‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

屈折矯正手術:LASIK術中の感染症対策

2019年11月30日 土曜日

●連載234234.LASIK術中の感染症対策監修=木下茂大橋裕一坪田一男小島美帆京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Laserinsitukeratomileusis(LASIK)周術期の感染症対策としては,術前後の抗菌薬を適切に使用することと,術中の層間洗浄,すなわちまずフラップを翻転したあとにC1回洗浄し,さらにフラップを戻したあとにフラップ下の層間を再度洗浄することが重要である.C●LASIK術後の角膜感染症LaserCinCsitukeratomileusis(LASIK)は,エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術のうち,角膜フラップを作製して角膜実質のみ切除する術式で,現在の屈折矯正手術の標準的な術式である.LASIKはCsurfaceabla-tionと異なり,角膜上皮の.離や除去は行わないため,術後の角膜感染症のリスクは比較的低いとされ,sur-faceablationではC0.021)~0.2%2),LASIKではC0.0353)~0.095%4)と報告されている.また,2017年のCSchall-hornらの大規模なCretrospectiveCcase-controlstudyでは,レーザー角膜屈折矯正手術後の角膜感染の発症率は,LASIKではC0.0046%,レーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractiveCkeratectomy:PRK)ではC0.013%であり,エンハンスを行った症例ではC0.011%であったと報告された5).図2症例2:LASIK術後感染(ペニシリン耐性肺炎球菌)44歳,女性.LASIK術後C2日目発症のフラップ層間感染.フラップ下洗浄を行うも改善乏しく当院を紹介受診.起因菌はペニシリン耐性肺炎球菌.強膜散乱法による細隙灯顕微鏡所見では,フラップエッジに沿って多数の点状白色の細胞浸潤を認める.1990年代半ばよりCLASIK術後の角膜感染症が海外で相ついで報告され,近年は手術器具の汚染による感染は減少した.ただ,広域スペクトラムの抗菌薬が効きに図1症例1:LASIK術後感染(酵母型真菌)32歳,女性.LASIK術後C14日目発症の角膜感染症.フラップ層間に病巣を認め,抗菌薬点眼およびステロイド点眼でいったん軽快したが再増悪し当院を紹介受診.起因菌は酵母型真菌.瞳孔耳下側に浸潤を伴った角膜潰瘍を認め,少量の前房水流出,虹彩嵌頓を認める.図3術中洗浄フラップを翻転しレーザーを照射したのち,BSSで洗浄する.点線は翻転したフラップを示す.(79)C0910-1810/19/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1421くい耐性菌による感染が問題となっている.本稿では,筆者らの施設(以下,当院)で現在行っているCLASIK周術期の感染症対策について,LASIK術後角膜感染症例(図1,2)および術中の写真(図3)を提示して解説する.C●周術期の抗菌薬の使用方法術前の抗菌薬点眼に関しては,当院では現在はモキシフロキサシン点眼C4回/日に加えて,3日間のセフカペンピボキシル塩酸塩内服を行っている.また,術後はガチフロキサシン点眼,0.1%フルオロメトロン点眼,ヒアルロン酸ナトリウム点眼各C4回/日を約C1週間使用している.それ以降は状態に応じてヒアルロン酸ナトリウム点眼のみ継続する.一方,epipolis-LASIKの場合は,上記の術前処方にベタメタゾンリン酸エステルナトリウム内服(0.5Cmg)3錠,3日分を追加し,術後点眼は炎症性サイトカインを抑制するため,ヒアルロン酸ナトリウム点眼の代わりにトラニラスト点眼を使用し,点眼期間はC1カ月継続し,その後約C1カ月かけて漸減している.米国白内障屈折矯正手術学会の報告書によると,LASIK術後感染の起因菌は術後C2週間以内であればグラム陽性菌,術後C2週以降であれば真菌や非定型抗酸菌を疑うこととされている.また,近年のCLASIK術後の感染症の起因菌にはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantCStaphylococcusaureus:MRSA)などの多剤耐性菌や真菌の頻度が高いことが指摘されている6,7).このうちCMRSAは結膜.や皮膚の常在菌であり,アトピー性皮膚炎の患者や医療従事者に多い.MRSAを保菌することが術後角膜感染症の発症に直結する頻度は低いが,菌の量が多い場合やアトピー性皮膚炎やCcompromisedhostなど,hostが免疫抑制環境にある場合は発症のリスクが高くなる可能性があり注意を要する.また,手術終了時にも角膜フラップ下の層間にある一定量の菌が存在するため,術前と術後両方の抗菌薬点眼使用が重要である.ただし,近年キノロン耐性菌が増加しているため,抗菌薬の選択や使用方法には留意を要する.●術中の感染対策まず,手術開始にあたってポビドンヨード(生理食塩水でC8倍希釈したもの)と生理食塩水をそれぞれ綿棒に浸して眼瞼皮膚消毒を行う.その後,睫毛が術野に露出しないように注意しながら速やかにドレーピングを行い,術野をCBSS10Cmlで洗浄する.術中はフラップを翻転しレーザーを照射したあと,BSSで洗浄するが,その際,フラップのヒンジの部分に菌や分泌物などが貯留しやすいことに注意する(図3).さらに,フラップを戻したあと,再度フラップ下の層間を洗浄しフラップを戻して手術終了とする.手術終了時には,ガチフロキサシン点眼,ベタメタゾン点眼リン酸エステルナトリウム点眼,ブロムフェナクナトリウム点眼を各C1回点眼している.LASIKにおいては開瞼器をかけた際にマイボーム腺からCPropionibacteriumacnesが放出され,このP.acnesがフラップ下に迷入すると推定され,このことからも術中の層間の洗浄が重要であると考えられる.文献1)WroblewskiKJ,PasternakJF,BowerKSetal:InfectiouskeratitisCafterCphotorefractiveCkeratectomyCinCtheCUnitedCStatesCarmyCandCnavy.COphthalmologyC113:520-525,C20062)RojasCV,CLlovetCF,CMartinezCMCetal:InfectiousCkeratitisCinC18651ClaserCsurfaceCablationCprocedures.CJCataractCRefractSurgC37:1822-1831,C20113)LlovetCF,CRojasCV,CInterlandiCECetal:InfectiousCkeratitisCinC204586CLASIKCprocedures.COphthalmologyC117:232-238,C20104)MoshirfarM,WellingJ,FeizVetal:Infectiousandnon-infectiouskeratitisafterlaserinsitukeratomileusisoccur-rence,Cmanagement,CandCvisualCoutcomes.CJCCataractCRefractSurgC33:474-483,C20075)SchallhornCJM,CSchallhornCSC,CHettingerCKCetal:Infec-tiouskeratitisafterlaservisioncorrection:Incidenceandriskfactors.JCataractRefractSurgC43:473-479,C20176)NomiCN,CMorishigeCN,CYamadaCNCetal:TwoCcasesCofCmethicillin-resistantCStaphylococcusCaureusCkeratitisCafterCEpi-LASIK.JpnJOphthalmol52:440-443,C20087)稗田牧,外園千恵,中村隆宏ほか:エキシマレーザー角膜屈折矯正手術後の重症感染症.日眼会誌C119:855-862,C2015C1422あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019(80)

眼内レンズ:L-ポケット切開法と眼内レンズ摘出

2019年11月30日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋市川浩平396.L-ポケット切開法と眼内レンズ摘出順天堂大学医学部附属静岡病院眼科L-ポケット切開法は,6mmPMMAシングルピース眼内レンズ(IOL)を強膜3mm切開で摘出可能とする新しい切開法である,術後惹起乱視がごく軽度であること,フォーダブルIOLも眼内で切断する必要がなく容易に摘出可能であること,Soemmering’sringや残留皮質,水晶体.拡張リングの摘出も.ごと一塊で摘出可能であることなどの利点を有している.●眼内レンズ摘出時の問題点最近の高齢社会の到来による白内障手術件数の増加とともに,術後の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)偏位・落下例が増加している.これらの症例に対して,偏位・落下IOLの摘出とともに,適したIOLを用いて縫着や強膜内固定などのIOL二次挿入術が行われている.しかし,光学部径6mmのポリメチルメタクリレート(polymethylmethacrylate:PMMA)シングルピースIOL摘出時には,光学部径と同じ6mmの強膜切開幅が必要となり,術後惹起乱視が問題となっている.●L.ポケット切開法とはL-ポケット切開法1~3)とは,輪部に3×3mmのL字の強膜半層切開を行い,クレセントナイフを用いて幅6mmの強膜ポケットを作製したあと,スリットナイフを用いて前房内へ入り,L字の強膜創口からIOLを眼外へ摘出するというものである(図1a).本法を用いることにより,6mmPMMAシングルピースIOLが強膜3mm切開で摘出可能となる.●実際の手術手技IOL摘出位置の結膜切開,強膜止血後に,L-ポケット切開用マーカー(図2)を用いてマーキングを行う.その後,強膜上のマーキングに沿って,フェザーナイフを用いて3×3mmのL字の強膜半層切開を行う(図1b).次に,クレセントナイフを用いて強角膜内にL-ポケット切開を作製するが,ポケットの幅を6mmとする(図1c).3mmスリットナイフを用いて前房内に刺入後に,角膜内方切開線を幅6mmまで拡大する(図1d).左手図1L.ポケット切開法の手順(77)あたらしい眼科Vol.36,No.11,201914190910-1810/19/\100/頁/JCOPY図2太田氏L.ポケット切開用マーカー(Duckworth&Kent社)本マーカーを用いることによりL字切開が容易に作製可能となる.のプッシュアンドプル鈎でIOLの位置をコントロールしながら,右手のIOL摘出鑷子でIOL光学部を把持してL字強膜創より摘出する(図1e).同時に,Soem-mering’sringや残留皮質,.などの摘出も行う.眼内灌流による眼内圧と,角膜内方線,強膜ポケットの幅が広いために,強膜の創口を鑷子で開けると,Soemmer-ing’sringや残留皮質などが容易に眼外へ押し出される.そして,IOL挿入後にL字強膜創の交差部を8-0バイクリル糸で1針縫合を行う(図1f).●L.ポケット切開法の利点L-ポケット切開法の利点として,創の作製が容易で自己閉鎖が可能であること,6mmPMMAシングルピースIOLの摘出が容易で,術後惹起乱視が従来の3mm強膜切開の術後惹起乱視と同等であり4),6mm直線強膜切開の術後惹起乱視のほぼ半分の値であること(図3),アクリルやシリコーン素材のフォーダブルIOLの摘出も眼内で切断する必要がなく,そのまま摘出可能であり,角膜内皮への影響も少ないこと,Soemmering’sringや残留皮質,水晶体.拡張リングの摘出も.ごと一塊で摘出可能であること,さらに,L-ポケット切開法を用いて,3ピースのフォーダブルIOLを,インジェクターを用いることなく,そのまま挿入可能であることなどがあげられる.とくに3ピースIOLが挿入されており,術前に光学部素材がアクリル,シリコーンか,あ図3術後角膜乱視変化L-ポケット切開法の術後惹起乱視は6mm直線切開のほぼ半分の値である.るいはPMMAか判別不能の場合には有用な切開法である.3×3mmのL字切開で,光学部径6mmのPMMAシングルピースIOLの摘出が可能な理由として,強膜の弾性があげられる.また,術後惹起乱視が従来の6mm直線強膜切開のほぼ半分である理由として,強膜ポケットの左半分は術後乱視変化に関与しないことがあげられる.●おわりにL-ポケット切開法は,IOL偏位・落下例に対するIOL二次挿入術において,IOL摘出時の術後乱視軽減のみならず合併症のリスク軽減にもつながるため,今後のさらなる普及が期待される.文献1)太田俊彦:IOL摘出時のL-ポケット切開法.第39回日本眼科手術学会総会抄録集,p107,20162)OhtaT:L-shapedpocketincisionfordislocatedIOLexplantation.FilmFestival,ASCRS,NewOrleans,20163)太田俊彦:IOL偏位・脱臼に対する強膜内固定:T-.xationtechniqueとL-ポケット切開法を併用した整復術.臨眼73:171-180,20194)OshikaT,TsuboiS,YaguchiSetal:Comparativestudyofintraocularlensimplantationthrough3.2-and5.5-mmincisions.Ophthalmology101:1183-1190,1994

コンタクトレンズ:光が網膜に与える影響

2019年11月30日 土曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方さらなる一歩監修/下村嘉一61.光が網膜に与える影響●はじめに光はもともと有害なものであることは,皮膚にメラノサイト(色素細胞)が存在して光線曝露に反応してメラノソームを産生する防御機構からもうかがえる.一方,眼は光を感受するための臓器であり,紫外線は網膜までほとんど到達しないといっても,可視光線の中の青色光を中心とした傷害に曝される宿命にある.光を感受するための機能は実に巧妙であるが,皮肉にも光線曝露の影響を受けやすく,防御機構を有しているが徐々に加齢性変化が蓄積する(図1).●光を受ける宿命の網膜のジレンマ網膜の視細胞は光子に反応する感度を高めるために,ロドプシンを有する外節は円盤を重ねたような構造をしている.この特徴ある構造をとるために細胞膜は通常の体細胞よりしなやかである必要があり,そのために不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸(docosahexaenoicacid:DHA)を多く含むようである.DHAといえば,一般的に酸化ストレスを引き受けるサプリメントとして安川力名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学有名であるが,わざわざ光線曝露の影響で酸化変性しやすいDHAが網膜に豊富なわけである.このジレンマに対する生体の防御機構として,皮膚の表皮が再生しているように,外節は内節のほうから常に新生され,酸化変性した先端部は網膜色素上皮(retinalpigmentepitheli-um:RPE)細胞がレセプターで認識して貪食処理している.さらに,貪食処理した外節を処理してリポ蛋白を精製,Bruch膜側に産生し,同時に,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)を分泌して脈絡膜毛細血管を保持して,脂質代謝,その他の物質輸送や酸素供給など,網膜外層の恒常性維持に重要な役割を果たしている.ロドプシンは,ビタミンA由来の11-cis-レチナールのアルデヒド基とオプシンのアミノ基がシッフ塩基を形成することによって産生されるが,光線曝露のあと,分解して産生されたall-trans-レチナールのアルデヒド基が,細胞膜のリン脂質のホスファチジルエタノールアミンのアミノ基などとシッフ塩基を形成してしまう.視細胞外節の細胞膜に存在するフリッパーゼであるABCA4図1網膜色素上皮の生理機能と加齢変化光線曝露はリポフスチン蓄積,沈着脂質の過酸化,網膜色素上皮(RPE)障害,加齢黄斑変性(AMD)発症など,網膜外層の加齢変化や疾患発症の随所で関与している.(75)あたらしい眼科Vol.36,No.11,201914170910-1810/19/\100/頁/JCOPYや,外節を貪食するRPEのレチノールデヒドロゲナーゼ(retinoldehydrogenase:RDH)-8,12などの酵素によりレチノイドはリサイクルされているが,副産物であるシッフ塩基がさらに不可逆的な反応を起こしていく.●光を起点とした網膜の加齢変化網膜視細胞外節,RPE,脈絡膜毛細血管は相互作用しながら恒常性維持しているわけであるが,巧妙な機能のほころびとして加齢性変化が生後すぐに起こってくる.まず,RPE細胞が貪食した視細胞外節がライソゾーム内で処理される中で,前述のDHAなどの不飽和脂肪酸の過酸化した物質や,all-trans-レチナール由来のシッフ塩基を経て産生される副産物のA2E(all-trans-レチナール2分子とエタノールアミン1分子の化合物)などの自発蛍光物質が残渣として残留し,光線曝露の影響も受け,複雑に酸化,糖化,物質の架橋反応が進み,難溶性のリポフスチンとしてRPE細胞内に加齢性に蓄積してくる.30歳ぐらいになるとリポフスチンがRPE細胞の細胞質内を占拠するようになり,この頃から前述のリポ蛋白産生機構がうまく行かなくなり,RPE直下に脂質沈着を認め,加齢とともにBruch膜が肥厚してくる.脂質やRPE細胞由来の膜性沈着物などが局所に沈着するとドルーゼンとして眼底検査で認識できるようになり,「加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)前駆病変」と診断されるが,ドルーゼンを認める状況ではすでにBruch膜への著明な脂質沈着を伴うと考えられる.組織学的にはびまん性に沈着する脂質,その他の物質はbasallineardepositsやbasallami-nardepositsとよばれる.●眼のメタボRPE下に沈着する脂質はDHAなどの不飽和脂肪酸が多いこともあり,光線曝露や脈絡膜由来の高い酸素分圧の影響で過酸化が進む.Basallineardepositsには過酸化脂質のほか,中間産物で反応性の高いマロンジアルデヒド,最終糖化産物などの変性物質のほか,補体の活性化を伴い,慢性炎症の温床となる.また,沈着した脂質の壁がBruch膜の水の透過性を下げ,RPEが産生する水溶性のVEGFの透過も妨げ,30代以降,代償性にRPEのVEGF発現が亢進し,中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC),滲出型AMDの発症条件が揃ってくると考えられる.●網膜色素上皮の萎縮と加齢性の黄斑疾患CSCやAMDの病態にVEGFと並んで重要なものにRPEの機能障害,接着障害,萎縮がある.RPE細胞は内部にリポフスチンを溜めこみ,直下に過酸化脂質を伴い,光線曝露環境下で徐々に内部からも外部からも酸化ストレスに曝されるようになり,RPEの局所的な障害として,AMD前駆病変である色素異常や接着障害である色素上皮.離を認めるようになる.また,RPE萎縮部位はVEGFの産生能は低下する一方,Bruch膜の沈着脂質が減少し,VEGFの透過性が部分的に回復するため,その周囲の30代以降発現亢進しているVEGFの影響で,パキコロイドや脈絡膜新生血管誘導の原因となると推測される.RPE萎縮の要素と脂質沈着によるVEGFの発現亢進量のバランスで,CSC,滲出型AMDの各種病型,萎縮型AMDといったさまざまな病態を引き起こすと考えられる.●おわりに青色光はサーカディアンリズムに関与し,過剰な遮断や,逆に夜間の曝露は睡眠障害の原因となりうるという考えや,紫光は近視の抑制に重要であるという報告があり,適切な時間に適量の短波長光の刺激は必要であるかもしれないが,青色光による傷害を抑えるために進化の過程で黄斑部にキサントフィルを備えているという状況証拠と,エネルギーの高い短波長の光の物理的特性と,前述のように生理的レベルでも加齢性変化が蓄積することなどを総合すると,サングラス,眼鏡,コンタクトレンズによる適切な遮光や,テレビやパソコンや携帯電話のディスプレイの短波長光の調節は,AMD発症やRPE萎縮の予防の観点では重要であることは間違いない.PAS123

写真:釣り針による角膜穿孔

2019年11月30日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦寺内稜田聖花426.釣り針による角膜穿孔東京慈恵会医科大学眼科学講座図2図1のシェーマ①角膜穿孔部②虹彩刺入部図1前眼部所見右眼角膜の耳側輪部より約C1.5Cmmの位置から釣り針が刺入した.針先は虹彩を貫通し硝子体腔へ及んでいた.図3前眼部OCT画像刺入した釣り針の断面が角膜上と隅角に観察された.図4術後の前眼部所見角膜穿孔部および意図的切開創をC10-0ナイロン糸にて縫合した.(73)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C14150910-1810/19/\100/頁/JCOPY釣りをしていた際に釣り針が右眼に刺さり救急搬送された35歳男性の症例を紹介する.釣り針は自己抜去せず,釣り糸を切断した状態で来院した.釣り針は角膜の耳側輪部から約1.5mmの周辺部より刺入しており,針先は虹彩を貫通し硝子体腔に及んでいた(図1~3).前房は保たれ,眼内に明らかな感染徴候は認めなかった.水晶体,毛様体,網脈絡膜の損傷は明らかでないが,硝子体出血や網膜.離は認めなかった.だたちに釣り針の抜去および創閉鎖を試みた.虹彩下に及んだ針先の深達度は不明であったが,釣先に可動性があったため二重穿孔は否定的であった.15度ナイフを用いて穿孔部から輪部方向に角膜を拡大切開し,釣り針の胴(軸)をペアンで把持しながら慎重に抜去した.穿孔部および意図的切開創をC10-0ナイロン糸にて縫合した(図4).術後感染,水晶体混濁,網膜.離その他の合併症は認めず,術後C1カ月の矯正視力は(1.5)と良好であった.日常診療において釣り針による眼外傷に遭遇する頻度は低いが,釣りはスポーツ関連眼外傷のC19.5%を占めるとの海外報告もあり1),釣り針の使用に伴う眼外傷のリスクは高いと推定される.釣り針にはエサや魚が針先からはずれるのを防ぐため「返し(barb)」が付いており,眼球穿孔例では釣り針の抜去操作が困難となる.釣り針を眼外へ抜去する手法については多くの報告があり,そのなかで有用と思われるものを紹介する.①CBack-out法2):穿孔創から釣り針をそのまま引き抜く.返しのない針に有効だが,返し付きの針では抜去時に組織が挫滅するため不適切である.②CCut-out法3):穿孔創を抜去前に意図的に切開し,引き抜く際の返しによる創部挫滅を回避する.③CAdvance-and-cut法2,4):穿孔創とは別の場所に創口を作製する.針先と返しを同部位から眼外へ出し,返しを含む針先を切断する.残存した釣り針はCback-out法により引き抜く.④CNeedle-cover法5):穿孔創から大口径の注射針を挿入する.返しに注射針の先端を覆いかぶせ,釣り針と注射針を同時に穿孔創から引き抜く.網膜穿孔例で有効である.本症例の釣り針は返しがC1個付いたトリプルフックであった.針先と返しは虹彩下に達し視認できなかったため,cut-out法を選択した.穿孔部位は角膜周辺部であり,その他の外傷性変化はなく視力予後良好であった.釣り針の大きさや形状,刺入部位や深達度は症例により異なるため,症例ごとに最適な抜去法を選択すべきである.文献1)AlfaroCDVC3rd,CJablonCEP,CRodriguezCFontalCMCetal:CFishing-relatedCocularCtrauma.CAmCJCOphthalmolC139:C488-492,C20052)GammonsCMG,CJacksonE:FishhookCremoval.CAmCFamCPhysicianC63:2231-2236,C20013)NakatsukaCAS,CKhanamiriCHN,CMerkleyCKHCetal:Fish-hookCinjuryCofCtheCanteriorCchamberCangleCofCtheCeye.CHawaiiJMedPublicHealthC78:200-201,C20194)AielloCLP,CIwamotoCM,CTaylorHR:PerforatingCocularC.shhookinjury.ArchOphthalmolC110:1316-1317,C19925)GrandCMG,CLobesCLAJr:TechniqueCforCremovingCaC.shhookfromtheposteriorsegmentoftheeye.ArchOph-thalmolC98:152-153,C1980

がんゲノム医療

2019年11月30日 土曜日

がんゲノム医療Cancer-RelatedGenomicMedicine鈴木茂伸*はじめに平成30年に閣議決定されたがん対策推進基本計画(第3期)には,「『ゲノム医療』とは,個人の『ゲノム情報』をはじめとした各種オミックス検査情報をもとにして,その人の体質や病状に適した『医療』を行うこと」と定義されている.個別化医療(personalizedmedicine),精密医療(precisionmedicine)などともよばれている.がん細胞の遺伝子の状態を調べるがんゲノムプロファイリング検査はこれまで研究として行われてきたが,2018年末にがん遺伝子パネルが薬事承認され,2019年6月に保険収載され,7月から実際の保険診療で行われるようになった.すなわち,これまで研究で行われてきたゲノム医療が,「ゲノム診療」として行われるようになった.現状では実際の眼科診療,眼腫瘍診療に直接役立つものではないが,現在の医学の一情報として知っておいたほうがよい内容と考える.本稿では,最初に分子標的治療,がん治療のコンパニオン診断などについて説明したあと,がんゲノム医療の本体であるがんゲノムプロファイリング検査について概説する.I分子標的治療分子標的薬とは,ある特定の分子を標的として,その機能を制御する薬剤のことである.従来の多くの薬剤も特定の分子を標的とすることが多いが,創薬の段階から分子レベルの標的を定めて開発されているものを分子標的薬とよぶ.がんにおいて,従来の抗がん剤は,DNAの合成を抑えたり細胞分裂を抑制したりすることにより細胞増殖を抑えていた.がん細胞は非がん細胞より細胞分裂が早く代謝も活発なため影響を受けやすく,これが治療効果として現れるが,一方で造血器や粘膜など細胞分裂の早い非がん組織も影響を受け,これが副作用として現れる.がん細胞だけに作用する薬剤があれば,細胞特異的な治療効果が期待され,副作用も回避できる.がんは遺伝子病ともいわれる.多細胞生物はもともと他の細胞とのバランスで生体を維持している.特定の細胞が増えすぎれば個体として成り立たないため,細胞レベル,分子レベルで種々の抑制メカニズムが働き,恒常性が保たれている.ある細胞で遺伝子変異が起こると,多くの場合はその細胞自体を維持することができずにアポトーシスを起こし排除されるが,ごく一部の細胞は生き残る.これらの細胞は遺伝子変異により増殖能が高かったり,種々の制御機構が働かないなどにより勝手に増殖する.最終的に体の免疫機構でも制御しきれず増大してきたものが「がん」として認識されている.実際には単一遺伝子変異によるがんはごくまれで,いろいろな遺伝子変異が積み重なっていることが多い.複数ある遺伝子変異のなかで,細胞増殖の「鍵」となる遺伝子変異に対して特異的に働く薬があれば,がん細胞の増殖を抑えることができ,一方で正常細胞には作用しないため副作用が回避できる.この考えに基づき種々の分子標的薬が開発されてきた.歴史的には1983年に*ShigenobuSuzuki:国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科〔別刷請求先〕鈴木茂伸:〒104-0045東京都中央区築地5-1-1国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(65)1407正常な状態BRAF遺伝子変異増殖因子受容体細胞膜RASRASBRAF変異BRAFBRAF阻害薬MEKMEKMEK阻害薬ERKERK細胞の増殖,生存異常増殖図1細胞内伝達経路の例:MAPキナーゼ経路通常は種々の制御機構が働くが,BRAF遺伝子変異があるとこの経路が活性化され,異常増殖を生じる.変異CBRAF蛋白やCMEK蛋白を阻害する薬剤を投与すると,細胞増殖を制御できる.はない.これはすでに標準治療に組み込まれていて,診療報酬において肺がんにおけるCEGFR遺伝子検査や悪性黒色腫におけるCBRAF遺伝子検査などが悪性腫瘍遺伝子検査として認められている.このような背景から,これまでは肺がん,乳がんなど発生臓器により分類されていたが,遺伝子変異に基づく分類も使われるようになってきた(たとえばCALK遺伝子変異をもつ腫瘍をALKomaとよぶなど).コンパニオン診断という言葉が使われるようになっている.これは医薬品の効果や副作用を投薬前に予測するために行われる臨床検査であり,薬剤と診断方法が組み合わせになって保険で認められているため,このようによばれている.一つは副作用予測であり,イリノテカンという抗がん剤はCUGT1A1遺伝子変異と好中球減少の副作用の関連があるため,投薬前にCUGT1A1遺伝子診断キットによる検査が必須とされている.もう一つががんの遺伝子変異であり,特定の遺伝子変異症例に対し特定の薬剤を投与することができる.眼科と関係のある例としては,悪性黒色腫でCBRAF遺伝子のコドンC600の変異(V600EやCV600K)がある場合にはベムラフェニブを使うことができる.ただし,保険で認められているのは,治験の段階の検査方法と同じ検査方法で同定されたものに限定されているため,コンパニオン診断薬として承認された方法以外で同定された遺伝子変異結果に基づいて治療薬を使うことは認められていない.この場合には改めて対応しているコンパニオン診断を行う必要がある(次に述べるがん遺伝子パネル検査を除く).CIIIがんゲノム医療現在のがんゲノム医療の本体は,がんゲノムプロファイリング検査・がん遺伝子パネル検査である.上述のがん遺伝子検査は一つの遺伝子に注目して変異を検出しているため,これが陰性の場合には改めて別の遺伝子検査を行う必要があり,時間,費用,労力が倍増する.がんゲノムプロファイリング検査は,次世代シークエンサーを用いて複数のがん関連遺伝子を一度に調べる検査法である.がん遺伝子パネル検査はがんゲノムプロファイリング検査の一つで,あらかじめがんに関連する数十.数百の遺伝子を選んだパネルを用いて遺伝子変異を調べる検査である.2019年C7月の時点で,OncoGu-ideTMNCCオンコパネルシステム(NCCオンコパネル)と,FoundationOneCDxがんゲノムプロファイル(F1CDx)のC2種類が保険診療で認められている.C1.検査の目的第一には,がん細胞のドライバー遺伝子(用語解説参照)変異を検出することにより,がん細胞特異的な薬物治療を選択すること(図2),第二には腫瘍変異負荷(tumorCmutationalburden:TMB)を調べることで免疫チェックポイント阻害薬による治療効果を予測することである.また,NCCオンコパネルでは付随的に遺伝性腫瘍症候群を発見することが可能である.後二者については8,9で説明する.C2.検査可能な遺伝子NCCオンコパネルはがん関連のC114遺伝子変異とC12融合遺伝子,また末梢血を同時に検査するため遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子も検出される(図3).F1CDxは324遺伝子変異を検索でき,一部の変異はコンパニオン診断として承認されている.どちらを用いた場合でも,病的変異が検出されるのは約半数であり,おもな分子標的治療対象となる遺伝子はどちらの検査でもカバーされているため,対象遺伝子が多いほど有用という結果にはつながらない.C3.検査可能な施設研究として行う場合には制限はない.保険で行う場合には,適正な病理検体の提出,エキスパートパネル(用語解説参照)の設置,遺伝性腫瘍の対応など種々の要件があるため,2019年C7月の時点ではがんゲノム医療中核拠点病院C11施設とがんゲノム医療連携病院C156施設でのみ検査を受けることができる.C4.検査対象保険で行う場合,①標準治療がない固形がん,②局所進行もしくは転移があり標準治療が終了した(終了見込みを含む)固形がん,③検査後に化学療法の適応となる可能性が高いと主治医が判断した場合,となっている.(67)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1409図2がんゲノム医療の概念図次世代シークエンサーを用いて,遺伝子異常を検出し,これに特異的に働く薬剤を選択するという個別化医療である.ABL1CRKLIDH2NF1RAC2ALKACTN4CREBBPIGF1RNFE2L2RAD51CAKT2AKT1CTNNBIGF2NOTCH1RAF1BRAFAKT2CUL3IL7RNOTCH2RB1ERBB4AKT3DDR2JAK1NOTCH3RETFGFR2ALKEGFRJAK2NRASRHOAFGFR3APCENO1JAK3NRG1ROS1NRG1ARAFEP300KDM6A/UTXNTRK1SETBP1NTRK1ARID1AERBB2/HER2KEAP1NTRK2SETD2NTRK2ARID2ERBB3KITNTRK3SMAD4PDGFRAATMERBB4KRASNT5C2SMARCA4RETAXIN1ESR1/ERMAP2K1/MEK1PALB2SMARCB1ROS1AXLEZH2MAP2K2/MEK2PBRM1SMOBAP1FBXW7MAP2K4PDGFRASTAT3BARD1FGFR1MAP3K1PDGFRBSTK11/LKB1BCL2L11FGFR2MAP3K4PIK3CATP53BRAFFGFR3MDM2PIK3R1TSC1BRCA1FGFR4MDM4PIK3R2VHLBRCA2FLT3METPOLD1CCND1GNA11MLH1POLECD274/PD-L1GNAQMTORPRKCICDK4GNASMSH2PTCH1CDKN2AHRASMYCPTENCHEK2IDH1MYCNRAC1図3NCCオンコパネルで検出される遺伝子日本人のがんに多くみられるC114遺伝子変異とC12融合遺伝子を検出できる.(国立がん研究センターホームページ:https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2019/0529/index.html)図4がん遺伝子パネル検査の流れと臨床情報を収集してがんゲノム情報レポジトリーを構築することが任務である.せっかく保険で検査費用を負担するのであれば,日本人のがんゲノム情報を集約し,政策決定に役立てたり,データを大学や企業に提供することで治療開発の促進をめざすことに活用するという方針である.C-CATへのデータ提出に関しては,担当医が検査説明を行う際に提出に関する同意を確認することになっている.非同意であっても検査は可能であるが,現在可能な治験や臨床試験情報などの付加情報を得ることができなくなる.C7.検査結果と限界NCCオンコパネルの前段階で行われた臨床試験において,なんらかの遺伝子変異が検出されたものはC8割を超えるが,エビデンスレベルの保障される変異はC5割程度にとどまり,遺伝子異常に対応した治療薬を投与できたのはC13%であった2).実臨床においても検査したうちのC10.20%程度しか治療には結びつかないと推定されている.遺伝子変異が見つかった場合,これを過去のデータベースを参照にして,病的バリアント,遺伝子多型,病的意義不明(variantsCofCunknownsigni.cance:VUS)の判定が行われる.この基準はデータベースの蓄積とともに変化する場合があるため,解釈結果の変更があれば追加報告される体制が考えられている.病理検体の質の制約もある.検査に提出するのはホルマリン固定標本であるが,あまり古いホルマリン固定標本からは質の高いCDNAを抽出できない.また,腫瘍細胞比率の低い検体は検査できないことがある.各パネルの基準と,各施設の病理医の判断が重要である.C8.腫瘍遺伝子変異負荷腫瘍遺伝子変異負荷(tumorCmutationalburden:TMB)とはゲノムのC1CMbあたりの変異塩基数として示される数値で,遺伝子変異の蓄積量を表す.TMBの高い腫瘍は免疫チェックポイント阻害薬が奏効しやすいことが示されているため3),効果予測因子として用いることができる.NCCオンコパネルではこの結果も返却される.C9.遺伝性腫瘍の検出遺伝子には優性(顕性)遺伝子と劣性(潜性)遺伝子がある.がん抑制遺伝子の多くは劣性遺伝子,すなわちC1細胞内にあるC2個の対立遺伝子座の両方に変異が生じている.体細胞には変異がなく腫瘍の細胞だけにC2段階の変異を生じた場合を体細胞変異とよぶ.一方,すべての体細胞にC1段階の変異が備わっている場合を生殖細胞系列変異とよび,複数の細胞でC2段階目の変異を生じることから多重がんを生じることがある.遺伝性腫瘍症候群を呈するおもなものとしては,網膜芽細胞腫(RB1遺伝子),家族性乳がん卵巣がん症候群(BRCA1,BRCA2遺伝子),Lynch症候群(MLH1,MSH2遺伝子など),Li-Flaumeni症候群(TP53遺伝子)などがある.腫瘍検体で遺伝子変異が検出された場合,たとえば乳がん患者でCBRCA1遺伝子変異が検出された場合,これがドライバー遺伝子変異と推定されるが,多くの場合は体細胞変異であるものの,一部生殖細胞系列変異であることがわってしまうことがある.この場合,患者本人は現在のがんの治療に専念すべきであるが,多重がんの可能性があり,さらに血縁者にも発病リスクがあるという不安を増やすことになる.検査目的であるがんの原因遺伝子変異の結果は患者本人に伝えるべきであるが,遺伝性腫瘍の可能性に関して開示するか否か,この点は検査開始時に患者本人の同意を得ておくことが望ましい.また,不幸にして結果開示前に本人が亡くなってしまった場合,遺伝性腫瘍の情報を血縁者に伝えるか否か,この点も事前説明の際に同意を得るとともに,説明時に家族が同席し情報共有をしておくことが望ましい.C10.がん遺伝子パネル検査とコンパニオン診断F1CDxは一部の腫瘍に対してコンパニオン診断として用いることが認められている.コンパニオン診断として行う場合には,保険請求は遺伝子パネル検査としてではなく悪性腫瘍組織検査の悪性腫瘍遺伝子検査として請求することになる.コンパニオン診断として行う場合,目的とする遺伝子以外の遺伝子情報に関しては治療方針1412あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019(70)図5バスケット試験肺がん,大腸がんなど異なるがん種であっても,共通の一つの遺伝子変異がある腫瘍をバスケットに入れるように集めて一つの治験を行うという治験の一形態.臓器ごとにプロトコルを作る必要がなく,治験対象者を集めやすいため治験の効率化とスピード促進が期待される.図6アンブレラ試験肺がんなどC1種類のがんを対象として,遺伝子変異の状態により複数の治験薬を使い分ける治験の一形態.一つのがん種に対して広げた傘のように複数の治療薬がある.■用語解説■クラスエフェクト:あるカテゴリーに分類される薬に共通した薬理作用のこと.たとえばCBRAF阻害薬に分類される薬剤はどれでもCBRAF変異を有する悪性黒色腫に有効である.副作用の観点でも同様で,BRAF阻害薬やCMEK阻害薬を使用すると,ぶどう膜炎や網膜色素上皮.離を生じる.ドライバー遺伝子:がんの発生や進展において直接的に重要な役割を果たす遺伝子のこと.がんの発生過程でゲノム変異が起こりやすい状態となるため,ドライバー遺伝子変異以外にがんの発生には無関係な遺伝子変異も多数生じている(背景変異,パッセンジャー遺伝子とよばれる).ドライバー遺伝子を標的とした分子標的薬が開発されている.エキスパートパネル:がんゲノム医療中核病院や拠点病院に設置される専門家チームで,担当医,病理医,遺伝医療の専門家,がんゲノムの専門家,バイオインフォマティクスの専門家など種々の専門家で構成される.遺伝子の検査結果をもとに,個々の患者に適した治療法を検討する.

重粒子線治療

2019年11月30日 土曜日

重粒子線治療Carbon-IonRadiotherapy牧島弘和*溝田淳**I放射線治療とがん治療における役割今日のがん治療は手術療法,放射線療法,薬物療法の3本柱によって成り立っている(表1).局所療法である手術療法は,古代ギリシアの時代から続く歴史の長い治療である.その長所は(十分なマージンをもった切除が可能であればという注釈がつくが)圧倒的な高い局所制御率にある.一方で,その侵襲の大きさから,患者の年齢や合併症によって適応の制限を受ける.また,切除された範囲はその機能と形態を喪失することになる.全身療法である薬物療法は,進行し,全身的な病気となった状態でも十分な治療効果が発揮されることにある.一方で,一部のがん腫を除き,根治性は低く,また全身に効くがゆえに全身的な副作用が存在する.もう一つの局所療法である放射線治療は,前者二つに比べるとC100年余りと歴史の短い治療ではあるが,患者への負担が少なく,機能と形態を温存しながらも根治治療が可能である.同じ局所療法である手術とは,がん腫やその進行度によって棲み分けがなされている.とくに形態の維持がきわめて大きな意味をもつ,眼科領域を含む頭頸部領域の治療では放射線療法の役割は大きい.実際のがん治療においては,これら三者を有機的に組み合わせながら,最適な治療を行っている.II重粒子線治療とその特徴重粒子線治療も放射線治療の一種だが,通常用いられるCX線やガンマ(Cg)線と比較して,大きく二つの特徴がある.一つは患部に集中して放射線を強く当て,他の正常な部分に当たる放射線量を下げることができること(良好な線量分布),もう一つは治療効果の大きい放射線であること(良好な生物効果)にある.X線やCg線は身体表面近くでもっとも強く,深く進むにつれて減弱しながらからだを突き抜けていく.このため,X線やCg線で特定の場所を強力に治療するためには,多くの方向から放射線を当てることで,線量の高い部分を病巣に集中させるという方法が採られる.しかしながら,重要な臓器に近く,しかも不正形に広がる腫瘍に対しては,周りの正常臓器を避けることが困難となる.これに比べて,重粒子線の場合はエネルギーに応じてある深さで急に強くなるが,その前後は弱く,ピークの部分を腫瘍に合わせることにより,容易に放射線を集中させることができる(図1).重粒子線治療のもう一つの特徴は治療効果で,X線,Cg線と比較した場合,同じ放射線の量で約C3倍程度の効果があることがわかっている.そもそも放射線治療の作用原理は,放射線によるCDNA損傷である.DNAは二本鎖の核酸が相補的につながることで成り立っているが,電離放射線に曝されると,付与されたエネルギーによって電離が起き,DNAが切断される.一本鎖の切断*HirokazuMakishima:国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構CQST病院肝腫瘍科**AtsushiMizota:帝京大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕牧島弘和:〒263-8555千葉市稲毛区穴川C4-9-1国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構CQST病院肝腫瘍科C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(59)C1401表1がん治療の3本柱とその特徴C-ion,LET60KeV/μm長所短所手術療法根治性が高い機能と形態の喪失適応の制限放射線療法機能と形態の温存侵襲が少ない根治性が高い(一部)局所での副作用手術よりも根治性が劣る(一部)薬物療法全身的な治療が可能根治性が低い(一部除く)全身的な副作用1.21.00.80.60.40.200246810121416到達距離(水中cm)図1X線と重粒子線の特性の比較体表近くで最大線量となり,その後減衰しながら反対側まで突き抜けて行ってしまうCX線に対して,重粒子線では一定の深さに線量を集中させることができる.このピークは任意に調節可能である.(CC-BY4.0に基づき文献C8より改変引用)相対線量X-ray図2放射線によって引き起こされるDNA二本鎖切断青く染まっている部分が細胞核で,核内のCgH2AXのある部分(オレンジ)でCDNAの二本鎖切断が起きている.重粒子線(Ca)ではX線(Cb)よりより密な二本鎖切断が起きていることがわかる.(CC-BY4.0に基づき文献C9より引用)図3国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構QST病院の重粒子線治療室0°とC90°の固定方向からの治療室(Ca)とC360°のあらゆる方向から治療が可能な回転ガントリー治療室(Cb).回転ガントリー室の動作風景はCcのCQRコードから確認できる(動画リンク).写真は量子科学技術研究開発機構の提供による.ab図5脈絡膜悪性黒色腫に対する治療の線量分布腫瘍に的確に放射線(重粒子線)を集中させつつ,毛様体や視神経乳頭の線量を低減できていることがわかる.図4脈絡膜悪性黒色腫に対する治療風景(a)と位置照合(b)緑の矢印は凝視点となるCLEDを示す.固定精度はC1Cmm未満である.図6涙腺がんに対する治療の線量分布

遺伝性網膜変性疾患の遺伝子治療

2019年11月30日 土曜日

遺伝性網膜変性疾患の遺伝子治療GeneTherapyforInheritedRetinalDegeneration池田康博*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)などの遺伝性網膜変性疾患は現時点で有効な治療法が確立されていない難病で,早期の治療法開発が望まれている.その治療法として期待されているアプローチのひとつが遺伝子治療であり,欧米からは臨床応用の結果が数多く報告されていたが,ついに,米国においてCLeber先天盲(LeberC’sCcongenitalamaurosis:LCA)に対する遺伝子治療薬が認可された(2017年C12月).国内では九州大学病院でCRPに対する視細胞保護遺伝子治療の臨床研究が実施され,5名の被験者への投与が完了し,次のステップとして医師主導治験が開始されている.眼科領域において,遺伝子治療が有用な治療法として認識されつつあり,遺伝性網膜変性疾患の標準治療となる時代が確実に近づいてきているようだ.本稿では遺伝性網膜変性疾患に対する遺伝子治療の現状について紹介する.CI眼科領域の遺伝子治療の歴史眼科領域の遺伝子治療研究は,その他の領域に比べるとスタートが非常に遅かった.マウス網膜への効率的な遺伝子導入が報告されたのはC1994年であり1),世界初の臨床応用であるアデノシンデアミナーゼ欠損症患者への遺伝子治療(1990年)から大きく遅れていた.1996年にはCrdマウスというCRPモデル動物に対する遺伝子治療の治療効果が報告され2),これに引き続きCRPを中心としたさまざまな疾患モデル動物に対する遺伝子治療の有効性が世界中の研究室から報告されてきた3,4).2001年には,米国において,加齢黄斑変性(age-relat-edCmaculardegeneration:AMD)に対する遺伝子治療の臨床プロトコールが提出され5),眼科領域における遺伝子治療の臨床応用が始まった.これまでに,網膜芽細胞腫6),AMD7,8),LCA9~11),コロイデレミア12)などに対する遺伝子治療の臨床応用が報告されている.CIILeber先天盲に対する遺伝子治療LCAは,1869年にCLeberによって報告されたCRPの類縁疾患で,生後早期(多くは生後C6カ月以内)より高度に視力が障害される13).また,視力のみならず,暗所での行動にも大きな制限が生じる.これまでにC20種類以上の病因遺伝子が同定されており,ほとんどが常染色体劣性遺伝の形式をとる.もっとも頻度が高いのがCEP290遺伝子異常で,全体の約C15%を占める.報告により差があるものの,以下,GUCY2D遺伝子異常(約C12%),CRB1遺伝子異常(約C10%)などが頻度が高いとされている14,15)(図1).8万にC1~2人の頻度で認められ,先天盲の約C20%を占めるとされている.この疾患に対する臨床的に明確な効果を有する治療法は確立されておらず,予後は不良である.上述の病因遺伝子のなかで,RPE65(LCA2)遺伝子異常を対象とした遺伝子治療研究がこれまでに盛んに行*YasuhiroIkeda:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒889-1692宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(51)C1393abCEP290GUCY2D図1LCAの眼底写真a:CEP290遺伝子異常,Cb:GUCY2D遺伝子異常,Cc:CRB1遺伝子異常.(文献C14より改変引用)図2LCA2患者に対する遺伝子治療薬LuxturnaR米国では,両眼でC85万ドル(約C9,200万円)という値段で販売されている.図3コロイデレミア患者の眼底写真網膜が菲薄化し,その下にある脈絡膜の血管が透けて見える.神経栄養因子を使った視細胞保護遺伝子治療網膜に神経栄養因子(色素上皮由来因子)を遺伝子導入し,視細胞死を抑制する発症色素上皮由来因子遺伝子導入(ヒトPEDF)(SIV-hPEDF)視細胞網膜色素上皮細胞図4視細胞保護遺伝子治療のコンセプト年齢図5臨床研究(第3症例)の術中眼底写真右眼に,ドルク社製C41ゲージ網膜下注射針を用いて臨床研究薬を投与した.表1医師主導治験の概要2.わが国における網膜色素変性に対する疾患レジストリの現状厚生労働省難治性疾患克服研究事業「網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班」(班長:山形大学眼科山下英俊)において,RPに特化した疾患レジストリ(日本網膜色素変性レジストリプロジェクト,JapanRetini-tisPigmentosaCProject:JRPRP)が構築された.オールジャパン体制での臨床データを収集するとともに,RPの基礎研究・治療研究を推進することを目的としている.目標症例数は,わが国の患者のC1/10にあたる3,000名である.2018年C7月から,登録システムの運用が開始され,現時点で約C1,600例が登録されている.参加施設は以下のC24施設である.山形大学,千葉大学,順天堂大学,神戸アイセンター,大阪大学,東北大学,九州大学,東京大学,京都大学,名古屋大学,鹿児島大学,三重大学,東京医療センター,浜松医科大学,弘前大学,徳島大学,獨協医科大学・越谷,東京慈恵会医科大学,帝京大学,近畿大学,日本大学,日本医科大学,自治医科大学,宮崎大学(順不同).JRPRPがスムーズに運営されることにより,RPに対する治験や臨床研究の被験者リクルートに活用されることや,病因遺伝子ごとの自然経過が把握できることによって対照群(コントロール)として活用されることが期待される.おわりに遺伝性網膜変性疾患に対する遺伝子治療の臨床応用では,明確な安全性と一定の治療効果が確認されているものが多数報告されている.また,今回紹介した疾患以外にも,全色盲(achromatopsia,CNGA3遺伝子異常),X連鎖性若年性網膜分離症(RS1遺伝子異常),Star-gardt病(ABCA4遺伝子異常)などに対する遺伝子治療も欧米ではすでに臨床応用が進められている.まさに,遺伝子治療というアプローチが,遺伝性網膜変性疾患をはじめとする眼科領域の難治性疾患の標準治療となりそうな流れである.欧米と比較してわが国における遺伝子治療の臨床応用は大きく遅れているが,LCA2やコロイデレミアに対する治験(PhaseCIII)はわが国でも水面下で準備が進められているようである.また,筆者らも,今回紹介した視細胞保護遺伝子治療薬(DVC1-0401)の薬事承認を目標に,医師主導治験で安全性と治療効果を確認したいと考えている.文献1)BennettCJ,CWilsonCJ,CSunCDCetal:AdenovirusCvector-mediatedCinCvivoCgeneCtransferCintoCadultCmurineCretina.CInvestOphthalmolVisSciC35:2535-2542,C19942)Bennett.J,TanabeT,SunDetal:Photoreceptorcellres-cueCinCretinaldegeneration(rd)miceCbyCinCvivoCgeneCtherapy.NatureMedC2:649-654,C19963)LewinCAS,CDrenserCKA,CHauswirthCWWCetal:RibozymeCrescueofphotoreceptorcellsinatransgenicratmodelofautosomalCdominantCretinitisCpigmentosa.CNatureCMedC4:C967-971,C19984)AliRR,SarraGM,StephensCetal:Restorationofphoto-receptorCultrastructureCandCfunctionCinCretinalCdegenera-tionCslowCmiceCbyCgeneCtherapy.CNatCGenetC25:306-310,C20005)RasmussenH,ChuKW,CampochiaroPAetal:Anopen-label,phaseI,singleadministration,dose-escalationstudyofADGVPEDF.11D(ADPEDF)inCneovascularCage-relat-edCmaculardegeneration(AMD)C.CHumCGeneCTherC12:C2029-2032,C20016)Chevez-BarriosCP,CChintagumpalaCM,CMielerCWCetal:CResponseCofCretinoblastomaCwithCvitreousCtumorCseedingCtoCadenovirus-mediatedCdeliveryCofCthymidineCkinaseCfol-lowedbyganciclovir.JClinOncolC23:7927-7935,C20057)CampochiaroPA,NguyenQD,ShahSMetal:Adenoviralvector-deliveredCpigmentCepithelium-derivedCfactorCforCneovascularCage-relatedCmaculardegeneration:resultsCofCaCphaseCICclinicalCtrial.CHumCGeneCTherC17:167-176,C20068)RakoczyCEP,CMagnoCAL,CLaiCCMCetal:Three-yearCfol-low-upCofCphaseC1CandC2aCrAAV.sFLT-1CsubretinalCgeneCtherapytrialsforexudativeage-relatedmaculardegener-ation.AmJOphthalmolC204:113-123,C20199)BainbridgeJW,SmithAJ,BarkerSSetal:E.ectofgenetherapyonvisualfunctioninLeber’scongenitalamaurosis.CNEnglJMedC358:2231-2239,C200810)MaguireCAM,CSimonelliCF,CPierceCEACetal:SafetyCandCE.cacyofGeneTransferforLeber’sCongenitalAmauro-sis.NEnglJMedC358:2240-2248,C200811)HauswirthCWW,CAlemanCTS,CKaushalCSCetal:TreatmentCofLebercongenitalamaurosisduetoRPE65mutationsbyocularCsubretinalCinjectionCofCadeno-associatedCvirusCgenevector:short-termCresultsCofCaCphaseCICtrial.CHumCGeneCTherC19:979-990,C200812)MacLarenRE,GroppeM,BarnardARetal:RetinalgenetherapyCinCpatientsCwithchoroideremia:initialC.ndingsCfromCaCphaseC1/2CclinicalCtrial.CLancetC383:1129-1137,C2014C1398あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019(56)-

眼感染症主要病原体・多項目迅速PCR検査「Direct Strip PCR」

2019年11月30日 土曜日

眼感染症主要病原体・多項目迅速PCR検査「DirectStripPCR」MultiplexSolid-PhaseDirectStripPCRTestforOcularInfectiousDisease中野聡子*I眼感染症と病因検査病因検査は診断のみならず,他の疾患を否定し,根拠をもって治療を進めるための基本であり,病勢予測にも使える.たとえば,所見から明らかに糖尿病網膜症と臨床診断ができた場合でも,血糖が不明であれば採血検査を行うはずである.しかし,眼感染症では病因診断なしで治療を開始してこじれる症例も多い.一部の病因検査,たとえば定量ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)(用語解説参照)検査などが一般眼科医にはアクセスしづらいためと一定の理解はできる.しかし,ぶどう膜炎では感染性が約15%もあり1),塗抹鏡検や培養などの従来検査で検出困難なウイルスが主体で,種類も多岐にわたり,治療も異なる.急性網膜壊死の診断基準で眼内液中のウイルス検出が必須とされ,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)角膜内皮炎ではCMV陽性と,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)・水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)の陰性が必要とされる2).生物学的製剤などのリスク管理としても感染性ぶどう膜炎の除外は必要であり,昨今の医療環境を鑑みると,病因診断なき治療は許容されない時代となりつつある.細菌・真菌感染症の病因診断は塗抹鏡検,培養検査,薬剤感受性検査が検査室のゴールドスタンダードとして確立しているが,ウイルス検査は感度が低い免疫クロマトグラフィ検査か,おもに眼科研究室で行われる従来型定量PCR検査しかなかった.この状況を改善すべく,簡便な眼感染症PCR検査キット「感染性ぶどう膜炎キット(DirectStripPCR)」を開発した.この検査法は全国23都道府県で導入済み,または準備中で,3大臨床検査センターのうちLSIメディエンスとエスアールエル(以下,SRL社)で外注検査も開始されるなど,一般臨床に急速に普及しつつある.簡便に病因診断ができる分,正しい知識をもつ必要がある.PCR検査以外も含め,検査は,タイミング,採取検体,目的病原体の設定を誤れば期待した結果は得られない.安易に使用してはならず,各検査の適性を知り,臨床所見を注意深く観察して,目的病原体を念頭に,活動性炎症を有する部位の検体を用いて検査を行い,結果が病因として矛盾しないかを総合判断する必要がある.IIPCR検査の利点と限界PCR検査の利点は感度が高く,培養困難なウイルスなどを検出できることである.PCR検査の手法のうち,リアルタイムPCR法は量的情報が病勢や治療効果判定の参考となり,マルチプレックスPCR法は眼科微量検体からの多項目検査,混合感染検出に優れる.PCRの欠点は常在細菌・真菌,ヘルペス属のshedding(用語解説参照)による偽陽性や,鏡検のように簡便・安価でないこと,培養・薬剤感受性検査のように最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)はわからないことである.また,高感度のPCR検査も検出*SatokoNakano:大分大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕中野聡子:〒879-5593:大分県由布市狭間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(41)1383表1PCR検査が推奨される眼感染症・検査図1感染性ぶどう膜炎眼内液PCR検査全国調査網羅的PCRが4割を占める.(文献4より改変引用)図2感染性ぶどう膜炎キット「DirectStripPCR」すべての試薬がストリップチューブにあらかじコーティングされている.通常病原体が存在しない前房水・硝子体を対象とし,コンタミネーションが多かった細菌・真菌と,偽陰性が多かったトキソカラ・結核は省き,単純ヘルペスウイルス(HSV1)1型・2型,水痘帯状疱疹ウイルス(VZV),Epstein-Barrウイルス(EBV),サイトメガロウイルス(CMV),ヒトヘルペスウイルス6(HHV6),ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1),梅毒トレポネーマ,トキソプラズマの感染性ぶどう膜炎の主要病原体9項目に限定したため,陽性・陰性適中率はきわめて良好である.図3DirectStripPCR法の特徴DirectStripPCR法は,簡便・迅速・安価・微量検体対応・初心者でも高い再現性・正確性を特徴とし,コストと手間がかさむDNA精製操作・対照陽性遺伝子を省き,各病原体の増幅効率を揃えることで,PCRサイクル数(Cq値)による病勢判断を可能にした.⑤針を抜き,出血などの異常がないか確認.⑥検体は清潔操作で保存容器に入れる.⑦冷凍保存.図4前房水採取法の一例簡便で安全な房水ピペットを推奨する.採取量は再検分を含めC50.100Cμlが望ましいが,浅前房例ではC20Cμl強でよい.表2感染性ぶどう膜炎キット外注方法(LSIメディエンス)図5硝子体採取法の一例①プライミング後,吸引ラインの灌流液を吸引除去する.②カッターの接続部に三方活栓を接続する.③灌流ポート作製,カニューラを接続し,灌流準備する.④無灌流下で硝子体切除する.⑤チューブ内の硝子体がC100Cμl(約C10Ccm)になれば,カッターを外して灌流開始する.⑥三方活栓にシリンジをつけ,シリンジ内の空気で硝子体をチューブに押し出す,リンパ腫検査もある場合はあらかじめ延長チューブを接続,最大C2ml採取が可能である.(東京医科歯科大学眼科高瀬博先生のご厚意による)表3旧来の単項目PCR外注検査との違い旧来の単項目CPCR外注検査感染性ぶどう膜炎キット外注検査眼内液量眼内液集荷容器C費用報告日数量的情報△C100Cμl/1項目,全希望項目が検査できないことも.×提供なし△数万円/数項目△検体到着後数日.C1週間〇コピー数報告〇最低C20Cμl.再検含めC75Cμl/9項目〇有償提供〇C2万円台半ば/全C9項目〇検体到着翌日△定性検査,Cq値による量的情報提供図6感染性ぶどう膜炎キットの手順用手操作は約C1分で,最低限ピペットC1本あればよい.Ca,b:検体(前房水・硝子体)・反応液・ストリップチューブを試薬立てにセットする.説明付き試薬立て(島津製作所)が使いやすい.Cc:20Cμlピペット(例:WATSON,型番CNT-F20,深江化成)で,検体を反応液に入れる.Cd:10回ピペッティング.Ce:チップを変えず,ストリップチューブのCFC→CAに入れる.Cf:ストリップチューブの底にコーティングされた試薬に,チップの先が触れないよう注意する.Cg:攪拌はピペッティングでよいが,プレートシェイカー(例:アズワン,型番C1-2235-01/1-2235-12)や小型遠心機(例:BMS,型番CBSR-Mini6000KS)を使用すると確実である.いずれも数万円である.Ch:マルチプレックス・リアルタイムCPCR機器にセットし測定する.機器別の設定映像は大分大学ホームページに掲載されている.検査センター外注LSIメディエンスSRL(2019年度末~)神戸アイセンター病院・先進医療適用外・LSI,SRLは1件から集荷・輸送含め数日で結果ヘルペス性ぶどう膜炎,細菌・真菌性眼内炎(疑い含む)は先進医療症例数を満たす・届出症例数不足□届出(約1カ月で受理)□症例集積研究IRB申請□受理後,IRB開催□承認後,症例集積□オーダリング連携すると便利□測定(機器貸出もあり)□第1例開始・症例集積IRB書類は大分大学提供・症例集積用試験薬購入費は約20万円定期報告先進医療届出・治験審査委員会(IRB)・定期報告の書類見本は大分大提供図7感染性ぶどう膜炎キット外注,自施設導入~先進医療届出の流れ■用語解説■PCR:ポリメラーゼ連鎖反応.微量検体から病原体特異的遺伝子領域を短時間で増幅する.Cshedding:ヘルペス属が無症候性に涙液中などに排泄されること.==

遺伝性網膜変性の遺伝子診断

2019年11月30日 土曜日

遺伝性網膜変性の遺伝子診断TheGeneticDiagnosisofInheritedRetinalDystrophy堀田喜裕*細野克博*倉田健太郎*はじめに2015年1月,米国のオバマ前大統領は一般教書演説の中で,“precisionmedicine(精密医療)”という取り組みを開始すると述べた.これは,遺伝子などによって決められている個人差を考慮して治療や予防を行うという新しい医療の考え方である.患者の遺伝子の状態を調べてより精密な診断を行い,また薬の効きやすさを予測するなどして,個人個人に合った最適な治療や予防を行うことをめざす.個別化医療(personalizedmedicine)ともいい,癌治療で大きな話題となっている.こうした医療が可能になった背景として,次世代シークエンサー(nextgenerationsequencer:NGS)とよばれる機器を代表とする,膨大な遺伝子の情報を幅広く・迅速に調べる技術の急速な進歩があげられる.欧米では,表1にあげるように,遺伝性網膜変性(inheritedretinaldystrophy:IRD)に対する遺伝子別の臨床治験が進行している.IRD患者を前に,いつも無力感に苦しむ医師の一人として,効果的な治療が可能になる時代が来てほしいと期待している.本稿では,NGSによる遺伝子診断を中心に概略を説明し,なにが可能になるのか,なにが問題となるのか,眼科臨床医に向けてなるべくわかりやすく述べる.I次世代シークエンサー遺伝子の塩基配列を決める方法として,これまでサンガー法が使われてきた.サンガー法は,ノーベル化学賞を2度受賞した英国のFrederickSangerの名からとったもので,精度は高いが,1回の解析で約10,000塩基程度のデータしか得ることができない.現在市販されているNGSを用いて全ヒトゲノムを解析すると,1回の解析で約1.5Tb(1,500Gb)もの塩基配列情報を取得できる.実にヒトゲノム(3Gb)の約500倍もの塩基量である.このことから,NGSのパワーをご理解いただけると思う.NGSでは,DNAを酵素によって断片化してポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)法で増幅し,多数の遺伝子を同時に,同じ塩基位置を20~100回ずつ塩基配列を決める.NGSで1度に解析する情報量は膨大ではあるが上限はあるので,全ゲノムを見る(wholegenomesequencing:WGS)のか,エクソンのみ見る(wholeexomesequencing:WES)のか,選択した遺伝子のみ見る(targetsequencing:TS)のかによって,解析できる検体(患者)数が決まる.筆者らはNextSeq500(イルミナ社)というNGSを使ってWESを行っているが,1回で16人分を解析している.どの手法を用いるかは,目的や対象,予算によって決まる.コストが低下しているとはいっても,現状では1回動かすのに20~600万円もかかる.IIIRDにおける遺伝子解析研究IRDに対しては世界中で遺伝子解析研究が行われている.わが国でも種々のIRDに対して大規模な遺伝子解析研究が行われており1~6),1)わが国の網膜色素変性*YoshihiroHotta,*KatsuhiroHosono&*KentaroKurata:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕堀田喜裕:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(31)1373表1アデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療の治験GenePhaseVectorSponsorRPE653AAV2-hRPE65v2SparkTherapeuticsCHM1/2AAV2-hCHMSparkTherapeuticsMERTK1rAAV2-VMD2-hMERTKFowzanAlkurayaPDE6A1/2rAAV8.PDE6ASTZeyetrialPDE6B1/2AAV2/5-hPDE6BHoramaS.A.RPGR1/2AAV-RPGRMeiraGTxUKIILtdCNGA31/2rAAV.hCNGA3STZeyetrialRS11/2AAV-RS1NationalEyeInstituteCRB1(15.7%)NMNAT1(15.7%)IMPDH1(5.3%)網膜色素変性とUsher症候群RPGRIP1CRX0.8%IMPG20.8%GUCY2D(10.5%)(15.7%)LRAT0.8%NR2E30.8%MYO7A0.8%PRCD0.8%ROM10.8%GPR981.7%USH2A2.5%RHO5.8%PRPH23.3%TULP11.7%PRPF312.5%RPGR4.1%RPE651.7%x1RPSNRNP2002.5%Leber先天盲CRX1.7%RP11.7%UsherRDH121.7%CNGB21.7%C2orf711.7%adRPBEST10.8%NRL0.8%MERTK2.5%PRPF60.8%RP10.8%MAK2.5%TOPORS0.8%CNGA12.5%arRPPDE6B5.0%RP1L15.8%EYS28.9%USH2A9.1%図1わが国の網膜色素変性とLeber先天盲の原因遺伝子診断できる患者はそれぞれ,4割と6割であるが,その原因遺伝子の内訳は大きく異なっている.左側の円グラフは文献2より引用.錐体桿体ジストロフィLeber先天盲LCACRDCRB1,CWC27,EnhancedS-cone症候群CRX*,IFT140,IMPDH1,C8orf37,PRGRIP1LRAT,MERTK,CDHR1,RDH12,RPE65,RPGR,SPATA7,TULP1SEMA4AESCSNR2E3,ABCA4,PROM1,ADGRA3*,AGBL5,AHI1,NRLPRPH2ARHGEF18,ARL2BP,ARL3*,ARL6,BBS1,BBS2,BBS9,C2orf71,BEST1,CA4,CERKL,CLN3,CLRN1,CNGA1,CNGB1,MDFSCN2,DHDDS,DHX38*,EMC1*,EYS,GUCA1B,FAM161A,HGSNAT,HK1,IDH3A,IMP62,IDH3B,IFT172,KIAA1549*GNAT1,RP1L1,KIZ,*PDE6B,KLHL7,MAK,MVK,NEK2,NEUROD1,RHO,OFD1,PANK2,PDE6A,PDE6G,POMGNT1,BLBP1,CSNB黄斑ジストロフィPRCD,PRPF3,PRPF4,PRPF6,PRPF8,PRF31,SAGRBP3,RDH11,REEP6,RGR,ROM1,RP1,RP2,RP9,SAMD11,SLC7A14,SNRNP200,TORORS,TTC8,USH2A,ZNF408,ZNF513網膜色素変性RP先天停在性夜盲図2疾患と原因遺伝子は1対1ではない(文献7より引用)シークエンスデータマッピング,変異抽出,(Fastqファイル)アノテーション付加抽出された変異のフィルタリング得られた変異が疾患原因かどうかを評価する得られた変異をサンガー法により確認実験を行う偽陽性の変異を除外家族の検体を用いて分離解析を行う症例の遺伝形式と矛盾する変異を除外疾患原因変異の検出図3NGSを用いた遺伝子解析パイプラインとよばれる得られたシークエンスデータの筆者らの解析方法を示す.することもある.X連鎖性網膜色素変性(X-linkedreti-nitispigmentosa:XLRP)の場合,キャリアは眼底検査や自発蛍光検査でも診断できるが,遺伝子検査ではっきりすることは重さが違うと実感していて,遺伝子検査に先立って行う遺伝カウンセリングでは,とくにこの点をしっかりと話すようにしている.極端な例では,大規模な遺伝子検査によって,親子でないことがはっきりする可能性もある.二つ目は,治療できない別の疾患であると偶然に診断してしまう可能性がある.これを偶発的所見(incidental.nding/secondaryC.nding:IF/SF)という.予期しないで検出した患者の生命にかかわるような重篤な遺伝子変異,とくに介入困難な,たとえば神経変性疾患について,どのように対応するかはむずかしい.参考となる米国のガイドライン8,9)をあげるが,わが国でも検討中である.遺伝子検査を受ける前には,必ず専門家による遺伝カウンセリングを受けることが大切である.上記の問題も含めて,患者と場合によっては家族が遺伝子検査について十分に理解したうえで検査を受けることが望ましい.CVIわが国のXLRPとキャリアの臨床像NGSを用いたCIRDの遺伝子解析の成果の例として,わが国のCXLRPとキャリアの臨床像を紹介する10).XLRPは重症のCIRDであり,XLRPのキャリアである母親は著しく多様な臨床的重症度を示す.NGSでRPGR遺伝子またはCRP2遺伝子が原因と診断できたのはC12家系で,11の変異(RPGRが6,RP2が5,うちC5つは新規変異)を同定した(図4).このうち,男性患者13人,女性キャリアC15人について眼科検査を実施した.RP2変異を有する患者は,RPGR変異を有する患者よりも視機能が悪い傾向を認めた.キャリアの視力と視野はさまざまであった.キャリアのうち,92%に網膜電図異常を認め,63%に放射状の自発蛍光パターン11)があり,近視の強いキャリアは視力がより悪く,網膜変性がより重症であった(図5).今後いろいろな臨床治験も行われていくと考えられるが,IRDの場合は,視機能の悪化を少しでも遅らせることが最初の目標となる.網膜色素変性を例にとると,RP2遺伝子異常による網膜色素変性と,EYS遺伝子異常による網膜色素変性の経過,重症度は大きく異なる.それぞれの遺伝子異常についての詳細な自然経過を知ることは,より正確な治療効果の判定に重要であることはいうまでもない.CVII全身疾患を合併するIRDとIRUD全身疾患にCIRDが合併する症候群の数は多い.RetNet(https://sph.uth.edu/retnet/)によると,C“Syn-dromic/systemicCdiseasesCwithretinopathy”のうち,原因遺伝子が同定されているものはC61を数える.もっとも頻度の高いCUsher症候群は,網膜色素変性に難聴を合併する常染色体劣性の疾患で,15の原因遺伝子が同定されている.わが国においても,Usher症候群の原因はCUSH2A遺伝子異常がもっとも多いが,USH2A遺伝子異常は難聴を合併せず網膜色素変性単独のこともある12,13).IRDにCNGSを用いて解析して,Hermansky-Pudlak症候群やCBardet-Biedl症候群と診断できた症例を経験した14,15).すでに述べたが,一方で,解析する範囲によっては,重篤な介入困難な疾患が明らかになる可能性もあり,遺伝カウンセリングでしっかりと説明と同意を得ることが重要となる(表2).NGSを用いた診断技術の革新に伴い,診断のむずかしいまれな遺伝性疾患を,中央のいくつかの施設(IRUD解析センター)に集約してCNGSを行って診断を行う未診断疾患イニシアチブ(InitiativeConCRareCandCUndiag-nosedDiseases:IRUD)というプロジェクトが進行している16).これは,日本医療研究開発機構(JapanAgen-cyCforCMedicalCResearchCandDevelopment:AMED)のプロジェクトで,すべての診療科が参加している.図6に示すように,NGSが診断に有効と考えられる患者について,先生方から近くのCIRUD地域拠点病院や協力機関(https://www.irud.jp/hospital.html)に相談すると,拠点病院のCIRUD診断委員会で,IRUD解析センターに送付してCNGS解析を行うかどうかを検討する.解析を行うという判断になれば,国内に設定された数カ所の解析センターに集約してCNGSから診断まで行ってくれる.このプロジェクトには,「二つ以上の臓器にまたがったもの」という縛りがあるので,その点は留意が必(35)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1377Family1Family2Family3M/++M/+M/+MCarrier3(JU1601)Healthysubject1Carrier4(HM0159)(HM0158)Carrier1Patient1(HM0089)MM(HM0045)M/+Patient2Patient3(JU1538)(HM0157)Carrier2(HM0102)Family4+Family5M/+Family6M/+Healthysubject3Carrier6(JU1140)Carrier8(JU1486)(JU1139)M/+MM/++MCarrier9(JU1487)Patient6(JU1450)Carrier5Healthysubject2Patient5(JU805)M(JU940)(JU1079)M/+Carrier7Patient4(JU1485)(JU806)Family7Family8M/+Family9+Family10M/+Carrier11Healthysubject6Carrier13M(JU1221)(HM0161)M(HM0162)M/+Patient8Patient10M/++(JU1220)Carrier12(JU1467)(HM0043)M+/+Carrier10(HM0165)Healthysubject4(HM0164)MPatient9Healthysubject5(JU521)(JU1488)Patient7(HM0163)Family11+Family12M/+Healthysubject8Carrier15(HM0190)M(HM0191)+M/+Patient13Healthysubject7Carrier14(JU1216)(HM0032)(JU1215)Patient11Patient12(JU1214)(JU1217)図4筆者らが検討したわが国のXLRP家系■男性患者,.はキャリア(女性保因者),矢印は発端者,スラッシュは故人を示す.Mは変異の対立遺伝子,+は正常の対立遺伝子をさす.RPGR遺伝子異常とCRP2遺伝子異常を含む.(文献C10より引用)表2眼科領域症例のWESによる偶発的所見(incidental.nding.secondary.nding:IF.SF)解析対象遺伝子対象遺伝子数偶発的所見の有無検出された際に検討が必要な遺伝子例Leber先天盲の既知原因遺伝子C遺伝性網膜変性の既知原因遺伝子(*RetNet)遺伝性疾患の既知原因遺伝子(**HGMD)25約C300約C11,000無有有RB1(網膜芽細胞腫の原因遺伝子)検査時には発症していないが,将来的に発症が示唆される疾患の原因遺伝子Cabd図5キャリアの眼底写真,眼底自発蛍光(FAF),光干渉断層計(OCT)a:キャリアC15の眼底所見.眼底,OCTでは異常は認められないが,FAFではわずかに放射状のパターンを認める.b:キャリアC2の眼底所見.耳側から黄斑にかけてCtapetal-likere.exを認める.FAFでは放射状パターンを認めるが,OCTでは明らかな異常はない.Cc:キャリアC13の眼底所見.耳側周辺の網膜に色素斑を認める.FAFは放射状の蛍光パターンを示し,OCTでCEZは消滅している.Cd:キャリアC1の眼底所見.色素斑を含むびまん性網膜萎縮を認める.FAFでは放射状の自発蛍光パターン,網膜色素上皮萎縮と一致する低自発蛍光を示す.OCTでは重度の網膜外層と脈絡膜の萎縮を認める.バー:200Cμm.(文献C10より引用)図6未診断疾患イニシアチブ(IRUD)診断体制日本医療研究開発機構のホームページ(http://www.amed.go.jp/program/IRUD/)より.いままで診断が困難であったわが国の二つ以上の臓器にわたる希少疾患について,いくつかの遺伝子解析拠点に集めて次世代シークエンサー(NGS)で解析し,関係する病院で診断連携を行う.C–

角膜ジストロフィの遺伝子診断

2019年11月30日 土曜日

角膜ジストロフィの遺伝子診断GeneticTestforCornealDystrophies辻川元一*I角膜ジストロフィとは角膜ジストロフィは,遺伝性に発症し,両眼性,進行性に角膜の混濁をきたす非炎症性の疾患と定義される.つまり,角膜混濁をきたす疾患群のうち,遺伝性のはっきりしているものを角膜ジストロフィと分類している.元来,ジストロフィは細胞や組織が物質代謝障害や栄養障害によって変性・萎縮などをきたす病態であるが,他領域,とくに神経筋のジストロフィにおいては細胞の変性死を伴うことが多い.たとえば,黄斑ジストロフィでは錐体細胞死が起きる.しかし,角膜ジストロフィにおいては必ずしも細胞死を伴うとはかぎらず,何らかの物質の蓄積により角膜の重要な機能である透明性を失う病態が多い.用語についてであるが,角膜変性症という呼び方もされたが,遺伝性であることを明確にするため角膜ジストロフィと記載されていた.現在では他領域でもよく使用されるジストロフィー(長音がある)と記載することもある.II角膜ジストロフィの病態角膜の上皮,実質,内皮それぞれにジストロフィが存在する.上皮ジストロフィは蓄積病としての側面が強く,上皮細胞死が起きるかどうかは定かではない.蓄積物の沈着は上皮層にとどまらず,上皮下,実質に及ぶことが特徴であるが,あくまで上皮細胞が病態の主座であるので,沈着は浅層が中心となる.また,角膜移植を行っても,上皮細胞はレシピエントのものに置換されるため,再発を伴うことが多い.実質ジストロフィも同様に蓄積病であるが,沈着は実質全体に及ぶため,深層にもびまん性の混濁をきたすことが多い.しかし,実質細胞は移植後,レシピエントのものに置換されにくいため,再発は少ない.内皮ジストロフィではFuchsジストロフィが近年注目を集めている.欧米での発症率が高いことに加え,原因遺伝子の一つが特定され,それがTCF4遺伝子の第3イントロンにおいてCTGという三つの塩基のリピートが延長していることが原因とわかったからである.これはトリプレットリピート病といわれる神経変性疾患に分類され,現在病態についても検討が進んでいる.スペキュラーマイクロスコープで日常的に観察される滴状角膜は異常蛋白の蓄積によるものであるが,進行に伴い,内皮細胞死を引き起こし,重症例では水疱性角膜症に至る.III角膜ジストロフィの遺伝子変異角膜ジストロフィは遺伝性の疾患であるが,ここでの遺伝性とはメンデル遺伝をさす.つまり,通常は常染色体優性遺伝か,常染色体劣性遺伝かである.それぞれのジストロフィがどのような遺伝子のどのような変異で起きるのかは重要ではあるが,それが一般臨床において大きな意義があるかということについては疑問の余地があ*MotokazuTsujikawa:大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻生体情報学講座〔別刷請求先〕辻川元一:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻生体情報学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(23)1365るので,ここでは遺伝子の変異が起きたときに,どのように病態を引き起こすのかについて述べる.遺伝子に変異があるということは,おおざっぱにいって遺伝子の産物である蛋白質や酵素に変化が起きるということである.蛋白質の機能は亢進する場合(機能獲得型とよぶ)と減弱する場合がある(機能喪失型変異とよぶ).機能獲得型は単に機能が亢進するだけでなく,新たに異なった機能,とくに角膜ジストロフィにおいては沈着物を生み出すという新たな機能を獲得する場合が多い.この場合,同じ遺伝子であったとしても変異の種類によって,沈着物や沈着の起り方が異なるので,それがさまざまな臨床症状に違いをもたらす.また,機能獲得型変異は父方,母方どちらか一方の遺伝子に変異が起きても,沈着物は発生するので,遺伝形式は常染色体優性遺伝となることが多い.変異のホモ接合体ではこの以上沈着物の産生量が2倍となると考えられるから,重篤な症状を示すことが多い.TGFBI関連角膜ジストロフィがこれにあたる.また,移植などでも悪さをする遺伝子を完全に駆逐できず(とくに上皮型),再発を起こしやすい.機能喪失型の場合,その遺伝子産物の機能がまったくないか,あるいは遺伝子自体が発現しない(つまり,蛋白質や酵素がなくなってしまう)変異が多い.必要な遺伝子が働かない.たとえば斑状ジストロフィではケラタン硫酸を産生する機能が欠失することで,これを含むプロテオグリカンが難溶性となって,混濁を生じる.このような場合,父方,母方どちらか一方の遺伝子だけの変異であれば,正常のほうの蛋白質がケラタン硫酸を産生することができるので発症しない.つまり,常染色体劣性遺伝の形式をとることが多い.このような変異は遺伝子の途中でストップコドンが入ってしまう変異(ナンセンス変異やフレームシフト変異)が多いのも特徴である.また,移植により正常遺伝子が導入されてそれが維持されれば,再発はしにくい.ただし,上皮ジストロフィでは,患者上皮に置き換わってしまうため再発する.このように,上皮・実質の角膜ジストロフィは遺伝子が発現しているのが上皮か実質かと,機能獲得型か喪失型かを考えると病態や治療が理解しやすい.たとえば上皮型機能獲得型であれば,常染色体優性遺伝なので,両親のどちらか,あるいは兄弟にも発症が多い.沈着は浅層なので,治療的レーザー角膜切除(phototherapeutickeratectomy:PTK)や表層移植を選択するが,再発しやすいということになる.IV角膜ジストロフィの遺伝子検査遺伝子検査を行うためには原因遺伝子が同定されていることが基本的に必要である.このような疾患はゲノム科学の進歩により,1990年代より急速に増えた.格子状角膜ジストロフィや顆粒状角膜ジストロフィなどのTGFBI遺伝子関連ジストロフィ,Meesmann角膜ジストロフィ,膠様滴状角膜ジストロフィ,斑状角膜ジストロフィ,Schnyder角膜ジストロフィ,Fleck角膜ジストロフィ,Fuchs角膜内皮ジストロフィ,後部多形性角膜内皮ジストロフィなどがあげられる.どのような遺伝子のどのような変異で起こるかは種類の多い上皮・実質ジストロフィの代表的な物は表1に示したが,年々,その数は増加している.これをどのように臨床医でキャッチアップしていくかは後述する.このように遺伝子検査はその対象を急速に広げ,診断できる疾患も増えているが,実際に日本で臨床医が外注も含め,検査できるような疾患は存在していない.倫理的な問題も存在するので,遺伝子検査の体制が整っており,また倫理委員会の承認を取った大学や研究機関に依頼して検査を行うこととなる.実際の検査の手順については他書に譲る.V遺伝子検査の解釈臨床医がとまどうことの一つに,遺伝検査の結果をどのように解釈したらいいのかがわかりにくいということがある.TGFBIのR555W変異といわれても,それが病気の原因となっているのかどうかは,それだけではわからない.新しい変異であった場合,専門家はデータベースや文献を検索し,その病因性を検索するが,臨床医ではそのようなことはなかなかむずかしいと思われる.このようなデータベースのなかで米国国立生物工学情報センター(NationalCenterforBiotechnologyInforma-tion:NCBI)のヒトMendel遺伝病カタログ(online1366あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019(24)表1代表的な上皮・実質角膜ジストロフィOMIN#Name,(Alias)遺伝形式遺伝子座原因遺伝子原因変異臨床上の特徴121900顆粒状ジストロフィCI型CGranularcornealdystrophy,TypeI;GCDC1(Cornealdystrophy,groenouwTypeI;CDGG1)(Cornealdystrophy,punctateornodular)CADC5q31CTGFBICR555Wドーナツ様の表層の角膜が線状に配置される607541顆粒状ジストロフィCII型CGranularcornealdystrophy,TypeII;CGDC2(Avellinocornealdystrophy)(cornealdystrophy,AvellinoType;CDA)ADC5q31CTGFBICR124H実質中層に星状の濃い混濁その間に浅層の淡い混濁が生じるようになると視力を障害臨床症状は比較的軽微,再発も少ない122200C格子状ジストロフィCI型CLatticecornealdystrophy,TypeI(cornealdystrophy,latticeTypeI;LCD1)ADADADC5q315q315q31CTGFBITGFBITGFBICR124CA546NP551Q再発性角膜びらんを生じやすい中央部の瀰漫性の混濁があり,表面が隆起しているその周りに格子状の混濁が配置される105120C格子状ジストロフィCII型CLatticecornealdystrophy,TypeII(amyloidosis,finnishtype)(cerebralamyloidangiopathy,GSN-related,included)CADC9q33.2CGSNCD187N周辺から出現する格子状の混濁格子状ジストロフィCIIA型CADC5q31CTGFBICS538C臨床症状は比較的軽微unassiginedCLatticecornealdystrophy,TypeIVADC5q31CTGFBICL527R老年発症臨床症状は軽微602082Thiel-behnkeジストロフィCThiel-behnkecornealdystrophy;TBCD(cornealdystrophyofbowmanlayer,TypeII;CDB2)(cornealdystrophy,honeycomb-shaped)CADADC5q3110q24CTGFBIUNKNOWNR555QCBowman層を中心とした混濁ハニカム状の混濁608470Reis-bucklersジストロフィCReis-bucklerscornealdystrophy;RBCD(cornealdystrophyofbowmanlayer,TypeI;CDB1)(cornealdystrophy,geographic)(granularcornealdystrophy,TypeIII)CADC5q31CTGFBICR124LBowman層を中心とした混濁地図状の形をした混濁217800C斑状ジストロフィMacularcornealdystrophy,TypeI(groenouwTypeIIcornealdystrophy)CARC16q23.1CCHST6Cmany深い実質までびまん性の混濁204870膠様滴状ジストロフィGelatinousdrop-likecornealdystrophy;GDLD(familialsubepithelialamyloidosis)ARC1p32.1CTACSTD2Cmanyバリア機能の低下とアミロイドの沈着周辺からの血管侵入121800SchnyderジストロフィCschnydercornealdystrophy;SCD(schnydercrystallinecornealdystrophy)ADC1p36.22CUBIAD1CmanyC中間周辺部に透明体をともなう実質混濁C図1OMINの一例TGFBI遺伝子の異常で起きる疾患をみることができる.図2OMINの一例顆粒型ジストロフィCI型がCTGFBI遺伝子のCR555W変異で起きることがわかる.図3OMINの一例角膜ジストロフィを起こすCTGFB1変異の代表例,すべての一覧をみるには右上の“AllClinVarVariants”をクリックすればよい.図5格子状角膜ジストロフィI型臨床症状が比較的重く,再発性角膜びらんを生じやすい.中央図4顆粒状角膜ジストロフィII型部のびまん性の混濁があり,表面が隆起する.その周りに格子実質中層に星状の濃い混濁があり,その間に浅層の淡い混濁が状の混濁が配置される.生じるようになると視力が障害される.グリカンが存在し,これにケラタン硫酸がついて透明性を維持している.斑状ジストロフィ患者においてはこのケラタン硫酸の硫酸基を付加する酵素が欠落するため,正常なケラタン硫酸が産生されず,プロテオグリカンが難溶性となって混濁を生じる.全身においてこれが起こるのがCI型で,角膜においてのみ起こるのがCII型である.N-アセチルグルコサミンC6スルホトランスフェラーゼをコードするCCHST6遺伝子の変異により酵素活性が低下するCI型においては全身の病態を示す.一方,II型においてはCCHST6の蛋白質のコーディング領域には変異がないが,このプロモーター領域に大きな欠損や相同組み換えによる異常があり,この場合,角膜でのCN-アセチルグルコサミンC6スルホトランスフェラーゼの発現が減弱する.このため,角膜のみで表現型が出現する.治療はCTGFBI関連ジストロフィとは異なり,実質が病因の主座であるため,混濁が実質全層に微慢性に進行することからエキシマレーザーによるCPTKや表層角膜移植を選択しにくく,通常は全層角膜移植,もしくは深層角膜移植が行われる(つまり,より深層への介入が必要である).沈着は角膜実質細胞が産生するものであるので,術後の再発は通常ないが,長期観察後の再発の報告はある.これはホスト角膜の実質細胞が侵入したためと解釈されているようである.C6.膠様滴状角膜ジストロフィ(gelatinousdrop.likecornealdystrophy:GDCD)1914年中泉により初めて報告され,1932年に滝沢により膠様滴状角膜ジストロフィと命名された.遺伝形式は常染色体劣性遺伝で,患者はわが国に比較的多く,諸外国ではまれであることに特徴がある.罹病率は約C3.30万人にC1人とされる.また,わが国において位置的遺伝子検索法にて初めて原因遺伝子が同定された疾患でもある.典型的な患者はC10代頃より羞明感,異物感の自覚で発症し,両眼の角膜上皮下に乳白色のびまん性の小混濁が出現し,次第に数と密度を増していく.さらに,灰白色の隆起性病変(膠様病変)が眼瞼裂,角膜中央のやや下方に出現し,次第に数を増やし融合しながら周辺部へ侵入し,最終的には輪部を含めた角膜全体を覆ってしまう.この沈着物はコンゴーレッド陽性のアミロイド沈着である.また,本疾患においては角膜のバリア機能が低下していることと,周辺から角膜上皮に血管侵入が認められることが比較的特徴的な所見である.本疾患は辻川らが位置的遺伝子探索法にてCTAC-STD2(M1S1/TROP2/GA733-2)という癌マーカー遺伝子に複数の変異を同定した3).また,このうちQ118X変異は病因変異の実にC90%を占め,さらにこの周囲の遺伝マーカーの対立遺伝子の状態(ハプロタイプ)も共通であった.本疾患はこのような典型的な表現型のほかに,実質混濁型(stromalopacitytype),帯状角膜変性型(bandkeratopahtytype),金柑様型(KumC-quat-liketype)といわれるような非典型的な表現型を示すものも報告されており,遺伝子検査の有用性が高い疾患である.治療ソフトコンタクトレンズを装用することで病状の進行を遅らせることができる.C7.Fucks角膜内皮ジストロフィ(Fuchs'endothelialcornealdystrophy:FECD)角膜内皮のジストロフィで両眼性に角膜内皮機能障害をきたし,水疱性角膜症に至る.中年以降の女性に多く,短眼軸,挟隅角眼が多いことが知られている.滴状角膜とよばれる異常な沈着物が基底膜に沈着を起こしたのち,内皮細胞が変性死し,重症例では水疱性角膜症に至る.米国での有病率はC40歳以上でC4.5%と高く,わが国においても滴状角膜の有病率は低くない.若年で発症する早期発症型はCcollagenCtypeVIIIalpha-2遺伝子の異常といわれるが頻度は高くない.多くを占める晩期発症型には多くの遺伝子座が報告されているが,TCF4遺伝子のイントロンにおけるCCTGリピートの数が正常に比べ長くなるトリプレットリピート病として注目を浴びている(FECD3)4).文献1)MunierCFL,CKorvatskaCE,CDjemaiCACetal:Kerato-epithe-linCmutationsCinCfourC5q31-linkedCcornealCdystrophies.CNatureGenetC15:247-251,C1997(29)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1371’C