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神経麻痺性角膜穿孔に対し羊膜移植術併用表層角膜移植術 が奏効した1 例

2021年7月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科38(7):821.824,2021c神経麻痺性角膜穿孔に対し羊膜移植術併用表層角膜移植術が奏効した1例曽田里奈*1,2福岡秀記*1岩間亜矢子*1吉岡麻矢*1,3奥村峻大*1,3外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2大阪府済生会中津病院眼科*3大阪医科大学眼科学教室CACaseofAmnioticMembraneandSuper.cialCornealTransplantationforCornealPerforationwithTrigeminalNervePalsyRinaSoda1,2)C,HidekiFukuoka1),AyakoIwama1),MayaYoshioka1),TakahiroOkumura1,3)CandChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)CNakatsuHospital,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeCDepartmentofOphthalmology,OsakaSaiseikai目的:神経麻痺性角膜症による角膜穿孔後,急速に白内障が進行し,表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術を同時に施行し経過良好な症例を経験したので報告する.症例:80歳,男性.既往歴は脳梗塞.左眼の角膜びらんと診断され,改善しないため京都府立医科大学病院を紹介受診した.当院初診時,遷延性角膜上皮欠損と角膜混濁を認めた.角膜知覚低下および著明な涙液減少を認めた.神経麻痺性角膜症と診断しドライアイの治療と,消炎にていったん上皮化を得たが上皮欠損と治癒を繰り返し角膜穿孔と続発白内障に至った.表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術を同時に施行した.羊膜移植後は前房内を透見可能であり,経過観察中羊膜は自然脱落したが術後半年経過し,上皮欠損なく経過良好である.結論:神経麻痺性角膜症は難治性な疾患であるが,表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術の同時手術が有効であった.今後のさらなる治療技術の発展が期待される.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCcornealCperforationCdueCtoCneurotrophickeratitis(NK)thatCrequiredClamellarkeratoplasty(LKP)C,Camnioticmembrane(AM)transplantation(AMT)C,CandCcataractCsurgery.CCasereport:An80-year-oldmalewhohadbeendiagnosedwithcornealerosioninhislefteyefollowingastrokewasreferredtousduetotheconditionworsening.Slit-lampexaminationrevealedpersistentcornealdefectandopacity.Moreover,cornealsensitivityandtearsecretionremarkablydecreased.WediagnosedhimwithNK.Althoughre-epithelializa-tionwasachievedwithtreatmentfordryeyeandin.ammation,hisconditionrepeatedlyworsened.Sincecornealperforationandsecondarycataractoccurred,LKP,AMT,andcataractsurgerywasperformed.TheAMnaturallydissolvedwithnorecurrenceofcornealdefectfor6-monthspostoperative.Conclusion:WereportacaseofNK-relatedCcornealCperforationCinCwhichCLKP,CAMT,CandCcataractCsurgeryCwasCe.ective,CandCanticipateCfurtherCadvancementsinthetreatmentofthisrefractorydisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(7):821.824,C2021〕Keywords:神経麻痺性角膜症,遷延性角膜上皮欠損,角膜穿孔,表層角膜移植術,羊膜移植術.neurotrophicCkeratitis,persistentcornealdefect,cornealperforation,lamellarkeratoplasty,amnioticmembranetransplantation.Cはじめに涙の促進,角膜上皮細胞への栄養供給の働きがあり,これに角膜は無血管で透明な組織であり,第五脳神経に由来するより角膜上皮の細胞増殖,恒常性の維持,創傷治癒に役立っ角膜知覚神経が上皮下実質浅層に密に分布している.角膜知ている1,2).角膜知覚神経の機能不全が生じると,角膜上皮覚神経には,瞬目や神経伝達物質,成長因子の放出による流の恒常性が損なわれ,神経麻痺性角膜症を生じる.神経麻痺〔別刷請求先〕曽田里奈:〒530-0012大阪市北区芝田C2-10-39大阪府済生会中津病院眼科Reprintrequests:RinaSoda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaSaiseikaiNakatsuHospital,2-10-39Shibata,Kita-ku,Osakacity,Osaka530-0012,JAPANC図1前眼部写真a:初診時,角膜中央部から下方に遷延性上皮欠損と実質混濁を認めた.b:上皮欠損の再発と治癒を繰り返していたが,初診からC1年経過後に角膜穿孔と虹彩嵌頓,膨化白内障を生じた.c:表層角膜移植術,羊膜移植術,白内障手術(水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入)を同時に施行し,治療用ソフトコンタクトレンズを装着して終了した.手術翌日,羊膜に覆われた部位は,前房の深さなども観察可能な程度の透見性があった.d:手術C6カ月経過,羊膜は自然脱落し上皮化が得られた.上皮欠損の再発はなくよい臨床経過を得ている.性角膜症はきわめて難治な神経変性疾患であり,三叉神経核から角膜知覚神経終末までのいずれかのレベルに損傷を与える眼局所疾患もしくは全身疾患に伴って生じる.原因疾患としては,ヘルペス性角膜炎や外傷,前眼部手術後,聴神経腫瘍術後の顔面神経・三叉神経麻痺,糖尿病,多発性硬化症,脳腫瘍などがあげられる3,4).臨床所見として,角膜上皮の不整,点状表層角膜症,遷延性角膜上皮欠損を呈し,重症例では角膜実質融解を伴う潰瘍,角膜穿孔を生じるが5,6),根本的治療が現在ないため非常に難治である.今回筆者らは,神経麻痺性角膜症により遷延性角膜上皮欠損を生じ角膜穿孔に至ったあとに急速に白内障が進行した症例に対し,表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術を同時に施行し経過良好な臨床経過を得たので報告する.CI症例脳梗塞の既往のあるC80歳,男性.脳神経外科からの紹介で近医眼科を受診した.左眼の角膜びらんと診断され,ヒアルロン酸ナトリウム点眼とオフロキサシン眼軟膏で治療されたが角膜上皮欠損が拡大した.悪化傾向を認めたためヘルペス性角膜炎が疑われ,0.3%ガチフロキサシン点眼左眼C3回,0.1%ベタメタゾン点眼左眼C3回,アシクロビル眼軟膏左眼4回へ処方を変更されたが改善なく,徐々に視力が低下したため,初診からC1カ月経過後に京都府立医科大学病院眼科(以下,当院)へ紹介となった.当院初診時の矯正視力は右眼C0.6,左眼C30Ccm手動弁,眼圧は両眼C17CmmHgで,角膜中央から下方に及ぶ広範囲の遷延性角膜上皮欠損と角膜混濁を認めた(図1a).また,CCochetBonnet角膜知覚計を用いて測定した角膜知覚は右眼60mm,左眼C10mmと左眼の角膜知覚の低下を認め,Schirmer試験CI法にて右眼C3Cmm,左眼C0Cmmと著明な涙液減少を認めた.ヘルペス性角膜炎を疑う所見を認めなかったため,アシクロビル眼軟膏を中止し,ガチフロキサシン点眼左眼C4回,ベタメタゾン点眼左眼C4回を継続,オフロキサシン眼軟膏左眼C1回,人工涙液点眼左眼C3回を追加し,上下涙点に涙点プラグを挿入した.その後徐々に上皮化が得られ,感染徴候を認めなかったため,ガチフロキサシン点眼とベタメタゾン点眼を漸減し,治療開始C7カ月目にようやく上皮欠損の修復が得られた.その後,上皮欠損の再発と治癒を繰り返していたが,治療開始C12カ月目に左眼の視力低下を主訴に再診した.左眼角膜穿孔,虹彩嵌頓,前房消失を認めた.膨化白内障も進行し(図1b),表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術を同時に施行した.図2手術手順a:単回使用組織生検用針デルマパンチにてC5Cmm径のパンチを行い,クレセントナイフとダイヤモンドメスを用いて角膜表層を切除した.Cb:凍結保存角膜を用いて表層角膜移植片を作製し,10-0ナイロン糸で単縫合を行った.c:嵌頓した虹彩を整復後,インドシアニングリーンで前.染色を行い前.切開を行った.d:透見性不良のためサージカルスリット下で水晶体乳化吸引術を行った.e:眼内レンズを挿入した.f:羊膜を移植部位(上皮欠損部位)を覆うように縫合を行い,余剰羊膜を切除し手術を終了した.手術はまず,単回使用組織生検用針デルマパンチにて5Cmm径のパンチを行い,クレセントナイフとダイヤモンドメスを用いて角膜表層から実質深層までを切除した後,凍結保存角膜を用いた表層角膜移植片を作製し,10-0ナイロン糸で単縫合を行った.嵌頓した虹彩を整復し,インドシアニングリーンで前.染色し前.切開を行ったあと,超音波乳化吸引,眼内レンズ挿入を行いアセチルコリン希釈液を注入した.最後に羊膜で角膜上皮欠損部位をカバーリングし,治療用ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)をのせて終了した(図2,図1c).術後経過は良好で,ガチフロキサシン点眼左C4回,ベタメタゾン点眼左C4回を開始し,術後C2日目までベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC1Cmg点滴を施行,術後C3日目よりベタメタゾン錠C0.5Cmg1錠内服C4日間へ切り替え,術後C8日目に退院となった.その後,治療用CSCL脱落に伴い羊膜は自然脱落したが上皮伸展は良好で,術後点眼は漸減とした.表層角膜移植後C6カ月経過後も上皮欠損の再発なく,ガチフロキサシン点眼左眼C1回,ベタメタゾン点眼左眼C1回を継続し経過観察中である(図1d).CII考按神経麻痺性角膜症に対する従来の治療は,MackieがC1995年に提唱した神経麻痺性角膜症の重症度によるC3段階のステージ分類7)に基づいて選択されてきた.点状表層角膜症や角膜上皮の不整を生じるステージC1では,薬剤毒性を避けるため点眼薬の中止が推奨される8).保存剤が添加されていない人工涙液点眼を使用し,上皮欠損を伴う場合は予防的な抗菌薬点眼の併用が考慮される.遷延性角膜上皮欠損を伴うステージC2の症例では,治療用コンタクトレンズの使用,眼瞼縫合,眼瞼挙筋へのボツリヌスCA毒素の注入が考慮される.羊膜移植術は被覆による摩擦の軽減に加えて,成長因子やサイトカインを放出することで角膜上皮の創傷治癒促進,眼表面の炎症抑制に効果的とされる9).ステロイド点眼は炎症反応を抑制するが,同時に創傷治癒の遅延,ステロイド緑内障,ステロイド白内障のリスクがあり使用には注意を要する.角膜潰瘍や実質融解,角膜穿孔に至るステージC3の症例では,実質融解を防止するためコラーゲナーゼ阻害薬や眼瞼縫合が考慮される.角膜穿孔を生じた症例では表層角膜移植術や全層角膜移植術が必要である10).近年,海外では神経成長因子点眼やCP物質/インスリン様成長因子などの神経の再生や免疫調整を直接刺激する薬剤が注目されており,いずれも神経麻痺性角膜症患者において高い治癒率が得られている11.13).本症例では経過中に角膜穿孔が増悪し膨化白内障により前房も浅くなってきたため,緊急の角膜移植手術を実施した.透見性の維持という観点からは羊膜移植術は不利であるが,被覆による摩擦軽減のみではなく,創傷治癒促進,炎症抑制の効果が期待できる,とくに神経麻痺性角膜症においては,角膜知覚の低下,瞬目の減少,涙液分泌低下を伴っており,角膜移植術単独では上皮が伸展せず術後に遷延性上皮欠損を再発するリスクが高く14),角膜移植術と羊膜移植術の併施を行った.同時手術を行うことで,複数回手術を行うことと比較し患者負担が軽減することが期待される.今回の症例は,角膜穿孔部位の羊膜移植術による摩擦軽減,抗炎症作用などにより角膜上皮進展を得たが,術後も角膜知覚神経の機能不全の状態であることには変わりなく,一度上皮障害を発症すると再燃のリスクがあり綿密な経過観察が重要である.また,羊膜移植術は,複数術式をしても単独でしか算定できないため病院の負担となることがデメリットの一つである.また,角膜穿孔に伴って生じる合併症には,角膜実質混濁,白内障の進行,瞳孔膜形成,虹彩前癒着・後癒着,緑内障などがあり15)これらの疾患も同時に治療をする必要がある.本症例では角膜穿孔発症後に徐々に膨化白内障が進行したため角膜移植術,羊膜移植術施行時に水晶体再建術を同時に施行した.術後の前房炎症の程度の詳細な評価などが不可能になるのではないかと危惧されたが,実際は,羊膜に覆われた部位の透見性は細隙灯顕微鏡で眼内レンズ,前房の深さを観察することが可能であり問題は生じなかった.瞳孔膜や虹彩後癒着を生じた症例では白内障手術を施行する際に除去するが,瞳孔膜を残した症例では,虹彩後癒着を生じ瞳孔ブロックによる緑内障を発症した15)と報告されており,瞳孔膜の処理,虹彩癒着の解除も同時に行うことが緑内障の発症予防に重要である.角膜穿孔に至った症例では,角膜穿孔の原因,随伴する眼疾患の有無,炎症の程度,移植片のサイズ,拒絶反応の有無などさまざまな要因が影響するため,視力予後は症例により大きく異なる16).神経麻痺性角膜症に対して現時点では根本的治療法がなく難治性な疾患であるが,今回の症例では,表層角膜移植術,羊膜移植術,水晶体再建術の同時手術が有効であった.今後のさらなる治療技術の発展が期待される.文献1)MullerCLJ,CMarfurtCCF,CKruseCFCetal:Cornealnerves:structure,CcontentsCandCfunction.CExpCEyeCResC77:253,C20032)ShaheenCBS,CBakirCM,CJainS:CornealCnervesCinChealthCanddisease.SurvOphthalmol59:263-285,C20143)HyndiukRA,KazarianEL,SchultzROetal:Neurotroph-icCcornealCulcersCinCdiabetesCmellitus.CArchCOphthalmolC95:2193-2196,C19774)KaufmanSC:AnteriorCsegmentCcomplicationsCofCherpesCzosterophthalmicus.Ophthalmology115:S24-S32,C20085)MastropasquaCL,CMassaro-GiordanoCG,CNubileCMCetal:CUnderstandingCtheCpathogenesisCofCneurotrophicCkerati-tis:theCroleCofCcornealCnerves.CJCCellCPhysiolC232:717-724,C20076)BoniniCS,CRamaCP,COlziCDCetal:NeurotrophicCkeratitis.Eye(Lond)C17:989-995,C20037)MackieIA:NeuroparalyticCkeratitis.In:CurrentCOcularTherapy,CPhiladelphia(FraunfelderCF,CRoyCFH,CMeyerSM,eds)C,WBSaunders,p452-454,19958)SacchettiCM,CLambiaseA:DiagnosisCandCmanagementCofCneurotrophickeratitis.ClinOphthalmol8:571-579,C20149)GomesCJA,CRomanoCA,CSantosCMSCetal:AmnioticCmem-braneCuseCinCophthalmology.CCurrCOpinCOphthalmolC16:C233-240,C200510)FogleCJA,CKenyonCKR,CFosterCS:TissueCadhesiveCarrestsCstromalCmeltingCinCtheChumanCcornea.CAmCJCOph-thalmol89:795-802,C198011)BoniniCS,CLambiaseCA,CRamaCPCetal:PhaseCICtrialCofCrecombinanthumannervegrowthfactorforneurotrophickeratitis.Ophthalmology125:1468-1471,C201812)BoniniCS,CLambiaseCA,CRamaCPCetal:PhaseCIICrandom-ized,Cdouble-masked,Cvehicle-controlledCtrialCofCrecombi-nantChumanCnerveCgrowthCfactorCforCneurotrophicCkerati-tis.Ophthalmology125:1332-1343,C201813)NishidaT,ChikamaT,MorishigeNetal:Persistentepi-thelialCdefectsCdueCtoCneurotrophicCkeratopathyCtreatedCwithCaCsubstanceCp-derivedCpeptideCandCinsulin-likeCgrowthfactorJpnJOphthalmolC51:442-447,C200714)SeitzB,DasS,SauerRetal:Amnioticmembranetrans-plantationCforCpersistentCcornealCepithelialCdefectsCinCeyesCafterpenetratingCkeratoplasty.CEye(Lond)23:840-848,C200915)HillJC:Useofpenetratingkeratoplastyinacutebacterialkeratitis.BrJOphthalmol70:502-506,C198616)StamateAC,T.taruCP,ZembaM:Emergencypenetrat-ingCkeratoplastyCinCcornealCperforations.CRomCJCOphthal-mol62:253-259,C2018***

基礎研究コラム:硝子体のpH

2021年7月31日 土曜日

硝子体のpHpHと糖尿病pHは,生体の恒常性を判断するうえで欠かせない指標です.血液においては,ヘモグロビンやアルブミンといった緩衝物質が豊富に存在するため,pHはC7.35~7.45という狭い範囲に厳密に保たれています.ところが,緩衝物質が乏しい間質液は,病的状態になると血液以上にダイナミックにCpHが変化する可能性が近年示唆されています.とりわけ,糖尿病におけるCpHの変化は注目されており,たとえば糖尿病モデルのラットの海馬周囲の間質液のCpHは,通常のラットのものより劇的に低下していることが報告されています1).眼の領域ではどうでしょうか硝子体が間質液に近いと考えると,上述の論文からは糖尿病網膜症の硝子体のCpHは酸性になる可能性があると考えられました.一方で,アルカリ性になる可能性を示唆する報告も存在します2).そこで,筆者らは糖尿病網膜症における硝子体のCpHを測定することにしました.実は,これまでの硝子体のCpHの報告は動物のものばかりで,ヒトの報告は存在しなかったのですが,研究をスタートするとその理由がすぐにわかりました.pHを測定するには,①体内に器具を入れて直接測定する,②体外に取り出して測定する,のC2種類しかありませんが,①はヒトの体内での測定が承認されたCpH測定器具など存在せず,倫理的に許されません.そのため②の方法をとるしかないのですが,体内と空気中では二酸化濃度がまったく異なるため(体内の濃度はC5%なのに対し,空気中ではC0.05%),硝子体が空気に触れると容易にCpHが変化してしまうのです.そこで筆者らは,27ゲージ硝子体手術によるサンプル採取と,血液ガス分析装置での測定を組み合わせる方法を考案しました.硝子体手術は低侵襲化が進んでおり,逆流防止弁のついたC27ゲージシステムを用いると,空気に触れることなく硝子体を採取できます.一方,血液ガス分析装置を用いた体液CpHの測定は,血液だけでなく胸水においても行われ,inCvitrodiagnosisとして知られています.こうして,27ゲージ硝子体手術により嫌気的に採取された硝子体を,速やかに血液ガス分析装置により測定することで,糖尿病網膜症により硝子体のCpHが変化するかを検証しました.結果は,硝子体のCpHは糖尿病の有無にかかわらず,7.20~7.30と血液同様に狭い範囲で変動していました3).三重野洋喜京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学硝子体Ca2+lactateglucose(mmol/l)(mmol/l)(mmol/l)1.58151.41261.3941.2621.131.000DM-NPDRPDRDM-NPDRPDRDM-NPDRPDR血液Ca2+(mmol/l)(mmol/l)lactate(mmol/l)glucose1.58151.41261.3941.2621.131.000DM-NPDRPDRDM-NPDRPDRDM-NPDRPDR図1硝子体と手術直前に採取した静脈血との比較硝子体においては,糖尿病網膜症の進行に伴い,CaC2+は低下していき,逆にClactateは上昇する.一方,血液では,Ca2+,lac-tateとも糖尿病網膜症の有無で大きな差を認めない.グルコースについては,硝子体,血液中とも糖尿病があると上昇している.DM:糖尿病,NPDR:非増殖糖尿病網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症今後の展望今回の検討は,ヒト硝子体のCpHを報告する初めての報告になりました.pHに関しては,糖尿病の有無では変化しないという結果でしたが,同時に測定したイオン濃度を検討すると,糖尿病患者,とりわけ増殖糖尿病網膜症の患者の硝子体ではClactate濃度が上昇し,CaC2+濃度が減少していることが明らかになりました(図1).Lactate濃度が増加しているにもかかわらずCpHはほぼ一定の範囲内で動いていたことからも,ヒト硝子体は緩衝能が高いと考えられます.硝子体中の乳酸に着目することで,今後新たな眼生理の知見が得られる可能性があると考えられます.文献1)MarunakaY,YoshimotoK,AoiWetal:LowpHofinter-stitialC.uidCaroundChippocampusCofCtheCbrainCinCdiabeticCOLETFrats.MolCellTherC2:6,C20142)GaoBB,ClermontA,RookSetal:Extracellularcarbonicanhydrasemediateshemorrhagicretinalandcerebralvas-cularCpermeabilityCthroughCprekallikreinCactivation.CNatCMedC13:181-188,C20073)MienoH,MarunakaY,InabaTetal:pHbalanceandlac-ticacidincreaseinthevitreousbodyofdiabetesmellituspatients.ExpEyeResC188:107789,C2019(81)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C8110910-1810/21/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:脳梗塞を合併したTerson症候群に対する硝子体手術(初級編)

2021年7月31日 土曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載218218脳梗塞を合併したTerson症候群に対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにTerson症候群はくも膜下出血に続発する硝子体出血で,出血が遷延する症例では硝子体手術の適応となる.くも膜下出血の発症早期に,脳血管攣縮より脳梗塞を併発することがあるが,脳梗塞がTerson症候群の視機能に影響を及ぼしたとする報告は少ない.筆者らは以前に脳梗塞を併発したTerson症候群に対して硝子体手術を施行した1例を経験し報告したことがある1).●症例52歳,男性.前大脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症し,経過中に左側頭葉の梗塞をきたした(図1).約1カ月間,意識不明の状態であったが,意識回復した際に両眼の視力低下を訴え眼科受診となった.両眼とも硝子体出血のため上方の一部を除いて眼底透見困難で,矯正視力は眼前手動弁であった.Goldmann視野検査では両眼とも左側~下方周辺部のみイソプターを認め,出血による視野障害に加えて,脳梗塞による右同名半盲が疑われた(図2).両眼とも硝子体手術を施行し,右眼は術後矯正視力0.9を得たが,左眼は脳梗塞による視野障害がより中心近くまで認められ,黄斑萎縮も加わり矯正視力は0.2に留まった(図3).●脳梗塞を合併するくも膜下出血くも膜下出血後に生じる脳障害には,早期脳損傷(earlybraininjury:EBI)と遅発性脳損傷(delayedbraininjury:DBI)がある.EBIはくも膜下出血発症数分以内で脳血管攣縮発症前に生じる脳損傷の総称である.一方DBIは脳血管攣縮期に生じる脳障害で,その発症には脳血管攣縮のほかにEBI,静脈還流障害などが複合的に関与すると考えられている.過去にEBIがDBIや脳梗塞の原因になるとする報告や,脳梗塞とくも膜下出血を同時に呈した可逆性脳血管攣縮症候群の報(79)0910-1810/21/\100/頁/JCOPY図1頭部MRI画像左側頭葉に脳梗塞を認めた().(文献1より引用)ab図2術前Goldmann視野検査(a:右眼,b:左眼)(文献1より引用)ab図3術後Goldmann視野検査(a:右眼,b:左眼)(文献1より引用)告などがある.●脳梗塞を合併するTerson症候群の特徴くも膜下出血に脳梗塞を併発すると全身状態がより悪化し,意識レベルも低下することが多いため,硝子体出血の発見が遅れる可能性がある.また,術前の視野検査では硝子体出血に加えて脳梗塞による視野障害が加わるため評価が複雑となり,術後視力の予測が単純硝子体出血例よりもむずかしい.脳梗塞を合併するTerson症候群では,術後視機能が脳梗塞による視野障害の影響を受ける可能性を念頭においたうえで,硝子体手術を施行する必要がある.文献1)許勢文誠,宮本麻起子,清水一弘ほか:脳梗塞を合併したテルソン症候群に対して硝子体手術を施行した1例.臨眼,印刷中あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021809

抗VEGF治療:硝子体内注射後の感染性眼内炎とその対策

2021年7月31日 土曜日

●連載109監修=安川力髙橋寛二89.硝子体内注射後の感染性眼内炎と盛岡正和高村佳弘福井大学医学部眼科学教室その対策硝子体内注射後の感染性眼内炎は,いったん発症してしまうと重篤な視力障害を残しうるため,何よりも予防が大切になる.そのために用いられるヨウ素系消毒薬と抗菌点眼薬について,最新の臨床研究結果を交えて概説する.感染性眼内炎:概要硝子体内注射のもっとも重篤な合併症は細菌による感染性眼内炎である.その発生頻度はおおむねC0.01~0.26%程度と報告されており1),比較的まれな合併症といえるものの,一度発症してしまうと重篤な視力障害を残すことも多い.原因菌としては,眼表面の常在菌であるStaphylococcus属や,口腔内常在菌であるCStreptococcus属などが多いと報告されている.典型例では注射翌日から数日の間に進行する急激な視力低下で発症し,前眼部および後眼部に高度な炎症を生じる(図1,2).CPA・ヨードによる予防の重要性感染予防のためには,日本網膜硝子体学会による黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン2)を参考に,十分注意した注射手技が大切になる.術者・介助者のマスクの着用,術者の手指消毒および滅菌手袋着用,眼瞼・睫毛・眼周囲皮膚の消毒,さらに滅菌開瞼器の使用が必要な手順としてガイドラインに明記されており,これらを必ず遵守する.そしてもっとも重要と考えられるのが,ポビドンヨード(イソジンなど)やヨウ素・ポリビニルアルコール点眼・洗眼液(PA・ヨード)などのヨウ素系消毒薬による結膜.の消毒である(ただし日本で結膜.の消毒に適応を有するのはPA・ヨードのみ).その理由は,ヨウ素系消毒薬による消毒が適切に行われていれば,点眼抗菌薬使用の有無にかかわらず,眼表面の細菌数を十分に減らすことができると報告されているからである.細菌の代謝に作用する抗菌薬とは異なり,ヨウ素系消毒薬は遊離したヨウ素が細菌の膜蛋白を直接障害して薬効を発揮するため,薬剤耐性菌を増加させないという利点がある.使用においては,適切な濃度で十分な作用時間を設けることが重要である.ヨウ素系消毒薬は,製剤を原液で用いるよりも希釈したほうが殺菌力は強まるが,それと同時に角膜上皮への悪影響も懸図1硝子体内注射後に生じた感染性眼内炎の前眼部写真注射後C1日で発症.前房蓄膿と前房内細胞浮遊がみられる.図2感染性眼内炎の眼底所見図C1と同じ症例.網膜血管の白線化と網膜出血の散在を認める.硝子体混濁のため,後極部は透見不能となっている.(77)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C8070910-1810/21/\100/頁/JCOPY表1硝子体内注射後の眼内炎発生率の比較(抗菌点眼薬使用方法別)AntibioticuseCNo.offacilitiesCNo.ofinjectionsCNo.ofendophthalmitisCIncidentrate(%)95%Con.denceintervalCNoneC3C19,738C1C0.0050.000894~C0.0287%CPreinjectiononlyC1C10,903C1C0.0090.00162~C0.0519%CPostinjectiononlyC4C33,433C4C0.0120.00465~C0.0308%CPre-andpostinjectionC10C83,366C4C0.0050.00187~C0.0123%CTotalC18C147,440C10C0.0070.00368~C0.0125%抗菌点眼薬の使用方法はC4種類に分類した.いずれの群においても眼内炎発生率は低く,群間で有意な差はなかった.(文献C4より引用)念される.よって,PA・ヨードであれば添付文書通りにC4~8倍に希釈して使用すれば,眼表面で涙液などによってさらに薄まっても十分な殺菌作用が期待でき,角膜上皮への影響も最小限にすることができる.抗菌点眼薬予防的投与の是非一方でレボフロキサシン(クラビット)やガチフロキサシン(ガチフロ)に代表される抗菌点眼薬は,ガイドライン上は術者が使用有無を判断するとされており,必ずしも必須であるとは記載されていない.しかし,現在日本で使用できる硝子体内注射薬のうち,アフリベルセプト(アイリーア),ラニビズマブ(ルセンティス),トリアムシノロンアセトニド(マキュエイド)は注射前後3日間の広域抗菌点眼薬の使用が添付文書に明記されている.一方,米国の硝子体内注射ガイドラインでは,抗菌点眼薬は眼内炎リスクを低下させるエビデンスに乏しいため不要で,ヨウ素系消毒薬の使用が予防にもっとも重要であるとされている3).抗菌薬の使用は耐性菌を生じる可能性があり,度重なる使用でそのリスクは上昇する.硝子体内注射自体が何度も繰り返して行われる治療であるため,抗菌薬点眼による予防をルーチンで行うと,注射をするたびに眼表面に耐性菌を生じる危険性が増していく.このような背景から,日本でも患者に十分な説明を行って,抗菌薬点眼の予防的投与を行わずに硝子体内注射を施行する施設が出てきている.筆者らの施設が主導して国内C18施設が参加した多施設共同研究では,2015~2019年のC5年間に各施設で施行された全硝子体内注射を集計し,抗菌薬点眼投与方法別で眼内炎発生率を比較検討した4).すると,合計で約C14万件の注射件数のうち,約C2万件が抗菌薬を使用せずに注射されていたが,抗菌薬の使用方法で眼内炎の発生率に有意な差は認められなかった(表1).また,眼内炎を発症したC10症例のうち原因菌を検出できたのがC8症例あったが,そのうち5症例で薬剤耐性菌が検出されていた.したがって欧米での先行研究と同様に,抗菌点眼薬に眼内炎予防効果は認められず,むしろその使用で薬剤耐性菌を生んでしまっているといえる.臨床現場では注射薬の添付文書に則り,耐性菌の発生を危惧しながら抗菌点眼薬による予防を続けている眼科医も多いと推察されるが,上記のような結果を考慮すると,今後は日本においても抗菌薬点眼薬を用いない硝子体内注射を検討する段階にあると考えられる.文献1)Menchini,CF,CToneattoCG,CMieleCACetal:AntibioticCpro-phylaxisCforCpreventingCendophthalmitisCafterCintravitrealinjection:asystematicreview.EyeC32:1423-1431,C20182)小椋祐一郎,髙橋寛二,飯田知弘:黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン.日眼会誌120:87-90,C20163)AveryCRL,CBakriCSJ,CBlumenkranzCMSCetal:Intravitrealinjectiontechniqueandmonitoring:Updatedguidelinesofanexpertpanel.RetinaC34:S1-S18,C20144)MoriokaCM,CTakamuraCY,CNagaiCKCetal:IncidenceCofCendophthalmitisCafterCintravitrealCinjectionCofCanCanti-VEGFCagentCwithCorCwithoutCtopicalCantibiotics.CSciCRepC10:22122,C2020☆☆☆808あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021(78)

緑内障:緑内障と間違えやすい視神経疾患(1)

2021年7月31日 土曜日

●連載253監修=山本哲也福地健郎253.緑内障と間違えやすい視神経疾患(1)坂本麻里神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野「緑内障と間違えやすい視神経疾患」の第C1回は,緑内障と間違えやすい視神経乳頭の形状異常である上方視神経乳頭低形成と巨大乳頭について,症例を交えて概説する.どちらも非進行性の先天異常で治療の必要はないが,緑内障を合併することがあり,注意が必要である.●はじめに視神経乳頭の形状異常である上方視神経乳頭低形成(superiorCsegmentalCoptichypoplasia:SSOH)と巨大乳頭(megalopapilla)について,実際の症例を交えながら概説する.C●上方視神経乳頭低形成部分視神経低形成は視神経の先天異常で,上方,鼻側,下方でみられるが,上方~鼻側にかけての部分低形成であるCSSOHの頻度が高い.視神経乳頭上方(とくに上鼻側)リムの菲薄化と同部位の神経線維層欠損(nerve.berClayerdefect:NFLD),上方乳頭周囲のハロー,網膜血管の上方偏位が特徴とされる.視野検査では下方周辺からCMariotte盲点に連続する楔状の視野欠損を認めるが,視野障害の自覚はないことが多い.Humphrey視野検査における緑内障との鑑別のポイントとして,視野欠損が水平経線に到達するかどうか,という点があげられ,到達するものは緑内障,しないものはCSSOHを疑う.また,Goldmann視野検査は両者の鑑別に有用であり,行うことが強く推奨される.山本らの報告によると,多治見スタディにおけるC40歳以上の日本人の有病率はC0.3%であった1).SSOHは先天異常であり,その乳頭形状や視野障害は通常進行しないといわれているが2),山崎らは両眼性のCSSOHの片眼に正常眼圧緑内障(normalCtensionglaucoma:NTG)を合併し視野障害が進行した症例を報告している3).また,LeeらはCSSOHの約C20%に開放隅角緑内障の合併を認めたと報告している4).したがって,SSOHであっても眼圧や視野検査など定期的に経過観察を行い,緑内障の合併に注意する必要がある.症例を提示する.25歳の女性で自覚症状はなく,無(75)C0910-1810/21/\100/頁/JCOPYabcde初診時6年後図1高眼圧症および上方視神経乳頭低形成の症例a:眼底写真.視神経乳頭上方のリムの菲薄化(),周囲のハロー(),網膜血管の上方偏位と,上方から鼻側にかけて広く神経線維層欠損を認める.Cb:光干渉断層計.上方の乳頭周囲網膜神経線維層の菲薄化を認める.c:Goldmann視野検査.Mariotte盲点から下方にかけて扇状に広がる視野欠損を認める.d:Humphrey視野検査.下方周辺からCMariotte盲点に連続する視野欠損を認める.e:6年後のCHumphrey視野検査.視野障害の進行はない.治療時の眼圧がC23CmmHg(中心角膜厚正常)と高眼圧のため視野検査を行ったところ視野障害がみつかった.視神経乳頭は上方リムの菲薄化とその周辺にハロー,網膜動静脈の上方偏位と,上方から鼻側にかけて広いNFLDを認めた(図1a).光干渉断層計(opticalCcoher-encetomography:OCT)では上方の乳頭周囲網膜神経線維層の菲薄化を認め(図1b),Goldmann視野検査ではCMariotte盲点から下方にかけて扇状に広がる視野欠損を認め(図1c),Humphrey視野検査では下方周辺かあたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C805図2巨大乳頭の症例a:眼底写真.両側ともに視神経乳頭の径は大きく陥凹も大きいが,リムは正常である.Cb:Goldmann視野検査では両側ともに正常である.らCMariotte盲点に連続する視野欠損を認めた(図1d,e).高眼圧症およびCSSOHと診断し,緑内障点眼C1剤で経過観察を行っている.眼圧はC10CmmHg台後半で維持され,現時点では乳頭所見や視野障害の進行はない.C●巨大乳頭巨大乳頭も乳頭形状の先天異常で,表面積がC2.5mm2以上の大きな視神経乳頭をさす5,6).乳頭径が大きく陥凹乳頭径比(C/D比)も大きいため,一見緑内障と間違えやすいが,リムの面積・容積は正常眼と差がなく,乳頭周囲網膜神経線維層も保たれている5,6).巨大乳頭には,①大きな乳頭径とCC/D比,陥凹は横長の楕円形で,血管の偏位を伴わないタイプと,②陥凹が上方に偏位しているタイプがあると報告されている5~7)が,いずれも巨大乳頭のみでは眼圧および視野は正常で治療の必要はない.しかし,巨大乳頭と緑内障の合併例の報告7)や,神経膠腫では進行性の視神経乳頭拡大がみられることが報告されていることから8),診断の際には眼圧やその他の異常所見がないかを確認し,異常がある場合は定期的に経時変化を観察する必要がある.実際の症例を提示する.症例C2は生来健康なC9歳の男児で,学校検診で色覚異常がみつかり近医受診したところ,視神経乳頭陥凹拡大が疑われ紹介となった.父親が色覚異常,母親は緑内障であった.両眼ともに視力は1.5,眼圧正常で前眼部に異常はなく,眼底検査では大きな視神経乳頭を認めCC/D比はC0.7であった(図2a).Goldmann視野検査は正常で(図2b)巨大乳頭と診断した.緑内障の家族歴もあることから,引き続き近医で経過観察を行っている.C●おわりに緑内障と間違えやすい視神経乳頭の形状異常として,SSOHと巨大乳頭について概説した.どちらも非進行性で治療の必要はないが,緑内障の合併に注意が必要である.文献1)YamamotoT:SuperiorCsegmentalCopticChypoplasiaCasCaCdi.erentialCdiagnosisCofCglaucoma,CTaiwanCJCOphthalmolC9:63-66,C20192)HayashiCK,CTomidokoroCA,CAiharaCMCetal:Long-termCfollow-upCofCsuperiorCsegmentalCopticChypoplasia,JpnJOphthalmolC52:407-425,C20083)YamazakiCY,CHayamizuF:SuperiorCsegmentalCopticCnervehypoplasiaaccompaniedbyprogressivenormal-ten-sionglaucoma,ClinCOphthalmolC6:1713-1716,C20124)LeeHJ,OzakiM,OkanoMetal:Coexistenceanddevel-opmentCofCanCopen-angleCglaucomaCinCeyesCwithCsuperiorCsegmentalCopticChypoplasia,CJCGlaucomaC24:207-213,C20155)LeeCHS,CParkCSW,CHeoH:MegalopapillaCinchildren:aCspectralCdomainCopticalCcoherenceCtomographyCanalysis.CActaOphthalmolC93:e301-e305,C20156)CostaCAMC,CCronembergerS:OpticCdiscCandCretinalCnerve.berlayerthicknessdescriptiveanalysisinmegalo-papilla,JCGlaucomaC23:368-371,C20147)SampaolesiCR,CSampaolesiJR:LargeCopticCnerveheads:CmegalopapillaCorCmegalodiscs.CIntCOphthalmolC23:251-257,C20018)BrimsonCBS,CPerryDD:EnlargementCofCtheCopticCdiscCinCchildhoodopticnervetumors.AmJOphthalmolC97:627-631,C1984C806あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021(76)

屈折矯正手術:角膜クロスリンキングと耐性菌

2021年7月31日 土曜日

監修=木下茂●連載254大橋裕一坪田一男254.角膜クロスリンキングと耐性菌加藤直子南青山アイクリニック角膜クロスリンキング(CXL)後の細菌感染はまれであるが,重篤な合併症である.CXL後の細菌感染の原因菌は,ほぼ全例でレボフロキサシン耐性菌であった.眼表面から検出される菌にレボフロキサシン耐性菌が増えていること,円錐角膜患者ではアトピー性皮膚炎合併例が多いことに鑑み,CXL時には耐性菌への十分な対策を行うことが推奨される.C●はじめに角膜クロスリンキング(cornealCcollagenCcrosslink-ing:CXL)は,進行性円錐角膜の進行を停止させる治療である.世界でもっとも多く行われている標準法では,角膜上皮をC7~8Cmm径で掻爬したのち,リボフラビンを点眼して角膜実質に浸透させ,その後,長波長紫外線C5.4CJ/cmC2を角膜に照射する.CXLによる円錐角膜の進行停止効果は多くの臨床研究によって検証されており,術後C1年の時点でC90~95%程度の症例で進行停止が得られることが明らかになっている.CXLはその手技が簡単であることもあり,術中合併症はほとんどない.術後合併症の特徴と頻度を表1に示す.重篤な術後合併症はまれである.しかし,上皮治癒遅延や角膜感染症は,術後視機能に影響を与える可能性のある合併症であり,施術によって視機能が低下しないことを前提として行うCCXLでは,起こってほしくない合併症といえる.本稿では,CXL後の角膜感染症の特徴と,その対策について述べる.C●角膜クロスリンキング後の感染症の特徴CXL後の感染症は,術翌日の細隙灯顕微鏡検査ではとくに異常を認めず,2~3日目から疼痛の増悪を訴え,角膜浸潤と強い毛様充血,前房炎症が出現することが多い.術後処方薬としてベタメタゾン点眼が処方されているためか,ブドウ球菌などのグラム陽性菌でも重症になることがあり,前眼部所見から原因菌を特定するのはむずかしいことがある(図1).細菌感染を疑った場合には必ず病巣部からの細菌培養検査を行い,原因菌と薬剤感受性を同定することが必要である.筆者はC2015年以降,2020年C5月までの間に合計でC7件の角膜細菌感染症を経験した.このC7件の中で角膜感染症の原因菌が特定されたのはC5件であったが,その内訳は,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-sensitiveStaphylococcusaureus:MSSA)がC2件,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaph-ylococcusaureus:MRSA)がC2件,肺炎球菌がC1件であった.これらの細菌はすべてレボフロキサシンに耐性を示しており,感受性のある抗生物質を投与することで治癒した.C●角膜クロスリンキング後の感染症の原因CXLの術後には,感染予防のためにニューキノロン系抗生物質の点眼薬が処方されることが多い.筆者らも,CXLを開始した当時からレボフロキサシンの点眼薬を処方してきた.そして,2007年からC2014年までは感染症をC1例も経験しなかった(図2).施術件数が少なかったためとも考えられるが,筆者はC2014年までに表1角膜クロスリンキング後の合併症感染症強い毛様充血・前房内炎症まれ(不明)1週間以内非感染性炎症上皮掻爬縁に沿った白っぽい上皮下細胞浸潤.7.6%上皮治癒遅延遷延性上皮欠損と同様の所見.まれ(不明)Haze(実質混濁)紫外線照射を行った範囲の浅層~中層の実質に微細な混濁.1カ月前後Demarcationline(境界線)Hazeのある層と透明な深層との間に境界線.数カ月で自然に消失.ほぼ全例実質深層混濁中央~傍中央部の実質深層に混濁と平坦化.2.8%6カ月以降持続性平坦化術後角膜形状が年余にわたり平坦化し続ける.不明(73)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C8030910-1810/21/\100/頁/JCOPY16014012010080604020眼数図1角膜クロスリンキング後のぶどう球菌感染症の前眼部写真(術2日目)角膜浸潤と強い毛様充血,前房炎症を伴っている.0他の施設でも臨床研究としてC130件程度のCCXLを同じ術式で施行しており,やはりC1例も感染症を経験しなかった.これらを考え合わせると,2015年以降に合計C7件の細菌感染症が発生したことは,近年,なんらかの原因でCCXL後の感染が増加していることを示唆していると考えられる.CXL後の感染症が近年増加している一因として,眼表面感染症の原因菌の変化の影響が考えられる.現在,眼科手術の際に感染症予防目的でもっとも使用されているニューキノロン系抗生物質が登場してから,すでに30年以上が経過している.国内外の報告を参照すると,近年の前眼部感染症の原因菌の中でCMRSAの頻度は2000年代からC2010年代にかけてあまり変化していないが1,2),MSSAやコリネバクテリウムの中でレボフロキサシンなどのニューキノロン系抗生物質に対して耐性を示す菌の割合が増加しているという報告がみられる3).眼表面の常在菌にニューキノロン系抗生物質に対して耐性をもつ菌が増加し,それがCCXL後の感染症の増加をもたらしている可能性がある.とくに円錐角膜症例にはアトピー性皮膚炎の罹患者が多く,眼瞼皮膚や結膜の常在菌として多剤耐性菌を保菌している割合が高いと考えられる.CXL後の感染症を予防するために,筆者らはC2020年7月よりCCXLの術前に全例で鼻腔の細菌培養を開始した.結膜.では菌の検出率が低いが,鼻前庭から検体を採取することで,ほぼ全例でなんらかの菌を検出することができ,多剤耐性菌の保菌者についても一定の傾向を知ることができる.その結果を参照し,必要に応じて感染予防のために使用する抗生物質を調整するようにした結果,それ以降C2021年C2月現在まで,感染症は一例も経験していない.C●どの術式で行うべきかCXL後の感染症の危険を減らすために経上皮照射法C804あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021図2南青山アイクリニックにおける角膜クロスリンキング執刀件数と感染症発症件数の推移2014年までは感染症の発症はなかったが,2015年以降増加している.を行ったほうがいいのではないか,という相談を受けることがある.従来の経上皮照射法(紫外線照射量C5.4CJ/Ccm2)は,とくにC25歳以下の若い患者において,円錐角膜の長期的な進行抑制効果が弱いことがすでに明らかになっている4,5).一方で,近年開発された新しい照射方法(紫外線照射量C10CJ/cmC2のパルス照射やカスタム照射法)はまだヒトの円錐角膜眼でのデータが十分に蓄積されておらず,長期予後についても不明である.したがって,とくにC10歳代からC20歳代前半の若い患者に対しては経上皮照射法は選択せず,感染対策を万全に行ったうえで従来の上皮掻爬を行う方法で施術し,本来の目的である円錐角膜の進行抑制を図るのがよい,と筆者は考えている.文献1)AsbellPA,San.lippoCM,SahmDFetal:Trendsinanti-bioticCresistanceCamongCocularCmicroorganismsCinCtheCUnitedCStatesCfromC2009CtoC2018.CJAMACOphthalmolC138:1-12,C20202)DeguchiH,KitazawaK,KayukawaKetal:ThetrendofresistancetoantibioticsforocularinfectionofStaphylococ-cusaureus,coagulase-negativestaphylococci,andCoryne-bacteriumCcomparedCwithC10-yearsprevious:ACretro-spectiveCobservationalCstudy.CPLoSCOneC13:e0203705,C20183)加茂純子,村松志保,赤澤博美ほか:感受性からみた年齢別眼科領域抗菌薬選択C2018.あたらしい眼科37:484-489,C20204)KobashiCH,CRongCSS,CCiolinoJB:TransepithelialCversusCepithelium-o.CcornealCcrosslinkingCforCcornealCectasia.CJCataractRefractSurg44:1507-1516,C20185)ZiaeiCM,CVellaraCH,CGokulCACetal:ProspectiveC2-yearCstudyCofCacceleratedCpulsedCtransepithelialCcornealCcross-linkingCoutcomesCforCKeratoconus.Eye(Lond)C33:1897-1903,C2019(74)

眼内レンズ:再発眼内レンズ捕獲に対する虹彩縫縮術

2021年7月31日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋林研416.再発眼内レンズ捕獲に対する虹彩縫縮術林眼科病院眼内レンズ(IOL)を強膜に縫着,あるいは強膜内固定を行うと,何度も光学部の虹彩捕獲が再発することがある.再発を予防するために,虹彩を縫い縮める方法が考案された.虹彩縫縮術は,サイドポートのみからできる簡便でリスクの少ない手技である.光学部径よりも散瞳しないように縫縮すれば,再発は起こらない.●IOL縫着後の虹彩捕獲眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を縫着あるいは強膜内固定した場合,光学部は水晶体.に包まれずに,虹彩のすぐ後方に位置している.しかもIOLの強膜固定手術後には虹彩は脆弱になると推定され,またIOLが傾斜して虹彩を押している場合もある.暗所では瞳孔径は5~6mmになるので,光学部径と同程度の大きさになる.このようなときに下方をみたりすると,光学部の一部が虹彩の前に出てしまう(図1).とくに,眼を擦る癖があると,虹彩捕獲はいったん整復しても再発しやすい.再発虹彩捕獲は壮年男性に起こりやすいが,眼表面のアレルギーが関与している可能性もある.これらの原因により,再発虹彩捕獲は縫着後の約8%に起こるとされる.●虹彩縫縮術の実際このような状況において,近年,虹彩を縫い縮める手技が考案された.今までIOL縫着後の再発虹彩捕獲に対しては,夜間の縮瞳薬点眼などが行われてきたが,通常はなんの症状もない患者に長期にわたって点眼を続けてもらうことは,現実的にむずかしい.また,虹彩捕獲に逆瞳孔ブロックが関与している例もあるため,虹彩下方にiridectomyを作製する方法も行われてきたが,全例に効果があるわけではない.さらに,IOLの前に糸を通す方法もあるが,視機能に影響がある可能性は否定できない.虹彩捕獲は瞳孔が散大することによって起こるので,瞳孔を開きにくくすることは理にかなっている.また,視機能にも大きな影響はない.手技的には,プロリン糸の付いた弱弯針を用いて,瞳孔の上方あるいは下方の虹彩中央の2~3mm程度を通針して縫い縮めてしまう(図2).実際には,まず左右にサイドポートを2個作製し,粘弾性物質で前房を充.する(図3).9-0プロリン糸の付いた弱弯針を片方のサイドポートから通し,中央あたりの虹彩を2~3mm幅ですくって,そのまま対側のサイドポートから出す.出すほうは必ずしもサイドポートから出す必要はなく,角膜に通糸してもよい.その後,フックで引き出した糸を,ループ状に引っ張り戻して,最初のサイドポートから眼外に出す.虹彩は脆いので,このとき強く引っ張らないように注意する.そして,Siepserのslipnot法を用いて,眼外に出したループ状の糸に,元の糸を2回以上巻きつけたあと,糸の両端をゆっくりと引っ張る.すると,通針した虹彩が縫い縮められる.あとは,結紮した糸を切って終了である.粘弾性物質を吸引するときに,瞳孔が光学部径以上に拡張しないことを確認しておく.上方の一糸のみで拡張する場合は,下方にも同様の手技を追加する.図1眼内レンズ縫着後の再発虹彩捕獲アトピー性皮膚炎のある壮年男性に起こった虹彩捕獲で,それまで単純な整復を3回行っている.図2虹彩縫縮後上方に虹彩縫縮を施行して,その後再発は起こっていない.(71)あたらしい眼科Vol.38,No.7,20218010910-1810/21/\100/頁/JCOPYプッシュアンドプルループ状のプロリン糸にもしくはクーグレンフック2回巻き付ける図3虹彩縫縮の手技のシェーマ筆者は,虹彩の上方や下方にシェーマのような手順で虹彩縫縮を行っているが,簡便なので手技・器具ともに自由に変更するとよい.●おわりにこれまで10例以上にこの方法を施行したが,上方のみを縫縮した一例に再発が起こったので,下方にも追加した.それ以外は,一度で再発は予防できている.術中・術後の合併症もなく,視力の低下もないので,簡便で安全な方法と考えられる.結局,以前から行われている虹彩縫合の応用であり,手技に慣れると,角膜移植後など,虹彩が散大して視力の出ない例に広く応用できる.また,内皮移植にあたって,虹彩が萎縮・散大している例は,術前になるべく瞳孔を縮めておくとよい.以上のように,覚えておくと広く活用できる手技と考えられる.

コンタクトレンズ:コンタクトレンズの処方とフォロー 2. ドライアイ

2021年7月31日 土曜日

・・提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズユーザーの満足度向上をめざすコンタクトレンズの処方とフォロー2.ドライアイ■はじめにコンタクトレンズ(CL)装用者のドライアイと,通常(非コンタクトレンズ装用者)のドライアイとでは少し意味合いが異なるかもしれない.2016年にドライアイ研究会がドライアイの定義と診断基準を改定した1).それによると,涙液層破壊時間(breakuptime:BUT)が5秒以下で,かつ自覚症状(眼不快感または視機能以上)があるものがドライアイということになる.角結膜上皮障害の有無は問われないことになった.一方,contactClensdiscomfort(CLD)という言葉があり,「CL装用によって生じる一過性あるいは持続性の眼の感覚異常で,装用時間の短縮や装用中止を余儀なくされるもの」と定義されている2,3).CLDは視機能異常の有無は問われていない.今回のセミナーでは,CL装用によって生じるドライアイが主原因と考えられる他覚症状や自覚症状を紹介するとともに,その解決法について解説する.C■CL装用者のドライアイの他覚症状ソフトCCL(SCL)装用者によくみられる他覚症状としては点状表層角膜症(super.cialCpunctateCkeratopa-thy:SPK)があり(図1),角膜下方にスマイルマークの口のような形状がみられるため,スマイルマークパ小玉裕司小玉眼科病院ターンCSPKとよばれている.自覚症状がなければ無処置でよいが,乾燥感や異物感を訴える場合は人工涙液の点眼を処方する.ハードCCL(HCL)装用者によくみられる他覚症状としてはC3時-9時ステイニングがある(図2).3時-9時ステイニングには原因が二つあるが,ベベル幅が広すぎることでレンズ周辺がドライアップして生じるほうが今回の対象になる.この他覚症状も自覚症状を伴っていなければ無処置でよいが,異物感や充血を訴える場合は人工涙液の点眼を処方するか,修正によりベベル幅を狭くする.また,このような患者は,レンズ表面が乾燥して「くもる」「かすむ」などの症状を訴えることがある(図3).このような場合も対処法は同じである.C■CL装用者のドライアイの自覚症状CLDは一過性あるいは持続性の眼の感覚異常であり,乾燥感,異物感,違和感,眼痛,などが含まれる.視機能異常の有無は問われないということになっているが,かすむ,くもる,すっきり見えないなどの症状を訴えることもある.また,充血,眼脂などの症状を訴えることもある.CLを装用することで涙液の蒸発が亢進するうえに,涙液の分布異常も生じている.それに加えCCLと図1スマイルマークパターンSPK角膜下方にスマイルマークの口の形をしたSPKがよく認められる.図23時.9時ステイニングベベル幅が広すぎて,レンズ周囲の涙液がドライアップして生じるタイプ.エッジの機械的刺激によって生じるタイプとは鑑別を要する.図3ドライなくもりエアコンの効いた乾燥した状況などで,HCL表面が息を吹きかけたようにくもる.この原因もベベル幅が広すぎるか,ドライアイである.(69)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C7990910-1810/21/\100/頁/JCOPY角膜,結膜,眼瞼が接触しており,それらの間の摩擦亢進によって容易に眼の感覚異常が生じてくる.C■CL装用者におけるドライアイの対処法:点眼液の種類1.人工涙液生理食塩水をベースとした「ソフトサンティア」や「マイティア」など,さまざまな人工涙液が市販されている.CL専用と銘打っているものもあり,防腐剤に塩化ベンザルコニウム(benzalkoniumchloride:BAK)は含まれておらず,軽度のドライアイ症状には有効である.C2.ヒアルロン酸ナトリウム点眼液粘弾性と保水性がある.また,涙液層安定化効果やCLDのおもな原因である眼表面の摩擦軽減効果があるうえに,角膜上皮の修復促進効果も有する.以前のヒアレイン(参天製薬)には防腐剤としてCBAKが含まれており,筆者はヒアルロン酸ナトリウム点眼液(千寿製薬)あるいはヒアルロン酸ナトリウムCPF点眼液「日点」(日本点眼薬研究所)4)をおもに使用していたが,2018年頃からCBAKの替わりにクロルヘキシジングルコン酸塩が使用されるようになり,安心して使用できるようになった.ただ,前回セミナーでも伝えたように,BAKを含む点眼液とヒアルロン酸ナトリウム点眼液を併用すると,SCLに吸着したCBAKの検出量が増加する傾向にあるので注意を要する.C3.ジクアホソルナトリウム点眼液クロライドチャンネルを介して結膜から水分分泌を促す5)とともに,結膜上皮の杯細胞から分泌型ムチン分泌も促す6)といわれている.C4.レバミピド点眼液分泌型ムチンの増加作用,角膜上皮の修復促進作用があり,涙液層の安定化につながる7)といわれている.実際にドライアイ患者に使用して生体染色スコア,BUT,自覚症状で改善が認められた8)との報告がある.しかし,点眼後のかすみや味覚異常が強い場合があり,筆者はCL上の点眼液としては最終手段と考えている.5.「ピュラクルなみだ液EYE」生体適合性が高く,湿潤性のある「リピジュア」(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン・メタクリル酸ブチル共重合体液)を含有する市販薬である.防腐剤にCBAKを使用せず,替わりにCSCLのマルチパーパスソリューソンの成分であるポリヘキサメチレンビグアニド(polyhexamethyleneCbiguanide:PHMB)を使用している.この点眼液はヒアルロン酸ナトリウムC0.1%点眼液と同等の乾燥感軽減効果を有しており,この有効性はヒアルロン酸ナトリウム点眼液と併用すことにより増加する9).筆者はCCL非装用者のドライアイ患者にも,この点眼液を使用させて好評を得ている.文献1)島﨑潤,横井則彦,渡辺仁ほか:日本のドライアイの定義と診断基準の改訂.あたらしい眼科C34:309-313,C20172)DumbletonCK,CCa.eryCB,CDogruCMCetal:TheCTFOSCInternationalCWorkshopConCContactCLensDiscomfort:CreportCofCtheCsubcommitteeConCepidemiology.CInvestCOph-thalmolVisSciC54:TFOS20-36,C20133)横井則彦:TheCTFOSCInternationalCWorkshopConCContactLensDiscomfort.日コレ誌57:286-287,C20154)小玉裕司:ソフトコンタクトレンズ装用上におけるヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアルロン酸ナトリウムCPF点眼液C0.1%「日点」)の安全性.あたらしい眼科C29:665-668,C20125)YokoiCN,CKatoCH,CKinoshitaS:FacilitationCofCtearC.uidCsecretionby3%diquafosolophthalmicsolutionincornealhumaneyes.AmJOphthalmolC157:85-92,C20146)ShigeyasuC,HiranoS,AkuneYetal:Diquafosoltetraso-diumincreasestheconcentrationofmucin-likesubstancesinCtearsCofChealthyChumanCsubjects.CCurrCEyeCResC40:C878-883,C20157)中嶋英雄,浦島博樹,竹治康広ほか:ウサギ眼表面被覆障害モデルにおける角結膜障害に対するレバミピド点眼液の効果.あたらしい眼科29:1147-1151,C20128)増成彰,安田守良,曽我綾華ほか:ドライアイに対するレバミピド懸濁点眼液(ムコスタCR点眼液CUD2%)の有効性と安全性-製造販売後調査結果.あたらしい眼科C33:443-449,C20169)小玉裕司:ピュラクルCRなみだ液CEYEによるソフトコンタクトレンズ装用の乾燥軽減効果の検討.日コレ誌C57:251-254,C2015C

写真:ANCA関連血管炎に伴う強膜炎

2021年7月31日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦加藤久美子446.ANCA関連血管炎に伴う強膜炎三重大学医学部眼科学教室図2図1のシェーマ①結節性強膜炎②角膜浸潤図1初診時の前眼部所見上方に結節性強膜炎を認める.隣接した角膜には浸潤が認められる.図3強膜炎寛解後の前眼部所見強膜が菲薄化し,ぶどう膜が透見される.図4経過中に出現した網膜血管炎耳側周辺部を中心に斑状の出血斑を認める.(67)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C7970910-1810/21/\100/頁/JCOPYANCA関連血管炎とは,病理組織学的に上気道と肺を主とする全身の壊死性肉芽腫性血管炎,半月体形成腎炎を呈し,その発症機序に抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibody:ANCA)が関与する血管炎症候群である.Ungprasertら1)によれば,ANCA関連血管炎における眼合併症の発生率はC15%で,内訳は強膜炎がC22%ともっとも多く,続いて上強膜炎(21%),眼窩炎症(18%),涙道狭窄(10%),ぶどう膜炎(9%)である.このほかにも,角強膜潰瘍1),網膜血管炎1,2),視神経炎1,3)などを発症する.ANCA関連血管炎に伴う強膜炎に特異的な細隙灯顕微鏡所見はない.強膜炎は結節性,びまん性のいずれも起こりうる.また,強膜炎症に隣接する角膜に角膜潰瘍を伴うことがある.本疾患の男女比はC1:1で明らかな性差はなく,発症年齢は中高年に多い.強膜炎を呈する患者で,①全身症状(発熱や食欲不振,倦怠感,体重減少),②耳鼻科的症状(鼻漏,鞍鼻,難聴),③呼吸器科的症状(咽頭痛,血痰,咳,呼吸困難)などがあれば本症例を疑う.血液検査では抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)や抗好中球細胞質プロテイナーゼC3抗体(PR3-ANCA)が高率に陽性になるほか,白血球やCCRPの上昇,腎病変を伴う症例ではCBUNや血清クレアチニンが上昇する.本疾患は眼球に限局する場合もあるが,眼病変をきっかけに全身疾患が発見されることがあるため,他科と連携しながら診断と治療を進めることが重要である.ANCA関連血管炎に伴う強膜炎では,ステロイド点眼薬以外にコルチコステロイドの全身投与と,シクロホスファミド,リツキシマブ,メトトレキサートなどが併用されることがある1,4).強膜炎はC9割の症例で寛解するが,そのうちC2割の患者では再発すると報告されており1),定期的な経過観察が必要である.症例はC70歳代の男性で,緑内障と診断され近医で加療されていた患者である.最近になり右眼が充血するようになったため,当科を紹介され受診した.初診時の細隙灯顕微鏡検査では結節性の強膜炎と角膜浸潤を認めた.全身症状としてるい痩を,耳鼻科的所見として鼻漏を伴っていた.採血ではCMPO-ANCAが高値であり,ANCA関連血管炎による強膜炎と診断した.ベタメタゾン局所投与で強膜炎は寛解したが,経過中に腎炎を発症したため,プレドニゾロンとタクロリムスの内服治療を開始した.強膜炎は寛解状態が維持されていたが,網膜血管炎を発症した.ANCA関連血管炎と診断された症例では,細隙灯顕微鏡検査だけではなく,定期的に眼底検査を行い後眼部合併症のスクリーニングを行うことが勧められる.文献1)UngprasertCP,CCrowsonCCS,CCartin-CebaCRCetal:ClinicalCcharacteristicsofin.ammatoryoculardiseaseinanti-neu-trophilcytoplasmicantibodyassociatedvasculitis:aretro-spectiveCcohortstudy.CRheumatology(Oxford)C56:1763-1770,C20172)LinCM,CAnesiCSD,CMaCLCetal:CharacteristicsCandCvisualCoutcomeCofCrefractoryCretinalCvasculitisCassociatedCwithCantineutrophilCcytoplasmCantibody-associatedCvasculitides.CAmJOphthalmolC187:21-33,C20183)TakazawaT,IkedaK,NagaokaTetal:Wegenergranu-lomatosis-associatedCopticCperineuritis.COrbitC33:13-16,C20144)HoangLT,LimLL,VaillantBetal:AntineutrophilcytoC-plasmicantibody-associatedactivescleritis.ArchOphthal-molC126:651-655,C2008

トーリックカラーコンタクトレンズによる乱視矯正

2021年7月31日 土曜日

トーリックカラーコンタクトレンズによる乱視矯正CorrectionofAstigmatismwithToricColoredContactLenses月山純子*はじめにカラーコンタクトレンズ(contactlens:CL)が,CLのジャンルの一つとして定着している.眼科医療機関でもカラーCLを処方することが多くなり,各メーカーからさまざまな種類のカラーCLが販売されるようになった.比較的酸素透過性の高い,高含水性のハイドロゲル素材のカラーCLも増えてきた.しかし,乱視用のカラーCLとなると,まだまだ少ない.含水率が低く酸素透過性が低めのものや,インターネット経由で販売されている個人輸入のトーリックカラーCLなどもあり,注意が必要である.本稿では,現在販売されているトーリックカラーCLの概要と,個人輸入のトーリッカラークCLや,トーリックレンズ特有の注意点などについて述べる.Iわが国で販売されているトーリックカラーCL2021年4月の時点で,わが国で販売されているトーリックカラーCLについて調べた.厚生労働省認可のものではシリコーンハイドロゲル素材のトーリックカラーCLは存在せず,高含水性のハイドロゲル素材も少ない.メニコンからは,「2WEEKメニコンレイトーリック」という含水率が72%,Dk値が34×10-11(cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)のトーリックカラーCLが販売されている(図1,2,表1).現在,「メルスプラン」(メニコンの定額制CL利用サービス)取り扱い施設のみの販売だが,今後幅広く販売していただけることを期待したい.含水率の低いものは,大手メーカーも含めていくつか販売されている.しかし,乱視用のソフトCL(soft図1高含水性のトーリックカラーCL(「2WEEKメニコンレイトーリック」の外箱)(メニコンより提供)*JunkoTsukiyama:社会医療法人博寿会山本病院眼科〔別刷請求先〕月山純子:〒648-0072和歌山県橋本市東家6-7-26社会医療法人博寿会山本病院眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(61)791図22WEEKメニコンレイトーリック(色:ブラウン)を装用したときガイドマークの部分を拡大した.(メニコンより提供)表1「2WEEKメニコンレイトーリック」の製品概要(メニコンより提供)イト内をよく見ると,非常に小さな文字で個人輸入であることは書かれているのだが,普通は気がつかないと感じた.個人輸入であるので,日本の厚生労働省からの高度管理医療機器としての承認はない.添付文書も入っておらず,どんな素材が使われているかもわからなかった.ただ,度数についてはバリエーションが非常に豊富であった.インターネット上で検索したところ,度数は-14.0D,乱視度数も-4.0Dまで対応とあった.1年間使用するタイプである.わが国で高度医療管理機器として承認を受けて販売されているカラーCCLを調べてみると,高含水性素材のトーリックカラーCCLでは,乱視度数がC180°の-0.75Dのみ,低含水性素材のトーリックカラーCCLでも乱視度数はC180°の-1.25Dまでしかない.これ以上の乱視度数の人が,いろいろ検索しているうちに個人輸入に行き着いてしまうのではないかと危惧している.乱視用のカラーCCLを探し求めて,このような個人輸入サイトから実際に購入している人がいると思うと,大変心配である.採算性でむずかしい面もあると思うが,もう少しトーリックカラーCCLの度数のバリエーションが増えてほしい.CIIIトーリックカラーCLの性状筆者らは,厚生労働省承認のC2種類のトーリックカラーCCLとC4種類の個人輸入のトーリックカラーCCLの性状について調べた(表2).まず,シュリーレン法という方法で,表面の性状について観察した.シュリーレン法とは,透明なものの屈折率が異なる部分では,光線が曲げられる現象を利用して,わずかな屈折率の変化を可視化する方法で,シュリーレンスコープ(溝尻光学工業所)を用いて観察した(図3).厚生労働省承認のレンズでは,はっきりとガイドマークも存在し,レンズCAとCBはダブルスラブオフであると思われた.個人輸入のトーリックカラーCCLのC4種類は,驚いたことに乱視用レンズ処方に必須であるガイドマークがなかった.どうやって,フィッティング検査をするのか謎である.また,表面性状をさらに詳細に観察したが,個人輸入のレンズCCのトーリックカラーCCLの表面は,非常に粗く作られていた(図4).表面に細かいギザギザがある状態であるので,装用感はよくないものと思われる.また,表面に凹凸があると感染症のリスクが高くなる懸念もある.筋状のギザギザが同心円状に存在していることから,完成度の低いレースカット法で作製されたものと推察される.CIVトーリックレンズの厚みと酸素透過率トーリックCSCLは,乱視を補正するためにレンズの回転を抑えるような設計となっている.プリズムバラストやダブルスラブオフやその両者のハイブリッドタイプなどがある.プリズムバラストではレンズの下のほうが厚くなり,プリズムバラストでは,3時C9時の方向が厚い(図5).この部分はどうしても酸素透過率が下がってしまう.筆者らは,先に述べた厚生労働省承認のC2種類のトーリックカラーCCLと,4種類の個人輸入のトーリックカラーCCLの厚みを調べた.方法は,生理食塩水にC30分以上浸漬してレンズを平衡化した後,図6に示すように,中央部と上下左右のC4箇所,周辺からC2Cmmの部分の厚みを,膜厚計ライトマチックCVL-50A(ミツトヨ)にてC5回計測し,平均値を算出した.ダブルスラブオフではC3時とC9時方向,プリズムバラストではC6時方向が厚かった.中央部分はどのレンズも100Cμm程度であるのに対し,厚い部分はC300Cμmを超えるレンズも多かった.今回実験に用いた多くのトーリックレンズは,中央部の約C3倍の厚みの部分があるという結果であった.メーカーの酸素透過率の公表値は,中央部分のもっとも薄いところでの計算値で表示されていることが多く,注意が必要である.メーカー公表値を鵜呑みにするのではなく,実際の酸素透過性に問題ないのか,酸素不足の所見がないのかを常に注意深く経過観察する必要があると思われる.CBruce2)は,8種類のハイドロゲル素材のトーリックSCLの厚みを,中央と中間部,周辺部の上下左右で測定し,局所でのCDk/l値を計算している.球面度数は-8.0Dから+4.0D,乱視度数は-1.0Dと-1.25DCAx180°のものを用いて測定したところ,プリズムバラストでは下方,ダブルスラブオフでは左右のところでレンズが厚(63)あたらしい眼科Vol.38,No.7,2021C793表2検討に用いたトーリックカラーCLレンズの外観色規格装用スケジュール含水率素材直径(mm)CBC(mm)CAブラックCsph-3.0DCcyl-0.75DCAx180°2週間頻回交換72%DCMA,CNVCP,アルキルメタクリレート系化合物,EGDMAC14.5C8.6医療機関で処方,対面販売(厚生労働省承認レンズ)C医療機関で処方,対sph-3.0DCHEMA,CNVP,C面販売,インターBブラウンCcyl-1.25DCAx180°1日使い捨て42.5%MMA芳香族系化合物C14.2C8.6ネット販売(厚生労働省承認レンズ)CCブラウンCsph-3.0DCcyl-1.75DCAx180°1カ月定期交換不明不明C14.0C8.6個人輸入,インターネット販売CDブラウンCsph-3.0DCcyl-1.75DCAx180°1カ月定期交換不明不明C15.0C8.8個人輸入,インターネット販売CEブラウンCsph-3.0DCcyl-1.75DCAx180°1カ月定期交換不明不明C15.0C8.8個人輸入,インターネット販売CFブラウンCsph-3.0DCcyl-1.75DCAx180°1カ月定期交換不明不明C15.0C8.8個人輸入,インターネット販売BC:ベースカーブ,DMA:N,H-ジメチルアクリルアミド,NVP:N-ビニルピロリドン,EGDMA:エチレングリコールジメタクリレート,HEMA:ヒドロキシエチルメタクリレート,MMA:メチルメタクリレート.-レンズAレンズBレンズCレンズDレンズEレンズF図3シュリーレンスコープでの観察(文献C1より転載)図5一般的なダブルスラブオフとプリズムバラストレンズの厚み分布ピンク:厚い,ブルー:薄い.図4図3のレンズCの中央部分同心円状に細かい筋があり,表面が粗いことがわかる.(文献C1より転載)レンズAレンズBレンズC厚みの計測場所中央(透明部)レンズDレンズEレンズF周辺(着色部)エッジから2mm図6厚みの計測結果-