小児の中枢神経系脱髄性疾患(急性散在性脳脊髄炎,多発性硬化症)の眼症状OphthalmicSymptomsofPediatricCentralNervousSystemIn.ammatoryDemyelinatingDisorders(AcuteDisseminatedEncephalomyelitisandMultipleSclerosis)福與なおみ*藤原一男**はじめに視神経炎が初発症状となることが多い急性散在性脳脊髄炎(acutedisseminatedencephalomyelitis:ADEM)と多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)はまれな疾患で,それぞれ日本での罹患率は人口10万人あたり0.8人,10.20人程度といわれている.ADEMはすべての年代に起こりうるが,男女差はなく,思春期前の小児に好発する.一方で,MSは女性に多く(男女比1:3),25歳前後が発症のピークだが,小児では13歳前後に多く5歳未満はまれである.両者とも眼症状という共通した病変をもつが,予後はまったく異なる.しかしながら,初発時にこの両者を鑑別することは困難なため,小児科医は長期的に経過を観察する必要があった(図1).近年の抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(myelinoligodendrocyteglycoprotein:MOG)抗体,抗アクアポリン4(aquaporin4:AQP4)抗体の発見によって提唱された,抗MOG抗体関連疾患(MOG-IgGassociateddisorders:MOGAD)や視神経脊髄炎スペクトラム障害(neuromyelitisopticaspectrumdisorder:NMOSD)の疾患概念は,治療方針をさらに多様化させた.ADEM,MS,MOGAD,NMOSDはいずれも根治できる治療法が存在しない.さらに再発するたびに後遺症が残るMSとNMOSDは,再発予防策を早期に開始する必要がある.そのためには,いずれの疾患にも共通の病巣である眼症状出現時の疾患の鑑別が重要である.そこで本稿では,これらの疾患の概念を小児科医の視点で述べ,小児の視神経炎症状を診療するときの考え方をまとめた.IADEMとは急性に発症し,中枢神経系を侵す散在性の脳脊髄炎である.発症機序の詳細は不明であるが,神経線維を覆っている髄鞘が破壊される中枢神経系脱髄疾患の範疇に入ると考えられている.事実,多くの場合,白質の静脈周囲,もしくは灰白質の一部に多発性の炎症性脱髄を認める.原因となる物質の一つとしては,ミエリンベーシック蛋白があげられる.ミエリンベーシック蛋白とは中枢神経のミエリンを構成する蛋白の一つであり,動物に実験的アレルギー性脳脊髄炎を引き起こす蛋白として知られている.感染やワクチン接種後に発症することが多いが,誘因が明らかでない特発性もある.原因となる病原体として,インフルエンザウイルス,麻疹ウイルス,風疹ウイルス,水痘・帯状疱疹ウイルス,Epstein-Barr(EB)ウイルス,アデノウイルス,サイトメガロウイルスなどと,マイコプラズマ,カンピロバクター,溶連菌などの病原菌が報告されている.ワクチン接種後のADEMでは,インフルエンザとヒトパピローマウイルスのワクチンの接種後発症が多く,三種混合DPTワクチン,新三種混合(ムンプス・麻疹・風疹)ワクチン,B型肝炎ウイルスワクチン,日本脳炎ワクチンなどでの報告例もある.*NaomiHino-Fukuyo:東北医科薬科大学小児科**KazuoFujiwara:総合南東北病院脳神経内科〔別刷請求先〕福與なおみ:〒983-8536仙台市宮城野区福室1-15-1東北医科薬科大学小児科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(53)1035+脱髄を示唆する頭部MRI所見図1急性散在性脳脊髄炎や多発性硬化症を疑う所見イラストはかわいいフリー素材集いらすとや(irasutoya.com)より.表1急性散在性脳脊髄炎の診断基準(InternationalPediatricMultipleSclerosisStudyGroup,2012)A)単相性CADEMの診断a)炎症性脱髄が原因とされ,初めての多巣性の臨床的な中枢神経系の事象b)発熱により説明のできない脳症(意識の変容や行動変化)c)発症C3カ月以降で新たに出現する臨床的あるいはCMRI所見がないd)典型的な脳CMRI所見Ce)おもに大脳白質を含む,びまん性,境界不明瞭で大きな(>1.2cm)病変f)白質におけるCT1艇信号病変はまれである・大脳白質のCT1低信号病巣はまれである・深部灰白質病巣(視床や基底核など)も存在しうるB)多相性CADEMの診断ADEM発症からC3カ月以上経過した後に,ステロイドの使用の有無にかかわらず,再びCADEM基準をみたすC2回目のエピソードを呈するもの(文献C1より引用)図2典型的な急性散在性脳脊髄炎の頭部MRI(抗MOG抗体陽性,6歳,女児)比較的大きく境界不明瞭でCmasse.ectのないCT2W1高信号が散見される.C-表2多発性硬化症の診断基準2015(厚生労働省)A)再発寛解型CMSの診断下記のa)あるいはb)を満たすこととする.a)中枢神経内の炎症性脱髄に起因すると考えられる臨床的発作がC2回以上あり,かつ客観的臨床的証拠があるC2個以上の病変を有する.ただし,客観的臨床的証拠とは,医師の神経学的診察による確認,過去の視力障害の訴えのある患者における視覚誘発電位(VEP)による確認あるいは過去の神経症状を訴える患者における対応部位でのCMRIによる脱髄所見の確認である.b)中枢神経内の炎症性脱髄に起因すると考えられ,客観的臨床的証拠のある臨床的発作が少なくともC1回あり,さらに中枢神経病変の時間的空間的な多発が臨床症候あるいは以下に定義されるCMRI所見により証明される.MRIによる空間的多発の証明:4つのCMSに典型的な中枢神経領域(脳室周囲,皮質直下,テント下,脊髄)のうち少なくともC2つの領域にCT2病変がC1個以上ある(造影病変である必要はない.脳幹あるいは脊髄症候を呈する患者では,それらの症候の責任病巣は除外する).MRIによる時間的多発の証明:無症候性のガドリニウム造影病変と無症候性の非造影病変が同時に存在する(いつの時点でもよい).あるいは基準となる時点のMRIに比べてその後(いつの時点でもよい)に新たに出現した症候性または無症侯性のCT2病変および/あるいはガドリニウム造影病変がある.発作(再発,増悪)とは,中枢神経の急性炎症性脱髄イベントに典型的な患者の症候(現在の症候あるいはC1回は病歴上の症候でもよい)であり,24時間以上持続し,発熱や感染症がない時期にもみられることが必要である.突発性症候は,24時間以上にわたって繰り返すものでなければならない.独立した再発と認定するには,1カ月以上の間隔があることが必要である.ただし,診断には,他の疾患の除外が重要である.とくに小児の急性散在性脳脊髄炎(ADEM)が疑われる場合には,上記Cb)は適用しない.B)一次性進行型CMSの診断1年間の病状の進行(過去あるいは前向きの観察で判断する)および以下のC3つの基準のうちC2つ以上を満たす.a)とCb)のCMRI所見は造影病変である必要はない.脳幹あるいは脊髄症候を呈する患者では,それらの症候の責任病巣は除外する.a)脳に空間的多発の証拠がある(MSに特徴的な脳室周囲,皮質直下あるいはテント下にC1個以上のCT2病変がある).b)脊髄に空間的多発の証拠がある(脊髄にC2個以上のCT2病変がある).c)髄液の異常所見(等電点電気泳動法によるオリゴクローナルバンドおよび/あるいはCIgGインデックスの上昇)ただし,他の疾患の厳格な鑑別が必要である.C)二次性進行型CMSの診断再発寛解型としてある期間経過した後に,明らかな再発がないにもかかわらず病状が徐々に進行する.多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病C13)─難病情報センターホームページ表3小児期に発症した抗APQ4抗体陽性患者の臨床像のまとめ性発症年齢初発症状初発時CMRI所見抗体検査時診断名最終視力右左歩行障害の後遺症男3歳視力障害─MS(1C0歳)C0.03C0.05(1C5歳)なし女7歳嘔吐,倦怠感,発熱視神経炎NMO(7歳)C0.06C0.01(8歳)なし女7歳視力障害大脳白質NMO(1C7歳)無光覚C0.15(1C8歳)あり男8歳視力障害,右片麻痺,言語障害C─MS(2C4歳)無光覚無光覚(2C9歳)あり女11歳下肢脱力,頭痛,排尿障害脳幹,小脳,脳梁周囲MS(2C5歳)無光覚C0,1(2C5歳)あり男12歳視力障害脊髄炎MS(2C6歳)光覚弁無光覚(2C6歳)なし女13歳視力障害視神経炎NMO(2C3歳)指数弁無光覚(2C5歳)あり女13歳視力障害,四肢麻痺,意識障害C─MS(4C4歳)C1.5手動弁(1C3歳)あり女13歳反復する嘔吐異常なしNMO(1C4歳)C1.2C1.2(1C4歳)なし女13歳視力障害─MS(1C8歳)無光覚無光覚(2C9歳)あり男13歳脊髄炎C─NMO(2C3歳)不明不明(不明)なし女14歳脊髄炎C─MS(2C5歳)C0.07C0.01(2C5歳)なし女14歳視力障害─NMO(3C4歳)指数弁指数弁(4C4歳)あり女14歳左下肢感覚障害脊髄炎,脳幹,大脳白質MS(1C4歳)C0.7C1.5(1C6歳)なし女15歳視力障害─MS(3C5歳)C0.1C1.2(3C5歳)なし女15歳対麻痺,知覚障害,排尿障害脊髄炎MS(1C6歳)C1.0C1.0(1C6歳)なし女15歳視力障害─MS(2C9歳)無光覚無光覚(2C9歳)ありMS:多発性硬化症,NMO:視神経脊髄炎.(文献C2より改変引用)表4小児期に発症した抗MOG抗体陽性患者の臨床像のまとめ性発症年齢初発症状初発時CMRI所見初診時診断名最終診断名再発(症状)歩行障害の後遺症視力障害の後遺症男2歳発熱,嘔吐多発性白質病変髄膜炎ADEM(1C5歳)あり(視神経炎)なしなし女6歳発熱,頭痛多発性白質病変髄膜炎ADEM(2C7歳)あり(頭痛,不全麻痺など)なしなし女6歳視力障害視神経炎視神経炎視神経炎(1C4歳)なしなしなし男8歳視力障害視神経炎視神経炎視神経炎(1C4歳)なしなしなし男8歳視力障害視神経炎視神経炎MS(1C5歳)あり(視神経炎)なしなし男10歳視力障害,頭痛,下痢視神経炎視神経炎視神経炎(2C2歳)なしなしなし男11歳頭痛,食欲低下C─脳炎MS(1C9歳)あり(視神経炎)なしなし女12歳けいれん多発性白質病変CADEMADEM(2C0歳)なしなしなし女14歳けいれん多発性白質病変CADEMMS(2C2歳)あり(視神経炎)なしなしADEM:急性散在性脳脊髄炎,MS:多発性硬化症.(文献C4より改変引用)小児の視神経炎症状図3小児神経炎症状を呈する小児の診断の進め方