糖尿病網膜症における分子病態解明の進歩─黄斑浮腫形成機序を中心にProgressintheElucidationofMolecularMechanismsinDiabeticRetinopathy─FocusingontheMechanismofMacularEdemaFormation有馬充*はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)は糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)患者の視機能を低下させる主病態であり,単純網膜症から増殖網膜症に至るまでどの病期においても発症する.わが国におけるCDME患者数は約C60万人にものぼると推定されており,外来診療で遭遇する機会の多い疾患である.現在CDMEに対する第一選択治療は抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)抗体の硝子体注射(抗CVEGF治療)だが,大規模試験の結果によると,複数年治療を繰り返し施行しても約C4割に浮腫が遷延する1).浮腫を早期に消失させることが視機能の維持に肝要であるという結果も出ており2),VEGF以外の分子を標的とした新規治療法の開発をめざして,世界各国で創薬研究が盛んに行われている.本稿では,網膜血管透過性制御の仕組み,DME形成機序について述べたあと,現在用いられている治療薬や開発中の薬剤がどのような機序でCDME消退を導く(導くと期待されている)のか紹介する.CI網膜における血管透過性制御DME症例に対してフルオレセイン蛍光眼底造影検査を行うと,毛細血管瘤からの蛍光漏出やびまん性の蛍光漏出を認める.また,造影写真を評価するうえで,「血管透過性が亢進している」という言葉も日常診療でよく耳にする.その言葉のとおり,血管透過性が亢進すると浮腫が形成されるのだが,ではそもそも網膜血管透過性はどのように制御されているのだろうか.まずは網膜血管の構造について説明する.網膜を含む中枢神経血管は特殊な構造をしている(図1).具体的には血管内皮細胞が隙間なく密に接着しており,有窓構造もないために物質が自由に透過できない.このバリア機能(網膜の場合は内側血液網膜関門)によって物質の透過が厳格に制御され,神経にとって至適な微小環境を維持することができる.DRにより血管透過性が亢進,つまり血管バリア機能が破綻すると,視細胞を含めた網膜神経細胞の機能障害が誘発される.網膜血管バリア機能は血管内皮細胞だけでは成立しない.周皮細胞やアストロサイトなどの内皮細胞以外の細胞の存在もバリア機能の形成に必須である(図2a).2001年に米国国立衛生研究所から“neuro-vascularunit”という概念が提唱されたが,これは神経疾患の病態は複数の細胞間相互作用によって修飾されると解釈するべき,という理念に基づいている.つまりCDRにおける血管バリア機能破綻に考えるにあたっても,内皮細胞だけではなく,周囲の細胞間との相互作用を考慮しなくてはならない.たとえばCDRでは周皮細胞が脱落することが知られているが,周皮細胞なしではバリア機能を正常に維持することはできないことが証明されている3).網膜を含む中枢神経における周皮細胞の数は他臓器と比較して多く,アストロサイトの足突起もほぼ全周性に内皮細胞を包み込んでいることからも,これらの細胞が血*MitsuruArima:九州大学病院CARO次世代医療センター〔別刷請求先〕有馬充:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学病院CARO次世代医療センターC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(13)C251血管内皮細胞網膜血管・血管内皮細胞が密に接着・有窓構造がない・物質が自由に行き来できない有窓構造他臓器(消化管など)の血管・血管内皮細胞がゆるやかに接着・有窓構造がある・物質が自由に行き来できる血管外に出ることができる図1網膜血管の構造他臓器と異なり,網膜では血管内皮細胞は隙間なく密に接着しており,有窓構造もないために物質が自由に透過できない.Cabアストロサイト足突起図2網膜血管透過性制御の仕組みa:物質の移動経路には,「細胞内」と「細胞間」輸送経路が存在する.b:内皮細胞間の拡大図.細胞間に発達した密着結合(OccludinやCClaudin-5)により,血管バリア機能が維持される.表1DMEに対して治験中のおもな薬剤と開発ステージ開発企業治験薬作用機序投与経路開発ステージCNovartisCAllerganCChengduKanghongBiotechCoCKodiakSciencesCOxurionCRocheCEyegeneCAerpioTherapeuticsCAllegroOphthalmicsSci.uorLifeSciencesCOxurionCOxurionCKalvistaPharmaceuticalsCBrolucizumabAbiciparpegolConberceptKSI-301THR-317FaricimabEG-MirotinAKB-9778Luminate(Risuteganib)SF0166THR-687THR-149KVD001抗CVEGF抗体抗CVEGF抗体抗CVEGF,抗CPIGF抗体抗CVEGF抗体抗CPIGF抗体抗CVEGF,抗CAng-2抗体Ang-1シグナル誘導ペプチドVE-PTP阻害インテグリン阻害インテグリン阻害インテグリン阻害カリクレイン阻害カリクレイン阻害硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射C皮下注射C皮下注射C硝子体注射C点眼C硝子体注射C硝子体注射C硝子体注射CPhase3CPhase2CPhase3CPhase3CPhase2CPhase3CPhase2CPhase2CPhase3CPhase1/2CPhase2CPhase2CPhase2C網膜循環障害網膜虚血(VEGF,サイトカイン・ケモカイン産生)血管透過性亢進,DME形成図3DMEの形成機序DR網膜では高血糖の遷延化により,代謝異常や酸化ストレス,慢性炎症が起きる.これらの相互作用により網膜循環障害が起き,網膜虚血が助長される.虚血により産生されたVEGFやサイトカイン・ケモカインが血管透過性を亢進させることでCDMEが生じる.a無治療DMEではVEGFとサイトカイン・ケモカイン濃度に相関「あり」(pg/ml)(pg/ml)(pg/ml)600p=0.5720,000800000P=0.0260015,000400IL-6IL-840010,0002002005,00001,0002,0003,00001,0002,0003,00001,0002,0003,000(pg/ml)(pg/ml)(pg/ml)VEGFVEGFVEGFb抗VEGF治療抵抗性DMEではVEGFとサイトカイン・ケモカイン濃度に相関「なし」(pg/ml)(pg/ml)(pg/ml)60020010,0002,000000p=0.31P=0.31p=0.12P=0.718,0004006,000IL-6IL-81004,00020005001,00005001,00005001,000(pg/ml)(pg/ml)(pg/ml)VEGFVEGFVEGF図4DME硝子体中のVEGFとサイトカイン・ケモカイン濃度の相関無治療CDME硝子体では(Ca),VEGFとサイトカイン・ケモカイン濃度に相関があるが,抗CVEGF治療抵抗性CDME硝子体(Cb)では相関がないことから,両者では炎症の性質が異なっていることが示唆される.無治療DME:n=18,抗CVEGF治療抵抗性DME:n=13,Spearman’srankcorrela-tioncoe.cient(文献C11より許可を得て改変引用)Ca白血球bVEGFによるサイトカイン・ケモカインサイトカイン・ケモカインバリア機能の破綻によるバリア機能の破綻によるバリア機能の破綻白血球浸潤TNFa,IL-6,二次的なTNFa,IL-6,IL-8,MCP-1白血球浸潤IL-8,MCP-1白血球活性化二次的な白血球活性化VEGF関連性炎症VEGF非関連性炎症図5VEGF関連性炎症と非関連性炎症のイメージa:VEGFによるバリア機能破綻が起こり,白血球が浸潤する.浸潤白血球は網膜内で活性化され,サイトカインやケモカインの発現が上昇する.これらが二次的なバリア機能破綻を起こす.Cb:二次的なバリア機能破綻により白血球がさらに浸潤し活性化し,炎症を主体としたバリア破綻のサイクルが循環する.(文献C11より許可を得て引用・改変)のようにバリア機能を破綻させるのかについて解説する.VEGFが血管内皮細胞膜上の受容体,VEGFreceptor2(VEGF-R2)と結合するとCPKCが活性化され,Occlu-dinのリン酸化とユビキチン化が起きる12).ユビキチン化とは「この蛋白質は不要」という目印であり,ユビキチン化された蛋白質は細胞内小胞輸送によって取り込まれ消化される.また,VEGFはチロシンキナーゼCSrcの活性化を介して接着構造構成分子であるCVE-cadherin(図2)をリン酸化し,VE-cadherinとCb-cateninの結合をはずす13).細胞質に遊離したCb-cateninは核内に移行し,Claudin-5の転写を阻害する14).これらの作用により網膜血管バリア機能が破綻すると考えられる.また,VEGFは血管内皮細胞のみならず炎症細胞にも作用する.VEGFが炎症細胞膜上のCVEGF-R1に結合すると炎症細胞が活性化し,各種サイトカイン・ケモカインが分泌される.インターロイキン(interleukin:IL)-6やCIL-8,腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisCfactoralpha:TNFCa),単球走化性因子(monocyteCchemoat-tractantprotein:MCP)-1といったサイトカイン・ケモカインは血管透過性亢進作用も有しており11),VEGFとともに血管バリア機能を壊すことで網膜内への炎症細胞侵入を修飾する.侵入した炎症細胞からもサイトカイン・ケモカインが産生され,血管バリア機能はさらに破綻する(図5).CV抗VEGF治療・ステロイド治療の奏効機序すでにラニビズマブ(ルセンティス)とアフリベルセプト(アイリーア)がCDMEに対する抗CVEGF抗体製剤として薬事承認を受けており,日常的に使用されている.わが国においても加齢黄斑変性治療薬として承認を得たブロルシズマブ(ベオビュ),そのほかCAbiciparpegolやConbercept,KSI-301,THR-317についても,現在海外にて検証的試験が行われており,いくつかは将来CDME治療薬のラインアップに追加されるであろう(表1).ConberceptやCTHR-317が標的とする胎盤増殖因子(placentalCgrowthfactor:PIGF)もCVEGFファミリーに属する蛋白質であり,VEGF-R1結合能を有する.これらの抗CVEGF抗体製剤の特性については薬物治療の稿を参照されたい.ステロイドは細胞質内でグルココルチコイド受容体結合し,核内に移行して転写因子として作用する.抗炎症蛋白の転写促進やサイトカイン・ケモカインの転写抑制を介して炎症を鎮静化する,という抗炎症作用が広く知られているが15),OccludinやCClaudin-5の転写も亢進させることがわかってきた16).その分子機序の詳細は明らかとなっていないが,ステロイド刺激によってCClau-din-5の転写は亢進するものの,上皮細胞の密着結合を構成するCClaudin-1の転写量には影響がなかったことから,血管内皮細胞にのみ備わったバリア機能回復機能である可能性がある.海外においてはデキサメタゾンやフルオシノロンアセトニドによる硝子体インプラント製剤(Ozurdex,IluviC-en)が承認され,わが国においてはトリアムシノロンアセトニド(マキュエイド)の硝子体注射やCTenon.下注射が行われている.ProtocolUの結果や上記奏効機序からは抗CVEGF治療とステロイド治療の併用によりDME消退へ相加相乗効果が期待できるが,ステロイド治療には白内障や緑内障の合併リスクがあり反復投与が困難である.ステロイド治療を選択すべき症例を整理することも今後の課題であろう.CVI新規治療標的分子のDME形成への関与新規治療標的分子(表1)とCDME発症,すなわち血管バリア機能破綻との関連について記載する.C1.アンジオポエチン.Tie2アンジオポエチン(Angiopoietin:Ang)/Tie2シグナルは,周皮細胞と血管内皮細胞間の相互作用において中心的な役割を果たしており,血管の安定化および血管透過性の制御にとって重要なシグナルであることが知られる(図6)17).Ang-1は周皮細胞から産生される分泌蛋白質で,血管内皮細胞膜上に発現するCAng受容体CTie2に結合する.Tie2のリン酸化によりCAKTが活性化されるとアポトーシス誘導因子の産生が抑制され細胞生存経路が活性化される.また,Ang-1/Tie2シグナルは,VEGFによるCSrc活性化阻害を介し,VE-cadherinのリン酸化256あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(18)aAng-1VEGFbAng-2VEGF図6アンジオポエチン(Ang).Tie2シグナルa:Ang-1がCTie2に結合するとCAKTが活性化し,アポトーシス誘導因子の発現が抑制され,FOXO1も細胞質内でリン酸化され分解される.また,VEGF/VEGF-R2シグナルにより活性化したCSrcによるCVE-cadherinのリン酸化を阻害することで,バリア機能の破綻を防ぐ.Cb:Ang-2がCTie2と結合すると反対の反応が起きる.FOXO1はリン酸化を受けることなく核内へ移行し,Ang-2の産生を促進する.また,リン酸化されたCVE-cadherinは細胞膜上から消失し,バリア機能が破綻する.C-ること,血管内皮細胞と細胞外マトリックスの接着を介して内皮細胞の遊走を修飾することはよく知られているが,インテグリンはさまざまな受容体との相互作用を介して血管透過性をも制御している.インテグリンはVEGF-R2と共局在し,インテグリン非存在下ではVEGFによるCVEGF-R2活性化作用が低下することがわかっている.さらにインテグリンはCTie2とも複合体を形成し,Ang-1/Tie2シグナルの効率のよい伝達を仲介することで血管安定化に寄与することも知られている18).また,Ang-2が周皮細胞やアストロサイトの細胞膜上のインテグリンと結合し,細胞死を誘導することも報告されている.これらの細胞の消失はCneuro-vas-cularunitの崩壊につながるため,血管透過性が亢進する.現在,さまざまなインテグリン阻害薬の治験が行われており有効性に関して一定の効果をあげている.SF0166は点眼薬であり,DMEに対する低侵襲治療として期待がかかる.C3.カリクレインカリクレインはセリンプロテアーゼの一種であり,前駆体であるプレカリクレイン(prekallikrein:PK)はおもに肝臓で合成される.PKの大部分は高分子量キニノーゲン(highmolecularweightkininogen:HK)と結合し血中を循環している.血管障害によって活性化した第.因子によりCPKがカリクレインに変化し,カリクレインはCHKを切断してブラジキニンを遊離させる.ブラジキニン受容体(bradykininCreceptor:BR)にはCB1RとB2Rが存在し,ブラジキニンは直接CB2Rと結合する.一方,カルボキシペプシターゼによってブラジキニンから変換されたCDes-Arg9ブラジキニンはCB1Rに結合する19).DME硝子体中のカリクレイン濃度は著明に増加しており,VEGFとは異なる経路で血管透過性を亢進させることがわかっている.B2Rの下流でCSrcが活性化されCVE-cadherinが消失し,B1RとCB2R双方の下流で一酸化窒素合成酵素が活性化することでCOccludinが消失する.このような機序で血管バリア機能が破綻し,DME形成に至ると考えられる.カリクレインを標的とした薬剤も複数開発されている.作用機序からは抗CVEGF治療との相加相乗効果が期待できると思われる.おわりに本稿ではCDME形成機序を中心に,DRにおける分子病態解明の進歩について述べた.近年の基礎研究の進歩はめざましく,シングルセル解析による網羅的遺伝子解析をはじめ,一度に数千種類の蛋白質を定量するツールも登場してきている.本稿で紹介した治療標的分子候補以外にも,患者検体や疾患モデル動物の解析から次々と新規候補が同定されるであろう.抗CVEGF治療抵抗性を解決する治療薬が開発されることに期待したい.文献1)BresslerCNM,CBeaulieuCWT,CGlassmanCARCetal;DiabeticCRetinopathyClinicalResearchNetwork:Persistentmacu-larCthickeningCfollowingCintravitreousCa.ibercept,Cbevaci-zumab,orranibizumabforcentral-involveddiabeticmacu-larCedemaCwithCvisionimpairment:aCsecondaryCanalysisCofCaCrandomizedCclinicalCtrial.CJAMACOphthalmolC136:C257-269,C20182)Schmidt-ErfurthCU,CLangCGE,CHolzCFGCetal:Three-yearCoutcomesCofCindividualizedCranibizumabCtreatmentCinCpatientsCwithCdiabeticCmacularedema:theCRESTORECextensionstudy.OphthalmologyC121:1045-1053,C20143)DejanaE,Tournier-LasserveE,WeinsteinBM:Thecon-trolCofCvascularCintegrityCbyCendothelialCcelljunctions:CmolecularCbasisCandCpathologicalCimplications.CDevCCellC16:209-221,C20094)OguraCS,CKurataCK,CHattoriCYCetal:SustainedCin.amma-tionCafterCpericyteCdepletionCinducesCirreversibleCblood-retinabarrierbreakdown.JCIInsightC2:e90905,C20175)StittCAW,CCurtisCTM,CChenCMCetal:TheCprogressCinCunderstandingandtreatmentofdiabeticretinopathy.ProgRetinEyeResC51:156-186,C20166)OtaniA,TakagiH,SuzumaKetal:AngiotensinIIpoten-tiatesCvascularCendothelialCgrowthCfactor-inducedCangio-genicCactivityCinCretinalCmicrocapillaryCendothelialCcells.CCircResC82:619-628,C19987)AdamisAP:IsCdiabeticCretinopathyCanCin.ammatoryCdis-ease?BrJOphthalmolC86:363-365,C20028)vanHeckeMV,DekkerJM,NijpelsGetal:In.ammationandCendothelialCdysfunctionCareCassociatedCwithCretinopa-thy:theHoornStudy.DiabetologiaC48:1300-1306,C20059)NodaCK,CNakaoCS,CZandiCSCetal:RetinopathyCinCaCnovelCmodelCofCmetabolicCsyndromeCandCtypeC2diabetes:new258あたらしい眼科Vol.38,No.3,2021(20)–