視覚再生をめざしたオプトジェネティクス治療の現状と展望OptogeneticTherapiesforVisionRestoration:CurrentStatusandFutureDirections堅田侑作*はじめに網膜の変性疾患,とりわけ網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)は進行性に視細胞および網膜色素上皮(retinalpigmentCepithelium:RPE)細胞が障害され失明に至る主要な原因であり,その発症頻度は世界でおよそC5,000人にC1人と報告されている1).国内では中途失明原因の第二位を占める.加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)やCRPなどの網膜変性疾患では,光受容細胞である杆体細胞や錐体細胞が不可逆的に機能を喪失し,その結果として重篤な視力障害をきたす.しかし興味深いことに,網膜の内層に位置する双極細胞や網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)などは末期まで生存するケースが多いことが知られている2).これらの残存する内層神経細胞を活用できれば,失われた視覚機能の一部を取り戻すことができる可能性がある.近年,このコンセプトにもとづき,オプトジェネティクス(光遺伝学,用語解説参照)を視覚再生に応用する研究が精力的に行われている.オプトジェネティクスによる治療は,遺伝子導入により残存する網膜神経細胞に光感受性蛋白質を発現させ,本来は光に反応しない細胞に人工的に光受容能を付与するというアプローチである2).このアプローチは原因遺伝子によらない(mutation-agnosticな)遺伝子治療であり,網膜外層の細胞(視細胞やCRPE細胞)の生存を必要としない点で革新的な特徴を有する2).本稿では,オプトジェネティクスを用いた視覚再生の原理と開発動向について概説し,各アプローチの特徴や治験状況(表1)をまとめる.図1にオプトジェネティクスによる視覚再生の概念図を示す.外因性の光受容体遺伝子を導入された内層網膜細胞が,環境光やデバイスから照射された光刺激を電気信号に変換し,網膜神経回路を介して脳に伝達される様子を模式的に描いている.光受容細胞を失った網膜においても,このようにして残存細胞から視覚情報を脳に送る経路を再構築することが本手法の狙いである.CIオプトジェネティクスによる視覚再生の戦略1.光感受性蛋白質の種類と特性オプトジェネティクスでは,光感受性蛋白質(オプシン)を網膜に導入することで,視覚を再建する.使われるオプシンにはおもに三つのタイプがある(表2)2).Ca.微生物型オプシンチャネルロドプシン-2(Channelrhodopsin-2:ChR2)(用語解説参照)は青色光で陽イオンチャネルを開き,細胞を脱分極させる.反応が速く(ミリ秒単位),即時的な興奮を起こせるが,細胞内に信号を増幅する仕組みをもたないため,強い光が必要になる.暗い場所や自然光レベルでは反応が不十分なことがあり,特殊なゴーグルなどの使用が検討されることもある.赤色光で作動するCChrimsonRやCReaChR,高感度型のCChronos,CaC2+透過性を高めたCCatChなど,多くの改良型も開発されている3~6).*YusakuKatada:慶應義塾大学医学部眼科学教室,(株)レストアビジョン〔別刷請求先〕堅田侑作:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室(1)(57)C8410910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1オプトジェネティクスによる視覚再生のおもな開発シーズと特徴微生物型動物型キメラ型開発主体CRetroSense(Allerganが買収)CGensightBiologicsCBionicSightCNanoscopeTheraputicsCVedereBio(Novartisが買収)CRestoreVision開発コードCRST-001CGS030CBS01CMCO-010CRV-001オプシンCChannelrhodopsin2CChrimsonRCChronosFPCMulti-CharacteristicOpsin(MCO)錐体オプシンCGHCR感受波長青色青.赤色青.赤色青.赤色青.赤色青.赤色標的細胞CRGCCRGCCRGCON型双極細胞ON型双極細胞ON型双極細胞特徴感度が低い専用ゴーグルを用いて光増幅専用ゴーグルを用いて光増幅比較的高感度内在性のCG蛋白質シグナル増幅により高感度だが,CRPE障害が重篤な場合に懸念内在性のCG蛋白質シグナルにより高感度.進行抑制効果も技術元ウェイン州立大学発ソルボンヌ大学発ワイル・コーネル医科大学発カリフォルニア大学バークレー校発慶應義塾大学・名古屋工業大学発開発の進捗状況第C1/2相試験完了(安全性確認)CNatMed2021.第C1/2相試験中(一部有効性報告)第C1/2相試験中(一部有効性報告)インド第C1/2相試験米第C2/3相試験完了(有効性報告)非臨床開発中第C1/2相試験中治験番号CNCT02556736CNCT03326336CNCT04278131CNCT04945772CJRCT2033240611各国の大学発スタートアップが中心となって開発が進められている.(視細胞が変性消失)図1オプトジェネティクスによる視覚再生の概念図光感受性蛋白質の遺伝子を導入し,RP患者でも残存するCRGCや双極細胞を光受容体のように変えることで視覚再生を期待する技術である.表2光感受性蛋白質(オプシン)の種類と特性オプシン感度自立性備考微生物型低C○感度の低さを克服するため,ゴーグルデバイスとの組み合わせ,変異体の作製などの試みがなされる.異種蛋白質発現による免疫原性の懸念もある.動物型高C×11-cisレチナールの供給があること,つまりCRPEの残存が前提であり,現状では治験に入ったものではない.キメラ型高C○ハイブリッド化することにより,微生物型と保留類型の特徴を両立する.微生物型に比べて特異性が高いため,標的細胞へのデリバリーが課題となる.おもに上記のC3タイプがあり,さまざまなオプシンの研究開発が進められている.初期の例として,2006年にCBiらがCChR2をCRGCに発現させた盲目マウスで,ERGや視覚誘発電位の回復を報告した3).日本では,東北大学の富田らがC2007年に,RCSラットの網膜にCAAVでCChR2を導入し,高齢でも光応答が得られることを示した12).さらにC2008年,LagaliらはCChR2をCON型双極細胞に導入し,より生理的な視覚回路の活性化に成功している4).そののち,感度や応答特性の向上を目的にさまざまな改良が進められた.Flanneryらはマウス,ラット,犬などのモデルでCAAV-ChR2を用い,行動試験での視覚改善を報告した5).ただし,ChR2は高照度の光を必要とするため,自然光環境での有用性には限界があるとされた.この課題に対し,Roskaらは高感度型のCOpto-mGluR6を開発し,2015年に変性マウス網膜での有効性を示した8).暗所の水迷路試験でも視覚行動の改善がみられ,G蛋白質による信号増幅によって少ない光でも反応が得られることが確認された.さらに筆者らはC2023年,GHCRを網膜変性マウスに導入し,微弱な光での網膜・視床の電気応答,行動改善を示した.加えて,GHCR導入群では網膜変性の進行が抑えられており,視覚刺激による神経保護作用の可能性も示唆された8).このように,国内外でさまざまな改良型オプシンと標的細胞を用いた検証が進められ,オプトジェネティクス療法は実用化に向けて着実に前進している.CIII臨床試験の現状と開発シーズの動向オプトジェネティクスによる視覚再生は,2010年代後半から世界各地で臨床試験が開始されはじめた.表1に主要な開発シーズ(アプローチ)の特徴と進捗状況をまとめる.以下,代表的なプロジェクトについて解説する.C1.臨床応用に向けたおもなプロジェクトa.ChR2を用いた網膜神経節細胞標的療法世界初の臨床試験として報告されたのは,上記非臨床での最初の概念実証を報告したCWayneStateUniversi-tyからライセンスを受けた米国のスタートアップCRet-roSense社(後にCAllergan社が買収)によるCRST-001である.RST-001はCAAV2ベクターでCChR2をCRGCに発現させる治療法で,2016年にCRP患者を対象とした第C1/2相臨床試験が開始された.この試験はおもに安全性評価を目的としており,重篤な有害事象なく経過したと報告されている(第C1/2相試験の結果は正式な学術論文としては未公表だが,プレスリリースなどで安全性と一部の患者での光知覚向上が言及された).しかし,ChR2の感度の問題から,高強度の光刺激装置なしで有意な視力改善を得ることは困難であったと推測される.RST-001の後続開発について公表情報は少ないが,この試験は初のオプトジェネティクスの臨床応用として歴史的意義がある.Cb.ChrimsonRを用いた網膜神経節細胞療法+ゴーグルフランスのパリ視覚研究所(InstitutdelaVision)やソルボンヌ大学の研究成果をもとに設立されたスタートアップのCGenSight社は,ChR2より長波長で作動する赤色光感受チャネルロドプシンCChrimsonRを用いた治療法であるCGS030を開発し,RP患者を対象に臨床試験を行っている.GS030ではCAAV2ベクターでCChrim-sonRをCRGCに発現させ,さらに患者が着用するゴーグル型装置によって周囲の映像を取得・増幅し,可視光レーザーで網膜に投影するというシステムを組み合わせている.2021年には,この試験に参加したフランスの患者において部分的視機能の回復が達成されたとの報告がなされた6).NatureMedicine誌に報告されたこのケースでは,重度の視力障害だった患者が遺伝子治療後にゴーグルを装用し訓練を行った結果,大型の物体を認識・把持できるようになり,視野計測でも光刺激に対する応答が確認されたとしている.これはオプトジェネティクス療法によるヒトでの初めての有効性実証であり,大きな注目を集めた.現在,GenSight社の臨床試験(PIO-NEER試験)は用量漸増や効果検証が進められている.ChrimsonRは波長C590Cnm付近の橙色光で活性化するため,青色光のCChR2に比べて網膜への光透過や安全性で有利と考えられる.ただし,ゴーグル装置による映像強調が不可欠であり,治療の複雑さや装置依存性が課題として残る.844あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025(60)c.マルチキャラクタリスティック・オプシンによる双極細胞療法米国CNanoscopeCTherapeutics社は,独自に開発したマルチキャラクタリスティック・オプシン(multi-char-acteristicopsin:MCO)という人工オプシンを用いてON型双極細胞に光感受性を付与するアプローチを推進している.MCOは複数の光特性を併せもつ設計がなされており,広い波長帯の環境光でも活性化可能であることが特徴とされる(具体的な分子実態は公表されていないが,複数の変異を組み込んだCChR2ベースのチャネルと考えられる).AAV2ベクターを硝子体内投与し,網膜の双極細胞にCMCOを発現させる治療法CMCO-010は,米国食品医薬品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA)からCRPおよびCStargardt病に対してファストトラック指定およびオーファン(希少疾病用医薬品)指定を受けている.注目すべきは,近年報告された臨床試験結果である.Nanoscope社は重度のCRP患者を対象に第2/3相試験(RESTORE試験)を実施し,主要評価項目であるベースラインからC52週後の最良矯正視力(bestCcorrectedCvisualacuity:BCVA)の有意な改善を達成したと発表した14).具体的には,ベースラインで指数弁以下(20/3,200相当)であった視力が,高用量群ではC1年後にC20/1,500,1年半後にC20/900程度まで改善したとされる.低用量群でもC20/1,300前後への改善がみられ,視力スコアでC3行以上の改善(logMARでC0.3以上の改善)を示した患者は半数以上に上ったという.さらに深刻な有害事象は報告されておらず,安全性も良好であった.学会報告レベルではあるが,この結果は,オプトジェネティクス療法が「視力(文字判読能力)」の向上につながった初めての例といえる.MCO-010は外部デバイスを必要とせず,日常光で機能しうる点も患者の負担を軽減する.Nanoscope社は今後CFDAとの協議のうえで生物製剤承認申請(biologicsClicenseCapplica-tion:BLA)をめざすとしており,数年以内に実用化の可能性がある.Cd.日本における開発日本でもオプトジェネティクス療法の臨床応用に向けた動きが加速している.富田らは黎明期よりオプトジェネティクス視覚再生研究を牽引し,長波長感受性オプシンCmVChR114)がアステラス製薬にライセンス供与され,2016年より開発が進められたが,2021年に中止となった.第一三共はC2020年より神取・角田氏の高感度チャネルロドプシン(GtCCR4)を用いた遺伝子治療開発に参画した.名古屋工業大学・三菱CUFJキャピタルとの共同研究(OiDE)でCGtCCR4の最適化と有効性評価に成功し15),その成果を受けて,開発を進めていた提携ベンチャーを買収し,自社開発へ移行.現在,治験開始に向けた準備を進めている.筆者が代表を務める慶應義塾大学・名古屋工業大学発ベンチャーのCRestoreVision社は,先述のCGHCRを用いた遺伝子治療薬CRV-001の開発を進めている.RV-001はCAAVベクターにCGHCR遺伝子を搭載したもので,網膜色素変性症を対象とした第C1/2相試験を2025年より開始した.日本では始めてのオプトジェネティクス療法の治験であり,キメラ型オプシンを使ったものとしては世界初の臨床試験である.GHCRはより高感度で生理的なシグナルを再現できることから,より自然で実用的な視覚再生効果が期待される.安全性と探索的に有効性を確認するための治験であり,現在CRPにより光覚を失った眼をもつ患者を対象に被験者の募集を行っている(図2).Ce.その他の動向上記以外にも,情報が限られるが,米国ワイル・コーネル医科大学発のスタートアップであるCBionicSight社はCRGCにチャネルロドプシンを発現させ,独自のビジュアルプロセッサで符号化したパターン刺激を投与するアプローチで治験開始されている.また,中国でもZM-02(JungMo社)やCUGX-201(UnicornGene社)など,オプトジェネティクス製剤の臨床試験が開始されている.また,眼科領域外ではあるが,グルタミン酸受容体チャネルに光開閉性の化学修飾を付加した光スイッチ型薬剤(Photoswitch)を利用して網膜神経細胞を一時的に感光化する手法も研究されている16).これは遺伝子治療ではなく,光感受性化合物の反復投与により視機能を補助するアプローチで,米国で初期の臨床試験が行われた.もっとも,本稿の主眼である遺伝子治療型オプト(61)あたらしい眼科Vol.42,No.7,2025C845図2被験者募集の告知現在,慶應義塾大学病院では被験者の募集を行っている.-