ドライアイ点眼液EyeDropsMedicationsforTreatingDryEye横井則彦*はじめにドライアイ(dryeye:DE)の点眼治療は,2010年12月のジクアホソルナトリウム(diquafosolsodium:DQS)点眼液,2012年1月のレバミピド(rebamipide:Rbm)点眼液の登場により,この10年間で大きく様変わりした.また,それらの登場を受けて,眼表面の層別診断(tear.lmorienteddiagnosis:TFOD),眼表面の層別治療(tear.lmorientedtherapy:TFOT)(TFOD/TFOT)の考え方が生まれて1.4),日本のDEの診断・治療はパラダイムシフトを迎えた.涙液層に主眼を置くDEの新しい考え方は,それまでの定義・診断基準では,位置づけが困難であった涙液層破壊時間(breakuptime:BUT)短縮型DE5,6)にDEとしての市民権を与えるとともに,そのサブタイプとしての水濡れ性低下型DE(decreasedwettabilityDE:DWDE)1.4,6)の重要性を浮かび上がらせた.現在,BUT短縮型DEは,2016年版のDEの定義・診断基準7)において,涙液減少型DE(aqueousde.cientdryeye:ADDE)と合わせて,DEの一つの体系のなかで捉えられるようになり,日本発世界初のTFOD/TFOT1.4)は,アジアの他国でも受け入れられて8,9),欧米の臨床家にも評価されている10).DEにおいて欧米で重視される涙液の浸透圧上昇,眼表面炎症の考え方は可視化できず,かつ,細隙灯顕微鏡以外の検査法を要するものであり11),TFOD/TFOTのコンセプトが普及しつつある日本においては,不可欠なものとはなっていない.しかし,Sjogren症候群,移植片対宿主病,粘膜天疱瘡に伴いうる重症のADDEにおいては,DEと眼表面炎症が関与することは間違いなく,低力価ステロイド点眼液で管理できないような強い眼表面炎症に対しては,欧米で用いられているようなシクロスポリン,li.tegrastといった免疫抑制薬点眼12)が,治療の選択肢として必要になってきている.振り返ってみると,DQSやRbmの登場は,日本のDE診療の発展に大きな門戸を開き,DEが効果的に治療できる疾患になったことは大変に喜ばしいことであり,大きな歴史的意義があると思われる.ここでは,DE診療ガイドライン13)を参照しながらも,実際の臨床での経験を入れながらDE点眼液について考察する.IDEの病態生理の考え方と点眼液の関係DEの病態生理の考え方は,定義・診断基準に関係するとともに,実際に使用できる治療法,中でも点眼治療と関係する.日本におけるこれまでの3回のDEの定義・診断基準の策定7,14,15)において,過去の2回14,15)では角結膜上皮障害が必須であり,DEは角結膜上皮障害をきたす疾患として捉えられていた.したがって,角結膜上皮治療用点眼薬として1995年に登場したヒアルロン酸ナトリウム(hyaluronicacid:HA)点眼液は,DE治療用点眼液としての地位を築くものであった.そのため,上皮障害がみられないか軽度のBUT短縮型DE5,6)は,DE疑いとされた.しかし今考えると,症状の強いBUT短縮型DE5,6)は,DWDE1.4,6)であった可能性があ*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(17)1255日本米国図1ドライアイの考え方の日本と米国との違い日本では,可視化しうる涙液層の破壊と結果としての上皮障害を重視するのに対し,米国では,可視化できない,涙液の浸透圧上昇,炎症を重視する.この違いは,使用できる点眼液の違いを反映している可能性がある.図2塩化ベンザルコニウム(BAK)を含有する緑内障点眼液による薬剤性角膜上皮障害に対してBAK非含有緑内障点眼液への変更と人工涙液点眼によるウオッシュアウトを行った例6カ月以上を要したが,高度の角膜上皮障害(Ca)が消失している(Cb)のがわかる.現在もCBAKフリーの緑内障点眼液を継続している.=図3涙液減少型ドライアイ(ADDE)に対するジクアホソルナトリウム(DQS)点眼液への変更の効果ADDEと点状表層角膜症(SPK)の合併眼(Ca).ADDEに対してCHA(4回/日)とCRbm(4回/日)を点眼していたが,それらをCDQS(6回/日)に変更してC1カ月後(Cb)には,涙液層の安定性が改善し,SPKも大幅に改善した.=図4水濡れ性低下型ドライアイ(DWDE)に対するジクアホソルナトリウム(DQS)点眼液の効果LineCbreakCwithrapidCexpansionを認めるCDWDE(Ca)に対し,点眼開始後約C6カ月で,randombreakへのシフト(b)(IEDEに相当)が観察され,角膜表面の水濡れ性は改善した.涙液層の安定性低下瞬目摩擦亢進眼瞼結膜上皮ドライアイの眼表面の他覚所見を表現開瞼維持時悪循環角膜上皮表面涙液層(おもにLidwiper部)涙液悪循環眼球側の角結膜上皮瞬目時図5眼表面におけるドライアイの階層構造ドライアイでは,さまざまな内的,外的要因が眼表面に作用して,二つの悪循環(開瞼維持時の涙液層の破壊および瞬目時の摩擦の亢進)を介して,眼不快感,視機能異常を生じる.これら二つの悪循環がコアとなるドライアイのメカニズムであり,他覚所見を形成する.(文献2,13より引用改変)図6涙液減少型ドライアイ(ADDE)に対するジクアホソルナトリウム(DQS)点眼液とレバミピド(Rbm)点眼液の併用療法ADDEでは,涙液層の破壊と瞬目摩擦の亢進がともに引き起こされやすい.前者はCDQS点眼液で効果的に治療できるのに対して,後者はCRbm点眼液で効果的に治療できるため,両者を併用することも多い.本症例では,合併する糸状角膜炎と角膜下方のClinebreakを伴う点状表層角膜症がCDQSとCRbmの併用療法で効果的に治療されている.留意が必要とある13).ADDEに伴う眼表面炎症は,炎症性メディエーターがCMUC16をCsheddingさせることで角膜の水濡れ性を低下させる30).そのような続発性の水濡れ性低下に対して,ステロイド点眼液は,炎症性のメディエーターの産生を抑えて,MUC16のCsheddingを抑制し,間接的に角膜の水濡れ性の改善をもたらすと考えられるが,DQSやCRbmはCMUC16の発現を直接促進29,30,37,38)して水濡れ性を改善することを再度確認しておきたい.BUP分類で,spotやCdimplebreak,breakupのCrapidexpansionがみられるCDWDE1.4)は,涙液層の疾患というより上皮の疾患と考えられ,炎症の関与はあるとしても少ないと考えられるが,ドライアイは,涙液層の破壊と摩擦亢進による悪循環が,眼表面炎症を引き起こすため,結果としての炎症が惹起されている可能性は十分に考えられる.筆者は長年,DWDEに対しても,ADDEと同様に,0.1%フルオロメトロンをC1日C2回の点眼で使用してきたが,近年,フルオロメトロンそのものが積極的に膜型ムチンの発現を促していることが報告された39)ことで,これまでの治療法が効果的な方法の一つであった可能性があると考えている.おわりにドライアイには難治例も多く,日本においては多種類の点眼液が利用できるために,頻回点眼,多剤併用となりやすい.臨床試験や臨床研究から得た有効性とは別に,臨床においては医師側の点眼液の用い方,患者の実際の使用法,ライフスタイル,生活習慣,生活環境など,さまざまな制約を受けるため,実際には,診療ガイドライン13)に即したものにはなっていない場合もあるのではないかと思われる.今後,DEの眼表面炎症をゲートキーパーとして安全に抑えることのできる点眼液や,点眼回数が少ない効果的な点眼液の登場が期待されるところである.DEは,自覚症状のある疾患であるがゆえに,アドヒアランスよく点眼される可能性はあるが,慢性疾患であるがゆえに,すぐには改善が得られにくく,いったん改善しても,上流のリスクファクターを治療しているわけではないので,治療をやめると再び眼表面の悪循環が再発しうる.したがって,点眼液を効果的に用いて,症状が許容範囲になるようマネージメントするのが目標であることを常々意識しておく必要がある.本稿がCDEの日常診療に役立てば幸いである.文献1)YokoiCN,CGeorgievGA:Tear-.lm-orientedCdiagnosisCandCtherapyCforCdryCeye.In:DryCeyesyndrome:basicCandclinicalperspectives(YokoiN,ed)C,p96-108,FutureMedi-cineLondon,20132)YokoiCN,CGeorgievCGA,CKatoCHCetal:Classi.cationCof.uoresceinbreakuppatterns:Anovelmethodofdi.eren-tialCdiagnosisCforCdryCeye.CAmCJCOphthalmolC180:72-85,C20173)YokoiCN,CGeorgievGA:TearC.lm-orientedCdiagnosisCandCtear.lm-orientedTherapyfordryeyebasedontear.lmdynamics.CInvestCOphthalmolCVisCSciC9:DES13-DES22,C20184)YokoiCN,CGeorgievGA:Tear-.lm-orientedCdiagnosisCforCdryeye.JpnJOphthalmol63:127-136,C20195)TodaCI,CShimazakiCJ,CTsubotaK:DryCeyeCwithConlyCdecreasedCtearCbreak-upCtimeCisCsometimesCassociatedCwithCallergicCconjunctivitis.COphthalmologyC102:302-309,C19956)山本雄士,横井則彦,東原尚代ほか:TearC.lmCbreakuptime(BUT)短縮型ドライアイの臨床的特徴.日眼会誌C116:1137-1143,C20127)島﨑潤,横井則彦,渡辺仁ほか:日本のドライアイの定義と診断基準の改訂(2016年版).あたらしい眼科C34:C309-313,C20178)TsubotaK,YokoiN,ShimazakiJetal:NewperspectivesonCdryCeyeCde.nitionCanddiagnosis:ACConsensusCreportCbytheAsiaDryEyeSociety.OculSurfC15:65-76,C20179)TsubotaCK,CYokoiCN,CWatanabeCHCetal:ACnewCperspec-tiveConCdryCeyeclassi.cation:proposalCbyCtheCAsiaCdryCeyesociety.EyeContactLensC46:S2-S13,C202010)TsubotaCK,CP.ugfelderCSC,CLiuCZCetal:De.ningCdryCeyeCfromaclinicalperspective.IntJCMolSciC21:9271,C202011)Wol.sohnJS,AritaR,ChalmersRetal:TFOSDEWSIIdiagnosticCmethodologyCreport.COculCSurfC15:539-574,C201712)JonesL,DownieLE,KorbDetal:TFOSDEWSIIman-agementCandCtherapyCreport.COculCSurfC15:575-628,C201713)ドライアイ診療ガイドライン作成委員会:ドライアイ診療ガイドライン.日眼会誌123:489-592,C201714)島﨑潤:ドライアイの定義と診断基準.眼科C37:765-770,C199515)島﨑潤(ドライアイ研究会):2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,C200716)YokoiCN,CKatoCH,CKinoshitaS:FacilitationCofCtearC.uidCsecretionCby3%CdiquafosolCophthalmicCsolutionCinCnormalC(23)あたらしい眼科Vol.38,No.11,2021C1261-’C-