‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

口腔内環境要因とBehçet病の関係

2022年5月31日 火曜日

口腔内環境要因とBehcet病の関係RelationshipbetweenOralEnvironmentFactorsandBehcet’sDisease菊地弘敏*はじめにBehcet病(Behcet’sdisease:BD)は,口腔内再発性アフタ性潰瘍(oralCrecurrentCaphthousulcer:OU),皮膚症状,外陰部潰瘍,眼症状を主症状とし,急性の炎症発作を繰り返しながら年余にわたり継続する症候群である.難治性の眼症状は失明に至ることもあり,主症状のなかではもっとも危険な症状である.他にも関節炎や精巣上体炎,消化器病変,血管病変,中枢神経病変といった副症状が存在する.イスタンブール大学の皮膚科で性病を専門とていたBehcet博士は,1924年にCOUと結節性紅斑を有した男性患者を診察し,当初は梅毒や結核を疑っていた.しかし,数回のぶどう膜炎の発作後,その患者は完全に失明してしまった.博士は歯科感染がこの疾患の発症を引き起こす可能性があること,病態には感染以外の要因もありそうだと述べていた1).本稿では口腔内環境要因とBDの関係について概説する.CI疫学本症は,トルコ,中東,韓国,日本などを含む北緯30.45度付近の東アジア地域に多く,シルクロード病ともよばれている.ところがこれらの国々出身の移民におけるCBD発症頻度は母国よりも低いことから,なんらかの環境因子がCBD発症に関与していると考えられている.わが国ではC1972年,当時の厚生省(現在の厚生労働省)が初めて認定した特定疾患の一つであり,現在わが国の患者数は約C2万人と推計され,発症年齢はC30歳代に多く,男女比はほぼ同率であるが難治性病態は男性に多い(図1)2).BDの発症数は少しずつ増加しているものの,重症病態は減少傾向にあることが指摘されている.近年の免疫抑制療法の進歩(生物学的製剤の使用)以前からその傾向は指摘されており,その原因としても環境因子の変化(とくに口腔内の衛生環境改善)があげられている.ぶどう膜炎の合併頻度は低下傾向にあるが,これは口腔ケアの進歩によるCBDの口腔内環境の改善や,食生活の欧米化に伴う腸内細菌叢の変化などが環境要因として指摘されているが原因は不明である.CII診断BDと診断するためには,厚生労働省ベーチェット病研究班の診断基準(表1)を用いるが,経過中に四つの主症状すべてを認めれば「完全型」,主症状三つ,またはC2つの主症状と二つの副症状,または眼症状と一つの主症状あるいは二つの副症状を認めれば「不全型」と診断する.つまり,頻度の高いCOUと特徴的な眼症状を認めればCBDと診断できるわけである.CIII主症状1.口腔内再発性アフタ性潰瘍(OU)OUはCBDではほぼ必発で,本症の初発症状であるこ*HirotoshiKikuchi:帝京大学医療共通教育研究センター〔別刷請求先〕菊地弘敏:〒173-8606東京都板橋区加賀C2-11-1帝京大学医療共通教育研究センターC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(39)C589人25,00020,00015,00010,0005,00001978198219861990199419982002200620102014年図1特定疾患医療受給者証所持者数Behcet病は徐々に増加傾向であり,現在患者数は約C2万人と推定される.難病情報センター・ホームページChttps://www.nanbyou.or.jp/entry/1356(2022年C2月C22日閲覧)より作図表1厚生労働省ベーチェット病診断基準(2016年小改訂)19741.主要項目(1)主症状①口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍②皮膚症状:(a)結節性紅斑様皮疹,(b)皮下の血栓性静脈炎,(c)毛.炎様皮疹,.瘡様皮疹.参考所見:皮膚の被刺激性亢進(針反応)③眼症状:(a)虹彩毛様体炎,(b)網膜ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)(c)以下の所見があれば(a)(b)に準じる.(a)(b)を経過したと思われる虹彩後癒着,水晶,体上色素沈着,網脈絡膜萎縮,視神経萎縮,併発白内障,続発緑内障,眼球癆④外陰部潰瘍(2)副症状①変形や硬直を伴わない関節炎②精巣上体炎(副睾丸炎)③回盲部潰瘍で代表される消化器病変④血管病変⑤中等度以上の中枢神経病変(3)病型診断の基準①完全型:経過中にC4主症状が出現したもの②不全型:(a)経過中にC3主症状,あるいはC2主症状とC2副症状が出現したもの(b)経過中に定型的眼症状とその他のC1主症状,あるいはC2副症状が出現したもの③疑い:主症状の一部が出現するが,不全型の条件を満たさないもの,および定型的な副症状が反復あるいは増悪するもの④特殊型:完全型または不全型の基準を満たし,下のいずれかの病変を伴う場合を特殊型と定義し,以下のように分類する.(a)腸管(型)ベーチェット病―内視鏡で病変(部位を含む)を確認する.(b)血管(型)ベーチェット病―動脈瘤,動脈閉塞,深部静脈血栓症,肺塞栓のいずれかを確認する.(c)神経(型)ベーチェット病―髄膜炎,脳幹脳炎など急激な炎症性病態を呈する急性型と体幹失調,精神症状が緩徐に進行する慢性進行型のいずれかを確認する.(日本ベーチェット病診療ガイドライン診断と治療社,2020,p39より改変引用)とが多い.口唇,頬粘膜,舌,歯肉などに出現し(図2),BDの発症早期では大きく,多発し,強い疼痛を伴うことが多い.経過とともに発現頻度も減少し小型化するが,他の主症状が消失後も残り,長年にわたり患者を悩ませる症状である.C2.眼症状ぶどう膜炎は,虹彩や毛様体,脈絡膜で構成されるぶどう膜と,ぶどう膜に隣接する組織への炎症の広がりを含めた病態である.前部ぶどう膜炎(虹彩毛様体炎)と後部ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)に分類でき,前部ぶどう膜炎では充血・眼痛・羞明を伴い,重症化すると前房蓄膿(hypopyon)を呈する(図3a).眼症状のみでサルコイドーシスやCVogt-小柳-原田病のぶどう膜炎を鑑別することは容易ではないが,BDのぶどう膜炎では蛍光眼底造影検査で広範囲なシダ状蛍光漏出を認めることが特徴とされる(図3b).一方,後部ぶどう膜炎は充血を伴うことは少ないが,発作を繰り返すと著しい視力障害や視野障害を生じる(図3c).BDの主症状であるCOUの有病率に男女差は少なく,現在もほぼ必発の主症状であるが,眼症状の有病率は男性が高く,その有病率自体も近年減少傾向であり,2012年は男性C46.6%,女性C28.3であった(図4)3).さらに,以前はぶどう膜炎の原因のトップはCBDであったが,近年ではサルコイドーシスとCVogt-小柳-原田病がC1位とC2位を占め,BDを原因とするぶどう膜炎は6番目(2016年C4.2%)に低下している(図5)4).CIV病因BDの病因はいまだに不明であるが,特定の内的な遺伝要因に,なんらかの外的環境要因(病原微生物や化学物質など)がトリガーとなり発症する多因子疾患であると考えられている(図6)5).微生物としては健常人と比較した研究で,単純ヘルペス-1や連鎖球菌の関与を示唆する報告が複数あるが,特定の微生物がCBDの決定的発症因子であるという結論には至っていない.ヒトの口腔内には数百種もの細菌が繁殖しているが,多くは無害であるか,またはヒトの口腔内の健康にとっては有益である.そのなかでも多数を占めるCStreptococcussanguinis(S.sanguinis)はよい面では歯周病菌から歯を守る効果が知られているが,一方で細菌性心内膜炎の起因菌としても知られている.1990年代にはCS.sanguinisの細菌抗原が,BD患者の皮膚過敏反応(pathergytest陽性など)と関係することが示され,原因微生物の可能性が示唆された.その後,いくつかの微生物の抗原や,微生物由来の熱ショック蛋白(heatCshockprotein:HSP)がヒトと交差反応を示し,これが誘因となり,BD患者CT細胞自体が過敏反応を示し,炎症性サイトカイン(TNF-aやCIL-6など)の産生亢進,好中球の遊走など病態悪化に重要な役割を果たしていると考えられている.一方,BDは自己炎症疾患の側面と自己免疫疾患の側面を両方持ち合わせているのが特徴で,類似した病態をもつ疾患にCCrohn病や強直性脊椎炎,乾癬性関節炎などがあげられる.強直性脊椎炎のCHLA-B*27ほど強い関連性はないものの,BDのCHLA-B*51は明らかな原因遺伝子であると考えられている.HLA-B*51はC1973年大野らにより報告され,日本人の保有率はC10.15%程度にもかかわらず,BD患者を調べると約C50.60%が陽性であり,さらには慢性進行型神経CBDにおいては90%と非常に高い確率を示していた.近年,疾患感受性遺伝子の研究が急速に進み,ゲノムワイド関連解析(genomeCwideCassociationstudy:GWAS)により,桐野らが主要組織適合性遺伝子複合体(majorChistocompatibilityCcomplex:MHC)クラスCIであるCHLA-B*51アリルがもっとも強い関連を示すことを証明した.MHC以外にもCIL23R-IL12RB2,IL-10,ERAP-1などの疾患感受性遺伝子も発見され,微生物と遺伝因子の関係も明らかになりつつある(図7)6).CVBDの最近の話題OU対して経口投与可能な低分子薬であるアプレミラストが,日本人患者を含む国際共同第CIII相臨床試験において,BD患者のCOU数とCOU疼痛CVisualAnalogueScaleスコアを有意に低下させた.OUの適応のみであるが,2019年C9月に保険収載され,『ベーチェット病診療ガイドラインC2020』にも取り上げられている.アプレミラストは,ホスホジエステラーゼC4(PDE4)(41)あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022C591a図2Behcet病の口腔内再発性アフタ性潰瘍(OU)a:口唇のCOU(自験例).b:軟口蓋と口蓋垂のCOU(自験例).Ca図3Behcet病の眼病変a:前房蓄膿(自験例).b:蛍光眼底造影検査所見(自験例).c:眼底出血(自験例).%10080604020019721984199120022004200820102012年図4主症状の有病率の推移Behcet病(BD)の口腔内再発性アフタ性潰瘍(OU)の男女別有病率推移(青)と眼症状の男女別有病率推移(黄).OUの有病率に男女差はなく,BDではほぼ必発の主症状である.一方,眼症状は男性の有病率は高いが,近年減少傾向であり,2012年は男性C46.6%,女性C28.3であった.(文献C3より改変引用)%141210864202002年(3,060人)2009年(3,830人)2016年(5,378人)図5わが国におけるぶどう膜炎の頻度ぶどう膜炎の原因に占めるCBehcet病の割合は低下傾向を示す.(文献C4より作図)図6Behcet病の病因遺伝要因と環境要因の関係(文献C5より改変引用)図7環境要因と獲得免疫の関係多彩な口腔内環境要因がCBehcet病に関連する疾患感受性遺伝子の関与により抗原提示され,獲得免疫系を活性化する.(文献C6より改変引用)LPSTLR-4G蛋白質共役型受容体(GPCR)細胞膜ACTIRAPMyD88TNF-aTNF-aIRAK(NK細胞)IL-12TRAFATPcATPアプレミラストINF-gTNF-a(角化細胞)(PBMC)TNF-aIKKs細胞質RPKAPDE4TNF-a(滑膜細胞)IL-17IL-22INF-gNFkBIkBPCREBPCREMPATF1AMP(T細胞)IL-10(PBMC)NFkBCBP/P300CBP/P300核PCREBPPCREMATF1図8Behcet病におけるアプレミラストの作用機序アプレミラストは選択的にCPDE4を標的とし,炎症性および抗炎症性メディエーターの発現を調整する.C’C

常在菌と眼瞼炎

2022年5月31日 火曜日

常在菌と眼瞼炎NormalBacterialFlorainLidMarginsandMeibomianGlands有田玲子*はじめに眼瞼炎は,眼科外来で一般的によくみられる疾患である.眼瞼炎は,感染性と非感染性に大きく分類されるが,非感染性であっても,常在菌の感染が病態に深く関与しており,その概念が疾患の治療に役立つことも多い.本稿では,感染性眼瞼炎からはブドウ球菌性眼瞼炎とマイボーム腺炎を,非感染性眼瞼炎からはマイボーム腺機能不全を,最近のホットトピックスでもあるニキビダニ(Demodex)と眼瞼炎について,臨床に役立つポイントにしぼってわかりやすく解説する.CI眼瞼炎の分類眼瞼炎は眼瞼皮膚炎と眼瞼縁炎の総称である(図1).解剖学的位置によって眼瞼皮膚の炎症を眼瞼皮膚炎,睫毛根部付近の炎症を眼瞼炎という1).さらにその病因によって眼瞼皮膚炎は感染性,非感染性に分けられる.一方,眼瞼縁炎は病因でなく,所見の位置が睫毛の皮膚側(前部)か眼球側(後部)かによって前部眼瞼縁炎と後部眼瞼縁炎に分類される.前部眼瞼縁炎は感染が原因であることが多い.後部眼瞼縁炎は感染性,非感染性に分類され,感染性の中にマイボーム腺炎,非感染性の中にマイボーム腺機能不全(meibomianCglanddysfunction:MGD)が分類される.II感染性眼瞼炎1.前部眼瞼縁炎,細菌性眼瞼炎若年から高齢者まで幅広く罹患する.疼痛,眼脂,掻痒感などを主訴に来院する.朝に症状が悪化することが多い.特徴的な所見は,眼瞼縁の落屑,痂皮,発赤で,睫毛根部にふけ状付着物(collarette)を伴う1)(図2).慢性化しやすく,重症例では睫毛乱生や睫毛の欠損を認める3.5)(図3).眼瞼に付着した滲出物を除去すると容易に出血する.眼瞼縁の睫毛の付着物の塗抹・培養検査で原因菌および薬剤感受性が確定できる3).臨床では実際には,脂質の異常分泌や,微生物,涙液の異常など,複数の要因が合わさっていることが多い.マイボーム腺,汗腺にブドウ球菌などが感染して起きる.ブドウ球菌は常在菌であり,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌が主体で,正常眼と眼瞼炎患者どちらの眼瞼からも高率に分離されるが,黄色ブドウ球菌は,ブドウ球菌性眼瞼炎と臨床診断された患者の眼瞼から,より高率に分離される2).黄色ブドウ球菌とコアグラーゼ陰性ブドウ球菌は,ともに前部眼瞼縁炎の発症に重要な役割を果たしていると考えられているが,詳細なメカニズムはまだ解明されていない.ブドウ球菌の細胞外毒素の関与も不明である.ブドウ球菌のほか,アクネ菌,コリネバクテリウムなども分離されることが多い.治療は,眼瞼清拭,抗菌薬(局所・全身),局所的な抗炎症療法の三つを組み合わせて行う.具体的には,抗*ReikoArita:伊藤医院〔別刷請求先〕有田玲子:〒337-0042埼玉県さいたま市見沼区南中野C626-11伊藤医院C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(33)C583MGD:マイボーム腺機能不全図1眼瞼炎の分類図2眼瞼縁炎62歳,女性,右眼.眼脂,眼違和感が主訴で来院.上下眼瞼縁にCcollaretteが多数みられる.図3眼瞼炎54歳,女性,右眼.下眼瞼に睫毛脱落がみられる.図4分泌減少型マイボーム腺機能不全図5分泌増加型マイボーム腺機能不全71歳,男性,右眼.マイボーム腺開口部に閉塞,血管拡62歳,男性,右眼.マイボーム腺開口部に泡状分泌物張所見がみられる.(foaming)がみられる.図6マイボーム腺機能不全の発症機序発症機序の最初の部分に細菌増殖が関与している可能性がある.図7前部眼瞼縁炎のcollaretteCollaretteを伴う難治性眼瞼炎をみたら,Demodexの関与を疑う.ab図8睫毛根部のDemodexa:睫毛根部にからみつく透明なCDemodexの虫体が観察される(40倍).b:拡大率をあげると足の動く様子も観察される(400倍).注:aとCbは違う患者から採取したCDemodexである.(高橋眼科高橋研一先生のご厚意による)

腸内細菌叢をターゲットとしたぶどう膜炎治療の現状

2022年5月31日 火曜日

腸内細菌叢をターゲットとしたぶどう膜炎治療の現状RecentAdvancementinUveitisTreatmentTargetingtheGutMicrobiome山名智志*園田康平*はじめに虹彩,毛様体,脈絡膜は総称でぶどう膜とよばれ,炎症の主座となりやすい.これらの部位に炎症を生じるぶどう膜炎では,周囲への炎症波及による網膜,視神経などの障害で視力低下をきたす.フォークト・小柳・原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH病),サルコイドーシス,Behcet病などの自己免疫性ぶどう膜炎はぶどう膜炎原因疾患の上位を占め,これまでヒトや動物を対象とした研究によって自己反応性の病原性CT細胞の関与が示されているものの,その発症メカニズムは未だ完全には解明されていない.これらの疾患に対してはステロイドや免疫抑制薬,生物学的製剤による治療が行われるが,治療が奏効せず炎症が遷延化する患者も少なくない.このような患者は,治療薬剤による緑内障や白内障といった眼局所の副作用だけでなく,感染症,骨粗鬆症,糖尿病など全身の副作用も出現し,対応に難渋することもあり,これら既存治療抵抗性の患者に対する新たな治療法の開発が必要となっている.近年,新たな治療標的として腸内細菌叢が注目されている.腸内細菌は約C1,000種,40兆個以上存在するといわれており,これらはヒトの体に共生し,消化吸収の促進,免疫系の調節,ビタミンやアミノ酸の合成,病原体からの保護などさまざまな影響を与え,人体に不可欠であると考えられている.これまで腸内細菌叢は,炎症性腸疾患はもちろん,糖尿病,肥満症,自己免疫疾患など種々の疾患に関与し,疾患の発症のみならず疾患の改善にも寄与することが報告されている1).本稿ではぶどう膜炎と腸内細菌叢のかかわりについて,また治療への応用の可能性について自施設での実験結果も交えて概説する.CIぶどう膜炎と腸内細菌叢近年ヒトの研究において,VKHやCBehcet病,急性前部ぶどう膜炎において腸内細菌叢の病態への関与が報告されている2).それによると,VKHやCBehcet病では炎症を抑制する制御性CT細胞を誘導する短鎖脂肪酸の一つである酪酸を産生する細菌が減少していた.さらに抗菌薬投与により腸内細菌叢を除去したマウスにCVKH患者やCBehcet病患者の便を経口的に移植し自己免疫性ぶどう膜炎を誘導すると,ぶどう膜炎が増悪することが報告されている.急性前部ぶどう膜炎では,腸内細菌叢の組成に変化はなかったものの,糞便中の代謝物に違いがあることが報告されている.また,HLA-B27陽性の代表的疾患である強直性脊椎炎で腸管透過性が亢進していること,HLA-B27関連関節炎で関節の滑液中から細菌の代謝物が検出されたことから,HLA-B27陽性急性前部ぶどう膜炎において細菌の体内移行も一つの原因として推測されている3).マウスの研究では,自己免疫性ぶどう膜炎モデルを用いた実験によりCT細胞が腸管で抗原を認識し活性化されることでぶどう膜炎の病態に関与すること4),抗菌薬投与によりぶどう膜炎が軽減すること2)が示されている.*SatoshiYamana&Koh-HeiSonoda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕山名智志:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(25)C575以上より腸内での抗原の認識,代謝物による炎症細胞の制御,細菌や代謝物の体内への流入など種々の因子がぶどう膜炎の発症や遷延化にかかわる可能性が考えられる.CII腸内細菌叢を標的としたぶどう膜炎治療腸内細菌叢を標的とした治療には,抗生物質,プロバイオティクス,食事療法,糞便移植などがあるが2),ぶどう膜炎を有する患者への腸内細菌叢を標的とした治療は,まだ実用化されていないため,これまで報告のあるマウスぶどう膜炎モデルによる研究を中心に言及する.抗生物質投与による治療では,腸内細菌叢の組成の変化による抑制性CT細胞の増加や病原性CT細胞の抑制,炎症性サイトカインの低下が起こり,マウスぶどう膜炎の重症度改善がみられた2).プロバイオティクスとは,ヒトの腸内微生物のバランスを改善する働きがある宿主によい影響を与える微生物と定義されている.プロバイオティクスの経口投与により制御性CT細胞の分化が促進されること,抗菌薬投与後のプロバイオティクス投与がマウスぶどう膜炎を抑制することが示されている2).食物繊維の豊富な食事は腸内細菌の短鎖脂肪酸の産生を亢進し腸内細菌叢を改善する.また,短鎖脂肪酸の投与を行うと,制御性CT細胞を誘導し病原性CT細胞を抑制することで,マウスぶどう膜炎を軽減させる2).糞便移植はドナーの糞便を患者の腸管に投与することであり,経口投与と大腸内視鏡による直接移植などがある.Clostridioidesdi.cile感染症や多発性硬化症でも糞便移植の有効性が示されている5).眼疾患では,マウスモデルでCVKH病やCBehcet病の患者の経口投与による糞便移植が実験的自己免疫性マウスモデルでのぶどう膜炎を増悪させる.また,制御性CT細胞が欠損したCCD25欠損マウスでは,涙腺炎や唾液腺炎,各結膜炎などの症状を示すが,そのマウスに野生型マウスの便を経口投与することで症状が改善されたと報告されており5),腸内細菌とぶどう膜炎は大きくかかわっていることがわかる.今後の研究によっては,糞便移植がぶどう膜炎治療に適応されることもあるかもしれない.III他の全身疾患と腸内細菌叢炎症性腸疾患,とくにCCrohn病や潰瘍性大腸炎などでは腸内細菌叢の多様性が減少し,酪酸を産生する菌が低下している.これまで食事療法やプロバイオティクスによる治療,潰瘍性大腸炎では一部の細菌をターゲットした抗菌薬多剤併用療法の有効性も示されている6,7).関節リウマチや多発性硬化症でも腸内細菌叢の変化が報告され,ヒトでは関節リウマチに対するプロバイオティクスによる治療8),多発性硬化症では食事療法,糞便移植による治療9)が試みられている.2型糖尿病では,腸内細菌の乱れから腸内細菌が腸から血液中に移行し,慢性炎症に関与する可能性が示唆されている10).また,糖尿病治療薬であるメトホルミンによってCAkkermansiaやCBi.dobacteriumadolescentisが増加し,耐糖能の改善や腸内細菌の代謝物による糖尿病の病態の改善が報告されている11,12).癌の分野でも細菌叢は注目されており,周知されている胃癌とピロリ菌の関連のみならず,大腸癌,肝臓癌,膵癌など多くの癌に細菌叢の関与が示されている13).ここにあげた疾患以外にも腸内細菌叢の病態への関与を示す報告が多くの全身疾患でなされており,腸内細菌叢を新たな治療標的として各分野で研究が進んでいる.CIV細菌叢の解析から代謝物の解析に腸内細菌叢の解析は技術の発達に伴い急速に進歩し,これまでは細菌叢が注目されてきたが,現在は菌の代謝物の解析も可能となり注目が集まっている.腸内細菌叢は何千もの代謝物の産生能力があり,とくに腸内細菌の代表的な代謝物には酪酸,酢酸,プロピオン酸などの短鎖脂肪酸や,乳酸,コハク酸,脂質代謝物,ポリアミン,トリメチルアミン,N-アシルアミド,二次胆汁酸,4-クレゾール,トリプトファン代謝物などがあり,これらは生体内の機能に広くかかわっている14).短鎖脂肪酸である酪酸は腸内細菌から宿主へ提供され,宿主は酪酸を上皮細胞でエネルギー源として用いている.また,酪酸は抑制性CT細胞の誘導のみならず,B細胞やマクロファージにも働き炎症の制御にかかわって576あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022(26)同時に多数の抗原を標識可能36種類金属標識抗体1末梢血単核球12336336251720図1CytometryTimeofFlight(CyTOF)を用いたマスサイトメトリー解析今回の実験では患者の末梢血から採取した末梢血単核球を,計C36種類の金属標識を用いて表面染色を行った.*CD3+細胞中の割合(%)図2マスサイトメトリー解析健常者,寛解期のフォークト・原田・小柳(VKH)病患者,再発性CVKH病患者の末梢血中のCCD3+細胞に占める各サブセットの割合を示す.*p<0.05(one-wayANOVAfollowedbyDunnett’smultiplecomparisontest).(文献C15より改変引用)ab4野生型マウスMAIT細胞欠損マウス3*210免疫後の時間経過(日)MAIT細胞欠損マウス野生型マウス臨床スコア0710141721図3標記マウスの実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)臨床スコアの時間経過a:野生型マウスとCMAIT細胞欠損マウスを用いた.データは平均C±標準誤差.Cb:EAU誘導後C21日目のマウスの代表的な網膜眼底写真と眼球切片のヘマトキシリン・エオジン染色.*p<0.05(Mann-WhitneyU-test).(文献C15より改変引用)野生型マウス2.5MAIT細胞欠損マウス*2.01.51.00.50.0-0101417(日)-図4実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)誘導後のMAIT細胞欠損マウス眼におけるIl22発現の時間的な変化データは平均±標準誤差.*p<0.05,**p<0.01(Mann-WhitneyU-test).(文献C15より改変引用)C-Il22発現mMR1/5-OP-RU-tetIsotypecontrolIL-22図5網膜MAIT細胞によるIL.22の細胞内染色プロット内の数字は,MAIT細胞特異的抗体であるCmMR1/5-OP-RU-tet陽性細胞におけるCIL-22陽性細胞の割合を示す.(文献C15より改変引用)CbmMR1/5.OP.RU.tet陽性細胞(数)a150*4PBS5.OP.RU3100図65.OP.RUを投与した*2*臨床スコア実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)マ50ウスの解析a:rIL-22およびC5-OP-RU硝子体内投与後のCEAU臨床10スコアの時間経過.データは平均±標準誤差.Cb:EAU誘C0導後C14日目のC5-OP-RU投与0101417群またはCPBS投与群の眼にお免疫後の時間経過(日)けるCMAIT細胞数を示す.Cc,10Ngf(右パネル)の発現を示す.20Il22発現*p<0.05,**p<0.01(Mann-2WhitneyU-test).(文献C155より許可を得て改変引用)101000aScotopicERG■EAU(コントロール)bPhotopicERG■EAU(コントロール)500(a-wave)■EAU(5-OP-RU投与)30(a-wave)■EAU(5-OP-RU投与)*Amplitude(μV)Amplitude(μV)400**300*200*100**0Amplitude(μV)Amplitude(μV)2000.31310100.010.03Lightintensity(cd・s・m-2)Lightintensity(cd・s・m-2)ScotopicERG■EAU(コントロール)PhotopicERG■EAU(コントロール)1,000(b-wave)EAU(5-OP-RU投与)200(b-wave)EAU(5-OP-RU投与)**800**600****400*15010050200*000.31310Lightintensity(cd・s・m-2)Lightintensity(cd・s・m-2)図75.OP.RU投与後のマウス網膜電図実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(EAU)を誘導しCPBSを投与したコントロール群とC5-OP-RUを投与した治療群のCEAU誘導後C17日目の全視野CERG.scotopic(Ca)およびCphotopicERG(Cb)のCa波(上段)およびCb波(下段)の平均振幅を示した.データは平均±標準誤差.*p<0.05,**p<0.01(unpairedCtwo-tailedCStudent’st-test).単位はcandela-secondspermetersquared(cd・s・mC.2).(文献C15より許可を得て改変引用)C-炎症の抑制炎症の発症や増悪免疫細胞図8腸内細菌による炎症抑制,炎症の発症–

腸内・結膜細菌叢と移植片対宿主病

2022年5月31日 火曜日

腸内・結膜細菌叢と移植片対宿主病TheAssociationbetweenGutandConjunctivalMicrobiotaandGraftVersusHostDisease佐藤真理*清水映輔*小川葉子*はじめに血液悪性疾患の根治療法である造血幹細胞移植(hematopoieticstemcelltransplantation:HSCT)において,造血細胞供者(ドナー)の免疫機構が宿主(レシピエント)の全身の標的組織を攻撃する疾患である移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD)が主要な合併症となっている.急性CGVHD(acuteGVHD:aGVHD)はおもに皮膚,消化管,肝臓のC3臓器を標的とし,皮疹,下痢,黄疸を主症状とする.一方,慢性GVHD(chronicGVHD:cGVHD)はそれらの臓器に加えて眼,口腔,爪,肺気管支といったより多臓器に多彩な病態を引き起こし,膠原病的特徴をもつ.HSCTは年々増加し全世界で年間C60,000件,わが国では年間5,000件以上行われているが,免疫抑制薬投与などの予防策を行ってもCcGVHDはC30~70%と依然として高い確率で起こる1).多様なCcGVHDの標的臓器のなかで,眼CGVHDは失明・視覚障害に陥ることもある重症ドライアイを引き起こす(図1)2).cGVHD関連ドライアイはCHSCT後C2年間で約半数の患者で発症し3),眼はcGVHDにおいて頻度の高い標的臓器として知られている.現在,眼CcGVHDに対して,人工涙液点眼,角膜保護剤,ムチン産生促進剤,ステロイド点眼などを駆使して治療が行われているが,筆者らが慶應義塾大学病院ドライアイ外来にてCHSCT後患者のフォローアップを行っているなかでも視機能の大幅な低下が避けられない重症例や治療抵抗例を経験することも多い.皮膚や粘膜,腸管における細菌叢は,宿主の免疫系と相互作用をもち免疫機能に影響を与えることが知られている4).微生物を培養することなくそのままゲノムをシークエンスするメタゲノム解析の進歩により,細菌叢の異常「dysbiosis」がさまざまな疾患にかかわることが明らかになってきた5).近年,炎症性腸疾患やCSjogren症候群といったさまざまな自己免疫疾患・膠原病に加え,GVHDにおいても腸内菌叢の構成変化(dysbiosis)と病態との関連が報告され,治療ターゲットとしても注目されている.本稿では,GVHDと腸内細菌叢の関連についての現在の知見をまとめ,筆者らの研究グループのCcGVHDモデルマウスを使用した実験から得られた眼GVHDに対する経口抗菌薬を用いた腸内細菌叢への介入の結果,また結膜細菌叢と眼CGVHDの関連についても述べる.CI腸内細菌叢とGVHD腸管はCGVHDのおもな標的臓器であり,また他の標的臓器におけるCGVHDの病態形成にも重要な役割を担う.HSCT後患者の腸内細菌叢がどのように変化するのか,またCGVHDの重症度や予後,死亡率と相関する細菌群に関する報告も多数存在する.C1.HSCT後患者の腸内環境腸管はCGVHDのおもな標的臓器であると同時に全身のCGVHDの進行に重要に役割を担う.抗癌剤や放射線*MariSato,EisukeShimizu&YokoOgawa:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕佐藤真理:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(15)C565図1眼移植片対宿主病(GVHD)眼表面の炎症,重症ドライアイによる角膜上皮障害,結膜の難治性線維化などをきたす.(文献C2より引用)C-腸内細菌叢↓腸内細菌叢の多様性↓嫌気性共生細菌↑Enterococcus.spp.↑Proteobacteria↑Streptococcus.spp.腸上皮SCFAlgA放射線,抗癌剤による上皮障害GVHD抗菌ペプチド粘液腸管内腔DAMPs上皮細胞Paneth細胞Goblet細胞タイトジャンクションの脆弱化PAMPsバリアの破綻B-cellreceptor粘膜固有層B細胞樹状細胞Allo-reactiveなリンパ球の活性化T細胞T-cellreceptol抗原提示細胞の活性化図2造血幹細胞移植(HSCT)後患者の腸内環境腸管はCGVHDのおもな標的臓器であると同時に全身のCGVHDの進行に重要に役割を担う.HSCT後患者の腸内では,前処置や炎症反応によりバリア機構の破綻や腸内細菌叢のCdysbiosisが生じ,GVHDの病態形成に関与すると考えられている.(文献C4より一部改変して引用)表1造血幹細胞移植(HSCT)後・GVHD患者の腸内細菌叢に関するおもな報告著者雑誌名対象サンプル得られた知見C報告年JenqetalHSCT後の患者C67例腸内細菌叢の多様性とCGVHD関連死亡率に負の相関を認めた.CBiolBloodMarrowTransplantC2015HSCT後C12日に採便Blautia(Clostridialspecies)がCGVHD関連死亡率の低下と関連した.TauretalHSCT後の患者C80例CBlood腸内細菌叢の多様性が低い群はCHSCT後C3年の死亡率が高かった.C2014HSCT後C7日に採便JenqetalCHSCT後の患者HSCT後早期にCClostridialesが減少しCLactbacillalesが増殖した.JExpMedC腸CaGVHD発症時の便を解析HSCT前に抗菌薬アンピリシンでCLactballilalesを除菌するとCaGVHDが2012aGVHDモデルマウス悪化した.CJenqetal酪酸投与が腸管上皮細胞を修復した.NatImmunolaGVHDモデルマウスC201617種類のCClostridialesの細菌群投与で生存期間が延長した.ChiusoloetalHSCT後の患者aGVHD発症群は未発症群と比較しCFirmicutes門とCProteobacteria門のCBloodC2015腸CaGVHD発症時の便を解析割合が増加,Bacteriodetes門が減少していた.Stein-ThoeringeretalHSCT後の患者HSCT後早期のCEnterococcus.spp.の増殖がCaGVHDの発症率,死亡率CScienceC2019aGVHDモデルマウスに関連した.HSCT後患者・GVHD患者の腸内細菌叢には,多様性の低下や特定の菌群の割合に顕著な変化が生じており,予後やCGVHDの発症と関連することが示唆される.表2造血幹細胞移植(HSCT)後患者に対する抗菌薬投与の影響に関するおもな報告著者雑誌名対象得られた知見C報告年vanBekkumetal無菌CGVHDモデルマウスCJNatlCancerInst無菌モデルマウス,広域抗菌投与モデルマウスの両群で死亡率が低下した.C1974aGVHDモデルマウスStorbetalHSCT後の抗菌薬投与による腸管の殺菌でCGradeII-IVのCaGVHDの発症率が抑制さCNEnglJMedC1983再生不良性貧血患者C130例れた.Beelenetalシプロフロキサシン単独と比較しメトロニダゾール+シプロフロキサシンCBloodHSCT後の患者C134例C1999投与群でCaGVHDの発症率が低かった.Simms-WaldripetalCBiolBloodMarrowTransplant小児のCHSCT後患者C15例嫌気性菌に対するスペクトラムをもつ抗菌薬投与群でCGVHDが悪化した.C2017CVossenetal便培養を行い,抗菌薬による腸内殺菌が成功しているかを検証した.PLoSOneHSCT後患者C112例C2014腸内の殺菌が成功していた群ではCaGVHDの発症率が低かった.RoutyetalHSCT後の患者500例HSCT前に抗菌薬による腸内の殺菌を行った群ではGradeII-IVのCOncoimmunologyC2017HSCT前に抗菌薬で殺菌aGVHD発症率が高かった.Shonoetal好中球減少性発熱に対し,広域スペクトラム抗菌薬の使用群でCGVHD関CSciTranslMedHSCT後患者C875例C2016連死亡率が高かった.抗菌薬投与による腸管の殺菌に関してはCGVHDや予後に対してよい影響を与えたという報告と逆に悪化させたという報告が混在する.好中球減少性発熱を予防しつつ,かつCGVHDを促進してしまうCdysbiosisを起こしにくい適切な抗菌薬投与方法の確立が求められている.加えて,2017年に報告されたカナダで行われたC500例に対する後ろ向き研究では,抗菌薬による腸管の殺菌はgradeCII~IVのCaGVHDの発症率を増加させたと報告された20).このように,抗菌薬投与による腸内細菌叢への介入に関してはCGVHDや予後に対してよい影響を与えたという報告と逆に悪化させたという報告が混在する.この異なった結果を説明することはむずかしいが,抗菌薬耐性菌の存在が腸管の殺菌の成功を妨げたのではないかと考えられている.実際にC2014年に報告されたC112例の小児患者に対する後ろ向き研究では,便培養を行い腸管除菌が本当に成功しているか検証したところ,腸管殺菌の失敗がCGVHD発症率を増加させたと報告された21).また,HSCT前の寛解導入,地固め化学療法中に発熱性好中球減少症に対する予防,治療として抗菌薬の投与が行われることが多く,腸内細菌叢を変化させCGVHD発症や予後に関与する可能性がある.2016年の単施設の後ろ向き研究ではこの疑問に答えるべく発熱性好中球減少症に対する異なる抗菌薬の影響を検討した22).その結果,タゾバクタム/ピペラシリンのようにより広いスペクトラムをもつ抗菌薬投与を受けた群では,セフェピムなどのより狭いスペクトラムの抗菌薬を投与された群と比較しCGVHD関連死亡率が上昇していた.aGVHDモデルマウスを使用した実験でも同様に,バンコマイシン,セフォペラゾン,クリンダマイシン,アンピシリンのカクテルを飲水から投与した結果,aGVHDがより悪化することが報告された23).これらの結果をまとめると,広域抗菌薬は腸管CGVHD,aGVHDを悪化させ,より狭いスペクトラムの抗菌薬投与が腸内細菌叢のCdysbiosisを予防し,腸管CGVHDやGVHD関連死亡率の抑制につながるのではないかという仮説に至る.HSCT後患者において,好中球減少性発熱を予防しつつ,かつCGVHDを促進してしまうCdys-biosisを起こしにくい適切な抗菌薬投与方法の確立が求められている.C4.慢性GVHDモデルマウスに対する経口抗菌薬投与上記のようにCGVHDやCHSCT後の死亡率に対しての抗菌薬による腸内細菌叢への介入については多数の報告がなされているが,ほとんどはCaGVHDに対するものでありCcGVHD,とくに眼CGVHDと腸内細菌叢の関連や抗菌薬投与の影響に関しては明らかになっていない.そこで筆者らはCcGVHDマウスモデルに対し,種々の抗菌薬を経口投与し病態への影響を評価した24).種々の抗菌薬(ゲンタマイシン,アンピシリン,フラジオマイシン,バンコマイシン)中,ゲンタマイシン投与群で全身GVHDスコア,角膜フルオレセイン染色スコア,涙液量減少,涙液層破壊時間短縮,涙腺組織で病的線維化,炎症細胞浸潤がコントロール群と比較し有意に抑制されていた(図3a,b).ゲンタマイシン投与群の涙腺において制御性CT細胞は有意に多く保持され,Th17細胞は有意に浸潤が抑制されていた.また,全身のCcGVHD標的臓器でゲンタマイシン投与群において有意にCIL-6産生マクロファージの浸潤が抑制されていた(図3c).以上よりゲンタマイシン経口投与が全身のCGVHD症状,また眼CGVHDを抑制することが示唆された.今後,次世代シーケンスを用いてゲンタマイシン投与群の腸内細菌叢解析を行い,cGVHD抑制メカニズムの追求と腸内細菌叢の眼CGVHDに対する治療ターゲットとしての可能性を追求する.CII結膜細菌叢と眼cGVHD1.結膜細菌叢と免疫機構眼表面の上皮は自然免疫の最前線の防御壁として重要な役割をもつ.病原微生物の認知がもっとも重要な役割の一つであるが,内因性の細菌叢に対する過剰な宿主による防御反応は粘膜における炎症を引き起こす.細胞はPAMPsをおもにCToll様受容体(Toll-likereceptor:TLR)ファミリーによって認識する.健康な眼表面は,継続的に細菌やその産生物に暴露されているにもかかわらず炎症反応を生じない.ヒトの結膜,また角膜上皮細胞はCTLR3を介してCviraldouble-strandedRNAmimicpolyI:Cを認識し炎症性サイトカインを産生するが,TLR4のリガンドであるClipophlysaccharideには反応しないことが報告されている25).また,ヒト眼表面の上皮細胞はCTRL5を介し,病原菌の鞭毛を認識し炎症性サイトカインを放出するが,病原性をもたない細菌とは反応しないことがわかっている.このように眼表面の上皮(19)あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022C569図3cGHVDモデルマウスにおける経口ゲンタマイシン(GM)の病態抑制効果a:GM経口投与群でCGVHDの全身重症度,角膜上皮障害が有意に抑制された.Cb:GM経口投与群の涙腺組織の線維化が有意に抑制された.Cc:GM経口投与群で,単位面積あたりの涙腺組織に浸潤するCIL-6産生マクロファージ数が有意に抑制された.(文献C24より引用)aDetectionratioRiskratio*CpvaluePositive(%)Negative(%)Total(%)CvsControlCvsnonGVHDCvsGVHDCGVHD24(75.0)8(25.0)32(100)<0.01<0.01C─CnonGVHD10(35.7)18(64.3)28(100)>0.99C─<0.01CControl5(25.0)15(75.0)20(100)C─>0.99<0.01*CDunn’smultiplecomparisonstestCRR(RiskRatio)95%CCI**CPvalueCGVHDvsControlC2.38C1.33C4.27<0.01CGVHDvsnonGVHDC2.29C1.24C4.25<0.01CnonGVHDvsControlC1.22C0.76C1.96C0.43**CFisher’sexactprobabilitytestCbProfileofthedetectedspeciesGVHDCnonGVHDCControlCnumberCdetectedCtotalCnumberCdetectedCtotalCnumberCdetectedCtotalCeyeCeyeCeyeCeyeCeyeCeyeCStaphylococcusEpidermidisC18/32C75.0%56.3%2/10C20.0%C7.1%C3/5C60.0%C15.0%CAlpha-haemo.StreptococcusC7/32C29.2%21.9%─C───C─C─CCorynebacteriumspeciesC5/32C20.8%15.6%2/10C20.0%7.1%─C──PropionibacteriumAcnesC3/32C12.5%9.4%2/10C20.0%C7.1%C1/5C20.0%C5.0%CAerobicgrampositivecocciC3/32C12.5%9.4%─C───C─C─CStaphylococcusAureusC2/32C8.3%6.3%2/10C20.0%C7.1%C─C─C─CHaemophilusinfluenzaeC1/32C4.2%3.1%─C─C─C─C─C─CAerobicgrampositiverodC1/32C4.2%C3.1%C─C───C─C─CStaphylococcusspeciesC─C─C─C2/10C20.0%7.1%─C─C─CEnterobactorcloacaeC─C─C─C1/10C10.0%C3.6%C─C──PropionibacteriumspeciesC─C─C─C─C─C─C1/5C20.0%C5.0%CnumberCPercentagenumberCPercentagenumberCPercentageMultipledetectionC1145.8%13.6%00.0%105NumberofSpeciesp=0.0002,r=0.500.Spearman’srankcorrelationcoe.cientICOscore0246図4眼GVHD患者の結膜細菌叢解析a:眼CGVHD患者群において,有意に結膜擦過物が細菌培養陽性となる割合が高い.Cb:眼CGVHD患者群では常在細菌に加え病原微生物の陽性率が有意に高い.Cc:眼GVHDの重症度であるCICO(InternationalChronicOcularGVHDCConsensusGroup)scoreと培養陽性の菌種の数に正の相関を認めた.(文献C26より引用)多くの種類の菌が培養陽性となる結果であった(図4c).この結果に対する考察であるが,GVHD患者では放射線照射,抗菌薬,免疫抑制薬,抗癌剤投与などさまざまな介入がなされており,これらが結膜細菌叢に影響を与えている可能性がある.また,眼CGVHD患者では眼表面において,goblet細胞数の減少,ムチン,IgA,ラクトフェリンといった抗菌物質の分泌低下が報告されており,眼表面のバリア機能が低下している可能性がある27).この実験は培養による結果であり,16SリボソームRNAの次世代シーケンスによる細菌叢解析のように微量な細菌や培養で増殖しないタイプの細菌を検知できていない.また,GVHDで眼表面が障害された結果として細菌叢が変化したのか,あるいは細菌叢が異なることが眼CGVHDを起こしたのか因果関係は不明である.今後,HSCT前後の結膜細菌叢を次世代シーケンスで解析し,眼CGVHD発症のリスク因子となるような結膜細菌叢のスペクトラムを明らかにしたい.おわりにGVHD患者において,腸内細菌叢,また結膜細菌叢が変化しており,その病態に寄与している可能性がある.腸内細菌叢とCcGVHD,とくに眼CGVHDの関連は未だ不明な点が多いが,cGVHDモデルマウスを使用した研究では有効な治療ターゲットであることが示唆された.HSCT後患者の理想的な腸内・結膜細菌叢がどのようなものなのかを明らかにすることでCGVHDの抑制,予防につなががることが期待される.謝辞:稿を終えるにあたり,慶應義塾大学眼科学教室根岸一乃教授,榛村重人准教授,株式会社坪田ラボ坪田一男CCEO,先端生命科学研究所福田真嗣特任教授のご指導に深謝いたします.文献1)ZeiserCR,CBlazarBR:PathophysiologyCofCchronicCgraft-versus-hostCdiseaseCandCtherapeuticCtargets.CNEnglJMedC377:2565-2579,C20172)HayashiCS,CShimizuCE,CUchinoCMCetal:TheCoverlapCsyn-drome:acasereportofchronicgraft-versus-hostdiseaseafterthedevelopmentofapseudomembrane.CorneaC40:C1188-1192,C20213)OgawaY,OkamotoS,WakuiMetal:Dryeyeafterhae-matopoieticCstemCcellCtransplantation.CBrCJCOphthalmolC83:1125-30,C19994)ShonoCY,CvanCdenCBrinkMRM:GutCmicrobiotaCinjuryCinCallogeneicChaematopoieticCstemCcellCtransplantation.CNatCRevCancer18:283-295,C20185)LinD,HuB,LiPetal:RolesoftheintestinalmicrobiotaandCmicrobialCmetabolitesCinCacuteCGVHD.CExpCHematolCOncolC10:49,C20216)TeshimaCT,CReddyCP,CZeiserR:AcuteCgraft-versus-hostdisease:novelCbiologicalCinsights.CBiolCBloodCMarrowCTransplantC22:11-16,C20167)HazenbergCMD,CHaverkateCNJE,CvanCLierCYFCetal:CHumanCectoenzyme-expressingILC3:immunosuppresC-siveCinnateCcellsCthatCareCdepletedCinCgraft-versus-hostCdisease.BloodAdvC3:3650-3660,C20198)JenqCRR,CTaurCY,CDevlinCSMCetal:IntestinalCblautiaCisCassociatedwithreduceddeathfromgraft-versus-hostdis-ease.BiolBloodMarrowTransplantC21:1373-1383,C20159)TaurY,JenqRR,PeralesMAetal:Thee.ectsofintesti-nalCtractCbacterialCdiversityConCmortalityCfollowingCalloge-neicChematopoieticCstemCcellCtransplantation.CBloodC124:C1174-1182,C201410)JenqCRR,CUbedaCC,CTaurCYCetal:RegulationCofCintestinalCinflammationbymicrobiotafollowingallogeneicbonemar-rowtransplantation.JExpMedC209:903-911,C201211)Stein-ThoeringerCCK,CNicholsCKB,CLazrakCACetal:Lac-tosedrivesEnterococcusexpansiontopromotegraft-ver-sus-hostdisease.ScienceC366:1143-1149,C201912)KimSO,SheikhHI,HaSDetal:G-CSF-mediatedinhibi-tionofJNKisakeymechanismforLactobacillusrhamno-sus-inducedCsuppressionCofCTNFCproductionCinCmacro-phages.CellMicrobiolC8:1958-1971,C200613)MathewsonCND,CJenqCR,CMathewCAVCetal:GutCmicrobi-ome-derivedmetabolitesmodulateintestinalepithelialcelldamageCandCmitigateCgraft-versus-hostCdisease.CNatCImmunolC17:505-513,C201614)LaterzaL,RizzattiG,GaetaniEetal:ThegutmicrobiotaandCimmuneCsystemCrelationshipCinChumanCgraft-versus-hostCdisease.CMediterrCJCHematolCInfectCDisC8:e2016025,C201615)ChiusoloCP,CMetafuniCE,CParoniCSterbiniCFCetal:GutCmicrobiomechangesafterstemcelltransplantation.BloodC126:1953-1953,C201516)vanCBekkumCDW,CRoodenburgCJ,CHeidtCPJCetal:Mitiga-tionCofCsecondaryCdiseaseCofCallogeneicCmouseCradiationCchimerasCbyCmodi.cationCofCtheCintestinalCmicroflora.CJNatlCancerInstC52:401-404,C197417)StorbCR,CPrenticeCRL,CBucknerCCDCetal:Graft-versus-572あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022(22)–

眼表面の自然免疫とStevens-Johnson症候群

2022年5月31日 火曜日

眼表面の自然免疫とStevens-Johnson症候群InnateImmunityofOculartheSurfaceandStevens-JohnsonSyndrome上田真由美*はじめに本稿では,眼表面の自然免疫について,とくに常在細菌と接している眼表面上皮細胞を中心に,その粘膜炎症制御機構について記載し,さらに粘膜固有の免疫機構の破綻による眼表面炎症性疾患発症の可能性について,とくにStevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyn-drome:SJS)の病態について記載する.I眼表面の自然免疫眼表面を覆う涙液は,IgA,ラクトフェリン,リゾチームなどの抗菌物質を含み,非特異的な感染防御機構を形成している.また,眼表面上皮である角膜上皮や結膜上皮は,インターフェロン(interferon:IFN)-bやinterferoninducedprotein(IP)-10などの抗ウイルス性サイトカインや,インターロイキン(interleukin:IL)-1aやIL-6などの炎症性サイトカイン,IL-8やregulatedonactivation,normalTcellexpressedandsecreted(RANTES)などのケモカイン,ならびにbディフェンシンなどの抗菌物質を産生し,眼表面上皮細胞そのものが生体防御の第一線を担っている1).また,その一方で,眼表面にはコリネバクテリウム,表皮ブドウ球菌,アクネ菌などの常在細菌も存在する2,3).細菌やウイルスなどの病原微生物の侵入に対する感染防御機構は,自然免疫と獲得免疫に分類され,自然免疫は獲得免疫が作動する前の感染早期に働く防御機構である.Toll-likereceptor(TLR)は微生物の構成成分を特異的に認識し,自然免疫において重要な役割を担っている4).このTLRは,はじめマクロファージなどの免疫担当細胞において研究が進められたが,腸管上皮,眼表面上皮をはじめとする粘膜上皮細胞にも発現しており,粘膜独自の自然免疫機構に貢献していることがわかっている5).大変興味深いことに,眼表面上皮細胞と免疫担当細胞では,同じようにTLRを発現していても,その機能が異なる.たとえば,グラム陰性菌の菌体成分であるリポポリサッカライド(lipopolysaccharide:LPS)はTLR4によって認識され,このTLR4を末梢血単核球ならび眼表面上皮細胞はともに発現しているが,末梢血単核球ではLPSの刺激に対して炎症性サイトカインIL-6,IL-8を著明に産生するのに対して,眼表面上皮である角膜上皮ならびに結膜上皮細胞では,IL-6,IL-8の産生は誘導されない5).一方,ウイルスによって合成される二本鎖RNAを認識するTLR3による炎症性サイトカインの誘導は,眼表面上皮細胞において著明に亢進する5).このことは,粘膜上皮である眼表面上皮細胞が,免疫担当細胞とは異なった自然免疫機構を有し,容易に細菌などの菌体成分に対して炎症を惹起しない機構を保持していることを示唆している5).II眼表面の常在細菌マクロファージやリンパ球などの免疫担当細胞が細菌を排除する機能を有するのとは対照的に,腸管などの粘膜組織や皮膚では常在細菌との共生が重要であり,常在*MayumiUeta:京都府立医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕上田真由美:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学眼科学教室0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(3)553自然免疫マクロファージやリンパ球などの免疫担当細胞細菌への免疫反応→細菌の排除常在細菌と共生するための独自の免疫機構眼表面炎症疾患(Stevens-Johnson症候群,アレルギー炎症など)図1粘膜固有の自然免疫機構マクロファージやリンパ球などの免疫担当細胞が細菌を排除する機能を有するのとは対照的に,腸管などの粘膜組織や皮膚では常在細菌との共生が重要であり,容易に常在細菌に対して炎症を生じない粘膜固有の自然免疫機構が存在する.また,粘膜固有の自然免疫機構の破綻により眼表面炎症が生じる可能性がある.角膜全眼球のX-gal染色結膜結膜角膜上皮上皮内皮野生型マウスEP3の代わりにb-galactosidase(青色)を遺伝子導入したEP3欠損マウスEP3の代わりにb-galactosidase(青色)を遺伝子導入したEP3欠損マウス眼表面(角膜,結膜)上皮に,EP3の局在を示す青色が強く染まる100(numberofeosinophils/0.1mm2)60PBS50点眼40302010RW0-+-+点眼90野生型マウスEP3欠損マウス8070感作++野生型EP3欠損マウスマウス図2眼表面上皮に発現するEP3による眼表面炎症抑制作用PGE2受容体EP3の代わりにb-galactosidaseを遺伝子導入したEP3欠損マウスでは,角膜上皮と結膜上皮が,b-galactosi-daseの青色に強く染まり,EP3は眼表面上皮に優位に発現していることがわかる.EP3欠損マウスでは,野生型マウスと比較して眼表面炎症が有意に促進される.つまり,EP3は常に眼表面上皮(角膜上皮や結膜上皮)に優位に発現して,眼表面炎症を負に制御している.点眼図3上皮細胞による炎症制御機構上皮細胞に発現しているCTLR3は,各種サイトカイン産生を誘導し,眼表面炎症を正に制御している.一方,同じく上皮細胞に発現しているCEP3は,TLR3を介した炎症を抑制している.さらに,皮膚粘膜炎症を誘導するCIKZF1は,TLR3によって誘導される.(UetaM:InvestCOphthalmolCVisCSci59:DES183-DESC191,2018より引用)結膜弛緩症患者の結膜化学外傷患者の結膜結膜上皮図4ヒト眼表面におけるEP3蛋白の発現ヒト眼表面結膜組織を用いてCEP3の免疫染色を行ったところ,正常結膜ならびに結膜弛緩症,化学外傷患者の結膜組織において,結膜上皮にCEP3発現が強く認められるのとは対照的に,重篤な眼後遺症を伴うCStevens-Johnson症候群(SJS)患者の結膜ではその蛋白発現は著しく減弱している.EP3が眼表面炎症を抑制していることから,EP3の発現の減弱が重篤な眼後遺症を伴うCSJSの眼表面炎症発症に関与している可能性が高い.(文献C20より改変引用)微生物感染正常な感冒薬投与治癒免疫応答異常な感冒薬投与免疫応答炎症を抑制しているPGE2産生が抑制され皮膚粘膜炎症が増悪図5眼合併症を有するStevens-Johnson症候群(SJS)発症についての仮説発症の素因がない人では,なんらかの微生物感染が生じても,正常の自然免疫応答が生じ,感冒薬服用後に解熱・消炎が促進され,感冒は治癒する.しかし,発症素因がある人に,なんらかの微生物感染が生じると異常な自然免疫応答が生じ,さらに感冒薬服用が加わって炎症を抑制しているCPGEC2の産生が抑制されることによって,異常な免疫応答が助長され,SJSを発症する.微生物感染感冒薬関連SJSの全ゲノム関連解析SJS=239,Control=1,158MinorMajorAllele(1vs2)GeneSymbolrsnumberAllele(1)Allele(2)p-value*Oddsratio(95%CI)IKZF1rs897693rs4917014rs4917129rs10276619CGCGTTTA7.98E-048.46E-118.05E-094.27E-091.8(1.3~2.5)0.5(0.4~0.6)0.5(0.4~0.7)1.8(1.5~2.3)*ResultofCochran-Mantel-Haenszelmethod図6感冒薬関連眼合併症型Stevens-Johnson症候群(SJS)の発症関連遺伝子IKZF1アジア人向けに開発されたCChipを用いた全ゲノム関連解析では,IKZF1遺伝子が,感冒薬に関連して発症した重篤な眼後遺症を伴うCSJS発症と有意な強い関連を示す.韓国人,インド人などの国際サンプルを用いたメタ解析において,全ゲノム解析で有意とされるC10C.8以下のC10C.11台のp値を示し,国際的に共通の疾患関連遺伝子である.(文献C21より引用)皮膚炎眼瞼炎急性期SJS患者眼瞼炎口内炎爪囲炎皮膚炎口内炎爪囲炎IKZF1(IkarosFamilyZincFinger1)keratin5specifctransgenicmice図7IKZF1は皮膚粘膜炎症を制御する皮膚や粘膜上皮に限局してCIKZF1が過剰に発現するマウスでは,急性期CStevens-Johnson症候群(SJS)にみられる皮膚炎,眼表面炎症,口内炎,爪囲炎を自然発症する.眼後遺症を伴うCSJS発症関連遺伝子,IKZF1は皮膚粘膜炎症を制御していることを示している.(文献8,14より改変引用)図8Stevens-Johnson症候群(SJS)発症関連遺伝子の遺伝子間相互作用と発症機序眼後遺症を伴うCSJSの発症に有意に関連する複数の発症関連遺伝子は,機能的な相互作用がある.EP3はCTLR3を介した炎症を抑制している.IKZF1も,TLR3によって誘導される.生体内で複数の発症関連遺伝子が遺伝子間ネットワークを構成し,ネットワークのバランスが良好だと安定した生体内の恒常性が維持され,複数の発症関連遺伝子多型を有することにより,ネットワークのバランスが不安定になり発症リスクにつながる可能性がある.(UetaM:InvestOphthalmolVisSci59:DES183-DES191,2018より引用)1CaOthers7550250HCG1G2G3G4SJSpatientsRelativeabundance(%)D.4..Corynebacteriaceae_D.5..CorynebacteriumD.4..Neisseriaceae_D.5..NeisseriaD.4..Micrococcaceae_D.5..RothiaD.4..Enterobacteriaceae_D.5..Escherichia.ShigellaD.4..Oxalobacteraceae_D.5..MassiliaD.4..Flavobacteriaceae_D.5..EmpedobacterD.4..Enterobacteriaceae_D.5..SerratiaD.4..Corynebacteriaceae_D.5..LawsonellaD.4..Fusobacteriaceae_D.5..FusobacteriumD.4..Streptococcaceae_D.5..StreptococcusD.4..Propionibacteriaceae_D.5..PropionibacteriumD.4..Staphylococcaceae_D.5..StaphylococcusD.4..Neisseriaceae_D.5..unculturedD.4..Corynebacteriaceae_D.5..Corynebacterium.1bD.5..Corynebacterium1D.4..Neisseriaceae_D.5..unculturedD.5..Staphylococcus******100100Relativeabundance(%)Relativeabundance(%)Relativeabundance(%)75502575502500図9眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群(SJS)の眼表面常在細菌眼合併症を伴うCSJS患者の眼表面の常在細菌を次世代シークエンサー用いたマイクロバイオーム解析で調べてところ,SJS患者では健常対照者に比べて眼表面の細菌の多様性が減少しており,眼表面の常在細菌の構成が健常対照者と異なった.SJS患者では,Corynebacterium1(グループ1),Neisseriaceaeunculture(グループ2),Staphylococcus属(グループ3)およびその他の細菌(グループC4)の固有種が優勢である四つのグループに分けられた.健常人の有する眼表面の常在細菌,の約C40%がCCorynebacteriaceae属,約C30%がCStaphylococcaceae属,約C10%がCPropionibacteriaceae属を占めるのとは,対照的である.(文献C2より引用)HCG1G2G3G4SJSpatientsHCG1G2G3G4SJSpatientsHCG1G2G3G4SJSpatientsdsRNAホストの異常な粘膜免疫応答図10眼表面炎症発症機序の仮説眼表面炎症の病態には,常在細菌と共生する粘膜固有の免疫機構の破綻や,ホストの遺伝子素因,ならびに疾患関連遺伝子の遺伝子間相互作用と,なんらかの微生物感染を起因とした遺伝子間相互作用バランスの破綻が関与している可能性がある.(UetaMetal:ProgRetinEyeRes31:551-575,2012より引用)C—

序説:腸内細菌・常在細菌と眼

2022年5月31日 火曜日

腸内細菌・常在細菌と眼CommensalBacteriaandtheEye榛村重人*外園千恵**腸内細菌は最近話題となっているが,われわれ眼科医は自分の診療とはあまり関係がないと考えているのではないだろうか.眼表面にも常在菌は存在しているが,疾病に関与しているとは真剣に考えたことがなかった.ところが,腸内細菌を含む常在菌は生息する局所に影響を及ぼすだけではなく,まるでホルモンのように離れた部位まで影響することがわかってきた.とくに腸内細菌の免疫系への作用についての研究は,ここ数年で凄まじいペースで進歩している.われわれの体を構成する細胞の数よりはるかに多いとされる腸内細菌は,その種類に個人差が大きく,出生時から年齢とともに変化するといわれている.最近,慶應義塾大学の本田らは,平均年齢107歳の百寿者らの腸内細菌叢から,イソアロリトコール酸という特殊な胆汁成分を合成する高齢者に特異的な腸内細菌株を同定した1).イソアロリトコール酸には病原性細菌に対する強い抗菌活性があり,健康長寿に関与している可能性がある.腸内細菌叢は民族によっても差があることがわかってきた.たとえば,日本人が海藻を食べることができるのは,海藻を消化するのに有利な酵素をもつ細菌が日本人の腸内に生息しているおかげである2).欧米人の多くが日本の食事で提供される海藻を敬遠するのは,好き嫌いの問題だけではないようだ.このように,われわれの体質に影響する腸内細菌はホストと共生関係を構築しており,普段はバランスが保たれている.さまざまな疾患や抗菌薬の内服によって腸内細菌叢のバランスが崩れることも事実であるが,逆に腸内細菌のアンバランス(dysbio-sis)がホストに病気を起こすことが知られている.たとえば,オーストラリアに生息する野生コアラのクラミジア感染が問題となっている.抗菌薬による治療が試みられているが,長期内服によって食欲不振に陥り,死んでしまうコアラが出現した.その理由は,コアラがユーカリの葉を消化するために必要な腸内細菌も駆除されてしまうからだ3).抗菌薬の服用については,耐性菌の出現以外にも,常在菌への影響を考慮する必要がある.一方で,抗菌薬の内服が腸内細菌の編成を改善するという報告もあり,臨床応用についてはもう少しエビデンスが必要である.今月の特集では,ぶどう膜炎やアトピー性皮膚炎など眼科医にも馴染みのある病気と腸内細菌の関係について,第一線で研究されている先生方に執筆していただいた.病因と,さらに治療への可能性についてわかりやすく解説されている.わが国においては,戦前より腸内細菌が含まれるプロバイオティクス製品が普及している.漢方とも西洋医学とも異な*ShigetoShimmura:藤田医科大学フジタ羽田先進医療センター(仮称)**ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(1)C551-

新型コロナ感染症パンデミックにおける 涙道診療の実践(第2 報)

2022年4月30日 土曜日

新型コロナ感染症パンデミックにおけるはじめに第C1報では,今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに際して筆者の涙道診療が様変わりしたことについて報告した.涙洗を含むほぼすべての涙道検査と治療がアエロゾルを発生させる手技(aerosolgeneratingpro-cedure:AGP)であり,これを行うことで無症候患者から医療従事者にCSARS-CoV-2のエアロゾル感染が生じる可能性が危惧されている.筆者はこれに対応したさまざまな対策を講じてC2021年C9月から涙道手術を再開した.第C1報では,筆者が模索したエアロゾル対策や患者管理の方法を記述した.その内容から,パンデミックが始まる前(コロナ前)と始まって以来(コロナ後)で,涙道検査・手術・術後管理の流れ(涙道診療の進め方)が変化した様子が明らかとなった.第C2報では,その変化がコロナ後の涙道手術実績にどう影響を与えたか報告する.CI分析の方法手術記録データベースから患者の属性,涙道手術件数,対象疾患の種類と選択した術式などを調べ,コロナ前後で比較した.対象期間は,コロナ前はC2019年C9月から手術を中断したC2020年C4月C8日までのC7カ月で,コロナ後は手術を再開できたC2020年C9月からC2021年C5月末までのC9カ月である.患者属性は両眼手術でもC1例として調べ,手術件数については両眼のものはC2件と数えた.対象疾患は炎症性涙道疾患と非炎症性涙道疾患に分けた.炎症性涙道疾患には涙小管炎と涙.炎が含まれる.非炎症性涙道疾患にはそれ以外,つまり涙点・涙小管系の閉塞(あるいは狭窄),涙道内視鏡で涙.内の混濁液や鼻涙管粘膜に膿の付着が認められない鼻涙管閉塞(あるいは狭窄),機能性流涙が含まれる.その診断は急性涙.炎のように術前の経過から明らかなものはそれを根拠に,そうでないものは外来のコーンビームCCT涙道造影検査(coneCbeamCcomputedCtomography-dacryocystogra-涙道診療の実践(第2報)鈴木亨**鈴木眼科クリニックphy:CBCT-DCG)と執刀直前の涙洗や涙道内視鏡検査の結果を参考とした.第C1報で述べたように,涙洗と涙道内視鏡検査は外来では施行しておらず,手術室搬入後に施行した.選択した術式の種類は内視鏡手術と非内視鏡手術に分けた.内視鏡手術には,涙.鼻腔吻合術鼻内法(endonasaldacryorhinostomy:EDCR)と下鼻道涙道形成術(inferiorCmeataldacryorhinotomy:IMDR)1),注),涙道内腔再建術(endoscopicClacrimalCductCrecanalization,CorCendoluminarClacrimalCductrecanalization:ELDR)2),注)を含めた.非内視鏡手術には,涙.鼻腔吻合術鼻外法(externaldacryorhinos-tomy:XDCR)とその他の手術(Jonesチューブ再挿入や涙小管形成手術3)などのおもに涙小管病変に対する特殊な手術)を含めた.手術はすべて局所麻酔下に施行した.手術予約はすべて日帰りの予定で行った.注)涙道内腔再建術(ELDR)とは,涙道内腔をもとの状態に再建する涙道内視鏡手術をさす.JavateはCendoscopicClacrimalCductrecanalizationの略として,SundarはCendolu-minalClacrimalCductrecanalizationの略としてこの用語を用いる.日本では涙管チューブ挿入術の保険手術名で知られる.おもな手術操作は内腔を可視化しながら涙道粘膜の穿破・切開・掻把,または涙道内異物(涙石・停留チューブ・プラグなど)の除去など.再建補助目的で涙道チューブを留置することが多いが,涙小管炎など症例によってチューブが必須でない点で日本の保険手術名では矛盾がある.下鼻道涙道形成術(IMDR)とは,下鼻道においてレーザーを用い,骨は削開せずに膜性鼻涙管のみに開窓して再開通する鼻内視鏡手術を示す.通称CDCR下鼻道法ともよばれDCRで保険請求可能であるが,涙.と鼻腔は吻合しない点でCDCRの名称では矛盾がある.〔別刷請求先〕鈴木亨:〒808-0102北九州市若松区東二島C4-7-1鈴木眼科クリニックC表1手術患者の属性200n=176180160対象期間2019.9.2020.4.82020.9.2021.5.27C140120対象人数151人53人C100男:女43人:108人18人:35人C80n=60平均年齢C71.1±13.1歳C70.1±16.3歳C6040コロナ後で女性比率の減少がみられたが統計的有意差なしC20(p=0.326,Fishertest).C0コロナ前コロナ後図1手術の総数200180160140120100806040200コロナ前コロナ後■炎症性■非炎症性図2非炎症性疾患の比率非炎症性疾患はコロナ前C54%,コロナ後C45%となった(p=0.23,Chi-squaretest)200180160140120100806040200コロナ前コロナ後■非内視鏡手■術内視鏡手術図3内視鏡手術の比率内視鏡手術はコロナ前C71%,コロナ後C20%となった(p<0.0001,Chi-squaretest).CII結果表1に手術患者の属性を記した.両群に性や年齢の差はみられなかった.図1に手術件数の変化を示した.コロナ前C151例C176件からコロナ後はC53例C60件となり,66%の減少となった.図2には非炎症性疾患の占める比率を示した.コロナ前54%からコロナ後C45%に減少したが,統計的には差がなかった(p=0.23,Chi-squaretest).表2に各術式の実績を示したが,とくにCEDCRはコロナ前にC31件あったがコロナ後C1件しか施行できなかった.コロナ前はC176件,コロナ後はC60件となった(66%減少).表2術式別にみた手術件数EDCR:DCR鼻内法,ELDR:涙道内腔再建術,IMDR:下鼻道涙道形成術(通称はCDCR下鼻道法であるが,涙.と鼻腔は吻合しないので矛盾がある),XDCR:DCR鼻外法.IMDRはC0件となった.一方でCXDCRはコロナ前C44件,コロナ後はC45件とほぼ同数であった.結果として,図3に示したように内視鏡手術の占める比率はコロナ前C71%からコロナ後C20%にまで有意に減少した(p<0.0001,CChi-squaretest).また,第C1報で述べたようにコロナ後は涙道診療の進め方が変わった.つまり確定診断に至らないまま手術予約し,手術室で執刀前に涙洗と涙道内視鏡検査を行って診断を確かめ,そのうえで手術を進める方針とした.そのため,執刀直前で診断が覆ることも少なくなかった.それでも事前に術式変更の可能性を患者と十分に話し合っていたので,混乱は少なかった.手術室に搬入後に手術ができないまま帰宅した患者はコロナ後対象期間中にC2例だけであった.1例は,初診時の特徴的な前眼部所見とCCBCT-DCG像で涙小管炎と診断し,ELDR予約としていた患者である.しかし手術室で執刀前に行った涙道内視鏡検査で,涙.炎の合併が明らかになった.このとき,ELDRからCDCRへの変更は想定外で術前同意を得ておらず,そのまま手術中止として退室させた.そして同日中に病状説明し,後日のCDCRで対応した.もうC1例は,CBCT-DCGで涙小管遠位の閉塞と診断し,ELDR予約としていた患者である.しかし手術室では涙小管の閉塞が予想外に硬く,涙道内腔再建が果たせなかった.術前の説明では患者がCDCRを受け入れておらず,そのまま退室させ改めてCDCR以外に治療法がないことを説明した.その結果CDCRの方針を受け入れ,後日のCDCRで治癒した.コロナ前には,手術室に搬入されたものの手術中止,帰宅となったケースは経験がない.ただし,コロナ前は,ELDRは外来で施行しており,閉塞が硬かったり涙.結石が認められたりした場合はすぐに手術中止の判断で帰宅,後日のCDCRとしており,そのようなケースは毎月経験していた.CIII考察手術パフォーマンスは大幅に低下したものの,徹底したエアロゾル管理と涙道手術継続の両立は十分に可能であることがわかった.パンデミック中の手術の基本は不急のものは延期することである.その基本を守りながら症例を選んで手術を再開した.当初は炎症性涙道疾患に対してのみ手術を行った.炎症性涙道疾患は涙小管炎と涙.炎を含み,眼表面全体の炎症を遷延させて角膜潰瘍の原因となるだけでなく,とくに涙.炎については眼表面の菌量は健常眼の数百から数万倍もある4).その炎症が急性化して眼窩に波及したときには失明のリスクもある(石川未奈:急性涙.炎から急激に重篤な視機能障害に至ったC1例.第C8回日本眼形成再建外科学会抄録集p36,2021).したがって,これら疾患は不急の疾患とは言いがたく,手術を延期すべきではない.一方,非炎症性涙道疾患には流涙診療ではありふれた高齢者の涙道狭窄や閉塞が含まれるが,これらは眼の健康障害を生じる証拠がなく,不急の疾患である.裏を返せば,この不急の涙道治療の回復こそが日常涙道診療の復活といえる.今回の分析では,図2でわかるようにコロナ後の非炎症性疾患の比率がコロナ前と有意差ない程度にまで回復した.非炎症性疾患の手術はC2020年末まではほとんどなかったが,その後のC5カ月で回復してきた結果である.この結果は,筆者が日常を取り戻した印象と一致しており大変に興味深い.結論として,第C1報で述べたような徹底したエアロゾル管理の下で手術をすれば,パンデミック中でも医療従事者を守りながら安全に手術が可能であったといえる.ただし,手術室で発生したエアロゾルが次の手術患者に与える影響については不明である.一般に手術室は窓を開放することができないため,バスや飛行機と同様に換気設備の徹底が求められている.しかし,足元が寒く天井付近は温い手術室では手術室全体の換気が設計通りになっているかどうかは不明である.とくに天井カセット式の換気装置を設けた手術室では換気不良リスクがあり,エアロゾル滞留の可能性は考えておかなければならない.手術再開当初は,この点を手術予約時に患者に伝えるようにしていた.その結果,2020年の間はほぼすべての患者がC1例目手術を希望したため,手術はC1日C1件しか施行できなかった.しかしC2021年になると,北九州地区ではコロナ慣れでC2例目の手術を厭わない患者が現れるようになり,1日C2件の手術ができるようになった.そのため現在では,手術室におけるエアロゾル残留の懸念は手術患者に伝えていない.これまで筆者は涙道の内視鏡手術の開発・発展・教育に尽くしてきた.しかし,今回のパンデミックで内視鏡手術の弱さが露呈した結果となった.図3で示したように,従来C70%以上も占めていた内視鏡手術の割合が一気に減少した.この理由と問題点について述べる.まずCELDRについては,筆者自身のC2001年の涙道内視鏡の開発から技術改良を経てもなお,低侵襲と引き換えに再発の問題を解決できていない.したがって,少ない通院で確実に治すことが求められるパンデミック中の医療にはそぐわない.また,コロナ前からときどき経験していたように,手術を始めても完遂できずに中止とする症例がどうしても発生する点も問題である.コロナ前は,ELDRは外来で手間をかけずに簡単に行う治療であったため,中止となっても施設側の損失はない.しかしコロナ後は,第C1報で述べたように大きな経費と努力を重ね厳重なアエロゾル対策の下で行う治療となっている.このため,DCRへの術式変更ならよいが,手術中止では対価が求められず施設側の負担は無視できない.これらの点から,コロナ後はなるべくCDCRで手術予約をするようにしている.次にCEDCRについては,コロナ後の入院撤廃で手術がむずかしくなった.筆者は局所麻酔で鼻内法を施行するが,手術を低侵襲に終わらせるためには全身管理の工夫が必要となる.とくに覚醒下での術中出血コントロール(すなわち血圧のコントロール)はむずかしく,薬剤を使いすぎると術後気分不良のため帰宅に無理のある患者が発生する.実際,対象期間中の早い時期に施行したCEDCRの患者は帰宅することができず,急遽,看護師C1名に当直を命じ入院対応とした.これまでのマスコミ報道をみると,医療機関でクラスターが発生するのは入院施設に限られている.入院では,当直や給食でC1人の患者に対して多数のスタッフが接触し,これが感染拡大リスクとなるのは間違いない.そのリスクコントロールの観点から入院を撤廃したが,この条件で局所麻酔下EDCRを予約するのはむずかしい.最近C20年の麻酔科の進歩をみると,むしろ全麻のほうが日帰りに適している.しかし,涙道手術のガイドラインでは全身麻酔は避けるよう勧められている5,6).その理由は,抜管の際にエアロゾル感染リスクが生じるからである.またCIMDRは涙道手術のなかでもっともエアロゾル発生リスクが高い術式であることが問題となる.下鼻道でレーザーを使用するとき,水を弾く音や組織の焼ける匂いが強く発図4Teartroughincisionの1例右下眼瞼の涙袋の際(teartrough)に一致させて切開を入れ,DCRを施行した(2018年).a:術後C2カ月では,まだ切開線がスジとなって確認できる.Cb:術後C3年では,もう切開線は術者にも見えない.2017年からの経験では肥厚性瘢痕はC1例もない.生することから,大量のエアロゾルが周囲に拡散していることは間違いない.また,従来から手術適応が狭いこと,IMDRのよい適応ではCEDCRでも手術しやすいことなどの理由で,この術式選択は少なかった.今後,この手術の再開予定はない.以上述べたさまざまな見地から,涙道の内視鏡手術はむずかしくなった.逆にCXDCRの利点が浮き彫りになった.涙.炎のみならず,機能性流涙症から再建不能の硬い涙小管閉塞まですべての涙道疾患に対応が可能で,全身管理が簡単なので入院の必要がない.手術成績が他のどの術式よりも高く,世界中で普及していることから考えても涙道手術の標準術式といえる.涙道チューブを使用しなければ通院も抜糸までで十分であり,なるべく受診を控えたいというコロナ後の医療ニーズにもよく適合する.唯一の欠点であった切開瘢痕の問題も,teartroughincisionの発展で大幅に改善された7)(図4).筆者はC2017年からこの切開法を取り入れており,それまで毎年増加していたCEDCR症例割合は徐々に減少に転じていた.コロナ後は一気にCXDCRが涙道手術の中心となった.おわりに涙道診療の進め方が変化したことで,術式選択も大きく変わった.筆者自身のアイデンティティーでもあった涙道の内視鏡手術が後退したことは大変に残念である.リスクを気にせず内視鏡手術に邁進する道も可能であったかもしれないが,筆者は術者である前に医療施設管理者であるので,職場衛生管理の責務を負っている.パンデミックが終息するまではこの点を第一に考え,現在の涙道診療の進め方を守るつもりである.今回のパンデミックもすでに出口が見える時期にあり,そう遠くない将来また内視鏡手術に安心して取り組むことができるはずである.筆者はそれまでの期間,むしろこの時期しかできないことに専念したい.すなわち,外来でのCT検査から考えた診断を手術室で答え合わせをする面白さ,あるいは執刀直前に涙道内視鏡で見た涙道の状態がすぐにその場で開けて確認できる感動,これらを楽しむ気持ちでパンデミックの終息を待ちたいと考えている.文献1)SasakiCT,CNagataCY,CSugiyamaK:NasolacrimalCductCobstructionCclassi.edCbyCdacryoendoscopyCandCtreatedCwithCinferiorCmeataldacryorhinotomy:PartCII.CinferiorCmeatalCdacryorhinotomy.CAmJOphthalmolC140:1070-1074,C20052)JavateRM,PamintuanFG,CruzRTJr:E.cacyofendo-scopicClacrimalCductCrecanalizationCusingCmicroendoscope.COphthalmicPlastReconstrSurgC26:330-333,C20103)鈴木亨:涙小管閉塞症の顕微鏡下手術における術式選択.眼科手術24:231-236,C20114)OwjiCN,CZareifardA:NormalizationCofCconjunctivalC.oraCafterCdacryocystorhinostomy.COphthalmicCPlastCReconstrCSurgC25:136-138,C20095)HegdeCR,CSundarG:GuidelinesCforCtheCoculoplasticCandCophthalmicCtraumaCsurgeonCduringCtheCCOVID-19era:CAnCAPOTSC&CAPSOPRSCDocument.CAPOTS&APSOPRSC2020.4.176)AliMJ:COVID-19pandemicandlacrimalpractice:mul-tiprongedCresumptionCstrategiesCandCgettingCbackConCourCfeet.IJOC68:1292-1299,C20217)BrettCWD,CMichaelCSM,CRonCWPCetal:TearCtroughCinci-sionCforexternalCdacryocystorhinostomy.OphthalmicPlastReconstrSurgC31:278-281,C2015***

網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫と高血圧治療 ─高血圧治療中,抗VEGF 薬未投与で黄斑浮腫改善を 認めた網膜静脈閉塞症の検討

2022年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科39(4):533.539,2022c網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫と高血圧治療─高血圧治療中,抗VEGF薬未投与で黄斑浮腫改善を認めた網膜静脈閉塞症の検討土屋徳弘*1,3戸張幾生*2宮澤優美子*2西山功一*2,4田中公二*2,3森隆三郎*2,3中静裕之*3*1表参道内科眼科内科*2表参道内科眼科眼科*3日本大学病院眼科*4オリンピア眼科病院CExaminationofRetinalVeinOcclusionAssociatedMacularEdemathatImprovedwithouttheAdministrationofanAnti-VEGFDrugduringAntihypertensiveTreatmentNorihiroTsuchiya1,3)C,IkuoTobari2),YumikoMiyazawa2),KoichiNishiyama2,4)C,KojiTanaka2,3)C,RyusaburoMori2,3)CandHiroyukiNakashizuka3)1)DepartmentofInternalMedicine,OmotesandoInternalMedicine&OphthalmologyClinic,2)DepartmentofOphthalmology,OmotesandoInternalMedicine&OphthalmologyClinic,3)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,4)OlympiaOphthalmologyHospitalC目的:高血圧治療中,抗CVEGF薬未投与で血圧値改善とともに網膜静脈閉塞症(retinalCveinocclusion:RVO)に伴う黄斑浮腫の改善を認めた症例を検討し,RVOに伴う黄斑浮腫と高血圧治療との関連について報告する.対象および方法:表参道内科眼科を受診し,内科での高血圧治療中に抗CVEGF薬未投与でCRVOに伴う黄斑浮腫の改善を認めたC20例を対象に,黄斑浮腫改善までの期間,視力,血圧変動について後ろ向きに検討した.結果:黄斑浮腫改善を認めるまでの高血圧治療期間は平均C85.1C±50.9(7.215)日.logMAR視力は有意に改善していた.黄斑浮腫改善前は全例血圧コントロール不良であったが,黄斑浮腫改善時の血圧値は全例ガイドラインの降圧目標値に達していた.結論:高血圧治療中,抗CVEGF薬未投与で黄斑浮腫の改善を認め,視力の改善も認めたことにより,RVOに伴う黄斑浮腫に対する高血圧治療の有効性が示唆された.RVOに伴う黄斑浮腫症例に対しては,抗CVEGF薬硝子体内注射に加え,血圧コントロールが重要と考える.CPurpose:ToCinvestigateCcasesCinCwhichCretinalCveinCocclusion(RVO)C-associatedCmacularCedema(ME)andCbloodpressure(BP)levelsimprovedwithoutCadministrationofCananti-vascularCendothelialgrowthfactor(VEGF)CdrugCduringCantihypertensiveCtreatment.CSubjectsandMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedC20CpatientsCwithCRVO-associatedMECseenatCtheOmotesandoInternalMedicineandOphthalmologyClinic,Tokyo,JapaninwhomMECimprovedCwithoutCadministrationCofCanCanti-VEGFCdrugCduringCantihypertensiveCtreatment.CInCallCpatients,CtheCtimeCperiodCuntilCimprovementCofCME,Cvisualacuity(VA)C,CandCBPC.uctuationCwereCexamined.CResults:ThemeanperiodCofCantihypertensiveCtreatmentCtoCimproveCMECwasC85.1±50.9Cdays(range:7-215days)C,CandClogMARCVACsigni.cantlyCimproved.CBeforeCtheCimprovementCofCME,CBPCcontrolCwasCpoorCinCallCcases.CHowever,CtheCBPCvalueCatCtheCtimeCofCMECimprovementCreachedCtheCtargetCreductionCvalueCguidelineCinCallCcases.CConclusion:DuringCantihy-pertensivetreatment,improvementCofCMECwithoutCadministrationofCananti-VEGFCdrugCandimprovementCofCVACwasCobserved,CthusCsuggestingCtheCe.ectivenessCofCantihypertensiveCtreatmentCforCRVO-associatedCME.CInCadditionCtoCanCintravitrealCinjectionCofCanCanti-VEGFCdrug,CBPCcontrolCisCimportantCinCcasesCofCRVO-associatedCME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(4):533.539,C2022〕Keywords:網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫,抗CVEGF薬未投与,コントロール不良高血圧,高血圧治療,黄斑浮腫改善.macularedemaassociatedwithretinalveinocclusion,withoutanti-VEGFdrug,uncontrolledhypertension,antihypertensivetreatment,improvementofmacularedema.C〔別刷請求先〕土屋徳弘:〒107-0061東京都港区北青山C3-6-16表参道内科眼科Reprintrequests:NorihiroTsuchiya,M.D.,Ph.D.,OmotesandoInternalMedicine&OphthalmologyClinic,3-6-16Kitaaoyama,Minato-ku,Tokyo107-0061,JAPANCはじめに現在,網膜静脈閉塞症(retinalCveinocclusion:RVO)に伴う黄斑浮腫に対しては抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内注射が標準治療となっている1).しかし,同治療によって黄斑浮腫が一度改善しても再発を繰り返す難治例や治療抵抗例もあり,抗CVEGF薬の継続投与が必要な症例も多数存在する.さらに抗CVEGF薬による治療は根治療法とはいえず,投与が長期間にわたるなど治療終了が予測できない例も多いのに加え,同薬は高価であるため経済的な理由による治療中断が問題となっている.RVOに伴う黄斑浮腫に対しては,トリアムシノロンアセトニドのCTenon.下注射も行われているが,眼科的局所療法が中心であり,全身の内科的治療は検討されていない.高血圧関連疾患である脳卒中や心疾患,慢性腎臓病では,高血圧治療により予後の改善・治療効果が認められている2.5).RVOは高率に高血圧を合併し6),さらにCRVO発症時は高血圧の合併だけでなく血圧コントロール不良であることを筆者らは報告している7.9).これらを鑑みると,他の高表1対象者の背景(n=20)性別(例)男性9:女性C11年齢(歳)C65.1±11.9(46.83)BMI(kg/mC2)C25.3±2.8(20.4.30.4)病型(例)BRVO16:CRVO4降圧薬服用有:無(例)4:16BMI:bodymassindex.平均値±標準偏差.血圧関連疾患同様にCRVOに伴う黄斑浮腫の病態と高血圧治療との密接な関連が予想された.しかし,これまでにCRVOに伴う黄斑浮腫と高血圧治療・血圧変動に関する報告は希少である10).今回筆者らは,コントロール不良の高血圧を合併するRVOに伴う黄斑浮腫症例において,家庭血圧も考慮した厳格な血圧コントロールを目標とした高血圧治療中,抗VEGF薬未投与で,血圧値改善とともに黄斑浮腫改善を認めたC20例を経験した.それらの症例の黄斑浮腫の改善状態と血圧変動を後ろ向きに検討し,黄斑浮腫に対する高血圧治療の有効性を考察した.CI対象および方法2012年C3月.2020年C2月に黄斑浮腫を伴うCRVOにより表参道内科眼科(以下,当院)の眼科を受診し,同時に当院内科初診となりコントロール不良の高血圧を認めたC89例のうち,新たな高血圧治療が開始され,その後の高血圧治療継続中に抗CVEGF薬未投与で黄斑浮腫の改善を認めたC20例が対象である.対象者の背景を表1に示す.網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalCveinocclusion:BRVO)16例,網膜中心静脈閉塞症(centralCretinalCveinocclusion:CRVO)4例.これらC20例が抗CVEGF薬投与を受けなかった理由は,①高血圧治療開始後かつ抗CVEGF薬の投与前に黄斑浮腫が改善した,②患者が抗CVEGF薬投与を拒否した,のいずれかである.これら全例は当院内科初診であったが,無治療高血圧または他院での高血圧治療不十分症例であり,当院内科で新たに家庭血表2高血圧治療ガイドラインにおける高血圧の基準と降圧目標(mmHg)A高血圧基準血圧値(mmHg)JSH2009年版JSH2014年版JSH2019年版診察室血圧家庭血圧診察室血圧家庭血圧診察室血圧家庭血圧高血圧基準血圧値C≧140-90C≧135-85C≧140-90C≧135-85C≧140-90C≧135-85降圧目標(7C5歳未満)<C130-85<C125-80<C140-90<C135-85<C130-80<C125-75降圧目標(7C5歳以上)<C140-90<C135-85<C140-90<C140-90<C140-90<C135-85B降圧薬の禁忌や慎重投与(JSH2019)禁忌慎重投与Ca拮抗薬末梢浮腫動悸CARB妊娠ACE阻害薬妊娠血管性浮腫サイアザイド系利尿薬痛風耐糖能異常Cb遮断薬徐脈耐糖能異常Ca拮抗薬:calciumchannelblocker(CCB)ARB:angiotensinIIreceptorblockerACE阻害薬:angiotensinconvertingenzymeinhibitor表3黄斑浮腫改善前と改善時のlogMAR視力,血圧値黄斑浮腫改善までの日数(日)85.1±50.9(7-215)logMAR視力黄斑浮腫改善前黄斑浮腫改善時p値0.40±0.28C0.22±0.30<0.001黄斑浮腫改善前と改善時の血圧値(mmHg)の比較黄斑浮腫改善前黄斑浮腫改善時p値全例C診察室血圧収縮期C149.5±17.1(C116.C174)C121.6±11.1(C96.C138)<C0.001n=20(mmHg)拡張期C85.3±9.3(C64.C104)C73.8±8.4(60.88)<C0.001診察室血圧高値C診察室血圧収縮期C159.0±9.4(C116.C174)C126.0±9.7(C96.C138)<C0.001n=14(mmHg)拡張期C88.7±7.5(C64.C104)C75.3±8.6(60.88)<C0.001診察室血圧収縮期C127.0±8.4(C116.C138)C112.0±8.1(C96.C118)Cp=0.002仮面高血圧C(mmHg)拡張期C77.3±8.1(70.86)C70.3±6.8(60.78)Cp=0.058n=6家庭血圧収縮期C165.2±21.2(C143.C196)C128.0±7.8(C115.C136)Cp=0.002(mmHg)拡張期C94.0±2.4(90.98)C73.5±10.3(C55.C83)Cp=0.002平均値±標準偏差,logMAR:logarithmicminimumangleofresolution.圧も考慮した厳格な高血圧治療を開始し,眼科と内科で継続診療がされた.黄斑浮腫の改善は,高血圧治療前後を光干渉断層計(opti-calcoherencetomography:OCT)で比較し,黄斑浮腫が改善し,抗CVEGF薬投与不要であると眼科医が判断した時点とした.高血圧の診断と治療は,日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン(5年ごとに改訂)11.13)に従い,診察室血圧に加え家庭血圧も考慮した(表2).高血圧治療開始後の黄斑浮腫改善までの期間,視力,血圧変動について検討した.統計学的な検討は対応のあるCt検定を使用し,p<0.05をもって有意差ありと判定した.本研究は表参道内科眼科の倫理審査委員会で承認後,ヘルシンキ宣言を順守して実施された.研究情報は院内掲示などで通知公開され,研究対象者が拒否できる機会を保障した.CII結果対象C20例の結果を表3に示す.黄斑浮腫改善を認めるまでの高血圧治療期間は平均C85.1C±50.9(7.215)日.logMAR視力は黄斑浮腫改善前C0.40C±0.28,黄斑浮腫改善時はC0.22C±0.30,p<0.001と有意に改善していた.黄斑浮腫改善時の血圧値は全例ガイドラインの降圧目標値に達していた.各症例における降圧薬の選択もガイドラインに従い現在の標準的な高血圧治療が行われ,禁忌もしくは慎重投与を考慮した結果,アンジオテンシンCII受容体拮抗薬(angiotensinIIreceptorblocker:ARB)が第一選択薬となり全例に投与された.第二選択薬以降は降圧目標値を達成することを目標に多剤併用療法が行われた.対象症例の詳細を表4に示す.症例C1.14は診察室血圧高値の高血圧.うち症例C1.12は無治療高血圧,症例C13,14は降圧薬服用中であったが治療不十分の高血圧.症例C15.20は診察室血圧は正常であったが家庭血圧測定を指示した結果,家庭血圧高値の仮面高血圧.うち症例C15.18は無治療仮面高血圧,症例C19,20は降圧薬服用中であったが治療不十分の治療中仮面高血圧.いずれの症例も黄斑浮腫存在時は,降圧薬服用の有無にかかわらず血圧コントロール不良の高血圧と診断され,新たに高血圧治療を開始または追加の降圧薬が投与された.黄斑浮腫改善時の血圧はガイドラインで定められた降圧目標値を下回っていた.代表症例の血圧値の変動と黄斑浮腫改善の経過を図1~4に示す.図1は無治療高血圧(症例C1,6,10,12).黄斑浮腫存在時に診察室血圧高値を認め高血圧と診断されたが高血圧無治療であり,新規に降圧薬投与を開始した症例.図2は治療不十分高血圧(症例C14).黄斑浮腫存在時に降圧薬服用中であったが診察室血圧高値を認め,追加の降圧薬が投与された症例.図3は無治療仮面高血圧(症例C15,17).黄斑浮腫存在時に診察室血圧正常であったが家庭血圧高値を認め,新規に降圧薬投与を開始した症例.図4は治療中仮面高血圧(症例C20).黄斑浮腫存在時に降圧薬服用中で診察室血圧正常であったが,家庭血圧高値を認め追加の降圧薬が投与され表4黄斑浮腫改善前後の各症例の期間,視力,血圧値浮腫改善前浮腫改善後小数視力症例C年齢No.(歳)性別CBMI病態降圧薬服用歴診察室血圧診察室血圧(家庭血圧)(家庭血圧)SBPDBPSBPDBP(mmHg)C(mmHg)C(mmHg)C(mmHg)浮腫改善までの期間(日)降圧薬黄斑浮腫改善前後改善値C高血圧1C77男C26.0CCRVO無C168C84C136C86C35CARBC0.3C0.9C0.6C(診察室血圧高値)C2C54女C26.0CBRVO無C174C104C136C84C56CARBC0.2C0.4C0.2C3C76女C24.0CBRVO無C162C90C124C66C215CARBC0.2C0.8C0.6C4C71女C21.1CBRVO無C156C84C128C78C122CARBC0.7C0.5C.0.2C5C66男C23.6CBRVO無C168C98C118C80C24ARB,利尿薬C0.5C0.6C0.1C6C47女C24.2CBRVO無C148C92C108C62C55CARBC0.6C1.2C0.6C7C73女C27.1CBRVO無C142C82C128C72C63CARBC1.2C1.2C0.0C8C76男C24.4CCRVO無C144C80C114C74C125CARBC0.5C0.4C.0.1C9C82女C22.2CBRVO無C166C76C138C60C131ARB,CCBC0.3C0.8C0.5C10C49男C27.7CBRVO無C166C96C136C88C57CARBC0.7C1.0C0.3C11C46男C24.0CBRVO無C164C94C136C80C91CARBC0.7C1.2C0.5C12C69男C28.3CBRVO無C154C92C114C66C66CARBC0.3C0.4C0.1C13C76女C21.9CBRVO有C162C82C126C78C130ARB,CCB,利尿薬C0.4C0.3C.0.1C14C67女C24.0CBRVO有C152C88C116C80C175ARB,b遮断薬0.2C0.3C0.1仮面高血圧(診察室血圧正常,15C57男C30.4CBRVO無C1368411878(1C45)C(95)C(1C15)C(65)C72CARBC0.5C0.9C0.4C家庭血圧高値)C16C65女C20.4CBRVO無C1328411676(1C92)C(98)C(1C36)C(83)C29CARBC0.06C0.06C0.0C17C47女C30.0CBRVO無C1168610864(1C55)C(95)C(1C32)C(79)C61CARBC0.7C1.0C0.3C18C53男C28.7CBRVO無C120709660(1C43)C(93)C(1C20)C(76)C89CARBC0.3C0.8C0.5C19C83男C25.1CCRVO有C1387611876(1C96)C(90)C(1C30)C(55)C98ARB,b遮断薬,利尿薬C0.5C0.6C0.1C20C68女C27.6CCRVO有C1226411868(1C60)C(93)C(1C35)C(83)C7ARB,CCB,利尿薬C0.5C1.0C0.5BMI:bodyCmassindex,BRVO:branchCretinalCveinocclusion,CRVO:centralCretinalCveinocclusion,SBP:systolicCbloodCpres-sure:収縮期血圧,DBP:diastolicCbloodpressure:拡張期血圧CARB:angiotensinCIIreceptorblocker,CCB:calciumCchannelCblock-er:Ca拮抗薬た症例である.いずれの症例も高血圧治療中,血圧値の改善とともに,黄斑浮腫の改善が認められた.CIII考按高血圧が関連する脳卒中や心疾患・慢性腎臓病では,高血圧治療による予後の改善は確立しており,ガイドラインに明示されている14.16).RVOは高率に高血圧を合併し,さらにRVO発症時は降圧薬服用の有無にかかわらず高率に血圧コントロール不良状態である8).よってCRVOにおいても,高血圧治療による病態改善効果が予想された.しかしこれまでに,血圧変動・高血圧治療とCRVOに伴う黄斑浮腫に関する研究はほとんどない.RVOは眼科疾患であり,多くの患者は内科での血圧管理状態との並行した観察はされておらず,またCRVOに伴う黄斑浮腫に対する抗CVEGF薬の硝子体内注射がすでに標準治療として確立しているためと考えられる.RVOは高血圧を高率に合併するため,当院では常に眼科医と内科医とが同時に並行して診察を行っている.そのためRVOに伴う黄斑浮腫症例の抗CVEGF薬未投与例において,黄斑浮腫と高血圧治療・血圧変動の関連を検討することが可能であった.今回対象となったC20例は高血圧治療中,抗CVEGF薬未投与の経過中に黄斑浮腫の改善を認めたが,黄斑浮腫の改善が認められた時点で血圧値も改善していたこと,およびその時点で視力の改善も認めたことにより,RVOに伴う黄斑浮腫に対する高血圧治療の有効性が強く示唆された.本研究の限界と課題を述べる.今回のC20例以外のC69例B35日後症例1:77歳,男性,CRVO,無治療高血圧.A:降圧薬投与前,矯正視力0.3,診察室血圧168/84mmHg.テルミサルタン40mg開始.B:35日後,矯正視力0.9,診察室血圧136/86mmHg,黄斑浮腫改善.55日後症例6:47歳,女性,BRVO,無治療高血圧.A:降圧薬投与前,矯正視力0.6,診察室血圧148/92mmHg.テルミサルタン40mg開始.B:55日後,矯正視力1.2,診察室血圧108/62mmHg,黄斑浮腫改善.57日後症例10:49歳,男性,BRVO,無治療高血圧.A:降圧薬投与前,矯正視力0.7,診察室血圧166/96mmHg.テルミサルタン40mg開始.B:57日後,矯正視力1.0,診察室血圧136/88mmHg,黄斑浮腫改善.66日後症例12:69歳,男性,BRVO,無治療高血圧.A:降圧薬投与前,矯正視力0.3,診察室血圧154/92mmHg.テルミサルタン40mg開始.B:66日後,矯正視力0.4,診察室血圧114/66mmHg,黄斑浮腫改善.図1症例1,6,10,12無治療高血圧(診察室血圧高値,降圧薬服用なし)175日後症例14:67歳,女性,BRVO,治療中高血圧.オルメサルタン5mg服用中.A:降圧薬追加前,矯正視力0.2,診察室血圧152/88mmHg.オルメサルタン20mgへ増量,アテノロール25mg追加.B:175日後,矯正視力0.3,診察室血圧116/80mmHg,黄斑浮腫改善.図2症例14治療不十分高血圧(診察室血圧高値,降圧薬服用中)のなかにも,当院内科で新たな高血圧治療を開始した症例が性の検討は不可能であった.黄斑浮腫に対する高血圧治療の存在したが,血圧コントロール状態や高血圧治療期間が考慮有効性を判断する期間が設定されれば,高血圧治療が黄斑浮されることなく標準治療である抗CVEGF薬が投与され,黄腫に対し有効であったか無効であったか,また抗CVEGF薬斑浮腫が改善したため,黄斑浮腫に対する高血圧治療の有効投与をどの時点で行うかの指標となる.しかし,糖尿病網膜B72日後症例15:57歳,男性,BRVO,無治療仮面高血圧.A:降圧薬投与前,矯正視力0.5,診察室血圧136/84mmHg,家庭血圧145/95mmHg.アジルサルタン20mg開始.B:72日後,矯正視力0.9,診察室血圧118/78mmHg,家庭血圧115/65mmHg,黄斑浮腫改善.61日後症例17:47歳,女性,BRVO,無治療仮面高血圧.A:降圧薬投与前,矯正視力0.7,診察室血圧116/86mmHg,家庭血圧155/95mmHg.テルミサルタン40mg開始.B:61日後,矯正視力1.0,診察室血圧108/64mmHg,家庭血圧132/79mmHg,黄斑浮腫改善.図3症例15,17仮面高血圧(診察室血圧正常,降圧薬服用なし,家庭血圧高値)7日後症例20:68歳,女性,CRVO,治療中仮面高血圧.カンデサルタン8mg,シルニジピン10mg服用中.A:降圧薬追加前,矯正視力0.5,診察室血圧122/64mmHg,家庭血圧160/93mmHg.トリクロルメチアジド1mg追加.B:7日後,矯正視力1.0,診察室血圧118/68mmHg,家庭血圧135/83mmHg,黄斑浮腫改善.図4症例20治療中仮面高血圧(診察室血圧正常,降圧薬服用中,家庭血圧高値)症に対する糖尿病治療の有効性の判定期間設定が困難なように,内科的全身治療による各臓器への治療有効性の判断に有する期間の予想は困難である.本研究においても,新たな高血圧治療開始後に黄斑浮腫の改善を認めるまでの期間は,平均C85.1日,最短C7日,最長C215日であり,大きな差があった.高血圧治療では血圧改善までに要する期間は高血圧治療ガイドラインにも記載はなく,個人差が非常に大きい.よって黄斑浮腫に対する高血圧治療の有効性を判断する期間の設定は困難と考えられる.RVOに伴う黄斑浮腫に対する高血圧治療の有効性の検討に関して,高血圧治療の有無や抗CVEGF薬投与の有無という条件設定による前向き介入試験は倫理的に困難である.現段階では高血圧治療と黄斑浮腫の改善に関する研究は,今回のような条件下で抗CVEGF薬投与がなされなかったケースの積み重ねでしか判断できない.このような症例を数多く長期にわたり検討することによってCRVOに伴う黄斑浮腫に対する高血圧治療の有効性の研究が進むと考える.抗CVEGF薬治療は高価であるが投与は複数回にわたり,かつ治療の終了が明確でなく治療を受ける患者の負担は非常に大きい.高血圧治療がCRVOに伴う黄斑浮腫に対し有効であるならば,再燃再発を繰り返し抗CVEGF薬の経済的負担が重くのしかかる同症の患者にとっては非常に価値がある.RVOに伴う黄斑浮腫患者に対しては,抗CVEGF薬硝子体内注射に加え,血圧コントロールの必要性の説明が重要と考える.RVOに伴う黄斑浮腫患者に高率に合併するコントロール不良の高血圧の存在は,患者の生命予後に大きな影響を与えるため,黄斑浮腫に対する高血圧治療の有効性の判断とは別に内科治療が必要な状態である.眼科と内科の枠組みを乗り越え,全身状態を考慮した患者の視点に立った取り組みが必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本網膜硝子体学会硝子体注射ガイドライン作成委員会:小椋祐一郎,髙橋寛二,飯田知弘:黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン.日眼会誌C120:87-90,C20162)RashidP,Leonardi-BeeJ,BathP:Bloodpressurereduc-tionandsecondarypreventionofstrokeandothervascu-larevents:aCsystematicCreview.CStrokeC34:2741-2748,C20033)KatsanosCAH,CFilippatouCA,CManiosCECetal:BloodCpres-sureCreductionCandCsecondaryCstrokeprevention:aCsys-tematicCreviewCandCmetaregressionCanalysisCofCrandom-izedclinicaltrials.HypertensionC69:171-179,C20174)LevyCD,CGarrisonCRJ,CSavageCDDCetal:PrognosticCimpli-cationsCofCechocardiographicallyCdeterminedCleftCventricu-larCmassCinCtheCFraminghamCHeartCStudy.CNCEnglCJCMedC322:1561-1566,C19905)SPRINTCResearchGroup;WrightCJTCJr,CWilliamsonCJD,CWheltonPKetal:ArandomizedtrialofintensiveversusstandardCblood-pressureCcontrol.CNCEnglCJCMedC373:C2103-2116,C20156)YasudaM,KiyoharaY,ArakawaSetal:PrevalenceandsystemicriskfactorsforretinalveinocclusioninageneralJapaneseCpopulation:TheCHisayamaCStudy.CInvestCOph-thalmolVisSciC51:3205-3209,C20107)土屋徳弘,戸張幾生:高血圧・動脈硬化と網膜静脈閉塞症.日本の眼科89:1368-1376,C20188)土屋徳弘,戸張幾生,宮澤優美子ほか:網膜静脈閉塞症発症とコントロール不良高血圧の存在.仮面高血圧を考慮して.あたらしい眼科C37:1322-1326,C20209)土屋徳弘:眼科領域から高血圧治療へのメッセージ:網膜静脈閉塞症など.日本臨牀78:227-234,C202010)AhnSJ,WooSJ,ParkKH:Retinalandchoroidalchangeswithseverehypertensionandtheirassociationwithvisualoutcome.InvestOphthalmolVisSciC55:7775-7785,C201411)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編):高血圧治療ガイドラインC2009,日本高血圧学会,200912)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編):高血圧治療ガイドラインC2014,日本高血圧学会,201413)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会(編):高血圧治療ガイドラインC2019,日本高血圧学会,201914)日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン作成委員会(編):脳卒中ガイドラインC2015[追補C2019対応].協和企画,201915)日本循環器学会,日本心不全学会(編):急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版),ライフサイエンス社,C201716)日本腎臓学会(編):エビデンスに基づくCCKD診療ガイドライン2018,日本医学社,2018***

トラベクレクトミー術後3 日目に眼内炎を生じた1 例

2022年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科39(4):529.532,2022cトラベクレクトミー術後3日目に眼内炎を生じた1例飯川龍栂野哲哉坂上悠太末武亜紀福地健郎新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学大講座眼科学分野CACaseofEndophthalmitisthatOccurredontheThirdDayafterTrabeculectomyRyuIikawa,TetsuyaTogano,YutaSakaue,AkiSuetakeandTakeoFukuchiCDivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversityC目的:トラベクレクトミー術後C3日目に発症した眼内炎のC1例を経験したので報告する.症例:77歳,男性.慢性眼瞼炎の既往があった左眼の原発開放隅角緑内障に対してトラベクレクトミーを行った.術中,強角膜ブロック作製後の虹彩切除をした際に硝子体脱出があり,脱出した硝子体を切除した.術翌日からC2日目の所見はとくに異常なかったが,術後C3日目に結膜充血,前房蓄膿,硝子体混濁を認めた.細菌性の眼内炎を疑い,抗菌薬の頻回点眼を行ったが所見が急速に悪化したため,緊急で硝子体手術を施行した.術中に採取した前房水からCStaphylococcusaureusが検出され起因菌と考えられた.硝子体手術と抗菌薬投与によって感染は鎮静化したが,濾過胞は瘢痕化し,最終的にはチューブシャント手術を要した.結論:比較的まれとされるトラベクレクトミー術後早期の眼内炎を報告した.本症例では慢性眼瞼炎,硝子体脱出が眼内炎の発症にかかわっていた可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCendophthalmitisCthatCoccurredConCtheCthirdCdayCafterCtrabeculectomy.CCaseReport:AC77-year-oldCmaleCunderwentCtrabeculectomyCinChisCleftCeyeCforCprimaryCopenCangleCglaucoma.CTheCoperatedeyehadahistoryofchronicblepharitis.Duringsurgery,vitreouslossoccurredwheniridectomywasper-formed,andwecuttheprolapsedvitreous.Noabnormal.ndingswereobservedupthrough2dayspostoperative.However,ConCtheCthirdCdayCpostCsurgery,CconjunctivalChyperemia,Chypopyon,CandCvitreousCopacityCwereCobserved.CBacterialCendophthalmitisCwasCsuspected,CandCwasCtreatedCwithCfrequentCadministrationCofCantibioticsCeyeCdrops.CHowever,CtheCconditionCrapidlyCdeteriorated,CsoCvitrectomyCwasCurgentlyCperformed.CStaphylococcusCaureusCwasCdetectedintheaqueoushumor.Althoughvitrectomyandantibioticadministrationsubsidedtheinfection,theblebbecameCscarredCandCeventuallyCrequiredCtubeCshuntCsurgery.CConclusion:ThisCstudyCpresentsCaCrelativelyCrareCcaseofendophthalmitisthatoccurredearlyaftertrabeculectomy.Inthiscase,chronicblepharitisandvitreouspro-lapsemayhavebeenriskfactorsforendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(4):529.532,C2022〕Keywords:緑内障,トラベクレクトミー,眼内炎,硝子体脱出,眼瞼炎.glaucoma,trabeculectomy,endophthal-mitis,vitreousloss,blepharitis.Cはじめにトラベクレクトミーはもっとも眼圧下降の期待できる緑内障手術の一つとして,国内外で広く施行されている術式である.高い眼圧下降効果の反面,早期の合併症として前房出血,低眼圧,濾過胞漏出,脈絡膜.離,脈絡膜出血,悪性緑内障などがあり,中期から晩期の合併症としては低眼圧の遷延による黄斑症,白内障の進行,濾過胞炎やそれに伴う眼内炎が知られている1).とくに濾過胞炎や眼内炎といった濾過胞関連感染症は,患者の視力予後を大きく左右する合併症の一つで,臨床上大きな問題となる.その頻度をCYamamotoらはC5年の経過で累積発生率はC2.2C±0.5%で,濾過胞漏出の存在と若年であることが濾過胞関連感染症のリスクファクターであると報告している2).濾過胞炎に続発する眼内炎は晩期の合併症として知られているが,トラベクレクトミー術後早期眼内炎の報告は少なく,まれであると考えられる.今回,筆者らはトラベクレクトミー術後C3日目に発症した術後〔別刷請求先〕飯川龍:〒951-8510新潟市中央区旭町通C1-757新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学大講座眼科学分野Reprintrequests:RyuIikawa,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,1-757Asahimachidori,Chuo-ku,Niigata-city,Niigata951-8510,JAPANC図1トラベクレクトミー後3日目の前眼部写真前房内に著明な炎症性細胞を認める.図3図1の数時間後の前眼部写真前房蓄膿を認める.早期眼内炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:77歳,男性.家族歴:特記事項なし.既往歴:(眼)2005年に左眼,2007年に右眼水晶体再建術,左眼レーザー後.切開術後.(全身)高血圧,前立腺肥大症で内服加療中.現病歴:2007年,Goldmann圧平眼圧計(GoldmannCapplanationtonometer:GAT)で右眼眼圧がC20CmmHg,左眼眼圧がC27CmmHgと高値で,左眼にCBjerrum暗点認め,原発開放隅角緑内障の診断で前医にて左眼にラタノプロスト(キサラタン)点眼を開始された.その後,両眼ともC20mmHg以上の眼圧で推移してチモロールマレイン酸塩(チモプトール)を追加された.左眼は適宜点眼を追加するも眼圧はC20CmmHg台前半で推移していた.2018年C1月頃より左眼に眼瞼炎が出現し,ステロイド軟膏を処方されていた.図2トラベクレクトミー後3日目の超音波Bモード画像びまん性の硝子体混濁を認める.2018年C4月頃よりラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合剤(ザラカム),ブリモニジン酒石酸塩(アイファガン),リパスジル塩酸塩水和物(グラナテック)点眼下でも左眼眼圧がC30CmmHg台前半まで上昇し,眼圧コントロール不良にてC2018年C6月,当科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼がC0.06(1.0C×sph.3.50D(cyl.3.75DAx55°),左眼が0.03(0.4C×sph.3.75D(cylC.2.0DAx105°),眼圧は右眼18mmHg,左眼28mmHg(GAT)であった.前房は深く,清明,両眼とも眼内レンズ挿入眼であり,左眼はレーザー後.切開術後であった.眼軸長は右眼C26.0Cmm,左眼C25.9Cmmであった.視野はCHum-phrey24-2で右眼の平均偏差(meandeviation:MD)がC.9.47dB,左眼のCMDがC.22.95dB,Humphrey10-2で左眼のMDがC.24.82CdBであった.左眼には慢性眼瞼炎を認めた.CII経過ステロイド緑内障の可能性も考慮し,当科初診時に軟膏を中止した.しかし,その後も眼圧下降が得られず,2018年7月,左眼にトラベクレクレクトミーを施行した.術前,クロルヘキシジン(ステリクロンW液C0.02)で皮膚洗浄を行い,6倍希釈したCPAヨードで結膜.洗浄を行った.手術は輪部基底結膜切開で施行した.強角膜ブロック作製後の虹彩切除の際に硝子体脱出があり,脱出した硝子体をスプリングハンドル剪刀と吸水性スポンジ(O.S.A;はんだや)で可能な限り切除した.結膜は端々縫合(3針)したあとに連続縫合で閉創し,漏出がないことを確認して手術を終了した.なお,当科では術前や術中の抗菌薬点眼,内服,点滴,術中のヨード製剤などによる術野洗浄はこの当時施行していなかった.術翌日,前房は深く,軽度の炎症細胞を認めた.左眼眼圧はC21CmmHg(GAT)であり,眼球マッサージでC11CmmHgまで下降した.左眼視力は(0.6CpC×sph.4.75D(cyl.2.0DAx110°)であり,眼底透見は良好で,術翌日の所見としてとくに問題はなかった.術翌日より,レボフロキサシン水和物C1.5%(レボフロキサシン),ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC0.1%(サンベタゾン),トラニラストC0.5%(リザベン)をC1日に各C4回,術後点眼として使用した.術後C2日目も前房炎症は軽度,左眼眼圧はC18CmmHgであり,低眼圧や濾過胞漏出は認めなかった.術後C3日目の午前に,結膜充血,前房内炎症細胞の著明な増加,眼底が透見できないほどの硝子体混濁を認めた(図1,2).濾過胞内には混濁なく,疼痛の自覚はなかった.細菌性の眼内炎を疑い,レボフロキサシン水和物(レボフロキサシン)とセフメノキシム塩酸塩(ベストロン)のC2時間ごと頻回点眼を開始した.しかし,数時間後には前房蓄膿が出現(図3),急速に悪化したため,緊急で硝子体手術を施行した.バンコマイシン塩酸塩(バンコマイシン,10Cmg)とセフタジジム水和物(モダシン,20mg)を混注したC500Cmlの灌流液を用いて,前房洗浄を行い,続いて硝子体混濁と硝子体腔のフィブリンを除去した.術中の網膜所見としては,全体的に血管が白線化し,少量の網膜出血を認めた.菌塊は認められなかった.術中に採取した前房水と硝子体液の培養を行い,前房水からCStaphylococcusaureusが検出された.硝子体液は培養陰性であった.硝子体手術後は,抗菌薬点眼併用で感染の鎮静化が得られ,術翌日の左眼視力は(0.04C×sph.3.0D)であったが,術後C3カ月の時点で,左眼視力は(0.6C×sph.3.50D(cyl.2.25DAx90°)と改善を認めた.しかし,眼底後極部の血管の白線化は残存,濾過胞は瘢痕化し左眼眼圧C26CmmHg(GAT)まで上昇し,Humphrey10-2のCMDはC.30.22dBに悪化した.最終的に術後C5カ月の時点でCAhmed-FP7(NewWorldMedical)によるチューブシャント手術を要した.CIII考察トラベクレクトミー術後早期の眼内炎はまれであると考えられる.トラベクレクトミー術後の早期の眼内炎に関しては,症例報告が散見され,Papaconstantinouら3)は術後C10日目の眼内炎,Katzら4)は術翌日の眼内炎,Kuangら5)は術後C2日目の眼内炎を報告している.頻度としてはC0.1.0.2%5,6)程度とされる.一般的に晩期合併症としての眼内炎は菲薄化した濾過胞からの房水漏出濾過胞関連であり,術後早期の眼内炎の原因は術中の汚染と考えられる4).トラベクレクトミー術後早期の眼内炎の起因菌としてはCLactobacil-lus3),b-hemolyticStreptococcus4),Morganellamorganii5),coagulase-negativeStaphylococcus,Staphylococcusaureus,Streptococcus,Gram-negativeCspecies6)などの報告がある.白内障術後の早期眼内炎に関しては多くがグラム陽性菌で70%がCcoagulase-negativeCStaphylococcus,10%がCStaphy-lococcusaureus,9%がCStreptococcus属,2.2%がCEnterococ-cus属とされ,トラベクレクトミー術後早期においても同様と考えられる7).本症例では慢性の眼瞼炎の存在が,眼内炎のリスクファクターになった可能性がある.白内障術後の眼内炎に関しては,急性または慢性眼瞼炎があると,眼瞼や睫毛が細菌の温床になりリスクが高まるとされる7).早期眼内炎とは異なるが,慢性眼瞼炎はトラベクレクトミー後の濾過胞炎のリスクファクターとされ8),眼瞼炎が感染に関与している可能性は高いと考えられる.眼瞼炎のC47.6%からCStaphylococcusaureusが分離されたとの報告もあり9),本症例では前房水からCStaphylococcusaureusが検出されていることから,起因菌と考えられた.検出菌の薬剤感受性は術後に使用していたレボフロキサシン(LVFX)に対してCS(Susceptible:感受性)であった.術中の硝子体脱出も,眼内炎のリスクになったと考えられる.白内障術後眼内炎に関しては,術中に硝子体脱出があるとC7倍リスクが高くなるという報告がある7).術中に硝子体脱出があった白内障術後眼内炎の起因菌は,症例で検出されたようなグラム陽性菌が多いとされ10),術中の硝子体の汚染が眼内炎の発生率を上げる要因となっている.また,嘉村は白内障手術からの眼内炎発症時期として,CStaphylococcusaureusなどのグラム陽性菌では術後4.7日が多いと報告している11).白内障術後では前房から硝子体,網膜へと感染が進展するのに対して,硝子体術後は細菌が直接硝子体に侵入するため眼内炎の発症期間の平均はC2.3日で白内障手術後の眼内炎よりも早いとされる12).本症例でもこの機序で術後C3日目という比較的早期に眼内炎が生じたと考えられる.Atanassovらはトラベクレクトミー術中の硝子体脱出の頻度はC0.9%と報告している13).トラベクレクトミーでは強度近視,落屑緑内障,トラブルのあった白内障術後などで,術中の硝子体脱出のリスクがある.このような場合は,強角膜ブロックを作製しないCExPRESSなどの術式も検討すべきであるが,本症例はこれらに該当はしなかったため硝子体脱出の原因は不明である.トラベクレクトミー周術期の抗菌薬使用についても再考する必要がある.トラベクレクトミー周術期における抗菌薬の使用に関しては決まったガイドラインがないため,各施設・術者によって大きな差がある.荒木らはC34施設C48名にアンケート調査を行い,術前の抗菌薬点眼はC84%,術中の抗菌薬点滴はC70%,術後抗菌薬内服はC68%の医師が施行していると報告している14).当科にてC2018年にC38施設C38名を対象に施行したアンケート調査では,抗菌薬の使用率は術前点眼がC84%(3日前からが最多でC63%),周術期点滴がC58%,周術期内服がC45%であった.術前点眼に関しては同様の結果であったが,抗菌薬の点滴や内服に関してはその有効性や副作用の問題から,昨今は減少傾向にあると考えられる.術中の術野洗浄に関してはC68%の施設でCPA・ヨードまたはイソジンによる洗浄が行われていた.井上らは,白内障術前の患者を対象にしたレボフロキサシン0.5%の術前点眼の期間別の培養陽性率に関して,術前C3日間点眼群は,術前C1日間点眼群やC1時間C1回点眼群に比べて,眼洗浄終了時や,手術終了時の結膜.培養陽性率が有意に低いことを報告しており15),このことからトラベクレクトミーに関しても術前C3日前から点眼している施設・術者が多いものと思われる.また,井上らは術前のイソジン(適応外使用)やCPA・ヨードによる結膜.洗浄で培養陽率が有意に低下することも報告している.内服や点滴と比べて,術前点眼や術中洗浄は副作用や患者の負担も少なく,エビデンスもある減菌方法であると考えられる.CIV結論トラベクレクトミー術後早期の眼内炎はまれであるが,本症例は慢性眼瞼炎の存在と術中の硝子体脱出が発症にかかわっていた可能性がある.トラベクレクトミー周術期の抗菌薬使用に関して定められたガイドラインはなく,施設ごとの差が大きいことから,周術期の抗菌薬の使用方法について再考する必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)OlayanjuJA,HassanMB,HodgeDOetal:Trabeculecto-my-relatedCcomplicationsCinCOlmstedCCounty,CMinnesota,C1985CthroughC2010.CJAMACOphthalmolC133:574-580,C20152)YamamotoCT,CSawadaCA,CMayamaCCCetal:TheC5-yearCincidenceCofCbleb-relatedCinfectionCandCitsCriskCfactorsCafterC.lteringCsurgeriesCwithCadjunctiveCmitomycinC:CcollaborativeCbleb-relatedCinfectionCincidenceCandCtreat-mentstudy2.OphthalmologyC121:1001-1006,C20143)PapaconstantinouD,GeorgalasI,KarmirisTetal:Acuteonsetlactobacillusendophthalmitisaftertrabeculectomy:Cacasereport.JMedCaseRepC4:203,C20104)KatzLJ,CantorLB,SpaethGL:ComplicationsofsurgeryinCglaucoma.CEarlyCandClateCbacterialCendophthalmitisCfol-lowingCglaucomaC.lteringCsurgery.COphthalmologyC92:C959-963,C19855)EifrigCCW,CFlynnCHWCJr,CScottCIUCetal:Acute-onsetpostoperativeCendophthalmitis:reviewCofCincidenceCandCvisualoutcomes(1995-2001)C.COphthalmicCSurgCLasersC33:373-378,C20026)WallinCO,CAl-ahramyCAM,CLundstromCMCetal:Endo-phthalmitisCandCsevereCblebitisCfollowingCtrabeculectomy.CEpidemiologyandriskfactors;asingle-centreretrospec-tivestudy.ActaOphthalmolC92:426-431,C20147)RahmaniCS,CEliottD:PostoperativeCendophthalmitis:ACreviewCofCriskCfactors,Cprophylaxis,Cincidence,Cmicrobiolo-gy,Ctreatment,CandCoutcomes.CSeminCOphthalmolC33:C95-101,C20188)KimCEA,CLawCSK,CColemanCALCetal:Long-termCbleb-relatedCinfectionsCaftertrabeculectomy:Incidence,CriskCfactors,CandCin.uenceCofCblebCrevision.CAmCJCOphthalmolC159:1082-1091,C20159)TeweldemedhinCM,CGebreyesusCH,CAtsbahaCAHCetal:CBacterialpro.leofocularinfections:asystematicreview.BMCOphthalmolC17:212,C201710)LundstromCM,CFrilingCE,CMontanP:RiskCfactorsCforCendophthalmitisCafterCcataractsurgery:PredictorsCforCcausativeCorganismsCandCvisualCoutcomes.CJCCataractCRefractSurgC41:2410-2416,C201511)嘉村由美:術後眼内炎.眼科C43:1329-1340,C200112)島田宏之,中静裕之:術後眼内炎パーフェクトマネジメント.p14-21,日本医事新報社,201613)AtanassovMA:SurgicalCtreatmentCofCglaucomasCbyCtrabeculectomy-indicationsCandCearlyCresults.CFoliaCMed(Plovdiv)51:24-28,C200914)荒木裕加,本庄恵,石田恭子ほか:白内障手術および濾過手術周術期における抗菌薬・ステロイド点眼薬使用の多施設検討.臨眼72:809-815,C201815)InoueCY,CUsuiCM,COhashiCYCetal:PreoperativeCdisinfec-tionCofCtheCconjunctivalCsacCwithCantibioticsCandCiodinecompounds:aprospectiverandomizedmulticenterstudy.JpnJOphthalmolC52:151-161,C2008***

瞬目異常を主症状とした小児Lid-Wiper Epitheliopathy の 2 症例

2022年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科39(4):524.528,2022c瞬目異常を主症状とした小児Lid-WiperEpitheliopathyの2症例小林加寿子*1,2横井則彦*3外園千恵*3*1中日病院眼科*2名古屋大学大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御学*3京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学CTwoCasesofLid-WiperEpitheliopathyinChildrenPresentingAbnormalBlinkingKazukoKobayashi1,2),NorihikoYokoi3)andChieSotozono3)1)DepartmentofOphthalmology,ChunichiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC瞬目異常を主症状とし,レバミピド懸濁点眼液による治療が奏効した小児Clid-wiperepitheliopathy(LWE)のC2例を報告する.症例C1はC9歳,男児.5カ月前より瞬目異常に対し抗菌薬およびステロイドの点眼にて改善せず京都府立医科大学附属病院眼科に紹介された.左眼にCLWEと角膜上皮障害を認め,レバミピド懸濁点眼液開始後C6週間で治癒した.経過中右眼にも同様の所見を生じたが,同治療によりC2週間で治癒した.症例C2はC9歳,男児.1カ月前より瞬目異常と掻痒感を自覚し,抗アレルギー薬およびステロイドの点眼と抗アレルギー薬の内服にて改善せず紹介された.両眼の結膜炎,LWE,および角膜上皮障害を認め,レバミピド懸濁点眼液およびC0.1%フルオロメトロン点眼液による治療にて,6カ月で治癒した.LWEは小児では瞬目異常が主症状となる場合があることおよび,レバミピド懸濁点眼液がCLWEならびに瞬目異常の治療に有効であることが示唆された.CPurpose:ToCreportCtwoCcasesCoflid-wiperCepitheliopathy(LWE)inCchildrenCwhoCpresentedCwithCabnormalblinking(AB).CaseReports:Case1involveda9-year-oldmalewithABwhoshowednoimprovementfollowingaC5-monthCtreatmentCwithCantibioticCandCsteroidCeyeCdrops.CLWECandCcornealepithelialCdamage(CED)wasCobservedCinChisCleftCeye.CAllCsymptomsCresolvedCatC1.5CmonthsCafterCinitiatingCtreatmentCwithrebamipide(RBM)Ceyedrops.Duringthetreatmentcourse,LWEandCEDwereobservedinhisrighteye,yetresolvedviathesametreatment.CCaseC2CinvolvedCaC9-year-oldCmaleCwithCABCandCocularCitchiness.CThereCwasCnoCimprovementCafterCaC1-monthtreatmentwithtopicalandgeneralanti-allergymedicationandsteroideyedrops.Bilateralconjunctivitis,LWE,CandCCEDCwereCobserved,CyetCallCsymptomsCresolvedCatC6-monthsCafterCinitiatingCtreatmentCwithCRBMCandCsteroideyedrops.Conclusion:LWEinchildrencanresultinAB,andLWEandassociatedblinkabnormalitiescane.ectivelybetreatedwithRBMeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(4):524.528,C2022〕Keywords:lid-wiperepitheliopathy,瞬目異常,角膜上皮障害,レバミピド懸濁点眼液,小児.lid-wiperepithe-liopathy,abnormalblinking,cornealepithelialdamage,rebamipideeyedrops,children.Cはじめに2002年,Korbらは,瞬目時に眼球表面と摩擦を生じる眼瞼下溝から上眼瞼の後縁に及ぶ眼瞼結膜部位をClidwiper,この部位の結膜上皮障害をClid-wiperCepitheliopathy(LWE)と命名した1).その後,Shiraishiらは,上眼瞼に比べて下眼瞼にCLWEの頻度が高いことを示し2),現在,LWEは上下のlidwiper領域の上皮障害として認知されるようになってきている.LWEの発症メカニズムとして,瞬目時の摩擦亢進が考えられており1),ドライアイと同様,さまざまな症状を引き起こす原因となる.今回,瞬目異常を症状とし,レバミピド懸濁点眼液による治療が奏効した小児CLWEのC2症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕橫井則彦:〒606-8566京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorihikoYokoi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokoji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyotocity,Kyoto606-8566,JAPANC524(132)I症例〔症例1〕患者:9歳,男児.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:5カ月前に左眼の瞬目異常に母親が気づき,近医を受診.近医にて抗菌点眼液(オフロキサシン点眼液,左眼1日C2回)およびステロイド点眼液(0.1%フルメトロン点眼液,左眼C1日C2回)にて治療されたが,改善しなかったため,京都府立医科大学附属病院眼科を紹介されて受診した.初診時所見:視力は右眼:1.5(矯正不能),左眼:1.2(矯正不能).眼圧は非接触型眼圧計にて,右眼:14CmmHg,左眼:14CmmHgであった.左眼に下方優位のCLWEと,角膜下方に密な点状表層角膜症を認めた(図1).右眼にはCLWEも角膜上皮障害も認めなかった.経過:レバミピド懸濁点眼液を左眼にC1日C4回点眼で開始し,6週間後には,左眼の瞬目異常,LWEおよび点状表層角膜症は治癒した(図1).経過中,右眼にも左眼と同様の瞬目異常とCLWEを認めたが,レバミピド懸濁点眼液を右眼にもC1日C4回点眼で開始し,2週間で治癒した.〔症例2〕9歳,男児.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:1カ月前より瞬目異常と掻痒感を自覚し,近医にて抗アレルギー点眼液(オロパタジン点眼液,両眼C1日C4回)およびステロイド点眼液(0.1%フルメトロン点眼液,両眼C1初診時日C2回)にて治療されたが,改善しなかったため,京都府立医科大学附属病院眼科を紹介されて受診した.初診時所見:視力は右眼:1.2(1.5×+0.50D),左眼:1.2(矯正不能),眼圧は非接触型眼圧計にて,右眼:11CmmHg,左眼:11CmmHgであった.両眼の下方眼瞼結膜に充血,乳頭形成,高度のCLWE,上方にも軽度のCLWEおよび角膜下方に,角膜上皮障害を認めた(図2,3上段).経過:オロパタジン点眼液は中止とし,レバミピド懸濁点眼液を両眼にC1日C4回,0.1%フルメトロン点眼液を両眼に1日C1回点眼として開始し,6カ月で瞬目異常,掻痒感,結膜充血,乳頭形成,LWEおよび角膜上皮障害は治癒した(図2,3下段).CII考按LWEは,その発症機序として,瞬目時の摩擦亢進が推定される,瞼板下溝から上眼瞼の後縁に及ぶClidwiper領域における上皮障害であり1),高齢者より若年者に多く,異物感,眼痛といったドライアイに類似したさまざまな症状を訴える.危険因子として,ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)装用,ドライアイなどが知られている1.3).SCL装用は,LWEが発見される最初の契機となった危険因子であり,SCL表面は,角膜表面に比べて涙液層が薄いことや水濡れ性が悪いことが,LWEの原因として考えられる.一方,ドライアイ,とくに涙液減少型ドライアイにおいては,治療後図1症例1の左眼a,b:角膜フルオレセイン染色所見(ブルーフリーフィルターによる観察所見).c~f:眼瞼結膜リサミングリーン染色所見.初診時にみられた点状表層角膜症(Ca)およびClid-wiperCepitheliopathy(Cc,e)は,レバミピド懸濁点眼液のC1日C4回開始C6週間後に,それぞれ治癒した(b,d,f).初診時治療後図2症例2の右眼a,b:角膜フルオレセイン染色所見(ブルーフリーフィルターによる観察所見).c~f:眼瞼結膜リサミングリーン染色所見.初診時にみられた角膜上皮障害(ただし,縦線状の外観を示すことから,掻痒感に起因する眼瞼擦過の影響も無視できない)(a)およびClid-wiperCepi-theliopathy(Cc,e.eでは眼瞼結膜に乳頭形成もみられる)は,レバミピド懸濁点眼液のC1日C4回およびC0.1%フルオロメトロン点眼液のC1日C1回点眼開始C6カ月後に,それぞれ治癒した(Cb,d,f).初診時治療後図3症例2の左眼a,b:角膜フルオレセイン染色所見(ブルーフリーフィルターによる観察所見).c~f:眼瞼結膜リサミングリーン染色所見.初診時にみられた角膜上皮障害(Ca)およびClid-wiperCepitheliopathy(Cc,e.eでは眼瞼結膜に乳頭形成もみられる)は,レバミピド懸濁点眼液のC1日C4回およびC0.1%フルオロメトロン点眼液のC1日C1回点眼開始C6カ月後に,それぞれ治癒した(Cb,d,f).潤滑作用をもつ涙液の不足のために,瞬目時の摩擦亢進が生じやすく,このことがCLWEが涙液減少型ドライアイに合併しやすい理由としてあげられる.LWEは,症状がない場合があり4),本症例のように小児やCSCL非装用眼でも発症する.今回の症例とドライアイの関連については,.uore-sceinbreakuptime(FBUT)やC.uoresceinbreakuppattern(FBUP)検査を試みたが,小児のため,正確な評価はできなかった.また,LWEは,一般に涙液減少型ドライアイを合併しやすいが,今回の症例では,涙液メニスカスの高さは正常範囲と考えられ,小児のためCSchirmerテストは施行できなかったが,結膜上皮障害がみられなかったことから,涙液分泌減少の合併はないと考えた.しかし,今回瞬目異常がみられたことを考慮すると,眼瞼けいれんで報告されている5)ような,涙液減少を伴わないCBUT短縮型ドライアイ,とくに水濡れ性低下型ドライアイが表現されていた可能性が考えられる.そして,今回の症例では,母親が気づいた瞬目異常が,LWEの診断につながったことは,注目に値する.小児に瞬目異常を起こす疾患には,チックなど内因性によるものや,心身障害といった全身疾患によるもの,顔面神経麻痺や,眼疾患によるものがある(表1).鑑別すべき疾患は多くはないが,とくに,チックや心身障害によるものは,小児科や精神科からのアプローチが主となり,診断や治療も複雑である.今回経験した症例のうち,1例目は患者自身の自覚症状はなかったが,母親が瞬目異常に気づいて受診しており,小児は年齢や成育の程度とも関連して,患者が症状を訴えない場合や訴えられない場合もあるため注意が必要と思われる.そして,小児で瞬目異常を認めた場合は,LWEのような,瞬目時の摩擦亢進が関係する眼表面疾患が原因である可能性も念頭において,鑑別診断を進めてゆく必要がある.瞬目時の摩擦亢進は,lidwiper領域の眼瞼結膜と眼球表面を構成する角膜および球結膜との間で生じ,眼瞼の背後で生じる病態のため,直接観察することができない.そのため,摩擦亢進の結果としての上皮障害からその病態を推察する必要がある.LWEは,フルオレセイン,ローズベンガル,あるいは,リサミングリーン染色でClidwiper領域の染色陽性所見として観察されるが,本症例ではC2例とも,下眼瞼を主体としてClidwiper領域に帯状のリサミングリーン染色陽性所見を認めた.LWEの頻度は上眼瞼よりも下眼瞼が高く,さらに下方CLWEでは,重症度が高いほど,眼瞼圧も高いことが知られることから,高い眼瞼圧は,下方CLWEの発症要因の一つと捉えることができる6).また,上眼瞼は眼瞼圧との明らかな関連はないが,瞬目は上下眼瞼の共同作業であるため,今回のC2例では,下眼瞼の眼瞼圧が高いことによって引き起こされる眼球運動変化や,それに基づく瞬目摩擦の亢進が上眼瞼にも影響して,LWEを発症した可能性がある.表1小児で瞬目異常を起こす原因チック重症心身障害(脳炎,てんかん,脳症など)顔面神経麻痺児童虐待眼疾患:結膜炎(感染性結膜炎,アレルギー性結膜炎,春期カタルなど)ドライアイ,コンタクトレンズ装用,マイボーム腺機能不全,lidwiperepitheliopathy,睫毛内反,睫毛乱生また,症例C2では,眼掻痒感を伴っていたことから,手指で眼瞼を掻くことが,瞬目時の摩擦を増強させ,LWEを増悪させた可能性もある.Yamamotoらによると下方のCLWEには高い眼瞼圧が関係しているとされ6),表1にあげた瞬目異常の原因となる眼疾患では,生理的な瞬目時よりも瞬目が強くなることでCLWEひいては瞬目摩擦による角膜上皮障害を伴いやすくなっている可能性があり,その視点から眼表面を観察する意義があると思われる.眼瞼圧は加齢に伴って減少し7),小児では眼瞼圧が高いと考えられるため,LWEを発症しやすい可能性がある.今回の症例では,下方のCLWEのみならず,それと摩擦を生じうる関係にある下方の角膜領域にフルオレセインで染色される上皮障害所見がみられたことから,両上皮障害部位の摩擦亢進による悪循環,ひいてはそれによって生じるさまざまな眼不快感によって,瞬目という上下眼瞼の一連の相互作用が影響を受け,瞬目異常の症状を引き起こしたと推測される.ただし,症例C2の右眼では,角膜上皮障害は,縦線状の外観を示しており,掻痒感に起因する眼瞼擦過の影響も無視できないと考えられる.LWEの治療としては,眼瞼結膜のClidwiper領域と眼球表面との瞬目摩擦の軽減が鍵となるが,そこには,眼瞼圧の減少,瞬目時の眼瞼速度の減少,涙液の粘度の減少,lidwiper領域と眼球表面を構成する角結膜表面の潤滑性の増加の切り口がある8).今回のC2症例で使用したレバミピド懸濁点眼液を含め,わが国で認可されているドライアイ治療薬は,涙液の潤滑性を高め,瞬目摩擦の軽減に寄与する可能性がある.涙液層の液層は水分と分泌型ムチンから構成されており,一方,眼表面上皮には,膜型ムチンが分布して,lidwiper領域と眼球表面の摩擦に対して潤滑性を発揮する.人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼液は涙液の水分量を一時的に増やすが,それぞれ,3分,5分程度の効果であり9),ムチン増加作用がないため,摩擦軽減効果は短時間と考えられる.一方,分泌型ムチンであるCMUC5ACを産生,分泌する杯細胞は,眼球結膜や眼瞼結膜,結膜.円蓋部,lidwiper領域に多く存在している10).レバミピド懸濁点眼液は,分泌型ムチンであるCMUC5ACを分泌する杯細胞をClidwiper領域で増加させるため11),lidCwiper領域の潤滑性が高まり,瞬目摩擦を効率よく軽減させる効果が期待できる.また,レバミピド懸濁点眼液は,角膜上皮における膜型ムチンであるMUC16を増加させ12),眼表面上皮の水濡れ性を高める効果も期待できる.さらに,レバミピド懸濁点眼液は,眼表面炎症に対する抗炎症作用も期待でき13),このことも,摩擦亢進の結果生じうる炎症の軽減,ひいては,眼不快感の軽減につながることが期待される.以上より,レバミピド懸濁点眼液は,水分分泌作用はないが,摩擦の鍵となるClidwiper領域で特異的に杯細胞を増加させて,分泌型ムチンを緩徐に増加させるとともに,膜型ムチンを増加させることでClidCwiper領域の瞬目摩擦を軽減し,LWEや,それに伴う角膜上皮障害に効果が期待できると考えられる.以上,今回,筆者らは,瞬目異常を伴う高度のCLWEに対して,レバミピド懸濁点眼液を使用し,2症例とも治癒し,その後の再発を認めていない.本剤投与によってClidCwiper領域で杯細胞が増加し,潤滑剤としての分泌型ムチンの産生が促され,さらに膜型ムチンの発現が亢進したことで,瞬目摩擦の悪循環が改善し,LWEが治癒したと推察している.また,レバミピド懸濁点眼液だけではなく,低力価ステロイド点眼液も,摩擦亢進の結果として生じる炎症に対して効果があったと思われる.レバミピド懸濁点眼液は,糸状角膜炎14),上輪部角結膜炎15)といった瞬目摩擦が関係しうる他の眼表面疾患に対して,有効であることが報告されており,本症例の経験から,小児のCLWEに対してもレバミピド懸濁点眼液は有効と考えられた.文献1)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepithe-liopathyCandCdry-eyeCsymptomsCinCcontactClensCwearers.CCLAOJC28:211-216,C20022)ShiraishiCA,CYamaguchiCM,COhashiY:PrevalenceCofCupper-andlower-lid-wiperepitheliopathyincontactlenswearersandnon-wearers.EyeContactLensC40:220-224,C20143)白石敦,山西茂喜,山本康明ほか:ドライアイ症状患者におけるClid-wiperepitheliopathyの発現頻度.日眼会誌C113:596-600,C20094)KorbDR,HermanJP,GreinerJVetal:Lidwiperepithe-liopathyCandCdryCeyeCsymptoms.CEyeCContactCLensC31:C2-8,C20055)HosotaniY,YokoiN,OkamotoMetal:Characteristicsoftearabnormalitiesassociatedwithbenignessentialblepha-rospasmCandCameliorationCbyCmeansCofCbotulinumCtoxinCtypeAtreatment.JpnJOphthalmolC64:45-53,C20206)YamamotoY,ShiraishiA,SakaneYetal:Involvementofeyelidpressureinlid-wiperepitheliopathy.CurrEyeResC41:171-178,C20167)SakaiE,ShiraishiA,YamaguchiMetal:Blepharo-tensi-ometer:newCeyelidCpressureCmeasurementCsystemCusingCtactileCpressureCsensor.CEyeCContactCLensC38:326-330,C20128)加藤弘明,橫井則彦:瞬目摩擦の基礎理論とその診断.あたらしい眼科34:353-359,C20179)YokoiCN,CKomuroA:Non-invasiveCmethodsCofCassessingCthetear.lm.ExpEyeResC78:399-407,C200410)KnopCN,CKorbCDR,CBlackieCCACetal:TheClidCwiperCcon-tainsgobletcellsandgobletcellcryptsforocularsurfacelubricationduringtheblink.CorneaC31:668-679,C201211)KaseCS,CShinoharaCT,CKaseM:E.ectCofCtopicalCrebamip-ideongobletcellsinthelidwiperofhumanconjunctiva.ExpTherMedC13:3516-3522,C201712)UchinoCY,CWoodwardCAM,CArguesoP:Di.erentialCe.ectCofCrebamipideConCtransmembraneCmucinCbiosynthesisCinCstrati.edocularsurfaceepithelialcells.ExpEyeResC153:C1-7,C201613)TanakaCH,CFukudaCK,CIshidaCWCetal:RebamipideCin-creasesCbarrierCfunctionCandCattenuatesCTNFa-inducedCbarrierdisruptionandcytokineexpressioninhumancor-nealepithelialcells.BrJOphthalmolC97:912-916,C201314)青木崇倫,橫井則彦,加藤弘明ほか:ドライアイに合併した糸状角膜炎の機序とその治療の現状.日眼会誌C123:C1065-1070,C201915)TakahashiY,IchinoseA,KakizakiH:TopicalrebamipidetreatmentCforCsuperiorClimbicCkeratoconjunctivitisCinCpatientswiththyroideyedisease.AmJOphthalmolC157:C807-812,C2014C***