日本におけるドライアイの発展の歴史と変遷HistoryandTransitionoftheDevelopmentofDryEyeinJapan坪田一男*横井則彦**I乾燥角結膜炎からドライアイへ―ドライアイ研究会の設立筆者(坪田)は1985年以来36年にわたってドライアイの臨床と研究を行ってきた.途中から本原稿共同筆者である横井が加わり,ドライアイ研究会の仲間とともに切磋琢磨してきたことは本当にありがたい臨床研究の旅だった.本稿では「ドライアイの発展の歴史と変遷」をまとめる.1987年にハーバード大学眼科での研修を終えて帰国したとき,日本ではドライアイという言葉はなく,“乾性角結膜炎”“亡涙症”“Sjogren症候群”“涙液分泌減少症”などの言葉が混在して使われていた.Sjogren症候群に伴うドライアイがもっとも典型的であったために,基本的には涙液が減少した病態をドライアイととらえるという流れであった.後述するがこの概念はこの半世紀で大きく変わり,涙液そのものはある程度出ていても涙液層の安定性の悪い,いわゆる涙液層破壊時間(tear.lmbreakuptime:BUT)短縮タイプのドライアイの存在が明らかになり,実はこちらが主流であることがわかってきている.しかし,1987年ごろはまだまだドライアイの定義もなく混乱の時代だった.1990年に世界で初めてドライアイ研究会が日本で設立された.最初の会合は慶應義塾大学病院で行い,特別講演に米国メンフィス大学のJerreMinorFreeman先生に来ていただき涙点プラグの講演をしていただいた.彼はイーグルビジョン社から自分のアイデアのプラグを発売したアントレプレナーでもある.ちなみに,一緒にドライアイ研究会を設立した濱野孝先生も同時期に涙点プラグのアイデアをお持ちで臨床開発まで進めていた1).その後製品化までいかなかったのは残念だったが,そののちコラーゲンタイプの涙点プラグを開発されてオリジナルのアイデアを発展させられたのは注目に値する.IIドライアイ診断基準の確立(1995年,2006年,2016年)1995年,MichaelALemp先生が米国国立衛生研究所(NationalInstitutesofHealth:NIH)においてドライアイの定義に関する会合をスタートさせ2),筆者らも同年に第1回のドライアイの定義を出した.このときの一番の論点は「症状をドライアイの定義に加えるか否か」ということであった(表1).Stevens-Johnson症候群の末期に眼が皮膚で覆われてしまう状態になると痛みの症状もなくなることから,結局,第1回目の定義では症状を診断基準からはずすことになった.しかし,このディスカッションも後年「視覚障害そのものが症状である.ドライアイの患者は実用視力が低下している」という視点が認められ,やはり症状は必要ということになった.第2回目2006年のドライアイ研究会の診断基準では症状がしっかり入っている(委員長:島﨑潤・東京歯科大学教授)(表2)3).のちにわかってくるが,眼が*KazuoTsubota:株式会社坪田ラボCEO**NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕坪田一男:〒160-0016東京都新宿区信濃町34トーシン信濃町駅前ビル304株式会社坪田ラボ横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)1367表1ドライアイ研究会による1995年のドライアイ診断基準1.涙液(層)の質的および量的異常2.角結膜上皮障害(1以外の明らかな原因のあるものは除く)1および2のあるものドライアイ確定例1または2のあるものドライアイ疑い例1.涙液(層)の質的および量的異常①シルマー試験I法にて5ミリメートル以下②綿糸法にて10ミリメートル以下③涙液層破壊時間(BUT)5秒以下①,②,③のいずれかを満たすものを陽性とする2.角結膜上皮障害(1以外の明らかな原因のあるものは除く)①フルオレセイン染色スコアー1点以上②ローズベンガル染色スコアー3点以上①,②のいずれかを満たすものを陽性とする表3ドライアイ研究会による2016年のドライアイ診断基準ドライアイの定義ドライアイは,さまざまな要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがある.ドライアイの診断基準以下の1,2を有するものをドライアイとする.1.眼不快感,視機能異常などの自覚症状2.涙液層破壊時間(BUT)が5秒以下表2ドライアイ研究会による2006年のドライアイ診断基準1.涙液の異常①シルマー試験I法にて5mm以下②涙液層破壊時間(BUT)5秒以下①,②のいずれかを満たすものを陽性とする2.角結膜上皮障害①フルオレセイン染色スコアー3点以上(9点満点)②ローズベンガル染色スコアー3点以上(9点満点)③リサミングリーン染色スコアー3点以上(9点満点)①,②,③のいずれかを満たすものを陽性とするドライアイ診断における確定例と疑い例①自覚症状〇〇×〇②涙液異常〇〇〇×③角結膜上皮障害〇×〇〇ドライアイの診断確定疑い疑い疑い**涙液の異常を認めない角結膜上皮障害の場合は,ドライアイ以外の原因検索を行うことを基本とする.表42016年当時のドライアイ研究会の世話人世話人代表坪田一男慶應義塾大学教授世話人天野史郎大橋裕一木下茂島﨑潤下村嘉一高村悦子西田幸二濱野孝堀裕一村戸ドール山田昌和横井則彦渡辺仁井上眼科病院副院長愛媛大学学長京都府立医科大学教授東京歯科大学市川総合病院教授近畿大学主任教授東京女子医科大学教授大阪大学主任教授ハマノ眼科院長東邦大学医療センター大森病院教授慶應義塾大学特任准教授杏林大学教授京都府立医科大学病院教授関西ろうさい病院眼科部長顧問田川義継北海道大学客員臨床教授(敬称略.所属・役職は当時)催され,TFOSDEWSIIとして新たな定義が発表された8).米国ではドライアイの基本的な治療薬はシクロスポリン(Restasis,Allergan社)であり,炎症をターゲットとしている.またCTearOsmolarity計測装置が発売されており,興味をもつ先生も多かった.卵が先か鶏が先かという議論になるかもしれないが,このような視点からドライアイの定義に炎症と浸透圧がとりあげられたものと思われる.ただ,どちらも使えない国々からするとよく理解できないところがある.一方,日本では2010年にジクアホソルナトリウム(ジクアス,参天製薬)が発売され,涙液層の安定化を図ることができるようになった.この薬のおかげでドライアイの病態が解明され,ドライアイ研究会からのCTFOD,TFOTの概念に発展したと理解している9).すなわち各国のドライアイの理解の仕方は,使用できる薬剤によっても影響を受けており興味深い.CIVさまざまなドライアイ治療ドライアイ治療は,ドライアイのとらえ方(定義)や診断基準にも関係する.1995年にヒアルロン酸ナトリウム(以下,HA)点眼液が利用できるようになる以前は,ドライアイには定義や診断基準はなく,ドライアイ=乾性角結膜炎であり,涙液減少型ドライアイが治療対象となっていた.また,その当時の治療といえば,人工涙液,コンドロイチン硫酸エステルナトリウム点眼液(角膜保護点眼剤),ステロイド点眼液がおもなものであった.ただし,一般に充血などの炎症所見を伴わないドライアイに,ステロイド点眼液が積極的に処方されることはなかったと思われる.その後,高い保水作用と角膜上皮の創傷治癒促進作用を有するCHA点眼液(角結膜上皮治療用点眼薬)10,11)が登場すると(HA点眼液はC2020年C9月にスイッチCOTC薬として要指導医薬品となった),当時の定義・診断基準において必須項目であった「角結膜上皮障害」をターゲットとするドライアイ治療が成立した.ただし,HA点眼液は上皮欠損に効果的ではあっても,ドライアイの点状表層角膜症(super.cialCpunctateCkeratopathy:SPK)を直接治療するものではなく,SPKに対する効果は,あくまでCHAの保水作用を介した間接的なものといえた.そして,その後C15年の歳月を経て,2010年C12月にジクアホソルナトリウム(以下,DQS)点眼液(ムチン/水分分泌促進点眼薬)が,2012年C1月にレバミピド(以下,Rbm)点眼液(ムチン産生促進薬)が登場するにおよんで,眼表面に不足する成分の補充によって涙液層の安定性を高めてドライアイを治療する,眼表面の層別治療(tearC.lmCorientedtherapy:TFOT)(図1)という新しいドライアイ治療の概念が生まれ9,12,13),不足成分を看破する眼表面の層別診断(tear.lmorienteddiag-nosis:TFOD)のためのCtearC.lmCbreakupCpattern(BUP)6,9,12,13)が提唱された(図2).そして,BUP分類を用いたCTFODとCTFOTの登場により,角結膜上皮障害を必須項目としていたドライアイの定義や診断基準は刷新され,それまでの定義,診断基準に相性の悪かったBUT短縮型ドライアイ5,14)に市民権が与えられて治療対象になるとともに,上皮障害を対象としていたドライアイ治療が涙液異常(涙液層破壊)を対象とする,より本質的なドライアイ治療に置き換わった.現在,日本発世界初のCTFOD/TFOTの考え方は,アジアの考え方として15,16),世界のドライアイのエキスパートにも受け入れられている17).涙点プラグ治療は,TFOD/TFOTの概念にも適応し,重症涙液減少型ドライアイにとっては,今なお不可欠の治療である.1996年にシリコーン製のパンクタルプラグが登場したのを契機にフレックスプラグ,イーグルプラグなどが登場し,ついでC2007年にアテロコラーゲン製の液状涙点プラグが登場した.最適なサイズのシリコーン製涙点プラグが挿入されると,涙液メニスカスの涙液量が増加してCBUTが延長し,上皮障害は軽減する.そのため,DQSやCRbmが登場するまでは,涙液減少型ドライアイの重症例のほうが,むしろ軽症例よりもQOLがよいともいえる時代があった.ドライアイと炎症の関連は欧米で,より重視されているが,使用可能なドライアイ治療薬の違いが,そこには反映されている18).現在は,日本でも,ドライアイに積極的にステロイド点眼(フルオロメトロンのような低力価ステロイド)が効果的に用いられるようになってきているが,今後,ドライアイのベースライン治療に用いる(5)あたらしい眼科Vol.38,No.12,2021C1369*ジクアホソルナトリウムは,脂質分泌や水分分泌を介した油層伸展促進により涙液油層機能を高める可能性がある**レバミピドは抗炎症作用によりドライアイの眼表面炎症を抑える可能性があるドライアイ研究会作成図1眼表面の層別治療(TFOT)と眼表面の層別診断(TFOD)の関係TFOT(tear.lmorientedtherapy)とは,涙液層と上皮層からなる眼表面の不足成分を層別に補充することで涙液層の破壊を抑制し,ドライアイ症状を改善しようとするドライアイ治療の新しい考え方である.TFOD(tear.lmCorienteddiagnosis)とは,眼表面の不足成分を層別に看破する方法で,涙液層の破壊パターン(breakuppattern)分類により行う.(http://www.dryeye.ne.jp/tfot/index.htmlから引用改変)図2涙液層破壊パターン(BUP)分類上段左:areabreak(AB),上段中:spotbreak(SB),上段右:lineCbreakCwithrapidCexpansion(LBCwithRE),下段左:linebreak(LB),下段中:dimplebreak(DB),下段右:randombreak(RB).AB,LBは涙液減少型ドライアイのSB,DB,LBwithREは水濡れ性低下型ドライアイのCRBは蒸発亢進型ドライアイのCBUPに相当する.ことのできる,欧米におけるシクロスポリン(免疫抑制剤)のような点眼液の登場が,日本においても待たれるところである.CVドライアイの疾患概念の拡大と発展欧米と日本のドライアイの捉え方の違いとしてまずいえるのは,分類である.欧米でドライアイの分類といえば,涙液減少型と蒸発亢進型の二つであり(あるいはそれらの混合型),蒸発亢進型ドライアイの原因のひとつとしてマイボーム腺機能不全(meibomianCglandCdys-function:MGD)がある.一方,日本ではドライアイは涙液減少型とCBUT短縮型に分けられ,BUT短縮型の下に蒸発亢進型と水濡れ性低下型がある.また,ドライアイの病態として,日本ではフルオレセインで可視化できる涙液層の破壊と上皮障害が重視され,欧米では可視化できない涙液の浸透圧上昇と,眼表面炎症が重視される.そして以上の違いには,先に述べたように,使用できる眼局所治療薬の違いが大きく関係していると考えられる.振り返ると,症状の強いCBUT短縮型ドライアイ5,14)は,水濡れ性低下型ドライアイ6,9,12.17)(図3,4)であった可能性が高く,DQS点眼液やCRbm点眼液がなかった当時においては治療の対象とはならなかったと思われる.ドライアイの疾患概念の拡大,発展のひとつとして,ドライアイと視機能との関係がある.そして視機能異常はC2006年版3),2016年版4)の定義にも盛り込まれている.BUPから考えると,spotbreak(SB)やCdimplebreak(DB)は角膜中央に出現しやすく(図3,4),視機能への影響が大きいと考えられる.また,これらのBUPは,BUT短縮型ドライアイでみられるCBUPであり,BUT短縮型ドライアイは,涙液減少を伴わないために,角膜中央の涙液層の厚みが健常に保たれやすく,そのためにCSBやCDBでは,角膜表面に涙液層の高度の不整が生まれて,視機能への影響が大きくなると考えられる.しかし,その一方で,涙液減少型ドライアイの中等症までの症例において角膜下方にみられるClinebreak(LB)やCSPKは,それら単独では視機能への影響はほとんどないと考えられる.ところが,重症涙液減少型ドライアイでは,角膜中央に高度のCSPKを伴う(図2上段左)とともに,それを被覆する涙液層を欠くため,視機能異常の原因となりうる.それらのメカニズムの詳細や,実用視力計を開発して示した実際の視機能低下については,それぞれ大阪大学,慶應義塾大学の研究グループに多くの業績がみられる19,20).現在,ドライアイにおける自覚症状と他覚所見の解離を説明する新しい病態の考え方として,痛覚過敏,神経因性疼痛の考え方があるが,これにもCBUT短縮型ドライアイが大きく関係している21,22)ことは興味深い.CVIドライアイとMGDの関係ドライアイにおける眼表面の悪循環は,開瞼維持時の涙液層の破壊と瞬目時の摩擦亢進で構成され,これらがドライアイのおもな病態生理を形成する(図5).その一方で,眼瞼縁の異常はドライアイの臨床と研究における重要な克服課題といえ,その病態解明は重要である.そして,マイボーム腺の開口部の閉塞は,MGDやマイボーム腺炎と関係し,後者は角膜表面に特異な病変(SPK類似病変や角膜フリクテン)を表現し,ドライアイや一般的なCMGDとの鑑別を要する.そして近年,マイボーム腺と眼表面を一つのユニットとしてとらえる新しい概念としてCMOS(meibomianglandsandocularsurface)が提唱されている23).マイボーム腺脂質,涙液油層の機能は涙液層の水分の蒸発抑制とされ,その障害はCMGD,ひいては蒸発亢進型ドライアイの原因となるとされる.BUPの視点に立てば,角膜表面の水濡れ性低下に起因するCBUP(SB,DB,breakupのCrapidCexpansion)および涙液減少に起因するCBUP(AB,LB)のうち,AB以外は油層の存在自体がCbreakupに関与しており,その一方で,ABには油層の関与はない.つまり,RBにおいてのみ,油層の機能がその抑制に働くと考えれる.しかし,RBの抑制が油層の水分蒸発抑制作用によるのか,油層の粘弾性特性によるのかは,基礎研究者と臨床家で議論が分かれるところがあり24),臨床家のなかでは,現在,蒸発亢進型ドライアイの大きな原因としてCMGDがあげられている(つまり,マイボーム腺脂質/涙液油層の第一の機能は,水分の蒸発抑制とする考え方).そして,日本において(7)あたらしい眼科Vol.38,No.12,2021C1371図3水濡れ性低下型ドライアイの一例本症例は,かつてCBUT短縮型ドライアイとよばれていたと思われる.BUPとして主にCspotbreakを認める.ビデオケラトグラファーでCMeyerリングの乱れがみられることから,瞳孔領に生じたCspotbreakが視機能低下の原因になっている可能性が示唆される.図4水漏れ性低下型ドライアイの一例本症例も,かつてCBUT短縮型ドライアイとよばれていたと思われる.BUPとして主にCdimplebreakを認める.ビデオケラトグラファーで,フルオレセイン画像と同一部位のCdimplebreakを示してはいないが,Meyerリングの乱れがみられることから,瞳孔領に生じたCdimplebreakが視機能異常を引き起こす原因になりうる可能性が示唆される.~図5眼表面におけるドライアイの階層構造上流のリスクファクターが眼表面に流れ込んで,二つの悪循環(開瞼維持時の涙液層の破壊,および瞬目摩擦の亢進)を介して,眼不快感,視機能異常をもたらす.この悪循環がドライアイのコアとなるメカニズムであり,他覚所見を形成する.(文献9,26より引用改変)—-