学童近視の進行予防外来最前線低濃度アトロピンLow-ConcentrationAtropineEyeDropsfortheControlofMyopiaProgression稗田牧*Iアトロピンとは何かアセチルコリン(acetylcholine:ACh)はもっとも早く(1921年)同定された神経伝達物質で,その役割は多岐にわたっている.骨格筋の神経筋接合部の神経終末で放出され筋肉を収縮させ,自律神経の神経節および副交感神経の神経終末で刺激を伝える.それ以外にも脳内では記憶や認知機能に関連している.AChの受容体は二種類に分類される.イオンチャネル型のニコチン受容体は骨格筋を収縮させる運動神経終末と自律神経節・脳内に存在する.代謝調節型の受容体であるムスカリン受容体は副交感神経の神経終末と脳内に存在する.眼内AChの役割は副交感神経の神経終末から虹彩・毛様体に作用して縮瞳や調節を起こすことが知られている.アトロピンはナス科ベラドンナ植物由来で,AChより前の1831年に分離同定された.非選択性なムスカリン受容体阻害薬である.ムスカリン受容体にAChが結合するのを遮断し,効果を無効化することで散瞳,調節麻痺,心拍数の増大を起こす.本稿では,低濃度アトロピン点眼の効果をムスカリン受容体阻害薬という観点で理解し,現状を把握するとともに今後の展望にふれてみる.IIムスカリン受容体は近視に関係するかAChのムスカリン受容体はロドプシン,bアドレナリン受容体とともに,7回細胞膜貫通構造をもつG蛋白質共役受容体(GPCR)ファミリーとして知られている.ムスカリン受容体のサブタイプとして5種類(M1~M5)があり組織に特徴ある発現をしている.M1受容体は中枢や自律神経節,M2受容体は心臓におもに存在する.M3受容体は消化管の平滑筋や血管内皮細胞に存在し,眼では角膜,虹彩,毛様体,水晶体上皮に存在する1).各レセプターの存在部位と役割を表1に示す.毛様体筋や虹彩にM3受容体が発現し,アトロピンの遮断作用により調節麻痺や散瞳が起こることから,アトロピンの作用がM3受容体を介するのは間違いない.M3受容体が近視に関与するという報告もある2).しかし,直接的にM3受容体をはじめとするムスカリン受容体が人の近視進行に関与することは証明されてない3).近年の傾向として,単なる調節過剰で近視になる機序(調節説)よりも,遠視性蒙像などの網膜への視覚刺激が眼軸延長をうながし,近視が進行する説(網膜説)が優勢であるように思われる.M1とM4受容体阻害薬がツパイの実験近視を抑制したとの報告がある4).調節説と網膜説いずれも近業に関連するので,全体の近視進行機序でそれぞれが一定の役割を果たしているはずである.網膜にはムスカリンレセプターがM1~M5受容体すべてが存在するが5),その役割は十分には解明されていない.ムスカリン作用により網膜内ドーパミンが減少する可能性があり3),ドーパミンの減少が近視進行に関与*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(13)151表1ムスカリン受容体サブタイプおもな局在おもな機能CM1脳(海馬),自律神経節中枢,神経節脱分極CM2心臓心拍数減少,心筋収縮力低下CM3腸,平滑筋,腺,毛様体気管支収縮,外分泌促進,血管弛緩CM4脳(線条体)中枢CM5脳(黒質)中枢毛様体神経節←動眼神経短毛様体神経脈絡膜内在神経節翼口蓋神経節←顔面神経眼窩下神経図1眼球の副交感神経の分布しているのかもしれない.また,アトロピンが網膜色素上皮のムスカリン受容体に作用してCTGF-bの発現と分泌を抑制することも報告されている6).強膜線維芽細胞にもCM1~M5受容体すべてが存在する7)ため,アトロピンが直接作用する可能性が以前より指摘されている1).マウス実験近視においてはアトロピン投与でCM1,M3,M4受容体の発現が増加したとの報告がある8).脈絡膜の血管には副交感神経が分布しており,ムスカリン受容体を介した作用が血管内内皮から一酸化窒素(NO)を放出させ,血管が拡張することで脈絡膜血流を増やす作用がある9).アトロピン点眼の抗ムスカリン作用は脈絡膜血流を減らす働きが予想されるが,これに反して濃度依存的に脈絡膜を厚くすることが知られている.いずれの部位のムスカリン受容体も近視化に関連はありそうで,どの部位のどのタイプの受容体に関連しているかを見分けていくことで近視治療薬の開発につながりうる.CIII眼の副交感神経分布(図1)ムスカリン受容体は副交感神経の終末に分布し,気管支収縮や腸管収縮,腺分泌に関与しているが,眼では前眼部と後眼部で異なる脳神経から支配を受けている.前眼部の副交感神経はCEdinger-Westphal核から動眼神経を通り,毛様体神経節でシナプスを介して複数の短毛様体神経として強膜をつらぬき眼内に入り,脈絡膜を前方に進み虹彩と毛様体を支配している.この神経が縮瞳や調節の近方反応を起こす主たる神経と考えられている.この神経終末からCAChが放出されCM3受容体と結合し,瞳孔括約筋や毛様体CMuller筋が収縮することで縮瞳と調節が起こる.152あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(14)表2おもなアトロピン点眼臨床試験の結果試験名症例数濃度コントロール期間まとめCATOM-1C400C1%偽薬2年近視抑制効果ありCATOM-2C4000.5%0.1%0.01%なし2年濃度依存性に近視抑制効果あり0.01%眼軸有意差なしCATOM-JC171C0.01%偽薬2年0.01%に近視抑制効果あり眼軸延長抑制効果ありCLAMPC438C0.05%C0.025%C0.01%偽薬1年濃度依存性に近視抑制効果あり0.01%眼軸有意差なし%アトロピン点眼群で偽薬群より有意に抑制されていた.平均の差としては屈折度C0.22D,眼軸C0.14Cmmと他の報告より少なかった14).これまでのおもな臨床研究の結果を表2にまとめた.薄暮時瞳孔径<中央値n=83ChangefromBaseline(2w)[D]0.40.20.0-0.2-0.4-0.6-0.8-1.0-1.2-1.4-1.6-1.8-2.0PlaceboDrug図2ATOM-Jのサブグループ解析瞳孔径が小さいサブグループでは近視進行抑制効果が強く(0.48D)認められた.2w6m12m18m24mTimeV瞳孔径についての考察ATOM-J研究のサブグループ解析で,点眼前の薄暮視瞳孔径が中央値より大きい学童はC0.01%アトロピンをC2年間投与しても近視進行抑制効果が認められなかった.点眼前の薄暮視瞳孔径が中央値より小さい群では,0.01%アトロピンをC2年点眼すると,点眼していない群と比較して有意により強く(0.48D)近視進行を抑制した(図2).瞳孔には虹彩瞳孔部で輪状に走行する瞳孔括約筋と,虹彩毛様体部に放射状に走行する瞳孔散大筋がある(図3).瞳孔括約筋にはムスカリン受容体の一種であるCM3受容体が存在し副交感神経の刺激つまりCAChにより収縮する.副交感神経刺激は瞳孔散大筋を弛緩させる作用もある.縮瞳しているということは瞳孔括約筋が収縮して瞳孔散大筋が弛緩している,つまり副交感神経優位の状態と解釈することが可能である.したがって,ムスカリン作用を緩和するためにムスカリン受容体阻害薬のアトロピンを長期間投与することは,均衡をとりもどす効果が期待できる.ATOM-Jの近視進行抑制効果はC15%とCLAMP(香港)のC27%,ATOM-2(シンガポール)のC50%に比較する虹彩捲縮輪(collarett)副交感神経刺激→縮瞳●瞳孔括約筋(M3)収縮●瞳孔散大筋弛緩交感神経刺激→散瞳●瞳孔散大筋収縮虹彩瞳孔部虹彩毛様体部図3虹彩筋の二重神経支配154あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023(16)表3アトロピンの近視進行抑制効果の違いと点眼前瞳孔径試験名濃度コントロール期間近視進行抑制割合(屈折度)点眼開始前薄暮視瞳孔径(平均値mm)CATOM-2C0.01%ヒストリカルコントロール5年:3年以後は進行例のみC50%C4.7CLAMPC0.01%偽薬1年C27%C6.7CATOM-JC0.01%偽薬2年C15%C7.3C—