オキュロミクスとその展望OculomicsandItsPerspective三宅正裕*はじめに眼はしばしば「全身の窓」と称される.眼底を覗けば,高血圧による細動脈狭窄,糖尿病性の微小血管障害,動脈硬化の進行,さらに神経変性や腎障害など,身体の多様な病態が反映されていることが知られている.すなわち,眼底とは「生体内部を非侵襲的に直接観察できる臓器」であり,脳や心血管,腎臓と密接に連動する全身の鏡である.この「眼と全身の相関」は古くから注目されてきたが,近年,深層学習(ディープラーニング,deeplearning:DL)を中心としたAI技術の発展により,その概念は質的に変化した.人工知能(arti.cialintelligence:AI)が眼底画像から,年齢・性別・喫煙歴・血圧・血糖など,従来は採血や測定を要した多様な全身情報を直接推定できるようになったのである.DLによって,眼底がもはや「観察の対象」ではなく,「情報を抽出するセンサー」として再定義されたと言える.さらに,この動きは基盤モデル(foundationmodel)の登場によって新たな段階に入った.これらのモデルは,数百万枚規模の眼底画像を事前学習し,わずかなラベル付きデータで多様な疾患(心不全,糖尿病,認知症など)を予測できる.従来の単一疾患ごとのAIモデルから,全身状態を包括的に推定する「汎化された医療AI」への転換である.すなわち,眼底から読み取れる情報量は指数的に拡大しつつあり,眼は今や「全身のマルチモーダル指標」を映し出す生体スクリーンとして位置づけられる.このような背景のもと,オキュロミクス(oculomics)という新しい学問領域が生まれた.オキュロミクスは,眼科画像データをビッグデータ解析とAIで統合し,全身疾患の診断・予測・リスク層別化に応用する取り組みである(図1).これにあたっては,ハードウェア(高解像度イメージング),ビッグデータ(大規模連結コホート),そしてソフトウェア(AIアルゴリズム)の三位一体的進化が,この領域の急速な発展を支えている.本稿では,このオキュロミクスの最新動向を,深層学習による眼底情報抽出,基盤モデルによる進展,それによって開かれた新たな医療応用の可能性,という流れに沿って整理し,その展望を概説する.IDLによるパラダイムシフト2015年前後からのDLの登場は,眼科画像解析のありかたを根底から変えた.従来の研究では,血管径や屈曲度,乳頭径などを専門家が定義し,半自動ソフトウェア(例:IVAN,SIVA)で解析していたが,人間の眼で捉えられない情報を扱うことはできず,また,膨大な画像を扱うには限界があった.これに対して,DLは「人間が特徴を設計せず,画像そのものから特徴量を自動抽出できる」点で革命的であり,眼底から得られる情報の次元を大きく拡張した.*MasahiroMiyake:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕三宅正裕:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学(1)(55)2830910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1眼に映る全身疾患のオーバービュー眼は「全身の窓」として,脳・心血管・腎・肝など多臓器の病態を反映する.ディープラーニングをはじめとする人工知能(AI)技術の発展により,眼底画像から神経変性疾患(Alzheimer病,Parkinson病,多発性硬化症),心血管疾患(冠動脈疾患,心血管イベント),代謝疾患(高血圧,高血糖,脂質異常症),腎疾患(慢性腎臓病,糖尿病性腎症),および肝胆疾患など,従来は血液検査や画像検査を要した全身情報を非侵襲的に推定できるようになった.オキュロミクスは,このような「眼を通じた全身疾患の解析」を統合的に捉える新たな研究領域である.個別化医療非侵襲的アウトカムスクリーニング改善科学的洞察疾患の早期検出費用対効果のよい診断適時介入経済的負担の軽減図2オキュロミクスがもたらす臨床的価値オキュロミクスは,眼底画像を通じて全身疾患を非侵襲的に評価する新たな医療パラダイムである.これにより,費用対効果の高い診断,疾患の早期検出,適時介入が可能となり,個別化医療やアウトカム改善,医療経済負担の軽減へとつながる.さらに,網膜を介した生体情報の解析は,病態理解を深化させる「科学的洞察(scienti.cinsights)」をもたらし,医療と研究の両面で新たな価値を創出する.-Ahdiらは,眼底年齢と実年齢の差の指標として,実年齢に眼底年齢を回帰した残差を眼底年齢加齢(eyeageaccel)と定義し,ゲノムワイド関連解析を行った.この結果,38の遺伝子座で示唆的な関連が得られ,そのうち12遺伝子座はゲノムワイドレベルで有意な関連を示した.非常に強い関連を示したのはSH3YL1,ACP1,ALKAL2の3遺伝子を含む遺伝子座で,これはのちに行われた筆者らの日本人での研究においても再現性が確認されている.また,眼科医にとって興味深いのは,加齢黄斑変性の疾患感受性遺伝子であるARMS2がヒットしている点である.これらヒットした遺伝子が他疾患の疾患感受性遺伝子と重複しているかどうかを評価したところ,黄斑網膜厚,注意欠陥多動性障害,加齢黄斑変性,等価球面度数,屈折異常などと共通点がみられた.筆者らも長浜スタディの参加者においてretinalagegapを計測して全身疾患との関連を評価したところ,脂質異常症と糖尿病の存在が有意に関連していた.Reti-nalagegapは高血圧・脂質異常症・糖尿病・脳梗塞・心疾患の発症を予測することはできなかったが,高血圧や脂質異常症が発症するとretinaagegapが大きくなる(網膜年齢と実年齢の乖離が大きくなる)ことがわかった.このように,眼底年齢と実年齢の乖離は,各種疾患との関連が見られるのみならず,ゲノムレベルで評価しても強い関連をもつ遺伝子も同定されており,加齢に伴う微小変化を統合的に反映する可能性のある興味深い新規バイオマーカーである.2.心血管・代謝疾患の予測心血管疾患はオキュロミクス研究の中心領域である.眼底血管の口径・屈曲度などが動脈硬化や高血圧の指標となりうることは昔から知られていたが,人間の眼による読影には限界があり,精密な予測はむずかしかった.しかし,AIモデルを用いれば,冠動脈石灰化スコア(coronaryarterycalciumscore:CAC)や心筋梗塞リスクを非侵襲的に推定できることが明らかになっている.たとえば,Rimらは21万枚超の眼底画像を用い,冠動脈石灰化の存在確率を推定する深層学習モデルreti-nalCACscore(RetiCAC)を開発・検証した.Reti-CACは,CACの有無を予測する性能でAUC0.742(95%信頼区間:0.732.0.753)を示し,単一の臨床パラメータモデルをすべて上回った.これは外部検証でも一定の精度を示したことから,RetiCACはCT計測と同等の心血管イベント予測性能を示すと報告されている.このアプローチは,放射線被曝を伴わず,低リソース環境でも容易に取得可能な眼底画像を活用できることから,非侵襲的で汎用性の高い心血管スクリーニングツールとしての応用が期待される.代謝疾患領域でも,AIは血糖・HbA1c・脂質・腎機能〔推算糸球体濾過量(estimatedglomerular.ltrationrate:eGFR)など〕を推定できることが報告されている.Zhangらは,57,672名から得られた115,344枚の眼底写真を用いて,慢性腎臓病(chronickidneydis-ease:CKD)および2型糖尿病(type2diabetesmelli-tus:T2DM)を同時に検出する深層学習モデルを開発した.このモデルは,眼底画像単独ないしは臨床メタデータ(年齢・性別・BMI・血圧など)と組み合わせてCKDおよびT2DMを識別でき,AUC0.85.0.93の高い性能を示した.このモデルは,血液検査に依存せずにeGFRを平均絶対誤差11.1.13.4ml/分/1.73m2で推定,血糖値を0.65.1.1mmol/lの誤差で予測できた.さらに,外部検証やスマートフォン眼底画像による前向き試験でも再現性が確認され,疾患進行リスクの層別にも有用であることが示された.この研究は,眼底画像が腎・代謝機能の非侵襲的バイオマーカーとしても利用可能であることを初めて大規模に実証し,オキュロミクスの応用範囲を「臓器疾患」から「生化学的表現型」へと拡張した.3.神経疾患の予測眼と脳は発生学的に同一の外胚葉由来構造をもち,血管・神経の微細構築も相似している.このため,古くから眼底所見が中枢神経疾患の間接的指標となることが知られてきた.近年ではDLを活用することで,この関連がより定量的かつ予測的に示されつつある.Cheungらは,11の多国籍コホートから収集された12,949枚の眼底画像(AD患者648名・対照3,240名)を用いて眼底写真のみからAlzheimer型認知症を識別する286あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026(58)深層学習モデルを開発した.モデルにはE.cientNet-B2を基盤ネットワークとして採用し,両眼の視神経乳頭中心像および黄斑中心像(計4枚)を統合する「bilateralmodel」を構築した.内部検証データセットでは,精度83.6%(±2.5),感度93.2%(±2.2),特異度82.0%(±3.1),AUC0.93(±0.01)を達成した.外部テストデータでは,国・施設の異なる5研究を用いてAUC0.73.0.91を維持し,うち三つのコホートではpositronemis-siontomography(PET)によるアミロイドb陽性・陰性を分別可能であった(AUC0.68.0.86)と報告されている.この研究は,眼底画像からADを高精度に検出できることを初めて多施設レベルで示したものであり,非侵襲的な認知症スクリーニングの可能性を拓いた.現在では,光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT)や光干渉断層血管撮影(OCTangiogra-phy:OCTA)による網膜神経節細胞層・毛細血管密度解析と組み合わせることで,軽度認知障害(mildcogni-tiveimpairmen:MCI)や前臨床期ADにおける神経変性の早期検出をめざす試みも進展している.これらの成果は,眼底が「脳を覗くための新しい窓(anewwin-dowtothebrain)」として中枢神経疾患の予防・早期診断の入口となりうることを示している.III基盤モデルの登場とオキュロミクスの加速1.基盤モデルとは医療AI研究は近年,個別疾患・個別表現型を対象とする教師あり学習から,大規模自己教師あり学習へと移行しつつある.この流れのなかで登場したのが基盤モデル(foundationmodel)と総称される新たな枠組みである.基盤モデルとは,膨大なデータを事前学習し,得られた特徴表現を多様な下流タスクに転移させることで,少量のラベル付きデータでも高精度な学習を可能にするモデル群をさす.自然言語処理でいうとChatGPTの元となっているGPT5にあたる(GPT5という基盤モデルに,Q&Aという下流タスクを学習させたものがChatGPTである).これは,医療画像分野においても「疾患ごとに学習するAI」から「基盤的視覚表現を共有するAI」への移行を意味する.眼科領域における代表的研究が,RETFoundである.RETFoundは英国NHSデータベースの約90万枚の眼底画像と約70万枚のOCT画像を用いてVisionTrans-former(ViT)をベースに自己教師あり学習を行い,多疾患転移性能を検証した.糖尿病網膜症・緑内障・加齢黄斑変性などの眼疾患だけでなく,心不全やParkinson病などの全身疾患のリスク推定にも一定の汎化性能を示した.基盤モデルを使用することにより,従来よりも少ないラベル付きデータによって高精度のモデルを作成することが可能となることから,オキュロミクスの加速が大きく期待される.このようななかにおいて,基盤モデルを自国で作成することの重要性が増すと考えられており,各国で競争が始まっている.2.眼科領域の基盤モデルの具体例RETFoundの登場以降,眼科領域では基盤モデルの概念を応用した多様な試みが報告されている.これらは単なる疾患分類精度の向上にとどまらず,眼底画像を多疾患・多モダリティ解析のための生体情報プラットフォームとして再定義する動きを加速させている.RETFoundは,英国Moor.eldsEyeHospitalのデータセットなどから得られた904,170枚のカラー眼底写真と736,442枚のOCT画像を用いてViTベースの自己教師あり学習を行った.上述の通り,学習後の表現を下流タスクに転移した結果,糖尿病網膜症・加齢黄斑変性・緑内障といった眼疾患だけでなく,心不全やParkinson病などの全身関連タスクにも一定の性能を示した.この流れを汎用化したのが,VisionFMである.VisionFMはCT,X線,病理画像など複数の医用モダリティを横断的に統合したマルチモーダル・マルチタスク型基盤モデルであり,約340万枚の画像と50万人超の被験者データから事前学習を行った.眼底画像はその一部として扱われ,少数データでも精度を保つ転移性能が報告された.眼科特化モデルに比べ精度はやや劣るが,医療画像横断的なモデルを実現した点で意義が大きい.さらに,画像基盤モデルを言語情報と結合する試みも進んでいる.RetiZeroは,画像と言語の対応関係を学(59)あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026287