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先天性の斜視・眼球運動異常

2021年9月30日 木曜日

先天性の斜視・眼球運動異常CongenitalStrabismusandEyeMovementDisorders彦谷明子*はじめに先天性斜視の小児は,自らが症状を訴えることはなく,保護者が小児の眼の位置や動きの異常に気づいたり,健診や小児科で指摘されたことをきっかけに眼科受診をすることが多い.いつから,どんなときに,どちらの眼に,どのような症状が起きたか,症状に変動がないか,随伴症状がないか,などの問診を行う.生後から現在までの患児の眼の位置や頭の位置が判別できるような写真や動画を確認することで,いつから斜視が明らかになったのか,斜視角に変化があるのかなどを知ることができる.先天性の共同性斜視では,多くは感覚適応による抑制を生じているため患児本人が複視や見えにくさを訴えることはまれである.複視の訴えは後天性を示唆する.麻痺性の斜視においては,眼位異常の出にくい方向へ代償頭位をとることによって両眼視機能を保っていることもある.I乳児内斜視生後6カ月までに発症した大角度の内斜視である.出生時に発症していなくても,先天性の異常に起因して発症するという考えから,先天性内斜視ともよばれる.斜視角は30Δ以上の大角度である.斜視角が小さい場合には内斜視が自然治癒することがあるが,生後10週までに2回以上,40Δ以上の大角度を示した症例では自然消失はほとんどない.経過観察中に斜視角の増大を示す例もある.交差固視(用語解説参照)で交代固視が可能で,中枢神経系の異常は認められない.随伴症状として,弱視,外転制限,内転過剰,斜筋異常,交代性上斜位,眼振,異常頭位などがあげられる.乳児内斜視の検査は,眼位,眼球運動検査,視反応検査を行う.新生児期にはまだ固視や追視は単眼であるが,2カ月までに両眼での固視が発達し,4カ月までには追視が観察される.つまり,その時期以降であれば視標に注目させる工夫をすれば,眼位検査も可能となる.両眼開放下で角膜反射光によるHirschberg法で簡便に眼位のスクリーニングを行う.さらに正確に斜視の有無をみるには,遮閉試験を行う.定量は固視を持続させられればプリズム遮閉試験がもっとも正確であるが,短時間におよその角度を知りたいときには,Krimskyプリズム試験を行う.Hirschberg法もKrimskyプリズム試験も角膜反射を利用しているので,k角異常の影響を受ける点に注意する.両眼開放下で交代固視しているかを確認し,交代固視不良であれば,固視眼を遮閉して斜視眼で中心固視が可能か,固視が持続できるかをみる.嫌悪反射(用語解説参照)がある場合は,視力の左右差が生じているとみなす.外転制限をみるには,片眼を遮閉してひき運動を確認する.両眼開放下で視標を追視させて外転できれば制限なしと判断できるが,交差固視している場合は,右(左)側の視標は右(左)眼を外転させることなく左(右)眼のみでみている.左(右)眼を遮閉すれば右(左)側に動く視標は右(左)眼を外転させて追視する(図1).それでも外転しない場合は,人形の目現象*AkikoHikoya:浜松医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕彦谷明子:〒431-3192浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学眼科学講座0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(23)1005図1乳児内斜視上段:交差固視しているため,見かけ上両外転制限があるようにみえる.下段:片眼を遮閉しむき運動を確認すると,両側とも外転制限はない.図2乳児外斜視内転制限は伴わない.図3先天性上斜筋麻痺自然頭位は左への斜頸である.左への斜頸時には斜視はなく,第一眼位でも斜視はほとんどない.右への斜頸で右上斜視が明らかになりCBielschowsky頭部傾斜試験で陽性である.図4Duane症候群(I型:右眼)左:右眼の外転制限.中:第一眼位は正位.右:内転時の眼球後退および瞼裂狭小がみられ,upshootを伴っている.図5Mobius症候群両側の外転制限を伴う内斜視で,閉瞼不全と閉口不全もみられる.外転制限は人形の目現象で確認している.図6先天性Brown症候群左眼の内転位での上転制限を認める.図7両上転筋麻痺右眼の外上転も内上転も制限されており,第一眼位は右下斜視を呈している.■用語解説■交差固視:右眼で左方の視界を固視し,左眼で右方の視界を固視する状態.嫌悪反射:片眼を遮閉すると,顔をそむけたり遮閉する手を払いのけたりするなど,遮閉を嫌がる反射.片眼の視力が不良な場合に,固視眼(視力の良好な眼)を遮閉するとみられる.左右差を観察し,差があれば嫌悪反射があり視力の左右差があるとみなす.人形の目現象:頭位変換眼球反射を応用した現象で,被検者の頭部を急速に回転させたときに,眼球が頭位変換と逆方向に回転する現象.この反射があれば外眼筋麻痺はないとみなす.CHeringの法則:ある筋の収縮時に,その共同筋も同様に収縮するように神経命令を受けとること.CBell現象:閉瞼で引き起こされる両眼の上転運動で,通常開散を伴う.核上性上転障害の場合は,自発上転を越えて上転できる.-

視神経の先天異常

2021年9月30日 木曜日

視神経の先天異常CongenitalDisordersoftheOpticNerve林思音*仁科幸子*はじめに視神経の先天異常は,小児の先天性器質的眼疾患のなかでは比較的よく遭遇する.視機能は疾患や黄斑の形成状況に影響されるため,きわめて良好なものから重篤なものまでさまざまであり,個々の患者にあった視機能の管理とロービジョンケアを行う.さらに下垂体低形成やもやもや病といった中枢神経系の異常,CHARGE症候群など,合併しやすい疾患のスクリーニングを行い,生命を脅かすような全身的な異常を早期に発見することが望まれる.本稿では,代表的な視神経の先天異常疾患について概説する.I視神経低形成視神経低形成(opticnervehypoplasia)は先天的に視神経線維数が減少している状態で,検眼鏡的に異常に小さな乳頭を呈する(図1).通常その周囲に正常乳頭と同じ大きさの色素輪(doubleringsign)を認める.網膜血管は存在するが,蛇行を伴いやすい1).乳頭の大きさの基準として乳頭黄斑距離/乳頭径比(discto-maculadis-tance/discdiameter:DM/DD)がある.乳頭径は視神経乳頭の長径+短径の平均であり,乳頭黄斑部間距離(thedistancebetweenthediscandthemacular)は視神経乳頭の中心から黄斑中心までの距離である.DM/DD比は正常では2.1.3.2(平均2.6)であり,3以上を小乳頭と考える2).片眼性,両眼性の場合があり,視力も正常なものから光覚までさまざまである.視神経低形成は網膜神経節細胞の発生異常に起因するものと,中枢の発生異常に伴う逆行性変性によるものがあり,後者は両眼性である.MRI撮影により,視神経のサイズが小さいことが確認できるだけでなく(図2a),後述する中隔視神経異形成症などに関連する中枢神経系異常を認めることがある.そのほかに視神経低形成は,白皮症,無虹彩症,Duane症候群などさまざまな疾患に合併しうる.また,若年妊婦,初産,妊娠中の喫煙およびアルコール,早産とその合併症が危険因子とされる2).1.中隔視神経異形成症視神経低形成症の患児のなかには,指定難病134の中隔視神経異形成(septo-opticdysplasia:SOD)の児が存在する.SODは,透明中隔欠損,視神経低形成,下垂体機能低下症を三徴とする先天異常で,頻度は1万人に1人である.症例を図1,2に示す.SODに合併する視神経低形成は両眼性も片眼性の場合もあり,視力障害の程度は透明中隔の有無で差はない.視神経低形成以外の眼合併症では眼振と斜視がもっとも多くみられる3).SODの臨床症状が軽度の場合,神経徴候や内分泌異常が出現する時期より早く視覚異常(視力障害,斜視,眼振)が出現するため,視神経低形成が最初に発見されることがある.全身症状の明らかでない視神経低形成症例であっても,将来,知的障害や内分泌障害が出現する可能性を考慮して,一度は全身検索*ShionHayashi&SachikoNishina:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕林思音:〒154-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(17)999図1視神経低形成2歳,男児の左眼眼底写真.Doubleringsign()を認める.DM/DD比はC5.4.Cabc図2中隔視神経異形成症(図1の症例)のMRI画像a:T2冠状断.左視神経()は右視神経()に比べ細径である.Cb,c:T1冠状断.透明中隔は前部では確認できるが(Cb,),体部では同程できず(Cc),部分欠損していることがわかる.ab図3乳頭コロボーマ6歳,女児の眼底写真.本症例は,CHARGE症候群を合併しており,CHD7遺伝子変異を認めた.矯正視力は右(1.0),左(0.4).a:右眼.視神経乳頭下方に脈絡膜コロボーマを認める.Cb:左眼.視神経乳頭は脈絡膜コロボーマに覆われ,黄斑()は一部コロボーマに巻き込まれている.図4朝顔症候群図5網膜.離を伴った朝顔症候群6歳,男児.右眼眼底写真.3歳,男児.右眼眼底写真.Cab図6乳頭周囲ぶどう腫a:1歳,女児.左眼眼底写真.視神経乳頭は深い陥凹の底に認められる.Cb:同症例のCBモードエコー画像.眼球から突出したぶどう腫を認め,それと連続する視神経を認める.実際には,後述するCBergmeister乳頭遺残と明確な鑑別はつけにくい.また,朝顔症候群と鑑別がむずかしいことがあるが,乳頭領域に陥凹が存在しない.CVII先天性乳頭上膜.Bergmeister乳頭遺残先天性乳頭上膜/Bergmeister乳頭遺残(congenitalCepipapillaryCmembraneC/persistenceCofCBergmeister’spapilla)は先天性に乳頭上に白色の薄い膜状組織を認める疾患であり,Bergmeister乳頭の遺残と考えられている.Bergmeister乳頭は,胎生C8週頃に神経線維が原始上皮性乳頭を分離することによって発生し,硝子体血管本幹に沿ってグリアの外鞘が形成され,胎生C20週以降に硝子体血管本管とともに退縮する一過性組織である.軽微なCPFVである可能性もあるが,乳頭部CPFVと異なり異常血管がみられない5).ほとんど自覚症状はなく,全身合併症もみられない10).CVIII傾斜乳頭症候群傾斜乳頭症候群(tilteddiscsyndrome)は乳頭が上下方向に傾斜し,多くは乳頭上耳側が硝子体側に,乳頭下鼻側が後方に偏位する先天異常である.両眼性が多く,胎生裂閉鎖不全に起因すると考えられている.下鼻側に網脈絡膜萎縮やコーヌスがみられ,後極のぶどう腫や網膜中心動静脈が乳頭の耳側から鼻側に向かって出てくる乳頭逆位を合併することがある.視力低下は軽度であるが,近視や乱視を合併しやすい.視野は,約C2割に上耳側C1/4盲傾向を示す.この視野異常は屈折矯正により消失する屈折性暗転の要素と,網膜内層の神経節細胞の低形成の両方の要素が関与している15).CIX牽引乳頭牽引乳頭(draggeddisc)は網膜周辺部に増殖病変が存在し,その牽引により発達期の伸展性に富んだ網膜全体に偏位が起こり,乳頭の変形をきたしたものである.網膜血管は直線的に病変に向かって走行し,乳頭の対側の血管も一部これに向かう.耳側に病変があれば黄斑部は耳側に偏位する.眼位は,陽性Cg角を生じ偽外斜視となる.黄斑部の障害の程度により視力が左右される.原因疾患として,PFV,家族性滲出性硝子体網膜症(familC-ialCexudativevitreoretinopathy:FEVR),未熟児網膜症などがあげられる.いずれも網膜.離の併発などを念頭に置いて,周辺部網膜までの定期的検査が必要である.CX乳頭小窩乳頭小窩(opticpits)とは,視神経乳頭のリムに円形または楕円形のピットとよばれる小洞(小窩)が存在する先天異常で,乳頭の耳側に位置するものが多い.多くは片側性である.視神経乳頭の陥凹の中にさらに深い0.1.0.7乳頭径の灰色.緑がかった色調の陥凹としてみられる.通常は一側の乳頭に孤発するがC3個まで認めることがある1).健眼に比べて乳頭は大きく乳頭周囲に色素異常を認める.また,毛様網膜動脈を高頻度に認める.視力は正常であるが,Mariotte盲点拡大や弓状暗点などの視野異常を伴うことがある.眼合併症として,20.40歳頃に後極部に漿液性網膜.離をC25.30%に生じ,ピット黄斑症候群(pit-macu-larsyndrome)という5).くも膜下腔との交通があると考えられ,黄斑部に網膜下液の蓄積を引き起こす.その発症機序には黄斑部の網膜分離症様の分層構造が関与する.すなわち,はじめにピットに連なる黄斑部の網膜内層分離が起こり,ついで外層の黄斑分層円孔が生じて外層網膜が.離し,漿液性.離を呈すると考えられている.下液の由来については,くも膜下腔以外に硝子体液,血管からの漏出など諸説がある.自然消退する例もあるが,長期にわたると黄斑部に変性をきたし視力障害を生じるため,乳頭耳側縁の光凝固や硝子体手術を施行する10).CXI巨大乳頭巨大乳頭(megalopapilla)は正常視神経だが,乳頭径が大きく陥凹乳頭比が大きいことからしばしば視神経陥凹との鑑別が必要となる.鑑別にはCDM/DD比を測定する.巨大乳頭ではCDM/DD比がC2.4以下である.また,巨大乳頭の陥凹は同心円でリムのCnotchはみられない.(21)あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021C1003

小児の視力・視野障害

2021年9月30日 木曜日

小児の視力・視野障害PediatricVisualAcuityandVisualFieldImpairment荒木俊介*三木淳司*はじめに視力や視野の障害をきたす小児の神経眼科疾患に焦点をあてる.これらのなかには,治療の遅れが視機能予後や生命予後に重篤な影響を与えるものがあり,早期発見が重要となる.しかし,乳幼児の場合,視機能の異常を訴えることができないために重篤な視機能障害に至るまで発見が遅れることや,視覚障害が疑われても詳細な検査が困難なために早期診断がむずかしいことも多い.通常,視力や視野の評価は患者の自覚的応答を頼りに行われる.そのため,自覚的応答が困難な乳幼児や発達障害児においては年齢や理解度に応じた検査法を選択し,視機能を評価していく必要がある.なお,乳幼児は視覚の発達期にあるため,成人と同様の基準値を用いて視機能を判定することはできず,年齢や検査法に応じた基準値を把握しておくことも大切である.自覚的検査が可能な年齢まで評価を放棄して,早期治療を要する疾患を見逃してはならない.本稿では,まず小児の視力・視野の検査法と正常発達について簡潔にまとめる.次に,視力・視野障害を契機に発見された検眼鏡所見に乏しい視神経・頭蓋内疾患の症例を呈示し,臨床所見や鑑別のポイントについて述べる.I小児における視力・視野の検査法と正常発達1.視力Landolt環を用いた視力検査は3歳頃から可能となる.3歳未満では,縞視力測定法(0~2歳頃)やドットカード法(2~3歳頃)などが日常臨床で用いられることが多い.これらの検査は患児の集中力や理解力の影響を受けやすいため,検者は患児をよく観察し,検査中の様子や検査手順を記録に残し,スタッフ間で情報を共有することが大切である.なお,小児の視力評価では基準値のみにとらわれず,視力の左右差を評価することも重要である.縞視力測定法では,左右差1オクターブ(空間周波数比が2:1)が正常と異常の境界値とされており,片眼性の器質的眼疾患を鋭敏に検出できる.一方で,縞視力では左右差が検出されず,Landolt環やドットカード法などの検査が可能になってはじめて異常を検出できる症例の存在(とくに機能弱視に多い)に注意が必要である1).視力の正常発達について,検査法による差異はあるものの,おおよその傾向として生後1カ月で0.03,3カ月で0.1,6カ月で0.2,12カ月で0.3~0.4,3歳でほぼ1.0となり,7歳以降で成人レベルに達する2).2.視野Goldmann視野計(Goldmannperimeter:GP)やHumphrey視野計(HumphreyFieldAnalyzer:HFA)といった自覚的応答を要する一般的な視野計での視野測定は,4歳頃から可能となる.視力検査と同様に患児のコンディションが検査結果に及ぼす影響が大きいが,中心暗点や半盲など大まかな視野障害のパターンが同定で*SyunsukeAraki&AtsushiMiki:川崎医科大学眼科学1教室〔別刷請求先〕荒木俊介:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学附属病院感覚器センター眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(9)991a図1症例1の視野とMRI所見a:Goldmann視野計による動的視野で,右眼の中心暗点と左眼の内部イソプターに耳上側欠損がみられる.Cb,c:脂肪抑制併用ガドリニウム造影CT1強調画像で右視神経の著明な造影効果がみられる().図2症例1の黄斑部網膜内層厚解析年齢をC20歳として解析.伴う視神経膠腫と診断され,ただちに化学療法を施行された症例が報告されている9).視神経膠腫は眼症状を契機に発見されることが多く,早期診断のために眼科の果たすべき役割は大きい.なお,OCTによる網膜内層の菲薄化は,NF-1合併の有無にかかわらず,視神経膠腫の存在を疑ううえで有用な指標である10).NF-1の疑い例や診断例に対する眼科検診では視機能評価に加え,OCTを用いた網膜内層厚解析を併用すべきと考えられる.C2.下垂体卒中(pituitaryapoplexy)症例はC13歳,女児.約C6カ月前から頭痛があり,1カ月前に激しい痛みを伴うことがあった.約C2週間前に左眼の視力低下を自覚したため,近医受診.視力は右眼(1.2),左眼(0.3),CFFは右眼C41CHz,左眼C32CHz,GPでは左眼の中心暗点がみられ,左眼視神経炎の疑いで当院紹介受診となった.当院初診時の視力は右眼(1.5),左眼(0.7),CFFは右眼C41CHz,左眼C34CHzで,RAPDはみられなかった.前眼部,中間透光体,眼底に明らかな異常所見はなかった.OCTによる網膜内層厚解析では両眼とも明らかな菲薄化はみられなかった(図3a).MRI検査で下垂体部の血腫を伴った.胞性病変が確認され(図3b),下垂体卒中と診断された.MRI後に施行された視野検査を図4に示す.GPでは両眼ともにCI/1eイソプターで垂直経線に沿った耳側半盲がみられた.また,HFAでも有意なCverticaltemporalstep11)を認めた.その後,脳神経外科で経過観察となり,1.5年後とC3年後に手術療法が施行された.下垂体卒中は,下垂体腺腫内に出血または梗塞が生じることで,腫瘍が急激に増大し,突然の激しい頭痛や吐き気,視力・視野障害,外眼筋麻痺,ホルモン分泌障害などを呈する疾患で,ときに致死的になる場合もあるため緊急性の高い疾患として扱われる.小児例の報告はまれである12).ほとんどの症例が激しい頭痛を初発症状とするが,本症例のように視機能障害による眼科受診を契機として発見に至る場合もある.したがって,検眼鏡所見に異常を認めない視力・視野障害に遭遇した場合は,頭痛や嘔吐などの症状について聴取しておくこと,視機能障害の訴えが片眼のみであっても両眼の機能的および形態的な評価を行うことが下垂体卒中を含めた視交叉病変を疑ううえで重要である.OCTでは発症初期には異常が検出されず,視野障害に遅れて徐々に鼻側領域の黄斑部網膜内層の菲薄化がみられる(図3a).視交叉病変の視野検査について,GPでは面積の小さな視標で内部イソプターを細かく測定(垂直経線を挟んだ視感度の差を検出)すること13),HFAではグレースケールにとらわれず実測値からCverticalstepの有無を判定することが重要である14).Fujimotoら11)は耳側半盲を早期検出するうえで,正中線に沿って耳側にC2CdB以上の感度低下が連続C4対,もしくはC3CdB以上の感度低下が連続C3対あれば,有意なCverticalCtemporalCstepであると定義しており,臨床的意義の高い所見である.C3.副腎白質ジストロフィ(adrenoleukodystrophy:ALD)症例はC10歳,男児15).3歳児健康診査で発達の遅れを指摘され,支援学級に通っていた.1年前に書字障害や自転車でよく転ぶなどの症状がみられたため,心療科を受診し,注意欠陥多動性障害と診断された.その後,歩行障害や視覚障害が出現したため近医眼科を受診し,精査目的で当院紹介受診となった.当院初診時の視力は右眼(0.08),左眼(0.04),眼位は両眼ともに外転しており,追視が困難な状態であった.大脳性視覚障害を疑われ,当院小児科でCMRI(図5)を含めた精査の結果,小児大脳型CALDと診断された.その後,造血幹細胞移植が行われたが,13歳で死亡した.ALDは中枢神経系の脱髄と副腎皮質機能不全を特徴とするCX連鎖性遺伝性疾患であり,発症年齢と症状によりいくつかの病型に分類される.本症例でみられた小児大脳型CALDは,3~10歳で発症し,性格・行動変化,視力・聴力低下,知能の障害,歩行障害などの症状を呈する16).発症後の進行が速く,無治療ではC1~2年で臥床状態に至ることが多い.治療法として造血幹細胞移植があげられるが,発症後早期の移植を要するため,早期発見が重要な疾患である.注意欠陥多動性障害や自閉症スペクトラム障害を疑わせる高次機能障害(注意力低下,多動,コミュニケーション障害,学習困難,易怒性など)を初発症状とした小児大脳型CALDにおいて,大994あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(12)ab図3症例2の黄斑部網膜内層厚解析とMRI所見a:OCTによる黄斑部網膜内層厚解析で,初診時には明らかな菲薄化がみられないが,8カ月後には両眼の鼻側半網膜の菲薄化が進行している(年齢をC18歳として解析).b:ガドリニウム造影CT1強調画像.一部造影効果を認め,.胞性病変内部への出血と判断された.a左b図4症例2の視野a:Goldmann視野計では,内部イソプターに垂直経線に沿った両耳側半盲が検出された.Cb:Humphrey視野計(中心C30°)では,グレースケールには半盲を示唆する所見はみられないが,実測値に注目すると両眼ともにCverticaltemporalstepの定義を満たしている().図5症例3のMRI所見T2強調画像で左右対称性の高信号域(Ca:視放線領域,b:後頭葉)がみられる().–

小児の瞳孔異常

2021年9月30日 木曜日

小児の瞳孔異常PediatricPupillaryDisorders中馬秀樹*はじめに小児の瞳孔異常はまれであるが,注意すべき点がいくつかある.CI中脳背側症候群中脳背側症候群での瞳孔異常の特徴は,対光反射が不十分である(図1a)が近見反射が保たれる(図1b)対光近見解離である1).他に上方注視麻痺,輻湊後退眼振がみられる.図2に示す2)ように,対光反射の経路は中脳の背側を通る.松果体腫瘍などによって中脳背側が障害されると対光反射が十分に行われない.一方,近見反射の神経線維は,大脳脚を通って前方から,動眼神経副交感神経副核であるCEdinger-Westphal核へ入る.したがって,中脳背側の病変では前方の輻湊線維が障害されないために,近見反射は保存される.小児でみられる中脳背側症候群は,原因が腫瘍であることが多い3)ため,見逃してはならず,早急な画像診断を要する.CII瞳孔緊張症瞳孔緊張症の特徴は,典型的に対光反射が不十分である(図3a)が近見反射が保たれる(図3b)対光近見解離と,分節状の瞳孔括約筋収縮(図4),0.1%ピロカルピン点眼試験での過敏反応(図5)である4).瞳孔緊張症は瞳孔のみの障害で,眼瞼下垂や眼球運動障害を合併しない.中脳背側症候群のものを中枢性対光近見解離,瞳孔緊張症のものを末梢性対光近見解離とよぶこともある.ab図1中脳背側症候群の瞳孔異常a:対光反射が不十分である.b:近見反射は保たれる.瞳孔緊張症は,対光反射の経路の中の毛様神経節以降の障害といわれている.解剖学的に毛様神経節から瞳孔括約筋を支配している線維が約C5%,調節に関与する毛様体筋を支配している線維が約C95%とされている.そのため,毛様神経節が不十分に障害されれば,瞳孔括約筋にいく線維が有意に分節状に障害される(図6a).し*HidekiChuman:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕中馬秀樹:〒889-1692宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野C0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(5)C987図2対光反射と近見反射の経路中脳の背側を通る.C×の部位の中脳背側が障害されると,対光反射が十分に行われない.近見反射の神経線維は大脳脚を通って前方から動眼神経副交感神経副核であるCEdinger-Westphal核へ入る().Cab図3瞳孔緊張症の対光近見解離a:左眼の対光反射が不十分である.b:近見反射は保たれている.図4瞳孔緊張症の分節状の瞳孔括約筋収縮図5瞳孔緊張症の0.1%ピロカルピン点眼試験図C3と同一症例.点眼後,散大していた瞳孔のほうが縮瞳している.ab図8Horner症候群a:障害側の瞳孔が縮瞳し,眼瞼下垂をきたす.Cb:低濃度フェニレフリン点眼試験で散瞳する.図7先天動眼神経麻痺の瞳孔の周期性けいれんのシェーマ散瞳した瞳孔が,1分半.2分ごとに縮瞳し,また元に戻る.このサイクルを繰り返す.C-’C’C’C

序説:小児の神経眼科診察のポイント

2021年9月30日 木曜日

小児の神経眼科診察のポイントPointsofNeuro-OphthalmologyExaminationinChildren佐藤美保*眼科医にとって神経眼科疾患は,「見え方の異常」を全身疾患や中枢疾患につなげていく重要な分野である.しかし,相対的な患者数の少なさから苦手意識をもっている眼科医も少なくない.さらにそこに「小児」がつくことで,苦手意識に拍車がかかる.それは「子どもは小さな大人ではない」といわれるように小児の視機能は発達途中であるとともに,眼球の構造も小児の特性があることから,大人の診療知識をそのまま当てはめられるものではないからであろう.しかし,「眼は脳の出先機関」ともいわれるように,眼は感覚器であるとともに神経組織でもあることから,神経眼科を知らずに眼科診療はできない.小児神経眼科疾患のむずかしさは,①自覚的評価が困難あるいは信頼性が低い,②MRIなど鎮静を要する検査が多く精密検査へのハードルが高い,③急性に進行する疾患が多く重要なサインを見逃すことができない,という点にある.しかし,小児神経眼科診療は,まれで重篤な疾患を診ることだけでなく,小児によくある弱視や共同性斜視を適切に診断・治療することに始まり,視神経乳頭の異常や,進行性や後天性の眼球運動障害を見つけて,適切な時期に適切な診療科医につないだうえで,視機能の評価や視機能の改善に努めるという小児眼科診療全体をさす.小児の神経眼科を理解することでその子どもの視力の予後を推測し,見え方だけでなく,発達も含めて生活や学業で困っていることや困りそうなことに対応し,将来の進路などにまでかかわっていくことができる.ともすればとっつきにくいと思われがちな小児の神経眼科への理解を深めていただくためにこの特集を組んでいる.さて,小児の眼科診察にあたって最初に行うべきことは,①問診の聴取,②顔貌の特徴をはじめ四肢を含めた全身の形成異常のチェック,③発達の評価である.これらは実際の患児の体に触れることなく行うことのできるものであり,泣かせずに情報を収集することになる.問診は問診表の記載で聴取することが多いが,小児には成人と別の問診表を用意するのが望ましい.問診の中には,口頭では聞きづらい家庭環境,あるいは発達の問題などを記述してもらうことができる.異常を誰がいつ指摘したか,保護者はどのように感じているのか,今回の受診に何を期待しているのか,何を不安に思っているのか,あるいは前医への不満などをあらかじめ聴取しておくことは短期間に信頼関係を獲得するのに役立つ.診断のためには「視線が合わない」「眼が揺れる」「瞳の色や形が違う」「瞼があがらない」といった保護者の観察による主訴が大変重要である.家族歴としては,同胞や両親のどちらか,あるいは血族に同*MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(1)983じような異常やその治療歴があることも少なくない.周産期の異常,外傷や手術歴なども重要な情報で保護者はそれらが眼の異常と関係しているとは感じていないことが多く,こちらから尋ねない限り伝えない.つぎに全身の状態を確認する.保護者が気づいていないような顔貌の特徴(鞍鼻や眼角乖離など),あるいは保護者は関連しないと思っているような身長,体重,手足,耳,毛髪,皮膚の色素などが眼疾患と関連することもある.発達については,定頸や座位,自立歩行の時期が参考になるが,発語の遅れや発達障害のように1歳を過ぎないとわからないものもある.その年齢に応じた発達を知っておき,定期健診の結果や母子手帳の記載を参考にする.だっこで診察室に入ってきた場合には,歩けるのかどうか,また本人確認と称して自分の名前や年齢をいわせてみることで発達をチェックする.乳児の視力検査は,あやしたときにこちらの顔を見るかどうか,おもちゃに関心を示すかどうか,おもちゃに手をだすか,手に持ったおもちゃを極端に眼に近づけて見ないかどうか,などといった行動から視機能とともに社会性,精神発達状態を観察する.つぎに固視,追視の可否を診る.この際,同時に眼位異常や,眼球運動制限の有無を診る.続いて片方ずつ眼を隠すことで嫌悪反射を確認し,左右差がないかどうかをチェックする.視力検査としてはTellerAcuityCardsのような縞視力検査装置があればなおよいが,そのようなものがなくても上記のようにすれば視力の評価は可能である.瞳孔反応を見ることは神経眼科診療の基本であり,小児においてはとくに視機能を評価する方法として重要である.成人のように光を瞳孔にあてて観察することは困難なため,レチノスコープを用いたredre.ex法やオートレフ,スポットビジョンスクリーナーのようなフォトレフラクション法を使って瞳孔の形や対光反射を診るのがよい.ともすれば眼科診察は暗室で始めてしまうが,明室と暗室をうまく使い分けて,泣き出す前に必要な情報を収集してから眼の診察へ進む.眼球運動検査では成人のようにこちらの指示に従ってくれるとは限らないため,検査の仕方に工夫が必要である.先天眼球運動障害には乳児内斜視のような共同性斜視と,眼球運動制限を伴うもの,眼振を伴うものがあるが,鑑別が一度の診察でできるとは限らない.診断のために,頭位の観察は重要である.異常頭位には,顎の上げ・下げ,顔の回し,首の傾げがある.しかし,診察室では緊張して異常頭位を示さないこともあるため,日常生活の写真やビデオを持参してもらって確認するとよい.最近はスマートフォンでの動画撮影が普及しているため,それも有効な方法である.また,先天性眼球運動障害の患者が3歳以降で初めて受診することもある.小児の後天性眼球運動障害は外傷や脳腫瘍,ウイルス感染などで発症することが多く,あきらかな外傷や感染の既往のない眼球運動障害では,頭部MRI検査が必要であり,先天性と後天性の区別をつけることはその後の検査のために重要である.後天性内斜視の多くは,調節性内斜視であり,調節麻痺下屈折検査は必須である.遠視を伴わない後天性内斜視には,外転制限を伴わないものもある.最近話題になっているスマートフォンの見過ぎによる内斜視と紹介された患者が脳腫瘍だったことも経験しているので,眼球運動制限のない内斜視を簡単にスマートフォンのせいにするのは危険である.また,眼位が大きく変動する斜視も注意が必要である.眼振を伴う斜視では固視眼や視方向によって眼位が大きく変化する.また,重症筋無力症や甲状腺眼症も経過中や診察のたびに斜視角が変わる.小児の重症筋無力症も発症は眼筋に限られることが多いが,眼筋型から全身型へ移行する例が少なくないことを考えると早期診断には眼科医の役割は重要である.小児の甲984あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(2)

心房細動に対するカテーテルアブレーション後に発症した MLF 症候群の1 例

2021年8月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科38(8):972.976,2021c心房細動に対するカテーテルアブレーション後に発症したMLF症候群の1例三善重徳小笠原聡鳴海新平大高幸二黒坂大次郎岩手医科大学医学部眼科学講座CACaseofMLFSyndromeAfterRadiofrequencyCatheterAblationforAtrialFibrillationShigenoriMiyoshi,SatoshiOgasawara,ShinpeiNarumi,KojiOhtakaandDaijiroKurosakaCDepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicineC緒言:内側縦束(mediallongitudinalfasciculus:MLF)症候群は,一側の外転神経核から対側の動眼神経核をつなぐCMLFの障害で生じ,MLF障害側と同側の眼の内転制限を認める.カテーテルアブレーション(radiofrequencyCcatheterablation:RFCA)後の症候性脳梗塞の発症率は低く,RFCA直後に発症したCMLF症候群についての報告は過去にはない.今回,心房細動(atrial.brillation:AF)に対するCRFCA後に発症したCMLF症候群のC1例を報告する.症例:75歳,女性.AFに対してCRFCAを施行され,治療翌日から両眼性複視を自覚,輻湊可能であったが,右眼内転制限を認めた.頭部CMRI拡散強調画像で右中脳から橋背側にかけて高信号域を認め,急性期脳梗塞に起因したCMLF症候群と診断した.結論:RFCA後のCMLF症候群では急性期脳梗塞を疑う必要があると考えられた.CPurpose:Mediallongitudinalfasciculus(MLF)syndromeisadisorderoftheMLF,thenervebundleconnect-ingCtheCabducensCnucleusConConeCsideCtoCtheCoculomotorCnucleusConCtheCcontralateralCside.COneCrareCbutCpossibleCcauseCofCthisCsyndromeCisCcerebralCinfarction.CSymptomaticCcerebralCinfarctionCafterCradiofrequencyCcatheterCabla-tion(RFCA)israre,andtherehavebeennopreviousreportsofMLFsyndromedevelopingafterRFCA.Herewereport,CtoCtheCbestCofCourCknowledge,CtheC.rstCcaseCofCMLFCsyndromeCafterCRFCACforCatrial.brillation(AF).CCase:StartingCat1-dayCafterCRFCA,CaC75-year-oldCwomanCexperiencedCnewCbinocularCdiplopia,CinabilityCtoCcon-verge,CandCrestrictedCcapacityCforCrightCadduction.CMagneticCresonanceimaging(MRI).ndingsCcon.rmedCacuteCcerebralCinfarctionCfromCtheCrightCmidbrainCtoCtheCbackCofCtheCbridge,CandCtheCpatientCwasCdiagnosedCwithCMLFCsyndromeCcausedCbyCcerebralCinfarction.CConclusion:AcuteCcerebralCinfarctionCshouldCbeCsuspectedCwhenCMLFCsyndromedevelopsafterRFCA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(8):972.976,C2021〕Keywords:MLF症候群,心房細動,RFCA,脳梗塞.MLFsyndrome,atrial.brillation,radiofrequencycatheterablation,cerebralinfarction.Cはじめに内側縦束(medialClongitudinalfasciculus:MLF)症候群は,患側眼の内転障害,反対側眼の外転時に発生する単眼性水平眼振,良好な輻湊を三徴候とする1).若年者では多発性硬化症によるものが多いが,血管系の危険因子をもった高齢者では脳血管病変が原因として最多である2).今回筆者らは,心房細動(atrial.brillation:AF)に対するカテーテルアブレーション(radiofrequencyCcatheterablation:RFCA)後に発症したCMLF症候群のC1例を経験した.AFに対するCRFCA後の症候性脳梗塞の発症率はC0.5%程度と報告され3,4),頻度の少ない合併症である.また,本症例のようにCRFCA直後に発症したCMLF症候群の報告は筆者らが文献を渉猟した限り今までに報告がなく,まれな症例であると考えられたので,若干の知見と合わせて報告す〔別刷請求先〕三善重徳:〒028-3695岩手県紫波郡矢巾町医大通C2-1-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ShigenoriMiyoshi,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,1-1CIdaidori2-chome,Yahaba-cho,Shiwa-gun,Iwate028-3695,JAPANC972(124)る.CI症例患者:75歳,女性.主訴:両眼性複視.既往歴:非弁膜症性心房細動,高血圧,骨粗鬆症,脂質異常症.現病歴:X年,AFに対するCRFCA目的で,当院循環器内科に入院した.術前から抗凝固療法はなされ,術前の経食道心臓超音波検査で心臓内血栓は確認されなかった.RFCAを施行し洞調律に復帰し,神経学的異常は認めなかった.治療翌日,起床時から複視を自覚するようになり,症状が持続するため,RFCA後C2日目に当科紹介となった.初診時眼所見:矯正視力は両眼ともに(1.0)であった.瞳孔正円同大で,対光反射両側迅速,眼瞼下垂も認めなかった.右眼内転制限と左方視時の左眼水平性眼振がみられたが,輻湊は可能であった.また,全方向で両眼性複視を自覚し,左方視で増悪した(図1,2).前眼部,中間透光体,眼底に異常は認めなかった.神経学的所見(当院神経内科の所見):意識清明.失行なし.失認なし.失語なし.顔面感覚異常なし.顔面神経麻痺なし.構音障害なし.カーテン徴候なし.協調運動障害なし.表在覚異常なし.位置覚異常なし.振動覚異常なし.四肢の運動障害なし.腱反射亢進なし.病的反射なし.その他の所見(術前血液検査):WBC7,580/μl,RBC335万/μl,Hb10.5Cg/dl,Ht30.9%,PLT14.7万/μl,APTT31.4sec,PT-INR1.28sec,Dダイマー<0.5Cμg/ml.経過および治療:右眼CMLF症候群と診断し,頭部核磁気図1初診時のHessチャート右眼内転制限を認めた.図29方向眼位写真第C1眼位では正位.右眼内転制限があったが,輻湊可能であった.図3頭部単純MRI画像(DWI)右中脳から橋背側にかけて,高信号域を認めた.共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)を施行した.拡散強調画像(di.usionweightedimage:DWI)で右中脳から橋にかけて背側正中寄りに高信号域を認めたため,急性期脳梗塞と診断した(図3).同日,加療目的に当院神経内科転科となった.点滴静注による脳保護療法を開始し,術前から行われていた抗血小板薬の内服療法を継続した.第C6病日に再度施行された頭部CMRIでは,DWIで右中脳に亜急性脳梗塞性変化を認めたが,新規脳梗塞の発症は認めなかった.第20病日,複視は残存していたが,右眼内転制限は改善傾向にあり,自宅退院となった.退院時は,複視も軽減していた.その後も当院外来で経過観察を継続し,発症C6カ月の再来時,右眼内転制限はさらに改善し,複視の自覚も消失した(図4,5).図4発症から6カ月後のHessチャート右眼内転制限は,初診時より改善した.図5発症から6カ月後の9方向眼位写真右眼の眼球運動障害は改善傾向にあった.II考按MLF症候群の原因は,若年者では多発性硬化症がもっとも疑われ,そのほかに感染症などによって生じる可能性もある2).しかし,血管系の危険因子をもった高齢患者では,脳血管病変によって生じるものが最多である2).Bolanosらの報告では核間性眼球麻痺の最大の原因は脳血管病変(脳梗塞)であり,追跡研究でもC37%を占めていた5).本症例でもRFCAの術翌日に複視や内転障害が出現し,中脳から橋にかけての脳梗塞を発症していたことから,MLF症候群の原因は急性期脳梗塞と考えられた.Nakamuraらの報告によると,RFCA翌日に施行された頭部CMRI検査では,160人中C43人(26.3%)で急性期脳梗塞が確認された6).そして,病巣は中脳がもっとも多かった(46.9%)が,そのC43人はすべて無症候性脳梗塞であった6).一方で,病巣や神経学的異常所見についての詳細は不明であるが,InoueらはCRFCA後に症候性脳梗塞がC1,049人中C2人(0.5%)で発症したと報告している4).したがって,RFCA後に症候性脳梗塞が発症する確率は低く,過去にCMLF症候群を呈した報告も筆者らが文献を渉猟した限りないため,本症例は希少な症例であったと考えられる.本症例のように運動失調や上斜視などの随伴症状のないMLF症候群は,過去にCKobayashiら7)や,Puneetら8)が報告している.彼らの報告したC3例はすべて中脳の微小梗塞により発症したと報告されていた7,8).RFCA後の脳梗塞は洞調律に復帰した際に左心房内血栓が脳血管に飛んで発症する場合が一般的である.しかし,本症例では術前に左心房内血栓が確認されなかった.そのため,心エコーで検出できないほどの微小血栓や,焼灼部位やシースなどの人工器具内部で術中に形成された微小血栓に起因して,微小梗塞がCMLFに限局したために随伴症状を認めなかった可能性が考えられた.微小梗塞が原因の場合,頭部CMRIで診断するのは困難な場合が多いとされている9).本症例ではスライス厚がC3Cmmの頭部CMRIで病変を確認できた.柴山らは脳血管障害による一側性核間性眼筋麻痺症例C10例中,MLFに一致して異常所見を検出できた症例はC5例だったと報告している10).柴山らの責任病巣を同定できたC5例は,頭部CMRI画像のスライス厚がC4.4CmmからC7.8Cmmの範囲で撮影されていたが,責任病巣が不明であったC5例はC7.8CmmからC9.9Cmmのより厚いスライス厚で撮影されていた10).また,中嶋らの報告ではスライス厚がC5Cmmの頭部CMRIで病変を確認できなかったが,3Cmm厚のスライスで撮影した頭部CMRIでは検出することができたとしている9).以上のことから,MLF症候群の原因精査で脳梗塞を疑った場合には,スライス厚を薄くした条件でCMRIを施行するべきだと考える.本症例では発症からC6カ月経過し,眼球運動障害はほぼ改善していた.脳梗塞に起因したCMLF症候群の眼球運動障害の予後について,大淵らは観察したC4例すべてで治癒し,眼球運動障害の持続期間はC1日からC22日(平均C9.3日)であったと報告している11).また,柴山らも眼球運動障害の持続期間は平均C25.4日と報告している10).これらのことから,MLF症候群の眼球運動障害の予後は,障害の持続期間に差はあるものの比較的良好と考えられた.予後良好な理由としては,病変が微少であることに加えて,MLFが存在する部位の支配血管の吻合が豊富であることが考えられる11).CIII結論RFCA後の症候性脳梗塞に起因して発症したCMLF症候群のまれなC1例を経験した.RFCA後に認めたCMLF症候群では,急性期脳梗塞の発症を考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)梅野祐芳,野田哲哉,中島成人:MRIで確認し得た脳梗塞によるCMLF症候群の一例回旋性振,輻輳障害および患側眼の滑車,外転神経麻痺の合併.EquilibriumCResearchC52:165-168,C19932)PlummerCNR,CThorpCT,CSultanS:SuddenConsetCdoubleCvision.BMJ348:1-3,C20143)渡辺則和:カテーテルアブレーション術前,術中,術後の服薬管理と合併症対策.ProgressCinCMedicineC37:1293-1299,C20174)InoueK,MurakawaY,NogamiAetal:CurrentstatusofcatheterCablationCofCatrialC.brillationCinJapan:SummaryCofCthe4CthCsurveyCofCtheCJapaneseCCatheterCAblationCReg-istryCofCAtrialFibrillation(J-CARAF).JCCardiolC68:C83-88,C20165)BolanosI,LozanoD,CantuC:Internuclearophthalmople-gia:causesCandClong-termCfollow-upCinC65Cpatients.CActaCNeurolScandC110:161-165,C20046)NakamuraT,OkishigeK,KanazawaTetal:IncidenceofsilentCcerebralCinfarctionsCafterCcatheterCablationCofCatrialC.brillationCutilizingCtheCsecond-generationCcryoballoon.CEuropace19:1681-1688,C20177)KobayashiZ,IizukaM,TomimitsuHetal:IsolatedmediC-allongitudinalfasciculussyndromeduetosmallmidbraininfarction.NeurolClinNeurosci2:112-113,C20148)PuneetK,YogeshK,PranavSetal:Isolatedmediallon-gitudinalCfasciculussyndrome:ReviewCofCimaging,Canato-my,pathophysiologyanddi.erentialdiagnosis.Neuroradi-olJC31:95-99,C20189)中嶋匡,西村裕之,西原賢太郎ほか:MLF症候群と運動失調にて発症した中脳梗塞のC1例.脳卒中C29:479-482,200711)大淵豊明,宇高毅,楽居直明ほか:核間性眼筋麻痺症例10)柴山秀博,佐藤進,長谷川政二ほか:MLF症候群─血管における症状とCMRI所見.日本耳鼻咽喉科学会会報C109:障害を中心としたその臨床とCMRI所見の検討─.神経内科C96-102,C2006C46:359-365,C1997***

トラベクトーム術後におけるリパスジル点眼の 眼圧下降効果の検討

2021年8月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科38(8):968.971,2021cトラベクトーム術後におけるリパスジル点眼の眼圧下降効果の検討油井千旦齋藤雄太安田健作三浦瑛子油井一敬恩田秀寿昭和大学医学部眼科学講座CInvestigationofIntraocularPressure-LoweringE.ectsofRipasudilOphthalmicSolutionAfterTrabectomeChiakiYui,YutaSaito,KensakuYasuda,EikoMiura,KazuhiroYuiandHidetoshiOndaCDepartmentofOphthalmology,ShowaUniversitySchoolofMedicineC目的:リパスジル点眼とトラベクトームは,線維柱帯の房水流出抵抗を減少させるという点で作用機序が類似しており,トラベクトーム前後で,リパスジル点眼が眼圧下降に与える影響を検討した.対象および方法:対象は広義の原発開放隅角緑内障でリパスジル点眼を使用している患者のうち,2017年C7月.2018年C6月に昭和大学病院附属東病院で,トラベクトームを施行されたC13例C15眼.術前(手術前日の入院時),術C1日後,術C1週間後,術C1カ月後に,リパスジル点眼直前の眼圧および点眼C2時間後の眼圧を測定し,眼圧下降効果を検討した.結果:15眼では術前,術後ともにリパスジル点眼前後での有意な眼圧下降は認めなかった.術前にリパスジル点眼前後で眼圧が下降したC10眼でも術後は有意な眼圧下降を認めなかった.結論:トラベクトーム手術で線維柱帯を切開したことにより,術後リパスジル点眼の効果が出にくくなった可能性が考えられる.CPurpose:RipasudilCophthalmicCsolutionCandCTrabectomeChaveCsimilarCmechanismsCofCactionCforCreducingCtheCresistanceoftrabecularmeshworktissuetoaqueoushumorout.ow.ThepurposeofthisstudywastoinvestigatetheCintraocularpressure(IOP)-loweringCe.ectsCofCripasudilCophthalmicCsolutionCafterCTrabectome.CSubjectsandMethods:ThisCprospectiveCstudyCinvolvedC15CeyesCofC13CprimaryCopen-angleCglaucomaCpatientsCwhoCunderwentCripasudiladministrationafterTrabectomeatourinstitutionbetweenJuly2017andJune2018.Inall15eyes,IOPwasCevaluatedCpreCandC1-day,C1-week,C1-monthCpostCadministrationCofCripasudilCafterCTrabectome.CResults:Nosigni.cantdecreaseinIOPwasobservedbetweenpreandpostadministrationofripasudil,bothbeforeandafterTrabectome.In10eyesinwhichIOPreductionwasobservedpreandpostadministrationofripasudilbeforeTra-bectome,CnoCsigni.cantCdi.erenceCofCIOPCreductionCwasCobservedCafterCTrabectome.CConclusion:NoCsigni.cantCdi.erenceofIOPreductionwasobservedbetweenpreandpostadministrationofripasudilafterTrabectome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(8):968.971,C2021〕Keywords:開放隅角緑内障,落屑緑内障,リパスジル,トラベクトーム,眼圧.primaryopenangleglaucoma,exfoliationglaucoma,ripasudil,Trabectome,intraocularpressure.Cはじめに近年,わが国で開発されたCRhoキナーゼ阻害薬であるリパスジル塩酸塩水和物点眼液(以下,リパスジル点眼)は,既存の緑内障点眼とは作用機序が異なり,眼内房水の主流出路における線維柱帯細胞の骨格と収縮性の変化1),線維柱帯間隙への作用2),細胞-細胞外マトリックス間関係の変化3),細胞外マトリックス産生抑制4)などの機序により,房水の流出抵抗を減少させ房水流出を促進すると考えられている5,6).一方,minimallyCinvasiveCglaucomasurgery(MIGS)の一つであるトラベクトームは線維柱帯の一部を切開してSchlemm管後壁と集合管を露出させることで,房水流出抵抗を減少させて眼圧を下降させる手術である7).リパスジル〔別刷請求先〕油井千旦:〒142-8555東京都品川区旗の台C1-5-8昭和大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ChiakiYui,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversitySchoolofMedicine,1-5-8Hatanodai,Shinagawa-ku,Tokyo142-8555,JAPANC968(120)点眼とトラベクトームはともに線維柱帯の房水流出抵抗を減少させるという点で作用機序が類似している.リパスジル点眼は日本でC2014年に承認された新しい薬剤であり,流出路再建術後のリパスジル点眼の眼圧下降効果について検討された報告はまだ少ない.そこで,今回筆者らは,トラベクトーム前後で,リパスジル点眼が眼圧下降に与える影響および,リパスジル点眼で眼圧下降する患者にトラベクトームを施行し線維柱帯を切開しても,術後リパスジル点眼で眼圧が下降するのかを検討した.CI対象および方法対象は広義の原発開放隅角緑内障(primaryCopenCangleglaucoma:POAG)でリパスジル点眼を使用している患者のうち,2017年C8月.2018年C6月に昭和大学病院附属東病院にてトラベクトームを施行した患者とした.選択基準は広義POAG患者のうち,緑内障点眼で十分な眼圧下降が得られない,眼圧がC15CmmHg以上,隅角検査で線維柱帯が同定できる,白内障手術以外の眼手術既往がないこと,同意取得時の年齢がC20歳以上であること,本研究への参加について本人から文書により同意が得られた患者とした.トラベクトームは耳側角膜を切開し隅角を確認後,トラベクトームのハンドピースを挿入し,鼻側の線維柱帯をC120°切開し,Schlemm管が開放できたことを逆流性出血で確認した.白内障同時手術の場合はトラベクトーム術後に切開創を拡大し白内障手術を施行した.術後点眼は抗菌薬点眼,ステロイド点眼,2%ピロカルピン点眼をC1カ月間継続した.手術前日は朝からリパスジル点眼を中止し,入院後にリパスジル点眼前後の眼圧を測定した.術後はリパスジル点眼を中止し,その他の緑内障点眼は,術後に十分な眼圧下降が得られない場合に必要に応じて再開した.表1リパスジル点眼前後の比較リパスジル点眼前リパスジル点眼後眼圧(mmHg)C眼圧(mmHg)Cp値n=15n=15術前C22.1±6.0C21.8±7.0Cp=0.82術1日後C21.5±9.8C20.2±6.8Cp=0.40術C1週間後C16.6±5.6C16.8±5.5Cp=0.69術C1カ月後C18.7±7.6C19.7±9.0Cp=0.08術前(手術前日の入院時),術C1日後,術C1週間後,術C1カ月後にリパスジル点眼直前の眼圧(点眼前眼圧)および点眼C2時間後の眼圧(点眼後眼圧)を測定した.眼圧測定はGoldmann圧平眼圧計を用いた.緑内障薬剤スコアは単剤点眼C1点,配合剤点眼C2点,炭酸脱水酵素阻害薬内服C1点とした.結果は平均C±標準偏差で示し,眼圧値は対応のあるCt検定,緑内障薬剤スコアはCMann-WhitneyのCU検定を用いて統計解析を行い,p<0.05を有意差ありとした.本研究は,昭和大学倫理委員会の承認を得ている.CII結果対象症例はC13例C15眼で,年齢はC67.1C±13.4歳.病型はPOAGがC7眼,落屑緑内障がC8眼で,術前点眼スコアはC5.1C±1.2であった.リパスジル点眼前後(点眼前後)の比較を表1に示す.術前と術C1日後では点眼前後で眼圧は下降したが有意な下降は認めなかった.また,術C1週間後と術C1カ月後では点眼前後で眼圧は下降しなかった.術前の点眼前眼圧と術後の点眼前眼圧の比較(トラベクトーム効果)を表2に示す.術C1週間後で有意に眼圧が下降した.対象C15眼のうち,術前にリパスジル点眼で眼圧が2CmmHg以上下降したC10眼を下降群,眼圧がC2CmmHg以上下降しなかったC5眼を非下降群とした.下降群,非下降群のリパスジル点眼前後の比較とトラベクトーム効果をそれぞれ表3,4に示す.下降群では術前の点眼前後で有意な眼圧下降を認めたが,術後は有意な眼圧下降を認めなかった.非下降群では術前と同様,術後C1カ月後までのどの時点においてもリパスジル点眼による有意な眼圧下降は認めなかった.トラベクトーム効果では下降群では術C1週間後で有意な眼圧下降を認めた.非下降群では術後に有意な眼圧下降は認めなか表2手術前後の点眼前眼圧の比較(トラベクトーム効果)眼圧(mmHg)Cn=15p値術前C22.1±6.0術1日後C21.5±9.8Cp=0.8術C1週間後C16.6±5.6p<C0.05術C1カ月後C18.7±7.6Cp=0.1C表3下降群のリパスジル点眼前後の比較とトラベクトーム効果点眼前眼圧(mmHg)点眼後眼圧(mmHg)手術前後の点眼前Cn=10Cn=10点眼前後の比較眼圧の比較手術前日C25.0±3.8C22.3±4.0p<C0.05術1日後C22.8±8.8C22.2±6.4Cp=0.73Cp=0.37術C1週間後C19.0±5.0C18.8±4.6Cp=0.76p<C0.05術C1カ月後C20.7±7.3C21.8±8.8Cp=0.16Cp=0.01表4非下降群のリパスジル点眼前後の比較とトラベクトーム効果点眼前眼圧(mmHg)点眼後眼圧(mmHg)手術前後の点眼前Cn=5n=5点眼前後の比較眼圧の比較手術前日C16.5±5.7C21.0±11.6Cp=0.17術1日後C18.9±12.3C16.3±6.6Cp=0.43Cp=0.71術C1週間後C11.9±3.7C13.0±5.6Cp=0.40Cp=0.20術C1カ月後C14.8±7.3C15.6±8.9Cp=0.37Cp=0.66Cった.1カ月後の緑内障薬剤スコアはC3.1C±1.1(p<0.05)で,トラベクトーム前後で有意に減少した.CIII考按本研究ではトラベクトーム前後で,リパスジル点眼による眼圧下降にどのような影響があるかを検討した.リパスジル点眼の眼圧下降効果のピークは点眼後C2時間との報告8)があるため,本研究でも点眼C2時間後に点眼後眼圧を測定した.リパスジル点眼前後の眼圧を検討すると,15眼の平均では術前の点眼前後で有意差を認めなかった.15眼のなかにはリパスジル点眼に反応しにくい対象患者も含まれていたと考えられ,下降群と非下降群に分けて検討を行った.リパスジル点眼単剤での眼圧下降幅はC2.7.4.0mmHg9),3.5CmmHg10),ピーク時C6.4.7.3CmmHg8)とさまざまな報告があり,下降群では術前の点眼前後で,平均してC2.6CmmHgの眼圧下降を認めたが,術後は有意な眼圧下降を認めなかった.トラベクトーム手術で線維柱帯を切開したことにより,術後リパスジル点眼の効果が出にくくなった可能性が考えられる.しかし,今回は術C1日後,術C1週間後,術C1カ月後の眼圧測定時のみリパスジル点眼を行ったため,術後継続的に,またさらに長い期間リパスジル点眼を使用すれば手術で切除していない範囲の線維柱帯細胞や細胞外マトリックスへより作用し,眼圧下降した可能性が考えられる.また,術後点眼として使用していたピロカルピンはリパスジル点眼と拮抗して眼圧下降効果を減弱させると報告11)があり,今回の研究においてもピロカルピンとの併用で眼圧下降が得られなかった可能性もあると推察される.トラベクトーム手術と同様に線維柱帯を切開する緑内障手術に眼外からのアプローチによるトラベクロトミーがあるが,術前のリパスジル点眼での眼圧下降効果と手術成功率を調べた研究では,リパスジル点眼の有効群と非有効群で有意差はなかったとの報告12)がある.本研究では眼圧下降群で術C1週間後にトラベクトーム手術による有意な眼圧下降を認めたが,術前のリパスジル点眼による眼圧下降とトラベクトーム手術による眼圧下降に必ずしも一貫性はなく,術前のリパスジル点眼の点眼効果で,トラベクトームの手術効果を予測することは困難であった.今後は症例数を増やし,観察期間を延長して,トラベクトーム手術の生存率や術後もリパスジル点眼を継続した場合の眼圧下降効果,ピロカルピン中止後のリパスジル点眼の眼圧下降効果の検討が必要だと考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HonjoCM,CTaniharaCH,CInataniCMCetal:E.ectsCofCRho-associatedproteinkinaseinhibitorY-27632onintraocularpressureCandCout.owCfacility.CInvestCOphthalmolCVisCSciC42:137-144,C20012)RaoPV,DengPF,KumarJetal:Modulationofaqueoushumorout.owfacilitybytheRhokinase-speci.cinhibitorY-27632.CInvestOphthalmolVisSciC42:1029-1037,C20013)KogaCT,CKogaCT,CAwaiCMCetal:Rho-associatedCproteinCkinaseCinhibitorCY-27632,CinducesCalterationsCinCadhesion,CcontractionCandCmotilityCinCculturedChumanCtrabecularCmeshworkcells.ExpEyeResC82:362-370,C20064)FujimotoCT,CInoueCT,CKamedaCTCetal:InvolvementCofCRhoA/Rho-associatedkinasesignaltransductionpathwayindexamethasone-inducedalterationsinaqueousout.ow.InvestOphthalmolVisSciC53:7097-7108,C20125)InoeuT,TaniharaH:Rho-associatedkinaseinhibitors:anovelCglaucomaCtherapy.CProgCRetinCEyeCResC37:1-12,C20136)IsobeCT,CMizunoCK,CKanekoCYCetal:E.ectsCofCK-115,CaCRho-kinaseinhibitor,onaqueoushumordynamicsinrab-bits.CurrEyeResC39:813-822,C20147)MincklerD,MosaedS,DustinLetal:Tabectome(Trab-eculectomy-internalapproach):additionalexperienceandextendedfollow-up.TransAmOphthalmolSocC106:149-159,C20088)TaniharaCH,CInoueCT,CYamamotoCTCetal:Intra-ocularCpressure-loweringCe.ectsCofCaCRhoCkinaseCinhibitor,Cripa-sudil(K-115)C,over24hoursinprimaryopen-angleglau-comaandocularhypertension:arandomized,open-label,crossoverstudy.ActaOphthalmolC93:e254-e260,C20159)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Phase1clinicaltrialsCofCaCselectiveCRhoCkinaseCinhibitor,CK-115.CJAMACOphthalmolC131:1288-1295,C201310)TaniharaCH,CInoueCT,CYamamotoCTCetal:PhaseC2Cran-domizedclinicalstudyofaRhokinaseinhibitor,k-115,inprimaryCopen-angleCglaucomaCandCocularChypertension.CAmJOphthalmolC156:731-736,C201311)Yamagishi-KimuraCR,CHonjoCM,CKomizoCTCetal:Interac-tionCbetweenCpilocarpineCandCripasudilConCintraocularCpressure,CpupilCdiameter,CandCtheCaqueous-out.owCpath-way.InvestOphthalmolVisSciC59:1844-1854,C201812)GodaCE,CHirookaCK,CMoriCKCetal:IntraocularCpressure-loweringe.ectsofRipasudil:apotentialoutcomemarkerforTrabeculotomy.BMCOphthalmolC19:243,C2019***

MALDI-TOF 質量分析法により迅速に起因菌が同定できた ノカルジア角膜炎の1 例

2021年8月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科38(8):963.967,2021cMALDI-TOF質量分析法により迅速に起因菌が同定できたノカルジア角膜炎のC1例児玉俊夫*1平松友佳子*1,2上甲武志*1谷松智子*3西山政孝*3*1松山赤十字病院眼科*2愛媛大学医学部眼科*3松山赤十字病院検査部CACaseofNocardiaKeratitisRapidlyIdenti.edbyMALDI-TOFMassSpectrometryToshioKodama1),YukakoHiramatsu1,2)C,TakeshiJoko1),TomokoTanimatsu3)andMasatakaNishiyama3)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofClinicalLaboratory,MatsuyamaRedCrossHospitalC目的:ノカルジア角膜炎はまれな疾患であるが,初期診断ができないと重症化することがある.筆者らはマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI-TOFMS)を用いてノカルジア角膜炎と診断したC1例を報告する.症例:70歳,男性.左眼のヒトCTリンパ球向性ウイルスC1型(HTLV-1)関連ぶどう膜炎のために長期間ステロイド点眼を継続していた.外傷の既往なく,左眼角膜中間部に角膜潰瘍を認めたために病巣を擦過した.塗抹標本でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認めた.分離培養された菌をCMALDI-TOFMSで分析したところ,既知のノカルジアのデータベースとのパターンマッチングによりCNocardiaarthritidisと同定された.トブラマイシンとセフメノキシム点眼およびスルファメトキサゾール/トリメトプリム内服を併用して擦過後C25日目には角膜病変は瘢痕化した.結論:MALDI-TOFMSは眼ノカルジア症の迅速診断への有用な手段となりうる.CPurpose:Althoughnocardiakeratitiscasesarerare,amisdiagnosisofthepathogencanleadtoseriouscom-plications.Herewereportacaseofnocardiakeratitisidenti.edbymatrix-assistedlaserdesorptionionization-timeofC.ightCmassspectrometry(MALDI-TOFMS)C.CCase:AC70-year-oldCmaleCwasCtreatedCwithClong-termCsteroidCinstillationforhumanT-celllymphotrophicvirustype1(HTLV-1)associateduveitisinhislefteye.SincetheulcerinCthatCeyeCwasClocatedCinCtheCmid-peripheryCofCtheCcorneaCwithCnoChistoryCofCocularCtrauma,CtheCulcerCbedCwasCsurgicallyCscraped.CACcultureCsmearCrevealedCgram-positiveCrodsCwithCbranchingChyphae,CandCMALDI-TOFCMSCanalysisoftheidenti.edcoloniesshowedNocardiaarthritidisCasthecausativeorganismusingadatabaseofknownnocardiaspecies.Thus,weinitiatedtreatmentwithtopicalcefmenoximeandtobramycininstillation,aswellasoralsulfamethoxazole/trimethoprim.CAtC25-daysCafterCtheCcornealCscraping,ConlyCaCsmallCstromalCscarCwasCobserved.CConclusion:MALDI-TOFCMSCcanCprovideCaccurateCdiagnosis,CandCmightCbeCanCe.ectiveCmethodCforCproperCidenti.cationofnocardia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(8):963.967,C2021〕Keywords:ノカルジア角膜炎,Nocardiaarthritidis,質量分析法,MALDI-TOFMS,日和見感染.nocardialkeratitis,Nocardiaarthritidis,massspectrometry,matrix-assistedlaserdesorptionionization-timeof.ightmassCspectrometry,opportunisticinfection.Cはじめにしかし,外傷の既往がなくても長期間にわたって抗菌薬やス感染性角膜炎は適切な治療の開始時期を逸すると重大な視テロイドの点眼を行っている患者では,常在細菌叢のバラン機能障害を生じるために,緊急の治療を必要とする眼科疾患スが崩れてしまうといわゆる日和見感染を生じて感染性角膜である.感染性角膜炎は外傷を契機に発症することが多い.炎を発症すると考えられている.そのなかで放線菌感染症に〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPANCよる角膜炎はまれであるが,初期診断ができないと重症化することがある.放線菌は嫌気性のアクチノミセスと好気性のノカルジアに大別できるが,いずれも従来の臨床細菌検査法では菌種の同定までに時間を要することが多い1).ポストゲノムの時代を迎えて,比較的簡便で短時間に細菌を同定できる検査法として質量分析装置を用いた細菌同定法が開発された.すなわちマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(matrix-assistedClaserCdesorp-tionionization-timeof.ightmassspectrometry:MALDI-TOFMS)で,現在市中病院の臨床検査室でも広く用いられている2).今回,MALDI-TOFMSを用いてノカルジア角膜炎と診断し,治療経過が良好であったC1例を報告する.CI症例患者:70歳,男性.主訴:左眼の視力低下,霧視.現病歴:2010年C1月中旬に左眼の霧視を自覚し,他院を受診したところ,左眼の虹彩炎を認めたために精査目的でC1月下旬当科を紹介された.初診時所見:視力は右眼C0.5(1.2×+0.25D(cyl.2.5DAx100°),左眼C0.01(0.04×+4.0D(cyl.1.0DAx110°).右眼眼圧=17CmmHg,左眼眼圧=13CmmHg.左眼の硝子体混濁を伴うぶどう膜炎を認めた.血液検査でヒトCTリンパ球向性ウイルスC1型(HTLV-1)抗体価がC8,192倍と高値を示したためにCHTLV-1関連ぶどう膜炎と診断した.入院治療を希望しなかったため,外来通院にてプレドニゾロン30Cmgの漸減投与とベタメタゾンとレボフロキサシン点眼液のC1時間おきの頻回点眼治療により左眼のぶどう膜炎は緩解した.その後も虹彩炎の再発,緩解を繰り返したために長期間ベタメタゾンあるいはフルオロメトロン点眼を継続していた.なお既往歴には特記事項は認めなかった.2018年C12月,数日前より左眼の異物感を自覚したために当科を受診した.発症以前に眼外傷および異物飛入は自覚していない.受診時所見として右眼視力=(1.0×+1.0D(cylC.3.0DAx100°),左眼視力=(0.3×+1.5D(cyl.1.5DAx90°).右眼眼圧=16mmHg,左眼眼圧=13mmHg.前眼部,中間透光体所見として左眼角膜内側の中間部に境界不明瞭な角膜混濁と周囲への浸潤を認めた(図1a).眼底には著変を認めなかった.血液検査所見として血液一般および肝・腎機能検査に異常は認めなかった.なお,C反応性蛋白(CRP)はC0.1Cmg/dlと正常範囲であった.角膜の浸潤病巣を擦過して擦過物のグラム染色と分離培養を行い,得られたコロニーは臨床細菌検査とCMALDI-TOFMSの検査を行った.角膜擦過物のグラム染色でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認め(図1b),角膜感染症の起炎菌としてアクチノミセス目の細菌が考えられた.受診当日よりレボフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始したが,術翌日には角膜浸潤病巣は残存していた(図2a).MALDI-TOFCMS(ブルカー・ドルトニクス社のCMALDIBiotyperOCを使用)によって得られたマススペクトル(図3)は,既知のライブラリーとのパターンマッチングにより近似性スコアー値が2.022を示したために菌種はCNocardiaarthritidisと同定された(表1)3).その結果を踏まえて,術後C4日目よりスルファメトキサゾール/トリメトプリム(SMX/TMP)内服を追加してトブラマイシンとセフメノキシムの頻回点眼に変更した.その後,臨床細菌検査でもCN.arthritidisの薬剤感受性検査の結果(表2)からそのまま薬物療法を継続した.SMX/TMP内服はC7日間続けた.角膜潰瘍擦過後,8日目図1左眼角膜混濁と角膜擦過物のグラム染色a:左眼の角膜中間部においてC9時方向に境界不明瞭で周囲への浸潤病巣を伴う角膜病変を認めた(.).b:角膜擦過物のグラム染色でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認めた.バーはC1Cμm.abc図2治療経過a:術後C2日目.角膜擦過により病巣の中央部は透明化したが,瞳孔よりの浸潤病巣は残存している.Cb:術後C8日目.浸潤病巣が縮小化していた.c:術後C25日目.角膜病変は透明化し,フルオレセイン染色を行っても染色されなかった.CIntens.[arb]2,5002,0001,5001,00050002,0004,0006,0008,00010,00012,00014,00016,00018,000m/z図3角膜潰瘍擦過物より分離した細菌より得られたMALDI-TOFMSのマススペクトルには浸潤病巣は縮小化し(図2b),25日目に角膜病変は瘢痕化した(図2c).CII考察従来の臨床細菌検査は塗抹検鏡,分離同定,純培養の手順を経て行われるが,菌種の同定困難な症例が存在することも少なくない.1980年代には培養検査を用いない細菌の同定法として,16CSrRNAのシークエンシングによる系統解析が行われるようになった.16CSrRNAは種を超えていくつかの保存性の高い領域をもつが,そのなかで系統樹的に変異領域が遺伝していることがわかっている.この変異を解析することができれば,細菌を遺伝的に同定することが可能であり,16CSrRNA解析法は信頼性の高い細菌同定法として認められている4).ただし操作方法が煩雑であるために一般病院での細菌検査法としては普及していない.ポストゲノムの時代を迎え,比較的簡便で短時間に細菌を同定できる検査法として質量分析装置を用いた細菌同定法が開発された.その原理は,蛋白質は固有の質量をもっているが,質量分析器を用いて蛋白質の質量の違いを計測することにより,分子量から蛋白質を同定することができるというものである2).2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一博士が開発した技術をもとにCMALDI-TOFMSが実用化された.すなわち,レーザーを照射すると破壊される蛋白質とレーザーを吸収しやすいマトリックスを混ぜてからレーザーを表1MALDI-TOFMSによるノカルジア菌種の同定MatchedpatternCScoreC1CNocardiaarthritidisCJMLD0057C2.022C2CNocardiaarthritidisCJMLD0024C1.892C3CNocardiaasiaticaCJMLD0025C1.814C4CNocardiaasiaticaCJMLD0082C1.765C5CNocardiaabscessusCJMLD0019C1.765C6CNocardiaexalbidaCJMLD0034C1.709C7CNocardiapneumoniaeCJMLD0004C1.671C8CNocardiaabscessusCNO_14CHUAC1.662C9CNocardiaarthritidisCJMLD0081C1.659C10CNocardiabeijingensisCJMLD0027C1.619C11CNocardiaasiaticaCJMLD0083C1.608C12CNocardiaabscessusCJMLD0079C1.556C13CNocardiaCsp.MB_9090_05CTHLC1.525C14CNocardiatakedensisCJMLD0010C1.501C15CNocardiaasiaticaCDSM44668CTDSMC1.466C16CNocardiaasiaticaCJMLD0084C1.466C17CNocardiaabscessusCJMLD0054C1.461C18CNocardiaaraoensisCJMLD0056C1.382C19CNocardiaaraoensisCJMLD0023C1.379C20CNocardiasienataCJMLD0008C1.347照射すると,蛋白質の変性なしにイオン化できるという現象を応用したものである.MALDI-TOFMSによる蛋白質の測定原理は,マトリックスと検体を混合して固相化したあとにレーザー照射を行うことにより,蛋白質はマトリックスによって化学的イオン化を受け,それぞれのイオンが真空中の一定距離を飛んでいく時間を計測してマススペクトルを得る.このイオン化はソフトなイオン化といわれ,蛋白質試料が多価イオンを生成しないので解釈可能なスペクトラムを得ることができる.得られたマススペクトルは既知の菌種登録された細菌のライブラリーとのパターンマッチングを行って,マッチングスコアがC2.0以上であれば種レベル,1.7以上であれば属レベルの細菌同定が可能となる3).MALDI-TOFMSの最大の特徴は短時間で菌種を同定することが可能な点で,分離培養により得られたコロニーをCMALDI-TOFMSで解析すると菌種同定に要する時間は数C10分であるのに対して,生化学的性状による同定キットを用いる検査では長時間の観察が必要で,菌種が同定不能なこともある.一般的に病原性アクチノミセスは培養を行っても発育が遅く,十分な発育にはC14日間を要するとあり1),さらにBeamanによるノカルジアの総説には培養での生育が遅いために医療施設によってはノカルジアが増殖してコロニーを作表2Nocardiaarthritidisの薬剤感受性薬剤名判定薬剤名判定CPIPCCRCMINOCSCCEZCCTMCIPMCGMCRCSCSCSCCLDMCLVFXCSBT/ABPCCAMKCRCRCRCSPIPC:ピペラシリンナトリウムCMINO:ミノサイクリンCEZ:セファゾリンナトリウムCCLDM:クリンダマイシンCTM:セフォチアムCLVFX:レボフロキサシンIPM:イミペネムSBT/ABPC:スルバクタムC/アンピシリンナトリウムCGM:ゲンタマイシンCAMK:アミカシンナトリウムるまでに培養操作を中止することも多いという記載もある5).すなわちCMALDI-TOFMSを用いることの最大の利点は,速やかに菌種が同定できればより早期に治療を開始することができるという点である.ノカルジアは土壌に広く分布する好気性の病原性アクチノミセス目の細菌である1).ノカルジア感染による角膜炎はまれであるが,外傷6,7),コンタクトレンズの長時間装用8),レーザー屈折矯正角膜切除術9,10)などを契機として角膜炎を発症する.ノカルジア感染症の発症メカニズムについてはノカルジアのなかでも細胞障害性の強い菌種であるCNocardiaasteroidesについて研究が進んでいる.ノカルジアの病原性については細菌を貪食する食細胞(phagocyte)において細菌を取り囲む食胞とリソゾームの融合膜の形成を抑制し,さらに食胞内の酸性化や過酸化反応を阻害することによって,食細胞での消化作用を抑制するといわれている5).ノカルジアはマイコバクテリウム属やコリネバクテリウム属などと近縁の細菌といわれており,その特徴として菌体の細胞壁に総炭素数約C80の超高級脂肪酸であるミコール酸を有している.ノカルジアでは細胞壁のミコール酸とトレハロースが結合したものが紐状発育に関係しているといわれ,さらに細菌の好酸性を示している5,11).上記に示した生体防御のエスケープ機構によってノカルジアが治療抵抗性を示すと考えられている.以前ノカルジア症の原因菌はCN.asteroidesがほとんどであると考えられていた5)が,16CSrRNAによる塩基配列の系統樹解析で病原性のあるさまざまなノカルジアが存在していることが明らかとなった12).N.arthritidisはC2004年に慢性関節リウマチ患者の喀痰および大腿部の膿瘍より検出され,塩基配列解析により日本で最初に新種として登録された13).眼科領域ではC2017年にレーザー屈折矯正角膜切除術後の角膜炎より細菌培養によってCN.arthritidisが検出された症例が報告された10).ただしそれ以前にもC16CSrRNAのシークエンス解析により眼ノカルジア症C11例のうちCN.arthritidisが3例検出されたという報告がある12).治療として全身のノカルジア症に対しては以前より薬剤感受性が良好なCSMX/TMPが投与されている14).ノカルジア角膜炎に対しては全身投与としてCSMX/TMPに加え,アミカシンの併用が一般的で,局所療法としてキノロン系抗菌点眼薬治療が行われている15).ノカルジア角膜炎は他の細菌性角膜炎に比べると治療成績が不良と報告されている.たとえばCLalithaらはCSteroidsCforCCornealCUlcersTrialの臨床治験の一環として,ノカルジア角膜炎と非ノカルジア角膜炎に対してステロイド点眼併用効果について検討している.ノカルジア角膜炎では非ノカルジア角膜炎と比較するとステロイドを併用しても角膜の浸潤病巣は拡大しており,治療後の視力も低下していた15).このように治療抵抗性を示すノカルジア角膜炎に対してCMALDI-TOFMS検査を行うことにより早期診断が可能となればノカルジア感染の治療成績が向上すると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)水口康雄:アクチノミセス,ノカルジア.戸田新細菌学改定32版(吉田眞一,柳雄介編),p669-673,南山堂,20022)大楠清文:質量分析技術を利用した細菌の新しい同定法.モダンメディア58:113-122,C20123)松山由美子:MALDIバイオタイパーの原理および操作方法.臨床と微生物39(増刊号):617-624,C20124)大楠清文,江崎孝行:16CSrRNA配列のシークエンス解析による細菌の同定.臨床と微生物C39(増刊号):113-122,C20125)BeamanCBL,CBeamanL:Nocardiaspecies:host-parasiteCrelationships.ClinMicrobiolRev7:213-264,C19946)HirstLW,HarrisonGK,MerzWGetal:Nocardiaasteroi-desCkeratitis.BrJOphthalmol63:449-454,C19797)越智理恵,鈴木崇,木村由衣ほか:NocardiaCasteroidesによる角膜炎のC1例.臨眼60:379-382,C20068)EgginkCA,WesselingP,BoironPetal:SeverekeratitisduetoNocardiafarcinica.JClinMicrobiol35:999-1001,C19979)FaramarziCA,CFeiziCS,CJavadiCM-ACetal:BilateralCnocar-diakeratitisafterphotorefractivekeratectomy.JOphthal-micVisRes7:162-166,C201210)GiegerA,WallerS,PasternakJetal:Nocardiaarthritidiskeratitis:CaseCreportCandCreviewCofCtheCliterature.CNepalCJOphthalmol9:91-94,C201711)水口康雄:結核菌と好酸菌(マイコバクテリウム).戸田新細菌学改定C32版(吉田眞一,柳雄介編),p646-668,南山堂,200212)YinCX,CLiangCS,CSunCXCetal:Ocularnocardoosis:CHSP65Cgenesequencingforspeciesidenti.cationofNocar-diaCspp.AmJOphthalmol144:570-573,C200713)KageyamaCA,CTorikoeCK,CIwamotoCMCetal:NocardiaCarthritidisCsp.nov.,anewpathogenisolatedfromapatientCwithCrheumatoidCarthritisCinCJapan.CJCClinCMicrobiolC42:C2366-2371,C200414)WilsonJW:Nocardiosis:UpdatesCandCclinicalCoverview.CMayoClinProc87:403-407,C201215)LalithaP,SrinivasanM,RajaramanRetal:NocardiaCkerC-atitis:ClinicalCcourseCandCe.ectCofCcorticosteroids.CAmJOphthalmol154:934-939,C2012***

Microhook trabeculotomy の術後6 カ月成績の検討

2021年8月31日 火曜日

《第31回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科38(8):959.962,2021cMicrohooktrabeculotomyの術後6カ月成績の検討青木良太*1野口明日香*1田淵仁志*1中倉俊祐*1木内良明*2*1三栄会ツカザキ病院眼科*2広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学CExaminationoftheSurgicalOutcomesofMicrohookTrabeculotomyat6-MonthsPostoperativeRyotaAoki1),AsukaNoguchi1),HitoshiTabuchi1),ShunsukeNakakura1)andYoshiakiKiuchi2)1)DepartmentofOphthalmology,SaneikaiTsukazakiHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,HiroshimaUniversityC目的:Microhooktrabeculotomy(以下,μLOT)の術後成績について報告する.対象および方法:ツカザキ病院眼科でCμLOTを施行した緑内障手術既往のないC62眼(単独手術C17眼,白内障同時手術C45眼)を対象とした.術前および術後C1,C3,6カ月の眼圧と点眼スコア,緑内障手術追加の有無,合併症を後ろ向きに検討した.結果:単独群の平均年齢はC57.4C±19.1歳,術前および術後C6カ月の眼圧はそれぞれC23.2C±5.1,15.2C±4.0CmmHgであり,白内障同時群の平均年齢はC72.5C±9.7歳,眼圧はそれぞれC18.5C±3.4,13.1C±2.6CmmHgであった.術後C6カ月で両群とも有意に眼圧は下降していた(p<0.01).単独群の術前および術後C6カ月の点眼スコアはそれぞれC3.1C±1.2,2.0C±1.3であり,白内障同時群ではそれぞれC2.3C±1.3,1.0C±0.9であった.術後C6カ月で単独群では有意な減少を認めなかったが(p>0.05),白内障同時群では有意に減少した(p<0.01).結論:術後C6カ月ではあるが,μLOTで良好な眼圧を得られた.CPurpose:ToCreportCtheCsurgicalCoutcomesCofCmicrohooktrabeculotomy(μLOT)C.Methods:InC62CeyesCthatCunderwentμLOT(17CμLOTCsingle-surgeryCeyes,CandC45CμLOT-Phacoeyes)C,Cpre-andCpostoperativeCintraocularpressure(IOP)andmedicationscoreswereretrospectivelyreviewed.Results:ThemeanpatientageintheμLOTandCμLOT-PhacoCgroupsCwasC57.4±19.1CyearsCandC72.5±9.7Cyears,Crespectively.CAtC6-monthsCpostoperative,CtheCmeanCIOPCdecreaseCinCtheCμLOTCgroupCandCμLOT-PhacoCgroupCeyesCwasCfromC23.2±5.1CmmHgCtoC15.2±4.0mmHg(p<0.01)C,CandCfromC18.5±3.4CmmHgCtoC13.1±2.6CmmHg(p<0.01)C,Crespectively.CTheCpreoperativeCandC6-monthsCpostoperativeCmedicationCscoresCwereC3.1±1.2CandC2.0±1.3(p>0.05)intheμLOTCgroupCandC2.3±1.3CandC1.0±0.9(p<0.01)intheμLOT-PhacoCgroup,Crespectively.CConclusion:AtC6-monthsCpostCsurgery,CourC.ndingsrevealedgoodIOPinbothμLOTandμLOT-Phacogroupeyes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(8):959.962,C2021〕Keywords:谷戸式microhook,線維柱帯切開術,MIGS.Tanitomicrohookabinterno,trabeculotomy,minimallyinvasiveglaucomasurgery.Cはじめにトラベクレクトミーやプローブトラベクロトミーなどの眼外からの緑内障手術は古くから行われてきたが,近年,前房内から隅角にアプローチする術式が広まってきている.前房内からのアプローチで線維柱帯の抵抗を軽減させるための術式としてトラベクトーム,KahookDualBlade,microhook,5-0ナイロン糸を使う方法がある1).Microhookを用いた術式は,強膜フラップを作製せずに眼内から施行できる新しい術式であり,TanitoらによってCmicrohookCtrabeculotomy(μLOT)として報告された2).μLOTのメリットとしては2/3周という広範囲の切開が可能であること,手術手技が複雑でないこと,眼表面への侵襲が少ないこと,手術時間が短いことがあげられる3).μLOTの術後成績は報告されはじめている4.7)が,その数はまだ多くはない.そこで今回,μLOTの術後成績について検討したので報告する.〔別刷請求先〕青木良太:〒671-1227兵庫県姫路市網干区和久C68-1三栄会ツカザキ病院眼科Reprintrequests:RyotaAoki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaneikaiTsukazakiHospital,68-1AboshikuWaku,Himeji-shi,Hyogo671-1227,JAPANCI対象および方法2019年C2月.2020年C5月にツカザキ病院眼科でCμLOTを施行した緑内障手術既往のないC62眼を対象とした.対象のうちC17眼が単独手術(以下,単独群),45眼が白内障同時手術(以下,白内障同時群)であり,各群の患者背景は表1に示すとおりであった.両群の術前および術後C1,3,6カ月の眼圧と点眼スコア,緑内障手術追加の有無,術後合併症の有無を後ろ向きに検討した.合併症の前房出血はニボーを伴うもの,一過性眼圧上昇はC30CmmHgを超えるものと定義した.点眼スコアは緑内障点眼薬C1種類につきC1点(配合剤は2点),アセタゾラミド内服をC1点とした.眼圧および点眼スコアはCDunnett法を用いて検定した.手術はC2名の術者(SNおよびCRA)によって施行した.単独群,白内障同時群ともに線維柱帯切開部位は,180°切開例では鼻側および下方,240°切開例では上方,鼻側,下方であった.白内障同時群では水晶体再建術を先行して行い,眼内レンズ挿入後に線維柱帯切開を施行した症例がC28眼,先に線維柱帯切開を行った症例がC17眼であった.白内障同時群における手術手順と合併症の関連についてはCFisherの直接確率計算法を用いて検定した.術後点眼はC2名の術者それぞれの判断で管理された.両名とも術直後は緑内障点眼をすべて中止し,術後C1カ月頃から目標眼圧に応じて緑内障点眼を再開した.ただし術後に眼圧上昇を認めた症例は,必要であればその時点から緑内障点眼を再開,もしくはアセタゾラミド内服薬を投与した.また,術直後から術後C1.3カ月までピロカルピン点眼を行った.表1両群の患者背景単独群白内障同時群症例数15例17眼29例45眼年齢(平均C±標準偏差)C57.4±19.1歳C72.5±9.7歳性別男性女性9例9眼6例8眼8例11眼21例34眼緑内障病型原発開放隅角緑内障原発閉塞隅角緑内障落屑緑内障混合型緑内障正常眼圧緑内障ステロイド緑内障若年性緑内障8眼(4C7.1%)0眼5眼(2C9.4%)0眼0眼3眼(1C7.6%)1眼(5C.9%)32眼(C71.1%)5眼(1C1.1%)3眼(6C.7%)3眼(6C.7%)2眼(4C.4%)0眼0眼Humphrey視野計C24-2のMD値(平均C±標準偏差)C.6.4±5.2CdBC.10.5±5.5CdB切開範囲(平均C±標準偏差)C189±31°C175±22°MD:meandeviation本研究はヘルシンキ宣言に則って行い,対象患者からは事前にインフォームド・コンセントを得た.また,ツカザキ病院の倫理委員会で承認を得たうえで行った.CII結果単独群の術前および術後C1,3,6カ月の眼圧はそれぞれC23.2C±5.1,17.2C±4.3,15.3C±1.9,15.2C±4.0mmHgであり,白内障同時群ではそれぞれC18.5C±3.4,13.7C±3.4,12.9C±3.0,C13.1±2.6CmmHgであった.両群とも術後すべての時点で術前と比較して有意に眼圧は下降していた(p<0.01,Dunnett法)(表2).単独群の術前および術後C1,C3,6カ月の点眼スコアはそれぞれC3.1C±1.2,0.5C±1.1,1.4C±1.2,2.0C±1.3であり,白内障同時群ではそれぞれC2.3C±1.3,0.3C±0.7,0.9C±1.0,1.0C±0.9であった.単独群の術後C1,3カ月,白内障同時群の術後すべての時点で術前と比較して有意に点眼スコアは減少しており(p<0.01,Dunnett法),単独群の術後C6カ月では有意差を認めなかった(p>0.05)(表2).単独群ではニボーを伴う前房出血がC4眼(23.5%),30CmmHgを超える一過性眼圧上昇がC3眼(17.6%)あり,白内障同時群では前房出血を3眼(6.7%),一過性眼圧上昇をC6眼(13.3%)に認めた(表3).白内障同時群で術後前房出血をきたしたC3眼のうち,2眼は眼内レンズ挿入後に線維柱帯を切開した症例であり,1眼は先に線維柱帯切開を行った症例であった.また,一過性眼圧上昇をきたしたC6眼は全例眼内レンズ挿入後に線維柱帯を切開した症例であった.手術手順と前房出血には関連はなく(p=0.68,Fisherの直接確率計算法),一過性眼圧上昇は先に水晶体再建術を行い眼内レンズ挿入後に線維柱帯を切開した症例で有意に多かった(p=0.046)(表3).両群とも術後前房出血をきたした症例は,全例経過観察のみで軽快した.単独群では緑内障手術の追加例はなく,白内障同時群では術後C4カ月目にC1眼に線維柱帯切除術を追加施行した.CIII考按本検討では単独群,白内障同時群ともに術後C6カ月で有意に眼圧は下降しており,点眼スコアは白内障同時群のみで有意な減少を認めた.過去の報告ではCμLOT単独手術では術前眼圧C25.9C±14.3mmHgから術後C6カ月でC14.5C±2.9CmmHgまで下降し,点眼スコアもC3.3C±1.0からC2.6C±0.5に減少した4)との報告や,術前眼圧C28.4C±7.8CmmHgから術後C12カ月にC17.8C±6.3CmmHgまで下降し,点眼スコアはC4.9C±1.1からC3.1C±1.6になった5)との報告がある.目標眼圧の違いによる術後点眼スコアの差が術後眼圧の差に影響している可能性はあるが,本検討の単独群は既報と同程度の術後眼圧が得られたと考える.本検討単独群の術後C6カ月の点眼スコアは術前と比較して有意差は認められなかったが,既報4.7)からは術前眼圧が高いほど術表2術前および術後1,3,6カ月の眼圧,点眼スコア単独群白内障同時群眼圧点眼スコア眼圧点眼スコア平均±標準偏差p値*平均±標準偏差p値*平均±標準偏差p値*平均±標準偏差p値*術前C23.2±5.1C3.1±1.2C18.5±3.4C2.3±1.3術後C1カ月C17.2±4.3<C0.01C0.5±1.1<C0.01C13.7±3.4<C0.01C0.3±0.7<C0.01術後C3カ月C15.3±1.9<C0.01C1.4±1.2<C0.01C12.9±3.0<C0.01C0.9±1.0<C0.01術後C6カ月C15.2±4.0<C0.01C2.0±1.3>C0.05C13.1±2.6<C0.01C1.0±0.9<C0.01*Dunnett法.術後各時点の値を術前と比較した.表3合併症単独群白内障同時群p値*前房出血4眼(2C3.5%)水晶体再建術から施行2眼C3眼(6C.7%)線維柱帯切開から施行1眼0.68一過性眼圧上昇3眼(1C7.6%)水晶体再建術から施行6眼C6眼(1C3.3%)線維柱帯切開から施行0眼0.046*Fisherの直接確率計算法.白内障同時群の手術手順と合併症の関連性を検定した.後眼圧も高く,術後点眼スコアも大きくなる可能性が考えられる.単独群の術前眼圧がC23.2CmmHgであったことを考えると,術後点眼スコアは減少しにくいと考えられる.また,独群は症例数が多くないことも有意差が出なかった一因になっている可能性がある.白内障同時手術では術前眼圧C16.4C±2.9CmmHgから術後C1年でC11.2C±2.2mmHgに下降し,点眼スコアC2.4C±1.2からC2.0±0.9になった6)との報告や,術前眼圧C19.0C±5.72CmmHgから術後C6カ月でC13.5C±1.72CmmHgまで下降し,点眼スコアもC3.67C±1.24からC2.00C±1.39に減少した7)との報告がある.本検討の白内障同時群は,Tanitoらの報告6)と比較すると術後眼圧がやや高くなっているが,既報の術後点眼スコア2.0に対し本検討ではC1.0と少なくなっており,単独群と同様に術後眼圧コントロールの方針の差が結果に影響している可能性があると考える.合併症については単独手術ではニボーを伴う前房出血が16.38%4,5),30CmmHgを超える一過性眼圧上昇がC4%4),術後C2週間以内に術前眼圧を超える一過性眼圧上昇がC36%5),白内障同時手術では前房出血がC3.41%6,7),30CmmHgを超える一過性眼圧上昇がC9.13%6,7)と報告されている.報告により差があるが,本検討の単独群,白内障同時群のいずれも過去に報告されている頻度の範囲内であった.白内障同時群を手術方法別にみると,後から線維柱帯を切開した症例で一過性眼圧上昇が多かった.過去にCTanitoら8)は,術後前房出血の存在や,血餅が線維柱帯切開部位を一時的に閉塞することが,一過性眼圧上昇の原因になっていると考察している.本研究の白内障同時群で術後一過性眼圧上昇をきたした症例は,全例,後から線維柱帯切開を行っていた.先に線維柱帯を切開すると,その後に続く水晶体再建術の時間が止血時間として働いていることが考えられる.また,先に水晶体再建術を施行した場合,皮質吸引時に眼内圧が低下してSchlemm管が充血することにより,線維柱帯切開時に出血しやすくなっている可能性がある.後から線維柱帯切開を行うと,niveauを作らない程度ではあっても,前房内の出血量が多くなり術後一過性眼圧上昇の原因になっている可能性がある.本研究は後ろ向き研究であり,とくに単独群の対象症例数が多いとはいえず,また術後C6カ月までの調査であった.さらに術後の抗炎症点眼薬や緑内障点眼薬の使用については各主治医の方針によって決定されているため,術後眼圧コントロールの方針が統一されていないことも本研究の限界としてあげられる.多数例で長期間の術後成績を検討することで,さらに有用な報告とすることを今後の課題と考える.術後C6カ月であるが,μLOT単独手術では術後緑内障点眼を継続することにより良好な眼圧を達成でき,白内障同時手術では少ない点眼で有意な眼圧下降を得られた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TanitoCM,CMatsuoM:Ab-internoCtrabeculotomy-relatedCglaucomasurgeries.TaiwanJOphthalmolC9:67-71,C20192)TanitoCM,CSanoCI,CIkedaCYCetal:MicrohookCabCinternoCtrabeculotomy,CaCnovelCminimallyCinvasiveCglaucomaCsur-gery,ineyeswithopen-angleglaucomawithscleralthin-ning.ActaOphthalmolC94:e371-e372,C20163)TanitoM:MicrohookCabCinternoCtrabeculotomy,CaCnovelCminimallyCinvasiveCglaucomaCsurgery.CClinCOphthalmolC12:43-48,C20184)TanitoCM,CSanoCI,CIkedaCYCetal:Short-termCresultsCofCmicrohookCabCinternoCtrabeculotomy,CnovelCminimallyCinvasiveCglaucomaCsurgeryCinCJapaneseeyes:initialCcaseCseries.ActaOphthalmolC95:e354-e360,C20175)MoriCS,CMuraiCY,CUedaCKCetal:ACcomparisonCofCtheC1-yearCsurgicalCoutcomesCofCabCexternoCtrabeculotomyCandCmicrohookCabCinternoCtrabeculotomyCusingCpropensityCscoreanalysis.BMJOpenOphthalmolC5:e000446,C20206)TanitoCM,CIkedaCY,CFujiharaE:E.ectivenessCandCsafetyCofCcombinedCcataractCsurgeryCandCmicrohookCabCinternotrabeculotomyinJapaneseeyeswithglaucoma:reportofaninitialcaseseries.JpnJOphthalmolC61:457-464,C20177)OmotoCT,CFujishiroCT,CAsano-ShimizuCKCetal:Compari-sonCofCtheCshort-termCe.ectivenessCandCsafetyCpro.leCofCabCinternoCcombinedCtrabeculotomyCusingC2CtypesCofCtra-becularhooks.JpnJOphthalmolC64:407-413,C20208)TanitoM,OhiraA,ChiharaE:FactorsleadingtoreducedintraocularCpressureCafterCcombinedCtrabeculotomyCandCcataractsurgery.JGlaucomaC11:3-9,C2002***

オミデネパグイソプロピル点眼液は24 時間眼圧を下降する

2021年8月31日 火曜日

《第31回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科38(8):955.958,2021cオミデネパグイソプロピル点眼液は24時間眼圧を下降する橋本尚子原岳本山祐大大河原百合子成田正弥峯則子堀江大介原孜原眼科病院COmidenepagIsopropylOphthalmicSolutionReducesIntraocularPressurefor24HoursTakakoHashimoto,TakeshiHara,YutaMotoyama,YurikoOkawara,MasayaNarita,NorikoMine,DaisukeHorieandTsutomuHaraCHaraEyeHospitalC目的:姿勢変動を考慮した眼圧日内変動におけるオミデネパグイソプロピル(OMDI)点眼液投与前後の眼圧を比較する.対象および方法:原眼科病院においてCOMDI点眼液使用前後で眼圧日内変動を行った緑内障患者,20例C36眼.無治療時測定後にCOMDI点眼を開始し,2カ月後に再度測定した.初日のC12,14,16,18,20,22,24時,翌日のC3,6,8,10,12時に座位および仰臥位の眼圧を測定した.患者の問診から,起床時は座位の眼圧値,就寝時は仰臥位の眼圧値を当てはめて「再構成日内変動」とした.OMDI点眼投与前後の各測定時刻における眼圧を後ろ向きに比較した.比較には対応のあるCt検定を用いた.結果:「再構成日内変動」においてC14時,16時,18時,22時,24時,3時,6時,12時の眼圧は有意に下降していた(p<0.05).結論:OMDI点眼液は姿勢変動を考慮した眼圧日内変動測定において,日中および夜間眼圧下降効果を有する.CPurpose:Comparisonofintraocularpressure(IOP)beforeandaftertheadministrationofomidenepagisopro-pyl(OMDI)ophthalmicCsolutionCinCdiurnalCvariationCofCIOPCinCconsiderationCofChabitualCpostureCvariation.CMeth-ods:ThisCstudyCinvolvedC36CeyesCinC20CglaucomaCpatientsCinCwhomCIOPCdiurnalCvariationCwasCmeasuredCbeforeCandCafterCOMDICadministrationCatCHaraCEyeCHospital.COMDICinstillationCwasCstartedCafterCmeasurementCwithoutCtreatment,andthemeasurementwasonce-againperformed2monthslater.IOPinthesittingandsupinepositionwasmeasuredat12:00,14:00,16:00,18:00,20:00,22:00,24:00onthe.rstday,andat3:00,6:00,8:C00,10:00,and12:00thefollowingday.Fromthepatientinterview,theIOPvaluewasreproducedbydesignat-ingCtheCsittingCIOPCasCmeasurementsCtakenCwhenCtheCpatientCwasCawake,CandCtheCsupineCIOPCasCmeasurementsCtakenwhenthepatientwasasleepforeachindividual.IOPwascomparedretrospectivelybeforeandafterOMDIinstillation.CTheCpairedCt-testCwasCusedCforCcomparison.CResults:InCtheCreproducedCdiurnalCIOP,CIOPCat14:00,16:00,18:00,22:00,24:00,3:00,6:00,and12:00wassigni.cantlyreduced(p<0.05)C.Conclusion:OMDIeyesolutionhasthee.ectofloweringdiurnalIOPreproducinghabitualpostureduringthedayandnight.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(8):955.958,C2021〕Keywords:オミデネパグイソプロピル点眼液,眼圧下降効果,眼圧日内変動.omidenepagisopropylophthalmicsolution,IOPreductione.ect,diurnalIOPCはじめにオミデネパグイソプロピル(以下,OMDI)点眼液は日本で初めて開発されたプロスタノイド受容体CEP2作動薬であり,2018年C11月から使用可能となった.従来の緑内障治療薬には眼圧下降効果に日内変動があることが知られており,プロスタグランジン製剤,炭酸脱水酵素阻害薬,Rock阻害薬は昼夜ともに眼圧下降が得られるのに対して,交感神経Cb遮断薬,Ca2刺激薬では,昼は良好な眼圧下降に対し,夜間の眼圧下降効果が減弱することが知られている.OMDI点眼液に関しての眼圧下降効果の既報1.6)のなかで,Aiharaらは,開放隅角緑内障ならびに高眼圧症を対象とした報告で午〔別刷請求先〕橋本尚子:〒320-0861栃木県宇都宮市西C1-1-11原眼科病院Reprintrequests:TakakoHashimotoM.D.,HaraEyeHospital,1-1-11Nishi,Utsunomiya,Tochigi320-0861,JAPANC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(107)C955前C9時,午後C1時,午後C5時に眼圧を測定し,ラタノプロスト点眼液と非劣性の眼圧下降効果を得た2)と報告しているが,これまでに診療時間帯外の眼圧ならびに仰臥位による眼圧日内変動を検討した報告はない.今回,筆者らは,無治療の緑内障および高眼圧症患者にCOMDI点眼液投与前後での24時間眼圧日内変動を座位および仰臥位で測定し,OMDI点眼液の夜間眼圧下降効果を検証した.CI対象および方法対象は原眼科病院においてCOMDI点眼液使用前後で,眼圧日内変動測定を行った高眼圧症および緑内障C20例C36眼(男性5例8眼,女性15例28眼)である.年齢は54.5C±11.9歳(平均値C±標準偏差,29.73歳).高眼圧症C16眼,緑内障の病型は狭義の原発開放隅角緑内障C5眼,正常眼圧緑内障C15眼であった.無治療時のC24時間眼圧日内変動測定後にCOMDI点眼を開始し,2カ月後に改めてC24時間眼圧日内変動測定を行った.眼圧測定時刻は初日のC12,14,16,18,20,22,24時,翌日の3,6,8,10,12時とし,座位および仰臥位の眼圧をノンコンタクト携帯眼圧計(PlusairintelliPu.,Keeler社)を用い7),起動時には毎回自動診断機能を起動したのちに測定を行った.問診でCOMDIの点眼時刻,起床時刻,就寝時刻を聴取し,起床時は座位の眼圧値,就寝時は仰臥位の眼圧値を当てはめて「再構成日内変動」とし,OMDI投与前後の各測定時刻における眼圧を後ろ向きに比較した.投与前後の同時刻の眼圧を対応のあるCt検定で比較し有意水準をp<0.05とした.また,日内変動測定時に中心角膜厚を前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で測定解析した.なお,当該研究は当院倫理委員会の承認(承認番号C15)を得て施行した.CII結果OMDI点眼時刻は平均C22C±1.5(19.24)時であった.座位の眼圧日内変動を図1に示す.眼圧下降においてCp<0.05の有意差がみられた眼圧時刻は初日C14,16,18,24時,翌日C3,12時であった.翌日C3時,12時のCp値はC0.01未満であった.24時間(測定回数C12回)の平均眼圧は投与前がC17.5±3.1mmHg(12.8.22.7mmHg),投与後はC16.7C±3.6mmHg(10.0.26.2CmmHg)で下降量はC0.8CmmHg,下降率はC4.6%であった.外来で行ったCGoldmann圧平眼圧計による座位の眼圧は投与前C19.8C±5.1CmmHg(12.30CmmHg),投与後はC16.8C±4.7mmHg(8.26mmHg)で下降量はC3.0mmHg,下降率はC15.2%であった.仰臥位の眼圧日内変動を図2に示す.投与後すべての測定時刻でCp<0.05の有意差がみられた.初日C14,16時,翌日3,12時のCp値はC0.01未満であった.平均眼圧は投与前が18.4±3.4,投与後はC17.1C±3.5CmmHgで下降量はC1.3mmHg,下降率はC7.1%であった.再構成日内変動を図3に示す.投与後Cp<0.05の眼圧下降が得られた時刻は初日C14,16,18,22,24時,翌日3,6,12時であった.初日C22時,翌日C3時,12時でのCp値はC0.01未満であった.平均眼圧は投与前がC17.7C±3.0,投与後はC16.8±3.5mmHg,下降量C0.9mmHg,下降率C5.1%であった.中心角膜厚は点眼投与前がC548.0C±33.2Cμm(481.609μm),投与C2カ月後はC556.7C±38.7Cμm(481.627Cμm)で,有意な角膜厚の肥厚が認められた(p<0.01).また,合併症として,痒みがC1例C2眼,自覚的視力低下(矯正視力不変)がC1例C2眼(黄斑浮腫の所見なし),充血が3例C5眼認められた.これらは点眼の変更で全症例に症状の改善が認められた.CIII考按OMDI点眼液投与により診療時間帯における眼圧下降の報告は多数あるが,診療時間帯外,とくに夜間仰臥位においても眼圧下降効果があることが確認できた.しかしながら,再構成日内変動における眼圧下降量はC24時間の平均で投与前C17.7mmHgに対し,投与後C16.8mmHgで下降量C0.9mmHg,下降率C5.1%と,従来の報告に比較して低い値となった.投与後に中心角膜厚が平均でC20Cμm増加していることで投与後の眼圧が高めに評価されている可能性もあるが,これは既報も同様で,Aiharaら2)は投与前眼圧C23.78CmmHgに対し,5.93CmmHgの眼圧下降を得ている.この報告では,午前C9時,午後C1時,5時の眼圧の平均値を採用しているが,今回の筆者らの日内変動における近似時刻の座位による眼圧値では投与前C17.6C±2.6CmmHgが投与後C16.6C±3.6CmmHgで眼圧下降はC1.0CmmHgであった.Inoueら3)はCNTGに対するCOMDI点眼液投与で投与前C15.7mmHgから投与後13.6CmmHgとC2.1CmmHgの下降を報告しており,筆者らの報告よりも投与前眼圧が低いながら高い下降を得ている.既報の眼圧測定は圧平眼圧計で行われており,今回の筆者らの日内変動は非接触のノンコンタクト眼圧計を使用している.本研究での投与後の眼圧は圧平眼圧計C16.8C±4.7CmmHg(8.26mmHg),ノンコンタクト眼圧計C16.7C±3.6CmmHg(10.0.26.2CmmHg)で,ともに同様の眼圧だったが,投与前の外来での眼圧は圧平眼圧計C19.8C±5.1CmmHg(12.30CmmHg)に対し,ノンコンタクト眼圧計C17.5C±3.1CmmHg(12.8.22.7mmHg)と平均でC2.3mmHg低い値であった.ノンコンタクト眼圧計によって測定された眼圧は圧平眼圧計に対し,10.20CmmHgではほぼ近似するが,それより高い眼圧値では低く出る傾向が知られている8).今回の対象者の眼圧も投与前は圧平眼圧計でC20CmmHgを超える高眼圧症が16眼含まれており,これが圧平眼圧計の測定値に対して日956あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021(108)mmHg24.022.020.018.016.014.012.010.0mmHg24.022.020.018.016.014.012.010.0mmHg24.022.020.018.016.014.012.010.0121416182022243681012時図1座位における眼圧日内変動121416182022243681012時図2仰臥位における眼圧日内変動121416182022243681012時図3再構成眼圧日内変動内変動測定時の眼圧値が低く評価されていた可能性が考えら達したことは,OMDI点眼液の夜間眼圧下降効果を示すもれる.中心角膜厚で補正9)した再構成日内変動の眼圧値は投のであると考えられた.与前C17.4C±2.5mmHg(13.3.22.0mmHg),投与後C16.4C±3.1CmmHg(10.2.25.7CmmHg)で,各測定時刻における有意利益相反:利益相反公表基準に該当なし差は補正前と同様であった.この点を考慮しても,投与前眼圧が低く評価されている悪条件にもかかわらず,昼夜ともに眼圧下降効果が有意水準に(109)あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021C957文献1)AiharaCM,CLuCF,CKawataCHCetal:PhaseC2,Crandomized,Cdose-.ndingCstudiesCofComidenepagCisopropyl,CaCselectiveCEP2Cagonist,CinCpatientsCwithCprimaryCopen-angleCglauco-maCorCocularChypertension.CJCGlaucomaC28:375-385,C20192)AiharaCM,CLuCF,CKawataCHCetal:OmidenepagCisopropylCversusClatanoprostCinCprimaryCopen-angleCglaucomaCandCocularhypertension:TheCPhaseC3CAYAMECStudy.CAmJOphthalmolC220:53-63,C20203)InoueCK,CInoueCJ,CKunimatsu-SanukiCSCetal:Short-termCe.cacyCandCsafetyCofComidenepagCisopropylCinCpatientsCwithCnormal-tensionCglaucoma.CClinCOphthalmolC30:C2943-2949,C20204)AiharaM,RopoA,LuFetal:Intraocularpressure-low-eringe.ectofomidenepagisopropylinlatanoprostnon-/Clow-responderCpatientsCwithCprimaryCopenCangleCglauco-maCorCocularhypertension:theCFUJICstudy.CJpnCJCOph-thalmolC64:398-406,C20205)清水美穂,池田陽子,森和彦ほか:0.002%オミデネパグイソプロピル点眼液(エイベリス)の短期眼圧下降効果と安全性の検討C.あたらしい眼科C37:70-75,C20206)柴田菜都子,井上賢治,國松志保ほか:オミデネパグ点眼薬の処方パターンと短期の眼圧下降効果と安全性.臨眼C74:1039-1044,C20207)HaraCT,CHaraCT,CTsuruT:IncreaseCofCpeakCintraocularCpressureCduringCsleepCinCreproducedCdiurnalCchangesCbyCposture.ArchOphthalmolC124:165-168,C20068)MoseleyCMJ,CEvansCNM,CFielderAR:ComparisonCofCaCnewCnon-contactCtonometerCwithCGoldmannCapplanation.CEyeC3:332-337,C19899)SuzukiCS,CSuzukiCY,CIwaseCACetal:CornealCthicknessCinCanCophthalmologicallyCnormalCJapaneseCpopulation.CAmJOphthalmolC112:1327-1336,C2005***958あたらしい眼科Vol.38,No.8,2021(110)