口腔内環境要因とBehcet病の関係RelationshipbetweenOralEnvironmentFactorsandBehcet’sDisease菊地弘敏*はじめにBehcet病(Behcet’sdisease:BD)は,口腔内再発性アフタ性潰瘍(oralCrecurrentCaphthousulcer:OU),皮膚症状,外陰部潰瘍,眼症状を主症状とし,急性の炎症発作を繰り返しながら年余にわたり継続する症候群である.難治性の眼症状は失明に至ることもあり,主症状のなかではもっとも危険な症状である.他にも関節炎や精巣上体炎,消化器病変,血管病変,中枢神経病変といった副症状が存在する.イスタンブール大学の皮膚科で性病を専門とていたBehcet博士は,1924年にCOUと結節性紅斑を有した男性患者を診察し,当初は梅毒や結核を疑っていた.しかし,数回のぶどう膜炎の発作後,その患者は完全に失明してしまった.博士は歯科感染がこの疾患の発症を引き起こす可能性があること,病態には感染以外の要因もありそうだと述べていた1).本稿では口腔内環境要因とBDの関係について概説する.CI疫学本症は,トルコ,中東,韓国,日本などを含む北緯30.45度付近の東アジア地域に多く,シルクロード病ともよばれている.ところがこれらの国々出身の移民におけるCBD発症頻度は母国よりも低いことから,なんらかの環境因子がCBD発症に関与していると考えられている.わが国ではC1972年,当時の厚生省(現在の厚生労働省)が初めて認定した特定疾患の一つであり,現在わが国の患者数は約C2万人と推計され,発症年齢はC30歳代に多く,男女比はほぼ同率であるが難治性病態は男性に多い(図1)2).BDの発症数は少しずつ増加しているものの,重症病態は減少傾向にあることが指摘されている.近年の免疫抑制療法の進歩(生物学的製剤の使用)以前からその傾向は指摘されており,その原因としても環境因子の変化(とくに口腔内の衛生環境改善)があげられている.ぶどう膜炎の合併頻度は低下傾向にあるが,これは口腔ケアの進歩によるCBDの口腔内環境の改善や,食生活の欧米化に伴う腸内細菌叢の変化などが環境要因として指摘されているが原因は不明である.CII診断BDと診断するためには,厚生労働省ベーチェット病研究班の診断基準(表1)を用いるが,経過中に四つの主症状すべてを認めれば「完全型」,主症状三つ,またはC2つの主症状と二つの副症状,または眼症状と一つの主症状あるいは二つの副症状を認めれば「不全型」と診断する.つまり,頻度の高いCOUと特徴的な眼症状を認めればCBDと診断できるわけである.CIII主症状1.口腔内再発性アフタ性潰瘍(OU)OUはCBDではほぼ必発で,本症の初発症状であるこ*HirotoshiKikuchi:帝京大学医療共通教育研究センター〔別刷請求先〕菊地弘敏:〒173-8606東京都板橋区加賀C2-11-1帝京大学医療共通教育研究センターC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(39)C589人25,00020,00015,00010,0005,00001978198219861990199419982002200620102014年図1特定疾患医療受給者証所持者数Behcet病は徐々に増加傾向であり,現在患者数は約C2万人と推定される.難病情報センター・ホームページChttps://www.nanbyou.or.jp/entry/1356(2022年C2月C22日閲覧)より作図表1厚生労働省ベーチェット病診断基準(2016年小改訂)19741.主要項目(1)主症状①口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍②皮膚症状:(a)結節性紅斑様皮疹,(b)皮下の血栓性静脈炎,(c)毛.炎様皮疹,.瘡様皮疹.参考所見:皮膚の被刺激性亢進(針反応)③眼症状:(a)虹彩毛様体炎,(b)網膜ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)(c)以下の所見があれば(a)(b)に準じる.(a)(b)を経過したと思われる虹彩後癒着,水晶,体上色素沈着,網脈絡膜萎縮,視神経萎縮,併発白内障,続発緑内障,眼球癆④外陰部潰瘍(2)副症状①変形や硬直を伴わない関節炎②精巣上体炎(副睾丸炎)③回盲部潰瘍で代表される消化器病変④血管病変⑤中等度以上の中枢神経病変(3)病型診断の基準①完全型:経過中にC4主症状が出現したもの②不全型:(a)経過中にC3主症状,あるいはC2主症状とC2副症状が出現したもの(b)経過中に定型的眼症状とその他のC1主症状,あるいはC2副症状が出現したもの③疑い:主症状の一部が出現するが,不全型の条件を満たさないもの,および定型的な副症状が反復あるいは増悪するもの④特殊型:完全型または不全型の基準を満たし,下のいずれかの病変を伴う場合を特殊型と定義し,以下のように分類する.(a)腸管(型)ベーチェット病―内視鏡で病変(部位を含む)を確認する.(b)血管(型)ベーチェット病―動脈瘤,動脈閉塞,深部静脈血栓症,肺塞栓のいずれかを確認する.(c)神経(型)ベーチェット病―髄膜炎,脳幹脳炎など急激な炎症性病態を呈する急性型と体幹失調,精神症状が緩徐に進行する慢性進行型のいずれかを確認する.(日本ベーチェット病診療ガイドライン診断と治療社,2020,p39より改変引用)とが多い.口唇,頬粘膜,舌,歯肉などに出現し(図2),BDの発症早期では大きく,多発し,強い疼痛を伴うことが多い.経過とともに発現頻度も減少し小型化するが,他の主症状が消失後も残り,長年にわたり患者を悩ませる症状である.C2.眼症状ぶどう膜炎は,虹彩や毛様体,脈絡膜で構成されるぶどう膜と,ぶどう膜に隣接する組織への炎症の広がりを含めた病態である.前部ぶどう膜炎(虹彩毛様体炎)と後部ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)に分類でき,前部ぶどう膜炎では充血・眼痛・羞明を伴い,重症化すると前房蓄膿(hypopyon)を呈する(図3a).眼症状のみでサルコイドーシスやCVogt-小柳-原田病のぶどう膜炎を鑑別することは容易ではないが,BDのぶどう膜炎では蛍光眼底造影検査で広範囲なシダ状蛍光漏出を認めることが特徴とされる(図3b).一方,後部ぶどう膜炎は充血を伴うことは少ないが,発作を繰り返すと著しい視力障害や視野障害を生じる(図3c).BDの主症状であるCOUの有病率に男女差は少なく,現在もほぼ必発の主症状であるが,眼症状の有病率は男性が高く,その有病率自体も近年減少傾向であり,2012年は男性C46.6%,女性C28.3であった(図4)3).さらに,以前はぶどう膜炎の原因のトップはCBDであったが,近年ではサルコイドーシスとCVogt-小柳-原田病がC1位とC2位を占め,BDを原因とするぶどう膜炎は6番目(2016年C4.2%)に低下している(図5)4).CIV病因BDの病因はいまだに不明であるが,特定の内的な遺伝要因に,なんらかの外的環境要因(病原微生物や化学物質など)がトリガーとなり発症する多因子疾患であると考えられている(図6)5).微生物としては健常人と比較した研究で,単純ヘルペス-1や連鎖球菌の関与を示唆する報告が複数あるが,特定の微生物がCBDの決定的発症因子であるという結論には至っていない.ヒトの口腔内には数百種もの細菌が繁殖しているが,多くは無害であるか,またはヒトの口腔内の健康にとっては有益である.そのなかでも多数を占めるCStreptococcussanguinis(S.sanguinis)はよい面では歯周病菌から歯を守る効果が知られているが,一方で細菌性心内膜炎の起因菌としても知られている.1990年代にはCS.sanguinisの細菌抗原が,BD患者の皮膚過敏反応(pathergytest陽性など)と関係することが示され,原因微生物の可能性が示唆された.その後,いくつかの微生物の抗原や,微生物由来の熱ショック蛋白(heatCshockprotein:HSP)がヒトと交差反応を示し,これが誘因となり,BD患者CT細胞自体が過敏反応を示し,炎症性サイトカイン(TNF-aやCIL-6など)の産生亢進,好中球の遊走など病態悪化に重要な役割を果たしていると考えられている.一方,BDは自己炎症疾患の側面と自己免疫疾患の側面を両方持ち合わせているのが特徴で,類似した病態をもつ疾患にCCrohn病や強直性脊椎炎,乾癬性関節炎などがあげられる.強直性脊椎炎のCHLA-B*27ほど強い関連性はないものの,BDのCHLA-B*51は明らかな原因遺伝子であると考えられている.HLA-B*51はC1973年大野らにより報告され,日本人の保有率はC10.15%程度にもかかわらず,BD患者を調べると約C50.60%が陽性であり,さらには慢性進行型神経CBDにおいては90%と非常に高い確率を示していた.近年,疾患感受性遺伝子の研究が急速に進み,ゲノムワイド関連解析(genomeCwideCassociationstudy:GWAS)により,桐野らが主要組織適合性遺伝子複合体(majorChistocompatibilityCcomplex:MHC)クラスCIであるCHLA-B*51アリルがもっとも強い関連を示すことを証明した.MHC以外にもCIL23R-IL12RB2,IL-10,ERAP-1などの疾患感受性遺伝子も発見され,微生物と遺伝因子の関係も明らかになりつつある(図7)6).CVBDの最近の話題OU対して経口投与可能な低分子薬であるアプレミラストが,日本人患者を含む国際共同第CIII相臨床試験において,BD患者のCOU数とCOU疼痛CVisualAnalogueScaleスコアを有意に低下させた.OUの適応のみであるが,2019年C9月に保険収載され,『ベーチェット病診療ガイドラインC2020』にも取り上げられている.アプレミラストは,ホスホジエステラーゼC4(PDE4)(41)あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022C591a図2Behcet病の口腔内再発性アフタ性潰瘍(OU)a:口唇のCOU(自験例).b:軟口蓋と口蓋垂のCOU(自験例).Ca図3Behcet病の眼病変a:前房蓄膿(自験例).b:蛍光眼底造影検査所見(自験例).c:眼底出血(自験例).%10080604020019721984199120022004200820102012年図4主症状の有病率の推移Behcet病(BD)の口腔内再発性アフタ性潰瘍(OU)の男女別有病率推移(青)と眼症状の男女別有病率推移(黄).OUの有病率に男女差はなく,BDではほぼ必発の主症状である.一方,眼症状は男性の有病率は高いが,近年減少傾向であり,2012年は男性C46.6%,女性C28.3であった.(文献C3より改変引用)%141210864202002年(3,060人)2009年(3,830人)2016年(5,378人)図5わが国におけるぶどう膜炎の頻度ぶどう膜炎の原因に占めるCBehcet病の割合は低下傾向を示す.(文献C4より作図)図6Behcet病の病因遺伝要因と環境要因の関係(文献C5より改変引用)図7環境要因と獲得免疫の関係多彩な口腔内環境要因がCBehcet病に関連する疾患感受性遺伝子の関与により抗原提示され,獲得免疫系を活性化する.(文献C6より改変引用)LPSTLR-4G蛋白質共役型受容体(GPCR)細胞膜ACTIRAPMyD88TNF-aTNF-aIRAK(NK細胞)IL-12TRAFATPcATPアプレミラストINF-gTNF-a(角化細胞)(PBMC)TNF-aIKKs細胞質RPKAPDE4TNF-a(滑膜細胞)IL-17IL-22INF-gNFkBIkBPCREBPCREMPATF1AMP(T細胞)IL-10(PBMC)NFkBCBP/P300CBP/P300核PCREBPPCREMATF1図8Behcet病におけるアプレミラストの作用機序アプレミラストは選択的にCPDE4を標的とし,炎症性および抗炎症性メディエーターの発現を調整する.C’C