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緑内障におけるレーザー治療(SLT & MPCPC)の活用法

2022年4月30日 土曜日

緑内障におけるレーザー治療(SLT&MPCPC)の活用法HowtoUseLaserTherapy(SLT&MPCPC)fortheTreatmentofGlaucoma新田耕治*はじめに選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertra-beculoplasty:SLT)は1990年代に登場したが,説明に時間がかかる,レーザー治療に対する抵抗感が強く患者を説得しきれない,期待したほど眼圧が下降しないなどの理由により,なかなか普及していないのが現状である.しかし,2019年.2020年にLiGHTstudyの結果が発表され1.3),原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)や高眼圧症(ocularhyperten-sion:OH)にSLTが第一選択治療(用語解説参照)として有用であることが発表され,日本でも緑内障の第一選択治療としてのSLT(つまり点眼治療で開始せずいきなりSLTを施行)や1剤の緑内障点眼で治療しても目標眼圧に到達しないあるいは緑内障が進行する症例に第二選択治療(用語解説参照)としてのSLT(つまり現在使用している1剤の点眼は継続したままSLTを施行)が注目されている.また,2017年からわが国でも施行可能になったマイクロパルス毛様体ダイオードレーザー(micropulsecyclodiodelaser)によるマイクロパルス毛様体光凝固術(micropulselasercyclophotocoagula-tion:MPCPC)は従来の連続波経強膜的毛様体光凝固(continuouswavetransscleralcyclophotocoagulation:CW-CPC)と比較して重篤な術後合併症が少なく,多くの病期・病型の緑内障に適応がある.これらのレーザー治療の活用方法について詳説する.I選択的レーザー線維柱帯形成術の活用法1.SLTを施行するタイミング『緑内障診療ガイドライン』(第5版)4)にも,「眼圧コントロールに多剤の薬剤を要するときは,レーザー治療や観血的手術などの他の治療法も選択肢として考慮する必要がある」とあり,緑内障治療におけるSLTの位置づけは最大耐用点眼でも眼圧がコントロールできないときや手術に同意が得られないときに試す治療としている.最大耐用薬剤使用(用語解説参照)中のPOAGにSLTを施行した結果,施行前眼圧20.9±3.4mmHgが施行後18.7±4.6.mmHgと下降したが,下降率は10.0%でKaplan-Meier法による12カ月後の眼圧累積生存率は23.2%と不良であった5).Mikiら6)は,最大耐用薬剤使用中(平均3.4剤)の緑内障患者〔POAG39眼,落屑緑内障23眼,続発開放隅角緑内障(secondaryopenangleglaucoma:SOAG)13眼)にSLTを施行し1年以上経過を観察し,眼圧がSLT施行前と同じかそれ以上上昇した場合を脱落基準1,SLT施行前より眼圧下降率が20%未満になった場合を脱落基準2とした場合,脱落基準1での成功率は45.3%,脱落基準2での成功率は14.2%であったと報告した.多変量解析の結果,SLT施行前の眼圧が高いほど,また病型ではSOAGが,SLT成功率が有意に悪かった.実際には,観血的緑内障手術が必要な患者で,手術に同意が得られない場合に手術を回避あるいは先延ばしする目的でSLTを施行す*KojiNitta:福井県済生会病院眼科〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8503福井市和田中町舟橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(39)431======図1第一選択治療としてのSLT長期管理NTG例(SLTの効果が持続しない例)2008年8月初診のNTG症例.ベースライン眼圧は16.3.mmHgでベースライン検査の後,SLTを希望されたので第一選択治療として施行した.その後1年2カ月でSLTの効果は減衰し,2010年にSLT再照射を施行した.しかし,再照射の効果も長期間持続しなかったために点眼を1種から開始した.5成分の点眼でも緑内障は徐々に進行したため手術を提案したが家庭の事情で同意が得られず,2018年にSLT再々照射を施行したが奏効しなかった.図2第一選択治療としてのSLT長期管理NTG例(SLTの効果が持続する例)2009年2月初診の左眼NTG症例.ベースライン眼圧は両眼16.0.mmHgでベースライン検査の後,SLTを希望されたので第一選択治療として施行した.その後11年2カ月間の眼圧推移はSLTを施行していない右眼(赤折れ線)よりも左眼(青折れ線)が常に低値であり,SLTが奏効している.加(0.13,p=0.007,およびC0.20,Cp=0.005)を認めた.生存分析では,SLT後C6,12,24カ月生存率はそれぞれC70%,45%,27%であった.高いベースライン眼圧はCSLT治療の成功と強く関連していた(ハザード比0.67,眼圧>21.mmHgvs≦21.mmHg,p<0.001).この結果では,SLT1年後の生存率は半数以下であり,SLTの長期的な効果に疑問を抱く読者もおられるかと思う.この論文での患者背景として,SLTを施行されたタイミングでの薬剤数がC2成分以上の症例も半数程度おり,それらの症例が生存率を下げている可能性があると考えられる.よって,SLTはなるべく薬剤数が少ない段階で施行することが望ましいと筆者は考えている.C4.第一選択治療としてのSLTをどのように呈示するか初めて緑内障と診断され,緑内障の病状や特徴などを一通り説明したあとに,いよいよ治療方針について説明をする場合に,どのように第一選択治療としてのCSLTを呈示したらよいであろうか.筆者の場合は,第一選択治療としてのCSLTの有効性はC80%であり,2割は害もないが効果もない.また,まれにCSLTにより逆に眼圧が上昇することがある.効果の持続時間は平均C3年,5年以上持続する場合もあれば数カ月で効果が減衰する場合もある.有害事象としては,一過性眼圧上昇以外には,SLT施行後数日間は霧視,結膜充血,違和感が出現する場合があるが,これらはC1週間以内に改善することなどを説明している.まれに一過性眼圧上昇(SLT施行後にC5.mmHg以上の眼圧上昇)をきたすことを十分に説明している.また,SLT施行当日は帰宅可能で,帰宅後は通常の生活を送ることができ,当日から入浴も可能であることなど生活での注意すべきことはないと伝えるようにして帰宅してもらっている.また,点眼治療とCSLT治療の利点と欠点についても説明するようにしている.点眼治療の利点は,1)気軽に始めることができる,2)1回の診察代金が低額.点眼の欠点は,1)毎日点眼をしなければならない,2)点眼による副作用が懸念される.SLT治療の利点は,1)点眼のようなわずらわしさがない,2)1回のCSLTで平均3年間治療効果が持続する.SLT治療の欠点は,1)1回の処置代金が高額(1割負担でC9,660円,3割負担で28,980円),2)奏効するかは施行してみないと予測困難,3)レーザー治療は医師も患者も怖いイメージがある,などがあげられる.これらを十分に説明したうえで今後の治療方針については患者自身で決めてもらうようにしている.SLTを選択した患者では施行後に定期的な受診が中断する恐れがあるので,第一選択治療としてのCSLTは歴史が浅い治療方法であり,有害事象が出現しないかをしっかり経過観察する必要があることを患者に釘を刺すようにしているので,当院での点眼群とCSLT群での継続受診率に差はないように思われる.第二選択以降の治療としてのCSLTも上記と同様に説明し,治療方法に対する理解を深めてもらい,同意を得てCSLTを施行するようにしている.C5.SLT照射方法と注意点照射C1時間前にアプラクロニジンとピロカルピンを点眼する.施設によってはアプラクロニジンのみ点眼している施設もある.照射の際に使用する隅角鏡は,ラティナC1面鏡が隅角を拡大して観察できるのでお勧めである.最近,筆者は,レンズがカチカチと回るCindexingレンズでしかも白色のツバが目印としてC1面鏡の反対側についているCOcularCHwang-LatinaC5.C0CIndexingCSLTw/Flangeを愛用している.このレンズはC45°分が白色のツバで表示されているので,このツバを目印にC45°に10.12発を照射する.その部分の照射が終われば外套をカチッと次の引っ掛かりまで回しC10.12発照射する.このことをC8回繰り返す.SLTは凝固斑が出現しないので,どこまで照射してどこから再開したらよいかがわかりにくかったが,このレンズを使用するようになって施行しやすくなった(図3).照射径はC400Cμmで固定されているので,術者はレーザーの強さのみ調節可能である.照射部位に気泡が生じる最小のパワーとするのが一般的である.しかし,色素沈着が生じている部位はより小さいエネルギーでも気泡が生じ,色素沈着のない部位ではより大きいエネルギーでも気泡が生じないことが多く,その場合はC2.3発に1度程度で気泡が生じるエネルギーを照射する.全周434あたらしい眼科Vol.C39,No.4,2022(42)図3SLTの際に使用する隅角鏡OcularCHwang-LatinaC5.0CIndexingCSLTCw/Flange隅角鏡はレンズが回るCindexingレンズ,白色のツバが目印としてC1面鏡の反対側についている.図4実際にSLTを施行している静止画気泡が生じる最小のパワーで照射する.スポットサイズは直径C400Cμmなので,スポットの一部に毛様体帯が含まれないように注意して照射する.===再照射が初回CSLTと同等の効果を持続することが報告された.C7.第一選択治療としてのSLTの将来SLTで治療した場合に,眼圧の日内変動が小さくなる可能性について報告した論文がある.SENSIMEDTrigger.shコンタクトレンズセンサー(用語解説参照)を使用して,NTG患者の眼圧変動に対するCSLT治療の効果を調べた.眼圧の変動は,日中と夜間に分けられ,SLTの前後で比較した結果,SLT前の平均眼圧はC13.5C±2.5CmmHgであった.SLT後C1,2,およびC3カ月の平均眼圧は,10.1C±2.3CmmHg(p=0.002),11.2C±2.7CmmHg(p=0.0059),およびC11.3C±2.4CmmHg(p=0.018)と有意に下降した.日中の眼圧変動の範囲は,SLT治療の前後で有意に変化しなかったが(p=0.92),夜間の眼圧変動は,SLT前のC290C±86CmVEqからCSLT治療後のC199C±31.mVEqに有意に減少した(p=0.014).SLT治療はCNTG患者の夜間の眼圧を大幅に低下させ,眼圧の変動を減少させる可能性があることが示された12).SLTで治療されたCPOAGまたはCOHの若年(40歳以下)患者56例56眼を18歳未満群(n=18)とC18.40歳群(n=38)に分けて検討した結果,SLT治療は若い症例でも有意な眼圧下降が得られた(p<0.05).SLT1時間後の平均眼圧は,18.40歳群よりもC18歳未満群のほうが低かった(p<0.01)が,他の時点では差はなかった(p>0.05).さらにC56例のうちC20例でC24時間眼圧測定を施行し解析した結果,眼圧値は治療前よりもすべての時点で有意に低く(p<0.05),24時間平均眼圧,ピーク眼圧,トラフ眼圧,および眼圧変動も有意に低かった(p<0.05).SLTが若年症例の眼圧日内変動を制御するのにも効果的である可能性が示唆された13).これらのことから,NTGで日中眼圧がコントロール良好でもなお緑内障が進行する患者に,夜間の眼圧下降も期待してSLTを積極的に施行することも念頭に置く必要性があろう.SLTは患者側のアドヒアランスに依存しない治療であるから,SLTの効果を実感した眼科医が増加するにつれて,とくに第一選択治療としてのCSLTは徐々に普及すると思われる.そのためにも多くの日本人での第一選択治療としてのCSLTのエビデンスを積み上げていくことが肝要である.筆者も,日本緑内障学会プロジェクト支援事業の一つとして,NTGに対する第一選択治療および第二選択治療としてのCSLTの有効性および安全性に関する前向き介入研究をC2020年C1月から開始したので,現在のその解析を進めているところである.CIIマイクロパルスレーザー毛様体光凝固術の活用法1.MPCPCの作用機序と効果MPCPCは,2017年からわが国でも施行可能になった新しい緑内障レーザー治療方法である.CycloCG6(P3CGlaucomaDevice,IRIDEX社)(図5a)を用いて,810Cnm波長の赤外線ダイオードレーザーの短時間照射(on)と休止(o.)を周期的に繰り返すことによって周囲組織の温度上昇を抑えながら経強膜的に毛様体に光凝固を行う.MPCPCは施術の容易さ,術後合併症の少なさに加えて,角膜や前眼部混濁のある症例においても施術可能であること,結膜を温存でき将来の濾過手術に影響しない,術後管理が簡単であるといった利点がある.本術式の眼圧下降効果は,①毛様体色素上皮および毛様体無色素上皮に閾値以下の細胞損傷を与えて房水産生を直接抑える14),②毛様体扁平部近傍の細胞外マトリックスのリモデリングによるぶどう膜強膜流出の増加15),③毛様体筋収縮に伴うピロカルピン様効果による線維柱帯流出路の排出促進16)といった複数の作用機序によって眼圧下降がもたらされると考えられているが正確な機序は不明である.MPCPCは短時間の照射の合間に休止時間を設けることで熱拡散を促し,熱上昇を制御するとともに,レーザーの照射時間を短縮することで過熱や周辺組織へのダメージが緩和できるので,従来の連続波経強膜的毛様体光凝固(continuousCwaveCtransscleralCcyclophotoCcoagu-lation:CWCPC)と比較して重篤な術後合併症が少ない14,17).MPCPCとCCWCPCに関する各C24眼の無作為化比較試験で,眼圧下降効果に有意差はなかったが,前房炎症をCMPCPCでC1眼,CWCPCでC9眼認めた.また,眼球癆がCCWCPCでC1眼発生したなど,合併症や436あたらしい眼科Vol.C39,No.4,2022(44)ab図5MPCPCの際に使用する機器とプローブa:CycloCG6(P3CGlaucomaDevice,IRIDEX社)はCCWCPCもCMPCPCも施行できる機器である.Cb:MPCPCの際に使用するCMP3プローブで先端に突起がある.また切れ込みのある部分を角膜輪部側に押し当てて照射する.■用語解説■第一選択治療と第二選択治療:第一選択治療は,緑内障として初めて治療を開始する際に選ばれる治療方法をさす.通常は点眼治療で開始されるが,筆者は点眼とSLTを呈示し,それぞれの利点欠点を説明し,患者に治療方法を選択してもらうようにしている.第二選択治療は,緑内障として第一選択治療にて加療されるも,緑内障の病状が安定しないために二番目に追加して選ばれる治療方法をさす.最大耐用薬剤使用:現在の点眼薬での併用使用の候補薬剤は,作用点と眼圧下降効果を考慮して,プロスタノイド受容体関連薬,Cb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,Ca2作動薬,ROCK阻害薬などがある.病状によってこれらの点眼薬を組み合わせて併用し,アドヒアランスの面でも患者が任用可能な限度の点眼を使用している状態をさす.通常はC4成分からC5成分の点眼を使用している状態をさす.CSENSIMEDTrigger.shコンタクトレンズセンサー:眼圧の変化によって誘発される角膜曲率の変動を捉えるマイクロセンサーが埋め込まれたシリコーン素材のコンタクトレンズ型のトリガーフィッシュセンサーを被検者の眼に装用し,最長C24時間にわたってC5分ごとにC30秒間自動的に角膜曲率の変動測定し続けることで眼圧変動におけるパターンを検出する.最大で288ポイントの測定値をグラフ化して表すことができ,縦軸の単位はCmVeqである.しかし,得られた角膜曲率(mVeq)を眼圧の値(mmHg)に変換する計算式が存在しないため,厳密な意味で眼圧を評価することは今のところ不可能である.マイクロパルス波:マイクロパルス波は,従来の連続波によるレーザー発振をCONとCOFFに極短時間に制御しレーザー発振を行う技術であり,dutycycle(実際のレーザー照射時間)はC31.3%で,0.5Cmsの持続時間とC1.1Cms間隔でレーザー発振を行うため組織への侵襲が少ない.—

最近の薬物治療戦略

2022年4月30日 土曜日

最近の薬物治療戦略CurrentMedicalStrategiesfortheTreatmentofGlaucoma本庄恵*はじめに現在,緑内障治療において視野障害進行抑制のエビデンスがあるのは眼圧下降治療のみで,病型や病期を問わず有効性が示されている.眼圧下降治療と一言でいっても,眼圧値そのものを下げる必要があるほか,眼圧変動が緑内障進行の危険因子の一つと報告されており,薬物治療においても変動抑制に留意が必要である.また,眼圧変動以外にも,眼圧測定値には角膜性状の影響が大きく,先天的な角膜厚の個人差に加えて,他の疾患や屈折矯正手術などの影響により測定される眼圧が高く,もしくは低く出ることがあることに注意が必要である.本稿では新しく改訂された『緑内障診療ガイドライン』(第5版)を引用しつつ,最近の緑内障治療戦略について概説する.ガイドライン第5版では緑内障治療における重要度の高い医療行為を選定し,CQ(クリニカルクエスチョン),BQ(バックグランドクエスチョン),FQ(フューチャーリサーチクエスチョン)としてシステマティックレビュー(systematicreview:SR)を行い,複数の論文の結果を統合した推奨がなされている.これらを適宜参照し,最新の緑内障薬物治療の考え方をおさらいする.I眼圧下降が基本眼圧下降治療には薬物治療,レーザー治療,手術治療の選択肢がある.それぞれの治療方法の効果と副作用,利点と欠点を考慮し,治療方法を選択する.眼圧上昇の原因が治療可能な場合には眼圧下降治療とともに原因治療を行うが,基本的には原則として単剤からの薬物治療が眼圧下降治療の第一選択となる(図1)1).緑内障進行の程度やスピードは患者ごとに異なるため,症例ごとに目標とすべき眼圧レベル(目標眼圧)を設定する.視神経障害の進行速度,それを抑制しうる眼圧をあらかじめ判定することはできないため,治療開始時の目標眼圧は患者ごとの緑内障病期・病型,無治療時眼圧,余命や年齢,視野障害の進行,家族歴,他眼の状況などの危険因子に応じて設定する(図2).緑内障の発症,進行にかかわる危険因子として,家族歴や年齢,乳頭出血,角膜厚,眼灌流圧などが指摘されている(表1).一般的に緑内障の後期進行症例では,さらに進行した場合に患者の生活の質(qualityoflife:QOL)に影響が大きいため,目標眼圧はより低く設定する.さらに近年,平均余命の延長に伴い,治療期間の長期化が見込まれている.また近年,若年から緑内障の診断を受け,治療開始する患者が増えている.若年患者では余命が長く,治療期間が長いと想定される.視機能維持をめざす治療期間が長くなる患者に対しては,目標眼圧を低めに設定し,長期間の安定した進行抑制が推奨されるようになった.すなわち,近年,目標眼圧を低めに設定しなければならないケースが増加傾向にあると考えられる.近年,新規薬物の開発,配合点眼薬の増加,後発品の増加などで緑内障の薬物治療の選択肢が広がっている.*MegumiHonjo:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕本庄恵:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(31)423(+)(-)薬剤変更図1原発開放隅角緑内障(広義)の薬物治療方針(文献1より引用)Ⅲ.眼圧下降治療:目標眼圧設定初期高値高い遅い(-)後期低値低い速い(+)*副作用やアドヒアランスも配慮する図2目標眼圧の設定(文献1より引用)表1緑内障の発症,進行にかかわる危険因子・高眼圧:ベースライン眼圧が高い,経過中の平均眼圧が高い,眼圧変動が大きい・高齢・家族歴・C/D比が大きい,視神経リム面積が小さい・乳頭出血・乳頭周囲脈絡網膜萎縮(PPA)Cb域が大きい・角膜厚が薄い・角膜ヒステレシスが低い・眼灌流圧が低い・拡張期・収縮期血圧が低い・2型糖尿病・落屑症候群・薬物アドヒアランスが不良(文献C1より引用)表2アドヒアランス改善のポイント①疾患,治療の目的,方法および副作用について十分に説明する.②最小限でより負担と副作用の少ない治療方法を選択する.③患者個々のライフスタイルに合わせた治療を行う.④正しい点眼指導を行う.⑤患者からアドヒアランスの状況について情報を収集する.表3国内で使用可能なおもな緑内障治療薬(局所投与薬,単剤)と導入時期年代Ca(b)遮断薬プロスタノイド受容体関連薬Cb遮断薬炭酸脱水酵素阻害薬Ca2作動薬ROCK阻害薬その他1980年代チモロールカルテオロールジピベフリン1990年代ニプラジロールレボブノロールラタノプロスト(FP作動薬)ベタキソロールドルゾラミドアプラクロニジンウノプロストントラボプロスト2000年代ブナゾシンタフルプロストビマトプロストブリンゾラミド(FP作動薬)2010年代ブリモニジンリパスジル2020年代オミデネパグ(EPC2作動薬)表4メタアナリシスによる平均眼圧下降の比較3カ月目の平均CIOP下降値(95%信頼区間)(mmHg)ビマトプロスト5.61(C4.94.C6.29)4.85(C4.24.C5.46)4.83(C4.12.C5.54)4.51(C3.85.C5.24)4.37(C2.94.C5.83)3.70(C3.16.C4.24)3.59(C2.89:C4.29)3.44(C2.42.C4.46)2.56(C1.52.C3.62)2.52(C0.94.C4.11)2.49(C1.85.C3.13)2.42(C1.62.C3.23)2.24(C1.59.C2.88)1.91(C1.15.C2.67)ラタノプロストトラボプロストレボブノロールタフルプロストチモロールブリモニジンカルテオロールレボベタキソロールアプラクロニジンドルゾラミドブリンゾラミドベタキソロールウノプロストン(文献C2より改変引用)periorbitopathy:PAP)が問題視されており,正確な眼圧測定が困難になることや,濾過手術予後への影響が報告されている.第一選択薬で薬剤の効果がない場合,効果が不十分な場合,あるいは薬剤耐性が生じた場合は,まず薬剤の変更を考慮し,単剤(単薬)での治療をめざすのが基本推奨となっている.最新のガイドラインではCFQ1として第一選択薬で眼圧下降効果が不十分なときに,薬剤を変更すべきか,薬剤を追加すべきかのCSRが行われたが,第一選択薬がCFP作動薬の場合,他の薬剤への変更ではさらなる眼圧下降効果は期待できない.一方で,FP作動薬から他のCFP作動薬への変更では,ビマトプロストへの変更は検討する余地があることが報告されている.ビマトプロストは他のCFP作動薬よりノンレスポンダーの割合が少なく,やや眼圧下降効果に優るとする報告がみられる.ただし,とくにわが国ではCPAP,なかでもDUESの頻度が高いことが報告されており,留意が必要である.C2.EP2作動薬FP作動薬は緑内障治療の第一選択薬として広く使用されてきたが,ノンレスポンダーの存在,PAPなどが近年問題視されるなか,EP2作動薬であるオミデネパグイソプロピル点眼液(エイベリス点眼液C0.002%,参天製薬)がC2018年C11月末より使用可能となった.オミデネパグの作用点であるCEP2受容体は毛様体筋と線維柱帯に発現が確認されており,ぶどう膜強膜路および主経路両方の流出促進作用により眼圧下降効果を示すとされる.眼圧下降効果についてはまだまだ報告が待たれるところだが,既存CPG関連薬無効例でもC.2.99CmmHgの眼圧下降効果がみられたと報告されている4).また,既存薬と異なり,オミデネパグはCEP2受容体に対する親和性は高いが,その他のプロスタノイド受容体に対する親和性がほとんどないため,FP作動薬に特徴的なPAPなどの副作用はないと考えられている.実際,オミデネパグへの変更により既存CFP作動薬によるCPAPが改善したことが報告されている5).一方,他のCPG関連薬でも観察される充血のほか,角膜肥厚,黄斑浮腫などのCEP2受容体作動薬に特徴的な副作用を有することが報告されており,後者は承認時試験において眼内レンズ挿入眼で多く認められた副作用であったことから,眼内レンズ挿入眼,無水晶体眼は投与禁忌となっているので注意が必要である.黄斑浮腫の副作用リスクに対してはCOCT検査など併用し注意深く観察すること,生じた場合は適切に対応することが重要である.また,米国における第CI/II相試験において,現行より高濃度のオミデネパグイソプロピルとタフルプロスト点眼薬を同時投与したことによって羞明感,眼痛,炎症惹起例が発生したため,タフルプロスト点眼薬との点眼は併用禁忌となっている.適正使用を行えば,FP受容体作動薬とは異なり眼周囲の副作用がなく,整容面を気にしている患者や,片眼使用患者などに十分適応がある第一選択薬になる薬剤である.今後の臨床経験の蓄積から,明確な有効性や安全性のデータの評価が待たれる.C3.b遮断薬眼圧下降効果と認容性の面でCb遮断薬およびCEP2作動薬も第一選択になりえる.そもそも,1990年代にCFP刺激薬が使用可能となるまではCb遮断薬が第一選択薬であった.Cb遮断薬への薬剤追加ではメタアナリシスの結果,FP作動薬,炭酸脱水酵素阻害薬,副交感神経作動薬などでいずれの薬剤でも眼圧下降効果は認められているが,FP作動薬の追加以外は単剤でC1.2CmmHg程度の追加眼圧下降にとどまることが報告されている6).ガイドラインCFQ1でも,第一選択薬がCb遮断薬で眼圧下降効果が不十分なとき,FP作動薬の追加でもCFP作動薬の変更でも,さらなる眼圧下降効果が期待できるとされている.C4.新しく加わった配合剤現在の緑内障薬物療法は効果を確認しつつ,不十分な場合は多剤併用療法が基本となっているが,点眼ボトル数や点眼回数が増えるとアドヒアランスが低下するおそれがある.配合剤の利点としては,①点眼ボトル数と点眼回数を増やすことなく,複数の点眼薬を使用できる,②点眼回数が増えないため防腐剤曝露を抑え,眼表面副(35)あたらしい眼科Vol.39,No.4,2022C427表5現在わが国で使用可能な配合剤成分の組み合わせ製品名FP作動薬Cb遮断薬点眼炭酸脱水酵素阻害薬CA2作動薬点眼回数アイラミドブリンゾラミドブリモニジン1日2回アイベータチモロールブリモニジン1日2回ミケルナラタノプロストカルテオロール1日1回ザラカムラタノプロストチモロール1日1回デュオトラバトラボプロストチモロール1日1回タプコムタフルプロストチモロール1日1回コソプト/コソプトミニチモロールドルゾラミド1日2回アゾルガチモロールブリンゾラミド1日2回-

光干渉断層計,光干渉断層血管撮影の活用法の新常識

2022年4月30日 土曜日

光干渉断層計,光干渉断層血管撮影の活用法の新常識NewPracticalMethodsonHowtoUseOCTandOCTAfortheTreatmentofGlaucoma沼尚吾*赤木忠道**はじめに緑内障の日常診療において,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)が広く活用されている.網膜神経線維層(retinalnerve.berlayer:RNFL)と網膜神経節細胞層(ganglioncelllayer:GCL)の2層の菲薄化を評価することが多く,さまざまな解析モードが存在する.主要な解析モードとしては,視神経乳頭周囲で網膜神経線維を解析対象とした乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryretinalnerve.berlayer:cpRN-FL)解析,黄斑部においてGCLと内網状層(innerplexiformlayer:IPL)を合わせたマップ解析,さらにRNFLも含めた網膜神経節複合体(ganglioncellcom-plex:GCC=RNFL+GCL+IPL)のマップ解析などが用いられている.GCLは現在広く活用されているスペクトラルドメインOCT(spectral-domainOCT:SD-OCT)では単独の層として正確に自動で分層化(=セグメンテーション,segmentation)することはむずかしいため,こうした上下の複数の層を併せた解析の形で工夫されている(図1).本稿では,1)前視野緑内障(preperimetricglauco-ma:PPG)の進行判定,2)中期以降の緑内障での進行判定における注意点,3)とくに近視眼でみられるいくつかの特徴的な所見(intrachoroidalcavitation,para-vascularinnerretinaldefect,focallaminacribrosadefect),4)緑内障におけるOCTangiography(OCTA)についての四つのテーマでOCT活用法の「新常識」を紹介する.I前視野緑内障の進行判定『緑内障診療ガイドライン』をみると,「眼底検査や網膜光干渉断層計において緑内障性視神経乳頭所見や網膜神経線維層欠損所見などの緑内障を示唆する異常がありながらも通常の自動静的視野検査で視野欠損を認めない状態を前視野緑内障と称する」「原則的には無治療で慎重に経過観察する.しかしながら,高眼圧や,強度近視,緑内障家族歴など緑内障発症の危険因子を有している場合,特殊あるいはより精密な視野検査や眼底三次元画像解析装置により異常が検出される場合には,必要最小限の治療を開始することを考慮する」と記載があり,この表現はガイドラインの第4版(2018年1月発行)でも最新の第5版(2022年2月発行)でも変化はない1).第5版においては,正常眼圧のPPG130症例を後ろ向きに検討(平均追跡期間14.7年)したところ,5年で21.5%,10年で40%,20年で70.5%の症例において視野障害が出現したとする報告2)や,PPGであっても眼圧下降により視野異常を伴う緑内障への進行を予防できる可能性について言及し,「眼底,視野,画像解析所見やそのほかのリスクファクターを慎重に勘案しながら,経過観察を行い,随時治療開始を検討すべき」という記載が追加されている1).では,PPGにおいて視野障害の生じるリスクの高い患者をOCTを用いて同定するにはどのような手法が有*ShogoNuma:京都大学大学院医学研究科眼科学**TadamichiAkagi:新潟大学大学院医学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕沼尚吾:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54第2臨床研究棟8階眼科学教室京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(19)411図1日常診療で広く利用されている緑内障解析モードa,b:眼底写真(bはaの視神経乳頭拡大画像).耳上側,耳下側に網膜神経線維層欠損が確認される.c:Humphrey静的視野24-2(SITAstandard).下方に弓状暗点,上方に水平半盲を認める.d:SpectralisOCT(Heidelberg社)を用いたcpRNFL解析:耳上側(.)と耳下側(.)に網膜神経線維の菲薄化を認める.とくに下方では菲薄化領域が広いことがわかる.e:RS3000(ニデック)を用いた黄斑マップ解析(ILM.IPL).厚みマップ,正常眼データベースとの比較マップ,デビエーションマップいずれをみても,とくに下方領域に菲薄化が強いことがわかる.用であろうか?OCTには正常データベースが内蔵されており,そのデータベースと比較した際の異常の程度を判定する機能が備わっているものの,正常眼においても厚みの分布は非常に広く,正常と異常のオーバーラップは必ず生じる.つまり,1回のOCT解析結果のみでは「見過ごし」や「過剰評価」が起こりうるため,OCT解析結果異常をみて即時治療を開始するのではなく,必ず経過観察して菲薄化の進行具合を確認することが肝要である.Mikiらは緑内障疑い(=glaucomasus-pect)の454眼に対して,OCTとHumphrey静的視野計(HumphreyFieldAnalyzer:HFA)を用いて中央値2.2年の前向き経過観察を行い,8.8%にあたる40眼に視野異常が生じ(=緑内障発症と診断),視野異常が生じた群(VFD群)と生じなかった群(non-VFD群)とでは,VFD群.2.02μm/年に対し,non-VFD群.0.82μm/年と,cpRNFL厚変化に有意な差があり,cpRNFL厚の減少率が1μm/年早くなるごとに視野異常を生じる確率が2倍になると報告した3).InuzukaらもPPG患者を対象として同様の研究を行い,とくに下方.耳下側においてRNFL厚の変化が生じやすいと報告している4)(図2).ガイドラインに拠った適切な診療を行うためには,ただ医師が患者をPPGと認識して黙々と経過観察するのではなく,こうした情報を元に十分な説明をすることで患者によく理解してもらい,ドロップアウトさせずに経過観察し,必要があれば慎重に治療を開始することが求められる.II中期以降の緑内障での進行判定における注意点冒頭で触れたさまざまな緑内障解析モードにおいて,緑内障初期においては変化が検出されやすいが,中期以降(目安としてHFA30-2や24-2において平均偏差(meandeviation:MD)値.10dB以下)では変化が頭打ちになり,OCTでは変化を捉えづらくなる限界が存在する.変化が横ばいになり,「底」に到達したという意味でフロアエフェクト(.oore.ect)とよばれている.OCTで解析対象である組織部位には神経成分以外にもグリア細胞や血管などが含まれており,こうした組織は神経線維・神経節細胞と比べて緑内障の影響を受けづらいからと考えられている.フロアエフェクトは,乳頭周囲のcpRNFLで解析を行っても5),黄斑部のGCL+IPLやGCCで解析を行っても6,7)確認される(図3,4).ただし,中期以降の緑内障症例(79症例,経過観察期間は平均5年)において視野進行例と非進行例を比較した際に,cpRNFLでは有意差はなかったものの,黄斑部のGCL+IPLでは有意差を認めた(進行例:.0.66μm/年,非進行例:.0.31μm/年)とする報告8)や,MD値が.21dB以下の後期緑内障症例(35症例,経過観察期間は平均3.5年)において31%の症例で黄斑部のGCL+IPLでは有意な進行を認めたとする報告9)も近年みられる.後期緑内障症例は高齢であることが多く,そのため視野検査実施自体が困難であったり,実施できたとしても信頼性が低く結果の解釈に難渋したりすることがしばしばある.さらなる報告や新たな解析手法により,中期以降の緑内障症例におけるOCTの新しい活用法が見いだされることを期待したい.なお乳頭周囲のcpRNFL解析では差が認められず黄斑部解析では有意な差が認められる理由については,黄斑部解析では緑内障性障害を受けづらい乳頭黄斑線維束(papillomacularbundle)を解析対象に含むため,後期緑内障症例においてもOCTで構造変化を検出できると考察されている.IIIとくに近視眼でみられるいくつかの特徴的な所見近年,緑内障と関連した,あるいは緑内障とまぎらわしい,いくつかの特徴的な眼底所見が報告されている.今回はそのなかでも三つ,intrachoroidalcavitation(ICC),paravascularinnerretinaldefect(PIRD),局所篩状板欠損(focallaminacribrosadefect:fLCD)を紹介する.いずれも,あくまでOCTを用いることで観察される所見であって,疾患名ではないことに注意していただきたい.1.Intrachoroidalcavitation(ICC)(図5)2003年にFreundらが近視眼に確認される視神経乳頭周囲の橙色病変をperipapillarydetachmentinpatho-(21)あたらしい眼科Vol.39,No.4,2022413dard).いずれも明らかな緑内障性視野障害を認めない.d:視神経乳頭耳側1乳頭径における垂直断.耳下側と耳上側にRNFLの菲薄化(.)を認める.e:cpRNFL解析では,耳上側・耳側では正常範囲内であり,耳下側で軽度低下を認めるが,全体としてborderlineと判定されている.f,g(fの赤破線を拡大表示):SpectralisOCT(Heidelberg社)では,cpRNFL解析を計5回以上行っていると,回帰分析によりRNFL厚の減少速度(SlopeofRNFLT)を計算してくれる.この患者では.abcd図2前視野緑内障(PPG)症例(60歳代の男性)a:耳上側,耳下側に網膜神経線維層欠損が確認される.耳下側のほうが欠損領域は広い.b,c:X年時点と,6年後(X+6年)のHumphrey静的視野24-2(SITAstan-e1.8μm/年であると表示されfている.この患者は,視野異常を認めないものの,減少速度がやや早く,点眼治療を開始した.gRNFL厚(μm)180160140120100806040200網膜感度(dB)図3フロアエフェクト(.oore.ect)について==-30-20-100=図4Floore.ectの例(70歳代の男性)a:乳頭陥凹は大きく,全d体にリムの菲薄化が強い.b,c:X年時点と,5年後abc(X+5年)のHumphrey静的視野24-2(SITAstan-dard).上下視野とも障害が非常に強いが,5年の経過で傍中心における進行がわずかに確認できる.d:cpRNFL解析では,全周に強いRNFLの菲薄化を認める.全周の平均(G)は42μmと表記されている.e:70歳当時から計3回のcpRNFL解析が実施されているが,その結果は横ばいである.なお,この患者では図2の症例と異なり,まだ5回未満であるので,SlopeofRNFLTはen/aと減少速度は解析できていない.OCTでは.oore.ectのため異常が確認されず,視野検査でのみ確認される一例である.図5Intrachoroidalcavitation(ICC)の例(70歳代の女性,眼軸長28.2mm)a:眼底写真.強度近視眼であり,典型的な豹紋状眼底である.そのため網膜神経線維層欠損は確認しづらい.b:aの拡大写真.赤破線囲いで示した領域.視神経乳頭下方に,網膜下病変を認めるような橙色の色調変化を認める.aにて引き目で確認したほうが認識しやすいかもしれない.この病変が網膜色素上皮より深部,脈絡膜内の空洞病変である.下に示すCOCT画像で確認いただきたい.Cc:Goldmann動的視野計にて鼻側(とくに上方)の視野狭窄を認める.Cd:Humphrey静的視野C24-2(SITAstandard).上方視野障害は弓状暗点であり,下方視野障害は鼻側階段の形状を呈している.Ce:cpRNFL解析では,耳上側・耳下側で強いCRNFLの菲薄化を認める.Cf,g,h:bのC3カ所における垂直断画像(耳側から順にCf,Cg,h).網膜色素上皮下に大きな空洞を認め,fの箇所で硝子体腔と連続する孔(黄色破線)が存在し,その孔の箇所では網膜神経線維は断絶していることがわかる.eのCcpRNFL解析の画像をよくみると,黄色破線囲い部分に空洞が捉えられている.図6Paravascularinnerretinaldefect(PIRD)の例(60歳代の女性,眼軸長acd25.8mm)a,b(aの拡大画像):上方アーケード血管の第一分岐Cef()以遠の血管周囲がやや暗色を呈している.拡大しないと確認しづらい病変Cbである.c,d:無赤色(レッドフリー)画像を用いると,病変の範囲がわかりやすい.視神経乳頭までは連続していないことがわかる.e,f:Humphrey静的Cg視野C30C-2(SITACstan-dard).eの実測閾値グレーススケール表示では明確な感度低下は確認されないが,fのパターン偏差表示では病変部位に一致した異常が検出されている.Cg,h:SpectralisCOCT(Heidelberg社)を用いて,上方アーケード血管に沿っChた断面で撮像すると,内境界膜はCgでは不連続に確認されChではほとんど確認できない.g,hいずれも血管()を除くと網膜内層はほとんど存在せず欠損している様子が確認できる.abcdef図7局所篩状板欠損(fLCD)の例(53歳の女性,眼軸長23.3mm)a:耳上側,耳下側にそれぞれ明瞭な網膜神経線維層欠損(NFLD)が確認できる.Cb:SS-OCT(DRI-OCTAtrantis,トプコン)を用いた篩状板部のCenface画像.部位に,fLCDが存在する.同部位をaの眼底写真上で見ると色調がやや濃いことがわかる.Cc:Humphrey静的視野C24-2(SITACstan-dard).傍中心暗点が存在する.上方のCNFLDに対応する感度低下はまだ検出されていない.Cd:RS3000(ニデック)を用いた黄斑マップ解析(ILM.IPL).厚みマップ,正常眼データベースとの比較マップ,デビエーションマップいずれをみても,NFLDに一致した菲薄化が明瞭に確認できる.Ce,f:aの黄矢印線に一致した,fLCD部位(*)を通るCOCTBスキャン画像.eはCSD-OCT(spectralisOCT,Heidelberg社)であり,fはCSS-OCT(DRI-OCTAtrantis,トプコン)である.脈絡膜の深部,強膜,篩状板および篩状板後部といった,深部組織の描出はCSS-OCTのほうが優れている.abcd図8緑内障におけるOCTA画像a:正常眼における視神経乳頭周囲のOCTA画像.明瞭な放射状乳頭周囲毛細血管(網/叢)〔RPC(P)〕が確認できる.Cb:正常眼における黄斑部の網膜表層COCTA画像.表層(毛細)血管網/叢(SVP)が確認できる.SVPと比較すると,RPCPは視神経乳頭近傍において網膜神経線維を栄養することに特化しており,そのため視神経乳頭近傍に密に存在し,直線的で互いに吻合が少ないという特徴を有する.Cc,d,f:70歳代女性の開放隅角緑内障症Cef例.耳下側に網膜神経線維層欠損,菲薄化を認め,同象限に一致して乳頭縁に乳頭出血(黄色破線囲み)を認める.Ce:Humphrey静的野C24-2(SITAstandard).対応する視野異常を認める.g,h:同患者の視神経乳頭周囲と黄斑部網膜浅層のCOCTA画像.網膜神経線維菲薄化象限に一致して,それぞれCRPCP(g)とCSVP(h)の密度が低下しているのがわかる.前述の通り,RPCPのほうが密に存在するので,血流低下が捉えやすい.Cghる.ただし,近視眼のなかで緑内障進行が緩やかな症例が存在することに注目し,乳頭が耳下側へ傾斜していて耳下側の乳頭縁に楕円形(oval-shaped)のCfLCDを認める症例では,視野障害進行が緩やかであるとCSawadaらが報告している23).近視症例において適切に予後予測し,治療要否を適切に判断するうえで重要な所見である可能性があり,まだまだ知見の蓄積が必要といえる.CIV緑内障におけるOCTA昨今,緑内障領域に限らずCOCTAを用いた報告が増加傾向にある.各社のCOCTにおいてCOCTA機能が実装されてきており,研究レベルではなく実臨床でも広く普及することが期待されるモダリティである.実臨床で広く用いられるためにこれから取り組むべきいくつかの問題点が存在し,すなわち,1)OCTA本体の(数値)解析機能がまだ発展途上,2)OCTでのCcpRNFL厚やGCC厚に相当するような解析項目が定まっていない,3)正常眼/年齢別のデータベースがない,というC3点である.本稿では,緑内障病態において重要な,網膜神経節細胞と網膜神経線維を栄養する血管(血流)として,放射状乳頭周囲毛細血管(網/叢)〔radialperipapillarycapillary(plexus):RPC(P)〕と表層(毛細)血管網/叢(super.cialCvascularplexus:SVP)について正常症例と緑内障症例とを紹介するに留める(図8).おわりに以上,OCTとCOCTAについて四つのテーマで「新常識」を紹介した.緑内障分野においてCOCTの論文が急増したのは2000年代であり,そこからのC10年で広く普及するようになった.OCTAの論文はC2015年あたり(OptoVue社のAngioVueの発売の時期)を境に増加しはじめている.OCTの登場ほどインパクトはないかもしれないが,過去を振り返ることで点を結び未来を予測するのであれば,今後COCTと同じように活用されるのか,とくにこれからのC5年の動向には要注目である.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版).日眼会誌C126:85-177,C20222)SawadaCA,CManabeCY,CYamamotoCTCetal:Long-termCclinicalCcourseCofCnormotensiveCpreperimetricCglaucoma.CBrJOphthalmolC101:1649-1653,C20173)MikiA,MedeirosFA,WeinrebRNetal:Ratesofretinalnerve.berlayerthinninginglaucomasuspecteyes.Oph-thalmologyC121:1350-1358,C20144)InuzukaCH,CKawaseCK,CSawadaCACetal:DevelopmentCofCglaucomatousCvisualC.eldCdefectsCinCpreperimetricCglauco-mapatientswithin3yearsofdiagnosis.JGlaucomaC25:Ce591-e595,C20165)HoodDC,KardonRH:Aframeworkforcomparingstruc-turalCandCfunctionalCmeasuresCofCglaucomatousCdamage.CProgRetinEyeResC26:688-710,C20076)HoodCDC,CRazaCAS,CdeCMoraesCCGCetal:GlaucomatousCdamageCofCtheCmacula.CProgCRetinCEyeCResC32:1-21,C20137)UedaK,KanamoriA,AkashiAetal:Di.erenceincorre-spondenceCbetweenCvisualC.eldCdefectCandCinnerCmacularClayerCthicknessCmeasuredCusingCthreeCtypesCofCspectral-domainCOCTCinstruments.CJpnCJCOphthalmolC59:55-64,C20158)ShinCJW,CSungCKR,CLeeCGCCetal:GanglionCcell-innerCplexiformClayerCchangeCdetectedCbyCopticalCcoherenceCtomographyCindicatesCprogressionCinCadvancedCglaucoma.COphthalmologyC124:1466-1474,C20179)BelghithCA,CMedeirosCFA,CBowdCCCetal:StructuralCchangeCcanCbeCdetectedCinCadvanced-glaucomaCeyes.CInvestOphthalmolVisSciC57:OCT511-OCT518,C201610)FreundCKB,CCiardellaCAP,CYannuzziCLACetal:Peripapil-laryCdetachmentCinCpathologicCmyopia.CArchCOphthalmolC121:197-204,C200311)ShimadaN,Ohno-MatsuiK,YoshidaTetal:Characteris-ticsCofCperipapillaryCdetachmentCinCpathologicCmyopia.CArchOphthalmolC124:46-52,C200612)OkumaCS,CMizoueCS,COhashiY:VisualC.eldCdefectsCandCchangesinmacularretinalganglioncellcomplexthicknessCinCeyesCwithCintrachoroidalCcavitationCareCsimilarCtoCthoseCinearlyglaucoma.ClinOphthalmol10:1217-1222,C201613)ChiharaCE,CChiharaK:ApparentCcleavageCofCtheCretinalCnerve.berlayerinasymptomaticeyeswithhighmyopia.GraefesArchClinExpOphthalmolC230:416-420,C199214)MuraokaCY,CTsujikawaCA,CHataCMCetal:ParavascularCinnerretinaldefectassociatedwithhighmyopiaorepireti-nalmembrane.JAMAOphthalmolC133:413-420,C201515)MiyoshiCY,CTsujikawaCA,CManabeCSCetal:Prevalence,Ccharacteristics,CandCpathogenesisCofCparavascularCinnerCretinalCdefectsCassociatedCwithCepiretinalCmembranes.CGraefesArchClinExpOphthalmol254:1941-1949,C201616)KiumehrCS,CParkCSC,CSyrilCDCetal:InCvivoCevaluationCofCfocalClaminaCcribrosaCdefectsCinCGlaucoma.CArchCOphthal-molC130:552-559,C2012(29)あたらしい眼科Vol.39,No.4,2022C421

視機能検査の活用法の新常識

2022年4月30日 土曜日

視機能検査の活用法の新常識NovelMethodsonHowtoUtilizeVisualFunctionTests西島義道*野呂隆彦*はじめに緑内障は網膜から視覚中枢に投射する網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)の障害である.現在の緑内障診療において,自動視野計は必須の機器であり,とくにそのなかでもHumphrey静的視野検査がゴールドスタンダードとなっている.わが国に自動視野計が初めて導入されたのは1979年である.しかし,当時は測定ストラテジーも1種類のみであり,片眼の視野検査に20分以上の時間を要するという欠点があり,あくまでもGoldmann視野計の補助としての役割が主であった.1990年代に入ると検査時間の短縮を図ったストラテジーの開発,視野の統計解析による進行判定が可能となった.また,2018年には身体障害者認定基準の改正により,自動視野計での視野障害認定基準が明文化されたこともあり,今後ますます自動視野計の重要性が増加することが予測される.本稿では近年の視野検査の新しいストラテジーや解析法,また最近になり登場したヘッドマウント型の視野計について述べる.IHumphrey静的視野検査における測定プログラム・ストラテジーHumphrey静的視野計は白色背景光に対する白色の視標を示し,各測定点における明度識別閾値を決定する視野計である.可能な検査はスクリーニングテストと閾値テストの2種類が存在する.通常の緑内障診療におい-90-80-70-60-50-40-30-20-100102030405060708090図1両眼開放Estermanテストパターン(120点)ては閾値テストを使用することが多いが,スクリーニングテストの1種類であるEsterman検査は,視覚障害認定の際に使用される(図1).緑内障診療で用いられる閾値テストは,中心30°内を左右対称に6°間隔で測定する30-2と,30-2の測定点から鼻側階段に相当する2点を除き,最周辺部の検査点を除外した24-2の二つがおもに使用されている.閾値決定の測定ストラテジーは以前,全点閾値fullthreshodとsinglestraircasestrategy(FastPac)が考案されていた.しかし,全点閾値においては検査時間が長いこと,またFastPacでは再現性が低いというデメ*EuidoNishijima&TakahikoNoro:東京慈恵会医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕西島義道:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(11)403表1視野検査の種類と測定点24-210-224-2C配置点6°間隔52点2°間隔68点6°間隔52点+中心10点プログラムSITA-StandardSiTA-Fast・SITA-FasterSITA-StandardSITA-FastSITA-Faster(SITA-Standardも今後使用可能)正常眼における測定時間SITA-Standard:片眼4.5分SiTA-Fast:片眼2分半SITA-Faster:片眼1分半.2分弱SITA-Standard:片眼5分程SITA-Fast:片眼3分程片眼:2分.2分半ab図2SITA.StandardとSITA.Fasterの比較a:初診時の左眼COCT画像.視神経乳頭解析および黄斑部網膜内層解析にて網膜神経線維層の菲薄化を認める.Cb:左眼C24-2SITAStandardとSITA-Faster.視野検査の測定時間は,中心C24-2SITAStandardではC7分C16秒,中心C24-2SITAFasterではC2分C56秒と,SITA-Fasterでは半分以下となっている.MD値・PSD値,暗点形状は双方の視野検査にて類似する結果となった.図3SITA.Faster測定中の患者観察の重要性右眼中心C24-2SITAStandardおよびC24-2SITAFaster.24-2SITAFaster測定中に,別の患者に対する検査員の声がけに反応し,数秒間検査台から顔をはずしてしまっていた.24-2SITAFasterにおいて,24-2SITAStandardには認めない感度低下を認める.図424.2Cにおける追加点10点と神経線維走行の関係a:24-2CSITAFasterの測定点.Cb:黄斑部における障害を受けやすい神経線維の走行およびC24-2Cにおける測定点との関係.24-2Cにて追加した中心C10点は,感度低下をきたしやすい点を上下非対称に選択している.(文献C2を参考に作成)ab図5中心24.2Cにおいて中心近傍の感度低下を検出できた症例a:左眼底写真.耳下側に神経線維欠損を認める.Cb:左眼COCT画像.視神経乳頭解析では耳下側の網膜神経線維層の菲薄化を認める.黄斑部網膜内層解析においても耳下側優位に菲薄化を認める.c:左眼中心C24-2SITAStandard,中心C10-2SITAStandardおよびC24-2CSITAFaster.中心C24-2SITAStandardでは鼻上側に感度低下を認めるものの,中心C10°内では感度低下を認めていない.中心C10-2SITAStandardでは上方の感度低下を認めた.中心C24-2CSITAFasterでは10°内に新規追加を行った測定点において感度低下を捉えている.ab図6imoとimovifaa:第一世代Cimo(クリュートメディカルシステムズ).左右に独立したディスプレイがあり,片眼遮蔽なく測定が可能である.ヘッドマウント型として頭部(写真左)に装着もしくは専用のスタンドを使用し,スタンドタイプで測定を行う.Cb:第二世代Cimovifa(クリュートメディカルシステムズ).第一世代のスタンドタイプのCimoが改良され,重量がコンパクトになり.座位でより楽に検査を受けられるようになった.C-

原発開放隅角緑内障の全身的な危険因子

2022年4月30日 土曜日

原発開放隅角緑内障の全身的な危険因子SystemicRiskFactorsforPrimaryOpenAngleGlaucoma(POAG)橋本和軌*中澤徹*はじめにこれまで世界中で集団ベースの前向きコホート研究が進められたことで,緑内障の危険因子にかかわるさまざまなエビデンスが蓄積されてきた.報告された危険因子には眼圧や角膜厚といった眼球自体の機能・構造的な要素だけでなく,高血圧や糖尿病など全身的な変化にかかわる要素も含まれていた.全身的な危険因子は別のコホートにおいては結果が再現されず,すべての緑内障集団において危険因子であると言い切れるのか悩ましいものもみられた.本稿では,広義の開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)を対象として,近年のメタアナリシス研究や保険請求データなどのビッグデータを用いた研究を交えてこれまで報告された全身的な危険因子を整理する(表1).また,POAGのリスク予測にゲノム情報を用いる近年の研究についても述べる.I加齢年齢は単純であるが,あらゆる全身的な加齢性変化を反映する情報である.高血圧や糖尿病などの複雑疾患と同じく,加齢がPOAG発症の危険因子であることが多数の集団ベース研究で示されており,鈴木らは日本人集団(n=2,874)でも同様の傾向が再現されることを報告した(発症に対する年齢の単位オッズ比1.06)1).Leskeらが行ったアフリカ系民族コホート(n=3,222)の9年間の観察研究では,POAG発症の相対リスクは1年あ表1POAGの危険因子眼検査から評価されるものだけでなく,眼球外の変化も危険因子となりうる.たり4%上昇し,40代と比較すると60代以上では発症リスクが2倍以上となっていた2).Kreftらは約25万人の4年間の保険請求データベースを用いた研究で,50代前半と比べたPOAG発症のハザード比が60代で2以上,70~80代で3以上となることを報告した3).加齢は介入不可能な要素であるが,緑内障が疑われる患者に定期的な眼科受診を促すにあたり,これらの疫学的知見は大切である.ある時点の検査で診断に至らなくても,加齢とともにPOAGを発症するリスクは増加し,将来POAGを発症する可能性が残ることは患者に説明するべきだと考える.II血圧・眼灌流圧高血圧とPOAGの関連は多数の集団ベース研究で調査されてきたが,一貫した結果は得られていない.これには,研究によって高血圧の定義が異なっていること,高血圧の罹病期間や治療状況が考慮されていないことが*KazukiHashimoto&ToruNakazawa:東北大学大学院医学系研究科神経・感覚器病態学講座眼科・視覚科学分野〔別刷請求先〕橋本和軌:〒980-8574仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科神経・感覚器病態学講座眼科・視覚科学分野0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(3)395POAG有病率大大POAG有病率小小<6061~7071~8081~9091~100>100<5051~6061~8081~100>100拡張期血圧(mmHg)平均眼灌流圧(mmHg)図1拡張期血圧・平均眼灌流圧とPOAG有病率の関係血圧および眼灌流圧には,高すぎても低すぎてもCPOAG有病率が上昇するCU字型の関係がみられる.(文献C6で報告された結果をもとに作成)==診断がついたものに限ればC1.23)であり,糖尿病の診断からC1年ごとに緑内障の発症リスクがC5%ずつ増加することを報告した8).糖尿病がCPOAGに対して影響を与える機序としては,長年の高血糖や脂質異常による網膜神経節細胞の障害,血管内皮障害による血流調節異常,結合組織のリモデリングによる篩状板や線維柱帯構造の変化が考えられている9).POAGを発症するリスクの評価という観点からは,単純な疾患の有無情報だけでは不十分かもしれず,糖尿病の病型・重症度・罹患期間・治療状況など考慮することで,異なる集団に対してより再現性の高いリスク評価が行える可能性がある.CIV偏頭痛・血管攣縮偏頭痛の病態は完全に解明されているわけではないが,機能的な血管攣縮がかかわっていると考えられており,同時に眼血流も低下させている可能性があることからCPOAG発症への関与が疑われている10).Dranceらは無作為化臨床試験中に未治療期間があった正常眼圧緑内障(normalCtensionglaucoma:NTG)患者を対象として視野障害進行のリスク因子を調べる研究を行い,偏頭痛のあるCNTG患者は偏頭痛のない患者に比べて視野障害進行のリスクがC2.58倍となることを報告した11).Huangらが台湾のC100万人の国民健康保険データベースを用いて行った集団ベース研究では,合併症のない50歳未満のグループにおいて,偏頭痛のあるCOAG患者は偏頭痛のない患者と比べてCOAGの発症リスクが1.68倍であった12).一方,偏頭痛とCPOAG発症の関連を調べたコホート研究のメタアナリシスでは,両者に有意な関連は認められなかった13).これらの結果を総合すると,偏頭痛・血管攣縮はPOAG患者の大半にはそこまで影響力をもたないが,あるサブタイプ(若年・基礎疾患なし)においてリスクを高めている可能性がある.臨床現場では偏頭痛の症状を問診して評価するしかないが,血管攣縮を起こしやすい体質であるかどうかを簡便に検査する方法が用いられるようになれば,偏頭痛に関連したCPOAGのサブタイプを効率よく同定し,そのグループを対象とした有効な治療を検討することができるかもしれない.V閉塞性睡眠時無呼吸症候群閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructionCsleepCapneasyndrome:OSAS)は睡眠中の断続的な上気道閉塞を特徴とする疾患である.OSASは動脈硬化,糖尿病,心血管イベントなどのリスクとして知られており14),OSASが引き起こす著しい低酸素状態とそれにより生じる血管収縮はCPOAGの発症に対しても影響すると考えられている.Linらが行った台湾の国民健康保険データベースを用いた後ろ向きコホート研究(n=1,012)では,OSAS患者はCOSASをもたないものに対してCPOAG発症のハザード比がC1.67であった15).日中の眠気や高血圧などの症状のあるCOSASに対しては,気道閉塞による低酸素症を改善するために持続陽圧呼吸療法(contin-uousCpositiveCairwaypressure:CPAP)が導入される.OSAS患者にCCPAPを導入することでCPOAGの発症リスクを軽減できるかについて明確なエビデンスは得られていない.しかし,山田らはCOSASを有するCPOAG患者ではCOSASのない患者と比べ有意に視野障害の進行速度が早いことを報告しており16),とくに重症COSASのCPOAG患者は視野障害を急速に悪化させる可能性があるため,筆者らは眼圧下降療法に反応せずCOSASが疑われるCPOAG患者に対しては積極的にCOSASのスクリーニング検査を勧めている.CVI家族歴・ゲノム情報家族歴はCPOAGの危険因子のひとつとみなされており,WolfsらはCRotterdamStudyの解析から親・兄弟がCPOAG患者である場合にCPOAG発症の相対リスクが9.2倍となることを報告した17).POAGの原因となる単一遺伝子変異としてはCMYOC,OPTN,TBK1の変異が知られているが,これらが発症の原因となっているCPOAGは多くなく,ヨーロッパ民族のCPOAG患者のうちC3~5%とされている18).もっとも頻度が高く研究が進んでいる変異はCMYOCのCp.Gln368Terであるが,日本人を含むアジア民族ではこの変異がほとんど観察されないため,日本人集団における既知の単一遺伝子変異の頻度はさらに低くなるかもしれない.英国バイオバンクのデータを用いたCHanらの研究(5)あたらしい眼科Vol.39,No.4,2022C397図2一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)SNPとはゲノム中にC1%以上の頻度でみられるC1塩基の違いである.図3ゲノムワイド関連解析(genome.wideassociationstudy:GWAS)GWASとは,あるCSNPに着目したときに疾患群と対照群で塩基の違いに有意な偏りがあるかどうか,数百万のCSNPについて統計的に検討する研究である.図4マンハッタンプロットGWASの結果はマンハッタンプロットとよばれるグラフにまとめられる.一つひとつの点はCSNPを表している.グラフで橙色のラインの上にあるCSNP,つまりCp値がC5.0C×.108を下回るCSNPがゲノムワイド有意とされる.この水準は保守的なものであり,ここまで達していないCSNPも疾患発症に影響している可能性がある.C■疾患■対照小12345678910PRS(10分位)大図5ポリジェニックリスクスコア(polygenicriskscore:PRS)による層別化各個体に対してCPRSを計算し,PRSの大小C10分位でグループを作ると,発症率が少ないグループと高いグループを抽出することができる.PRSはこのようにリスク層別化の手段として期待されている.-■用語解説■バリアント:個体間でのゲノム情報の違いをさす言葉.かつては頻度の高いゲノム上の差異を多型,まれなものを変異とよび分けていたが,現在はどちらもまとめてバリアントとよばれる.SNPはバリアントに含まれ,遺伝病の原因となる遺伝子変異もバリアントのひとつである.—

序説:ここまで変わった緑内障診療の新常識

2022年4月30日 土曜日

ここまで変わった緑内障診療の新常識CurrentCommon-SensePathwaysfortheTreatmentofGlaucoma中野匡*緑内障の有病率が40歳以上の5%と判明して久しい.その後,驚異的な超高齢社会となり,さらにコロナ禍で眼を酷使するテレワークが普及した今日の日本で,新規の視覚障害者数がもっとも多い疾患である緑内障の位置づけは,単に代表的な眼科疾患にとどまらず,生活習慣病にならぶ“commondis-ease”になった感がある.一方で緑内障診療も時代とともに変遷し,各種の構造/機能の検査機器の進歩に伴い,早期診断の精度は向上し,ゲノム解析や人工知能(AI)技術なども急速に診療に導入されようとしている.このような時代背景のなかで,薬剤/手術療法の選択肢も大幅に増え,今後の治療方針に悩む事例も確実に増えた印象を受ける.くしくも緑内障診療ガイドラインが第5版に改訂され,改めて緑内障診療の基本方針を整理すべきよき節目となった.本特集では緑内障診療にまつわる新常識を過不足なく取りあげた.はじめに橋本和軌先生と中澤徹先生に,これまでおもに眼球自体の構造や機能にかかわる評価項目を中心に検討されてきた緑内障の危険因子に関し,メタアナリシス研究やレセプトデータなどのビックデータを用いた最新の報告や,さらにゲノムワイド関連解析から得られた全身的な危険因子に関する最先端の知見について執筆いただいた.次に西島義道先生と野呂隆彦先生には,緑内障の機能評価として必須項目である視野検査に関し,代表的な検査プログラムの活用法や最近登場した新規の検査ストラテジーについて,さらに新たな静的視野検査法として注目される両眼開放視野計について紹介いただいた.また,沼尚吾先生と赤木忠道先生には,今や緑内障の構造評価に不可欠となったOCTと緑内障領域でも今後の活用法が期待されるOCTAについて,さらに近視眼で緑内障との鑑別が問題となる各種の特徴的な所見について解説いただいた.本庄恵先生には近年ますます選択肢が増えた緑内障治療薬について,各種点眼薬の有効性や留意点を,最近の知見を交えて系統立てて説明いただいた.新田耕治先生には,緑内障のレーザー治療について,近年その使い方や効果が改めて注目される選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の活用法について,さらに難治症例のみでなく適応症例の拡大が期待されるマイクロパルス毛様体光凝固術(MPCPC)に関する最新情報をご提供いただいた.谷戸正樹先生には日本でも明らかに手術件数が増えてきた低侵襲緑内障手術(MIGS)の適正使用について,各術式の特徴や有効性について,経験豊富*TadashiNakano:東京慈恵会医科大学眼科学講座0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(1)393

わが国における羊膜バンクの活動報告と 移植状況2020 年版

2022年3月31日 木曜日

わが国における羊膜バンクの活動報告と移植状況2020年版武田太郎*1,坂本ゆり*1,原祐子*2,坂根由梨*2,竹澤由起*2,三谷亜里沙*2,井上英紀*2,白石敦*2,安久万寿子*3,石垣理穂*3,岡部素典*4,吉田淑子*4川村真理*5,佐々木千秋*6,夛田まや子*7,長井一浩*8,星陽子*9,横手典子*10,1)愛媛大学医学部附属病院羊膜バンク,2)愛媛大学医学部眼科学教室,3)京都府立医科大学組織バンク,4)富山大学附属病院羊膜バンク,5)けいゆう病院眼科/羊膜バンク,6)東京歯科大学市川総合病院羊膜バンク,7)大阪大学組織バンク(羊膜),8)長崎大学病院羊膜バンク,9)あきた移植医療協会,10)久留米大学病院羊膜バンクはじめに2014年に羊膜移植術が保険収載され,移植医に羊膜を供給する羊膜バンクは日本組織移植学会のガイドラインの遵守,認定資格取得,学会認定組織移植コーディネーターの設置が必要となった.2020年時点で,自施設のみならず他施設にも羊膜を供給できるカテゴリーI羊膜バンクが6施設,自施設内のみに供給を行うカテゴリーII羊膜バンクが3施設あり,連携を取りながら活動している.今回,愛媛大学医学部附属病院羊膜バンクが2019年と2020年のレジストリー集計を行い,その結果を2017年および2018年の羊膜バンク活動実績と比較した.さらに都道府県別の羊膜移植実施状況と,羊膜バンクの斡旋契約施設状況も調査し,全国における羊膜移植の実施・普及状況をまとめたので報告する.I対象および方法全国9施設の羊膜バンクから収集した2019年および2020年における活動実績報告を集計・分析し,2017年および2018年の集計結果と比較した.今回分析した項目は,羊膜移植手術件数,患者の適応疾患,術式とその内訳(単独手術・併施手術),ドナー数,新規保存羊膜数である.また,都道府県別に2019年の羊膜移植実施件数,2020年時点で羊膜バンクと斡旋契約を結んでいる施設の存否についても調査した.II結果羊膜移植手術件数は,2017年は471件,2018年は463件とほぼ横ばいで推移し,2019年は607件と大きく増加したが,2020年は457件と4年間でもっとも件数が少なく,前年よりも25%減少していた(表1).原因疾患については,2017.2019年は翼状片が35.36%ともっとも多く,2位のStevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS)と3位の腫瘍性疾患が10%前後で,ほぼ同様の傾向を示した.2020年はこれまでの年と同じく,1位は翼状片の32%であったが,2位が腫瘍性疾患17%,3位が熱・化学熱傷13%で,これまで2位であったSJSは4位の5%と減少していた(図1).術式の内訳では,羊膜移植のみの単独手術は30.35%,他の手術を併施した割合は65.70%で,4年間ともほぼ著変なく推移していた.2019年と2020年の併施手術の内訳をみると,翼状片がもっとも多く,ついで角膜移植,腫瘍性疾患,結膜.形成の順で,2年間ともほぼ同じ傾向であった(図2).ドナー数は2017年は27人,2018年は23人,2019年は19人,2020年は21人で4年間の平均ドナー数は22.5±3.4人であるのに比し,新規保存羊膜数は2017年は540枚,2018年は545枚,2019年は706枚,2020年は935枚と年々増加傾向にあり(図3),1ドナーからの保存数が増加した.都道府県別の2019年の羊膜移植件数では,32都道府県で羊膜移植が実施されており,15県では実施がなかった.羊膜バンクのある都府県やその周辺で実施件数が多い傾向にあった(図4).2020年時点の羊膜バンク斡旋契約施設の存否では,39の都道府県に契約施設があり,普及率は83%であった(図5).III考按羊膜移植手術件数は2019年に大きく件数を伸ばしており,われわれコーディネーターは2020年にはさらに羊膜の需要〔別刷請求先〕武田太郎:〒791-0295愛媛県東温市志津川454愛媛大学医学部附属病院羊膜バンク表1原因疾患の内訳2017年2018年2019年2020年翼状片35%翼状片36%翼状片35%翼状片32%SJS12%SJS9%SJS11%腫瘍性疾患17%腫瘍性疾患8%腫瘍性疾患9%腫瘍性疾患11%熱・化学外傷13%熱・化学外傷6%熱・化学外傷8%眼類天疱瘡9%SJS5%眼類天疱瘡4%眼類天疱瘡7%水疱性角膜症5%角膜感染症5%緑内障4%水疱性角膜症5%熱・化学外傷5%水疱性角膜症4%その他29%その他26%その他25%その他24%すべての年度で翼状片がもっとも多かった.2019年までは2位がStevens-Johnson症候群(SJS),3位が腫瘍性疾患であったが,2020年は2位が腫瘍性疾患,3位が熱・化学熱傷と傾向が変化していた.(件)700650607件60025%減少550471件463件457件5004504002017年2018年2019年2020年図1羊膜移植手術件数の推移羊膜移植手術件数は,2017年と2018年はほぼ横ばいで推移し,2019年は大きく増加したが,2020年はコロナ禍の影響か前年よりも25%減少していた.100%65%70%68%65%35%30%32%35%単独・併施手術翼状片手術45%翼状片手術47%角膜移植15%角膜移植15%腫瘍切除9%結膜.形成7%腫瘍切除11%結膜.形成6%その他24%その他21%併施手術の内訳100%80%80%60%60%40%40%20%20%0%0%2017年2018年2019年2020年2019年2020年■単独■併施図2術式の内訳単独手術と併施手術の割合は4年間ともほぼ著変なかった.併施手術の内訳は翼状片手術がもっとも多く,2019年と2020年ともに同じ傾向であった.が増えることを予測していた.しかし,2020年はCOVID-術式の内訳では,羊膜移植単独の手術は約30%のみで,19感染防止策によって,各施設で眼科手術の実施に制限が多くは翼状片手術や角膜移植,腫瘍切除など別の手術と併施かかり,4年間で最少手術件数となった.これは原因疾患のされていた.石垣1)の報告では,羊膜移植の保険診療報酬点1位を占める翼状片が不急の疾患であることなどが影響した数は増点されたものの,併施手術の加点は認められておらと思われる.それを裏付けるかのように,2017年からの3ず,診療報酬の設定や内容の見直しを働きかける必要性につ年間10%前後で原因疾患の2位であったSJSが2020年でいて言及している.羊膜移植の診療報酬は2018年度に8,780は5%に減少し,緊急性の高い腫瘍性疾患と熱・化学外傷の点から10,530点に増点されたが2020年度は据え置かれ,割合が増加していた.いわゆる「コロナ禍」の影響が,羊膜K224:翼状片手術(弁の移植を要するもの)の3,650点と比移植の実施状況にまで及んでいることが示唆される興味深いべた場合,病院経営視点でいうと必ずしも費用対効果が高い結果であった.とはいえない.羊膜移植では約70%もの割合で他の手術が(人)302520151027人ドナー数の推移23人19人21人(枚)1,000800600400540枚新規保存羊膜数の推移706枚545枚935枚520002017年2018年2019年2020年02017年2018年2019年2020年図3ドナー数と新規保存羊膜数の推移ドナー数はやや減少傾向であったが,新規保存羊膜数は年々増加傾向であった.■羊膜バンクのある都府県7■移植のあった都道府県■移植がなかった県712210535241629441148123383932425151844139154図42019年の都道府県別羊膜移植実施件数32の都道府県で羊膜移植が実施されており,羊膜バンクのある都府県やその周辺で実施件数が多い傾向にあった.15の県で移植が行われていなかった.併施されているということも踏まえ,今後さらなる診療報酬の見直しを期待したい.ドナー数と新規保存羊膜については,羊膜バンクとしての機能を十分に果たせていることが示された.また,ドナー数は2017年からやや減少傾向にもかかわらず新規保存羊膜数は年々増加していた.これは,羊膜保存技術の向上が関係していると考えられた.都道府県別の2019年の羊膜移植件数と2020年の羊膜バンク契約施設状況をみると,2019年は32都道府県で羊膜移植が実施されており,2020年の時点で羊膜バンクと斡旋契約を結んでいる施設は39都道府県まで広がっていた.この結果から,羊膜移植医療が全国に普及してきていることは明らかであるが,羊膜バンクのある都府県とその周辺に偏っていることや,8県では羊膜バンク斡旋契約施設がないことなどから,地域格差も少なからずあるという現状が浮き彫りになった.羊膜を必要とする患者にあまねく移植を届けるには,実施施設基準の緩和が必要である.羊膜移植術では事故の報告はなく,安全性が確立されているといえる.現在は病院でなければ移植できないが,これを診療所レベルにまで拡■契約施設のある都道府県■契約施設のない県図52020年時点で羊膜バンクと契約施設のある都道府県39の都道府県に契約施設があり,普及率は83%であった.8の県で契約施設がなかった.大することが求められていると考えられる.併せて羊膜を安全に安定して供給できるよう,バンク間の情報共有と連携を深化し,活動や実際の手続きについて啓発を続けることが重要であると考えられた.今回筆者らは,全国の羊膜バンクから収集した集計用紙を用いて2019年と2020年の活動実績をまとめ,過去のデータと比較して羊膜移植の現状を明らかにした.グラフトは十分確保され,安定供給が可能である.今後も集計・報告を継続し,わが国における羊膜移植の普及に貢献したい.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)石垣理穂:本邦における羊膜移植2017年,羊膜バンクの活動実績とその分析(会議録).日本組織移植会誌17:50,20182)原田康平,福岡秀記,稗田牧ほか:羊膜移植21年間の推移.日眼会誌125:895-901,20213)日野智之,外園千恵,稲富勉ほか:羊膜移植の適応と効果.日眼会誌116:374-378,2011

新型コロナ感染症パンデミックにおける 涙道診療の実践(第1 報)

2022年3月31日 木曜日

新型コロナ感染症パンデミックにおけるはじめに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行がパンデミックと宣言されて1年以上が経過した.わが国もパンデミックに巻き込まれ,眼科医療も混乱した.しかし,ワクチン接種率も日ごとに上昇しており,眼科医療の混乱は一段落ついた感がある.2020年4月から7月にかけ,インターネット上では涙道と関係する領域のさまざまな注意喚起や勧告が出された1.10).これらを読み解くと,涙洗を含むほぼすべての涙道検査と治療がエアロゾルを発生させる手技(aerosolgenerat-ingprocedure:AGP)であり,これを行うことで患者から医療従事者にSARS-CoV-2のエアロゾル感染が生じる可能性が危惧される.筆者はこの点を重く受け止め,2020年8月までは涙道検査と手術はすべて中止としていた.その間に文献で勉強しながら感染対策の準備を進め,同年9月から涙道診療の再開を果たした.その結果,パンデミックが始まる前(コロナ前)と後(コロナ後)で,涙道検査・手術・術後管理の流れ(涙道診療の進め方)は変化した.本稿では,医療従事者を守る安全衛生管理の観点から模索したエアロゾル対策や患者管理の方法を記述し,その結果を省みる.ICOVID.19の感染経路とエアロゾルSARS-CoV-2の感染経路は三つある.すなわち接触感染,飛沫感染,エアロゾル感染である.2020年3月の時点ではおもに接触感染と飛沫感染が注目されており,エアロゾル感染は特殊な場合に限られると考えられていた.しかし,その後の事例検討や実験研究などの積み重ねの結果,エアロゾル感染が注目されるようになり,米国疾病予防管理センターの2021年5月7日の更新でも公式にエアロゾル感染が主要感染経路の一つとして記載された11).日本エアロゾル学会によると,エアロゾルとは,空気中に浮遊する液体または固体の粒子と周囲の気体の混合体と定義されている(https://www.jaast.jp/new/about_aerosol.html).涙道診療の実践(第1報)鈴木亨**鈴木眼科クリニックその粒子の大きさはさまざまであり,粒子の種類や環境や計測方法などによって0.001.100μmまで広範なバリエーションがある.新型コロナウイルス感染で注目されるのは,おもにヒトが発声したときに気管支,喉頭,口腔から出る飛沫が,乾燥してその核が空気中に漂っているものについてであり,1μm前後の大きさに分布ピークをもつ12).すなわち,いわゆるPM2.5よりも小さい.SARS-CoV-2のウイルス粒子の大きさは0.005.0.2μmとされており,このエアロゾルよりもさらに小さい.このためエアロゾルの発生元にウイルスが存在すれば,それは容易にエアロゾル粒子に乗って長い時間空気中を漂い,時間差があってもその空間を共有する人の肺胞まで届く.II医療行為が引き起こすエアロゾル感染の現実的脅威医療現場においては,ヒトパピローマウイルスによるコンジローマに対するレーザー治療を担当していた外科医や手術室看護師が,レーザー操作で発生するサージカルスモーク(エアロゾル)を介して喉頭乳頭腫を発症したという報告をはじめ,医療行為に伴うエアロゾル感染は多数報告がある13.18).これらはみな,レーザー手術に限って研究されたものであるが,そのリスクはAGP一般にも当てはまることである.医療行為でエアロゾルが発生することは,これまで注目されてこなかった.しかし,それによる職場安全への脅威は現実に存在しており,その職場を管理する立場にある者はこの点に意識的に取り組まなければならない.とくに本稿のテーマである涙道診療においては,涙洗や涙道内視鏡手技,ドリリングなどで必ず灌流水を用いる.また,涙道そのものが排水管,つまり水が溜まった臓器であるということから,そこになんらかの操作を加えると飛沫が生じてエアロゾルも出ることは疑いようがない.COVID-19患者の鼻腔にウイルス量が多いとされるのは周知の通りであり,そこと連続する涙道の診療には細心の注意が必要である.〔別刷請求先〕鈴木亨:〒808-0102北九州市若松区東二島4-7-1鈴木眼科クリニック図1減圧装置エフエスユニ社の施工で手術室前室に取り付けた.一般眼科手術では使用せず,涙道手術でのみ使用する.CIII当院で行ったエアロゾル対策の方法1.作業環境管理a.手術室の改修手術室の気圧調整工事を行った(図1).涙道手術は陰圧手術室で施行するよう推奨されている10).これに対応する仕組みを作った.通常,手術室は埃の侵入を防ぐ目的で陽圧になるよう設計されている.つまり,手術室の空気を常に廊下へ吹き流しながら手術作業をする仕組みである.そこで涙道手術を行うと,発生したエアロゾルは院内どこへでも拡散する可能性がある.手術室を陰圧にすることでこれを防ぐことができる.しかし,手術場そのものを陰圧にすると,埃が増えて術野は別の病原体で汚染される.これを避けるため,手術場は陽圧のままにしておき,準備室を陰圧とすることでエアロゾルの流出を防ぐ仕組みとした.Cb.院内吸引システムの改修セントラルサクションシステムの造設工事を行った(図2).涙道手技では,鼻内で鼻汁や血液など体液を吸引する必要が生じる場合がある.その際に発生するエアロゾルを室内に拡散させない仕組みを作った.コロナ前はポータブルの体液吸引装置を用いていた.この装置は体液と一緒に吸引した空気を直接排気するため,多量のエアロゾルが室内に拡散する.コロナ後はこれをやめ,陰圧を発生する共通配管をクリニックの屋上に取り付け,外来処置ベッド付近と手術室の壁に受動吸引装置を接続する接続口を設けた.液体は受動吸引装置の密封パックに閉じ込められるのでそのまま廃棄できる.エアロゾルを含む気体は吸気配管内に密封されるので,院内に逆流しない.吸引空気量が多くなると配管内圧が上昇し,ポンプが作動して配管内空気が院外の安全な場所に排出拡散される仕組みである.2.涙道手技の作業管理当院では一般的な感染対策として,スタッフ全員にサージカルマスクとフェイスシールドかゴーグルの常時着用を命じている.そのうえで,涙道診療に必要な作業を次のように管理した.Ca.涙洗外来で涙洗を行わない方針とした.涙洗は涙道検査の基本であり,コロナ前は外来で頻繁に行ってきた.しかし,2020年C4月には涙洗で発生するエアロゾルが危険とされ,施行する場合はCN95マスクを含む個人防護装備(personalprotectiveCequipment:PPE)の使用が推奨された4,10).しかし,当時は世界的に感染防護資材が十分でなく,涙洗中止がもっとも安全で現実的な判断であった.Cb.涙道内視鏡検査外来での涙道内視鏡の使用は完全に中止した.涙道内視鏡の使用に際しては,多量の灌流水を使用する.したがってエアロゾル発生リスクは涙洗よりも高いと考えられる.コロナ前は外来で点眼麻酔下の涙道内視鏡検査をルーチン化していたが,コロナ後はこれを中止した.Cc.鼻処置と鼻内視鏡検査鼻内視鏡の使用は最小限とした.コロナ前にルーチン化していた涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)術後のリノストミー経過観察は中止した.しかし,DCR術後のガーゼ抜去にはどうしても鼻内視鏡が必要であり,その際には発生するエアロゾルを吸引除去しながら作業するよう管理した.鼻内ガーゼは体温で温まった状態で濡れており,これを引き出す行為では湯気(エアロゾル)の発生が避けられない.セントラルサクションシステムの吸引流量は低く,いったん空中に漂い始めたエアロゾルの捕獲吸引には向かな図3レーザースモーク吸引装置Sackhouse社製スモーク吸引装置(VersaVac2,輸入元はニデック).強い吸引力と持ち運びに便利なコンパクトさが利点.半年に一度のCHEPAフィルター交換が必要である.図5DCR施行中の風景5名のスタッフで,強化CPPEを装着して手術する.防護服のメーカー正規品は入手できなかった.インターネットで中国製コピー商品を一括大量購入し,EOGガスで滅菌して使用している.顕微鏡は専用のカバーで覆い包んでいる.い.そこで,高流量のレーザー手術用スモーク吸引装置を利用してこれを吸い取るようにした(図3).この装置はコロナ前からCDCRの骨削開時の粉塵吸引用に使用していたものである.これを外来処置室でも積極活用することにした.排気は局所式であるが,HEPAフィルターを通過させる仕組みである.使用の際には吸引ホース先端を鼻孔に近づけ,鼻孔やガーゼから出る湯気を吸い取るイメージで作動させている.また,先述のように涙洗は中止の方針であったが,まれに診断のためどうしても必要な場合はある.その際にも,本装置を利用している.Cd.涙道チューブの抜去涙道チューブ抜去にも注意を払った.文献ではチューブ抜去もCAGPとされる4,10).抜去が必要な場合には,涙点間のチューブを剪刀で切断して断端を涙洗針で押し込むだけで引き抜かず,患者に自宅で鼻をかんで出させるようにした.Ce.コーンビームCTの積極活用当院ではコロナ前からコーンビームCT(coneCbeamC図4コーンビームCTモリタ製作所製のCCBCT(Accuitomo).座位の患者の頭部周辺を装置が回転する仕組み.椅子が前後左右に動いて患者の顔の位置を微調整する.CT:CBCT)を備えており,これを積極的に活用した(図4).CT検査は唯一CAGPでない涙道検査である.造影剤もシリンジングでなく点眼するだけで,涙道の閉塞局在評価などが可能である.スタッフが行う準備にはC5分以上かかるが,医師が行う撮影は短時間(17.5秒)で終わるので,医師が行う作業はコロナ前の涙洗と同様の手軽さである.コロナ後は,涙洗に代わり,この装置を用いたCCBCT涙道造影(dacryocystography:DCG)が涙道のルーチン検査となった.Cf.手術室勤務体制術者含めてCDCRの際にはC5名,涙道内視鏡手術の際には3名で行うこととし,それ以外のスタッフの入室を禁じ,室内でのエアロゾル曝露を前提として強化CPPE(enhancedPPE,防護服と靴カバー,ゴーグル,N95マスク,グローブ)で手術を行うようにした(図5).Aliはラボ検査陽性者の手術の際には,さらに電動ファン付呼吸用保護具(pow-eredCair-purifyingrespirator:PAPR)の装着を勧めている(fullPPE)10).しかし日本では,検査で陽性となった患者は隔離されるか専用病床に入院となるのでその機会はない.また,DCRの助手を務めるスタッフC2名には,手術室勤務終了後にはシャワーで洗体し休憩に入るよう命じた.術者(筆者)は,コロナ前からCDCR後のシャワー洗体をルーチンとしている.eabcd図6バイオハザードルームで働く筆者a:試薬保存用冷凍庫(指定温度C.20℃),Cb:解析制御用パソコン,Cc:島津製作所製の自動遺伝子解析装置(AutoAmp),d:遠心分離機,Ce:安全キャビネット,入院の撤廃で空いた病室を利用してバイオハザードルームとした.検体採取から持ち運びの動線など,保健所と綿密に打ち合わせて運用している.ウイルスは分析行程中不活化されないので,作業でエアロゾル感染の危険性がある.そのため,筆者以外のスタッフの立ち入りを禁じており,筆者が指示した場合のみ清掃スタッフが入室できる.Cg.手術操作先に述べた通り手術室の作業環境管理には万全を尽くしている.この中で発生するエアロゾルは外へ漏れ出ることはない.また,勤務するスタッフの作業管理にも万全を尽くしている.エアロゾル曝露を受けても感染リスクは最小限となる.手術室の中では,大量の飛沫とエアロゾルを発生するDCR時のドリリングだけでなく,外来で厳しく制限してきた涙洗や涙道内視鏡検査も自由に行う方針とした.文献的にはCDCR時のドリリングやバイポーラー止血などは使用を最小限にするよう勧告されている4).しかし,筆者は,管理された手術室ではもはや制限の必要はなく,むしろ涙道治療の完成度を落とさないことに傾注しなければ患者のためにならないと考える.とくにCDCR術中のバイポーラーによる止血操作については,むしろコロナ前よりも頻回に行っている.後で述べるようにCDCRも日帰りで施行することにしたため,手術終了時には完全に止血されている必要があるからである.ただしエアートームはやめ,鼻外法でも電動ドリルを用いるようにした.エアートームは圧搾空気で先端の歯を回転させる仕組みであるが,医療用に滅菌された圧搾空気は大変にコストが高く,滅菌されていない工業用圧搾窒素を用いるのが一般的であった.この際,これを衛生的な電動ドリルに変えた.また,手術顕微鏡は多量のドリリング飛沫とエアロゾルに直接曝露されるので,顕微鏡カバーで完全に覆うようにした(図5).ドリリングとバイーポーラー止血操作の際にはスモーク吸引装置を作動させ,吸引ホース先端を術野に置くよう助手に保持させた.3.健康管理当院スタッフの全員に朝の検温を義務づけ,毎日報告させた.また,発熱のほか上気道炎症状や下痢などの体調不良が発生した場合には速やかに申し出るよう命じた.その場合には,10日間の休業で在宅健康観察を行う方針とした.無症状のスタッフに対するCCOVID-19診断目的の特定のラボ検査は行っていない.CIV患者管理の方法1.生活指導と健康観察記録無症状感染者に手術を行ってしまうリスクを下げるため,手術C2週間前から患者とその同居人に対し,人との接触を減らして感染機会を避けるように求めた.職場や学校へ通うことは制限できないが,その他の活動については制限を求めた.同居していない家族との面会やレクリエーション活動などはもちろんのこと,デイケアやリハビリテーション施設など健康維持活動も含めて手術まで見合わせるよう求めた.また,この間の患者とその同居人の体温や体調を記録する記入用紙を用意し,毎日の記帳を求めた.C2.ラボ検査と肺CT念のため手術のC1.3日前に,おもに唾液検体によるSARS-CoV-2の遺伝子解析検査(real-timeCreverseCtran-scriptionCpolymeraseCchainreaction:リアルタイムRT-PCR法)を施行するようにした.当初は衛生検査所に分析を外注していたが,結果が出るまでの時間が地域流行状況に左右されるため,現在は院内に解析装置を備え筆者自身が作業を行っている(図6).また,術前日にCPCR陰性の結果を添え連携病院へ紹介し肺CCT検査を行うようにした.C3.術後管理入院を廃止し,すべて日帰り手術とした.遠方の患者については翌日の術後診察に備えるためホテル泊を求めた.術後通院も最小限に留めるようにした.コロナ前はCDCRについては,ガーゼ抜去と抜糸の後C1,3,6,12カ月時に加えてC5年を過ぎるまでは年にC1回リノストミーの形態変化を観察していた.ELDRについては,術後なるべく長期に涙洗通院を続けて涙道開存を維持する方針であった(assistedCpaten-cy)19).コロナ後は,DCRについてはガーゼ抜去や抜糸まで,ELDRについてはチューブ切断までで術後診察を終了する方針とした.CV小児涙道診療小児の検査と治療は中止し,相談のみ受け付けるようにした.涙洗では先にで述べた通りのリスクがあり,プロービングでは長時間の号泣が避けられないので飛沫とエアロゾルの抑制は困難である.様子をみて治療が必要と判断した患児は,すべて全麻涙道治療が可能な九州大学病院へ紹介するようにした.CVI結果このようなさまざまなエアロゾル対策と患者管理によって,医療従事者の安全衛生を守ることが可能と判断し,2020年C9月から涙道診療を再開することができた.その結果,2021年C5月末までにC53名C60症例の涙道手術を施行できた.手術の詳細やコロナ前との比較については第C2報で述べる.対象期間中,筆者を含めて発熱など体調変化が記録された院内スタッフは皆無であった.また,術前患者のCPCRと肺CCTの結果で手術延期となった患者は皆無であったが,健康観察記録の様子から手術延期となった患者がC1例あった.これは,患者本人ではなく同居家族の発熱のため手術を延期したものであった.この家族は,患者本人の手術予定日にCCOVID-19とは別疾患で入院となり,患者本人は同日その対応に追われることとなった.外来では,涙洗と涙道内視鏡中止の代わりに初診時のCBCT-DCG撮影をルーチン化した.この方針では術前に確定診断困難なケースもあり,手術直前に行う涙道内視鏡検査で診断が覆ることもあった.想定される術式変更の可能性については術前に説明を行うようにしていたが,搬入後に想定外の診断となり術式変更が困難であった患者がC2例あった.これらは,手術中止として帰宅させた(第C2報参照).CVII考察一定規模以上の企業では,専任の産業医が職場の安全衛生の責務を負っている.一方,眼科クリニックのような小規模の職場では,施設責任者がその職務を代行しなければならない.筆者は当院の開設者であるので,今回のパンデミックでさまざまな努力を積み重ねる必要があった.自らへの涙道手技制限や患者への術前生活指導などは,医師と患者の両方に不便や不利益をもたらしたかもしれない.しかし,それと引き換えに,涙道診療の再開後は流行状況に左右されず,一定のペースを保って涙道診療を続けることができた.またその間,筆者も含めて院内スタッフの誰も発熱しなかった.感染を完全に否定できる方法はないので,スタッフにCCOVID-19の特定検査はしていない.したがって,今回の対策で本当に感染が予防できたかは不明であるが,少なくとも,職場安全衛生に配慮した涙道診療の再開が可能となった.感染リスクに対応した安全管理の結果,筆者の涙道診療の進め方はコロナ前と後で変化した.コロナ前は,おもに涙洗と涙道内視鏡で確定診断を行い,CBCT-DCGの所見を参考にしながら術式を選択したうえで手術予約を行っていた.コロナ後は,涙洗と涙道内視鏡を省略してCCBCT-DCGの所見のみを頼りに手術予約を行うようになった.当初は,術直前の涙道内視鏡検査で診断が変わり,術式も変更せざるを得ないことで混乱も多いかと危惧した.しかし,その混乱はC9カ月の対象期間中でC2例のみと少なかったので,涙洗をしない涙道外来でも手術は続けられることがわかった.今回,もっとも頼りになった診療デバイスはCCBCTであった.これは歯科用に開発され普及した装置である20).眼科の涙道診療への応用はC2009年にすでに報告がある21).検査時間がきわめて短いので忙しい眼科診療所でも利用できる手軽さやC0.5Cmmスライスで自由に切片を構築できる便利さ,画像の美しさなど利点が多い.加えて,座位撮影なので生理的導涙を可視化できる点は特筆に値する.造影剤をシリンジングせず点眼して待つだけで,それが自然瞬目に伴って涙道に吸い込まれ,涙道の開存した部分の影を写し出す.シリンジングしてしまうと涙洗と同様にエアロゾル感染のリスクが発生してしまうが,この方法ならその心配がない.筆者は2015年からこのCCBCTを外来に導入しており,術前は必ずCBCT-DCGを施行していたが,コロナ後は初診時にルーチンで使用する涙道診断の要となった.医療従事者を守るためにCAGPを避け,患者にはCCTで放射線被曝を強いるのは批判の対象になるかもしれない.しかし,CBCTはきわめて放射線照射量が少なく,通常のファンビームCCT(総合病院において多科共同で利用されるマルチスライスCCT)に比較してC1/10しかない20,21).脳内部が見えないため総合病院では利用価値が低いが,歯科・耳鼻咽喉科・眼科のクリニックではこれで十分である.また,筆者の経験では,流涙症の約1%に比較的重症の眼窩・副鼻腔疾患を伴っている患者が存在する(日本鼻科学会会誌CVol.58,C535,2019).筆者はCCT導入前にこれを見逃し,DCRで涙.炎は治癒したが患者は死亡したという経験をもつ.まずこのような患者をCTで除外することは,流涙診療で手を抜いてはならない基本と考えている.もちろん,CBCT-DCGだけで涙道の診断がすべて確定されるわけではなく,執刀直前には涙洗と涙道内視鏡検査が必要であることは,対象期間中にあらためて実感された.術前にCPCR検査と肺CCT検査を行うことについては反省点がある.文献では,術前のラボ検査が推奨されている1,4,10).抗原検査やCPCR検査などが含まれるが,無症候者が前提であるので抗原検査の精度では不安が大きく,少ない遺伝子量でも検出可能とされるCPCRを選択した.しかし,そのCPCRでも検体中の遺伝子濃度が一定量を超えなければ陰性の結果となる(偽陰性).定期的に行っている遺伝子解析装置メンテナンス作業時に,実際にこのことが経験され,検査精度に関する疑念は尽きない.とくに無症候者集団においては,発症C2日前であればCPCR陽性となる可能性は高いが,発症しないまま経過する感染者のウイルス量がCPCRで指摘できる閾値を超えているかどうか,まだ詳しくわかっていない.肺CCT検査については,無症候感染者でもC54%にすりガラス状陰影がみられたとする報告22)に基づくものであるが,その読影も単純ではない.対象期間中,術前日の肺CCTで診察医からは即日にアクティブ所見なしと返信があっても,後日(手術終了後)の放射線医の正式判読ではすりガラス状変化の可能性を指摘したものがC2件あった.それらはすでに涙道手術をすませた後で判明したものであるが,いずれも問題は起こらなかった.したがって,PCRも肺CCTも無症候感染者を除外する根拠としては強いものではなく,術前C2週間の生活指導や健康管理表のほうが安心材料としては心強い印象であった.極論をいえば,検査結果より準備のほうが意義ありと考えられる.患者と同居家族に生活指導を遵守させることで,検査に無駄なコストをかけずに,術前患者が感染している確率を最小限にする目的を達成できるように思われた.小児涙道治療からの撤退は,一見,残念な印象を与えるかもしれない.しかしこれまでの当院の経験では,先天性鼻涙管閉塞で紹介される症例のうち自然治癒せずプロービング治療となったのは少数である.治療せずに,親の相談相手となりながら自然治癒を見送る作業量のほうがはるかに大きい.これはコロナ後も医療従事者の安全衛生と両立できることである.また,昨今の涙道内視鏡手技の発展で,当院にはできないような全身麻酔下での小児涙道疾患の検査と治療は進歩がめざましい23).もはや覚醒下で体を抑えつけながら無理矢理プロービングする行為は,全身麻酔下の涙道診療を行う施設のない地域のみに限られるべきではないかと考えている.おわりに今回,総合病院で使われるセントラルサクションシステムや小規模診療所では前例のない減圧設備など,思い切ったエアロゾル対策を講じた.しかし,自己資金は費やしておらず,すべて政府系の無担保無利子融資や補助金で賄うことが可能であった.また,スタッフには強化CPPEを装着しての手術室勤務を命じたり,患者にも厳しい術前生活指導を行ったりした.その結果,当院スタッフにはC1名の離脱者もなかったが,術前生活指導を嫌って離れていった患者は数名あった.涙道診療再開当初はこれらを過剰かとも考えたが,いざルーチン化してしまうとスタッフ全体で安心感を共有でき,感染リスクが懸念される涙道診療にも前向きに取り組む余裕が生まれた.涙道診療の進め方は一変したが,これは今後,安全衛生に配慮した医療を続けてゆくためのチャンスでもあった.今のところ,他施設でも涙道手術後に医療従事者が発熱した例は明るみに出ていない.涙道診療に伴うCSARS-CoV-2のエアロゾル感染危惧は,証拠のない単なるパラノイアだったかもしれない.過去のパンデミック史を省みて,現在の世界のワクチン事情と感染状況の推移を照合すれば,もうこのパンデミックも出口が見えたようにも思える.筆者の積み上げた対策のいくつかはいずれ必要なくなるであろう.しかし,筆者の経験の記録は無駄ではなく,次のパンデミックのときにこそ,役立つものと考える.文献1)日本耳鼻咽喉科学会:鼻科手術の対応ガイド.2020.http://Cwww.jibika.or.jp/members/information/info_corona_0617_C01.pdf2)寺崎浩子,白根雅子,外園千恵:新型コロナウイルス感染症流行時の眼科手術に対する考え方.日本眼科学会C2020.4.7.Chttps://www.gankaikai.or.jp/info/OphthalmicSurCgery.pdf3)GrantCM,CBuchbinderCD,CAnicetCGSCetal:InternationalCtaskforcerecommendationsonbestpracticesformaxillo-facialCproceduresCduringCCOVID-19Cpandemic.CAOCMF.C2020.4.10.Cdoi.org/10.1177/19433875209488264)HegdeCR,CSundarG:GuidelinesCforCtheCoculoplasticCandCophthalmicCtraumaCsurgeonCduringCtheCCOVID-19CeraC.CanCAPOTSC&CAPSOPRSCdocument.CAPOTS&APSOPRS.C2020.4.175)コロナ時代の新たな歯科システムを.日本歯科医学会連合.C2020.5.29http://www.nsigr.or.jp/pdf/20200529_001.pdf6)ZhuCW,CHuangCX,CJiangCXCetal:ACCOVID-19CpatientCwhoCunderwentCendonasalCendoscopicCpituitaryCadenomaresection:aCcaseCreport.CNeurosurgeryC87:E140-E146,C20207)AliMJ:CoronavirusCdisease2019(COVID-19)pandemicCandClacrimalpractice:diagnosticCandCtherapeuticCnasalCendoscopyanddacryoendoscopy.OphthalmicPlastRecon-strSurg36:417-418,C20208)AliMJ:AsurgicalprotocoltomitigatetheSARS-CoV-2transmissionusingmultifocalpovidone-iodineapplicationsinClacrimalCsurgeriesCduringCcoronavirusCdiseaseC2019(COVID-19)pandemic.COphthalmicCPlastCReconstrCSurgC36:416-417,C20209)AliMJ:TheCSARS-CoV-2,Ctears,CandCocularCsurfacedebate:WhatCweCknowCandCwhatCweCneedCtoCknow.CIJOC68:1245-1246,C202010)AliMJ:COVID-19pandemicandlacrimalpractice:mulC-tiprongedCresumptionCstrategiesCandCgettingCbackConCourCfeet.CIJO68:1292-1299,C202011)Scienti.cBrief:SARS-CoV-2Transmission:https://Cwww.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/science/science-briefs/sars-cov-2-transmission.html?CDC_AA_refVal=Chttps%3A%2F%2Fwww.cdc.gov%2Fcoronavirus%2F2019-ncov%2Fscience%2Fscience-briefs%2Fscienti.c-brief-sars-cov-2.html12)竹川暢之:エアロゾルと飛沫感染・空気感染.エアロゾル研究36:65-74,C202113)HallmoCP,CNaessO:LaryngealCpappilomatosisCwithChumanCpapillomavirusCDNACcontractedCbyCaClaserCser-geon,EurArchOtorhinolaryngol248:425-427,C199114)CaleroCL,CBrusisT:LaryngealCpapillomatosisC.C.rstCrec-ognitionCinCGermanyCasCanCoccupationalCdiseaseCinCanCoperatingCroomCnurse.CLryngorhinootologeC82:790-793,C200315)KwakHD,KimSH,SongKGetal:DetectinghepatitisBvirusCinCsurgicalCsmokeCemittedCduringClaparoscopicCsur-gery.OccupEnvironMed73:857-863,C201616)OkoshiK,KobayashiK,SakaiYetal:Healthrisksasso-ciatedCwithCexposureCtoCsurgicalCsmokeCforCsurgeonsCandCoperationroompersonal.CSurgTodayC45:957-965,C201517)RioxM,GarlandA,ReardonEetal:HPVpositivetonsil-larCcancerCinCtwoClasersurgeons:caseCreports.CJCOtolar-yngolHeadNeckSurgC42:54,C201318)ZhouQ,HuX,ZhuXetal:HumanpapillomavirusDNAinCsurgicalCsmokeCduringCcervicalCloopCelectrosurgicalCexcisionprocedureanditsimpactonthesurgeon.CancerManagCResC11:643-654,C201919)JavateCRM,CPamintuanCFG,CCruzCRTJr:E.cacyCofCendo-scopicClacrimalCductCrecanalizationCusingCmicroendoscope.COphthalmicPlastReconstrSurgC26:330-333,C201020)MozzoP,ProcacciC,TacconiAetal:AnewvolumetricCTCmachineCforCdentalCimagingCbasedConCtheCcone-beamtechnique:preliminaryresults.EurRadiolC8:1558-1564,C199821)WilhelmCKE,CRudorfCH,CGreschusCSCetal:Cone-beamcomputedCtomography(CBCT)dacryocystographyCforCimagingofthenasolacrimalductsystem.KlinNeuroradialC19:283-289,C200922)InuiS,FujikawaA,UwabeYetal:ChestCT.ndingsincasesCfromCtheCccruiseCship“diamondCprincesCwithCcoro-navirusCdisease2019(COVID-19)C”.CRadiolCCardiothoracCImaging.C2020CMar17;2(2):e200110.doi:10.1148/Cryct.2020200110.eCollection2020Apr23)MatsumuraN,SuzukiT,KadonosonoKetal:Transcana-licularCendoscopicCprimaryCdacryoplastyCforCcongenitalnasolacrimalductobstruction.Eye(Lond)C33:1008-1013,C2019C***

信州大学医学部附属病院における糖尿病患者に対する SGLT2 阻害薬投与の現状と黄斑浮腫との関連の検討

2022年3月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科39(3):371.375,2022c信州大学医学部附属病院における糖尿病患者に対するSGLT2阻害薬投与の現状と黄斑浮腫との関連の検討高橋良彰*1鳥山佑一*1牛山愛里*2平野隆雄*1大岩亜子*3村田敏規*1*1信州大学医学部附属病院眼科*2信州大学医学部附属病院薬剤部*3信州大学医学部附属病院糖尿病・内分泌代謝内科CCurrentStatusofSGLT2InhibitorsandAssociationwithMacularEdemainDiabetesPatientsYoshiakiTakahashi1),YuichiToriyama1),AiriUshiyama2),TakaoHirano1),AkoOiwa3)andToshinoriMurata1)1)DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofPharmacy,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,3)DivisionofDiabetes,EndocrinologyandMetabolism,DepartmentofInternalMedicine,ShinshuUniversitySchoolofMedicineC目的:SodiumCglucoseCco-transporter2(SGLT2)阻害薬が処方された糖尿病患者の眼合併症の有無と黄斑浮腫への影響について検討する.方法:対象は信州大学医学部附属病院にてC2014年C10月.2019年C1月にCSGLT2阻害薬を処方され,期間中に眼科を受診したC80例.処方前の糖尿病網膜症の有無と病期,黄斑浮腫の有無,光干渉断層計(OCT)検査が施行されたC16例C27眼については中心窩網膜厚の変化を,診療録から後ろ向きに検討した.結果:80例中C42例に糖尿病網膜症の合併,28例に治療歴を含む黄斑浮腫の合併を認めた.OCT検査例全体で処方前(346.0C±134.6Cμm)より処方後(321.5C±97.6Cμm)に有意な中心窩網膜厚の減少を認めた(p=0.02).うちC2例C4眼で眼科での治療が行われていなかったにもかかわらずC100Cμm以上の網膜厚の減少を認めた.結論:SGLT2阻害薬が黄斑浮腫に影響を与えうる可能性が示唆された.CPurpose:Theaimofthisstudywastoevaluatethee.ectsofsodium-glucosecotransporter2(SGLT2)inhibi-torsConCmacularedema(ME)andCocularCcomplicationsCinCdiabetesCpatients.CMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedC80CdiabetesCpatientsCwhoCwereCprescribedCSGLT2CinhibitorsCatCShinshuCUniversityCHospital,CMatsumoto,CJapanbetweenOctober2014andJanuary2019.Weexaminedthepresenceofdiabeticretinopathy(DR)C,ME,andchangesinthefovealthicknessbasedonmedicalrecords.Results:Ofthe80patients,42hadDRand28hadME.InC27CeyesCofC16CpatientsCwhoCunderwentCopticalCcoherenceCtomographyCexamination,CmeanCfovealCthicknessCsigni.cantlyCdecreasedCfromC346.0±134.6CμmCtoC321.5±97.6Cμm(p=0.02)C.CInC4CeyesCofC2Cpatients,CaCdecreaseCinCfovealthicknessof≧100Cμmwasobservedwithin3monthseventhoughnoophthalmictreatmentwasperformed.Conclusion:Our.ndingsindicatethatSGLT2inhibitorpossiblya.ectsME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(3):371.375,C2022〕Keywords:SGLT2阻害薬,糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫.SGLT2inhibitors,diabeticretinopathy,diabeticmacularedema.Cはじめに近年登場したCsodium-glucoseCcotransporter2(SGLT2)阻害薬は,腎臓の近位尿細管に局在しグルコース再吸収の約90%を担っているCSGLT2を阻害することにより,尿中へのグルコース排泄を促進させる経口血糖降下薬である1).インスリン分泌の影響を受けずに高血糖を速やかに是正することができ,心血管イベントや腎機能低下の抑制効果が複数の大規模臨床研究で報告されている2).一方で眼科領域における報告はまだ少なく,黄斑浮腫が改善したという症例報告が複数あるものの3,4),いずれも少数例での報告に留まっている.〔別刷請求先〕高橋良彰:〒390-8621長野県松本市旭C3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YoshiakiTakahashi,DepartmentofOpthalmology,ShinshuUniversity,3-1-1Asahi,Matsumoto,Nagano390-8621,JAPANC今回,筆者らは信州大学医学部附属病院(以下,当院)の糖尿病内科において新規にCSGLT2阻害薬が処方された患者のうち,投与開始前後に当院眼科を受診した患者のCHbA1cの推移,糖尿病黄斑浮腫の改善について後ろ向きに調査検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2014年C10月.2019年C1月に当院糖尿病内科でSGLT2阻害薬が新規に処方され,期間内に当院眼科受診歴のあった糖尿病患者C80例(男性C46名,女性C34名,平均年齢C51.8C±14.0歳)を対象とし,以下の項目を診療録より後ろ向きに検討した.C1.糖尿病網膜症の合併の有無と病期SGLT2阻害薬処方前の最終眼科受診時における糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の有無およびCDRの病期を国際重症度分類にしたがって,網膜症なし(nonCdiabeticretinopathy:NDR),軽症非増殖網膜症(mildnonprolifera-tiveDR:mildNPDR),中等症非増殖網膜症(moderateNPDR),重症非増殖網膜症(severeNPDR),増殖網膜症(proliferativeDR:PDR)の各病期に分類した.左右の眼で病期が異なる場合はより進行している眼を病期として選択した.SGLT2阻害薬処方時点でのCHbA1cを病期群ごとに検討した.C2.HbA1cと腎機能の変化対象C80例のうち,SGLT2阻害薬処方時および処方後C3カ月時点における血液検査結果が得られたC71例において,網膜症合併群と非合併群それぞれにおけるCHbA1c,血清クレアチニン,eGFRの変化を検討した.C3.黄斑浮腫の合併の有無と中心窩網膜厚の変化対象C80例における浮腫に対する治療歴を含む黄斑浮腫合併の有無を調査した.さらに黄斑浮腫合併症例のうち処方前後3カ月以内に光干渉断層計(opticalCcoherenceCto-mography:OCT)検査を施行されていた症例におけるSGLT2阻害薬処方前後の中心窩網膜厚の変化について検討した.C4.眼科診療録へのSGLT2阻害薬に関する記載の有無糖尿病内科からCSGLT2阻害薬が新規に処方されたことを眼科担当医が把握しているかどうかを,眼科診療録への記載の有無から後ろ向きに調査した.CII結果対象症例C80例のうち,SGLT2阻害薬処方前の最終眼科受診の時点でCDRを合併していた症例はC42例,DRを認めない症例はC38例であった.国際重症度分類による病期分類ではCmildNPDRがC7例,moderateNPDRがC12例,severeNPDRがC3例,PDRがC20例であった.SGLT2阻害薬処方時のHbA1cの値はNDRで9.1C±2.1%,mildNPDRでC8.6C±1.1%,moderateNPDRでC8.3C±1.2%,severeNPDRでC7.6±0.4%,PDRでC8.1C±1.3%であり(表1),DRの病期においてHbA1cの値に有意な群間差は認めなかった(OneCwayANOVA,p=0.21).SGLT2阻害薬処方C3カ月後にHbA1cの検査が施行されていたC71例において,HbA1cの値は全体ではC8.5C±1.6%からC7.4C±0.9%と有意な低下を認めた(pairedt-test,p<0.001).DRのないC31例ではC9.1C±2.1%からC7.4C±0.9%,DRのあるC40例ではC8.2C±1.2%からC7.4C±1.0%とどちらの群においてもCHbA1cの有意な改善を認めた(pairedt-test,p<0.001).血清クレアチニンとCeGFRでは全体およびCDR合併群において,処方C3カ月後に有意な腎機能の悪化を認めた(表2).DRを認めたC42例のうちC28例が黄斑浮腫を合併しているか,もしくは治療歴を有していた.42例のうち汎網膜光凝固が施行されていたのはC27例,硝子体手術の既往がある症例はC12例だった.黄斑浮腫を合併,もしくは治療歴を有していたC28例のうち,16例C27眼でCSGLT2阻害薬処方前後C3カ月以内にCOCT検査が施行されており,処方前の中心網膜厚はC348.7C±122.4μm,処方後の中心窩網膜厚はC322.1C±83.1Cμmであった.OCT検査と同日のClogMAR視力は処方前C0.35C±0.44,処方後C0.44C±0.54であり処方前後における視力に有意差は認めなかった(pairedt-test,p=0.32).16例C27眼全体では処方前と処方後の中心窩網膜厚に有意な減少を認めた(pairedt-test,p<0.05)(図1a)が,27眼には期間内に眼科において黄斑浮腫に対する治療が行われた症例も含まれていた.このためCSGLT2阻害薬処方前の中心窩網膜厚がC300Cμm以上であったC11例C14眼を抽出し検討した.表3にC11例C14眼の治療歴を示す.11例C14眼のうちC4例C5眼で処方後の検査でC100Cμm以上の中心窩網膜厚の改善を認めた(図1b).このうちC2例C2眼にはトリアムシノロンTenon.下注射または硝子体手術が期間内に施行されており治療による黄斑浮腫の改善と考えられたが,残るC2例C3眼では期間内に黄斑浮腫に対する治療は行われていなかった.代表症例の経過を図2に示す.56歳,男性,受診時のHbA1cはC8.1%でありCPDRを認めるが観察期間内に眼科における治療歴はなく,SGLT2阻害薬処方前に両眼の黄斑浮腫が存在している.SGLT2阻害薬処方後C2カ月の時点において黄斑浮腫は残存するものの,両眼に明らかな改善を認めた.処方前後の腎機能についても検討したが,血清クレアチニン(0.8Cmg/dlC→C0.82Cmg/dl),eGFR(78Cml/min/1.73CmC2C→C76Cml/min/1.73Cm2)と黄斑浮腫に影響するような大きな変動は認めなかった.本研究で対象となったC80例全例の診療録を後ろ向きに検索したところ,眼科の診療録にCSGLT2阻害薬が新規に処方された旨の記載があったものは,80例中わずかC3例のみで表1糖尿病網膜症の重症度別の平均年齢およびHbA1c糖尿病網膜症なし38例糖尿病網膜症あり(4C2例)CmildNPDR7例CmoderateNPDR12例CsevereNPDR3例CPDR20例性別女性46例/男性34例年齢C58.3±11.2歳C51.8±14.0歳C61.1±15.4歳C56.8±8.9歳C54.3±5.13歳C58.8±11.8歳CHbA1cC9.1±2.1%C8.2±1.2%C8.6±1.1%C8.3±1.2%C7.6±0.4%C8.1±1.3%NDR:nondiabeticretinopathy,NPDR:nonproliferativediabeticretinopathy,PDR:prolifera-tivediabeticretinopathy.表2処方前後におけるHbA1c,血清クレアチニン,eGFRの変化処方前処方後C3カ月p値HbA1c(%)全体(7C1例)C8.5±1.6C7.4±0.9<C0.001糖尿病網膜症あり(3C1例)C8.2±1.2C7.4±1.0<C0.001糖尿病網膜症なし(4C0例)C8.8±2.0C7.5±0.9<C0.001血清クレアチニン(mg/dCl)全体(6C8例)C0.87±0.35C0.92±0.39<C0.001糖尿病網膜症あり(2C9例)C0.95±0.38C1.03±0.43C0.003糖尿病網膜症なし(3C9例)C0.75±0.26C0.79±0.28C0.09CeGFR(mCl/min/1.73CmC2)全体(6C8例)C71.4±22.5C68.6±23.8C0.002糖尿病網膜症あり(2C9例)C62.7±19.6C59.9±21.8C0.01糖尿病網膜症なし(3C9例)C83.0±21.0C79.9±21.7C0.05処方前後の血液検査データが揃っている症例について検討した.あった.CIII考按SGLT2はおもに腎臓の近位尿細管の管腔側に発現し,尿中に排泄されたグルコースの約C90%を体内に再吸収している5).SGLT2阻害薬は尿中の糖排泄を促進するため,インスリン作用を介さずに血糖を低下させることができる.このためインスリンの必要量を減少させることが可能であるが,一方で低血糖や浸透圧利尿による脱水に注意が必要である.SGLT2阻害薬は糖を直接尿中へ排泄するためC1日C300.400Ckcalのエネルギーを体外へ排泄しており,体重減少・肥満改善の効果があり,インスリン抵抗性の改善,肥満組織によるアディポサイトカインの減少による血管内皮障害の改善などを期待することができる1,6).網膜血管においても過剰なグルコースによる糖毒性や酸化ストレスを低減し,高血糖による持続的な内皮機能障害を予防することでCDRの改善につながる可能性が示唆されている7,8).しかし,SGLT2阻害薬のCDRへの影響についての詳細はまだ明らかになっていない.Mienoらは,硝子体術後に遷**ab(μm)800(μm)800*6006004004002002000処方前処方後処方前処方後0図1処方前後の中心網膜厚の変化a:16例C27眼全体での処方前後の中心網膜厚の変化.Cb:処方前の中心網膜厚がC300Cμm以上であったC11例C14眼の中心網膜厚の変化.4例C5眼においてC100Cμm以上中心網膜厚の減少を認めた.表311例14眼の処方前後の中心窩網膜厚の変化と治療歴症例左右重症度処方前CCRT(Cμm)処方後CCRT(Cμm)変化(Cμm)観察期間期間内治療C①56歳,男性右C左CPDRCPDRC583C666C474C469C.109.1972カ月2カ月なしなしC②55歳,女性右C左CmoderateNPDRCmoderateNPDRC480C309C359C297C.121.121カ月1カ月トリアムシノロンなしC③45歳,女性右C左CPDRCPDRC321C432C288C323C.33.1092カ月2カ月なしなしC④59歳,女性右CmoderateNPDRC374C376+21カ月なしC⑤60歳,男性左CsevereNPDRC333C298C.352カ月なしC⑥53歳,男性右CsevereNPDRC465C400C.652カ月アフリベルセプトC⑦53歳,女性右CPDRC509C400C.1094カ月硝子体手術C⑧50歳,男性右CsevereNPDRC420C413C.71カ月汎網膜光凝固C⑨51歳,男性左CPDRC408C420+122カ月汎網膜光凝固C⑩53歳,男性左CPDRC481C472C.92カ月硝子体手術C⑪56歳,男性左CPDRC370C363C.72カ月汎網膜光凝固CRT:centralretinalthickness.図2SGLT2処方後に黄斑浮腫の改善を認めた1例(症例①)左から(Ca)処方前右眼,(b)処方後C2カ月右眼,(c)処方前左眼,(d)処方後C2カ月左眼.両眼ともCSGLT2処方前に比べ黄斑浮腫が明らかに改善している.延する糖尿病黄斑浮腫10眼の後ろ向き研究において,した16例27眼において中心窩網膜厚の有意な減少を認め,SGLT2阻害薬内服開始後C3カ月で視力の有意な改善とC3・観察期間内に眼科的治療が行われていないにもかかわらず黄6・12カ月で黄斑浮腫の有意な減少を認めたと報告してい斑浮腫が改善した症例も存在していた.SGLT2阻害薬の投る3).本研究でもCSGLT2阻害薬処方前後でCOCT検査を比較与が黄斑浮腫の改善に直接効果があるかどうかは現時点ではまだ明らかにはなっていない.しかし,SGLT2阻害薬が優れた血糖是正作用をもつことや,副次的な利尿作用を有していることはすでに明らかとなっている.利尿作用による直接的な浮腫の軽減や,血糖是正による網膜血管における糖毒性や炎症の抑制により,間接的にCDRおよび黄斑浮腫に影響を及ぼす可能性は高いと考えられる.また,Wakisakaらはウシ網膜周皮細胞にはCSGLT2が発現していると報告しており9),SGLT2阻害薬が血糖是正による間接的な効果だけでなく直接網膜になんらかの影響を及ぼしている可能性もある.SGLT2阻害薬がCDR,黄斑浮腫の改善に寄与する可能性がある一方,SGLT2阻害薬投与開始後に脳梗塞を発症した事例が有害事象として報告されている10).SGLT2阻害薬の適正使用に関するCRecommendation11)ではCSGLT2阻害薬投与の初期において体液量の減少による脱水症を引き起こす可能性が指摘されており,それにより脳梗塞など血栓症,塞栓症が発症しうる可能性に関し注意喚起がなされている.とくに自身で飲水を調節できない高齢者や利尿薬の併用,下痢や嘔吐の症状がある場合ではCSGLT2阻害薬により脱水症を起こす危険性が高くなるため,体液量の管理やCSGLT2阻害薬を中止するなどの加療が必要となる.眼科領域においては血管内皮増殖因子阻害薬の投与により脳梗塞,心筋梗塞のリスクが上がることが知られており12),SGLT2阻害薬による脱水症の有無を把握しておく必要がある.SGLT2阻害薬がCDRや黄斑浮腫へ影響している可能性や,血栓症・塞栓症などのリスクが存在するにもかかわらず,本研究では眼科医がCSGLT2阻害薬の処方を把握していた症例がC80例中C3例のみであった.眼科治療に影響を及ぼしうる内科の治療状況の把握と,内科と眼科の診療連携は今後さらに重要になると考えられる.本研究ではCSGLT2阻害薬処方後に黄斑浮腫が明らかに改善する症例を認めたが,後ろ向き研究であり処方時に黄斑浮腫を合併していた症例数も多くはない.今後,多施設共同研究での大規模なデータ収集やCSGLT2の直接的な網膜への影響の研究などの結果が期待される.文献1)古川康彦,綿田裕孝:SGLT2阻害薬の作用機序と動脈硬化進展抑制への期待.分子脳血管病C14:152-156,C20152)広村宗範,平野勉:糖尿病治療の観点からみたCSGLT-2阻害薬.CardiacPracC29:63-69,C20183)MienoCH,CYonadaCK,CYamazakiCMCetal:TheCe.cacyCofCsodium-glucoseCcotransporter2(SGLT2)inhibitorsCforCtheCtreatmentCofCchronicCdiabeticCmacularCoedemaCinCvit-rectomisedeyes:aCretrospectiveCstudy.CBMJCOpenCOph-thalmolC3,C20184)TakatsunaCY,CIshibashiCR,CTatsumiCTCetal:Sodium-glu-coseCcotransporterC2CinhibitorsCimproveCchronicCdiabeticCmacularCedema.CcaseCreports.CCaseCRepCOphthalmolCMedC2020:8867079,C20205)BaysH:SodiumCglucoseCco-transporterCtype2(SGLT2)inhibitors:targetingthekidneytoimproveglycemiccon-trolindiabetesmellitus.DiabetesTherC4:195-220,C20136)遅野井健:CGMデータ評価による経口血糖降下薬の選択3)糖吸収・排泄調節薬.ProgMedC39:275-280,C20197)MayM,FramkeT,JunkerBetal:HowandwhySGLT2inhibitorsCshouldCbeCexploredCasCpotentialCtreatmentCoptionindiabeticretinopathy:clinicalconceptandmeth-odology.TherAdvEndocrinolMetabC10:1-11,C20198)HeratLY,MatthewsVB,RakoczyPEetal:FocusingonsodiumCglucoseCcotoransporter-2CandCtheCsympatheticCnervoussystem:potentialimpactindiabeticretinopathy.IntJEndocrinolC2018:9254126,C20189)WakisakaCN,CTetsuhikoN:SodiumCglucoseCcotransporterC2CinCmesangialCcellsCandCretinalCpericytesCandCitsCimplica-tionsfordiabeticnephropathyandretinopathy.Glycobiol-ogyC27:691-695,C201710)阿部眞理子,伊藤裕之,尾本貴志ほか:SGLT2阻害薬の投与開始後C9日目に脳梗塞を発症した糖尿病のC1例.糖尿病C57:843-847,C201411)SGLT2阻害薬の適正使用に関する委員会:SGLT2阻害薬の適正使用に関するCRecommendation.日本糖尿病協会:2019年8月6日改訂.(https://www.nittokyo.or.jp/uploads/C.les/recommendation_SGLT2_190806.pdf)12)SchlenkerCMB,CThiruchelvamCD,CRedelmeierDA:IntraC-vitrealCantivascularCendothelialCgrowthCfactorCtreatmentCandtheriskofthromboembolism.AmJOphthalmolC160:C569-580,C2015C***

原発開放隅角緑内障(広義)における相対的瞳孔求心路障害 の検討

2022年3月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科39(3):367.370,2022c原発開放隅角緑内障(広義)における相対的瞳孔求心路障害の検討八鍬のぞみ加藤祐司蒲池由美子札幌かとう眼科CEstimationofRAPDinPrimaryOpenAngleGlaucomaandNormalTensionGlaucomaNozomiYakuwa,YujiKatoandYumikoKamachiCSapporoKatoEyeClinicC目的:相対的瞳孔求心路障害(relativea.erentpupillarydefect:RAPD)は視神経疾患の診断に有用な検査である.日常診療において左右差のある緑内障でもCRAPDを認めることがある.今回筆者らは緑内障でCRAPD陽性となる症例の特徴を検討したので報告する.対象:札幌かとう眼科通院中の原発開放隅角緑内障患者C75例で,内訳はCRAPD陽性C25例,RAPD陰性C50例である.方法:RAPDは,swingingC.ashlighttestをC2名の検者が独立して行い,一致した症例を陽性とした.同日に施行した視野検査と光干渉断層計検査の信頼できるCMD値(HumphreyFieldAnalyz-er,CSITA-Standard30-2)とCcpRNFL厚(Triton,トプコン)の左右差を計測し,RAPDの有無における群間差について検討した.結果:RAPD陽性群はCMD値とCcpRNFL厚の左右差が有意に大きかった.そのカットオフ値はCMD値で左右差C6.04CdB(AUC0.82),cpRNFL厚で左右差C15.0Cμm(AUC0.74)であった.結論:緑内障眼においても,MD値やCcpRNFL厚に左右差が認められる場合にはCRAPD陽性となることがある.RAPD陽性の際には左右差の大きい緑内障も鑑別疾患として考えて診療に当たるべきと考える.CPurpose:ToCinvestigateCtheCcharacteristicsCofCrelativeCa.erentCpupillarydefect(RAPD)inCcasesCofCprimaryCopenCangleCglaucoma(POAG)andCnormalCtensionCglaucoma(NTG)C,CasCitCisCaCusefulCtestCforCdiagnosingCopticCnerveCdiseaseCandCmayCbeCobservedCevenCinCglaucomaCcasesCwithClaterality.CSubjectsandMethods:ThisCstudyCinvolvedC75CPOAGCpatients(25CRAPDCpositives,C50CRAPDnegatives)seenCatCtheCSapporoCKatoCEyeCClinic,CSapporo,CJapan.CRAPDCwasCperformedCindependentlyCbyCtwoCexaminersCwithCtheCswingingC.ashlightCtest,withCtheCmatchingCcasesCdeemedCpositive.CIntereyedi.erencesCinCthereliablevisualC.ledCmeanCdeviation(MD)value(HumphreyCFieldCAna-lyzer,CSITACStandard30-2)andCcircumpapillaryCretinalCnerveC.berClayer(cpRNFL)thickness(TritonCSweptCSourceOCT,CTOPCON)performedConCtheCsameCday.CTheCdi.erencesCbetweenCtheCRAPDCpositiveCgroupCandCRAPDCnegativeCgroup,CasCwellCasCtheCROCcurves[i.e.,CareaCunderCtheCcurve(AUC)]C,CwereCexamined.CResults:IntereyeCdi.erencesCbetweenCMDCvalueCandCcpRNFLCthicknessCwereCsigni.cantlyClargerCinCtheCRAPDCpositiveCgroupCthanCinCtheCRAPDCnegativeCgroup.CTheCcutCo.CvalueCwasCanCMDCvalueCof6.04CdB(AUC0.82)andCaCcpRNFLCthicknessCof15Cμm(AUCCmayCbeCpositive.CWhenCRAPDCisCpositive,CdiagnosisCshouldCbeCcarriedCoutCwithCtheCpossibilityCofCglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(3):367.370,C2022〕Keywords:相対的瞳孔求心路障害,原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,平均偏差,乳頭周囲網膜神経線維層厚.relativea.erentpupillarydefect(RAPD)C,primaryopenangleglaucoma(POAG)C,normaltensionglaucoma(NTG),meandeviation(MD)C,cpRNFLthickness.C0.RAPDthickness,cpRNFLorvalueMDindi.erencesintereyearethereifglaucoma,in:EvenCConclusion).47Cはじめに際にみられる感度の左右差を示す所見である.相対的瞳孔求心路障害(relativeCa.erentCpupillaryRAPDは近年Cpupillographyを用いた定量的評価が可能とdefect:RAPD)は視神経障害など対光反射の求心路異常のなったが,ペンライトC1本でできる簡便な手技(swinging〔別刷請求先〕八鍬のぞみ:〒065-0031北海道札幌市東区北C31条東C16丁目C1-22札幌かとう眼科Reprintrequests:NozomiYakuwa,M.D.,SapporoKatoEyeClinic,N31E16-1-22,Higashi-ku,Sapporo,Hokkaido065-0031,CJAPANC.ashlighttest)を用いることにより検出可能で,感度の高い所見である1).眼底所見の乏しい視神経疾患でCRAPDを検出することは診断的価値が非常に高く,swingingC.ashlighttestは現在でも臨床で広く使われている.視神経疾患はCRAPD,視力低下,限界フリッカ値の低下,視野障害などの所見を呈することが多いが,明らかなRAPDを呈する所見は視神経疾患においてとりわけ特徴的な所見である.瀧澤らはCRAPDx(コーナン・メディカル)によるCRAPDの測定は視神経疾患において高い感度と特異性があることを示し2),Satouらも,RAPDxによる視神経疾患患者の検出率はC75%であり,RAPDが視力,限界フリッカ値の改善に伴って改善することを報告している3,4).日常診療において,左右差のある緑内障患者でもCRAPDを認めることがある.緑内障とCRAPDの関連についてのわが国での報告は少なく,筆者らが調べた限りCTatsumiら5)とCOzekiら6)の報告のみであった.今回筆者らは緑内障眼でCRAPD陽性となる患者の特徴について後ろ向きに検討したので報告する.CI対象および方法2016年C1.6月に札幌かとう眼科に通院していた原発開放隅角緑内障(広義)患者を診療録に基づき後ろ向きに検討した.なお,本研究は札幌市医師会倫理委員会の承認を受けている.CHFA30-2(HumphryCFieldAnalyzer:HFA,SITACStandard30-2)の施行日にCswingingC.ashlighttest,光干渉断層計(OCT)(Triton,トプコン,3DCDiscCReportCw/topography)を施行した白内障手術を含む手術既往のない患者C75例を対象とした.HFA30-2において固視不良C3回以上の信頼係数の低い患者,OCTにおいてCImageQualityがC50%以下の患者,網脈絡萎縮などの眼底疾患のある症例は除外した.CSwinging.ashlighttestは半暗室でペンライトを用いて行い,独立したC2名の検者の結果が一致した患者を陽性とした.CSwingingC.ashlighttestの結果に基づき,対象をCRAPD陽性群と陰性群に分類した.また,HFA30-2のCMD値を同一患者の左右で比較し,高値をCbettereye,低値をCworseCeyeとした.検討項目は矯正視力,平均偏差(meandeviation:MD)値,パターン標準偏差(patternCstandarddeviation:PSD)値,乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryCretinalCnerveC.berlayer:cpRNFL)厚,等価球面度数として,bet-tereye,worseeyeそれぞれについて算出した.それぞれの項目について各群のCbettereyeとCworseeye,さらに両群間で比較を行った.また,MD値の左右差,cpRNFL厚の左右差を算出して両群間で比較した.統計学的検討は有意水準をC5%とし,各群のCbettereyeとCworseeyeの比較には対応のあるCt検定を,両群間の比較にはCt検定を用い,さらにCROC解析を行ってCRAPDの有無の判別に対するカットオフ値を求めた.CII結果対象C75例のうち,RAPD陽性C25例(男性C9例,女性C16例)RAPD陰性C50例(男性C21例,女性C29例),年齢はRAPD陽性群C56.6C±10.8歳,RAPD陰性群C56.2C±12.5歳,病型はCRAPD陽性群では原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)7例,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)18例,RAPD陰性群ではCPOAG8例,NTG42例であった.各群におけるCbettereyeとCworseeye間の比較では,両群ともCMD値,PSD値,cpRNFL厚において有意差を認めたが,矯正視力,等価球面度数において有意差はなかった.また,両群間においては,worseeyeの矯正視力,MD値,cpRNFL厚,bettereyeとCworseeyeのCPSD値に有意差を認め,年齢,性別,病型,等価球面度数において有意差はなかった(表1).MD値の左右差はCRAPD陽性群C7.52C±4.64CdB,RAPD陰性群C2.68C±1.99CdBであり,RAPD陽性群において有意に高値を示した(図1).cpRNFL厚の左右差においてもCRAPD陽性群C17.8C±14.0Cμm,RAPD陰性群C8.7C±6.0Cμmであり,RAPD陽性群において有意に高値を示した(図2).また,ROC解析により検討した結果,RAPDの有無を判別するカットオフ値は,MD値左右差C6.04CdB(AUC=0.82),cpRNFL厚左右差C15.0Cμm(AUC=0.74)であった(p<0.0001).NTGのみに関してCROC解析により検討した結果,n=18ではあるが,RAPD有無を判別するカットオフ値はCMD値左右差C6.04dB(AUC=0.84),cpRNFL厚左右差C15.0μm(AUC=0.74)となり,全体での検討結果と同様の結果であった(p<0.0001).CIII考按当院の両眼のCPOAG(広義)患者において,RAPD陽性となる症例の特徴を検討した結果,MD値の左右差はCRAPD陽性群において有意に高値を示し(p<0.0001),cpRNFL厚の左右差もCRAPD陽性群において有意に高値を示した(p<0.0001).RAPDの有無を判別するカットオフ値は,MD値左右差がC6.04CdB(AUC=0.82),cpRNFL厚左右差が15.0Cμm(AUC=0.74)であった.本研究からCNTGを主体とするわが国の緑内障でも,左右差がある場合にCRAPDが陽性になることが示唆された.Chewら7)はCPOAG患者をCRAPD群とCRAPD陰性の対照表1患者背景RAPD陽性群25例RAPD陰性群50例年齢(歳)C56.6±10.8C56.2±12.5性別(男性:女性)9:1C621:2C9病型(POAG:NTG)7:1C88:4C2矯正視力(logMAR値)bettereyeCworseeyeC.0.02±0.06C*0.06±0.14.0.03±0.08C*.0.01±0.11MD値(dB)CbettereyeCworseeyeC.1.94±2.35†C.9.16±5.32*†C.0.56±2.20†C.3.01±3.10*†PSD値(dB)CbettereyeCworseeyeC5.10±4.40*†C10.11±5.16*†C2.72±1.79*†C6.63±3.98*†cpRNFL厚(Cμm)CbettereyeCworseeyeC81.1±12.4†C64.2±13.5*†C87.2±13.0†C80.7±11.2*†cpRNFL厚Cworseeye対Cbettereye(%)C*77±14*91±9等価球面度数(D)CbettereyeCworseeyeC.4.20±2.66C.4.52±3.08C.3.30±3.62C.3.36±3.70*両群間に有意差あり(p<0.05).†bettereyeとCworseeye間に有意差あり(p<0.05).C35MD値左右差(dB)1210RAPD陽性群7.52±4.64dBRAPD陰性群2.68±1.99dB(p<0.001)図1MD値の左右差群(各Cn=25)に分け,網膜神経線維層(retinalnervefiberlayer:RNFL)厚,黄斑厚,MD値などにつきCswingingC.ashlighttestを用いたCRAPDとの関連を検討している.彼らの報告ではCRNFL厚の左右差はCRAPD群C17.8Cμm,対照群C5.1μmとCRAPD群で有意に厚く,MD値の左右差はRAPD群C8.62CdB,対照群C1.33CdBとCRAPD群で有意に高値であった.また,MD値の左右差がC9.5dB以上(AUC=0.92),RNFL厚の左右差がC14.6Cμm以上(AUC=0.94)になるとCRAPDを生じると報告している.さらに,RAPDはより障害された眼のCRNFL厚が他眼のCRNFL厚のC83%に減少すると生じ,その感度はC72%(95%信頼区間:0.51-0.88)特異度はC100%(95%信頼区間:0.86-1.00)と報告している.その他,Tathamら8)やCSarezkyら9)もCpupillometerを用いRAPD陽性群RAPD陰性群cpRNFL厚左右差(μm)302520151050RAPD陽性群17.8±14.0μmRAPD陰性群8.7±6.0μm(p<0.001)図2cpRNFL厚の左右差てCRAPDとCMD値の相関について報告している.わが国ではCTatsumiら5)が,緑内障患者におけるCswing-ing.ashlighttestによるCRAPD値(logunit)とCcpRNFL厚には有意な負の相関があり,RAPD陽性群C29例(このうち23例がCPOAG症例)の病期が進行している眼のCcpRNFL厚が軽症眼の約C73%になっていたと報告している.本研究でも進行眼のCcpRNFL厚は軽症眼の約C77%となっており,ほぼ同等の結果であった.また,NTG症例が主体の本研究とCPOAG症例が主体のChewら7),Tatsumiら5)の報告を比較すると,RNFL厚についてはほぼ同程度の左右差でCRAPD陽性となるが,MD値については本研究のほうが若干小さい左右差で陽性となっていた.これよりCPOAGよりもCNTGのほうがCMD値の左RAPD陽性群RAPD陰性群右差が小さくてもCRAPD陽性となる可能性が示唆された.対光反射の求心路は視神経から視交叉を経て両側の視索に入り,外側膝状体に至る直前で視路線維から分かれた線維に乗って,視蓋前域から両側のCEdinger-Westphal(EW)核へ達する経路をとる.遠心路はCEW核から動眼神経路を経て,毛様体神経節,短毛様体神経を介して瞳孔括約筋に至ることが知られている.この対光反射の求心路が非対称性に障害されることでCRAPDが生じる.緑内障の病態は網膜から視神経での障害が中心であり,求心路の障害である.対光反射の起源はおもに錐体・桿体の視細胞であるが,近年,縮瞳にかかわる新たな光受容体としてメラノプシン含有網膜神経節細胞(melonopsin-expressingCganglioncell:m-RGC)が発見され,さまざまな報告がされている10).m-RGC系の対光反射の特徴は青色のような短波長刺激でゆっくりと長く反応することであるが,青色刺激を用いることにより緑内障患者の障害が評価できるという報告もある11).CSwinging.ashlighttestは一般クリニックでも簡便にできる有用な検査であるが,主観的な方法である.近年はRAPDxをはじめとするCpupillographyを用いたCRAPDの定量的評価が可能となり,swinging.ashlighttestでは検出できない軽度のCRAPDも検出可能となっている1.4,6,8.12).これにより,視神経疾患の診断だけではなく,視神経疾患の早期発見あるいはその数値から経過を示す指標や疾患の鑑別につながる可能性がある.今回筆者らは日常診療で行える簡便な検査方法であるCswingingC.ashlighttestを用いたCRAPDの有無と緑内障との関連について検討した.今後は一般眼科医にも普及するような簡便な検査方法や診断治療につながるCpupillographyを用いた研究,さらにはCm-RGCの新しい知見を踏まえた研究が進展することを期待している.最後に,RAPDはおもに視神経疾患診断のツールと考えられているが,本研究のように左右差のある緑内障患者にも認められることがある.RAPD陽性の際には視神経炎などの視神経疾患だけでなく,左右差の大きい緑内障も鑑別疾患として考えて診療に当たるべきと考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)敷島敬悟:RAPDの見方と計測装置.日本の眼科C86:890-891,C20152)TakizawaCG,CMikiCA,CYaoedaK:AssociationCbetweenCaCrelativeCpupillaryCdefectCusingCpupillographyCandCinnerCretinalCatrophyCinCopticCnerveCdisease.CClinCOphthalmolC9:1895-1903,C20153)SatouCT,CIshikawaCH,CAsakawaCKCetal:EvaluationCofCaCrelativeCpupillaryCdefectCusingCRAPDxCdeviceCinCpatientsCwithCopticCnerveCdisease.CNeuroophthalmologyC40:120-124,C20164)SatouCT,CIshikawaCH,CGosekiT:EvaluationCofCaCrelativeCpupillaryCdefectCusingCRAPDxCdeviceCbeforeCandCafterCtreatmentCinCpatientCwithCopticCnerveCdisease.CNeurooph-thalmologyC42:146-149,C20185)TatsumiY,NakamuraM,FujiokaMetal:Quanti.cationofretinalnerve.berlayerthicknessreductionassociatedwithCaCrelativeCa.erentCpupillaryCdefectCinCasymmetricCglaucoma.BrJOphthalmolC91:633-637,C20066)OzekiN,YukiK,ShibaDetal:PupillographicevaluationofCrelativeCa.erentCpupillaryCdefectCinCglaucomaCpatients.CBrJOphthalmolC97:1538-1542,C20137)ChewCSS,CCunnninghamCWJ,CGambleCGDCetal:RetinalCnerve.berlayerlossinglaucomaticpatientswitharela-tiveCa.erentCpupillaryCdefect.CInvestCOphthalmolCVisCSciC51:5049-5053,C20108)TathamAJ,Meira-FreitasD,WeinrebRNetal:Estima-tionofretinalganglioncelllossinglaucomatouseyeswitharelativea.erentpupillarydefect.InvestOphthalmolVisSciC55:513-522,C20149)SarezkyCD,CKrupinCT,CCohenCACetal:CorrelationCbetweenintereyedi.erenceinvisual.eldmeandeviationvaluesCandCrelativeCa.erentCpupillaryCresponsesCasCmea-suredCbyCanCautomatedCpupilometerCinCsubejectsCwithCglaucoma.JGlaucomaC23:419-423,C201410)石川均:神経眼科の進歩瞳孔とメラノプシンによる光受容.日眼会誌117:246-269,C201311)KelbschC,MaedaF,StrasserTetal:Pupillaryrespons-esCdrivenCbyCipRGCsCandCclassicalCphotoreceptorsCareCimpairedinglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmolC254:1361-1370,C201612)瀧渕剛,三木淳司:RAPDの臨床価値.神眼C36:386-396,C2019C***