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眼瞼・結膜:淋菌性結膜炎の診断と治療

2020年4月30日 木曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人61.淋菌性角結膜炎の診断と治療岡田尚樹国家公務員共済組合連合会吉島病院眼科,広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学近間泰一郎広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学淋菌性角結膜炎は性感染症のひとつである.成人では性行為による感染が多いが,保菌している母親から新生児に垂直感染を起こすこともある.多量の黄白色膿性眼脂,眼瞼腫脹,著明な結膜充血などを呈し,重症例では角膜穿孔をきたすこともある.そのため早期の診断と適切な治療が必要である.膿漏眼とも表現され,著明な結膜充血,多量の黄白色a膿性眼脂,眼瞼腫脹,眼痛,流涙を呈する(図1).適切な治療がされないと,短期間のうちに角膜潰瘍から急速に穿孔に至ることも多い.Cb図1淋菌性結膜炎(27歳,男性)左眼淋菌性結膜炎の発症から約C3日後に耳下側の角膜潰瘍を生じた.Ca:眼瞼腫脹ならびに多量の黄白色膿性眼脂を認める.Cb:治療が奏効し,角膜穿孔は免れたが,実質は菲薄化し結膜侵入を認める.図2眼脂のグラム染色像好中球に貪食された淋菌がみられる.淋菌はグラム陰性双球菌である.●はじめに淋菌感染症は,感染症法にて定点報告対象(5類感染症)となる性感染症である.原因となるのは淋菌(Neis-seriagonorrhoeae)であり,1879年にCNeisserによって発見された直径C0.6~1Cμm程度のグラム陰性双球菌のひとつである.淋菌は粘膜で生存できるが,高温や乾燥に弱いため,成人での感染経路はおおむね性的接触である1).また,保菌妊婦から産道感染をすると新生児結膜炎を引き起こす.男性では尿道炎,女性では子宮頸管炎,腟炎,尿道炎を引き起こす.口腔性交により口腔咽頭に感染していることもある.感染した女性のC1/3が無症状であり,保菌者となりやすく2),性感染症の原因のひとつであるクラミジアとの混合感染例も少なくない.感染経路は明確ではないが小児の家庭内感染と思われる事例も報告がある3).C●淋菌性角結膜炎の臨床像(77)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C4530910-1810/20/\100/頁/JCOPY●淋菌性角結膜炎の診断特徴的な臨床像とともに,確定診断にはグラム染色による眼脂の塗抹検鏡が有用である.グラム染色では淋菌は好中球内に貪食されたソラマメ型のグラム陰性双球菌として認められる(図2).眼脂のCPCR法も有用である2).鑑別診断としては,眼窩蜂窩織炎やクラミジア結膜炎,ウイルス性結膜炎がある.治療する際はパートナーの治療も必要なため,性交渉歴などを慎重に問診することが重要である.C●淋菌性角結膜炎の治療治療は眼局所投与では不十分とされ,全身投与の併用が必要となる.淋菌の薬剤耐性化は顕著であり,多くの報告例があるペニシリン以外に,キノロンおよびテトラサイクリンにおいても約C7割が耐性化している4).治療ガイドラインでは,セフトリアキソンとスペクチノマイシンのC2剤が推奨される5).しかし,セフトリアキソン抵抗株出現の報告6)があり,感受性の確認と今後の動向に注意が必要である.眼局所においてはセフメノキシム点眼は有用である.また,同時に菌体や結膜壊死物質の除去のための生食による頻回の洗眼も有用とされる1).C●おわりに淋菌性結膜炎は特徴的な臨床像を呈するが,角膜炎に移行すると急速に角膜穿孔を起こし,治療的角膜移植を要することもある.角膜炎に進行させないために,結膜炎の段階での早期診断と適切な治療が必要となる.文献1)森重直行,西田輝夫:淋菌感染症.臨床眼科C58:1628-1630,C20042)井上昌幸,塩田洋:淋菌性結膜炎.眼感染症の謎を解く(大橋裕編),眼科プラクティスC28,文光堂,p98-99,C20093)中川尚,中川裕子:フルオロキノロン耐性株による淋菌性結膜炎の小児例.あたらしい眼科27:235-238,C20104)安田満:淋菌の薬剤耐性化.医学のあゆみC267:197-203,C20185)日本性感染症学会:性感染症診断・治療ガイドライン2016.日本性感染症学会誌C27:Suppl.53-58,20166)OhnishiM,SaikaT,HoshinaSetal:CeftriaxoneresistantNeisseriaCgonorrhoeae,CJapan.CEmergCInfectCDisC17:148-149,C2011C☆☆☆454あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(78)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性の薬理遺伝学研究

2020年4月30日 木曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二75.加齢黄斑変性の薬理遺伝学研究秋山雅人九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座加齢黄斑変性(AMD)は,病気のなりやすさに遺伝的影響が強い.このことから,治療反応性にかかわる遺伝要因についても数多くの報告がこれまでになされているが,その結果は一貫性がなく,臨床で使えるマーカーは見つかっていない.AMD患者に最適な治療をもたらすために,さらなる薬理遺伝学研究が必要である.はじめに最近,precisionmedicineという言葉が医学研究において盛んに用いられるようになってきた.これは,オバマ前米国大統領がC2015年に提案した“Precisionmedi-cineinitiative”に由来しており,個人の違いを考慮した医療のことである.DNA二重らせん模型の横で演説したため,遺伝情報を活用する印象が強いが,環境やライフスタイルの違いについても述べられており,遺伝情報だけに注目しているわけではない.個人にあった疾患予防や治療法を開発し提供することをめざしているが,近年ではプロテオミクスやメタボロミクスのようにさまざまな情報を得ることができるため,個々の違いをさまざまな角度から特徴づけることが可能となってきており,個別化医療に役立つことが期待され,DNAはそのなかでも実際に癌の分野やいくつかの薬剤の選択の際に,臨床で用いられるようになってきている.本稿では,加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegen-eration:AMD)の抗CVEGF薬治療に関して行われたこれまでの遺伝子研究の結果について概説する.薬理遺伝学研究個人の薬物への治療反応性は,病気の状態だけではなく,遺伝的要因も影響するものが知られている.薬物治療反応性や副作用に影響する遺伝要因を研究する分野は薬理遺伝学とよばれ,薬物反応性の個人差についてさまざまな知見が得られている.AMDではこれまでに,光線力学療法や抗CVEGF治療に対して薬理遺伝学研究が報告されている.薬理遺伝学研究を解釈するうえで重要なのは研究デザインを理解することであり,候補遺伝子アプローチと網羅的なゲノムスクリーニングであるゲノムワイド関連解析(genome-wideCassociationstudy:(75)GWAS)に大別される.候補遺伝子アプローチは,病態や薬物の作用機序を考慮し治療反応性に影響しそうな遺伝子を選出し,関連すると思われる遺伝的変異について測定し検証を行う.一方,GWASでは,ゲノム上の遺伝的変異を対象に網羅的に治療反応性との関連を検討する.GWASは仮説を置かないため,過去に想定されていないような知見が得られる可能性を秘めているが,網羅的なスクリーニングであることから,多重検定という問題が存在し,p<5.0C×10-8と厳格な統計学的有意水準が定められている.また,同定された結果について再現性の検証(replicationstudy)が必要であることから,得られた結果の再現性は高いと考えられている.CAMDにおける抗VEGF薬治療反応性の薬理遺伝学研究2007年頃からC50を超えるCAMDの薬理遺伝学研究の結果が報告されているが,これらのほとんどは候補遺伝子アプローチで行われたもので,GWASの報告はC4報に限られている.各研究の結果についてはよくまとまった総説1)があり,本稿では個々の説明は省略する.過去の研究の特色として,多くがC100人規模の検討であり,500人を超える規模での検討はC7報程度である.また,CATTstudyやCIVANstudyのような臨床研究のグループもゲノム解析を実施している.過去の候補遺伝子を対象とした研究では,AMDの発症にかかわる一塩基多型と治療反応性の関係を調べているものが多く,とくにAMD発症への影響が大きいCCFHとCARMS2/HTRA1に存在する一塩基多型の影響を評価したものが多い.しかし,過去の報告は一貫性がなく,現時点では臨床に用いるほどのエビデンスは得られていない.これまでに報告されたC4報のCGWASについて表1にまとめた.これまでのCGWASは,すべてが異なるアウあたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C4510910-1810/20/\100/頁/JCOPY表1これまでに報告された抗VEGF治療反応性のGWASFrancisPJC2225348544/(─)治療開始からC6カ月後の視力変化量CRiazMetalC27892514C297/376治療開始からC6カ月後のCETDRS5文字以上の悪化C1)導入期後の滲出性変化の消失YamashiroKetalC28835685C256/2052)導入期後の治療開始からC1年以内の追加治療3)治療開始からC1年後の視力変化量CAkiyamaMetalC30054556C434/485治療開始からC3カ月後の視力の維持PMID:PubMedの論文CID抗CVEGF治療の反応性にかかわる遺伝要因を検索するために実施されたCGWASの対象サンプル数とアウトカムについてまとめた.トカムについて検討が行われている.また,2報は日本人を対象に行われ,1報は京都大学を中心とした多施設共同研究であり,もうC1報は筆者らの共同研究グループが報告したものである2,3).本稿執筆時点では,筆者らが行ったC919人を対象とした研究が最大規模であるが,それでもゲノムワイド有意水準を満たす領域は同定できなかった.筆者らの研究では,治療開始後C3カ月で視力が維持もしくは改善した群と悪化した群について検討を行っているが,統計学的な検出力について検討したところ,頻度がC15%以上ある一塩基多型について,オッズ比でC2.5以上の影響があればC92%以上の検出力があると推定している.このことから,治療反応性に強く影響するマーカーは存在する可能性が低いと予測される.これからの薬理遺伝学研究現時点では,臨床で利用可能な抗CVEGF治療反応性の遺伝マーカーは存在しない.しかし,1回の治療が高額であることを考えると,必要のない治療を避けることを可能にするマーカーが存在するのであれば,ゲノムを調べる有用性はあると思われる.最後に,分子標的薬の反応性を理解するうえで重要な報告があるので紹介する.発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療で用いられるエクリズマブ(商品名ソリリス)は日本人患者の約C3%において治療反応が不良であることが知られていた.Nishimuraらはエクリズマブの標的であるCC5の遺伝子翻訳領域について検討を行い,反応不良の患者では,薬剤が認識するエピトープの近傍にある885番目のアルギニンをヒスチジンに変化させる遺伝的変異を有することを報告している4).また,重要なことC452あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020に,この変異は人種特異的であると報告されている.萎縮型CAMDに対して補体をターゲットにした薬剤の開発が進められているが1),今後もさまざまな分子標的薬が臨床で用いられることを考えると,治療反応に個体差がある場合にはその原因が遺伝的な違いによるものである可能性を念頭におき,分子標的薬の認識部位に着目することで,薬剤反応性に影響する遺伝要因が効率的に同定されることが期待される.おわりに個人間の薬物に対する反応性を理解するために,患者負担の削減や最適な治療方法の選択に貢献する可能性があることから,今後も薬理遺伝学研究を推進していくことが望まれる.文献1)Lores-MottaL,deJongEK,denHollanderAI:Exploringtheuseofmolecularbiomarkersforprecisionmedicineinage-relatedCmacularCdegeneration.CMolCDiagnosisCTherC22:315.343,C20182)YamashiroK,MoriK,HondaSetal:Aprospectivemul-ticenterstudyongenomewideassociationstoranibizum-abCtreatmentCoutcomeCforCage-relatedCmacularCdegenera-tion.SciRepC7:9196,C20173)AkiyamaCM,CTakahashiCA,CMomozawaCYCetal:Genome-wideCassociationCstudyCsuggestsCfourCvariantsCin.uencingCoutcomesCwithCranibizumabCtherapyCinCexudativeCage-relatedCmacularCdegeneration.CJCHumCGenetC63:1083.C1091,C20184)NishimuraJ,YamamotoM,HayashiSetal:Geneticvari-antsCinCC5CandCpoorCresponseCtoCeculizumab.CNEnglJMedC370:632.639,C2014(76)

緑内障:緑内障診療における前眼部OCTの活用

2020年4月30日 木曜日

●連載238監修=山本哲也福地健郎238.緑内障診療における前眼部OCTの活用中倉俊祐ツカザキ病院眼科緑内障診療における前眼部光干渉断層計(OCT)の利用は,閉塞隅角の診断のみならず,さまざまな緑内障手術前後の診断,経過観察に有用である.また,結膜からぶどう膜,強膜まで,今後新たな病態解明に利用できるツールである.●はじめに前眼部三次元画像解析装置(以下,前眼部COCT)は,後眼部COCTほど普及していないが,角膜疾患や緑内障診療においては非常に重要なツールである.「急性緑内障発作を疑う狭隅角眼又は角膜移植術後の患者」に対し保険点数が算定されているが(2020年C1月現在),それ以外にも円錐角膜などの患者に対する角膜形状解析や角膜曲率半径測定でも算定できる.そのため前眼部COCTを施設に導入しやすくなったが,実はそれ以外の目的での利用が実臨床では増えている.本稿では測定理論やメカニズムはさておき,緑内障診療での利用方法について述べる.C●閉塞隅角症の説明ツール前眼部COCTは閉塞隅角症のメカニズムを非常にわかりやすく患者に説明できるツールである.患者に「なぜ閉塞隅角(緑内障)に白内障手術が有効か」を言葉で理解させるのは意外とむずかしいが,前眼部COCTの画像を見せることで容易となった.水晶体が膨隆することにより虹彩は前方に移動し,隅角が閉塞する.白内障手術をすれば水晶体の厚み(約C4~5Cmm)が眼内レンズの厚み(約C1Cmm)となり,自動的に虹彩は下がり隅角は開大される(図1).ちなみに前眼部COCTで隅角閉塞に見えても実際に隅角検査で閉塞している確率は約C50%であり1),圧迫隅角検査は必要である.C●チューブシャント術後管理への活用とくにロングチューブを前房内に挿入した場合,その向きや位置の確認に有効である(図2a).角膜内皮に近いほど内皮障害は当然強い2).また,眼外のチューブ閉塞も見ることができる(図2b)3).今後日本でも導入さ(73)C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY図1白内障手術による閉塞隅角眼の構造的変化眼内レンズを挿入すると,水晶体の厚みがなくなり,虹彩の位置は下がり,隅角は開大する.れそうな結膜下濾過系の低侵襲緑内障手術(minimallyCinvasiveCglaucomasurgery:MIGS)に用いられるデバイス(XEN,Preser.oなど)でも内腔閉塞は危惧すべきである4).C●角膜移植後の続発緑内障全層角膜移植後の眼圧上昇の場合,原因がステロイドかを見きわめる必要があるが,それ以外にも虹彩の位置を確認することで術式選択がしやすくなる(図3).C●新たなる病態の解明へ前眼部COCTのCCASIA(トーメーコーポレーション)にはキャリパーが内蔵されており,これを用いてさまざまな前眼部構造を測定できる.以前筆者らは,血管新生緑内障の虹彩厚が病期の進行につれて有意に薄くなることを報告した5).また,結膜や強膜の厚みも測定できることから,今後もさまざまな病態の解明や術後評価のツールとして発展していくことが期待できそうである.あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C449図2チューブシャント手術への前眼部OCTの利用a:無水晶体眼の続発緑内障に対しアーメド緑内障バルブを前房内挿入した症例.チューブは虹彩と平行だが接触している().b:硝子体腔に挿入したバルベルト緑内障インプラントの内腔閉塞().眼圧上昇をきたし,外科的な除去を要した.図3続発緑内障(全層角膜移植後)の2例どちらも正面からみると(Ca,c),ホスト角膜の混濁により虹彩の位置は不明である.左の症例(Ca,b)は瞳孔縁に落屑物がみられ,前眼部COCTで隅角は開放である.右の症例(Cc,d)は前眼部COCTで隅角はC360°完全閉塞であり(d),流出路再建術や濾過手術は困難と考えられ,虹彩下の空いたスペースにロングチューブを挿入した.文献1)SakataCLM,CLavanyaCR,CFriedmanCDSCetal:ComparisonCofCgonioscopyCandCanteriorCsegmentCocularCcoherenceCtomographyCinCdetectingCangleCclosureCinCdi.erentCquad-rantsoftheanteriorchamberangle.OphthalmologyC115:C769-774,C20082)KooCEB,CHouCJ,CHanCYCetal:E.ectCofCglaucomaCtubeCshuntCparametersConCcorneaCendothelialCcellsCinCpatientsCwithAhmedvalveimplants.Cornea34:37-41,C20153)NakakuraCS,CNoguchiCA,CNoguchiCSCetal:GlaucomaC450あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020implantCtubeClumenCobstructionCvisualizedCusingCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomography.CJCGlaucomaC27:Ce64-e67,C20184)RigoJ,CastanyM,BanderasSetal:PossibleintraluminalobstructionoftheXEN45GelStentobservedwithanteri-orCsegmentCopticalCcoherenceCtomography.CJGlaucomaC28:1095-1101,C20195)NakakuraS,KobayashiY,MatsuyaKetal:IristhicknessandCseverityCofCneovascularCglaucomaCdeterminedCusingCswept-sourceCanterior-segmentCopticalCcoherenceCtomog-raphy.CJGlaucomaC27:415-420,C2018(74)

屈折矯正手術:Epi-off vs Epi-on角膜クロスリンキング

2020年4月30日 木曜日

監修=木下茂●連載239大橋裕一坪田一男239.Epi.o.vsEpi.on角膜クロスリンキング小橋英長慶應義塾大学医学部眼科学教室角膜クロスリンキング(CXL)が円錐角膜の進行抑制のための治療法として安全で有効であることは,多くの臨床研究で証明されている.ただし,わが国においては未承認の治療である.近年,標準的なドレスデン法(Epi-o.CXL)を改良した経上皮法(Epi-onCXL)が登場し,より低侵襲になったため,CXLの適応拡大が期待される.本稿では両術式を比較したメタアナリシスを解説し,今後の展望を考える.●はじめに角膜クロスリンキング(cornealcross-linking:CXL)は円錐角膜の進行を停止させる治療である.Wollensak,Seilerら1)によってヒト円錐角膜眼にCCXLが施されて,すでにC15年以上経つ.米国ではC2016年にCAvedro社製のリボフラビン点眼液CPhotrexaと長波長紫外線(UVA)照射器CKXLSystemが,CXLで用いられる医薬品と医療機器として米国食品医薬品局の承認を得ている.Avedro社の報告によるとCCXLはすでにC40万件以上施行されたとされているが,わが国では残念ながら厚生労働省の承認が得られていない.CXLの普及に伴って,角膜移植の原因疾患に占める円錐角膜の割合が半減しているとも報告されており,CXLが医療費の費用対効果を改善することも証明されている.しかしながら,従来のドレスデン法(Epi-o.CXL)は術後合併症として角膜上皮再生遅延,角膜感染症,角膜実質瘢痕などが報告されており,そのおもな原因は角膜上皮.離を伴うことによる.これらを解決するためにCLeccisottiらが2010年にCtransepithelialCXL(Epi-onCXL)を開発しCEpi-onCXLEpi-o.CXLStudyorSubgroupMeanSDTotalMeanSDTotalWeightた2).リボフラビンは分子量が大きいため,そのままの状態では角膜上皮細胞間のバリアを破壊できないため,CEpi-onCXLではCBAC(benzalkoniumchloride),HPMC(hydroxypropylCmethylcellulose),EDTA(eth-ylenediaminetetraaceticacid)などの防腐剤を添加したリボフラビンを使用する.今回は,筆者が行ったCEpi-o.CXLとCEpi-onCXLの無作為化比較試験に基づくメタアナリシスを解説する3).C●Epi.o.vsEpi.on:メタアナリシス筆者はCCXLに関する文献を網羅的に検索して,Epi-o.CXLとCEpi-onCXLの無作為化比較試験から得られた有効性と安全性を解析した.図1は,両術後C1年における角膜最大屈折力(Kmax)の変化量を比較したフォレスト分布である.Epi-o.CXLのほうがCEpi-onCXLに比べて平均C1.10D程有意に平坦化していた.図2は,CXLの本体である角膜実質内のコラーゲン線維間の架橋を,光干渉断層像によるデマルケーションライン深度を用いて比較した.Epi-o.CXLのほうが有意に深い位置でデマルケーションラインを認めた.一般的に,デマCMeanDi.erenceMeanDi.erenceIV,Fixed,95%ClIV,Fixed,95%ClBikbova2016-0.743.049476-1.893.023731.7%1.15[0.17,2.13]Lombardo2017-0.521.322-0.821.2122.2%0.30[-0.57,1.17]Rossi2015-1.06110-1.082.08100.8%0.02[-1.41,1.45]Rush2017-0.250.3975-1.370.385692.7%1.12[0.99,1.25]Soeters20150.31.833-1.52241.6%1.80[0.79,2.81]Stojanovic2014-0.11.1820-0.312.7201.0%0.21[-1.08,1.50]Total(95%CL)236195100.0%1.10[0.97,1.22]Heterogeneity:Chi2=9.21,df=5(p=0.10);l2=46%-2-1012Testforoveralle.ect:Z=16.77(p<0.00001)Favorsepi-onCXLFavorsepi-o.CXL図1Epi.o.CXLとEpi.onCXL後1年の角膜最大屈折力(Kmax)の変化量の比較Epi-o.CXLのほうがCKmaxの増大を有意に抑制できるため,有効性の点で優れている.(文献C3より引用)(71)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C4470910-1810/20/\100/頁/JCOPYEpi-onCXLEpi-o.CXLOddsRatioOddsRatioStudyorSubgroupEventsTotalEventsTotalWeightM-H,Random,95%ClM-H,Random,95%ClBikbova20163676707363.7%0.04[0.01,0.13]Soeters2015035222636.3%0.00[0.00,0.05]Total(95%Cl)11199100.0%0.01[0.00,0.18]Totalevents3692Heterogeneity:Tau2=2.10;Ch2=2.56,df=1(p=0.11);l2=61%Testforoveralle.ect:Z=3.33(p=0.0009)0.0010.1111,000Favorsepi-o.CXLFavorsepi-onCXL図2Epi.o.CXLとEpi.onCXL後1カ月のデマルケーションライン深度の比較Epi-o.CXLのほうが角膜実質に認めるデマルケーションラインは有意に深い位置で確認された.(文献C3より引用)CEpi-onCXLEpi-o.CXLMeanDi.erenceMeanDi.erenceStudyorSubgroupMeanSDTotalMeanSDTotalWeightIV,Random,95%ClIV,Random,95%ClBikbova2016-0.070.452576-0.020.2793735.7%-0.05[-0.17,0.07]Lombardo2017-0.10.1222-0.030.061215.6%-0.07[-0.13,-0.01]Rossi2015-0.160.0510-0.090.031025.0%-0.07[-0.01,-0.03]Rush2017-0.140.0275-0.120.025636.8%-0.02[-0.03,-0.01]Soeters2015-0.140.2133-0.070.21246.6%-0.07[-0.18,0.04]Stojanovic2014-0.180.1620-0.110.12010.3%-0.07[-0.15,0.01]Total(95%CL)236195100.0%-0.05[-0.08,-0.02]Heterogeneity:Tau2=0.00;Chi2=11.66,df=5(p=0.04);l2=57%-0.2-0.100.1Testforoveralle.ect:Z=3.17(p=0.002)Favorsepi-onCXLFavorsepi-o.CXL図3Epi.o.CXLとEpi.onCXL後1年の眼鏡矯正視力の変化量の比較Epi-onCXLのほうが眼鏡矯正視力は有意に改善する.(文献C3より引用)ルケーションラインが深いほうが病期進行に有効とされており,形態学的にはCEpi-o.CXLのほうが有効であったことを示唆している.一方で,両術後C1年における眼鏡矯正視力の変化量を比較したところ,Epi-onCCXLのほうが有意に矯正視力が改善した(図3).しかし,その差はC1段階以内であり,臨床的に意味のある差異ではない.安全性項目として,術後C1年以内の合併症を比較したところ,Epi-o.CXLでは,角膜感染症や角膜上皮再生遅延が散見された.C●新しいEpi.onCXL角膜実質内のリボフラビン濃度を上昇させるために,イオン導入法を用いたCCXLがある.イオン導入法は,生体組織に薬剤を効果的に移行させるためのドラッグデリバリーシステムの一つであり,歯科や皮膚科領域で臨床応用されている.近年トポガイドによるCUVA照射によって,屈折矯正を行うCphotorefractiveCintrastromalCcross-linking(PiXL)が登場した.Avedro社のCPiXLは,Epi-onでリボフラビン点眼液を投与したのち,酸素ゴーグルを装用して高酸素化でCUVA照射をすることで,効果的に角C448あたらしい眼科Vol.37,No.4,20200.2膜が平坦化する.円錐角膜以外にも,軽度近視を対象とした臨床試験が行われている.今後のCPiXLの長期成績と他術式との比較に注目したい.C●おわりにEpi-onCXLではCEpi-o.CXLと比較して角膜に対する効果が弱いが,術後合併症が少なく疼痛がないので,小児例や眼表面の状態が不良なアトピー性皮膚炎合併例に対して有用であると考えられる.Epi-onCXLはまだ歴史が浅く,長期的な検証が必要であるが,イオン導入法やCPiXLなど新しい技術によって,より低侵襲かつ効果的に治療ができる潮流になっている.文献1)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Ribo.avin/ultraviolet-a-inducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkerato-conus.AmCJOphthalmolC135:620-627,C20032)LeccisottiCA,CIslamT:TransepithelialCcornealCcollagenCcross-linkinginkeratoconus.JRefractSurg26:942-948,C20103)KobashiCH,CRongCSS,CCiolinoJB:TransepithelialCversusCepithelium-o.CcornealCcrosslinkingCforCcornealCectasia.CJCataractRefractSurg44:1507-1516,C2018(72)

眼内レンズ:術中虹彩緊張低下症候群に対する粘弾性物質の使い方 -Slit Slide Viewによる評価

2020年4月30日 木曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋401.術中虹彩緊張低下症候群に対する粘弾性物質鈴木久晴善行すずき眼科の使い方―SlitSlideViewによる評価超音波白内障手術において,術中虹彩緊張低下症候群は,前房内の灌流により虹彩の動揺を引き起こし,合併症を生じうる.したがって,灌流動態の把握と前房内に注入する粘弾性物質(OVD)の使用法が大切である.今回,SlitSlideView(SSV)により前房内のCOVDの動態と虹彩の動きを観察し,OVDの動態と使用法を検討することができた.●はじめに術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativeC.oppyCirissyndrome:IFIS)とは,Ca1遮断薬(前立腺肥大治療,高血圧治療)を服用中もしくは過去に服用していた患者で,超音波白内障手術(phacoemulsi.cationandaspira-tion:PEA)において虹彩の縮瞳,動揺を示す病態をいう1).白内障手術中のCPEA機器の灌流により虹彩が動揺し,誤吸引,また切開創やサイドポートに嵌頓することにより,虹彩損傷を引き起こすことがあり,注意が必要である.そこで,術中の灌流動態の把握と,前房内に注入する粘弾性物質(ophthalmicCviscosurgicaldevice:OVD)の使用法が非常に大切になる.以前,筆者らは豚眼を用いてCPEA中の前房内動態を細隙灯顕微鏡を用いて観察するシステムCSlitCSideView(SSV)を発表した2).今回,SSVを用いてCIFISモデルを作製し,OVDの使い方を検討した.●IFISモデルの作製とOVDSSVの眼球固定台に豚眼を固定し,細隙灯顕微鏡を用いてC2.4mm角膜切開創を作製し,透明な凝集型OVDを注入し,連続円形切.(continuousCcurvilinearcapsulorrhexis:CCC)を作製した.その後,前.鑷子にて虹彩を全周,中心に向かって牽引し,虹彩の筋肉を断裂させることにより,虹彩の緊張を低下させたモデルを作製した.透明なCOVDを吸引除去したのちに,フルオレセインで染色した各種COVDを注入し,その後PEAを施行することにより,OVDの動態と虹彩の動きを定性的に観察した.C●凝集型OVD(図1)PEA開始直後から前房内,とくに瞳孔周囲のCOVDは吸引除去されてしまった.その後,虹彩と水晶体前.との間に灌流液が流れ込み,虹彩が前房側へ押し上げら図1凝集型OVD瞳孔周囲のCOVDが吸引されてなくなっている().図2分散型OVD瞳孔周囲のCOVDが残存している().(69)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C4450910-1810/20/\100/頁/JCOPY図3Viscoadaptive型OVD瞳孔周囲のCOVDが残存している().れ,虹彩の動揺を認めた.C●分散型OVD(図2)虹彩上,瞳孔周囲にCOVDが滞留していた.この所見から,虹彩が下に引き延ばされて水晶体前.にCOVDで接着されていることによって,灌流液が虹彩の下に流れ込みにくいと考えられ,虹彩の動揺が抑えられていた.C●Viscoadaptive型OVD(図3)虹彩の上に粘弾性物質が固まりとなって滞留しており,おもりのように虹彩を上から押しつけており,虹彩と水晶体前.の間に灌流液が入り込みにくく,虹彩の動揺が起きにくいと考えられた.また,瞳孔周囲にもOVDは残存しており,散瞳維持効果が持続する可能性が示唆された.C●まとめIFIS症例の虹彩動揺は,灌流液が虹彩の下に流れ込むことによって生じていると考えられた.よって,滞留性のよいCOVDを使用し,瞳孔周囲と虹彩上にCOVDを滞留させることによって,虹彩の下に灌流液が入り込まないようにすることで,虹彩動揺を防ぐことができると考えられた.SSVを用いることによって,前房内のOVDの動態と虹彩の動きを観察することができ,IFIS症例におけるCOVDの使用法を把握することができた.文献1)ChangCDF,CCampbellJR:IntraoperativeC.oppyCirisCsyn-dromeassociatedwithtamsulosin.CJCataractRefractSurgC31:664-673,C20052)SuzukiCH,CIgarashiCT,CShiwaCTCetal:ACnovel“SlitCSideCView”methodCtoCevaluateC.uidCdynamicsCduringCphacoe-mulsi.cation.JOphthalmolC2018:5027238,C2018

写真:画像鮮明化装置LISr-101の眼科手術動画への応用

2020年4月30日 木曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦431.画像鮮明化装置LISr-101の青木崇倫横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科眼科手術動画への応用視覚機能再生外科学図1白内障手術の連続円形切.(CCC)左:元画像,右:鮮明化処理後.画像処理後のほうがCCCCの境界線が鮮明である.図2図1のシェーマ図3白内障手術の溝掘り分割左:元画像,右:鮮明化処理後.画像処理後のほうが核がより鮮明である.図4硝子体手術の硝子体切除図5硝子体手術の内境界膜.離左:元画像,右:鮮明化処理後.画像処理後のほうが硝子体の左:元画像,右:鮮明化処理後.画像処理後のほうが内境界膜存在,網膜血管がより鮮明である.と網膜の境界面がより鮮明である.(67)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C4430910-1810/20/\100/頁/JCOPY画像鮮明化とは,独自性を保持した状態で元の画像に処理を行い,目的の所見を強調する技術である.具体的には,低照度,逆光,霧,水蒸気,煙などカメラ性能を十分に発揮できない状況のなかでも,独自の画像鮮明化処理(コントラストの増強やノイズ除去など)を行うことにより,画像品質を損なうことなく,人の眼でよく見える画像へと改善するものである.この技術は車載カメラや監視カメラなどさまざまな領域で応用されており,医療分野においても応用された報告がある1).また,眼科領域においては,福岡らが前眼部写真や眼底写真などに画像鮮明化処理を応用し,その有用性を報告している2).今回筆者らは,画像の低コントラスト部位を調整・処理し,鮮明化する画像鮮明化装置LISr-101(ロジック・アンド・デザイン製)を用いた.不鮮明な画像とは,コントラストの低い領域に観察対象が存在する画像であり,コントラストの低い画像は一般にヒストグラム(画素の明度分布図)が偏る傾向にある.本装置は,ヒストグラムに偏りがある画像に対して,ヒストグラムの平坦化技術を用いることにより,目的とする対象のコントラストを回復させることができる.本装置はモニターに設置するだけで,鮮明化された術中のリアルタイム映像や保存動画の再生に利用できる.ただし,術者自身が直接観察する顕微鏡にこのような鮮明化された映像を映すことはできない.今回,筆者らは上記の装置(LISr-101)を用いて白内障手術と硝子体手術の画像の鮮明化が可能か否かを検討した(図1~5).各図はモニターに映る映像の一部を画像として抽出したものであり,左が元画像,右が鮮明化処理後の画像である.図1は白内障手術の連続円形切.(continuousCcurvilinearcapsulorrhexis:CCC)の際の画像で,CCCの境界線がより鮮明になっていることがわかる.図3は水晶体核の溝掘り分割直後で,核がより鮮明化されている.図4は硝子体切除の際の画像で,硝子体の存在,網膜血管がより鮮明になっていることがわかる.図5は内境界膜.離時で,内境界膜と網膜の境界面や網膜血管がより鮮明化された.このように本装置は,眼科手術動画においてもその鮮明化に有効と考えられた.医療においては,さまざまな専門領域で内視鏡が用いられていることや,眼科領域ではC3Dヘッドアップサージェリーなどモニターを見て行う手術機器が普及しつつあり,本装置のような画像鮮明化装置を用いることで,術者の見る映像をリアルタイムで鮮明化できる可能性がある.文献1)児玉陸,湊泉,堀米洋二ほか:人工股関節の設置位置評価の精度検証.HipJointC41:403-406,C20152)福岡秀記,横井則彦,外園千恵:画像鮮明化処理ソフトウェアCSoftDEFの眼科画像に対する有用性の検討.あたらしい眼科36:559-565,C2019

記憶型病原性Th2細胞とアレルギー -好酸球浸潤から線維化反応まで

2020年4月30日 木曜日

記憶型病原性Th2細胞とアレルギー─好酸球浸潤から線維化反応までMemory-TypePathogenicTh2CellsandAllergy平原潔*中山俊憲*はじめに眼瞼結膜をはじめとする粘膜組織は,外界からの異物進入に対して物理的なバリアとして働く.近年,粘膜上皮から産生される各種の“上皮サイトカイン”がアレルギーの発症に深く関与していることが明らかになった.IL-33は,その受容体のST2を発現した細胞に作用し,さまざまな生体反応を誘導する.本稿では,近年,筆者らのグループが同定した新規IL-33のターゲット細胞である記憶型病原性Th2細胞について,慢性アレルギー性炎症疾患の病態形成における役割を紹介する.筆者らは,IL-33の刺激によって炎症性サイトカインの一種であるIL-5を多量に産生する記憶型病原性Th2細胞の誘導と同時に,組織修復因子であるamphiregulinを産生する異なる記憶型病原性Th2細胞集団が誘導されることを見いだしており,記憶型病原性Th2細胞の多様性が病態形成において重要であることが示唆される.さらに,記憶型病原性Th2細胞の組織常在性と異所性リンパ組織の役割を紹介する.I粘膜臓器の2面性―バリア機能とアレルギー性疾患の病態形成における2型免疫応答の誘導全身に存在する粘膜臓器は,外界からの異物進入に対して物理的なバリアとして働くことが知られている.たとえば,眼表面においては,表層の結膜上皮細胞は微絨毛を有し,微絨毛には上皮間の杯細胞から分泌されるグリコカリックスおよびムチンが付着している.上皮細胞間をつなぐタイトジャンクションおよびこれら細胞表面の分泌物は,免疫調節特性を有する強力な物理的障壁として役立つ.さらに,気道上皮を構成する線毛細胞は繊毛を有し,繊毛運動が喉頭方向へ向かうことで物理的に異物を体外へ出す.また,気道上皮を構成する別の細胞集団である杯細胞やClara細胞は,さまざまな蛋白質を分泌し,上皮を保護する役割を担っている.このように,粘膜組織の上皮は,それぞれが有する特化した物理的な作用によって異物の侵入から宿主を防御している.これらに加えて,粘膜の上皮細胞は,上皮サイトカインとよばれる一連のサイトカインを放出することで粘膜局所に炎症反応を誘導し,異物を排除する.異物が進入し,気道上皮が障害されると,IL-25,IL-33などの上皮サイトカインが上皮細胞から放出される.上皮サイトカインは,粘膜組織の炎症局所において,その受容体を発現した多様な免疫細胞に直接・間接的に作用し,宿主防御や組織修復に重要な2型免疫応答を惹起する.上皮サイトカインによって誘導された2型免疫応答は,寄生虫などの排除に重要な役割を果たす一方,アレルギー性疾患の発症および病態形成にも重要な役割を担っていることが近年の研究から明らかになってきた.たとえば,CD4T細胞,B細胞,2型自然リンパ球(type2innatelymphoidcells:ILC2s),好酸球などさまざまな免疫担当細胞が病態形成に深く関与する気管支喘息では,IL-25やIL-33といった上皮サイトカインで活性化され*KiyoshiHirahara&*ToshinoriNakayama:千葉大学大学院医学研究院免疫発生学〔別刷請求先〕平原潔:〒260-8670千葉市中央区亥鼻1-8-1千葉大学大学院医学研究院免疫発生学0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(59)435た記憶型Th2細胞をはじめとする免疫担当細胞が慢性の病態形成において中心的役割を果たしている.II上皮サイトカインのアレルギー疾患病態形成における役割上皮サイトカインの一種であるIL-33は,IL-1サイトカインファミリーに属する上皮サイトカインであり,その受容体であるST2とIL-1RAcPの複合体に結合し作用する.ST2(IL1RL1)は,1989年に同定された後,長年にわたってオーファン受容体であったが,2005年にIL-33がリガンドとして同定された1,2).IL-33は,他のIL-1サイトカインファミリーであるIL-1aと同様に,定常状態では細胞の核内に局在する3).粘膜の上皮バリアが壊され,バリアの構成細胞が破壊されると,核内のIL-33が受動的に細胞外へ放出されると同時に,クロマチン結合ドメインが切断され活性化する.炎症局所で活性化した好中球や肥満細胞由来の酵素がIL-33を切断する作用があるほかに,真菌,ゴキブリ,花粉由来のアレルゲンも量依存的に直接IL-33を切断し活性化する作用を有する4,5).つまり,アレルギー性角結膜炎の発症に重要であると考えられている各種アレルゲンが,侵入した粘膜局所において直接IL-33を活性化し炎症反応を誘導する.近年,オーストラリアやイギリス,イタリアなどの各国で,激しい雷雨後に発症する重症喘息発作がサンダーストーム喘息とよばれるようになり,話題となっている6).サンダーストーム喘息は,激しい雷雨に伴う多量の花粉や真菌などのアレルゲンの飛散が発症の原因として指摘されている.多量に飛散したアレルゲンを吸入した場合,肺内でIL-33が著明に活性化され重症喘息発作を引き起こしている可能性が考えられる7).実際,肺組織中のIL-33の発現上昇が,重症の気管支喘息患者で報告されている8).各種genome-wideassociationstudy(GWAS)においても,IL33とIL1RL1の気管支喘息発症の関連が繰り返し報告されている9.12).別の上皮サイトカインであるIL-25(IL-17E)は,IL-17サイトカインファミリーに属する.IL-25は,Th2細胞,好酸球,肥満細胞など2型免疫応答の誘導に関与する免疫担当細胞や一部の粘膜上皮細胞が産生する.また,肺や腸管の粘膜では,タフト細胞とよばれる特殊な上皮細胞の一群がIL-25を産生する13,14).肺ではタフト細胞が産生するIL-25は,寄生虫感染の際に感染防御に深く関与する13).一方,腸管においては,ノロウイルスがタフト細胞上に発現するCD300lfを介して感染する15).また,腸管には,IL-25を産生する1型タフト細胞とTSLPとIL-25の両方を産生する2型タフト細胞の少なくとも2種類の異なるタフト細胞が存在する14).以上,上皮サイトカインは,全身の粘膜臓器において各種免疫担当細胞を活性化し,2型免疫応答を誘導することでアレルギー炎症の発症に関与する.IIIヘルパーT細胞の多様性と可塑性獲得免疫反応の中心的役割を果たす細胞集団であるCD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞)は,抗原特異的な免疫応答を誘導することで,微生物病原体の侵入から宿主を守る.しかし,ヘルパーT細胞の質的・量的異常は,自己免疫疾患や気管支喘息などのアレルギー疾患の原因となる.眼におけるアレルギー疾患は,軽度で急性の季節性アレルギー性結膜炎(seasonalallergiccon-junctivitis:SAC)および通年性アレルギー性結膜炎(perennialallergicconjunctivitis:PAC)から重度で慢性の疾患であるアトピー性角結膜炎(atopickeratocon-junctivitis:AKC)および春季カタル(vernalkerato-conjunctivitis:VKC)に及ぶ.これらの疾患において,その発症にはいずれもCD4陽性ヘルパーT細胞が関与しており,なかでもヘルパーT(Th)2細胞が,病態形成の中心的な役割を果たす16).1980年代の発見当初には,おもにIFN-gを産生するTh1細胞とIL-4を産生するTh2細胞に分類されたヘルパーT細胞は,近年の精力的な研究の結果によって,実にさまざまな亜集団(サブセット)から構成されていることが明らかになった.具体的には,Th1細胞やTh2細胞のほかに,IL-17を産生し真菌感染症から生体を防御するTh17細胞,IL-22を産生するTh2細胞,IL-9を産生するTh9細胞,生体の免疫応答を抑制する制御性T細胞,B細胞からの抗体産生を制御する濾胞ヘルパーT細胞などの多様な亜集団が報告されている〔多様性(diversity)〕436あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(60)胸腺IL-6,IL-21TfhBcl6CD4+CD8-B細胞からの抗体産生制御SLEIL-4Th2GATA3IL-4,IL-5,IL-13,Amphiregulin寄生虫排除アレルギー疾患ナイーブCD4+TIL-12Th1T-betIFNg細胞内感染病原体排除IL-6,IL-23自己免疫性甲状腺炎TGF-bTh17RORgtIL-17細胞内感染病原体排除IL-2乾癬,多発性硬化症pTregTGF-bFoxp3TGFb免疫寛容tTregFoxp3免疫寛容IPEX症候群図1さまざまなヘルパーT細胞の亜集団とその生体内での役割る.興味深いことに,この好酸球性気道炎症は,ステロイド投与に治療抵抗性を示すと同時に,IL-33によって活性化された記憶型CTpath2細胞は,ステロイド投与後もCIL-5の産生低下は認めない21).IL-33で誘導される2型自然リンパ球(ILC2s)依存性の気道炎症においてもステロイド抵抗性が報告されている22).以上,IL-33はステロイド抵抗性の粘膜炎症の病態形成に関与している可能性が示唆されることから,ステロイド治療抵抗性の粘膜炎症に対して,IL-33が新たな治療ターゲットとなりうる.米国の複数の研究グループが好酸球性胃腸障害およびアトピー性皮膚炎の患者やスギ花粉やピーナツに対するアレルギー患者において,筆者らが同定したCTpath2細胞と同様にCIL-5を多量に産生するCCRTH2陽性,CD161陽性のCTpath2細胞が末梢血中に増加していることを報告しており,さまざまなアレルギー性疾患におけるCTpath2細胞の関与が示唆される23,24).筆者らは,ヒト好酸球性副鼻腔炎のポリープ中に浸潤している記憶型CCD4T細胞の一部がCST2を高発現し,IL-33刺激に反応して多量のCIL-5を産生することを明らかにしている20,25).つまり,マウスのみならずヒトにおいてもTpath2細胞が,抗原特異的なアレルギー炎症疾患の病態形成に深く関与している.CV記憶型Tpath2細胞と組織線維化慢性アレルギー性疾患をはじめとするさまざまな長期にわたる炎症は,組織の線維化の原因になる.組織の線維化は肺や肝臓,心臓,腎臓,皮膚などのあらゆる臓器で認められ,臓器不全を引き起こし,死に至る重篤な病態である.しかし,これまで慢性炎症の結果,生じる組織の線維化について詳細な機序は不明であった.そこで筆者らは,臨床上重要なアレルゲンの一種であるハウスダストを抗原とした慢性気道アレルギー炎症のマウスモデルを新たに作製し,同モデルを用いて気道周囲の線維化が誘導される分子メカニズムを解析した.筆者らは,IL-33刺激によってCIL-5を産生する病原性記憶型CTh2細胞とは別に組織修復因子のCamphiregulinを産生する記憶型病原性CTh2細胞が増加することを発見した.Amphiregulin欠損マウスおよびCamphiregulin欠損記憶型CTh2細胞を移入したマウスでは,気道周囲の線維化は著明に減弱しており,amphiregulinを産生する記憶型CTh2細胞が線維化を誘導することが明らかになった.Amphiregulinは,上皮成長因子受容体(epidermalCgrowthfactorreceptor:EGFR)を発現する好酸球に作用して炎症性好酸球へリプログラミングし,同好酸球からの細胞外マトリックスの一種のオステオポンチン産生を亢進する.以上のような機序で,組織の線維化を誘導するCamphiregulin産生記憶型CTh2細胞を筆者らは,「線維化誘導C-病原性CTh2細胞」と定義した26).この線維化誘導C-病原性CTh2細胞は,既報のCIL-5を大量に産生する病原性CTh2細胞とは異なるが,病原性を有するこれらの細胞がネットワークを形成して相互作用することで慢性好酸球性気道炎症は増悪し,難治化に至ることが推察される(図2)26).一方で,IL-33刺激によって,ST2を高発現する記憶型病原性CTh2細胞からどのようにCIL-5を産生する記憶型CTpath2細胞とCamphiregulinを産生する記憶型CTpath2細胞がそれぞれ誘導されるかについては,いまだに詳細は不明である.今後,さらなる研究が望まれる.CVI粘膜局所におけるTpath2細胞の維持これまで述べてきた通り,記憶型CTpath2細胞は局所の慢性炎症の病態形成に深く関与している.一方で,粘膜局所における記憶型CTpath2細胞がどのように維持されるかについては不明な点が多い.全身のさまざまな粘膜臓器において,慢性炎症によってリンパ節に構造がよく似た異所性リンパ組織とよばれる三次リンパ組織が誘導される.たとえば眼瞼結膜では,重症のアレルギー性結膜炎患者において,conjunctiva-associatedClymphoidtissue(CALT)とよばれる三次リンパ組織が形成される27).また,肺では感染症や喫煙,膠原病などさまざまな原因による慢性炎症で誘導性気管支関連リンパ組織(inducibleCbronchus-associatedClymphoidtissue:iBALT)が形成される28).筆者らは,マウス慢性アレルギー性気道炎症モデルを用いて,慢性炎症によって肺内にCiBLATが誘導されることを見いだした.大変興味深いことに,記憶型CTpath2細胞は炎症局所において誘導されるCiBALT内で生存・維持されていた(図3)25).こ438あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(62)図2Tpath2細胞の線維化における役割上皮サイトカインと免疫担当細胞と積極的にクロストークすることで粘膜臓器における炎症応答に深く関与することを示唆している.IL-33レセプター(ST2)を高発現しCIL-33が作用したCTpath2細胞はCIL-5を多量に産生し好酸球性の炎症を誘導する.このCTpath2細胞は,慢性炎症巣に形成される誘導である.図3好酸球性炎症における気道周囲の線維化誘導機構抗原侵入により気道上皮細胞から分泌されたCIL-33がその受容体であるCST2を発現する記憶型Th2細胞に作用し,amphiregulin産生を誘導する.このCamphiregulinが上皮成長因子受容体(EGFR)を介して組織中の好酸球に作用し,炎症性好酸球へとリプログラムする.炎症性好酸球はオステオポンチンを産生することで直接的に組織線維化を誘導する.肺(慢性気道炎症時)Lyve-1CD3eIL-7Lyve-1CD3eIL-7図4Tpath2細胞による慢性好酸球性気道炎症の誘導機構OVAの経鼻投与によって誘導されたCiBALT内に,IL-7(緑色)産生リンパ管内皮(Lyve-1陽性,青色)が多数認められ,同細胞周囲に多くのヘルパーCT細胞(赤色)が存在する.(文献C25より引用)図5病原性Th細胞疾患誘導モデル病原性CTh細胞疾患誘導モデルでは,ヘルパーCT細胞のサブセット間のバランスには関係なく,病原性の高いCT細胞亜集団が記憶型CTh細胞集団中に生まれ,病態の形成に深く関与しているという考え方で,これまでのCTh1/Th2パラダイムとは根本的に異なる考え方である.(文献C19より改変引用)C–

IL-33によって活性化される自然リンパ球ILC2からみたアレルギー性結膜炎

2020年4月30日 木曜日

IL-33によって活性化される自然リンパ球ILC2からみたアレルギー性結膜炎TheRolesofIL-33andILC2(Type2InnateLymphoidCells)inAllergicConjunctivitis松田彰*浅田洋輔*はじめに科学の進歩によって,どのようにアレルギー性反応が引き起こされるのかというコンセプトが変わってきている.獲得免疫反応(特定の抗原に対する免疫学的な記憶をもとに,感作が成立している抗原に対してのみ選択的な炎症反応が生じる)を中心とする従前のコンセプトが間違っていたわけではなく,抗原非特異的な自然免疫反応の要素がアレルギー反応の理解に加わり,2型炎症反応というコンセプトが広く受け入れられつつある.III型炎症反応のコンセプト従来の獲得免疫反応を主体にしたアレルギー炎症のコンセプトは次のようなものである.生体がアレルゲンに暴露されることで,アレルゲンが抗原提示細胞に取り込まれ,リンパ節での抗原提示によってリンパ球を活性化して,Tリンパ球(Th2)およびIgE産生能を獲得したBリンパ球の働きで抗原特異的IgEが産生される.この抗原特異的IgEがマスト細胞の表面にあるIgE受容体に結合した状態でアレルゲンに再度暴露されると,マスト細胞表面のIgEにアレルゲンの抗原部位が結合する(複数のIgEに結合するのでIgEを架橋=クロスリンクする)ことでマスト細胞の脱顆粒を起点とする一連のアレルギー反応が生じる.この炎症反応の中心的な役割を果たすのがTh2型リンパ球であることからTh2型炎症反応とよばれてきた(図1).アレルギー反応のコンセプトの変化はいくつかの鍵となる発見からもたらされ,現在では獲得免疫を主体としたTh2型炎症反応という病態コンセプトに,自然免疫反応の要素を加味した2型炎症反応というコンセプト(図2)で考えられることが多い.この変化の鍵となった発見として以下の二つがあげられる.1.上皮由来2型炎症起始サイトカインの発見アレルゲンの暴露によって,生体バリアとして機能している上皮細胞からIL-33,IL-25およびTSLP(thy-micstromallymphopoietin)といったサイトカインが産生・放出され,自然免疫反応・獲得免疫反応の両者を活性化するトリガーサインとなることが報告されてきた.これら3種のサイトカインは上皮由来2型炎症起始サイトカインとして知られ,精力的な研究がなされている.なかでもIL-33分子はアレルゲンの暴露によって傷害された上皮細胞から放出され,周囲の組織へ危険を知らせるアラーミンとしての役割をもっていることが知られている.2.2型自然リンパ球の発見自然リンパ球(innatelymphoidcells:ILCs)はリンパ球と同様の形態学的な特徴をもつ細胞だが,リンパ球と異なりT細胞・B細胞受容体をもたず,抗原特異的な免疫応答をしない.ILCには三つのサブタイプ(ILC1,ILC2,ILC3)があるが,なかでも2型自然リンパ球ILC2は上述のIL-33およびIL-25によって活性化され*AkiraMatsuda&*YosukeAsada:順天堂大学大学院医学研究科眼アトピー研究室〔別刷請求先〕松田彰:〒113-8431東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学大学院医学研究科眼アトピー研究室0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(51)427アレルゲン上皮細胞バリアを通過リンパ節で抗原提示分解されたアレルゲン抗原特異的Th2細胞Bリンパ球Th2活性化図1Th2型免疫反応(獲得免疫系の主体のアレルギー反応)アレルゲンが抗原提示細胞に取り込まれ,Th2細胞とB細胞を介して抗原特異的IgEが産生される.IgEはアレルゲンが再度体内に取り込まれると好塩基球やマスト細胞上に発現しているIgE受容体(FceRI)をクロスリンクし脱顆粒をを誘導する.アレルゲン・機械的刺激・寄生虫ー上皮細胞を傷害傷害された上皮細胞Th2細胞(獲得免疫の活性化)B細胞からのIgE産生IL-33によるILC2活性化図22型炎症反応の概念図上皮細胞が傷害されることで上皮細胞から産生・放出されるIL-33はマスト細胞,ILC2,Th2細胞を活性化する.Th2型のアレルギー反応に加えて自然免疫系の活性化による抗原非特異的なアレルギー炎症が病態を形成している.る自然リンパ球で,2型炎症反応の中核をなすCIL13と好酸球の活性化に重要なCIL-5を多量に産生することで,抗原非特異的にC2型免疫反応を引き起こすことが明らかになった.この発見によって,獲得免疫に依存しないアレルギー反応の存在がクローズアップされ,従来のTh2反応(獲得免疫)のコンセプトがC2型免疫反応(自然免疫+獲得免疫)へと進化することになるきっかけとなった.ILC2の概念の成立には日本の茂呂和世先生,小安重夫先生の研究グループが多大な貢献をされている.CII眼アレルギー疾患におけるIL-33の関与の発見筆者(松田)がなぜC2型炎症に興味をもち,眼表面におけるC2型炎症の研究に従事することになったのかを述べながら,アレルギー性結膜炎とC2型炎症との関係を説明してゆく.松田はアトピーの遺伝的背景を研究するためにC2000年に英国の研究所に留学した.留学中のテーマは当時はやっていた質量分析計を使ってのアトピー関連分子の機能解析という,今考えるとポスドクのテーマとしては無謀としかいいようのないものだった.2年間の留学後,横浜の理化学研究所で当時黎明期であった遺伝子多型とアトピー性疾患の相関を調べる研究に従事することになった.アトピー性皮膚炎の患者対照相関研究のプロジェクトを遂行していくなかで,筆者は候補遺伝子のリストにCST2(遺伝子名ではCIL1RL1)という遺伝子があることに注目した.この分子は自治医科大学生化学講座の富永眞一教授がクローニングし,Th2細胞に高発現することを同教室の柳沢健先生が見いだし,報告した.二人の先生との共同研究でアトピー性皮膚炎とST2の関連を論文としてC2005年に報告した1).その論文が公表されたC1カ月後に,当時リガンドが不明であったオーファン受容体であったCST2分子のリガンドとしてCIL-33がクローニングされたという論文が米国のDNAX研究所のグループから発表された2).2005年に筆者は京都府立医科大学眼科に移動し,IL-33と眼アレルギーの研究を始めた.当初CIL-33を研究する道具はまったくなく,唯一わかっていた遺伝子配列からリコンビナント蛋白を自作し,マウスの腹腔に注射したところ,著明な好酸球の浸潤を認め,IL-33がアレルギー反応に重要な分子であることを確信した.当時はまだタクロリムスの点眼が治験段階で,ステロイド点眼と抗アレルギー薬の点眼でコントロールできない眼瞼結膜の巨大乳頭を伴う春季カタル(vernalCkeratocon-junctivits:VKC)やアトピー性角結膜炎(atopicCkera-toconjunctivitis:AKC)の患者がおり,京都府立医科大学眼科の横井則彦先生の協力で治療目的に切除した巨大乳頭組織を収集し,IL-33がCVKCとCAKCの結膜組織において上皮細胞と血管内皮細胞に高発現していることを報告した3).CIIIマウスを使ったアレルギー性結膜炎研究1.IL-33欠損マウスの解析現在の免疫・アレルギー学の研究においては,特定分子の機能解析には遺伝子改変マウスを使用することが主流であり,IL-33のノックアウトマウスをなんとか作れないかと画策したが,CRISPR/Cas9システムを使える現在の状況とは異なり,一介の眼科医がノックアウトマウスを作るのはむずかしかった.2009年に筆者が順天堂大学眼科に移動した頃,東京大学医科学研究所の中江進先生が作製したCIL-33ノックアウトマウスの論文がCPNASに掲載された4).運よく中江先生は順天堂大学アトピー疾患研究センターの客員研究員も兼任されており,順天堂大学眼科の海老原伸行先生と免疫学の奥村康教授の紹介で中江先生とCIL-33ノックアウトマウスを使用した眼アレルギーの研究をスタートすることができた.アレルギー性結膜炎のマウスモデルとして普及しているブタクサ花粉誘発アレルギー性結膜炎モデルの導入には高知大学眼科の福島敦樹教授,福田憲先生に共同研究をお願いし,IL-33分子がマウスのアレルギー性結膜炎の発症に必須の分子であることを大学院生であった筆者(浅田)が報告した5).IL-33ノックアウトマウスを使った研究から判明したことは,IL-33分子を欠くとアレルギー性結膜炎の重症度が低下すること(図3),結膜組織におけるC2型炎症に関連するサイトカインCIL-4,CIL-13,IL-5の発現が有意に抑制されること,結膜組織における好酸球の浸潤数が減少すること,一方で血中の(53)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C429野生型マウスIL-33欠損マウス図3ブタクサ花粉誘発マウスアレルギー性結膜炎上段:ブタクサ花粉を点眼してアレルギー性結膜炎を誘発.IL-33欠損マウスでは野生型マウスと比較して,結膜の充血,眼瞼の腫脹が軽症化している.下段:赤色はCIL-33の発現を,緑色は好酸球の局在を示す.IL-33欠損マウスでは好酸球の結膜への浸潤数が減少している.(文献C5より改変引用)図4パパインコンタクトレンズ誘発角結膜炎モデルの作製方法パパイン溶液に浸漬したC2Cmm径のソフトコンタクトレンズをマウスに装着させ(Ca),眼瞼をC1糸縫合し(Cb),5日後にコンタクトレンズを摘出(Cc)する.このようにして角結膜組織への好酸球の浸潤を伴う自然免疫依存のアレルギー性結膜炎のモデルを作製した.(文献C7より引用)CLacrimalGlandConjunctivaCervicalLymphnode図5パパインコンタクトレンズ誘発角結膜炎の結膜組織中のILC2細胞の存在マウスの涙腺(左),結膜(中央),頸部リンパ節(右)を摘出し,フローサイトメーターで解析.上段:獲得免疫系の細胞マーカーのカクテル抗体に対する反応が陰性でかつCIL-33受容体(ST2)陽性の細胞群を抽出,中段:その中からさらにCCD127陽性かつCCD25陽性細胞群を抽出,下段:さらにCCD90.1陽性細胞群を抽出し,ILC2細胞を同定した.涙腺組織と結膜組織にCILC2細胞の存在を確認した(赤丸印の中).(文献C7より引用)といったC2型炎症性サイトカインの発現亢進がみられ,獲得免疫系の細胞を欠くCRag2欠損マウスでも同程度の型炎症がみられることから,自然免疫系のアレルギー性結膜炎モデルであること,2)パパイン角結膜炎モデルの結膜組織には獲得免疫系の炎症細胞マーカーをもたず(lineageCnegative),CD25陽性,ST2陽性,CD127陽性,CD90.1陽性のCILC2細胞が存在すること(図5),ILC2細胞を抗CCD25抗体の全身投与で除去すると結膜組織への好酸球浸潤が抑制されること,3)パパイン角結膜炎モデルにおける自然免疫系依存のC2型炎症反応がIL-33欠損マウスとCTSLP受容体欠損マウスでは著しく減弱することを発見・報告した7).これらの結果から,眼表面においても抗原非特異的な自然免疫応答によるC2型炎症(アレルギー反応)が存在すること,自然免疫依存性のパパイン角結膜炎の病態において,ILC2細胞と上皮由来C2型炎症起始サイトカインのCIL-33とCTSLPが重要である可能性ことが示唆された.また,ヒトVKC患者由来の結膜巨大乳頭組織にもCILC2が存在することをCFACSで確認(未発表データ)しており,VKCやCAKCの病態にも自然免疫系のC2型炎症反応が関連している可能性が考えられる.CIVIL-33トランスジェニックマウスはアトピー性角結膜炎の表現型上述のパパイン角結膜炎モデルとほぼ同時期に,兵庫医科大学皮膚科の今井康友先生,山西清文教授のグループから,IL-33トランスジェニックマウスがアトピー性角結膜炎様の表現形を呈するとの報告がなされた.このマウスはヒトケラチンC14(皮膚,角膜,結膜といった上皮細胞の基底細胞層に発現するケラチン)のプロモーターの下流にマウスのCIL-33遺伝子を組み込んで,過剰発現させると無処置のマウスの血中CIgE濃度が上昇し,アトピー性皮膚炎様の炎症を生じるという報告8)に使われたマウスで,皮膚炎の解析が終了し,今井先生が留学したあとも,そのまま飼育されていた.飼育を担当していた人が,生後C20週を過ぎた頃から眼球が白くなる現象を発見,眼の解析をするために今井先生は留学先から呼び戻された(今井先生の談).このマウスの角結膜には何も刺激をしなくても加齢とともに好酸球,マスト細胞,好塩基球の浸潤が認められ,角膜上皮の角化を伴う角結膜炎の発症を認めた.さらに,このマウスの眼表面にはCILC2細胞の浸潤も確認されている.すなわち,IL-33が眼表面で過剰に産生されると,アレルゲンの暴露に関係なく,アトピー性角結膜炎様の表現形をとること,そこにはCILC2細胞の関与が示唆されることが明らかになった9).この結果はアレルゲン刺激が抗原特異的なもの(獲得免疫依存性)であっても抗原非特異的なもの(自然免疫依存性)であっても上皮からのCIL-33放出を引き起こす刺激であればC2型炎症性反応を眼表面にもたらすことを示しており,筆者らの研究結果とも矛盾しない結果と考えられる.CVヒトの慢性重症アレルギー性角結膜炎の病態とILC2前項で自然免疫系の反応に依存するアレルギー性結膜炎を説明したが,実際のヒトの慢性重症アレルギー性角結膜炎では,ハウスダストをはじめとする多種のアレルゲンによる慢性の炎症反応が生じており,抗原特異的IgEを中心とした獲得免疫系の反応と,アレルゲンによって傷害された結膜上皮が放出するCIL-33/TSLPならびにCILC2を中心とした自然免疫系の反応が同時に進行していると考えられる.実際にヒト難治性CAKC患者由来の上眼瞼結膜乳頭組織を治療目的で採取したサンプルを用いて,次世代シークエンサーによるトランスクリプトーム解析(RNA-sequencing:RNA-seq)を施行したところ,2型炎症反応の中心となるCIL-4,IL-13といったCTh2サイトカインのほかにC2型炎症起始サイトカインであるCIL-33遺伝子の発現が亢進し,ILC2の活性化にかかわる遺伝子群の発現亢進が認められた10).すなわち,マウスの実験データから考えられたC2型炎症を中心とするアレルギー性角結膜炎の病態仮説が,実際のヒト慢性アレルギー性角結膜炎のトランスクリプトーム解析においても矛盾のないことが示された.CVI今後の研究と臨床応用の方向性現在,臨床上問題となっているタクロリムスに抵抗する難治性のCAKC,VKCに対する治療戦略として,今後,自然免疫依存の炎症コンポーネントに対する介入が考え432あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(56)–

アレルギー性結膜疾患の発症と上皮バリア機能

2020年4月30日 木曜日

アレルギー性結膜疾患の発症と上皮バリア機能AllergicKeratoconjunctivalDisordersandBarrierFunctionsoftheEpithelium海老原伸行*はじめにアトピー性皮膚炎患者の多くに皮膚バリア機能の要になる角質形成に重要な分子であるフィラグリンの一塩基多型が認められることや,乳児期の経皮感作が引き続き発症するアトピーマーチ(アトピー性皮膚炎→食物アレルギー→喘息→アレルギー性鼻炎・結膜炎)の重要なイニシエーションであることが明らかになり,アレルギー発症における上皮バリア機能の重要性が注目されている.各種アレルギー性疾患動物モデルを使用した解析により,上皮バリア機能の破壊・低下はCTh2反応を惹起すること,また破壊されたタイトジャンクションの細胞間隙より細胞突起を伸ばしたCLangerhans細胞をはじめとする抗原提示能力をもつ樹状細胞によって抗原捕足され,全身感作が成立することなどが三次元イメージングで明らかになっている.さらに,上皮層はアレルギー性炎症における自然型アレルギー反応の発症に関与していることで注目されている.花粉やダニなどのプロテアーゼ活性をもつ抗原が上皮細胞を刺激すると,あるいは大量の抗原暴露によって上皮細胞がネクローシスに誘導されると,damageCassociatedCmolecularpatterns(DAMP)であるCIL-33やCATPが放出される.また,上皮由来CTh2誘導サイトカインであるCTSLPやCIL-25が産生され,新しく同定された自然リンパ球であるCinnateClymphoidCcellC2(ILC2)を刺激して多量のCIL-13・IL-5を産生し,T細胞の関与なしでアレルギー反応が起動される.自然型アレルギーについては本特集の松田彰先生の項(p.00)を参照していただければ幸いである.本稿では,オキュラーサーフェスの最大のバリア機構である涙液層に注目する.まず①肥満細胞顆粒蛋白であるキマーゼや抗原由来プロテアーゼと涙液中のプロテアーゼインヒビターの相克について,次に②オキュラーサーフェスにおける膜型ムチンとCgalectin-3の結合によって形成されるグリコカリックス(glycocalyx)構造の破壊と自然型アレルギー反応の発症について,③新しいバリア機能低下メカニズムであるオンコスタチンCM(oncostatin-M:OSM)による結膜上皮間葉系移行とバリア機能の低下について,最後に④重症アレルギー性結膜疾患のバリア機能と⑤治療戦略について述べる.CI涙液中のプロテアーゼとプロテアーゼインヒビターとの相克1.涙液中のキマーゼとバリア機能低下春季カタルをはじめとする重症アレルギー性結膜疾患患者の涙液中には肥満細胞由来の顆粒蛋白であるキマーゼ(chymase)が高濃度で存在している1)(図1).培養ヒト角膜上皮細胞に実際に重症春季カタル患者で検出できる同活性のキマーゼを添加すると,タイトジャンクション関連蛋白であるオクルーディンやCZO-1の発現が低下し,バリア機能が低下する.バリア機能の低下は,CtransCelectricalresistance(TER)法でキマーゼ添加前後の電位差が減少することで明らかになる(図2).添加*NobuyukiEbihara:順天堂大学医学部附属浦安病院眼科〔別刷請求先〕海老原伸行:〒279-0021千葉県浦安市富岡C2-1-1順天堂大学医学部附属浦安病院眼科C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(43)C419涙液中トリプターゼ春季カタルの巨大乳頭活性(mU/ml)r=0.1999(NS)76543210071319角膜重症度涙液中キマーゼ脱顆粒直前の肥満細胞(電子顕微鏡像)活性(mU/ml)r=0.9245(p<0.001)32.21.10.0(EbiharaNetal:CurrEyeRes28:417-420,2004)図1春季カタル患者涙液中のトリプターゼ,キマーゼ活性春季カタル巨大乳頭組織には多数の脱顆粒した肥満細胞が存在する.脱顆粒すると顆粒内プロテアーゼであるトリプターゼやキマーゼが放出される.両プロテアーゼとも春季カタル患者涙液中に高活性に存在するが,キマーゼのみが角膜の重症度スコアと相関する.071319角膜重症度(海老原伸行ほか:日眼会誌,112:581-589,2008)140120TransepithelialElectrical100ResistanceChopstick-typeelectrodesElectricalmeter角膜上皮細胞W.cm2(Kashiwagietal:Ophthalmologica215,2001)(EbiharaNetal:CurrEyeRes30:1061.1069,2005)図2角膜上皮細胞のバリア機能に対するキマーゼの作用TER法によってキマーゼ添加で電位差が低下しバリア機能が低下していることがわかる.806040200真菌,ウイルス,プロテアーゼ(加畑宏樹ほか:アレルギー疾患研究,2013)図3自然型アレルギーと獲得型アレルギー表1涙液中のprotease.inhibitor表2a1.AT,SLPIのchymase,trptaseに対する作用R(re.ex)C(closed)(ng/Cμl)(ng/Cμl)Calp1(alphaC1-proteaseinhibitor)C1.3±0.4C30±6.6Cal-Achy(alphaC1-antichymotrypsin)<1C7.2±2.1SLPI(secretoryleukocyteproteaseinhibitor)C8.1±1.4C52±5.6Cela.n<C0.1-2C1-2Ca2-M(alphaC2-macroglobulin)C2.0±1.0C21±1.5CCystainCC4±1.5C19.7±6.0(SatheSetal:CurrEyeRes17:348-362,C1998)涙液中のプロテアーゼインヒビターではCSLPIがもっとも高濃度に存在する.肥満細胞の脱顆粒抗原ドライアイ肥満細胞キマーゼ抗原プロテアーゼ>内因性プロテアーゼインヒビター(SLPI)(↓)TGF-b1結膜のタイトジャンクション蛋白の分解・炎症バリアの破壊好酸球抗原の結膜固有層への侵入抗原+IgE肥満細胞の活性化・脱顆粒アレルギー反応・発症の増悪図4涙液中のプロテアーゼとプロテアーゼインヒビターとの相克図5巨大乳頭組織におけるTGF.b1の陽性細胞春季カタル巨大乳頭組織中のCTGF-b1陽性細胞は好酸球である.(OhtomoKetal:ExpEyeRes91:748-754,C2010)ムチン(分泌型,膜型)PARPARPARPARTolllikereceptorTSLP活性化DC炎症Th2細胞IL-25IL-33図7ムチンは自然型アレルギー反応の発症を抑制するAllergenseosinophilsTGF-b1Dryeyeprotease>SLPI(↓)MUCIN(↓)←in.ammation(IL-6I・L-8)PARDryeyeIL-33TSLPinvasionofantigensundertheepitheliumILC2activateDCAntigen-IgE(IL-5・IL-13)TH2in.ammatorycells図8アレルギー性炎症とバリアとしての涙液層-

結膜充血の診断と眼アレルギー診療へのAIの応用

2020年4月30日 木曜日

結膜充血の診断と眼アレルギー診療へのAIの応用DiagnosisofConjunctivalHyperemiabyAIandItsApplicationinOcularAllergyTreatment田淵仁志*升本浩紀**米田剛***角環****福島敦樹*****はじめに結膜充血は眼科診療においてもっとも一般的な所見の一つである.さまざまな要因による結膜炎はもちろんのこと,ぶどう膜炎,緑内障発作による眼圧上昇,点眼薬の副作用など,多くの眼疾患の一徴候として結膜充血は日常的にカルテに記載される.たとえば,緑内障点眼薬の副作用として結膜充血は重篤な問題ではないとはいえ,比較的重要である.なぜなら整容面を気にかける患者からの点眼後の結膜充血の訴えは強く,薬剤コンプライアンスに実質的に悪影響があるからである.したがって,緑内障点眼後の結膜充血反応について個別に臨床試験が行われてきた.その際に問題になるのが結膜充血の程度判断である.現在結膜充血を重症度別に分類した診断システムに,日本眼科アレルギー学会提唱の結膜充血重症度分類がある1).この診断システムは提示されている標準写真を参考にして,判定者が充血の原因となっている結膜血管の拡張の程度を充血なしを含めて4段階で判定するものである.この重症度分類は前述した緑内障点眼薬の臨床試験で実際に用いられている2).この主観的判定システムの問題点はすでにいくつか指摘されている.米田らはこの判定システムによるエキスパート間の一致度の低さを報告し,さらに判定を客観的に行うための結膜撮影専用システムとその画像を用いた分析アプリケーションを考案している.ただこのシステムの実臨床への応用には,煩雑さの問題を解決する必要がある点を,米田自身が認めている3).一方で最近になって,医療分野への応用研究が盛んに報告されているのが深層学習(deeplearning)とよばれる機械学習を用いた自動診断手法である.眼科領域でも糖尿病網膜症を皮切りに,緑内障,加齢黄斑変性,網膜.離など数多くの疾患で報告が相次いでいる4).その撮影装置も多岐にわたっており,通常の眼底カメラ,OCT,広角眼底カメラなどである.深層学習を用いた診断,判断システムの利点はその適応範囲の広さと経済効率性の高さである.たとえば,多少の画像の位置ずれや,ピントの問題などを学習過程で内包させることが可能であるために,実臨床での使用範囲が広い可能性が指摘されている.さらに学習過程には多大なコンピューター演算が必要であるが,実際の判定は単純化された四則計算で行われるために,非常に軽い演算能力で実臨床に応用可能である点も普及が期待される所以の一つである.すなわち充血所見判定を深層学習で自動的に行うシステムには,原理的に臨床応用への可能性が示唆されるわけだが,筆者らの知る限りその試みは筆者らのチームだけが行っている.本稿では細隙灯顕微鏡画像,および前眼部計測装置画像への人工知能(arti.cialintelligence:AI)応用の取り組み,さらにvirtualprivatenetwork(VPN)で接続された複数施設での検討を紹介する.*HitoshiTabuchi:ツカザキ病院眼科,広島大学大学院医系科学研究科**HirokiMasumoto:ツカザキ病院眼科***TsuyoshiYoneda:川崎医療福祉大学リハビリテーション学部視能療法学科****TamakiSumi:高知大学医学部眼科学講座*****AtsukiFukushima:高知大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕田淵仁志:〒671-122兵庫県姫路市網干区和久68-1ツカザキ病院眼科0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(35)411Score(0)軽度(1)中等度(2)高度(3)結膜充血所見なし数本の血管拡張多数の血管拡張全体の血管拡張図1日本眼科アレルギー学会結膜充血重症度判定基準写真(文献1より引用)図2ツカザキ病院眼科データベースより抽出した結膜充血判定用スリット画像回答は平視能訓練士4人均する使用データ専門医1人872枚1,000枚1,000枚ミスなど128枚図3事前判定者評価およびモデル評価用データフロー前半2,004枚回答一致使用データ視能訓練士2人で2,707枚3,816枚4,008枚後半不一致2,004枚1,209枚専門Dr視能訓練士2人でミスなど92枚診断不能50枚図4AIモデル作成用データフロー表1日本眼科アレルギー学会認定専門医1名と視能訓練士4名のweighted.k係数opponentFukMatNisOhiOkaFukMatNisOhiOka10.7165990.7553710.7316010.7120630.71659910.6406430.7623760.7826090.7553710.64064310.6619160.6304740.7316010.7623760.66191610.7708430.7120630.7826090.6304740.7708431(Fuk=日本眼科アレルギー学会認定専門医,Mat,Nis,Ohi,Oka=視能訓練士)てC92枚が判定用画像から失われた.残りのC3,916枚について,2名の判定が一致したC2,707枚は一致したグレードをそのまま採用し,グレードが不一致であった1,209枚の画像は日本眼科アレルギー学会専門医が最終判定を行った.この際,100枚について日本眼科アレルギー学会専門医が診断不能の判定を下した.C5.AIモデル作成画像データをC5ブロックに均等に分割した.そのうち,4ブロックの画像を学習用として,残りのC1ブロックをテスト用として使用した(K-FoldCCrossCValida-tion).学習用データに対して画像処理を行いC18倍に増幅した.画像増幅処理は,コントラスト調整,Cg補正,ヒストグラム均一化,ノイズ付加,反転で構成した.増幅された画像を対象にC6種類のCDNN(DeepCNeuralNetwork)(VGG16,VGG19,ResNet50,InceptionV3,InceptionResNetV2,Xception)訓練を行い,モデルを構築した.それぞれのモデルを用いて,テストデータに対してテストを行い,モデルの評価を行った.この作業をC5回行うことで,すべてのブロックがテスト用として使用されるようにした.C6.DeepLearningModelandTrainingtheModel今回用いたCDNNのうち代表的なCVGG16とよばれる深層学習モデルを説明する.VGG16はCConvolutionLayerとCMaxPoolingCLayerからなるCblockがC5つと,全結合層に分かれる.まず,入力された画像はすべてC256×192pixelsに事前に変換し,0-255のCRGBで読み込み,それをC255で割ることでC0-1の範囲に正規化した.ConvolutionalLayerは,畳み込みフィルターを通して対象の特徴量を取得する.各ブロックの最後にはCMaxPoolingLayerを配置した.MaxPoolingLayerは畳み込み層からの出力された特徴量の位置感度を落とし,より汎用的な認識が行えるようにする.最後に三次元の行列を平滑化したうえで,全結合層CFullyConnec-tionLayerをC2層配置し,softmax関数によりC2クラス分類を行った.全結合層は,抽出された特徴量から空間的な情報をそぎ落とし,それ以外の特徴ベクトルから統計的に対象を識別するための層である.最初の全結合層にC25%の確率でマスクを行うようドロップアウト処理をした.ドロップアウト処理の目的は,学習の過程で過学習が起きないように,汎化性能の向上を図ることである.あらかじめ別のデータで,学習済みであるパラメータを利用する転移学習(.ne-tuning)という方法を用いた.学習速度が速くなり,少ないデータでも高い性能が出やすくすることが目的である.パラメータはCImageNetのものを用いて,block1.4までは固定,blockC5と全結合層のみを調整した.最初のこの重みは確率的勾配降下法の一つであるCMomentumSGD(学習係数=0.001,慣性項=0.9)という最適化アルゴリズムに従って更新を行った.モデルの構築および評価はCPythonのtensor.ow(https://www.tensor.ow.org/)がバックエンドで動くCkeras(https://keras.io/ja/)を用いて行った.C7.AIモデル複合評価(アンサンブルメソッド)作成されたC6種類の学習モデルを組み合わせて,評価用データC872枚についての判定を行い,エキスパート判定との一致度を検討した.この際エキスパートの判定は平均値を採用した.6つのCDNNモデルの半数がエキスパートの回答に一致していた場合を正答とすると正答率はC83.5%であった.実際のモデルによる回答の例を図5に示す.代表モデルであるCVGG16による判定はCExpert1,CExpert2とCweighted-kでそれぞれC0.76,0.78であり,CExpert1とCExpert2のCweighted-kはC0.73であった.すなわち,AIモデルによる判定とエキスパート判定とのズレは,エキスパート判定同士の判定のズレよりも小さかった.つまり,AIは人間と人間の間を取るように学習を行っているということになる(図6).C8.客観的指標との相関それではCAI判定結果と,米田らが開発してきた球結膜の血管占有面積比率3)を指標とする客観的指標(図7a)との相関関係はどうなっているのだろうか.筆者らの検討によると,その結果も良好なものであり,相関係数はC0.74と非常に高いものであった(図7b).414あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(38)図5六つのDNNモデルを用いた複合モデル学会判定回答確率表示の1例0.8Expert10.780.780.760.760.760.740.730.73AI0.720.70.78VGG16Expert1Expert1Expert2Expert2VSVSVSExpert2AIAI図6AIとエキスパート判定1と2の一致度(weighted.k係数)の関係カッパ係数は高いほど一致度が高い.人間同士よりCAIと人間のほうが近い判定を下している.a5.2%9.5%13.0%33.4%a:米田らによる血管占有面積比率指標計測の実際.矩形で囲まれた領域で血管を計測(緑色).画像下部にそれぞれの比率値%を記載.b:AI判定結果(X軸)と米田らによる血管占有面積比率指標の相関関係グラフ*:Kruskai-Wallistestp<0.01**:Steel-Dwasstestp<0.01図7血管占有面積比率ab図8前眼部計測装置と多施設での検討a:MR6000で撮影した前眼部写真とこの画像に対する最適化後CAIモデル判定結果.b:ベースAIモデル作成に必要だった画像枚数と,このデバイスに最適化するために必要だった追加画像枚数の比較グラフ.-