考える手術⑨監修松井良諭・奥村直毅斜視手術で学ぶ眼球の解剖の基本根岸貴志順天堂大学医学部眼科学講座聞き手:斜視手術を行ううえで抑えておかなければいけない解剖学について教えてください.根岸:まず,「Tillauxの螺旋」という言葉を覚えておきましょう.聞き手:これは何と読むのですか?根岸:「ティローのらせん」と読みます.外眼筋の付着部は角膜輪部からおよそ内直筋5mm,下直筋6mm,外直筋7mm,上直筋8mm後方に存在し,内→下→外→上の順に径がらせん状に大きくなっていきます(図1).外眼筋は結膜およびTenon.の下にあり,隠れていますので,それを発見する目安の距離を知っておくことは非常に重要です.聞き手:手術にどのように役立ちますか?根岸:外眼筋に斜視鈎をかけるときに,おおよその位置を推測できます.小切開で斜視手術を行う場合には,結膜越しにブラインドで斜視鈎をかけることになりますが,位置を推測できれば,手術の侵襲が少なく,時間が短縮され,患者に無理な疼痛負担を与えません.聞き手:各外眼筋の特徴があれば教えてください.根岸:内直筋は幅が広く,厚みもあります.外直筋は幅が狭く,厚みが薄く,前毛様体動脈が1本だけTenon.内を走行しています.内直筋・上下直筋には前毛様体動脈が2本走行しており,しかも筋内に存在するので,周囲のTenon.を切開しても出血しにくいのが特徴です.前毛様体動脈は前眼部を栄養しているので,直筋を同時に3本手術してしまうと,前眼部虚血に至るリスクが高くなります.このため,斜視の再手術を行うときには,前回どの筋を手術したのかが非常に重要となります.聞き手:年齢による違いはありますか?(69)あたらしい眼科Vol.39,No.9,202212270910-1810/22/\100/頁/JCOPY考える手術根岸:若いと結合織が豊富で,5歳以下の斜視手術はTenon.の処理が大変です.60歳を超えるとTenon.が菲薄化して,結膜を把持したときに容易に破れやすくなります.結膜下出血が高齢者に多いことも納得できますね.聞き手:斜筋については特徴がありますか?根岸:上斜筋は滑車より末梢側は筋がなく,腱になります.付着部にはアノマリーが多く,正常では上直筋の後方で扇状に強膜と付着していますが,付着部が前方にあったり,複数に分枝していたり,Tenon.内に消失してしまうなどの形態異常がみられることがあります.これが上斜筋麻痺の原因の一つです.下斜筋は付近に黄斑や渦静脈などの重要な組織が存在し,手術時に注意が必要です.聞き手:手術の際に注意する点はありますか?根岸:三叉神経の分布を考慮すると,患者が疼痛を感じやすい操作として,Tenon.を牽引する操作,直筋付着部を把持・結紮する操作があります.また,筋を牽引したときにもっとも迷走神経反射が起きやすいのは内直筋です.このため,Tenon.を巻き込んで内直筋に斜視鈎をかける操作は,患者が非常に痛がるうえに,心拍数が急激に低下して,悪心を生じやすくなります.聞き手:先生の手術はほとんど出血しないですね.根岸:注意深く血管を避けること,血管の位置を把握していること,見えないところを操作しないことが,出血しない手術のコツです.強膜に鋭利な剪刀の先端を当てないことも重要です.聞き手:出血しやすい場所はどこですか?根岸:結膜切開で出血しやすいのは,直筋の直上,角膜輪部,涙丘です.直筋の位置は結膜をよく観察すると筋が透けて見えるのでわかります.筋と筋の間を切開すると出血しません.角膜輪部は結膜の静脈が強膜から出てくる部位なので,必ず出血しますが,バイポーラで止めることができます.Tenon.内に広がると術後の結膜下出血が引きにくくなるので,広がる前に止めましょう.聞き手:どくどく出て止められないことがあるのですが.根岸:眼球表面の出血は,圧迫すれば必ず止まります.焦って盲目的にバイポーラで焼灼しても止まりません.ガーゼやMQAで出血部位を圧迫し,少しずつずらしながら出血点を探します.見つかった出血点をもういちど圧迫し,改めてずらして出血した瞬間にバイポーラで焼灼すると,一発で出血を止めることができます.非常に基本的な手技なので覚えておきましょう.聞き手:斜視手術はあまりやらないのですが.根岸:バックリングでも直筋の操作があります.バックリング手術後の斜視を手術することがありますが,開けてみて癒着が強いと,解剖を理解していない術者が手術をしたのだとすぐに力量を見抜くことができます.緑内障のインプラントでも直筋やTenon.,結膜を触ることになるので,眼表面の知識は術者の心得として最低限身につけておかないと,どんなに応用手技ができたとしても,底が浅い術者になってしまいます.基本を身につけることは,応用の深さにもつながります.時間がかかってもよいので,しっかりとした基本をもとに,無駄な操作を省いていくことで,だんだん手術が自然と早く終わるようになるでしょう.1228あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(70)