近視の疫学・遺伝─ながはまスタディからの最新の知見EpidemiologyandHeredity-RelatedFactorsinCasesofPathologicalMyopia-LatestFindingsintheNagahamaStudy三宅正裕*はじめに近視の疫学についてはこれまでも繰り返し報告されてきているが,日本人の近視の疫学に関する一定規模のコホートからの報告はしばらくなされていなかった.そのようななか,筆者らはC2020年に,京都大学附属ゲノム医学センターと長浜市が共同で行う「ながはまスタディ」のデータを用いた疫学研究を,“Ophthalmology”誌に発表した.本稿ではその最新の論文について解説する.CI概要“Ophthalmology”誌に掲載された論文は,ながはまスタディを用いた疫学研究である.ここでは近視の有病率のみならず,種々の程度の近視についての有病率も報告している.その結果,通常の近視や強度近視は世代が若くなるにつれて有病率が増加しており,環境因子の影響が強く示唆される一方で,最強度近視の有病率は世代を通じておおむね一定であり,遺伝的素因が強く影響している可能性が考えられた.また,眼球形状を規定する種々のパラメータについての疫学データも報告したうえで,それらの関係性について考察した.その結果,近視化する際の眼球形状の変化は,眼軸長の能動的な伸長ではなく,眼球成長に伴う眼球の正円状の拡大に際して赤道部方向への成長が阻害されることによる眼軸長の受動的な伸長である可能性を報告した.これらは,筆者らが報告してきた近視の疾患感受性遺伝子であるCWNT7BとCGJD2の交互作用にも通じる議論である.以下,当該論文の詳細を解説する.CIIながはまスタディながはまスタディは京都大学附属ゲノム医学センターと長浜市が共同で実施するC1万人規模のCcommunity-basedcohortである.2008~2011年までベースライン調査が行われ,2013~2016年まで第二期調査が実施された.2018年からは第三期調査が開始されており,現在は第三期調査の途中である.ながはまスタディでは,住民の協力を得て全身の詳細なデータが取得されており,世界的にも貴重なデータが集積している.また,ゲノムコホートであるためにすべての人の血液が採取されており,DNAが取得されている.5,000人以上にゲノムスキャン(個人のCDNA上の一塩基多型の遺伝子型を網羅的に決定すること)が行われており,1,000人以上に全ゲノム解析やその他のオミクス解析が実施されている.眼科領域の検査としては,第二期調査においては,屈折,眼軸長,角膜曲率,中心角膜厚,角膜径,前房深度,眼圧(非接触),眼底カメラ撮影,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),視野が計測されている.OCTの結果からは,網膜神経線維層厚に加えて,脈絡膜厚やCOCTでの脈絡膜輝度〔normalizedCchoroi-dalintensity(NCI)およびCchoroidalCvascularityCindexC*MasahiroMiyake:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕三宅正裕:〒605-8507京都市左京区聖護院川原町C54京都大学大学院医学研究科眼科学C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(31)C879(CVI)〕などが測定されている.なお,脈絡膜厚やOCTでの脈絡膜輝度の正常日本人データはC2021年のC“OphthalmologyScience”誌に発表しているので,興味があれば参照されたい.CIII日本人の眼球形状パラメータながはまスタディの二期調査に参加して解析対象となったのは,35~80歳のC9,850人である.平均年齢はC57.6±12.4歳で,男女の内訳は,男性がC3,206人(32.5%)で女性がC6,644人(67.5%)であった.Population-basedのコホートではないため,年齢分布や男女比には偏りがみられる.このため本研究では年齢・性別を2015年の国勢調査データに標準化したうえで各種パラメータを報告している.5歳刻みで層別化して標準化を行った都合上,80歳の参加者は除外した.この結果,35~79歳の日本人における平均眼軸長はC24.21Cmm,平均等価球面度数は-1.44Dと考えられた.また,角膜曲率半径はC7.69Cmm,角膜径はC12.01Cmm,中心角膜厚は543.96Cμm,前房深度はC3.21Cmmと推定された.年齢・性別のパラメータは表1の通りである.70歳以上の世代での平均眼軸長は男性でC23.83Cmm,女性で23.30Cmmであったが,世代が若くなるほど平均眼軸長は長くなる.34~39歳の世代での平均眼軸長は男性で24.97Cmm,女性でC24.54Cmmと,70歳以上の世代に比べてC1Cmm以上長くなっていることがわかる.同様に,70歳以上の世代での平均等価球面度数は男性でC0.23D,女性でC0.45Dであるが,世代が若くなるほど近視が強くなる.34~39歳の世代での平均等価球面度数は男性で-2.32D,女性で-2.68Dと,70歳以上の世代に比べてC2D以上近視化している.このC30年程度の世代変化で遺伝的背景が大幅に変わることは想定されないため,この近視化は環境因子の変化によってもたらされたものだと考えられる.眼軸長は身長と密接にかかわっていることも知られている.身長に関しても同様に表1を確認すると,やはり眼軸長と同様に,世代が若くなるほど身長が高くなっていることがわかる.これは近視を考えるうえで重要なポイントである.この点を掘り下げるうえで,まず直観に反する事実を二つ記載する.一つめは,「疫学的には,アジア人よりも欧米人,女性よりも男性のほうが平均の眼軸長は長いが,近視の度合いは弱い」という事実である.二つめは,メンデルランダム化という手法を用いた因果推論の結果,「長い眼軸長と近視には因果関係はない」とされている事実である.これらの直観に反する事実を説明するうえで,身長が重要な意味をもつ.つまり,眼軸長は単なる眼球の前後方向の長さであるため,「身長(体格)が大きいために単純に眼球が正円状に大きい」場合も,「眼球が楕円形になっているために近視が強い」場合も,いずれも眼軸長は長いのである.このため,眼軸長が近視と関係するかどうかを考えるには,身長(体格)相応の眼軸長(眼球が正円状に大きいだけで非近視)なのか,身長(体格)の割に長い眼軸長(眼球が楕円形になっており近視化)なのかを考える必要がある.この基本的な知識は本論文の考察を読み解くうえで大きな役割を果たしているため,頭の中に入れておいていただきたい.CIV日本人における近視・強度近視・最強度近視の有病率1.近視の定義他稿でも触れられていると思うが,簡単に記載しておく.近視の定義はこれまでさまざまなものが使われているが,InternationalMyopiaInstitute(IMI)の定義によると,等価球面度数が-0.5D以下のものが近視(myo-pia),等価球面度数が-6.0D以下のものが強度近視(highmyopia)とされている.「未満」ではなく「以下」であることに注意が必要である.さらに強い近視は最強度近視(extrememyopia)と呼称されるが,これはCIMIでは定義されていない.現在コンセンサスのあるのは上記基準であるが,これらの定義は研究の目的によって変わりうる.たとえば世界保健機関(WHO)は等価球面度数が-5.0D以下という基準を強度近視の定義として採用した.これは,WHOの研究の目的が「屈折矯正にアクセスできないために事実上失明レベルに至っている人」がどの程度いるかを見積もることであったためである.裸眼視力との対応を考慮すると-6.0D以下よりも-5.0D以下と定義したほうがより適当だと判断されたようである.880あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021(32)表1各種眼球形状パラメータの年齢.性別層別化解析性別男性女性年齢(歳)34~C3940~C4950~C5960~C6970~34~C3940~C4950~C5960~C6970~症例数(人)C身長(cm)眼軸長(mm)等価球面度数(D)角膜曲率半径(mm)前房深度(mm)角膜径(mm)中心角膜厚(Cμm)259C601C506C966C874C672C1,463C1,460C1,921C1,128172.89(C0.34)C172.80(C0.36)C170.64(C0.36)C167.76(C0.35)C164.06(C0.34)159.37(C0.33)C159.27(C0.32)C157.58(C0.32)C154.47(C0.31)C150.80(C0.33)24.97(C0.09)24.83(C0.09)24.72(C0.08)24.23(C0.07)23.83(C0.06)24.54(C0.09)24.36(C0.08)24.06(C0.09)23.68(C0.08)23.30(C0.08)-2.32(C0.18)-2.37(C0.17)-2.21(C0.17)-0.87(C0.16)0.23(C0.13)-2.68(C0.18)-2.40(C0.17)-2.02(C0.18)-0.82(C0.17)0.45(C0.15)7.85(C0.02)7.81(C0.02)7.75(C0.01)7.68(C0.01)7.66(C0.01)7.74(C0.02)7.72(C0.01)7.63(C0.01)7.58(C0.01)7.56(C0.02)3.54(C0.02)3.45(C0.02)3.28(C0.02)3.18(C0.02)3.04(C0.02)3.45(C0.02)3.35(C0.02)3.16(C0.02)3.03(C0.02)2.93(C0.02)12.25(C0.02)12.17(C0.02)12.11(C0.02)11.99(C0.02)11.97(C0.02)12.10(C0.02)12.07(C0.02)11.92(C0.02)11.83(C0.02)11.82(C0.02)541.25(C2.01)544.47(C1.9)C545.32(C1.88)C548.25(C1.81)C546.62(C1.75)541.64(C1.82)542.34(C1.8)C542.57(C1.77)C544.16(C1.75)C541.15(C1.75)表2さまざまなカットオフ値での近視の有病率の年齢.性別層別化解析症例数(有病率)標準化有病率(%)男性女性34~C3940~C4950~C5960~C6970~34~C3940~C4950~C5960~C6970~症例数(人)C9,850C─C259C601C506C966C874C672C1,463C1,460C1,921C1,128等価球面度数で定義≦-0.5D4,684(54.4)C49.97C169(69.3)C409(72.1)C325(68.7)C385(45.0)C170(26.0)C478(75.5)1023(73.1)C856(62.8)C699(42.2)C170(22.3)C≦-3D2,121(24.6)C22.5076(31.1)C185(32.6)C156(33.0)C154(18.0)51(7.8)C242(38.2)473(33.8)C412(30.2)C318(19.2)54(7.1)C≦-5D1,059(12.3)C11.4548(19.7)99(17.5)77(16.3)67(7.8)16(2.5)C137(21.6)233(16.7)C206(15.1)150(9.1)26(3.4)C≦-6D735(8.5)C7.8935(14.3)72(12.7)46(9.7)41(4.8)11(1.7)92(14.5)162(11.6)C152(11.1)103(6.2)21(2.7)C≦-8D289(3.4)C3.0312(4.9)23(4.1)20(4.2)15(1.8)3(0.5)38(6.0)63(4.5)65(4.8)39(2.4)11(1.4)C≦-10D106(1.2)C1.063(1.2)10(1.8)3(0.6)5(0.6)1(0.2)12(1.9)27(1.9)22(1.6)17(1.0)6(0.8)眼軸長で定義≧26.0Cmm862(9.7)C10.3952(21.5)C118(21.0)84(17.8)73(8.4)29(3.9)C0C104(16.4)160(11.5)119(8.8)90(5.2)33(3.6)C≧26.5Cmm547(6.1)C6.7036(14.9)80(14.2)54(11.4)44(5.1)15(2.0)C065(10.3)92(6.6)81(6.0)56(3.2)24(2.6)C≧28.0Cmm86(1.0)C1.016(2.5)10(1.8)9(1.9)4(0.5)3(0.4)C011(1.7)8(0.6)12(0.9)15(0.9)8(0.9)C≧29.0Cmm17(0.2)C0.181(0.4)2(0.4)1(0.2)0(0.0)0(0.0)C03(0.5)1(0.1)3(0.2)4(0.2)2(0.2)C≧30.0Cmm5(0.1)C0.040(0.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)C00(0.0)0(0.0)1(0.1)3(0.2)1(0.1)()内は有病率(%)a等価球面度数(SE)別の有病率男性75~70-74SE.-10D年齢(歳)年齢(歳)65-6960-6455-5950-5445-4940-4434-3975~70-7465-6960-6455-5950-5445-4940-4434-390%25%50%75%100%女性0%25%50%75%100%-10D<SE.-8D-8D<SE.-6D-6D<SE.-3D-3D<SE.-0.5D-0.5D<SE.0.5D0.5D<SESE.-10D-10D<SE.-8D-8D<SE.-6D-6D<SE.-3D-3D<SE.-0.5D-0.5D<SE.0.5D0.5D<SEb眼軸長(AL)別の有病率男性75~70-7429mm<AL.30mm年齢(歳)年齢(歳)65-6960-6455-5950-5445-4940-4434-3975~70-7465-6960-6455-5950-5445-4940-4434-390%25%50%75%100%女性0%25%50%75%100%図1近視の程度別有病率28mm<AL.29mm26mm<AL.28mm24mm<AL.26mm23mm<AL.24mmAL.23mm30mm<29mm<AL.30mm28mm<AL.29mm26mm<AL.28mm24mm<AL.26mm23mm<AL.24mmAL.23mm表3等価球面度数(SE)と眼軸長(AL)でグループ化した各群の各種眼球形状パラメータによる解析等価球面度数p値中央値以下(LowerSE群)中央値以上(HigherSE群)眼軸長中央値以下(ShorterAL群)症例数(人)C身長(cm)眼軸長(mm)等価球面度数(D)角膜曲率半径(mm)前房深度(mm)角膜径(mm)中心角膜厚(Cμm)942C158.68(C0.25)23.33(C0.015)-1.41(C0.029)7.49(C0.007)3.13(C0.01)11.84(C0.011)543.69(C0.92)3,291158.34(C0.14)C22.96(C0.01)0.82(C0.018)7.60(C0.004)2.95(C0.005)11.89(C0.006)C544.76(C0.49)0.67*<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-100.0058*<C1.0C×10-10中央値以上(LongerAL群)症例数(人)C身長(cm)眼軸長(mm)等価球面度数(D)角膜曲率半径(mm)前房深度(mm)角膜径(mm)中心角膜厚(Cμm)3,450C162.06(C0.14)25.32(C0.018)-3.98(C0.045)7.72(C0.004)3.41(C0.005)12.05(C0.006)543.56(C0.49)825164.43(C0.31)24.36(C0.013)0.23(C0.023)7.92(C0.007)3.26(C0.011)12.18(C0.012)545.11(C0.95)<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10p値身長(cm)眼軸長(mm)等価球面度数(D)角膜曲率半径(mm)前房深度(mm)角膜径(mm)中心角膜厚(Cμm)<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10<C1.0C×10-10*統計学的に非有意----前房深度(mm)身長(mm)2.53.03.54.04.51301401501601701801902.0角膜径(mm)角膜曲率半径(mm)11.011.512.012.513.013.57.07.58.08.510.5LowerSEHigherSELowerSEHigherSELowerSEHigherSELowerSEHigherSEShorterALLongerALShorterALLongerALLowerSEHigherSELowerSEHigherSELowerSEHigherSELowerSEHigherSEShorterALLongerALShorterALLongerAL図2グループ別眼球形状パラメータの解析結果AL:眼軸長,SE:等価球面度数-a眼球の正円状の拡大赤道部の伸長b眼球の正円状の拡大前後方向への拡大眼球の正円状の拡大赤道部方向への拡大阻害図3眼球形状の拡大パターン