硝子体手術,眼球摘出術,眼球内容除去術の術後交感性眼炎のリスクRiskofSympatheticOphthalmiaFollowingVitrectomy,EnucleationandEvisceration重安千花*岡田アナベルあやめ*はじめに交感性眼炎(sympatheticophthalmia)は非常にまれな疾患であるが,その概念は紀元前のヒポクラテスの時代まで遡るといわれる1).“Sympatheticophthalmia”という用語は1840年にMackenzieが提唱し,症例を提示して詳細に病態の記載している2,3).なお,罹患した歴史上の人物のなかでは,5歳頃に交感性眼炎のために失明し点字を考案したフランスの盲学校教師であるLouisBrailleが有名である4).現在,ぶどう膜炎の分類や疾患の用語は国際的に統一され,2019年にはわが国におけるぶどう膜炎診療ガイドラインが発表され5),また2021年には国際的なぶどう膜炎の研究グループStandardizationofUveitisNomenclature(SUN)WorkingGroupによる交感性眼炎の国際分類基準が定義された6).本稿では,時代とともに変化してきた硝子体手術後の交感性眼炎のリスクおよび眼球摘出術後・眼球内容除去術後の交感性眼炎のリスクについて記載する.I交感性眼炎とは1.定義交感性眼炎は「片眼の穿孔性眼外傷または内眼手術後に生じた両眼性のぶどう膜炎」とSUNWorkingGroupによる国際分類基準で定義されている5,6).フォークト・小柳・原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)と同様に,メラノサイトに対する自己免疫疾患であり,穿孔性眼外傷または内眼手術の既往の有無より鑑別する.なお,外傷や手術の既往のある眼を起交感眼(excit-ingeye),既往のない対眼を被交感眼(sympathizingeye)という7).起交感眼は,角膜瘢痕,眼球癆や眼球摘出術後であることも多く,炎症の確認ができないことも多いのが現状である.2.疫学近年,発症率は年間10万人あたり0.03人と推計されているまれな疾患であり8),外傷後は0.02~0.05%,手術後は0.01%と予測され6),過去の報告と比べるとその発症頻度は減少している9).また,複数回に及ぶ手術や硝子体手術のリスクが高いといわれるが10~12),線維柱帯切除術後13),白内障術後14),翼状片術後の強膜軟化症15),黄斑変性に対する複数回の硝子体注射後16)などに加え,眼内腫瘍に対する治療目的の放射線照射後に発症した例も報告されている17).歴史的には外傷リスクの高い小児や男性に多いとされるが,近年はあらゆる年齢で発症し,あまり性差はないともいわれている1,18).発症の契機から対眼が発症するまでの期間は5日~66年と報告の幅は広いが1,19),70~80%は3カ月以内,90%は1年以内に発症するとされる11,20).なお,外傷後から交感性眼炎の発症までの期間は平均6.5カ月と報告され,手術後の14.3カ月と比較して短期間であること,また視力予後が外傷後のほうが手術後と比較をして2.39倍悪いと報告されている8).発*ChikaShigeyasyu&AnnabelleAyameOkada:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕重安千花:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(35)1167症に際し人種差はないとされるが21),主要組織適合抗原であるCHLA-DRB1*04,CDQA1*03,CDQB1*04との関連が報告される22,23).日本人の交感性眼炎患者C16例を調べた調査ではCHLA-DR4がC93.4%(DRB1*0405:81.3%,DRB1*0410:6.3%)にみられた22).HLA-DRB1*0405の頻度は健康な日本人ではC26.7%とされており24),HLA-DR4の保有者は日本人をはじめとしたモンゴロイドに多い.また,地中海のサルデーニャ島には中央アジアを由来とする保有者が多いとされ,歴史的にはクリミア戦争と交感性眼炎の関連なども散見される3).なお,日本人ではCVKHと同様に少なくともCHLA-DR4,DR53の遺伝子素因が存在する24).C3.病態初期はCCD4陽性ヘルパーCT細胞の活性からはじまり25),CD8陽性キラーCT細胞の活性に続く26).組織学的には炎症性の単球(T,Bリンパ球,マクロファージ)の浸潤がみられ,一部の患者では多核巨細胞の肉芽腫形成をみる.また,網膜色素上皮とCBruch膜との間にリンパ球,類上皮細胞の集簇によるCDalen-Fuchs結節が25~35%にみられることもある21,27,28).VKHと比較して,脈絡膜および網膜に炎症所見があまりみられないことが多いとされ29,30),解剖学的に観察した病期(急性期か慢性期)が異なることを反映している可能性がある.C4.臨床所見5)Ca.発症早期自覚症状としては霧視,羞明から始まり毛様充血,視力低下などがみられ,眼外症状はみられないこともあるが,VKHと同様に頭痛,難聴,耳鳴りを示すこともある.他覚所見としては,両眼性の急性肉芽腫性ぶどう膜炎を呈する.眼底は滲出性網膜.離,網膜浮腫,視神経乳頭の発赤・腫脹,硝子体炎がみられる.また,脈絡膜.離や多発性脈絡膜炎(散在性白斑)などがみられる.筆者らの経験では,初期のCVKH典型例にみられる漿液性網膜.離と比較して,初期の交感性眼炎では脈絡膜炎を示唆する多発性脈絡膜白斑の眼底所見が多い.フルオレセイン蛍光眼底造影検査で,初期に点状の多発性蛍光漏出,後期に網膜下の蛍光色素の貯留,視神経乳頭の過蛍光がみられる.超音波CBモード検査では脈絡膜の肥厚がみられ,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では網膜下液の貯留,網膜色素上皮.離などがみられる.全身検査では,髄液検査で細胞増多,聴力検査では感音性難聴が検出されることがある.Cb.寛解期・晩期他覚所見として,夕焼け状眼底,視神経乳頭周囲の萎縮,多発性網脈絡膜萎縮斑,黄斑部の色素沈着や網膜色素上皮の集簇・遊走などがみられる.脈絡膜新生血管,網膜下索状物の形成を合併した場合は,視力の予後不良の原因となる.また,全身的に皮膚の白斑,頭髪の白髪,脱毛などがみられることがある.C5.診断基準5)現時点では明確なものはないが,以下の所見から判断する.①穿孔性眼外傷,内眼手術の既往②交感性眼炎を示唆する眼所見③頭痛,難聴,耳鳴りなどの眼外症状④髄液細胞増多⑤CHLA-DR4,HLA-DR53の有無⑥他のぶどう膜炎疾患を示唆する所見がないことCII硝子体手術の術後交感性眼炎のリスク1.エビデンスに基づいたショートレビュー歴史的な背景により穿孔性眼外傷が減少したため,交感性眼炎を発症する総数は減少し,また手術技術の向上は外傷後や硝子体手術後に交感性眼炎を発症する患者の減少に寄与している31).そのため,相対的に硝子体手術後に交感性眼炎を発症する割合が増えている32).20ゲージ(G)硝子体手術による強膜・結膜を縫合する手技とC23G,25G無縫合硝子体手術では,無縫合のほうが術後の眼内液の漏出により交感性眼炎の発症リスクが上昇するという報告もあれば33),差はないとする報告もあり34),現段階では一定の結論は出ていない.しかしながら,27Gの硝子体手術に伴う交感性眼炎の報告は現段階で筆者らが検索した限りC2021年のCTakaiらによる症例報告のみであり35),近年の硝子体手術は,より小切開1168あたらしい眼科Vol.38,No.10,2021(36)で低侵襲の手技になったため交感性眼炎のリスクは少ないものの,発症する可能性は残されていることには注意が必要である.C2.処置の目的,予測するメリット強膜穿孔創からの抗原の漏出が交感性眼炎の発症に関与する可能性があると考えられており36),ぶどう膜組織が結膜リンパ組織を介して所属リンパ節に達し,細胞性免疫を誘導すると考えられている37).硝子体手術後の強膜穿刺部からの眼内液の漏出による低眼圧や,結膜に術後色素沈着がみられる場合は,交感性眼炎のリスクとなりうる38).また,複数回に及ぶ手術既往のある眼やシリコーンオイル注入眼,眼球癆に至った眼が,起交感眼として多い39).術後は自覚症状や他覚所見が取りづらく,交感性眼炎のリスクをふまえ,術眼だけでなく,僚眼も経過観察を行う.C3.タイミング,術周期の治療(局所,全身)5)前眼部の炎症に対しては局所のステロイド点眼を行い,交感性眼炎の診断が確定次第,原田病に準じて早期にステロイドの全身投与を行う40).ステロイドの治療は長期に継続する必要があり,投与前には糖尿病,高血圧,脂質異常症,肝腎機能障害,精神疾患の有無について確認する.また,感染症(結核,ヘルペスウイルス,肝炎ウイルスなど)について確認し,ステロイドの副作用(胃腸障害,耐糖能異常,骨粗鬆症,易感染症,精神症状など)につき十分に説明する.定期的に血液検査に加え,必要に応じて消化管検査や骨密度の測定を行う.Ca.初発例局所療法:前眼部の炎症を伴うときはC0.1%リンデロン点眼をC4~6回,虹彩後癒着予防のためミドリンCP点眼を1~4回用いる.全身療法:ステロイドパルス療法あるいはステロイドの大量療法が基本となり,眼所見を確認しながら徐々に減量する.処方例としてはメチルプレドニゾロンC200~1,000CmgをC3日間点滴静注後,プレドニゾロンC40Cmgの内服に切り替えて漸減するが,病態によりこの限りではない.ステロイドの内服はC6~9カ月程度継続することが望ましい7).Cb.遷延例眼底型の再燃の際はステロイドを増量し,より長い期間の免疫抑制が必要となり,ステロイド減量(steroid-sparing)のために免疫抑制薬の併用を検討する.眼底型の再燃時には,トリアムシノロンのCTenon.下注射(単独あるいは追加)の選択も行う.白内障の程度,ステロイドによる眼圧上昇の既往の有無,腎機能・肝機能などの全身状態を考慮したうえで治療方針を総合的に判断する.遷延化を防ぐには,ステロイドの治療開始の時期,初期投与量,漸減・再発時の管理が重要である41).遷延した患者や副作用のためにステロイドの継続投与が困難な患者には,免疫抑制薬のシクロスポリン(2~4Cmg/kg:トラフ値がC100Cng/ml程度になるように調整)やアザチオプリンの有効性が報告されている32).免疫抑制薬の使用時も肝腎機能障害,高血圧,中枢神経障害などの副作用については説明ならびにモニタリングが必要である.また,海外では交感性眼炎の治療として生物学的製剤であるアダリムマブ(ヒュミラ)の有効性も報告されている42,43).使用中は重篤な感染症をはじめとした有害事象に対して留意が必要な薬剤であり,「非感染性ぶどう膜炎に対するCTNF阻害薬使用指針および安全対策マニュアル」に準拠する必要がある44).わが国では交感性眼炎に対してはまだ使用頻度は少ないものの,今後の報告が待たれる薬剤である.C4.具体的な方法,注意点,コツ強膜内陥術後の交感性眼炎も報告されるものの45),強膜内陥術と比較して硝子体手術による交感性眼炎のリスクは約C2倍といわれる36).交感性眼炎の発症予防という観点からは低侵襲の手術が推奨され,また術後は僚眼の眼所見についても注意する.また,VKHの既往がある場合は,交感性眼炎ではないものの術後の再燃リスクをふまえて十分観察を行う.(37)あたらしい眼科Vol.38,No.10,2021C1169図1前眼部所見(低倍率)毛様充血がみられる.図3眼底所見図2前眼部所見(高倍率)硝子体混濁により視認性は不良で,視神経乳頭は発赤して角膜後面沈着および虹彩炎がみられる.いる.図4フルオレセイン蛍光眼底造影検査の所見造影早期(Ca)に視神経乳頭部および下方の周辺網膜より蛍光色素の漏出がみられ,後期(Cb)には網膜下に漏出液の貯留がみられた.図5光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見網膜下液の貯留がみられ,網膜色素上皮ラインは波打ち,脈絡膜の肥厚がみられた.1),角膜後面沈着物および虹彩炎がみられた(図2).眼底検査では,硝子体混濁により視認性はやや不良で,視神経乳頭は発赤していた(図3).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,造影早期に視神経乳頭部および下方の周辺網膜より蛍光色素の漏出がみられ(図4a),後期には網膜下に漏出液の貯留がみられた(図4b).OCTでは網膜下液の貯留がみられ,網膜色素上皮ラインは波打ち,脈絡膜の肥厚がみられた(図5).本症例では頭痛,難聴の自覚はなかったが,入院後の髄液検査で細胞増多を確認し,交感性眼炎と診断した.また,入院時の採血によりCHLA-DRB1*04,DRB1*15が陽性であることが経過中に確認された.加療に際して全身状態を確認後,速やかにステロイドパルス療法(ソルメドロールC1Cg/日をC3日間点滴)を施行し,その後プレドニソロン内服C50Cmg/日に切り替えた.内服に変更後C1週間の時点で,OCTで網膜下液の消失を確認した.外来でステロイド内服を徐々に漸減し,ステロイド加療開始後C2カ月の時点でシクロスポリン内服(100Cmg/日)とプレドニゾロンC35Cmg/日を併用して,漸減中である.現在は炎症の再燃はなく,全身への副作用も生じていない.おわりに交感性眼炎は手術技術の向上に伴い,発症率は減少している.しかしながら,低侵襲の手技であっても交感性眼炎を発症する可能性は残されていることには留意し,患者の理解を得たうえで術眼のみでなく僚眼も含めた経過観察を行うことが重要であると考える.文献1)AlbertCDM,CDiaz-RohenaR:AChistoricalCreviewCofCsym-patheticCophthalmiaCandCitsCepidemiology.CSurvCOphthal-molC34:1-14,C19892)MackenzieW:Apracticaltreatiseonthediseasesoftheeye.p523-534,Longmans,London,18403)北市伸義,北明大洲,大野重昭:炎症性眼疾患の診療交感性眼炎.臨眼62:650-655,C20084)KadenR:[HistoricnoticesofLouisbrailleandthedevel-opmentCofdot-writing(authorC’stransl)]C.CKlinCMonblCAugenheilkdC170:154-158,C19775)大野重昭,岡田アナベルあやめ,後藤浩ほか:ぶどう膜炎診療ガイドライン.日眼会誌123:635-696,C20196)JabsCDA,CDickCA,CKramerCMCetal:Classi.cationCcriteriaCforCSympatheticCOphthalmia.AmJOphthalmolC2021.doi:10.1016/j.ajo.2021.03.0487)慶野博,岡田アナベルあやめ:眼科手術のリスクマネージメント交感性眼炎と硝子体手術.眼科手術20:523-524,C20078)GalorCA,CDavisCJL,CFlynnCHWCJrCetal:SympatheticCoph-thalmia:incidenceCofCocularCcomplicationsCandCvisionClossCinthesympathizingeye.AmJOphthalmol148:704-710,Ce702,C20099)GotoH,RaoNA:SympatheticophthalmiaandVogt-Koy-anagi-HaradaCsyndrome.CIntCOphthalmolCClinC30:279-285,C199010)MakleyCTACJr,CAzarA:SympatheticCophthalmia.aClong-termfollow-up.ArchOphthalmol96:257-262,C197811)LubinCJR,CAlbertCDM,CWeinsteinM:Sixty-.veCyearsCofCsympatheticCophthalmia.CaCclinicopathologicCreviewCofC105cases(1913-1978)C.COphthalmologyC87:109-121,C198012)井上俊輔,出田秀尚,石川美智子ほか:網膜・硝子体手術後にみられた交感性眼炎の臨床的検討.日眼会誌C92:372-376,C198813)竹田朋代,小嶌祥太,高井七重ほか:線維柱帯切開術後に交感性眼炎を発症したステロイドレスポンダーのC1例.眼科57:1067-1074,C201514)竹宮信子,菅野貴子:稲用和也白内障術後に水痘帯状ヘルペスウイルス虹彩炎を生じ,経過中に交感性眼炎をきたしたC1例.臨床眼科71:1369-1375,C201715)大橋和広,宮平大輝,下地貴子ほか:第C71回日本臨床眼科学会講演集[2]強膜軟化症を契機に発症した交感性眼炎のC1例.臨床眼科72:537-542,C201816)古泉英貴,長谷川泰司,丸子一朗ほか:滲出型加齢黄斑変性に対する多数回の抗血管内皮増殖因子薬治療を契機に発症した交感性眼炎のC1例.日眼会誌124:713-719,C202017)BrourJ,DesjardinsL,LehoangPetal:SympatheticophC-thalmiaCafterCprotonCbeamCirradiationCforCchoroidalCmela-noma.OculImmunolCIn.ammC20:273-276,C201218)CastiblancoCCP,CAdelmanRA:SympatheticCophthalmia.CGraefesArchCClinExpOphthalmolC247:289-302,C200919)ZahariaCMA,CLamarcheCJ,CLaurinM:SympatheticCuveitisC66CyearsCafterCinjury.CCanCJCOphthalmolC19:240-243,C198420)NussenblattR:Sympatheticophthalmia.In:Uveitis:fun-damentalCandCclinicalpractice(NussenblattCR,CWhitcupCSM,CPalestineCAG,eds)C.CpC97-134,Cp311-323,CMosby,CSt.CLouis,199621)ChanCCC,CRobergeCRG,CWhitcupCSMCetal:32CcasesCofCsympatheticCophthalmia.CaCretrospectiveCstudyCatCtheCNationalCEyeCInstitute,CBethesda,CMd.,CfromC1982CtoC1992.CArchOphthalmol113:597-600,C199522)ShindoY,OhnoS,UsuiMetal:ImmunogeneticstudyofsympatheticCophthalmia.CTissueCAntigensC49:111-115,C199723)KilmartinDJ,WilsonD,LiversidgeJetal:Immunogenet-1172あたらしい眼科Vol.38,No.10,2021(40)–