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小児の中枢神経系脱髄性疾患(急性散在性脳脊髄炎,多発性硬化症)の眼症状

2021年9月30日 木曜日

小児の中枢神経系脱髄性疾患(急性散在性脳脊髄炎,多発性硬化症)の眼症状OphthalmicSymptomsofPediatricCentralNervousSystemIn.ammatoryDemyelinatingDisorders(AcuteDisseminatedEncephalomyelitisandMultipleSclerosis)福與なおみ*藤原一男**はじめに視神経炎が初発症状となることが多い急性散在性脳脊髄炎(acutedisseminatedencephalomyelitis:ADEM)と多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)はまれな疾患で,それぞれ日本での罹患率は人口10万人あたり0.8人,10.20人程度といわれている.ADEMはすべての年代に起こりうるが,男女差はなく,思春期前の小児に好発する.一方で,MSは女性に多く(男女比1:3),25歳前後が発症のピークだが,小児では13歳前後に多く5歳未満はまれである.両者とも眼症状という共通した病変をもつが,予後はまったく異なる.しかしながら,初発時にこの両者を鑑別することは困難なため,小児科医は長期的に経過を観察する必要があった(図1).近年の抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(myelinoligodendrocyteglycoprotein:MOG)抗体,抗アクアポリン4(aquaporin4:AQP4)抗体の発見によって提唱された,抗MOG抗体関連疾患(MOG-IgGassociateddisorders:MOGAD)や視神経脊髄炎スペクトラム障害(neuromyelitisopticaspectrumdisorder:NMOSD)の疾患概念は,治療方針をさらに多様化させた.ADEM,MS,MOGAD,NMOSDはいずれも根治できる治療法が存在しない.さらに再発するたびに後遺症が残るMSとNMOSDは,再発予防策を早期に開始する必要がある.そのためには,いずれの疾患にも共通の病巣である眼症状出現時の疾患の鑑別が重要である.そこで本稿では,これらの疾患の概念を小児科医の視点で述べ,小児の視神経炎症状を診療するときの考え方をまとめた.IADEMとは急性に発症し,中枢神経系を侵す散在性の脳脊髄炎である.発症機序の詳細は不明であるが,神経線維を覆っている髄鞘が破壊される中枢神経系脱髄疾患の範疇に入ると考えられている.事実,多くの場合,白質の静脈周囲,もしくは灰白質の一部に多発性の炎症性脱髄を認める.原因となる物質の一つとしては,ミエリンベーシック蛋白があげられる.ミエリンベーシック蛋白とは中枢神経のミエリンを構成する蛋白の一つであり,動物に実験的アレルギー性脳脊髄炎を引き起こす蛋白として知られている.感染やワクチン接種後に発症することが多いが,誘因が明らかでない特発性もある.原因となる病原体として,インフルエンザウイルス,麻疹ウイルス,風疹ウイルス,水痘・帯状疱疹ウイルス,Epstein-Barr(EB)ウイルス,アデノウイルス,サイトメガロウイルスなどと,マイコプラズマ,カンピロバクター,溶連菌などの病原菌が報告されている.ワクチン接種後のADEMでは,インフルエンザとヒトパピローマウイルスのワクチンの接種後発症が多く,三種混合DPTワクチン,新三種混合(ムンプス・麻疹・風疹)ワクチン,B型肝炎ウイルスワクチン,日本脳炎ワクチンなどでの報告例もある.*NaomiHino-Fukuyo:東北医科薬科大学小児科**KazuoFujiwara:総合南東北病院脳神経内科〔別刷請求先〕福與なおみ:〒983-8536仙台市宮城野区福室1-15-1東北医科薬科大学小児科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(53)1035+脱髄を示唆する頭部MRI所見図1急性散在性脳脊髄炎や多発性硬化症を疑う所見イラストはかわいいフリー素材集いらすとや(irasutoya.com)より.表1急性散在性脳脊髄炎の診断基準(InternationalPediatricMultipleSclerosisStudyGroup,2012)A)単相性CADEMの診断a)炎症性脱髄が原因とされ,初めての多巣性の臨床的な中枢神経系の事象b)発熱により説明のできない脳症(意識の変容や行動変化)c)発症C3カ月以降で新たに出現する臨床的あるいはCMRI所見がないd)典型的な脳CMRI所見Ce)おもに大脳白質を含む,びまん性,境界不明瞭で大きな(>1.2cm)病変f)白質におけるCT1艇信号病変はまれである・大脳白質のCT1低信号病巣はまれである・深部灰白質病巣(視床や基底核など)も存在しうるB)多相性CADEMの診断ADEM発症からC3カ月以上経過した後に,ステロイドの使用の有無にかかわらず,再びCADEM基準をみたすC2回目のエピソードを呈するもの(文献C1より引用)図2典型的な急性散在性脳脊髄炎の頭部MRI(抗MOG抗体陽性,6歳,女児)比較的大きく境界不明瞭でCmasse.ectのないCT2W1高信号が散見される.C-表2多発性硬化症の診断基準2015(厚生労働省)A)再発寛解型CMSの診断下記のa)あるいはb)を満たすこととする.a)中枢神経内の炎症性脱髄に起因すると考えられる臨床的発作がC2回以上あり,かつ客観的臨床的証拠があるC2個以上の病変を有する.ただし,客観的臨床的証拠とは,医師の神経学的診察による確認,過去の視力障害の訴えのある患者における視覚誘発電位(VEP)による確認あるいは過去の神経症状を訴える患者における対応部位でのCMRIによる脱髄所見の確認である.b)中枢神経内の炎症性脱髄に起因すると考えられ,客観的臨床的証拠のある臨床的発作が少なくともC1回あり,さらに中枢神経病変の時間的空間的な多発が臨床症候あるいは以下に定義されるCMRI所見により証明される.MRIによる空間的多発の証明:4つのCMSに典型的な中枢神経領域(脳室周囲,皮質直下,テント下,脊髄)のうち少なくともC2つの領域にCT2病変がC1個以上ある(造影病変である必要はない.脳幹あるいは脊髄症候を呈する患者では,それらの症候の責任病巣は除外する).MRIによる時間的多発の証明:無症候性のガドリニウム造影病変と無症候性の非造影病変が同時に存在する(いつの時点でもよい).あるいは基準となる時点のMRIに比べてその後(いつの時点でもよい)に新たに出現した症候性または無症侯性のCT2病変および/あるいはガドリニウム造影病変がある.発作(再発,増悪)とは,中枢神経の急性炎症性脱髄イベントに典型的な患者の症候(現在の症候あるいはC1回は病歴上の症候でもよい)であり,24時間以上持続し,発熱や感染症がない時期にもみられることが必要である.突発性症候は,24時間以上にわたって繰り返すものでなければならない.独立した再発と認定するには,1カ月以上の間隔があることが必要である.ただし,診断には,他の疾患の除外が重要である.とくに小児の急性散在性脳脊髄炎(ADEM)が疑われる場合には,上記Cb)は適用しない.B)一次性進行型CMSの診断1年間の病状の進行(過去あるいは前向きの観察で判断する)および以下のC3つの基準のうちC2つ以上を満たす.a)とCb)のCMRI所見は造影病変である必要はない.脳幹あるいは脊髄症候を呈する患者では,それらの症候の責任病巣は除外する.a)脳に空間的多発の証拠がある(MSに特徴的な脳室周囲,皮質直下あるいはテント下にC1個以上のCT2病変がある).b)脊髄に空間的多発の証拠がある(脊髄にC2個以上のCT2病変がある).c)髄液の異常所見(等電点電気泳動法によるオリゴクローナルバンドおよび/あるいはCIgGインデックスの上昇)ただし,他の疾患の厳格な鑑別が必要である.C)二次性進行型CMSの診断再発寛解型としてある期間経過した後に,明らかな再発がないにもかかわらず病状が徐々に進行する.多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病C13)─難病情報センターホームページ表3小児期に発症した抗APQ4抗体陽性患者の臨床像のまとめ性発症年齢初発症状初発時CMRI所見抗体検査時診断名最終視力右左歩行障害の後遺症男3歳視力障害─MS(1C0歳)C0.03C0.05(1C5歳)なし女7歳嘔吐,倦怠感,発熱視神経炎NMO(7歳)C0.06C0.01(8歳)なし女7歳視力障害大脳白質NMO(1C7歳)無光覚C0.15(1C8歳)あり男8歳視力障害,右片麻痺,言語障害C─MS(2C4歳)無光覚無光覚(2C9歳)あり女11歳下肢脱力,頭痛,排尿障害脳幹,小脳,脳梁周囲MS(2C5歳)無光覚C0,1(2C5歳)あり男12歳視力障害脊髄炎MS(2C6歳)光覚弁無光覚(2C6歳)なし女13歳視力障害視神経炎NMO(2C3歳)指数弁無光覚(2C5歳)あり女13歳視力障害,四肢麻痺,意識障害C─MS(4C4歳)C1.5手動弁(1C3歳)あり女13歳反復する嘔吐異常なしNMO(1C4歳)C1.2C1.2(1C4歳)なし女13歳視力障害─MS(1C8歳)無光覚無光覚(2C9歳)あり男13歳脊髄炎C─NMO(2C3歳)不明不明(不明)なし女14歳脊髄炎C─MS(2C5歳)C0.07C0.01(2C5歳)なし女14歳視力障害─NMO(3C4歳)指数弁指数弁(4C4歳)あり女14歳左下肢感覚障害脊髄炎,脳幹,大脳白質MS(1C4歳)C0.7C1.5(1C6歳)なし女15歳視力障害─MS(3C5歳)C0.1C1.2(3C5歳)なし女15歳対麻痺,知覚障害,排尿障害脊髄炎MS(1C6歳)C1.0C1.0(1C6歳)なし女15歳視力障害─MS(2C9歳)無光覚無光覚(2C9歳)ありMS:多発性硬化症,NMO:視神経脊髄炎.(文献C2より改変引用)表4小児期に発症した抗MOG抗体陽性患者の臨床像のまとめ性発症年齢初発症状初発時CMRI所見初診時診断名最終診断名再発(症状)歩行障害の後遺症視力障害の後遺症男2歳発熱,嘔吐多発性白質病変髄膜炎ADEM(1C5歳)あり(視神経炎)なしなし女6歳発熱,頭痛多発性白質病変髄膜炎ADEM(2C7歳)あり(頭痛,不全麻痺など)なしなし女6歳視力障害視神経炎視神経炎視神経炎(1C4歳)なしなしなし男8歳視力障害視神経炎視神経炎視神経炎(1C4歳)なしなしなし男8歳視力障害視神経炎視神経炎MS(1C5歳)あり(視神経炎)なしなし男10歳視力障害,頭痛,下痢視神経炎視神経炎視神経炎(2C2歳)なしなしなし男11歳頭痛,食欲低下C─脳炎MS(1C9歳)あり(視神経炎)なしなし女12歳けいれん多発性白質病変CADEMADEM(2C0歳)なしなしなし女14歳けいれん多発性白質病変CADEMMS(2C2歳)あり(視神経炎)なしなしADEM:急性散在性脳脊髄炎,MS:多発性硬化症.(文献C4より改変引用)小児の視神経炎症状図3小児神経炎症状を呈する小児の診断の進め方

小児の甲状腺眼症

2021年9月30日 木曜日

小児の甲状腺眼症ChildhoodGraves’Orbitopathy神前あい*I小児の甲状腺眼症の頻度甲状腺眼症はバセドウ病など自己免疫性甲状腺疾患に合併する.小児期のバセドウ病はバセドウ病全症例のうち約2.5%といわれている.甲状腺眼症の罹患率は10万人あたり女性16.0人,男性2.9人/年で,小児の甲状腺眼症の罹患率は10万人あたり,5.9歳,10.14歳,15.19歳の年齢層で,女性はそれぞれ3.5,1.8,3.3人/年,男性はそれぞれ0,1.7,0人/年1)であるため,小児の甲状腺眼症はまれな疾患であるといわれている.しかし,小児のバセドウ病患者のうち甲状腺眼症の発症率は37.67%と報告2)されており,バセドウ病患者における眼症の発症率は成人よりも高いといわれている.つまり,小児バセドウ病の頻度が低いために小児の甲状腺眼症の罹患率が低いと推測されるが,まれな疾患とはいえず,一般臨床で遭遇する可能性は大いにあると考えられる.II小児の甲状腺眼症の症状日本人の甲状腺眼症患者10,931例においては,眼球突出は74.2%,眼瞼腫脹は46.9%,外眼筋肥大は40.6%,視神経症は7.3%にみられている3).一方,小児の甲状腺眼症では,眼球突出は14.92%,眼瞼腫脹は23.38%にみられるが,複視は1.17%と頻度は低く,視神経障害はみられないと報告2)されており,小児では甲状腺眼症は軽症であるといわれている.日本人小児の甲状腺眼症11例の報告4)においても,眼球突出は79%,複視は21%に認めたが軽症例が多かったとされている.日本人の小児甲状腺眼症の眼所見,MRI画像,治療につき,自験例を中心に報告する.対象は5年間にオリンピア眼科病院を受診した15歳以下の日本人の甲状腺眼症170例とした.男児31例,平均年齢12.2(7.15)歳,女児139例,平均年齢12.4(4.15)歳の分布を図1に示す.甲状腺機能異常の病態,家族歴,眼症状,MRI所見を後ろ向きに調査し,同時期に受診した成人症例と各所見を比較した.甲状腺機能異常は,甲状腺機能亢進症が167例で,そのうち6歳女児,11歳,15歳男児の3例は眼科受診時は甲状腺機能は正常で甲状腺刺激抗体(thyroidstimulatinganti-body:TSAb)陽性のeuthyroidGraves’diseaseであった.甲状腺疾患の家族歴は81例(47.6%)にみられた.眼症状は164例(96%)で両眼性であった.眼球突出度は13.24mmで平均17.9mmであった.眼球突出度は6.14歳までに平均3mmほど成長とともに増加するといわれており5),年齢ごとに正常値は異なるため,甲状腺眼症例の眼球突出度と正常小児の眼球突出度との比較を図2に示す.眼瞼症状は,上眼瞼後退39.4%,眼瞼遅滞48.2%,眼瞼腫脹62.4%,睫毛内反31.4%にみられた.成人の眼症状(睫毛内反を除く)との比較を図3に示す.MRIは149例で施行し,上眼瞼挙筋の肥大は48例(32.2%)にみられた.複視は5例(2.9%)にみられたが,MRIによる外眼筋の肥大は35例(23.5%)に*AiKozaki:オリンピア眼科病院〔別刷請求先〕神前あい:〒150-0001東京都渋谷区神宮前2-18-12オリンピア眼科病院0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(45)1027(例)605040302010n=1700101112131415(歳)3,0002,5002,0001,5001,0005000~910~1920~2930~3940~4950~5960~6970~年齢(歳)図1甲状腺眼症の年齢分布と男女比5年間に受診した甲状腺眼症13,823例の年齢分布と男女比を示す.15歳以下は170例で全体の1.2%である.2220眼球突出度(mm)1816141210年齢(歳)図2甲状腺眼症例と正常小児の年齢による眼球突出度小児甲状腺眼症例の眼球突出度(平均±2SD)をグラフに示す.甲状腺眼症症例では同年齢の正常小児と比較すると平均3.4mm眼球が突出している.456789101112131415症例(例)上眼瞼後退眼瞼遅滞眼瞼腫脹睫毛内反挙筋肥大(%)1008062.46055.254.248.239.437.14031.4200小児成人小児成人小児成人図3甲状腺眼症の眼瞼症状と上眼瞼挙筋肥大の頻度甲状腺眼症の特徴ある眼瞼所見の頻度を示す.眼瞼遅滞や眼瞼腫脹は成人より頻度が多くみられた.成人のデータはないが,小児ではC30%以上の症例に睫毛内反を認めた.MRIの所見では上眼瞼挙筋の肥大は小児でもC30%以上の症例にみられた.(%)複視外眼筋肥大小児成人小児成人100806017.72.951.5■成人4023.5200(%)100下直筋内直筋上直筋外直筋806043.84027.121.020.820.116.8209.410.60図4複視と外眼筋肥大の頻度複視の症状は小児ではC2.9%と少なかったが,MRI所見では外眼筋肥大はC23.5%にみられた.下直筋肥大の頻度が多い成人と比較して,小児では全体的にバランスよく肥大している印象である.a初診時(11歳)b再診時(16歳)c成長による眼瞼の変化新生児8.0~8.5mm成人8.0~10.0mm18.0mm28.7mm図5眼瞼症状の自然改善例a:眼球突出度は右眼C13Cmm,左眼C15Cmm,左眼の上眼瞼後退,眼瞼遅滞を認めた(○).MRIにて左眼の上眼瞼挙筋の肥大と炎症を認めた().初診時甲状腺機能は軽度亢進し,TSAb215%と陽性であったが,翌月には甲状腺機能は正常化し,内科的には無治療で完治した.b:眼球突出は右眼C15Cmm,左眼C18Cmmと右眼C2Cmm,左眼C3Cmm進行していた.左眼の上眼瞼後退,眼瞼遅滞ともに改善していた.MRIにて上眼瞼挙筋肥大は残存していたが,同部位に炎症はなかった().c:新生児から成人までの眼瞼の成長による変化である.瞼裂高は成長による変化は小さいが横方向の成長が大きい.a初診時(11歳)b10カ月後c18カ月後図6眼球突出進行例a:眼球突出度は右眼C19Cmm,左眼C20Cmm,睫毛内反がみられた.バセドウ病の治療開始からC4カ月たっていたが,CTSAb4764%と高値であった.MRIでは上眼瞼挙筋の肥大がみられる.Cb:上眼瞼後退がやや進行し,睫毛内反による結膜の充血がみられる.眼球突出度は右眼C21Cmm,左眼C22Cmmと両眼ともC2Cmmの進行がみられた.Cc:甲状腺機能はコントロールされ,上眼瞼後退は改善しているが,眼球突出度は右眼C22Cmm,左眼C23Cmmと初診時より3Cmmの進行がみられた.MRIでは筋肥大の進行はないが,脂肪織腫大による突出の進行がみられる.a初診時bTA注射3カ月後cTA注射2回目施行6カ月後d初診4年後図7トリアムシノロンアセトニド(TA)眼瞼注射施行例a:甲状腺機能正常でCTSAb247%と軽度陽性であった.右眼の上眼瞼後退,眼瞼遅滞を認める.MRIにて右眼の上眼瞼挙筋の肥大(),眼瞼脂肪織の腫大がみられる.Cb:右眼にCTA眼瞼注射(10Cmg/0.5Cml)施行C3カ月後,眼瞼腫脹は改善しているが,軽度の上眼瞼後退と眼瞼遅滞が残っている.Cc:眼瞼腫脹も上眼瞼後退も消失し,眼瞼遅滞が軽度残存している.Cd:わずかな眼瞼遅滞が残るのみとなっている.MRIでは上眼瞼挙筋の肥大も改善()している.a初診時(13歳)b2カ月後c10カ月後d初診3年後図8外眼筋肥大の進行例(眼瞼TA注射3回施行)a:バセドウ病の治療のためヨウ化カリウムを処方された同日に眼科初診となった.軽度の眼瞼腫脹,左眼の上眼瞼後退と眼瞼遅滞がみられる.MRIでは左眼の内外直筋と上眼瞼挙筋が軽度に肥大している.抗CTSH受容体抗体(TRAb)はC8.8IU/lであった.Cb:TRAbがC20.7CIU/lと上昇し,ヨウ化カリウムに加えてチアマゾールC15Cmgが追加処方された.上眼瞼後退と眼瞼遅滞の悪化がみられる.MRIでは両眼の内外直筋(),右眼の上眼瞼挙筋(),眼瞼の脂肪織腫大がみられる.複視の症状はみられなかった.初診C2カ月後とC6カ月後に両眼にCTA眼瞼注射(10Cmg/0.5Cml)を施行した.Cc:上眼瞼後退と眼瞼遅滞が右眼で悪化している.再度CTA眼瞼注射を追加した.Cd:上眼瞼後退は改善,眼瞼遅滞は右眼で残存,MRIでは内外直筋の肥大は改善しているが,上眼瞼挙筋の肥大は残存している().TRAbはまだC8.4CIU/lと陽性で,チアマゾールC20Cmg内服中である.C-’’C

小児の重症筋無力症

2021年9月30日 木曜日

小児の重症筋無力症PediatricMyastheniaGravis木村亜紀子*はじめにa重症筋無力症(myastheniagravis:MG)の最大の特徴は疲労現象である(図1a).病態は,神経筋接合部の後シナプス膜上にあるいくつかの標的抗原に対する自己抗体によって,神経筋接合部の刺激伝導が障害される自己免疫疾患と定義される1).小児のMG(15歳以下)も成人同様,眼症状で初発することが多い.そのため,眼科を初診する確率が高い.なかでも,眼筋型MGは眼科で診断をつけなければ,無駄に時間が経過し全身型へ移行してから発見される危険性がある.小児MGでは,高い寛解率(25%)が特徴であり2),眼科で早期に発見し治療を開始することで,全身型への移行を防ぐという役割もある.治療は全面的に小児科に依頼することになるが,治療効果判定や治療法選択においては,眼科も積極的に参加し,小児科との連携のもとで行われることが理想的である.I小児MGの頻度と分類わが国では,乳幼児期発症(5歳未満)例が多く,約半数で抗アセチルコリン受容体(acetylcholinerecep-tor:AChR)抗体は陰性でdoubleseronegativeMGが大部分を占める3).この傾向は中国でも報告されておりアジアの傾向を表していると考えられている4).小児MGはMG全体の約10%を占め,男女比は成人発症例と同様女児に多く,男児1に対し女児が1.5~1.6である.眼筋型は5歳未満では80.6%,5~9歳では61.5%b図13歳4カ月,女児a:2週間前に左眼瞼下垂が出現した(上段).9方向眼位写真を撮影したあと,左眼はほとんど閉瞼してしまった(下段).顕著な疲労現象が認められた.b:左眼瞼下垂を挙上すると左上斜視を認め,複視を自覚した.*AkikoKimura:兵庫医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕木村亜紀子:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学講座0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(39)1021図211カ月,女児10カ月時に外斜視で発症したが,当科初診時,左眼の眼瞼下垂を認め,しばらくすると診察室で両眼の眼瞼下垂になるのが認められた.表1重症筋無力症の診断基準A症状1)眼瞼下垂,2)眼球運動障害,3)顔面筋力低下4)構音障害,5)嚥下障害,6)咀嚼障害7)頸部筋力低下,8)四肢筋力低下,9)呼吸障害B病原性自己抗体1)アセチルコリン受容体(AChR)抗体陽性2)筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体陽性C神経筋接合部障害1)眼瞼の易疲労性試験陽性2)アイスパック試験陽性3)塩酸エドロホニウム(テンシロン)試験陽性4)反復刺激試験陽性5)単線維筋電図でジッターの増大D判定AのC1つ以上があり,かつCBのいずれかが認められるAのC1つ以上があり,かつCCのいずれかがあり,他の疾患が否定できる(文献C3より引用)図31歳6カ月,女児a:顎上げの頭位異常で初診となった.Cb:第一眼位では左外斜視を認めている.抗AChR抗体・補体傷害性アグリンアセチルコリン・受容体を破壊筋膜図4病原性自己抗体の働きLrp4(低密度リポ蛋白質受容体関連蛋白質C4)とCMuSK(筋特異的受容体型チロシンキナーゼ)は筋膜上で複合体を形成している.アグリンは神経終末から分泌され筋細胞膜のCLrP4に結合し,その結果CMuSKを活性化させる.DOK7(dockingprotein7)は筋細胞内面からCMuSKに結合し,MuSKをリン酸化して活性化させる.活性化したCMuSKはいくつかのシグナル伝達によりラプシンを活性化する.ラプシンの活性化によりCAChR(アセチルコリン受容体)は群化し,運動終板にCAChRが高密度に集積する.抗CAChR抗体は補体傷害性をもちCAChRを破壊するが,抗CMuSK抗体には直接破壊するような作用はなく,AChRの群化が抑えられることによって神経と筋の伝達障害をきたす1,3,7).表2MG.ADLスケール0点1点2点3点会話正常間欠的に不明瞭もしくは鼻声常に不明瞭もしくは鼻声,しかし聞いて理解可能聞いて理解するのが困難咀嚼正常固形物で疲労柔らかい食物で疲労経管栄養嚥下正常まれにむせる頻回にむせるため,食事の変更が必要経管栄養呼吸正常体動時の息切れ安静時の息切れ人工呼吸を要する歯磨き・櫛使用の障害なし努力を要するが休息を要しない休息を要するできない椅子からの立ち上がり障害なし軽度,時々腕を使う中等度,常に腕を使う高度,介助を要する複視なしあるが毎日ではない毎日起こるが持続的でない常にある眼瞼下垂なしあるが毎日ではない毎日起こるが持続的でない常にある合計(0~24点)(文献C3より引用)表3MGcompositeスケール検査項目点数点数点数点数上方視時の眼瞼下垂出現までの時間(医師の観察)>4C5秒C011~C45秒C11~C10秒C2常時C3側方視時の複視出現までの時間(医師の観察)>4C5秒C011~C45秒C11~C10秒C3常時C4閉眼の筋力(医師の観察)正常C0軽度低下(閉眼維持可能)C0中等度低下(閉眼維持困難)C1重度低下(閉眼不能)C2会話,発音(患者の申告)正常C0時に不明瞭または鼻声C2常に不明瞭または鼻声だが理解可能C4不明瞭で理解が困難C6咬む動作(患者の申告)正常C0固い食物で疲労C2柔らかい食物でも疲労C4栄養チューブ使用C6飲み込み動作(患者の申告)正常C0まれにむせるC2頻回のむせのため食事に工夫を要すC5栄養チューブ使用C6MGによる呼吸状態正常C0活動時息切れC2安静時息切れC4呼吸補助装置使用C9頸の前屈/背屈筋力(弱い方を選択,医師の観察)正常C0軽度低下C1中等度低下(おおよそ半減)C3重度低下C4上肢の挙上筋力(医師の観察)正常C0軽度低下C2中等度低下(おおよそ半減)C4重度低下C5下肢の挙上筋力(医師の観察)正常C0軽度低下C2中等度低下(おおよそ半減)C4重度低下C5合計(0~50点)(文献C3より引用)く危険性がある.幼少時であればあるほど,注意が必要である.視覚中枢(binocularrivalry)では,常に右眼からの視覚情報と左眼からの視覚情報は闘争しており,どちらかの眼の情報が優位になると,眼優位性がついてしまう.眼優位性がついてしまうと,治療に抵抗性となる.これらのことを念頭に経過観察を行う.C1.眼瞼下垂治療が開始されるまでの間,治療効果が得られるまでの間は,瞳孔領を覆う眼瞼下垂があれば,最低でもC1日1時間はテーピングによる眼瞼挙上を試みる.一方,CmarginalCre.exdistanceがC1Cmmあれば弱視にはならないといわれており,完全に瞳孔領を覆う症例のみに施行する.テーピングの時間は長いほうがよいが,小児の負担にならないように配慮する.調節麻痺薬を用いた屈折検査は必ず経過観察中に施行し,必要があれば眼鏡装用を行う.C2.斜視まずは調節麻痺下による屈折検査を行い,必要があれば眼鏡装用を開始する.MGでは偽CMLF症候群による外斜視が多く,内斜視のほうが頻度は少ないが,内斜視の場合は早急にCFresnel膜プリズムで眼位の矯正をはかる.外斜視はCphoriaに持ち込めている場合は屈折矯正眼鏡装用のみで経過をみる.治療開始後は斜視の状態をみながら,Fresnel膜プリズムを調整する.Phoriaがなく,Fresnel膜プリズムの装用ができない症例ではアイパッチを用いた健眼遮閉を行い,斜視弱視を予防する.CVIMGに対する治療抗CAChR薬,経口ステロイド,免疫抑制薬に加え,難治例では血漿交換,免疫グロブリン大量療法などが行われる.小児では,血漿交換療法は推奨されていないが,抗CMuSK抗体陽性全身型CMGでステロイド抵抗性の難治例に,血漿交換が有効であったとする報告もある10).おわりに15歳未満発症CMG80例の検討で,眼症状から全身・C1026あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021球麻痺症状が出現するまでの期間に関して,発症後C6カ月未満が約C45%,6カ月~1年以内が約C25%という報告がある11).成人では,眼筋型CMG患者が最重症度に達するまでの期間は,発症後C1年以内がC70%,3年以内がC85%と報告されている12).また,Aguirreらの報告では,45人のCMG患者のうち,84.1%がC1年以内に,97.7%がC2年以内に眼筋型から全身型に移行した9).小児CMGも眼症状で初発することがもっとも多いことを考慮すると,眼科で眼筋型CMGを適切に診断し,眼筋型CMGとして治療が開始され,全身型への移行を阻止できれば,これから先の長い人生にきわめて有益と考えられる.初診医としての眼科医の役割は非常に大きいことを忘れずに,小児の診察に取り組む必要がある.文献1)本村政勝,成田智子(桝田):重症筋無力症の自己抗体.CBRAINandNERVE65:433-439,C20132)FisherCK,CShahV:PediatricCocularCmyastheniaCGravis.CCurrTreatOptionsCNeurol21:46,C20193)「重症筋無力症診療ガイドライン」作成委員会(編):重症筋無力症診療ガイドラインC2014,南江堂,20144)MatsukiCK,CJujiCT,CTokunagaCKCetal:HLACantigensCinCJapaneseCpatientsCwithCmyastheniaCgravis.CJCClinCInvestC86:392-399,C19905)MuraiH,YamashitaN,WatanabeMetal:CharacteristicsofCmyastheniaCgravisCaccordingCtoonset-age:JapaneseCnationwidesurvey.JNeurolSciC305:97-102,C20116)野村芳子:小児重症筋無力症.ClinicalCNeuroscienceC26:C986-989,C20087)OhtaCK,CShigemotoCK,CFujinamiCACetal:ClinicalCandCexperimentalCfeaturesCofCMuSKCantibodyCpositiveCMGCinCJapan.CEurJNeurolC14:1029-1034,C20078)SkjeiCKL,CLennonCVA,CKuntzNL:MuscleCspeci.cCkinaseCautoimmunemyastheniagravisinchildren:acaseseries.NeuromusculDisordC23:874-882,C20139)AguirreF,VillaAM:PrognosisofocularmyastheniagraC-visCinCanCArgentinianCpopulation.CEurCNeurolC79:113-117,C201810)浅井完,石井雅宏,下野昌幸ほか:早期の単純血漿交換療法と免疫抑制剤導入が有効であった抗筋特異的チロシンキナーゼ(MuSK)抗体陽性重症筋無力症のC1例.脳と発達C50:288-291,C201811)大澤真木子,福山幸夫:重症筋無力症.小児科臨床C38:C2743-2752,C198512)GrobCD,CBrunnerCN,CNambaCTCetal:LifetimeCcourseCofCmyastheniagravis.MuscleNerveC37:141-149,C2008(44)

小児の後天性麻痺性斜視

2021年9月30日 木曜日

小児の後天性麻痺性斜視AcquiredParalyticStrabismusinChildren牧仁美*野村耕治*はじめに日常診療において小児の後天性麻痺性斜視に出会う頻度は高くはないが,その背景には脳腫瘍などの重篤な疾患が潜んでいる可能性があり,緊急疾患として扱う必要がある.小児の第3,第4,第6脳神経麻痺の発生率は人口ベースの海外の報告にて18歳以下で10万人あたり7.6人である1).診断には自覚症状,他覚的な所見がともに重要だが,成人とは異なり小児の年齢や発達程度により可能な検査は限られる.網膜病変や眼圧であれば睡眠薬の使用,抑制で所見をとることも可能だが,眼球運動や対光反応など神経所見を確認するには児の協力が不可欠である.後天性麻痺性斜視の診察,診断,治療について当院での工夫を含め系統的に述べる.I診察・病態評価をどのように行うか診察室に入ってきたときから,児の頭位や全身を観察する.異常頭位がある場合は眼筋麻痺の可能性がある.診察で得られる情報は患児の年齢・発達程度・機嫌に大きく左右され,診察途中で児の協力が得られなくなる可能性があるため,主訴や両親からの問診,患児の既往歴などから鑑別を考え,必要な所見から診察していく2,3).先天性と後天性の鑑別は緊急性の有無において非常に重要であり,問診により発症時期や突然発症かどうか,複視の自覚,随伴症状を確認する.問診だけでは発症時期がわからないことがあるため,以前の写真やビデオを確認することも有用である4).麻痺性斜視を疑う場合,眼位や眼球運動から確認する.顔に手や器具を近づけると嫌がる児は多いため,細隙灯顕微鏡検査や眼底検査は後で行う.光指標を利用し,まずはむき運動で左右方向,上下方向の眼球運動をみて障害の可能性がある筋を絞り,次にひき運動で麻痺筋を同定する5).光指標を追視してくれない場合はおもちゃなどで興味をひきながら眼球運動を確認するが,年少児の場合は飽きないように声掛けすることや両親に協力してもらうなど工夫が必要である.眼球運動制限の有無を確認するためには,固視目標を設定し頭を急速に回転させると眼がその運動と逆方向を向く人形の目現象も有用である4,5).児の発達程度にもよるが,当院ではHessチャート試験は5歳頃から施行しており,それ以下の年齢の児は診察,9方向の写真がメインである.II後天性麻痺性斜視の基本的な治療方針原因疾患がある場合は,その治療が主要となるが,原因検索も含め,小児科との連携が必要となる場合が多い.成人では後天性麻痺性斜視に対する眼科的な治療は複視,頭位異常による苦痛を緩和することが目的となるが,小児においては年齢に応じ斜視や眼瞼下垂による両眼視機能障害や弱視に対する管理も必要となる.後天性の眼球運動麻痺は自然回復する症例が多いため,観血的治療はすぐには行わず,プリズム眼鏡の装用*HitomiMaki&KojiNomura:兵庫県立こども病院眼科〔別刷請求先〕野村耕治:〒650-0047神戸市中央区港島南町1-6-7兵庫県立こども病院眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(31)1013などで経過観察を行う6).6カ月を経過しても症状の改善傾向がない場合,手術などの積極的な治療を考慮する6)が,麻痺性斜視に対する手術は経験豊富な専門施設で実施することが望ましい.III各論1.動眼神経麻痺動眼神経核は中脳にあり,上直筋,下直筋,内直筋,下斜筋と上眼瞼挙筋,瞳孔括約筋を支配する.麻痺が生じた場合の症状としては複視,外下斜視,眼瞼下垂,瞳孔散大,対光反射および輻湊反射の減弱または消失,調節麻痺があるが,すべての症状がそろわない不全型もある7,8).小児の動眼神経麻痺において,もっとも頻度の高い原因は先天性(39.40%)で,ついで外傷性(31.37%),腫瘍性(12.17%),血管性(2.8%)である.その他の原因としては感染や炎症,片頭痛などもあげられる8.10).腫瘍や血管性など,緊急性のある疾患割合が高いため,画像検査が必須である.治療方法は原疾患の治療が第一であり小児科医との連携が必要となる.病因によって回復率は異なり,成人の報告ではあるが,外傷や動脈瘤などの圧迫がなければ発症後3カ月以内に80.90%が正面視で複視を訴えなくなるという報告7)もあるため,眼科的には初期は保存的治療が基本方針となる.成人の動眼神経麻痺と異なり,小児においては斜視や眼瞼下垂に伴う弱視や両眼視機能の悪化への対処も必要であり,眼瞼下垂により瞳孔領が完全に覆われている場合はテーピングで上眼瞼を挙上し,すでに弱視となっている場合には健眼のアイパッチの併用も考慮する.また,麻痺に伴う複視に対してはプリズムによる中和も選択肢の一つとなる.6カ月を超えても改善傾向がなく複視を訴える場合は手術などの積極的な治療を考慮する.外直筋後転や患眼の上斜筋移動術の追加など麻痺の程度に応じて術式が選択されるが,一般的に難治性である.術後は眼位の整容的改善に留まり,良好な両眼視機能は得られないこともある11,12).2.滑車神経麻痺滑車神経核は中脳に位置し,頭蓋内走行が長く,また脳神経のなかではもっとも細いため外傷により障害されることが多い.滑車神経は上斜筋を支配しており,滑車神経麻痺をきたすと内下転障害,外方回旋を呈する.症状としては上下複視が出現し,複視は下方視で増強する.片眼性の場合,上下複視の症状を緩和するために麻痺側と反対側に頭部を傾斜させ顎を引く代償頭位をとる.麻痺側に頭を傾けると上下偏位が増強する(Biel-schowsky頭部傾斜試験).両側性麻痺の場合は上下偏位が左右で相殺され,自覚症状が軽い場合がある.両眼性麻痺を疑う所見としては,回旋変位が15°以上である場合や,左右の頭位傾斜で上斜視眼が交代すること,下方視で内斜視となるようなV型斜視であることがあげられる13).その場合は9方向眼位の測定,眼底写真で外方回旋を計測する.小児における原因疾患として先天性以外では外傷性(8.36%),腫瘍性(5.15%)が多い14,15).また,頭部外傷後の上斜筋麻痺は両側性の可能性が高いため留意する7).先天性との鑑別が必要であるが,通常,発症時期,複視の有無などから診断可能である.発症時期がはっきりしている,強い複視の自覚がある場合は後天性が疑われる.先天性の場合,融像域が広く,頭部傾斜の代償頭位をとることで複視を自覚しない.また下斜筋過動症を合併することも多い.後天性滑車神経麻痺は自然軽快する場合もあるため,まずは経過観察を行う.複視の訴えがある場合にはプリズム眼鏡装用で対処する.回旋斜視の融像域は広く,上下偏位をプリズムで矯正することによって複視の改善が見込まれる16).発症後6カ月経過しても改善傾向がなく複視が残存する場合は手術を考慮する.後天性では上斜筋腱の異常を伴う先天性上斜筋麻痺と異なり,上斜筋強化術の適応はなく,通常は下斜筋減弱術あるいは健眼の下直筋後転,下直筋鼻側移動で対応する.3.外転神経麻痺外転神経核は橋に存在し外直筋を支配し,障害された場合は外直筋麻痺をきたす.患側の内斜視をきたすた1014あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(32)表1当院における後天性麻痺性斜視の原因と転帰番号性別年齢麻痺神経左右原因転帰①女8動眼神経左眼斜台部脊索腫改善なし眼瞼下垂手術施行②男6動眼神経左眼退形成性上衣腫(術後発症のため機械的因子の可能性あり)改善傾向③女11動眼神経左眼外傷性くも膜下出血改善なし④女4動眼神経左眼特発性プレドニゾロン内服7カ月で改善⑤女9動眼神経右眼特発性4カ月で改善⑥男1動眼神経右眼原因不明改善なし斜視手術⑦女13動眼神経右眼原因不明プレドニゾロン内服3カ月で改善⑧男5外転神経右眼脳幹部神経膠腫死亡⑨女4外転神経左眼外傷3.4カ月で改善⑩男1外転神経両眼特発性4カ月で改善==図1症例1の9方向眼位外斜視と,左眼は外転以外の眼球運動障害を認める.図2症例1のHessチャート試験X+17日に施行.応正常瞳孔:右眼C3mm,左眼C6Cmm眼球運動:右正常/左外転以外はすべて制限あり前眼部,眼底所見に特記すべき所見なし上記より,左動眼神経麻痺ならびに眼瞼下垂に伴う形態覚遮断弱視が疑われたため,テープにて上眼瞼挙上を行い経過観察としたが,初診+8日の再診時もCLV=0.4(0.7p)withPHと視力改善はなかった.複視のためテーピングを行っても左眼をつぶって生活しているとのことであり,弱視改善目的に右アイパッチC1日C2時間を開始した.初診+14日にはCLV=0.7p(1.0)withPHと矯正視力は改善していた.左瞳孔散大は著変なく,外転以外も眼球運動の軽度改善がみられたが,弱視予防目的にアイパッチ+テーピングは継続とした.その後,複視の訴えも強くなく,眼球運動も徐々に改善傾向であり経過観察としている.術直後から動眼神経麻痺による症状を認めていたが,眼科の介入が遅れ眼瞼下垂による弱視をきたしていた症例であり,他科に対し弱視管理の必要性を周知する必要があると感じた一例である.症例2:脳幹部神経膠腫により外転神経麻痺をきたした症例(図3,4)5歳C7カ月,男児.X日より複視が出現後,X+2週間で右眼内斜視,ふらつきと腕の動かしにくさを感じていた.近医眼科受診し頭部CCT施行したところ脳幹部腫瘍認め,神経膠腫の疑いで当院血液腫瘍内科に精査加療目的に紹介となった.精査の結果,脳幹部神経膠腫と診断され,化学療法と放射線治療を施行し,X+4カ月頃に腫瘍に伴う外転神経麻痺による複視治療のために当科初診となった.初診時所見:RV=0.8(n.c.),LV=1.0CL-.x40ΔET’R/L5-6Δ,45overCΔETR/L5-6ΔCR-.x45overΔET’,45overCΔET軽度CfaceturntoR前眼部と眼底所見に特記事項なし.発症後C6カ月以降の斜視手術を予定し,それまでは複視に対して膜プリズムを装用する方針とした.X+5カ月の再診時はCRV=1.0,LV=1.2.眼球運動は著変なかった.両C25CΔbase-outフレネル眼鏡にて正面視の複視消失を認めたが装用が困難なため,遮閉眼鏡に変更し,弱視に注意しながらの経過観察となった.X+8カ月に脳幹部に加え前頭葉に播種病変を認めたため化学療法,放射線治療を再開.X+9カ月での斜視手術を予定していたが,全身状態不良のため手術はキャンセルとなった.以降脳幹部神経膠腫の症状は落ち着いていたがCX+11カ月に右内包と脳梁にも再発病変を認めた.緩和治療へ移行し,X+12カ月に死亡した.最後に,最近きわめてまれな眼窩内線維腫を経験したので提示する.症例3:眼窩内のデスモイド型線維腫症により下斜視をきたした症例(図5,6)1歳,女児.生後C8カ月頃から斜視に気づき前医受診,精査目的にCX日(生後C12カ月)当科紹介受診となった.初診時所見では右眼の上転,外転障害,左上斜視を認めたため,右眼のCdoubleelevatorpalsy,IVpalsyの合併を疑い弱視管理目的に左アイパッチC1.2時間にて経過観察とした.X+1カ月頃より後頭部の疼痛があり,右側後頭部の腫脹のためCX+2カ月に近医受診しCMRI検査で右眼窩内腫瘍性病変を認め精査加療目的に当院血液腫瘍内科へ紹介となった.脳外科にて開頭下生検を施行しデスモイド型線維腫症(右側眼窩内.咀嚼筋間隙)と診断された.眼窩内腫瘍は右眼の外眼筋へ進展しており,眼球運動障害,斜視の原因と考えられた.眼窩内腫瘍の摘出はむずかしくCX+5カ月よりCCOX2阻害薬による内服加療が開始された.CX+6カ月当科再診時CPLCBV=0.024.0.039,RV=0.005,LV=0.010Hirshberg試験角度C0Cmm/L/R2Cmmあたり右眼は内下転で固定されており,眼球運動制限が顕著であった.弱視予防のために左アイパッチの加療を継続した.X+7カ月時のCMRIで眼筋組織は膠原線維が多く肥厚した状態であったが,COX2阻害薬が有効に作用しており,症状固定しているとの評価であった.このため先天性外眼筋線維症の手術経験に基づき右下筋後転術を予定した.術前検査CKrimskyプリズム試験元法(35)あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021C1017図3症例2の9方向眼位内斜視と右外転障害を認める.図4症例2のHessチャート試験右外転障害が著明.図5症例3の眼位右眼は内下方に固定されている.図6症例3のMRI右外眼筋筋腹の軟部腫瘤と一部腫大を認める.-

先天性の斜視・眼球運動異常

2021年9月30日 木曜日

先天性の斜視・眼球運動異常CongenitalStrabismusandEyeMovementDisorders彦谷明子*はじめに先天性斜視の小児は,自らが症状を訴えることはなく,保護者が小児の眼の位置や動きの異常に気づいたり,健診や小児科で指摘されたことをきっかけに眼科受診をすることが多い.いつから,どんなときに,どちらの眼に,どのような症状が起きたか,症状に変動がないか,随伴症状がないか,などの問診を行う.生後から現在までの患児の眼の位置や頭の位置が判別できるような写真や動画を確認することで,いつから斜視が明らかになったのか,斜視角に変化があるのかなどを知ることができる.先天性の共同性斜視では,多くは感覚適応による抑制を生じているため患児本人が複視や見えにくさを訴えることはまれである.複視の訴えは後天性を示唆する.麻痺性の斜視においては,眼位異常の出にくい方向へ代償頭位をとることによって両眼視機能を保っていることもある.I乳児内斜視生後6カ月までに発症した大角度の内斜視である.出生時に発症していなくても,先天性の異常に起因して発症するという考えから,先天性内斜視ともよばれる.斜視角は30Δ以上の大角度である.斜視角が小さい場合には内斜視が自然治癒することがあるが,生後10週までに2回以上,40Δ以上の大角度を示した症例では自然消失はほとんどない.経過観察中に斜視角の増大を示す例もある.交差固視(用語解説参照)で交代固視が可能で,中枢神経系の異常は認められない.随伴症状として,弱視,外転制限,内転過剰,斜筋異常,交代性上斜位,眼振,異常頭位などがあげられる.乳児内斜視の検査は,眼位,眼球運動検査,視反応検査を行う.新生児期にはまだ固視や追視は単眼であるが,2カ月までに両眼での固視が発達し,4カ月までには追視が観察される.つまり,その時期以降であれば視標に注目させる工夫をすれば,眼位検査も可能となる.両眼開放下で角膜反射光によるHirschberg法で簡便に眼位のスクリーニングを行う.さらに正確に斜視の有無をみるには,遮閉試験を行う.定量は固視を持続させられればプリズム遮閉試験がもっとも正確であるが,短時間におよその角度を知りたいときには,Krimskyプリズム試験を行う.Hirschberg法もKrimskyプリズム試験も角膜反射を利用しているので,k角異常の影響を受ける点に注意する.両眼開放下で交代固視しているかを確認し,交代固視不良であれば,固視眼を遮閉して斜視眼で中心固視が可能か,固視が持続できるかをみる.嫌悪反射(用語解説参照)がある場合は,視力の左右差が生じているとみなす.外転制限をみるには,片眼を遮閉してひき運動を確認する.両眼開放下で視標を追視させて外転できれば制限なしと判断できるが,交差固視している場合は,右(左)側の視標は右(左)眼を外転させることなく左(右)眼のみでみている.左(右)眼を遮閉すれば右(左)側に動く視標は右(左)眼を外転させて追視する(図1).それでも外転しない場合は,人形の目現象*AkikoHikoya:浜松医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕彦谷明子:〒431-3192浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学眼科学講座0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(23)1005図1乳児内斜視上段:交差固視しているため,見かけ上両外転制限があるようにみえる.下段:片眼を遮閉しむき運動を確認すると,両側とも外転制限はない.図2乳児外斜視内転制限は伴わない.図3先天性上斜筋麻痺自然頭位は左への斜頸である.左への斜頸時には斜視はなく,第一眼位でも斜視はほとんどない.右への斜頸で右上斜視が明らかになりCBielschowsky頭部傾斜試験で陽性である.図4Duane症候群(I型:右眼)左:右眼の外転制限.中:第一眼位は正位.右:内転時の眼球後退および瞼裂狭小がみられ,upshootを伴っている.図5Mobius症候群両側の外転制限を伴う内斜視で,閉瞼不全と閉口不全もみられる.外転制限は人形の目現象で確認している.図6先天性Brown症候群左眼の内転位での上転制限を認める.図7両上転筋麻痺右眼の外上転も内上転も制限されており,第一眼位は右下斜視を呈している.■用語解説■交差固視:右眼で左方の視界を固視し,左眼で右方の視界を固視する状態.嫌悪反射:片眼を遮閉すると,顔をそむけたり遮閉する手を払いのけたりするなど,遮閉を嫌がる反射.片眼の視力が不良な場合に,固視眼(視力の良好な眼)を遮閉するとみられる.左右差を観察し,差があれば嫌悪反射があり視力の左右差があるとみなす.人形の目現象:頭位変換眼球反射を応用した現象で,被検者の頭部を急速に回転させたときに,眼球が頭位変換と逆方向に回転する現象.この反射があれば外眼筋麻痺はないとみなす.CHeringの法則:ある筋の収縮時に,その共同筋も同様に収縮するように神経命令を受けとること.CBell現象:閉瞼で引き起こされる両眼の上転運動で,通常開散を伴う.核上性上転障害の場合は,自発上転を越えて上転できる.-

視神経の先天異常

2021年9月30日 木曜日

視神経の先天異常CongenitalDisordersoftheOpticNerve林思音*仁科幸子*はじめに視神経の先天異常は,小児の先天性器質的眼疾患のなかでは比較的よく遭遇する.視機能は疾患や黄斑の形成状況に影響されるため,きわめて良好なものから重篤なものまでさまざまであり,個々の患者にあった視機能の管理とロービジョンケアを行う.さらに下垂体低形成やもやもや病といった中枢神経系の異常,CHARGE症候群など,合併しやすい疾患のスクリーニングを行い,生命を脅かすような全身的な異常を早期に発見することが望まれる.本稿では,代表的な視神経の先天異常疾患について概説する.I視神経低形成視神経低形成(opticnervehypoplasia)は先天的に視神経線維数が減少している状態で,検眼鏡的に異常に小さな乳頭を呈する(図1).通常その周囲に正常乳頭と同じ大きさの色素輪(doubleringsign)を認める.網膜血管は存在するが,蛇行を伴いやすい1).乳頭の大きさの基準として乳頭黄斑距離/乳頭径比(discto-maculadis-tance/discdiameter:DM/DD)がある.乳頭径は視神経乳頭の長径+短径の平均であり,乳頭黄斑部間距離(thedistancebetweenthediscandthemacular)は視神経乳頭の中心から黄斑中心までの距離である.DM/DD比は正常では2.1.3.2(平均2.6)であり,3以上を小乳頭と考える2).片眼性,両眼性の場合があり,視力も正常なものから光覚までさまざまである.視神経低形成は網膜神経節細胞の発生異常に起因するものと,中枢の発生異常に伴う逆行性変性によるものがあり,後者は両眼性である.MRI撮影により,視神経のサイズが小さいことが確認できるだけでなく(図2a),後述する中隔視神経異形成症などに関連する中枢神経系異常を認めることがある.そのほかに視神経低形成は,白皮症,無虹彩症,Duane症候群などさまざまな疾患に合併しうる.また,若年妊婦,初産,妊娠中の喫煙およびアルコール,早産とその合併症が危険因子とされる2).1.中隔視神経異形成症視神経低形成症の患児のなかには,指定難病134の中隔視神経異形成(septo-opticdysplasia:SOD)の児が存在する.SODは,透明中隔欠損,視神経低形成,下垂体機能低下症を三徴とする先天異常で,頻度は1万人に1人である.症例を図1,2に示す.SODに合併する視神経低形成は両眼性も片眼性の場合もあり,視力障害の程度は透明中隔の有無で差はない.視神経低形成以外の眼合併症では眼振と斜視がもっとも多くみられる3).SODの臨床症状が軽度の場合,神経徴候や内分泌異常が出現する時期より早く視覚異常(視力障害,斜視,眼振)が出現するため,視神経低形成が最初に発見されることがある.全身症状の明らかでない視神経低形成症例であっても,将来,知的障害や内分泌障害が出現する可能性を考慮して,一度は全身検索*ShionHayashi&SachikoNishina:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕林思音:〒154-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(17)999図1視神経低形成2歳,男児の左眼眼底写真.Doubleringsign()を認める.DM/DD比はC5.4.Cabc図2中隔視神経異形成症(図1の症例)のMRI画像a:T2冠状断.左視神経()は右視神経()に比べ細径である.Cb,c:T1冠状断.透明中隔は前部では確認できるが(Cb,),体部では同程できず(Cc),部分欠損していることがわかる.ab図3乳頭コロボーマ6歳,女児の眼底写真.本症例は,CHARGE症候群を合併しており,CHD7遺伝子変異を認めた.矯正視力は右(1.0),左(0.4).a:右眼.視神経乳頭下方に脈絡膜コロボーマを認める.Cb:左眼.視神経乳頭は脈絡膜コロボーマに覆われ,黄斑()は一部コロボーマに巻き込まれている.図4朝顔症候群図5網膜.離を伴った朝顔症候群6歳,男児.右眼眼底写真.3歳,男児.右眼眼底写真.Cab図6乳頭周囲ぶどう腫a:1歳,女児.左眼眼底写真.視神経乳頭は深い陥凹の底に認められる.Cb:同症例のCBモードエコー画像.眼球から突出したぶどう腫を認め,それと連続する視神経を認める.実際には,後述するCBergmeister乳頭遺残と明確な鑑別はつけにくい.また,朝顔症候群と鑑別がむずかしいことがあるが,乳頭領域に陥凹が存在しない.CVII先天性乳頭上膜.Bergmeister乳頭遺残先天性乳頭上膜/Bergmeister乳頭遺残(congenitalCepipapillaryCmembraneC/persistenceCofCBergmeister’spapilla)は先天性に乳頭上に白色の薄い膜状組織を認める疾患であり,Bergmeister乳頭の遺残と考えられている.Bergmeister乳頭は,胎生C8週頃に神経線維が原始上皮性乳頭を分離することによって発生し,硝子体血管本幹に沿ってグリアの外鞘が形成され,胎生C20週以降に硝子体血管本管とともに退縮する一過性組織である.軽微なCPFVである可能性もあるが,乳頭部CPFVと異なり異常血管がみられない5).ほとんど自覚症状はなく,全身合併症もみられない10).CVIII傾斜乳頭症候群傾斜乳頭症候群(tilteddiscsyndrome)は乳頭が上下方向に傾斜し,多くは乳頭上耳側が硝子体側に,乳頭下鼻側が後方に偏位する先天異常である.両眼性が多く,胎生裂閉鎖不全に起因すると考えられている.下鼻側に網脈絡膜萎縮やコーヌスがみられ,後極のぶどう腫や網膜中心動静脈が乳頭の耳側から鼻側に向かって出てくる乳頭逆位を合併することがある.視力低下は軽度であるが,近視や乱視を合併しやすい.視野は,約C2割に上耳側C1/4盲傾向を示す.この視野異常は屈折矯正により消失する屈折性暗転の要素と,網膜内層の神経節細胞の低形成の両方の要素が関与している15).CIX牽引乳頭牽引乳頭(draggeddisc)は網膜周辺部に増殖病変が存在し,その牽引により発達期の伸展性に富んだ網膜全体に偏位が起こり,乳頭の変形をきたしたものである.網膜血管は直線的に病変に向かって走行し,乳頭の対側の血管も一部これに向かう.耳側に病変があれば黄斑部は耳側に偏位する.眼位は,陽性Cg角を生じ偽外斜視となる.黄斑部の障害の程度により視力が左右される.原因疾患として,PFV,家族性滲出性硝子体網膜症(familC-ialCexudativevitreoretinopathy:FEVR),未熟児網膜症などがあげられる.いずれも網膜.離の併発などを念頭に置いて,周辺部網膜までの定期的検査が必要である.CX乳頭小窩乳頭小窩(opticpits)とは,視神経乳頭のリムに円形または楕円形のピットとよばれる小洞(小窩)が存在する先天異常で,乳頭の耳側に位置するものが多い.多くは片側性である.視神経乳頭の陥凹の中にさらに深い0.1.0.7乳頭径の灰色.緑がかった色調の陥凹としてみられる.通常は一側の乳頭に孤発するがC3個まで認めることがある1).健眼に比べて乳頭は大きく乳頭周囲に色素異常を認める.また,毛様網膜動脈を高頻度に認める.視力は正常であるが,Mariotte盲点拡大や弓状暗点などの視野異常を伴うことがある.眼合併症として,20.40歳頃に後極部に漿液性網膜.離をC25.30%に生じ,ピット黄斑症候群(pit-macu-larsyndrome)という5).くも膜下腔との交通があると考えられ,黄斑部に網膜下液の蓄積を引き起こす.その発症機序には黄斑部の網膜分離症様の分層構造が関与する.すなわち,はじめにピットに連なる黄斑部の網膜内層分離が起こり,ついで外層の黄斑分層円孔が生じて外層網膜が.離し,漿液性.離を呈すると考えられている.下液の由来については,くも膜下腔以外に硝子体液,血管からの漏出など諸説がある.自然消退する例もあるが,長期にわたると黄斑部に変性をきたし視力障害を生じるため,乳頭耳側縁の光凝固や硝子体手術を施行する10).CXI巨大乳頭巨大乳頭(megalopapilla)は正常視神経だが,乳頭径が大きく陥凹乳頭比が大きいことからしばしば視神経陥凹との鑑別が必要となる.鑑別にはCDM/DD比を測定する.巨大乳頭ではCDM/DD比がC2.4以下である.また,巨大乳頭の陥凹は同心円でリムのCnotchはみられない.(21)あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021C1003

小児の視力・視野障害

2021年9月30日 木曜日

小児の視力・視野障害PediatricVisualAcuityandVisualFieldImpairment荒木俊介*三木淳司*はじめに視力や視野の障害をきたす小児の神経眼科疾患に焦点をあてる.これらのなかには,治療の遅れが視機能予後や生命予後に重篤な影響を与えるものがあり,早期発見が重要となる.しかし,乳幼児の場合,視機能の異常を訴えることができないために重篤な視機能障害に至るまで発見が遅れることや,視覚障害が疑われても詳細な検査が困難なために早期診断がむずかしいことも多い.通常,視力や視野の評価は患者の自覚的応答を頼りに行われる.そのため,自覚的応答が困難な乳幼児や発達障害児においては年齢や理解度に応じた検査法を選択し,視機能を評価していく必要がある.なお,乳幼児は視覚の発達期にあるため,成人と同様の基準値を用いて視機能を判定することはできず,年齢や検査法に応じた基準値を把握しておくことも大切である.自覚的検査が可能な年齢まで評価を放棄して,早期治療を要する疾患を見逃してはならない.本稿では,まず小児の視力・視野の検査法と正常発達について簡潔にまとめる.次に,視力・視野障害を契機に発見された検眼鏡所見に乏しい視神経・頭蓋内疾患の症例を呈示し,臨床所見や鑑別のポイントについて述べる.I小児における視力・視野の検査法と正常発達1.視力Landolt環を用いた視力検査は3歳頃から可能となる.3歳未満では,縞視力測定法(0~2歳頃)やドットカード法(2~3歳頃)などが日常臨床で用いられることが多い.これらの検査は患児の集中力や理解力の影響を受けやすいため,検者は患児をよく観察し,検査中の様子や検査手順を記録に残し,スタッフ間で情報を共有することが大切である.なお,小児の視力評価では基準値のみにとらわれず,視力の左右差を評価することも重要である.縞視力測定法では,左右差1オクターブ(空間周波数比が2:1)が正常と異常の境界値とされており,片眼性の器質的眼疾患を鋭敏に検出できる.一方で,縞視力では左右差が検出されず,Landolt環やドットカード法などの検査が可能になってはじめて異常を検出できる症例の存在(とくに機能弱視に多い)に注意が必要である1).視力の正常発達について,検査法による差異はあるものの,おおよその傾向として生後1カ月で0.03,3カ月で0.1,6カ月で0.2,12カ月で0.3~0.4,3歳でほぼ1.0となり,7歳以降で成人レベルに達する2).2.視野Goldmann視野計(Goldmannperimeter:GP)やHumphrey視野計(HumphreyFieldAnalyzer:HFA)といった自覚的応答を要する一般的な視野計での視野測定は,4歳頃から可能となる.視力検査と同様に患児のコンディションが検査結果に及ぼす影響が大きいが,中心暗点や半盲など大まかな視野障害のパターンが同定で*SyunsukeAraki&AtsushiMiki:川崎医科大学眼科学1教室〔別刷請求先〕荒木俊介:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学附属病院感覚器センター眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(9)991a図1症例1の視野とMRI所見a:Goldmann視野計による動的視野で,右眼の中心暗点と左眼の内部イソプターに耳上側欠損がみられる.Cb,c:脂肪抑制併用ガドリニウム造影CT1強調画像で右視神経の著明な造影効果がみられる().図2症例1の黄斑部網膜内層厚解析年齢をC20歳として解析.伴う視神経膠腫と診断され,ただちに化学療法を施行された症例が報告されている9).視神経膠腫は眼症状を契機に発見されることが多く,早期診断のために眼科の果たすべき役割は大きい.なお,OCTによる網膜内層の菲薄化は,NF-1合併の有無にかかわらず,視神経膠腫の存在を疑ううえで有用な指標である10).NF-1の疑い例や診断例に対する眼科検診では視機能評価に加え,OCTを用いた網膜内層厚解析を併用すべきと考えられる.C2.下垂体卒中(pituitaryapoplexy)症例はC13歳,女児.約C6カ月前から頭痛があり,1カ月前に激しい痛みを伴うことがあった.約C2週間前に左眼の視力低下を自覚したため,近医受診.視力は右眼(1.2),左眼(0.3),CFFは右眼C41CHz,左眼C32CHz,GPでは左眼の中心暗点がみられ,左眼視神経炎の疑いで当院紹介受診となった.当院初診時の視力は右眼(1.5),左眼(0.7),CFFは右眼C41CHz,左眼C34CHzで,RAPDはみられなかった.前眼部,中間透光体,眼底に明らかな異常所見はなかった.OCTによる網膜内層厚解析では両眼とも明らかな菲薄化はみられなかった(図3a).MRI検査で下垂体部の血腫を伴った.胞性病変が確認され(図3b),下垂体卒中と診断された.MRI後に施行された視野検査を図4に示す.GPでは両眼ともにCI/1eイソプターで垂直経線に沿った耳側半盲がみられた.また,HFAでも有意なCverticaltemporalstep11)を認めた.その後,脳神経外科で経過観察となり,1.5年後とC3年後に手術療法が施行された.下垂体卒中は,下垂体腺腫内に出血または梗塞が生じることで,腫瘍が急激に増大し,突然の激しい頭痛や吐き気,視力・視野障害,外眼筋麻痺,ホルモン分泌障害などを呈する疾患で,ときに致死的になる場合もあるため緊急性の高い疾患として扱われる.小児例の報告はまれである12).ほとんどの症例が激しい頭痛を初発症状とするが,本症例のように視機能障害による眼科受診を契機として発見に至る場合もある.したがって,検眼鏡所見に異常を認めない視力・視野障害に遭遇した場合は,頭痛や嘔吐などの症状について聴取しておくこと,視機能障害の訴えが片眼のみであっても両眼の機能的および形態的な評価を行うことが下垂体卒中を含めた視交叉病変を疑ううえで重要である.OCTでは発症初期には異常が検出されず,視野障害に遅れて徐々に鼻側領域の黄斑部網膜内層の菲薄化がみられる(図3a).視交叉病変の視野検査について,GPでは面積の小さな視標で内部イソプターを細かく測定(垂直経線を挟んだ視感度の差を検出)すること13),HFAではグレースケールにとらわれず実測値からCverticalstepの有無を判定することが重要である14).Fujimotoら11)は耳側半盲を早期検出するうえで,正中線に沿って耳側にC2CdB以上の感度低下が連続C4対,もしくはC3CdB以上の感度低下が連続C3対あれば,有意なCverticalCtemporalCstepであると定義しており,臨床的意義の高い所見である.C3.副腎白質ジストロフィ(adrenoleukodystrophy:ALD)症例はC10歳,男児15).3歳児健康診査で発達の遅れを指摘され,支援学級に通っていた.1年前に書字障害や自転車でよく転ぶなどの症状がみられたため,心療科を受診し,注意欠陥多動性障害と診断された.その後,歩行障害や視覚障害が出現したため近医眼科を受診し,精査目的で当院紹介受診となった.当院初診時の視力は右眼(0.08),左眼(0.04),眼位は両眼ともに外転しており,追視が困難な状態であった.大脳性視覚障害を疑われ,当院小児科でCMRI(図5)を含めた精査の結果,小児大脳型CALDと診断された.その後,造血幹細胞移植が行われたが,13歳で死亡した.ALDは中枢神経系の脱髄と副腎皮質機能不全を特徴とするCX連鎖性遺伝性疾患であり,発症年齢と症状によりいくつかの病型に分類される.本症例でみられた小児大脳型CALDは,3~10歳で発症し,性格・行動変化,視力・聴力低下,知能の障害,歩行障害などの症状を呈する16).発症後の進行が速く,無治療ではC1~2年で臥床状態に至ることが多い.治療法として造血幹細胞移植があげられるが,発症後早期の移植を要するため,早期発見が重要な疾患である.注意欠陥多動性障害や自閉症スペクトラム障害を疑わせる高次機能障害(注意力低下,多動,コミュニケーション障害,学習困難,易怒性など)を初発症状とした小児大脳型CALDにおいて,大994あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(12)ab図3症例2の黄斑部網膜内層厚解析とMRI所見a:OCTによる黄斑部網膜内層厚解析で,初診時には明らかな菲薄化がみられないが,8カ月後には両眼の鼻側半網膜の菲薄化が進行している(年齢をC18歳として解析).b:ガドリニウム造影CT1強調画像.一部造影効果を認め,.胞性病変内部への出血と判断された.a左b図4症例2の視野a:Goldmann視野計では,内部イソプターに垂直経線に沿った両耳側半盲が検出された.Cb:Humphrey視野計(中心C30°)では,グレースケールには半盲を示唆する所見はみられないが,実測値に注目すると両眼ともにCverticaltemporalstepの定義を満たしている().図5症例3のMRI所見T2強調画像で左右対称性の高信号域(Ca:視放線領域,b:後頭葉)がみられる().–

小児の瞳孔異常

2021年9月30日 木曜日

小児の瞳孔異常PediatricPupillaryDisorders中馬秀樹*はじめに小児の瞳孔異常はまれであるが,注意すべき点がいくつかある.CI中脳背側症候群中脳背側症候群での瞳孔異常の特徴は,対光反射が不十分である(図1a)が近見反射が保たれる(図1b)対光近見解離である1).他に上方注視麻痺,輻湊後退眼振がみられる.図2に示す2)ように,対光反射の経路は中脳の背側を通る.松果体腫瘍などによって中脳背側が障害されると対光反射が十分に行われない.一方,近見反射の神経線維は,大脳脚を通って前方から,動眼神経副交感神経副核であるCEdinger-Westphal核へ入る.したがって,中脳背側の病変では前方の輻湊線維が障害されないために,近見反射は保存される.小児でみられる中脳背側症候群は,原因が腫瘍であることが多い3)ため,見逃してはならず,早急な画像診断を要する.CII瞳孔緊張症瞳孔緊張症の特徴は,典型的に対光反射が不十分である(図3a)が近見反射が保たれる(図3b)対光近見解離と,分節状の瞳孔括約筋収縮(図4),0.1%ピロカルピン点眼試験での過敏反応(図5)である4).瞳孔緊張症は瞳孔のみの障害で,眼瞼下垂や眼球運動障害を合併しない.中脳背側症候群のものを中枢性対光近見解離,瞳孔緊張症のものを末梢性対光近見解離とよぶこともある.ab図1中脳背側症候群の瞳孔異常a:対光反射が不十分である.b:近見反射は保たれる.瞳孔緊張症は,対光反射の経路の中の毛様神経節以降の障害といわれている.解剖学的に毛様神経節から瞳孔括約筋を支配している線維が約C5%,調節に関与する毛様体筋を支配している線維が約C95%とされている.そのため,毛様神経節が不十分に障害されれば,瞳孔括約筋にいく線維が有意に分節状に障害される(図6a).し*HidekiChuman:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕中馬秀樹:〒889-1692宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(5)C987図2対光反射と近見反射の経路中脳の背側を通る.C×の部位の中脳背側が障害されると,対光反射が十分に行われない.近見反射の神経線維は大脳脚を通って前方から動眼神経副交感神経副核であるCEdinger-Westphal核へ入る().Cab図3瞳孔緊張症の対光近見解離a:左眼の対光反射が不十分である.b:近見反射は保たれている.図4瞳孔緊張症の分節状の瞳孔括約筋収縮図5瞳孔緊張症の0.1%ピロカルピン点眼試験図C3と同一症例.点眼後,散大していた瞳孔のほうが縮瞳している.ab図8Horner症候群a:障害側の瞳孔が縮瞳し,眼瞼下垂をきたす.Cb:低濃度フェニレフリン点眼試験で散瞳する.図7先天動眼神経麻痺の瞳孔の周期性けいれんのシェーマ散瞳した瞳孔が,1分半.2分ごとに縮瞳し,また元に戻る.このサイクルを繰り返す.C-’C’C’C

序説:小児の神経眼科診察のポイント

2021年9月30日 木曜日

小児の神経眼科診察のポイントPointsofNeuro-OphthalmologyExaminationinChildren佐藤美保*眼科医にとって神経眼科疾患は,「見え方の異常」を全身疾患や中枢疾患につなげていく重要な分野である.しかし,相対的な患者数の少なさから苦手意識をもっている眼科医も少なくない.さらにそこに「小児」がつくことで,苦手意識に拍車がかかる.それは「子どもは小さな大人ではない」といわれるように小児の視機能は発達途中であるとともに,眼球の構造も小児の特性があることから,大人の診療知識をそのまま当てはめられるものではないからであろう.しかし,「眼は脳の出先機関」ともいわれるように,眼は感覚器であるとともに神経組織でもあることから,神経眼科を知らずに眼科診療はできない.小児神経眼科疾患のむずかしさは,①自覚的評価が困難あるいは信頼性が低い,②MRIなど鎮静を要する検査が多く精密検査へのハードルが高い,③急性に進行する疾患が多く重要なサインを見逃すことができない,という点にある.しかし,小児神経眼科診療は,まれで重篤な疾患を診ることだけでなく,小児によくある弱視や共同性斜視を適切に診断・治療することに始まり,視神経乳頭の異常や,進行性や後天性の眼球運動障害を見つけて,適切な時期に適切な診療科医につないだうえで,視機能の評価や視機能の改善に努めるという小児眼科診療全体をさす.小児の神経眼科を理解することでその子どもの視力の予後を推測し,見え方だけでなく,発達も含めて生活や学業で困っていることや困りそうなことに対応し,将来の進路などにまでかかわっていくことができる.ともすればとっつきにくいと思われがちな小児の神経眼科への理解を深めていただくためにこの特集を組んでいる.さて,小児の眼科診察にあたって最初に行うべきことは,①問診の聴取,②顔貌の特徴をはじめ四肢を含めた全身の形成異常のチェック,③発達の評価である.これらは実際の患児の体に触れることなく行うことのできるものであり,泣かせずに情報を収集することになる.問診は問診表の記載で聴取することが多いが,小児には成人と別の問診表を用意するのが望ましい.問診の中には,口頭では聞きづらい家庭環境,あるいは発達の問題などを記述してもらうことができる.異常を誰がいつ指摘したか,保護者はどのように感じているのか,今回の受診に何を期待しているのか,何を不安に思っているのか,あるいは前医への不満などをあらかじめ聴取しておくことは短期間に信頼関係を獲得するのに役立つ.診断のためには「視線が合わない」「眼が揺れる」「瞳の色や形が違う」「瞼があがらない」といった保護者の観察による主訴が大変重要である.家族歴としては,同胞や両親のどちらか,あるいは血族に同*MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(1)983じような異常やその治療歴があることも少なくない.周産期の異常,外傷や手術歴なども重要な情報で保護者はそれらが眼の異常と関係しているとは感じていないことが多く,こちらから尋ねない限り伝えない.つぎに全身の状態を確認する.保護者が気づいていないような顔貌の特徴(鞍鼻や眼角乖離など),あるいは保護者は関連しないと思っているような身長,体重,手足,耳,毛髪,皮膚の色素などが眼疾患と関連することもある.発達については,定頸や座位,自立歩行の時期が参考になるが,発語の遅れや発達障害のように1歳を過ぎないとわからないものもある.その年齢に応じた発達を知っておき,定期健診の結果や母子手帳の記載を参考にする.だっこで診察室に入ってきた場合には,歩けるのかどうか,また本人確認と称して自分の名前や年齢をいわせてみることで発達をチェックする.乳児の視力検査は,あやしたときにこちらの顔を見るかどうか,おもちゃに関心を示すかどうか,おもちゃに手をだすか,手に持ったおもちゃを極端に眼に近づけて見ないかどうか,などといった行動から視機能とともに社会性,精神発達状態を観察する.つぎに固視,追視の可否を診る.この際,同時に眼位異常や,眼球運動制限の有無を診る.続いて片方ずつ眼を隠すことで嫌悪反射を確認し,左右差がないかどうかをチェックする.視力検査としてはTellerAcuityCardsのような縞視力検査装置があればなおよいが,そのようなものがなくても上記のようにすれば視力の評価は可能である.瞳孔反応を見ることは神経眼科診療の基本であり,小児においてはとくに視機能を評価する方法として重要である.成人のように光を瞳孔にあてて観察することは困難なため,レチノスコープを用いたredre.ex法やオートレフ,スポットビジョンスクリーナーのようなフォトレフラクション法を使って瞳孔の形や対光反射を診るのがよい.ともすれば眼科診察は暗室で始めてしまうが,明室と暗室をうまく使い分けて,泣き出す前に必要な情報を収集してから眼の診察へ進む.眼球運動検査では成人のようにこちらの指示に従ってくれるとは限らないため,検査の仕方に工夫が必要である.先天眼球運動障害には乳児内斜視のような共同性斜視と,眼球運動制限を伴うもの,眼振を伴うものがあるが,鑑別が一度の診察でできるとは限らない.診断のために,頭位の観察は重要である.異常頭位には,顎の上げ・下げ,顔の回し,首の傾げがある.しかし,診察室では緊張して異常頭位を示さないこともあるため,日常生活の写真やビデオを持参してもらって確認するとよい.最近はスマートフォンでの動画撮影が普及しているため,それも有効な方法である.また,先天性眼球運動障害の患者が3歳以降で初めて受診することもある.小児の後天性眼球運動障害は外傷や脳腫瘍,ウイルス感染などで発症することが多く,あきらかな外傷や感染の既往のない眼球運動障害では,頭部MRI検査が必要であり,先天性と後天性の区別をつけることはその後の検査のために重要である.後天性内斜視の多くは,調節性内斜視であり,調節麻痺下屈折検査は必須である.遠視を伴わない後天性内斜視には,外転制限を伴わないものもある.最近話題になっているスマートフォンの見過ぎによる内斜視と紹介された患者が脳腫瘍だったことも経験しているので,眼球運動制限のない内斜視を簡単にスマートフォンのせいにするのは危険である.また,眼位が大きく変動する斜視も注意が必要である.眼振を伴う斜視では固視眼や視方向によって眼位が大きく変化する.また,重症筋無力症や甲状腺眼症も経過中や診察のたびに斜視角が変わる.小児の重症筋無力症も発症は眼筋に限られることが多いが,眼筋型から全身型へ移行する例が少なくないことを考えると早期診断には眼科医の役割は重要である.小児の甲984あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(2)

心房細動に対するカテーテルアブレーション後に発症した MLF 症候群の1 例

2021年8月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科38(8):972.976,2021c心房細動に対するカテーテルアブレーション後に発症したMLF症候群の1例三善重徳小笠原聡鳴海新平大高幸二黒坂大次郎岩手医科大学医学部眼科学講座CACaseofMLFSyndromeAfterRadiofrequencyCatheterAblationforAtrialFibrillationShigenoriMiyoshi,SatoshiOgasawara,ShinpeiNarumi,KojiOhtakaandDaijiroKurosakaCDepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicineC緒言:内側縦束(mediallongitudinalfasciculus:MLF)症候群は,一側の外転神経核から対側の動眼神経核をつなぐCMLFの障害で生じ,MLF障害側と同側の眼の内転制限を認める.カテーテルアブレーション(radiofrequencyCcatheterablation:RFCA)後の症候性脳梗塞の発症率は低く,RFCA直後に発症したCMLF症候群についての報告は過去にはない.今回,心房細動(atrial.brillation:AF)に対するCRFCA後に発症したCMLF症候群のC1例を報告する.症例:75歳,女性.AFに対してCRFCAを施行され,治療翌日から両眼性複視を自覚,輻湊可能であったが,右眼内転制限を認めた.頭部CMRI拡散強調画像で右中脳から橋背側にかけて高信号域を認め,急性期脳梗塞に起因したCMLF症候群と診断した.結論:RFCA後のCMLF症候群では急性期脳梗塞を疑う必要があると考えられた.CPurpose:Mediallongitudinalfasciculus(MLF)syndromeisadisorderoftheMLF,thenervebundleconnect-ingCtheCabducensCnucleusConConeCsideCtoCtheCoculomotorCnucleusConCtheCcontralateralCside.COneCrareCbutCpossibleCcauseCofCthisCsyndromeCisCcerebralCinfarction.CSymptomaticCcerebralCinfarctionCafterCradiofrequencyCcatheterCabla-tion(RFCA)israre,andtherehavebeennopreviousreportsofMLFsyndromedevelopingafterRFCA.Herewereport,CtoCtheCbestCofCourCknowledge,CtheC.rstCcaseCofCMLFCsyndromeCafterCRFCACforCatrial.brillation(AF).CCase:StartingCat1-dayCafterCRFCA,CaC75-year-oldCwomanCexperiencedCnewCbinocularCdiplopia,CinabilityCtoCcon-verge,CandCrestrictedCcapacityCforCrightCadduction.CMagneticCresonanceimaging(MRI).ndingsCcon.rmedCacuteCcerebralCinfarctionCfromCtheCrightCmidbrainCtoCtheCbackCofCtheCbridge,CandCtheCpatientCwasCdiagnosedCwithCMLFCsyndromeCcausedCbyCcerebralCinfarction.CConclusion:AcuteCcerebralCinfarctionCshouldCbeCsuspectedCwhenCMLFCsyndromedevelopsafterRFCA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(8):972.976,C2021〕Keywords:MLF症候群,心房細動,RFCA,脳梗塞.MLFsyndrome,atrial.brillation,radiofrequencycatheterablation,cerebralinfarction.Cはじめに内側縦束(medialClongitudinalfasciculus:MLF)症候群は,患側眼の内転障害,反対側眼の外転時に発生する単眼性水平眼振,良好な輻湊を三徴候とする1).若年者では多発性硬化症によるものが多いが,血管系の危険因子をもった高齢者では脳血管病変が原因として最多である2).今回筆者らは,心房細動(atrial.brillation:AF)に対するカテーテルアブレーション(radiofrequencyCcatheterablation:RFCA)後に発症したCMLF症候群のC1例を経験した.AFに対するCRFCA後の症候性脳梗塞の発症率はC0.5%程度と報告され3,4),頻度の少ない合併症である.また,本症例のようにCRFCA直後に発症したCMLF症候群の報告は筆者らが文献を渉猟した限り今までに報告がなく,まれな症例であると考えられたので,若干の知見と合わせて報告す〔別刷請求先〕三善重徳:〒028-3695岩手県紫波郡矢巾町医大通C2-1-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ShigenoriMiyoshi,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,1-1CIdaidori2-chome,Yahaba-cho,Shiwa-gun,Iwate028-3695,JAPANC972(124)る.CI症例患者:75歳,女性.主訴:両眼性複視.既往歴:非弁膜症性心房細動,高血圧,骨粗鬆症,脂質異常症.現病歴:X年,AFに対するCRFCA目的で,当院循環器内科に入院した.術前から抗凝固療法はなされ,術前の経食道心臓超音波検査で心臓内血栓は確認されなかった.RFCAを施行し洞調律に復帰し,神経学的異常は認めなかった.治療翌日,起床時から複視を自覚するようになり,症状が持続するため,RFCA後C2日目に当科紹介となった.初診時眼所見:矯正視力は両眼ともに(1.0)であった.瞳孔正円同大で,対光反射両側迅速,眼瞼下垂も認めなかった.右眼内転制限と左方視時の左眼水平性眼振がみられたが,輻湊は可能であった.また,全方向で両眼性複視を自覚し,左方視で増悪した(図1,2).前眼部,中間透光体,眼底に異常は認めなかった.神経学的所見(当院神経内科の所見):意識清明.失行なし.失認なし.失語なし.顔面感覚異常なし.顔面神経麻痺なし.構音障害なし.カーテン徴候なし.協調運動障害なし.表在覚異常なし.位置覚異常なし.振動覚異常なし.四肢の運動障害なし.腱反射亢進なし.病的反射なし.その他の所見(術前血液検査):WBC7,580/μl,RBC335万/μl,Hb10.5Cg/dl,Ht30.9%,PLT14.7万/μl,APTT31.4sec,PT-INR1.28sec,Dダイマー<0.5Cμg/ml.経過および治療:右眼CMLF症候群と診断し,頭部核磁気図1初診時のHessチャート右眼内転制限を認めた.図29方向眼位写真第C1眼位では正位.右眼内転制限があったが,輻湊可能であった.図3頭部単純MRI画像(DWI)右中脳から橋背側にかけて,高信号域を認めた.共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)を施行した.拡散強調画像(di.usionweightedimage:DWI)で右中脳から橋にかけて背側正中寄りに高信号域を認めたため,急性期脳梗塞と診断した(図3).同日,加療目的に当院神経内科転科となった.点滴静注による脳保護療法を開始し,術前から行われていた抗血小板薬の内服療法を継続した.第C6病日に再度施行された頭部CMRIでは,DWIで右中脳に亜急性脳梗塞性変化を認めたが,新規脳梗塞の発症は認めなかった.第20病日,複視は残存していたが,右眼内転制限は改善傾向にあり,自宅退院となった.退院時は,複視も軽減していた.その後も当院外来で経過観察を継続し,発症C6カ月の再来時,右眼内転制限はさらに改善し,複視の自覚も消失した(図4,5).図4発症から6カ月後のHessチャート右眼内転制限は,初診時より改善した.図5発症から6カ月後の9方向眼位写真右眼の眼球運動障害は改善傾向にあった.II考按MLF症候群の原因は,若年者では多発性硬化症がもっとも疑われ,そのほかに感染症などによって生じる可能性もある2).しかし,血管系の危険因子をもった高齢患者では,脳血管病変によって生じるものが最多である2).Bolanosらの報告では核間性眼球麻痺の最大の原因は脳血管病変(脳梗塞)であり,追跡研究でもC37%を占めていた5).本症例でもRFCAの術翌日に複視や内転障害が出現し,中脳から橋にかけての脳梗塞を発症していたことから,MLF症候群の原因は急性期脳梗塞と考えられた.Nakamuraらの報告によると,RFCA翌日に施行された頭部CMRI検査では,160人中C43人(26.3%)で急性期脳梗塞が確認された6).そして,病巣は中脳がもっとも多かった(46.9%)が,そのC43人はすべて無症候性脳梗塞であった6).一方で,病巣や神経学的異常所見についての詳細は不明であるが,InoueらはCRFCA後に症候性脳梗塞がC1,049人中C2人(0.5%)で発症したと報告している4).したがって,RFCA後に症候性脳梗塞が発症する確率は低く,過去にCMLF症候群を呈した報告も筆者らが文献を渉猟した限りないため,本症例は希少な症例であったと考えられる.本症例のように運動失調や上斜視などの随伴症状のないMLF症候群は,過去にCKobayashiら7)や,Puneetら8)が報告している.彼らの報告したC3例はすべて中脳の微小梗塞により発症したと報告されていた7,8).RFCA後の脳梗塞は洞調律に復帰した際に左心房内血栓が脳血管に飛んで発症する場合が一般的である.しかし,本症例では術前に左心房内血栓が確認されなかった.そのため,心エコーで検出できないほどの微小血栓や,焼灼部位やシースなどの人工器具内部で術中に形成された微小血栓に起因して,微小梗塞がCMLFに限局したために随伴症状を認めなかった可能性が考えられた.微小梗塞が原因の場合,頭部CMRIで診断するのは困難な場合が多いとされている9).本症例ではスライス厚がC3Cmmの頭部CMRIで病変を確認できた.柴山らは脳血管障害による一側性核間性眼筋麻痺症例C10例中,MLFに一致して異常所見を検出できた症例はC5例だったと報告している10).柴山らの責任病巣を同定できたC5例は,頭部CMRI画像のスライス厚がC4.4CmmからC7.8Cmmの範囲で撮影されていたが,責任病巣が不明であったC5例はC7.8CmmからC9.9Cmmのより厚いスライス厚で撮影されていた10).また,中嶋らの報告ではスライス厚がC5Cmmの頭部CMRIで病変を確認できなかったが,3Cmm厚のスライスで撮影した頭部CMRIでは検出することができたとしている9).以上のことから,MLF症候群の原因精査で脳梗塞を疑った場合には,スライス厚を薄くした条件でCMRIを施行するべきだと考える.本症例では発症からC6カ月経過し,眼球運動障害はほぼ改善していた.脳梗塞に起因したCMLF症候群の眼球運動障害の予後について,大淵らは観察したC4例すべてで治癒し,眼球運動障害の持続期間はC1日からC22日(平均C9.3日)であったと報告している11).また,柴山らも眼球運動障害の持続期間は平均C25.4日と報告している10).これらのことから,MLF症候群の眼球運動障害の予後は,障害の持続期間に差はあるものの比較的良好と考えられた.予後良好な理由としては,病変が微少であることに加えて,MLFが存在する部位の支配血管の吻合が豊富であることが考えられる11).CIII結論RFCA後の症候性脳梗塞に起因して発症したCMLF症候群のまれなC1例を経験した.RFCA後に認めたCMLF症候群では,急性期脳梗塞の発症を考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)梅野祐芳,野田哲哉,中島成人:MRIで確認し得た脳梗塞によるCMLF症候群の一例回旋性振,輻輳障害および患側眼の滑車,外転神経麻痺の合併.EquilibriumCResearchC52:165-168,C19932)PlummerCNR,CThorpCT,CSultanS:SuddenConsetCdoubleCvision.BMJ348:1-3,C20143)渡辺則和:カテーテルアブレーション術前,術中,術後の服薬管理と合併症対策.ProgressCinCMedicineC37:1293-1299,C20174)InoueK,MurakawaY,NogamiAetal:CurrentstatusofcatheterCablationCofCatrialC.brillationCinJapan:SummaryCofCthe4CthCsurveyCofCtheCJapaneseCCatheterCAblationCReg-istryCofCAtrialFibrillation(J-CARAF).JCCardiolC68:C83-88,C20165)BolanosI,LozanoD,CantuC:Internuclearophthalmople-gia:causesCandClong-termCfollow-upCinC65Cpatients.CActaCNeurolScandC110:161-165,C20046)NakamuraT,OkishigeK,KanazawaTetal:IncidenceofsilentCcerebralCinfarctionsCafterCcatheterCablationCofCatrialC.brillationCutilizingCtheCsecond-generationCcryoballoon.CEuropace19:1681-1688,C20177)KobayashiZ,IizukaM,TomimitsuHetal:IsolatedmediC-allongitudinalfasciculussyndromeduetosmallmidbraininfarction.NeurolClinNeurosci2:112-113,C20148)PuneetK,YogeshK,PranavSetal:Isolatedmediallon-gitudinalCfasciculussyndrome:ReviewCofCimaging,Canato-my,pathophysiologyanddi.erentialdiagnosis.Neuroradi-olJC31:95-99,C20189)中嶋匡,西村裕之,西原賢太郎ほか:MLF症候群と運動失調にて発症した中脳梗塞のC1例.脳卒中C29:479-482,200711)大淵豊明,宇高毅,楽居直明ほか:核間性眼筋麻痺症例10)柴山秀博,佐藤進,長谷川政二ほか:MLF症候群─血管における症状とCMRI所見.日本耳鼻咽喉科学会会報C109:障害を中心としたその臨床とCMRI所見の検討─.神経内科C96-102,C2006C46:359-365,C1997***