フェムトセカンドレーザー白内障手術FemtosecondLaser-AssistedCataractSurgery脇舛耕一*はじめに眼科領域でのレーザーは,1970年代に網膜光凝固術やYAGレーザーによる後.切開術が使用されたことから始まり,1980年代にはエキシマレーザーによる治療的角膜切除(phototherapeutickeratectomy)や角膜屈折矯正手術(photorefractivekeratectomy),1990年代からは角膜屈折矯正手術法のひとつとしてlaserinsitukeratomileusis(LASIK)が行われるようになった.フェムトセカンドレーザーの眼科での臨床応用は1999年のLASIKでのフラップ作製のための角膜切開が最初であり,2000年代にはLASIKフラップの作製のほか,角膜移植や乱視矯正角膜切開,smallincisionlenticleextraction(SMILE)などに使用されるようになった.フェムトセカンドレーザーの白内障手術への使用は2008年に始まり2009年に最初の臨床報告がなされ1),2010年代には技術の進歩に伴い性能の向上が図られ,現在は世界各国での普及とともに国内でも使用可能となっている.本稿では,フェムトセカンドレーザー白内障手術の原理,構成と臨床的効果について述べる.Iレーザー原理眼科領域で用いられるレーザーの原理の種類としては,おもに網膜病変で使用される光凝固(photocoagula-tion),エキシマレーザーに代表される光切除(photoab-lation)のほか,YAGレーザーやフェムトセカンドレーザーでの光切断(photodisruption)がある.フェムトセカンドレーザーは,フェムト秒(=10-15,1,000兆分の1秒)単位の極短時間パルスの近赤外線レーザー(波長1,030~1,053nm)の照射が可能である.一般的に,レーザー強度はエネルギー強度に比例し,照射面積,照射時間に反比例する(レーザー強度=パルスエネルギー/ビームスポット面積・レーザーパルス時間幅)ため,エネルギー設定を上げずに照射面積を小さく,照射時間を短くすることで,周囲へ影響を及ぼすことなくピンポイントに高出力のエネルギーを照射できる.また,フェムトセカンドレーザーにはytterbium系レーザー媒質としてpotassiumyttriumtungstateなどが使用されており,エネルギー量がYAGレーザーよりも少なく周囲組織への影響が低いという特徴がある.1回の照射で組織蒸散により約10μmの間隙形成が得られ,連続照射により間隙をつなげることで任意の場所での組織切断を得ることが可能である.II実際の臨床使用現在販売されている白内障手術用フェムトセカンドレーザーの機種は複数あるが,2019年の時点で国内で認可されている機種はアルコンのLenSxRとJohnsonandJohnsonのCatalysRの2機種であり,この2機種の運用に沿って述べる.LenSxRでは24時間の温湿度管理(温度18~24℃,湿度65%以下)が必要であり,設置場所での空調設備が必要となる.CatalysRでは24時間の温湿度管理は設定されておらず,使用時に15~32℃,*KoichiWakimasu:バプテスト眼科クリニック〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニック0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(13)1355ab図1Patientinterface(PI)のシェーマa:LenSxRのPI.角膜と接眼面の間にSoftFitTMというソフトコンタクトレンズが入る.b:CatalysRのPI.最初に吸引リングで眼球を固定したあと,中にBSSplusRを入れてドッキングさせる.-ingが生じる問題があった.そのため現在では角膜屈折力が41D未満のフラットタイプ,41-46Dのノーマルタイプ,46Dを超えるスティープタイプの3タイプが使用可能となり,形状に応じて選択することでairpool-ingの問題はほぼ生じなくなった.また,SoftFitTMを角膜に接触させていった際に,涙液メニスカスが角膜中央付近にかかったタイミングで吸引を行うとairpoolingを回避しやすい.CatalysRのPIは接眼部が直接角膜に触れない非接触型となっている.円錐形の吸引リングとレンズ,液体キャッチメントから構成され,間にBSSplusRを入れドッキングさせる浸水式で,角膜に触れないため角膜形状変化をまったく生じさせず,吸引中の眼圧上昇も少ない状態で前眼部から水晶体位置の解析が可能である(図1b).角膜に触れないため角膜曲率を考慮したタイプ分けは不要で,直径が21.6mmと19.0mmの2種類がある.それぞれの特性上,LenSxRでは吸引固定とレーザードッキングが同時であり,CatalysRでは吸引固定を行った後レーザーとのドッキングを行う.その際,とくにLenSxRでは後述する切開位置設定およびcapsulotomyの特性から,ドッキング時に第一眼位で水晶体が水平となっていることが望ましい.また,2機種ともPIサイズが限定されているため,瞼裂狭小例ではPIが入らず吸引固定ができない場合があり,注意が必要である.2.前眼部および水晶体の解剖学的位置の把握と切開位置の決定正確なレーザー切開を得るために必要な解剖学的位置情報の把握として,前眼部光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)の技術が利用されている.白内障手術用フェムトセカンドレーザーに搭載されているOCTはおもに波長820~930nmのspectral-domainOCT(SD-OCT)で,角膜および水晶体の空間位置解析が可能である.LenSxRでは水晶体前.のみcirclescanとよばれる方法で360°把握し,後.深度を含む水晶体全体像はlinescanとよばれる,circlescan画面で選択した位置でのAスキャンのみ,深度8.5mmの位置まで把握する方法である.角膜切開の断層像も,主創口のprimaryincisionと乱視矯正角膜切開(astigmatickeratotomy:AK)ではそれぞれ切開位置の中央部分のみを把握し,サイドポートであるsecondaryincision位置での断層像は把握していない.CatalysRでは1万本以上のAスキャンを行い角膜および水晶体全体を360°,3Dで解析することが可能で,眼球が第一眼位でなくとも角膜および水晶体の傾斜を把握して切開を行うことができる.切開位置の設定法はとくにZ軸(深度)方向において2機種で大きく異なる.最初にcapsulotomy,lensfrag-mentation,cornealincision(併用時はAKも)それぞれのXY方向の位置を決めたあと,LenSxRではcapsu-lotomyでの前.面の最浅部,再深部の位置決定を行う.また,後.面の最浅部位置を選択し,その位置での水晶体断層像からlensfragmentationの深度範囲決定を行う.その後primaryincisionと,AK施行時はその切開深度の決定も微調整する.このように,LenSxRでは各パートでの確認と位置調整が必要であるのに対し,CatalysRでは位置調整はほぼ不要で,ほぼワンクリックずつで各パートをクリアしていくことが可能である(図2a,b).OCTでの解析は,CatalysRのほうが詳細な分,時間もかかる.一方で切開位置決定は,LenSxRのほうが各項目のチェックが必要なためCatalysRよりは煩雑となる.しかし,その分LenSxRでは位置の誤認識をしたまま切開を行うリスクは低い.一方,CatalysRでは自動的に進められるため,まれに誤認識している症例があっても気づきにくく,術者が確認する意識を高めておく必要がある.また,切開創やAKのXY方向の位置決定は,LenSxRでは連携システムの活用が可能であり,VerionImageGuidedSystemRで術前に撮影した前眼部画像とリンクさせることで回旋補正を自動的に行うことができ,また手術中にサージカルガイダンスとしてアライメントを投影することができる.CatalysRでは現在のところそのような連携システムがないため,事前にマニュアルでのマーキングが必要となる.また,いずれの機種にもセーフティマージンが設定されている.Capsulotomyでは切り残しを防ぐためにZ軸方向の選択範囲よりも広く,逆にlensfragmentation(15)あたらしい眼科Vol.36,No.11,20191357cd図2フェムトセカンドレーザーでの切開位置の設定と実際の切開a:LenSxRでの切開位置の設定画面.左画面でXY方向の位置を,右上画面でcapsulotomyの深度とlensfragmentationのlinescanの位置を,右下画面でlensfragmentationの深度を決定する.b:CatalysRでの切開位置の設定画面.左画面でXY方向の位置を決めたあと,深度設定はほぼ自動的に設定される.c,d:a,bそれぞれで設定した切開位置での実際の照射の様子capsulotomy,lensfragmentation,cornealincisionが順に行われていく.ab図3Lensfragmentationの照射パターンa:chop(6分割)とCcircleの組み合わせ.chopはC4分割,8分割も選択できる.また,circleのサイズと数も変更可能である.b:frag(賽の目状).賽の目のサイズを変更可能である.時の超音波発振時間の短縮である.マニュアルフェイコのみと比べて有意に短縮することが報告されており1,11),レーザーエネルギー量を考慮すれば角膜内皮細胞密度低下例での有用性が期待される.一方で,レーザーの透過性が低下した混濁例ではClensCfragmentationの効果が得られにくくなり,過熟白内障症例ではほぼ切開不可能となる.C5.Cornealincision主創口切開Cprimaryincisionはトンネル幅,トンネル長のほか,anterior/posteriorCsideCcutangleの設定によりC3面切開とすることが可能であるが,水晶体の切開と比べ注意を要する点がある.一つは切開位置であるが,上方切開を行う場合,老人環や結膜血管侵入があるとレーザーが減衰するため,切開が不十分で開創不全となる.エネルギー設定を高くすることである程度対応可能であるが限界があり,また後述する創口閉鎖不全の原因となる.そのため上方切開を選択する場合は,術前に切開予定位置の角膜透見性を確認し,レーザー減衰が危惧される場合は混濁のない内方(角膜中央側)または左右に切開位置を変える必要があり,それもむずかしい場合は従来のメスによるマニュアル切開が望ましい.筆者はレーザーで創口作製をする場合,透見性の得られやすい耳側で行うこととしている.また,後述するCAKを行う場合,レーザーの安全上の設計から二つの角膜切開を近い位置で設定できないため,創口切開位置とCAK位置が同方向である場合は,同様に切開創をマニュアル作成する必要となる.もう一つは創口閉鎖不全である.フェムトセカンドレーザーでの切開創は,メスによるマニュアル切開と比べ,手術終了時の創口閉鎖が得られにくいという問題点があるが,この原因のひとつに切開エネルギー設定値が関係している.Primaryincisionでのエネルギーの初期設定値はCLenSxCRでC6.0CμJ,CatalysCRでC5.0CμJとなっている.一方,白内障用の機種が使用可能となる以前から使用している角膜切開用のフェムトセカンドレーザーでは,LASIKフラップの作製時はC0.6CμJ,角膜移植でC2.0μJの設定で十分な切開が得られている.高エネルギー量での切開では創口負荷後の創拡大,創口不整が低エネルギーに比べ顕著であるという報告があり12),自験例でもC1.0CμJの設定値で透明角膜では容易な開創を維持したまま良好な創閉鎖を得られるようになった.そのほか,CatalysCRではCposteriorCsideCcutangleをC90°以上に設定することができ,3面切開の方向を,メスによるマニュアル切開では不可能な角膜中央側から周辺側とすることで良好な閉鎖が得られやすくなるとされている.最後に,創口位置の設定誤差がある.外方切開位置が輪部を超えて結膜にかかれば切開不良となり,逆に輪部より中央側に入りすぎると角膜内皮障害や視機能への影響が生じる.そのため輪部に近い透明角膜での切開が理想であるが,②での切開位置設定と,実際に切開された位置に解離が生じる場合がある.症例によるモニター上の見え方の差などが原因として考えられるが,LenSxCRではCVerionCImageCGuidedCSystemRデータの利用や,最新のバージョンアップではCOCTで角膜輪部の断層像をより詳細に表示することが可能となり,位置ずれ予防が図られている.C6.乱視矯正角膜切開白内障用フェムトセカンドレーザーではCAKプログラムが搭載されており,同時施行による乱視軽減が可能である.フェムトセカンドレーザーでは従来のマニュアル切開と比べ,均一な切開幅,深度,位置,角度を得ることが可能となり,再現性のある結果が得られる.また,切開位置を角膜実質内に設定することにより,マニュアル切開では不可能な,角膜上皮を傷つけずに実質のみを切開することが可能である.フェムトセカンドレーザーでは角膜上皮まで切り上げる方法と,この角膜実質内切開(intrastromalAK)の両方が選択できるが,CintrastromalAKでは,角膜上皮のバリア機能が温存され,術後疼痛の抑制と感染などの術後合併症リスクの減少,早期視機能の回復と安定性が利点とされている13).CIntrastromalAKの設定は機種によって異なり,CLenSxRの初期設定では,切開位置が直径C7Cmm,深さが前端は角膜上皮からC60Cμm,後端が角膜厚のC80%の深度で,角度は角膜上皮に対してC90°(垂直)となっている.切開幅はCShallhornのノモグラムから乱視矯正度数に応じて決定しており,矯正量が-1.25DまではC40°,1360あたらしい眼科Vol.C36,No.C11,2019(18)ab図4フェムトセカンドレーザー照射後の手術用顕微鏡下での所見a:LenSxRでの切開後.切開された前.は正円で前房内に遊離している.多数の気泡を前.下および.内に認める.b:CatalysRでの切開後.賽の目状に切開された水晶体核がみてとれる.--図5核処理終了時の残存皮質の状態マニュアル手術時と異なり,前.縁付近の残存皮質は全周前.縁直下より周辺側のみであり,中央側に遊離した皮質片は認めない.-