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多施設による緑内障患者の実態調査2020 年度版 ─高齢患者と若年・中年患者─

2022年2月28日 月曜日

《原著》あたらしい眼科39(2):219.225,2022c多施設による緑内障患者の実態調査2020年度版─高齢患者と若年・中年患者─藤嶋さくら*1井上賢治*1國松志保*2井上順治*2石田恭子*3富田剛司*1,3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科CASurveyofElderlyandYoung/Middle-AgeGlaucomaPatientsSeenatMultipleInstitutionsin2020SakuraFujishima1),KenjiInoue1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),JunjiInoue2),KyokoIshida3)andGojiTomita1,3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenterC目的:眼科病院または診療所に通院中の緑内障患者の薬物治療実態を調査し,そのなかから高齢患者と若年・中年患者の相違を検討した.対象および方法:本調査の趣旨に賛同したC78施設にC2020年C3月C8.14日に外来受診した緑内障,高眼圧症患者C5,303例を対象とし,患者背景,使用薬剤を調査した.そのなかでC65歳以上の高齢患者C3,534例とC65歳未満の若年・中年患者C1,769例に分けて比較した.さらにC2016年の前回調査と比較した.結果:薬剤数は高齢患者(1.8C±1.3剤)で若年・中年患者(1.7C±1.2剤)より多かった.単剤例は高齢患者(1,431例)と若年・中年患者(772例)でともにプロスタグランジン(PG)関連薬が最多だった.2剤例は高齢患者(815例)と若年・中年患者(402例)でともにCPG関連薬/Cb遮断薬配合剤が最多だった.前回調査と比べてC2剤例で配合剤が増加し,PG関連薬+b(ab)遮断薬が減少した.結論:高齢患者と若年・中年患者の薬物治療は似ていた.単剤例はCPG関連薬,2剤例ではPG関連薬/Cb遮断薬配合剤が多く使用されていた.CPurpose:Toinvestigateage-relateddi.erencesinmedicationsusedandtherapiesadministeredinglaucomapatientsseenatmultipleinstitutions.Subjectsandmethods:Inthisstudy,weinvestigatedandcomparedpatientbackgroundCandCmedicationsCadministeredCinC5,303CpatientsCwithCglaucomaCandCocularChypertensionCdividedCintoCtwoCagegroups[elderly:≧65Cyearsold(n=3,534patients);young/middle-age:<65Cyearsold(n=1,769patients)]seenat78outpatientclinicsinJapanbetweenMarch8andMarch14,2020.Themedicationsandtypesusedwerecomparedbetweenthetwogroups,andalsocomparedwiththe.ndingsinour2016study.Results:CThemeannumberofmedicationsadministeredintheelderlypatientswasgreaterthanthatintheyoung/middle-agedpatients(i.e.,1.8±1.3vs.1.7±1.2,respectively).Inbothgroups,prostaglandin(PG)-analogswerethedrugsmostCfrequentlyCadministeredCinCtheCpatientsCundergoingCmonotherapy,CwhileCPG-analogs/b-blockersC.xed-combinationwerethedrugsmostfrequentlyadministeredinthe‘multiple-medication’patients.Comparedtothe.ndingsinthe2016study,theuseof.xed-combinationdrugsincreasedinthemultiple-medicationpatients,whiletheCuseCofCPG-analogs+b(ab)-blockersCdecreased.CConclusion:AlthoughCtheCmedicationsCadministeredCinCbothCgroupsweresimilar,PG-analogsandPG-analogs/b-blockers.xed-combination,respectively,werethedrugsmostfrequentlyadministeredinmonotherapyandmultiple-medicationglaucomapatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(2):219.225,C2022〕Keywords:緑内障,薬物治療,高齢患者,若年・中年患者,配合剤.glaucoma,medication,elderpatients,youngerormiddleagedpatients,.xedcombinationeyedrops.C〔別刷請求先〕藤嶋さくら:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台C4-3井上眼科病院Reprintrequests:SakuraFujishima,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(87)C219表1参加施設ふじた眼科クリニックえづれ眼科川島眼科鬼怒川眼科医院とやま眼科博愛こばやし眼科いずみ眼科クリニックおおはら眼科さいはく眼科クリニックサンアイ眼科篠崎駅前髙橋眼科久が原眼科さいき眼科みやざき眼科藤原眼科石井眼科クリニックはしだ眼科クリニックかわぞえ眼科クリニックやながわ眼科そが眼科クリニック槇眼科医院ふかさく眼科高輪台眼科クリニック大原ちか眼科たじま眼科・形成外科早稲田眼科診療所かさい眼科あおやぎ眼科井荻菊池眼科ほりかわ眼科久我山井の頭通り本郷眼科いなげ眼科やなせ眼科吉田眼科赤塚眼科はやし医院的場眼科クリニックのだ眼科麻酔科医院えぎ眼科仙川クリニックにしかまた眼科みやけ眼科東小金井駅前眼科小川眼科診療所高根台眼科後藤眼科良田眼科谷津駅前あじさい眼科おがわ眼科白金眼科クリニックおおあみ眼科西府ひかり眼科あつみクリニック中山眼科医院だんのうえ眼科クリニックあつみ整形外科・眼科クリニックもりちか眼科クリニック綱島駅前眼科林眼科医院中沢眼科医院眼科中井医院なかむら眼科・形成外科駒込みつい眼科さいとう眼科さくら眼科・内科立川しんどう眼科ヒルサイド眼科クリニック井上眼科病院町屋駅前眼科図師眼科医院お茶の水・井上眼科クリニック菅原眼科クリニックいまこが眼科医院西葛西・井上眼科病院うえだ眼科クリニックむらかみ眼科クリニック大宮・井上眼科クリニック江本眼科ガキヤ眼科医院札幌・井上眼科クリニックはじめに日本の総人口はC2019年C10月現在C1億C2,617万人である1).2015年頃より総人口は減少を続けている.一方,65歳以上人口はC3,589万人で,総人口に占める割合(高齢化率)は28.4%である.65歳以上人口と高齢化率は年々増加している.このことから眼科を受診する患者もC65歳以上の高齢者が増加すると予想される.40歳以上を対象として行われた多治見スタディにおいても緑内障の有病率は年齢とともに増加していた2).今後,高齢患者はますます増加し,われわれ眼科医が高齢の緑内障患者を診察する機会も増加することが予想される.緑内障治療の第一選択は点眼薬治療である3).点眼薬には効果と副作用があり,処方する際にはそのバランスを考慮する必要がある.副作用には全身性と眼局所性があり,全身性の副作用では他の疾患を引き起こしたり悪化させたりする危険がある.そこで身体機能が若年・中年者に比べて低下していると考えられる高齢者では使用しづらい.また,眼局所性の副作用ではアドヒアランスが低下する危険がある.近年プロスタグランジン関連薬による眼局所の美容的副作用(眼瞼色素沈着,上眼瞼溝深化)3)が問題になっており,女性や若年患者では使用しづらい状況である.それらを考慮した薬剤順不同・敬称略処方が眼科医によって行われていると考えると,高齢患者と若年・中年患者では使用する薬剤が異なる可能性がある.そこで年齢による緑内障薬物治療の相違を調査する目的で筆者らは緑内障患者の薬物治療の実態調査をC2007年より定期的に行っている4.7).2016年の前回調査4)よりC4年が経過し,さらにその間に眼圧下降の作用機序の異なる点眼薬(オミデネパグ点眼薬)とC2種類の配合点眼薬(ラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬,ブリモニジン/チモロール配合点眼薬)の合計C3種類の点眼薬が新規に使用可能となった.そこで今回,緑内障薬物治療の実態調査を再度行い,高齢患者と若年・中年患者での使用薬剤の違いを再検討した.さらに前回調査4)の結果と比較することで,経年的変化を検討した.CI対象および方法この調査は,調査の趣旨に賛同した眼科病院あるいは眼科診療所C78施設において,2020年C3月C8.14日に行った(表1).この調査期間内に,調査施設の外来を受診した緑内障および高眼圧症患者全員で,1例C1眼を対象とした.総症例数はC5,303例(男性C2,347例,女性C2,956例),年齢はC68.7C±13.1歳(平均C±標準偏差,年齢分布C11.101歳)であった.緑内障の診断と管理は,緑内障診療ガイドライン3)に則り,220あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022(88)図1調査票(89)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C221各施設の医師の判断で行った.片眼のみの緑内障または高眼圧症患者では罹患眼を,両眼罹患している場合は右眼を調査対象眼とした.調査施設にあらかじめ調査票(図1)を送付し,診療録から診察時の年齢,性別,病型,使用薬剤(薬剤濃度は問わない),レーザー治療の既往,緑内障の手術既往を調査した.調査施設からのすべての調査票を井上眼科病院内の集計センターに回収し,集計を行った.なお,前回調査までは点眼薬は先発医薬品と後発医薬品に分けて調査していたが,今回調査では薬剤は一般名での収集とした.65歳以上の高齢患者C3,534例とC65歳未満の若年・中年患者C1,769例に分け,患者背景因子(平均年齢,男女比,緑内障病型,レーザー治療既往,緑内障手術既往)および薬物治療におけるC2群間の相違を検討した(Cc2検定,Mann-Whit-neyU検定).薬剤治療では使用薬剤数,単剤例の薬剤,2剤例の薬剤を調査し,さらにそれぞれの結果をC2016年に行った前回調査の結果4)と比較した(Cc2検定,Mann-WhitneyU検定).配合点眼薬はC2剤として解析した.全症例での病型は,正常眼圧緑内障C2,710例(51.1%),(狭義)原発開放隅角緑内障C1,638例(30.9%),続発緑内障435例(8.2%),高眼圧症C286例(5.4%),原発閉塞隅角緑内障C225例(4.2%),小児緑内障C4例(0.1%)などであった.レーザー治療はC220例(4.1%)に行われていた.内訳はレーザー虹彩切開術C151例(68.6%),選択的レーザー線維柱帯形成術C68例(30.9%)などであった.緑内障手術はC366例(6.9%)に行われていた.術式は線維柱帯切除術C263例(71.9%),線維柱帯切開術C60例(16.4%),チューブシャント手術C18例(4.9%)などであった.CII結果患者背景は,平均年齢は高齢患者C76.4C±6.8歳,若年・中年患者C53.4C±8.5歳であった(表2).性別は高齢患者が男性1,477例,女性C2,057例で,若年・中年患者の男性C870例,女性C899例に比べて女性の割合が有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).緑内障の病型は原発開放隅角緑内障,原発閉塞隅角緑内障,続発緑内障が高齢患者に,正常眼圧緑内障が若年・中年患者に有意に多かった(p<0.001,Cc2検定)(表2).レーザー治療既往症例は高齢患者C189例(5.3%)が若年・中年患者C31例(1.8%)に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).レーザー治療の内訳は高齢患者ではレーザー周辺虹彩切開術C133例,選択的レーザー線維柱帯形成術C55例など,若年・中年患者ではレーザー周辺虹彩切開術18例,選択的レーザー線維柱帯形成術C13例であった.緑内障手術既往症例は高齢患者がC278例(7.9%)で,若年・中年患者C88例(5.0%)に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).手術の内訳は高齢患者では線維柱帯切除術C193例,線維柱帯切開術C50例,チューブシャント手術C12例など,若年・中年患者では線維柱帯切除術C70例,線維柱帯切開術10例,チューブシャント手術C6例などであった.平均使用薬剤数は高齢患者がC1.8C±1.3剤で,若年・中年患者のC1.7C±1.2剤に比べて有意に多かった(p<0.05,Mann-WhitneyU検定)(図2).単剤例の使用薬剤を表3に示す.EP2作動薬は若年・中年患者が高齢患者に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).2剤例の使用薬剤の組み合わせを図3に示す.もっとも多く使用されていたプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤の内訳は,高齢者(304例)ではラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬C118例(38.8%),ラタノプロスト/チモロール配合点眼薬C103例(33.9%),タフルプロスト/チモロール配合点眼薬C42例(13.8%),トラボプロスト/チモロール配合点眼薬C41例(13.5%)であった.若年・中年患者(217例)ではラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬C86例(39.6%),ラタノプロスト/チモロール配合点眼薬C64例(29.5%),トラボプロスト/チモロ表2患者背景年齢C男女比病型正常眼圧緑内障原発開放隅角緑内障続発緑内障原発閉塞隅角緑内障高眼圧症小児緑内障レーザー既往症例緑内障手術既往症例高齢患者3,534例76.4±6.8歳C1,477:C2,0571,678例(C47.5%)1,148例(C32.5%)331例(C9.4%)199例(C5.6%)177例(C5.0%)0例(0C.0%)189例(C5.3%)278例(C7.9%)若年・中年患者1,769例53.4±8.5歳870:C8991,032例(C58.3%)490例(C27.7%)C104例(C5.9%)26例(1C.5%)109例(C6.2%)C4例(0C.2%)C31例(1C.8%)88例(5C.0%)p値<C0.0001<C0.00010.0004<C0.0001<C0.00010.08190.0124<C0.0001<C0.0001222あたらしい眼科Vol.39,No.2,2C022(90)4剤271例7.7%高齢患者(3,534例)5剤6剤116例25例3.3%0.7%平均1.8±1.3剤*若年・中年患者(1,769例)5剤6剤4剤120例44例2.5%9例0.5%7剤1例0.1%6.8%*p<0.05平均1.7±1.2剤*図2使用薬剤数表3使用薬剤内訳(単剤例)高齢患者若年・中年患者プロスタグランジン関連薬974例68.1%496例64.2%Cb遮断薬314例21.9%172例22.3%Ca2作動薬56例3.9%22例2.8%EP2受容体**45例3.1%**62例8.0%炭酸脱水酵素阻害薬27例1.9%12例1.6%ROCK阻害薬7例0.5%2例0.3%Ca1遮断薬5例0.3%1例0.1%その他3例0.2%5例0.6%合計1,431例772例PG+a265例8.0%CAI/b配合剤96例11.8%PG+b(ab)119例14.6%**p<0.0001(Cc2検定)高齢患者(815例)若年・中年患者(402例)PG+a220例5.0%CAI/b配合剤50例12.4%PG+b(ab)43例10.7%**PG+点眼CAI**PG+点眼CAI121例14.8%22例5.5%**p<0.0001(c2検定)図3使用薬剤(2剤例)(91)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C223ール配合点眼薬C37例(17.1%),タフルプロスト/チモロール配合点眼薬C30例(13.8%)であった.2剤例では,プロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が若年・中年患者で高齢患者に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).また,プロスタグランジン関連薬+炭酸脱水酵素阻害薬が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).今回調査とC2016年の前回調査4)の結果を比較すると,高齢患者では年齢は有意に上昇し(p<0.0001),男女比では男性の割合が有意に増加していたが(p<0.05),若年・中年患者では同等であった.病型は高齢患者では原発開放隅角緑内障が有意に増加し(p<0.001,Cc2検定),原発閉塞隅角緑内障が有意に減少した(p<0.05,Cc2検定)が,若年・中年患者では同等であった.レーザー治療既往症例は高齢患者では今回調査(5.3%)が前回調査(7.7%)に比べて有意に減少し(p<0.01),若年・中年患者では同等であった.緑内障手術既往症例は高齢患者,若年・中年患者ともに今回調査では同等であった.使用薬剤数は高齢患者では今回調査(1.8C±1.3剤)で前回調査(1.7C±1.2剤)に比べて有意に増加し(p<0.01,Mann-WhitneyU検定),若年・中年患者では同等であった.単剤例は高齢患者では前回調査に比べて有意に減少し(p<0.001,Cc2検定),4剤例は有意に増加した(p<0.05,Cc2検定).若年・中年患者ではC2剤,5剤例は有意に増加した(p<0.0001,Cc2検定).単剤例は高齢患者では前回調査に比べてプロスタグランジン関連薬(p<0.001,Cc2検定)とCa1遮断薬(p<0.05,Cc2検定)が有意に減少し,Ca2作動薬が有意に増加した(p<0.05,Cc2検定).若年・中年患者では同等であった.一方,2剤例では高齢患者,若年・中年患者ともにプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が前回調査に比べて有意に増加し(p<0.01,Cc2検定),プロスタグランジン関連薬+b(ab)遮断薬が前回調査に比べて有意に減少した(p<0.0001,Cc2検定).若年・中年患者ではプロスタグランジン関連薬+a2作動薬が前回調査に比べて有意に減少した(p<0.05,Cc2検定).CIII考按患者背景については,今回調査でも前回調査同様に女性の割合が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かったが,これは女性の平均寿命が長いことが一因と考えられる.緑内障病型は高齢患者,若年・中年患者ともに(広義)原発開放隅角緑内障がC80%以上を占め,多治見スタディ2)の結果と同様であった.正常眼圧緑内障が若年・中年患者で高齢患者に比べて有意に多かったが,緑内障の啓発活動,職場での健康診断,人間ドックによってみつかったケースが多かったと考えられる.レーザー治療既往症例が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かったが,レーザー虹彩切開術がとくに多かったことが影響したと考えられる.緑内障手術既往症例が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かったが,緑内障罹病期間が長いことがその原因と考えられる.前回調査と比較すると若年・中年患者では患者背景に変化は少なかった.高齢患者では平均年齢が有意に高くなったが,平均寿命の伸長が関与していると考えられる.高齢患者ではレーザー治療既往症例が有意に減少したが,原発閉塞隅角緑内障が有意に減少したことが関連していると考えられる.高齢患者では使用薬剤数は今回調査では有意に増加したが,その理由としてこのC4年間で従来の点眼薬とは眼圧下降の作用機序が異なる点眼薬(オミデネパグ点眼薬)と新規の配合点眼薬(ラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬,ブリモニジン/チモロール配合点眼薬)が使用可能になり,それらの点眼薬が追加投与されて多剤併用症例となったことが考えられる.単剤例の使用薬剤は高齢患者と若年・中年患者でほぼ同様であった.EP2作動薬のみが若年・中年患者で高齢患者に比べて有意に多かったが,EP2作動薬は従来のプロスタグランジン関連薬で出現する美容的な眼局所副作用が少ないこと8,9)が影響したと考えられる.高齢患者ではプロスタグランジン関連薬が前回調査に比べて有意に減少したが,Ca2作動薬とCEP2作動薬が増加したことが原因と考えられる.2剤例ではプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が若年・中年患者で高齢患者に比べて有意に多く,プロスタグランジン関連薬+炭酸脱水酵素阻害薬が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かった.高齢者では全身性副作用が出現しやすいCb遮断薬の使用を控えて全身性副作用が出現しにくい炭酸脱水酵素阻害薬を使用したことと,1日C1回点眼のアドヒアランス向上からアドヒアランスが不良と考えられる若年・中年患者にプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が使用されたことの両方が原因と考えられる.さらに2017年より使用可能となったラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬がプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤のなかで高齢患者(38.8%),若年・中年患者(39.6%)ともにもっとも多く使用されていた.この配合点眼薬は従来のチモロール点眼薬との配合ではなくカルテオロール点眼薬との配合である.カルテオロール点眼薬がチモロール点眼薬と眼圧下降効果は同等で,安全性はチモロール点眼薬よりも高いことが影響したと考えられる10,11).また,前回調査と比べて高齢患者,若年・中年患者ともにプロスタグランジン関連薬+b(ab)遮断薬が有意に減少し,プロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤が有意に増加した.単剤の併用よりも配合剤C1剤のほうがC1日の総点眼回数が少なく,アドヒアランスの面から配合剤が増加したと考えられる.また,若年・中年患者ではプロスタグランジン関連薬+a2作動薬と炭酸脱水酵素阻害薬+a2作動薬が有意に減少したが,アドヒアランス向上の面からプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合224あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022(92)剤が増加したことが原因と考えられる.今回調査ではC65歳を境にして高齢患者と若年・中年患者に分けたところ高齢患者が若年・中年患者に比べてC2.0倍多かった.もう少し高い年齢で区切って検討したほうがよい可能性がある.また,高齢患者では緑内障の罹病期間が長く,治療が落ちつき同じ点眼薬が継続的に使用されていることも考えられる.一方,年齢的に手術適応ではなく,多剤併用のままアドヒアランスにやや問題があっても継続使用している高齢患者も存在すると考えられる.あるC1回の外来受診時に使用している薬物調査のため,患者個々人の経時的変化が不明なことが今回調査の問題点と考えられる.今回調査はC78施設C5,303例,前回調査4)はC57施設C4,288例で行った.前回調査,今回調査ともに参加した施設はC53施設であった.施設数や症例数も異なるため,両調査を直接的に比較することは妥当性がない可能性も考えられる.前回調査と同一施設,同一患者で調査を行うのが理想だが,現実にはむずかしい.そこで,なるべく多くの施設,多くの症例からデータを集めることで緑内障患者の実態がより判明すると考えて施設や症例を増加させて今回の検討を行った.今回の結果をまとめる.高齢と若年・中年の緑内障患者の薬物治療を比較すると,高齢患者,若年・中年患者ともに単剤例では依然としてプロスタグランジン関連薬が最多だった.2剤例では,高齢患者,若年・中年患者ともにプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤がもっとも多かった.配合剤はC2剤例で高齢患者ではC49.6%,若年・中年患者では67.9%の症例で使用されていた.前回調査4)との比較では,使用薬剤数が高齢患者では増加した.単剤例は高齢患者ではプロスタグランジン関連薬が減少した.2剤例は高齢患者,若年・中年患者ともにプロスタグランジン関連薬+b(ab)遮断薬が減少し,プロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が増加した.今後ますます配合剤や新しい眼圧下降の作用機序を有する点眼薬(EP2作動薬)の使用が増加すると予想される.文献1)内閣府:令和C2年版高齢社会白書(全体版)第C1章高齢化の状況2)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryCopen-angleCglaucomaCinJapanese:theCTajimiCStudy.OphthalmologyC111:1641-1648,C20043)InoueK:ManagingCadverseCe.ectsCofCglaucomaCmedica-tions.ClinOphthalmolC12:903-913,C20144)井上賢治,岡山良子,井上順治ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2016年度版─高齢患者と若年・中年患者.眼臨紀C10:627-633,C20175)井上賢治,塩川美菜子,岡山良子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2012年度版:高齢患者と若年・中年患者.眼臨紀C6:869-874,C20136)野崎令恵,井上賢治,塩川美菜子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2009年度版─高齢患者と若年・中年患者.臨眼C66:495-501,C20127)増本美枝子,井上賢治,塩川美菜子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査高齢患者と若年・中年患者.臨眼C63:1897-1903,C20098)AiharaCM,CLuCF,CKawataCHCetal:PhaseC2,Crandomized,Cdose-.ndingCstudiesCofComidenepagCisopropyl,CaCselectiveCEP2Cagonist,CinCpatientsCwithCprimaryCopen-angleCglauco-maCorCocularChypertension.CJCGlaucomaC28:375-385,C20199)NakakuraS,TeraoE,FujisawaYetal:Changesinpros-taglandin-associatedCperiobitalCsyndromeCafterCswitchCfromconventionalprostaglandinF2atreatmenttoomide-nepagCisopropylCinC11consecutiveCpatients.CJCGlaucomaC29:326-328,C202010)LiCT,CLindsleyCK,CRouseCBCetal:ComparativeCe.ective-nessCofC.rst-lineCmedicationsCforCprimaryCopen-angleCglaucoma.OphthalmologyC123:129-140,C201611)湖崎淳:抗緑内障点眼薬と角膜上皮障害.臨眼C64:729-732,C2010C***(93)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C225

基礎研究コラム:57.PPARの眼局在と役割

2022年2月28日 月曜日

PPARの眼局在と役割PPARとはペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(peroxisomeprolif-erator-activatedreceptor:PPAR)は核内受容体の一つで,Ca,b/d,gの三つのアイソフォームが存在し,糖や脂質の代謝に関与しています.近年,PPARは本来の機能だけでなく,炎症および酸化ストレスを抑制することがわかってきました.筆者らの実験においても,PPARCaアゴニストの角膜への点眼は炎症の転写因子であるCnuclearCfactor-kappaCB(NF-kB)の発現を抑制し,angiopoietin(Ang)-2および血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)の両方を抑制することで抗炎症作用や抗血管新生作用を有していました1).眼の領域ではどうでしょうか眼組織における各CPPARの局在には違いがあり,PPARCaは角膜上皮細胞,網膜内顆粒層,血管内皮細胞に多く,CPPARb/dは角膜上皮細胞,角膜内皮細胞に,そしてCPPARgは角膜上皮細胞,炎症浸潤細胞に多く発現しています.局在と役割には相関関係があり,PPARCaは血流の多い網膜内顆粒層といった血管やCVEGF,Ang-2に関連した働きとかかわりが強いことがわかっています.PPARCb/dアゴニストに関しては角膜内皮細胞に発現しやすい点だけでなく,細胞分裂を促すCKi67を活性化することも他のCPPARアゴニストにはない大きな特徴です.PPARCb/dアゴニストは角膜創傷治癒に寄与する一方で血管新生を促進するという性質ももっています2).PPARCgアゴニストはマクロファージ上に局在することで炎症を抑えるだけでなく,創傷治癒を促すCM2マクロファージの分化を促す点から,特徴的な抗炎症作用を有しています.各アゴニストを角膜アルカリ外傷後に点眼したところ,すべてのサブタイプで創傷治癒を促進する(図1)ことがわかっていますが,各CPPARアゴニストは独CVehiclePPARaPPARbPPARg0hour12hour24hour図1ラット角膜アルカリ外傷モデルを用いた各PPARアゴニスト点眼の効果の比較基剤に比べてすべてのサブタイプで角膜創傷治癒が促進され,24時間後には角膜上皮細胞の修復が完成している.有馬武志日本医科大学眼科学解析人体病理学自の特徴を有しており,抗炎症の機序にも違いがあります.たとえばCNF-kBとの関係において,PPARCaやCPPARCb/dはCNF-kBを競合阻害するCKappaClightCpolypeptideCgeneCenhancerintheB-cellinhibitor,alpha(I-kBCa)を活性化することで炎症を抑えますが,PPARCgに関してはCNF-kBの発現そのものを抑制することで炎症を抑え込むことがわかっています(図2).このように各サブタイプで作用機序が違っていることを加味して,より強力な抗炎症作用を示すCPPARaアゴニストとCPPARCgアゴニストの合剤も今後注目されます3).今後の展望現在,PPARCaアゴニストの内服や硝子体内注射による網膜血管新生病変への新規治療法の可能性が検討されています.抗CVEGF療法の薬剤は高価であるのに対し,PPARは安価で治療効果が見込める可能性があり,医療財政事情の逼迫にも貢献できるかもしれません.PPARCb/dアゴニストに関しては,角膜内皮細胞に発現が多く,細胞分裂能の促進を認める点から,角膜内皮細胞の再生を促進する可能性が示唆されました.PPARCgアゴニストはCPPARCaとの合剤でより強力に炎症を抑制する点から,新たな消炎治療薬候補として広く普及する可能性があります.今後,さらなる解明が行われることが期待されます.文献1)ArimaT,UchiyamaM,NakanoYetal:Peroxisomepro-liferator-activatedCreceptorCalphaCagonistCsuppressesCneo-vascularizationCbyCreducingCbothCvascularCendothelialCgrowthCfactorCandCangiopoietin-2CinCcornealCalkaliCburn.CSciRepC7:17763,C20172)TobitaY,ArimaT,NakanoYetal:Peroxisomeprolifer-ator-activatedCreceptorCbeta/deltaCagonistCsuppressesCin.ammationCandCpromotesCneovascularization.CIntCJCMolCSciC21:E5296,C20203)NakanoY,ArimaT,TobitaYetal:Combinationofper-oxisomeproliferator-activatedreceptor(PPAR)alphaandgammaCagonistsCpreventsCcornealCin.ammationCandCneo-vascularizationCinCaCratCalkaliCburnCmodel.CIntJMolSci21:E5093,C2020CVehiclePPARaPPARbPPARgI-kBNF-kB図2各PPARアゴニスト点眼後のI.kBとNF.kBのかかわり基剤群ではCI-kBは発現せず,NF-kBが核内移行して発現している.PPARCa群やCPPARCb/d群ではCI-kBが発現することで競合阻害し,NF-kBの核内移行を抑制している.PPARCg群ではCI-kBの発現は認めないがCNF-kBの発現そのものを抑制している.(77)あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021C2090910-1810/22/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:225.晩期再手術時の眼内液の性状(初級編)

2022年2月28日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載225225晩期再手術時の眼内液の性状(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに種々の網膜硝子体疾患で初回硝子体手術後の状態が安定していても,なんらかの理由で数年後などに再手術を余儀なくされることがある.このときに,初回硝子体手術直後は液体であったはずの眼内液にかなりの粘性が生じていることはしばしば経験する.C●症例提示61歳,女性.左眼の網膜血管腫,続発黄斑上膜(図1)に対してC3年前に硝子体手術+白内障手術を施行した.術後経過良好であったが,最近になって黄斑上膜が再発し(図2),硝子体内のフレアも増加していた.インフュージョンカニューレを設置後に眼内液を十分に洗浄しないまま黄斑部にCBBGを塗布しようとしたが,眼内液の粘性が高く拡散が悪かった(図3a).硝子体カッターで眼内液を洗浄し,再度CBBGを塗布したところ容易に拡散した(図3b).その後,再発黄斑上膜を.離し,網膜血管腫にレーザー光凝固を施行し手術を終了した.C●硝子体手術後晩期の眼内液の性状硝子体手術後の眼内液は時間の経過とともに粘性が高くなり,眼内で硝子体の構成成分が再生されていると考えられる.Itakuraらは,黄斑円孔に対する硝子体手術後,眼内液中のCII型プロコラーゲンのCC-プロペプチド(pCOL-II-C)とヒアルロン酸(HA)を測定しCpCOL-II-C濃度は通常の硝子体と同程度のレベルであり,HAのレベルは通常の硝子体よりも有意に低いものの,十分に検出可能であったとしている1).これらのことより,硝子体手術後も持続的にCpCOL-II-CやCHAが眼内で分泌されている可能性がある.培養CMuller細胞は,内境界膜や硝子体のコラーゲンを合成するといった報告2)や,グリア細胞にCHA合成能があるとする報告3)などがあることから,硝子体手術後もおそらくCMuller細胞がコラーゲンやCHAなどの硝子体構成成分を再生しているものと考えられる.初回硝子体手術後,長期経過している症例に再手術を(75)C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1初診時の左眼眼底写真(a)とOCT画像(b)上方に網膜血管腫を認め,それに続発する黄斑上膜を認めた.図2初回手術3年後黄斑上膜が再発し,.胞様黄斑浮腫も生じている.図3再手術の術中所見インフュージョンカニューレを設置後に眼内液を十分に洗浄しないまま,黄斑部にCBBGを塗布しようとしたが,眼内液の粘性が高く拡散が悪かった(Ca).硝子体カッターで眼内液を洗浄したのち,再度CBBGを塗布したところ容易に拡散した(Cb).施行する際には,上記のことを十分に念頭においたうえで,まず粘性のある眼内液を十分に洗浄してから,諸操作を施行すべきと考えられる.文献1)ItakuraCH,CKishiCS,CKotajimaCNCetal:VitreousCcollagenCmetabolismCbeforeCandCafterCvitrectomy.CGraefesCArchCClinCExpOphthalmolC243:994-998,C20052)PonsioenCTL,CvanCLuynCMJA,CVanCderCWorpCRJCetal:CHumanretinalMullercellssynthesizecollagensofthevit-reousCandCvitreoretinalCinterfaceCinCvitro.CMolCVisC14:C652-660,C20083)MarretCS,CDelpechCB,CDelpechCACetal:ExpressionCandCe.ectsCofChyaluronanCandCofCtheChyaluronan-bindingCpro-teinhyaluronectininnewbornratbrainglialcellcultures.JNeurochem62:1285-1295,C1994あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C207

考える手術:2.黄斑円孔への硝子体手術

2022年2月28日 月曜日

考える手術②監修松井良諭・奥村直毅黄斑円孔への硝子体手術向後二郎聖マリアンナ医科大学眼科学教室特発性黄斑円孔に対する治療法を考えるうえで,その歴史と変遷を知るということは非常に重要です.1990年にKellyとWendelによってそれまで難治性疾患とされていた黄斑円孔に対する硝子体手術および液空気置換の手術成績が報告されました.その後,論文ベースでは2000年にBrooksが内境界膜(ILM)を硝子体手術に併用して.離することで95%以上の脅威的な円孔閉鎖率を報告し,同時期に門之園やBurkがインドシアニングリーン(ICG)を用いたchromo-vitrectomyを考案して手術の難易度が下がりました.そして2010年ような歴史から黄斑円孔の病態と治療の最適化を考える必要があります.黄斑円孔手術は,core-vitrectomy,shaving,ILM.離,液空気置換というように手術の行程数は少ないですが後部硝子体.離(PVD)の有無,周辺の硝子体癒着,ILM.離方法,タンポナーデ物質などさまざまな場面でのバリエーションがあります.また,手術目的は当然,円孔閉鎖ですが,そのメカニズム・ILMの特性を意識して挑むことが重要と考えます.たとえばどんなに大きな円孔であってもC3F8ガスなどの長期滞留ガスを用いて厳格なうつ向きをとれば閉鎖することが多いと思いますが,どれだけ患者負担を減らせるか(体位制限の短縮),どれだけ網膜に負担をかけず閉鎖させるか(ILM.離の方法),術後の変視症・歪視をどう減らすかなど,まだまだ改良の余地があると思います.聞き手:黄斑円孔の手術時期としてはいつがよいのでStageIIでは1~2週間単位で進行し,手術する時期にしょうか?網膜.離ほどの緊急性はないと思いますがはIII以降になっていることをよく経験します.これを適切な時期はあるのでしょうか?踏まえて黄斑円孔は準緊急疾患として2週間以内に手術向後:まず重要なこととしては当然ですが,ステージに予定を立てています.よってPVDが起きているかを理解することが重要です.StageI~IIはPVDが完成されておらず,StageIIIでは聞き手:円孔径の大きさによって手術内容は変える必要黄斑部にPVD,StageIVでは完全なPVD完成というこはありますか?とになります.手術時期に関しては,StageIII以降の黄向後:よくいわれていることは,円孔径が400μm以上斑部のPVDが完成されている場合は,比較的それ以降を巨大黄斑円孔とよぶことが多いのですが,これはさまの進行(円孔拡大)が遅いことが多いですが,とくにざまな研究でも400μmを超えると円孔閉鎖率が低くな(73)あたらしい眼科Vol.39,No.2,20222050910-1810/22/\100/頁/JCOPY考える手術ることがその理由となっています.術前のOCTのBスキャン画像から円孔径(この場合は最小円孔径)を測定することは重要です.感覚的に普通の円孔径くらいと思っていてもしっかり測定すると400μm以上であることもあります.一般的には400μm以下の円孔であればおよそ2乳頭径のILM.離を行い,20%SF6ガスを留置すればよいとされています.ガスの注入法は濃度調整をしたガスを全置換する方法や,正視眼であれば眼内容積はおよそ4mlなので0.8~1mlの100%ガスを注入するとおよそ20%になるのでワンショットで注入したりもしますが,術者の嗜好によります.聞き手:それでは400μm以下の円孔ではすべて同じ手技を用いるということになりますか?向後:術者によってはすべて同じ方法という場合もありますが,うつ向き姿勢の時間などは術者や施設によって異なると思います.3~7日間のうつむき姿勢,1日のみ,3時間のみ,術直後よりうつむきなしの側臥位などさまざまです.いずれの場合においてもガスが円孔に触れていることが重要です.円孔縁にガスが触れている時間が継続するとgliosisが促進され,円孔にbridgingが起こり,円孔閉鎖へと進みます.400μm以下では手術後3時間程度で円孔閉鎖がOCTで認められることもあります.聞き手:400μm以上の場合はいかがでしょうか?注入ガス濃度を濃くしたり,ILM.離の範囲を広げたりすると思いますが.向後:そうですね,invertedILM.ap法が出てくるまでは多くの術者がそうしていたと思いますが,現在では400μm以下でも罹病期間の長い患者やうつむき姿勢をとることが困難な患者に対してもinvertedILM.ap法を用いることが多いと思います.聞き手:その理由はなんでしょうか?通常のILMpeelhemi-temporalILMpeel向後:まずは高い閉鎖率が期待できるということと,うつむき姿勢をとらなくても閉鎖しやすいためです.聞き手:それでは全例でinvertedILM.ap法を用いるということはしないのでしょうか?向後:まずは手技的に多少煩雑であるため,経験の浅い術者にとっては不向きであるということと,400μm以下の円孔に対する通常のILM.離とinvertedILM.ap法で比べると,術後の網膜外層の回復に差があり,通常のILM.離のほうが良好であったとする報告があり(差がなかったという報告もありますが),見解がさまざまです.現法のinvertedILM.ap法よりILMを一方から(耳側や上方から)coveringする方法の術者のほうがわが国では多い気がします.聞き手:先生はILM.離に関して考え方やこだわりはありますか?向後:はい,非常にこだわりをもってやっています.円孔閉鎖という目的を達成することは前提として,どれだけ術後の視機能を回復させられるかを研究しています.聞き手:たとえばどんなことでしょうか?向後:ILM.離を行うと,どんな疾患においても黄斑部の網膜は鼻側の視神経乳頭側に移動するという特性があります.さらに,中心窩より耳側のほうが,鼻側より大きく移動するということまでわかっています.この特性を利用して円孔の耳側のみILM.離を行う手法をとっています(hemi-temporalILMpeelingと同僚の塩野先生が名づけました).この手法で円孔が閉鎖すると,通常の.離の際より中心窩の移動が抑えられ,術後の歪視の軽減につながる可能性があります.しかも円孔の鼻側,つまり乳頭黄斑線維束に触れないため,網膜障害のリスクが低く,安全に行えるというメリットもあります.とにかく現在は,ILM.離に伴うさまざまな合併症を減らすために,侵襲の少ない手術を心がけています.ILMcoveringinvertedILM.aptechnique図1さまざまなILM.離方法206あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022(74)

抗 VEGF治療:糖尿病黄斑浮腫:増殖糖尿病網膜症の治療選択のポイント

2022年2月28日 月曜日

●連載116監修=安川力髙橋寛二96糖尿病黄斑浮腫:増殖糖尿病網膜症の引地泰一ひきち眼科治療選択のポイント増殖糖尿病網膜症(PDR)では糖尿病黄斑浮腫(DME)を併発する頻度が高くなる.中心窩を含むCDMEには抗CVEGF療法が第一選択であるものの,VEGFの抑制は線維血管増殖膜の線維化を促し,網膜への牽引を増強させるため,牽引性網膜.離や硝子体出血の発生,悪化に留意を要する.汎網膜光凝固と抗VEGF療法1970年代に行われたCDiabeticRetinopathyCStudy以降,汎網膜光凝固(panretinalCphotocoagulation:PRP)が増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCretinopa-thy:PDR)に対する標準的治療となった.とくにCPDRのなかでも,①乳頭外新生血管,②乳頭新生血管,③重度の新生血管(視神経乳頭からC1乳頭径大内の新生血管でC1/3~1/4乳頭面積以上のものや,乳頭外新生血管で少なくともC1/2乳頭面積以上のもの),④硝子体出血または網膜前出血のうち三つを有するもの,をハイリスクPDRと定義し,ハイリスクCPDRに対しては可及的速やかにCPRPを行うべきとしている1).CDiabeticCRetinopathyCClinicalCResearchCNetwork(DRCR.net)ProtocolCS2)では,PDRに対するラニビズマブを用いた抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法(日本では適用外使用)とPRPの治療成績が比較検討された.治療C2年後では,ラニビズマブ群の視力改善がCPRP群と比べ良好であり,抗CVEGF療法がCPRPの代替治療になる可能性が示されたものの,治療をC5年間継続した症例の検討3)では,両群間の視力成績に違いは認められなかった.PRPは周辺視野の感度低下が問題となるが,治療C2年目では抗VEGF群と比べ周辺視野の感度低下が認められたが,治療C5年目では差は認められなかった.また,抗VEGF療法は中断後に著しい視機能低下を招く症例が多く4),PDRに対する抗CVEGF療法の評価にはさらなる検討が待たれる.糖尿病黄斑浮腫に対する治療中心窩を含む糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)には抗CVEGF療法が第一選択の治療法図1軽度硝子体出血を伴う増殖糖尿病網膜症軽度硝子体出血(Ca)と中心窩周囲に軽度螢光漏出を認め(Cb,c),中心窩にわずかな浮腫(Cd)と血管アーケードと黄斑間に後部硝子体.離(PVD)を認める.トリアムシノロンアセトニドをCTenon.下注射し,汎網膜光凝固を開始.PVD進行により硝子体出血が増強し(Ce),硝子体手術を行い,網膜症は鎮静化した(Cf).(71)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C2030910-1810/22/\100/頁/JCOPY図2黄斑浮腫を伴う増殖糖尿病網膜症初診時(Ca~d),網膜無灌流領域が広がり,視神経乳頭や血管アーケードに網膜新生血管を認め,網膜.胞を伴う黄斑浮腫のため,視力は(0.4)であった.アフリベルセプト硝子体内注射(導入期C3回+必要に応じて)と汎網膜光凝固を施行.繰り返す硝子体出血に対し硝子体手術を施行.網膜症は鎮静化し,視力は(1.0)を維持している(Ce).である.PDRではCDMEを併発する患者の割合が高くなる.DRCR.netCProtocolCS2,3)では,DMEを伴うCPDRも対象に含まれており,DMEに対しては両群ともに,治療開始時と必要に応じてラニビズマブが投与された.5年間治療を継続したCDMEを伴うCPDRに対するラニビズマブ群の年間投与回数(中央値)は,1年目がC9回,2年目4.5回,3年目4.5回,4年目5回,5年目4回であった.一方,PRP群でのCDMEに対するラニビズマブ投与回数はC6回,3回,0.5回,0回,0回であった.ラニビズマブ群とCPRP群のC5年目の視力改善は治療開始時(両群とも小数視力C0.4~0.5)と比べC2.5文字,4.6文字であった.抗CVEGF薬は線維血管増殖膜の線維化を促し,網膜への牽引を増強させるため,牽引性網膜.離や硝子体出血の発生や悪化,網膜血管収縮による網膜虚血の進行に留意を要する5).DRCR.netCProtocolCS3)のラニビズマブ群において,5年間で網膜.離が生じたのはC6%(12/191),ほとんどが牽引性網膜.離で(83%,10/12),硝子体出血の発生はC48%(91/191)であった.5年間に硝子体手術を施行したのはC21%(11/191)であった.おわりに抗CVEGF療法とCPRPのCPDRに対する長期治療成績に明らかな差がないことから,当面,わが国におけるPDR治療は,網膜症の鎮静化にCPRPを第一選択とし,網膜症の状況に応じて硝子体手術を選択することになるものと思われる.PRP施行中にCDMEの発生や悪化により視機能が低下することがあり,あらかじめトリアムC204あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022シノロンアセトニドをCTenon.下注射することで,DMEの発生予防や治療効果が期待できる.DMEを伴うCPDRには抗CVEGF療法の併用を考慮するが,視神経乳頭からアーケード血管に線維血管増殖膜を認めるようなハイリスクCPDRでは,抗CVEGF薬投与後に中心窩に迫る牽引性網膜.離の発生が危惧されるため,投与には慎重を期す必要がある.黄斑部網膜への硝子体牽引を認めるCDMEや網膜前膜を伴うCDMEは硝子体手術の適応となる.PDRに伴うCDME治療は,眼底所見に応じた治療戦略が求められる.文献1)DiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagu-lationtreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Clini-calCapplicationCofCDiabeticRetinopathyCStudy(DRS)C.ndings,DRSReportNumber8.OphthalmologyC88:583-600,C19812)GrossCJG,CGlassmanCAR,CJampolCLMCetal;WritingCCom-mitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNet-work:Panretinalphotocoagulationvsintravitreousranibi-zumabCforCproliferativeCdiabeticretinopathy:aCrandomizedclinicaltrial.JAMAC314:2137-2146,C20153)GrossJG,GlassmanAR,LluDetal:Five-yearoutcomesofpanretinalphotocoagulationvsintravitreouranibizumabforCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CACrandomizedCclini-caltrial.JAMAOphthalmololC136:1138-1148,C20184)ObeidCA,CSuCD,CPatelCSNCetal:OutcomesCofCeyesClostCtoCfollow-upCwithCproliferativeCdiabeticCretinopathyCthatCreceivedCpanretinalCphotocoagulationCversusCintravitrealCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactor.COphthalmologyC126:407-413,C20195)ArevaloCJF,CMaiaCM,CFlynnCHWCJrCetal:TractionalCreti-nalCdetachmentCfollowingCintravitrealbevacizumab(Avas-tin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopa-thy.BrJOphthalmolC92:213-216,C2008(72)

緑内障:緑内障患者の点眼アドヒアランス向上をめざしたスマホアプリの活用法

2022年2月28日 月曜日

●連載260監修=山本哲也福地健郎260.緑内障患者の点眼アドヒアランス向上を馬場昭典中野匡東京慈恵会医科大学眼科めざしたスマホアプリの活用法加藤昌寛東京慈恵会医科大学眼科,岸田眼科緑内障は長期にわたる治療継続が不可欠なため,患者の点眼アドヒアランスのレベルが治療効果に大きく影響すると考えられている.しかし,点眼状況を正確に把握することはかなりむずかしく,主治医は受診時の問診や患者が求める処方点眼本数などから間接的に推測する以外,なかなかよい評価方法がないのが現状である.本稿では近年高齢者の普及率がますます高まってきたスマートフォンを活用し,点眼アドヒアランスの向上をめざしたアプリケーションを開発したので,実施症例を交えて紹介する.●はじめに緑内障診療において点眼薬による薬物療法は治療戦略の要であり,いかに良好な点眼治療を長きにわたり継続し続けるかが予後に大きく影響すると思われる.そのため医師は外来診療で点眼薬の効果・副作用のみならず,点眼継続の必要性を重視して治療説明をすることが重要である.本稿では新しいアドヒアランス確認方法として,安価・導入時間の短縮・結果の即時確認をめざして作成したアプリケーション(以下,アプリ)を紹介する.C●MediFiles筆者らはCBeeline社と共同で点眼管理アプリCMediFilesを作成した.このアプリは,点眼時間に合わせスマートフォンに点眼指示が通知され,患者が点眼実施後にアプリの点眼終了ボタンを押すことで,何時に点眼されたかがクラウド上に記録されるようになっている.日本で使用されている後発薬品も含めたすべての薬品情報が入っており,患者側が薬局で後発品に変更した場合でも医師側がわかるようになっている.なお,クラウド上の管理に個人情報は一切入っていない.ホーム画面には点眼がしっかりできていると葉が生い茂り,点眼記録が確認されなくなると葉が落ちてキャラクターからのメッセージも変わり,患者を励まし,優しく点眼を促す表示がされる仕組みになっている.複数の点眼薬が処方された場合は点眼間隔,点眼時間が重なるが,その際は最初の点眼薬の点眼終了ボタンを押したあと,一般に推奨されているC5分間の点眼間隔からカウントダウン表示し,2剤目以降の点眼時間を指示していくようになっている.複数点眼を使用する可能性が高い緑内障患者にとって,ストレスなく確実に適切な点眼時間が指示されるよう配慮されている.図1aの画面は毎日の点眼がおろそかになっている患者スマートフォンのホーム画面である.木が枯れはじめ,キャラクターがアドヒアランスの不良を心配している.図1bの画面ではコソプトとキサラタンの点眼時間が同じだったためコソプトを点眼し,タップした直後の画像を表示している.コソプトは点眼済みとなっているが,その下に次にキサラタンを点眼するC5分間のカウントダウンが始まっている.C●実際の点眼状況の表示例図2にCMediFilesを使用した詳細な患者記録を示す.この患者は,朝はC2剤,夜はC3剤の点眼が指示されていた.受診時にこれまでの点眼状況を診療デスクのCPC画面上に提示し,点眼状況の問題点を検証することができる.生データを確認した患者からのコメントは,朝の点眼時間は規則正しく安定していたが(土日や祝日を除く),夜に関しては仕事の状況によって帰宅時間が不規Cab図1ModiFilesのスマートフォン画面(69)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C2010910-1810/22/\100/頁/JCOPY図2ModiFilesの患者記録の表示例則となることが多く,結果として点眼時間のばらつきにつながったとの自己分析であった.既報でも朝点眼の方が夜点眼よりも比較的アドヒアランスがよくなる傾向があるとの報告もある1).このようにリアルデータを患者と共有することで,自身の点眼アドヒアランスを視覚的に理解し,今後のアドヒアランス改善をめざして具体的な取り組みを医師患者間で相談し,次回受診時に対策後の効果を容易に検証できるのが,このアプリの最大の特徴といえる.本症例では,朝点眼と比較して夜点眼で点眼時間のみならず点眼間隔のばらつきが増えた.過去の報告と同様,点眼回数の増加にともない点眼アドヒアランスが悪化する傾向にあった2,3).C●今後のMediFilesの可能性近年,電子端末はますます日常生活に浸透し,とくに過去C5年間は飛躍的に増加傾向にあったことが令和C2年度の総務省データで明らかとなった.この報告によればインターネット利用者はC13~59歳でC9割を超え,さらにC60~69歳のC64.4%がすでにスマートフォンを通常使用している4).今後スマートフォンがますます日常生活に不可欠なものとなっていくことは確実で,とくに緑内C202あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022障の有病率が高く,これまでモバイル端末の利用にストレスを感じる傾向にあった高齢者層においても,スマートフォンアプリへの抵抗感は徐々に解消されていくと思われる.配合剤や新規緑内障点眼薬が次々に上市され,点眼管理がますます複雑化する今日の緑内障治療戦略のなかで,いかに適切に長期継続治療を遂行できるかは,今後の緑内障診療の重要な課題である.緑内障患者の点眼アドヒアランスの向上をめざす有力なツールとしてMediFilesが活用されることを大いに期待する.文献1)FordCAB,CGooiCM,CCarlssonCACetal:MorningCdosingCofConce-dailyCglaucomaCmedicationCisCmoreCconvenientCandCmayCleadCtoCgreaterCadherenceCthanCeveningCdosing.CJGlaucomaC22:1-4,C20132)PatelCSC,CSpaethGL:ComplianceCinCpatientsCprescribedCeyedropsCforCglaucoma.COphthalmicCSurgC26:233-236,C19953)RobinCAL,CCovertD:DoesCadjunctiveCglaucomaCtherapyCa.ectCadherenceCtoCtheCinitialCprimaryCtherapy?COphthal-mology112:863-868,C20054)総務省:令和C2年通信利用動向調査.(70)

屈折矯正手術:ICLの長期経過

2022年2月28日 月曜日

監修=木下茂●連載261大橋裕一坪田一男261.ICLの長期経過中村友昭名古屋アイクリニックICLは若年者に対する治療のため,長期的な安全性と有効性,およびレンズの安定性が重要である.筆者の施設ではC10年間の長期経過を通じて,安全性,有効性,矯正精度,安定性において良好な結果が示された.また,長期間埋植されたのち眼内から摘出されたCICLを検証し,分光透過特性,電子顕微鏡的検討においてレンズに変化がないことを確認した.C●はじめに水晶体を残したまま眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入し,近視,乱視などの屈折矯正を行う手術を有水晶体眼内レンズ(phakicIOL)挿入術という.そのなかで後房型のレンズであるCICL(implantableCcon-tactlens)は,1997年に現行のタイプが発売され,2005年に米国食品医薬品局が認可した.わが国でも2010年のCICL認可に引き続き,2011年には乱視矯正可能なトーリックCICLも認可された.近視は-18Dまで,乱視はC4.5Dまでと,幅広く矯正できる.ICLはコラーゲンとCHEMAの共重合体であるコラマー(collamer)とよばれる生体適合性に優れた素材でできており,虹彩など眼内組織への刺激がほとんどないのが特長である.毛様溝に固定され,問題があれば元の状態に戻せる,可逆性があることも利点である(図1).近年は清水らにより開発された,レンズの中心にC0.36mmの小さな穴を開けたCKS-AquaPORT,通称CholeICLがC2014年にわが国でも承認され,術前のレーザー虹彩切開が不要となり,さらに安全性が高まったことから,現在では屈折矯正手術の主流となりつつある.ICLは登場からC20年以上経過し,その有効性とともに安全性も数多く報告されている.しかし,若年者の健図1眼内に入ったICLの模式図康な眼に対する治療であるため,もっとも大切なことは長期的な安全性と有効性,そしてレンズの安定性であるが,10年以上の長期にわたる経過の報告はごくわずかである.筆者らはC10年経過時の結果1)と,長期間埋植されたのち,眼内から摘出されたCICLについて検証し報告した2).今回は,その内容を中心に述べる.C●10年経過の検討近視および近視性乱視の矯正のために名古屋アイクリニックでCICL手術を受けたC61人C114眼が対象である.安全性,有効性,予測可能性,安定性,および有害事象を,6カ月(106眼)および1年(94眼),3年(58眼),5年(65眼),8年(89眼),10年(70眼)で評価した.裸眼,矯正視力(logMAR)の平均は,術後C10年で-0.01±0.24(小数視力C1.02)および-0.18±0.07(同C1.51)と良好であったが,10年経過すると,多くの症例は若干の近視化を示し,裸眼視力が低下するものも認めた(図2).安全性と有効性の指標である安全係数,有効係数は,それぞれC0.88C±0.15とC0.66C±0.26で,有効係数は低下した.矯正精度については,術後C10年でC±0.5およびC1.0D以内となったのは,それぞれC71.4%とC87.1%であり,比較的矯正効果は保たれていた.眼圧は術前6カ月1年3年6年8年10年%ofEyes10090807060504030201002.01.21.00.50.2視力図2各期間における裸眼視力の割合(67)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C1990910-1810/22/\100/頁/JCOPY表1ICLの長期経過の報告ICL眼数観察期間年齢等価球面度数安全係数有効係数予測性(±1.0D)角膜内皮減少率白内障(摘出)Alfonso(2C011)CIgarashi(2C014)CMoya(2C015)CGuber(2C016)CLee(2C016)CNakamura(2C019)CV4V4V3,CV4V4V4V4188眼41眼144眼133眼281眼114眼5年8年12年10年7.3年10年33.5歳37.3歳30.7歳38.8歳30.3歳36.2歳-11.17DC-10.19DC-16.9DC-11.4DC-8.74DC-9.97DC1.27C1.13C1.22C1.25C1.20C0.88C0.89C0.83C0.65C0.76C1.01C0.66C6285.434.365.787.287.17.5%6.2%9.17%変化なし7.8%5.3%1.6%(0C.5%)24.5%(C4.9%)13.88%(C7.63%)54.8%(C18.3%)2.1%(0%)11.4%(C3.51%)100nm波長(nm)図3摘出したICLと未使用のICLとの分光透過率13.1±2.4mmHgが術後C10年でC13.1C±2.9mmHgと不変であった.すべての症例に対し,術前にレーザー虹彩切開を施行したが,平均角膜内皮細胞密度の減少率は術後C10年でC5.3%であり,これは年C0.5%減少するという加齢による減少率と変わらないものであった.合併症として,5~10年の追跡期間中にC114眼のうち12眼(10.5%)が前.下白内障を発症した.そのうちC4眼(3.5%)に水晶体乳化吸引術が施行された.そのほかに観察期間中に視力低下をきたす合併症は発生しなかった.白内障の発生はCholeICLとなってから激減し,清水らのC5年の報告ではC0件に3),筆者らのC3年の経過観察ではC0.7%と軽減した.以上,ICL手術は,10年間の長期経過を通じて,安全性,有効性,矯正精度,および安定性のすべてにおいて良好な結果を示した1).他施設の報告でも同様の結果が示されている(表1).C●摘出レンズの電顕所見と分光透過特性現バージョンであるCV4が登場しC20年経過したが,いまだレンズの混濁を理由とした摘出例などの報告はなく,年数を経て視機能が低下した報告もないが,これまで長期埋植後の摘出CICLについては検討されていなかった.そこで,名古屋アイクリニックにて埋植し,白内障手術の際に摘出したCICL(10例C13眼)に対し,分光C200あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022透過率(%)200300400500600700800未使用10年使用V46年使用V4c図4摘出したICLと未使用のICLの電顕像透過特性と電子顕微鏡による検討を行った.眼内にあった期間はC10.5C±2.7年(4.4~13.7年).摘出時の年齢はC50.5C±8.5歳.分光透過特性はいずれのレンズも未使用のレンズと変わらず(図3),電子顕微鏡的検討においても,なんらレンズに変化を認めず,付着物も認められなかった(図4).この結果から,ICLは眼内にあっても,長期にわたり混濁など変性を認めず,光学的にも安定した状態を維持できることが確認できた2).C●おわりに近年,その安全性の高まりとともに,屈折矯正手術の主流はCICLとなってきた.ただし,若者に対する手術であることを念頭に,適応基準をしっかりと定め,検査や手術は慎重に行うとともに,術後は長期にわたり入念に経過観察をすべきと考える.文献1)NakamuraCT,CKojimaCT,CSugiyamaCYCetal:PosteriorCchamberCphakicCintraocularClensCimplantationCforCtheCcor-rectionCofCmyopiaCandmyopicCastigmatism:aCretrospec-tiveC10-yearCfollow-upCstudy.CAmCJCOphyhalmolC206:C1-10,C20192)NakamuraT,KojimaT,SugiyamaYetal:Long-terminvivoCstabilityCofCposteriorCchamberCphakicCintraocularlens:propertiesCandClightCtransmissionCcharacteristicsCofCexplants.CAmJOphthalmol219:295-302,C20203)ShimizuCK,CKamiyaCK,CIgarashiCACetal:Long-termCcom-parisonofposteriorchamberphakicintraocularlenswithandCwithoutCaCcentralhole(holeCICLCandCconventionalICL)implantationCforCmoderateCtoChighCmyopiaCandCmyo-picastigmatism.Medicine(Baltimore)C95:e3270,C2016(68)

眼内レンズ:形状記憶合金製の瞳孔拡張器

2022年2月28日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋留守良太423.形状記憶合金製の瞳孔拡張器トメモリ眼科・形成外科小瞳孔や術中虹彩緊張低下症候群などの難症例にリング状の瞳孔拡張器を使用することは,手術の選択肢として一般的になってきた.従来のリングとは異なる,形状記憶合金製の瞳孔拡張リング「X1」(Diamatrix社)が登場した.その特性,使用方法,注意点を解説する.●はじめに白内障手術や硝子体手術の際,小瞳孔や術中虹彩緊張低下症候群(intraoperative.oppyirissyndrome:IFIS)などの難症例の場合に,リング状の瞳孔拡張器を眼内に挿入して散瞳を確保することは広く知られるようになってきた.従来のものとは異なる素材を使用したDiamatrix社の瞳孔拡張リング「X1」を紹介する.●X1の特徴X1は国内未承認品であるが,イナミが日本代理店となって販売している.X1はインジェクター内に滅菌された状態で装.されているので,ケースから取り出してすぐに使用することができる(図1).素材は従来のものと大きく異なり,ニッケルとチタンの合金であるニチノールワイヤーである.一般的には形状記憶合金といわれる材質である.そのため長期間インジェクターに装.した状態で保存していても,使用時は速やかに元のリング形状に復元する.0.003mm径のレザー溶接されたワイヤーで形成され,6.7mmの散瞳が得られる.丸く形成された0.8mmのポケット形状が4カ所あり,長い肩部と短い脚部がそれぞれ4カ所存在する.肩部が虹彩前面側となる(図2).ワイヤー8カ所で瞳孔縁と接触することで,虹彩損傷が少なく,円形の瞳孔が得られる.肩部,脚部は瞳孔縁から0.8mmの幅で虹彩を面状に押さえ込むことから,IFISのフラッタリングを抑制できる.●X1の挿入方法2.4mm角膜切開,2.2mm強角膜切開創より挿入が可能である.①粘弾性物質を虹彩下にも注入し,水晶体から少し持ち上げた状態にしてから(図3a)ポケットを一つだけ押し出し,6時部の瞳孔縁を挟み隅角方向へ押し込む.②さらにリングを押し出しながら,3時と9時部の瞳孔縁を挟みながらリングを放出する.リングの開く力が強く,素早いため,ゆっくりと押し出すように注意する(図3b).うまくできなかった場合は,虹彩上に放出し1カ所ずつフックで装着する.③12時部ポケットは虹彩上に放出してから,好みのフックを用いて瞳孔縁を挟み込む(図3c).●X1の取り出し方法プッシュアンドプルフックなどの好みのフックを用いてすべてのポケットをはずし,虹彩上に露出させる(図4a).マニピュレーターで12時部の脚部を挟み,眼内でカニューラ内に引き込む.引き込むに従い,リングは図1ケース外観図2X1の側面と正面X1はインジェクターに装.され,滅菌ずみである.凹んでいる部分がポケットである.(65)あたらしい眼科Vol.39,No.2,20221970910-1810/22/\100/頁/JCOPY図3挿入方法a:6時部を装着し,押し広げる.b:3時と9時部分を同時に装着する.c:12時部を装着する.図4取り出し方法a:ポケットを外し虹彩上に露出する.b:半分引き込むと角膜側に持ち上がる.c:リングが図5リングが絡まって開かない状態角膜内皮に接触しないようにフックで抑える.まず角膜方向に折れ曲がり(図4b),その後,眼内レンズ方向に折れ曲がるため,フックで押さえ込みながらすべてを引き込み,眼外へ取り出す(図4c).●X1使用の注意点前述のように,X1は強い力で素早く開くため,不用意に放出すると瞳孔縁の断裂やそれに伴う出血を合併する.ゆっくりと操作することが大切である.偽落屑症候群や緑内障眼などの瞳孔縁の柔軟性がない場合は,フックなどを用いて十分なストレッチをしてからの使用が好ましい.製品にムラがあり,リング放出時に絡まって開かない場合がある(図5).その際は,眼内ですぐにカニューラ内に引き込み,眼外でセッティングしなおしてから使用する必要がある.ただし,この状況をDiamatrix社に伝えたところ,2021年8月現在,構造,機構を少し変更し,トラブルは改善されたと報告を受けている.初めて使用する場合は,中等度散瞳で虹彩も柔らかいIFIS症例が適している.●X1その他の使用法Zinn小帯脆弱や部分断裂に対しては,虹彩と水晶体.を同時に挟み込むカプセルリトラクター様の使用が可能であるが,5.5~6.0mm程度のきれいな円形連続切.が作製できていることが重要である.また,ポケットは0.8mmしかないため水晶体.の赤道部まではリングで押さえ込むことは不可能で,保持効果は弱く,注意が必要である.

コンタクトレンズ:コンタクトレンズの処方とフォロー 9.ソフトコンタクトレンズによる老視矯正(その2)

2022年2月28日 月曜日

・・提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズユーザーの満足度向上をめざすコンタクトレンズの処方とフォロー小玉裕司小玉眼科医院9.ソフトコンタクトレンズによる老視矯正(その2)■はじめに前回のセミナーでは遠近両用ソフトコンタクトレンズ(multi-focalsoftcontactlens:MFSCL)のデザイン,同時視の理論,同時視に慣れるまでの注意点,低加入度数SCLの処方例について解説した.今回のセミナーからは本格的な老視への遠近両用SCL処方法を解説する.■利き目と非利き目(優位眼と非優位眼)MFSCLを処方するにあたって,利き目と非利き目をあらかじめ知っておくことは大切である.なぜならシンプルな処方でユーザーが遠近両方の視力に満足してくれるとは限らず,その場合は利き目を遠見優先に合わせて非利き目を近見優先に合わせるモディファイ・モノビジョン法を採用する必要が生じるからである.■シンプルなMFSCLの処方例<処方例1>51歳,男性.事務職.球面1日使い捨てSCLの度数を落として対応していたが,遠くも近くも見にくくなってきた.・完全矯正屈折値RV=(1.2×sph-6.25D(cyl-0.50DAx170°)利き目LV=(1.2×sph-7.25D(cyl-0.25DAx165°)・使用SCLRV=(0.7×880/-5.00/14.2)LV=(0.6×880/-5.75/14.2)BV(両眼遠見視力)=(0.7×SCL)NBV(両眼近見視力)=(0.5×SCL)この症例に低加入度数(LOW/+0.75D)のシード1dayPureマルチステージ(図1)を処方した.RV=(0.9×880/-5.50/14.2/+0.75)LV=(0.9×880/-6.50/14.2/+0.75)BV=(1.0×MFSCLSCL)NBV=(0.6×MFSCL)このように完全屈折矯正値から少し度数を落として低加入度数MFSCLを処方することで,遠近ともに満足する視力が得られる場合は,処方がとても簡単である.<処方例2>55歳,女性.事務職.シード2weekPureマルチステージ(図2)(低加入度数+0.75D)をとくに問題なく使用していたが,かすみが強くなり白内障手術を希望し眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入した.・術前使用MFSCLRV=(0.8×860/-5.75/14.2/+0.75)LV=(0.6×860/-4.25/14.2/+0.75)BV=(0.8×MFSCL)BNV=(0.6×MFSCL)・術後視力RV=(0.8×IOL)(1.2×IOL(sph-0.50D(cyl-0.50DAx95°)図1シード1dayPureマルチステージ中心遠用二重焦点MFSCLで移行部を有している1日使い捨てタイプのレンズである.図2シード2weekPureマルチステージ中心遠用二重焦点MFSCLで移行部を有している2週間頻回交換タイプのレンズである.(63)あたらしい眼科Vol.39,No.2,20221950910-1810/22/\100/頁/JCOPYNRV=(0.2×IOL)LV=(0.8×IOL)(1.2×IOL(sph-0.75D)NLV=(0.2×IOL)白内障手術後に高加入度数のシード2weekPureマルチステージを処方した.RV=(1.0×IOL×860/-0.50/14.2/+1.50)NRV=(0.6×IOL×MFSCL)LV=(0.8×IOL×860/-0.25/14.2/+1.50)NLB=(0.8×IOL×MFSCL)BV=(1.0×IOL×MFSCL)BNV=(0.8×IOL×MFSCL)このように白内障術後のIOL挿入眼においては,高加入度数(HIGH/+1.5D)のMFSCLを選択する.■モディファイド・モノビジョン法を使用した処方例上記症例のように低加入度数や高加入度数のMFSCLにて遠近視力の満足が得られる場合は簡単であるが,そうでない場合は利き目を遠方優先,非利き目を近方優先で合わさねばならない.加入度数が低加入度数と高加入度数の2種類しかない場合の度数変更方法は6ステップからなる(表1).ちなみに低加入度数,中加入度数,高加入度数の3種類がある場合では,10のステップがあることになる.<処方例3>53歳,女性.看護士.球面SCLを使用中.近くが見にくくなってきた.・完全屈折矯正値RV=(1.2×sph-4.50D)利き目LV=(1.2×sph-3.25D)表1モディファイド・モノビジョン法による度数調整ステップ利き目非利き目1+0.75+0.752モディファイド・モノビジョン法による度数調整3+0.75+1.504モディファイド・モノビジョン法による度数調整5+1.50+1.506モディファイド・モノビジョン法による度数調整・使用SCLRV=(0.9×860/-4.00/14.2)LV=(0.8×860/-2.50/14.2)NBV=(0.5×SCL)・初回処方MFSCL(シード2weekPureマルチステージ)R:860/-4.00/14.2/+0.75L:860/-2.75/14.2/+0.75BV=(1.0×MFSCL)NBV=(0.6×MFSCL)遠くも近くも見やすくなったが,もう少し遠くが見えるようになりたい.・2回目処方MFSCL(初回と同じ製品)R:860/-4.25/14.2/+0.75L:860/-2.75/14.2/+0.75BV=(1.2×MFSCL)BNV=(0.5×MFSCL)遠くは見やすくなったが,もう少し近くが見えるようになりたい.・3回目処方MFSCL(初回と同じ製品)R:860/-4.25/14.2/+0.75L:860/-2.25/14.2/+0.75BV=(1.0×MFSCL)BNV=(0.6×MFSCL)遠くも近くも見やすくなった.このようにシンプルな処方ではなかなか満足が得られない場合は,利き目を遠方優先に,非利き目を近方優先に合わせるモディファイド・モノビジョン法を採用するとうまくいく.■おわりにMFSCL処方のコツは,加入度数の低い方から合わせてみること,片眼ずつの視力よりも両眼視力での満足度を確認すること,視力表に頼るのではなく,遠くの景色,カレンダー,時計などが見えるかどうか,そして近くの新聞,雑誌,スマートフォンなどが見えるかどうかで見え方を確認すること,モディファイド・モノビジョン法をうまく採用することなどである.

写真:角膜上皮の接着障害が眼圧下降により改善した症例

2022年2月28日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦453.角膜上皮の接着障害が正伝みのり横井則彦京都府立医科大学眼科学教室眼圧下降により改善した症例図2図1のシェーマ①虚脱したCbleb②角膜上皮浮腫③上皮接着不良部位図1初診時の細隙灯顕微鏡所見(フルオレセイン染色後,イエローフィルターでの観察像)角膜下方に虚脱したbleb,角膜上皮浮腫,および多数の上皮接着不良部位を認める.図3PTK後の細隙灯顕微鏡所見(フルオレセイン染色像)中央部のCblebは消失し,周辺部のCblebのみ残存している.図4チューブシャント手術後の細隙灯顕微鏡所見(フルオレセイン染色像)周辺部のCblebが消失している.(61)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C1930910-1810/22/\100/頁/JCOPY症例は44歳,女性.眼科既往に右眼の緑内障,サルコイドーシスがあった.当院受診2週間前に眼瞼炎のためブリモニジン酒石酸塩の点眼を中止したところ,右眼の疼痛が出現し,角膜上皮下に水疱(bleb)を認めたため,当院を紹介されて受診した.初診時,右眼の疼痛は持続しており,眼圧は測定不能であった.細隙灯顕微鏡による観察で角膜下方に虚脱したCblebを認め,フルオレセイン染色による観察で,虚脱したCbleb,角膜上皮浮腫,および多数の上皮接着不良部位を認めた(図1,2).また,右眼のみ角膜内皮細胞密度が低下していた(679個/mmC2).Blebによる疼痛への治療として,接着不良上皮を除去し,リン酸ベタメタゾンC1CmgをC4日間内服,0.1%フルオロメトロンおよびガチフロキサシンの点眼を右眼に1日C4回行った.治療後,blebは消失したが,接着不良は残存し,周辺部には上皮浮腫を認めた.右眼眼圧は20CmmHgとやや高く,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を開始したが,30CmmHg前後の高眼圧が持続し,blebの再発を認めた.上皮の接着不良に対し,エキシマレーザー治療的表層角膜切除術(phototherapeuticCkeratecto-my:PTK)を施行し,中央部のCblebは消失したが,周辺部のCblebは残存した(図3).その後の精査で,全周性の周辺虹彩前癒着,虹彩萎縮,ぶどう膜外反所見から,虹彩角膜内皮(iridocornealendothelial:ICE)症候群による続発緑内障と診断され,チューブシャント術が行われ,眼圧はC10CmmHg台に下降し,周辺部のCblebも消失し,再発なく経過している(図4).健常な角膜上皮は,上皮の最下層を構成する基底細胞のヘミデスモソームがラミナルシダ,アンカリングフィラメント,ラミナデンサなどからなる基底膜と結合し,ラミナデンサがアンカリングフィブリルを介してBowman膜と結合することで,その接着が維持されている.上皮接着障害の原因には,外傷,水疱性角膜症,糖尿病,角膜ジストロフィなどがあり,外傷では,基底膜の障害により治癒過程で異常な接着複合体が形成される1).水疱性角膜症では,実質浮腫の増加により上皮細胞間隙に水分が貯留するとともに,上皮下に水疱が形成される.糖尿病では,基底膜の肥厚によるアンカリングフィブリルの基底膜内への埋没,ヘミデスモソーム・アンカリングフィラメントの密度の低下,ラミニンのCadvancedglycationendproducts(AGE)化などの要因が2),角膜ジストロフィでは接着複合体の一部に欠損や変性がみられるとされる.Blebによる疼痛に対する保存的治療には,5%生理食塩水点眼,ステロイド点眼,眼軟膏点入,治療用コンタクトレンズ装着などがある.外科的治療には,角膜移植,クロスリンキング,羊膜移植,anteriorCstromalpuncture(ASP),PTKなどがある3).クロスリンキングは,コラーゲン線維間の架橋結合を促すことで,角膜実質内の水分が貯留するスペースを減少させることがその奏効機序と考えられるが,長期的な効果は期待できない4).ASPはC27ゲージ針で上皮を角膜実質に埋め込むように穿刺する治療で,フィブロネクチン,ラミニンなどの発現が増加するため,接着力が高まる.PTKでは,角膜上皮の直下に存在する知覚神経が切除されることで疼痛が緩和され,ラミニン,ヘミデスモソームなどが増加し接着が促進される5).本症例では,角膜内皮機能不全のため,実質に水分が流入しようとするのに対して,高眼圧のため実質が膨潤できず,実質に保持できない水分が角膜上皮細胞間隙に過剰に流入したために,角膜上皮下に水疱が形成されたと考えられた.さらに,持続する水疱形成が角膜上皮の接着障害を促したと考えられる.Blebによる眼痛に対する治療の選択肢は多岐にわたるため,その病態生理を考察することで,より適切な治療が選択可能となる.文献1)RamamurthiS,RahmanMQ,DuttonGNetal:Pathogene-sis,clinicalfeaturesandmanagementofrecurrentcornealerosions.Eye(Lond)C20:635-644,C20062)LjubimovAV:DiabeticCcomplicationsCinCtheCcornea.CVisionResC139:138-152,C20173)PricopieS,IstrateS,VoineaLetal:Pseudophakicbullouskeratopathy,RomJOphthalmolC61:90-94,C2017