療に用いられるようになった.これらによる抗VEGF療法が奏効し,視力の改善や維持ができる患者が増えているが,一方で治療に対して抵抗性を示すケースも多く存在する.わが国で頻用されているアフリベルセプトでも,注射後に最高矯正視力(bestCcorrectedCvisualacuity:BCVA)が低下した症例が初回治療群で8.1%1)認められ,これら予後不良症例を治療前から見きわめる,いわゆる予後予測因子についての研究は喫緊の課題であるといえる.本稿ではCAMDの予後予測因子について,その性質によって分類し概説したうえで,今後の方向性について考える.病型による予後予測AMDの病型からみると,典型CAMDとポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalCchoroidalvasculopathy:PCV)ではCPCVのほうが抗CVEGF療法に対して抵抗性であると報告されている2).また,近年提唱されているCpachy-choroidneovasculopathy(PNV)はCpachychoroidを伴わないCAMDと比較し,抗CVEGF療法の効果はほぼ同等といわれているが,現状ではコンセンサスに乏しい.初診時の患者特性による予後予測MARINAやCANCHOR試験(ラニビズマブの大規模臨床試験)のサブ解析から,初診時の年齢が若い群3),症状の発症から眼科受診までの期間が短い群4)で視力予後がよいと指摘されている.視力に関しては,ベースライン時のCBCVAが悪い群のほうが,注射後の視力改善(87)表1OCT所見における抗VEGF療法の予後不良因子が大きいとされている3).COCT所見による予後予測AMDに対して,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)所見を用いた予後予測の試みはこれまで多くの報告がある分野である.現在,OCTの所見で視力予後不良と報告されているものを示す(表1).ベースライン時のCCNVサイズが大きい病変,ellipsoidzone(EZ),外境界膜(externalClimitingmembrane:ELM)が途絶している症例,網膜内滲出液貯留(intra-retinal.uid:IRF)がある症例は視力予後が不良とされる5).漿液性網膜.離に関しては,HARBOR試験(ラニビズマブの大規模臨床試験)のサブ解析から,存在するとむしろ地図状萎縮の発症リスクが低下するといわれており,一概に予後不良因子とはよべないと考えられる6).また,脈絡膜厚(choroidalthickness:CT)も予後を考えるうえで重要な因子である.初診時のCCTが薄い症例,また注射前後でCCTの減少率が少ない例で視力予後が悪いと報告されている.さらにC1型CCNVの存在を示すいわゆるCdoubleClayersign(図1)を有する症例は,抗VEGF療法に対して反応性が乏しいとされる7).遺伝的な予後予測抗CVEGF療法に対する感受性に関して,遺伝的要因が推測されている.一塩基多型(singlenucleotidepoly-あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022C9410910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1ラニビズマブ硝子体内注射が著効したが,視力は低下した1例初診時,doublelayersign(.)や網膜内浸出液貯留(*)を認めた.また,ellipsoidzoneは中心窩周囲で消失していた.注射後,新生血管は消退傾向で,浸出液も軽減しているが,視力は低下した.morphism:SNP)についての報告が多く,HtrACserineCpeptidase1(HTRA1)遺伝子におけるCrs11200638変異,age-relatedmaculopathysusceptibility2(ARMS2)遺伝子におけるCrs10490924変異,complementCfactorH(CFH)遺伝子におけるCrs1061170,olfactoryCrecep-torfamily52subfamilyBmember4(OR52B4)遺伝子におけるCrs323085は,抗CVEGF療法の反応良好例として,またCCFH遺伝子におけるCrs800292,rs1410996ならびにCrs1329428変異,OR52B4遺伝子Crs4910623,rs10158937遺伝子は抗CVEGF療法の反応不良例として報告されている8).人工知能による予後予測近年,機械学習を応用した人工知能(arti.cialintelli-gence:AI)によるCAMDの予後予測が盛んに行われている.Rohmらの報告では,視力や年齢,性別などを含むC41項目の患者データと,中心窩網膜厚を含むCOCTからのC124項目をCLassoプロトコールとよばれる機械学習に入力し,3回の抗CVEGF薬注射後の視力予測解析を行ったところ,抗CVEGF療法後の予測視力と実際の視力の差は,治療開始後C3カ月ではCETDRS視力で5.5文字,12カ月後ではC8文字と,機械学習による視力予後予測が可能になりつつあると述べられている9).おわりに上記のように,さまざまな観点から予後予測が試みられ,それぞれ一定の成果を上げているが,単独因子によC942あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022図2これからのAMD予後予測る予後予測には限界があり,精度の高い予後予測に関しては今後の発展が急務である.今後は,上記のような因子を複合的に勘案し,予後予測につなげるシステム(図2)の開発が進んでいくことと考えられる.その際,AIの果たす役割は大きく,AIを介したCAMD治療のテーラーメイド医療が進んでいくものと考えられる.今後,症例の蓄積ならびにアルゴリズムの改良に伴い,治療前に予後が予測できる,さらには患者に合わせた治療プロトコールをCAIで作成する時代が来るかもしれない.文献1)NagaiCN,CSuzukiCM,CUchidaCACetal:Non-responsivenessCtoCintravitrealCa.iberceptCtreatmentCinCneovascularCage-relatedCmaculardegeneration:implicationsCofCserousCpig-mentepithelialdetachment.SciRepC6:29619,C20162)KokameGT,deCarloTE,KanekoKNetal:Anti-vascularendothelialgrowthfactorresistanceinexudativemaculardegenerationCandCpolypoidalCchoroidalCvasculopathy.COph-thalmolRetinaC3:744-752,C20193)BoyerDS,AntoszykAN,AwhCCetal:Subgroupanaly-sisCofCtheCMARINACstudyCofCranibizumabCinCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.COphthalmologyC114:C246-252,C20074)YingGS,HuangJ,MaguireMGetal:Baselinepredictorsforone-yearvisualoutcomeswithranibizumaborbevaci-zumabCforCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.COphthalmologyC120:122-129,C20135)ZhangCX,CLaiTYY:BaselineCpredictorsCofCvisualCacuityCoutcomeinpatientswithwetage-relatedmaculardegen-eration.BiomedResIntC2018:9640131,C20186)HoAC,BusbeeBG,RegilloCDetal:Twenty-four-monthe.cacyCandCsafetyCofC0.5CmgCorC2.0CmgCranibizumabCinCpatientsCwithCsubfovealCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologyC121:2181-2192,C20147)CiullaTA,CuillaTA,YingGSetal:In.uenceofthevit-reomacularCinterfaceConCtreatmentCoutcomesCinCtheCcom-parisonCofCage-relatedCmacularCdegenerationCtreatmentsCtrials.OphthalmologyC122:1203-1211,C20158)WangCZ,CZouCM,CChenCACetal:GeneticCassociationsCofCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactorCtherapyCresponseinage-relatedmaculardegeneration:asystematicreviewandmeta-analysis.ActaOphthalmolC2021.onlineaheadofprint9)RohmM,TrespV,MullerMetal:Predictingvisualacu-itybyusingmachinelearninginpatientstreatedforneo-vascularage-relatedmaculardegeneration.OphthalmologyC125:1028-1036,C2018(88)

緑内障:緑内障眼で考慮すべき眼内レンズの特性

2022年7月31日 日曜日

●連載265監修=福地健郎中野匡265.緑内障眼で考慮すべき眼内レンズの特性前田直之湖崎眼科緑内障眼では,緑内障性視神経症に加え,長眼軸長,短眼軸長,瞳孔異常,Zinn小帯脆弱,薬剤毒性角膜症,緑内障手術など,白内障術後の視機能に影響する多様な病態が存在する.そのため,術後屈折誤差や眼内レンズの偏位・偏心などに対し許容度が広い眼内レンズを選択することが術後視機能に関する問題軽減に有効と考えられる.●はじめに緑内障眼の白内障手術は,白内障以外に異常がない眼に比較してむずかしいことがあるが,白内障手術の進歩とともに,緑内障眼においても以前より安全に白内障手術が施行できるようになっている.一方,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)も長足の進歩を遂げ,プレミアムCIOLとよばれる光学的付加価値を有する多様なIOLが利用可能であるが,緑内障眼の白内障手術では,症例によって適応とならないCIOLがある.そこで,緑内障眼で考慮すべきCIOLの特性に関して考えてみる.C●IOL選択のためのスクリーニング現在CIOLは,光学的に球面,非球面,トーリック,多焦点,焦点深度拡張型(extendedCdepthCoffocus:EDOF),あるいはこれらの組み合わせに分類することができ,図1のようにCIOLの種類によりその特徴が異なる.そこで,眼の状態,術前の屈折異常,ライフスタイル,術後の眼鏡装用の可否などに応じて,術者がアドバイスして,患者がCIOLの種類やねらい度数を決定す非球面球面トーリックEDOF多焦点結像特性明視域IOLの偏位・偏心,術後屈折誤差に対する許容度コスト図1各種眼内レンズ(IOL)の特徴IOLの光学的デザインが異なると,結像特性,明視域,IOLの偏位・偏心や術後屈折誤差に対する許容度,コストなどが異なる.るのが基本である.その際,IOLの種類により眼に要求される必要条件が異なる.眼の特性に合わないCIOLが挿入されると,手術自体はきれいに施行されていても視機能に関して問題が生じうる.そこで,スクリーニングとして角膜形状解析を施行し,図2のように角膜高次収差,角膜形状異常,角膜球面収差,角膜正乱視をC4ステップでチェックすることで,その角膜の光学特性にどのようなCIOLがよいか判断できる1).角膜高次収差(角膜不正乱視)が大きい場合には,多焦点CIOLやトーリックCIOLは適さない.また当然角膜高次収差で矯正視力が低下するので,視力低下の原因が本当に白内障によるものか見きわめる必要がある.角膜高次収差の増加は,円錐角膜だけでなく,角膜上皮障害や軽度の角膜瘢痕でも生じる.次に,LASIK後のような角膜形状異常がないかを確認する.精度の高いCBarC-rettCUniversalIIやCSRK/T式を用いても近視CLASIK眼では術後遠視化してしまうため,BarrettCTrueK式のような近視CLASIK専用の式を用いる必要がある.非球面CIOLは角膜球面収差を補正するために用いられるので,その眼の角膜球面収差が負の場合に非球面CIOLを挿入すると,かえって眼球の球面収差が増加するので注意が必要である.最後にトーリックCIOLの適応につ(85)あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022C9390910-1810/22/\100/頁/JCOPY表1緑内障眼で光学的に注意すべき要因角膜高次収差原疾患,緑内障手術,薬剤毒性角膜症角膜正乱視緑内障手術,PAP術後屈折誤差眼軸長,前房深度,角膜屈折力,薬剤毒性角膜症IOL安定位置Zinn小帯脆弱・断裂,前.収縮瞳孔小瞳孔,瞳孔偏位,不可逆性散瞳網膜機能緑内障性視神経症緑内障眼では,白内障以外に異常がない眼と比較して視機能を損なう可能性がある要因が多く,事前の説明と対策が必要である.いて角膜正乱視を調べる.多焦点CIOLの希望があったので長時間説明しても,角膜高次収差の増加などがあとから見つかると,患者とクリニックの双方にとって時間の無駄になってしまう.よって光学的に適応となるCIOLを確認してから本人と相談をするのが合理的である.C●緑内障眼で光学的に注意すべき要因緑内障眼において光学的にとくに注意すべき要因を表1に示す.角膜高次収差が高ければ多焦点CIOLは避けるべきであるが,緑内障眼では,続発性緑内障の原疾患,緑内障手術,あるは緑内障点眼薬による薬剤毒性角膜症などで角膜高次収差が増加していることがしばしばある.角膜正乱視についても,緑内障手術の同時手術やprostaglandin-associatedperiorbitopathy(PAP),角膜上皮障害の悪化や改善で乱視度数や軸が変化する可能性があるので,トーリックCIOLの適応についてよく考える必要がある.術後屈折誤差に関しては,緑内障眼では白内障のみの眼と比較して術後屈折誤差が生じやすい要因が多々あると考えられる.たとえばCSRK/T式では,短眼軸,長眼軸,低い角膜屈折力,深い前房深度が遠視側にずれやすく,逆に高い角膜屈折力や浅前房では近視ずれにつながる2).緑内障眼では,眼軸長,角膜屈折力,前房深度が基準範囲外であることもしばしばであり,自分が使用するCIOL度数計算式の特徴を知り,これらの影響が少ないCIOL度数計算式を選択することが大切である.また,角膜上皮障害があると角膜屈折力の測定誤差が大きくなり,術後屈折誤差につながる.緑内障眼では閉塞隅角症などのため,白内障が軽度でも緑内障の治療のため白内障手術が早期に行われる可能性があり,そのような場合に術後屈折誤差が大きくなると術後患者の不満の原因になりうる.また,術後の屈折誤差に対して許容度が低い多焦点CIOLについては慎重C940あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022なほうがよい.IOLの術後の安定位置に関しては,Zinn小帯断裂や脆弱,高度の前.収縮が関係する.これらが原因でCIOL深度がCIOL度数計算式が予想するCe.ectiveClensCposi-tion(ELP)と異なってしまうと術後屈折誤差が大きくなる.さらに,IOLの偏心・傾斜はコマ収差を増加させ,IOLの回転はトーリックCIOLの乱視矯正効果を減じて,術後の視機能が低下する.そのため,IOL安定性に関するハイリスク症例では,ヒンジ機能があるハプティクスのように偏心・回転しにくいデザインのもの,術後のCIOL深度が安定して傾斜しにくいもの,大きな直径のCIOLが好ましいし,球面収差が少ないものや偏心や傾斜により光学的特性が損なわれにくい光学デザインが有利である.また,水晶体.の安定性を高めるために必要に応じて水晶体.拡張リングが適応となる.さらに,多焦点CIOLを挿入すると静的視野検査でMD値が低下することが知られており3),緑内障性視神経症がなくても多焦点CIOLは慎重に考慮すべきである.とくに緑内障眼でしばしば認められる小瞳孔,瞳孔偏位,不可逆性散瞳では,多焦点CIOLは避けるべきだと考える.C●おわりに緑内障眼の白内障手術では手術がむずかしくなる要因があり,術者のスキルが要求される.そのようなハイリスクを克服してきれいに手術が施行されたにもかかわらず,IOLのミスマッチによって術後に患者が不満を訴えると,術者と患者の両者にとって不幸である.よって,個々の患者における視機能低下をもたらす病態を把握し,緑内障眼での白内障手術の限界をよく説明したうえで,角膜高次収差,角膜正乱視,術後屈折誤差,IOLの偏心・傾斜などに許容度の高い光学的特性を有し,かつ水晶体.での安定性が良好なデザインのCIOLを選択することが,術後の満足度や視機能を向上させ,あるいはその後に緑内障が進行した際にも視機能を維持するうえで大切である.文献1)GotoS,MaedaN:CornealtopographyforintraocularlensselectionCinCrefractiveCcataractCsurgery.COphthalmologyC128:e142-e152,C20212)MellesRB,HolladayJT,ChangWJ:AccuracyofintraocuC-larClensCcalculationCformulas.COphthalmologyC125:169-178,C20183)AychouaN,JunoyMontolioFG,JansoniusNM:In.uenceofCmultifocalCintraocularClensesConCstandardCautomatedCperimetryCtestCresults.CJAMACOphthalmolC131:481-485,C2013(86)

屈折矯正手術:レーシックの価値

2022年7月31日 日曜日

●連載266監修=稗田牧神谷和孝266.レーシックの価値岡義隆川勝歩先進会眼科レーシックは高い安全性や有効性が証明された超高精度手術である.だが,過去のさまざまな不祥事や運用面での特殊性に由来する不信感から,国内の眼科医の評価は総じて低い.しかし,もっとも注意すべきは,レーシックという手技を失うことで生じるであろう,眼科全体に与える将来的な影響である.●はじめに:レーシックは絶滅危惧種!?レーシックとはフェムト秒レーザーを用いて角膜フラップを作製し,エキシマレーザーで角膜実質をC1Cμm単位で削ることのできる高精度の手術テクノロジーである.すでに世界でC4,500万例以上行われており,長期予後においても安全性と有用性が非常に高い手術の一つである.このテクノロジーを用いることのできるわれわれ眼科医は誇りに思うべきであろう.しかし実際には,多くの眼科医の評価はその技術の素晴らしさからは程遠いものになっており,まさに日本国内のレーシックは「絶滅危惧」状態である.過去にあった非眼科専門医や美容系眼科の跋扈,銀座眼科事件や患者集団訴訟,そして消費者庁の注意喚起など,あれだけのでき事があれば眼科医が敬遠するのも当然である.このような四面楚歌のなか,本稿では「レーシックの価値」について,いくつかの視点から考察する.C●現状:症例数と患者満足度2020年,2021年にそれぞれ年間C4万例ほどのレーシックが国内で行われたと推計される注1.現在も患者の関心度は比較的高く,「レーシック」でのCGoogle検索数は月間C6万回程ある注2.また,満足度の調査では,平均で患者のC95.4%がレーシックの結果に満足しており,高い満足度を得ることができる手術であるとの結論が報告されている1).自験例でも,顧客ロイヤルティを測る指標「ネットプロモータースコア(NPS)」(BainC&Company社)によるレーシック手術後の推奨度はC9.1と術前の期待度を大きく超えている(図1).これらの結果は,レーシックがCQOLや幸福や健康などを向上させるための医学的手段として,一般的にはすでに確立しているものであるということを示している.●米国との比較:レーシックにかかわる医師数の違い日米の人口C100万人あたりの眼科医数は米国C65.8人,日本C115.9人であるが,同じく人口C100万人あたりのレーシック執刀可能な術者数は米国C12.2人,日本C4.3人であることから,日本ではレーシックに携わっている眼科医が圧倒的に少ないことがわかる注3.C●医学的な価値:高い安全性と有効性Kamiyaらは,術後C3カ月における安全性,有効性,合併症について評価し,術後の平均裸眼視力はC1.41,平均矯正視力はC1.51,目標度数に対しての屈折誤差が来院前の期待度手術後の推奨度n=569図1当院におけるレーシック手術前期待度と手術後推奨度のNPS2021年C5月~2022年C3月に先進会眼科(東京・大阪・福岡)においてレーシックを受けた患者を対象にCNPSアンケートを実施した.(83)あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022C9370910-1810/22/\100/頁/JCOPY±1.0D以内がC96%であり,術後感染症などの重篤な合併症をC1例も認めず,術後の度数調整はC0.23%に行われた.このような結果から,レーシックは安全性や有効性が高く予測性に優れた術式であり,良好な結果を得ることができたと報告した2,3).上記に加えて,医学的な価値として,①C0.01D単位での度数調整が可能,②白内障手術後などのわずかな屈折誤差も高精度で治療可能,③高い精確性と再現性,などがあげられる.C●患者からみた価値:レーシックとICLを選ぶことができるおもな屈折矯正手術として,レーシック以外に後房型有水晶体眼内レンズ(implantableCcollamerlens:ICL)という選択肢がある.それぞれ利点欠点があり,どちらがその患者に適しているかを総合的に判断し選択することで高い患者満足度を得ることができる.実際の適応については矯正量で区分けするとわかりやすい.-3Dまでの近視はレーシック,-6D~10DまではCICLがよいといった具合である4).そのほか職業による制限や,手術費用,術後管理の違いなども患者にとっては重要な選択肢となる.C●問題点:莫大なコストと不信感最大の問題は,莫大な導入・維持コストと前述の問題によるレーシック自体への不信感である.コスト面では,昨今の医療経済状況からかけ離れた導入費用や維持費用がかかることと,ビジネスモデル自体もあたかもバブル期を彷彿とさせるような旧態依然としたものであり,たとえレーシック導入の意思があったとしても,新規参入するのは事実上むずかしい.レーシックの実績や患者ベネフィットは十分にあるにもかかわらず,このような諸事情から,さらに眼科医が臨床や研究としてかかわる機会が減少し,負のスパイラルに陥っている現状からの脱却は困難であろう.C●おわりにグローバルな視点で考えれば,レーシックは眼科にとって必要な医療技術の一つである.レーシックを代表とするレーザー屈折矯正手術の衰退は,グローバル医療機器メーカーからすると日本の優先順位が下がることを意味し,最終的にこの影響は眼科全体,そして患者にも及ぶ可能性がある.これはテクノロジーやトレンドを発端にした議論ではなく,将来の眼科医療全体にかかわる可能性のある問題の一つであるとの認識を,改めて表明したい.屈折矯正手術を専門とする眼科専門医の集まりである「安心レーシックネットワーク」(https://safety-lasik.gr.jp)では,ガイドラインを遵守した屈折矯正手術の選択肢としてのレーシックの中立的な情報発信を行っている.屈折矯正手術の選択肢という視点からも,レーシックが失われることの眼科的・社会的な損失は大きく,一度失った場合は容易には取り返しがつかないであろう.重要な役割を担うべきレーシックであるが,今後レーシックを多くの眼科医に信頼されるエコシステムに育成し,持続的発展が可能な仕組みをグローバルスタンダードに沿って構築しないかぎり,レーシックという手技に再度光が当たることはないだろう.注1:日本白内障屈折矯正手術学会,安心レーシックネットワーク(https://safety-lasik.gr.jp),2020CRefractiveCSurgeryCMar-ketReport(MarketScope社)のデータを元に推計.注2:Googleキーワードプランナー(2022.3.1)より抽出.注3:2020RefractiveSurgeryMarketReport(MarketScope社)より算出.文献1)SolomonCKD,CFernandezCdeCCastroCLE,CSandovalCHPCetal:LASIKCworldCliteraturereview:qualityCofClifeCandCpatientsatisfaction.Ophthalmology116:691-701,C20092)KamiyaCK,CIgarashiCA,CHayashiCKCetal:ACmulticenterCprospectiveCcohortCstudyConCrefractiveCsurgeryCinC15,011Ceyes.AmJOphthalmologyC175:159-168,C20173)KamiyaCK,CIgarashiCA,CHayashiCKCetal:ACmulticenterCretrospectivesurveyofrefractivesurgeryin78,248eyes.JRefractSurgC33:598-602,C20174)日本眼科学会屈折矯正委員会:屈折矯正手術のガイドライン(第C7版).日眼会誌123:167-169,C2019938あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022(84)

眼内レンズ:脱臼した水晶体囊拡張リング-眼内 レンズ複合体の形状

2022年7月31日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋額田和之428.脱臼した水晶体.拡張リング-眼内福井赤十字病院眼科,額田眼科診療所レンズ複合体の形状小堀朗福井赤十字病院眼科水晶体.拡張リング-眼内レンズ(CTR-IOL)複合体の脱臼症例に遭遇する機会は少ないが,水晶体.拡張リングの使用が増えていることを考えると,今後,摘出する機会は増えてくると思われる.その際にCCTR-IOL複合体の大きさや処理の仕方などを把握しておくことは,安全な手術を行ううえで重要である.●はじめにZinn小帯断裂や脆弱CZinn小帯は白内障手術の難易度を上げるが,水晶体.拡張リング(capsularCtensionring:CTR)を用いることで白内障手術を完遂する確率を上げることができる1,2).しかし,CTRが挿入される眼では,もともとの脆弱性から術後に脱臼する可能性がある.CTRが厚生労働省より正式認可されて以降,その使用数は増え,今後CCTR-眼内レンズ(intraocularlens:IOL)複合体の脱臼例に遭遇する機会は増えるものと思われる.筆者らの施設(以下,当院)での手術症例から検討したので紹介する.C●頻度と患者背景当院ではC2005~2020年のC16年間にCIOL脱臼例は185眼あったが,そのうちCCTR-IOL複合体脱臼はC20眼あった.CTRの使用状況はC372例で,CTR摘出率は3.8%であった.患者背景は,平均年齢C69.35歳,男性16眼,女性C4眼で男性が多かった.脱臼までの期間は平均C45.42カ月(9~114カ月)であった.これらの成績は,既報と大きな差はないと思われた3).C●Zinn小帯に関連する因子初回白内障手術時にCCTRを挿入した原因は,Zinn小帯断裂がC10眼,脆弱CZinn小帯がC5眼,詳細不明がC5眼であった.Zinn小帯脆弱に影響する要因として,硝子体切除C7眼,バックル術後C1眼,水晶体落屑症候群C4眼,外傷C4眼,強度近視(眼軸C27Cmm以上)3眼であった(重複含む).C●CTR.IOL複合体の処理すべての症例において,IOLは.内固定された状態で脱臼もしくは亜脱臼していた.術中の処置は,角膜内皮への安全性を考慮すると,硝子体腔内での処理が適切であると思われる.以前は前房内処理も行っていたが,切(81)C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1CTRとIOLの硝子体腔での分離Soemmeringringが高度に石灰化したものはなく,硝子体カッターで処理できる.断して摘出するよりも,CTRとCIOLを分離させたほうが侵襲は少ない.分離する過程でCSoemmeringringの処理が必要であるが,硝子体カッターのみで容易に処理が可能である(図1).CTR挿入による前.,後.の密着が,水晶体上皮細胞(lensCepithelialcell:LEC)の分化増殖を抑制し,高度の石灰化を抑制しているのではないかと考えられる.分離したのち,CTRとCIOLをそれぞれ強角膜の創部から摘出した.C●手術画像からの検討術中CResight(Zeiss社)下で観察し,手術画像から取得できたCCTR-IOL複合体を図2に示す..混濁が著しい症例や前.切開縁の線維性混濁が著明な症例,混濁をほぼ認めない症例など,さまざまである.Pseudoexfoli-ationの症例は.混濁が著しい傾向にあり,3ピースIOLを使用しているものは前.切開縁の線維性混濁が著明になる傾向にあった.また,.混濁がほぼ起きていない症例は,光学部にCrimの構造があるCIOLを使用した症例に多い傾向にあった.CTR非挿入眼の報告では,光学部にCrimがあるCIOLを挿入することで,LECの増殖が抑制されるとしている.Zinn小帯に関連する因子あたらしい眼科Vol.39,No.7,2022C935図2CTR.IOL複合体の術中画像.はCCTRのアイレットの位置.Ca:落屑症候群症例で.全体の混濁が著しい.Cb,c:光学部にCrimがある症例で,.混濁ほぼ起きていない.d:前.切開縁の線維性混濁が著明である.図3形状の測定方法IOLの光学部を基準に測定する.赤線がCCTR-IOL複合体の長径と短径.大きさはこの平均とした.IOLを黄四角線で囲い,その対角線(黄点線)の交わったところをCIOLの中心とする.CTRの中心も同様(赤線).その四角形の対角線の中心の差を偏心量とした.は多いためはっきりとしたことはいえないが,CTRを使用したとしても,使用したCIOLの影響をある程度受ける傾向にあると思われる.最後に,この画像をもとに画像ソフトウエアCImageJを使用し,CTR-IOL複合体のサイズを測定した.測定方法を図3に示す.結果は,複合体の中心とCIOLの光学部の中心との偏心が平均C0.26C±0.19Cmm,CTR-IOL複合体径は平均C9.81C±0.54Cmm(8.875~10.78Cmm)であった.この偏心量から,.内でCIOLの中心固定が良好なまま,.ごと脱臼していることがわかる.また,CTRの張力を考えると,複合体径の大きさは白内障手術後の水晶体.の大きさに近い値ではないかと考えている(既報での水晶体の大きさは9~10.5mm)4).現在,IOL挿入眼後の水晶体.の大きさは,最新の前眼部COCTを用いても測定することは不可能であるため,参考になるデータであると考えている.C●おわりにCTRの使用数から,今後増加していく可能性がある.そのため,CTR-IOL複合体の形状などを把握しておくことが,安全に手術することにつながると思われる.文献1)GimbelCHV,CSunCR,CHestonJP:ManagemantCofCzonularCdialysisinphacoemulsi.cationandIOLimplantationusingtheCcapsularCtensionCring.COphthalmicCSurgCLasersC28:C273-281,C19972)徳田芳浩:水晶体・眼内レンズの亜脱臼・脱臼に対する手術療法水晶体亜脱臼の手術:(2)CapsularTensionRing(CTR)を用いた方法.IOL&RS23:479-484,C20093)山根貴司,三好輝光,吉田博則ほか:CTR挿入眼の術後長期予後.IOL&RSC29:230-237,C20154)八幡博人:白内障手術に必要な解剖.白内障(大鹿哲郎編),眼手術学5,p2-3,文光堂,2012

写真:角膜穿孔を生じた角膜フリクテンと 考えられた症例

2022年7月31日 日曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦458.角膜穿孔を生じた角膜フリクテンと神前礼奈子京都府立医科大学眼科学教室考えられた症例京都府立医科大学附属北部医療センター横井則彦京都府立医科大学眼科学教室図2図1のシェーマ①角膜が穿孔し,虹彩が嵌頓している.②浅前房③角膜への血管侵入図1前眼部所見救急受診時,左眼に角膜穿孔がみられ,前房は消失していた.左眼矯正視力(0.05).図3前眼部所見(フルオレセイン染色)図1と同日.フルオレセイン染色による観察で,角膜穿孔部から房水が流出し,Seideltestの陽性所見がみられた.図4クラリスロマイシン投与中止4カ月後の前眼部所見角膜穿孔部の閉鎖が得られ,前房は形成されている.左眼矯正視力(0.2).(79)あたらしい眼科Vol.39,No.7,20229330910-1810/22/\100/頁/JCOPY症例は57歳,女性.近医にて初診時より左眼瞼結膜の充血および点状表層角膜症を認め,マイボーム腺炎に伴う角膜上皮障害として抗菌薬点眼およびステロイドの点眼・内服が開始されたが,最近1年間は軽快することなく角膜上皮障害をくり返していた.ステロイド内服を減らすと角膜上皮障害が悪化するため,投与が継続されており,完治を求め当科紹介となった.全身疾患はとくに指摘されていない.当科初診時,マイボーム腺炎を疑う眼瞼縁の発赤,血管拡張,眼瞼結膜充血,閉塞性マイボーム腺機能不全,および角膜上皮障害は認めず,ドライアイを認めるのみであった.ただし,左眼角膜に角膜フリクテンの既往を思わせる瘢痕性変化を認めた.他覚所見に乏しいためドライアイ治療のみで経過観察とし,ステロイドの内服は漸減後中止とした.その後増悪なく経過していたが,視力低下と流涙症状を主訴に救急受診し,左眼の角膜潰瘍と穿孔を認めた(図1~3).再発性の結膜炎症や角膜上皮障害の既往,角膜の瘢痕性変化や穿孔の臨床像から,角膜フリクテンに伴う角膜穿孔と考え,治療用ソフトコンタクトレンズの装着および1.5%レボフロキサシン点眼4回/日,クラリスロマイシン200mg/日内服,ベタメタゾン1mg内服,0.1%フルオロメトロン点眼2回/日で消炎を図り,穿孔部の閉鎖を得た.その後コンタクトレンズ装着とステロイドの投与を中止し,ガチフロキサシン2.3回,クラリスロマイシン200mgを3カ月継続後中止し,その後も3カ月,再発なく経過は良好である(図4).角膜フリクテンはマイボーム腺炎を高率に合併し,再発をくり返す難治性疾患であり,Suzukiらは,マイボーム腺炎関連角結膜炎の表現型の一つとし1.3),マイボーム腺内に起因菌(Cutibacteriumacnes)が存在し,その菌体抗原が遅延型アレルギーに基づく眼表面炎症を引き起こしているのではないかと考察している4).つまり,角膜フリクテンの病態として,Cutibacteriumacnesを起因菌とする感染アレルギーが考えられる1.4).治療は,アレルギーの機序を想定してステロイド投与がよく行われるが,投与を中止すると再発をくり返すことも多く,アレルギー炎症の原因となっている起因菌が治療されていないことが,その理由として考えられる.そのため,根治のためにマイボーム腺炎の起因菌を治療するという考えに立ち,比較的軽症の場合はアジスロマイシンの点眼を,重症例では抗生物質の大量点滴療法5)を考慮する.一方,クラリスロマイシンは抗炎症作用を有し,静菌的に作用するため常在菌への影響が少ないと考えられることから,クラリスロマイシンの少量長期投与も再発防止に有効であることを多くの臨床例で確認している2,3).角膜フリクテンでは角膜穿孔を伴う3)ことが知られているが,本症例は初診時にマイボーム腺炎の他覚的所見に乏しく,非典型的といえる.しかし,クラリスロマイシンの少量長期投与の中止3カ月においても再発なく寛解が得られていることは,注目に値する.角膜フリクテンの病態は感染アレルギーと考えられるが,アレルギーよりも,その上流にある細菌増殖の病態の治療がより根治につながることは,胃炎の根治治療にピロリ菌の除菌が奏効することと類似しており興味深い.文献1)SuzukiT,SanoY,SasakiO:Ocularsurfacein.ammationinducedbyPropionibacteriumacnes.Cornea21:812-817,20022)横井則彦:マイボーム腺炎.眼感染症診療マニュアル(薄井紀夫,後藤浩編),p66-67,医学書院,20143)横井則彦:マイボーム腺炎関連角膜上皮障害.臨眼70:119-124,20164)SuzukiT,TeramukaiS,KinoshitaS:Meibomianglandsandocularsurfacein.ammation.OculSurf13:133-149,20155)鈴木智,横井則彦,木下茂:角膜フリクテンに対する抗生物質点滴大量投与の試み.あたらしい眼科15:1143-1145,1998

屈折矯正

2022年7月31日 日曜日

屈折矯正RefractiveCorrection清水有紀子*はじめに斜視の治療といわれると,まずプリズムや手術が思い浮かぶのではないだろうか.しかし,成書には「斜視診療の基本は適切な屈折矯正である」と書かれている.これは調節性内斜視患者の遠視矯正だけでなく近視にも当てはまるが,あまり意識されていないように思う.本稿では斜視手術を検討する前に確認しておきたい屈折矯正,とくに小児の間欠性外斜視症例に対する屈折矯正について私見を述べる.I屈折矯正と眼位両眼で一つの物体を見るときに,脳は左右それぞれの眼に映った二つの像を同時に受け止め(同時視),少しずれているそれらの像を一つの同じ物として認識し(感覚性融像),その差を利用して凹凸や距離を感じている(立体視).この機能が発揮できる範囲内に,約6cm離れた左右眼からの二つの像を得る必要がある.そのために,中心窩と像の距離を検知して外眼筋にフィードバックし,それぞれの中心窩に像が投影されるように眼球を動かす働きが運動性融像である.眼位ずれが大きくなると,網膜の離れた場所に投影された左右眼の像を一つの物として感じられなくなり,複視を生じたり片眼を無視(抑制)したりするようになる.逆にもともと眼位がよく,像の位置には問題がなくても,左右の像の質が異なるために融像できなくなると斜視になる.外傷などで片眼視力が著しく低下した場合に起こる感覚性斜視(廃用性斜視)がその典型例である.このように,眼位と網膜像は密接な関係があり,両眼の融像には鮮明な網膜像が重要だが,屈折異常によってそれがぼやけると,融像が妨げられて眼位が不安定になる.もう一つの大きな要素は,調節と輻湊の相互関係が眼位に及ぼす影響である.小児の遠視が調節性内斜視に大きく関係しており,屈折矯正によって眼位が改善することはよく知られている.これは遠視のために必要な調節量が大きくなり,同時に起こる輻湊が対象物までの距離対して過剰となって内斜視となる.逆に間欠性外斜視の患者では,眼位を維持するための輻湊に伴って過剰な調節が起こり,近視の状態(斜位近視)になったりする(図1).このように,調節と輻湊は眼位に深くかかわっていることからも,屈折矯正が眼位に与える影響の大きさが理解できる.II間欠性外斜視に対する屈折矯正の必要性日常診療で,斜視の悪化を訴えて受診する間欠性外斜視の小児のなかに,裸眼視力が低いにもかかわらず屈折異常(多くは近視)が未矯正のケースが一定数みられる.眼科クリニックからの手術を目的とした紹介例でも,眼鏡を処方されていなかったり,処方後に近視が進行して眼鏡度数が合っていなかったりして,遠見がはっきりと見えない状態で生活している場合がある.これらのなかには適切な眼鏡を装用させるだけで,間欠性外斜視のコントロール(斜視となる頻度,時間的割合や斜位への戻*YukikoShimizu:ツカザキ病院眼科〔別刷請求先〕清水有紀子:〒671-1227兵庫県姫路市網干区和久68-1ツカザキ病院眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(71)925abd図1斜位近視を伴う大角度の間欠性外斜視症例APCT:遠見72ΔX(T)&4ΔRH(T),近見95ΔX(T)’&4ΔRH(T)’,BV=0.5(裸眼),RV=1.2(1.5×C.2.75D175°),LV=0.8(1.2×C.1.25D180°).両眼視力が片眼視力より不良である.自覚的にも「両眼で見ようとするとぼやける」症状があったが斜視手術後に改善した.a:遮閉前眼位:融像して斜位に持ち込んでいる.b:融像時のスポットビジョンスクリーナー.輻湊性調節によって近視となっている状態.単眼で計測した屈折値より近視が強いことから斜位近視と診断できる.c:遮閉後眼位:大角度の外斜視.d:斜視の時のスポットビジョンスクリーナー.輻湊していない状態の球面度数は遠視であることがわかる.e:オートレフラクトメータのデータ.片眼ずつ測定するために輻湊性調節が働かず,球面度数は遠視である.表1診察室での間欠性外斜視のコントロール評価30秒間観察評価方法基準スコア1.片眼C10秒遮閉後除去2.僚眼にも施行1秒以内(phoria)0(良)偏位なし3.回復の遅かったほうの眼にC3回目を施行1-5秒C1遮閉除去後に融像が回復するまでの秒数を計測し,3回中最長の秒数からスコアを決定5秒より長いC2<50%C3偏位あり斜視となっている時間の割合でスコアを決定>50%C4恒常性5(不良)固視目標:遠見はC3.mのテレビスクリーン,近見はC33.cmで調節視標を使用する.最初に診察室でC30秒間眼位を観察して,自然に偏位するかで大きく分ける.偏位しない場合は片眼をC10秒遮閉後除去して,眼位が戻るまでにかかる秒数を計測する.僚眼にも同様に施行し,3回目は眼位の戻りが遅いほうの眼で行う.3回の計測値のもっとも長い秒数でスコアを決定する.初めのC30秒間に遮閉なしで斜視となる場合は,斜視となっている時間を計測し,15秒を基準としてスコアを決定する.近見では融像できるが遠見では恒常性の場合がスコアC5でもっとも不良と評価する.(文献C11より引用)表2軽度の近視矯正のみでコントロールと近見眼位が改善した6歳の間欠性外斜視症例(症例1)年齢日常の視力眼位(APCT)屈折矯正の状態自覚症状.遠見コントロールスコア初診6歳0カ月RVC0.4(裸眼)CLV0.4(裸眼)遠見2C5CΔX(T)近見C18CΔX(T)C’近視は未矯正.裸眼で生活眼鏡装用を開始.スコアC36歳11カ月1.0(眼鏡)C1.02C5CΔX(T)C10CΔX(T)C’「斜視が目立たなくなった」「手術は希望しない」.スコアC29歳2カ月0.6(眼鏡)C0.52C5CΔX(T)C40CΔX(T)C’近視が進行し眼鏡視力が低下複視を自覚する.スコアC310歳4カ月1.5(眼鏡)C1.02C0CΔX(T)C12CΔX(T)C’眼鏡度数変更後複視なし.スコアC2CRV=0.5(1.2C×S.1.25D),LV=0.5(1.2C×S.1.25D).TST40秒.近見斜視角は日常視力に伴って変動している.遠見斜視角は変わらないが,日常視力のよいときは複視の自覚が減少し,コントロールスコア(斜視となる頻度)11)も改善している.ab図2中等度遠視の矯正により立体視が改善した6歳の間欠性外斜視症例(症例2)RV=1.2(1.2C×sph+1.5D(C.0.75DCAx180°),LV=0.8(1.2C×sph+2.25D(C.1.25DAx180°).APCT:遠見35CΔX(T),近見C45CΔX(T)’,TST:all(C.),Bagolini線状レンズ試験(StriatedGlasses:SG):左眼抑制,チトマス立体試験(TST):.y(C.)と立体視は不良であった.Ca:第一眼位.恒常性に近い間欠性外斜視.遠見は写真のように眼位がよいときもあるが,50%以上の時間で斜視になり,コントロールスコアはC4.Cb:屈折未矯正時の輻湊位:左眼の輻湊が不良.Cc:眼鏡常用後の輻湊位.弱いながらも輻湊は可能となった.両眼視はCTST:Fly(+)A(3/3),C(6/9),SG:交代抑制まで改善した.斜視手術後にはCTSTはC40秒まで向上し,SGも抑制なく融像可能となった.果のばらつき,評価基準の違い,症例数が少ないなどの理由で「眼鏡装用は両眼視不良の予防としての効果はありそうだが,斜視の予防効果は明言できない」と結論されている4).CVOverminuslenstherapy屈折矯正度数を意図的にずらす治療の一つに,間欠性外斜視の小児に対して,最良視力を得られる屈折矯正度数に凹レンズ(マイナスレンズ)を付加した眼鏡を処方するCoverminusClenstherapyがある.これは調節性輻湊を誘導して眼位を改善する治療で,60年以上前から報告されてきた5.9).これらの研究ではC46.75%の症例に眼位や融像の改善があり,近視の進行の加速はなく7),装用終了後にも効果が維持される6,9)など非常に良好な結果を示し,治療が推奨されている.しかし,いずれも症例数が少なかったり,さまざまなバイアスがあったり,エビデンスとしては不十分であった.このCover-minusClenstherapyについてCPediatricCEyeCDiseaseInvestigatorCGroup(PEDIG)が多施設共同ランダム化比較試験を行っており,2021年に報告10)されたその結果を紹介する.3歳以上C11歳未満の間欠性外斜視で遠見CAPCTC15Δ以上,遠見コントロールスコア(表1)11)がC2以上の症例に,overminuslens(近視の過矯正または遠視の低矯正眼鏡)を装用させて(以下,マイナス付加群とする),調節性輻湊によって間欠性外斜視のコントロールが改善するかを,通常の眼鏡を装用させた対照群と比較検討した研究である.56施設の,屈折が+1D.C.6Dの間欠性外斜視患者386例をC2群に分けて,対照群には研究期間を通して調節麻痺下屈折値を矯正する通常眼鏡を装用させた.マイナス付加群は調節麻痺下屈折値から左右ともにC2.5D減じた眼鏡をC12カ月装用し,その後C1.25D減じた眼鏡に変更してC3カ月装用し,その後に通常眼鏡をC3カ月装用させて対照群と比較している.評価項目は,12カ月後とC18カ月後の診察室での間欠性外斜視のコントロールスコア(0.5で数値が低いほうが良好)および開始C12カ月後の屈折変化の群間比較である.結果は,12カ月後の遠見スコアはマイナス付加群のほうが有意に良好(1.8Cvs2.8)であったが,通常眼鏡に戻したC3カ月後の開始C18カ月後には両群のスコアに差がなかった.これは,マイナス付加眼鏡装用中は外斜視のコントロールが改善されるが,通常眼鏡に戻すとその効果が失われることを示す.近視化についてはC12カ月後にマイナス付加群のほうが大きく(C.0.42DCvsC.0.04D),1D以上の近視化はマイナス付加群C189例中33例C17%に対して,対照群ではC169例中C2例C1%でリスク比はC15倍であった.中間解析でマイナス付加群の強い近視化が判明し,患児の不利益として以後の装用が中止されていることからも,そのインパクトの強さがわかる.眼鏡由来の症状は,眼痛が対照群C22%に対してマイナス付加群C38%と有意に多かった.結論では,外斜視の遠見コントロールスコアはマイナス付加群のほうが改善したが,漸減後には効果が維持されず,有意な近視化を伴うために適応は限定されるとしている.実際の臨床では漸減をゆっくり行うことで,外斜視のコントロールを維持できるのではないかとまとめられている.この研究では,開始時の屈折異常別にもその変化を検討しており,近視例に遠視例よりも大きな近視化が起こったと報告している.鮮明な網膜像を得るために近視の矯正は重要であるが,過矯正になると眼位は改善しても近視化が進行することが示され,結果的に網膜像がぼやける悪循環が起こりうる.近視の間欠性外斜視患者に対しては,過矯正を避けて適切な矯正が重要であると考えらえる.近視例には適さない一方で,近視化が進むのであれば,遠視症例を低矯正にして遠視度数の減少を期待したくなる.しかし,この研究では近視症例に起こる大きな近視化に対して,遠視症例に起こる近視化はわずかであったとされている.中国からも遠視の間欠性外斜視症例を対象としたCoverminusClenstherapyの結果が報告されている12).この研究はプリズムも併用しており,C.2.5D付加かつ組み込みプリズム眼鏡装用群と屈折矯正のみの群に分けて,装用C12カ月後を比較している,遠視症例に限ったこの研究でも,マイナス付加群において外斜視は有意に改善したが,屈折変化は両群で差がなく,期待した遠視の減少はみられなかった.(75)あたらしい眼科Vol.C39,No.7,2022C929abc図3Overminuslensを処方した強度遠視の遠見外斜視かつ裸眼では調節性内斜視症例RV=1.2(1.5C×sph+6.5D(C.0.50DAx170°),LV=1.0(1.5C×sph+7.25D(C.1.00DAx170°).最良視力の矯正度数でのCAPCT:遠見C16CΔXT,近見C6CΔX’.a:非調節麻痺のオートレフラクトメータ.両眼+7Dを超える強い遠視.Cb:スポットビジョンスクリーナーの結果,裸眼では調節性内斜視.裸眼でのCAPCT:遠見C16CΔET,近見C10CΔE(T)C’.C10ΔX(T)’の間で変動する.調節によって球面度数も+3Dと低くなっている.Cc:Overminuslens(C.1.75D付加)装用眼位は外斜位.処方眼鏡でのAPCT:遠見C4CΔX,近見C2CΔX.’