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未熟児網膜症

2024年7月31日 水曜日

未熟児網膜症HotTopicsinRetinopathyofPrematurity福嶋葉子*はじめに未熟児網膜症(retinopathyofprematurity:ROP)は,早産児の網膜にみられる異常血管新生を本態とする小児期の失明疾患の一つである.近年,ROP診療では国際分類の改訂と血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)を阻害する薬物療法の承認という二つの新しい話題があった.初回治療として網膜光凝固だけでなく抗VEGF薬を選択できるようになったことから,光凝固と抗VEGF薬の選択基準,抗VEGF治療後の適切な診察期間の設定,周辺網膜の無血管領域の扱いなど新たな課題も顕在化してきた.本稿では,ROP診療に関する最新情報をキャッチアップできるように,診断と治療について概説したうえで,最近の診断支援技術の開発研究についても言及する.I疫学新生児医療の水準によってROPの発症率や治療率は異なる.わが国では,新生児医療の進歩を反映して治療例や失明例は減少傾向にある.新生児臨床研究ネットワークデータベースによれば,在胎32週未満および出生体重1,500g以下の新生児における治療率は2007年の16%をピークに徐々に減少し,2017年には9%となった.東京都を対象とした多施設研究でも,超低出生体重児(出生体重1,000g未満)の治療率は2002年,2011年,2020年でそれぞれ41%,29%,27.5%と減少傾向にあることが最近報告された1).また,全国盲学校の3~5歳児における視覚障害原因としてROPの占める割合は2005年からの10年間で32%から13%と大きく減少しており,ROP診療の質的向上があると推察される.II診断のための検査と重症度判定スクリーニング対象は在胎34週未満,または出生体重1,800g以下の児とすることが多い.高濃度酸素投与や人工換気を要した児に対しては,この基準にかかわらず眼底検査を行う.在胎26週未満の児では修正29~30週から,在胎26週以上の児では生後3週から検査を開始する.診察の際には,眼球心臓反射や無呼吸発作に注意して,短時間で終えるよう心がける.画像記録には広画角デジタル眼撮影装置RetCamRが有用であるが,ほかにもPanoCamや3nethraneoがある.代替として,画角は狭いが倒像鏡レンズを用いたスマートフォン撮影法もある.重症度の判定には国際分類(internationalclassi.cationofROP:ICROP)が用いられる.近年の画像診断ならびに画像撮影機器の進歩や抗VEGF薬の普及などの現状を踏まえて第3版(ICROP3)が2021年に公開された2)〔小児眼科学会のウェブサイト(http://www.japo-web.jp/info.php?page=4)から改訂要旨を確認できる〕.この分類では,活動期の網膜症を病変の位置(Zone),病変部の外観(Stage),plusdiseaseによって重症度を決定する(図1).Zoneは,視神経乳頭を起点として血管が伸びた距離を示し,ZoneI,II,IIIで記す.ZoneI*YokoFukushima:大阪大学大学院医学系研究科眼免疫再生医学共同研究講座〔別刷請求先〕福嶋葉子:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼免疫再生医学共同研究講座0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(37)783図1Notch(湾入)耳側の境界線が他と比べて後極よりにある.これがnotchである.aはbと比べてさらに後方まで湾入している.NotchがZoneI領域に位置しているが他の境界線はZoneIIにある場合には,ZoneIsecondarytonotchと表記して,ZoneIとして扱い治療適応を決める.-図2ZoneIとZoneIIZoneIとZoneIIを示す.ZoneIに近い領域をposteriorZoneIIとして区分する.この画像はposteriorZoneIIよりも周辺側に血管が伸びており,ZoneIIstage3withoutplusと判定される.図3Plusdisease後極血管の拡張と蛇行で判定する.a,Cb,Cc,Cdの順に蛇行と拡張が進行している.Normal(Ca)とCplus(Cd)の判定についての評価者間の差は少ないが,bをCnormal/preplus,CcをCpreplus/plusと判定するかは評価者によってばらつくことが予想される.図4ラニビズマブ治療例a:在胎C25週C480.gで出生.修正C33週にCZoneCIA-ROPに対してラニビズマブ硝子体注射.Cb:修正在胎C41週(治療後C2カ月).網膜血管は伸長したが,血管の拡張と蛇行がみられる.再燃の所見である.点線は治療時の血管先端部,は現在の血管先端部を示す.(文献C6より引用)表1国際治験の比較薬剤治療判定時期治療成功率(全体)治療成功率(A-ROP)再治療率※1(症例数)再治療時期(中央値)最周辺まで血管伸長した割合(治療C2年)CRAINBOWCstudyラニビズマブC0.2.mg治療後C24週C80%C40%C31%8週(4~16週)C59%CFIREFLEYECstudyアフリベルセプトC0.4.mg治療後C24週C85%C73%28%C※211週(4~17週)80%C※3C※C1レスキュー治療を含む.※C2眼数ではC21%.※C3CFIREFLEYECnextstudyによる.治療C1年ではC71%.図5Persistentavascularretina(PAR)在胎C22週C536.gで出生.修正在胎C36週にCTypeC1CROPに対してベバシズマブ投与.5歳時の超広角走査型レーザー検眼鏡による眼底画像(a)と後極の拡大像(b)を示す.耳側周辺部にCPARがある.眼位は正位,視力はCLV=1.0と良好.(文献C9より引用)に光凝固を考慮する.抗CVEGF治療後の適切な診察間隔の設定とCPARの扱いは今後の課題である.C3.視機能a.光凝固視機能に影響する頻度の高い後遺症として,近視化がある.また,凝固範囲や凝固数と近視の程度は相関することが報告されている.とくにCZoneCIROPはCZoneCIIROPに比べて凝固領域が広く高度近視となる可能性が高い.近視の進行はC1歳すぎまでに急速に進むが,それ以降は緩やかになる傾向となる.また,光凝固で瘢痕化した領域を含む視野狭窄がみられる.ほかにも,網膜.離,緑内障,白内障,斜視,屈折異常など,多彩な長期後遺症に注意を払わなければならない.Cb.抗VEGF薬光凝固治療と比較して近視化は軽度となる.RAIN-BOWstudyのC2年経過の結果8)では,片眼に.5Dを超える近視がある例はラニビズマブC0.2Cmg群でC7%であるのに対して,光凝固群ではC34%と有意にラニビズマブ群が近視化は少ないことが示された.また,FIREFL-EYECnextCstudy11)において,2年経過の平均等価球面値はアフリベルセプト群で.0.6D,光凝固群でC.1.9Dであった.C.5Dを超える近視はアフリベルセプト群で7.8%,光凝固群でC21.7%となっており,RAINBOWstudyと近い結果となった.CVROP診療を支援する技術開発日本ではCROPの発症率・治療率は減少傾向にあるが,世界的には低中所得国における早産児の生存率が上がったことによりCROPは増加傾向にある.専門医の不足も相まって診療の効率化が喫緊の課題となっており,診断支援技術の開発が進められている.C1.ハイリスク児の予測早産児にとって眼底検査は心拍低下や無呼吸を誘発する全身負担の大きい検査の一つである.先進国ではスクリーニング対象のうち治療例はC10%前後であり,不要な検査を減らす目的で重症化リスクを判定する方法が数多く報告されてきた.リスク判定モデルの多くは在胎週数,出生体重,体重増加を変数として用いている.ウェブ上には,情報を入力すればリスク判定値が出力されるプラットフォームを提供しているサイトもある(DIGI-ROP:https://www.digirop.com/).人種や医療水準が異なるため必ずしもすべてが普遍的なモデルとはいえないが,日本人集団にも適応可能なモデルもある.たとえば,北米コホートを対象としたCG.ROP基準を日本人に適応すると,重症例を見逃すことなく,現行のスクリーニング基準から対象患児を約C25%減らすことができる12).ほかにも日常的に計測されている動脈血酸素飽和度の値をスクリーニング開始前までに解析することでスクリーニング効率の向上につながる可能性がある13).こうしたリスク予測モデルは,早産児・医療従事者の負担を減じるだけでなく,医療経済にも貢献できる.C2.OCT網膜領域のマルチモーダルイメージングの進歩はめざましいが,小児への応用はいまだに限定的である.それでも機器開発の兆しはみられており,その一つに手持ち光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)がある.OCT画像から病期によらない黄斑浮腫の存在,視細胞の未熟性による中心窩陥凹形成の遅れ,進行したROP既往例での薄い脈絡膜厚など,新しい知見が報告されている2,14).今後さらに開発が進み普及すれば,病態理解や診断に寄与するであろう.C3.画像診断へのAI応用網膜疾患では糖尿病網膜症や加齢黄斑変性に対する人工知能(arti.cialintelligence:AI)応用は広く知られているが,ROPでもCRetCamなどの広角眼底撮影機器で取得した画像を用いた研究が増加している14).初期の深層学習モデルは,Stage,CZone,Cplusの判別などの単一の特徴抽出を対象とするものであったが,近年ではCROP病期の識別,重要な特徴量の抽出,進行・退縮・再燃を含む予後予測など,より複雑な目的を果たすように設計されている.米国発のCtheCImagingCandCInformaticsCinCROPCdeeplearning(i-ROPDL)AIシステムでは,後極血管の形態から重症スコア(vascularCseverityscore:VSS)を設788あたらしい眼科Vol.C41,No.7,2024(42)定し,従来のCZone,CStage,plusの三つの別次元のパラメータを一元化して数値で表した15).これを用いることで治療前の重症度のみならず治療後の改善や再燃についても数値の大小によって評価できると示唆されている.こうした客観的な定量評価は均質で精度の高い診断につながる.ほかにも診断補助技術として実用化が期待できる自動診断の成果が,海外から次々と報告されている.おわりにROP診療における最近の話題をとりあげた.改訂された国際分類CICROP3は現状に即した体系的な分類を提供し,主観的判断を極力少なくして客観性と再現性の向上を図っている.これにより,診断の標準化に近づける重要な指針となっている.また,新たに承認された抗VEGF治療は「虚血網膜に血管を誘導する」という革新をもたらした.抗CVEGF治療後の視力や屈折についてはおおむね良好な報告が多く,解剖学的な予後の改善だけでなく機能的な予後の改善が予想される.しかし,再燃やCPARを背景とした網膜.離の潜在的な危険があることを念頭に置き,長期に経過観察をする必要がある.さらに,血清CVEGF抑制は全身への影響も懸念されており,抗CVEGF薬の安全性を立証するために治療後の追跡データの蓄積が望まれる.これまでの情報を踏まえて,治療選択の際には光凝固・抗CVEGF薬それぞれの治療方法に固有の合併症や課題を理解し,最適な方法を選択することが求められる.治療選択肢が増えたことで良好な視機能の獲得が期待される一方で,国際治験では光凝固・抗CVEGF薬いずれも治療成功率はC60~80%にとどまった.つまり,いまだ治療不成功が存在し,失明に至る疾患であることに変わりはない.治療を成功させるためには,正しく診断して適切な時期に治療することが依然としてもっとも重要であるが,医師側の習熟度によって診断のばらつきが生じる.重症化リスク判定やCAIによる画像診断が社会実装されれば,専門医のいない施設でも最適なCROP診療ができるようになる.診断支援技術の開発スピードは目を見張るものがあり,この領域での実用化に期待したい.文献1)太刀川貴子,清田眞理子,吉田朋世ほか:超低出生体重児における未熟児網膜症東京都多施設研究第C3報.日眼会誌C127:231,C20232)ChiangCMF,CQuinnCGE,CFielderCARCetal:InternationalCclassi.cationCofCretinopathyCofCprematurity,CthirdCedition.COphthalmologyC128:e51-e68,C20213)FukushimaCY,CKawasakiCR,CSakaguchiCHCetal:Character-izationCofCtheCprogressionCpatternCinCretinopathyCofCprema-turityCsubtypes.COphthalmolRetinaC4:231-237,C20204)EarlyCtreatmentCforCretinopathyCofCprematurityCcoopera-tivegroup:RevisedCindicationsCforCtheCtreatmentCofCreti-nopathyCofprematurity:resultsCofCtheCearlyCtreatmentCforCretinopathyCofCprematurityCrandomizedCtrial.CArchCOphthalmolC121:1684-1694,C20035)寺崎浩子,東範行,北岡隆ほか:未熟児網膜症に対する抗CVEGF療法の手引き(第C2版).日眼会誌C127:570-578,C20236)KubotaCH,CFukushimaCY,CNandinantiCACetal:RetinalCbloodCvesselCformationCinCtheCmaculaCfollowingCintravitrealCranibizumabCinjectionCforCaggressiveCretinopathyCofCpre-maturity.CCureus16:e60005,C20247)StahlCA,CLeporeCD,CFielderCACetal:RanibizumabCversusClaserCtherapyCforCtheCtreatmentCofCveryClowCbirthweightCinfantsCwithCretinopathyCofprematurity(RAINBOW):anCopen-labelCrandomisedCcontrolledCtrial.CLancetC394:1551-1559,C20198)StahlCA,CSukgenCEA,CWuCWCCetal:E.ectCofCintravitrealCa.iberceptCvsClaserCphotocoagulationConCtreatmentCsuccessCofCretinopathyCofprematurity:theC.re.eyeCrandomizedCclinicalCtrial.CJAMAC328:348-359,C20229)近藤寛之,荒木俊介,三木淳司ほか:ファーストステップ!子どもの視機能をみるスクリーニングと外来診療(仁科明子,林思音編),全日本病院出版会,202210)MarlowCN,CStahlCA,CLeporeCDCetal:2-yearCoutcomesCofCranibizumabCversusClaserCtherapyCforCtheCtreatmentCofCveryClowCbirthweightCinfantsCwithCretinopathyCofCprematu-rity(RAINBOWCextensionstudy):prospectiveCfollow-upCofCanCopenClabel,CrandomisedCcontrolledCtrial.CLancetChildAdolescHealthC5:698-707,C202111)StahlCA,CNakanishiCH,CLeporeCDCetal:IntravitrealCa.iberceptCvsClaserCtherapyCforCretinopathyCofCprematuri-ty:two-yearCe.cacyCandCsafetyCoutcomesCinCtheCnonran-domizedCcontrolledCtrialCFIREFLEYECnext.CJAMACNetwCOpenC7:e248383,C202412)ShirakiCA,CFukushimaCY,CKawasakiCRCetal:RetrospectiveCvalidationCofCtheCpostnatalCgrowthCandCretinopathyCofCpre-maturity(G-ROP)criteriaCinCaCJapaneseCcohort.CAmJOphthalmolC205:50-53,C201913)KubotaCH,CFukushimaCY,CKawasakiCRCetal:ContinuousCoxygenCsaturationCandCriskCofCretinopathyCofCprematurityCinCaCJapaneseCcohort.CBrCJOphthalmol(publishedConlineC(43)あたらしい眼科Vol.C41,No.7,2024C789

先天異常

2024年7月31日 水曜日

先天異常CongenitalDisorders横井匡*はじめに小児網膜疾患は多岐にわたるが,本稿においては遺伝子異常に伴う疾患や,いわゆる構造異常または奇形に伴う先天素因のある,比較的臨床で遭遇する頻度の高い疾患について,近年の知見や治療の知識をアップデートする.IStickler症候群Stickler症候群はコラーゲン代謝異常によって,白内障や網膜.離などの眼症と,口蓋裂や鞍鼻,小顎,難聴,関節過可動などの全身症状を示す症候群である.小児においては未熟児網膜症(retinopathyofprematuri-ty:ROP),家族性滲出性硝子体網膜症(familialexuda-tivevitreoretinopathy:FEVR)とともに網膜.離をきたす代表疾患であり,巨大裂孔網膜.離を特徴とし,生涯にわたり,50%程度の網膜.離合併リスクがあるとされる.COL2A1遺伝子変異を認めるものはType1Stickler症候群とよばれ,サブグループのうち80%を占め1),もっとも多い.硝子体は液化し,膜様・ベール状の異常硝子体がみられる.通常の格子状変性と,本疾患に特徴的な血管に沿う放射状の網膜変性を認める.巨大裂孔網膜.離には硝子体手術が適応され,とくにパーフルオロカーボンを用いて硝子体切除,光凝固を行ったあと,シリコーンオイル直接置換が行われる.硝子体は完全に液化しているようにみえて,強度近視眼にみられるような薄く変性した硝子体膜が残っていることが多く,できる限り.離,除去する.下方の巨大裂孔には硝子体手術とともにバックリングの併用が望ましい.現代の硝子体手術では最終復位率は90%を超えるが,再.離率が高いため,慎重な経過観察が必要である2).昨年“NewEnglandJournalofMedicine”に本症における網膜.離が冷凍凝固によって多くを予防できることが報告された3).硝子体手術の復位率が向上したとはいえ網膜.離における視機能障害は避けられず,本報告のインパクトは大きく,今後Stickler症候群の網膜.離は予防の時代に入っていくかもしれない(図1).II色素失調症色素失調症は乳児期に体幹四肢を主体に発症する小紅斑を主症状とするほか,歯牙,骨,中枢神経,肺,眼に症状を引き起こす症候群であり,Bloch-Sulzberger症候群ともよばれる.X連鎖顕性遺伝形式をとる遺伝性疾患であり,ごくまれな例を除いて女児に発症する.男児は胎生致死である.炎症,細胞接着,細胞死に関与するNF-lBの調節蛋白をコードするIKBKG/NEMO遺伝子変異によって発症し4),約35%の症例が眼症状を呈する5).ROPやFEVRとは違い,視力低下の多くはすでに形成された網膜動脈の閉塞によって周辺部網膜に無還流領域が形成されることによる二次的な新生血管,線維血管増殖の形成と,これによる牽引性網膜.離によるものである.網膜動脈の蛇行,周辺部網膜の蒼白化,動静脈シャントが網膜症の徴候であり,治療方針決定のため蛍光眼底造影が必須である.無血管野を認め,かつ新生*TadashiYokoi:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕横井匡:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(27)773図1Stickler症候群(12歳,女児.左眼)a:周辺部網膜に高度な変性を認める.硝子体は液化している.b:変性に対してやや後方まで全周光凝固を行った.9年経過し網膜.離を認めず視力は0.5である.図2色素失調症(7歳,女児)a:左眼は生後から網膜全.離.b:眼底像.とくに耳下側に軽度の浸出と血管拡張,新生血管を疑う.c:蛍光眼底造影検査所見.耳側に広汎な無血管野と,新生血管からの漏出.光凝固によって治癒し,矯正視力は1.0である.図3Coats病(3か月,男児)白色瞳孔に気づかれ受診.a:網膜全.離,網膜下の高度な浸出,毛細血管拡張と血管瘤がみられる.b:蛍光眼底造影では漏出は明らかでなく,数珠状に拡張した毛細血管が確認できる.図4Coats病(6歳,女児)就学時健診で右眼視力不良を指摘された.a:黄斑部は回避されるが,耳側から下方に高度な浸出性変化を認める.b:蛍光眼底造影耳側から下方に毛細血管拡張・血管留を認める.c:冷凍凝固後9年.浸出性変化,網膜上の増殖は鎮静化している.矯正視力は0.2である.図5混合型PFVS(1歳,男児.左眼)内斜視を主訴に紹介受診した.硝子体血管本幹の遺残,これによる黄斑牽引と形態異常.水晶体後面の混濁を伴う.片眼性で器質変化は強く,黄斑部も障害されており廃用性斜視となっている.手術による視力上昇は見込めない.図6Pit-macular症候群(16歳,女児.左眼)a:視神経乳頭耳側にピットを認め,アーケード内から下方に網膜.離を認める.b:OCT像.Cc:硝子体切除後C5年.網膜は復位したが矯正視力はC0.01.術前に網膜下液が吸収・再発を繰り返し,手術をせず長期に経過を観察したことが術後視力不良の一因と考えられる.図7脈絡膜コロボーマ(16歳,男児.右眼)a:網膜.離を合併,黄斑部はコロボーマからわずかにはずれている.b:硝子体手術後C5年,網膜は復位している.コロボーマ周囲への光凝固を認める.黄斑部はわずかに回避されている.矯正視力はC0.3.後発白内障を合併している.図8朝顔症候群(7歳,男児.右眼)a:朝顔症候群に網膜.離を合併している.b:硝子体手術により網膜復位を得た.乳頭周囲全周に光凝固が必要であり視力は術直後はC0.01であったが,その後光覚なしとなった.図9胞状の若年性網膜分離症(1歳,男児.右眼)a:網膜は全周に分離を認め,下方は胞状に分離している.分離した黄斑部が上方に翻転している.b:下方胞状.離が自然軽快している.分離した黄斑部が確認でき,視力はC0.07である.胞状.離はしばしば自然軽快する.離をC98.100%に合併し,車軸様変性をきたすことが特徴的である.また,黄斑部のみならず周辺部にも分離が及び銀箔様変化ともいわれる.眼底変化が軽微であれば機能的な弱視と間違われ経過を観察される場合がある.受診のきっかけは乳児期からの眼振や斜視,健診による視力不良がほとんどであり,まれに架橋血管の破綻による硝子体出血によって視力低下が自覚され受診する.眼底検査,OCTで網膜分離があり,網膜電図(electro-retinogram:ERG)で陰性Cb波を示せば診断はほぼ確定するが,遺伝子検査でCRS1遺伝子変異を同定できれば確実である.分離した外層に裂孔を形成し,牽引が生じれば分離でなく.離が生じる.網膜硝子体界面は高度に異常があるため硝子体手術はむずかしく,はっきりとした外層孔が同定できれば強膜バックリングを第一選択とする.強膜バックリングが不能であれば硝子体手術を行う.分離して硝子体腔中に浮遊する網膜内層は機能していないため,止血後切除し,術後の異常牽引を生じないようにする.硝子体.離が非分離部網膜でも生じないことはあるが,可及的に硝子体を切除する.最近,胞状の網膜分離で黄斑部を覆う場合には形態覚遮断予防に早期に内層を切除する報告がなされた29).自然軽快例もあり適応は慎重に行う必要がある(図9).アデノウイルスベクターを用いた遺伝子治療の治験も行われるなど30)今後の動向も注目したい.文献1)RichardsCAJ,CMcNinchCA,CMartinCHCetal:SticklerCsyn-dromeCandCtheCvitreousphenotype:mutationsCinCCOL2A1andCCOL11A1.CHumMutatC31:e1461-1471,C20102)LeeAC,GreavesGH,RosenblattBJetal:Long-termfol-low-upofretinaldetachmentrepairinpatientswithstick-lerCsyndrome.COphthalmicCSurgCLasersCImagingCRetinaC51:612-616,C20203)AlexanderCP,CFinchamCGS,CBrownCSCetal:CambridgeCprophylacticCprotocol,CretinalCdetachment,CandCsticklerCsyndrome.NEnglJMedC388:1337-1339,C20234)SmahiA,CourtoisG,VabresPetal:Genomicrearrange-mentinnemoimpairsnf-kappabactivationandisacauseofCincontinentiaCpigmenti.CtheCinternationalCincontinentiapigmenti(IP)consortium.NatureC405:466-472,C20005)CarneyRG:IncontinentiaCpigmenti.CACworldCstatisticalCanalysis.CArchDermatol112:535-542,C19766)ShieldsCJA,CShieldsCCL,CHonavarCSGCetal:ClinicalCvaria-tionsandcomplicationsofCoatsdiseasein150cases:the2000CsanfordCgi.ordCmemorialClecture.CAmCJCOphthalmolC131:561-571,C20017)ZhaoCQ,CPengCXY,CChenCFHCetal:VascularCendothelialCgrowthCfactorCinCCoats’Cdisease.CActaCOphthalmolC92:Ce225-e228,C20148)LiangT,PengJ,ZhangQetal:Managementofstage3BCoatsdisease:presentationCofCaCcombinedCtreatmentCmodalityandlong-termfollow-up.CGraefesArchClinExpOphthalmolC258:2031-2038,C20209)Mullner-EidenbockCA,CAmonCM,CMoserCECetal:Persis-tentCfetalCvasculatureCandCminimalCfetalCvascularCrem-nants:afrequentcauseofunilateralcongenitalcataracts.OphthalmologyC111:906-913,C2004;10)DassAB,TreseMT:Surgicalresultsofpersistenthyper-plasticCprimaryCvitreous.COphthalmologyC106:280-284,C199911)Ohno-MatsuiK,HirakataA,InoueMetal:EvaluationofcongenitalCopticCdiscCpitsCandCopticCdiscCcolobomasCbyCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomography.CInvestCOph-thalmolVisSci54:7769-7778,C201312)IrvineAR,CrawfordJB,SullivanJH:Thepathogenesisofretinaldetachmentwithmorningglorydiscandopticpit.RetinaC6:146-150,C198613)Linco.CH,CSchi.CW,CKrivoyCDCetal:OpticCcoherenceCtomographyofopticdiskpitmaculopathy.AmJOphthal-molC122:264-266,C199614)TheodossiadisCPG,CGrigoropoulosCVG,CEm.etzoglouCJCetal:VitreousC.ndingsCinCopticCdiscCpitCmaculopathyCbasedConCopticalCcoherenceCtomography.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC245:1311-1318,C200715)KiangCL,CJohnsonMW:formationCofCanCintraretinalC.uidCbarrierincavitaryopticdiscmaculopathy.AmJOphthal-molC173:34-44,C201716)HeidaryG:CongenitalCopticCnerveCanomaliesCandCheredi-taryopticneuropathies.JPediatrGenetC3:271-280,C201417)HirakataCA,CInoueCM,CHiraokaCTCetal:VitrectomyCwith-outlasertreatmentorgastamponadeformaculardetach-mentCassociatedCwithCanCopticCdiscCpit.COphthalmologyC119:810-818,C201218)JainN,JohnsonMW:Pathogenesisandtreatmentofmac-ulopathyCassociatedCwithCcavitaryCopticCdiscCanomalies.CAmJOphthalmolC158:423-435,C201419)TanakaA,SaitoW,KaseSetal:RoleoftheepipapillarymembraneCinCmaculopathyCassociatedCwithCcavitaryCopticCdiscanomalies:morphology,surgicaloutcomes,andhisto-pathology.CJOphthalmol2018:5680503,C201820)FigueroaMS,NadalJ,ContrerasI:Arescuetherapyforpersistentopticdiskpitmaculopathyinpreviouslyvitrec-tomizedeyes.RetinCasesBriefRepC12:68-74,C201821)SobolWM,BlodiCF,FolkJCetal:Long-termvisualout-comeCinCpatientsCwithCopticCnerveCpitCandCserousCretinalCdetachmentofthemacula.Ophthalmology97:1539-1542,780あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(34)–

遺伝学的検査・遺伝子検査

2024年7月31日 水曜日

遺伝学的検査・遺伝子検査GeneticTesting/GeneticAnalysis林孝彰*はじめに小児期発症の網膜疾患のなかで,遺伝性網膜ジストロフィ(inheritedretinaldystrophies:IRD)の存在を見逃さないことは重要である.IRDとは,生まれつきもつ遺伝子変異(用語解説参照)が原因で発症する遺伝性の網膜疾患である.2024年4月13日現在,IRDの原因として284遺伝子が,RetinalInformationNetwork(RetNet)(https://web.sph.uth.edu/RetNet/)に報告されている.網膜色素変性と黄斑ジストロフィがIRDの代表疾患で,いずれも難病に認定されている1~4).網膜色素変性は,IRDのなかでもっとも頻度が高く,4,000人に1人の発症頻度とすれば,日本に約3万人の罹患者が存在する(難病センター:https://www.nanbyou.or.jp/entry/196).網膜色素変性や黄斑ジストロフィの発症年齢はさまざまであるものの,小児期に発症するケースはむしろ少ない.小児期に発症するIRDは,全身合併症を伴う症候性とIRD単独で発症する非症候性に分類される.症候性IRDは希少疾患で,Alstrom症候群,Bardet-Biedl症候群,Senior-Loken症候群,Joubert症候群などが報告されている.非症候性IRDは,生後1年以内に臨床症状(振子様眼振,羞明,夜盲,追視困難,oculo-digi-talサインなど)が出現するLeber先天黒内障,先天性錐体機能不全(青錐体1色覚,杆体1色覚),先天性夜盲(完全型先天停在性夜盲,不全型先天停在性夜盲,白点状眼底,小口病)が代表疾患である5).IRDの原因・責任遺伝子の遺伝子変異をつきとめる検査は,遺伝学的検査(または遺伝子検査)とよばれる6).遺伝学的検査はその結果が血縁者や次世代に影響を与えるため,検査のプロセス,すなわち検査の意義や結果の解釈を正しく理解することが重要である.本稿では,小児期に発症するIRDに対する遺伝学的検査実施のプロセス,種類と方法,結果解釈,実際例,問題点について解説する.I遺伝学的検査実施のプロセス日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」によれば,遺伝学的検査とは,IRDなどの単一遺伝子疾患の診断,加齢黄斑変性や緑内障などの多因子疾患のリスク・易罹患性評価,薬物などの効果・副作用・代謝の推定,個人識別にかかわる遺伝学的検査などを目的とした,核およびミトコンドリアゲノム内の原則的に生涯変化しない,その個体が生来的に保有する遺伝学的情報(生殖細胞系列の遺伝子解析より明らかにされる情報)を明らかにする検査と定義されている7).遺伝学的検査実施にあたっては,本ガイドラインを遵守し,十分な遺伝カウンセリングを提供することが求められる.遺伝カウンセリングは,疾患の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響を理解し,それに適応していくことを助けるプロセスである.このプロセスには,①疾患の発生および再発の可*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学葛飾医療センター〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(17)763能性を評価するための家族歴および病歴の解釈,②遺伝現象,検査,マネージメント,予防,資源および研究についての教育,③インフォームド・チョイス(十分な情報を得たうえでの自律的選択),およびリスクや状況への適応を促進するためのカウンセリングなどが含まれる7).2023年に「IRDにおける遺伝学的検査のガイドライン」8)が発刊されているので,参照していただきたい.しかし,実際の眼科診療で十分な遺伝カウンセリングを提供することは時間的に容易ではない.大学病院などでは,遺伝子診療部と連携することが必要である.未成年者など同意能力がない罹患者に対して遺伝学的検査を実施する場合は,本人に代わって検査の実施を承諾することのできる立場にある者の代諾を得る必要があり,その際は,罹患者の最善の利益を十分に考慮すべきである.また,罹患者の理解度に応じた説明を行い,できるだけ本人の了解(インフォームド・アセント,用語解説参照)を得ることが望ましい7,8).IRD特有のカウンセリングとして,後述する遺伝子治療薬のほかに,さまざまな遺伝子治療や内服治療の臨床試験が実施されていることを伝えることも重要である.特定された原因遺伝子によっては,将来国内で実施される臨床試験の対象者になり得るからである.遺伝学的検査を受けることによって,IRD診断の域に留まらず,臨床試験への参加資格や新たな治療法の開発研究へとつながる可能性がある.II遺伝学的検査の種類・方法2023年6月に両アレル性RPE65遺伝子変異によるIRDに対する遺伝子補充療法薬であるボレチゲンネパルボベク(ルクスターナ注,ノバルティスファーマ社)の製造販売が承認され,同年,IRDに特化した遺伝学的検査「PrismGuideIRDパネルシステム」(シスメックス社)の製造販売も承認された.2024年度からPrismGuideIRDパネルシステムの運用が開始される.これまでIRDに対する遺伝学的検査は,すべて研究レベルで行われてきたが,健康保険の適用となったことは,患者とその家族に光をもたらすという意味で大きな進展といえる.眼科以外では難病領域の遺伝学的検査の保険収載化が進み,2022年度には合計191の検査項目が保険収載(D006-4遺伝学的検査)されるに至っている9).これまでIRDに対して遺伝学的検査が保険収載されなかった理由として,網膜色素変性に絞っても105種類(常染色体顕性遺伝31種類,常染色体潜性遺伝71種類,X連鎖性遺伝3種類)の責任遺伝子がRetNetに報告されており,IRD全体としてはさらに多数の責任遺伝子が存在するため,遺伝子変異をつきとめることがきわめて困難と考えられていたためである.遺伝学的検査を理解するために,遺伝子の構造について述べる.遺伝子はおおまかにプロモータ,エクソン,イントロンの三つから構成されている(図1)6).プロモータは遺伝子の司令塔で,mRNA(メッセンジャーRNA)の発現をコントロールしている.スプライシングによって,遺伝子からmRNAに転写される領域がエクソンで,転写されず除去される領域がイントロンである(図1)6).転写されたmRNAが,蛋白質に翻訳される設計図となる.エクソンとイントロンの境界部は,遺伝子変異の好発部位として知られ,転写に影響を与える.現状,日本で行われているIRDに対する遺伝学的検査は,保険適用となった遺伝子パネル検査,研究レベルで行われている全エクソーム解析,全ゲノム解析の三つがある6).遺伝子パネル検査の試料は血液で,末梢血から白血球を分離しゲノムDNAを抽出する.全エクソーム解析と全ゲノム解析も多くの場合,同様に試料を採取する.それぞれの特徴について述べる.1.遺伝子パネル検査IRDに関連しRPE65遺伝子を含む82遺伝子(表1)を網羅的に調べるPrismGuideIRDパネルシステムが保険収載された.ハイブリダイゼーション・キャプチャー法(用語解説参照)で,各遺伝子のエクソン領域とエクソン・イントロン境界部から10bpイントロン側の配列をキャプチャーし,次世代シークエンサを用いて塩基配列を決定する(図2).詳細は,本システムのカタログ(https://products.sysmex.co.jp/)を参照していただきたい.遺伝学的検査に対する遺伝カウンセリングの提供,インフォームド・コンセント取得後,SRL社などを経由して,採血管が最終的に理研ジェネシス社に配送され解析が行われる.保険収載に先立って,IRDと診断された100例で臨床研究が実施され,遺伝子変異の764あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(18)プロモータ3′5′遺伝子イントロン1イントロン2転写mRNA蛋白質に翻訳図1遺伝子の構造,転写,翻訳エクソンを三つ有する遺伝子を例に示す.ゲノム上でDNA配列中に遺伝子は存在している.DNAや遺伝子は相補性のある2本鎖を形成し存在している.遺伝子が読まれる方向の上流(図の左)側が5′(プライム),下流(図の右)側が3′(プライム)と定義されている.転写によって,イントロンが除去され1本鎖のmRNAとなり,蛋白質翻訳の設計図となる.(文献6より改変引用)表1PrismGuideIRDパネルシステムで解析対象の遺伝子No.対象遺伝子21CYP4V242NR2E363RHO1ABCA422DHDDS43NRL64RLBP12ADGRV123DRAM244NYX65ROM13AIPL124EYS45PCARE66RP14BEST125FAM161A46PDE6A67RP1L15C8orf3726FSCN247PDE6B68RP26CA427GNAT248POE6C69RP97CACNA1F28GRK149PDE6G70RPE658CDH2329GUCA1A50POC1B71RPGR9CDHR130GUCY2D51PRCD72RPGRIP110CEP29031IDH3B52PROM173RS111CERKL32IMPDH153PRPF374SAG12CFAP41033lMPG254PRPF3175SEMA4A13CHM34lQCB155PRPF676SNRNP20014CLRN135KCNV256PRPF877SPATA715CNGA136KLHL757PRPH278TOPORS16CNGA337LRAT58RBP379TTC817CNGB138MAK59RDH1280TULP118CNGB339MERTK60RDH581USH2A19CRB140MYO7A61RGR82ZNF51320CRX41NMNAT162RGS9BP本システムではRPE65遺伝子を含む82遺伝子が解析対象となっている(シスメックス社の製品カタログより抜粋).エクソン・エクソン・エクソン・エクソン・イントロンイントロンイントロンイントロン境界境界境界境界イントロン1イントロン2イントロン33′5′遺伝子10bp10bp10bp10bp塩基配列を決定する範囲塩基配列を決定する範囲図2PrismGuideIRDパネルシステム(シスメックス社)の塩基配列決定領域ある遺伝子のエクソンC2とエクソンC3領域を例として示す.本パネルシステムでは,解析遺伝子のエクソン領域,エクソン・イントロン境界部からイントロン側にC10Cbp(塩基対)の領域の塩基配列を決定する.エクソン・イントロン境界部のイントロン側3′末端(最下流)のC2塩基(アデニン,グアニン)はアクセプター部位と,イントロン側5′末端(最上流)のC2塩基(グアニン,チミン)はドナー部位と定義され,両者はCcanonicalスプライス部位とよばれ,遺伝子変異の好発部位として知られている.本パネルシステムは,canonicalスプライス部位の変異は検出される.一方,エクソン・イントロン境界部からイントロン側にC10Cbpよりさらに深いイントロン側は,ディープイントロンとよばれ,解析対象とはならない.責任遺伝子A責任遺伝子B変異1変異2変異3塩基配列が読まれるリード3′5′3′遺伝子パネル解析全エクソーム解析全ゲノム解析図3遺伝学的検査の解析範囲遺伝子パネル解析,全エクソーム解析,全ゲノム解析領域の違いを示す.遺伝子パネル解析では,責任遺伝子CAが含まれるものの責任遺伝子CBは含まれない.変異C1(責任遺伝子CA)と変異C3(責任遺伝子CB)はエクソン領域に存在し,変異C2(責任遺伝子CA)はディープイントロン領域に存在している.遺伝子パネル解析:解析対象の責任遺伝子CAの変異C1のみを検出.全エクソーム解析:変異C1と責任遺伝子CBの変異C3を検出.全ゲノム解析:イントロン領域も解析範囲であることから,変異1~3のすべてを検出.(文献C6より改変引用)表2バリアントデータベースdbSNPrs番号などChttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/snp/C頻度主体CHGVDgnomAD遺伝子名,rs番号,バリアントC遺伝子名Chttps://www.hgvd.genome.med.kyoto-u.ac.jp/Chttps://gnomad.broadinstitute.org/CJMorp遺伝子名,rs番号Chttps://jmorp.megabank.tohoku.ac.jp/ClinVar遺伝子名,rs番号,バリアントChttps://www.ncbi.nlm.nih.gov/clinvar/C疾患関連CHGMD遺伝子名Chttps://www.hgmd.cf.ac.uk/CLOVDv.3.0遺伝子名Chttps://databases.lovd.nl/shared/genesC統合型CVarSome遺伝子名,rs番号,バリアントChttps://varsome.com/CdbSNP:TheSingleNucleotidePolymorphismdatabase,HGVD:HumanGeneticVariationDatabase,gnomAD:CTheGenomeAggregationDatabase,JMorp:JapaneseMultiOmicsReferencePanel,HGMD:TheHumanGeneMutationDatabase,LOVD:LeidenOpenVariationDatabase図4IntegrativeGenomicsViewerを用いたNF1遺伝子領域・塩基配列の可視化a:染色体C17上に存在するCNF1遺伝子領域のカバレッジはC430Xで,コーディング領域(エクソンC16とC17)が十分にシークエンスされている.Cb:エクソンC17の拡大図.示されているとおり,全リードの約半数で,NF1mRNA(NM_000267.3)のCc.1884の位置でシトシン(C)からアデニン(A)への塩基置換(c.1884C>A,rs555635097)に伴うストップゲイン変異(p.Tyr628Ter)がヘテロ接合性に検出されている.(文献C12より改変引用)カバレッジ欠損範囲カバレッジ母親カバレッジ罹患者(姉)3′カバレッジ罹患者(弟)5′エクソン17エクソン18エクソン19RPGRIP1遺伝子カバレッジ欠損範囲図5IntegrativeGenomicsViewerを用いたRPGRIP1遺伝子領域の可視化全ゲノム解析を行い,RPGRIP1遺伝子のエクソンC17からC19までの領域を示す.杆体C1色覚と診断された姉と弟のカバレッジ・リードアライメントをみると,エクソン18を含む領域が広範囲にホモ接合で欠損している.一方,母親では,同部位のカバレッジはその周囲に比べて明らかに低くなっており,ヘテロ接合で欠損していることが示唆される.(文献C13より改変引用)■用語解説■遺伝子変異:IRDの原因となる生殖細胞遺伝子変異をさす.生殖細胞遺伝子変異は,体細胞変異とは異なり,次世代に遺伝する.生殖細胞とは,配偶子(精子や卵子)の形成過程において受精能力を有している細胞である.インフォームド・アセント:検査や治療を受ける小児患者に対して,その検査や治療について理解できるようにわかりやすく説明し,その内容について本人の納得を得ること.ハイブリダイゼーション・キャプチャー法:ハイブリダイゼーションとは,1本鎖の核酸(DNAやCRNA)が相補性に別の核酸に水素結合を通してC2本鎖を形成することをいう.遺伝子のターゲット領域(塩基配列を決定する部位)のCDNAに対して,プローブCDNA(キャプチャープローブ)を用い,ハイブリダイゼーションによって,ターゲット領域を抽出する方法を,ハイブリダイゼーション・キャプチャー法とよんでいる.リード:次世代シークエンサによって塩基配列が決定される一つの読み取り断片をリードとよんでいる.PCR法産物に例えると,増幅されたCPCR法産物全体のC1分子(2本鎖CDNA)がリードに相当する.通常の次世代シークエンサで読まれるリード長は,150Cbp(塩基対)ほどである.カバレッジ:次世代シークエンサで得られた配列データを評価する際,しばしば出現する専門用語である.次世代シークエンサで読まれるリードデータの重なりをカバレッジ,カバレッジの厚みをカバレッジ深度(coveragedepth)と表現している.遺伝子パネル検査では,100CX(倍)以上のカバレッジで配列が読まれ,全エクソーム解析ではC50CX以上のカバレッジで読まれ,全ゲノム解析ではC25-30CXのカバレッジで読まれる.「カバレッジの均一性(uniformity)が高い」とは,どの遺伝子のカバレッジを比較してもカバレッジ深度に大きな差がないことを意味する.CClinVar:ヒトゲノムのバリアントと関連する疾患についての情報を収集し,誰でもアクセス可能な公開アーカイブとして米国国立生物工学情報センター(Nation-alCCenterCforCBiotechnologyInformation:NCBI)が提供しているデータベースのこと.①CNCBIが管理・運営しているヒトの一塩基置換(singleCnucleotidepolymorphism:SNP)ID(rs番号),②遺伝子名・シンボル,③疾患名などを入力してCClinVar内を検索することができる.二次的所見:IRDの疾患原因となる遺伝子変異を一次的所見とよぶ.一方,全エクソーム解析のような網羅的遺伝子解析では,IRD以外の遺伝子配列も結果的には調べている.ACMGの提案では,遺伝性不整脈や遺伝性腫瘍など,臨床的に有用性のある遺伝子変異を二次的所見と定義している.2021年,開示すべき遺伝子リストとして,35疾患・73遺伝子を報告している.日本医療研究開発機構の小杉班は,「医療現場でのゲノム情報の適切な開示のための体制整備に関する研究」で,「ゲノム医療におけるコミュニケーションプロセスに関するガイドライン―そのC2:次世代シークエンサーを用いた生殖細胞系列網羅的遺伝学的検査における具体的方針(改訂第C2版)」を報告している(https://www.amed.go.jp/content/000087775.pdf)ので,参考にしていただきたい.IRDに対する網羅的遺伝子解析研究のなかで,二次的所見の扱いについては,今後の重要な検討課題である.C-

小児の網膜検査の実際

2024年7月31日 水曜日

小児の網膜検査の実際EvaluationoftheRetinainPediatricOphthalmology原藍子*上野真治*はじめに眼科における検査は,自覚的検査と他覚的検査に大別されるが,小児において自覚的検査は,協力が得られているようでも集中力が足りずに正確な結果が出ない場合が多く,あくまで参考値にとどまることも珍しくない.しかし他覚的検査は,検査の条件がよいことも前提とはなるが,正確な診断の根拠になるものでもあるため,月齢が低く自覚的検査ができない児において診断の重要なツールとなる.本稿では,網膜疾患における検査として代表的な眼底検査,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),蛍光眼底造影検査,網膜電図(electroretino-gram:ERG)の実際の小児検査におけるポイントについて述べる.眼科検査以外においてもいえることであるが,基本的には小児が嫌がらない検査から順に施行し,最後に一番嫌がられる検査を行うのが重要である.I眼底検査眼底検査は網膜疾患において重要であるが,まぶしさを感じる検査で苦痛もあり,保護者の理解を得て行うべきである.抑制を要することも珍しくないが,これはとくに保護者が立ち会うとショックが大きいため,席をはずしてもらうことが望ましい.抑制時は,開始前にしっかり散瞳されていることを確認してから開始する.とくに嫌がる小児に点眼するときは,散瞳薬が涙で流れてしまい,検査時に散瞳されていないこともあるので複数回点眼することが望ましい.抑制には人手が必要なことも多いため,あらかじめスタッフの確保も必要である.点眼麻酔のあとに開瞼器を用いる.開瞼器は小児用にさまざまなサイズや形状があり,ネジ固定式のバンガーター氏開瞼器やデマル氏開瞼鈎の適切な大きさのものを使用する.観察は単眼倒像,双眼倒像でも可能だが,とくに未熟児網膜症の診察においては,強膜圧迫子を用いての診察を要するため,手があく双眼倒像鏡での診察が一般的と思われる.角膜乾燥予防のために,途中で補助者に人口涙液などの点眼を適宜行ってもらう.自然睡眠下で検査可能な場合もあるが,まぶしさで起きてしまうこともある.時間をかけて検査を行いたい場合は鎮静で行うのが望ましい.トリクロホスナトリウムは内服のみで完結するために,簡便に用いられることも多いが,結局あまり効果が出ずに十分な検査ができなかったという経験も珍しくない.しかし,頻度こそ高くはないものの,呼吸停止,心停止まで至った患者も報告されているため,医療者側は十分に注意して過量投与しないようにするべきである.とくに低年齢の乳幼児は,急速に効いて呼吸抑制を生じる場合と,なかなか効かないからと追加を繰り返すうちに覚醒が遅くなり,呼吸抑制に至っている場合もある.トリクロホスナトリウムでの鎮静がむずかしい場合は,経静脈的に鎮静薬投与を行うことになる.とくに抗てんかん薬であるビガバトリンの副作用のチェックなどの検査では,筆者らは,小児科に*AikoHara&ShinjiUeno:弘前大学大学院医学研究科眼科学講座〔別刷請求先〕上野真治:〒036-8562弘前市在府町5弘前大学大学院医学研究科眼科学講座0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(11)757鎮静を依頼して施行している.2019年に神経生理検査時の鎮静における医療安全に関する提言・指針が日本小児神経学会より公開された.検査中に徐脈がないかの観察を行い,可能なら経皮酸素飽和度の測定を行うことが望まれるが,困難な場合には,顔色や呼吸状態などを随時観察すると記載されている1).誤嚥の防止に対しては,2-4-6ルールが提唱されている.2-4-6ルールとは,検査前の経口摂取制限時間のことであり,清澄水は2時間前,母乳は4時間,人工乳,牛乳,粉ミルク,軽食は6時間前までに済ませることをさしている.検査時の誤嚥による窒息を防ぐためには,このルールを遵守して施行すべきである.II光干渉断層計検査OCTは撮像時に近赤外光を用いるため,被験者がまぶしくないので小児でも行いやすい検査である.特殊な手持ちOCTなどがあれば何歳からでも撮影は可能であるが,通常のOCTでの撮影は協力的な児であれば顎台で顔を固定できる2歳頃から可能となる2).OCTにはさまざまな機種があるが,固視がむずかしい小児では,撮影の際に撮影側の機器が固定されているものよりも,左右に動かせるような機器(たとえばハイデルベルグ社製のスペクトラリス)が,患児の視線に合わせて撮影できるので使いやすい.小児の撮影時には,一人で椅子に座れそうな児はあらかじめ椅子を普段よりやや機器に近いところに寄せておき,検査台を低くした状態で座らせると撮影開始までがスムーズである.顎台に顔が届かない児は,保護者の膝の上に座って検査を行う.短時間の検査で撮像するには顔の固定が重要となるが,あまり押し付けようとすると児が嫌がって顔を離してしまうため,顎台の高さや椅子の高さなどの環境を整えるのが重要である.撮影中はなるべく児の眼瞼を触らないようにすると,児が恐怖感なく固視灯を見てくれやすい.検査時には,画面の中に児の好きなキャラクターがいるとか,色の変化など,興味をそそる話をすると固視が持続しやすい.現在ではさまざまなOCTが開発され,広範囲のスキャンや光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)もできるが,時間がかかるため小児ではむずかしいことが多い.短時間で診断に必要な最低限の情報を得るためには,まず黄斑部のラインスキャンの加算回数を減らして記録する.余裕があれば,加算回数を増やし質のよい画像を撮影したり,より広範囲に記録して病巣の範囲を確認したりするとよい.広範囲にOCTを記録する場合には,アイトラッキング機能をオンにすると,1回のスキャン時間は機能オフ時よりも撮像時間が長くなってしまうが,スキャン中の瞬目によるアーチファクトを除外して撮像できるため,小児でもきれいな画像を得やすくなる.III眼底写真眼底に異常のある疾患において,眼底写真を記録することは小児,大人を問わず重要であり,とくに小児の場合は保護者への説明にも役立つ.未熟児網膜症のように病状が刻々と変化し状況によって治療の選択が迫られる疾患は,経時的な変化や治療の効果をみるために眼底撮影が必須となる.また,揺さぶられっ子症候群で訴訟問題になることもあるが,眼底所見が非常に重要になるため,眼底写真を撮影しておくべきである.未熟児網膜症などの乳児の広角の眼底検査でもっとも用いられているのが,手持ちの広角眼底カメラRetCam(Natus社)であろう(図1a).RetCamは画角も130°と広く(図1b),網膜の周辺部の観察が重要な未熟児網膜症の評価になくてはならない存在となっている.近年はスマートフォンに取り付けられるカメラを使用して眼底写真を撮影する報告もあるが,やはり画角が広く,オプションをつければ蛍光眼底造影検査も施行できるRetCamには及ばない.RetCamがない施設では,乳幼児は催眠下またはタオルなどでの抑制のうえ,手持ちの眼底カメラで撮影することになる.いくつかの会社から機器は販売されているが,記録したい範囲を撮影することがむずかしいこともある.眼底検査と同様にスタッフと協力して撮影を行う.今までの通常の眼底カメラでは顎台に顔を乗せられたとしても,周辺視の状態を撮影するのが困難であったが,無散瞳でも周辺部網膜を撮影できる広角眼底カメラの登場により状況は一変した.広角眼底カメラによる眼底写真により,小児の網膜診療に慣れていない眼科医で758あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(12)図1未熟児網膜症のRetCamにおける眼底写真と撮影風景a:RetCamでの実際の撮影風景.b:在胎26週3日,932gで出生した未熟児網膜症Stage2の児の眼底写真である.この写真が撮影された約2週間後,修正39週で両眼にラニビズマブ硝子体注射が施行された.(名古屋大学眼科野々部典枝先生のご厚意による)図2小児の広角眼底カメラでの撮影風景広角眼底写真撮影時には,顔の位置を検査者が調整するが,あまり押さえつけないように注意する.Optos社製の眼底カメラは顎台を設置していないため,椅子を適切な高さにし,成人の撮影よりも椅子を近づけてから中をのぞいてもらい,撮影者が瞳孔の位置を調整して撮影する.図3小児の蛍光眼底造影画像5歳9カ月で当科初診,左眼Coats病の診断となった.検査に非常に協力的で,当科にまだ広角眼底カメラが導入されていなかった時代であったが,その年齢で9方向視も上手にできた画像である.図4RETevalを用いたERGの撮影の実際センサーストリップとよばれるシール型の電極を貼付して波形を記録する.小さなドームの内部から光刺激が発出され,被検者はドームをのぞき込んでERGを記録する.開瞼しているかは赤外線モニターで確認できるため,小児の検査にはとくに有用である.aRODbSFcBF15μV/div05015010020005005025msec/div10msec/div10msec/divdCONEeFLK10μV/div10μV/div0505010010msec/div10msec/div図5HE-2000により記録された国際臨床視覚電気整理学会が推奨するERG波形12歳女児の正常波形である.a:ROD(DA0.01)暗順応下に弱い光刺激で杆体系の機能を評価.b:SF(Standard.ash,DA3)暗順応下に中等度の光刺激で網膜全体の機能を評価.c:BF(Bright.ash,DA30)暗順応下に強度の光刺激で網膜全体の機能を評価.d:CONE(LA3)明順FLK(Flicker,LA30Hz)30Hz応下に中等度の光刺激で錐体系の機能を評価.e:のFlicker刺激により錐体系の機能を評価.

小児網膜疾患の特徴

2024年7月31日 水曜日

小児網膜疾患の特徴CharacteristicsofPediatricRetinalDiseases仁科幸子*はじめに小児の網膜疾患には重篤な視覚障害をきたす疾患が多く,小児の失明原因の約46%を占めている1).しかし,眼科医が眼底検査を行わないと発見できないため,とくに乳幼児期では発見が遅れがちである.近年,検査や診断技術の進歩により,さまざまな網膜疾患の病態解明が進み,早期に的確な診断がついて治療やロービジョンケアを導入できるケースが増えてきた.本稿では,小児の網膜疾患の特徴について概説し,日常臨床においてどのように網膜疾患を発見し,どう診断につなげていくか,その要点を述べる.I小児の網膜疾患の特徴1.小児に起こる網膜疾患の病因小児に起こる網膜疾患は成人に比べて頻度が少ない.また,病因や病態は成人の疾患と異なり,先天異常,周産期異常,遺伝性疾患,全身疾患に伴う疾患が多い.代表的な小児の網膜疾患を表1に示す.これらの疾患を念頭に置いて,所見をとることが重要である.各論については他稿を精読いただきたい.小児の網膜疾患は病因・疾患概念が同一であっても多様な臨床像を呈する.また,乳児期に病像が急速に変化することがあるため,発見時には診断が困難な例もある.しばしば前眼部所見を伴うので,眼球全体を十分観察し,全身疾患や家族歴の有無を調べることが肝要である.2.網膜硝子体の発生と先天異常2)硝子体および網膜の発生は,相互に密接に関与している.小児の網膜疾患の病態を把握するために,網膜硝子体の発生における主要なイベントを知っておきたい.発生初期(胎齢5週頃)に眼杯,水晶体胞,胎生裂が形成されると,胎生裂あるいは眼杯前縁と水晶体胞の間隙から眼杯内に神経堤細胞と血管が侵入して初期の硝子体(第一次硝子体)が発生する.つぎに血管を含まない第二次硝子体が網膜側より発達し,第一次硝子体は萎縮消失してCloquet管になる.初期発生に異常をきたすと,小(無)眼球となり,網膜硝子体のみならず,全眼球に及ぶ高度の先天異常となる.発達期の眼球内を栄養する硝子体血管系は,内頸動脈由来の背側眼動脈の分枝として発生し,胎生裂から眼杯内に侵入する.胎齢6~7週で胎生裂が閉鎖するが,このイベントが正常に進まないと網脈絡膜コロボーマを生じ,重症例では虹彩・水晶体から視神経乳頭に及ぶ広汎なコロボーマとなる(図1a).胎生裂の閉鎖後,視神経乳頭から水晶体後部に向かう本幹と分枝(硝子体固有血管)が発達し,水晶体血管膜に続く.また,眼杯外で伸びた背側および腹側眼動脈は眼杯前縁で血管輪を形成して水晶体血管膜と吻合する.硝子体血管系は胎齢10~12週にもっとも発達するが,硝子体固有血管は胎齢15~20週,本幹は周産期までに退縮する.しかし,胎生期の硝子体血管系が異常増殖もしくは遺残すると,硝子体血管系遺残(persistenceof*SachikoNishina:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕仁科幸子:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(5)751表1小児に起こる代表的な網膜疾患分類代表的網膜疾患先天異常胎生血管系遺残,家族性滲出性硝子体網膜症,Norrie病,網膜有髄神経線維,黄斑低形成,網脈絡膜コロボーマ周産期異常未熟児網膜症他の血管増殖性疾患Coats病全身疾患・症候群に伴う網膜疾患色素失調症,眼白皮症・眼皮膚白皮症,先天代謝異常,症候性網膜色素変性症(Usher症候群,Bardet-Biedl症候群,Kearns-Sayer症候群,Cockayne症候群など),Stickler症候群,Marfan症候群,結節性硬化症,白血病網膜症遺伝性網膜ジストロフィLeber先天盲・早発型網膜色素変性症,先天網膜分離症,先天停止性夜盲,卵黄状黄斑ジストロフィ,Stargardt病,錐体(杆体)ジストロフィ,白点状眼底,杆体一色覚腫瘍性疾患網膜芽細胞腫,網膜過誤腫,網膜血管腫感染・炎症性疾患胎内感染(トキソプラズマ,サイトメガロウイルスなど),サルコイドーシス,中間部ぶどう膜炎外傷虐待性頭部外傷,裂孔原性網膜.離図1網膜硝子体の発生異常による疾患a:小眼球・網脈絡膜コロボーマ.b:後部型硝子体血管系遺残.c:進行性の牽引性網膜.離を呈する家族性滲出性硝子体網膜症.d:黄斑低形成.る.未熟児網膜症は発達途上の網膜血管に起こる増殖性疾患であるが,在胎週数が少ないほど網膜血管が未発達なため重症化する.家族性滲出性硝子体網膜症(familialexudativevitreoretinopathy:FEVR)は,遺伝素因によって網膜血管の発育不全が起こり牽引網膜,網膜ひだ,牽引性網膜.離,白色瞳孔など,左右眼に進行性の多彩な網膜異常をきたす(図1c).網膜は眼杯内板(神経網膜),外板(網膜色素上皮)から発生分化する.胎齢7~8週には神経節細胞が分化し,神経線維の進展が始まるが,視神経無形成が起こると,網膜血管の形成も阻害される.網膜層構造は胎齢7~9カ月頃までに発達するが,後極部では発達が早く周辺部では遅い.さらに黄斑部が完成するのは生後4カ月頃である.網膜の形成異常(異形成)があれば,第二次硝子体の発生が障害され,眼球全体の発育不全(小眼球)をきたしやすい.また,さまざまな先天異常に合併して,もしくは単独に黄斑低形成が起こる(図1d).3.小児の網膜硝子体疾患の特殊性3)発達途上にある小児の網膜硝子体の特殊性は,病態・病像に大きく関与する.おもな特徴として,眼球の形態・機能とも未発達であること,高度の増殖や牽引が起こること,網膜が伸展性に富むこと,ときに遺残組織を伴うこと,硝子体線維の走行が成人とは異なること,網膜硝子体間の接着が強いことがあげられる.未熟児網膜症,FEVR,Coats病,色素失調症に伴う血管増殖性の網膜症では,急速に牽引性変化が進行して,牽引網膜,網膜ひだ,水晶体後面に向かう牽引性網膜.離・白色瞳孔など小児に特有の網膜.離の形態を呈する.発達途上で視覚の感受性の高い乳幼児期に起こる網膜疾患は,たとえ治療ができたとしても,重篤な視覚障害をきたしやすい.片眼性や左右差のある両眼性の重症眼では,高度の弱視をきたし,視機能の予後はきわめて不良である.II網膜疾患の発見と診断1.乳幼児の眼底検査はいつ行うか小児の視覚障害の84%は0歳で発生する.原因疾患として未熟児網膜症が16.9%,先天眼底疾患は合わせて約25%を占めている1).新生児期,乳児期から,眼科医は初診時に必ず散瞳して眼底検査を行うよう努めたい.とくに以下の場合には,眼底検査が必須である.①眼症状がある網膜疾患を疑う症状として,白色瞳孔・猫眼,小眼球,視反応不良,斜視,眼振,羞明,夜盲などがあげられる.保護者から気になる症状を聴取した場合には,必ず眼底検査を行う必要がある.産科,小児科,保健師など,他科多職種にも,日頃から周知を図りたい.②家族歴がある網膜芽細胞腫,小児期・若年期の網膜.離,網膜疾患をきたす全身疾患の家族歴がある場合には,生後1カ月までに眼底検査を受けるように勧めたい.網膜芽細胞腫,FEVR,色素失調症では,超早期の治療が視覚の予後向上に寄与する.遺伝子検査が保険収載されている網膜芽細胞腫,遺伝性網膜ジストロフィ,難聴,先天異常症候群などは,両親の遺伝子検査結果をもとに,眼底検査や精密検査〔網膜電図(electroretinogram:ERG),光干渉断層計(opti-calcoherencetomography:OCT)など〕を計画する.米国では網膜芽細胞腫に対し,RB1遺伝子変異患者家系のリスク評価と,リスクのある小児の眼底スクリーニングについて,ガイドラインを策定している4).ハイリスク児に対しては,生後8週まで2~4週おきに眼底検査,8週~1歳までは毎月の眼底検査を全身麻酔下で行うことを推奨している.日本では遺伝子検査や全身麻酔下検査をルーチンに実施できる施設が限られているが,今後,参考にすべき管理法である.③新生児集中治療室(NICU)診療未熟児網膜症の眼底検査の開始時期は定まっているが,未熟児以外の患児に対しても,NICU診療の一環として積極的に眼底検査を行う.胎内感染が疑われる児,網膜疾患を伴う全身疾患や症候群を疑う児に対しては,可及的早期に眼底検査を行えるように,新生児科医と連携をとる.原因不明の全身症状に対し,眼底所見が診断に役立つこともある.④小児科からの依頼小児科医が眼異常を疑った場合や,眼異常を伴う全身(7)あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024753図3虐待性頭部外傷の眼底所見5カ月,女児.眼底後極部から周辺部まで及ぶ多発性・多層性の動静脈からの網膜出血,黄斑部を含むドーム状の出血性網膜分離・網膜ひだを認める.図23歳児健診で斜視判定となり発見された網膜疾患a:右眼偽斜視.b:右眼牽引網膜,家族性滲出性硝子体網膜症の疑い.abc図4色素失調症の眼底所見3カ月,女児.a:右眼後極部眼底,網膜血管の拡張や蛇行を認める.b:右眼中間周辺部眼底,網膜血管走行異常と拡張蛇行が顕著にみられ,網膜血管の異常吻合・ループ形成を認める.c:蛍光眼底造影所見,網膜血管の透過性亢進,顕著な網膜動脈閉塞と無灌流域を認める.早急に光凝固治療を実施した.

序説:小児の網膜疾患 

2024年7月31日 水曜日

小児の網膜疾患PediatricRetinalDisorders佐藤美保*外園千恵**日下俊次***小児の網膜疾患の診療にはさまざまなむずかしさがある.小児の診察そのものが特殊で多くの医師は苦手としていること,小児の網膜疾患は頻度が少ないこと,さらに疾患によっては大人と所見が大きく異なることなどから,診断までに長い時間がかかることもまれではない.さらに手術はもちろんだが術後管理もむずかしい.平行して行う弱視治療やロービジョンケアも必要である.小児の疾患であっても青年.成人期になると新たな問題がでてくる.治療の晩期合併症,進学,就職,結婚などの問題,次世代への遺伝の問題などがもちあがる.成長の過程で転居したり医師の交代が起きたりすることがあり,子どもの頃からケアしてきた眼科医がずっと経過を追えないことも多い.未熟児網膜症に対する抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内投与や網膜色素変性症に対する遺伝子治療など新しい治療が開発されているが,それには新たな問題も起きてくる.小児眼科医だけではなく,すべての眼科医がどこかの時点でなんらかの形でかかわる可能性があるため,その時々に知識をアップデートすることが求められる.幸いなことに,診断に関しては診断機器の進歩や遺伝子診断がめざましく,これまで診断がなかなかつかなかった遺伝性網膜疾患が皮膚電極網膜電図(electroretinogram:ERG)によって診断ができたり,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)や広角眼底カメラの発展によって低年齢の子どもたちの網膜の状態をこれまでより早期に的確に診断できたりするようになってきた.国立成育医療研究センターの仁科幸子先生には,豊富な臨床経験に基づいた小児網膜疾患の特徴と診断方法を解説いただいている.いつ,どのような訴えのときに重篤な眼疾患を疑うか,最新の健診事情など,一般の眼科診療の範囲で知っておくべき知識を網羅していただいた.弘前大学の原藍子先生と上野真治先生にはさまざまな検査の具体的方法について記載していただいている.ERGや広角眼底写真撮影,OCTなどの検査は,最初から「子どもには無理」と思い込まないことが大切である.実際の検査は時間がかかり,慣れたスタッフと医師の経験が要求される.視能訓練士の協力は必須であるが,どの検査をどの順序で行うか,今日できなかった検査をいつするか,小児科医の協力を得て鎮静化で行うか,などの判断は医師が下さなくてはならない.また,現在大きな問題となっている揺さぶられっこ症候群では眼底写真が重要であることから,撮影方法を日常から修練しておくことが大切である.慈恵医大の林孝彰先生には遺伝学的検査について詳細*MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学講座**ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学***ShunjiKusaka:近畿大学医学部眼科学教室0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(1)747に記載していただいた.網膜色素変性症に対する遺伝子治療が開始されたことで,多くの網膜色素変性患者はその恩恵を期待している.ただし適用患者決定のための遺伝子診断はごく限られた施設のみで行われ,一般の眼科医の関心は不十分かもしれない.希望する患者にどのように説明するか,そのための費用は,など一般の眼科医も最低限の知識が要求されている.次に,さまざまな小児網膜疾患のなかから頻度が比較的高く,誰もが一度は診察する可能性のある疾患を各論でとりあげた.先天異常の多くは,教科書でみて知っていても実際に経験する眼科医は多くないと思われる.先天異常とはいっても生後すぐに症状が明らかなことばかりではなく,成長に伴い異常が明らかになってくる進行性の疾患や先天異常が引き起こす二次的な障害もあり,いずれも長く経過をみる必要がある.ある程度初期の治療が終了し,進行が止まった段階で一般眼科医にフォローが依頼される場合もある.胎生血管系遺残(persistentfetalvasculature:PFV),ピット黄斑症候群(pit-macularsyndrome),コロボーマ,朝顔症候群などに伴う網膜.離はもっとも予後の不良な状態であるが,新しい治療方法の報告もみられている.手術予後や手術適用も含め最新の考え方を杏林大学の横井匡先生に解説をお願いした.未熟児網膜症は近年治療方法や予後がもっとも大きく進歩した眼科疾患の一つといってよい.それは周産期医療が発達し低出生体重児の全身管理が良くなったことも大きな要因であるが,抗VEGF薬の硝子体注射が一般的に行われるようになり,重篤な未熟児網膜症(retinopathyofprematurity:ROP)の治療が可能になったことがあげられる.その一方で,治療後の長期にわたる眼底変化と追加治療のためのガイドラインなど未確定の部分も多く,診療にあたる医師は常に情報をアップデートしておく必要がある.大阪大学の福嶋葉子先生には新たな国際分類も含め最新の情報を記載していただいた.網膜芽細胞腫はわが国を含む先進国では生命予後が良好な悪性腫瘍であるが,その分,長期にわたる管理が必要である.特に遺伝性の場合には,二次癌の発生が現在も問題である.現在ではレーザー治療,冷凍凝固,小線源放射線治療や全身化学療法などを行い眼球温存に努めるが,それでも眼球温存率は50%である.そして成人になってからのケアも必要であることを忘れてはならない.乳幼児期に大量の化学療法を受けていること,両側性の場合の次世代への遺伝が50%の確率で起きるなど,AYA世代と呼ばれる思春期・若年成人世代へのケアも重要である.国立がんセンターの鈴木茂伸先生には,わが国で行われている治療方針とともに,網膜芽細胞腫の出生前診断,着床前診断による早期診断・早期治療への課題も示していただいた.遺伝性網膜ジストロフィは近畿大学の國吉一樹先生に解説いただいた.小児期は眼底検査が困難であること,所見が少ないこと,そして屈折異常を伴うことが多いことから,弱視として治療を受けていることも少なくない.弱視治療を行っても視力の向上が十分にみられない場合には,OCTやERGなど小児でも可能な検査を積極的に行い診断につなげる必要がある.遺伝性網膜ジストロフィの診断がついても,弱視としての治療を視覚感受性期間内に行うことは意味がある.家族性滲出性硝子体網膜症(familialexudativevitreoretinopathy:FEVR)については,長年精力的に治療,研究にあたっておられる産業医大の近藤寛之先生に執筆していただいた.FEVRは小児先天網膜.離の原因としては比較的頻度の高い疾患である.疾患の重症度に血縁内での差があることから,未診断のFEVRは決して少なくないと思われ748あたらしい眼科Vol.41,No.7,2024(2)

強膜炎と辺縁系脳炎を発症した再発性多発軟骨炎の1 例

2024年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科41(6):733.739,2024c強膜炎と辺縁系脳炎を発症した再発性多発軟骨炎の1例案浦加奈子*1,2渡辺芽里*1川島秀俊*1*1自治医科大学眼科学講座*2原眼科病院CRelapsingPolychondritisPresentingasScleritisandLimbicEncephalitisKanakoAnnoura1,2)C,MeriWatanabe1)andHidetoshiKawashima1)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)HaraEyeHospitalC目的:強膜炎の治療中に耳介腫脹と辺縁系脳炎を併発し,耳介生検で再発性多発軟骨炎(RP)の診断に至った症例を報告する.症例:46歳,男性.両眼の充血と強度の眼痛で当科を紹介受診,プレドニゾロン内服C30Cmg/日を開始した.7カ月かけて漸減終了したが,軽度の充血は持続していた.内服終了後C1カ月で両耳介の腫脹が出現,意識障害で当院へ救急搬送された.MRIで辺縁系脳炎を認め,耳介生検でCRPの診断が確定した.内科でステロイドパルスC2回,エンドキサンパルスC3回,リツキシマブ投与C4回が投与され,その後トシリズマブ導入,メトトレキサート,デキサメタゾン内服を併用した.高次機能障害は残存したが全身症状の悪化はなく,退院となった.退院後C2カ月でステロイド点眼も中止したが眼症状の再燃なく経過している.結論:強膜炎においてCRPは鑑別診断として考慮すべき疾患である.さらに,RPは中枢神経系の合併症を非常にまれだが伴うことがあるので,留意すべきである.CPurpose:Toreportacaseofdevelopingauricularswellingandlimbicencephalitisduringtreatmentforscleri-tis,CleadingCtoCaCdiagnosisCofrelapsingCpolychondritis(RP)viaCauricularCbiopsy.CCase:AC46-year-oldCmaleCwasCreferredCtoCourCdepartmentCdueCtoCrednessCandCsevereCocularCpainCinCbothCeyes.COralprednisolone(30Cmg/day)Cwasprescribed,andtheconditionwasresolvedoveraperiodof7months.However,swellingofbothauriclesthenappeared,andhewasrushedtotheemergencyroomatourhospitalduetoimpairedconsciousness.Magneticreso-nanceCimagingCrevealedClimbicCencephalitis,CandCauricularCbiopsyCcon.rmedCaCdiagnosisCofCRP.CForCtreatment,Cste-roidpulsetherapy,intravenouscyclophosphamide,rituximab,tocilizumab,methotrexate,anddexamethasonewereadministered.Higherbraindysfunctionremained,butsystemicsymptomsdidnotworsen,andhewasdischargedwithnosubsequentrecurrenceofeyesymptoms.Conclusions:Amongscleritispatients,RPshouldbeconsidered,asitcanbeaccompaniedbycomplicationsofthecentralnervoussystem.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(6):733.739,C2024〕Keywords:強膜炎,再発性多発軟骨炎,耳介生検,辺縁系脳炎.scleritis,recurrentpolychondritis,auricularbi-opsy,limbicencephalitis.Cはじめに再発性多発軟骨炎(relapsingCpolychondritis:RP)は,全身の軟骨組織に特異的に,再発性の炎症をきたす比較的まれな難治性疾患である1).中枢神経系の合併症を伴うこともあるが,非常にまれであり1,4),今回,筆者らは強膜炎の治療中に耳介腫脹と辺縁系脳炎を併発し,耳介生検でCRPの確定診断に至ったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:46歳,男性.主訴:両眼の充血と眼痛.既往歴:特記事項なし.現病歴:20XX年C9月頃より両眼の充血と眼痛があり,近医を受診,0.1%ベタメタゾン点眼頻回投与や,デキサメタゾン結膜下注射が施行されたが改善せず,右眼C32CmmHg,左眼C26CmmHgと眼圧上昇も認め,0.1%ベタメタゾン点眼液C2時間おき,ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩配合点眼液が投薬されたうえで,20XX年C11月に精査加療目的で当院紹介初診となった.初診時所見:視力は右眼(1.2),左眼(1.2).眼圧は右眼〔別刷請求先〕案浦加奈子:〒329-0498栃木県下野市薬師寺C3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:KanakoAnnoura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPANC図1a初診時前眼部所見(右眼/左眼)両眼とも角膜は透明で,びまん性に強膜充血を認めた.図1b初診時超音波Bモード(右眼/左眼)明らかな強膜肥厚は認めなかった.18CmmHg,左眼C19CmmHg.両眼とも角膜は透明で,びまん性に強膜充血を認めた.前房内炎症はなく,水晶体は軽度の白内障があったが,後眼部に異常所見は認めなかった.超音波CBモード検査では,明らかな強膜肥厚は認めなかった(図1a,b).臨床検査所見:初診時の血液検査では,白血球C7,800/μl,C反応性蛋白(CRP)はC0.45Cmg/dlと軽度の上昇を認めるのみで,リウマチ因子,抗核抗体,抗白血球細胞質抗体(P-ANCA,C-ANCA)の上昇はなかった.その他特記すべき異常は認めなかった.経過:疼痛が非常に強く,感染が原因ではない強膜炎として,初診時よりプレドニゾロン(PSL)30Cmg/日内服を開始した.眼症状は改善傾向であったため,20XX年C12月頃よりCPSL10mg/日へ漸減したが,充血の再燃を認め,PSL20mg/日へ増量とし,両眼へデキサメタゾン結膜下注射も行った.その後は眼症状は落ち着いたため,20XX+1年1月頃よりCPSL15mg/日に減量したところ,記憶障害,食欲不振,不眠,不安症状などが出現した.精神症状はCPSL内服の影響もあると考え,20XX+1年C2月頃からCPSL10Cmg/日へ,3月頃よりC5mg/日,4月頃よりC2.5mg/日へ減量したが,同時期から多弁,妄想,幻聴が出現した.5月頃よりCPSLはさらにC1Cmg/日に減量としたが,症状は改善せず,精神科を受診した.器質的疾患の除外目的で血液検査と頭部CMRIが施行された.血液検査では,白血球C7,400/μl,Hb12.7Cg/dl,MCV100C.の軽度の正球性正色素性貧血,CRPはC0.02と上昇はなく,ビタミンCB12はC620Cpg/mlと正常範囲内であった.葉酸はC3.1Cng/mlと低下を認めたが,アルコール多飲歴もなく,経過観察とされた.MRIでは活動性のある病変はなしと判断された(図2a).精神科ではステロイドを誘引とした双極性障害として,抗精神病薬が処方された.眼所見は落ち着いており,20XX+1年C6月頃よりCPSLは中止とした.軽躁状態や不安症状は改善したが,記憶障害は残存した.7月頃より,両耳介の腫脹を認めていたが,経過観察としていた.8月頃からは吃逆や咳き込みなどの症状も認めた.図2a精神科受診時の頭部MRI(FLAIR画像)同時期に軽度の結膜充血が出現しており,点眼強化で経過観察としていた.9月C5日にC37.9℃の発熱を認めたが,内科受診はせず,自然経過で解熱した.9月C7日,筋強直を伴う意識障害にて当院へ救急搬送となった.入院までの経過を図3に示した.血液検査では,白血球C10,700/μl,CRP4.91Cmg/dlと上昇を認め,両側耳介に発赤・腫脹を認めた(図2b).ビタミンB1はC37Cng/mlと正常であった.髄液検査では単核球優位の細胞数上昇(細胞数:22/μl,単核球C16/μl,多形核球C6/μl)とCIL-6の上昇(872Cpg/ml)を認めた.頭部CMRIでは辺縁系脳炎を認め(図2c),同日神経内科に緊急入院となった.ヘルペス性脳炎と診断され,アシクロビルが投与開始された.けいれん重責状態に対しては抗てんかん薬が投与され,人工呼吸器が装着された.翌日には意識障害,耳介の発赤・腫脹は改善傾向にあったが,9月C15日のCMRI検査で両側海馬傍回と両側尾状核,左外障,右側頭葉皮質にも異常信号を認めた(図2d).入院時の両耳介所見,強膜炎の既往からRPが疑われ,同日耳介生検が行われた.病理結果ではCRPの所見として了解可能であり,確定診断となった(図2e).髄液CHSV-DNA-PCRは陰性が確認され,アシクロビル内服は中止となった.アレルギーリウマチ科へ転科し,9月C30日よりステロイドパルスを開始した.入院中,脳波検査やMRI検査,髄液検査所見に応じてステロイドパルスC2回,エンドキサンパルスC3回,リツキシマブ投与C4回が施行された.20XX+2年C1月よりトシリズマブを導入,3月よりメトトレキサートC6Cmg/週を追加,12Cmg/週まで増量し,メトトレキサートC12CmgとデキサメタゾンC2.25Cmg内服のみで経過観察となった.炎症後の顕著な脳実質の萎縮に伴い(図2f),高次機能障害は残存したが,全身症状の悪化はなく,20XX+2年5月図2b入院時耳介所見両耳介の発赤腫脹を認めている.に退院となった.眼所見については,内科でステロイドパルス加療開始後C9日後の往診では,充血は完全に消退していた.その後も所見の悪化はなく,退院後C2カ月でステロイド点眼も中止としたが,現在も再燃なく経過している(図2g).CII考按RPは,全身の軟骨組織に特異的に再発性の炎症をきたす比較的まれな難治性疾患である.日本における患者数はC400.500人と推定されている.さまざまな年齢で発症するが,発症年齢のピークはC40.50代で,性差はないとの報告が多い1).臨床症状は,耳介軟骨炎,非びらん性の炎症性多発関節炎,鼻軟骨炎,皮膚病変(特有の皮疹はなく,口内アフタ,結節性紅斑,紫斑など非特異的な皮膚症状を呈する)や,肺炎・気管支炎のほか,心臓血管病変として,大動脈弁閉鎖不全症や僧帽弁閉鎖不全症,心膜炎,心筋炎,心筋梗塞,不整図2c入院時頭部MRI(FLAIR画像)両側海馬傍回,右尾状核にCFLAIRで異常高信号(白丸部分)を認め,辺縁系脳炎を生じていた.図2d入院10日後MRI(FLAIR画像)両側海馬傍回と両側尾状核,左外障,右側頭葉皮質にも異常信号の増悪を認めた(白丸部分).脈(房室ブロック,上室性頻脈),大血管の動脈瘤などが起こることがある.呼吸器合併症や心血管病変は死亡の原因となる.また,まれに腎障害および骨髄異型性症候群,白血病を認め,重症化する1,4).初発症状は耳介の疼痛,発赤が多く,患者のC80.90%にみられる.耳介が崩壊すると外耳道閉塞をきたし,伝音性難聴となることもある1,4).眼病変はC50.65%の患者にみられ,強膜炎,上強膜炎,結膜炎,ぶどう膜炎が中心であるが,視神経乳頭炎を伴い重症化することもある.強膜炎の原因疾患としては,関節リウマチ,ANCA関連血管炎などについで多く,強膜炎患者の約2.4%を占める1).中枢神経症状としては脳炎や髄膜炎,脳梗塞,脳出血を合併することがあるが,わが国ではまれであり,全経過のなかで,1割にも満たない.男性に有意に多く,死亡率はC18%と高い1,4).血液検査は特異的な所見に乏しいが,炎症状態に応じて血沈亢進,CRP上昇がみられる.正球性正色素性貧血を呈することもある.33%が抗CTypeIIコラーゲン抗体陽性,22.66%が抗核抗体陽性,約C16%がリウマチ因子陽性,24%でANCA陽性となるが,今回の患者では,抗CTypeIIコラーゲン抗体は測定しておらず,他の抗体も陰性であった1).図2e耳介軟骨病理軟骨周囲に軽度.中等度の炎症細胞の浸潤を認め,軟骨辺縁部は好酸性を帯び,周囲間質との境界が一部で不明瞭になっていることから再発性多発軟骨炎として了解可能であった.図2f退院時頭部MRI(FLAIR画像)脳実質全体の顕著な萎縮により,くも膜下腔が目立っている.図2g退院5カ月後の前眼部所見強膜炎病態は完全に消退し,炎症の再燃なく経過している.表1McAdamらの診断基準(1976年)2)1.両側性耳介軟骨炎2.非びらん性,血清陰性,炎症性多関節炎3.鼻軟骨炎4.眼炎症5.気道軟骨炎6.蝸牛あるいは前庭機能障害※C6項目のうちC3項目以上が陽性.表2Damianiらの診断基準(1979年)3)1.McAdamらの診断基準でC3項目以上が陽性2.McAdamらの診断基準でC1項目以上が陽性で,確定的な病理組織所見3.軟骨炎が解剖学的に離れたC2カ所以上で認められ,ステロイド/ダプソン治療に反応して改善する場合診断には,McAdamの基準とCDamianiの基準が用いられるが(表1,2)2,3),本症例においては,McAdamの基準はC2項目のみ該当で診断基準を満たさなかったが,Damianiの基準では病理組織所見とあわせて確定診断に至った.今回の症例で生じた辺縁系脳炎とは,海馬,扁桃体などを含めた大脳辺縁系が障害される脳炎のことをさし,臨床症状としては幻覚・妄想・興奮・抑うつなどの精神症状,それらに基づく異常行動,意識障害,けいれん発作などを生じる5).自己免疫性脳炎で呈することの多い臨床所見であり6),頭部MRIのC.uidCattenuatedCinversionrecovery(FLAIR)画像やCdi.usionweightedCimage(DWI)において両側性に側頭葉内側の異常信号変化を認めた場合に同疾患の可能性が高いといわれている7).まれではあるがCRPにも合併することがあり2,12),発症機序としては,全身性エリテマトーデスなど図3内科入院までの経過に類似した中枢神経系の血管炎に起因するもの8)と考えられている.自己免疫性脳炎の治療としては,第一選択免疫療法として,メチルプレドニゾロンパルス療法(intravenousmethyl-prednisolone:IVMP),免疫グロブリン大量静注(intrave-nousimmunoglobulin:IVIg),血液浄化療法などを単独もしくは組み合わせて行い,第二選択免疫療法として,リツキシマブあるいはシクロホスファミドによる治療が行われる.近年では,第二選択免疫療法で効果がみられない患者に対して,形質細胞の産生を阻害するプロテアソーム阻害薬(bort-ezomib),インターロイキンC6受容体阻害薬(tocilizumab),低用量インターロイキンC2療法で改善がみられたとの報告もある7,9,10).RPに伴うものでは,ステロイド単剤での治療11)や,ジアフェニルスルホン(ダプソン),シクロホスファミド,メトトレキサート,シクロスポリンの併用や,インフリキシマブを用いた治療報告がある12).今回の症例でも,同様の加療が用いられ,高次機能障害は残存したが,全身症状は改善した.本症例では当初ステロイド精神病が疑われたが,精神症状が辺縁系脳炎の初期症状であった可能性は高く,その時点で神経内科に相談を行うことで早期に治療介入を行うことが開始できた可能性は否めない.反省すべき点であったと考える.強膜炎の診断においては,RPも念頭に身体診察や問診を行うべきと考えられる.さらにCRPにおいては,非常にまれではあるが中枢神経症状を合併することがあるため,経過中に精神症状の変化があれば速やかに神経内科との連携を図ることが必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)田中理恵,蕪城俊克:再発性多発軟骨炎.あたらしい眼科C33:941-946,C20162)McAdamLP,CO’HanlanCMA,CBluestoneCRCetal:Relapsingpolychondritis:prospectiveCstudyCofC23CpatientsCandCaCreviewCofCtheCliterature.Medicine(Baltimore)C55:193-215,C19763)DamianiCJM,CLevineHL:RelapsingCpolychondritis-reportCoftencases.LaryngoscopeC89:929-946,C19794)鈴木登:新薬と臨牀69:131-137,C20205)近江翼,金井講治,陸馨仙:総合病院で行われる自己免疫性脳炎の治療の実際.当センターで経験したC7症例をふまえて.精神科救急20:100-109,C20176)木村有喜男,千葉英美子,重本蓉子:自己免疫性辺縁系脳炎.画像診断42:1092-1093,C20227)木村暁夫:神経免疫疾患の最新治療.日本内科学会雑誌C110:1601-1610,C20218)StewartCSS,CAshizawaCT,CDudleyAWCJrCetal:CerebralCvasculitisCinCrelapsingCpolychondritis.CNeurologyC38:150-152,C19889)ScheibeCF,CPrussCH,CMengelCAMCetal:BortezomibCforCtreatmentCofCtherapy-refractoryCanti-NMDACreceptorCencephalitis.NeurologyC88:366-370,C201710)AbboudCH,CProbascoCJ,CIraniCSRCetal:Autoimmuneencephalitis:proposedrecommendationsforsymptomaticandlong-termmanagement.JNeurolNeurosurgPsychia-tryC92:897-907,C202111)藤原聡,善家喜一郎,岩田真治ほか:脳炎を発症した再発性多発軟骨炎のC1例.脳神経外科C40:247-253,C201212)KondoT,FukutaM,TakemotoAetal:Limbicencepha-litisassociatedwithrelapsingpolychondritisrespondedtoin.iximabCandCmaintainedCitsCconditionCwithoutCrecur-renceCafterCdiscontinuationCNagoyaCJCMedCSciC76:361-368,C2014C***

非小細胞肺癌に対する化学免疫療法中に生じた Vogt-小柳-原田病様汎ぶどう膜炎の1 例

2024年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科41(6):728.732,2024c非小細胞肺癌に対する化学免疫療法中に生じたVogt-小柳-原田病様汎ぶどう膜炎の1例黒木洋平山本聡一郎江内田寛佐賀大学医学部眼科学講座CACaseofVogt-Koyanagi-Harada-LikePanuveitisDuringChemoimmunotherapyforPrimaryLungCancerYoheiKuroki,SoichiroYamamotoandHiroshiEnaidaCDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicineC目的:肺癌に対して免疫チェックポイント阻害薬(ICI)加療中に両眼に生じたCVogt-小柳-原田病(VKH)様ぶどう膜炎のC1例の経過を報告する.症例:75歳,男性.非小細胞肺癌(stageIVA)に対して,ICI加療開始C4カ月後に眼痛が出現し,佐賀大学附属病院眼科に紹介となった.両眼漿液性網膜.離(SRD),脈絡膜肥厚を認め,フルオレセイン蛍光造影検査でCSRDと一致する多発点状蛍光漏出,視神経乳頭の過蛍光,インドシアニングリーン蛍光造影検査で中期から後期にCdarkspotを認めた.ICI使用に伴うCVKH様ぶどう膜炎と診断し,呼吸器内科と協議してCICIの休薬を行い,トリアムシノロン後部CTenon.下注射(STTA)のみでCSRDは消失した.経過中生じた薬剤性肺障害に対してプレドニゾロン内服をC6.5カ月行い,現在まで再発は認めていない.結論:本症例では一般的なCVKHと異なり,単回CSTTAとCICIの中止のみで眼炎症は軽快した.しかし,ICI中止の判断はむずかしく,対応には他科との連携した介入が重要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)-likeCuveitisCthatCappearedCduringCimmuneCcheckpointinhibitor(ICI)therapyforlungcancer.CaseReport:A75-year-oldmalewasreferredtotheDepart-mentofOphthalmology,SagaUniversity,duetoocularpain4monthsafterthestartofICItherapyforlungcan-cer.CSerousCretinaldetachment(SRD)andCchoroidalCthickeningCwereCobserved.CFluoresceinCangiographyCshowedC.uorescenceCleakageCconsistentCwithCSRD.CIndocyanineCgreenCangiographyCshowedCmidCtoClateCdarkCspots.CTheCpatientCwasCdiagnosedCasCVKH-likeCuveitisCrelatedCtoCICI,CandCICICwasCdiscontinuedCafterCconsultationCwithCtheCdepartmentCofCpulmonology.CMoreover,CsubtenonCtriamcinoloneacetonide(STTA)injectionCwasCperformedCandCSRDresolved.Prednisolonewasadministeredfor6.5monthstoaddressdrug-inducedlungdisease,withnouveitisrecurrenceCobserved.CConclusion:InCthisCcase,CocularCin.ammationCwasCrelievedCviaCdiscontinuationCofCICICandCSTTAinjection.SincedecidingtodiscontinueICIiscomplex,cooperationwithotherdepartmentsisimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(6):728.732,C2024〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,ぶどう膜炎,免疫チェックポイント阻害薬,免疫関連有害事象.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,uveitis,immunecheckpointinhibitor,immune-relatedadverseevents.Cはじめに免疫チェックポイント阻害薬(immuneCcheckpointCinhibi-tor:ICI)はCcytotoxicCTClymphocyte-associatedCantigenC4(CTLA-4),programmedCcelldeath-1(PD-1),pro-grammedCcellCdeath-ligand1(PD-L1)といった免疫チェックポイント分子を阻害し,T細胞媒介免疫プロセスを増強することで癌細胞に対する免疫応答を強化し,抗腫瘍効果を発揮する薬剤である1).ICIを用いた癌免疫治療法は,日本ではC2014年に悪性黒色腫で保険適用されて以降,さまざまな癌種の治療に使用され,高い奏効率と全生存期間延長を示している2).しかし,この新しい治療法は,全身の正常な臓器で自己免疫反応を引き起こすため,さまざまな全身性の免疫〔別刷請求先〕黒木洋平:〒849-8501佐賀市鍋島C5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YoheiKuroki,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANC728(124)図1初診時画像所見a:右眼広角眼底写真.Cb:左眼広角眼底写真.両眼ともに脈絡膜皺襞を伴う漿液性網膜.離(SRD),視神経乳頭発赤・浮腫を認めた.Cc:右眼広角CSS-OCT.Cd:左眼広角CSS-OCT.脈絡膜厚は右眼C943Cμm,左眼C964Cμmと肥厚を認めた.関連有害事象(immune-relatedCadverseevents:irAE)が40.60%で発生すると報告されている.眼科関連のCirAEは1.3%で発生し,そのなかにはドライアイ,重症筋無力症,視神経障害,ぶどう膜炎が含まれ,使用開始後数週間.数カ月以内に発生する可能性がある.既報ではもっとも一般的な副作用はドライアイ(57%)で,続いてぶどう膜炎(14%)であると報告されているが,Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koy-anagi-Haradadisease:VKH)様汎ぶどう膜炎の報告例はごく少数である3,4).今回,非小細胞肺癌に対してCICI加療中に,VKH様ぶどう膜炎を生じたC1例を経験したので経過を報告する.CI症例患者:75歳,男性.主訴:右眼結膜充血,右眼痛.既往歴:身体疾患の既往なし.現病歴:20XX年C1月C28日,非小細胞肺癌(stageIVA)に対して,佐賀大学附属病院(以下,当院)呼吸器内科にてカルボプラチン+ペメトレキセドに加えて,ICIであるイピリムマブ(抗CCTLA-4抗体)+ニボルマブ(抗CPD-1抗体)での加療を開始された.その後,3月C12日にイピリムマブ+ニボルマブC2クール目,4月C23日にイピリムマブ+ニボルマブC3クール目を施行された.5月C27日に右眼結膜充血,右眼眼痛が出現し,5月C29日に近医眼科を受診した.頭痛,感冒症状,めまいや耳鳴りなどの症状は認めなかった.右眼の前房炎症所見,両眼眼底周辺部の脈絡膜皺襞を伴う漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を認めたため,当院眼科へ紹介となった.初診時所見:初診時視力は右眼C0.08(0.5C×sph+2.50D),左眼C0.3(0.7C×sph+3.00D(cyl.1.75DAx90°),眼圧は右眼C8CmmHg,左眼C15CmmHgであった.前眼部所見は両眼に全周の結膜充血,浅前房化,毛様体.離を認め,右眼前房細胞2+,左眼前房細胞+であった.両眼ともに有水晶体眼であった.眼底検査では両眼に脈絡膜皺襞を伴うCSRD,視神経乳頭発赤・浮腫を認めた(図1).また,脈絡膜厚は右眼943μm,左眼C964μmであり著明な脈絡膜肥厚を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査では両眼に顆粒状の過蛍光,SRDに一致した蛍光貯留,視神経乳頭過蛍光を認め,インドシアニングリーン蛍光造影検査では中期から後期にCdarkspotが散見された(図2).血液検査ではぶどう膜炎の原因となるような,ウイルス感染や膠原病などの所見は認めず,ヒト白血球抗原(humanleukocyteantigen:HLA)はCDR4,DR9が陽性であった.腰椎穿刺は施行しなかった.臨床経過:ICIを用いた免疫療法開始C4カ月後から眼症状が出現しており,irAEの可能性が考えられ,呼吸器内科と協議し精査もかねてCICIは初診日より休薬とした.また,ICI休薬に加えて,初診日に両眼のトリアムシノロンアセトニドC20Cmg後部CTenon.下注射(sub-TenonCtriamcinoloneCacetonideinjection:STTA)を施行した.ステロイドパルス療法,ステロイド点眼は施行しなかった.ICI休薬C2週後の矯正視力は右眼C0.4,左眼C0.6であったが,両眼の前眼部炎症所見は消失し,SRDは減少していた.ICI休薬C6週後の図2初診時蛍光眼底検査a:右眼フルオレセイン蛍光検査(FA).b:左眼CFA.顆粒状の過蛍光,SRDに一致した蛍光貯留,視神経乳頭過蛍光を認めた.c:右眼インドシアニングリーン蛍光検査(IA).d:左眼IA.中期から後期にCdarkspotが散見された.図3治療開始後のOCT経過a:右眼初診日(免疫療法開始C16週後).b:左眼初診日.Cc:右眼休薬C2週後.Cd:左眼休薬C2週後.Ce:右眼休薬C6週後.Cf:左眼休薬C6週後.初診日より免疫チェックポイント阻害薬は休薬とし,両眼にトリアムシノロンアセトニド後部CTenon.下注射を施行.経時的にCSRDは減少し,休薬C6週後にはCSRDは消失した.矯正視力は右眼C0.6,左眼C0.6で両眼ともにCSRDの消失を認めた(図3).ICI休薬C14週後にCICIに起因すると考えられる薬剤性肺障害を認め,呼吸器内科でプレドニゾロン(PSL)25Cmg/日内服が開始となった.その後,肺障害の改善に伴いCPSLは漸減され,ICI休薬C41週後にCPSL内服は終了となった.ICI休薬C1年後には夕焼け状眼底,Dalen-Fuchs斑を認めたが,矯正視力は右眼C1.0,左眼C0.7まで改善した(図4).その後もステロイド点眼やCSTTAの追加は行わず,眼炎症の再燃はなく現在まで経過している.経過中に脱色素斑や毛髪の白毛化は認めなかった.肺癌については,休薬C10カ月後から原発巣の増大を認めたが,irAEとしてのCVKH様ぶどう膜炎,薬剤性肺障害が出現しており,ICIは再開しなかった.休薬C12カ月後よりアルブミン懸濁型パクリタキセル療法を開始したが,肺内転移巣の増大を認めた.その後,全身状態が増悪したが,患者がCbestCsupportivecareを希望したため,休薬C20カ月後より在宅療法となった.図4休薬1年後の眼底写真a:右眼パノラマ眼底写真.Cb:左眼パノラマ眼底写真.Cc:右眼COCT.Cd:左眼COCT.休薬C1年後に夕焼け状眼底,Dalen-Fuchs斑を認めた.CII考按本報告では,非小細胞肺癌に対するCICIを用いた免疫療法中にCVKH様汎ぶどう膜炎を発症した症例を提示し,ICI中止とCSTTAのみで眼炎症が軽快したことと,その管理における複数診療科の連携の重要性について報告した.VKH様ぶどう膜炎の発症メカニズムは,いまだ不明なことが多い.ICIは,免疫反応の制御に関与する特定の分子を標的とする.CTLA-4はCT細胞の活性化を抑制する.PD-1は活性化CT細胞に発現し,そのリガンドCPD-L1は抗原提示細胞や癌細胞に発現してCPD-1と結合することで,PD-1を発現するCT細胞を抑制している.ICIはこれらの免疫抑制分子をブロックすることにより,T細胞媒介免疫プロセスを増強することで癌細胞に対する免疫応答を強化する1).抗CTLA-4抗体にはCTh1様CCD4+T細胞増加作用があり4),抗CPD-1/PD-L1抗体と比較してぶどう膜炎を引き起こすリスクが高く,抗CPD-1抗体単剤療法と比較すると抗CTLA-4抗体併用療法では,ぶどう膜炎発症のオッズ比が4.77からC17.1に増加することが報告されている5).一般的にCVKHの発症機構は,自己抗原であるメラノサイト関連抗原のCtyrosinaseに感作され,活性化したCCD4+Tリンパ球が中心的な働きをしている6).ICI使用に伴うCVKH様ぶどう膜炎の発症は,明確な機序は不明であるが,本症例ではICIの抗CPD-1抗体,抗CCTLA-4抗体の併用により,T細胞媒介免疫プロセスが増強されたことで,炎症惹起につながったと考えられる.また発症要因として,VKH様ぶどう膜炎でもCHLA-DR4(127)が発症に関与している可能性が示唆されている7.12).HLAは,白血球の相互作用を媒介する細胞表面分子のセットである主要組織適合性複合体をコードする遺伝子座である.HLAは免疫機能だけでなく,VKHを含む複数の自己免疫疾患の病因においても重要な役割を果たし,VKHではCHLA-DR4,とくにCHLA-DRB1と密接に関連していると報告されている6,13).本症例ではCHLA-DR4,DR9が陽性であった.また,既報でもCHLA検査を施行されたC8症例のうちC6症例でCHLA-DR4陽性の報告を認めた7.12).しかし,ICI使用に伴うCVKH様ぶどう膜炎の報告は少なく,HLAとの関連は現時点では不明である.VKH様汎ぶどう膜炎の定型化された治療指針は確立されていない.一般的にCVKHではステロイドパルス療法が治療の第一選択となるが,本症例ではステロイドの免疫抑制作用によってCICIの悪性腫瘍に対する免疫応答の増強効果低下が懸念されたため,ICIの中止とともにCSTTAでの眼局所ステロイド治療を選択した.irAEとしてのぶどう膜炎に対する治療方針は米国臨床腫瘍学会(ASCO)ガイドラインで,炎症所見の重症度ごとにCGrade分類されており,Gradeに応じて治療方針が異なる3).本症例は汎ぶどう膜炎を認め,CGrade3に当てはまり,ICIの休薬および眼内または眼窩内ステロイド局所投与またはCPSL内服が推奨された.経過中に薬剤性肺障害に対してCPSL内服を要したが,眼炎症の再燃は認めなかった.既報ではCVKH様汎ぶどう膜炎に対して,本症例と同様にCICIの中止およびCSTTA単独で初期治療を行ったものがC2例報告されているが,SRDの再燃またはSRD改善不良のため,ステロイドパルス療法を施行されあたらしい眼科Vol.41,No.6,2024C731た7,8).しかし,VKH様汎ぶどう膜炎に対してCICIの中止およびステロイド内服での治療を行ったC3例の報告ではすべてで内服開始後速やかに炎症鎮静化を認め,炎症の再燃はなく,ステロイドパルス療法施行例との治療経過,視力予後に差は認めなかった9,10,14).VKH様汎ぶどう膜炎に対してCICIを中止しなかった症例報告では,ステロイド全身投与を行い,一時炎症軽快を認めたが,ステロイド中止後に炎症が再燃した15).本症例の経過および既報から,ICIに伴うCVKH様汎ぶどう膜炎は,ICI中止に加えて適切なステロイド治療を行うことで炎症鎮静化,再発抑制が可能となる可能性が示唆された.また,ICI継続により炎症再燃を認めた症例があるため,ICIの中止はとくに重要である.ICIに伴うCVKH様汎ぶどう膜炎は報告例が少なく,定型化された治療指針はないが,一般的なCVKHと比較してCICIを中止することで軽度のステロイド治療で炎症の鎮静化が得られる可能性が考えられる.しかし,irAEとしてのCVKH様ぶどう膜炎と一般的なCVKHの臨床所見に明確な差異が認められなかったとの報告があるため7.12,14,15),irAEと関連がなく一般的なCVKHを偶発的に発症している可能性も考慮しておく必要がある.そのためCICI中止後も眼炎症の改善が得られない場合は,一般的なCVKHと同様にステロイドパルス療法の検討も必要と考えられる.さらに,ASCOガイドラインではCGrade3以上のぶどう膜炎でステロイド全身投与に反応が乏しい場合はメトトレキサート(MTX)の使用を推奨されているが3),VKH様ぶどう膜炎に対してCMTXでの加療を行われた報告は認めておらず,その有効性は明らかではない.CIII結論ICI使用に伴うCVKH様ぶどう膜炎の治療では,ICIの中止が重要である.しかし,眼科医のみでCICIの中止の判断を行うことはむずかしく,対応には他科との連携した介入が重要である.また,通常のCVKHと比較して軽度のステロイド治療で炎症が沈静化する可能性があり,今後の症例の蓄積および治療法の定型化が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HeCX,CXuC:ImmuneCcheckpointCsignalingCandCcancerCimmunotherapy.CellResC30:660-669,C20202)各務博:免疫チェックポイント阻害薬の現状と展望.肺癌C59:217-223,C20193)SchneiderCBJ,CNaidooCJ,CSantomassoCBDCetal:Manage-mentofimmune-relatedadverseeventsinpatientstreat-edCwithCimmuneCcheckpointCinhibitortherapy:ASCOCGuidelineUpdate.JClinOncolC39:4073-4126,C20214)WeiCSC,CLevineCJH,CCogdillCAPCetal:DistinctCcellularCmechanismsunderlieanti-CTLA-4andanti-PD-1check-pointblockade.CellC170:1120-1133,C20175)BomzeCD,CMeirsonCT,CHasanCAliCOCetal:OcularCadverseCeventsCinducedCbyCimmuneCcheckpointinhibitors:aCcom-prehensiveCpharmacovigilanceCanalysis.COculCImmunolCIn.ammC30:191-197,C20226)望月學:眼内炎症と恒常性維持.日眼会誌C113:344-378,C20097)KikuchiCR,CKawagoeCT,CHottaK:Vogt-Koyanagi-HaradaCdisease-likeCuveitisCfollowingCnivolumabCadministrationCtreatedCwithCsteroidCpulsetherapy:aCcaseCreport.CBMCCOphthalmolC20:252,C20208)MinamiK,EgawaM,KajitaKetal:AcaseofVogt-Koy-anagi-HaradaCdisease-likeCuveitisCinducedCbyCnivolumabCandCipilimumabCcombinationCtherapy.CCaseCRepCOphthal-molC12:952-960,C20219)EnomotoCH,CKatoCK,CSugawaraCACetal:CaseCwithCmeta-staticCcutaneousCmalignantCmelanomaCthatCdevelopedCVogt-Koyanagi-Harada-likeCuveitisCfollowingCpembroli-zumabtreatment.DocOphthalmolC142:353-360,C202110)YoshidaCS,CShiraishiCK,CMitoCTCetal:Vogt-Koyanagi-Harada-likeCsyndromeCinducedCbyCimmuneCcheckpointCinhibitorsinapatientwithmelanoma.ClinExpDermatolC45:908-911,C202011)UshioCR,CYamamotoCM,CMiyasakaCACetal:Nivolumab-inducedCVogt-Koyanagi-Harada-likeCsyndromeCandCadre-nocorticalCinsu.ciencyCwithClong-termCsurvivalCinCaCpatientCwithCnon-small-cellClungCcancer.CInternCMedC60:C3593-3598,C202112)BricoutCM,CPetreCA,CAmini-AdleCMCetal:Vogt-Koy-anagi-Harada-likesyndromecomplicatingpembrolizumabtreatmentCforCmetastaticCmelanoma.CJCImmunotherC40:C77-82,C201713)ShiinaCT,CInokoCH,CKulskiJK:AnCupdateCofCtheCHLACgenomicCregion,ClocusCinformationCandCdiseaseCassocia-tions:2004.TissueAntigensC64:631-649,C200414)GodseCR,CMcgettiganCS,CSchuchterCLMCetal:Vogt-Koy-anagi-Harada-likeCsyndromeCinCtheCsettingCofCcombinedCanti-PD1/anti-CTLA4Ctherapy.CClinCExpCDermatolC46:C1111-1112,C202115)MatsuoCT,CYamasakiO:Vogt-Koyanagi-HaradaCdisease-likeCposteriorCuveitisCinCtheCcourseCofnivolumab(anti-PD-1antibody)C,interposedbyvemurafenib(BRAFinhibi-tor)C,CforCmetastaticCcutaneousCmalignantCmelanoma.CClinCCaseRepC5:694-700,C2017***

軽微な視野障害を契機に診断に至り,良好な転機をたどった 侵襲性アスペルギルス症に伴う眼窩先端症候群の1 例

2024年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科41(6):722.727,2024c軽微な視野障害を契機に診断に至り,良好な転機をたどった侵襲性アスペルギルス症に伴う眼窩先端症候群の1例山下翔太*1,2佐々由季生*3永浜布美子*3飯野忠史*4江内田寛*2*1独立行政法人国立病院機構嬉野医療センター眼科*2佐賀大学医学部眼科学講座*3地方独立行政法人佐賀県医療センター好生館眼科*4地方独立行政法人佐賀県医療センター好生館血液内科CACaseofOrbitalApexSyndromeCausedbyInvasiveAspergillosiswithaGoodClinicalCourseaftertheDiagnosisofaSlightVisualFieldDefectShotaYamashita1,2),YukioSassa3),FumikoNagahama3),TadafumiIino3)andHiroshiEnaida2)1)DepartmentofOphthalmology,NHOUreshinoMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,SagaUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,Saga-kenMedicalcentreKoseikan,4)DepartmentofHematology,Saga-kenMedicalcentreKoseikanC目的:軽微な視野障害を契機に副鼻腔侵襲性アスペルギルス症による眼窩先端症候群の診断に至り,良好な転機が得られたC1例を経験したので報告する.症例:58歳,女性.急性骨髄性白血病に対する寛解導入後の地固め療法で入院中,発熱に続き左歯痛,左.部疼痛・知覚鈍麻が出現.霧視も出現したため,眼科へ紹介となった.初診時の矯正視力は両眼ともC1.0と良好だったが,静的視野検査では左眼に傍中心暗点を認めた.画像上は副鼻腔炎を認め,抗真菌薬加療を行われていたが,数日で視力・視野障害が進行.再検したCMRIで側頭葉への炎症波及を認め,深在性真菌症疑いで内視鏡下鼻副鼻腔手術が施行され,摘出組織からアスペルギルス症の診断となった.術後は視力・視野は速やかに改善,2年以上経過後も生存し,視力と視野は維持されている.結論:免疫不全患者で急速に進行する視力障害では侵襲性副鼻腔真菌症を考慮し,早期の診断治療につなげることが予後に重要である.CPurpose:Toreportacaseinwhichaslightvisual.elddefectwasobservedastheearlysymptomofinvasiveaspergillosis,alife-threateninginfectioninimmunocompromisedhosts.CaseReport:A58-year-oldfemalepatientwasadmittedtotreatacutemyeloidleukemia.Shehadfeverfollowedbybuccalpainandparesthesiaonherleftside,andat20-dayspostfever,visualdiscomfortoccurred.Althoughasmallparacentralscotomawasdetectedinherlefteye,hervisualacuity(VA)was20/20.MagneticresonanceimagingandserologicalexaminationsrevealedsinusitisCwithCanCaspergillosisCantigenemia.CDespiteCpharmaceuticalCtreatments,CherCleft-eyeCVACwasCa.ectedCinCaCcoupleCofCdays.CEndoscopicCparanasalCsurgeryCwasCimmediatelyCperformed,CandCherCVACandCvisualC.eldCimprovedCwithin1-weekpostsurgeryandhasbeenmaintainedfor2years.Conclusion:Aninvasivefungalinfectionshouldbeconsideredinimmunocompromisedpatientswithrapidlyprogressivevisualimpairment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(6):722.727,C2024〕Keywords:副鼻腔侵襲性アスペルギルス症,侵襲性真菌症,眼窩先端症候群急性骨髄性白血病,傍中心暗点.in-vasiveaspergillosis,invasivefungaldisease,orbitalapexsyndrome,acutemyeloidleukemia(AML),paracentralCscotoma.Cはじめにある.診断にはCCTやCMRIなどの画像検査が有用だが,真侵襲性アスペルギルス症はアスペルギルス症のうち組織浸菌性副鼻腔炎に特有の石灰化などの特徴的所見がみられない潤を伴う急速進行性の病型とされる1).肺アスペルギルス症場合もあり,画像のみでは確定診断に至らない場合もある.がもっとも一般的だが,副鼻腔や皮膚病変から始まる場合も副鼻腔侵襲性アスペルギルス症の症状として,一般的には〔別刷請求先〕山下翔太:〒843-0393佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿甲C4279-3独立行政法人国立病院機構嬉野医療センター眼科Reprintrequests:ShotaYamashita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NHOUreshinoMedicalCenter,4279-3Shimojuku-kou,Ureshinomachi,Ureshino,Saga843-0393,JAPANC722(118)悪臭のある鼻漏や.部痛,.部腫脹を初発とすることが多く,病変が眼窩内へ進展すると眼窩周囲の疼痛や視機能障害を生じる2).さらに頭蓋内に進展すると種々の脳神経障害や脳梗塞,意識障害などを起こす.診断が遅れると死に至る疾患であり,血液悪性疾患やステロイドの長期内服,糖尿病など免疫不全患者において発症のリスクが高い1,2).一方,眼窩先端症候群は感染症,腫瘍,外傷などさまざまな要因で生じ,視神経,動眼神経,滑車神経,三叉神経,外転神経の機能障害をきたす.視力低下・複視・眼球突出や眼瞼下垂などの症状を呈する3).その症状から,早期より眼窩先端症候群を考慮する症例はあるものの原因が多彩であり,とくに侵襲性アスペルギルス症によるものはまれなため,診断に難渋した症例や,治療が行われ救命につながった場合でも失明に至った症例が散見される4).今回,筆者らは軽微な視野異常を契機に,副鼻腔侵襲性アスペルギルス症に伴う眼窩先端症候群の診断に至り,外科的治療と抗真菌薬治療で生命予後のみならず,視機能の面でも良好な転機を得られたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:58歳,女性.主訴:左眼視力低下.既往歴:胃潰瘍,急性骨髄性白血病.現病歴:急性骨髄性白血病に対して寛解導入後の地固め療法目的にC20XX年C7月C16日に血液内科に入院となった.血球減少期に発熱があり,セフェピムやメロペネムなどの抗菌薬治療が開始された.発熱C4日後から左歯痛,左.部知覚鈍麻が出現した.血液検査でCbDグルカンは陰性で,追加で評価されたアスペルギルス抗原は陽性であったが,感染巣は不明であった.発熱の原因としてアスペルギルス感染症が予想され,発熱C7日後からCCPFG(カスポファンギン)50mg/dayの投与を開始した.その後も症状は改善に乏しく,発熱11日目から鼻閉,霧視が出現したため精査目的で当科へ紹介となった.初診時眼所見:視力は右眼(1.0×+2.25D),左眼(1.0C×+1.50D).眼圧は右眼C11mmHg,左眼C16mmHg.眼位・眼球運動に明らかな異常所見はなく,相対性求心性瞳孔反応欠損は左眼でわずかに陽性であった.フリッカ値は左眼で15CHz前後に低下していた.前眼部,中間透光体,眼底には白内障以外に特記所見を認めなかった(図1a,b).静的視野検査(Humphrey視野計:HFA)では左内下方に傍中心暗点を認めた(図1c).視野異常の原因検索目的で頭部CCT・眼窩部CMRIが評価され,CTでは左上顎洞・左篩骨洞に粘膜肥厚を認め,MRIでも副鼻腔炎を疑う粘膜肥厚と左下直筋の肥厚を認めたが,真菌症を示す石灰化などの特異的な所見は認めなかった(図2a,b).1週間後の再診時の左眼の視力は(0.2×+2.50D)と著明な低下を認め,眼底には大きな変化はみられなかったがCHFAでは中心C30°に広く拡大した視野障害を認めた(図3).頭部CMRIを再検したところ,左側頭葉に炎症の波及がみられた(図4a).深在性副鼻腔真菌症を疑い,再来C2日後,耳鼻科で内視鏡下鼻副鼻腔手術が施行され,病理結果から侵襲性アスペルギルス症の診断となった(図4b).術後はCCPFGの投与が継続されていたが,画像所見では改善に乏しく,副鼻腔手術C1週間後よりアムホテリシンCB100Cmg/日の点滴に変更となった.同時期に当科を再来した際は,左眼視力はC0.3(0.8×+1.50D)まで改善しており,視野検査でも明らかな改善を認めた(図5a).その後は症状の増悪などなく経過していたが,副鼻腔手術C1カ月後より左の眼瞼下垂が出現した.その後のCMRIで左の海綿静脈洞部に感染性動脈瘤が疑われ,脳神経外科にて左浅側頭動脈-中大脳動脈バイパス+左内頸動脈遮断術が施行された.術後C6日目からけいれん,見当識障害・発語障害が出現し,保存的加療でC10日目までにけいれん,見当識障害は改善したものの失語症は残存した.全身状態の悪化のために眼科受診は中断されていたが,約2年後の再来時には,左眼視力はC0.3(1.2CpC×sph+1.75D(cyl.0.50DAx40°)と良好で,HFAもほぼ正常であった(図5b).CII考察本症例は発熱と.部から側頭部の疼痛および知覚鈍麻に続き,急激な視力低下・視野障害を生じ,診断に至った侵襲性アスペルギルス症による眼窩先端部症候群である.良好な生命予後,視機能維持が得られた要因について,既報を参照しながら検討した.真菌感染症の早期の診断のため,非侵襲的であり広く行われているのが生化学検査である.Cb-Dグルカンが一般的には使用されるが,侵襲性アスペルギルス症においては陽性率がC77%との報告があり,診断に至らない場合もある5).一方で,好中球減少患者における侵襲性真菌症では,発熱に続くもっとも早期の検査所見としてCb-Dグルカンの有用性をあげているものもみられる6).同報告では,侵襲性真菌症の診断がつくまでの日数の中央値がC7.5日であったのに対し,Cb-Dグルカンは発熱から中央値C0.5日,CT上の変化は中央値C4日で陽性となっていた6).また,血清アスペルギルス抗原も広く使用されており,侵襲性アスペルギルス症において感度C71%,特異度C89%と良好な成績であったとの報告もある7).さらに感度を高めるため両者の併用を推奨する論文もみられ,今回の症例でも両者を併用しており,Cb-Dグルカンは陰性であったもののアスペルギルス抗原が陽性であったため,早期の抗真菌薬投与を行っている8).CTを用いた診断の有効性について検討した論文では,侵abc左眼右眼図1初診時検査所見(20XX/8/7)Ca:眼底写真.眼底には視神経乳頭を含め明らかな異常所見を認めなかった.Cb:光干渉断層写真(OCT).左眼の内下方にわずかな神経線維層の菲薄化を認める以外に大きな変化はみられなかった.Cc:HFA.右眼はほぼ正常所見であったが,左眼に傍中心暗点を認めた.襲性真菌性副鼻腔炎と診断のついた患者C43人のうち,11.6腔内視鏡での観察を行い,感染が疑わしい際は生検まで施行%の症例ではCCTでまったく副鼻腔所見がなく,39.5%ではし,早期に診断をつける方法の有用性を示している.この方軽微な変化にとどまり,真菌感染症に特異的な石灰化像の所法で,同施設における生命予後は約C50.69.8%まで改善し見もなかったとされており,CTのみでは診断がむずかしいたとされているが,これほどの密な対応を行っても罹患後のことを示している9).同報告では易感染性のある患者で発熱生命予後はC70%に届かず,この疾患の生命予後の悪さが伺や.部痛などがみられた場合は全例でC24.48時間ごとの鼻える9).ab図2頭部CT,MRI所見(20XX/8/8)Ca:頭部CCT画像.眼科初診後に施行した頭部CCTでは,左上顎洞,左篩骨洞に粘膜肥厚を認めたが,石灰化の所見などはみられなかった.Cb:頭部CMRI画像.同日施行した頭部CMRIでも副鼻腔炎を疑う左副鼻腔の粘膜肥厚や左下直筋の肥厚を認める程度であった.侵襲性副鼻腔真菌症の生命予後に関連する因子として,Monroeらは頭蓋内進展の有無をあげているが,年齢や免疫不全の原因疾患は有意差がなかった10).Piromchaiらは急性侵襲性副鼻腔真菌症C59例の解析において,症状出現から治療開始までの期間が予後に関連していた(p=0.045)としており,とくにC14日以内の生存確率の減少が著しいことから,14日を良好な生命予後のための治療開始のカットオフポイントとしている11).また,Turnerらは急性侵襲性真菌症として報告されたC398症例で多変量解析を行った結果として,年齢が高く(OR:1.018,p=0.005),頭蓋内への波及(OR:1.892,p=0.03)がある患者で予後が不良であった12).この解析で扱った患者のC2割は何らかの眼窩部への進展の症状を認めていたが,直接的な生命予後とは結びついておらず,眼図3再診時HFA所見(20XX/8/13)初診からC6日後には,中心C30°まで広汎に視野障害が進行していた.図4頭部MRI再検時の所見および病理検査所見a:頭部CMRI画像.視野障害進行後(20XX/8/13)に再検された際には,左側頭葉に炎症の波及がみられた.Cb:病理所見.手術時に左蝶形骨洞より摘出された病変からは壊死組織とともにアスペルギルスを疑う真菌が認められ,侵襲性アスペルギルス症の診断となった.ab図5:耳鼻科手術2週後および2年後の左眼HFA所見a:耳鼻科手術C2週後に施行したCHFA所見.視野障害は著明に改善していた.b:2年後に再来となった際のCHFA所見.視野障害は改善を維持していた.窩部への進展を認めた場合でも,眼球摘出および眼窩内容除去術を行うかどうかは,状況を見きわめる必要がある12).一方で副鼻腔手術(OR:0.357,p=0.02)は生命予後を改善し,内視鏡を用いた手術(OR:0.486,p=0.005)でも改善効果が統計学的に示されている12).侵襲性副鼻腔真菌症と診断されたC55症例の解析では,45%に眼筋麻痺,36%に視力低下,33%に眼球突出を認めたと報告されており,眼症状の頻度は高い13).そのうち診断初期に視力評価を行えたC34例C68眼において,16眼(24%)は光覚なしであった.また,最終的な視力評価を行えたC32例61眼ではC18眼(30%)で光覚なし(眼球内容除去・眼球摘出を行ったC9例を含む),8眼(13%)で矯正視力C0.3以下であったと報告されており,実に半数近くの症例で視力に強い悪影響を及ぼしていた13).視力予後良好因子を解析した報告は少ないが,Hirabayashiらは内視鏡下副鼻腔手術を受けた患者は受けられなかった患者と比較し,logMAR視力で平均C7.8ライン視力がよかったと報告しており,手術は視機能維持にも有用と考えられる13).しかし,症状出現から手術までの期間については言及されておらず,視機能に対する早期手術療法の有用性については,さらなる解析が待たれる.筆者らの経験した症例では,副鼻腔感染を疑わせる歯痛,頭痛の出現からC3日,.部疼痛,知覚鈍麻出現からC1日でCPFGの投与が開始されており,そのC13日後に手術となっている.眼症状を契機とした場合には,軽微な視野障害が判明してからはC8日,視野障害が進行し視力がC0.2まで悪化してからはC2日で手術と速やかに対応できた.一方で,前述のように綿密に副鼻腔内視鏡検査を行う場合でも診断に難渋したとの報告もある.今回の症例は眼窩先端部への侵襲により自覚症状が出現しやすく,真菌抗原血症の感染源同定にもつながり,病巣コントロールとしての内視鏡下副鼻腔手術を早期に施行できたため,頭蓋内進展があったにもかかわらず良好な生命予後および視力予後を得られたものと考えられる.侵襲性副鼻腔真菌症は予後不良な疾患であり,眼窩先端症候群を生じた場合は視機能維持も困難な症例が多い.眼症状の頻度が高い疾患であり,眼科が初診となる場合もあるため,病期や進展部位によって症状が多彩であることを理解し,とくに免疫不全の病歴のある患者において,自覚症状がある場合には視力がよくても視野検査,フリッカ視野計測などまで行って視神経への影響を検索することが疾患を見落とさないC1つのポイントと思われる.そして他科と協力し早期の診断・治療につなげることが生命予後のみならず視機能維持のためにも非常に重要である.文献1)ChakrabartiCA,CDenningCDW,CFergusonCBJCetal:Fungalrhinosinusitis:aCcategorizationCandCde.nitionalCschemaCaddressingCcurrentCcontroversies.CLaryngoscopeC119:C1809-1818,C20092)大國毅,朝倉光司,本間朝ほか:副鼻腔真菌症症例の検討.耳鼻臨床101:21-28,C20083)YehCS,CForoozanR:OrbitalCapexCsyndrome.CCurrCOpinCOphthalmolC15:490-498,C20044)越塚慶一,花澤豊行,中村寛子ほか:眼窩先端症候群を伴った浸潤型副鼻腔真菌症のC2症例.頭頸部外科C25:325-332,C20155)KarageorgopoulosCDE,CVouloumanouCEK,CNtzioraCFCetal:b-D-glucanassayforthediagnosisofinvasivefungalinfections:aCmeta-analysis.CClinCInfectCDisC52:750-770,C20116)SennL,RobinsonJO,SchmidtSetal:1,3-Beta-D-glucanantigenemiaCforCearlyCdiagnosisCofCinvasiveCfungalCinfec-tionsCinCneutropenicCpatientsCwithCacuteCleukemia.CClinCInfectDisC46:878-885,C20087)Pfei.erCCD,CFineCJP,CSafdarN:DiagnosisCofCinvasiveCaspergillosisusingagalactomannanassay:ameta-analy-sis.ClinInfectDisC42:1417-1427,C20068)DichtlCK,CForsterCJ,COrmannsCSCetal:ComparisonCofCb-D-glucanandgalactomannaninserumfordetectionofinvasiveaspergillosis:retrospectiveCanalysisCwithCfocusConearlydiagnosis.JFungi(Basel)C6:253,C20209)SilveiraCMLC,CAnselmo-LimaCWT,CFariaCFMCetal:CImpactofearlydetectionofacuteinvasivefungalrhinosi-nusitisCinCimmunocompromisedCpatients.CBMCCInfectCDisC19:310,C201910)MonroeMM,McLeanM,SautterNetal:Invasivefungalrhinosinusitis:aC15-yearCexperienceCwithC29Cpatients.CLaryngoscopeC123:1583-1587,C201311)PiromchaiCP,CThanaviratananichS:ImpactCofCtreatmentCtimeConCtheCsurvivalCofCpatientsCsu.eringCfromCinvasiveCfungalCrhinosinusitis.CClinCMedCInsightsCEarCNoseCThroatC7:31-34,C201412)TurnerJH,SoudryE,NayakJVetal:SurvivaloutcomesinCacuteCinvasiveCfungalsinusitis:aCsystematicCreviewCandquantitativesynthesisofpublishedevidence.Laryngo-scopeC123:1112-1118,C201313)HirabayashiKE,IdowuOO,Kalin-HajduEetal:Invasivefungalsinusitis:riskCfactorsCforCvisualCacuityCoutcomesCandCmortality.COphthalmicCPlastCReconstrCSurgC35:535-542,C2019C***

眼底イメージングの進化─さらによく見える─

2024年6月30日 日曜日

《第12回日本視野画像学会シンポジウム》あたらしい眼科41(6):717.721,2024c眼底イメージングの進化─さらによく見える─松井良諭三重大学大学院医学系研究科臨床医学講座眼科学,中部眼科CTheEvolutionofFundusImagingYoshitsuguMatsuiCDepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,ChubueyeclinicCはじめに眼底写真や光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)がわれわれに提供してくれる情報は現在の眼科臨床および研究に欠かすことができない.とくに,この十数年において,これらの眼底画像を巡る撮影装置のテクノロジーの進歩は著しい.観察対象の拡大が起こり,網膜を中心にその前後の硝子体や脈絡膜の画像化が容易になり,撮影の侵襲性も低下し,さらに生成される画像がもたらす情報の粒度は加速度的に増大している.その恩恵として,患者の診断精度の向上,治療成績の改善につながっている.本稿では,①CWide.eldCFundusImaging,②COCT,③CArti.cialIntelligence(AI)inCFundusImagingのC3つのポイントに着目し,これらのテクノロジーの進歩と今後の発展について述べたい.CIWide.eldFundusImaging眼底から情報を得る営みは,1851年に直像鏡を開発したCvonHelmholtzにより始まり,その後,1886年に眼底撮影が可能となり,1926年にCZeiss社から市販機の眼底カメラが登場した.その後,1枚の撮影範囲はC35.60°程度のものとなった.眼底全体の広さに対して限られた範囲であったが,視神経や黄斑を中心とした後極を記録可能な画角は非常に有用であった.2011年に超広角走査型レーザー検眼鏡のCOptos200Txが市販され,検眼鏡は網膜全体を見る機械へと進化した.眼球中心からC1画像でC200°の画像を取得可能となり,焦点深度が非常に深く,周辺の病変の記録が容易となった.しかし,Optos画像の色調は赤と緑のレーザーで取得した走査レーザー検眼鏡(scanningClaserophthalmoscope:SLO)画像を合成する.このため,通常の眼底カメラから青成分を除いた緑色の強い擬似カラー画像であり,網膜表面の微細な病変の観察には不十分であった.この色調に対する改善を光源の変更により実現したCTruecolorの超広角検眼鏡装置が登場した.まず,CRALUSC500.は,走査型レーザー検眼鏡で光源は赤色CLED,緑色LED,短波長の青色CLEDのC3色を用いてカラー画像を作成するため,網膜の深層から表面までさまざまのレイヤーの病変の描出が可能となり,検眼鏡でじかに眼底を観察した際に認識する眼底に近い色調の画像が得られる.また,解像度が7Cμmと高く,画像取得後に画像拡大による微小変化の観察評価が可能となった.なお,撮影範囲はC2画像の自動モンタージュにより,眼球中心C200°の撮影が可能であり,共焦点技術により周辺部のアーチファクトも除外可能となった.Optosと比較して,それぞれの画像中心が異なる点と周辺部の焦点深度の差からCCRALUSは鼻側の周辺部評価がより広いことが判明している(図1)1).つぎに,EidonはC3画像の自動モンタージュにて最大C163°の画角を完全に自動撮影で得られる.そして,Miranteは眼球中心から最大C270°のモンタージュ画像を取得可能であり,血管造影,眼底自発蛍光,OCTやCOCTCangiography(OCTA)も可能な複合機である.これらの新たな検眼鏡装置の出現から考えられる今後の進化の方向性として,画像の高解像度化,撮影の自動化,広角化,多機能化にあると思われる.CIIOCT眼底写真の情報は二次元の網膜情報であるが,OCT画像は微細な三次元の網膜情報をわれわれに与え,病状,病態および治療効果の評価において欠かすことができない検査装置である.1980年代にCFujimotoらがフェムトセカンドレーザーで得た知見と短コーヒレンス長干渉の技術を組み合わせて,反射率の低い網膜からの反射光の測定に成功したことに〔別刷請求先〕松井良諭:〒514-8507三重県津市江戸橋C2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学講座眼科学Reprintrequests:YoshitsuguMatsui,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu-shi,Mie514-8507,JAPANC図1OptosとCRALUSの画質,周辺部の比較aはCLARUS500の200°画像(Ultra-Wide),bはCOptosC200TxのC200°画像.ともに眼球中心のC200°の範囲であるが,周辺部の血管視認性をみるとCCLARUSはアーチファクトが少なく,また,画像の中心が黄斑鼻側にあることもあり,鼻側の周辺部がCOptosより広いことがわかる.色調はCCRALUSが通常の眼底検査のときと同じ,自然な色調であり,網膜表面の視認性が高い.端を発し,1996年にCZeiss社から市販機のCOCT装置が販売された2).その後,時間分解能と空間分解能の改善があり,臨床での利活用にてCOCT画像の網膜形態と視機能の関係の理解が深まった.とくに網膜外層の高輝度反射帯の形態は視機能を反映しており,その連続性に着目する定性的な評価は臨床で非常に有用である.スペクトラルドメイン干渉光干渉断層計(SD-OCT)の深さ解像度は高いが,7Cμ程度の装置ではCinterdigi-tationzone(IZ)の反射帯は正常者においての検出率はC88.96%程度の検出率となる3).このため,黄斑ジストロフィの一種の三宅病や急性帯状潜在性網膜外層症(acuteCzonalCoccultCouterretinopathy:AZOOR)complexの初期の変化としてのCIZの反射帯の連続性の変化を評価する際には注意が必要である.そこでCKOWA社製の超高解像度CSD-OCTは解像度がC2Cμを使用した知見を共有する.この画像では,7Cμ程度の装置と比較して網膜の各層の境界が明瞭となり,IZも鮮明となる(図2a,b).それぞれの装置における網膜外層の輝度値のプロファイルでは,高解像度画像ではCellip-soidzone(EZ)やCIZのプロファイルの高さに変化はないが,それらのピークは細く,また,それらの間の谷の部分も深かった(図2c,d).この結果,主観的にも評価困難なCIZの視認性は改善することが判明した4).この一例から,見えるという主観は装置の解像度による限界がある点に留意する必要があること,そして,解像度の進化により,疾患眼を含めて網膜各層のアライメント評価はさらに改善する可能性があると思われる.また,画像鮮明化技術も進歩している.画像鮮明化装置のMIErは,撮影されたデジタル画像のC1画素単位に対して解析を行い,注目画素の周囲の明度分布から近傍のダイナミックレンジを求め,ダイナミックレンジが最大になる明度を算出する技術である.この装置の応用はすべてのデジタル画像,さらには動画への適応が可能である.OCT画像へのMIErの応用について,筆者らは黄斑円孔(macularhole:MH)のCOCT画像に対して,この画像鮮明化技術を適用した.MHでは円孔周囲の網膜内液の貯留により,その後方の組織からの反射が減弱し網膜外層の状態評価が困難となる.この装置の使用により,外境界膜-網膜色素上皮間の面積とCphotoreceptorCoutersegment(PROS)面積ともに鮮明化後にともに有意に増大することが判明した(図3,4).不鮮明なCOCT画像から評価困難な長さや面積などのベクトル情報を抽出する方法として,この技術の可能性を感じる結果であった.CIIIAIinFundusImaging前述のように検眼鏡とCOCTは現在も進歩の途上にあり,画像装置が得た情報量と複雑性が増大している.これらの画像情報は臨床医が読影をしてこそ臨床的な価値をもつが,それらの解釈に要するコストの増大は,日々の診療における時間の有限性から困難な課題となりうる.そこで,膨大な眼底情報を最適に利活用するために,AI技術への期待が高まっている.第三次CAIブームの到来により,医療分野でもCAIを用いた研究や技術開発が盛り上がっており,①物体検出による注目領域を示唆するカメラの登場,②領域抽出で病勢を判断するアルゴリズムの登場,③臨床予後予測,これらへのCAIの応用が期待されている.筆者らは網膜静脈分枝閉塞症(branchCretinalCveinCocclu-sion:BRVO)の黄斑浮腫への抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialCgrowthfactor:VEGF)治療の維持治療前のOCT画像情報と患者情報から,維持治療期間の経時的な視機能が良好な群と,その他を分類する課題に取り組み,その図2SD-OCTの比較aは深さ分解能が7μmのSPECTRALISのhighCresolutionmodeのSD-OCT画像,CbはC2μmのCbi-μのSD-OCT画像.CcはCSPECTRALISの網膜外層の輝度値のプロファイル,CdはCbi-μの網膜外層の輝度値のプロファイル.accuracyはC80%で可能であることを報告した5).その経験から機械学習を用いて予後予測をするうえで重要な二つの点について説明する.1点目は,AIアライメントを考慮する点である.AIアライメントとは,AIシステムを利用者である人間の意図する目的や嗜好に合致させるとこを目的とする研究領域である.臨床予後予測においては,患者の治療意思決定を支援し,かつ治療モチベーションの向上に寄与するモデルデザインが重要と考え,実験では予後良好群に高適合し,予後不良群への適合率は低くても許容するモデル設計を行った.その結果,予測モデルが予後良好と予測した場合,「この場合,ほぼ確実に回復するので頑張って治療していきましょう」と励ますことが可能となる.一方で,予測モデルが予後不良と予測した場合,「この場合,40%の確率で外れるかもしれません.頑張ってみませんか?」と治療を促すこと,あるいは今回の実験データで用いたC1+prorenata(PRN)の治療アルゴリズム以上の強度の治療を提案することも可能となる.2点目はモデルの予測結果への説明可能性の重要性である.臨床予測が信頼可能となるかは,その説明可能性に依存する.すでにCBRVOの黄斑浮腫への抗CVEGF治療における予後因子について,多くの特徴量が報告されている.しかし,それらを統合して個別の患者の予測をすることはむずかしい.そこで,ShapleyCAdditiveexPlanations(SHAP)値を利用することで,予測に貢献した特徴量の交互作用も包含図3画像鮮明化技術aは鮮明化処理前のCOCT画像,Cbは鮮明化処理後のCOCT画像.した評価を行った.SHAP値とはゲーム理論に由来するShapley値の概念を基にしており,機械学習モデルの解釈可能性を高めるための一手法で,複雑なモデルが出力する予測に対して,入力特徴がどれだけ影響を与えたのかを定量的に評価することが可能である.モデル情報として,解析対象の各患者の各説明変数の値とCSHAP値をCbeeswarmplotで視覚化し,説明変数ごとの予測への貢献の大きさと方向を明示2,500外境界膜-網膜色鮮明化前vs鮮明化後素上皮間の画素数1,400PROS鮮明化前の画素数vs鮮明化後2,0001,2001,000鮮明化後1,5001,000鮮明化後800600500400200005001,000鮮明1,500化前02,0002,5000200400600鮮明8001,0001,2001,400化前図4画像鮮明化技術網膜外層における外境界膜から網膜色素上皮層の間の画素数の鮮明化前後の分布とCPROSの画素数の鮮明化前後の分布.ともに鮮明化前後において,検定で有意差を認めた(p<0.01).横軸と縦軸の単位はpixel.CHigh浮腫消失時logMAR視力ELMの輝度値治療前logMAR視力年齢左右病型EZの輝度値性別ELMの輝度値_org発症から治療までの期間視細胞面積EZの輝度値_orgEZの連続性ELMの連続性治療~浮腫消失の期間病変位置(上下)不良群のほうに寄与良好群のほうに寄与FeaturevalueLow-6-4-202SHAPvalue(impactonmodeloutput)図5Beeswarmplot各説明変数の値が低いものは青で,高いものは赤でドットの色調で表現し,説明変数のCSHAP値の横軸の分布が大きいものが上位にある.この場合,浮腫消失時のClogMAR視力がもっとも予測に大きく貢献していること,そして,相関の方向がわかる.した(図5).さらに,患者個人への予測過程をCwaterfall報とするための眼底画像はめざましい進化を遂げている.眼plotで視覚化した(図6).このように詳細なモデルの説明底カメラやCOCTの進化の方向として,広角化,高解像度化,可能性により,臨床予後予測が患者の臨床意思決定システム自動化,リアルな色調の再現,複合化が進んでいる.また,の補助となる可能性を感じている.その画像のベクトル情報を増加させる画像鮮明化技術が登場している.そして,眼底からの情報は,「より見える」環境まとめにおいて情報過多ともなり,AIの利活用がこの課題への解眼底から情報を得ることはC1851年のCHelmholtzの眼底観決となる可能性がある.AIシステムの臨床導入には,シス察に起源があり,主観的な眼底検査からそれらを客観的な情テムデザインや説明可能性など配慮すべき点がある.図6Waterfallplotaはある症例の予測過程を視覚化したCwaterfallplot.訓練データの平均値のベースレートから最終的な出力までの,各説明変数のCSHAP値の貢献がわかる.Cbはその出力を分類閾値と比較する過程を示す.この場合は,ベースレートのC.2.595から説明変数のCSHAP値から出力がC.3.708となり,シグモイド関数に代入後に分類閾値のC0.639未満であったため,最終的に予後不良と分類された.文献1)MatsuiCY,CIchioCA,CSugawaraCACetal:ComparisonsCofCe.ectiveC.eldsCofCtwoCultra-wide.eldCophthalmoscopes,COptos200TxandClarus500.BioMedResInt:20192)HuangCD,CSwansonCEA,CLinCCPCatal:OpticalCcoherenceCtomography.ScienceC254:1178-1181,C19913)Terasaki,CH,CShirasawaCM,CYamashitaCTCetal:Compari-sonCofCfovealCmicrostructureCimagingCwithCdi.erentCspec-traldomainopticalcoherencetomographymachines.Oph-thalmologyC119:2319-2327,C20124)MatsuiCY,CKondoCM,CUchiyamaCECetal:NewCclinicalCultrahigh-resolutionCSD-OCTCusingCA-scanCmatchingCalgorithm.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC257:255-263,C20195)MatsuiCY,CImamuraCK,COokaCMCetal:Classi.cationCofCgoodvisualacuityovertimeinpatientswithbranchreti-nalveinocclusionwithmacularedemausingsupportvec-torCmachine.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC260:C1501-1508,C2022C***