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近視の疫学・遺伝-ながはまスタディからの最新の知見

2021年8月31日 火曜日

近視の疫学・遺伝─ながはまスタディからの最新の知見EpidemiologyandHeredity-RelatedFactorsinCasesofPathologicalMyopia-LatestFindingsintheNagahamaStudy三宅正裕*はじめに近視の疫学についてはこれまでも繰り返し報告されてきているが,日本人の近視の疫学に関する一定規模のコホートからの報告はしばらくなされていなかった.そのようななか,筆者らはC2020年に,京都大学附属ゲノム医学センターと長浜市が共同で行う「ながはまスタディ」のデータを用いた疫学研究を,“Ophthalmology”誌に発表した.本稿ではその最新の論文について解説する.CI概要“Ophthalmology”誌に掲載された論文は,ながはまスタディを用いた疫学研究である.ここでは近視の有病率のみならず,種々の程度の近視についての有病率も報告している.その結果,通常の近視や強度近視は世代が若くなるにつれて有病率が増加しており,環境因子の影響が強く示唆される一方で,最強度近視の有病率は世代を通じておおむね一定であり,遺伝的素因が強く影響している可能性が考えられた.また,眼球形状を規定する種々のパラメータについての疫学データも報告したうえで,それらの関係性について考察した.その結果,近視化する際の眼球形状の変化は,眼軸長の能動的な伸長ではなく,眼球成長に伴う眼球の正円状の拡大に際して赤道部方向への成長が阻害されることによる眼軸長の受動的な伸長である可能性を報告した.これらは,筆者らが報告してきた近視の疾患感受性遺伝子であるCWNT7BとCGJD2の交互作用にも通じる議論である.以下,当該論文の詳細を解説する.CIIながはまスタディながはまスタディは京都大学附属ゲノム医学センターと長浜市が共同で実施するC1万人規模のCcommunity-basedcohortである.2008~2011年までベースライン調査が行われ,2013~2016年まで第二期調査が実施された.2018年からは第三期調査が開始されており,現在は第三期調査の途中である.ながはまスタディでは,住民の協力を得て全身の詳細なデータが取得されており,世界的にも貴重なデータが集積している.また,ゲノムコホートであるためにすべての人の血液が採取されており,DNAが取得されている.5,000人以上にゲノムスキャン(個人のCDNA上の一塩基多型の遺伝子型を網羅的に決定すること)が行われており,1,000人以上に全ゲノム解析やその他のオミクス解析が実施されている.眼科領域の検査としては,第二期調査においては,屈折,眼軸長,角膜曲率,中心角膜厚,角膜径,前房深度,眼圧(非接触),眼底カメラ撮影,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),視野が計測されている.OCTの結果からは,網膜神経線維層厚に加えて,脈絡膜厚やCOCTでの脈絡膜輝度〔normalizedCchoroi-dalintensity(NCI)およびCchoroidalCvascularityCindexC*MasahiroMiyake:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕三宅正裕:〒605-8507京都市左京区聖護院川原町C54京都大学大学院医学研究科眼科学C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(31)C879(CVI)〕などが測定されている.なお,脈絡膜厚やOCTでの脈絡膜輝度の正常日本人データはC2021年のC“OphthalmologyScience”誌に発表しているので,興味があれば参照されたい.CIII日本人の眼球形状パラメータながはまスタディの二期調査に参加して解析対象となったのは,35~80歳のC9,850人である.平均年齢はC57.6±12.4歳で,男女の内訳は,男性がC3,206人(32.5%)で女性がC6,644人(67.5%)であった.Population-basedのコホートではないため,年齢分布や男女比には偏りがみられる.このため本研究では年齢・性別を2015年の国勢調査データに標準化したうえで各種パラメータを報告している.5歳刻みで層別化して標準化を行った都合上,80歳の参加者は除外した.この結果,35~79歳の日本人における平均眼軸長はC24.21Cmm,平均等価球面度数は-1.44Dと考えられた.また,角膜曲率半径はC7.69Cmm,角膜径はC12.01Cmm,中心角膜厚は543.96Cμm,前房深度はC3.21Cmmと推定された.年齢・性別のパラメータは表1の通りである.70歳以上の世代での平均眼軸長は男性でC23.83Cmm,女性で23.30Cmmであったが,世代が若くなるほど平均眼軸長は長くなる.34~39歳の世代での平均眼軸長は男性で24.97Cmm,女性でC24.54Cmmと,70歳以上の世代に比べてC1Cmm以上長くなっていることがわかる.同様に,70歳以上の世代での平均等価球面度数は男性でC0.23D,女性でC0.45Dであるが,世代が若くなるほど近視が強くなる.34~39歳の世代での平均等価球面度数は男性で-2.32D,女性で-2.68Dと,70歳以上の世代に比べてC2D以上近視化している.このC30年程度の世代変化で遺伝的背景が大幅に変わることは想定されないため,この近視化は環境因子の変化によってもたらされたものだと考えられる.眼軸長は身長と密接にかかわっていることも知られている.身長に関しても同様に表1を確認すると,やはり眼軸長と同様に,世代が若くなるほど身長が高くなっていることがわかる.これは近視を考えるうえで重要なポイントである.この点を掘り下げるうえで,まず直観に反する事実を二つ記載する.一つめは,「疫学的には,アジア人よりも欧米人,女性よりも男性のほうが平均の眼軸長は長いが,近視の度合いは弱い」という事実である.二つめは,メンデルランダム化という手法を用いた因果推論の結果,「長い眼軸長と近視には因果関係はない」とされている事実である.これらの直観に反する事実を説明するうえで,身長が重要な意味をもつ.つまり,眼軸長は単なる眼球の前後方向の長さであるため,「身長(体格)が大きいために単純に眼球が正円状に大きい」場合も,「眼球が楕円形になっているために近視が強い」場合も,いずれも眼軸長は長いのである.このため,眼軸長が近視と関係するかどうかを考えるには,身長(体格)相応の眼軸長(眼球が正円状に大きいだけで非近視)なのか,身長(体格)の割に長い眼軸長(眼球が楕円形になっており近視化)なのかを考える必要がある.この基本的な知識は本論文の考察を読み解くうえで大きな役割を果たしているため,頭の中に入れておいていただきたい.CIV日本人における近視・強度近視・最強度近視の有病率1.近視の定義他稿でも触れられていると思うが,簡単に記載しておく.近視の定義はこれまでさまざまなものが使われているが,InternationalMyopiaInstitute(IMI)の定義によると,等価球面度数が-0.5D以下のものが近視(myo-pia),等価球面度数が-6.0D以下のものが強度近視(highmyopia)とされている.「未満」ではなく「以下」であることに注意が必要である.さらに強い近視は最強度近視(extrememyopia)と呼称されるが,これはCIMIでは定義されていない.現在コンセンサスのあるのは上記基準であるが,これらの定義は研究の目的によって変わりうる.たとえば世界保健機関(WHO)は等価球面度数が-5.0D以下という基準を強度近視の定義として採用した.これは,WHOの研究の目的が「屈折矯正にアクセスできないために事実上失明レベルに至っている人」がどの程度いるかを見積もることであったためである.裸眼視力との対応を考慮すると-6.0D以下よりも-5.0D以下と定義したほうがより適当だと判断されたようである.880あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021(32)表1各種眼球形状パラメータの年齢.性別層別化解析性別男性女性年齢(歳)34~C3940~C4950~C5960~C6970~34~C3940~C4950~C5960~C6970~症例数(人)C身長(cm)眼軸長(mm)等価球面度数(D)角膜曲率半径(mm)前房深度(mm)角膜径(mm)中心角膜厚(Cμm)259C601C506C966C874C672C1,463C1,460C1,921C1,128172.89(C0.34)C172.80(C0.36)C170.64(C0.36)C167.76(C0.35)C164.06(C0.34)159.37(C0.33)C159.27(C0.32)C157.58(C0.32)C154.47(C0.31)C150.80(C0.33)24.97(C0.09)24.83(C0.09)24.72(C0.08)24.23(C0.07)23.83(C0.06)24.54(C0.09)24.36(C0.08)24.06(C0.09)23.68(C0.08)23.30(C0.08)-2.32(C0.18)-2.37(C0.17)-2.21(C0.17)-0.87(C0.16)0.23(C0.13)-2.68(C0.18)-2.40(C0.17)-2.02(C0.18)-0.82(C0.17)0.45(C0.15)7.85(C0.02)7.81(C0.02)7.75(C0.01)7.68(C0.01)7.66(C0.01)7.74(C0.02)7.72(C0.01)7.63(C0.01)7.58(C0.01)7.56(C0.02)3.54(C0.02)3.45(C0.02)3.28(C0.02)3.18(C0.02)3.04(C0.02)3.45(C0.02)3.35(C0.02)3.16(C0.02)3.03(C0.02)2.93(C0.02)12.25(C0.02)12.17(C0.02)12.11(C0.02)11.99(C0.02)11.97(C0.02)12.10(C0.02)12.07(C0.02)11.92(C0.02)11.83(C0.02)11.82(C0.02)541.25(C2.01)544.47(C1.9)C545.32(C1.88)C548.25(C1.81)C546.62(C1.75)541.64(C1.82)542.34(C1.8)C542.57(C1.77)C544.16(C1.75)C541.15(C1.75)表2さまざまなカットオフ値での近視の有病率の年齢.性別層別化解析症例数(有病率)標準化有病率(%)男性女性34~C3940~C4950~C5960~C6970~34~C3940~C4950~C5960~C6970~症例数(人)C9,850C─C259C601C506C966C874C672C1,463C1,460C1,921C1,128等価球面度数で定義≦-0.5D4,684(54.4)C49.97C169(69.3)C409(72.1)C325(68.7)C385(45.0)C170(26.0)C478(75.5)1023(73.1)C856(62.8)C699(42.2)C170(22.3)C≦-3D2,121(24.6)C22.5076(31.1)C185(32.6)C156(33.0)C154(18.0)51(7.8)C242(38.2)473(33.8)C412(30.2)C318(19.2)54(7.1)C≦-5D1,059(12.3)C11.4548(19.7)99(17.5)77(16.3)67(7.8)16(2.5)C137(21.6)233(16.7)C206(15.1)150(9.1)26(3.4)C≦-6D735(8.5)C7.8935(14.3)72(12.7)46(9.7)41(4.8)11(1.7)92(14.5)162(11.6)C152(11.1)103(6.2)21(2.7)C≦-8D289(3.4)C3.0312(4.9)23(4.1)20(4.2)15(1.8)3(0.5)38(6.0)63(4.5)65(4.8)39(2.4)11(1.4)C≦-10D106(1.2)C1.063(1.2)10(1.8)3(0.6)5(0.6)1(0.2)12(1.9)27(1.9)22(1.6)17(1.0)6(0.8)眼軸長で定義≧26.0Cmm862(9.7)C10.3952(21.5)C118(21.0)84(17.8)73(8.4)29(3.9)C0C104(16.4)160(11.5)119(8.8)90(5.2)33(3.6)C≧26.5Cmm547(6.1)C6.7036(14.9)80(14.2)54(11.4)44(5.1)15(2.0)C065(10.3)92(6.6)81(6.0)56(3.2)24(2.6)C≧28.0Cmm86(1.0)C1.016(2.5)10(1.8)9(1.9)4(0.5)3(0.4)C011(1.7)8(0.6)12(0.9)15(0.9)8(0.9)C≧29.0Cmm17(0.2)C0.181(0.4)2(0.4)1(0.2)0(0.0)0(0.0)C03(0.5)1(0.1)3(0.2)4(0.2)2(0.2)C≧30.0Cmm5(0.1)C0.040(0.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)C00(0.0)0(0.0)1(0.1)3(0.2)1(0.1)()内は有病率(%)a等価球面度数(SE)別の有病率男性75~70-74SE.-10D年齢(歳)年齢(歳)65-6960-6455-5950-5445-4940-4434-3975~70-7465-6960-6455-5950-5445-4940-4434-390%25%50%75%100%女性0%25%50%75%100%-10D<SE.-8D-8D<SE.-6D-6D<SE.-3D-3D<SE.-0.5D-0.5D<SE.0.5D0.5D<SESE.-10D-10D<SE.-8D-8D<SE.-6D-6D<SE.-3D-3D<SE.-0.5D-0.5D<SE.0.5D0.5D<SEb眼軸長(AL)別の有病率男性75~70-7429mm<AL.30mm年齢(歳)年齢(歳)65-6960-6455-5950-5445-4940-4434-3975~70-7465-6960-6455-5950-5445-4940-4434-390%25%50%75%100%女性0%25%50%75%100%図1近視の程度別有病率28mm<AL.29mm26mm<AL.28mm24mm<AL.26mm23mm<AL.24mmAL.23mm30mm<29mm<AL.30mm28mm<AL.29mm26mm<AL.28mm24mm<AL.26mm23mm<AL.24mmAL.23mm表3等価球面度数(SE)と眼軸長(AL)でグループ化した各群の各種眼球形状パラメータによる解析等価球面度数p値中央値以下(LowerSE群)中央値以上(HigherSE群)眼軸長中央値以下(ShorterAL群)症例数(人)C身長(cm)眼軸長(mm)等価球面度数(D)角膜曲率半径(mm)前房深度(mm)角膜径(mm)中心角膜厚(Cμm)942C158.68(C0.25)23.33(C0.015)-1.41(C0.029)7.49(C0.007)3.13(C0.01)11.84(C0.011)543.69(C0.92)3,291158.34(C0.14)C22.96(C0.01)0.82(C0.018)7.60(C0.004)2.95(C0.005)11.89(C0.006)C544.76(C0.49)0.67*<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-100.0058*<C1.0C×10-10中央値以上(LongerAL群)症例数(人)C身長(cm)眼軸長(mm)等価球面度数(D)角膜曲率半径(mm)前房深度(mm)角膜径(mm)中心角膜厚(Cμm)3,450C162.06(C0.14)25.32(C0.018)-3.98(C0.045)7.72(C0.004)3.41(C0.005)12.05(C0.006)543.56(C0.49)825164.43(C0.31)24.36(C0.013)0.23(C0.023)7.92(C0.007)3.26(C0.011)12.18(C0.012)545.11(C0.95)<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10p値身長(cm)眼軸長(mm)等価球面度数(D)角膜曲率半径(mm)前房深度(mm)角膜径(mm)中心角膜厚(Cμm)<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10*統計学的に非有意----前房深度(mm)身長(mm)2.53.03.54.04.51301401501601701801902.0角膜径(mm)角膜曲率半径(mm)11.011.512.012.513.013.57.07.58.08.510.5LowerSEHigherSELowerSEHigherSELowerSEHigherSELowerSEHigherSEShorterALLongerALShorterALLongerALLowerSEHigherSELowerSEHigherSELowerSEHigherSELowerSEHigherSEShorterALLongerALShorterALLongerAL図2グループ別眼球形状パラメータの解析結果AL:眼軸長,SE:等価球面度数-a眼球の正円状の拡大赤道部の伸長b眼球の正円状の拡大前後方向への拡大眼球の正円状の拡大赤道部方向への拡大阻害図3眼球形状の拡大パターン

学童近視の治療(オルソケラトロジー, その他の治療)

2021年8月31日 火曜日

学童近視の治療(オルソケラトロジー,その他の治療)TreatmentofMyopiainSchool-AgeChildrenOrthokeratologyandOtherMethods平岡孝浩*はじめに学童近視の進行抑制法としてさまざまな光学的手法が臨床応用されているが,オルソケラトロジー(以下,オルソK),多焦点ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL),特殊眼鏡を用いた3手法に大別できる.光学的アプローチのメリットは,一つの手段で近視矯正と近視進行抑制の両方の効果を兼ねることである.アトロピン点眼は確かに近視進行抑制効果を有するが,患児は眼鏡やコンタクトレンズなどの矯正用具を別途使用する必要がある.しかし,オルソK,多焦点SCL,特殊眼鏡を使用する場合は基本的に一つの手段を用いればよい.これは薬物治療に対して大きなアドバンテージとなる.本稿では光学的アプローチによる近視抑制に関して,手法別に情報をアップデートする.IオルソKによる近視進行抑制光学的アプローチによる近視進行抑制法としてオルソKは確固たる地位を確立しているといっても過言ではない.Kakitaら1)は日本人を対象とした2年間の非ランダム化臨床試験を行い,単焦点眼鏡群と比較して有意な眼軸長伸長抑制効果(36%)を確認した.この試験はその後5年間に延長され,最終的に30%の眼軸長伸長抑制効果が得られていることが報告された2).世界初のランダム化比較試験(randomizedcontrolledtrial:RCT)は香港で行われ,2年間で43%の眼軸長伸長抑制効果が確認された3).さらに2015~2016年にかけて,もっともエビデンスレベルが高いメタ解析(meta-analysis)の結果が立て続けに4報報告された4~7).いずれの報告においてもオルソKは対照(眼鏡やSCL装用)と比較して有意に眼軸長の伸長を抑制し,安全性も許容できると結論づけられている.また,中等度~強度近視のほうが弱度近視よりも抑制効果が強く現れ,白人よりも中国(アジア)人で抑制効果が強いと報告されている4).その他の報告も含め,既報に基づけば2年間で3~6割程度の抑制効果が期待できる.長期経過の報告も散見されるようになり,スペインで行われた7年間のフォローアップ研究8)や,わが国で行われた10年間のレトロスペクティブ研究9)でも,有効性と許容できる安全性が確認されている.光学的手法の中ではもっともエビデンスが豊富であるといえる.2019年には米国眼科学会(AmericanAcademyofOphthalmology:AAO)も公式のレポートを発表している10).本論文は,オルソK近視進行抑制効果に関連する162編の既報からエビデンスレベルの高い13論文を選出し,それらのレビューを行っているが,結論としてオルソKは眼軸長伸長を2年間で約50%抑制し,年齢が若く瞳孔径が大きい患者のほうが得られる抑制効果は強いと述べている.また,細菌性角膜炎の発症には注意すべきであると追記している.オルソKの近視進行抑制メカニズムに関しては諸説提唱されているが,軸外収差理論がもっとも支持されており,治療後の角膜形状がoblate形状になること,す*TakahiroHiraoka:筑波大学臨床医学系眼科〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-8575つくば市天王台1-1-1筑波大学臨床医学系眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(25)873周辺角膜はスティープ化図1軸外収差理論に基づく近視進行・抑制メカニズム通常の眼鏡やコンタクトレンズで近視を矯正すると,網膜周辺部に遠視性デフォーカス(網膜後方の焦点ボケ)を生じやすい.後方の焦点は眼球を伸展させるシグナルとなり,眼軸長が必要以上に伸展してしまう(眼球の視覚制御機構).オルソCK後は角膜中央がフラット化するとともに周辺部角膜はスティープ化するため,周辺部での屈折力が増し遠視性デフォーカスが改善する.その結果,眼軸長伸長が抑制され近視進行が鈍化すると考えられている.12CさらにCAOKスタディにおいて高次収差や瞳孔径の影響を検討した研究も論文化されており14),AOK群の眼軸長変化量は明所瞳孔径の拡大やいくつかの高次収差成分と有意に相関したことから,併用群ではアトロピンによる瞳孔拡大効果により光学的な作用が増強され,近視進行抑制効果が増大した可能性が示唆されている.CIII多焦点SCLと近視進行抑制多焦点CSCLを用いた近視進行抑制法も広く試されている.これまでに複数のデザインが用いられているが,もっとも強い抑制効果が確認されたのは,MiSight(CooperVision社,図2)というコンセントリックデザイン(中心から周辺に向かって四つの同心円;中央とC3番目は遠用矯正度数,2番目とC4番目は+2Dの加入度数が組み込まれている)を有するC2焦点レンズである.4カ国でC144症例を対象としたC3年間のCRCTが行われ,MiSightは単焦点CSCLと比較して屈折度でC59%,眼軸長でC52%の抑制効果を示したことが報告された15).その後,MiSightはC2018年にCCEマークを取得し,2019年には米国食品医薬品局(FoodCandCDrugCAdminist-ration:FDA)でも認可され,諸外国では近視進行抑制SCLとして市販されている.さらにCextendedCdepthCoffocus(EDOF)デザインを有するCSCLも登場し,その近視進行抑制効果が検討されている.Sankaridurgら16)は近方加入度数や配置の異なるC4種類のデザインを用いてC2年間のCRCTを施行し,単焦点CSCLとの比較を行った.その結果,いずれのデザインでも単焦点CSCLより有意な近視進行抑制効果(屈折度でC24~32%,眼軸長でC22~32%の抑制効果)が認められたが,デザイン間に効果の差はみられなかったと報告している.この試験で用いられたレンズデザインの一部はすでに海外で近視進行抑制用として市販されている(MYLO:MarkC’ennovy社,図3).また,デザインは異なるがCNaturalVueMultifocal1Day(VisioneeringTechnologies社,図4)というCEDOFレンズに関しても近視進行抑制効果が報告されており17),CEマークを取得している.このレンズに関しては,メニコンがOEM(originalCequipmentmanufacturing)商品として取得し,BloomDay(図5)というブランド名で販売を開始している.多焦点CSCLによる近視進行抑制(眼軸長抑制)効果のメカニズムに関してもいくつかの理論が提唱されており,軸外収差理論による周辺部遠視性デフォーカスの改善効果は有力な仮説の一つであるが,軸外に限らず軸上においても近用部を通過した光線が近視性デフォーカス(網膜前方の焦点)を形成することが眼軸長の過伸展を抑える可能性や,機械的張力理論(mechanicaltensiontheory)といって角膜の多焦点や高次収差の増大が焦点深度を拡張し,毛様体筋の負荷を軽減(調節努力の軽減)するために眼軸長の伸展が抑制されるという機序も考えられている.しかし,単独の理論ですべての現象を説明することができず,真のメカニズムの解明に関しては今後さらなる研究が必要である.CIV特殊眼鏡と近視進行抑制古くからさまざまな特殊デザインを施した眼鏡が試されてきた.その代表は累進屈折力眼鏡(progressiveCadditionlens:PAL)であり,レンズの下部に+1.5~+2Dの近見加入度数を配置し,調節ラグを改善しようとするデザインである.これまでに多数の臨床研究が施行されたが,臨床的効果が不十分という結論に至り現在ではほとんど処方されていない.ついで注目されたのはCradialCrefractiveCgradient(RRG)レンズであり,同心円状に徐々にプラス度数が加入されており周辺に行くほどプラス度数が強くなるデザインを有する.周辺部遠視性デフォーカス(軸外収差)を改善することにより近視進行抑制効果を発揮することが期待されていた.この代表レンズはCMyoVision(CarlZeissVision)であるが,わが国で行われたCRCTでは有効性が確認されなかった18).近年登場したCdefocusincorporatedmultiplesegment(DIMS)レンズは,中心のクリアゾーン(直径C9Cmm)は通常の単焦点レンズであるが,その周囲に直径C1Cmm程度の微小セグメント(+3.5Dの加入)が約C400個埋め込まれている.つまり,微小セグメントを通過した光線は,網膜前方に焦点を結ぶため,常に近視性デフォーカスが形成される状態となる(図6).本眼鏡を用いたC2年間のCRCTの結果がすでに報告されており,対照群の単(27)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C875図3MYLOのパッケージMark’ennovy社が欧州を中心として展開しているCEDOFレンズ.1カ月定期交換型として販売されている.図2MiSight1dayのパッケージと光学デザイン中心から遠→近→遠→近と配置された二重焦点レンズである.近用部には+2.00Dが加入されている.近用部を通過した光線が網膜前方の焦点を形成する(近視性デフォーカス).(CooperVision社のプロモーション資料より引用)図5BloomDayのパッケージBloomはメニコン社が海外で展開している近視進行抑制用レンズのブランド名であり,夜間装用のオルソCKレンズ(BloomNight)と昼間装用のCSCL(BloomDay)がラインナップされている.BloomDayはCNaturalVueMultifocal1DayのCOEM商品である.図4NaturalVueMultifocal1DayのパッケージVisioneeringCTechnologies社から市販化されており,EDOFレンズとしてはもっとも早くCCEマークを取得している.大規模研究は行われていないが,さまざまな症例における近視進行抑制効果が報告されている17).レンズ中心の直径9mm領域は,通常の単焦点レンズで遠方矯正度数となる直径1.03mmのセグメントが+3.5Dの近視性デフォーカスを生じる直径33mmの領域内に約400個の微小セグメントが、中心のクリアゾーンを取り囲むように埋め込まれている図6DIMSレンズの光学デザインと近視性デフォーカスレンズ中心のC9Cmm領域はクリアゾーンであり,通常の単焦点レンズと同様である.その周囲に直径C1Cmm程度の微小セグメントが約C400個埋め込まれており,それぞれが+3.5DのCadd-powerを有する.つまり,微小セグメントを通過した光線は,網膜前方に焦点を結ぶため,常に近視性デフォーカスが形成される.(文献C19およびウェブサイトCwww.THEyeOptical.com.から引用)—

学童近視の薬物治療(低濃度アトロピン点眼 について)

2021年8月31日 火曜日

学童近視の薬物治療(低濃度アトロピン点眼について)PharmacologicalControlofMyopiainSchool-AgeChildren-TopicalAdministrationofLow-ConcentrationAtropineEyeDrops稗田牧*I慢性疾患としての近視進行近視は裸眼で遠くが見えないだけで,「眼鏡処方すれば正視になり治癒する」という考え方はもう捨てなくてはならない.近視がC1D進行するごとに,近視性黄斑症になるリスクはC40%増える1).近視による眼軸長延長は学童期以降も継続し2),眼軸C28Cmm以上になるとC70歳ではC30%で視覚障害が発生する3).また,10D以上の近視ではC60歳以上になるとC25%以上で視覚障害が発生する4).近視の生涯にわたる進行が,視覚障害発生の危険性を増加させることにはエビデンスがある5).近視は慢性疾患として進行抑制治療を行う必然性がある.しかし,現時点でわが国では近視進行抑制効果を承認された治療が一つもない.世界的にみても近視進行のメカニズムは明らかではない.低濃度アトロピン点眼にしても,海外の数施設で抑制効果があったと報告されていたに過ぎず,欧米での臨床研究は現在進行形である.わが国で,低濃度アトロピン点眼の学童への近視進行抑制効果を検証する世界初の複数医療機関でのランダム化比較かつ二重遮蔽による臨床研究が行われた.その結果,点眼の有効性は示されたものの,すべての学童に有効ではないこともあきらかになった6).近視という疾患概念にはさまざまな状態が含まれている.今,早急に行うべきは,近視を病状に合わせて層別化し,さまざまな近視に有効な治療をあらゆる角度から検討することである.IIアトロピンは副交感神経遮断薬現時点で唯一といっていい近視進行抑制薬物であるアトロピンの基本事項を以下に述べる.副交感神経の末端などから放出される神経伝達物質であるアセチルコリン(acetylcholine:ACh)で刺激される受容体は,ニコチン受容体とムスカリン受容体に分けられる.アトロピンはこのムスカリン受容体を阻害し,散瞳,調節麻痺,心拍数の増大などを起こすナス科植物のベラドンナ由来の有機化合物である.ベラドンナ(belladonna)とは「美しい女性」を意味するイタリア語で,瞳孔を拡張させるために利用したことに由来する.眼に対する影響として,散瞳効果はC30~40分で最大となりC12日間程度継続する.調節麻痺効果はC2~3時間で最大効果を示しC2週間継続するとされている.効果が強いが,効果が出るまでに時間がかかり,いったん効果が出ると長く持続する.アジア人のような虹彩色素が多い眼では効果の発現が遅く,消失にも時間がかかる.CIII学童の近視進行抑制治療1.アトム(ATOM)研究アトロピン点眼による近視進行抑制治療の歴史は長く,1870年代には治療が開始されている7).日本では1940年代,欧米ではC1970年代に臨床研究が行われ,副作用が強すぎる割に効果が少ないとしてあきらめられ*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(19)C867た歴史をもつ.シンガポールで行われたCAtropineCforCtheCtreatmentCofCchildhoodmyopia(ATOM)-1研究によりC1%アトロピン点眼は近視進行と眼軸延長をほぼ止める効果あることがエビデンスとなった8).しかし,点眼中止後リバウンドが起こること,点眼中羞明が強く,累進屈折眼鏡や遮光眼鏡が必要であることなどから,学童への近視進行抑制点眼に適さなかった.ATOM-2研究ではC0.5%,0.1%,0.01%のアトロピン点眼薬が検討され,濃度依存性に強い近視進行抑制効果はあるものの,0.5%,0.1%点眼は中止後のリバウンドが存在した.0.01%アトロピン点眼は近視進行抑制の効果は少ないものの,その分副作用も少なく,リバウンドもなかった9).C2.ランプ(LAMP)研究など香港のCLow-ConcentrationAtropineforMyopiaPro-gression(LAMP)研究はC4~12歳の子どもC400人に対して初年度C0.05%アトロピン点眼,0.025%アトロピン点眼,0.01%アトロピン点眼,偽薬のC4種類の点眼をランダムに割りつけ,近視進行程度を比較した.その結果,0.01%アトロピン点眼は偽薬より近視進行は抑えられたものの,眼軸長の変化に差がなかった.0.05%アトロピン点眼はもっとも強く近視進行を抑制し,眼軸長の延長も有意に抑制した10).2年目に偽薬群は全員C0.05%アトロピン点眼に変更され,スイッチ群となった.結果としてスイッチ群はC0.01%アトロピン点眼とほぼ同じ近視となった.また,年齢が低いほど高い濃度でないと効果が得られにくい傾向がみられた11).LAMP研究は今後さらにC1年間点眼を継続したあと,2年間の点眼中止期間を予定している.数年後にはC0.05%アトロピン点眼のリバウンドについて一定の見解が得られるものと思われる.中国の北京でもC0.01%アトロピン点眼と偽薬のランダム化比較試験が行われ,1年の経過観察期間で,有意な近視化の抑制と眼軸延長の抑制が認められた12).ただし,1年間経過観察できた症例がC70%と脱落率が高かった.これらの研究はいずれも東アジアの単独施設で行われた結果である.IVアトムジェイ(ATOM.J)の結果2006年以降に行われたアトロピン点眼を使ったランダム化比較試験の結果を表1にまとめた.日本においてはC0.01%アトロピン点眼と偽薬を使ったランダム化二重遮蔽試験(AtropineCforCtheCtreat-mentofchildhoodmyopiainJapan:ATOM-J)が行われた.低濃度アトロピン点眼の効果を確かめるための研究としては世界初の多機関共同研究である.参加施設は日本全国に散在するC7大学病院である.168人のC6~12歳の両眼にC1日C1回C2年間点眼し近視進行程度を比較した.ベースラインでC1.0以上の眼鏡視力となる眼鏡を処方し,以下半年ごとに調節麻痺下屈折度数と眼軸長を測定して,眼鏡視力がC1.0以上でない場合には眼鏡を再処方した.0.01%点眼はCATOM研究を行ったシンガポールの施設の協力のもと,適正製造規範で製造された点眼薬を輸入した.近視進行,眼軸長延長ともにC0.01%アトロピン点眼群で偽薬群より抑制されていた.屈折度はC2年の経過観察でようやく有意差がついたので,平均の差としては0.22Dと他の報告より少なかった(図1).しかし,眼軸長に関してはC18カ月から有意な差があり,2年で0.14Cmmの有意な抑制効果が認められた(図2).また,脱落率はC20%未満であり,点眼中止に至った症例は両群C2人だけだった.わが国における点眼の有効性と安全性の高さを示すことができた.多機関研究では,さまざまな環境や条件が異なるなかで研究が行われるので,実臨床に近い成績と考えられる.この研究でもっとも興味深かったことは,点眼前の暗所瞳孔径が全体の中央値より大きい学童には低濃度アトロピンをC2年間投与しても近視進行抑制効果が認められなかったという事実である(図3).投与前のデータを用いたサブグループ解析ではあるが,少なくとも瞳孔径が大きい症例でこの薬が効きやすいということはいえない.図3は結果に影響を与えると考えられるさまざまな投与前の要因で,中央値によりC2群に分けて,その要因の交互作用をみたものである.最上段の年齢についてはC9歳未満のアトロピン群C33例と偽薬群C36例のC2年経過868あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021(20)眼軸長:ベースラインからの変化[mm]等価球面度数:ベースラインからの変化[D]0.40.20.0-0.2-0.4-0.6-0.8-1.0-1.2-1.4-1.6-1.8-2.0追跡調査時点*:p<0.05CI:信頼区間図1AtropineforthetreatmentofchildhoodmyopianJapan(ATOM.J)における等価球面度数の変化(文献C6より引用)1.00.80.60.40.20.0-0.2ベースライン6カ月後12カ月後18カ月後24カ月後追跡調査時点*:p<0.05CI:信頼区間図2ATOM.Jにおける眼軸長の結果(文献C6より引用)表1アトロピン点眼のランダム化比較試験試験名症例数濃度コントロール期間まとめCATOM-1C4001%偽薬2年近視抑制効果ありCATOM-2C4000.5%0.1%0.01%なし2年濃度依存性に近視抑制効果あり0.01%眼軸有意差なしCATOM-JC1710.01%偽薬2年0.01%に近視抑制効果あり眼軸延長抑制効果ありCLAMPC4380.05%0.025%0.01%偽薬1年濃度依存性に近視抑制効果あり0.01%眼軸有意差なしWeiら(文献C12)C2200.01%偽薬1年0.01%に近視抑制効果あり眼軸延長抑制効果あり-0.50.00.51.0→アトロピン効果あり図3ATOM.Jのサブグループ解析(文献C6より引用)-表2瞳孔径の大きさの解釈-瞳孔径自律神経メカニズム小さい副交感神経優位ムスカリン作用強い大きい交感神経優位ムスカリン作用弱い==–

学童近視の環境因子と対処方法

2021年8月31日 火曜日

学童近視の環境因子と対処方法EnvironmentalFactorsAssociatedwithMyopiainSchool-AgeChildrenandMethodsforManagement小川早紀*五十嵐多恵**はじめに世界の著名な近視研究者らが集結し設立されたTheInternationalMyopiaInstitute(IMI)は,2020年に近視のリスクファクターに関して,環境要因を中心に現在までのエビデンスをまとめた白書を“InvestigativeOphthalmology&VisualScience”誌の特集号で公表した1).表1はそのサマリーであり,主要因子として教育,屋外活動時間,そして近業は別の項目として,スクリーンタイムが掲げられている.また,教育,屋外活動時間,両親の近視の有無が,現在まで蓄積したエビデンスで近視と強い関連が確立している.とくに教育と屋外活動に関しては,その因果関係が無作為化比較試験のシステマチックレビューやメンデルランダム化解析から明確となり,一次予防対策として介入すべき課題と考えられる2~4).一方で中程度のエビデンスが知能,身体活動,社会経済状況,都市化で示されている.しかし,これらはすべて強い近視の発症原因である教育,もしくは屋外活動時間が交絡した結果の可能性がある.スクリーンタイムと近視に関しては,2020年のシンガポールのLancaらによるシステミックレビューで明確な関連を認めなかった5).このため,現時点のエビデンスは「曖昧」であるが,このレビュー以降にスクリーンタイムと近視の関連を示す報告が急増している.近視対策の先進諸国は,近視研究者らの警告をもとに対策を講じはじめている.本稿では,学童近視の環境因子と対処法方に関して,近視の遺伝子環境相合作用を述べたあとに,IMIが主要因子として掲げた教育,屋外活動時間,スクリーンタイムに焦点を当てて概説する.I近視の遺伝子環境相合作用学童近視のようなありふれた疾患は,多数の疾患感受性遺伝子と環境要因の相互作用で発症する多因子疾患である.近年は,人種単位で大規模コンソーシアムが組織され,ゲノムワイド関連解析(genomewideassociationstudy:GWAS)およびそのメタアナリシスが行われるようになり,近視の疾患感受性遺伝子は現在まで500以上が同定されている.しかし,これらは総じて一般的な近視の10%,強度近視の20%を説明する程度である.このいわゆるmissingheritability(失われた遺伝率)を説明するものとして,近視では遺伝子環境相合作用が重要視されている6).たとえば図1aに示すように,遺伝子リスクスコアもしくは環境リスクスコアが各々単独で高リスクであっても近視リスクはそれほど高くない.しかし,両者のリスクがともに高い被検者は,単独よりも近視リスクが相乗的に上昇する.なお,図1bに示すように,環境リスクスコアと両親の近視既往の臨床情報があれば,遺伝子リスクスコアを算出せずとも同等の予後予測が可能である.つまり両親の近視の有無は,近視の遺伝情報だけでなく生活スタイルなどの環境要素も含有する非常に重要な情報であり,学童近視では予後予測のために遺伝解析を行う臨床的意義が低い.*SakiOgawa:独立行政法人国立病院機構災害医療センター眼科**TaeIgarashi:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕五十嵐多恵:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(11)859ab1.20ParentalMyopiaモデル*20.670.65-0.70─GRSモデル0.670.64-0.700.781.15ERSモデル0.690.66-0.720.98高遺伝リスク低n=3,291AUC95%CIp値*3参照モデル*10.630.60-0.66<0.01近視のオッズ比GRS+ParentalMyopia0.700.67-0.73<0.01ERS+ParentalMyopia0.710.68-0.73<0.011.10GRS+ParentalMyopia0.730.70-0.75<0.011.05*1参照モデルは年齢,性別,その他10個の患者基本情報から算出された予測モデル*2年齢,性別,その他の患者基本情報を調整した予測モデル*3ParentalMyopiaモデルと比較したp値ERS:環境リスクスコア1.00環境リスクGRS:多遺伝子リスクスコア図1近視の遺伝子環境相合作用と予後予測a:GWASで同定された近視感受性遺伝子を用いて遺伝子リスクスコア(GRS)を算出し,また屋外活動および近業のアンケート調査から環境リスクスコア(ERS)を算出して,遺伝子環境相互作用を解析した.GRSおよびERSの三分位数がもっとも高い被検者の近視のリスクは相乗的に増加し[オッズ比(高GSR+高ERS)=1.23;95%CI1.18-1.29],それぞれ一つのみ高リスクである被検者のリスクの合計よりも高かった[オッズ比(高GSR+低ERS)=1.04;95%CI1.00-1.09;オッズ比(低GSR+高ERS)=1.06;95%CI1.01-1.11].b:近視の予測能をROC曲線下面積(areaunderthecurve:AUC)を用いて比較した.環境リスクスコアおよび両親の近視既往といった臨床情報があれば,GRSを算出せずとも同等の予後予測が可能であるため,遺伝情報をスクリーニングする臨床的意義は少ない.親の近視の有無とERSを問診することで,近視発症前に近視発症の高リスク児を推定するほうがはるかに簡便であり,高リスク児にはライフスタイルによる近視予防についての意識を高めることが重要である.(文献6を一部改変)-=---=強い因果関係の介入研究エビデンス弱い因果関係のエビデンス観察研究図2メンデルランダム化解析とエビデンスレベルのビラミッドこれまで疾病と原因との因果関係を明らかにするために,コホートなどの観察研究が多く実施されてきたが,観察研究から得られた因子には,交絡が存在する可能性が否定できず,たとえ交絡因子を統計学的に補正しても,見えない交絡因子を除外することはできなかった.原因を確定するには無作為化介入試験が必要だが,介入方法がない場合や人道的理由で介入が困難な場合,真の因果関係を明らかにすることは困難である.たとえば近視の原因が教育であることを証明するために,学童を無作為に教育を与える群と与えない群に割り付けることはできない.ところが,メンデルランダム化解析という自然界で行われる無作為化をCGWASで得られた遺伝情報を利用することで行う解析法が開発され,観察試験においても交絡因子を除外し因果関係を明らかにすることができるようになった.(文献C7を一部改変)ab図3近業が近視を誘発する仮説;軸外収差理論たとえば右手で近業を行う場合,固視点を十字で示した場合,右眼視野では網膜前方に,左眼視野では網膜後方にデフォーカスが発生する(Ca).このような周辺部網膜へのデフォーカスは,屋外では生じにくい(Cb)一方で,屋内では生じやすい(Cc)ことが示されている.Cab図4近業が近視を誘発する仮説;空間周波数特性の影響a:視覚系において明暗情報の処理を担うと考えられている網膜のCon経路とCo.経路の応答特性は異なり,緑で示すCon経路の刺激によって脈絡膜厚は肥厚し眼軸が伸長する一方で,赤で示すCo.経路の刺激では脈絡膜は菲薄化し眼軸は短縮する.自然界の空間特性では,この視覚刺激のバランスがとれている.Cb,c:白地に黒文字のテキストによる空間特性の視覚刺激は,o.経路を刺激して眼軸長伸展を促す,という説である.黒地に白文字のテキストによる空間特性の視覚刺激はCon経路を刺激し近視を予防する可能性が指摘されているが,検証が十分とはいえず今後の研究の進展が期待される.(文献C12を一部改変)て,屋外活動の高い近視予防効果が示唆されて以降,この説を支持する研究報告結果が蓄積し,2017年のメタアナリシスによって屋外活動は近視の発症リスクをC50%近く抑制するとするエビデンスが確立した3).また,2019年のメタアナリシスで,学校教育に十分な屋外活動時間を確保することで,4~14歳のアジア人の学童の近視発症がC50%,近視進行がC32.9%,眼軸伸展がC24.9%抑制できることが示され4),屋外活動は近視の発症のみならず,近視の進行も抑制するエビデンスが示された.屋外活動の近視予防効果は,屋外活動時間の増加に応じて高まり,もっとも効果的な成果を得るためにC1日120分以上の屋外活動を学校現場で確保することが推奨されるようになった.すでにC2001年から国策として屋外活動による一次予防対策を実施してきたシンガポールでは大規模なコミュニティ,スクールベースの屋外活動キャンペーンの成果により,2004~2007年の時点で小学生における近視有病率の減少に成功し,現在まで有病率の増加を食い止めている13).なお,近視の一次予防対策においてC10歳以下の早期発症を防ぐことは第一の目標と考えられる.近視は低年齢であるほど年間あたりの進行が早く,いったん発症するとC17歳ごろまでは進行が止まらない.10歳以下の低年齢で近視が発症するということは近視が強度に至ること意味するためである.シンガポールが近視の低年齢発症の予防に成功を収めたことは重要な成果であった.一方,台湾は「学生ビジョンケアプログラム」の一環として“天天戸外C120運動”(近視予防のためにC1日120分以上の屋外活動を促す)という政策プログラムを2010年から導入した14).それ以前から台湾では近視予防策としてC1)500CLux以上の室内照明の確保,2)児童の身長に合わせた机の高さの設定(30Ccm以上の視距離を座位の近業で保つ),3)near-workCbreaksC3010Crule(30分の近業後にC10分の休憩を挟む)などの対応が行われていたが,近視の有病率減少には結びついていなかった.ところが“天天戸外C120運動”の実施により,50%であった台湾の小学生における近視有病率は,年率でおおよそC2%強で低下し続けC2015年にはC45%程度まで減少している.なお,近視予防効果を得るための照度の高さは照度計を用いた研究によって,1,000~3,000CLux程度と考えられているが10,15),校舎の影や木陰でも十分なことが示されている15).晴れた夏の日の校庭では,照度がC10万Luxを超えることもあるが,帽子やサングラスで紫外線や熱中症対策を行ったとしても,眼部には近視予防に十分な照度が保たれることも報告されている16).台湾やシンガポールでは紫外線や熱中症にも配慮した安全な屋外活動が指導されている.また,現在,学童近視の進行予防対策に目覚ましい進歩がみられるのが中国である.上海ではC6,000人を超える児童・生徒を対象に,AI技術を搭載した腕時計型小型計測機器を用いて,屋外活動導入による一次予防対策の有効性を実証する大規模スタディが実施されている17).学校現場にデータ共有できるネットワークを整備することで,児童・保護者へのリアルタイムなフィードバックが可能となっており,眼科検査データとともに解析した結果,近視予防に成果をあげているようである.今後,詳細が報告されることで日本での屋外活動実施に生かされることが期待される.C3.スクリーンタイム世界的にスマホが急速に普及し情報通信技術(infor-mationCandCcommunicationtechnology:ICT)化教育の発展からパソコンなどの電子機器の使用が,娯楽だけでなく学業や日常生活においても普及するようになった.スクリーンタイムと近視に関しては,2020年のシンガポールのCLancaらによるシステミックレビューでは明確な関連を認めず,表1に示す現時点のエビデンスは「曖昧」である5).しかし,このレビュー以降にスクリーンタイムと近視の関連を示す研究報告が急増している.2021年“Ophthalmology”誌に掲載された台湾の30年に及ぶ,教育の変遷とそれに伴う近視の増悪を示した研究報告においても,1日C1時間以上デジタルディバイスを使用する小児はそうではない小児と比較してオッズ比でC2.43倍近視のリスクが高いことが示されている〔オッズ比(OR)=2.43,95%信頼区間(CI)=2.10~2.81〕8).筆者のCTsaiらは,このC10年間はスクリーンタイムによる近業時間の増加が,台湾の学童近視が増悪した要因であることを政策決定者と眼科医療従事者が広(15)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C863表1近視のリスクファクターのサマリー因子エビデンス/因果関係交絡因子主要因子教育屋外活動時間スクリーンタイム先天要因性別人種両親の近視出生順位出生季節その他の個人の要素身長知能身体活動睡眠家庭の状況社会経済状況喫煙食事環境都会/田舎汚染住居概日リズム夜間の照明光の波長その他の要因アレルギー性結膜炎,花粉症,川崎病,ファブリー病不妊治療通説就寝前の薄暗いベッドでの読書交通機関で移動中の読書読み書きの姿勢,ペンの持ち方文字サイズ強い/原因強い/原因曖昧弱い一貫性なし強い弱い弱い弱い中等度中等度弱い中等度弱い弱い中等度弱い弱い弱い否定的弱い弱い弱い弱い弱い屋外活動時間光(照度,間隔,波長)近業社会的要因文化,遺伝遺伝,環境教育年数教育年数社会的要因教育,屋外活動時間屋外活動時間教育のプレッシャー教育教育,社会経済状況教育,社会経済状況教育,社会経済状況,屋外活動時間社会経済状況教育,社会経済状況ドーパミンデータ不十分データ不十分,屋外活動時間データ不十分データ不十分データ不十分CInternationalMyopiaInstituteによってまとめられた近視のリスクファクター.現時点でスクリーンタイムは明確に近視の原因であるとするエビデンスが確立しているとはいえないが,世界の主要な近視研究者らはすでにメジャーファクターとしてリストアップした.(文献C1より引用)20Ccmを切るほどまでとなる18).文字サイズを拡大しても,約C3割は短い視距離での使用に留まる.現代は紙や書籍の時代に比ベ,小さな画面をC30Ccmよりも短い視距離で長時間見続ける時代へと変化していると考えられる.日本ではCGIGAスクール構想とCwithコロナ時代の自粛政策によるCICT教育の加速から,スクリーンタイムのさらなる増加が予測される.予防策も同時に提示していく必要があることから日本眼科医会は『眼科学校医が知っておくべきC25のポイント』を公布するとともに19),適切なデジタルデバイスの使用に関する啓発活動を開始した.なお,先述した中国のCClouclipだけでなく,海外ではパソコンやスマホアプリケーションにおいて,視距離がC40Ccm以内に入った場合に画面が暗くなる機能や,周囲の照度を計測する機能が開発されている20).これらの小型機器やアプリケーションを積極的に導入して学習環境を健全化することは,医学的にも意義があると考えられる.おわりに本稿では学童近視の環境因子と対処法方に関して,IMIが掲げる主要な因子に絞りまとめた.IMIの掲げる主要因子が日本においても学童近視の増悪の要因となっているのか,またそれに対する対策が日本の学童近視の低年齢発症の増加を食い止めることに結びつくのか,検証する必要がある.2021年度から始動した文部科学省主導の学童近視の全国規模での実態調査は,それを実現していくための第一歩に過ぎない.海外では一次予防対策の実施と検証だけでなく,学校検診の段階で近視が発症するリスクの高い小児を同定し,早期に進行予防治療に結びつける体制が整えられつつある.日本でもこのようなスクリーニング体制が整えられる必要があるだろうし,医学的に根拠のある進行予防治療が保険診療として承認されて,経済や地域格差で機会損失が生じないようにする必要もある.これらの取り組みは,近視専門医や小児眼科医だけで実現することは不可能であり,プライマリケアを担う地域の眼科医療従事者,学校関係者,政策決定者らが中心となり力を合わせて一丸となり取り組んでいく必要がある公衆衛生学的課題と考えられる.文献1)MorganIG,WuP-C,OstrinLAetal:IMIriskfactorsformyopia.InvestOphthalmolVisSciC62:3,C20212)MountjoyCE,CDaviesCNM,CPlotnikovCDCetal:EducationCandmyopia:assessingCtheCdirectionCofCcausalityCbyCmen-delianrandomisation.BMJC361,C20183)XiongCS,CSankaridurgCP,CNaduvilathCTCetal:TimeCspentCinCoutdoorCactivitiesCinCrelationCtoCmyopiaCpreventionCandcontrol:aCmeta-analysisCandCsystematicCreview.CActaCOphthalmolC95:551-566,C20174)HoCCL,CWuCWF,CLiouYM:Dose-responseCrelationshipCofCoutdoorCexposureCandCmyopiaindicators:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysisCofCvariousCresearchCmethods.CIntJEnvironResPublicHealthC16:2595,C20195)LancaC,SawSM:Theassociationbetweendigitalscreentimeandmyopia:asystematicreview.OphthalmicPhysi-olOpt40:211-229,C20206)EnthovenCA,TidemanJWL,PollingJRetal:InteractionbetweenClifestyleCandCgeneticCsusceptibilityCinmyopia:CtheCGenerationCRCstudy.CEurCJCEpidemiolC34:777-784,C20197)DaviesCNM,CHolmesCMV,CDaveyCSmithG:ReadingCmen-delianCrandomisationstudies:aCguide,Cglossary,CandCchecklistforclinicians.BMJC362,C20188)TsaiCTH,CLiuCYL,CMaCIHCetal:EvolutionCofCtheCpreva-lenceCofCmyopiaCamongCTaiwaneseschoolchildren:aCreviewCofCsurveyCdataCfromC1983CthroughC2017.COphthal-mologyC128:290-301,C20219)HuangCHM,CChangCDS,CWuPC:TheCassociationCbetweenCnearCworkCactivitiesCandCmyopiaCinCchildren-aCsystematicCreviewandmeta-analysis.PLoSOneC10:e0140419,C201510)WenL,CaoY,ChengQetal:Objectivelymeasurednearwork,outdoorexposureandmyopiainchildren.BrJOph-thalmolC104:1542-1547,C202011)長谷部聡:近視の原因.視覚環境.近視の病態とマネジメント(大野京子編),専門医のための眼科診療クオリファイC28,p33-39,中山書店,201612)AlemanAC,WangM,Schae.elF:Readingandmyopia:Ccontrastpolaritymatters.SciRepC8:1-8,C201813)KaruppiahCV,CWongCL,CTayCVCetal:School-basedCpro-gramtoaddresschildhoodmyopiainSingapore.SingaporeMedJC62:63-68,C202114)WuP,ChenC,ChangLetal:IncreasedtimeoutdoorsisfollowedCbyCreversalCofCtheClong-termCtrendCtoCreducedCvisualacuityinTaiwanprimaryschoolstudents.Ophthal-mologyC127:1462-1469,C202015)WuCP,CChenCC,CLinCKCetal:MyopiaCpreventionCandCout-doorClightCintensityCinCaCschool-basedCclusterCrandomizedCtrial.OphthalmologyC125:1239-1250,C201716)LancaCC,CTeoCA,CVivagandanCACetal:TheCe.ectsCofCdi.erentCoutdoorCenvironments,CsunglassesCandChatsConClightlevels:ImplicationsCforCmyopiaCprevention.CTranslC(17)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C865_C

学童近視の疫学

2021年8月31日 火曜日

学童近視の疫学EpidemiologyofMyopiainSchool-AgeChildren川崎良*はじめに近年,全世界的に近視が増えつつあると考えられている.近視有病者は2020年にはすでに世界人口の約3人に1人,さらには今後も増え続けて2050年までには世界人口の約2人に1人にあたる50億人に上るとの推計1)もある.そのなかでもわが国を含む東アジア諸国では,小児から成人にかけてのすべての年代で近視者の割合が高いことが複数の疫学研究によって報告されており,とくに小児の近視有病率については,Rudnickaら2)がメタアナリシスを報告している.それによれば,東アジア人種の推定近視有病率は他の人種に比べて5歳,10歳,15歳,18歳いずれにおいても非常に高いことが示されている.日本は世界のなかでも近視が多く,さらに今なお近視が増えているという状況を考えると,わが国においても若い世代から継続して近視に関する疫学調査を行う必要性があると考えるが,そのような研究結果は限られている.すでに眼科の臨床においては若い世代であるほど近視の割合が高いことは肌で感じるが,このことを把握し,対策を考え,また対策の結果を評価するためには大規模かつ継続的に疫学調査が必要である.本稿では,わが国の学童の近視有病割合について調査した疫学研究のレビューと学校保健統計のデータからの推計の二つの観点からみていく.さらに,今後の学童の近視にまつわる話題として,GIGA(GlobalandInnova-tionGatewayforAll)スクール構想などデジタル端末利用の普及と,世界中に感染が拡大した新型コロナウイルスCOVID-19の感染対策としての学校教育の提供方法の変化がある.COVID-19感染拡大により学校教育は遠隔教育や電子端末利用が一気に加速したが,それが近視を増加させている可能性を示唆する中国からの研究を含め紹介する.I疫学研究における近視の定義InternationalMyopiaInstitute(IMI)は近視に関する基礎研究,臨床研究,介入や政策などの多岐にわたる近視関連の研究について積極的に情報発信を行っている3).そのなかで,近視の定義についてレビューしたところ,実に400を超える近視の定義,屈折値や眼軸値のカットオフ値が文献において用いられていたという.これにより近視研究,とくに有病割合などの記述疫学においては混乱がみられた.2019年にIMIが出版した近視白書4)においては,表1の定義が提唱された.一方で,学校における健診などの現場で一般児童を対象に調節麻痺下の屈折検査を行うことはむずかしく,また病院を受診した児童に対する調査だけでは偏ったサンプリングになってしまう.そのため,学童期の屈折度数を調査する研究は非調節麻痺下の屈折検査のみによって近視を定義するため,厳密な意味での近視の定義を満たしていない可能性があり,その結果として一過性の近視を除外できず,有病割合を多く見積もってしまう危険性があることには注意が必要である.*RyoKawasaki:大阪大学医学部附属病院AI医療センター,大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学・寄附講座〔別刷請求先〕川崎良:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学医学部附属病院AI医療センター0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(3)851-------表1近視およびその程度の定義用語定義Myopia近視調節麻痺下等価球面度数≦-0.50DLowmyopia弱度近視調節麻痺下等価球面度数≦-0.50Dかつ>-6.00DHighmyopia強度近視調節麻痺下等価球面度数≦-6.00D(InternationalMyopiaInstituteによる提案(文献4から抜粋・私訳)有病率(%)10080604020094.694.234567891011121314151617年齢(歳)1984(MatsumuraとHirai)1996(MatsumuraとHirai)2017(Yotsukura,Toriiら)図11984年,1996年および2017年の学童期の近視の有病率調査研究結果(文献5,6をもとに作成)該当者割合(%)403020100等価球面度数(D)図2Yotsukura,Toriiらによる小学生,中学生調査の屈折度数分布(文献C6をもとに作成)807060504030201006歳7歳8歳9歳10歳11歳12歳13歳14歳15歳16歳17歳該当者の割合(%)1993年生1994年生1995年生1996年生1997年生1998年生1999年生2000年生2001年生2002年生2003年生2004年生2005年生2006年生2007年生2008年生2009年生2010年生図3出生年別にみる同年齢の裸眼視力1.0未満者の割合各ラインが同年齢者を表す.(文献C7をもとに作成)該当者の割合(%)該当者の割合(%)該当者の割合(%)8070605040302010067891011121314151617年齢(歳)1993年生1994年生1995年生1996年生1997年生1998年生1999年生2000年生2001年生2002年生2003年生2004年生2005年生2006年生2007年生2008年生2009年生図4出生年別にみる同年齢の裸眼視力1.0未満者の割合各ラインが出生年別の年齢に伴う割合を表す.(文献C7をもとに作成)0.7~0.90.3~0.60.3未満20062018200620186歳7歳8歳9歳10歳11歳0.7~0.90.3~0.60.3未満200620182006201812歳13歳14歳15歳16歳17歳図5370方式による視力区分の割合(文献C7をもとに作成)該当者の割合(%)該当者の割合(%)6歳7歳8歳9歳10歳11歳12歳13歳14歳15歳16歳17歳図6年齢別の裸眼視力1.0未満の割合都道府県単位に集計された裸眼視力C0.1未満の割合をプロットした.(文献C7をもとに作成)-で近視化が進んでおり,たとえばC6歳児においては2015.2019年のC5年で-0.05D近視化していたのに対し,2019.2020年にはC1年で-0.3D近視化していた.このような近視化のトレンドの大きな変化はとくにC6.8歳の若い年代で顕著であり,この若年層での近視者の増加,近視度数の進行が顕著にみられた原因としては,学校生活の変化(教室での授業から在宅オンライン授業への変更)や,その他の社会生活の変化(戸外活動時間の減少,デジタルデバイス利用の増加)が考察されている.中国からはこの研究以外にも,COVID-19感染拡大の状況下での学童の生活について,たしかに学校生活の変化やその他の社会生活の変化が起きていることを示す調査13)がある.スマートホン,タブレット,パーソナルコンピューターなどの電子端末利用児は,テレビなどの大型画面機器を用いる児よりも近視方向への屈折変化がより大きいこと,オンライン授業時間,1日あたりのオンライン授業の回数,デジタルスクリーン曝露時間はすべて近視方向への屈折変化がより大きいことに,屋外活動時間は近視方向への屈折変化が少ないことに関連していたことを報告している.一方で,1年未満の短期間に起きた学習環境や生活習慣の変化が近視化,近視度数の進行をきたすのか,またそのような変化が可逆的なものなのか恒常的なものなのかについては,さらなる研究が必要であろう.なお,そのような調査を定期的に継続して行うことの意義はとても大きいと考える.また,文部科学省は電子タブレット端末の利用にあたっての健康への配慮などに関する啓発リーフレットを公開14)している.おわりにわが国では,学童を対象とした疫学研究は限られており,文部科学省学校保健統計などから間接的に近視の動向を推定することしかできなかった.しかし,文部科学省の研究班として屈折検査を含めた詳細な調査を全国から抽出された小中学生約C9,000人の実態調査が開始された.調査はC2021年C5.6月,小中学生計C9,000人を対象に実施され.屈折度数や眼軸長を測定するとともに,スマートホンの使用時間や外遊びの頻度など生活習慣に関するアンケートも実施し,視力への影響を分析するもので,わが国における学童の近視の状況を正確に把握できる重要な機会になると期待している.文献1)HoldenCBA,CFrickeCTR,CWilsonCDACetal:GlobalCpreva-lenceCofCmyopiaCandChighCmyopiaCandCtemporalCtrendsCfrom2000through2050.OphthalmologyC123:1036-1042,C20162)RudnickaAR,KapetanakisVV,WathernAKetal:Globalvariationsandtimetrendsintheprevalenceofchildhoodmyopia,asystematicreviewandquantitativemeta-analy-sis:implicationsCforCaetiologyCandCearlyCprevention.CBrJOphthalmol100:882-890,C20163)JongCM,CJonasCJB,CWol.sohnCJSCetal:IMIC2021CyearlyCdigest.InvestOphthalmolVisSci62:7,C20214)FlitcroftDI,HeM,JonasJBetal:IMI-de.ningandclas-sifyingCmyopia:aCproposedCsetCofCstandardsCforCclinicalCandepidemiologicstudies.InvestOphthalmolVisSci60:CM20-M30,C20195)MatsumuraH,HiraiH:Prevalenceofmyopiaandrefrac-tiveCchangesCinCstudentsCfromC3CtoC17CyearsCofCage.CSurvCOphthalmol44(SupplC1):S109-S115,C19996)YotsukuraCE,CToriiCH,CInokuchiCMCetal:CurrentCpreva-lenceCofCmyopiaCandCassociationCofCmyopiaCwithCenviron-mentalfactorsamongschoolchildreninJapan.JAMAOph-thalmol137:1233-1239,C20197)政府統計の総合窓口(総務省統計局):学校保健統計調査.Ce-Statwww.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011648(2021年C5月C29日最終アクセス)8)宮浦徹,宇津見義一,伊藤忍ほか:視力受診勧奨の屈折等に関する調査.日本の眼科6:900-905,C20209)文部科学省:GIGAスクール構想について.https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_0001111.htm(2021年C5月C29日最終アクセス)10)LinLLK,ShihYF,HsiaoCKetal:PrevalenceofmyopiainCTaiwaneseschoolchildren:1983CtoC2000.CAnnCAcadCMedSingaporeC33:27-33,C200411)TsaiCTH,CLiuCYL,CMaCIHCetal:EvolutionCofCtheCpreva-lenceCofCmyopiaCamongCTaiwaneseCschoolchildren.CaCreviewCofCsurveyCdataCfromC1983CthroughC2017.COphthal-mologyC128:290-301,C202112)WangJ,LiY,MuschDCetal:Progressionofmyopiainschool-agedCchildrenCafterCCOVID-19ChomeCcon.nement.CJAMAOphthalmolC139:293-300,C202113)WangCW,CZhuCL,CZhengCSCetal:SurveyConCtheCprogres-sionCofCmyopiaCinCchildrenCandCadolescentsCinCChongqingCDuringCCOVID-19Cpandemic.CFront.CPublicCHealth9:C646770,C202114)文部科学省:端末利用に当たっての児童生徒の健康への配慮等に関する啓発リーフレットについて.https://www.Cmext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_00001.html(2021年C5月C29日最終アクセス)(9)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C857

序説:近視の最新治療-学童近視から病的近視まで

2021年8月31日 火曜日

近視の最新治療─学童近視から病的近視までCurrentMethodsfortheManagementofMyopia:FromMyopiainSchool-AgeChildrentoPathologicalMyopia大野京子*近年,世界中で近視とくに学童近視の頻度が急増しており,超近視時代ともいわれている.とくに従来から近視人口が多かった東アジア諸国では,若者のC80~90%が近視になるなど甚大な問題となっている.さらに,コロナ禍における近業の増加と屋外活動の減少などが拍車をかけ,Holdenら1)の試算(2016年)では,2050年までに全世界人口の約半分が近視に,全世界人口の約C1割が強度近視になると予測している(図1)が,現状はこれを上回るスピードで近視化が進んでいる.このような情勢のもと,近視の進行を抑制するさまざまな治療法が開発され,いくつかはきちんとしたエビデンスをもって有効性と安全性が証明されている.しかし一方で,エビデンスが明らかでない,または乏しい治療の情報も氾濫しており,われわれ眼科医は正しい知識をもって近視患者を導いていく必要がある.学童近視の国際的スタンダードの治療は,低濃度アトロピン,オルソケラトロジー,多焦点コンタクトレンズやCDIMS(defocusCincorporatedCmultiplesegments)レンズなどの光学的治療である.眼鏡はボケ刺激を与えないために完全矯正眼鏡が基本である.年齢や近視の程度,進行具合などを勘案し,個々の患者に対し,最適な治療を提案しフォローする必要がある.同時にこれらの治療と並行して,近業時間の削減や屋外活動の推奨といった環境要因にも働きかける必要がある.つまり,近視治療には「これだけやっておけばよい」といった方法はなく,さまざまな面から複合的にアプローチする必要がある.では,なぜ近視の進行を学童期に抑制する必要があるのか.その答えとしてよくいわれているのが,「近視が強くなると病的な近視になって失明を起こすから」である.しかし,本当にそうであるかは明らかではない.そもそも病的近視の発生と近視の進行はパラレルではなく,長浜スタディの遺伝子解析でも,近視性黄斑症を起こすような病的近視に関連する遺伝子は,近視自体の進行とは別の働きをしていることが明らかとなっている2).Yokoiら3,4)の研究では,病的近視になった大人では,小児期にすでに乳頭耳側に極度の脈絡膜菲薄化がみられることが報告され,Tanakaら5)は,病的近視の特徴である後部ぶどう腫が超広角光干渉断層計を用いてすでに小児期に生じていることを明らかとした.これらの結果は,「病的近視患者の眼は小児期から異なっている」ことを示唆する.したがって,乳頭周囲の脈絡膜菲薄化を指標とすることにより,両者を鑑別し,病的近視リスクが少ない小児には必要以上の心配を抱かせないことも重要である.しかし,病的近視にならなければよいか,というと必ずしもそうではない.日本の失明原因の首位である緑内障は,近視が軽度から中等度の近視であっ*KyokoOhno-Matsui:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(1)C849(百万人)7,0006,0005,0004,0003,0002,0001,00002000年2010年2020年2030年2040年2050年図1現在のトレンドが続くと仮定した場合の将来の近視予測Holdenらの研究(2016年)では,2050年には全世界人口の約半数が近視に,約C1割が強度近視になると予測されている.(文献C1より引用)学童近視若年成人の近視病的近視による失明低濃度アトロピン強膜コラーゲン光架橋近視性黄斑部新生血管(萎縮抑制)オルソケラトロジー強膜再生近視性牽引黄斑症(より早い段階DIMSレンズでの侵襲の少ない治療)屋外活動緑内障(診断・治療指針の確立,社会および眼科医への啓発)図2さまざまな段階での近視治療近視のさまざまな段階において異なるアプローチが可能となる.

都市近郊における眼科在宅医療─開院後2 年間の現状─

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):839.843,2021c都市近郊における眼科在宅医療─開院後2年間の現状─河野智子*1堀貞夫*2河野正寛*3木山智*3*1訪問眼科こうのクリニック*2西新井病院眼科*3中央林間病院外科SuburbanHomeMedicalEyeCareOvera2-YearPeriodTomokoKono1),SadaoHori2),MasahiroKono3)andSatoshiKiyama3)1)HomeEyeCareKonoClinic,2)DepartmentofOphthalmology,NishiaraiHospital,3)DepartmentofSurgery,Chuo-RinkanHospital目的:開院から2年間に眼科在宅診療を行った患者の背景について報告する.対象および方法:2017年9月.2019年8月に訪問眼科こうのクリニックの眼科在宅医療を受けた全患者181人(男性58人,女性123人,平均年齢は80.5±14.8歳)を対象とし,在宅医療導入に至るさまざまな要因について検討した.結果:全体の71.3%は要介護と判定されていた.家族などの介護者による依頼が44.8%と最多だった.診察場所は自宅が最多で70.7%だった.もっとも多い主訴は視力低下だったが,継続診療を希望する例もあった.定期的な訪問診療へ移行した患者は92人(50.8%)だった.定期訪問診療へ移行した患者では外眼部・前眼部疾患が37.3%ともっとも多かった.結論:眼科在宅医療の介入により,対応しにくかった眼症状に適切に対応することができた.介護者や訪問診療医,ケアマネージャーなどが眼科医に相談しやすい環境を整えることが重要である.Purpose:Toreportthebackgroundofpatientswhoreceivedhomemedicaleyecareduringthe2yearsaftertheopeningourclinic.Subjects:WeexaminedvariousfactorsrelatedtotheintroductionofhomehealthcareforallpatientswhoreceivedhomemedicaleyecarefromSeptember2017toAugust2019.Results:Thisstudyincluded181cases(58men,123women,meanage:80.5±14.8years).Ofthose,71.3%werejudgedtobeinneedofnursingcare,44.8%oftheclientswerefamilycaregivers,and70.7%wereexaminedathome.Therewererequestsforhomecarephysicianstorespondtotheprimarycomplaintsandcontinuetheeyetreatment,and92cases(50.8%)transitionedtoregularhomevisits.Ofthediseasestreated,anteriorsegmentdiseasewasthemostcommon.Conclusion:Theemergenceofhomemedicaleyecarehasmadeitpossibletoappropriatelyrespondtodi.cult-to-handleocularsymptoms,thusillustratingthatimportanceofcreatinganenvironmentwhereimmediatecaregiverscaneasilydirectlyconsultwithophthalmologists.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(7):839.843,2021〕Keywords:眼科在宅医療,在宅医療,多職種連携.homemedicaleyecare,homemedicalcare,multi-profession-alcooperation.はじめに1948年に制定された医療法では医療提供施設は病院のみだったが,1992年の改正で居宅なども医療を行う場として法的に認められた1).在宅医療とは「外来や入院ではなく,医療を受ける者の居宅等において,提供される医療」と定義され,1994年の健康保険法改正により在宅医療が保険給付の対象となった.保険制度上,在宅医療は大きく二つに分けられる.一つは訪問診療,もう一つは往診である.訪問診療とは医師が自宅または施設に定期的に訪問し,計画的に健康管理を行うものである.一方,往診とは患者や家族の要請を受けてその都度診察に行くもので,一般に臨時のものである.在宅医療の対象者は保険診療上,「在宅で療養を行っている患者であって,疾病,傷病のために通院による療養が困難な者」とされている.また,除外基準として「少なくとも独歩で家族・介助者等の助けを借りずに通院ができる者」と通知されている2).すなわち,病気や介護度による区分はない.2017年度までは訪問診療は「1人の患者に対して1つの〔別刷請求先〕河野智子:〒252-0334神奈川県相模原市南区若松2-1-29訪問眼科こうのクリニックReprintrequests:TomokoKono,HomeEyeCareKonoClinic,2-1-29Wakamatsu,Minami-ku,Sagamiharacity,Kanagawa252-0334,JAPAN保険医療機関の保険医の指導管理の下に継続して行われる」こととされていた3).いわゆる「1訪問診療は1医療機関のみ」といわれる原則である.そのため,複数の疾患を抱えている患者が多いなか,訪問主治医はやむなく専門診療科を超えて対応せざるをえなかった.しかし,複数疾病を抱える患者が多く,また医師の専門性が細分化されているのが現実であることから,異なる診療科の医師が連携して計画的に訪問診療を行うほうが,質の高い在宅医療を提供できると考えられ,2018年度の診療報酬改定で複数医療機関による訪問診療料の算定が認められた.ただし,2件目以降の医療機関が訪問診療に入るには,訪問主治医からの依頼が必須である.また,訪問主治医以外の訪問診療料算定は訪問診療を開始した日の属する月から起算して6カ月間,月1回のみに限定されている4).眼科訪問診療の必要性が低くないことは周知の事実であるが,眼科の訪問診療を行う医療機関数は決して多くない.眼科訪問診療が広がらない理由としては,患者からの依頼がない,十分な検査・治療ができない,診療報酬請求が煩雑で見合わない,時間や体力に余裕がないなどがあげられている5).在宅医療経験がないのは依頼がないためとの答えが45%を超えるという報告もある6).本当に眼科訪問診療の需要はないのだろうか.日本人の平均寿命は令和元年簡易生命表によると男性で81.41歳,女性では87.45歳と世界のなかでも非常に長い7).今もなお高齢化が進み,2025年には日本人口の800万人を占める団塊の世代が後期高齢者となる超高齢社会へ突入する.一方で厚生労働省の政策に基づいた病床数の減少に伴い,患者の療養場所は病院から自宅や施設などへ移行しつつある.厚生労働省が行う3年ごとの患者調査によると,在宅医療を受けた推定外来患者数は平成17年までは7万人前後とほぼ横ばいであったものが,平成20年からは増加し,平成29年の在宅医療を受けた推計外来患者数は18万人と報告されている8).厚生労働省特別研究事業の速報値によれば2020年の認知症有病率は18.0%,2025年には推計で20.6%になると報告9)されており,認知症が介護に至るおもな原因疾患である10)ことを踏まえれば,今後さらに在宅医療を要する患者が増えることに疑念の余地はない.このような背景のなか,筆者の一人(河野智子)は眼科訪問診療を中心に行う診療所として2017年9月に神奈川県相模原市で訪問眼科こうのクリニック(以下,当院)を開業した.開業当初は「1訪問診療は1医療機関のみ」のため全例往診であったが,診療報酬改定に伴い2018年度からは定期訪問診療も開始した.開院から2年経過し,都市近郊で眼科在宅医療を受けている患者背景につき調査した.I対象および方法2017年9月.2019年8月に当院で眼科在宅診療を行った全患者181人,延べ732人を対象とした.男性が58人(32.0%),女性が123人(68.0%)で,年齢は男性76.7±16.9歳(平均±標準偏差),女性82.2±13.4歳だった.当院は初診患者の電話による診察依頼は受けていない.本人,訪問主治医,あるいは介護者からのFAXあるいはメール送信による診療依頼のみ受け付けている.車に診療器材を載せて,医師と事務スタッフ1人の計2人で在宅診療に当たった.診療器材は手持ち細隙灯顕微鏡,眼圧計,倒像鏡,オートレフラクトメータ,スキアスコープ,3m視力表,近見視力表,場合によりレンズセットを持参した.また,処置用としてフローレス試験紙,ふき綿,処置薬,受水器,涙洗針,開瞼器,睫毛鑷子,シリンジ,眼脂培養キットなどを用意し,事務用品としては電子カルテ,処方箋,領収書,釣り銭や各種書類をまとめて持参した.事前に得た問診票で診察前の病歴把握に努め,診察日時を調整連絡する際には住所や連絡先,駐車場の有無や保険証の有無を確認,介護者などの同席が得られるかを確認した.投薬は原則院外処方箋の発行,訪問調剤を受けている患者では当該薬局へ連絡し,調剤および服薬管理指導を依頼した.また,在宅ではできない追加精査や加療が必要となれば,近隣の眼科診療所や病院へ紹介とした.眼科在宅医療を提供する患者は,通院療養が困難として診療依頼があれば全例対象とした.自由記載ではあるが,通院困難な理由を診療依頼時に明記する箇所を設定した.ただし,明らかに通院が可能と判断されるものに対しては通常の外来通院を促した.また,眼科通院中の患者に対しては,必ず通院先へ相談し眼科在宅診療へ転医の了解を得てから依頼をするように促した.II結果患者背景,往診を必要とする理由,患者の有する主要疾患,眼科在宅診療の依頼者,診察場所,診療依頼時の主訴,定期訪問診療を導入した患者の眼疾患につき調査した結果を表1~7に示す.介護認定を受けているものは78.5%で,要介護が71.3%ともっとも多く,要支援は7.2%だった.介護保険非該当者は5.0%で,人工呼吸器管理などを受けている小児などが含まれていた.身体障害者手帳を有する者は14人で全体の7.7%で,視覚障害による手帳取得者は2人のみだった.障害等級で分類すると,1級は1人のみで2級が7人と全体の半数を占めた(表1).「歩行困難」を往診依頼理由とするものがもっとも多く46.4%だった.人工呼吸器管理を受けている患者や,全身の拘縮などにより事実上自力で起き上がれない表1患者背景男性/女性58人/123人年齢平均±標準偏差(範囲)80.5±14.8(0.99)男性76.7±16.9(0.94)女性82.2±13.4(5.99)要介護要介護1129人(71.3%)20人(11.0%)要介護2要介護332人(17.7%)16人(8.8%)要介護認定要介護4要介護524人(13.3%)37人(20.4%)要支援13人(7.2%)要支援15人(2.8%)要支援28人(4.4%)非該当9人(5.0%)不明30人(16.6%)身体障害者手帳あり1級2級3級4級14人(7.7%)1人(7.1%)7人(50.0%)2人(14.3%)4人(28.6%)なし167人(92.3%)表4眼科在宅診療の依頼者と頻度介護者81人(44.8%)家族51人(28.2%)施設職員28人(15.5%)訪問職員2人(1.1%)訪問主治医44人(24.3%)ケアマネージャー43人(23.8%)眼科医9人(5.0%)その他4人(2.2%)医師からの依頼は全体の約30%であり,介護関係者からの依頼が全体の約70%を占めた.表6診療依頼時の主訴と頻度視力低下66(27.2%)乾燥感7(2.9%)眼脂42(17.3%)腫れ3(1.2%)眼痛17(7.0%)飛蚊症3(1.2%)異物感9(3.7%)羞明2(0.8%)受診指示9(3.7%)その他15(6.2%)充血8(3.3%)継続加療55(22.6%)流涙7(2.9%)自覚症状が大半を占めたが,通院中断した眼疾患の継続加療を希望するケースもあった.寝たきりの患者は,全体の8.8%にすぎなかった(表2).生活習慣病を有する者がもっとも多く,運動器疾患,認知症と続いた.認知症を有する者は全体の43.1%だった(表3).表2往診を必要とする理由と頻度歩行困難84人(46.4%)通院困難48人(26.5%)外出困難24人(13.3%)寝たきり16人(8.8%)その他9人(5.0%)表3主要疾患名と頻度生活習慣病120人(66.3%)認知症78人(43.1%)運動器障害62人(34.3%)頭蓋内疾患57人(31.5%)呼吸器疾患22人(12.2%)心臓疾患16人(8.8%)精神疾患16人(8.8%)悪性腫瘍15人(8.3%)その他80人(44.2%)(重複あり)要介護の主因となる認知症や運動器疾患の並存が多かった.表5診察場所と頻度自宅128人(70.7%)有料老人ホーム29人(16.0%)グループホーム10人(5.5%)特別養護老人ホーム8人(4.4%)サービス付き高齢者向け住宅2人(1.1%)ショートステイ2人(1.1%)眼科医が不在の病院2人(1.1%)患者自宅での診察がもっとも多かった.眼科医不在の病院からの診察依頼もあった.表7定期訪問診療の導入に至った患者の眼疾患と頻度外眼部・前眼部81(37.3%)水晶体疾患77(35.5%)緑内障30(13.8%)眼底疾患18(8.3%)その他11(5.1%)外眼部・前眼部疾患がもっとも多かった.慢性疾患に対する診療依頼もあった.在宅診療依頼者の内訳は家族や施設職員などの介護者が全体の44.8%,訪問主治医が24.3%,ケアマネージャーが23.8%,眼科医が5.0%,その他が2.2%だった.患者本人からの依頼はほとんどなかった(表4).診察場所は自宅が70.7%ともっとも多く,ついで有料老人ホームが16.0%だった.その他には特別養護老人ホームやグループホーム,サービス付き高齢者住宅やショートステイ,眼科医のいない病院への往診もあった(表5).往診依頼時の主訴は視力低下や眼脂などの自覚症状が多かったが,一方で眼科通院を中断していたものを再開したいということも受診の動機となっていた(表6).初回往診後,訪問主治医からの指示および本人の同意のもと定期訪問診療へと移行するケースは全体の50.8%で,外眼部・前眼部疾患が37.3%ともっとも多かった(表7).III考按保険制度上,在宅診療を受けるために必要となる理由は通院が困難であることで,病気の重症度や介護度による制限は受けない.在宅療養中で通院困難というと,一般的には自力で起き上がることのできない「寝たきり」がイメージされるが,その比率はわずか8.8%で,常時誰かの支援や見守りを要すると判断される要介護度3以上のものは77人(42.5%),障害者認定を受けているものは14人(7.7%)だった.ほとんどは室内歩行や車イス移動が可能だった.彼らが在宅診療を依頼する理由を分類すると,身体は動かせるが認知機能低下で意思疎通が困難,長時間の座位保持ができない,受診しても顎台に顔が載せられず検査が受けられない,意欲低下で受診を拒否するといった身体・精神的要因と,一人で移動することはできないが付添い者がいない,送迎サービスが高額で利用できないといった環境・経済的要因の二つに大別できた.在宅医療の拡充は身体的弱者だけでなく,社会的弱者への医療提供という意味でも重要と思われる.在宅診療を必要とする身体・精神的要因において,認知症は大きな要因である.本調査では認知症の有病率が43.1%で,厚生労働省特別研究事業の速報値と比較しても明らかに高かった.介護に至る原因の第一位が認知症であり9),在宅診療を希望するものの多くが要介護認定を受けている現実を鑑みれば,日本の高齢化に伴う認知症患者の増加に従い要介護者は増加し,それに伴って訪問診療の需要が高まることは容易に想像される.当院への在宅診療依頼が電話ではできないこと,意思の疎通が困難な患者が少なくないことが影響したのか,患者本人からの診療依頼はほとんどなかった.本調査では介護者からの依頼がもっとも多かったが,その内訳をみると家族が63.0%,施設職員が34.6%,訪問リハビリや訪問薬剤師などの訪問職員が2.5%で,家族による依頼がもっとも多く,全体の28.2%に相当した.医師からの依頼は全体の30%に満たなかった.すなわち介護をしている人が患者の眼の異常に気づかなければ,あるいは関心をもたなければ眼科受診にはつながりにくいともいえる.意思疎通の困難な患者が多いこともあり,患者自身が眼症状を訴えるケースが多いわけではない.しかし,患者が眼症状を訴える場合,一日中繰り返し訴えることが多い.介護者が繰り返しの訴えに疲弊し,訪問主治医を介して診療依頼を受けるケースもあった.ここ数年,介護施設などの定員数は増加傾向にあり,有料老人ホームなどの増加が目立っている9).しかしながら,本調査では自宅での診療件数が最多だった.家族などによる通院介助を要する自宅療養患者では,同行援助が確保できなければ往診対応の眼科を探すこととなり受診に至る.その一方で,施設入居者では嘱託医による診察,投薬で対応されてきたケースが少なくないが,全身管理を依頼された嘱託医が眼科専門医だったケースはなかった.眼科在宅診療が一般化されておらず,患者本人を含め投薬継続さえされていればよしとするような眼科医からみると好ましくない土壌ができていたのかもしれない.さらに,眼科医のいない病院への往診依頼も少数ながらあった.このことから,眼科専門医による診療を要する患者はその療養場所に関係なく存在し,眼科訪問診療はあらゆる場所で必要とされていることがわかる.受診に至る動機でもっとも多いものは視力低下や眼脂,眼痛といった自覚症状だったが,入院などを契機に中断していた眼科診療の再開を望むものが20%以上存在した.こういった患者のなかには眼科の診療情報がとだえ,眼科治療経緯がまったく不明なものもあり,診療するうえで非常に難渋した.したがって診療科を超えた途切れのない情報共有が重要であると考える.現在は複数医療機関による訪問診療料の算定が可能であるものの,2件目以降の医療機関が訪問診療を開始するには,訪問主治医からの診療依頼を受けることが条件とされている.したがって他科診療医との積極的な連携は必要不可欠である.複数医療機関による訪問診療料の算定が可能になって以降,慢性眼疾患で定期診療を希望する患者には,患者の了承を得たうえで訪問主治医と連絡を取り,往診から訪問診療へ移行した.訪問診療へと移行した患者は全体の約半数であり,移行した症例の有する眼疾患は緑内障や網膜疾患を抑えて外眼部・前眼部疾患がもっとも多かった.睫毛乱生や鼻涙管閉塞など,自覚症状の出やすい疾患で継続診療を希望することが多かった印象である.今回調査した各項目について既報5,6,11)と比較した.いずれの報告においても生活習慣病,認知症,運動器疾患を有する者が多く,眼疾患としては外眼部・前眼部疾患が多かった.また,在宅眼科診療を依頼するのは家族などの介護者がもっとも多く,自覚症状のみならず継続診療を希望して依頼する患者が存在した.本報告の結果は既報とほぼ同等だった.患者の療養環境は患者の身体状況や患者を取り巻く周囲の人間の状況に応じていくどとなく変化する.それに伴い患者の療養にかかわる医療職,介護職もいくどとなく変更が生じるため,各職種との連携は常に最新の状態で維持する必要がある.在宅療養患者の情報を漏らすことなく共有できるような新たな仕組みの構築も必要かもしれない.IV結論在宅療養患者のなかにも眼科医による専門的医療を必要とする患者が存在していることが明らかになった.しかしながら,患者自身による眼科在宅医療へのアクセスは困難な場合が多く,よほど患者の訴えが強くなければ希望に合わせた受診につながらない.したがって,患者のケアに当たる者が患者の目の状態に関心をもち,トラブルに気づいた際に眼科医に相談する必要がある.このことを在宅療養にかかわる医療者,介護者へ広めていくことが重要であると考えられる.同時に眼科医側からも他職種と積極的に連携を深め,眼科医に相談,診察依頼しやすい環境を整える必要がある.本論文の内容は第124回日本眼科学会総会にて発表した.文献1)医療法,19482)厚生労働省:令和2年度診療報酬改定,20203)厚生労働省:平成28年度診療報酬改定,20164)厚生労働省:平成30年度診療報酬改定,20185)淺井利通,今泉正德:介護・在宅医療だより93眼科在宅医療の現状と問題点.日本の眼科90:761-764,20196)淺井利通,笹本洋一,熊谷俊一ほか:介護・在宅医療だより30在宅医療実態調査─全国各地区調査比較検討.日本の眼科85:1040-1045,20147)厚生労働省:厚生労働統計,20198)厚生労働省:厚生労働統計,20179)二宮利治,清原裕,小原知之ほか:日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究.平成26年度総括・分担研究報告書,201510)内閣府:令和元年高齢社会白書,201911)菊池卓也,小出良平:神奈川県川崎市の菊池眼科クリニックにおける在宅医療の実態.眼科61:307-312,2019***

小児の網膜電図記録用に新しく試作した極小LED 内蔵コン タクトレンズ電極の使用経験

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):835.838,2021c小児の網膜電図記録用に新しく試作した極小LED内蔵コンタクトレンズ電極の使用経験永濵皆美奥一真近藤寛之産業医科大学眼科学教室CANewlyDeveloped,ExtremelySmallContactLensElectrodewithBuilt-InLight-EmittingDiodesforRecordingElectroretinogramsinChildrenMinamiNagahama,KazumaOkuandHiroyukiKondoCDepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealthC目的:網膜電図(electroretinogram:ERG)使用の際,現在臨床で広く用いられているCERG電極は白色CLEDが内蔵された光源一体型コンタクトレンズ電極である.一般的に大人用,小児用とされる型式の電極があるが,乳児などで小眼球や瞼裂狭小の症例に実際に使用することは困難である.筆者らは,従来のものよりレンズ直径の小さい,極小LED内蔵コンタクトレンズ電極の試作を依頼し(薬事認証範囲内),使用したので報告する.方法:ERGの刺激,記録にはCLE-3000(トーメーコーポレーション)を用いた.全身麻酔の状態でC20分暗順応させた後に,試作した極小コンタクトレンズ電極を使用し手術室で測定を行った.結果:乳児や小眼球を伴うC2症例に対し試作した極小コンタクトレンズ電極を使用し,ERGを記録し波形を得ることができた.結論:ERGはコンタクトレンズ電極の選択を誤ると,電極と角膜の接触が悪くなり正しく測定できない.乳幼児や小眼球など瞼裂の狭い症例の場合,極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極は有用である.CPurpose:Contactlens(CL)electrodesincorporatingalightstimulatorarewidelyusedforelectroretinogram(ERG)measurementsinJapaneseclinics.Althoughspeci.ctypesofelectrodesareavailableforbothchildrenandadults,CtheyCareCunsuitableCforCpatientsCwithCaCsmallCpalpebralC.ssureCand/orCmicrophthalmia.CHereCweCtestedCaCnewlyCdesignedCsmallerCCLCelectrode.CMethods:TwoCpatientsCwithCanCextremelyCsmallCpalpebralC.ssureCandCmicrophthalmiaunderwentERGmeasurementwiththenewlydesignedCLelectrode.TheERGswereexcitedbyuseCofCaClightstimulator(LE-3000;Tomey)underCgeneralCanesthesiaCafterC20CminutesCofCdark-adaptation.CResults:ERGsweresuccessfullyrecordedinthemicrophthalmiceyeswithincontinentiapigmentiandcongenitalaphakia.Conclusion:ThesmallCLelectrodewasfounde.ectiveformeasuringERGsinpatientswithanextreme-lysmallpalpebral.ssureandmicrophthalmia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(7):835.838,C2021〕Keywords:LED内蔵型コンタクトレンズ電極,網膜電図,小眼球,瞼裂狭小.contactlenselectrode,electroret-inogram,microphthalmos,smallpalpebral.ssure.Cはじめに網膜電図(electroretinogram:ERG)は他覚的に網膜の機能を評価でき,多くの遺伝性網膜疾患の診断に有用であるため,小児に検査を行うことも少なくない.現在臨床で広く用いられているCERG電極は,白色CLEDが内蔵された光源一体型コンタクトレンズ電極である1).一般的に大人用,小児用がある.国内でもっとも広く使用されているのは,メイヨー社製の型式CLW-103(大人用)とLW-203(小児用)のC2タイプである.小児用コンタクト電極でもレンズ直径はC16.0Cmmであるため,乳児などで小眼〔別刷請求先〕永濵皆美:〒807-8555福岡県北九州市八幡西区医生ヶ丘C1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:MinamiNagahama,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyushu-shi,Fukuoka807-8555,JAPANC図1各電極の外観左より大人用,小児用,試作した極小コンタクトレンズ電極.球や瞼裂狭小の症例に使用することは困難である.そこで筆者らは,従来のものよりレンズ直径の小さい,極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極の試作をメイヨー社に依頼し(薬事認証範囲内),使用した.極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極は,レンズ直径C11.3mm,角膜部直径を11.3Cmm,関電極内径C7.2Cmm,円筒部直径はC9.6Cmmという仕様である.レンズ直径と角膜部直径が同径となることにより,従来のような強角膜を想定した鍔が付いた形状ではないのが特徴である(図1,表1).この極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極の使用経験を報告する.CI方法小児患者C2名(症例C1,2)を対象とし,極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極を用いてCERGを測定した.どちらも手術室で全身麻酔導入後,20分暗順応させたあとに測定を行った.ERGの刺激,記録には全例ともCLE-3000(トーメーコーポレーション)を用いた.さらに,大人用コンタクトレンズ電極と極小コンタクトレンズ電極を比較するために,健常成人C1名に対してシールドルームにて測定を行った.大人用コンタクトレンズ電極(型式CLW-103)使用時のみCLE-2000(トーメーコーポレーション)で記録した.CII結果〔症例1〕生後C3カ月,女児.小眼球を伴う色素失調症.出生時より皮疹を認め,色素失調症疑いで他院新生児科,皮膚科,眼科でフォロー中,左眼血管走行異常を認めたため,精査加療目的で当院を受診した.両眼とも前眼部,中間透光体に異常なし.右眼眼底に血管走行異常はなかったが,左眼は血管の蛇行,耳側網膜の途絶,蛍光濾出があり,新生表1大人用と小児用,極小のコンタクトレンズ電極のサイズ型式極小(CW421,CW422)小児用(LW-203)大人用(LW-103)レンズ直径C11.3CmmC16.0CmmC20.0Cmm角膜部曲率半径C7.8CmmC7.8CmmC7.8Cmm角膜部直径C11.3CmmC12.0CmmC12.2Cmm強角膜曲率半径なしC11.5CmmC12.0Cmm関電極内径C7.2CmmC10.5CmmC12.6Cmm円箇部直径C9.6CmmC13.3CmmC15.4Cmm内蔵CLED数量C4発光色白色レンズ直径のみに着目すると,小児用がC16.0Cmmに対して,極小コンタクトレンズ電極はC11.3Cmmと,小児用よりC4.7Cmm小さく作られている.血管を認めた.眼瞼瞼裂横径はC13Cmm,角膜径はC10Cmmであった.小児用コンタクト電極を装着し測定したが,振幅が異常に低い波形となった.装着部を確認すると,小児用コンタクトレンズ電極が角膜から浮き,適切に装着できていなかった.そこで極小CLEDコンタクトレンズ電極を使用しCERGを測定したところ,どの応答も全体的に振幅は低いが,生後3カ月としては正常レベルに近い反応が得られた(図2).〔症例2〕2歳,男児.両強膜化角膜,先天無水晶体,小眼球.右眼は牛眼であり,瞳孔形成術後眼球癆となった症例.両眼とも角膜混濁を認め,眼底が透見できなかった.右眼は失明していたが,左眼は測定距離C38CcmでC20/1,000に相当するカードを眼前C10Ccmにて識別でき,光源の色の識別が可能であったため,ERGにて網膜機能を評価した.ERGを測定したところ,全体的に低振幅であり,杆体応答,錐体応答,フリッカ応答はごくわずかに振幅が得られた程度であった(図3).最大応答では右眼ははっきりと波形は認めず,左眼はわずかにCa,b波の波形を認めた.成人の同一健常者に大人用コンタクトレンズ電極と極小LEDコンタクトレンズ電極を用いてCERGの測定を行った.極小CLEDコンタクトレンズ電極を使用してもノイズが入ることなく測定可能であった(図4)が,大人用コンタクトレンズ電極と比較し,振幅が小さい波形となった.CIII考察今回,乳児や眼底が透見できない小眼球を伴う小児に対して,試作した極小CLEDコンタクトレンズ電極を使用して網膜機能を評価できた.症例C1では,眼瞼瞼裂横径がC13.0Cmmと狭く,小児用コンタクトレンズ電極のレンズ直径が大きすぎたため正常に測図2極小LED内蔵コンタクトレンズ電極を用いて計測した小眼球を伴う色素失調症(症例1,生後3カ月)の網膜電図所見LE-3000で記録した.どの応答も全体的に振幅は低かった.図3極小コンタクトレンズ電極を用いて計測した小眼球を伴う先天無水晶体(症例2,2歳)の網膜電図所見LE-3000で記録した.全体的に低振幅であり,杆体応答,錐体応答,フリッカ応答はごくわずかに振幅が得られた程度であった.わずかに左眼でCa,b波の波形を認めた.定できなかった.極小CLEDコンタクトレンズ電極では鍔が径はC12.0Cmm,垂直径はC12.5Cmmとされるが2),極小CLEDないため,装用後の偏位が生じず波形を得ることができたとコンタクトレンズ電極のレンズ直径はC11.3mm,関電極内径考える.はC7.2Cmmと成人角膜径より小さく,測定した健常者の目に一方,健常成人では,大人用コンタクトレンズ電極を用いは光が入りにくかった可能性がある.また,極小CLEDコンた結果に比べて極小CLEDコンタクトレンズ電極を用いた結タクトレンズ電極は鍔をもたないため,健常者の成人の眼球果は振幅が小さい波形となった.成人の角膜の平均的な水平では電極単体で電極の位置が角膜中央に保てず,テープで固図4大人用と極小のコンタクトレンズ電極を用いて測定したERGの波形の比較成人の同一健常者を被験者にした.極小コンタクトレンズ電極を使用してもノイズが入ることなく測定可能であった.定しても電極の位置が安定しにくかった.角膜頂点から関電極部分がずれると振幅が減少する3)ことが知られている.これらの要因が重なり,健常成人では極小CLEDコンタクトレンズ電極使用時の振幅が小さくなったと考える.極小CLEDコンタクトレンズ電極は小眼球や,眼瞼の狭い症例に対しては電極が小さく,鍔がないことが利点となるが,一方で成人や健常者に対しては電極の選択を間違うと電極の固定に安定性が欠け低振幅となると思われた.今回提示したような,小児用コンタクトレンズ電極の装着が困難な小眼球や眼瞼が狭い症例では,非侵襲的な皮膚電極ERGも選択肢の一つと考えられるが,皮膚電極で得られる振幅は角膜電極の約C1/4.1/5である4)ため,角膜電極より皮膚電極で得られる結果のほうが眼球運動ノイズによる振幅変動の影響が顕著に出ると考えられる.極小CLEDコンタクトレンズ電極があれば,測定時に使用する電極の選択に幅が生まれ,診断に有用である.ただし,固視が不十分な症例では振幅が低下する5)ことが知られており,ERG検査に麻酔下や鎮静下が必要な症例では意識的に正面固視をすることが困難なため固視できず,結果振幅が低下することに留意する必要がある.CIV結論ERGは多くの網膜疾患に対して有用であり,小児の網膜機能を他覚的に判断する際に重要な役目を担う.しかし,コンタクトレンズ電極の選択を誤ると,電極と角膜の接触が悪くなり,正しく測定できない.また,電極がうまく装用されていなくても波形が取れるため,注意が必要である.乳幼児や小眼球など瞼裂の狭い症例の場合,極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極は有用であると考える.謝辞:極小CLED内蔵コンタクトレンズ電極の試作品の提供,助言をいただいたメイヨー社吉川眞男氏に感謝いたします.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)貝田智子,松永美絵,花谷淳子ほか:サブトラクション法を用いた皮膚電極による網膜電図とCLED内蔵コンタクトレンズ電極を用いた網膜電図の比較.日眼会誌C117:5-11,C20132)澤田麻友:眼球と視覚の発達.子どもの眼と疾患(仁科幸子編),専門医のための眼科診療クオリファイ,9,p7-10,中山書店,20123)新井三樹:基本のCERG.どうとる?どう読む?ERG(山本修一,新井三樹,近藤峰生ほか編),p36-57,メジカルビュー社,20154)近藤峰生:基本のCERG.どうとる?どう読む?ERG(山本修一,新井三樹,近藤峰生ほか編),p58-61,メジカルビュー社,20155)櫻井寛子,上野真治,近藤峰生ほか:網膜疾患を有する小児に対するCLE-2000の有用性.眼臨7:605-608,C2004***

大学病院に紹介となった後期緑内障患者の治療方針について

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):830.834,2021c大学病院に紹介となった後期緑内障患者の治療方針について北野まり恵*1,2坂田礼*1淺野公子*1,3杉本宏一郎*1藤代貴志*1村田博史*1朝岡亮*1,4本庄恵*1相原一*1*1東京大学医学部眼科学教室*2東京都健康長寿医療センター眼科*3国保旭中央病院眼科*4総合病院聖隷浜松病院眼科CTreatmentPlansforLate-StageGlaucomaPatientsReferredfromtheInitialMedicalFacilityMarieKitano1,2),ReiSakata1),KimikoAsano1,3),KoichiroSugimoto1),TakashiFujishiro1),HiroshiMurata1),RyoAsaoka1,4),MegumiHonjo1)andMakotoAihara1)1)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyo,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanGeriatricMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,4)DepartmentofOphthalmology,SeireiHamamatsuGeneralHospitalC目的:大学病院に紹介となった後期の緑内障患者に対する治療方針を検討すること.対象および方法:2017年C6月.同年C12月に東京大学医学部附属病院眼科緑内障専門外来に紹介となった初診患者連続C244例のうち,後期の緑内障(Humphrey自動視野計のCMD値が.20CdB以下)であった患者の治療方針を後ろ向きに検討した.結果:55例C69眼が検討対象となり,初診時の平均年齢C70.6(20.93)歳,平均CBCVA(logMAR)0.46(.0.079.2.0),平均CMD値C.25.47CdB(.20.07..32.15),平均眼圧C18.0(9.48)mmHg,平均点眼成分数C3.4(0.5)剤であった.5例C6眼は初診後に治療方針が決まらないままにドロップアウトした.30例C34眼は初診日に手術の方針となり,濾過手術がもっとも多く施行されていた(39.4%).残りのC20例C29眼の治療方針は点眼調整を行った症例(5例C8眼),紹介状による視野では進行評価が十分にできなかったため,追加検査が必要であった症例(5例C7眼),眼圧管理は十分と判断され治療を継続した症例(5例C5眼),手術適応と判断されたが手術の希望がなかった症例(4例C4眼),すでに手術の適応からはずれた症例(4例C5眼)であった.結論:大学病院に紹介となった後期の緑内障患者に対して,濾過手術がもっとも多く行われていた.初診日に迅速に治療方針を決定できるようにするため,患者情報(眼圧,視野)は余すところなく病院側へ提供してもらうことが必要であり,これが円滑な病診連携につながると考えられた.CPurpose:ToCinvestigateCtheCtreatmentsCofClate-stageCglaucomaCpatientsCreferredCtoCourCuniversityChospitalCfromtheinitialhealthcarefacility,theappliedtherapeuticmodalitieswereretrospectivelyreviewed.SubjectsandMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedC69CeyesCof55Clate-stageCglaucomaCpatients(meanage:70.6Cyears,range:20-93Cyears)seenCuponCreferralCatCtheCUniversityCofCTokyoCHospital,CTokyo,CJapanCbetweenCJuneCandCDecemberC2017.CInCthoseC55Cpatients,CmeanCvisualCacuityCwasClogMARC0.46,CmeanCdeviationCwasC.25.47CdB,CandCmeanCintraocularpressure(IOP)wasC18.0CmmHg.CThirtyCpatientsCunderwentCocularCsurgery,CwithCtheCmostCcom-monCsurgeryCbeingC.ltrationCsurgery.CResults:OfCthe55CpatientsCseen,Ceye-dropCmedicationCwasCadjustedCinC5,Cadditionalexaminationswereneededin5,andIOPwasalreadywell-controlledof5.Fourpatientsrefusedsurgery,andC4CpatientsCshowedCnoCindicationsCforCocularCsurgery.CConclusion:ToChelpCbetterCsupportCtheCproperCmedicalCcareofglaucomapatients,itisvitaltoprovideappropriatepatientdatathroughcooperationbetweentheoperatinghospitalandtheregionalhealthcarefacilities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(7):830.834,C2021〕Keywords:後期緑内障,緑内障手術,病診連携.late-stageglaucoma,glaucomasurgery,medicalcooperation.〔別刷請求先〕北野まり恵:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MarieKitano,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyo,7-3-1Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8655,JAPANC830(100)はじめに緑内障は早期発見,早期治療を必要とする中途失明の第一位の疾患である1).エビデンスに基づく治療は眼圧下降のみであり2),目標眼圧での眼圧管理が進行抑制につながると考えられている.後期の緑内障における目標眼圧は低く,点眼管理では十分に眼圧を下げられないことも多い.東京大学医学部附属病院(以下,当院)は特定機能病院であり,近隣の診療所や市中病院と役割分担(病診連携)を行っている.病診連携を円滑に行うための一つの方法として,診断や治療方針に関して,連携する医療機関と共通の認識をもつことが望ましい2).今回,手術を前提に紹介されることの多い後期の緑内障患者に対して,当院がどのような治療方針を取ったかを検討し,大学病院側の視点から,病診連携における注意点を考えた.CI対象および方法診療録の後ろ向き調査である.2017年C6月.同年C12月に当院の緑内障専門外来に紹介となった初診患者C244例のうち,後期緑内障患者C55例C69眼を対象とした.本検討における後期緑内障の判定基準は,HumphreyCFieldCAnalyzer(カールツァイスメディテック)SwedishCinteractiveCthresh-oldingCalgorithm(SITA)-standard30-2もしくはC24-2の条件下でのCmeandeviation(MD)値がC.20.0CdB(固視不良C20%未満,偽陽性と偽陰性C15%未満)以下とした.初診時の診察はC7名の緑内障専門医が行った.治療下での眼圧,目標眼圧と使用点眼数,視野進行速度を判断材料とし,フルメディケーションでも目標眼圧に達していない症例,視野進行が.1CdB/年前後以上の増悪がみられる症例が,手術適応を決めるおおまかな基準であった.評価項目は性別,年齢,経過観察期間,視力,眼圧,MD表1患者背景対象55例69眼性別男性C35例,女性C20例平均年齢C70.6±14.5(C20.C93)歳前医での平均観察期間C6.0±0.2(0.20.6)年平均視力(logMAR)C0.46±0.62(C.0.079.2.0)平均CMD値C.25.47±3.33(C.20.07.C.32.15)dB中心視野欠損9例10眼平均眼圧C17.5±8.1(9.48)mmHg患者数(人)87774使用点眼(成分)C3.4±1.3(0.5)C2アセタゾラミド内服使用2例名3眼原発開放隅角緑内障C33C0正常眼圧緑内障C16続発緑内障C8病型原発閉塞隅角緑内障C8年齢(歳)落屑緑内障C4図1患者の年齢と男女分布(1C01)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2C021C831術(アルコンエクスプレス)であった.ついで,低侵襲緑内障手術(minimallyCinvasiveCglaucomasurgery:MIGS)が10眼であった(図2).初診後,方針未決定で通院が途絶えた症例はC6眼であった.残りのC29眼は以下の方針が取られた.点眼調整を行っC1413121010864432210濾過手術MIGSGSLtripleP+ICPCNeeding症例数(眼)図2手術施行群の手術内容濾過手術:線維柱帯切除術,もしくはアルコンエクスプレス,MIGS:低侵襲緑内障手術,GSLtriple:隅角癒着解離術+水晶体再建術.P+I:水晶体再建術(眼内レンズ挿入あり),CPC:レーザー毛様体光凝固術,Needling:ブレブ.離術.た症例C8眼,添付視野では評価不十分のため,追加検査が必要であった症例C7眼,眼圧管理が十分と判断された症例C7眼,すでに中心視野が消失,あるいは高齢で手術適応なしと判断された症例C4眼,手術希望がない症例C4眼,であった.経過観察群のうち,点眼調節を施行した群(8眼)の治療成績を示す(表2).紹介元での点眼調整を施行する方針となったC2眼を除くC6眼については,点眼方法を確認,また配合剤に変更し,点眼調節前の平均眼圧C15.8CmmHgが調整後に10.7CmmHgとなり有意な眼圧下降が得られた.前医からの点眼管理を継続した群はC7眼であった.診断はPOAGがC3眼,NTGがC3眼,PACGがC1眼であった.平均MD値はC.23.34dB,平均眼圧はC12.6mmHg(平均C4成分)であり,添付された視野を踏まえると眼圧管理は十分であると判断され,保存的治療を継続する方針が取られた.C2.手術施行群と非施行群の比較手術施行群C34眼,非施行群C31眼であり,平均CMD値,平均視力,平均眼圧にそれぞれ有意差が認められた(表3).CIII考察今回,大学病院に紹介となった後期緑内障患者を対象として,初診時の治療方針を検討した.その結果,約半数で手術表2点眼の調整で対応した群年齢(歳)視野C30-2(dB)診断ClogMAR眼圧調整前後(mmHg)点眼調整前後(成分)C57C.30.09正常眼圧緑内障C0.155C12C→C10C2→4C57C.28.67正常眼圧緑内障C0.523C12C→C11C2→4C83C.26.42原発開放隅角緑内障C.0.079C16C→C12C2→4C77C.24.24原発開放隅角緑内障C1.15C18C→C14C1→2C52C.23.28原発開放隅角緑内障C.0.079C13→8C0→1C42C.21.77正常眼圧緑内障C021→不明なし→不明C42C.21.73正常眼圧緑内障C0.15519→不明なし→不明C52C.20.61原発開放隅角緑内障C0.222C15→9C0→1表3手術施行群と非施行群の比較手術施行群(34眼)非施行群(31眼)p値年齢C72.8±14.0(C20.C93)歳C68.6±14.8(C35.C90)歳C0.23観察期間C5.6±6.2(C0.C20.6)年C6.8±(0.C17.1)年C0.24点眼(成分)C3.6±0.9(1.5)C3.2±1.6(0.5)C0.19MD値C.26.59±3.17(C.32.15.C.20.88)CdBC.24.43±3.18(C.30.7.C.20.07)CdBC0.006視力(logMAR)C0.62±0.64(C.0.08.2)C0.32±0.57(C.0.08.2)C0.046眼圧C21.1±10.1(9.C48)CmmHgC14.3±3.34(9.C22)CmmHgC0.0003病型(眼)原発開放隅角緑内障16眼17眼原発閉塞隅角緑内障6眼10眼正常眼圧緑内障5眼3眼続発緑内障4眼4眼落屑緑内障3眼1眼が行われ,手術施行群は非施行群と比較して有意にCMD値は低く,眼圧は高く,視力が悪かった.十分な患者データ(眼圧推移や視野経過)の添付の有無が,迅速な治療方針決定に重要な役割を果たしていると考えられた.緑内障が進行するにつれて,より低い眼圧値での管理が提唱されているので3),視機能維持が厳しくなりつつあるような症例は,手術を前提として大学病院に紹介されることが多い.しかし,紹介を受ける側としては,眼圧値以外にも患者の年齢や対眼の状態,病状の理解度,点眼アドヒアランスの意識レベルなど,手術を決める根拠を常に探している.今回検討した症例の約半数で初診日に緑内障手術が決定され,濾過手術が最多であり,筋が通っていた.手術施行群と非施行群では,MD値,視力,眼圧で有意差がみられたことから,同じ後期でも視機能がより悪い症例が手術になりやすいことが判明した.中心視野障害が強い緑内障患者に対して濾過手術を施行することで,中心視野が消失する確率がC0.8.1%とも報告されている4,5).また,緑内障は慢性的に進行し,手術後もその進行はすぐには止まらないため,中心視野が少ない状態になってからの手術では,自然経過でも視機能が維持できなくなる可能性もある.したがって,手術適応の評価のためには,視野にある程度余裕がある段階で紹介すべきであると考えられた.ただし,手術希望のない患者もおり,緑内障の自然経過や手術のメリット・デメリットを説明し慎重に治療を進める必要がある.MIGSについては短時間で終わるため,濾過手術を躊躇しがちな高齢者などで,まずCMIGSで眼圧管理ができないかを模索しつつ,術後経過によっては濾過手術も選択していくという方針を取るほうがよい場合もある.なお,紹介時に中心視野が消失していた症例(4眼)については,視機能維持の観点からはすでに手術適応はないと判断されたが,周辺視野を残すために手術を行うこともある.また,閉塞隅角緑内障では水晶体再建術単独もしくは隅角癒着解離術,低侵襲緑内障手術の併用など,絶対的に手術が適応となる.しかしながら,このような症例でも術前の眼圧や視野のデータがないと手術術式の選択を迅速に行うことができない.つぎに,手術非施行群について考える.まず,添付されていた視野情報のみでは進行判定が困難な症例が含まれていた.最終視野検査のみ添付されている例が多く,このような場合は紹介元への問い合わせ,あるいは改めて視野検査を行う必要があるが,これでは治療方針の決定までさらに時間がかかってしまう.このことから,紹介元で行われた視野検査のデータはすべて提供することが,迅速な方針決定を行い,結果的に患者の視機能維持につながると考えられた6).点眼調整をした症例については,処方内容,点眼アドヒアランスについて改めて確認をすべき症例が含まれていることを示唆していた.今回の症例においても,フルメディケーションではない症例が含まれており,眼圧下降薬の点眼成分を増やし,点眼方法を今一度確認したところ,有意な眼圧下降を得ることができた.注意すべき点としては,このように保存的に経過をみている間も残存視野が少ないことを常に意識し,手術介入のタイミングを逸することは避けなければいけないということである.紹介時の点眼内容で眼圧管理が十分と判断された症例については,眼圧値だけではなく,年齢や視野進行速度を含めての総合的な判断によるものである.このような症例は,判断材料(眼圧推移や視野経過)がしっかり添付されている場合が多く,視野進行が比較的緩徐であり,眼圧管理へ積極的に介入する必要が低い症例であった.このことからも,患者データを情報共有することの重要性が示唆された.本研究はいくつかの限界をかかえている.まず,大学病院という特性上,紹介患者にかなり偏りが生じていることは否めない.しかしながら,あらゆる緑内障治療を行っている当院であったからこそ,いろいろな治療法から選択することが可能であったともいえる.つぎに,手術適応の有無については,眼圧レベルあるいは視野進行速度から判断を行ったが,治療方針を判断した緑内障専門医の判断根拠が完全に統一されているわけではないことがあげられる.上記指針を基にしつつも臨床医としての経験年数がこれに加わるため,最終判断時の意思統一に第三者が介入することはできなかった.これはこの後ろ向き調査の限界であると考えられた.最後に治療方針の選択とその後の視機能との関連について追跡調査ができていない点である.視機能の維持という緑内障治療の最終目標を確認するためには,長期的な視点に立っての経過観察が望まれるのはいうまでもない.CIV結論大学病院に紹介となった後期の緑内障患者における初診時の治療方針を検討した結果,緑内障手術を行った症例が約半数を占めていた.手術を施行した群は,しなかった群と比較して眼圧がより高く,視機能がより悪かった.今回の検討を通じ,迅速な治療方針が決定されるために,紹介元における患者情報はすべて病院に提供していただくという,患者のためになる病診連携体制を構築していく必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MorizaneCY,CMorimotoCN,CFujiwaraCACetal:IncidenceCandCcausesCofCvisualCimpairmentCinJapan:theC.rstCnation-wideCcompleteCenumerationCsurveyCofCnewlyCvisuallossafterglaucomasurgery.OphthalmicSurg23:Ccerti.edCvisuallyCimpairedCindividuals.CJpnCJCOphthalmolC388-394,C1992C63:26-33,C20195)CostaVP,SmithM,SpaethGIetal:Lossofvisualacuity2)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内Caftertrabeclectomy.Ophthalmology100:599-612,C1993障診療ガイドライン第C4版.日眼会誌122:5-53,C20186)ChauhanCBC,CGarway-HeathCDF,CGoniCFJCetal:Practical3)岩田和雄:低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態CrecommendationsCforCmeasuringCratesCofCvisualC.eldと視神経障害機構.日眼会誌96:1501-1531,C1992Cchangeinglaucoma.BrJOpthalmol92:569-573,C20084)LeveneRZ:Centralvisual.eld,visualacuity,andsudden***

原発開放隅角緑内障として紹介された肉芽腫性ぶどう膜炎に よる続発緑内障の臨床像

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):825.829,2021c原発開放隅角緑内障として紹介された肉芽腫性ぶどう膜炎による続発緑内障の臨床像秋元亨介*1新明康弘*1新田卓也*2大口剛司*1木嶋理紀*1宇野友絵*1南場研一*1陳進輝*1石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究院眼科学教室*2回明堂眼科・歯科CTheClinicalFeaturesofPatientswithGranulomatousUveiticGlaucomaPreviouslyDiagnosedwithPrimaryOpenAngleGlaucomaKyosukeAkimoto1),YasuhiroShinmei1),TakuyaNitta2),TakeshiOhguchi1),RikiKijima1),TomoeUno1),KenichiNamba1),ShinkiChin1)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicine,HokkaidoUniversity,2)KaimeidoOphthalmicandDentalClinicC目的:前医より原発開放隅角緑内障として紹介され,北海道大学病院眼科(以下,当科)で肉芽腫性ぶどう膜炎性緑内障と診断された患者の臨床像について検討したので報告する.方法:2015年C4月.2017年C3月に当科を紹介受診し,前述の経過をたどったC5例C10眼について,診療録をもとに眼圧,検眼鏡所見,全身検査所見などについて後ろ向きに検討を行った.結果:当科初診時の眼圧は平均C27.9C±15.3CmmHg,当科初診時に前医で処方されていた抗緑内障点眼スコアは平均C2.6C±0.8であった.5例C10眼すべてにおいて前房炎症細胞や網膜病変はみられず,2例C3眼で雪玉状やびまん性の硝子体混濁がみられた.隅角結節はC5例C10眼すべてで認められた.精査の結果,3例はサルコイドーシスの組織診断群,2例は原因不明の肉芽腫性ぶどう膜炎の診断となった.結論:隅角検査により隅角結節が見つかり,のちにぶどう膜炎性緑内障と診断される症例は,その多くがサルコイドーシスであり,血中CsIL-2Rの上昇や肺門リンパ節腫大を伴っていた.たとえ前房炎症に乏しい症例であっても,高眼圧の症例では注意深く隅角検査を行い,隅角結節があればサルコイドーシスの可能性を考えて全身精査を進めるべきである.CPurpose:ToCdescribeCtheCclinicalCfeaturesCofCpatientsCwithCgranulomatousCuveiticCglaucomaCwhoCwereCdiag-nosedCwithCprimaryCopen-angleCglaucomaCbyCtheCpreviousCphysicians.CMethods:InCthisCretrospectiveCstudy,CweCreviewedCtheCmedicalCrecordsCof5CglaucomaCpatients(10Ceyes).Results:AtCinitialCpresentation,CmeanCIOPCwasC27.9±15.3CmmHgandthemeannumberofanti-glaucomamedicationsusedwas2.6±0.8.Inalleyes,noanterior-chamberin.ammationandnoretinallesionswereobserved.Threeeyeshadvitreousopacity.GonionoduleswereobservedCinCallCeyes.CSystemicCexaminationC.ndingsCshowedC3CcasesChistologicallyCdiagnosedCwithCsarcoidosis,CandC2CcasesCdiagnosedCwithCunknownCgranulomatousCuveitis.CConclusion:MostCofCtheCcasesCwithCgonioCnoduleCwereCdiagnosedwithsarcoidosis,accompaniedbyelevatedbloodsIL-2Randhilarlymphadenopathy.Evenincaseswith-outCanterior-chamberCin.ammation,CgonioscopyCisCessentialCinCpatientsCwithCocularChypertension.CInCcasesCwithCgonionodules,systemicexaminationshouldbecarriedoutinconsiderationofthepossibilityofsarcoidosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(7):825.829,C2021〕Keywords:肉芽腫性ぶどう膜炎,ぶどう膜炎性緑内障,隅角結節,サルコイドーシス.granulomatousCuveitis,Cuveiticglaucoma,gonionodules,sarcoidosis.C〔別刷請求先〕陳進輝:〒060-8638札幌市北区北C15条西C7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室Reprintrequests:ShinkiChin,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicine,HokkaidoUniversity,North15West7,Kitaku,Sapporo-city,Hokkaido060-8638,JAPANCはじめにぶどう膜炎ではC20.35%の患者に眼圧上昇が起こり,7.10%に緑内障性視神経症が生じるといわれているが1),その眼圧上昇機序については,炎症細胞やフィブリンを含む炎症関連物質の線維柱帯への付着による線維柱帯構成細胞の機能不全,炎症による不可逆的な線維柱帯の構造障害,虹彩後癒着による瞳孔ブロック,周辺虹彩前癒着による隅角閉塞2),さらに隅角結節を伴う線維柱帯への炎症細胞浸潤3)などが考えられている.ぶどう膜炎性緑内障においては眼圧をコントロールすると同時に十分な炎症制御が重要であり,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)とは一部治療が異なるため,両者の鑑別は重要である.しかし,ぶどう膜炎性緑内障のなかには前房炎症に乏しい症例もあり,そのような症例ではぶどう膜炎と診断することが困難なことがあり,しばしばCPOAGと診断されて治療されてしまう.今回筆者らは,前房炎症がみられずCPOAGとして紹介され,後にぶどう膜炎性緑内障と診断された症例の臨床像を検討したので報告する.CI方法2015年C4月.2017年C3月の間に北海道大学病院眼科(以下,当科)緑内障外来に紹介されたC173名のうち,狭義のPOAG(眼圧>21CmmHg,正常眼圧緑内障を除く)として紹介されたC81例で,後にぶどう膜炎性緑内障の診断となったC5例C10眼(6.1%)を対象とした.診療録をもとに後ろ向きに検討を行った.診療録より抽出した項目は視力,眼圧(Goldma-nn圧平眼圧計で測定),抗緑内障点眼スコア,炭酸脱水酵素阻害薬内服の有無,前眼部所見,隅角所見,眼底所見,Humphrey静的視野検査CSITA-Standard30-2(HFA30-2)図1隅角結節(症例5)毛様体帯から線維柱帯にかけて米粒状の白色結節がみられる(.).におけるCmeandeviation(MD)値,中心角膜厚である.いずれの症例も前医にてすでに点眼薬などによる緑内障治療が行われていたが,眼圧コントロール不良あるいは視野進行による手術適応の相談を目的として当科に紹介された.当科では緑内障外来に紹介された患者は,初診時には緑内障専門医による細隙灯顕微鏡検査と眼底検査,隅角鏡検査を行っている.そこでぶどう膜炎を疑う所見があれば,さらに血液検査を行う.血液検査項目は全血球計算,生化学,可溶性インターロイキンC2受容体(solubleCinterleukin-2Crecep-tor:sIL-2R),アンジオテンシン転換酵素(angiotensinCconvertingenzyme:ACE),KL-6,結核菌特異的CIFN-g遊離試験(T-SPOT),梅毒血清検査,抗CHTLV-1抗体検査,尿中Cb2ミクログロブリン,抗核抗体,リウマトイド因子,血清補体価,免疫グロブリン(A,E,G,M)を含む.採血でサルコイドーシスが疑われた場合には,胸部画像検査(胸部単純CX線および胸部CCT)を施行しており,肺門部リンパ節腫大や肺野結節影が確認されれば,当院呼吸器内科に気管支鏡検査を依頼している.CII結果症例は男性C1例,女性C4例で,平均年齢はC66.2C±10.1歳であった.前医初診時の眼圧は平均C34.6C±17.5CmmHg,当科初診時の眼圧は平均C27.9C±15.3CmmHg,HFA30-2におけるMD値は平均C.17.5±10.5CdBであった.当科初診時に前医で処方されていた抗緑内障点眼スコアは平均C2.6C±0.8,炭酸脱水酵素阻害薬を内服していた症例はC2例であった(表1).5例C10眼すべてにおいて細隙灯顕微鏡検査では前房炎症細胞および前房内フレアはみられず,1眼(症例C1の右眼)で陳旧性の白色角膜後面沈着物を認めるのみであった.眼底所見でも網膜血管周囲炎や血管周囲結節,網脈絡膜滲出斑,萎縮斑などの所見はみられず,2例C3眼(症例C2の両眼,症例3の左眼)で雪玉状やびまん性の硝子体混濁を認めた.隅角検査ではC10眼すべてに隅角結節(図1)を認め,2例C3眼に周辺虹彩前癒着がみられた(表2).ぶどう膜炎性緑内障と診断して全身検査を行ったところ,ACE高値はC1例(症例3),sIL-2R高値はC4例(症例C2,3,4,5),両側肺門部リンパ節腫大は胸部CX線でC2例(症例2,3),胸部CTで4例(症例2,3,4,5)にみられた(表3).両側肺門部リンパ節腫大を認めたC4例については当院呼吸器内科に精査依頼を行ったが,うちC1例(症例4)は最終的に検査を希望せず,3例(症例C2,3,5)で気管支肺胞洗浄,気管支鏡検査が施行された.3例すべてで気管支肺胞洗浄液のCCD4陽性CTリンパ球/CD8陽性CTリンパ球比の上昇はみられなかったが,超音波気管支鏡下針生検で得られた組織の病理検査で類上皮肉芽腫を認めた.その結果,3例(症例2,3,5)はサルコイドーシスの組織診断群,2例(症例表1各症例の眼圧および視野年齢(歳)性眼前医初診時当科初診時中心角膜厚眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)(Cμm)CHFA30-2MD値(dB)抗緑内障点眼スコア炭酸脱水酵素阻害薬内服症例C1C症例C2C症例C3C症例C4C症例C5C7556767252女女男女女右左C右左C右左C右左C右左C25C28C526C17C18C523C53C56C611C52C53C600C15C17C471C29C33C521C30C22C518C15C11C549C60C23C564C50C18C537C.10.3C.9.8C.18.8C.4.1C.26.4C.26.7C.31.1C.3.1C.32.4C.12.6C1C13C33C33C33C3無無無有有平均C66.2±10.1C34.6±17.5C27.9±15.3C542.0±41.3C.17.5±10.5C2.6±0.8C表2各症例の眼所見眼前部硝子体細胞隅角結節周辺虹彩前癒着Schlemm管充血角膜後面沈着物硝子体混濁症例1右C.+.++.左C.+.+..右+++..雪玉状症例2左+++..雪玉状右C.+….症例3左+++..びまん性症例4右C.+….左C.+….右C.+….症例5左C.+….表3各症例の全身検査所見両側肺門部リンパ節腫大抗CHTLV-1抗体CACECKL-6CsIL-2RCT-SPOTX線CCT症例C1C.10.6C226C310C…症例C2C.20.3C296C627.++症例C3C.25.4335C1,362.++症例C4C.15.5C274C486..+症例C5C.20.6C216C599..+当院で施行した検査方法における各項目の正常値は,ACEはC8.3.21.4(U/l),KL-6はC500未満(U/ml),sIL-2RはC157.C474(U/ml)である.異常値を太字で示す.1,4)は原因不明の肉芽腫性ぶどう膜炎の診断となった.治療として,症例C1は炭酸脱水酵素阻害薬であるアセタゾラミド内服およびC0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼の追加により,眼圧は初診時の右眼C28mmHg,左眼C18mmHgから右眼C16CmmHg,左眼C12CmmHgへと下降し,炭酸脱水酵素阻害薬内服中止後も右眼C16mmHg,左眼16CmmHgと再上昇しなかった.しかし,抗緑内障点眼によるアレルギー症状が出現したため,やむなく抗緑内障点眼を中止すると,右眼C26CmmHg,左眼C32CmmHgへと再上昇がみられた.また,併発白内障もみられたため,両眼に水晶体乳化吸引+眼内レンズ挿入+360°Csuturetrabeculotomy眼外法(S-LOT)を施行し,右眼C13mmHg,左眼C15mmHgと眼圧下降を得た.症例C2,3,4,5ではアセタゾラミド内服とC0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼の追加で速やかな眼圧下降が得られ,その後アセタゾラミド内服中止と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼の漸減を行い,良好な眼圧コントロールを維持できた.症例C2では初診時眼圧右眼C56mmHg,左眼C53mmHgから右眼C20mmHg,左眼19CmmHgへ,症例C3では初診時眼圧右眼C17CmmHg,左眼33CmmHgから右眼C9CmmHg,左眼C10CmmHgへ,症例C4では初診時眼圧右眼C22mmHg,左眼C11mmHgから右眼11CmmHg,左眼C10CmmHgへ,症例C5では初診時眼圧右眼23mmHg,左眼18mmHgから右眼16mmHg,左眼15CmmHgへと下降した.また,症例C2,3,4,5では,前医より処方されていた抗緑内障点眼の変更および追加は行っていない.CIII考按当院では,緑内障外来に紹介された患者に対して,全例初診時に緑内障専門医が隅角鏡による検査を行っているが,POAGとして紹介される前房炎症所見に乏しい症例のなかにも,隅角に肉芽腫性病変が見つかる場合がある.今回,検討を行った症例では,5例C10眼すべてで前房に炎症細胞がみられず,全例で隅角結節を認めた.隅角に結節を伴うような肉芽腫性ぶどう膜炎の原因疾患としては,サルコイドーシス,原田病,眼トキソプラズマ症,結核性ぶどう膜炎,ヘルペス性ぶどう膜炎などがあげられるが4),鑑別診断のために全身精査を行ったところ,5例のうち3例(症例2,3,5)はサルコイドーシスの組織診断群となった.症例C4も眼所見こそ隅角結節のみであったものの,全身検査では血清CsIL-2Rの上昇と胸部CCTで両側肺門部リンパ節腫大を認めており,気管支鏡検査を施行していたなら,サルコイドーシスの組織診断群となっていた可能性が高いと思われる.サルコイドーシスはC2009年の国内統計でもぶどう膜炎全体のC10.9%と最多を占め5),過去の手術治療を必要とするぶどう膜炎性緑内障の報告でも,原因としてサルコイドーシスがもっとも多いとされている6).眼サルコイドーシス患者では,Oharaらは,74.7%に虹彩炎が,62.1%に隅角結節,54.5%に周辺虹彩前癒着がみられ,網膜血管炎がC67.3%に,網脈絡膜滲出斑がC53.9%にみられたと報告している7).また,石原らも,前部ぶどう膜炎が86.0%,隅角結節がC86.0%,周辺虹彩前癒着がC72.0%,角膜後面沈着物がC62.4%,硝子体混濁がC83.9%,網膜血管炎が77.4%,脈絡網膜炎がC61.3%の患者に生じていたと報告している8).いずれの報告でも前房炎症や隅角結節が眼サルコイドーシス患者で高頻度に生じる点が共通しているが,必ずしも全例で両者がオーバーラップするわけではなく,また,ぶどう膜炎性緑内障全体をみても,眼圧上昇時にC27.6%が前眼部炎症を伴わないとする報告もある9).今回のC5症例では,隅角検査を除くと他の炎症性眼所見に乏しく,1眼(症例1)で角膜後面沈着物とC2例C3眼(症例C2,3)で硝子体混濁がみられたのみであった.実際,隅角検査を行わなければ肉芽腫性ぶどう膜炎の診断は困難であったと考えられる.眼圧については,ぶどう膜炎性緑内障のほうが開放隅角緑内障よりも高いとする報告が多い.Iwaoらは,ぶどう膜炎性緑内障で線維柱帯切除術を要した症例では,術前眼圧がC33.7±8.6CmmHgだったのに対し,開放隅角緑内障ではC28.1C±7.26CmmHgだったと報告している6).また,開放隅角緑内障群での最大眼圧C23.45C±0.44CmmHgに対し10),サルコイドーシスによるぶどう膜炎性緑内障の最大眼圧はC34.1C±6.6mmHgであったとの報告もある9).今回の検討でも前医初診時の眼圧は平均C34.6C±16.5mmHg,最大眼圧が平均C38.3C±16.1CmmHgと高く,眼圧が高いことや年齢の割にCMD値が悪いことは,ぶどう膜炎性緑内障の診断の一助になるかもしれない.今回の結果では,サルコイドーシスと診断するための全身精査として,血液検査ではCACEよりもCsIL-2CRが,画像診断では胸部CX線検査よりもCCT検査が有効であった.2015年のサルコイドーシス診断基準でも,特徴的検査所見項目として従来からの両側肺門部リンパ節腫脹に加え,sIL-2CR高値が追加されている11).既報によると眼サルコイドーシスではC87.5%がステロイドの局所投与のみで消炎可能であったと報告されており12),サルコイドーシスによる眼圧上昇のメカニズムはおもに隅角結節を伴う線維柱帯への炎症細胞浸潤による房水流出抵抗の増大とされている3).症例C2,3,4,5では,ステロイドの眼局所投与により十分な消炎を行うことで隅角結節の消失とともに房水流出抵抗が減少し,眼圧下降が得られたと考えられた.また,症例C1ではステロイド点眼薬による眼圧下降効果は限定的であり,すでに線維柱帯に不可逆性の構造障害が進んでいた可能性が考えられる.筆者らは過去に続発開放隅角緑内障に対するC360°S-LOTの有効性を報告しており13),同一症例の両眼にてそれぞれC360°CS-LOTと通常の金属ロトームによるC120°トラベクロトミーを比較した報告でも良好な眼圧が得られた14).CIV結論前房炎症に乏しく開放隅角緑内障と診断された症例であっても,隅角検査により隅角結節が見つかり,のちにぶどう膜炎性緑内障と診断される症例がある.その多くはサルコイドーシスと診断され,血中CsIL-2Rの上昇や肺門リンパ節腫大を伴っていた.たとえ前房炎症に乏しい症例であっても,高眼圧の症例では注意深く隅角検査を行うべきであり,隅角結節があればサルコイドーシスを念頭に全身精査を進めるべきである.また,その場合にはステロイド点眼を併用することで眼圧をコントロールできる可能性がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)蕪城俊克,藤野雄次郎:ぶどう膜炎関連緑内障の病因.あたらしい眼科26:305-310,C20092)楠原仙太郎:ぶどう膜炎性緑内障.あたらしい眼科C35:1017-1024,C20183)IwataCK,CNanbaCK,CSobueCKCetal:Ocularsarcoidosis:CevaluationCofCintraocularC.ndings.CAnnCNCYCAcadCSciC278:445-454,C19764)北市伸義:ぶどう膜炎の眼臨床所見.OCULISTAC5:1-8,C20135)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectiveCmulticenterCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,C20126)IwaoCK,CInataniCM,CSetoCTCetal:Long-termCoutcomesCandprognosticfactorsfortrabeculectomywithmitomycinCCinCeyesCwithCuveiticglaucoma:aCretrospectiveCcohortCstudy.JGlaucoma23:88-94,C20147)OharaK,OkuboA,SasakiHetal:Intraocularmanifesta-tionsCofCsystemicCsarcoidosis.CJpnCJCOphthalmolC36:452-457,C19928)石原麻美,石田敬子,内尾英一ほか:サルコイドーシス組織診断例の眼症状の検討.眼科40:829-835,C19989)高橋哲也,大谷伸一郎,宮田和典ほか:ぶどう膜炎に伴う続発緑内障の臨床的特徴の解析.日眼会誌C106:39-43,C200210)ChengCJ,CKongCX,CXiaoCMCetal:Twenty-four-hourCpat-ternCofCintra-ocularCpressureCinCuntreatedCpatientsCwithCprimaryopen-angleglaucoma.ActaOphthalmol94:460-467,C201611)四十坊典晴,山口哲生:わが国におけるサルコイドーシスの診断基準と重症度分類.日本サルコイドーシスC/肉芽腫性疾患学会雑誌35:3-8,C201512)菅原道孝,岡田アナベルあやめ,若林俊子ほか:眼サルコイドーシスに対する積極的局所治療の有用性.臨眼C60:C621-626,C200613)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodi.ed360-degreesuturetrabeculoto-mytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglau-coma:apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,C201214)木嶋理紀,陳進輝,新明康弘ほか:360°CSutureTrabecu-lotomy変法とCTrabeculotomyの術後眼圧下降効果の比較検討.あたらしい眼科33:1779-1783,C2016***