病的近視の合併症の治療牽引性黄斑症ClinicalManagementofPathologicalMyopia:MyopicTractionMaculopathy高橋洋如*はじめに強度近視眼の網膜外層に生じる過剰な伸展は検眼鏡では診断が困難であり,Takanoらが光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)によって近視患者の眼底断層画像に映る中心窩(網膜)分離症を報告したことが診療の進歩の先駆けであった1).その後,Panozzoらは近視眼の網膜.離または分離病変上の網膜前膜に着目し,近視性牽引黄斑症(myopictractionmaculopathy:MTM)という概念を提唱した2).さらに,VanderBeekとJohnsonは,MTMの手術前後の経過をOCTにて観察し,MTMにおけるtractionの要因として,網膜と硝子体の異常な癒着,残存硝子体皮質膜,網膜前膜,内境界膜の変性などをあげた3).病態の解明と並行して,MTMの治療は飛躍的に進歩した.切開創の縮小化やトロッカーシステムによって硝子体手術の侵襲とリスクは減り,また本疾患にとって重要な合併症であった硝子体手術後の黄斑円孔についても,内境界膜を染色したうえで適切に処理することによって発生率が低下した.本稿の前半では,MTM診療を向上させた最新の技術について紹介する.もはやMTMは恐れるにたらない疾患なのであろうか?残念ながら,日常臨床ではしばしば予想を裏切って診療に苦慮する症例に遭遇する.手術後にいったん改善したにもかかわらず何年も経ってから再発する網膜分離症や,手術前と比較して視力が低下してしまった黄斑円孔など,落とし穴の症例について考察する.また,一昨年に承認認可をされた超広角OCTは病的近視眼の後部ぶどう腫や,血管周囲の網膜変性を把握するのに有用なツールであり,本機器を活かした診療について紹介する.I最新の硝子体手術と近視性牽引黄斑症1.小切開硝子体手術23,25,27ゲージ(G)トロッカーシステムによる硝子体手術は,20Gシステムと比較して強膜創にかかわる合併症などが少なく有利な術式である.増殖硝子体網膜症などの重篤な合併症をもつ一部の症例を除き,ほとんどの強度近視症例は,小切開硝子体手術で対応可能である.筆者の施設では25Gまたは27G硝子体手術を行っている.25Gと27Gのシステム間での手術の効率には大きな差がない.強度近視眼の後極部の膜組織を処理するにあたっては,通常より3mm以上シャフトの長い鑷子を用意する必要がある.現状では25G対応の鑷子のほうが先端の形状についてバリエーションが多いため,眼軸長が30mmを超える場合や,網膜表面上の複雑な膜組織が予想される場合は25Gを選択している.一方で,眼軸が30mm以下で,後部硝子体.離後の黄斑前膜や黄斑分離症の場合では,より侵襲の少ない27Gを選択している.Zhangらは,22名の強度近視眼のシリコーンオイル除去後の眼圧の経過を観察し,9眼で眼圧8.mmHg以下の低眼圧があったとしている4).強度近視眼の硝子体手*HiroyukiTakahashi:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕高橋洋如:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(47)895表1小切開硝子体手術で強膜創を縫合する症例複数回の手術歴(シリコーンオイル注入含む)のある患者眼軸が32.mmを超える患者中期以上の緑内障を有する患者図1Headupsurgeryによる強度近視眼の黄斑手術における顕微鏡下の術中画像a:通常の顕微鏡手術で使用する光量での術中画像.黄斑部はびまん性網脈絡膜萎縮と限局性網脈絡膜萎縮が混在している.萎縮部位の白色反射が強く,観察をしづらくしている.b:光量を30%程度までに下げて,同部位を観察した画像.十分な明るさが確保されており,色調が自然である.る黄斑円孔は重篤な視力低下を招き,術前の中心窩網膜.離や,陳旧性近視性脈絡膜新生血管などによる萎縮がある患者でその発生率は高まる.2012年にCHoらとShimadaらが発表した中心窩を温存する内境界膜.離(foveaCsparingCinternalClimitingCmembranepeeling:FSIP)は術後の黄斑円孔の発生を低下させる術式として広まっている6,7).筆者の施設でのCFSIPの術前と術後C5年の比較では,視力の改善が維持されていた8).一方で,通常の内境界膜.離とCFSIPの術後成績の比較では有意差がないこととも報告されている9).これらの結果の背景には,黄斑分離症という同一の診断であっても,個々の強度近視眼では中心窩への内境界膜の付着の仕方や,はがしやすさには差異があることなどが考えられる.C2.近視性牽引黄斑症の網膜前増殖組織近視眼の分層黄斑円孔や全層黄斑円孔の周辺の網膜上には網膜前増殖組織がしばしば観察され,分層黄斑円孔では,lamellarCholeCassociatedCepiretinalCproliferationとよばれ,網膜内層の障害と関係しているとされている.網膜前増殖組織は黄斑色素を多めに含むCstickyな組織であり,内境界膜上に増殖組織があることによって膜の張力が強くなる.内境界膜.離の手技中に膜が途中で断裂したり,はがしづらくなるようなときには増殖組織の存在が示唆される状況である.理想としては,内境界膜.離を開始する前に増殖組織を除去しておくことが望ましいが,内境界膜も同時に.離してしまうことが少なくない.また,網膜前増殖組織は黄斑円孔の円孔内の網膜内層に接続していることが多いため10),不注意に牽引したうえで除去しようとすると,中心窩の視細胞を傷害したり,黄斑円孔網膜.離が術中に生じることがある(図2).網膜前増殖組織は円孔の縁まで.離したうえで,カッターでトリミングし,円孔縁に付着する部分は残してもかまわない.CIII超広角OCTによる画像を活かした治療ストラテジー疾患の治療を行ううえで,その病因の評価は不可欠である.本稿の冒頭で触れたように,MTMの病名の由来でもある網膜内層表面への硝子体の付着による牽引は,大きな病因である.さらに,強度近視のC3割前後に合併する後部ぶどう腫について,ShinoharaらがC420名の患者の調査にて,MTMの発症との有意な相関関係を示した11).現在,考えられているCMTMの病因は表2のとおりであり,個々の眼には複数の病因が存在していることが少なくない.硝子体手術で除去できるのはおもに網膜表面に働く内向きまたは接線方向への牽引である.強膜短縮術や黄斑バックルでは強膜の変形を治療できる.網脈絡膜萎縮病変や視神経乳頭の構造異常への治療方法はまだない.C1.リスクファクターの評価従来のCOCTに高屈折度レンズを搭載することにより撮影範囲がC23Cmmにまで拡大した広角COCTが一昨年秋よりわが国で承認使用できるようになった.広角OCTの優れている点は前後方向の撮影可能域がC5Cmmまで拡大されているだけでなく,解像度も維持されている点である.広角COCTにより,網膜表面上に牽引を生じる病変と,強膜カーブの変形が同一画面で評価できるようになった.図3の症例では下方の網膜血管に硝子体が癒着して牽引を起こして,後部ぶどう腫の範囲内に網膜分離症が発生しているのがわかる.筆者らはC150名の黄斑分離症患者について広角COCT撮影を行い,近視性黄斑分離症の発症に関連する因子を調査したところ,眼軸長と,網膜血管への硝子体癒着の関与が強いことがわかった(表3)12).病名にCmaculopa-thyという語が用いられていることもあり,黄斑部の病変に注目しがちであるが,牽引の起点が黄斑外の網膜血管にあることは多い(図4).画像評価のうえで病因となる牽引力を除去できれば,手術の時間短縮や低侵襲化にもつながる.C2.Multi.layeredPVD;重なる硝子体膜強度近視眼の硝子体手術では,1枚の硝子体膜を除去したにもかかわらず,その下に別の硝子体膜があるといった現象をしばしば経験する.後部硝子体.離(posteri-orCvitreousdetachment:PVD)の完成されていない強度近視眼の約C7%において,後部硝子体膜が不均一な肥厚を伴いながら複数層に分かれるCmulti-layeredCPVDC(49)あたらしい眼科Vol.C38,No.8,2021C897図2眼軸長33.2mmの強度近視黄斑円孔の左眼のOCT写真と手術顕微鏡写真(68歳,男性)a:鉛直断のCOCT画像.下方の円孔縁から円孔底をCbridgeするように中輝度の増殖組織が広がっている.Cb:手術顕微鏡による後極部の映像.黄斑部はやや黄色味が強くなっている.Cc:鑷子にて増殖組織を切除した().増殖組織と下方の円孔縁との切除の際にはやや強い癒着を感じた.Cd:その後の内境界膜.離を始めた際に,円孔の耳側から下方にかけて網膜.離の発生あり(白点線).Ce:内境界膜.離を完成したときには黄斑全体を含む網膜.離に至っていた(白点線).表2近視性牽引黄斑症の病因表3近視性黄斑分離症の発症に関与する因子網膜表面に働く内向きの牽引力網膜硝子体癒着(非典型的後部硝子体.離を含む)網膜前膜残存硝子体皮質内境界膜の硬化網膜動脈の可動性の低下(血管微小皺襞)因子オッズ比p値年齢C1.03C0.16眼軸長C0.78C0.03後部ぶどう腫の有無C2.23C0.07網膜血管への硝子体の癒着の有無C2.56C0.02強膜の変化に伴う後方への牽引(文献C12より引用)後部ぶどう腫傾斜眼底網膜と後方組織の間の接合力の減衰網脈絡膜萎縮Intrachoroidalcavitation,先天性または続発性乳頭Cpit(傍視神経乳頭部)図3眼軸長26.8mmの強度近視の左眼の超広角OCT画像(54歳,女性)黄斑部では強膜が後方に突出し,後部ぶどう腫を形成し(),後部硝子体.離が起こっている().下方の網膜血管部位に硝子体が癒着し,傍血管網膜.胞が形成している.下方網膜は他の部位と比べ,外層分離の丈が高く,広範囲に及んでいる.図4眼軸長29.2mmの強度近視の左眼の超広角OCT画像(57歳,女性)耳側中間部に後部ぶどう腫の境界があり(),強膜カーブが急峻に変化している.後部ぶどう腫内に一致して後部硝子体.離が起こっている().視神経乳頭近傍の網膜血管部位には面状に硝子体が癒着し,血管が吊り上げられている().癒着した部位の硝子体皮質は高輝度となり肥厚がみられる().図5眼軸長31.2mmの強度近視の右眼の超広角OCT画像(57歳,女性)後極部の硝子体は複数の層に不均一に分かれながら網膜から.離している().黄斑分離を生じており,硝子体による網膜牽引が考えられる.黄斑外で.離した後部硝子体膜が周辺に向かって伸びている().図6近視性黄斑分離症への硝子体手術を受けた左眼のOCT画像(69歳,男性)眼軸長はC31.1.mmである.Ca:術前の鉛直方向のCOCT画像.アーケード下方の網膜血管()の周囲には丈の高い網膜.胞が生じている().b:硝子体手術および中心窩温存内境界膜.離C1カ月後のCOCT画像.温存した内境界膜が中心窩にみられる().c:手術からC1年半経過時に傍中心窩から下方にかけて外層網膜分離の再発を生じた.Cd:広角COCTでは初回手術で内境界膜.離をしなかった部位(白点線)がとくに再発が強い.下方のアーケード血管はテント上状に吊り上っている().–