網膜芽細胞腫Retinoblastoma鈴木茂伸*はじめに網膜芽細胞腫は小児の網膜に生じる悪性腫瘍であり,国内の年間新規発症数は70~80人の希少疾患である.早期発見し,正しい診断を行うことが重要であり,診断がつけば治療法はある程度決まってくる.治療終了後は眼球だけではなく全身の経過観察が重要である.本稿では発生機序,診断,治療,治療後の経過観察について概要を述べる.I疾患概要発症頻度に人種差,性差はない.片眼だけの場合と両側発症の場合があり,2対1の割合である.41%が1歳まで,89%が3歳までに診断される1).先進国では多くの患者が眼球内に限局した状態で発見され,この段階で転移を生じることはほとんどない.そのため,5年生存率は95%以上という疾患である.腫瘍の位置や大きさに依存するが,半分程度の眼球が温存され,有効な視機能温存が可能な場合がある.両側性の全例と片側性の1/6が遺伝性を有し,子に遺伝する可能性があり,後述する二次がんや三側性網膜芽細胞腫に注意を払う必要がある.II疾患の発生機序本疾患の原因遺伝子は13番染色体長腕にあるRB1遺伝子である.片側性の1%程度はMYCN遺伝子の増幅が原因であるが2)今回は割愛する.RB1遺伝子は細胞周期を制御する重要な蛋白である網膜芽細胞腫蛋白質(retinoblastomaprotein:pRB)をコードしている.遺伝子の変化によりpRBが機能しなくなると細胞周期を制御できなくなり,種々の遺伝子変異が蓄積し,最終的にがん化すると考えられている.網膜に生じたがん細胞は増大して網膜.離や硝子体播種を生じ,眼球外に浸潤したり転移を生じるようになる.1細胞には2遺伝子座がある.RB1遺伝子の場合は,一方の遺伝子座に変化を生じても細胞機能は維持されるが,両方の遺伝子座に変化を生じるとがん化する(two-hittheory).腫瘍以外の体細胞のRB1遺伝子の状態で2通りある(図1).体細胞のRB1遺伝子に変化がなく,網膜の1細胞で2段階の遺伝子変化を生じた場合は,生殖細胞には遺伝子の変化がないため遺伝せず(=非遺伝性),確率的に複数の細胞で2段階の遺伝子変化を生じることはないため単発腫瘍・片側性になる.生まれながらにすべての細胞で1遺伝子座のRB1遺伝子変化を有している状態を生殖細胞系列変異とよび,遺伝性網膜芽細胞腫の状態である.細胞機能は保たれているが,複数の細胞で残りの1遺伝子座に変化を生じることが多く,眼腫瘍は多発・両側性になり,体の他の細胞に生じればその組織に別の腫瘍,すなわち二次がんを生じる.また,生殖細胞にも減数分裂で1/2の確率でRB1遺伝子の変化が伝わり,子に遺伝することになる.がんが遺伝するのではなく,RB1遺伝子の変化という「がんになりやすい状態」が遺伝するということになり,*ShigenobuSuzuki:国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科〔別刷請求先〕鈴木茂伸:〒104-0045東京都中央区築地5-1-1国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(45)791体細胞変異(Somaticmutation)=・網膜の1細胞だけの変化・単発腫瘍,片側性・遺伝しない・すべての体細胞に1遺伝子座の変化・複数の細胞で2段階目の変化・両眼性,片眼性の1/6・遺伝性onehitonehit図1遺伝性と非遺伝性体細胞変異は網膜のC1細胞だけの問題であり,遺伝しない.生殖細胞系列変異は複数の細胞でC2段階目の変化を生じ,多発することがあり,遺伝性である.図2初期病変の眼底所見網膜に白色隆起病変を認め,内部に白く反射する石灰化を認める.図3超音波断層検査硝子体腔に突出する実質性の腫瘤を認め,内部に石灰化を反映する高反射を認める.図4MRIa:T1強調画像.Cb:T2強調画像.a,bで両眼とも脳実質と同程度の信号を呈する.Cc:腫瘍は造影効果を示す.腫瘍辺縁の網膜下液も描出されている.図5選択的眼動脈注入バルンカテーテルで内頸動脈遠位を一時的に閉塞し,眼動脈へ薬剤を投与する.ab図6眼球温存治療前の眼底写真2カ月,男児,Ca:右眼,b:左眼.治療前,両眼とも後極に複数の大きな腫瘍を認め,視神経乳頭が見えない.Cab図7眼球温存治療後の眼底写真a:右眼,b:左眼.全身化学療法による複数回の局所治療により視神経乳頭は見えるようになり,病変は不活化したと判断した.その後,10年以上再発はない.的には視機能,二次がんなどに注意をはらう.成人になった場合には遺伝に関する情報を提供する.Ca.治療後の眼科的診察局所治療による寛解の判断は眼底検査で行うしかない(図6,7).リキッドバイオプシーや腫瘍マーカーの意義は確立していない.定期的診察で再発を確認した場合は局所治療の追加を検討する.再発発見時に追加治療可能な程度で発見するため,治療後半年は月C1回,その後は2~3カ月と間隔を伸ばしつつ長期間観察を行うことが望ましい.眼球摘出をした場合には,眼窩内再発に注意しつつ,義眼をはずして眼窩内を観察し,再発を疑う場合にはCMRIなどで確認する.Cb.長期フォロー視機能はC3歳ころから測定可能であるが,視力不良眼の検査は困難な場合が多い.弱視訓練に関しては,ある程度視機能が保たれていると予測される場合には検討の余地があるが,後極腫瘍ではむずかしいことが多い.二次がんに関しては肉腫が多いが,体の成長するC10~20歳代は細胞分裂が多いこともあり,二次がんの好発時期になる.放射線治療を受けると遺伝子に傷が生じるため,発がん確率が高くなる.放射線治療が使われていた時代のデータであるが,両側性患者の二次がん発症率はC20年でC15.7%であった13).二次がん自体は網膜芽細胞腫と異なり,生命予後を悪化させる大きな要因であり,予後は腫瘍の組織型,部位により大きく異なる.また,二次がんを治療後,三次,四次がんなどのリスクが増えるため,生涯にわたり発がんの不安が付きまとうことになる.二次がんは有効なサーベイランスの方法が確立しておらず,症状に応じた全身検査が推奨されているのが現状である14).全身CMRIは解像度が低く,有効性は確立していない.遺伝については,両側性は遺伝性でありC50%の確率で子に遺伝し,浸透率がC90%以上であることからC45%が発病することになる.片側性のうちC15%程度は遺伝性であり,7.5%が子に遺伝することになる.発病者に対する遺伝学的検査はC2016年から保険収載されている.発端者で病的バリアントが検出されなければ子の遺伝学的検査は意味がない.発端者で病的バリアントが検出された場合,これが子に検出されれば遺伝していることになり,ほぼ発病することになる.子の検査は,新生児の採血は負担が大きいことから,臍帯血を用いた検査が行われる.ただ,検査結果が出るまでC3週間ほどかかることから,出生時に眼底検査を行い,結果開示の際にも眼底検査を行うことが望ましく,その後は検査結果に基づき判断する.発端者の病的バリアントが判明している場合,絨毛もしくは羊水を採取し検査する出生前診断が可能であり,海外では広く行われている.流産の危険がゼロではなく,堕胎につながる可能性も否定できないということで,国内ではごく一部の施設のみで行われている.着床前診断(preimplantationCgeneticCtestCforCmonogenic/CsingleCgenedefect:PGT-M)は,重篤な遺伝性疾患に対し,体外受精により得られた受精卵の検査を行い,病的バリアントのない胚を母体に戻す方法であり,海外では複数の国で行われているが,国内では日本産科婦人科学会の倫理審査を受ける必要がある.文献1)TheCCommitteeCforCtheCNationalCRegistryCofCRetinoblasto-ma:TheCnationalCregistryCofCretinoblastomaCinCJapan(1983.2014)C.CJpnJOphthalmol62:409-423,C20182)RushlowDE,MolBM,KennettJYetal:CharacterisationofretinoblastomaswithoutCRB1Cmutations:genomic,geneexpression,CandCclinicalCstudies.CLancetCOncolC14:327-334,C20133)MallipatnaCA,CGallieCBL,CChevez-BarriosCPCetal:Retino-blastoma.AJCCcancerstagingmanual,8thed(AminMB,EdgeSB,GreeneFLetaleds)C,p819-831,Springer,20174)ShieldsCL,MashayekhiA,AuAKetal:Theinternation-alclassi.cationofretinoblastomapredictschemoreductionsuccess.Ophthalmology113:2276-2280,C20065)ShieldsJA,ShieldsCL,ParsonsHetal:Theroleofpho-tocoagulationCinCtheCmanagementCofCretinoblastoma.CArchCOphthalmol108:205-208,C19906)ShieldsJA,ParsonsH,ShieldsCLetal:Theroleofcryo-therapyinthemanagementofretinoblastoma.AmJOph-thalmolC108:260-264,C19897)ShuelerCAO,CFluhsCD,CAnastassiouCGCetal:Beta-rayCbrachytherapywith106Ruplaquesforretinoblastoma.IntJRadiatOncolBiolPhysC65:1212-1221,C20068)ShieldsCL,BasZ,TadepalliSetal:Long-term(20-year)Creal-worldoutcomesofintravenouschemotherapy(chemo-reduction)forCretinoblastomaCinC964CeyesCofC554CpatientsCatasinglecentre.BrJOphthalmolC104:1548-1555,C20209)SuzukiS,YamaneT,MohriMetal:Selectiveophthalmic796あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(50)