小児の後天性麻痺性斜視AcquiredParalyticStrabismusinChildren牧仁美*野村耕治*はじめに日常診療において小児の後天性麻痺性斜視に出会う頻度は高くはないが,その背景には脳腫瘍などの重篤な疾患が潜んでいる可能性があり,緊急疾患として扱う必要がある.小児の第3,第4,第6脳神経麻痺の発生率は人口ベースの海外の報告にて18歳以下で10万人あたり7.6人である1).診断には自覚症状,他覚的な所見がともに重要だが,成人とは異なり小児の年齢や発達程度により可能な検査は限られる.網膜病変や眼圧であれば睡眠薬の使用,抑制で所見をとることも可能だが,眼球運動や対光反応など神経所見を確認するには児の協力が不可欠である.後天性麻痺性斜視の診察,診断,治療について当院での工夫を含め系統的に述べる.I診察・病態評価をどのように行うか診察室に入ってきたときから,児の頭位や全身を観察する.異常頭位がある場合は眼筋麻痺の可能性がある.診察で得られる情報は患児の年齢・発達程度・機嫌に大きく左右され,診察途中で児の協力が得られなくなる可能性があるため,主訴や両親からの問診,患児の既往歴などから鑑別を考え,必要な所見から診察していく2,3).先天性と後天性の鑑別は緊急性の有無において非常に重要であり,問診により発症時期や突然発症かどうか,複視の自覚,随伴症状を確認する.問診だけでは発症時期がわからないことがあるため,以前の写真やビデオを確認することも有用である4).麻痺性斜視を疑う場合,眼位や眼球運動から確認する.顔に手や器具を近づけると嫌がる児は多いため,細隙灯顕微鏡検査や眼底検査は後で行う.光指標を利用し,まずはむき運動で左右方向,上下方向の眼球運動をみて障害の可能性がある筋を絞り,次にひき運動で麻痺筋を同定する5).光指標を追視してくれない場合はおもちゃなどで興味をひきながら眼球運動を確認するが,年少児の場合は飽きないように声掛けすることや両親に協力してもらうなど工夫が必要である.眼球運動制限の有無を確認するためには,固視目標を設定し頭を急速に回転させると眼がその運動と逆方向を向く人形の目現象も有用である4,5).児の発達程度にもよるが,当院ではHessチャート試験は5歳頃から施行しており,それ以下の年齢の児は診察,9方向の写真がメインである.II後天性麻痺性斜視の基本的な治療方針原因疾患がある場合は,その治療が主要となるが,原因検索も含め,小児科との連携が必要となる場合が多い.成人では後天性麻痺性斜視に対する眼科的な治療は複視,頭位異常による苦痛を緩和することが目的となるが,小児においては年齢に応じ斜視や眼瞼下垂による両眼視機能障害や弱視に対する管理も必要となる.後天性の眼球運動麻痺は自然回復する症例が多いため,観血的治療はすぐには行わず,プリズム眼鏡の装用*HitomiMaki&KojiNomura:兵庫県立こども病院眼科〔別刷請求先〕野村耕治:〒650-0047神戸市中央区港島南町1-6-7兵庫県立こども病院眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(31)1013などで経過観察を行う6).6カ月を経過しても症状の改善傾向がない場合,手術などの積極的な治療を考慮する6)が,麻痺性斜視に対する手術は経験豊富な専門施設で実施することが望ましい.III各論1.動眼神経麻痺動眼神経核は中脳にあり,上直筋,下直筋,内直筋,下斜筋と上眼瞼挙筋,瞳孔括約筋を支配する.麻痺が生じた場合の症状としては複視,外下斜視,眼瞼下垂,瞳孔散大,対光反射および輻湊反射の減弱または消失,調節麻痺があるが,すべての症状がそろわない不全型もある7,8).小児の動眼神経麻痺において,もっとも頻度の高い原因は先天性(39.40%)で,ついで外傷性(31.37%),腫瘍性(12.17%),血管性(2.8%)である.その他の原因としては感染や炎症,片頭痛などもあげられる8.10).腫瘍や血管性など,緊急性のある疾患割合が高いため,画像検査が必須である.治療方法は原疾患の治療が第一であり小児科医との連携が必要となる.病因によって回復率は異なり,成人の報告ではあるが,外傷や動脈瘤などの圧迫がなければ発症後3カ月以内に80.90%が正面視で複視を訴えなくなるという報告7)もあるため,眼科的には初期は保存的治療が基本方針となる.成人の動眼神経麻痺と異なり,小児においては斜視や眼瞼下垂に伴う弱視や両眼視機能の悪化への対処も必要であり,眼瞼下垂により瞳孔領が完全に覆われている場合はテーピングで上眼瞼を挙上し,すでに弱視となっている場合には健眼のアイパッチの併用も考慮する.また,麻痺に伴う複視に対してはプリズムによる中和も選択肢の一つとなる.6カ月を超えても改善傾向がなく複視を訴える場合は手術などの積極的な治療を考慮する.外直筋後転や患眼の上斜筋移動術の追加など麻痺の程度に応じて術式が選択されるが,一般的に難治性である.術後は眼位の整容的改善に留まり,良好な両眼視機能は得られないこともある11,12).2.滑車神経麻痺滑車神経核は中脳に位置し,頭蓋内走行が長く,また脳神経のなかではもっとも細いため外傷により障害されることが多い.滑車神経は上斜筋を支配しており,滑車神経麻痺をきたすと内下転障害,外方回旋を呈する.症状としては上下複視が出現し,複視は下方視で増強する.片眼性の場合,上下複視の症状を緩和するために麻痺側と反対側に頭部を傾斜させ顎を引く代償頭位をとる.麻痺側に頭を傾けると上下偏位が増強する(Biel-schowsky頭部傾斜試験).両側性麻痺の場合は上下偏位が左右で相殺され,自覚症状が軽い場合がある.両眼性麻痺を疑う所見としては,回旋変位が15°以上である場合や,左右の頭位傾斜で上斜視眼が交代すること,下方視で内斜視となるようなV型斜視であることがあげられる13).その場合は9方向眼位の測定,眼底写真で外方回旋を計測する.小児における原因疾患として先天性以外では外傷性(8.36%),腫瘍性(5.15%)が多い14,15).また,頭部外傷後の上斜筋麻痺は両側性の可能性が高いため留意する7).先天性との鑑別が必要であるが,通常,発症時期,複視の有無などから診断可能である.発症時期がはっきりしている,強い複視の自覚がある場合は後天性が疑われる.先天性の場合,融像域が広く,頭部傾斜の代償頭位をとることで複視を自覚しない.また下斜筋過動症を合併することも多い.後天性滑車神経麻痺は自然軽快する場合もあるため,まずは経過観察を行う.複視の訴えがある場合にはプリズム眼鏡装用で対処する.回旋斜視の融像域は広く,上下偏位をプリズムで矯正することによって複視の改善が見込まれる16).発症後6カ月経過しても改善傾向がなく複視が残存する場合は手術を考慮する.後天性では上斜筋腱の異常を伴う先天性上斜筋麻痺と異なり,上斜筋強化術の適応はなく,通常は下斜筋減弱術あるいは健眼の下直筋後転,下直筋鼻側移動で対応する.3.外転神経麻痺外転神経核は橋に存在し外直筋を支配し,障害された場合は外直筋麻痺をきたす.患側の内斜視をきたすた1014あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(32)表1当院における後天性麻痺性斜視の原因と転帰番号性別年齢麻痺神経左右原因転帰①女8動眼神経左眼斜台部脊索腫改善なし眼瞼下垂手術施行②男6動眼神経左眼退形成性上衣腫(術後発症のため機械的因子の可能性あり)改善傾向③女11動眼神経左眼外傷性くも膜下出血改善なし④女4動眼神経左眼特発性プレドニゾロン内服7カ月で改善⑤女9動眼神経右眼特発性4カ月で改善⑥男1動眼神経右眼原因不明改善なし斜視手術⑦女13動眼神経右眼原因不明プレドニゾロン内服3カ月で改善⑧男5外転神経右眼脳幹部神経膠腫死亡⑨女4外転神経左眼外傷3.4カ月で改善⑩男1外転神経両眼特発性4カ月で改善==図1症例1の9方向眼位外斜視と,左眼は外転以外の眼球運動障害を認める.図2症例1のHessチャート試験X+17日に施行.応正常瞳孔:右眼C3mm,左眼C6Cmm眼球運動:右正常/左外転以外はすべて制限あり前眼部,眼底所見に特記すべき所見なし上記より,左動眼神経麻痺ならびに眼瞼下垂に伴う形態覚遮断弱視が疑われたため,テープにて上眼瞼挙上を行い経過観察としたが,初診+8日の再診時もCLV=0.4(0.7p)withPHと視力改善はなかった.複視のためテーピングを行っても左眼をつぶって生活しているとのことであり,弱視改善目的に右アイパッチC1日C2時間を開始した.初診+14日にはCLV=0.7p(1.0)withPHと矯正視力は改善していた.左瞳孔散大は著変なく,外転以外も眼球運動の軽度改善がみられたが,弱視予防目的にアイパッチ+テーピングは継続とした.その後,複視の訴えも強くなく,眼球運動も徐々に改善傾向であり経過観察としている.術直後から動眼神経麻痺による症状を認めていたが,眼科の介入が遅れ眼瞼下垂による弱視をきたしていた症例であり,他科に対し弱視管理の必要性を周知する必要があると感じた一例である.症例2:脳幹部神経膠腫により外転神経麻痺をきたした症例(図3,4)5歳C7カ月,男児.X日より複視が出現後,X+2週間で右眼内斜視,ふらつきと腕の動かしにくさを感じていた.近医眼科受診し頭部CCT施行したところ脳幹部腫瘍認め,神経膠腫の疑いで当院血液腫瘍内科に精査加療目的に紹介となった.精査の結果,脳幹部神経膠腫と診断され,化学療法と放射線治療を施行し,X+4カ月頃に腫瘍に伴う外転神経麻痺による複視治療のために当科初診となった.初診時所見:RV=0.8(n.c.),LV=1.0CL-.x40ΔET’R/L5-6Δ,45overCΔETR/L5-6ΔCR-.x45overΔET’,45overCΔET軽度CfaceturntoR前眼部と眼底所見に特記事項なし.発症後C6カ月以降の斜視手術を予定し,それまでは複視に対して膜プリズムを装用する方針とした.X+5カ月の再診時はCRV=1.0,LV=1.2.眼球運動は著変なかった.両C25CΔbase-outフレネル眼鏡にて正面視の複視消失を認めたが装用が困難なため,遮閉眼鏡に変更し,弱視に注意しながらの経過観察となった.X+8カ月に脳幹部に加え前頭葉に播種病変を認めたため化学療法,放射線治療を再開.X+9カ月での斜視手術を予定していたが,全身状態不良のため手術はキャンセルとなった.以降脳幹部神経膠腫の症状は落ち着いていたがCX+11カ月に右内包と脳梁にも再発病変を認めた.緩和治療へ移行し,X+12カ月に死亡した.最後に,最近きわめてまれな眼窩内線維腫を経験したので提示する.症例3:眼窩内のデスモイド型線維腫症により下斜視をきたした症例(図5,6)1歳,女児.生後C8カ月頃から斜視に気づき前医受診,精査目的にCX日(生後C12カ月)当科紹介受診となった.初診時所見では右眼の上転,外転障害,左上斜視を認めたため,右眼のCdoubleelevatorpalsy,IVpalsyの合併を疑い弱視管理目的に左アイパッチC1.2時間にて経過観察とした.X+1カ月頃より後頭部の疼痛があり,右側後頭部の腫脹のためCX+2カ月に近医受診しCMRI検査で右眼窩内腫瘍性病変を認め精査加療目的に当院血液腫瘍内科へ紹介となった.脳外科にて開頭下生検を施行しデスモイド型線維腫症(右側眼窩内.咀嚼筋間隙)と診断された.眼窩内腫瘍は右眼の外眼筋へ進展しており,眼球運動障害,斜視の原因と考えられた.眼窩内腫瘍の摘出はむずかしくCX+5カ月よりCCOX2阻害薬による内服加療が開始された.CX+6カ月当科再診時CPLCBV=0.024.0.039,RV=0.005,LV=0.010Hirshberg試験角度C0Cmm/L/R2Cmmあたり右眼は内下転で固定されており,眼球運動制限が顕著であった.弱視予防のために左アイパッチの加療を継続した.X+7カ月時のCMRIで眼筋組織は膠原線維が多く肥厚した状態であったが,COX2阻害薬が有効に作用しており,症状固定しているとの評価であった.このため先天性外眼筋線維症の手術経験に基づき右下筋後転術を予定した.術前検査CKrimskyプリズム試験元法(35)あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021C1017図3症例2の9方向眼位内斜視と右外転障害を認める.図4症例2のHessチャート試験右外転障害が著明.図5症例3の眼位右眼は内下方に固定されている.図6症例3のMRI右外眼筋筋腹の軟部腫瘤と一部腫大を認める.-