プロスタノイドFP受容体作動薬による眼窩周囲症の発症機序と臨床的特徴PathogenesisandClinicalCharacteristicsofPeriorbitalChangesInducedbyProstaglandinFPReceptorAgonists竹中美帆*坂田礼**はじめに原発開放隅角緑内障の治療は,一般に薬物療法(点眼薬)から開始される.そのなかでも,プロスタノイドFP受容体作動薬(以下,FP作動薬)は緑内障診療ガイドライン第C5版において第一選択薬として推奨され1),点眼治療の中心的役割を担っている.近年では,同様にプロスタノイド受容体に作用し,FP作動薬と同等の眼圧下降効果を示す選択的CEP2受容体作動薬(以下,EP2作動薬)を初期治療に用いる患者も増加傾向にある.FP作動薬は,1日C1回の投与で強力な眼圧下降効果を示し,アドヒアランスが維持しやすく,忍容性にも優れる薬剤として世界的に広く使用されている.しかし近年,一部の患者においてCFP作動薬の使用により,プロスタグランジン関連眼窩周囲症(prostaglandin-associat-edperiorbitopathy:PAP)が発症することが報告されている.PAPは,眼窩の陥凹,上眼瞼溝の深化,眼瞼皮膚の硬化や色素沈着といった整容面での変化を引き起こすだけでなく,眼圧測定を困難にし,さらには手術成績にも悪影響を及ぼすことが明らかとなっている.一方,2018年にわが国で上市されたCEP2作動薬は,PAPを引き起こさない点が大きな特長であり,近年ではその長期的な安全性および眼圧下降効果に関するエビデンスも蓄積されつつある.本稿では,FP作動薬に関連するCPAPの発症機序,臨床的特徴および対処法について,EP2作動薬との比較を交えながら概説する.なお,本稿には点眼薬の比較と受け取られうる記述が含まれているが,いずれも文献に基づいた客観的事実に基づくものであり,その点についてご理解いただければ幸いである.CIプロスタノイド受容体作動薬プロスタノイド受容体作動薬は,緑内障治療における第一選択薬である.とくにCFP作動薬は,正常眼圧緑内障を含む多くの患者で高い有効性を示している2).一方,EP2作動薬もラタノプロスト(FP作動薬)に対し非劣性の眼圧下降効果を有しており3),第一選択薬としての可能性を有する.両薬剤ともC1日C1回の投与で患者のライフスタイルに応じた柔軟な使用が可能である.C1.FP作動薬a.作用機序FP作動薬は角膜通過時に加水分解され,プロスタノイドCFP受容体を介して作用する.これにより,マトリックスメタロプロテアーゼ(matrixCmetalloprotein-ase:MMP)が誘導され,毛様体や虹彩根部,強膜における細胞外マトリックス(extracellularmatrix:ECM)のコラーゲンが分解される.その結果,ぶどう膜・強膜流出路からの房水排出が促進され,眼圧が下降する.Cb.適応FP作動薬は開放隅角緑内障に加え,閉塞隅角,小児,続発緑内障など多様な病型に適応があり,高眼圧症や正常眼圧緑内障にも有効である.一方で,十分な効果が得*MihoTakenaka:亀田総合病院眼科**ReiSakata:東京大学医学部附属病院眼科〔別刷請求先〕坂田礼:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部附属病院眼科(1)(17)C9510910-1810/25/\100/頁/JCOPYられない患者(ノンレスポンダー)も存在し,ほかのFP作動薬やCEP2作動薬への切り替えが検討される.C2.EP2作動薬a.作用機序EP2作動薬は,角膜通過時に加水分解され,前房内でCEP2受容体を選択的に刺激する.これにより,ぶどう膜・強膜流出路に加えて線維柱帯-Schlemm管流出路からの房水排出が促進される.ただし,FP作動薬と同様に詳細な作用機序は未解明な点も多い.Cb.適応おもな適応は原発開放隅角緑内障である.無水晶体眼や眼内レンズ挿入眼への使用は,黄斑浮腫リスクから禁忌とされる.一方,EP2作動薬とCFP作動薬の併用は禁忌であり,とくにタフルプロストとの併用は添付文書上に明示されている.CIIプロスタノイド受容体作動薬の副作用1.FP作動薬の副作用a.結膜充血FP作動薬の代表的な副作用として結膜充血がある.点眼開始後C2週間前後に出現するが,継続により軽減することが多く,使用前の説明が自己中断の予防に重要である.メタアナリシスではラタノプロストが有意に低率とされる4).機序はプロスタグランジンCEC2(prostaglan-dinE2:PGEC2)による結膜毛細血管拡張と推測されるが,詳細は不明である.Cb.眼瞼・虹彩色素沈着色素沈着も頻度の高い副作用である5).眼瞼ではメラノサイト活性化によるメラニン増加により,1.3カ月で出現し,中止により自然軽快する.一方,虹彩の色素沈着は不可逆とされるため注意が必要である.日本人の暗褐色の単色虹彩では,虹彩色素の薄い欧米人と比較し色調変化は軽微だが,片眼の場合は左右差に留意しながら観察すべきである.Cc.睫毛伸長睫毛伸長はC1.2カ月で認められ,毛包細胞の成長期延長とメラニン合成促進に起因する6).中止により数カ月で元に戻る.米国ではこの作用を利用し,睫毛貧毛症治療薬として承認されている.Cd.PAPFP作動薬はCPAPとよばれる眼窩周囲の形態変化を引き起こす.具体的には,上記の結膜充血および眼瞼・虹彩色素沈着のほかに,眼窩脂肪萎縮,上眼瞼溝の深化(deepeningoftheuppereyelidsulcus:DUES),眼瞼下垂,眼球陥凹などが含まれ,外見や視機能に影響を及ぼす.点眼中止により一部は改善するが,不可逆な例もある(図1).C2.EP2作動薬の副作用EP2作動薬は,PAPのような整容的副作用が報告されておらず,片眼点眼や外見を気にする患者にも使用しやすい.結膜充血はCFP作動薬と同様に継続により軽減する.Ca.黄斑浮腫視力に影響しうる副作用として黄斑浮腫があり,眼内レンズ挿入眼および無水晶体眼では禁忌とされる(患者単位での禁忌であることに注意)7).糖尿病網膜症,網膜血管閉塞,ぶどう膜炎などの併存でもリスクが指摘される.視力異常があれば速やかに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を行い,黄斑浮腫があれば点眼中止のうえ非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroi-dalanti-in.ammatoryCdrug:NSAID)やステロイド点眼を開始する.Cb.角膜に与える影響投与C6カ月.1年で平均6.14Cμmの角膜厚増加が報告されており8),眼圧測定への影響は小さいとされる.角膜上皮障害のリスクもあり,注意が必要である.Cc.屈折変化屈折変化として遠視化・近視化の両方が報告されており9),角膜厚変化との関連が示唆される.視力低下や見え方の変化を訴える患者では屈折再評価が望ましい.CIIIPAP1.発症機序FP作動薬によるCPAPは,おもにCFP受容体を介した脂肪生成抑制が関与する.組織学的解析では10)眼窩脂肪の体積減少が裏付けられており,invitro実験ではラ952あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(18)図1DUESが顕著な症例患者本人も外見上の変化を自覚しており,EP2作動薬への切り替えを行った.コントロールラタノプロスト酸トラボプロスト酸タフルプロスト酸ビマトプロストビマトプロスト酸ウノプロストンPGF2a正常細胞図23T3-L1細胞における脂肪分化の抑制0日目にC3T3-L1前駆脂肪細胞に各主剤(ラタノプロスト酸,トラボプロスト酸,タフルプロスト酸,ビマトプロスト酸)を添加し,10日目に脂肪染色を実施した.赤色に染色された脂肪細胞の減少が観察され,各薬剤により脂肪分化が抑制されていることが示されている.(文献C11より引用)表1FP作動薬におけるDUES発症の割合(前向き検討)薬剤2カ月4カ月6カ月FP作動薬-XC12%4%6%FP作動薬-TrC234%53%53%FP作動薬-TaC39%14%14%FP作動薬-BC444%60%60%C1.CSakataCRCetCal.CEye,C2014.,C2.MaruyamaCKCetCal.CJCGlaucoma,C2014.,C3.SakataCRCetCal.CJpnCJCOphthalmol,C2014.,C4.AiharaCMCetCal.JpnJOphthalmol,2011.C表2PAPのグレーディング(SU-PAPスコア)GradeC0C1C2C3Grade名PAPなし表層整容的CPAP深層整容的CPAP眼圧測定に影響するCPAP定義変化なし眼瞼色素沈着または睫毛伸長がみられる上眼瞼溝深化・眼瞼皮膚弛緩の退縮・眼窩周囲脂肪萎縮・眼球陥凹いずれかC1つ以上がみられる上眼瞼溝深化・眼瞼硬化・眼瞼下垂・眼球陥凹によりCGoldmann眼圧測定が困難または信頼性が低下(文献C13より引用)表3FP作動薬からEP2作動薬に切り替えた後のPAPの自覚症状の変化観察項目他覚的な改善割合自覚的な改善割合上眼瞼溝深化76%95%眼瞼色素沈着C─76%睫毛伸長C─43%結膜充血C─14%(文献C18より引用)C-