脂質と眼科疾患眼における脂質の働き脂質は,おもに生体膜の構成成分,エネルギー源,シグナル分子,バリア構築因子などの機能をもち,生体のさまざまな局面で恒常性の調節から疾患制御に至るまで,重要な役割を担うものと考えられています.眼科領域も例外ではなく,臨床的に,シグナル脂質の一群である脂質メディエーターのうち,アラキドン酸由来のプロスタグランジンCFC2aの誘導体は房水の排出を促進して眼圧を下げ,緑内障の治療に用いられています.また,リゾリン脂質メディエーターの一種であるスフィンゴシンC1-リン酸(S1P)は,S1PC1受容体を介して眼内血管新生および眼内血管透過性抑制作用を示し,本受容体に対するモノクローナル抗体が加齢黄斑変性の治療薬の候補として研究が行われています.リン脂質の生合成.リモデリングと網膜疾患網膜変性は網膜色素上皮細胞や視細胞における構造の異常,網膜色素上皮細胞による視細胞の貪食の不全,ビジュアルサイクルの異常などに起因すると考えられていますが,脂質代謝の異常もまた網膜変性をもたらします.生体膜の主要構成成分であるリン脂質は,6種の極性基に加え,グリセロール骨格の一位,二位の多様な脂肪酸の組み合わせにより,1千種類を超える異なる分子種から構成されます(図1).このリン脂質の構造多様性は上述の脂質の四大機能に大きな影響を及ぼします.網膜変性モデルであるCrd11マウスでは,主要リン脂質であるホスファジジルコリン(PC)の二位に飽小野喬東京大学大学院医学系研究科眼科学教室東京大学疾患生命工学センター健康環境医工学和脂肪酸の一種であるパルミチン酸を導入する酵素LPCAT1の遺伝子変異により,パルミチン酸含有CPCレベルが減少して光受容体の機能障害をもたらします(図2)1).また,多価不飽和脂肪酸の一種であるドコサヘキサエン酸(DHA)をリン脂質の二位に導入する酵素CLPAAT3の欠損により,DHA含有リン脂質が顕著に減少して網膜が変性することが報告されました(図2)2).今後の展望網膜において,膜リン脂質は絶えず生合成と分解を繰り返すことで,網膜の恒常性の維持にかかわっており,リン脂質の分子種構成のバランスの異常は網膜変性をもたらすことが想定されますが,その詳細な分子機序は未だ明らかではありません.筆者らは,網膜色素変性症の原因遺伝子群の中から膜リン脂質の新陳代謝にかかわる責任酵素の一つを同定し,網膜変性との関連で研究を進めています.近い将来,脂質を基軸に網膜変性の新しい分子機序が解明されることが期待されます.文献1)FriedmanCJS,CChangCB,CKrauthCDSCetal:LossCofClyso-phosphatidylcholineacyltransferase1leadstophotorecep-torCdegenerationCinCrd11Cmice.CProcCNatlCAcadCSciCUSAC107:15523-15528,C20102)ShindouCH,CKosoCH,CSasakiCJCetal:DocosahexaenoicCacidCpreservesCvisualCfunctionCbyCmaintainingCcorrectCdiscCmorphologyCinCretinalCphotoreceptorCcells.CJBiolCChemC292:12054-12064,C2017リゾリン脂質(リゾホスファチジルコリン)図1リン脂質の生合成とリモデリング生体におけるリン脂質はdenovoの脂質合成経路(Kennedy経路,緑枠)により合成され,ホスホリパーゼにより分解される.産生されたリゾリン脂質は,LPCAT1やLPAAT3などのリゾリン脂質アシル基転移酵素(LPLAT)によってアシル基が付与されてC1千種を超える多様なリン脂質が再構成される(Lands回路,青枠).(79)C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY脂肪酸(ドコサヘキサエン酸:DHA)図2リン脂質を合成するアシル基転移酵素LPCAT1やCLPAAT3などのリゾリン脂質アシル基転移酵素によって,リゾリン脂質に脂肪酸が組み込まれ,特有のリン脂質が合成される.これらの酵素の機能異常は網膜変性をもたらす.あたらしい眼科Vol.39,No.12,2022C1647