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網膜光凝固のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

網膜光凝固のピットフォールPitfallsofRetinalPhotocoagulation中条慎一郎*寺島浩子**はじめに硝子体手術中のレーザー光凝固(photocoagulation:PC)はおもに裂孔原性網膜.離(rhegmatogenousreti-naldetachment:RRD)や増殖糖尿病網膜症(prolifera-tivediabeticretinopathy:PDR)の手術の際に行われることが多い.しかし,その他の症例でも術中判断で追加する場面もあるため確実に習得する必要がある.また,習得するためには手技に伴うさまざまなピットフォールとその対策を知ることが重要である.本稿ではPCの作用機序などの基本的事項とともに,初級.中級の硝子体術者が術中に経験しがちなピットフォールとその対策を,二人の硝子体術者(中級術者と指導医術者)からの目線で自験例も含めて解説する.I網膜光凝固の意義硝子体術者が術中にPCを行う際は,その意義について知っておく必要がある.また,やみくもに凝固を行うのではなく,そのPCが患者に対して有効な凝固となりえるかどうかを状況から常に考えながら行うことが重要である.まずPCの作用機序について解説する.レーザー光は網膜を通過して網膜色素上皮に吸収されることで熱が生じる.裂孔閉鎖目的のPCであれば,網膜色素上皮と神経網膜に熱傷が生じて一定期間経過した後に瘢痕形成され両者が癒着する.つまり,裂孔閉鎖目的のPCはこの瘢痕形成がなされることで効果を発揮する.後述するが,RRDの手術においては瘢痕が形成される前に残存硝子体の牽引を受けると網膜は容易に再.離する.あるいはPDRにおいて牽引性網膜.離を伴う場合やRRDにおいて粘稠な網膜下液(subretinal.uid:SRF)が残留している場合は網膜色素上皮までレーザーが到達せずに有効な光凝固とならないことがある.次に,糖尿病網膜症や血管閉塞性疾患などの虚血網膜へのPCでは,酸素消費量の多い視細胞と網膜色素上皮細胞に対して変性壊死を発生させる.つまり,網膜外層部での代謝需要の低下と酸素消費量の減少により網膜虚血は改善される.これらの作用機序から,硝子体術中のPCは網膜色素上皮までレーザー光が到達しているかを考えながら遂行する必要がある.II初級術者が経験しがちな手技に伴う一般的なピットフォール初級の術者はPCという手技自体に伴うピットフォールを経験しやすい.おもにレーザープローブの網膜との距離や角度の問題でうまくレーザースポットが出せないという声が多い.日々上級医の手術をよく観察することが習得への近道だが,初級者が経験しやすいピットフォールを知ることも一助となると考える.1.セッティングに伴うピットフォールまず,何よりも重要なことは手術機器のセッティングである.PCを行う場合は接続するコードが通常よりも*ShinichiroChujo:三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学**HirokoTerashima:新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕寺島浩子:〒951-8520新潟市中央区旭町通一番町754新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(55)927図1ライトガイドによる網膜損傷a:ライトガイドの先端が網膜に接触している.b:接触した部分の網膜損傷を認める().図2強膜内陥術既往眼の網膜光凝固(PC)耳側にバックル留置されており網膜接触しないように慎重にCPCを行っている.図3過凝固による裂孔形成図4白内障手術切開創の工夫レーザースポットの中心に網膜裂孔が形成されている().経結膜切開創をC9-0ナイロン糸で仮縫合している().図5過凝固による網膜再.離a:初回手術前の画像.上耳側に弁状裂孔とそれに伴う網膜.離を認める.b:初回手術後の画像.初回とは異なり上鼻側に網膜再.離を認める.c:術中の画像.初回のレーザー瘢痕を起点とした網膜.離を認める().図6網膜下液残存a:PFCを使用しているが周辺部に網膜下液が残存しておりスポットが入らない.Cb:液空気置換後に排液を追加してからであればスポットが入る.図7増殖糖尿病網膜症(PDR)による牽引性網膜.離a:下方の牽引性網膜.離を認めるCPDR症例.Cb:牽引性網膜.離の部分はCPFCを使用してもレーザースポットが入らない().

タンポナーデのピットフォール

2024年8月31日 土曜日

タンポナーデのピットフォールPitfallsofanIntraocularTamponade岡本史樹*Iシリコーンオイル1.適応シリコーンオイル(siliconeoil:SO)は透明で疎水性かつ粘度の高い物質である.添付文書には「網膜裂孔に伴う,網膜.離患者における網膜復位において,長期的な眼内充.物質に用いられる」と記されている.具体的には重度の増殖硝子体網膜症,巨大裂孔・黄斑円孔網膜.離などをはじめ,急性網膜壊死,重篤な眼内炎や眼球破裂などの外傷,複数回繰り返す硝子体出血,網膜.離の再発・再再発にも使用される.高齢者,精神疾患患者,まれに小児など,長期の伏臥位がむずかしい患者にも使用されることがある.SOを使用するおもな目的は,網膜.離の再発予防,硝子体出血の防止,眼球癆の予防ということになる.C2.実際の注入手技と注意点SOは粘性が高いため,25GやC27Gなどの小さな創口から手動で注入することは困難である.したがって,硝子体手術器械に搭載されているCSO注入モード(アルコン製のコンステレーションではCVFCモードなど)を使用する.注入時には眼内圧が上昇しないように注意する.SO注入モードではかなりの圧でシリンジの内筒を押し込んでいる.空気置換後にCSOを注入するとき,通常は灌流ポートを介して圧力が逃げるが,残存硝子体が灌流ポートの先に嵌頓して塞いでしまっている場合は,眼圧は急上昇する.このリスクを考慮し,事前にポートを外しておくなどの対策が必要である.注入中の眼圧上昇に気づくためのポイントとして,筆者は視神経乳頭上の網膜血管の拍動を観察している.視神経乳頭上の血管が拍動している場合は,その時点の眼内圧が収縮期眼底血圧と拡張期眼底血圧の間にあることを示している.眼底血圧は術中モニターしている上腕部の血圧のC70%程度と言われている.たとえば上腕部血圧がC140/70mmHgの場合,拡張期眼底血圧はC70mmHgのC70%,つまりC49CmmHgとなる.その時点での眼内圧は約C50mmHgということになる.視神経乳頭血管の拍動を確認したらCSO注入を一時停止し,眼内圧が正常化するまで待機して拍動がなくなったら再び注入する.また,硝子体腔内をCSOで完全に満たすことも重要である.SOをC7.8割注入したら灌流ポートをクランプし,眼内に残存した空気をすべて硝子体カッターで吸引する.その後,正常眼圧になるまで再びCSOを注入する.創口をすべて縫合してCSOの眼外漏出を防ぐ.C3.相対的SO量の不足手術中にCSOを注入して低眼圧で手術を終了すると,術後に正常眼圧に戻るまで前房水が硝子体腔内に入り込み,相対的にCSOの量が少なくなることがある.そのため,手術終了時には正常眼圧を保つことが重要である.もし創を縫合した後に眼圧が低下していた場合は,前房にCbalancedCsaltsolution(BSS)を注入して眼圧を正常*FumikiOkamoto:日本医科大学大学院眼科学分野〔別刷請求先〕岡本史樹:〒113-8563東京都文京区千駄木C1-1-5日本医科大学大学院眼科学分野C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(49)C921図1残存硝子体にトラップされたSO粒子図2硝子体カッターによるSO粒子の吸引除去眼底周辺部を圧迫して残存するCSO粒子を硝子体カッターで除液空気置換を行い,液相と気相との界面に浮いてくるCSO粒子去している.硝子体基底部に残存している硝子体にCSO粒子が()を硝子体カッターで吸引除去する方法も効率的である.トラップされていることがわかる().図3ライトガイドを叩いてSO粒子を除去するポートに挿入したライトガイドを指で軽く叩くことで(),その振動が網膜や硝子体ゲルからCSO粒子を分離させ,前房中に粒子が上がってくる().図5後極へのPFC注入による網膜誤切除の防止.離網膜の可動性が高い裂孔原性網膜.離では,後極にCPFCを注入することで周辺部の網膜のばたつきが最小限に抑えられ,裂孔周囲の硝子体切除が容易になり,網膜誤切除を防止できる.図6術前に裂孔の特定が困難な網膜.離の場合PFCを後極から注入することで,網膜下液がCPFCの圧力に負けて原因裂孔から粘稠な下液が出てくる.Ca.cのコマ送り写真では粘稠な下液が上方から下方に垂れてきているため(),裂孔は上方に存在することが推測される.図7黄斑円孔網膜.離の場合図8面状の増殖が網膜下にある場合網膜下液を除去してからCPFCを注入してCBBGで染色後,面状の網膜下増殖が存在する場合()にはCPFC縁が完全な円PFC下でCinvertedILM.apを作製する.形にならない().図9網膜.離と上脈絡膜腔出血が混在した眼球破裂眼PFCを使用することで上脈絡膜腔出血の範囲や高さ()を特定できる.図10PFC-SO直接置換PFCを注入して網膜復位を得たのちにCSOを注入しCPFCを抜去する.SOとCPFCは屈折率が異なるため,その境界は比較的明瞭に視認できる().

液空気置換のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

液空気置換のピットフォールPitfallsofFluid-AirExchange中原正彰*はじめに液空気置換術は,おもに.離網膜の復位や黄斑円孔の閉鎖などを目的に,空気を充.した状態で硝子体手術を終了する疾患群で行われる手技である.またほかにも,残存シリコーンオイル粒などの除去の目的で行われる硝子体洗浄時や,水と空気の屈折率の違いを利用した周辺網膜の視認時に(図1),術中一時的に空気灌流を利用する場合にも行われる.前者では液から空気への一方向のみの置換だが,後者では液から空気に加え,空気から液へ戻す置換も行われる.眼内灌流物質を水と空気に置き換えるだけの単純な操作のようにみえるが,これにもコツやピットフォールは少なからず存在する.本稿ではこれらを提示し,筆者の考えるコツや対策を述べる.I液―空気置換操作時のピットフォール1.前房に空気が入ってくるこれは前後房に交通があることを意味し,その原因は以下が想定される.①意図的後.切除量が大きい,もしくは周辺部後.に損傷があるため,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)でその欠損を覆いきれない場合.予防法:術中周辺部後.を傷つけないよう,前部硝子体の処理時には十分注意する.後.中央部を意図的に切除する場合は,IOL径より十分小さくとどめるよう注意する.図1周辺網膜の視認領域a:水灌流下では広角レンズシステムを使用しても周辺網膜の視認範囲には限界がある.b:空気灌流下では視認領域が周辺へ大きく拡大する.②白内障手術の創口のシールが弱く,前房水が逃げている場合.予防法:創口のハイドレーションをしっかり行いシールを確認しておく.③インフュージョンカニューラ(以下,カニューラ)の先端が前部硝子体中に埋没していて空気が脆弱なZinn小帯部分を通り前房に迷入してくる(図2a).予防法:カニューラ先端が残存硝子体に覆われないよう挿入部の硝子体はしっかり処理し,空気灌流開始時はカニューラを立て,空気を確実に硝子体腔内に流入させ*MasaakiNakahara:うのき眼科〔別刷請求先〕中原正彰:〒890-0026鹿児島県鹿児島市原良1-7-15うのき眼科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(43)915~図2カニューラの向きによる空気前房侵入a:カニューラが倒れるなどしてその先端が周辺硝子体に埋没している場合,脆弱なチン氏帯部分を通って空気が前房に迷入する.b:空気置換開始時にカニューラを立てて,先端が確実に硝子体腔内に入るようにする.図3水流入による網膜損傷とその予防a:カニューラから水をロケット噴射すると,対面の網膜に損傷をきたす危険がある.b:ロケット噴射した水が鼻側網膜に当たってしまった例.c:同部に網膜裂孔ができ(),周囲に.離が起こっている.d:水が網膜や水面に直接当たらないよう,カニューラを倒し網膜を伝わせて流入させる.ab図4IOL裏面の結露除去a:バックフラッシュニードルでIOL裏面をワイパリングする.少量OVDを塗布すると持続性が増す.b:トロッカーから挿入した前房洗浄針でIOL裏面に向けて水を吹き付ける.下向きに水たまりができ,持続性の高い結露予防ができる.図5網膜下液の排出の大原則a:硝子体液の水位が裂孔()を下回ると,裂孔はシールされ,閉じ込められた下液はそれ以上排出できなくなる.b:硝子体液の水位を裂孔の高さ以上に保たないと下液排出はできないことが大原則である.図6網膜下液の排出の手順a:空気置換を始める前に水灌流下でできるだけの網膜下液の排出を行っておく(水-水置換).b:裂孔位置を下回らない水位まで硝子体液を一気に吸引する.c,d:裂孔内にバックフラッシュニードル先端を差し込み網膜下液を吸引していく.排液状態は硝子体液を通して常に観察する.e:十分排液できたところで最後に硝子体液を吸引する.図7網膜下液の排出が不十分なときのリカバリー多量に網膜下液が残存した場合(a)には,眼球を傾けると裂孔のシールが解除され,さらに抜けるようになる場合がある(b).眼球を傾けても水位が裂孔に到達しない場合(c)には,BSSを硝子体腔内に滴下し,水位を裂孔の高さまで上げ再度吸引を試みる方法(d)もある.図8粘稠性網膜下液の吸引a:裂孔からバックフラッシュニードルを挿入して粘稠下液を迎えに行くことも可能だが,網膜色素上皮の損傷や裂孔の拡大をきたさぬよう深追いは禁物である.b:BSSを勢いよく網膜下に吹き込むことにより,網膜下を洗浄する.へばりついたペースト状の粘稠下液を引きはがすイメージで行う.

増殖膜処理のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

増殖膜処理のピットフォールPitfallsintheTreatmentofProliferativeMembranes武内潤*厚東隆志*はじめに増殖膜処理は硝子体手術の中でもっとも難易度の高い手技の一つであり,熟練の術者にとっても頭を悩ませる原因となる.増殖膜処理を必要とする患者を執刀できるようになれば硝子体術者としても中級者から上級者へと進んでいくステージにあるといえる.しかし,手術に不測の事態はつきもので,あらかじめ増殖膜処理を伴うことを予測して手術に臨めればよいが,単なる硝子体出血だと思って入った糖尿病網膜症の手術で出血を除去したらべっとり一面増殖膜などということもありうる.そうなったらお手上げというのではとても硝子体術者としてやっていけない.初級~中級者を対象とした本特集だが,増殖膜処理の項目があるのはそのような状況にあっても基本的な増殖膜処理を知っておいて,いざというときは立ち向かう心構えが必要であることを意味する.本稿では増殖膜処理の基本と,術中に陥りがちなトラブルについて述べる.CI線維血管膜と線維増殖膜増殖膜には血管増殖を伴う線維血管膜(.brovascularmembrane:FVM)と,炎症性に増殖を生じた線維増殖膜がある.前者は虚血により生じた新生血管が増殖・癒合し線維化した増殖膜であり,網膜灌流の低下を伴う疾患である増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCreti-nopathy:PDR)や網膜静脈閉塞症などの疾患で生じる.一方で,増殖硝子体網膜症(proliferativeCvitreoretinop-athy:PVR)において生じる増殖膜は炎症性の増殖であり,FVMと異なり増殖膜に血管成分を含まない.この違いは手術操作の違いにもつながるので念頭に置く必要がある.CII増殖糖尿病網膜症の増殖膜処理PDRは代表的なCFVMを生じる疾患である.FVMの処理をすることがもっとも多い疾患であり,ある程度の習熟度に達した術者が軽症の増殖膜処理を予定することが多いと考えられる.しかし,冒頭に記したとおり,硝子体出血を伴うCPDRで開けてびっくりという状況に出くわすことがある.そうなったときに備えてCFVMの適切な処理方法やトラブルシューティングを学んでおく必要がある.増殖膜処理を考える際には,PDRの膜は新生血管を生じているCepicenterで主幹血管と強く癒着しており,それ以外の部位では増殖膜と網膜との癒着は軽い,という原則を頭に入れておく.周辺の後部硝子体膜.離(posteriorCvitreousCdetach-ment:PVD)がすでに生じている箇所があれば,後極の増殖膜はひとまず置いておき,そこをきっかけにPVDを拡大させて硝子体の円錐切除を行い硝子体の前後方向の牽引を解除する(図1).中間周辺部にもCepi-centerが多発しておりCPVDが止まってしまう場合にはepicenterの隙間をみつけるか,さらに周辺部から回り込むことでCPVDを拡大させる.PVDを全周起こして*JunTakeuchi&TakashiKoto:杏林アイセンター〔別刷請求先〕武内潤:〒181-8611東京都三鷹市新川C6-20-2杏林アイセンターC0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(37)C909図1硝子体出血を伴うPDRでの円錐切除a:術前のCBモード超音波検査で後極に強い癒着を認めるが,中間周辺部にはCPVDが生じている.Cb:中間周辺部から周辺にかけて硝子体を円錐切除し,後極の増殖膜と周辺部の前後方向の牽引を解除する.図2PDRにおける膜分割(segmentation)a:増殖膜を分割する際にはCepicenterの存在(C×)を意識し,epicenterの間の間隙を分割するようにする().Cb:間隙にカッターを入れ,上下の増殖膜をCsegmentationした.図3視神経乳頭からの増殖膜処理周辺にCPVDが生じていない症例では視神経乳頭から増殖膜を図4Viscodelaminationによる増殖膜処理立ち上げる方法もある.PVDがまったく起きていない症例では小さく硝子体膜を穿破し,そこから粘弾性物質を注入していくCviscodelaminationも有用な手技である.図5術中出血の線維化重症CPDRでは術中出血が術中急速に線維化し()処理に手こずることがあるため,こまめな止血が重要となる.図6PVRの増殖膜処理a:未成熟なCPVRでは増殖膜が視認できない症例も多く,網膜皺襞の形から増殖膜の存在を予想して探りに行く.Cb:黄斑の耳側から増殖膜が.離できた.図7双手法を用いた増殖膜処理両手に鑷子を用いて増殖膜を.離している.双手法は比較的平易な症例でのトレーニングを重ねるとよい.図8PFCで伸展しない網膜に存在する増殖膜a:PFCを注入しても伸展しない網膜()には増殖膜が存在し,未処理のままだと復位を得られない.Cb:この症例では網膜下に増殖膜があり,裂孔から鑷子で抜去して網膜が伸展するようになった.

黄斑手術のピットフォールとその対策

2024年8月31日 土曜日

黄斑手術のピットフォールとその対策PitfallsandCountermeasuresinMacularSurgery平田憲*はじめに黄斑部に対する手術は硝子体牽引の除去,網膜前膜(epiretinalmembrane:ERM).離,内境界膜(internallimitingmembrane:ILM).離とILM被覆など多岐にわたる.手術操作は非常に限られた範囲で行われることが多く,黄斑という視機能にきわめて重要な部位に対する操作であることから,手術は硝子体手術のなかでももっとも慎重な操作を必要とする局面である.患者ごとにどのような手技を行うかについて事前に計画を立てることが重要と考える.I手術に際して1.黄斑部操作器具の選択黄斑部操作(=膜.離)には操作性の高い硝子体鉗子が必要である.鉗子を選ぶ際のポイントは,①十分な剛性があるかどうか.剛性がないと容易に先端がしなってしまい,器具の動きが大きくなるため危険である.②手の動きが余計な力を必要とせずに,正確に鉗子の先端に伝わること.器具の開閉がスムーズできしみがないかどうか.器具の動きにわずかな遊びがあるほうが安全な操作を行える.③膜.離時に,鉗子と網膜の接触面が十分観察できる先端形状であるかどうか.各メーカーからさまざまなデザインの器具が販売されているが,実際に手に取り自分にあったものを見つけることが望ましい.再利用タイプの鉗子を用いる場合は,メインテナンスも重要であり,予備の鉗子を準備することが必要である.ディスポーザブルの鉗子では製品による操作性のばらつきがあることにも留意すべきである.2.Chromovitrectomyにおける染色剤の選択硝子体,ERM,ILMはすべて半透明の組織であり,バイタル色素を使用することでより容易に可視化することができる.術中染色を併用した硝子体手術を総称してchromovitrectomyとよぶ.黄斑部操作,すなわち膜.離の際には,網膜表面の染色を行うほうが視認性の向上により安全かつ効率的に操作が行える.現在臨床で用いられる薬剤として,トリアムシノロンアセトニド(以下,トリアムシロノン),インドシアニングリーン(indocya-ninegreen:ICG),ブリリアントブルーG(BrilliantBlueG:BBG)があげられる.トリアムシノロンは網膜表面全体に付着し,膜.離を行った場合に,.離部位と非.離部位を明瞭化できる.しかし,トリアムシノロンには選択的な染色性はなく,ERMとILMの区別はできないため,複数回の使用には適さない.ICGは選択的にILMを染色し,ERMに対してはわずかしか染色しないため,ERMとILMの境界が明瞭になる.膜.離には有用な染色剤であるが,高濃度で使用すると術後の網膜色素上皮の変化,視野障害,視神経萎縮など有害な合併症を及ぼす可能性がある.0.125%以下の濃度で使用し,ILMがすでに.離された網膜に直接吹きかけないようにする.近年用いられているinvertedILM.ap法のよ*AkiraHirata:林眼科病院〔別刷請求先〕平田憲:〒812-0011福岡県福岡市博多区博多駅前4-23-35林眼科病院0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(29)901うなILMに付着したICGが直接網膜に触れるような操作にも用いるべきではない.BBGもICGと同様にILMを選択的に染色する.ICGと異なりBBGの組織毒性はもっとも低く,神経細胞のアポトーシス率を低下させることが報告されている.しかし最近では,BBGによる毒性の可能性に関する報告もある.また,薬剤によっては光源と相互作用し,光源の発光スペクトルと薬剤の吸収帯域が重なることにより光感作を誘発する可能性がある.これは酸化ストレスレベルの上昇,フリーラジカル放出をもたらし,組織に障害を及ぼす可能性がある.いずれの薬剤もできるだけ少量,短時間の使用が望ましい.3.網膜光障害を予防するには網膜光障害は主として光化学的損傷(高い光エネルギーが分子の化学結合を切断し,フリーラジカルの形成を引き起こして酸化ストレスのレベルを上昇させること)で起こる.網膜の損傷は累積的であり,照明機器の光量を小さくし,ファイバーの先端から網膜までの距離を長くして,手術時間を極力短くすることが大事である.たとえば光源の先端と網膜までの距離を4mmから8mmに延長することで,光障害を生じさせうる閾時間は約3倍延長できる.最近の光源機器にはpass.ltersが内蔵されており,網膜に有害な短波長成分をカットすることで,光障害のリスクを大幅に軽減できる.また,シャンデリア照明や三次元(3D)ヘッドアップサージェリー装置の導入により,網膜への光照射の総量を減らすことが可能である.II疾患ごとのピットフォールと手術のポイント黄斑疾患のなかでも,遭遇する頻度が高いERM,黄斑円孔,硝子体黄斑牽引症候群,黄斑分離・分層円孔,ILM下出血について述べる.1.ERMERM手術のポイントは,いかに効率よく安全に膜.離を行うかである.ILM.離は必須ではないが,ERM.離時に部分的に.離してしまうことが多く,通常はERM.離後にILM.離を追加する.a.膜染色の行い方BBG染色が一般的である.ERMに対する染色性はほとんどないため,ERMとILMの境界がわかりやすい.しかし,薄いERMの場合にはBBGが下方のILMを染色することがあり,ERMとILMの境界が不明瞭になりやすく,実際の境界部より内側が境界部として描出されることがある.b.どこから.離を開始するかERMを.離する際には,少なからず網膜の機械的損傷を伴う可能性があることは常に意識しておくべきである.網膜表層には神経線維層があり,不用意な網膜損傷は視野欠損を引き起こす.とくに黄斑乳頭線維束のある中心窩内側から膜.離を開始することはあってはならない.c.どのように膜.離を行うかERMが網膜に付着するパターンはさまざまであり,容易に.離を開始できる場合もあれば,膜を把持できず.離が困難であることもある.ERMの付着パターンを厚いか薄いか,広範囲にあるか,後極部に限局しているかにより四つのマトリクスに分類して考えるとよい(図1).①ERMが厚く限局していればERMの端を鉗子で把持して.離を開始する(図1a).②ERMが厚く広範囲に及ぶ場合には周辺側のERMとILMの境界が不明瞭なことが多いため,ERMの縁がわかりにくく.離しにくい.また,ERMを鉗子で直接把持するのは膜が厚く硬いため困難である.この場合には25ゲージ針の先端を小さく曲げたピックを作製し,ERM表面を軽く触れるように動かしてERMに引っ掛かりを作り,そこから小さな亀裂を作る.再度ERMを染色してERMが.離された部位(ILMが染色された部位)を確認し,そこをきっかけに鉗子で.離する.中心窩方向と周辺側を交互にゆっくり少しずつ.離し,ERMを浮かすようにする.中心窩周囲のERMを丸く切開しながら.離を行う.後極側を.離したら,残存した周辺側のERMを.離する(図1b).③ERMが薄くかつ範囲も小さい場合には境界領域のILMを把持してきっかけを作る.ILM.離とともに内側のERMを.離することで確実にERMの.離が行える(図1c).④ERMは薄いが広範囲に及ぶ902あたらしい眼科Vol.41,No.8,2024(30)図1網膜前膜(ERM)のパターンごとの.離方法a:厚く限局したERM.ERMの端を鉗子で把持し.離を開始する.Cb:厚く広範囲に及ぶERM.25G針で作製したピックを用いてERMに小さな亀裂を作りCERM.離を開始する.Cc:薄く小さいCERM.ERMの外側のCILMを把持し,ILM.離とともに内側のERMを.離する.Cd:薄く広範囲に及ぶERM.中心窩外側の膜を直接鉗子で軽くつまんでCERM.離を開始する.図2InvertedILM.ap法a:円孔周囲のCILM.離.Cb:ILM.apの形状にあわせて弧状にCILMを.離し,切開縁を把持しながらゆっくり.離してCILM.apを作製する.Cc:ILM.apの端を把持しながら翻転し,MH上を覆う.ILM.ap上にCOVDを塗布し.apを圧着させる.部(後部ぶどう腫内)に限定した.離から,全.離までさまざまである.また,ほぼすべての患者で後部硝子体.離が起こっておらず,薄く後部硝子体皮質が付着している.まずトリアムシノロンを塗布し,硝子体膜を可視化して硝子体皮質.離を行い,周辺側まで硝子体切除を行う.全.離例では円孔部から網膜下液を吸引する.完全に吸引する必要はなく,ILM.離時に大きく網膜がバタつかないようにする程度でよい.BBGでCILMを染め,ERMがあればCERM.離と円孔周囲のCILM.離を行う.ILM.離は円孔周囲を少しずつCILM.離部の根本を持ち替えながら進めることで,網膜の牽引を最小限にできる.続いてCILM.apを作製する.ILM.apの誤吸引を防止するために分散型COVDをC.apの表面に塗布して網膜面に固定したのち,円孔から網膜下液を吸引し液空気置換を行う.円孔縁の網膜の誤吸引を防ぐために,バックフラッシュニードルは円孔からやや離れた位置に先端を置き,ゆっくり吸引する.網膜下液は粘稠であるが容易に吸引可能である.下液が減少したら徐々に網膜面に先端を近づけ,網膜下液の吸引を完成させる.OVDを円孔上に塗布して円孔を一時的に閉鎖し,空気液置換を行い硝子体腔内を灌流液で満たす.ILMC.apを円孔上に被覆してC.ap上にさらにCOVDを塗布し,円孔を閉鎖したのち再度液空気置換を行う.液体パーフルオロカーボン(per.uorocarbon:PFC)を用いる場合は,BBGなどであらかじめCILMを染め,円孔から網膜下液を吸引してCPFCを注入する.注入量はアーケードを超える程度で十分である.PFC下でILM.離を行いCILM.apを作製する.PFCによりC.apは網膜面上に圧着されるので,そのまま液空気置換を行ってもよいが,網膜下液が多く残っているとC.apが浮いてしまうことがある.PFC下でCOVD注入針の先端をC.ap直上までもっていき塗布するとCPFCとC.ap間にOVDを注入できる.C3.硝子体黄斑牽引症候群硝子体黄斑牽引症候群(vitreomacularCtractionCsyn-drome:VMT)では不完全な後部硝子体.離による中心窩に硝子体が付着した状態であり,進行すると網膜内に.胞または網膜外層孔の形成や網膜下液が生じる.VMTに対する硝子体手術では,勢いよく硝子体を吸引切除すると黄斑円孔を形成する危険性がある.黄斑部に牽引をかけないことが重要である.VMTでは黄斑部のみならず視神経乳頭や網膜血管にも硝子体が強く付着している.通常どおり中心部の硝子体を切除すると,網膜表面に付着した後部硝子体皮質が膜状にパタパタと波打つのが見える.黄斑部耳側の後部硝子体皮質を軽くカッターで吸引し切除するか,マイクロフックにしたC25ゲージ針で開窓して,カッターで弧状に切り広げる.黄斑部に牽引をかけないように半周程度切除できたら,鉗子で硝子体膜を把持し,黄斑部の牽引をはがす.黄斑の牽引が解除できたら,周辺側の硝子体を切除し,さらに視神経乳頭部の硝子体.離を行う.続いてCBBGでCILMを染色する.通常黄斑部ではCILM.離が起こっており,必要に応じCILM.離を追加する.黄斑部にトリアムシノロン溶液を塗布することで網膜表面の形状を可視化できるので,術中黄斑円孔形成の有無を確認できる.C4.黄斑分離・分層円孔黄斑分離では中心窩周囲のCILM.離を行う.分層円孔では中心窩周囲の増殖組織およびCILMを.離する.両者とも中心窩周囲の膜.離が基本であるため同様の手技となる(図3).黄斑外側から膜.離を開始し,中心窩方向に向かって.離してC.apを作る(図3a)..離境界部からさらに膜.離を追加し,中心窩周囲の.離を進める(図3b).黄斑乳頭線維束の損傷に留意しながら黄斑周囲を全周.離する(図3c).花弁状に.離が終わったあとにカッターでトリミングする(図3d).カッターは.apの中心窩側に置き,開口部を外に向け,カッターをわずかに外に動かしながらC.apをトリミングする.Flapの外側から中心窩方向にカッターを向けて操作すると,対側のC.apを誤吸引して.離する恐れがある.C5.ILM下出血ILM下出血はCTerson症候群,Valsalva網膜症,血液異常,鈍的外傷など,さまざまな原因で生じる病態である.臨床でもっとも遭遇するのは網膜細動脈瘤破裂に伴うものである.丈の高いCILM下出血は硝子体手術の適応となる(図4).出血箇所のCILM.離を行い,ILM下(33)あたらしい眼科Vol.41,No.8,2024C905acd図3黄斑分離における中心窩周囲ILM.離a:黄斑外側からCILM.離を開始し,中心窩方向に向かって.離する.Cb:.離境界部からさらにCILM.離を追加し,中心窩周囲の.離を進める.c:黄斑乳頭線維束のCILMは上下方向から.離を開始し,ILM.apのみ把持して網膜損傷に留意しながら.離する.Cd:カッターでC.apをトリミングする.b図4黄斑円孔を合併したILM下出血に対する硝子体手術a:ILM下出血の下方もしくは外方でCILMを弧状に切開・.離する.Cb:ILMをC1枚のシートとして.離し,翻転する.Cc:OVDをILMシートの上に塗布して軽く網膜面に接着させ,露出した出血を吸引して除去する.Cd:ILMシートを元の位置に戻して円孔を被覆したのちCOVDを塗布する.-

硝子体切除のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

硝子体切除のピットフォールPitfallsofVitrectomy臼井嘉彦*はじめに硝子体手術の目的は,硝子体切除を可能な限り行うことである.そのためには,まずは網膜から硝子体を分離する必要があるため,後部硝子体.離(posteriorvitre-ousdetachment:PVD)を作製し,硝子体基底部まで硝子体を可能な限りする切除する必要がある.疾患や眼軸長の影響や個々の患者により,硝子体の液化や硬さの程度,P硝子体皮質と網膜との癒着の程度によって,PVDの起こしやすさや硝子体切除ができる範囲も異なってくる.本稿では,硝子体切除で陥りやすいピットフォールとその予防および対処法を中心に概説する.CI3ポート作製からPVDの作製まで通常,硝子体手術用C3ポートは角膜輪部よりC3.5Cmm~4.0Cmm部に作製するが,長眼軸眼では,角膜輪部から毛様体扁平部後縁までの距離がC6.0Cmmを超えることもあり,眼軸長や手術手技にあわせて作製していく1).逆に(長)短眼軸眼では,角膜輪部から毛様体扁平部後縁までの距離がC2.0Cmm以下であることも珍しくない.そのため,角膜輪部よりC1.5Cmmの位置で輪部と水平に強膜創を作製して硝子体手術を行うが,この位置がすでに網膜であったとの報告もあり2),筆者の施設では前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)を撮影し,毛様体扁平部後縁の距離を確認しC3ポートを作製している3).3ポート作製後には,灌流カニューラ(トロッカー)が網膜を貫き硝子体腔に出ているか確認を行う.網膜.離や低眼圧などの脈絡膜.離や出血がある患者では,しばしば灌流カニューラが網膜下や脈絡膜下に迷入してしまうためである.また筆者は,穿孔性眼外傷などで眼内の状態が不明な場合には,灌流カニューラを角膜に刺入して手術をスタートさせる場合もある(図1).またはC2ポート作製して確実に硝子体腔にトロッカーが出ていることを確認してから,3ポートの作製を行うこともある(図2).ある程度中心部硝子体切除を行い硝子体中央部の硝子体ゲルを切除後に,トリアムシノロンアセトニド(tri-amcinoloneacetonide:TA)を使用して硝子体を可視化する.その際にCTAを後極部に向かって吹きかけると,網膜上に直接粒子が付着するか否かでCPVDの有無がわかる.大量に散布し過ぎるとかえって視認性が悪化し,網膜上に堆積したCTAを除去する手間が増える.術前にCWeissringが見えていて,一見CPVDが起こっているように見えても,強度近視やぶどう膜炎のように薄い硝子体皮質と大きな黄斑前ポケットがある可能性もある.PVD作製方法として,視神経乳頭直上から作製する方法と,後部硝子体皮質前ポケットから作製する方法がある.広角観察システムを使用すると,周辺部の硝子体の癒着部位がわかりやすいが,接触式の拡大レンズを用いて視神経乳頭あるいは黄斑部付近(黄斑ポケット)からCPVDを起こすように開始するか術者の好みで選択す*YoshihikoUsui:東京医科大学臨床医学系眼科学分野〔別刷請求先〕臼井嘉彦:〒166-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(25)C897図1角膜へのインフュージョンポートの挿入眼外傷や脈絡膜.離,出血がある場合ではしばしば灌流カニューラが網膜下や脈絡膜下に迷入してしまうことがあるため,角膜にインフュージョンポートを挿入して灌流圧を保ち手術を開始することもある.図2インフュージョンポートへの網膜下迷入a:胞状網膜.離などでは,インフュージョンポートが硝子体側に出ないで,網膜下や脈絡膜下に迷入してしまうことがある.Cb:本症例では対側同士のインフュージョンポートが網膜下に迷入しているため,対側同士のトロッカーの針で両側ともにカニューラを硝子体側に出すようにしている.図3黄斑牽引症候群黄斑周辺だけでも三カ所強く癒着しているが,網膜全周にわたって強く癒着していた.図4インフュージョンポートの確認圧迫してインフュージョンの周りの硝子体を郭清している.図5PVD作製後(Weissring作製後)一見硝子体が残存していないように見えたが,残存硝子体皮質が網膜全体に残っていた.図6接触レンズを用いて強膜圧迫硝子体手術終了間際にC30°の接触レンズを用いて強膜圧迫を施行したところ,微小な網膜円孔がみられた.

硝子体・白内障同時手術のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

硝子体・白内障同時手術のピットフォールPitfallsofVitrectomywithCataractSurgery山根真*はじめに硝子体手術後に白内障が進行することは古くから知られており,若年者を除き硝子体手術時には同時に白内障手術を行うことが多い.有水晶体眼の硝子体単独手術よりも有利な点が多いが,いくつかの注意点がある.本稿では白内障同時手術で考えられる術中合併症とその対策について解説する.CI白内障手術創白内障手術の主創口の角膜切開と強角膜切開には一長一短がある.角膜切開は術後充血が少なく,耳側切開を行いやすい.一方,強角膜切開は創閉鎖が良好である.硝子体手術時にはトロッカーの挿入や強膜圧迫を行うため,通常の白内障手術以上に創閉鎖が重要である.したがって,強角膜切開のほうが術中に創口が開いて眼球が虚脱するリスクが低いため同時手術に適しているといえる.ただし,近年では白内障手術創がC2Cmm強と非常に小切開になっていることや,切れのよいトロッカーや広角観察システムの登場で眼球が強く圧迫されることが少なくなってきており,角膜切開でも十分安全に同時手術を行うことが可能である.したがって,筆者は通常上方強角膜,倒乱視の患者(トーリックレンズを入れない場合)は耳側角膜切開としている.角膜切開部付近にトロッカーを刺入する際は十分眼圧を上げ,一気に刺入したほうがよい(図1).白内障手術前にトロッカーを設置しておく方法もあるが,Tenon.下麻酔の量が少ないとトロッカー刺入に痛みを感じ,多すぎると硝子体圧が高くなるため白内障手術がむずかしくなる.CIIIOL選択と挿入時期白内障同時手術を行う際に眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を硝子体手術前に入れるか最後に入れるか(先入れか後入れか)は術者や施設により異なる.先入れは手術の流れがスムーズである点と硝子体手術時に後.を切る心配がないことがメリットとしてあげられる.逆に後入れは無水晶体眼の状態で硝子体手術をするため眼底の視認性が高い(図2).広角観察システムを用いることでCIOL挿入後も眼底視認性が問題になることは少ないが,レンズのエッジ部分が死角を作るので,周辺部の視認性が重要な患者では後入れが有利である.後極観察では広角観察システムの後極レンズを使用する際は先入れ,接触レンズ(メニスカスレンズ)を用いる場合は後入れのほうが視認性が高い.後入れでは基本的にどのようなCIOLでも用いることが可能だが,レンズの安定性と再手術の可能性を考慮して,支持部が柔らかいレンズとシリコーンレンズは避けたほうがよい.先入れの場合は光学径がC6CmmのレンズかC7Cmmのレンズか好みが分かれる.大光学径のほうが光学部を通しての眼底視認範囲が広いが,散瞳が良好であればC6Cmmレンズの外側で無水晶体眼と同様に観察したほうが最周辺部は観察しやすい(図3).IOLの種類,挿入時期は術者の好みによる選択となる*ShinYamane:山根アイクリニック馬車道〔別刷請求先〕山根真:〒231-0012横浜市中区相生町C5-78清栄ビル馬車道C4階山根アイクリニック馬車道C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(19)C891図1創口付近へのトロッカー挿入図2IOL挿入前の眼底視認性眼球が変形して角膜切開が開かないように,トロッカーを素早後極から周辺部までシームレスに眼底観察が可能である.く挿入する.図3周辺部網膜の観察図4角膜輪部からの硝子体切除IOL光学部の外側で鋸状縁が観察される.二つの角膜サイドポートから灌流と硝子体カッターを挿入する.図5後.破損後の水晶体乳化吸引図6後.破損後のIOL.内固定灌流圧を下げ,核片が落下しないようゆっくり乳化吸引する.IOL支持部を後.の残存したところに固定する.図7OpticcaptureIOL支持部を.外に固定し,光学部のみ.内に固定する.図8アイリスリトラクターによる前.保持図9ケバブ法を用いた水晶体の乳化吸引Zinn小帯断裂部の前.に虹彩鈎をかけ,一時的に脱臼を予防ジアテルミーで水晶体中心を固定して乳化吸引する.する.図10IOLの切断図11福岡法を用いたIOL摘出小切開からCIOLを摘出するために二つまたは三つに切断する.原法と異なり,カートリッジをベベルアップにすることで虹彩脱出を予防できる.

観察系のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

観察系のピットフォールPitfallsofVitreousViewingSystems中野裕貴*鈴間潔*はじめに眼底が手術顕微鏡単体では見えず,補正レンズが必要であるのは日々の診療で理解されているだろう.手術で用いる眼底の観察方法は3種類あり,①直像で見えるコンタクトレンズ,②倒像で見える大きめのコンタクトレンズ,③角膜と接触せず倒像で見える前置レンズがある1).②と③は視野が広く,広角観察システムとよばれている.現在は③の非接触レンズを用いた手術方法である非接触観察システムが主流であり,①と②のレンズは補助的に使用されるにとどまっている.非接触観察システムは操作の自由度が高いうえ視野も広く,術眼への負担が少ないのが長所である2).新しく硝子体手術を覚える先生方にはぜひ習得していただきたい観察方式であるが,きちんと術野を確保するには適切な知識が必要である.それぞれの観察法を総説したのち,起こりがちな落とし穴について詳説する.なお,筆者は接触倒像レンズ,Resight(Zeiss社),OFFISS(トプコン社)をそれぞれ5年経験している.I各観察方式の特徴表1にそれぞれの観察方式の特徴を示した.肉眼・手術顕微鏡のみでも周辺部網膜は観察可能である.肉眼では斜めから覗き込むことで直接観察できる.手術顕微鏡では強膜を圧迫して内陥させて観察するが,相当陥凹させないと見えない.現在でも灌流ポートの先端の観察や周辺部硝子体切除で利用するが,前置レンズを用いたほうがより少ない陥凹・侵襲で観察が可能なので,広角観察システムで観察することを勧める.1.接触・直像レンズ角膜側を凹レンズ,顕微鏡側を平面・凸面(メニスカスレンズとよばれる)・凹面(バイコンベックスとよばれる)に形成された軽量なレンズである.リング状の形状をしたレンズの土台が必要であり,リングを縫着する(図1a)か,開瞼器(図1b)またはトロッカー(図1c)にシリコーンバンドを経由してリングを設置していた.近年はシリコーン製スカート(図1d)の装着のみで自立する製品も存在する.視野は標準(平面)で30°,黄斑観察用(メニスカスレンズ)で20°,もっとも広いものでも50°である.プリズム付きもあり45°までオフセットできるが視野自体は30°のままである.視野が瞳孔径に左右され,4mm以下の瞳孔径では視野が狭くなり実用的でなくなる.解像度が高いのが特徴で,現在でも黄斑観察で利用されている.ただし解像度は後述の広角観察システムも追いついており,すでに広角観察システムを使用しているなら,視野の広く安全な観察法に移行することを勧める.2.接触・倒像レンズ細隙灯顕微鏡で用いられる接触式の倒像レンズを手術用に改良したものである.レンズが重く自立しないため,レンズの土台を設置する必要があり,助手や術者が*YukiNakano&KiyoshiSuzuma:香川大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕中野裕貴:〒761-0701香川県木田郡三木町池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(11)883表1それぞれの観察方式の特徴名称追加導入コストの目安周辺視野後極視野特徴肉眼・手術顕微鏡単体なし強膜圧迫で周辺部網膜が見える見えない接触・直像レンズ安い.レンズのみプリズムでオフセット.視野は30度黄斑用で20度広角でも50度土台が必要.自立する接触・倒像レンズCWF(ContactWideField)システム中間.レンズ+インバーターほぼ鋸状縁まで見える後極用レンズも存在する土台が必要.自立せず角膜に負担.大きく眼を傾けるのがむずかしい非接触・倒像レンズ非接触観察システム高い.レンズ+インバーター+手術顕微鏡用アダプター一式眼球を傾けると,ほぼ鋸状縁まで見える角膜収差の対応が必要頻繁な顕微鏡の位置合わせが必要.角膜収差を受ける.乾燥・結露対策が必要ac図1コンタクトレンズの土台の装着方法a:縫合糸による縫着.図のように全周縫わなくてもよい.b:VSLバンドによる非縫合設置.c:トロッカーによる設置.d:シリコーン製レンズスカートによる自立.(HOYAの添付文書より引用)bdc図2各社の非接触観察システムa:OFFISS(トプコン社).b:BIOM(Oculus社).c:MERLIN(Volk社).d:Resight(Zeiss社).OFFISSとResightは自社の顕微鏡にしか対応しない.BIOMはおもにLeicaの顕微鏡,とくにProveo8との相性がよい.OFFISSには基準長(ステレオベース)の変更が可能なステレオバリエーター()が搭載されている.(各社のカタログより引用)図3周辺部観察時の視野の見え方前置レンズが見えるよう編集している.a:作動距離が大きい場合は像が小さくなる.像の外周()は前置レンズのリム部()より小さく,視野も狭い.Cb:作動距離が適切な場合,像は前置レンズいっぱいに表示される.Cc:画面C1時方向に眼球を傾けた場合にはその方向に視野が移動しているが,反対の視野が欠ける.なお,1時の強膜を軽く圧迫している.表2角膜保護の方法とその種類方法角膜乱視特徴水かけのみ乱視が少ない数十秒おきで実用的ではない.前置レンズを跳ね上げる必要がある粘弾性物質分散型乱視が中程度ある長時間耐える.塗布後CBSSなどでならすとよい粘弾性物質凝集型乱視が少ない10.C20分程度で再塗布が必要コンタクトレンズ乱視が消える黄斑操作時にお勧め.長時間の乾燥対策.血液が混じって視認性が低下することがある=表3ライトガイドの種類形状特徴27ゲージ用の製品標準タイプ照射範囲はやや狭い.各社あり(アルコンは標準タイプのみ存在する)ワイドタイプ照射範囲が広い.ファイバーの発光面が眩しいDORC社シールドタイプファイバーの発光面が一部覆われている.ハンドルを回転して調整する.DORC社(やや暗いので注意)シャンデリアトロッカー経由で設置.ライトガイドなしで光源を確保するために用いる.DORC(シングルとデュアル)Synergetics(持ち手がある.C29ゲージのデュアルもある)表4レンズの結露とその対策解決方法具体的な方法と注意点前置レンズを温めるレンズが寒いところに保存され冷えている(前置レンズが金属製だと起きやすい).手術前から室温にさらしておく.一時的に温生理食塩水にさらしてもよい.気流を作る前置レンズ付近に吸引チューブを設置する.吸引付き開瞼器を利用する.角膜も乾燥しやすくなる.界面の改善内視鏡用レンズ用のくもり止めを前置レンズに塗布する.解像度が犠牲になる可能性あり.呼気流入を予防ドレーピングをしっかりすることで呼気流入を予防.穴の広いドレープを使用し,穴の中央を耳側にずらして鼻側の露出面積を増やして堤防を広くとり,テガダームが浮かないようにしっかりと貼る.a図4鼻と内眼角の交通部分への目張り対策a.c:左上の三角形が鼻,緑がドレープのテープ部分,薄いグレーがドレープの穴でテガダーム貼付け部分.が鼻と内眼角との距離.Ca:穴の小さいドレープで,テガダームの有効面積が狭い.Cb:穴の大きいドレープで,テガダームの有効面積が広がっている.Cc:bのドレープを鼻下側にオフセットしたもので,鼻と内眼角の距離がさらに広がっている.図5強膜圧迫による下方周辺部網膜の観察a:スリット照明による直視下で左手で強膜圧迫,右手で硝子体カッターをもっている.b:シャンデリア照明()併用の非接触観察システム.右手で強膜圧迫,左手で硝子体カッターをもっている.

手術セッティングのピットフォール

2024年8月31日 土曜日

手術セッティングのピットフォールPitfallsinSurgicalSettings出田隆一*はじめに手術セッティングに関してはそれぞれの術者のこだわりや好みが分かれる事柄が多く,万人にとって正しいといえる定型は存在しない.そのため成書の記載も少ない.一方で術者が経験的に「こうしたほうがいい」と考えるコツがある程度の一般性をもつこともある.手術初心者は経験が少なく,そのような知識は少ないと思われる.そこで本稿では,基本的には初心者を対象に筆者が経験的によいと考える範囲で記載することをご了承いただきたい.読者が必ずしも同意されないこともあると想定されるので,共感できるところがあれば取り入れていただければ幸いである.以下に①術者の姿勢,②麻酔,③ドレープ,④強膜創のポート設置の各テーマで予想される問題点とその対策について記す.I術者の姿勢1.網膜前膜など後極の膜処理中に自分の手が思うように動かない,震える術者の肘が曲がり,手の位置が高い可能性がある.肘が曲がり手掌側に屈曲するほど手指を屈曲させるのに力を要してぎこちなくなる.以下に記載する手関節の掌背屈に伴う指の動きについては岡野内俊雄先生の論文1)に詳しい理論が記載されており,必読である.網膜前膜(epiretinalmembrane:ERM)など後極部の操作では,肘関節が伸びて手の位置が低い姿勢をとると手関節が背屈位(手の甲側に曲がること)となる.すると指を屈曲させる動作が容易になり器具の繊細な操作が可能となる.また,力が入りやすいので震えることもなくなる.白内障手術など前眼部の処置では逆にやや肘が曲がる姿勢となってもよい.上記のように硝子体手術では手の位置は低いほうがよいので,手術台を可能な限り低く下げることが望ましい.ただし,そうすると顕微鏡の接眼部が低くなり不自然な姿勢となることが問題であるが(図1),鏡筒の接眼部の下にスペーサーを入れる,顕微鏡の対物レンズを焦点距離の長いものに交換するなどの対策で多少の改善が期待できる.後述するモニター手術では,その問題は生じない(図2).上記の岡野内論文では強膜創のポート位置も後極の操作性に関連しており,両手のポートが左右に離れているほど後極操作に優れると記載されている.2.フットスイッチ操作がぎこちない,操作のたびに上体まで揺れる術者の椅子が低すぎて足底全体または踵部に体重が乗りすぎて足が自由に動きにくくなっている可能性がある(図3).その結果フットスイッチ操作が制限され,操作時に上体が揺れることがある.椅子の高さを上げて臀部のみならず大腿部でも体重の何割かを支えるようにすると,足底の荷重が軽減されて足の動きで上体が動くことがない(図5c).そのためには座面にある程度の面積が必要であり,小径の丸椅子は*RyuichiIdeta:いでた平成眼科クリニック〔別刷請求先〕出田隆一:〒862-0968熊本市南区馬渡1-14-25いでた平成眼科クリニック0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(3)875図1手術台を下げたときの姿勢手の位置がなるべく低くなるように手術台を下げることにより,顕微鏡の鏡筒も術者に対して低い位置となるので,鏡筒を覗くために術者の頸部が強く前屈する.図23Dモニターでの執刀3Dモニターで執刀すれば鏡筒による制限がなくなるため,常に理想的な姿勢を保つことができる.図3椅子を低くした場合の姿勢頸部を楽にするために椅子を下げると手の位置が高くなり,眼底後極の操作性が悪化する.同時にフットスイッチへの足の荷重が増えて,フットスイッチの操作性も悪くなる.図4靴の有無によるフットスイッチ操作性の違いa:靴を履いていない場合はフォーカス,ズームと同時にXY操作を行うことはできない.b:靴を履いていると足をほとんど動かさずに三つの操作が可能である.そのほかのスイッチ類にも少ない移動距離でアクセスできる.スイッチ類を押すときの力も靴を履いているほうが軽い操作力で作動する(写真の足のサイズは26cm).a図5座面の異なる2種類の椅子a:左の椅子は円形で小型の座面,右の椅子は座面が広くやや前傾し低反発の素材でできている.円形のほうは座面が狭いため臀部への荷重が集中し,傾斜がなく水平で大腿部付け根付近に圧迫を生じるため,長く座ると痛みを生じる.右のような椅子では長時間座っても体への負担が少なく手術に集中できる.b:円形の座面の椅子ではに示した幅で体重を支える.座面の縁が大腿部の付け根に当たるので圧迫感がある.c:座面の大きい椅子ではのように臀部と大腿の広い範囲で体重を支えるので長時間の手術でも疲労が少ない.やや前方に傾斜した設計も体重の分散に貢献する.図6広角観察システムの前置レンズが曇るとき曇りの原因がドレープの隙間から漏れる患者の呼気や体表からの熱気である場合は,濡らしたガーゼで表面を覆うと軽減することができる.ガーゼに対して定期的に水分を補給する必要がある.図7適切なドレープ使用法(左眼)鼻側に隙間がないように貼付する.ここに隙間があると術野の水が非術眼に流入する.逆流すると不潔となる.また,吐息が漏出して広角観察システムのフロントレンズの曇りの原因となる.鼻梁から眉間にかけての形状はドレープが浮きやすいので,必要に応じてドレープに減張切開を加える.術眼の鼻側皮膚を広く出すように張ると彫りの深い形状でも隙間ができにくい.睫毛はドレープで十分に被覆して露出しないようにする.図8閉所恐怖症患者の局所麻酔下手術非術眼を開放することで多くの場合に不安を軽減できる.写真の症例では左が術眼で,右眼は自由に開瞼できるようになっている.両側の皮膚,結膜.の消毒を行い(Ca),両眼が露出するようにドレープをかける(Cb).非術眼を被覆したい場合は透明のドレッシング材(テガダームなど)を開瞼の邪魔にならない程度に被せるとよい(Cc).同時に口元にもドレープ下に空間を設けるとさらに安心する.点滴を確保して鎮静薬を投与を併用するのも効果的である.図9強度近視眼において後方に新たな強膜創を作製する手順a:既存のポート部の後方を鑷子などで圧迫して鋸状縁を確かめる.Cb:圧迫した圧痕を目印に新しく強膜創を作製する.Cc:新しく後方に設置したカニューラにより前置レンズに干渉することなく黄斑の処置が可能となる.図10仮縫合から抜糸する方法片チョウ結びとして翌日細隙灯顕微鏡観察下に抜糸する.(文献C5より引用)c○剪刀の先端=c×切りたい場所=ab=剪刀の交点図11縫合糸断端を短く切る方法a:切りたい箇所,Cb:剪刀の交点,Cc:剪刀の先端.CaとCbが接した状態で糸を切ると狙った箇所で必ず切れる.bとCcの距離は短いほど,つまりなるべく剪刀を閉じた状態で切ると作業効率がよい.切りたい箇所で切れない原因は剪刀を閉じるときの先端のブレである.図12Slipknota:第C2結紮を逆目に行うことで結紮を滑らせ,強く締め込んでいく縫合.術後結紮が経時的に組織に対して食い込み埋没していく(チーズワイヤー現象).b:結膜上から縫合した術後C2週間,結紮は結膜下にある().’C

序説:硝子体手術に潜む危険な罠

2024年8月31日 土曜日

硝子体手術に潜む危険な罠DangerousTrapsLurkinginVitrectomySurgery馬場隆之*近年の硝子体手術の技術革新はめざましく,とくにトロカールシステムを用いた小切開硝子体手術はその低侵襲性と合併症の少なさもあり,全世界的に急速に広まった.かつての20ゲージ硝子体手術の頃に比べると,硝子体手術執刀のハードルはだいぶ下がっているように感じる.今までエキスパートの先生方が名人芸のように行っていた手術から,比較的経験の浅い術者でも安全に手術が行える標準的な術式へと変化している.このこと自体は確実によい方向に向かっていると考える.その一方で,かつては合併症のオンパレードであった硝子体手術は術中にさまざまなトラブルに見舞われることが多く,その対処法を含めて手術の指導を受けていた.しかし,現在ではそもそも合併症が少なくなったために,術中・術後にどのようにトラブルシューティングをするか,また落とし穴にはまらないようにどのように未然に防ぐかを経験する機会が非常に少なくなっている.手術装置がよくなって後.破損を経験しなくなり,実際に後.破損した際に対処が困難になるという白内障手術の状況に近いかもしれない.硝子体手術には多くの手順が存在するので,一つひとつのステップを確実に踏んでいくことが安全な手術と良好な手術結果につながる.しかし,それぞれの場面に落とし穴があり,一度はまってしまうとそれ以降の手術が非常に困難になる.それらの落とし穴の存在を知っておくことは危機を回避する重要なステップである.また,落とし穴にはまったときにどうしたら抜け出せるのか,実際に経験していなくても,頭のなかで予行演習をしておくことは重要である.疾患別の手術手順は成書に譲るとして,今回は各手術手技・手順における落とし穴とその予防法,またはまってしまったときのリカバリーの解説をエキスパートの先生方にお願いした.手術セッティングから観察システム,白内障同時手術,硝子体切除,黄斑操作,増殖膜処理,液空気置換,眼内タンポナーデ,網膜凝固,そして強膜バックリング併用手術の各場面をとりあげた.疾患別にしなかった理由としては,なるべく実際の手術の場面で役に立つような内容にしたかったということがある.疾患を中心に対策を立てることも大切ではあるが,その場合には病態の理解が中心になる.読者の先生方はすでに病気に関する知識は十分お持ちだと思うので,本特集では実際に手術室で手を動かしているつもりになって,落とし穴を思い浮かべながら読んでいただければ幸いである.落とし穴に落ちないように日頃の手術で気をつけ*TakayukiBaba:千葉大学大学院医学研究院眼科学0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(1)873