《第9回日本視野画像学会シンポジウム》あたらしい眼科38(11):1335.1338,2021c高次視機能の立場からみた視野澤村裕正東京大学医学部眼科学教室CTheRelationshipbetweenVisualFieldsandCerebralVisualFunctionsHiromasaSawamuraCDepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicineCはじめに眼科領域のなかでもっとも代表的な視機能評価として視力と視野とがあげられる.視力は「離れたC2点(または線)を離れていると識別する能力」であり,視野は「一点を固視した状態で視力が及ぶ範囲」である.本稿の対象である視野は,視野検査でその測定が行われる.視野検査は多数の段階を経て構成されており,下記の一連の手続きが必要である.①固視を継続した状態で②視覚刺激が被験者の網膜の視細胞を刺激し③網膜からの信号が視路を経由して大脳皮質視覚領域へ到達し④連合野で「指標が光った」という認知・判断を行い⑤連合野から大脳皮質運動野へ動作を行わせる信号が送られ⑥大脳皮質運動野から効果器へ信号が送られてボタンを押す,このなかで,眼球が中心的な関与をするのは②であり,固視を含めその他の①,③.⑤では中枢神経が中心的な役割を果たし,⑥では脊髄および抹消神経,筋肉がその中心的な役割を果たす.これらのいずれかの段階で障害があると視野検査の正確性は乏しくなるため,網膜障害・視神経障害以外の中枢機能が視野検査にも非常に影響し,視野を正確に評価することが困難になることがわかる.実際の臨床でも,非器質性視覚障害では視野検査の結果と眼科的所見が合致しないといった現象はよく経験されることである.本稿では高次中枢機能と視野との関連について,視野および視野検査にかかわる高次中枢の神経解剖,および実際の臨床で遭遇する中枢機能に関連する視野障害について自験例を提示し概説する.I視覚情報処理経路の神経解剖学角膜,水晶体,硝子体を通過し,網膜へ入力した光信号は電気信号に変換され,外側膝状体にその大部分が送られる.一部の信号は外側膝状体を経由せず,上丘・視蓋前域といった領域に投射され,眼球運動における視線を安定化させる機能,および視運動性眼振,対光反射に関与するとされており1),上記①の固視に関与する.外側膝状体へ送られる信号は,網膜の異なる神経節細胞から外側膝状体への異なる層へ情報が伝達されることが知られており2),そこでニューロンを変え,後頭葉に存在する一次視覚野に到達する.大脳皮質は機能的層構造を構成しており,外側膝状体からの異なる層からの入力がそれぞれ一次視覚野の異なる層へ投射される.一次視覚野の皮質内でもニューロン結合があり,一次視覚野から高度な視覚情報統合処理が始まると考えられている.そして一次視覚野からさらに高次視覚野へ情報が伝達されていく.一次視覚野以降の視覚情報処理機構については,一次視覚野.頭頂葉を中心とした背側経路と,一次視覚野.側頭葉を中心とした腹側経路という大きな枠組みが提唱されている.頭頂葉では対象物の動き,空間位置,奥行などの情報処理が行われ,側頭葉では色や形の情報処理が行われており,それぞれCWhere経路,What経路として知られている3).その後,頭頂葉でも形の視覚情報処理がなされていることや,側頭葉で奥行情報処理がなされていることがC2000年前後に相ついで発表された4.7).そして今では背側経路は頭頂葉を中心とした動作・行動への視覚的誘導に関与する情報処理を担っており,腹側経路は側頭葉を中心とした対象の視覚的認知や同定に関与する情報処理を担っているという大きな枠組みが提唱されている8,9)(図1)10).上述の経路は,いずれも低次から高次へとボトムアップ方式で情報伝達が行われること〔別刷請求先〕澤村裕正:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HiromasaSawamura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,7-3-1Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8655,JAPANC図1視覚情報処理経路の模式図(文献C10より一部改変)左眼右眼図2クローバー状視野の例Humphrey視野検査結果,グレースケールを表示.により複雑・詳細な視覚情報処理が行われていると考えられている.一方,高次領域から低次領域へのトップダウン式情報伝達も知られている11,12).注意力が変化することで視覚野のニューロン活動が変化することは知られており,トップダウン式情報伝達は記憶や注意による視覚情報処理の修飾をおもに行うと考えられている13).CII中枢機能が視野に及ぼす影響臨床の現場では,Humphrey視野検査に代表される静的視野検査と,Goldmann視野検査に代表される動的視野検査がある.同じ視野検査ではあるが,その指標が動くか,動かないかの違いが存在し,それぞれの視覚情報処理経路は異なると考えられる.臨床の現場でも静的視野検査と動的視野検査結果が異なることはしばしば経験されることである.以前より非器質性視覚障害あるいは機能的視野障害ではCGoldma-nn視野検査が用いられ,らせん状視野や求心性視野狭窄,筒状視野などが認められることが指摘されてきた14).一方,静的視野検査ではクローバー状視野として測定されることが多いと指摘されているが,それだけで器質性と非器質性を区別することはむずかしいとされており,繰り返しの検査を行い視野測定結果に変化を認めること,他の検査と組み合わせることで診断を進めていくことが必要であるとされてい図3右眼のみの非器質性視覚障害を呈した症例a:右眼のCHumphrey視野検査結果.グレースケールで表示.Cb:右眼のCGoldmann視野検査結果.Cc:アイモを用いた両眼同時視野測定結果.右側の視覚障害が生じていることがわかる.る15,16).クローバー状視野の成因として,最初に測定される4分円の中心での感度は高いものの,疲労効果が生じるため,4分円の中心から遠心性に応答が悪くなる可能性が考えられている16).クローバー状視野を呈した症例を示す.症例はC45歳,女性.両眼の視力低下を主訴に受診.眼球に器質的異常を認めず,頭部CMRIでも器質的病変は指摘されなかった.視力検査ではトリック反応が陽性であり,非器質性視覚障害が疑われた.視野検査では図2のようなクローバー状視野が測定された.この症例では両眼性の非器質性視覚障害であったが,片眼性の非器質性視覚障害を訴える場合にも日々よく遭遇す図4脳梗塞に伴う右同名半盲の例Humphrey視野検査結果のグレースケールおよびCMRI拡散強調画像.る.このような場合,通常の視野検査では,どちらの眼を検査されているかが明確なため,見えないと訴えているほうの眼の検査では測定結果にその影響が及んでしまう.このような場合には被験者にはどちらの眼を検査されているのかわからないようにする工夫が必要である.近年,両眼同時に視野測定が可能であるアイモ(クリュートメディカルシステムズ日本)が販売された.これを用いた別の非器質性視覚障害の例を提示する.症例はC18歳,男性.右眼の視力低下,見づらさを主訴に大学病院を含む複数の医療機関を受診したものの,眼球,頭蓋内に器質的異常は指摘されなかった.視力は右眼手動弁,左眼(1.5).相対的瞳孔求心路障害陰性であった.前医での自動視野計の結果(図3a)および当院でのGoldmann視野検査(図3b)にて右眼に求心性視野狭窄を認めた.左眼の検査結果は正常であった.視力と視野との乖離を認め,視野を説明できる器質的異常を認められなかったものの,本人および家族の理解がなかなか得られず,アイモを用いて両眼同時測定の視野検査を行った(図3c).自覚的には右“眼”が見えていない,との訴えであったが,両眼同時視野測定結果では右“側”が見づらい結果となっており,非器質性視覚障害の要素が強いことを改めて説明した.中枢に器質的異常を伴う場合,垂直罫線を守る特徴的な視野障害を呈する.症例はC55歳,男性,高血圧の既往があった.見づらさを訴え近医受診,右同名半盲が疑われ精査加療目的に当科紹介受診した.静的視野検査結果,当科で施行したCMRI結果を示す(図4).MRI拡散強調画像にて外側膝状態から視床近傍に異常信号を認め,急性期脳梗塞の診断にて入院加療となった.垂直罫線を守る両眼性視野障害を呈した場合,視交叉以降の器質的異常が生じていることが考えられるため,頭部CMRIを緊急で撮影する必要がある.最後に高次機能障害に伴う視野障害を紹介する.症例はC61歳,女性.交通外傷後,頭部CMRI検査にて左頭頂葉,側頭葉に脳挫傷を認めていた.当科には外転神経麻痺による複視の加療目的に紹介受診した.右眼の完全外転神経麻痺を呈しており,右左眼右眼図5高次機能障害に伴う右同名半盲の例眼は内転位であった.前眼部,中間透光体,眼底に大きな異常は認めなかった.西田法および右眼内直筋後転術を施行し,右眼の眼位は改善し,正面視での複視は消失した.視力は両眼ともに(1.0)で,複視以外の視覚障害の訴えはまったくなかった.念のためCHumphrey視野検査を施行したところ,右同名半盲を呈していた(図5).本症例ではCVisualCPerceptionCTestCforAgnosiaといった視覚失認の検出検査までは施行していないものの,経過および失語症を含む臨床経過から高次機能障害に伴う同名半盲と考えられた.おわりに視野は高次中枢機能の影響を受け,中枢の機能評価として用いられることもある.一方,中枢の神経解剖学は眼科医にとって馴染みの薄いものであり,非器質性視覚障害は診断がきわめてむずかしい.視野検査法の特性と,結果の解釈,その背景として想定される器質的異常を解剖学的に推測し,整合性がとれているか考えていくことが大事である.文献1)福田淳,佐藤宏道:脳と視覚C.何をどう見るか.ブレインサイエンスシリーズC14,共立出版,20022)NassiCJJ,CCallawayEM:ParallelCprocessingCstrategiesCofCtheCprimateCvisualCsystem.CNatCRevCNeurosciC10:360-372,C20093)GoodaleCMA,CMilnerAD:SeparateCvisualCpathwaysCforCperceptionandaction.TrendsNeurosciC15:20-25,C19924)MurataA,GalleseV,LuppinoGetal:Selectivityfortheshape,size,andorientationofobjectsforgraspinginneu-ronsCofCmonkeyCparietalCareaCAIP.CJCNeurophysiolC83:C2580-2601,C20005)WatanabeM,TanakaH,UkaTetal:DisparityselectiveneuronsCinCareaCV4CofCmacaqueCmonkeys.CJCNeurophysiolC87:1960-1973,C20026)UkaT,TanabeS,WatanabeMetal:Neuralcorrelatesof.nedepthdiscriminationinmonkeyinferiortemporalcor-tex.JNeurosciC25:10796-10802,C20057)JanssenP,VogelsR,OrbanGA:Selectivityfor3Dshapethatreve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