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眼表面常在細菌叢とアレルギー -次世代シークエンス解析への期待

2020年4月30日 木曜日

眼表面常在細菌叢とアレルギー─次世代シークエンス解析への期待OcularSurfaceMicrobiomeandAllergy─ExpectationsforNext-GenerationSequencingAnalysis堀田芙美香*はじめに微生物叢(マイクロバイオーム)とは,細菌,真菌,ウイルス,原虫などのすべての微生物を含む,微生物の総体を表す言葉である.このなかでも,とくに細菌の総体は「細菌叢」とよばれ,特定の部位において安定的に定着・増殖する細菌群は「常在細菌叢」とよばれる.ヒトの体のさまざまな部位には常在細菌叢が存在することが知られている.常在細菌叢は,その菌種構成に偏りがなく多様であることが重要であり,菌同士が絶妙なバランスで存在する(共生関係,symbiosis)ことにより,宿主の生理機能の恒常性が維持されており,また病原微生物の侵入や増殖を防いでいると考えられている.ヒトの常在細菌叢の代表といえば腸内細菌叢であるが,この分野の研究は近年めざましい発展をとげている.抗菌薬により腸内細菌叢の共生関係が破綻(dysbiosis)した結果,偽膜性腸炎を発症することは以前からよく知られているが,近年の菌叢研究により,腸内細菌叢のCdysbio-sisは,肥満,糖尿病,自己免疫性疾患,炎症性腸疾患など,感染症以外のさまざまな疾患とも関連することが明らかになってきている.CI培養法を用いた眼表面常在細菌叢の解析眼表面にも常在細菌叢が存在すると考えられている.図1は培養法で眼表面の常在細菌叢を検討した結果である1).眼表面からは,表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermidis),Propionibacteriumacnes(現CCutibacteri-StaphylococcusepidermidisStreptococcusoralisPropionibacteriumacnesPropionibacteriumgranulosumCorynebacteriumspp.StreptococcusmitisStaphylococcusaureusStaphylococcuslugdunensisEnterococcusfaecalisその他図1培養法で検討した眼表面の常在菌眼表面からはCStaphylococcusepidermidis,Propionibacteriumacnes(現CCutibacteriumacnes),Corynebacterium属が高頻度に分離される.(文献C1より一部改変引用)Cumacnes),Corynebacterium属が高頻度に分離され,これらC3属で全分離株のC4分のC3近くを占めている.これらC3属は,他の報告においても分離頻度が高く2),そのため眼表面の常在細菌叢を構成する代表菌種と考えられてきた.しかし,培養法における結果が本来の常在細菌叢を表しているかは疑問といわざるをえない.なぜなら,培養法では,培養が比較的容易な細菌しか分離できないためである.眼表面は外界と接していることから,環境菌が眼表面に移行し定着している可能性がある.しかし,環境菌のほとんどは難培養菌もしくは培養不可能*FumikaHotta:近畿大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕堀田芙美香:〒589-8511大阪府大阪狭山市大野東C377-2近畿大学医学部眼科学教室C0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(29)C405①②③サンプル採取16SrDNA3’5’V1V2V3V4V5V6V7V8V93’5’R.primer5’3’3’5’さらにPCRを行い,ターゲット領域にF.primerAdaptor配列()とIndex配列()をDNA抽出ターゲット領域をPCRで増幅する.付加する.④⑤⑥SampleBSampleASampleC解析ソフトを用いてデータを解析する.①~③まで行った各検体の次世代シークエンサーでPCR産物をすべて混合する.塩基配列を決定する.図2メタ16S解析のプロトコール①.⑤の順で作業を行い,最後に解析ソフトを用いてシークエンスデータを解析する(⑥).(%)10090Stenotrophomonas80Haemophilus70NeisseriaSphingomonas60Agrobacterium50PhyllobacteriumStreptococcusPrevotella4030Propionibacterium20Corynebacterium100ABC図3菌叢の組成症例A,B,Cから採取した検体において,各菌種が菌叢のどの程度の割合を占めているか(%)がグラフで表されている(凡例の一部を省略).F2(13.59%)1050-5-10図4主成分分析各検体の菌叢の特徴が二次元座標として表されている.プロットの位置が近ければ近いほど,互いの菌叢構造は類似していることを示す.-15-10-5051015F1(20.27%)PseudomonasHaemophilusCorynebacteriumNesterenkoniaDelftiaStaphylococcusVeillonellaGranulicatellaStreptococcusAcinetobacterBrevibacteriumその他Bradyrhizobium図5メタ16S解析で検討した眼表面常在細菌叢代表例の菌叢解析結果.Pseudomonas属が最優位菌であるなど,培養法での結果と大きく異なる.(文献C5より一部改変引用)VeillonellaStreptococcusMannheimiaUnclassi.edHaemophilusその他図6涙.分泌物のメタ16S解析結果培養法では分離されなかった細菌が複数検出され,偏性嫌気性菌であるCVeillonella属が最優位菌であった.図7被災地の大気マイクロバイオームの主成分分析陰性コントロールだけの群,それに近い群,およびそれ以外の群のC3グループに分けられ,大気の採取地により菌叢の特徴は異なっていた.(文献C13より引用)C–

バイオマーカーによる眼アレルギー検査

2020年4月30日 木曜日

バイオマーカーによる眼アレルギー検査Biomarkers-BasedOcularAllergyTest庄司純*はじめにアレルギー性結膜疾患における眼アレルギー検査は,診断,重症度判定および治療効果判定を補助する眼科臨床検査である.現在,眼アレルギー検査として用いられている検査は,涙液総IgE検査と結膜擦過塗抹標本による好酸球検査である.涙液総IgE検査は高い感度と特異度によりアレルギー性結膜疾患の準確定診断に,好酸球検査は感度がやや低いものの特異度に優れ,アレルギー性結膜疾患の確定診断に用いられている1).しかし,両検査では重症度判定や治療効果判定を行うことは困難であるという眼アレルギー検査の限界が示されている.一方,バイオマーカーは,疾患特異性が高く,その測定値が疾患の重症度や治療を反映して増減する物質である2).したがって,バイオマーカーを用いた眼アレルギー検査が確立されれば,アレルギー性結膜疾患の診断と治療とを大きく発展させる眼科検査になるであろうと考えられる.しかし,バイオマーカーとして同定した物質を眼アレルギー検査として実用化するためには,検体は何を使うか,検査に要する時間と費用は妥当かなど,乗り越えなくてはならないハードルがいくつか存在する.本稿では,バイオマーカー探索の道のりと,バイオマーカーを用いた眼アレルギー検査の実際と今後について述べる.Iアレルギー性結膜疾患の病態とバイオマーカーの探索1.獲得型アレルギーCoombsとGell分類のI型アレルギー(即時型アレルギー)反応は,獲得型アレルギーとよばれるようになった.即時型アレルギー反応は,抗原侵入から20~30分後に発症する即時相と抗原侵入後6~12時間以降に発症する遅発相とからなる二相性反応と考えられている(図1).即時相は,マスト細胞の表面に発現されている高親和性IgE受容体(FceRI)を介して結合した抗原特異的IgE抗体が,外来からの抗原と反応することでマスト細胞が脱顆粒を起こし,ヒスタミンやロイコトリエンなどのケミカルメディエーターが放出される反応である.獲得型アレルギーの即時相を狙ったバイオマーカーとしてはヒスタミンやロイコトリエンなどのケミカルメディエーターが検討されているが,眼アレルギー検査として有望なケミカルメディエーターの確立には至っていない.遅発相は,好酸球や2型ヘルパーT細胞(Th2)を主体とした細胞浸潤によりアレルギー炎症を生じる反応である.遅発相を狙ったバイオマーカーとしては,炎症細胞浸潤に関連するケモカイン,好酸球が放出する物質,Th2が産生するサイトカイン,その他のアレルギー炎症関連物質などが眼アレルギー検査のバイオマーカーとして検討されている(表1).*JunShoji:日本大学医学部視覚科学系眼科学分野〔別刷請求先〕庄司純:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(19)395獲得型アレルギー030min6hr48hr即時相遅発相IgEMastcellEosinophils,lymphocytesEpithelialcellAlarmin(TSLP,IL-33)IL-5IL-13Innatelymphocytetype2(ILC2)図1アレルギー炎症マスト細胞の脱顆粒に関しては,獲得型アレルギーによるIgE抗体依存性反応と自然型アレルギーによるIgE抗体非依存性反応とがある.好酸球炎症に関しては,獲得型アレルギー反応の遅発相で生じるほか,自然型アレルギー反応の2型自然リンパ球(ILC2)が放出するサイトカインによっても生じる.IL:interleukin,TSLP:thymicstromallymphopoietin.表1アレルギー炎症に関連する代表的サイトカイン.ケモカインサイトカイン・ケモカイン受容体作用2型炎症関連サイトカイン(Th2・ILC2)IL-4IL-5IL-13IL-4RIL-5RIL-4R・IL-13R1IgE産生亢進好酸球分化・好酸球浸潤好酸球炎症・粘膜異形成Th2関連ケモカインMDC/CCL22TARC/CCL17CCR4CCR4Th2遊走Th2遊走自然免疫関連サイトカイン(アラーミン)TSLPIL-25IL-33IL-7Ra・TSLPRIL-17RBIL-33Ra・IL-1RAcPTh2誘導ILC2による2型炎症関連サイトカイン産生亢進ILC2による2型炎症関連サイトカイン産生亢進好酸球関連ケモカインEotaxin-1/CCL11Eotaxin-2/CCL24Eotaxin-3/CCL26MCP-4CCR3CCR3CCR3CCR3好酸球遊走好酸球遊走好酸球遊走好酸球遊走Th2,helperTcelltype2;ILC2,innatelymphocytetype2;:interleukin;:macrophage-derivedchemokineTARC,thymusandactivation-regulatedchemokine;TSLP,thymicstromallymphopoietin;MCP,monocyteche-motacticprotein=涙液検査眼表面検査採取方法(濾紙法)Schirmer試験Impressioncytology保存方法-80℃①濾紙のまま保存②溶出後保存-4℃(RNAlater中で保存)測定方法・ビーズアッセイ法・抗体アレイ法・IC,ELISA蛋白・PCRarray・Real.timePCRmRNAIC:immunochromatography,ELISA:enzyme.linkedimmunosorbentassay,PCR:polymerasechainreaction.図2眼アレルギー検査と検体採取法Schirmer試験に準じて採取した涙液は,涙液中に含まれるサイトカインやケモカインなどの蛋白測定が可能である.Impressioncytologyで採取した眼表面被覆液と表層の上皮細胞からはmRNAを抽出してmRNAの発現量が測定可能である.100101平均値(ng/ml)7.430.0147.0172.84687.6診断率30.1%78.6%53.8%100%涙液ECP値(ng/ml)100,00010,0001,000SteelDwasstest*:p<0.05**:p<0.01**NS:notsigni.cant対照SACPACAKCVKCSAC:seasonalallergicconjunctivitis,PAC:perennialallergicconjunctivitisAKC:atopickeratoconjunctivitis,VKC:vernalkeratoconjunctivitis図3アレルギー性結膜疾患における病型別涙液ECP値涙液Ceosinophilcationicprotein(ECP)値が健常域(<20Cng/ml)を超えた検体を陽性として診断率を算出した.涙液CECP値の測定値は重症度判定に役立つ.涙液中eotaxin-2値(ng/ml)a**b1,000**1,000涙液中eotaxin-2値(ng/ml)100101001010.10.011CACAKCVKC0.010.1110100涙液中ECP値(μg/ml)図4涙液中eotaxin.2値a:アトピー性角結膜炎(atopicCkeratoconjunctivitis:AKC)群および春季カタル(vernalCkerato-conjunctivitis:VKC)群の涙液中Ceotaxin-2値は,アレルギー性結膜炎(allergicconjunctivitis:AC)群と比較して有意に高値を示した(*:p<0.01).b:アレルギー性角結膜炎全体では,涙液中Ceotaxin-2値は,涙液中CeosinophilCcationicprotein(ECP)値と有意な相関を示した(p=0.68,p<0.005).涙液検査・眼表面検査における好酸球炎症関連バイオマーカーBiomarkerCorrelationmarkerCorrelationcoe.cientP-value文献Eotaxin-2(protein)Eotaxin-2(mRNA)H4R(mRNA)ECP(protein)臨床スコアEotaxin-2(mRNA)r=0.68r=0.80r=0.83p<0.005p<0.01p<0.01文献6)文献9)文献8)H4R:histaminH4receptor,ECP:eosinophilcationicprotein.蛍光抗体法(眼脂塗抹標本)図5好酸球炎症のバイオマーカー涙液検査と眼表面検査とにより,ECP,eotaxin-2,H4Rと臨床スコアとの間には相関関係があることが示されている.好酸球の特異顆粒中に含有されるCmajorCbasicprotein(MBP)とCeosinophilCcationicprotein(ECP)は二重染色により検討され,結膜擦過物中の好酸球にCH4RとCeotaxin-2とが陽性であることが示された.初診時(涙液ECP値2,140ng/ml)治療後4週(涙液ECP値121ng/ml)図6タクロリムス点眼治療を行い涙液ECP値でモニタリングした春季カタルの症例症例は春季カタルと診断されたC14歳,男子.タクロリムス点眼薬と抗アレルギー点眼薬とによる二者併用療法で治療した.治療開始時には涙液CECP値がC2,140Cng/mlであったが,治療開始後C4週間では,他覚所見の軽に伴い涙液CECP値はC121Cng/mlに低下した.SteelDwasstest*:p<0.01NS:notsigni.cant*IL-8(pg/ml)NS*7,0006,0005,0004,0003,0002,0001,0000対照CL装用者GPC図7涙液IL.8値涙液CIL-8値は,コントロール(対象)症例と眼合併症がみられないコンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者との間に差はみられない.また,涙液CIL-8値は,コントロールおよびCCL装用者と比較して巨大乳頭結膜炎(giantCpapillaryCconjunctivitis:GPC)症例では,有意に増加している.mRNA発現が増加するような巨大乳頭結膜炎や重症春季カタルでは,獲得型アレルギー反応に加えて,Th17関連炎症や酸化ストレス関連炎症の関与が疑われるため,春季カタルの難治化予防を考慮して,さらに詳細な病態解明が急がれている.Cc.ペリオスチンペリオスチンは,分泌型の細胞接着蛋白質で,細胞外マトリックス蛋白質の一種である.フィブロネクチンやネイシンCCなどの細胞外マトリックス構成蛋白質と接着し,組織構築や線維化に関与する機能のほかに,細胞表面のインテグリン分子を介して細胞機能を調節するマトリセルラー蛋白質としての作用も有する20).アレルギー疾患では,IL-13により誘導されるアレルギー炎症により組織中の発現が増加することが知られており,アトピー性皮膚炎,アレルギー性鼻炎,好酸球性食道炎などでは病変部にペリオスチンが高発現していることが報告されている.また,気管支喘息では,血中ペリオスチン値がCTh2型喘息や小児喘息のよい指標になることが示され21),抗CIgE抗体療法や抗CIL-13抗体療法のバイオマーカーであることが報告されていることから,ペリオスチンは,気管支喘息診断におけるバイオマーカーとして有用なだけでなく,2型炎症,リモデリング,ステロイド抵抗性などのバイオマーカーとしても活用できる可能性が示されている22).アレルギー性結膜疾患では,Fujishimaらにより,涙液中ペリオスチン値がアレルギー性結膜疾患の診断と春季カタルやアトピー性角結膜炎治療のよいバイオマーカーになることが示された23).現在,涙液検査における有望なバイオマーカーとして期待され,眼アレルギー検査への応用の検討が続けられている.おわりにアレルギー性結膜疾患と総称される疾患の中には,季節性アレルギー性結膜炎と春季カタルのように,明らかに病態が異なる疾患が含まれている.これらの疾患に共通するバイオマーカーの発見と臨床応用が理想ではあるが,現在の所まだ見つかっていない.しかし,複数のバイオマーカーを組み合わせて使用することで,徐々に眼表面の炎症病態がみえてくるようになっている.血液検査の代わりに眼科医が行う眼アレルギー検査により,より適切な治療薬選択が行われ,アレルギー性結膜疾患の難治化が予防できるようになることを願っている.文献1)庄司純,内尾英一,海老原伸行ほか:アレルギー性結膜疾患診断における自覚症状,他覚所見および涙液総CIgE検査キットの有用性の検討.日眼会誌116:485-493,C20122)庄司純:アレルギー性結膜疾患のバイオマーカー.アレルギー62:641-651,C20133)KoyasuS,MoroK:Type2innateimmuneresponsesandthenaturalhelpercell.Immunology132:475-481,C20114)ShojiCM,CShojiCJ,CInadaN:ClinicalCseverityCandCtearCbio-markers,eosinophilcationicproteinandCCL23,inchronicallergicCconjunctivalCdisease.CSemiCOphthamolC33:325-330,C20165)室本圭子,庄司純,稲田紀子ほか:季節性アレルギー結膜炎における涙液中CeosinophilCcationicproteinの測定.日眼会誌110:13-18,C20066)ShojiCJ,CInadaCN,CSawaM:EvaluationCofCeotaxin-1,C-2,CandC-3CproteinCproductionCandCmessengerCRNACexpres-sionCinCpatientsCwithCvernalCkeratoconjunctivitis.CJpnJOphthalmolC53:92-99,C20097)FukagawaCK,COkadaCN,CFujishimaCHCetal:CornealCandCconjunctivalC.broblastsCareCmajorCsourcesCofCeosinophil-recruitingchemokine.AllergolInt58:499-508,C20098)InadaCN,CShojiCJ,CShirakiCYCetal:HistamineCH1CandCH4CreceptorCexpressionConCocularCsurfaceCofCpatientsCwithCchronicCallergicCconjunctivalCdiseases.CAllergolCIntC66:C586-593,C20179)ShirakiY,ShojiJ,InadaN:Clinicalusefulnessofmonitor-ingCexpressionClevelsCofCCL24(eotaxin-2)mRNAConCtheCocularsurfaceinpatientswithvernalkeratoconjunctivitisandCatopicCkeratoconjunctivitis.CJCOphthalmolC2016:C3573142,C201610)原田奈月子,稲田紀子,石森秋子ほか:春季カタルにおけるタクロリムス点眼治療の臨床経過の報告.日眼会誌C118:378-384,C201411)藤澤隆夫,長尾みづほ,野間雪子ほか:小児アトピー性皮膚炎の病勢評価マーカーとしての血清CTARC/CCL17の臨床的有用性.日本小児アレルギー学会誌C19:744-757,C200512)玉置邦彦,佐伯秀久,門野岳史ほか:アトピー性皮膚炎の病勢指標としての血清CTARC/CCL17値についての臨床的検討.日皮会誌116:27-39,C200613)堀眞輔,庄司純,稲田紀子ほか:タクロリムス点眼液0.1%で治療した春季カタル症例の涙液中アレルギー関連因子の検討.日眼会誌115:1079-1085,C201114)FodorCM,CFacskoCA,CRajnavolgyiCECetal:EnhancedCreleaseCofCIL-6CandCIL-8CintoCtearsCinCvariousCanteriorCsegmenteyediseases.OphthalmicRes38:182-188,C2006402あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(26)-

アレルギー性結膜炎とプロバイオティクス

2020年4月30日 木曜日

(23)かのぼり,生乳の入った容器に乳酸菌が入り込んでできた偶然の産物であるといわれている.ノーベル生理学・医学賞を受賞したIlyaIlyichMechnikov博士が,ブルガリア人が長寿であることを発見し,その原因を現地の伝統食品であるヨーグルトであると考え,『ヨーグルト不老長寿説』を発表したことによって,ヨーグルトは健康食品として世界から注目されるようになった.IIプロバイオティクスの抗アレルギー効果腸内の微生物細菌叢の存在は,免疫寛容の発達を促進すると考えられている2).この考えの下,プロバイオティクスを摂取することにより腸内細菌叢を整えることがアレルギー疾患のコントロールに有用ではないかとされ,さまざまな研究が行われてきた.実際,マウスモデルにおいては,ヨーグルトの摂取によりIgEや各種アレルギー関連のサイトカインの産生が抑制されることが証明されている3).ヒトにおいても,アトピー性皮膚炎,湿疹,喘息,アレルギー性鼻炎などに対する抗アレルギー効果に対し,ランダム化比較試験が多数施行されている.たとえば,妊娠中および授乳中の母親がヨーグルトを摂取すると,乳幼児のアトピー性皮膚炎,湿疹などアレルギー性皮膚疾患の発症を有意に抑制したと報告されている4).また,アレルギー性鼻炎においても,ヨーグルトの摂取により症状の緩和,末梢血のサイトカイン産生を抑制している5).一方,喘息では,3千人余りの子供を対象にしたメタ解析でプロバイオティクス摂取によIプロバイオティクスとはプロバイオティクス(probiotics)とは,人体によい影響を与える微生物自体,またはそれらを含む製品,食品のことをさす.抗生物質(antibiotics)が他の微生物の発育を阻害する物質であるのに対し,プロバイオティクスはラテン語のpro(~とともに)という接頭語が付いており,微生物を殺すのではなく,ともに共生していくという意味で,対比して用いられることも多い.人間の体内には,人体を構成する細胞より多数の微生物が存在しているといわれており,この微生物のバランスが崩れると病気になるという概念がかなり以前より提唱されてきた.そのため,体内の微生物の環境を整えることにより,体調が改善したり,病気の発症が予防できるとも信じられている.「probiotics」を文献検索すると,1950年代からこの用語は登場しているが,現在いわれている「腸内フローラのバランスを改善することにより宿主の健康に好影響を与える微生物」と定義されるようになったのは1980年代である1).ヨーグルトはプロバイオティクスとしてもっとも受け入れられている食品である.世界保健機関(WorldHealthOrganization:WHO)では,「ヨーグルトとは乳および乳酸菌を原料とし,ブルガリア株(Lactobacillusbulgaricus)とサーモフィルス株(Streptococcusthermophilus)が大量に存在し,その発酵作用で作られた物」と定義されている.ヨーグルトの起源は7千年前にもさ(13)389*YukoHara:愛媛大学大学院医学研究科眼科学講座,愛媛大学大学院地域眼科学〔別刷請求先〕原祐子:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学研究科眼科学講座特集●眼アレルギー診療の新時代に向けてあたらしい眼科37(4):389?393,2020アレルギー性結膜炎とプロバイオティクスEffectofProbioticsonAllergicConjunctivitis原祐子*0910-1810/20/\100/頁/JCOPY390あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(14)の菌株が共通ではないこと,投与期間や投与量,また投与するタイミングにばらつきがあるため,その効果が一定の基準で判断できないことがあげられる.また,プロバイオティクスの抗アレルギー効果のメカニズムがブラックボックスであることも,その効果を明確に言及できない一因になっていると思われる.IIIミカン果皮配合ヨーグルトの開発愛媛大学農学部では,乳製品に含有されるbラクトグロブリンと柑橘類の果皮に多く含まれるノビレチンの組み合わせに着目して研究を行ってきた.ノビレチンはフラボノイド水酸基のうち六つがメトキシ基に置換されたポリメトキシフラボノイドに分類され,肥満細胞の脱顆粒の抑制や,好塩基球によるヒスタミン,IL(interleukin)-4,IL-13の産生を抑制することが報告されており,その抗炎症作用,抗アレルギー作用についても報告されている7~9).bラクトグロブリンとノビレチンはともに抗アレルギー作用を有しているが,その作用点は異なっており,ラット好塩基球様細胞株RBL-2H3細胞において,ノビレチンはPI3K(phosphatidynositide3-kinase)を,bラクトグロブリンはSyk(spleentyrosinekinase)のリン酸化を阻害することにより脱顆粒を抑制する(図1).Yasunagaらはスギ花粉症モデルマウる有意な症状抑制効果は認めらないと結論づけており6),報告ごとにその効果の結論は異なっているのが現状である.このように効果がばらつく原因の一つは,これらの多数の研究で用いられているプロバイオティクスLynPI3KFynSykPLCgCa2+PKC顆粒の放出(脱顆粒)FceRIIgE抗原ノビレチンb-ラクトグロブリン好塩基球肥満細胞図1bラクトグロブリン,ノビレチンの脱顆粒抑制作用ノビレチンはPI3Kを,bラクトグロブリンはSykのリン酸化を阻害する.*p<0.05,**p<0.01vs.Control0くしゃみ回数/30分10203040***p<0.05非感作対照温州ミカン果皮ヨーグルト混合図2ヨーグルト,ミカン果皮摂取によるマウスモデルの抗アレルギー効果両者を混合投与した群でもっともアレルギー反応を抑制した.(15)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020391スを作製し,5日間食餌にヨーグルトを混入した群,ミカン果皮を混入した群,両者を混合して投与した群をスギ花粉に暴露したところ,ヨーグルト単独摂取群では無摂取群より有意にアレルギー症状を緩和したが,混合投与群では単独で投与した群よりもさらに有意な抑制効果が示された10)(図2).IVミカン果皮配合ヨーグルトのアレルギー性結膜炎抑制効果の検証筆者らはこれらの結果より,ヒトでも一定の抗アレルギー効果が得られるのではと考え,ノビレチンを含有するミカン果皮配合ヨーグルトを試作し,ヒトでの検証を行った11).ミカン果皮配合ヨーグルトは,四国乳業株式会社で作製した.1ボトル(150g)あたりbラクトグロブリン摂取開始前ミカン果皮配合ヨーグルト摂取後コントロールヨーグルト摂取後PatientNo.11PatientNo.21PatientNo.29図4結膜抗原誘発試験後の前眼部写真試験開始時およびコントロールヨーグルト接種後に比較して,ミカン果皮配合ヨーグルトを摂取後は充血が軽減されている.図3OcularSurfaceThermographer(OST)TG?1000(トーメーコーポレーション)の外観392あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(16)subsp.,Bulgaricus.,Streptococcusthemophillius.,LactobacillusacidophilusLA-5,BifidobacteriumlactisBB-12で,四国乳業で一般的に用いられている菌種である.対象はスギ花粉症によるアレルギー性結膜炎既往者31名(男性7名,女性24名,平均年齢32.5±12.2歳)である.すべての症例でスギ抗原特異的IgE抗体が陽性であり,試験実施時には全身および局所のアレルギー治療を行っていないことを確認した.まず,全例に結膜抗原誘発試験を行った.結膜抗原誘発試験は,抗原稀釈液を被検者に点眼してアレルギー性結膜炎を誘発させる試験で,一定の症状を計画的に起こすことができるため,抗アレルギー点眼薬の効果を判定する際によく用いられている.結膜抗原誘発試験前後に自覚症状アンケートを実施し,細隙灯顕微鏡検査,結膜表面温度を測定した.その後被験者をランダムに2群に分けて,ミカン果皮配合ヨーグルト,コントロールヨーグルトを3週間ずつ摂取し,次の3週間は最初に摂取したものとは異なるヨーグルトを摂取し,各ヨーグルトの摂取終了時に結膜抗原誘発試験を行った.この試験は,二重盲検,クロスオーバーのプロトコールとして設計し150mg,ノビレチン0.53mgを含有している.また,二重盲検試験のために,bラクトグロブリンを半量の93mg,ノビレチンは非含有,ミカンフレーバーで味をつけたコントロールヨーグルトも作製した.ヨーグルト作製に用いた乳酸菌は,Lactobacillusdelbrueckii00.20.40.60.811.2℃*х+コントロールヨーグルトミカンヨーグルト摂取前摂取前ミカンヨーグルトコントロールヨーグルト図6結膜抗原誘発試験後の結膜表面温度の変化ミカン果皮配合ヨーグルト摂取後の温度上昇は,摂取前と比較して有意に抑制され,さらにコントロールヨーグルト摂取後よりも低下していた.右側に同一患者の摂取前,ミカンヨーグルト摂取後,コントロールヨーグルト摂取後のOST画面および前眼部写真を示す.*p<0.001,×p<0.01,+p<0.05;Friedmantest,ScheffeMultiplecontraststest.01234567**+*******p<0.001,+p<0.01:Friedman,ScheffeMultiplecontraststest.摂取前ミカンヨーグルトコントロールヨーグルト充血スコア結膜浮腫スコア掻痒感スコア図5結膜抗原誘発試験後の自覚症状,他覚所見スコアの変化ミカン果皮配合ヨーグルト摂取後,自覚症状,他覚所見は有意に低下していた.(17)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020393することができておらず,今後も検討を行う予定である.文献1)FullerR:Probioticsinmanandanimals.JApplBacteriol66:365-378,19892)HooperLV,LittmanDR,MacphersonAJ:Interactionsbetweenthemicrobiotaandtheimmunesystem.Science336:1268-1273,20123)AbebayehuD,SpenceAJ,CaslinHetal:LacticacidsuppressesIgE-mediatedmastcellfunctioninvitroandinvivo.CellImmunol341:103918,20194)LiL,HanZ,NiuXetal:Probioticsupplementationforpreventionofatopicdermatitisininfantsandchildren:Asystematicreviewandmeta-analysis.AmJClinDermatol20:367-377,20195)KawaseM,HeF,KubotaAetal:EffectoffermentedmilkpreparedwithtwoprobioticstrainsonJapanesecedarpollinosisinadouble-blindplacebo-controlledclinicalstudy.IntJFoodMicrobiol128:429-434,20096)AzadMB,ConeysJG,KozyrskyjALetal:Probioticsupplementationduringpregnancyorinfancyforthepreventionofasthmaandwheeze:systematicreviewandmetaanalysis.BMJ347:f6471,20137)TheoharidesTC,AlexandrakisM,KempurajDetal:Anti-inflammatoryactionsofflavonoidsandstructuralrequirementsfornewdesign.IntJImmunopatholPharmacol14:119-127,20018)HiranoT,HigaS,ArimitsuJetal:Flavonoidssuchasluteolin,fisetinandapigeninareinhibitorsofinterleukin-4andinterleukin-13productionbyactivatedhumanbasophils.IntArchAllergyImmunol134:135-140,20049)YasunagaS,DomenM,NishiKetal:Nobiletinsuppressesmonocytechemoattractantprotein-1(MCP-1)expressionbyregulatingMAPKsignalingin3T3-L1cells.JFunctFoods27:406-415,201610)YasunagaS,KadotaA,KikuchiTetal:Effectofconcurrentadministrationofnobiletinandb-lactoglobulinonthesymptomsofJapanesecedarpollinosismodelsinmice.JFunctFoods22:389-397,201611)HaraY,ShiraishiA,SakaneYetal:Effectofmandarinorangeyogurtonallergicconjunctivitisinducedbyconjunctivalallergenchallenge.InvestOphthalmolVisSci58:2922-2929,201712)HaraY,ShiraishiA,YamaguchiMetal:Evaluationofallergicconjunctivitisbythermography.OphthalmicRes51:161-166,2014ている.結膜表面温度の測定には,OcularSurfaceThermographer(OST)TG-1000(トーメーコーポレーション)を使用した(図3).OSTは簡便に眼表面温度が測定でき,再現性もよく,一定領域の平均温度を算出したり,経時的な温度変化も解析可能である.筆者らは,結膜抗原誘発試験前後に温度を測定する今回と同様のプロトコールを用いて,抗アレルギー点眼薬の効果を温度によって判定する実験系を確立している12).摂取開始前,ミカン果皮配合ヨーグルト摂取後,コントロールヨーグルト摂取後の前眼部写真を図4に示す.結膜抗原誘発試験後20分の時点の所見で,すべての写真で結膜充血を認めるが,摂取開始前の所見に比べ,とくにミカン果皮配合ヨーグルト摂取後の充血が3例とも抑制されている.図5に充血,結膜浮腫,掻痒感自覚症状のスコアを示す.コントロールヨーグルト摂取後も摂取前に比べ,掻痒感,充血スコアでは有意な低下を認めている(p<0.01:Friedmantest,ScheffeMultiplecontraststest).しかし,ミカン果皮配合ヨーグルトでは,すべてのスコアで摂取前より有意な低下を認めただけでなく(p<0.001:Friedmantest,ScheffeMultiplecontraststest),掻痒感スコア,充血スコアではコントロールヨーグルトよりその抑制効果は勝っていた.図6には結膜抗原誘発試験前後の結膜の温度変化を示すが,ミカン果皮ヨーグルト摂取後は試験開始前,コントロールヨーグルト摂取後に比べ,その温度上昇抑制効果は有意に強く,アレルギー性結膜炎抑制効果を有しているとの結論に至った.おわりにこのミカン果皮配合ヨーグルトは,すでに四国乳業より「N+ドリンクヨーグルト」として市販されており,現在特定保健用食品としての申請を行っている.筆者らは今回の検討でミカン果皮配合ヨーグルトがアレルギー性結膜炎を抑制しているという現象を証明した.しかし,いまだそのメカニズムに関しては明らかに

アレルギー性結膜炎の免疫療法 -舌下免疫療法と経口免疫療法の可能性

2020年4月30日 木曜日

(23)口免疫療法(oralimmunotherapy:OIT)に分類される.歴史的にはまず皮下免疫療法が施行され,その有効性は証明されたが,頻回の通院が必要であること,投与ごとに注射の疼痛を伴うこと,まれにアナフィラキシーや喘息などの重篤な副作用が生じることなどが問題点であった.皮下免疫療法では約250万回の注射に1回の割合で致死的な副作用が生じるとされる4).その後1980年代から欧州でアレルゲンを口に含むことで免疫寛容を誘導する舌下免疫療法が始められた.舌下免疫療法は,注射の疼痛がないこと,通院の必要がなく自宅でもできることなどから,低年齢者でも開始しやすい治療法である.また,皮下免疫療法と比して比較的アナフィラキシーなどの重篤な合併症が少なく,口腔内の浮腫などの局所の副作用が多いとされる.しかしながら,標準化された舌下免疫療法であってもアナフィラキシーは報告されている5).IIスギ花粉症に対する舌下免疫療法わが国においても2000年頃より舌下免疫療法の検討が開始され,2014年にスギ花粉舌下薬が,2015年にはダニ舌下薬が保険収載され,おもに耳鼻咽喉科を中心に行われている.鼻アレルギー診療ガイドライン2016年版にも,通年性アレルギー性鼻炎,花粉症いずれの治療にもアレルゲン免疫療法が記載されている.舌下免疫療法については,すでにスギ花粉症に対する臨床治験の3シーズン目までの成績が報告され,鼻症状はじめにわが国のスギ花粉症患者は,発症が低年齢化し,増加の一途をたどっている.東京都の調査でも,平成28年度の都内の花粉症の有病率は48.8%と,10年前の調査の28.2%から急激に増加していることが明らかとなった1).花粉症では鼻症状と眼症状を呈するが,眼科には眼の掻痒感を訴えて受診し,アレルギー性結膜炎と診断される.眼科医が行う治療は,現時点では抗原回避などのセルフケアと点眼薬による薬物療法が中心である.抗アレルギー点眼薬やステロイド点眼薬による治療は症状の程度を軽減するだけの対症療法に過ぎず,根治できないので患者は増える一方であるのは当然である.本稿ではアレルギー性結膜炎の根治の可能性のある免疫療法について述べる.I免疫療法とはアレルゲン免疫療法(抗原特異的免疫療法)は,アレルギー疾患の原因であるアレルゲンを投与する治療法である.抗原の反復投与により免疫寛容2)が誘導され,唯一アレルギー疾患で根治あるいは長期の寛解が期待できる治療法である.古くは減感作療法とよばれていた.免疫療法は,1911年にLeonardNoon博士が花粉性結膜炎に対して皮下投与によりその有効性を報告したのが始まりである3).アレルゲンの投与経路の違いにより,皮下免疫療法(subcutaneousimmunotherapy:SCIT),舌下免疫療法(sublingualimmunotherapy:SLIT),経(7)383*KenFukuda:高知大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕福田憲:〒783-8505高知県南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座特集●眼アレルギー診療の新時代に向けてあたらしい眼科37(4):383?387,2020アレルギー性結膜炎の免疫療法─舌下免疫療法と経口免疫療法の可能性ImmunotherapyforAllergicConjunctivitis福田憲*0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(7)384あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(8)が44.3%,点眼薬の使用は67.5%減少した.3シーズン目の花粉飛散時期ではさらに効果が増強し,それぞれ47.0%,55.3%,77.7%の減少が報告されている6)(図1).今後治療を終了してからどの程度症状の寛解が継続するか,さらなるデータの蓄積・解析が期待される.しかしながら現時点では,スギ花粉性結膜炎に対して舌下免疫療法を施行している眼科医は耳鼻咽喉科医に比しての有意な改善が認められている.くしゃみ,鼻汁,鼻閉は3シーズン目にはプラセボ群に比してそれぞれ35.2%,38.1%,44.9%の減少が,3シーズン目にはそれぞれ38.9%,39.3%,47.0%の減少がみられている6).また,舌下免疫療法ではスギ花粉症の鼻症状のみならず,眼症状にも同様に軽減効果がある.舌下免疫療法開始後,最初の花粉飛散時期では眼の痒みが30.3%,涙目500450400350300250200150100500JCpollencounts(grains/cm2/day)43.532.521.510.50AveragedailyTOSMSaSecondseason(2016)PPAPPAAAJCpollendispersalseasonPeaksymptomperiod8-Jan15-Jan22-Jan29-Jan5-Feb12-Feb19-Feb26-Feb4-Mar11-Mar18-Mar25-Mar1-Apr8-Apr15-Apr22-Apr29-Apr500450400350300250200150100500JCpollencounts(grains/cm2/day)43.532.521.510.50AveragedailyTOSMSbThirdseason(2017)PPAPPAAAJCpollendispersalseasonPeaksymptomperiod8-Jan15-Jan22-Jan29-Jan5-Feb12-Feb19-Feb26-Feb5-Mar12-Mar19-Mar26-Mar2-Apr9-Apr16-Apr23-Apr30-Apr図1舌下免疫療法による2シーズン目(a)と3シーズン目(b)のスギ花粉症の眼症状と点眼薬使用のスコアPP:プラセボ群,AA:実薬群,灰色はスギ花粉の飛散状況を示す.(文献6より引用転載)(9)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020385IVスギ花粉症治療米による花粉性結膜炎の治療の可能性スギ花粉症治療米10)は,スギ花粉の主要アレルゲンであるCryj1およびCryj2のすべてのT細胞エピトープを改変して発現しているtransgenicriceである.この米を免疫療法の治療薬として用いることで,さまざまな遺伝背景をもつ多くの患者に有効であると考えられる.また,米に発現している抗原は遺伝子組換え技術により元々の抗原とは立体構造を変えて発現しており,スギ花粉特異的IgEには結合しないと考えられる.実際にこの米に発現している改変抗原は,マウスにおいてスギ花粉特異的IgEに結合しないこと,好塩基球を脱顆粒させないことが示されている10).さらにこの改変抗原はスギ花粉症患者の好塩基球を有意に活性化しないことも示されている11).したがって,この治療米に発現している抗原は,IgEとマスト細胞の脱顆粒によって引き起こされる副作用,アナフィラキシーや喘息などの合併症が生じにくく,これまで用いられている抗原よりも安全な治療薬であると考えられる.筆者らはこのスギ花粉症治療米を食べることで,花粉性結膜炎が予防できるかを検討した12).マウスに10日間あるいは20日間治療米と対照の非組換え米を食べさせてから,スギ花粉による感作と点眼を行った.その結非常に少ないと思われる.眼症状のみのスギ花粉症患者だけが免疫療法から取り残されないように,眼科医も免疫療法に積極的に関与するときが来ていると思われる.舌下免疫療法の最大の問題点は3~5年間という長い治療期間にわたり毎日継続しなければならない点であり,とくに海外では継続率の低さが問題となっている.イタリアからの報告では2年間継続できた患者は15%以下であった7).より効果的な免疫療法を開発するためには,この継続率を上げる工夫,そして副作用を減らす工夫が必要である.IIITransgenicriceを用いた免疫療法経口免疫療法とは,人体最大の免疫組織である腸管に存在する腸管関連リンパ組織(gut-associatedlymphoidtissue:GALT)に抗原を運び,免疫寛容を誘導する治療法である.経口的に,すなわち抗原を食べることによってアレルギーを治す治療法である.近年,食物アレルギーの治療に対して経口免疫療法が行われ,その有効性や安全性が解析されてきており,一定の効果が得られることが報告されている8).筆者らは農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の高岩文雄博士らの開発した米の胚乳部分にアレルゲンを発現させた遺伝子組換え米(transgenicrice)9)を用いた経口免疫療法の共同研究を行っている.経口免疫療法における最大の問題点は,通常の蛋白質抗原は腸に届く前に胃酸などの消化酵素によって,そのほとんどが消化されてしまうことである.しかしながら,米に発現したアレルゲンは,難消化性の蛋白質顆粒(proteinbody)という特殊器官に蓄積されるため熱に強く,普通の白米として炊飯して食べても抗原性が保たれ,また消化酵素にも強く,食べても胃酸で分解されず効率よく腸まで到達でき,経口免疫療法に非常に適していることがわかった.さらに米に抗原を発現させる利点として,発現した抗原の蓄積量が非常に多いこと,冷蔵保存の必要がなく常温で保存や輸送が可能であることなどがあげられる.そして何より日本人の主食であるため,無理なくおいしく治療を継続できることが最大の利点であり,舌下免疫療法の欠点である低い継続率を解決する一つの手段になると思われる.非組換え米花粉症治療米非組換え米花粉症治療米結膜好酸球数臨床症状スコア12080400ab6420***図2スギ花粉症治療米による花粉性結膜炎の予防効果マウスに10日間治療米と対照の非組換え米を食べさせてから,スギ花粉による感作と点眼を行うと,治療米を食べたマウスでは非組換え米を食べたマウスに比して,結膜の好酸球浸潤(a)および臨床症状(b)とが有意に抑制された.(文献12より改変引用)386あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(10)の脾臓細胞をスギ花粉抗原で刺激して,サイトカインの産生を調べると,Th2サイトカインであるIL-4やIL-5のみならず,Th1サイトカインであるIL-2やIFN-gなども広く抑制されており(図3),deletionあるいは果,治療米を食べたマウスでは非組換え米を食べたマウスに比して,臨床症状と結膜の好酸球浸潤が有意に抑制された(図2).血清の総IgEおよびスギ花粉特異的IgEも,治療米を食べたマウスで有意に抑制された.マウス非組換え米治療米12840IL-4(pg/ml)*非組換え米治療米3020100IL-2(pg/ml)*非組換え米治療米12080400IL-17A(pg/ml)**非組換え米治療米16012080700IL-12p70(pg/ml)**非組換え米治療米7550250IL-5(pg/ml)*非組換え米治療米100500IL-10(pg/ml)非組換え米治療米420IFN-g(pg/ml)非組換え米治療米6040200IL-13(pg/ml)図3スギ花粉症治療米の予防投与による全身への作用マウスに花粉症治療米あるいは非組換え米を20日間食べさせた.その後スギ花粉で感作・点眼してアレルギー性結膜炎を誘導したマウスの脾臓細胞にスギ花粉抽出物を添加して培養し,上清のサイトカイン濃度を測定した.Th2サイトカイン(上段)のみならずTh1サイトカイン(下段)も広く抑制されている.(文献12より改変引用)臨床症状スコア非組換え米治療米非組換え米治療米非組換え米治療米結膜好酸球数非組換え米治療米ab864209060300****図4スギ花粉症治療米の投与による結膜炎の臨床症状の抑制効果一度結膜炎を発症させたマウスに,花粉症治療米あるいは非組換え米を食べさせたあとでスギ花粉を再度点眼すると,結膜炎の臨床症状は花粉症治療米を食べたマウス群において有意に抑制された.(文献13より改変引用)(11)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020387文献1)東京都福祉保健局:花粉症患者実態調査報告書(平成28年度).20172)福田憲:免疫寛容.あたらしい眼科35:511,20183)NoonL:Prophylacticinoculationsagainsthayfever.Lancet1:1572-1573,19114)BernsteinDI,WannerM,BorishLetal:Twelve-yearsurveyoffatalreactionstoallergeninjectionsandskintesting:1990-2001.JAllergyClinImmunol113:1129-1136,20045)CochardMM,EigenmannPA:Sublingualimmunotherapyisnotalwaysasafealternativetosubcutaneousimmunotherapy.JAllergyClinImmunol124:378-379,20096)YonekuraS,GotohM,KanekoSetal:Treatmentduration-dependentefficacyofJapanesecedarpollensublingualimmunotherapy:EvaluationofaphaseII/IIItrialoverthreepollendispersalseasons.AllergolInt68:494-505,20197)SennaG,LombardiC,CanonicaGWetal:Howadherenttosublingualimmunotherapyprescriptionsarepatients?Themanufacturers’viewpoint.JAllergyClinImmunol126:668e9,20108)StadenU,BlumchenK,BlankensteinNetal:Rushoralimmunotherapyinchildrenwithpersistentcow’smilkallergy.JAllergyClinImmunol122:418-419,20089)TakaiwaF,WakasaY,TakagiHetal:Riceseedfordeliveryofvaccinestogutmucosalimmunetissues.PlantBiotechnolJ13:1041-1055,201510)WakasaY,TakagiH,HiroseSetal:OralimmunotherapywithtransgenicriceseedcontainingdestructedJapanesecedarpollenallergens,Cryj1andCryj2,againstJapanesecedarpollinosis.PlantBiotechnolJ11:66-76,20111)TakaishiS,SaitoS,KamadaMetal:EvaluationofbasophilactivationcausedbytransgenicriceseedsexpressingwholeTcellepitopesofthemajorJapanesecedarpollenallergens.ClinTranslAllergy9:11,201912)FukudaK,IshidaW,HaradaYetal:Preventionofallergicconjunctivitisinmicebyarice-basedediblevaccinecontainingmodifiedJapanesecedarpollenallergens.BrJOphthalmol99:705-709,201513)FukudaK,IshidaW,HaradaYetal:Efficacyoforalimmunotherapywitharice-basedediblevaccinecontaininghypoallergenicJapanesecedarpollenallergensfortreatmentofestablishedallergicconjunctivitisinmice.AllergolInt67:119-123,2018anergyによって免疫寛容が誘導されたと考えられた.次に実際の花粉症患者の治療を想定して,一度スギ花粉による結膜炎を発症させたあとに治療米を食べさせて,治療効果があるかを検討した13).マウスにスギ花粉による感作と点眼を行い結膜炎症状が生じることを確認したあと,治療米と対照として非組換え米を食べさせて再度スギ花粉を点眼した.その結果,臨床症状(図4a)と結膜への好酸球浸潤(図4b)は,治療米を食べた群において対照群に比して有意に抑制された.血清の総IgEおよびスギ花粉特異的IgEは,治療米と対照群で差はみられなかった.脾臓細胞のスギ花粉抗原による刺激後のサイトカインの産生は,Th2サイトカインは対照群と治療米投与群で不変であったが,Th1サイトカインであるIFN-gの産生が治療米投与群で有意に上昇していた.これらの結果より,いったん花粉症を発症したマウスにおいてはスギ花粉症治療米を食べることによって,Th1/Th2バランスが偏倚して免疫寛容が誘導され,治療効果を示したと考えられた.これらの結果はスギ花粉症治療米を食べることで,花粉症患者を治療できる可能性を示唆している.高岩博士らは,スギ花粉抗原のtransgenicrice9)のみならず,シラカバ花粉,ダニ抗原などのtransgenicriceも開発しており,近い将来さまざまなアレルギー疾患を原因となる抗原を発現蓄積した米を「一日一膳」食べることで無理なく,おいしく治療できる日が来ることが期待される.おわりに眼科領域では,免疫療法はまだまだ普及していない.アレルギー性結膜炎が不治の病にならずに根治できるように,舌下免疫療法や米を食べて治す新しい免疫療法が眼科でも普及してアレルギー性結膜炎が根絶されることを願っている.

春季カタルに対する免疫抑制点眼薬の現状と課題

2020年4月30日 木曜日

(23)関与させると強い結膜好酸球浸潤が誘導された3).このことから,春季カタルの病像形成には,Th2細胞が重要な役割を果たしていることが判明した.III重症アレルギー性結膜疾患の治療1.重症に対する薬物治療の基本軽症・重症にかかわらずアレルギー性結膜疾患の発症にはI型アレルギーが関与するため,春季カタルにおいても,I型アレルギーを抑制する抗アレルギー点眼薬を基盤点眼薬として使用する.重症型ではTh2細胞が病態形成の中心的役割を果たすが,抗アレルギー点眼薬にはT細胞抑制能はない.したがって,T細胞の機能を制御する免疫抑制点眼薬やステロイド点眼薬が必要となる.2.免疫抑制点眼薬免疫抑制薬はおもにT細胞を抑制する.免疫抑制点眼薬は自家調整薬あるいは治験薬として使用された結果,重症アレルギー性結膜疾患にすぐれた効果をもつことが明らかとなった.2006年にシクロスポリン点眼薬が発売され,市販後調査が行われ,その結果から,自覚症状,他覚所見とも点眼開始後1カ月目より有意な改善を認め,ステロイド点眼薬の減量または中止が可能となった症例が多数みられている4,5).また,2008年5月よりタクロリムス点眼薬も発売され,市販後全例調査結果から非常に優れたT細胞抑制効果が確認された6,7).I重症アレルギー性結膜疾患とはアレルギー性結膜疾患の分類のカギになる所見は巨大乳頭や輪部増殖などの結膜増殖性変化であり,増殖性変化が顕著である春季カタルなどは重症に分類される1).アトピー性角結膜炎は増殖性変化を認める場合と認めない場合があるが,角膜病変を伴うことが多く,重症に分類される.II重症アレルギー性結膜疾患の発症機序アレルギー性結膜疾患に共通する発症機序はI型アレルギーである.しかし,結膜増殖性変化はI型アレルギーのみでは説明がつかない.巨大乳頭の病理組織像では好酸球浸潤,線維芽細胞の増生,細胞外マトリックスの沈着に加えて,数多くのT細胞の浸潤もみられる.すなわち,巨大乳頭の形成にはI型アレルギー反応のみならず,T細胞も関与している.重症化の指標である角膜障害に関しては,涙液中好酸球数との関連性が報告されている2).アレルギー性結膜疾患は抗原特異的な疾患であるが,好酸球には抗原認識能はなく,好酸球浸潤には抗原特異性認識能をもつT細胞あるいは抗体の関与が考えられる.T細胞あるいは抗体のいずれが結膜好酸球浸潤に関与するのかを動物モデルを用いて検討したところ,I型アレルギーを単独で関与させた場合は,結膜好酸球浸潤は誘導できないのに対し,T細胞とくにヘルパー2型T細胞(Th2細胞)を(3)379*AtsukiFukushima:高知大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕福島敦樹:〒783-8505高知県南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座特集●眼アレルギー診療の新時代に向けてあたらしい眼科37(4):379?382,2020春季カタルに対する免疫抑制点眼薬の現状と課題PresentStateandFutureDirectionsofImmunosuppressiveEyeDropsforVernalKeratoconjunctivitis福島敦樹*0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)379380あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(4)り,角膜上皮障害もタクロリムス点眼薬単独で制御できる可能性が出てきた.宮崎らは,角膜上皮障害について,市販後調査結果を用いてタクロリムス点眼単独治療群とタクロリムス点眼にステロイド点眼もしくはステロイド内服を追加投与されている群を比較した9).その結果,シールド潰瘍を含め角膜上皮障害の改善度はタクロリムス単独群とステロイド追加群で差は認められなかった.この結果から,ステロイドの副作用を考えると,重症例で認められる角膜上皮障害はタクロリムス点眼薬単独で効果を評価し,改善しない場合にはステロイド点眼薬を追加するべきかもしれない.2.アトピー性皮膚炎の有無が治療効果に及ぼす影響アトピー性皮膚炎の合併は,アレルギー炎症自体の悪化に加え,感染症の合併など,経過や予後に影響を与える.庄司らは,アトピー性皮膚炎合併の有無で2群に分けて,タクロリムス点眼薬による眼瞼結膜,輪部,角膜の所見の改善度を比較した10).点眼開始後6カ月の時点で両群とも8割以上の割合で寛解状態に至った.このように,アトピー性皮膚炎合併の有無にかかわらず,タクロリムス点眼薬は重症アレルギー性結膜疾患の抑制に効これら二つの免疫抑制点眼薬をどのように使い分けるかに関して,市販後全例調査結果を評価してきた春季カタル治療薬研究会が中心となり,治療指針を提案した8)(図1).ポイントは治療薬の使用方法をパターン1~4に分類し,春季カタルの重症度に対応するパターンを選択して治療を行う点である.その際のポイントは,タクロリムス点眼薬のほうがシクロスポリン点眼薬と比較し免疫抑制効果がより強い点である.本指針を用いることにより,薬剤の変更,追加,中止など,診療における重要なターニングポイントを把握しやすくなったと考えられる.免疫抑制点眼薬に関しては,現時点までの重篤な副作用は報告されていないが,今後長期間の観察により,感染症を含め安全性の面でのエビデンスを蓄積していく必要がある.IV市販後調査から明らかになったタクロリムス点眼薬の新知見1.角膜上皮病変における効果上記のパターン治療8)にも記載されているように,重症例ではステロイド点眼薬と免疫抑制点眼薬を併用することが多い.しかし,タクロリムス点眼薬の登場によパターン4パターン3パターン2aパターン2bパターン1抗アレルギー薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)ステロイド(点眼)抗アレルギー薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)抗アレルギー薬(点眼)免疫抑制薬(点眼)ステロイド(点眼)ステロイド(点眼)ステロイド(内服)(瞼結膜下注射)重症軽症※1:シクロスポリン点眼液ルート※2:タクロリムス点眼液ルート※1※2図1春季カタルのパターン治療のための免疫抑制点眼薬の使い方ステロイド点眼薬と併用するか,ステロイド点眼薬から変更するかに関して,シクロスポリン点眼薬とタクロリムス点眼薬の使い分けがポイントとなる.(文献8より引用)(5)あたらしい眼科Vol.37,No.4,202038130眼を対象とした.平均年齢は17.3歳で,平均観察期間は64.6カ月間であった.病型は20眼が眼瞼型,10眼が混合型であった.9例にアトピー性皮膚炎,8例に気管支喘息,3例にアレルギー性鼻炎の合併を認めた.他覚所見は「アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン」(第2版)1)の臨床評価基準に基づき,治療開始時と1カ月後,1年後を比較した.春季カタルの他覚所見は治療開始1年後に全項目で改善した(図2~5).タクロリムス点眼薬での治療開始時,12例でステロイド点眼薬を併用していたが,ステロイド点眼薬は1年後には全例で終了できた.タクロリムス点眼薬開始時に角膜障害を果的であることが証明された.Vタクロリムス点眼薬の長期成績上記のように,6カ月までの経過観察ではタクロリムス点眼薬は著効を示すことが確認されている.長期経過観察の報告は数少ないが,北海道大学からの報告では短期経過観察結果と同様に効果的であったとされている11).筆者の施設でも,春季カタルに対する0.1%タクロリムス点眼薬の長期使用成績を評価した.0.1%タクロリムス点眼薬で治療した春季カタル患者のうち,1年以上追跡が可能であった15例(男性13例,女性2例)乳頭充血腫脹巨大乳頭3濾胞2.521.510.50開始時1カ月後1年後Dunnett法(投与開始時との比較)*:p<0.05,**:p<0.01***************図2眼瞼結膜スコアの推移32.521.510.50開始時1カ月後1年後*******Dunnett法(投与開始時との比較)*:p<0.05,**:p<0.01充血浮腫図3眼球結膜スコアの推移32.521.510.50開始時1カ月後1年後Dunnett法(投与開始時との比較)*:p<0.05,**:p<0.01****上皮障害図5角膜上皮障害スコアの推移32.521.510.50開始時1カ月後1年後Dunnett法(投与開始時との比較)*:p<0.05,**:p<0.01********腫脹トランタス斑図4角膜輪部スコアの推移382あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(6)3)FukushimaA,OzakiA,FukataKetal:Ag-specificrecognition,activation,andeffectorfunctionofTcellsintheconjunctivawithexperimentalimmune-mediatedblepharoconjunctivitis.InvestOphthalmolVisSci44:4366-4374,20034)EbiharaN,OhashiY,UchioEetal:Alargeprospectiveobservationalstudyofnovelcyclosporine0.1%aqueousophthalmicsolutioninthetreatmentofsevereallergicconjunctivitis.JOculPharmacolTher25:365-372,20095)高村悦子,内尾英一,海老原伸行ほか:春季カタルに対するシクロスポリン点眼液0.1%の全例調査.日眼会誌115:508-515,20116)OhashiY,EbiharaN,FujishimaHetal:Arandomized,placebo-controlledclinicaltrialoftacrolimusophthalmicsuspension0.1%insevereallergicconjunctivitis.JOculPharmacolTher26:165-174,20107)FukushimaA,OhashiY,EbiharaNetal:Therapeuticeffectsof0.1%tacrolimuseyedropsforrefractoryallergicoculardiseaseswithproliferativelesionorcornealinvolvement.BrJOphthalmol98:1023-1027,20148)大橋裕一,内尾英一,海老原伸行ほか:免疫抑制点眼薬の使用指針-春季カタル治療薬の市販後前例調査からの提言-.あたらしい眼科30:487-498,20139)MiyazakiD,FukushimaA,OhashiYetal:Steroid-sparingeffectof0.1%tacrolimuseyedropfortreatmentofshieldulcerandcornealepitheliopathyinrefractoryallergicoculardiseases.Ophthalmology124:287-294,201710)ShojiJ,OhashiY,FukushimaAetal:Topicaltacrolimusforchronicallergicconjunctivaldiseasewithandwithoutatopicdermatitis.CurrEyeRes44:796-805,201911)品川真有子,南場研一,北市伸義ほか:春季カタルにおけるタクロリムス点眼薬の長期使用成績.臨眼71:343-348,201712)FukudaK,EbiharaN,KishimotoTetal:Ameliorationofconjunctivalgiantpapillaebydupilumabinpatientswithatopickeratoconjunctivitis.JAllergyClinImmunolPract8:1152-1155,201913)藤島浩:重症アレルギー性結膜疾患の治療選択.臨眼73:48-56,201912例で認めたが,1例を除いて改善を認めた.1例でタクロリムス点眼薬の使用開始4カ月後にヘルペス性眼瞼炎を発症した.14例に一過性の増悪を認めた.以上の結果から,春季カタルに対する0.1%タクロリムス点眼薬の長期使用は,有効で安全な治療であると考えられたが,経過観察中に再燃を認める症例が存在することも明らかとなった.VIタクロリムス点眼薬の問題点と展望治療に抵抗する症例が一定割合存在すること,またタクロリムス点眼薬を用いても一定の割合で再燃することがわかってきた.タクロリムスはT細胞の機能を選択性高く抑制することが知られている.したがって,タクロリムス抵抗性の症例ではT細胞以外の細胞群の関与も考えられる.最近,続々と登場してきている生物学的製剤が結膜増殖性変化の抑制に効果を発揮する可能性もあり12),今後の検討が待たれる.再燃に関しては,タクロリムスの投与法・漸減法を検討する必要があると考える.皮膚科領域で推奨されているプロアクティブ療法が点眼でも試みられており13),エビデンスの蓄積を待ちたい.文献1)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン編集委員会:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン.日眼会誌114:831-870,20102)FukagawaK,NakajimaT,TsubotaKetal:Presenceofeotaxinintearsofpatientswithatopickeratoconjunctivitiswithseverecornealdamage.JAllergyClinImmunol103:1220-1221,1999

序説:眼アレルギー診療の新時代に向けて

2020年4月30日 木曜日

0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(Th2)に加えて,2型自然リンパ球(ILC2)や2型病原性記憶T細胞(Tpath2)などの新しいリンパ球がアレルギー炎症をコントロールする役割を担っていることが明らかにされており,これらの知見をもとに,アレルギー性結膜疾患の病態への理解をより深めていく必要があると思われる.また,結膜?内常在細菌叢はこれまで細菌培養検査の結果で評価されていたが,近年では,細菌DNAを次世代シーケンサーにより評価する方法が開発され,培養では検出できない細菌のアレルギー炎症への関与が示されており,アレルギー性結膜疾患と結膜?内常在細菌叢との関連についても今後の検討が待たれるところである.眼アレルギー検査では,眼局所のアレルギー炎症を評価し,診断や治療評価につなげるための新たな検査法および評価法の開発が切望されており,とくにアレルギー性結膜疾患を確定診断するための検査法の開発は重要課題に位置づけられる.現在,有望視されているのは,バイオマーカー(イメージングバイオマーカーを含む)を用いた眼局所検査であり,アレルギー炎症に関連するサイトカイン,ケモカイン,および炎症関連物質をバイオマーカーとした涙液検査と眼表面検査の開発,および画像の変化をバイオマーカーとして用いるイメージングバイオ新たな病態解明,検査法の進歩,新規治療法の開発を背景として,眼アレルギー診療は,新時代に向けて着実に歩みを進めている.今後,アレルギー性結膜疾患の研究・治療をさらに発展させるためには,他領域における新たな知見を柔軟に取り入れ,眼表面に生じるアレルギー炎症の病態を再考する必要がある.今回の特集は,すべての眼科医に,眼アレルギー診療の現状と未来とをさまざまな視点から理解していただくために企画した.近年注目されている病態因子としては,「眼表面のバリア機構」と「自然アレルギー反応」があげられる.アレルギー炎症は,外部環境と常に接している粘膜組織や皮膚組織を中心に生じる炎症反応であるが,最近になって,外部環境との境界(environmentalinterface)を形成し,バリアとして機能する皮膚・粘膜上皮,粘膜上皮を被うムチン層および常在する細菌叢が炎症を制御すると考えられるようになり,眼表面のバリア機構とアレルギー炎症との関係,およびその生理学的機序の解明が重要な課題となっている.また,アレルギー炎症の病態に,従来のI・IV型アレルギー反応による獲得型アレルギー反応と,自然免疫が関与する自然型アレルギー反応とが関与していることが解明されたほか,2型ヘルパーT細胞(1)377*JunShoji:日本大学医学部視覚科学系眼科学分野**NobuyukiEbihara:順天堂大学医学部附属浦安病院眼科***YuichiOhashi:愛媛大学●序説あたらしい眼科37(4):377?378,2020眼アレルギー診療の新時代に向けてTheNewEraofAllergicMedicalExaminationandTreatmentinOphthalmology庄司純*海老原伸行**大橋裕一***378あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020(2)マーカーの開発が現在進行中である.今回の特集では,バイオマーカーを用いた涙液検査と眼表面検査に加えて,AIを用いた充血評価の取り組みが解説されている.治療に目を向けると,まず眼科治療の特徴でもある点眼治療の進歩があげられる.抗アレルギー点眼薬と副腎皮質ステロイド点眼薬とによる春季カタル治療を大きく変化させたのは,免疫抑制点眼薬の登場であるが,市販されてから約10年がたち,さまざまな臨床データによってエビデンスに基づいた使用指針が確立されるとともに,治療上の課題も明らかになってきた.また,難治化,慢性化するアレルギー疾患に対する治療として,抗体療法に代表される分子標的治療薬,舌下免疫療法に代表される免疫療法,そしてプロバイオティクスなどが登場している.これらの治療法の眼科応用に関してはまだデータが十分集積されてはいないが,未来の治療法として大いに期待される.アレルギー疾患対策基本法の施行を通じてアレルギー疾患制御への取り組みが加速されるなか,新たな理論に基づく検査法や治療法が次々に生み出されており,アレルギー性結膜疾患診療への応用に向けてわれわれも動き始めている.本企画に集約された,新時代の眼アレルギー疾患診療に向けた取り組みにぜひご注目いただきたい.

調節安静位における調節微動の変化を指標としたVDT作業による眼の疲労度の評価

2020年3月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(3):363?369,2020?調節安静位における調節微動の変化を指標としたVDT作業による眼の疲労度の評価梶田雅義*1末信敏秀*2高橋仁也*3新屋敷文子*4山崎奈緒子*4稲垣恵子*5戸田麻衣子*6*1梶田眼科*2千寿製薬株式会社*3株式会社Inary*4大阪府済生会中津病院*5大阪医科大学*6所属なしEvaluationofEyeFatiguewithVDTWorkUsingtheChangeofCiliaryAccommodativeMicro?uctuationinRestingStateofAccommodationMasayoshiKajita1),ToshihideSuenobu2),YoshinariTakahashi3),FumikoShinyashiki4),NaokoYamasaki4),KeikoInagaki5)andMaikoToda6)1)KajitaEyeClinic,2)SenjuPharmaceuticalCo.,Ltd,3)InaryCo.,Ltd,4)OsakaSaiseikaiNakatsuHospital,5)OsakaMedicalCollegeHospital,6)Noa?liationはじめに眼疲労は,休息によって回復し,翌日まで残存しない生理的な疲労であるが,眼精疲労は,休息によって回復しない病的な疲労である1).近年の情報技術の発展に伴う近業の繰り返しは,眼の調節機能への負荷(毛様体筋への負荷)となり,生理的な疲労の蓄積を病的な疲労へと推移させていると推察される.また,眼精疲労にはドライアイ2)や眼位3)に起因するものがあることや,眼精疲労による屈折変化には近視化するだけでなく遠視化する症例があることが報告されるなど4?7),病因や病態は多様である.〔別刷請求先〕梶田雅義:〒108-0023東京都港区芝浦3-6-3梶田眼科Reprintrequests:MasayoshiKajita,M.D.,Ph.D.,KajitaEyeClinic,3-6-3Shibaura,Minato-ku,Tokyo108-0023,JAPAN図1検査スケジュール眼の疲労度については,調節安静位における評価が多数報告されている8?11).調節安静位は概念的には遠点と近点の間にあり8),調節刺激の低下した状態における屈折度であることから12),調節安静位における評価は被験者の調節努力の介入が少ないため,再現性が期待でき,わずかな調節機能変化を他覚的に定量評価できる可能性がある,と推察されている13).しかしながら,これまでの研究の多くは,調節安静位を明所下(empty?eld)や暗視野下(darkfocus)における調節無刺激状態の屈折度として評価しており,臨床に汎用するためには検査室の照明の問題や,固視目標が存在しないために目標捜査運動が生じるといった問題があり,安定した計測ができないという弱点があった14).眼の疲労度に対する他覚的検査については,Campbellら15)が赤外線オプトメータを用いて毛様体の調節振動における約2Hzの周波数成分の存在を明らかにして以来,その解析方法に関する研究16,17)がなされてきた.近年においては,オートレフケラトメータを用いて毛様体の揺らぎ(調節微動)を測定し,その高周波成分の出現頻度(highfrequencycomponent:HFC)の解析を可能とするソフトウエアが登場したことで,測定環境に配慮を要することなく,客観的に眼の疲労度を評価できる可能性が示唆されている14,18).HFC値は,オートレフケラトメータで得られた屈折度を基準に,視標位置+0.5??3.0Dを0.5D間隔で8段階にステップ状に切り換えて,各ステップを注視した際に生じる調節応答波形を計測したものである18).通常,HFC値は最遠点からの視標の近方移動によりいったん上昇し,極大値を示した後にわずかに減少し,調節安静位付近で極小値を示す14).この極小値がもたらす屈折度と雲霧状態における屈折度の平均が近似した値を呈することから,極小HFC値は調節安静位におけるHFC値であることが示唆されている13).そこで,今回筆者らは健康成人の1日のvisualdisplayterminal(VDT)作業により生じる自覚症状および調節安静位におけるHFC値の推移について検討したので報告する.図2Fk?mapI対象および方法本研究は,2017年7月?2017年9月末に,文書により研究への参加に同意し,①屈折度?6Dを超えない,②遠視でない,③老視対策(老眼鏡または遠近両用メガネの使用,VDT作業時に常にメガネをはずすなど)をしていない,④LASIKの既往がない,⑤強度の乱視の自覚がない,⑥多焦点眼内レンズを挿入していない者を対象に実施した.研究方法は,図1に示すとおり,検査実施前に背景因子調査①(年齢,性別,VDT作業年数,眼合併症)を行い,検査当日の朝(9時?10時)に自覚症状および他覚所見検査,夕方(17時?18時)に背景因子調査②〔当日のVDT作業時間,コンタクトレンズ装用の有無,使用コンタクトレンズの種類,点眼剤の使用有無(使用薬剤名,点眼回数)〕について調査したのち,再度,自覚症状および他覚所見検査を行った.なお,他覚所見検査は優位眼にて実施し,コンタクトレンズ装用者は検査時のみコンタクトレンズをはずして検査を実施した.他覚所見検査は,オートレフケラトメータARK560Aおよび調節微動解析ソフトAA2(ニデック)にて等価球面値(屈折度),乱視度数,調節応答量および調節微動(HFC値)を測定した.なお,調節微動測定にて視標位置2m?50cm間における最小HFC値を極小値とし,本研究における調節安静位のHFC値とした.HFC値は,調節微動解析ソフトAA2によりオートレフケラトメータで測定された調節応答波形をFourier変換し,周波数スペクトルを対数に変換したのち,1.0?2.3Hz帯で積分して算出され19),図2のとおりFk-map上に表示される.Fk-mapのX軸は視標位置,Y軸は調節反応量を示し,一つの視標位置に対して11本のバー(11回の測定結果)がある.各バーの印字色がHFC値を示し,極度に高い値70を赤色,低い値50を緑色とし,これらを最大,最小値としてその間を直線的にグラデーション色にして示している18).なお,Fk-mapのX軸上に表示された数値は,それぞれの視標位置におけるHFC値の平均値である.本研究では,IT眼症の指標とされているHFC67cm値,HFC1値(0??0.75Dの調節状態におけるHFC値の平均),HFC値の総平均値(HFCA値),および朝の測定時における調節安静位の視標位置でのHFC値〔HFCmin値:たとえば,朝の測定時に視標位置1m(2m?50cmの間)で最小HFC値を示した場合,視標位置1mにおける朝と夕方のHFC値をそれぞれのHFCmin値とする.したがって,HFCmin値の視標位置は被験者ごとに異なる〕の朝夕の測定値を比較した.また,屈折度と調節応答量についても朝夕の測定値を比較した.眼疲労の自覚症状は,症状がない状態を0(左端),症状が一番強い状態を10(右端)と規定した100mmの長さの線分上に被験者自身が縦線をマークするvisualanaloguescale(VAS)を用いた.夕方の検査時には朝に記載したマークを被験者自身が確認したうえでマークすることとし,左端からマークまでの長さを自覚症状のスコア値とした.また,他覚所見(屈折度,調節応答量および各HFC値)と自覚症状(VAS)の朝夕の変化値の相関を検討した.さらに,夕方の調節安静位が近方あるいは遠方に移動した症例を,それぞれ,近視化あるいは遠視化症例,また移動の認められなかった症例を変化なし症例とし,症例群別に他覚所見と自覚症状の朝夕の変化値の相関について検討した.本研究は,成守会クリニック治験審査委員会の承認後,UniversityhospitalMedicalInformationNetwork(https://center.umin.ac.jp)に登録(UMIN000028164)のうえ,実施した.II統計解析屈折度,調節応答量,HFC値(HFC67cm値,HFC1値,HFCA値,HFCmin値)およびVASの朝夕の変化についてはpairedt-test,HFC値と当日のVDT作業時間,屈折度,調節応答量およびVASの朝夕の変化量の相関はPeasonの相関にて評価した.なお,有意水準は両側0.05とし,統計解析にはSASstatisticalsoftware(version9.4forWin-dows,SASInstituteInc.,Cary,NC)を使用した.III結果1.背景本研究における対象者67例の背景は,表1に示したとおり,男性43例,女性24例,平均年齢36.6±7.5歳,VDT表1対象者の背景対象症例数男性女性43人24人合計67人平均年齢36.6±7.5歳VDT作業年数11.8±6.8年当日のVDT作業時間5.1±1.8時間眼合併症1例コンタクトレンズ装着ハードソフト5例13例合計18例点眼剤使用午前・午後午前のみ午後のみ3例2例5例合計10例朝夕の平均測定間隔7時間58分±5分作業年数11.8±6.8年,当日のVDT作業時間5.1±1.8時間であった.また,1例が麦粒腫を合併していた.コンタクトレンズ使用者は18例(ハードコンタクトレンズ:5例,ソフトコンタクトレンズ:13例),点眼剤の使用は10例(午前,午後とも使用3例,午前のみ使用2例,午後のみ使用5例)であり,朝と夕の検査間隔は平均7時間58分±5分であった.2.屈折度,乱視度数および調節応答量の推移朝および夕方の屈折度は,それぞれ?3.47±2.49Dおよび?3.51±2.50Dであり,朝夕に有意な変化はなかった(p=0.287)(図3).乱視度数は,それぞれ?0.66±0.48および?0.64±0.48であり明視域に影響を与えるほどの乱視はなく,朝夕に有意な差はなかった(p=0.336)(図4).また,調節応答量においても,1.65±0.49Dおよび1.60±0.58Dであり,朝夕に有意な変化はなかった(p=0.195)(図5).3.HFC値とVAS値の推移朝夕の各HFC値は,それぞれ,HFC67cm値では53.43±6.41および52.23±6.95(p=0.082),HFC1値では49.18±5.17および49.40±4.88(p=0.626),HFCA値では,52.55±5.32および52.32±5.36(p=0.517)であり,朝夕に有意な変化はなかった(図6).一方,HFCmin値では45.36±6.34および48.18±6.42(p<0.01)であり,夕方の測定時に有意に上昇した.朝夕の調節安静位の移動(HFCminを示す指標位置の移動)については,近視化症例(夕方に調節安静位が近方に移動した症例)22例,遠視化症例(夕方に調節安静位が遠方に移動した症例)16例および変化なし症例(調節安静位が移動しなかった症例)29例であった.このうち,近視化および朝夕0.00-1.00-2.00-3.00-4.00-5.00-6.00-7.00図3屈折度の推移朝夕0.00-0.20-0.40-0.60-0.80-1.00-1.20図4乱視度数の推移屈折度:乱視矯正付きオートレフケラトメータARK560Aにて測定され,Fk-mapに表示される等価球面値.2.502.001.501.000.500.00朝夕図5調節応答量の推移■朝夕706050403020100HFC67cm値HFC1値HFCA値HFCmin値**:p<0.01調節応答量:乱視矯正付きオートレフケラトメータARK560Aにて測定され,Fk-mapに表示されるrangeofaccom-modationの数値.図6HFC値の推移a:近視化(n=22)b:遠視化(n=16)c:変化なし(n=29)■朝夕■朝夕**7060706050605040504040303030202020101010■朝夕0HFC67cm値HFC1値HFCA値HFCmin値0HFC67cm値HFC1値HFCA値HFCmin値図7調節安静位の変化とHFC値の推移0HFC67cm値HFC1値HFCA値HFCmin値*:p<0.05**:p<0.01a:近視化:夕方に調節安静位が近方に移動した症例.b:遠視化;夕方に調節安静位が遠方に移動した症例.c:変化なし:調節安静位が移動しなかった症例.表2自覚症状の推移朝(mm)夕(mm)pvalue全症例18.5±13.540.6±16.8<0.01**近視化19.0±12.340.1±15.4<0.01**調節安静位の移動遠視化17.2±13.240.9±21.6<0.01**変化なし18.7±14.840.8±15.4<0.01****:p<0.01当日のVDTΔ屈折度Δ調節ΔVAS当日のVDTΔ屈折度Δ調節ΔVAS当日のVDTΔ屈折度なしΔ調節ΔVASr=相関係数*:p<0.05**:p<0.01遠視化症例における朝夕のHFCmin値は,それぞれ,近視化症例で44.68±6.51および49.96±5.71(p<0.01),遠視化症例で45.65±7.28および50.06±6.72(p<0.01)であり,夕方に有意な上昇を認めた(図7a,b).一方,変化なし症例では,いずれのHFC値も朝夕の数値に有意な変化を認めなかった(図7c).表2に示したとおり,調節安静位の移動にかかわらず,夕方のVAS値は有意に上昇した(p<0.01).4.各ΔHFC値と当日のVDT作業時間,Δ屈折度,Δ調節応答量およびΔVASとの相関各HFC値と当日のVDT作業時間および,屈折度,調節応答量,VASの朝夕の変化量(Δ値)との相関は表3に示したとおり,Δ屈折度とΔHFC67cm,ΔHFC1,ΔHFCAおよびΔHFCmin値との間で弱い負の相関が認められ,夕方にHFC値が減少すれば屈折度が遠視化し,増加すれば近視化する結果となった.また,Δ調節応答量とΔHFC67cmとの間にも弱い正の相関が認められた.調節安静位の移動(近視化,遠視化,変化なし)別でのΔHFC値と当日のVDT作業時間,Δ屈折度,Δ調節応答量およびΔVASとの相関は,表4に示したとおり,変化なし症例において,Δ屈折度とΔHFC67cm,ΔHFC1,ΔHFCAおよびΔHFCmin値との間に負の相関があり,Δ調節応答量とΔHFC67cmおよびΔHFCmin値との間に正の相関が認められた.また,近視化した症例においてΔHFCA値とΔVASとの間に正の相関が認められた.なお,ΔHFC値とVDT作業時間との間は,調節安静位の移動にかかわらず,相関関係が認められなかった.IV考察本研究において,HFCmin値は朝夕の変化が有意であったが,HFC67cm,HFC1およびHFCA値の朝夕の変化に有意差はなかった.これは,調節安静位の移動(近視化および遠視化)で層別した場合においても同様であった.一方,自覚症状のスコア値は調節安静位の移動に関係なく夕方の測定時に有意に上昇した.正常眼におけるHFC値は,雲霧状態から?3Dの視標距離の間でおおむね45?60で推移し,調節応答量の変化が少なく18),遠方調節と近方調節のバランスが調節安静位でうまく釣り合っているとされている12,20).本研究におけるHFC値についても,同等の範囲にあり,朝夕に有意な変化は認められなかった.また,屈折度および調節応答量においても有意な変化は認められず,各HFC値と屈折度の変化値に弱いながら相関を認めたことから,遠方調節と近方調節のバランスが調節安静位で釣り合っており,1日を通してVDT作業を行っても正常の調節作用が維持できていると考えられた.以上のことから,本研究の対象者は,少なくとも病的な調節性眼精疲労には罹患していない集団であったと考えられた.ただし,このような集団においても,日常業務による眼調節への負荷が生じているものと推察され,調節安静位の移動に基づく近視化あるいは遠視化症例では,夕方のHFCmin値が有意に上昇していた.すなわち,HFCmin値の変化は,生理的な眼疲労の程度を反映していることが示唆された.正常な眼調節における遠方視においては,毛様体筋が弛緩するため,HFC値は減少するものと考えられる.しかしながら本研究においては,調節安静位が遠視化した症例においてもHFCmin値の有意な上昇が認められた.眼疲労により遠視化する背景因子としては,短時間の3D映像視聴による調節と輻湊の不一致により調節近点が延長するという報告5,7)や,間欠性外斜位患者では輻湊や調節により多くの負荷が生じるとする報告6)がある.本研究においては眼位検査や輻湊検査を実施していないため,これらの背景因子を有する対象者の存在については明らかではないが,このような要因による調節努力が働いた結果,HFCminが有意に上昇した可能性が示唆された.なお,高度の遠視では,調節を働かせても常に明視することができず,調節することをあきらめてしまう症例が存在する21).したがって,本研究における遠視化症例の遠視化の程度は軽微なものであったと考えられる.以上のように,本研究の結果から,各HFCパラメータのうちHFCmin値の変化は,軽微な初期段階の眼疲労を含め,その疲労度を鋭敏に反映している可能性が示唆され,生理的な疲労である眼疲労の程度を評価できるパラメータ候補であると考えられた.したがって,眼精疲労に至るまでの早期診断や治療にも有用であると推察された.さらに,HFCmin値は病的な眼精疲労患者においても有用なパラメータ候補であると考えられるが,さらなる検討が必要である.なお,本研究の限界として,眼位や輻湊検査を実施していなかったため,眼の疲労による調節安静位の移動が起こる明確な原因の判明には至らなかったこと,HFC値とVAS値の間には一部では相関が認められたものの,VASのばらつきが大きく,調査方法を含めたさらなる検討が必要であること,HFC値と当日のVDT作業時間との間に相関が認められなかったことから,眼疲労を起こす要因には,1日のVDT作業の累積時間の長短のみならず,連続性(休憩の有無)や作業内容などの影響も考慮する必要が示唆されたが,その要因について究明することができなかったこと,があげられる.また,本研究は眼精疲労を自覚していない者を対象にしているため,眼精疲労患者におけるHFCmin値がどのように推移するのか,屈折度や調節応答量がどう関係するのかは不明なため,引き続き検討したい.文献1)不二門尚:眼精疲労に対する新しい対処法.あたらしい眼科27:763-769,20102)五十嵐勉,大塚千明,矢口智恵美ほか:シアノコバラミンの処方例におけるドライアイ頻度.眼紀50:601-603,19993)藤井千晶,岸本典子,大月洋:間欠性外斜視におけるプリズムアダプテーション前後の調節微動高周波成分出現頻度.日本視能訓練士協会誌41:77-82,20124)西信元嗣:屈折・調節の基礎と臨床.日眼会誌98:1201-1212,19945)難波哲子,小林泰子,田淵昭雄ほか:3D映像視聴による視機能と眼精疲労の検討.眼臨紀6:10-16,20136)川守田拓志,魚里博,中山奈々美ほか:正常眼における調節微動高周波成分と屈折異常,眼優位性の関係.臨眼60:497-500,20067)伊比健児:テクノストレス眼症と眼調節.日職災医誌50:121-125,20038)三輪隆:調節安静位は眼の安静位か.視覚の科学16:114-119,19959)三輪隆,所敬:調節安静位と屈折度の関係.日眼会誌93:727-732,198910)MiwaT,TokoroT:Asthenopiaandthedarkfocusofaccommodation.OptomVisSci,71:377-380,199411)中村葉,中島伸子,小室青ほか:調節安静位の調節変動量測定における負荷調節レフARK-1sの有用性について.視覚の科学37:93-97,201612)梶田雅義:身体と眼の疲れ.あたらしい眼科27:303-308,201013)梶田雅義:調節応答と微動.眼科40:169-177,199814)梶田雅義,伊藤由美子,佐藤浩之ほか:調節微動による調節安静位の検出.日眼会誌101:413-416,199715)CampbellFW,RobsonJG,WestheimerG:Fluctuationsofaccommodationundersteadyviewingconditions.JPhysiol145:579-594,195916)WinnB,PughJR,GilmartinBetal:Thefrequencychar-acteristicsofaccommodativemicro?uctuationsforcentralandperipheralzonesofthehumancrystallinelens.VisionRes30:1093-1099,199017)CharmanWN,HeronG:Fluctuationsinaccommodation:areview.OphthalPhysiolOpt8:153-164,198818)梶田雅義:調節機能測定ソフトウェアAA-2の臨床応用.あたらしい眼科33:467-476,201619)鈴木説子,梶田雅義,加藤桂一郎:調節微動の高周波成分による調節機能の評価.視覚の科学22:93-97,200120)木下茂:屈折・調節の基礎と臨床.日眼会誌98:1256-1268,199421)佐々本研二:調節力の変化.あたらしい眼科18:1239-1243,2001◆**

低加入度数分節型眼内レンズの囊内回旋が視機能に及ぼす影響

2020年3月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(3):358?362,2020?低加入度数分節型眼内レンズの?内回旋が視機能に及ぼす影響竹下哲二川下晶橋本真佑蕪龍大上天草市立上天草総合病院眼科TheIn?uenceoftheDegreeofRotationofanAsymmetricBifocalIntraocularLensonVisualFunctionafterSurgeryTetsujiTakeshita,HikariKawashita,MayuuHashimotoandRyotaKaburaDepartmentofOphthalmology,KamiamakusaGeneralHospitalはじめにレンティスコンフォート(以下,LS-313MF15,参天製薬)は光学部上方が遠用部,下方に+1.5Dを加入して中間用部とした低加入度数分節型眼内レンズである.ループを持たない,プレート型の形状をしている.添付文書には挿入方向を指定する記載はないが,同心円状ではなく分節型という特殊な形状のため挿入の角度によって視機能に差が出るのではないかという疑問がある.上天草総合病院眼科(以下,当科)では遠用部が上方,中間用部が下方となるように挿入しているが,手術翌日の診察時に鉛直方向に対してレンズが回旋している症例がよくみられる.レンズの回旋量によって視機能に差があるか,また挿入後にどの程度回旋したのかについてレトロスペクティブに検討した.I対象および方法1.対象2018年12月?2019年5月に当科で白内障手術を行い,片眼もしくは両眼にLS-313MF15を挿入した症例.トーリックレンズの適応がない,角膜乱視の少ない症例を適応とした.前眼部解析装置(OPD-ScanIII,NIDEK)の徹照像で〔別刷請求先〕竹下哲二:〒866-0293熊本県上天草市龍ヶ岳町高戸1419-19上天草市立上天草総合病院眼科Reprintrequests:TetsujiTakeshita,DepartmentofOphthalmology,KamiamakusaGeneralHospital,1419-19RyugatakemachiTakado,Kamiamakusa-shiKumamoto866-0293,JAPAN358(110)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYレンズの長辺が確認できて線を引くことができたのは32例A39眼(70.3±4.9歳;平均±標準偏差,以下同様),右眼18眼,左眼21眼だった.角膜疾患や眼底疾患がある症例は除外した.2.手術手術は上方の強角膜を2.2mmスリットナイフで1面切開し,超音波乳化吸引を行ったのち,インジェクター(アキュ図1回旋量の計測方法ジェクトユニフィットWJ-60MII,参天製薬)を用いて眼内に挿入した.レンズフックを用いて4方向すべての角を?内に挿入したのち,遠用部が上方に来るよう角度を調整した.粘弾性物質にはオペリード(千寿製薬)を使用した.レンズ挿入後にI/Aチップを挿入し,光学部を左右にタッピングする方法で粘弾性物質を除去した.当科で使用しているI/Aチップでは光学部の裏側に挿入することができないためbehindthelens法1)での除去はできなかった.手術はすべて一人の術者が行った.手術の様子は顕微鏡に取り付けたビデオカメラを2)用いて撮影(解像度1,920×1,080)し,SDカードに保存した.3.鉛直方向からの回旋の計測手術翌日散瞳し,座位でOPD-ScanIIIを用いて前眼部を撮影,徹照像表示した画像と明所視像表示した画像をUSBメモリーに保存した.徹照像でレンズの長辺が写っているものを選び,パソコンソフトウェアPowerPoint(Microsoft社)に取り込み,画面上で長辺に沿って線を引き鉛直方向からなす角(A)をパソコンソフトウェア分度器で測りましょ(フリーウェア)で計測した(図1左).4.?内回旋量の計測手術終了時から1日でどの程度?内回旋するか計測した.手術時は仰臥位のため眼球は外方回旋しており,頭の傾きも座位のときとは異なっているため手術時とOPD-ScanIII撮影時で眼球回旋を補正する必要がある.既報3)をアレンジして補正を行い回旋量を計測した.まず先述のOPD-ScanIIIの明所視像をPowerPointの別スライドに取り込む.OPD-ScanIIIの徹照像と明所視像は同じ画像の表示方法が違うだけなので眼球回旋は同じである.徹照像に引いたレンズ長辺に沿った線をコピーして明所視像に張り付ける.Power-Pointでは線をコピーして移動しても角度は変化しない.つぎに色素斑や虹彩紋理などの目印を2カ所見つけ線を引く.この2本の線のなす角を測定しBとする(図1中).そして手術時のビデオより終了時点の映像を静止画として保存し,これをPowerPointの3スライド目に取り込みレンズの長辺に沿って線を引く.OPD-ScanIIIの明所視像で見つけた色素斑や虹彩紋理と同じ目印を見つけて線を引く.この2本の線のなす角を計測しCとする(図1右).BとCの差の絶対値を?内回旋量とした.PowerPointにOPD-ScanIIIの徹照像と明所視像,手術終了時の画像を別々のスライドに取り込む.徹照像でレンズの長辺に沿って線を引く.これと鉛直線のなす角(A)を測定する(左).レンズの長辺に沿って引いた線を明所視像にコピーして貼り付ける.色素斑や虹彩紋理などの目印を2カ所見つけ線を引き,2本の線のなす角をBとする(中).手術終了時の画像でレンズの長辺に沿って線を引く.OPD-ScanIIIの明所視像と同じ目印を見つけ線を引き,2本の線のなす角をCとする(右).BとCの差が術後1日の?内回旋量となる.5.視機能の評価術後1週間の遠方裸眼および矯正視力,他覚的および自覚的屈折値を測定した.遠方視力を完全矯正した状態で70cmおよび50cm視力を片眼ずつ測定した.これらの値と回旋量の間に相関があるか検討した.また,レンズが内方回旋した(中間用部が耳側下方)群と外方回旋した(中間用部が鼻側下方)群で差があるか検討した.6.統計学的処理鉛直方向からの回旋量と各項目との相関の検定にはSpearmanの順位相関(使用ソフトウェア:EasyR)を用いた.極端に回旋の大きい症例があったため,外れ値をSmirnovgrubbs検定(使用ソフトウェア:EasyR)で検出した.内方回旋群と外方回旋群間の検定にはWelchのt検定(使用ソフトウェア:MicrosoftExcel)を用いた.本研究は上天草総合病院倫理委員会の承認を得て実施した.II結果1.鉛直方向からの回旋量と視機能への影響手術翌日の鉛直方向からの回旋量は6.7±5.6°だった.内方回旋23眼,外方回旋13眼,回旋のなかったもの3眼だった.術後1週間での遠方視力は裸眼がlogMAR値0.07±0.22(小数視力換算0.86,以下同様),矯正が?0.06±0.06(1.13)だった.自覚的な球面度数は?0.24±0.42D,円柱度数は?0.17±0.35Dだった.OPD-ScanIIIを使用した他覚的な球面度数は?0.84±0.54D,円柱度数は?0.51±0.33Dだった.遠方視力を完全矯正した状態での片眼ずつの70cm視力は0.01±0.11(0.98),50cm視力は0.12±0.15(0.75)だった.これらの値とレンズの回旋との関係を図2~5に示す.いずれの項目も相関がなくレンズの回旋量は視機能に影0.90.80.70.60.50.40.30.20.10-0.10.250.20.150.10.050-0.05-0.205101520253035-0.105101520253035傾き(°)傾き(°)図2鉛直方向からのレンズの傾きと遠方視力の相関左:裸眼視力.p=0.487,r2=0.005.右:矯正視力.p=0.308,r=0.061.いずれも相関なし.0.250.20.150.10.050-0.05-0.1051015202530350.60.50.40.30.20.10-0.1-0.205101520253035傾き(°)傾き(°)図3鉛直方向からのレンズの傾きと中間視力の相関左:70cm視力.p=0.525,r2=0.072.右:50cm視力.p=0.532,r=0.008.いずれも相関なし.0-0.2-0.4-0.6-0.8-1-1.2-1.4-1.6051015202530350.50-0.5-1-1.5-205101520253035傾き(°)傾き(°)図4鉛直方向からのレンズの傾きと球面度数の相関左:自覚球面度数.p=0.640,r2=0.001.右:他覚球面度数.p=0.461,r=0.024.いずれも相関なし.響していなかった.内方に32°回旋していた症例があり外れ値と判定されたが,遠方視力1.0×IOL(n.c.),70cm視力0.6,50cm視力0.5と良好だった.手術翌日レンズが内方回旋した群と外方回旋した群の間には,裸眼・矯正視力,70cm・50cm視力,自覚・他覚球面度数,自覚・他覚円柱度数のいずれにおいても有意差はなかった(裸眼視力p=0.24,矯正視力p=0.55,70cm視力p=0.27,50cm視力p=0.75,自覚球面度数p=0.90,他覚球面度数p=0.76,自覚円柱度数p=0.24,他覚円柱度数p=0.28).2.手術後1日の?内回旋量症例中,OPD-ScanIIIの明所視像と手術終了時の映像の両方で目印2カ所を選定できたのは24例31眼だった.術後1日での?内回旋は4.5±3.7°(0?17°)だった.内方回旋したもの17眼,外方回旋したもの11眼,回旋のなかった0-0.2-0.4-0.6-0.8-1-1.2-1.4-1.6051015202530350-0.2-0.4-0.6-0.8-1-1.2-1.4-1.605101520253035傾き(°)傾き(°)図5鉛直方向からのレンズの傾きと円柱度数の相関左:自覚円柱度数.p=0.975,r2=0.001.右:他覚円柱度数.p=0.912,r=0.033.いずれも相関なし.もの3眼だった.III考察LS-313MF15の4.5°はこれらの報告に比べると大きい.また,Garzonら7)はLS-313MF15と同じ形状のLU-313(Oculentis)の術後1日での回旋は3.78°でAcrySofIQLS-313MF15は直径6mmの光学部の上方60%が遠用部,下方40%にはそれに1.5Dを加入して眼鏡面で+1.0D程度とし,中間部まで見えるようにしたレンズである.国内でこのような形状のレンズが保険適用となったのは初であり,使用成績報告がほとんどない.遠近両用眼鏡だと下方が近用部で瞳孔間距離もやや狭くなることから,LS-313MF15も中間用部を鼻側下方に向けて挿入したほうが見やすいのではないかというイメージがあり,製造元のOculentis社のガイドラインではその向きでの挿入を推奨している.しかしWitら4)やMcNeelyら5)は形状や加入度数は違うが分節型のLentisMplusMF30(Oculentis)について,近用部を鼻側下方へ挿入した群と耳側上方へ挿入した群で視機能には差がなかったとしている.そしてMcNeelyらは光視症を含む見え方の質は近用部を耳側上方に入れた群のほうがよかったとしている.今回LS-313MF15についても鉛直方向からの回旋と視機能には相関がなく,挿入時に回旋を気にする必要はないという結果となった.内方回旋群と外方回旋群の間にも有意差がなかった.内方に32°回旋していた症例でも視力は良好だった.今回,中間用部が上方にあった症例はなかったが,少なくとも中間用部が下方になる向きになるよう挿入した場合,レンズの回旋は視機能に影響しないと考えられた.レンズ挿入後の?内回旋についての報告は多数あるが,その多くはトーリック眼内レンズの軸が目標軸からどの程度ずれたかに言及したもので,手術終了時点から1日でレンズ自体がどの程度回旋したか調べたものは少ない.以前,筆者はループのあるデザインの1ピース眼内レンズW60(参天製薬)の術後1日の回旋量は1.52°だと報告した3).また,同様の手法で測定された報告として,Schartmullerら6)はXY1(HOYA)の術後1時間での回旋は1.5°だとしている.ToricIOL(Alcon)の0.96°より大きいとしている.しかし,この論文では時計回りを正の値,反時計回りを負の値として回旋量の平均値を求めており,時計回りと反時計回りに同等に回旋するレンズだと平均値は小さくなってしまうため単純比較はできない.とはいえ回旋の範囲がAcrySofIQToricIOLでは?5.00°から13.00°だったのに対しLU-313Tの回旋の範囲は?8.00°から18.00°だったということから,LU-313TのほうがAcrySofIQToricより回旋しやすい可能性はある.一方で古藪ら8)はZCT(JohnsonandJohnsonVision)における術後1日での回旋量は6.23°だったと報告している.LS-313MF15の全長は11mm,ZCTの全長は13mmであることを考えると必ずしも全長が短いほうが回旋しやすいということではない.また,Sethら9)はプレート型のAT-TORBI(CarlZeissMeditec)とAcrySofIQToricIOLは術後3カ月で回旋の程度に有意差がなかったとしており,レンズ形状が回旋に影響するとも言いがたい.LS-313MF15の?内回旋量は視機能に影響せず,術後1日での回旋量は他のレンズと比較して大きいとはいえなかった.文献1)松浦一貴,三好輝行,吉田博則ほか:水晶体?と眼内レンズは密着している.IOL&RS27:63-66,20132)竹下哲二:家庭用ハイビジョンカメラによる手術ビデオ撮影.あたらしい眼科26:1383-1385,20093)竹下哲二:1ピース非球面眼内レンズW60の挿入後?内回旋.眼科手術29:328-331,20164)WitDW,DiazJ,MooreTCetal:E?ectofpositionofnearadditioninanasymmetricrefractivemultifocalintra-ocularlensonqualityofvision.JCataractRefractSurg41:945-955,20155)McNeelyRN,PazoE,SpenceAetal:Comparisonofthevisualperformanceandqualityofvisionwithcombinedsymmetricalinferonasalnearadditionversusinferonasalandsuperotemporalplacementofrotationallyasymmetricrefractivemultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg42:1721-1729,20166)SchartmullerD,Schrie?S,SchwarzenbacherLetal:Truerotationalstabilityofasingle-piecehydrophobicintraocularlens.BrJOphthalmol103:186-190,20197)GarzonN,PoyalesF,ZarateBetal:Evaluationofrota-tionandvisualoutcomesafterimplantationofmonofocalandmultifocaltoricintraocularlenses.JRefractSurg31:90-97,20158)古藪幸貴子,松島博之,向井公一郎ほか:トーリック眼内レンズの術後回旋評価.IOL&RS32:473-479,20189)SethS,BansalR,IchhpujaniPetal:Comparativeevalua-tionoftwotoricintraocularlensesforcorrectingastigma-tisminpatientsundergoingphacoemulsi?cation.IndianJOphthalmol66:1423-1428,2018◆**

同一症例における白内障手術併用眼内ドレーン挿入術と内方線維柱帯切開術の術後早期成績について

2020年3月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(3):353?357,2020?同一症例における白内障手術併用眼内ドレーン挿入術と内方線維柱帯切開術の術後早期成績について塚本彩香徳田直人豊田泰大山田雄介伊藤由香里塚原千広佐瀬佳奈小島香北岡康史高木均聖マリアンナ医科大学眼科学教室EarlyPostoperativeResultsofaTrabecularMicro-BypassStentComparedtoAbInternoTrabeculotomyPerformedinConjunctionwithCataractSurgeryAyakaTsukamoto,NaotoTokuda,YasuhiroToyoda,YusukeYamada,YukariIto,ChihiroTsukahara,KanaSase,KaoriKojima,YasushiKitaoka,andHitoshiTakagiDepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversity,SchoolofMedicine目的:白内障手術併用眼内ドレーン挿入術(iStent)と内方線維柱帯切開術(?LOT)の有用性を同一症例の左右眼で比較検討する.対象:両眼に白内障を伴う開放隅角緑内障症例10例20眼(74.5歳)を対象とした.緑内障が進行した眼に対し?LOTを施行しその僚眼にiStentを施行した.結果:眼圧は?LOT側で術前18.6±2.4mmHgが15.1±2.1mmHg,iStent側で18.7±3.1mmHgが13.3±2.1mmHgに有意に下降した.薬剤スコアは両術式ともに術前より有意に下降した.前房フレア値は?LOT側では術後30日で術前と有意差を認めなくなったが,iStent側では術後3日で術前と有意差を認めなくなった.角膜内皮細胞密度は両術式ともに術前と有意差を認めなかった.結論:?LOT,iStentともに術後早期において有効な術式である.iStentは術後の前房内炎症が少ない.Purpose:Tocomparethesafetyande?cacyofatrabecularmicro-bypassstent(iStent;GlaucosCorp.)tothatofabinternotrabeculotomy(?LOT)performedwithconcomitantcataractsurgeryineyeswithopen-angleglaucoma.Methods:?LOTwasperformedineyeswithprogressiveglaucomainoneeye,andiStentwasimplant-edinthecontralateraleyeofthesamesubject.Pre-andpostoperativeintraocularpressure(IOP)andchangesinanteriorchamber?arewereevaluated.Results:Tensubjectswereenrolled(meanage:74.5years).BaselineIOPwas18.7mmHg(iStent)and18.6mmHg(?LOT).Mean?nalIOPat6-monthspostoperativewas13.3mmHg(iStent)eyesand15.1mmHg(?LOT).Thepreoperativeanteriorchamber?arevalueinthe?LOTeyeswas9.6pc/ms,andreturnedtonormalby30-dayspostoperativewithavalueof10.2pc/ms.IntheiStenteyes,thepreop-erativeanteriorchamber?arevaluewas9.9pc/ms,andreturnedtonormalby3-dayspostoperativewithavalueof12.2pc/ms,thusdemonstratinglesspostoperativein?ammationintheiStenteyes.Conclusions:Duringtheear-lypostoperativeperiod,iStentand?LOTwerebothfoundtobee?ective,yetsafetywasfoundtobemorefavor-ableintheiStenteyesbasedonanteriorchamberin?ammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(3):353?357,2020〕Keywords:原発開放隅角緑内障,低侵襲緑内障手術(MIGS),内方線維柱帯切開術(?LOT),白内障手術併用眼内ドレーン(iStent)挿入術.primaryopenangleglaucoma,microinvasiveglaucomasurgery(MIGS),trabeculotomyabinterno,trabecularmicro-bypassstent(iStent).はじめに近年,緑内障手術領域において低侵襲緑内障手術(microinvasiveglaucomasurgery:MIGS)という概念が提唱され関心が高まってきている.MIGSは小切開創により線維柱帯付近にアプローチするため,組織への侵襲が少なく,安全性が高い手術といわれている1).現在,わが国で施行可能な〔別刷請求先〕徳田直人:〒216-8511神奈川県川崎市宮前区菅生2-16-1聖マリアンナ医科大学眼科学教室Reprintrequests:NaotoTokudaM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversity,SchoolofMedicine,2-16-1Sugao,Miyamae-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa216-8511,JAPANMIGSは線維柱帯を焼灼,切開していくTrabectome2),前房内から手術用隅角鏡を用いて線維柱帯を同定し切開していくmicrohookabinternotrabeculotomy(以下,?LOT)3),その他360-degreesuturetrabeculotomy4),マイクロパルス経強膜毛様体光凝固5)などがある.加えて,2016年にわが国でも開放隅角緑内障に対する白内障手術の際に線維柱帯,Schlemm管に挿入するチタン製のステントである白内障手術併用眼内ドレーン「iStent」6)が認可され,白内障手術併用眼内ドレーン挿入術(以下,iStent挿入術)が施行可能となった.現時点においてわが国で施行可能なMIGSは,マイクロパルス経強膜毛様体光凝固を除くすべてが流出路再建術であるため,眼圧下降効果は濾過手術には及ばないが,濾過手術で生じうる濾過胞感染をはじめとする重篤な合併症の危険性が少ないことが利点としてあげられる.MIGSについてわが国からの報告としては,Tanitoらによる?LOTの報告3)などがありその有効性,安全性が評価されているが,わが国からiStent挿入術を評価した報告は少ない7).今回,?LOTとiStent挿入術を同一症例の左右眼に施行し,有効性と安全性について比較検討した.I対象および方法2017年6月?2018年6月に聖マリアンナ医科大学病院にて,内眼手術の既往がない,両眼白内障を併発した原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)症例10例20眼(平均年齢74.5±8.2歳)を対象とした.Humphrey自動視野計によるmeandeviation(以下,MD値)がより低値の眼に対して水晶体再建術と?LOTを施行(以下,?LOT側),その僚眼に対してiStent挿入術を施行(以下,iStent側)し術後180日経過観察した.各術式の内容,術式の選択基準については術者(N.T.)より口頭で説明し,書面による同意を得た.術前後の眼圧推移,術後180日における眼圧下降率,薬剤スコアの推移,前房内の蛋白濃度(以下,前房内フレア値)の推移,角膜内皮細胞密度の変化,術後合併症について検討した.薬剤スコアは,抗緑内障点眼薬1剤につき1点(緑内障配合点眼薬については2点),炭酸脱水酵素阻害薬内服は2点として計算した.前房内フレア値の測定は前房蛋白細胞測定装置レーザーフレアーセルメーターFC-2000(興和)を使用した.角膜内皮細胞密度の測定にはNONCONROBOII(コーナン・メディカル)を使用した.手術は全例同一術者(N.T.)により施行された.手術方法は,?LOTではまずスワンヤコブオートクレーバルブゴニオプリズム(Ocular)と谷戸式abinternoトラベクロトミーマイクロフック直(Inami)を用いて,線維柱帯切開術を施行(上方下方2象限を除く約180°)し,その後水晶体再建術を施行し手術終了とした.iStent挿入術では,まず?LOT群同様,スワンヤコブオートクレーバルブゴニオプリズムを用い線維柱帯を同定し,鼻下側にiStentを挿入し,その後水晶体再建術を施行し手術終了とした.統計学的な検討は対応のあるt検定,またはMann-Whit-neyUtestを使用し,p<0.05をもって有意差ありと判定した.なお本研究は診療録による後ろ向き研究である(聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会4029号).II結果表1に施行した術式別の背景を示す.術前眼圧,薬剤スコア,前房内フレア値,角膜内皮細胞密度に有意差は認めなかったが,MD値については両群間に有意差を認めた(Mann-WhitneyUtestp<0.01).図1に術前後の眼圧推移を示す.?LOT側では,術前18.6±2.4mmHgが術後180日で15.1±2.1mmHg,iStent側では,術前18.7±3.1mmHgが術後180日で13.3±2.1mmHgと両術式とも術前に比し有意な眼圧下降を示した(対応のあるt検定p<0.01).図2に術後180日における眼圧下降率を示す.?LOT側では18.3±11.0%,iStent側では27.2±16.0%であり,両術式の間に有意差は認めなかった.図3に術前後の薬剤スコアの推移を示す.?LOT側では,術前3.3±0.7点が術後180日で0.2±0.4点,iStent群では術前平均3.0±0.5点が術後180日で0.2±0.6点と両術式とも術前に比し有意な下降を示した(対応のあるt検定p<0.01).図4に術前後の前房フレア値の推移を示す.?LOT側では,術前平均9.6±2.6pc/msが術後14日で18.1±8.3pc/msと術後14日まで術前に比し有意に前房フレア値が高値であった(対応のあるt検定p<0.01).iStent側では術前9.9±2.3pc/msが術後1日のみ18.5±7.8pc/msと有意に高値(対応のあるt検定p<0.01)であったが,それ以降は術前と有意差を認めなかった.また,術後1日,3日,7日,14日の時点において?LOT側はiStent側よりも有意に前房フレア値が高くなっていた(Mann-WhitneyUtestp<0.01またはp<0.05).術前後の角膜内皮細胞密度の変化については?LOT側では術前2,762±140/mm2が術後2,594±167/mm2,iStent側では術前2,610±219/mm2が術後2,622±216/mm2と両術式とも術前と有意差を認めなかった.表2に術後合併症について示す.?LOT側では,前房出血8例(80%),飛蚊症4例(40%),虹彩前癒着1例(10%),一過性眼圧上昇1例(10%),iStent側では,前房出血が1例(10%),飛蚊症4例(40%),一過性眼圧上昇1例(10%),虹彩嵌頓1例(10%)であった.(mmHg)(点)(pc/ms)角膜内皮細胞密度(/mm2)表1対象の背景2762±1402610±2190.212520151050術前術後3日7日14日30日60日90日120日150日180日MD値(dB)?13.8±8.2?3.2±4.2<0.01mean±standarddeviation眼圧1日観察期間図1術前後の眼圧推移両術式とも術後速やかに眼圧下降が得られた.403020100?LOT側iStent側errorbar:standarddeviation0術前術後1日3日7日14日30日60日90日120日150日180日観察期間図2眼圧下降率術後6カ月の眼圧下降率は両術式で有意差を認めなかった.図3術前後の薬剤スコア推移術後6カ月で薬剤スコアは両術式で有意に減少した.100806040200術前術後1日術後3日術後7日術後14日術後30日図4術前後の前房内フレア値の推移表2術後合併症合併症?LOT側iStent側前房出血8例1例飛蚊症4例4例周辺虹彩前癒着1例0例一過性眼圧上昇1例1例虹彩陥頓0例1例III考按?LOT側は術後14日まで術前よりも有意に前房フレア値が高かった.iStent側は術後3日で術前と有意差がなくなった.今回の検討では,同一症例の左右眼に?LOT,またはiStent挿入術を施行しその術式の有効性,安全性について比較検討した.同一症例の左右眼で比較することで個体差というバイアスを最小限にできると考えたが,「白内障手術併用眼内ドレーン使用要件等基準」8)の適応基準の項目で「緑内障点眼薬で治療を行っている白内障を合併した軽度から中等度の開放隅角緑内障(POAG,落屑緑内障)の成人患者」と明記されているため,この基準に従い術式を検討した結果,MD値がより低値の眼に対して?LOT,その僚眼にiStent挿入術を施行することになった.そのため術前MD値は,?LOT側がiStent側よりも有意に低値になり,これが術後成績に影響した可能性があることを踏まえたうえで今回の結果について考察してみる.術後眼圧,薬剤スコアについては,両術式ともに術前に比し有意な下降を認め,両術式のPOAGに対する術後早期の有効性が示された.とくに術前に使用していた抗緑内障点眼薬を減量できたことは患者のアドヒアランス向上にもつながる可能性があり,意義深い結果と考える.Tanitoら3)は?LOTを施行した17眼24例について術前眼圧25.9±14.3mmHgが術後6カ月で14.5±2.9mmHgと有意な眼圧下降を示したと報告している.今回の筆者らの検討よりも術前眼圧が高いものの,良好な眼圧下降が得られているが,この報告では術後も術前の抗緑内障点眼薬を継続して使用している.しかし,今回の筆者らの結果とTanitoらの結果から,?LOTについては緑内障病型も関係すると思うが,抗緑内障点眼薬を併用することを前提にするならば,もう少し術前眼圧が高い症例にも適応があるかもしれない.iStent挿入術については邦人を対象とした報告としてShibaら7)は,iStentを2本挿入した10例について,術前22.0±3.0mmHgが術後半年で16.9±3.6mmHgと有意な眼圧下降を示したとしている.iStent挿入の数についてはKatzら9)はiStent挿入後12カ月における15mmHg以下のコントロール率について,iStentを1本のみ挿入した場合64.9%,2本の場合85.4%,3本の場合92.1%と報告しており,iStent挿入術の眼圧下降効果はiStentを挿入する数に依存する可能性があることを示唆している.しかし,今回の検討ではiStentを1本のみ挿入しただけでも術前よりも有意な眼圧下降が得られたことから,緑内障早期または中期の症例に対してよい適応と考える.今回の検討において両術式の眼圧下降率について有意差を認めなかった.?LOTのほうが線維柱帯,Schlemm管に広範囲に影響するため,iStent挿入術よりも良好な眼圧下降が得られるのではないかと予想していたが,両術式の間に有意差は認めないものの,iStent挿入術の眼圧下降率が?LOTの眼圧下降率よりも高い傾向がみられた.この原因としては,iStent側では?LOT側よりも緑内障病期が進行していないため,線維柱帯,Schlemm管以降の通過障害が少なく,高い眼圧下降効果が得られた可能性が考えられるが,これを証明するには両術式の病期をそろえた検討が必要であるため,今後の課題としたい.今回の検討でもっとも注目すべき事実としては,iStent挿入術後の前房フレア値の回復の早さと考える.?LOT側が術前と有意差がなくなるまでに14日以上かかったが,iStent側は術後3日目には術前と有意差がなくなっていた.これについてはiStent挿入術の手術侵襲の少なさが関係していると思われる.術後早期に社会復帰したいと考える白内障を併発した開放隅角緑内障患者にはiStent挿入術はよい適応かもしれない.合併症については,?LOT側では線維柱帯,Schlemm管を切開するため前房出血はほぼ必発であるため,それ自体には問題はないと考えるが,それが一過性眼圧上昇につながらないことが術後管理として求められる.今回の検討では?LOT側の30mmHg以上の一過性眼圧上昇は1症例認められたが,その症例は周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)を生じた症例であり,YAGレーザーでPASを解除後,眼圧は下降し術後6カ月では16mmHgと安定した.iStent挿入側で一過性眼圧上昇が生じた1症例は術後にiStentが虹彩に嵌頓した症例であった.これについてもYAGレーザーにより嵌頓を解除して眼圧下降を得た.Shibaら7)も虹彩嵌頓や前房出血による一過性眼圧上昇について述べており,濾過手術よりも比較的術後管理が容易とされる流出路再建術においても,術後の経過観察と管理は重要である.飛蚊症については両術式ともに40%ずつ認められたが,これは術後の前房内の炎症細胞,もしくは前房出血に起因するものであり,今回は全例で水晶体再建術を施行しているので自覚症状が生じやすかったのではないかと考える.以上,同一症例におけるiStent挿入術と?LOTの術後早期成績について検討した.両術式ともに初期から中期のPOAGに対して有効な術式と考える.とくにiStent挿入術は術後炎症が少ない点から術後炎症が生じやすい場合や,早期の職場復帰をめざす患者にとってはよい適応と考える.今回の検討では,両術式間に病期の差があったことや,両術式ともに白内障手術を同時に施行しているため,?LOT単独,iStent挿入術単独の効果が不明であることなどのバイアスが生じているが,これらの点についても今後の検討課題としたい.文献1)SahebH,AhmedII:Micro-invasiveglaucomasurgery:currentperspectivesandfuturedirections.CurrOpinOphthalmol23:96-104,20122)JordanJF,WeckerT,vanOterendorpCetal:Trabec-tomesurgeryforprimaryandsecondaryopenangleglau-comas.GraefesArchClinExpOphthalmol251:2753-2760,20133)TanitoM,SanoI,IkedaYetal:Short-termresultsofmicrohookabinternotrabeculotomy,anovelminimallyinvasiveglaucomasurgeryinJapaneseeyes:initialcaseseries.ActaOphthalmol95:354-360,20174)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodi?ed360-degreesuturetrabeculoto-mytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglau-coma:apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,20125)EmanuelME,GroverDS,FellmanRLetal:Micropulsecyclophotocoagulation:Initialresultsinrefractoryglauco-ma.JGlaucoma26:726-729,20176)SpiegelD,Garc?a-Feijo?J,Garc?a-S?nchezJetal:Coex-istentprimaryopen-angleglaucomaandcataract:pre-liminaryanalysisoftreatmentbycataractsurgeryandtheiStenttrabecularmicro-bypassstent.AdvTher25:453-464,20087)ShibaD,HosodaS,YaguchiSetal:Safetyande?cacyoftwotrabecularmicro-bypassstentsasthesoleprocedureinJapanesepatientswithmedicallyuncontrolledprimaryopen-angleglaucoma:Apilotcaseseries.JOphthalmol2017:9605461,20178)白内障手術併用眼内ドレーン会議:白内障手術併用眼内ドレーン使用要件等基準.日眼会誌120:494-497,20169)KatzLJ,ErbC,CarcellerGAetal:Prospective,random-izedstudyofone,two,orthreetrabecularbypassstentsinopen-angleglaucomasubjectsontopicalhypotensivemedication.ClinOphthalmol9:2313-2320,2015◆**

ブリモニジン/チモロール配合点眼液の原発開放隅角緑内障(広義)および高眼圧症を対象とした長期投与試験

2020年3月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(3):345?352,2020?ブリモニジン/チモロール配合点眼液の原発開放隅角緑内障(広義)および高眼圧症を対象とした長期投与試験新家眞*1福地健郎*2中村誠*3関弥卓郎*4*1公立学校共済組合関東中央病院*2新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野*3神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野*4千寿製薬株式会社Long-TermE?cacyandSafetyofNovelBrimonidine/TimololOphthalmicSolutioninPatientswithPrimaryOpen-angleGlaucoma(BroadDe?nition)orOcularHypertensionMakotoAraie1),TakeoFukuchi2),MakotoNakamura3)andTakuroSekiya4)1)KantoCentralHospital,TheMutualAidAssociationofPublicSchoolTeachers,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,3)DepartmentofSurgery,DivisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)SenjuPharmaceuticalCo.,Ltdはじめに緑内障は多くの場合きわめて慢性に経過する進行性の疾患で,長期の点眼や定期的な経過観察を要し,かつ自覚症状がないことが多いことから,アドヒアランスの維持は治療の成否に大きくかかわる1).緑内障患者を対象としたアンケート調査では,薬剤数の増加により点眼回数に負担を感じる症例が有意に増え,点眼を忘れる頻度が高くなることが報告されている2).薬剤数および点眼回数を減らすことのできる配合点眼剤は,患者のアドヒアランスを向上させ,治療効果を上げることに貢献することが期待される.〔別刷請求先〕新家眞:〒158-8531東京都世田谷区上用賀6-25-1公立学校共済組合関東中央病院Reprintrequests:MakotoAraie,M.D.,Ph.D.,KantoCentralHospitaloftheMutualAidAssociationofPublicSchoolTeachers,6-25-1Kamiyoga,Setagaya-ku,Tokyo158-8531,JAPAN表1実施医療機関および治験責任医師実施医療機関治験責任医師渡辺眼科医院渡邉広己富士見台眼科浅野由香三橋眼科医院三橋正忠道玄坂加藤眼科加藤卓次成城クリニック松﨑栄医療法人社団はしだ眼科クリニック橋田節子医療法人社団ひいらぎ会若葉台眼科佐藤功たまがわ眼科クリニック關保医療法人社団富士青陵会なかじま眼科中島徹医療法人社団ムラマツクリニックむらまつ眼科医院村松知幸医療法人社団優あい会小野眼科クリニック小野純治医療法人社団橘桜会さくら眼科松久充子北川眼科医院北川厚子医療法人良仁会柴眼科医院柴宏治医療法人社団優美会川口あおぞら眼科清水潔赤羽しまだ眼科島田典明0.1%ブリモニジン酒石酸塩/0.5%チモロール配合点眼剤(以下,SJP-0135)は,a2作動薬であるブリモニジン酒石酸塩とb遮断薬であるチモロールマレイン酸塩を有効成分とする配合点眼剤である.ブリモニジン酒石酸塩は,a2受容体を選択的に刺激して,毛様体上皮においてcyclicadenos-inemonophosphate(cyclicAMP)産生を抑制して房水の産生を抑制し,さらに,ぶどう膜強膜流出路を介して房水流出を促進することで眼圧下降効果を示す3).0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液(アイファガン点眼液0.1%)は,わが国では2012年に千寿製薬株式会社が承認を得た緑内障治療薬であり,唯一のa2作動薬である.臨床試験においては他の緑内障治療薬と併用することでさらなる眼圧下降効果が得られており4,5),眼圧下降効果に相応しない視野維持効果があることも報告されている6).チモロールマレイン酸塩はb遮断薬であり,毛様体上皮のb受容体を遮断して,cyclicAMP産生を抑制することにより,房水産生を抑制して眼圧下降効果を示す7,8).0.5%チモロール点眼剤(以下,チモロール)は,わが国では1981年に承認され,プロスタグランジン関連薬とともに第一選択薬として広く使用されている.わが国では,ブリモニジン酒石酸塩点眼剤の使用患者の約6割にb遮断薬が併用されている9).SJP-0135は,作用機序の異なる2成分を配合することにより各単剤よりも強い眼圧下降効果が期待されることに加えて,配合剤に変更することで点眼回数の減少に伴う患者の利便性向上が期待される.さらに,現在,わが国で承認されている配合点眼剤の有効成分の組合せはプロスタグランジン関連薬とb遮断薬,または炭酸脱水酵素阻害薬とb遮断薬の組合せのみであることから,わが国初のa2作動薬を含有した配合点眼剤であるSJP-0135は治療選択肢の拡大に貢献すると考えられる.今回は,SJP-0135の第III相長期投与試験として,原発開放隅角緑内障(広義)または高眼圧症を対象として,SJP-0135を長期点眼したときの有効性(眼圧下降効果)および安全性について検討したので報告する.I方法1.実施医療機関および治験責任医師本治験は,2017年1月?2018年6月に表1に示す全国16医療機関で実施した.治験開始に先立ち,すべての医療機関の治験審査委員会で審議され,治験の実施が承認された.本治験は,ヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則,本治験実施計画書,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」第14条第3項および第80条の2に規定する基準ならびに「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)に関する省令」などの関連規制法規を遵守して実施した.治験の実施状況の登録は,UMIN-CTRに行った(UMIN試験ID:UMIN000026471).2.目的SJP-0135を52週間点眼したときの眼圧下降効果および安全性の検討を目的とした.3.対象対象は,原発開放隅角緑内障(広義)または高眼圧症と診断され,チモロールを4週間投与後の眼圧が15.0mmHg以上で,選択基準を満たし,除外基準に抵触しない患者とした.おもな選択基準および除外基準を表2に示した.なお,すべての被験者から治験参加前に,文書による同意を得た.4.方法a.被験薬被験薬は,点眼液1ml中にブリモニジン酒石酸塩を1.0mg,チモロールを5.0mg(チモロールマレイン酸塩として6.8mg)含有する水性点眼剤である.b.治験デザイン・投与方法本治験は,多施設共同非対照非遮閉試験として実施した.観察期開始日から既存の緑内障治療薬をチモロールに切り替え,両眼にそれぞれ1回1滴,1日2回(朝および夜),4週間点眼した後,治療期としてSJP-0135を,両眼にそれぞれ1回1滴,1日2回(朝および夜),52週間点眼した.c.症例数「致命的でない疾患に対し長期間の投与が想定される新医薬品の治験段階において安全性を評価するために必要な症例数と投与期間について(平成7年5月24日薬審第592号)」に基づき,評価症例数を100例とした.さらに中止脱落率表2おもな選択基準および除外基準おもな選択基準1)20歳以上の外来患者(日本人),性別不問2)両眼とも眼圧下降治療(点眼)を受けており,今後も継続が必要な者3)両眼とも最高矯正視力が0.3以上4)観察期終了日(治療期開始日)の眼圧値が15.0mmHg以上31.0mmHg以下おもな除外基準1)原発開放隅角緑内障(広義),高眼圧症以外の活動性の眼科疾患を有する者2)治験期間中に病状が進行するおそれのある網膜疾患を有する者3)コンタクトレンズの装用が必要な者4)高度の視野障害がある者5)脳血管障害,起立性低血圧,心血管系疾患などの循環不全を有する者6)緑内障に対する手術またはレーザー療法,内眼手術(各種レーザー療法を含む),角膜移植術または角膜屈折矯正手術の既往のある者7)スクリーニング検査日の過去180日以内に副腎皮質ステロイドの眼内注射,Tenon?下注射または結膜下注射を実施した者8)がんに罹患している者,または重篤な全身性疾患(例:肝障害,腎障害,心血管系疾患,内分泌系疾患)を有する者9)気管支喘息,気管支痙攣もしくは重篤な慢性閉塞性肺疾患を有するまたは既往のある者10)コントロール不十分な心不全,洞性徐脈,房室ブロック(II,III度)若しくは心原性ショックを有するまたは既往のある者11)肺高血圧による右心不全,うっ血性心不全,糖尿病性ケトアシドーシス,代謝性アシドーシスまたはコントロール不十分な糖尿病のある者12)ブリモニジン酒石酸塩または他のa2作動薬,チモロールマレイン酸塩または他のb遮断薬,本治験で使用する薬剤の成分に対し,アレルギーまたは重大な副作用の既往のある者13)緑内障・高眼圧症に対する治療薬,副腎皮質ステロイド,交感神経刺激薬,交感神経遮断薬,副交感神経刺激薬,モノアミン酸化酵素阻害薬,抗うつ薬および炭酸脱水酵素阻害薬を使用する予定のある者14)その他,治験責任医師または治験分担医師が本治験への参加が適切でないと判断した者を約20%程度と想定し,目標症例数を125例に設定した.5.検査・観察項目眼圧,最高矯正視力,結膜・眼瞼・角膜所見,眼底,視野,血圧・脈拍数および臨床検査の各検査および観察を表3のスケジュールで実施した.眼圧は,Goldmann圧平眼圧計で朝の点眼前を0時間値として8時?10時の間に測定し,点眼後は2時間値を測定した.有害事象は,治験薬を投与された被験者に生じたすべての好ましくないまたは意図しない疾病またはその徴候を収集した.治験薬との因果関係を否定できない場合は副作用とした.6.併用薬および併用処置治験期間中は,表2の除外基準に抵触する薬剤および処置の併用は禁止した.7.評価方法および解析方法a.有効性有効性は,最大の解析対象集団(fullanalysisset:FAS)を主たる解析対象集団とした.主要評価項目は,各観察日における治療期開始日からの眼圧変化値(2時間値)とし,要約統計量を算出し,投与後の推移を検討した.副次評価項目は,主要評価項目を除く,各観察日における治療期開始日からの眼圧変化値,眼圧値および眼圧変化率とし,要約統計量を算出し,各々の推移を検討した.眼圧値については,各測定時点における治療期開始日と投与後の各観察日をpairedt検定(有意水準両側5%)により比較した.b.安全性安全性は,治療期に組み入れられたすべての被験者のうち,SJP-0135の投与を一度も受けなかった被験者,初診時(治療期開始日)以降の再来院がないなどの理由により安全性が評価できなかった被験者を除外した集団を安全性解析対象集団(safetyset:SS)とし,有害事象,最高矯正視力,結膜・眼瞼・角膜所見,眼底,視野,血圧,脈拍数および臨床検査を評価し,有害事象の発現割合(発現例数/SS)を算出した.最高矯正視力,結膜・眼瞼・角膜所見,血圧,脈拍数および臨床検査は,SJP-0135投与前後の比較を行った.眼底および視野は,スクリーニング検査日からの悪化の有無について比較した.II結果1.被験者の構成同意を取得できた被験者は157例で,スクリーニング脱落例5例を除いた152例が観察期としてチモロールの投与表3検査・観察スケジュール観察期(4週)治療期(52週)スクリーニング検査日治療期開始日投与4,8,12,20,36,44週投与28,52週中止脱落時測定時点(時間)?02020202同意取得○背景因子●●点眼●●●最高矯正視力●●●●●結膜・眼瞼・角膜所見●●●●●●●眼圧●●●●●●●●●眼底●●●視野●●●血圧・脈拍数●●●●●●●●●臨床検査●●●点眼状況注1●●●●有害事象注1○:スクリーニング実施前に文書による同意を取得した.注1:投与16,24,32,40,48週でも実施した.を受けた.このうち観察期脱落例16例を除いた136例が治療期に組み入れられ,SJP-0135の投与を受けた.治験完了例は108例で,治験未完了例は28例であった.治療期に組み入れられ,SJP-0135を投与した136例全例をSSとした.SSから4例(除外基準に抵触2例,治療期開始日以降の適切な検査データなし2例)を除いた132例をFASとした.被験者背景(FAS)を表4に示した.2.有効性眼圧値の推移を図1に,眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率の推移を表5に示した.主要評価項目である治療期の眼圧変化値(2時間値)の平均値±標準偏差は,治療期投与4週から52週まで,?3.4±2.3??2.8±1.8mmHgの範囲で推移し,安定した眼圧下降効果が認められた.副次評価項目については,治療期の眼圧値の0時間値,2時間値および0時間値と2時間値の平均値は,いずれも治療期投与4週から52週まで,治療期開始日の眼圧値よりも低下し,すべての観察日で,投与前と比較して統計学的に有意な差を認めた(いずれもp<0.0001).治療期の眼圧変化値および眼圧変化率の0時間値および0時間値と2時間値の平均は,いずれも約?3??2mmHg,約?10??20%の範囲で推移した.眼圧変化値(2時間値)を対象疾患別に原発開放隅角緑内障(広義)[原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,前視野緑内障(高眼圧群,正常眼圧群)]および高眼圧症で層別解析した結果を表6に,治療期開始日(2時間値)の眼圧値別に,低眼圧層(15mmHg以上18mmHg未満,18mmHg以上20mmHg未満),中眼圧層(20mmHg以上22mmHg未満)および高眼圧層(22mmHg以上)に層別解析した結果を図2に示した.いずれの層別解析でも主要評価項目の結果と同様に,治療期投与4週から52週まで,いずれの層においても安定した眼圧下降効果が認められた.3.安全性有害事象は98例(72.1%)271件認めた.このうち,副作用は27例(19.9%)34件であった.副作用一覧を表7に示した.おもな副作用は,アレルギー性結膜炎12例(8.8%),点状角膜炎10例(7.4%),眼瞼炎3例(2.2%),結膜充血2例(1.5%)であった.重度と判定された副作用はなく,中等度と判定された副作用は2例(1.5%)2件(いずれもアレルギー性結膜炎)で,その他の副作用[25例(18.4%)32件]は軽度であった.治験薬投与の中止を必要とした副作用は9例(6.6%)に10件(アレルギー性結膜炎7件,眼瞼炎3件)認めた.死亡例,重篤な副作用はなかった.臨床検査値,バイタルサイン,身体的所見および安全性に関連する他の観察項目でも,臨床上問題となるような変動や所見に関連する副作用はなかった.表4被験者背景(FAS)項目分類SJP-0135(n=132)性別男女平均±値標準偏差最小値?最大値原発開放隅角緑内障(広義)原発開放隅角緑内障正常眼圧緑内障前視野緑内障(高眼圧群)前視野緑内障(正常眼圧群)高眼圧症有無有無有無58(43.9)74(56.1)年齢(歳)65.0±9.730?85対象疾患注1107(81.1)(有効性評価対象眼)30(22.7)45(34.1)15(11.4)17(12.9)25(18.9)緑内障治療薬注2132(100.0)0(0.0)眼局所の合併症注297(73.5)35(26.5)眼局所以外の合併症116(87.9)16(12.1)例数(%)注1:対象疾患は下のように定義した.原発開放隅角緑内障:以下の(1)(2)を満たす者前視野緑内障(高眼圧群):以下の(2)を満たし治療が必要と判断された者正常眼圧緑内障:以下の(1)(2)(3)すべてを満たす者前視野緑内障(正常眼圧群):以下の(2)(3)を満たし治療が必要と判断された者(1)緑内障性視野異常の存在,(2)緑内障性視神経乳頭の存在,(3)過去に眼圧値が21.0mmHg以上を示した既往がない.注2:左右眼どちらか一方でも該当した場合,有とした.0時間値242時間値2420201616121248122028364452観察日(週)48122028364452観察日(週)図1眼圧値の推移*p<0.0001(投与前との比較)pairedt検定,平均値±標準偏差(mmHg).眼圧値は,0時間値および2時間値とも治療期投与4週から52週まで,安定した眼圧下降効果が認められた.表5眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率の推移測定時点眼圧値(mmHg)眼圧変化値(mmHg)眼圧変化率(%)0時間値治療期開始日18.1±2.5(132)??治療期投与4週16.1±2.4*(130)?2.0±1.7(130)?11.1±8.5(130)治療期投与8週15.8±2.4*(129)?2.3±2.0(129)?12.2±10.0(129)治療期投与12週15.7±2.4*(126)?2.4±2.1(126)?13.1±10.9(126)治療期投与20週15.9±2.8*(124)?2.2±2.3(124)?11.9±12.2(124)治療期投与28週16.1±2.6*(119)?2.0±2.3(119)?10.4±12.4(119)治療期投与36週16.0±2.8*(115)?2.0±2.3(115)?10.6±12.5(115)治療期投与44週16.0±2.7*(108)?1.9±2.4(108)?10.4±12.9(108)治療期投与52週15.8±2.7*(108)?2.1±2.0(108)?11.6±11.0(108)2時間値治療期開始日17.5±2.3(132)??治療期投与4週14.7±2.6*(130)?2.8±1.8(130)?16.0±10.2(130)治療期投与8週14.5±2.4*(129)?3.0±1.9(129)?16.7±10.6(129)治療期投与12週14.1±2.3*(126)?3.4±2.3(126)?19.1±11.8(126)治療期投与20週14.3±2.4*(124)?3.2±2.2(124)?17.8±11.4(124)治療期投与28週14.4±2.4*(119)?3.1±2.2(119)?17.3±12.1(119)治療期投与36週14.1±2.5*(115)?3.3±2.2(115)?18.7±11.9(115)治療期投与44週14.5±2.4*(108)?2.8±2.1(108)?16.1±11.8(108)治療期投与52週14.5±2.6*(107)?2.9±2.2(107)?16.3±12.4(107)0時間値と2時間値の平均値治療期開始日17.8±2.3(132)??治療期投与4週15.4±2.3*(130)?2.4±1.4(130)?13.6±7.7(130)治療期投与8週15.2±2.3*(129)?2.6±1.7(129)?14.6±9.1(129)治療期投与12週14.9±2.2*(126)?2.9±1.9(126)?16.1±9.9(126)治療期投与20週15.1±2.5*(124)?2.7±2.0(124)?14.9±10.6(124)治療期投与28週15.2±2.3*(119)?2.5±2.0(119)?13.9±10.6(119)治療期投与36週15.1±2.5*(115)?2.6±2.0(115)?14.7±10.8(115)治療期投与44週15.2±2.4*(108)?2.4±2.0(108)?13.3±11.1(108)治療期投与52週15.1±2.5*(107)?2.5±1.8(107)?14.1±10.2(107)平均値±標準偏差(例数),*p<0.0001〔各VISIT(測定時点)?治療期開始日(測定時点)のpairedt検定有意水準:両側5%〕眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率は,治療期投与4週から52週まで,安定した眼圧下降効果が認められた.眼圧値は,すべての観察日で,投与前と比較して統計学的に有意な差を認めた.表6対象疾患別眼圧変化値(2時間値)対象疾患原発開放隅角緑内障(広義)高眼圧症原発開放隅角緑内障正常眼圧緑内障前視野緑内障(高眼圧群)前視野緑内障(正常眼圧群)治療期投与?2.7±1.9?2.2±2.0?2.8±1.9?3.0±1.8?2.7±1.9?3.4±1.64週(106)(29)(45)(15)(17)(24)治療期投与?3.2±2.1?3.2±1.9?3.3±2.5?2.8±1.8?3.2±1.7?4.3±2.812週(102)(28)(43)(14)(17)(24)治療期投与?2.9±2.2?2.9±2.0?3.1±2.4?2.0±2.2?3.3±1.8?3.8±2.328週(95)(26)(41)(13)(15)(24)治療期投与?2.7±2.1?2.2±2.3?3.1±2.0?1.9±2.3?3.0±1.8?3.5±2.452週(85)(21)(39)(11)(14)(22)平均値±標準偏差(例数)いずれの対象疾患でも眼圧変化値(2時間値)は,治療期投与4週から52週まで,安定した眼圧下降効果が認められた.低眼圧層(15mmHg以上18mmHg未満表7治療期副作用の発現割合低眼圧層(18mmHg以上20mmHg未満)中眼圧層(20mmHg以上22mmHg未満)0高眼圧層(22mmHg以上)-2-4-6-84122852観察日(週)図2治療期開始日(2時間値)の眼圧値別の眼圧変化値(2時間値)平均値±標準偏差(mmHg).いずれの眼圧層でも眼圧変化値(2時間値)は,治療期投与4週から52週まで,安定した眼圧下降効果が認められた.注1:副作用名はICH国際医薬用語集MedDRA/JVersion19.1のPT(基本語)を用いて分類した.おもな副作用は,アレルギー性結膜炎12例(8.8%),点状角膜炎10例(7.4%),眼瞼炎3例(2.2%),結膜充血2例(1.5%)であった.III考按わが国では数多くの作用機序の異なる緑内障治療薬が使用可能であるが,緑内障診療ガイドラインでは,薬物治療を行う場合,まず単剤(単薬)療法から開始し,目標眼圧に達していないなど,有効性が十分でない場合には多剤併用(配合点眼剤を含む)を行うとされている1).そのため,本治験では,チモロールからSJP-0135へ切り替えた場合の安全性および有効性を確認するため,観察期としてチモロールを4週間投与した後,観察期終了日の眼圧値が15.0mmHg以上であった患者を対象に,治療期としてSJP-0135に切り替えて52週間投与した.有効性に関しては,眼圧値は治療期のすべての測定時点において投与前と比較して統計学的に有意に低下し,治療期52週まで安定した眼圧下降効果を認めた.層別解析の結果,いずれの対象疾患(原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,前視野緑内障,高眼圧症)においても治療期投与4週から52週まで,安定した眼圧下降効果を認めた.また,治療期開始日(2時間値)の眼圧値別の層別解析の結果,いずれの層においても,治療期投与4週から52週まで,眼圧値はベースラインより2.0mmHg以上低下し,かつ安定した眼圧下降効果を認めた.以上より,SJP-0135はチモロール単剤から切り替えた場合はさらなる眼圧下降効果が期待でき,長期投与時でもその効果は減弱しないと考えられる.さらに,SJP-0135は対象疾患および投与開始前の眼圧値にかかわらず,眼圧下降効果を示すと考えられる.安全性に関しては,有害事象は72.1%,副作用は19.9%で認めたが,治療期52週を通じて重篤な副作用は認めなかった.比較的発現頻度の高かった副作用は,アレルギー性結膜炎(8.8%),点状角膜炎(7.4%)および眼瞼炎(2.2%)であり,いずれもアイファガン点眼液0.1%およびチモロール点眼液において既知の副作用であった.アイファガン点眼液0.1%では,長期投与によりアレルギー性結膜炎の発現頻度が高くなる傾向が認められており,投与52週におけるアレルギー性結膜炎の副作用発現頻度は18.4%である10).この値は今回の8.8%に比べて髙かった.海外では0.2%ブリモニジン酒石酸塩/0.5%チモロール配合点眼剤(COMBIGAN,米国Allergan,Inc.)が市販されている.COMBIGANの臨床試験において,投与12カ月を通してCOMBIGANの眼圧下降効果はチモロール単剤(1日2回)およびブリモニジン(1日3回)と比べて優れ,かつ安定していたことが確認されている11).このことから,SJP-0135も同様に,長期投与時をした場合でも各単剤に比べて髙い眼圧下降効果を示すと考える.また,安全性については投与12カ月におけるアレルギー性結膜炎の発現頻度は0.2%ブリモニジン酒石酸塩群(9.4%)に比べてCOMBIGAN群(5.2%)では約半数であり,有意に低いことが報告されている11).なお,a作動薬による細胞容積の減少および傍細胞流の増加による潜在的な炎症誘発因子の結膜組織内への侵入12)がb遮断薬により抑制される13)ことで,ブリモニジン由来の眼部アレルギーの発現頻度がチモロールにより低下するという報告があり,配合剤でのアレルギー性結膜炎の発現頻度減少の一つの仮説として考えられている14).そのため,SJP-0135においても,アイファガン点眼液0.1%に比べてアレルギー性結膜炎の発現頻度が低下する可能性がある.以上の結果より,原発開放隅角緑内障(広義)または高眼圧症の患者に対して,SJP-0135は52週間点眼したとき,安定した眼圧下降効果を維持し,安全性に問題のない治療薬となりうると考える.SJP-0135はわが国初のa2作動薬を含む配合点眼剤であること,SJP-0135への切り替えにより薬剤数および総点眼回数が減ることで患者の治療効果の向上が期待できることから,SJP-0135は緑内障治療の薬物療法において有用性の高い選択肢になると考える.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第4版.日眼会誌122:5-53,20182)高橋真紀子,内藤知子,溝上志朗ほか:緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第二報”.あたらしい眼科29:555-561,20123)BurkeJ,SchwartzM:Preclinicalevaluationofbrimoni-dine.SurvOphthalmol41(S-1):S9-S18,19964)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした臨床第III相試験─チモロールとの比較試験またはプロスタグランジン関連薬併用下におけるプラセボとの比較試験.日眼会誌116:955-966,20125)新家眞,坂本祐一郎:ブリモニジン点眼液0.1%の臨床的有用性に関する多施設前向き観察的研究―使用成績調査中間報告.臨眼71:859-867,20176)KrupinT,LiebmannJM,Green?eldDSetal:Arandom-izedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisu-alfunction:resultsfromthelow-pressureglaucomatreat-mentstudy.AmJOphthalmol151:671-681,20117)LarssonLI:Aqueoushumor?owinnormalhumaneyestreatedwithbrimonidineandtimolol,aloneandincombi-nation.ArchOphthalmol119:492-495,20018)CoakesRL,BrubakerRF:Themechanismoftimololinloweringintraocularpressure:Inthenormaleye.ArchOphthalmol96:2045-2048,19789)2014年4月?2018年3月における縮瞳薬及び緑内障治療剤:局所用の使用状況.株式会社JMDC10)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,201211)SherwoodMB,CravenER,ChouCTetal:Twice-daily0.2%brimonidine-0.5%timolol?xed-combinationtherapyvsmonotherapywithtimololorbrimonidineinpatientswithglaucomaorocularhypertension:a12-monthran-domizedtrial.ArchOphthalmol124:1230-1238,200612)ButlerP,MannschreckM,LinSetal:Clinicalexperiencewiththelong-termuseof1%apraclonidine:Incidenceofallergicreactions.ArchOphthalmol113:293-296,199513)AlvaradoJA,MurphyCG,Franse-CarmanLetal:E?ectofbeta-adrenergicagonistsonparacellularwidthand?uid?owacrossout?owpathwaycells.InvestOphthalmolVisSci39:1813-1822,199814)AlvaradoJA:Reducedocularallergywith?xed-combination0.2%brimonidine-0.5%timolol.ArchOphthalmol125:717-718,2007◆**