●連載◯294監修=福地健郎中野匡294.緑内障と生体リズムの乱れ吉川匡宣よしかわ眼科クリニック奈良県立医科大学眼科学教室―緑内障の新たな側面内因性光感受性網膜神経節細胞は他の網膜神経節細胞とは異なり,非視覚的な光情報を生体リズム中枢である視交叉上核に伝達する.そのため内因性光感受性網膜神経節細胞が障害される緑内障は,視機能低下を生じるだけではなく,生体リズムの乱れにも影響している可能性がある.●はじめに緑内障は網膜神経節細胞死を本態とする神経変性疾患で,内因性光感受性網膜神経節細胞(intrinsicallypho-tosensitiveCretinalCganglioncells:ipRGC)も障害されることが知られている.ipRGCは光情報を視床下部にある生体リズム中枢の視交叉上核へ伝達することで,生体リズムの光同調に重要な役割を果たしている.したがって緑内障はCipRGCの障害により生体リズムの乱れに影響している可能性がある.本稿では筆者らがC2017年から実施している緑内障患者を対象としたコホート研究(LIGHTstudy)や先行研究の結果を踏まえて,緑内障と生体リズム障害の関連について概説する.C●内因性光感受性網膜神経節細胞の特徴2002年に発見されたCipRGCは,他の網膜神経節細胞とは大きく異なり,視物質であるメラノプシンを発現する1).メラノプシンの存在により,ipRGCは眼外からの光を視細胞を介することなく直接受容することが可能である.ipRGCで受容された光は,視交叉上核やその他脳内のさまざまな部位に伝達される.視交叉上核はipRGCからの光刺激を受容することで体外の時刻と体内時計のずれを調整し,全身のさまざまな生理的反応のタイミングをコントロールしている.つまりCipRGCは対光反射図1ipRGCのおもな役割ipRGCはおもに生体リズム同調と対光反射に関与している.生体リズム同調のトリガーとしての役割を果たしている(図1).実際に両眼眼球摘出を受けた患者では生体リズムの乱れを生じることが知られている.またCipRGCは視蓋前域オリーブ核に投射することで対光反射にも関与している(図1).ipRGCの対光反射には特徴があり,青色光にもっとも高い感度を示すこと,そして光刺激終了後の縮瞳状態からの回復が遷延することがあげられる.対光反射時のこれらの特性を利用して,ipRGCの光感受性を間接的に評価することが可光刺激初期緑内障後期緑内障図2緑内障眼における光刺激前後の瞳孔径の経時的変化(自験例データ)縦軸は瞳孔径(mm),横軸は時間(秒),赤・青色線はそれぞれ赤・青色光刺激時の瞳孔径の変化を示す.初期緑内障眼と比較して後期緑内障眼では青色光刺激終了後の瞳孔径(灰色の楕円部分)が速やかに光刺激前の瞳孔径に戻っており,ipRGCの光感受性が低下していることを示している.(65)あたらしい眼科Vol.41,No.12,202414490910-1810/24/\100/頁/JCOPY図3血圧日内変動測定携帯型自動血圧計を用いてC24時間自由行動下血圧測定で評価する.利き腕とは逆の腕にカフを巻き,腰に血圧計本体を携帯し,24~48時間,連続して定期的に自動で血圧測定が行われる.能である.具体的には暗順応後に赤色と青色の光刺激を行い,光刺激前後の瞳孔径の経時的変化を瞳孔記録計で測定する.そして光刺激終了後の瞳孔径で定義されるCpost-illuminationCpupilresponseをCipRGCの光感受性として評価する(図2).C●緑内障と生体リズムの乱れipRGCはヒトにおいて全網膜神経節細胞のC0.2~0.8%程度を占めるとされ,緑内障眼で減少していることが知られている.ドナー眼を用いた実験研究において,緑内障が重症であるほどCipRGCの細胞密度が低下していたことが報告されている.また,筆者らのコホート研究でも,緑内障が機能的および構造的に重症であるほどipRGCの光感受性が低下していたことを確認している2).緑内障眼でCipRGCが障害されるのであれば,緑内障は生体リズムの乱れを引き起こすのであろうか?筆者らは松果体産生ホルモンであるメラトニンに着目した.メラトニンは生体リズム調整や睡眠を促す作用をもち,おもに夜間に分泌される日内変動をとることから,生体リズム指標として広く用いられている.筆者らは研究参加者の早朝第一尿のメラトニン代謝産物濃度を測定したところ,健常群と比較して緑内障群で,さらに緑内障が重症であるほど,尿中メラトニン代謝産物濃度が低下していた3).この結果は緑内障患者において生体リズムの乱れが生じている可能性を示している.次に筆者らは,生体リズムの光同調障害が影響する血圧日内変動(図3)や睡眠について検討した.血圧は夜間就寝時にC10~20%程度下降するのが生理的な日内変動リズムとされているが,緑内障患者C109名の多変量解析の結果,緑内障群の夜間血圧は健常群よりも高かった4).さらに白内障と血圧日内変動障害との関連を示した疫学研究の横断解析結果5)もあり,白内障では水晶体混濁による眼内への光刺激減少がCipRGCの光感受性低下を引き起こす可能性が考えられる.また,睡眠の質の解析では,緑内障眼におけるCipRGCの光感受性低下が睡眠障害と関連していたこと6)や,白内障手術が睡眠の質と関連していたことが報告されている.これらの結果は,ipRGCの光感受性低下が生体リズムの乱れを引き起こし,血圧や睡眠に影響を与える可能性を示唆している.C●おわりに緑内障は視機能障害をきたすだけでなく,ipRGCの障害を介して生体リズムの乱れに影響する可能性がある.そのため日常の緑内障診療では生体リズムの光同調障害にも注意を払い,血圧や睡眠などの全身の状態も確認しておく必要があるかもしれない.しかし,本研究分野は症例数の少ない横断研究が多く,緑内障患者におけるCipRGC障害がどの程度生体リズムの乱れに影響するのか不明な点も多い.今後の大規模な縦断研究の結果が期待される.文献1)BersonCDM,CDunnCFA,CTakaoM:PhototransductionCbyCretinalCganglionCcellsCthatCsetCtheCcircadianCclock.CScienceC295:1070-1073,C20022)YoshikawaCT,CObayashiCK,CMiyataCKCetal:AssociationCbetweenCpostilluminationCpupilCresponseCandCglaucomaseverity:ACcross-sectionalCanalysisCofCtheCLIGHTCStudy.CInvestOphthalmolVisSciC63:24,C20223)YoshikawaCT,CObayashiCK,CMiyataCKCetal:DecreasedCmelatoninCsecretionCinCpatientsCwithglaucoma:Quantita-tiveCassociationCwithCglaucomaCseverityCinCtheCLIGHTCstudy.JPinealResC69:e12662,C20204)YoshikawaCT,CObayashiCK,CMiyataCKCetal:IncreasedCnighttimeCbloodCpressureCinCpatientsCwithglaucoma:CCross-sectionalanalysisoftheLIGHTStudy.Ophthalmol-ogyC126:1366-1371,C20195)YoshikawaCT,CObayashiCK,CMiyataCKCetal:DiminishedCcircadianCbloodCpressureCvariabilityCinCelderlyCindividualsCwithCnuclearcataracts:cross-sectionalCanalysisCinCtheCHEIJO-KYOcohort.HypertensResC42:204-210,C20196)JimuraH,YoshikawaT,ObayashiKetal:Post-illumina-tionCpupilCresponseCandCsleepCqualityCinCpatientsCwithglaucoma:TheCLIGHTCStudy.CInvestCOphthalmolCVisCSciC64:34,C20231450あたらしい眼科Vol.41,No.12,2024(66)