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フェムトセカンドレーザー白内障手術

2019年11月30日 土曜日

フェムトセカンドレーザー白内障手術FemtosecondLaser-AssistedCataractSurgery脇舛耕一*はじめに眼科領域でのレーザーは,1970年代に網膜光凝固術やYAGレーザーによる後.切開術が使用されたことから始まり,1980年代にはエキシマレーザーによる治療的角膜切除(phototherapeutickeratectomy)や角膜屈折矯正手術(photorefractivekeratectomy),1990年代からは角膜屈折矯正手術法のひとつとしてlaserinsitukeratomileusis(LASIK)が行われるようになった.フェムトセカンドレーザーの眼科での臨床応用は1999年のLASIKでのフラップ作製のための角膜切開が最初であり,2000年代にはLASIKフラップの作製のほか,角膜移植や乱視矯正角膜切開,smallincisionlenticleextraction(SMILE)などに使用されるようになった.フェムトセカンドレーザーの白内障手術への使用は2008年に始まり2009年に最初の臨床報告がなされ1),2010年代には技術の進歩に伴い性能の向上が図られ,現在は世界各国での普及とともに国内でも使用可能となっている.本稿では,フェムトセカンドレーザー白内障手術の原理,構成と臨床的効果について述べる.Iレーザー原理眼科領域で用いられるレーザーの原理の種類としては,おもに網膜病変で使用される光凝固(photocoagula-tion),エキシマレーザーに代表される光切除(photoab-lation)のほか,YAGレーザーやフェムトセカンドレーザーでの光切断(photodisruption)がある.フェムトセカンドレーザーは,フェムト秒(=10-15,1,000兆分の1秒)単位の極短時間パルスの近赤外線レーザー(波長1,030~1,053nm)の照射が可能である.一般的に,レーザー強度はエネルギー強度に比例し,照射面積,照射時間に反比例する(レーザー強度=パルスエネルギー/ビームスポット面積・レーザーパルス時間幅)ため,エネルギー設定を上げずに照射面積を小さく,照射時間を短くすることで,周囲へ影響を及ぼすことなくピンポイントに高出力のエネルギーを照射できる.また,フェムトセカンドレーザーにはytterbium系レーザー媒質としてpotassiumyttriumtungstateなどが使用されており,エネルギー量がYAGレーザーよりも少なく周囲組織への影響が低いという特徴がある.1回の照射で組織蒸散により約10μmの間隙形成が得られ,連続照射により間隙をつなげることで任意の場所での組織切断を得ることが可能である.II実際の臨床使用現在販売されている白内障手術用フェムトセカンドレーザーの機種は複数あるが,2019年の時点で国内で認可されている機種はアルコンのLenSxRとJohnsonandJohnsonのCatalysRの2機種であり,この2機種の運用に沿って述べる.LenSxRでは24時間の温湿度管理(温度18~24℃,湿度65%以下)が必要であり,設置場所での空調設備が必要となる.CatalysRでは24時間の温湿度管理は設定されておらず,使用時に15~32℃,*KoichiWakimasu:バプテスト眼科クリニック〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニック0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(13)1355ab図1Patientinterface(PI)のシェーマa:LenSxRのPI.角膜と接眼面の間にSoftFitTMというソフトコンタクトレンズが入る.b:CatalysRのPI.最初に吸引リングで眼球を固定したあと,中にBSSplusRを入れてドッキングさせる.-ingが生じる問題があった.そのため現在では角膜屈折力が41D未満のフラットタイプ,41-46Dのノーマルタイプ,46Dを超えるスティープタイプの3タイプが使用可能となり,形状に応じて選択することでairpool-ingの問題はほぼ生じなくなった.また,SoftFitTMを角膜に接触させていった際に,涙液メニスカスが角膜中央付近にかかったタイミングで吸引を行うとairpoolingを回避しやすい.CatalysRのPIは接眼部が直接角膜に触れない非接触型となっている.円錐形の吸引リングとレンズ,液体キャッチメントから構成され,間にBSSplusRを入れドッキングさせる浸水式で,角膜に触れないため角膜形状変化をまったく生じさせず,吸引中の眼圧上昇も少ない状態で前眼部から水晶体位置の解析が可能である(図1b).角膜に触れないため角膜曲率を考慮したタイプ分けは不要で,直径が21.6mmと19.0mmの2種類がある.それぞれの特性上,LenSxRでは吸引固定とレーザードッキングが同時であり,CatalysRでは吸引固定を行った後レーザーとのドッキングを行う.その際,とくにLenSxRでは後述する切開位置設定およびcapsulotomyの特性から,ドッキング時に第一眼位で水晶体が水平となっていることが望ましい.また,2機種ともPIサイズが限定されているため,瞼裂狭小例ではPIが入らず吸引固定ができない場合があり,注意が必要である.2.前眼部および水晶体の解剖学的位置の把握と切開位置の決定正確なレーザー切開を得るために必要な解剖学的位置情報の把握として,前眼部光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)の技術が利用されている.白内障手術用フェムトセカンドレーザーに搭載されているOCTはおもに波長820~930nmのspectral-domainOCT(SD-OCT)で,角膜および水晶体の空間位置解析が可能である.LenSxRでは水晶体前.のみcirclescanとよばれる方法で360°把握し,後.深度を含む水晶体全体像はlinescanとよばれる,circlescan画面で選択した位置でのAスキャンのみ,深度8.5mmの位置まで把握する方法である.角膜切開の断層像も,主創口のprimaryincisionと乱視矯正角膜切開(astigmatickeratotomy:AK)ではそれぞれ切開位置の中央部分のみを把握し,サイドポートであるsecondaryincision位置での断層像は把握していない.CatalysRでは1万本以上のAスキャンを行い角膜および水晶体全体を360°,3Dで解析することが可能で,眼球が第一眼位でなくとも角膜および水晶体の傾斜を把握して切開を行うことができる.切開位置の設定法はとくにZ軸(深度)方向において2機種で大きく異なる.最初にcapsulotomy,lensfrag-mentation,cornealincision(併用時はAKも)それぞれのXY方向の位置を決めたあと,LenSxRではcapsu-lotomyでの前.面の最浅部,再深部の位置決定を行う.また,後.面の最浅部位置を選択し,その位置での水晶体断層像からlensfragmentationの深度範囲決定を行う.その後primaryincisionと,AK施行時はその切開深度の決定も微調整する.このように,LenSxRでは各パートでの確認と位置調整が必要であるのに対し,CatalysRでは位置調整はほぼ不要で,ほぼワンクリックずつで各パートをクリアしていくことが可能である(図2a,b).OCTでの解析は,CatalysRのほうが詳細な分,時間もかかる.一方で切開位置決定は,LenSxRのほうが各項目のチェックが必要なためCatalysRよりは煩雑となる.しかし,その分LenSxRでは位置の誤認識をしたまま切開を行うリスクは低い.一方,CatalysRでは自動的に進められるため,まれに誤認識している症例があっても気づきにくく,術者が確認する意識を高めておく必要がある.また,切開創やAKのXY方向の位置決定は,LenSxRでは連携システムの活用が可能であり,VerionImageGuidedSystemRで術前に撮影した前眼部画像とリンクさせることで回旋補正を自動的に行うことができ,また手術中にサージカルガイダンスとしてアライメントを投影することができる.CatalysRでは現在のところそのような連携システムがないため,事前にマニュアルでのマーキングが必要となる.また,いずれの機種にもセーフティマージンが設定されている.Capsulotomyでは切り残しを防ぐためにZ軸方向の選択範囲よりも広く,逆にlensfragmentation(15)あたらしい眼科Vol.36,No.11,20191357cd図2フェムトセカンドレーザーでの切開位置の設定と実際の切開a:LenSxRでの切開位置の設定画面.左画面でXY方向の位置を,右上画面でcapsulotomyの深度とlensfragmentationのlinescanの位置を,右下画面でlensfragmentationの深度を決定する.b:CatalysRでの切開位置の設定画面.左画面でXY方向の位置を決めたあと,深度設定はほぼ自動的に設定される.c,d:a,bそれぞれで設定した切開位置での実際の照射の様子capsulotomy,lensfragmentation,cornealincisionが順に行われていく.ab図3Lensfragmentationの照射パターンa:chop(6分割)とCcircleの組み合わせ.chopはC4分割,8分割も選択できる.また,circleのサイズと数も変更可能である.b:frag(賽の目状).賽の目のサイズを変更可能である.時の超音波発振時間の短縮である.マニュアルフェイコのみと比べて有意に短縮することが報告されており1,11),レーザーエネルギー量を考慮すれば角膜内皮細胞密度低下例での有用性が期待される.一方で,レーザーの透過性が低下した混濁例ではClensCfragmentationの効果が得られにくくなり,過熟白内障症例ではほぼ切開不可能となる.C5.Cornealincision主創口切開Cprimaryincisionはトンネル幅,トンネル長のほか,anterior/posteriorCsideCcutangleの設定によりC3面切開とすることが可能であるが,水晶体の切開と比べ注意を要する点がある.一つは切開位置であるが,上方切開を行う場合,老人環や結膜血管侵入があるとレーザーが減衰するため,切開が不十分で開創不全となる.エネルギー設定を高くすることである程度対応可能であるが限界があり,また後述する創口閉鎖不全の原因となる.そのため上方切開を選択する場合は,術前に切開予定位置の角膜透見性を確認し,レーザー減衰が危惧される場合は混濁のない内方(角膜中央側)または左右に切開位置を変える必要があり,それもむずかしい場合は従来のメスによるマニュアル切開が望ましい.筆者はレーザーで創口作製をする場合,透見性の得られやすい耳側で行うこととしている.また,後述するCAKを行う場合,レーザーの安全上の設計から二つの角膜切開を近い位置で設定できないため,創口切開位置とCAK位置が同方向である場合は,同様に切開創をマニュアル作成する必要となる.もう一つは創口閉鎖不全である.フェムトセカンドレーザーでの切開創は,メスによるマニュアル切開と比べ,手術終了時の創口閉鎖が得られにくいという問題点があるが,この原因のひとつに切開エネルギー設定値が関係している.Primaryincisionでのエネルギーの初期設定値はCLenSxCRでC6.0CμJ,CatalysCRでC5.0CμJとなっている.一方,白内障用の機種が使用可能となる以前から使用している角膜切開用のフェムトセカンドレーザーでは,LASIKフラップの作製時はC0.6CμJ,角膜移植でC2.0μJの設定で十分な切開が得られている.高エネルギー量での切開では創口負荷後の創拡大,創口不整が低エネルギーに比べ顕著であるという報告があり12),自験例でもC1.0CμJの設定値で透明角膜では容易な開創を維持したまま良好な創閉鎖を得られるようになった.そのほか,CatalysCRではCposteriorCsideCcutangleをC90°以上に設定することができ,3面切開の方向を,メスによるマニュアル切開では不可能な角膜中央側から周辺側とすることで良好な閉鎖が得られやすくなるとされている.最後に,創口位置の設定誤差がある.外方切開位置が輪部を超えて結膜にかかれば切開不良となり,逆に輪部より中央側に入りすぎると角膜内皮障害や視機能への影響が生じる.そのため輪部に近い透明角膜での切開が理想であるが,②での切開位置設定と,実際に切開された位置に解離が生じる場合がある.症例によるモニター上の見え方の差などが原因として考えられるが,LenSxCRではCVerionCImageCGuidedCSystemRデータの利用や,最新のバージョンアップではCOCTで角膜輪部の断層像をより詳細に表示することが可能となり,位置ずれ予防が図られている.C6.乱視矯正角膜切開白内障用フェムトセカンドレーザーではCAKプログラムが搭載されており,同時施行による乱視軽減が可能である.フェムトセカンドレーザーでは従来のマニュアル切開と比べ,均一な切開幅,深度,位置,角度を得ることが可能となり,再現性のある結果が得られる.また,切開位置を角膜実質内に設定することにより,マニュアル切開では不可能な,角膜上皮を傷つけずに実質のみを切開することが可能である.フェムトセカンドレーザーでは角膜上皮まで切り上げる方法と,この角膜実質内切開(intrastromalAK)の両方が選択できるが,CintrastromalAKでは,角膜上皮のバリア機能が温存され,術後疼痛の抑制と感染などの術後合併症リスクの減少,早期視機能の回復と安定性が利点とされている13).CIntrastromalAKの設定は機種によって異なり,CLenSxRの初期設定では,切開位置が直径C7Cmm,深さが前端は角膜上皮からC60Cμm,後端が角膜厚のC80%の深度で,角度は角膜上皮に対してC90°(垂直)となっている.切開幅はCShallhornのノモグラムから乱視矯正度数に応じて決定しており,矯正量が-1.25DまではC40°,1360あたらしい眼科Vol.C36,No.C11,2019(18)ab図4フェムトセカンドレーザー照射後の手術用顕微鏡下での所見a:LenSxRでの切開後.切開された前.は正円で前房内に遊離している.多数の気泡を前.下および.内に認める.b:CatalysRでの切開後.賽の目状に切開された水晶体核がみてとれる.--図5核処理終了時の残存皮質の状態マニュアル手術時と異なり,前.縁付近の残存皮質は全周前.縁直下より周辺側のみであり,中央側に遊離した皮質片は認めない.-

多焦点眼内レンズ

2019年11月30日 土曜日

多焦点眼内レンズMultifocalIntraocularLens大鹿哲郎*はじめに「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」はC2008年C7月に先進医療として承認され,それ以来,厚生労働省の認定を受けた医療機関で評価が行われている.手術そのものと眼内レンズの費用は患者の自己負担となるが,それ以外の診察・検査・薬剤などは保険診療でカバーされている.本制度は将来的な保険導入のための評価を行うものとして,未だ保険診療の対象に至らない先進的な医療技術などと保険診療との併用を認めたものであり,実施している保険医療機関は定期的に施行結果を報告することが求められている.その報告に基づきC2年ごとに評価が行われ,先進医療での評価を続けるのか,評価を終えるのかが判断される.CI2020年3月を迎えて「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」は,本稿執筆時点でC900を超える施設で先進医療として行われており,年間(2017年7月1日~2018年6月30日)の実施件数はC23,859件と報告されている.2018年C7月C1日~2019年C6月C30日の統計はまだ公表されていないが,恐らく前年の数倍の施行数となるのではないかと考えられている.多焦点眼内レンズの実施施設数と症例数は,他の先進医療技術を圧倒的に上回るものであり,全科のなかで非常に目立っている(図1).実際,2年ごとに行われる先進医療の評価に際しては,毎回,多焦点眼内レンズを今後どうするのかが問題となり,評価を終えて保険診療に導入するのか,自由診療とするのか,議論が行われている.これまではその議論に決着がつかず,先進医療で評価を継続するという判断となっていたが,2020年C3月で先進医療の枠組みでの評価がC12年に達することから,そろそろ決着すべきであるという各方面の意見がこれまでになく強い.CIIこれまでの評価の経過一般に知られているように,多焦点眼内レンズを挿入した症例では,グレア,ハロー,waxyvision,コントラスト低下などの不具合が一定の割合で発生する.わが国での検討では,多焦点眼内レンズ挿入例のうち不満例はC6.7%で,コントラスト感度低下が原因と思われる自覚的な見え方への訴えが多かったと報告されている1).また,海外の検討では,多焦点眼内レンズ不満症例のうちC4~7%で摘出が行われたとされる2,3).こういった状況では本技術を保険導入することはむずかしく,先進医療での評価を続行することが必要とされてきた.また,2015~2016年には,アルコン社の多焦点眼内レンズ挿入眼にCsubacute-onsettoxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)が多数生じるというでき事があった4).この際,先進医療であるにもかかわらず不具合が当局に報告されなかったことが問題とされ,その点を改善するために先進医療の結論が先送りされたという経緯*TetsuroOshika:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕大鹿哲郎:〒305-8575茨城県つくば市天王台C1-1-1筑波大学医学医療系眼科C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(9)C1351多焦点眼内レンズ陽子線治療重粒子線治療MRI前立腺生検ウイルス眼感染症PCR高周波子宮腺筋症核出術内視鏡下ロボット胃切除術抗悪性腫瘍剤薬剤耐性遺伝子腹腔鏡下広汎子宮全摘術歯科バイオリジェネレーション内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術腹腔鏡下傍大動脈リンパ節郭清S-1内服シスプラチン,胃癌腹腔鏡下センチネルリンパ腺生検FDGポジトロン+アルツハイマー診断MK細胞免疫療法,肺癌細菌真菌眼感染症PCRリツキマシブ,ネフローゼ内視鏡ロボット,子宮頸癌神経変性疾患の遺伝子診断05,00010,00015,00020,00025,000図1先進医療(A,B)92種類の年間実施件数2017年C7月C1日~2018年C6月C30日の実施件数を多いほうから順に並べたもの.図2可能性のある選択肢図3各団体・関係者の関連図

羊膜移植

2019年11月30日 土曜日

羊膜移植AmnioticMembraneTransplantation宮腰晃央*はじめに羊膜移植は眼表面再建に有用であるが,現在使用されている凍結保存羊膜には持ち込み感染の可能性や冷凍保存の煩雑さという問題点が指摘されてきた.これらの問題点を克服するために乾燥羊膜が提唱され,製造方法に関するさまざまな研究が進んできている.富山大学再生医学講座はハイパードライヒト乾燥羊膜(hyper-dryChumanCamnioticmembrane:HD羊膜)を開発し,2016年C1月には再発翼状片に対するCHD羊膜を用いた眼表面再建術が先進医療に承認された.本稿ではCHD羊膜の実際や可能性,今後の課題について紹介する.CI羊膜移植の歴史羊膜は胎盤の最内層を形成する半透明な膜である.組織学的には,単層の円柱上皮,基底膜,実質(海綿層と緻密層)のC3層から構成されている.羊膜には細胞が接着する足場として重要なコラーゲンCIVやラミニンなどの基底膜成分や,細胞の増殖・分化に必要な成長因子が豊富に含まれ,抗炎症,線維化や瘢痕の抑制,血管新生抑制などの作用がある.また,羊膜には血管成分がないため,移植後に拒絶反応を起こすことはまずないといわれている(表1).そのため,羊膜は以前より腟再建や皮膚熱傷後の被覆,腹部手術の際の癒着防止などに応用されてきた.眼科領域では,1995年にCKimとCTsengが家兎眼を用いて難治性眼表面疾患に対する羊膜移植の有用性を初めて報告した1).日本でもC1996年にCTsubotaらが,眼類天疱瘡とCStevens-Johnson症候群に対して羊膜移植が有用であると報告した2).羊膜移植はその後も再発翼状片をはじめとした難治性眼表面疾患に広く用いられてきており,2014年C4月には保険収載されている.しかし,現在用いられている羊膜は凍結保存されており,その問題点もいくつか指摘されている.CIIなぜHD羊膜なのか凍結保存羊膜の問題点は二つある(表2).持ち込み感染症と冷凍保存の煩雑さである.羊膜移植術後の感染症の発生頻度はC3.4%であり3),わが国でもメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantCStaphylococcusaureus:MRSA)感染が報告されている4).また,羊膜の保存には高価で大型の専用冷凍設備(-80℃)が必要であり,どこでも簡単に扱えるものではない.これらの解決策として乾燥羊膜の概念が提唱され,製造方法に関するさまざまな研究が報告されてきた.NakamuraらはCg線照射によって滅菌化され,室温保存可能なCfreeze-driedCamnioticmembraneの臨床応用を初めて報告した5).富山大学再生医学講座ではCHD羊膜を開発した(図1)6).HD羊膜は冷蔵保存可能でCg線照射によって滅菌化されている.CIIIHD羊膜の作り方HD羊膜の作り方の模式図を図2に示す.*AkioMiyakoshi:富山大学大学院医学薬学研究部眼科学講座〔別刷請求先〕宮腰晃央:〒930-0194富山市杉谷C2630富山大学大学院医学薬学研究部眼科学講座C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(3)C1345表1羊膜の利点表2凍結保存羊膜の問題点図1ハイパードライヒト乾燥羊膜の外観乾燥材とともに滅菌梱包されたハイパードライヒト乾燥羊膜の外観(赤矢頭).このまま冷蔵庫に保存可能である.(宮腰晃央ら,ハイパードライヒト乾燥羊膜を用いた外科的再建術,臨床眼科第C72巻第C7号:2018年より許可を得て転載)図2ハイパードライヒト乾燥羊膜の作り方同意が得られた妊婦から帝王切開時に羊膜を採取する.採取後,ハイパードライデバイスにて乾燥させる.乾燥させた羊膜にCg線を照射し滅菌する.図3ハイパードライヒト乾燥羊膜は取り扱いが簡単a:内袋を清潔な器械台に出してそのままハサミで切ることができ,簡単に形をデザインすることができる.Cb:凍結保存羊膜のように絡みつかないので,広げたまま簡単に移動させることができる.(宮腰晃央ら,ハイパードライヒト乾燥羊膜を用いた外科的再建術,臨床眼科第C72巻第C7号:2018年より許可を得て転載)図4再発翼状片に対するハイパードライヒト乾燥羊膜移植術前後の状態a:充血が強く,増殖組織が厚い再発翼状片.b:術後C1年.再発を認めず,鎮静化している.図5再発翼状片に対するハイパードライヒト乾燥羊膜移植の術式a:マーキング.b:頭部・体部を.離し,増殖組織を切除する.c:内直筋を同定し,周囲の増殖組織を除去する.Cd:5,000倍希釈ボスミンを浸したベンシーツで止血する.Ce:0.04%マイトマイシンCCを浸したベンシーツを結膜下にC3分間留置する.Cf:350Cmlの生理食塩水で洗浄する.Cg:露出した強膜上にハイパードライヒト乾燥羊膜を10-0ナイロン糸で縫合する.Ch:翼状片断端を翻転させてC6-0バイクリル糸でC2糸縫合する.Ci:角膜上の翼状片残存組織をゴルフ刀を用いてこすりとり,手術を終了する.その後,ベンシーツに浸したC0.04%マイトマイシンCをC3分間,結膜下に挿入する.強膜から染み出てきた血液をこまめに拭きとり,また露出強膜にベンシーツが接触しないようにも注意する.最後にC350Cmlの生理食塩水でマイトマイシンCCを洗浄する.C4.HD羊膜移植器械台の上でCHD羊膜の表裏を確認し,術野に運ぶ.基底膜側を下にして露出強膜の上にCHD羊膜を置き,少し水分を加える.数分たちCHD羊膜のごわつきが和らいできたら,なるべく強膜に密着させるようにC10-0ナイロン糸で縫合していく.C5.翼状片断端の翻転縫合翼状片断端は翻転させてC6-0バイクリル糸でC2糸縫合し,断端部にテンションがかかるようにしている.C6.残存組織の除去角膜上の翼状片残存組織をゴルフ刀を用いてこすりとる.眼球運動に問題がないこと,縫合離開が生じないことを確認した後,デキサメタゾンを結膜下注射し,治療用ソフトコンタクトレンズを装着させて手術終了とする.C7.術後管理術後は消炎目的のC0.1%ベタメタゾン点眼(1日C4回)をC3カ月,その後はC0.1%フルオロメトロン(1日C4回)に変更し,術後半年まで継続する.治療用ソフトコンタクトレンズは術後C1.2週間装着し,上皮化が得られればはずす.術後C1カ月の時点で可及的に抜糸を施行し,感染予防目的の抗菌薬点眼もこの時点で終了とする.充血が強く,強い炎症・増殖が疑われる場合にはこのかぎりではない.ステロイドレスポンダーでは,カルテオロール塩酸塩点眼を追加し,なるべくC0.1%ベタメタゾン点眼は継続するようにしている.再々発を予防するために,なによりも消炎を優先している.なお,免疫抑制薬の内服や点眼までは行っていない.8.合併症これまでCHD羊膜移植に起因する感染症や拒絶反応,前房蓄膿を伴う無菌性免疫反応を認めたことはない.CVIIHD羊膜の課題HD羊膜は水分を加えることで新鮮羊膜の形態に戻る.しかし,羊膜の乾燥過程で微細構造に損傷が生じ,重鎖ヒアルロン酸複合体,ペントラキシンC3,高分子ヒアルロン酸などの主要蛋白質が消失したとの報告もある8).HD羊膜の乾燥過程においてこれらの蛋白質が消失しているかどうかは,まだ検討されていない.さらに,HD羊膜においてこれらの蛋白質が消失していたとして,臨床的にどこまで影響があるかは不明である.しかし,HD羊膜の抗炎症作用や長期安全性に関して,今後は凍結保存羊膜との比較検討が必要になってくるだろう.CVIIIまとめ1.HD羊膜はCg線滅菌されており,冷蔵保存も可能である.2.HD羊膜は裁断・移動が容易で,取りあつかいが簡便である.3.「増殖組織が角膜輪部を超える再発翼状片」に対して,HD羊膜移植が先進医療に承認されている.4.HD羊膜特有の合併症はなく,凍結保存羊膜移植と同様の成績が期待できる.5.安全性や倫理面に注意しながら基礎データを集積し,さらなる臨床応用が期待される.文献1)KimCJC,CTsengSC:TransplantationCofCpreservedChumanCamnioticmembraneforsurfacereconstructioninseverelydamagedrabbitcornea.Cornea14:473-484,C19952)TsubotaCK,CSatakeCY,COhyamaCMCetal:SurgicalCrecon-structionCofCtheCocularCsurfaceCinCadvancedCocularCcicatri-cialCpemphigoidCandCStevens-JohnsonCsyndrome.CAmJOphthalmolC122:38-52,C19963)MarangonCFB,CAlfonsoCEC,CMillerCDCetal:IncidenceCofCmicrobialCinfectionCafterCamnioticCmembraneCtransplanta-tion.CorneaC23:264-269,C2004(7)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1349-

序説:眼科の先進的医療UP to Date

2019年11月30日 土曜日

眼科の先進的医療UPtoDateAdvancedMedicalCareinOphthalmology外園千恵*溝田淳**現行の治療では治らない疾患,十分に治療できない病態が多々存在する.それらを解決すべく,さまざまな研究が行われるが,臨床の現場に結びつくものは決して多いとはいえない.本特集では,いわゆる“frombenchtoclinic(基礎から臨床へ)”が実現したもの,あるいは実現しつつあるものを取りあげ,実際に行われてきた「先進医療」に加えて,遠くないうちに医療に組み込まれる可能性の高い先進的な医療を紹介する.本特集の9個のトピックスのうち,羊膜移植,多焦点眼内レンズ,角膜ジストロフィーの遺伝子解析,MuliplexPCR,重粒子線治療は,国の「先進医療」として過去に実施された,あるいは現在実施中のものである.「先進医療」とは国民の安全性を確保し,国民の選択肢を広げて利便性を向上するという観点から,保険診療との併用を国が認めたものである.症例数を重ねるなかで,その有用性と安全性が評価されれば,保険診療での実施が可能となる.実際に羊膜移植は先進医療後に保険収載となり,現在では9箇所の組織バンクが安定した供給を行っている.多焦点眼内レンズは承認施設が際立って多い先進医療であり,白内障手術と密接に関係することから眼科の医療経済への影響が大きく,今後の動向が注目される.同様にフェムトセカンドレーザー白内障手術も注目される技術である.設備投資が必要なことから誰でもできるわけではないが,興味のある眼科医も多いであろう.角膜ジストロフィーの遺伝子解析は角膜混濁の進行や治療後の予後の予測に役立っており,MuliplexPCRは原因不明のぶどう膜炎あるいは術後眼内炎などの迅速診断に威力を発揮してきた.いずれも有用性がほぼ確立されたと思われるが,どの企業が解析を行うか,解析にかかる費用,適応疾患の範囲をどうするか,必要とする患者数はどのくらいか,などの検討すべき課題がある.言い換えれば,企業にとってのリスクとベネフィット,保険収載した場合の医療費への影響が,先進医療を次のステップに進めるうえでのハードルと考えられる.遺伝性網膜変性にかかわる遺伝子がつぎつぎと報告されてきたが,網膜変性と遺伝子の関係を俯瞰して捉えることはむずかしい.系統立った遺伝子診断を行えれば,早期発見,早期診断につながり,さらには予後の改善に役立つ.本特集の「遺伝性網膜変性の遺伝子診断」が,皆さまの理解の一助となることを期待する.網膜変性疾患の遺伝子治療は,予後を変える画期的かつ根本的な治療法として国際的にも注目されている.国内ですでに医師主導治験が進行中であり,予後不良な遺伝性網膜変性の患者を前*ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**AtsushiMizota:帝京大学医学部眼科学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(1)1343

わたしの工夫とテクニック 硝子体内注射の練習用モデル眼の試作

2019年10月31日 木曜日

わたしの工夫とテクニックあたらしい眼科36(C10):C1335~C1337,C2019MyDesignandTechnique硝子体内注射の練習用モデル眼の試作要約初心者向けに,硝子体内注射の練習用モデル眼を試作した.ペットボトルの「ふた」をビニールテープで覆い,模擬眼を作製した.テープが貼ってある箇所を模擬強膜とした.短時間でモデル眼は作製でき,硝子体内注射の練習が可能であった.工夫をすれば,眼内に刺入させる注射針の長さを,調整するトレーニングが可能であった.本モデル眼は,細部にこだわらないので,低予算で作製でき,手軽に練習ができる.はじめに硝子体内注射による薬物治療では,手技そのものは熟練を要しないが,留意すべき点がある1~3).有水晶体眼の場合,注射針の接触による外傷性白内障の合併に注意が必要である.発症頻度は少ないが,注射数が大幅に増えているので,その絶対数の増加が懸念されている1).これまでに筆者は,初心者向けに硝子体手術関連の練習用モデル眼を作製し,硝子体内注射や硝子体手術の一部の練習ができることを報告した4).今回,そのモデル眼を改良して,硝子体内注射のトレーニングに特化した模擬眼を試作したので解説する.模擬眼の作製と練習市販されている飲料水のペットボトルの「ふた」とビニールテープで,硝子体内注射の練習用モデル眼を作製した.テープが貼ってある箇所は模擬強膜とした.注射針を刺入する位置は,事前にマークすることができる(図1).このモデル眼は,1~2分程度で作製できた.今回使用したビニールテープの幅はC45Cmm,厚みはC0.18mmである.ヒト強膜の厚みはC0.5~1.0Cmmである.テープをC3~5枚重ねると近似させることができるが,強度が増すTrainingMethodsforIntravitrealInjection上甲覚*ためC1~2枚で十分である.本モデル眼は,テープC1枚で作製してある.この作製したモデル眼を耐震マットの上に乗せて固定した後,硝子体内注射の練習をした.針をC1Cmlの注射器に取り付けた後,定規で眼内に刺入させる長さを確認した(図2a).目標の長さを決めた後,針先に意識を集中して硝子体内注射の練習を行った(図2b).今回は,30ゲージ針を使用しているが,各施設で実際に用いている注射針で何度も練習するのがよい.ビニールテープの代わりにラップフィルムとセロハンテープで模擬強膜を作製すれば,刺入した針先を視認できる(図3).モデル眼と耐震マットの間に,紙や粘土などを挟めば,模擬強膜の刺入部位を意図的に傾けることもできる(図4).本モデル眼は,インスタ映えしない単純な作りであるが,2次創作しやすい.合併症対策の工夫抗CVEGF薬の硝子体内注射による合併症で外傷性白内障を発症し,手術を施行した報告が散見される1,5,6).また,硝子体内注射の既往のある白内障手術では,術中の後.損傷が高いとする報告もある7,8).したがって,有水晶体眼では,注射の位置や角度,患者の固視不良の有無,短眼軸や水晶体の膨隆に対して,より注意が必要と考えられている.通常の硝子体内注射の合併症対策は,細菌性眼内炎の予防に重点が置かれている.術野の消毒以外に,口腔内細菌などの飛沫汚染を防ぐため,患者と術者はマスクを着用する必要がある2,3).だだし,もともと空気中に浮遊している細菌や真菌が注射針に付着する懸念は残る.生体にとって異物である注射針は,どの程度の長さを眼内へ刺入させるのが最善なのか,不明である.エビデンスはないが,眼内に入る針先の*SatoruJoko:国立病院機構東京病院眼科〔別刷請求先〕上甲覚:〒204-8585清瀬市竹丘3-1-1国立病院機構東京病院眼科C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(113)C1335図1硝子体内注射の練習用モデル眼の作製a:飲料用ペットボトルの「ふた」を準備する.Cb:「ふた」の開口部をビニールテープで覆い,輪ゴムで固定し,耐震マットの上に乗せて固定した.テープに描いたC2つの円は,内側は直径C11.0mm,外側はC18.0mmで,幅は3.5Cmmになる.2つの円の大きさや間の幅は,自由に変えることができる.内側の円は,模擬角膜輪部になる.Cc:刺入部位のマークは,円ではなく,実践を意識して点にすることもできる.この点の位置は,模擬角膜輪部から3.5Cmmにしてある.長さは,短いほうが細菌の侵入のリスクは少ない,と個人的には考える.また,不意に患者の眼球が動いても,硝子体内での針の動きは小さくて済む.さらに針の刺入と抜去による強膜創へのストレスも少ないと考える.強膜の厚みは約C1Cmmである.したがって,針先がC3~4図2刺入させる針の長さを意識した練習a:まず,注射器に取り付けた針の眼内に刺入させる長さ,すなわち目標の長さを確認する.今回はC30ゲージ針を用いたが,実際に使用している注射針で練習を行うのがよい.b:ビニールテープの模擬強膜に刺入させるときは,2つの円の幅であるC3.5Cmmの長さを参考にして行うこともできる.練習は,円の刺入位置をずらして繰り返してできる.mm眼内に入れば,硝子体内への薬物注入が十分できる.また,この長さであれば,水晶体に触れる危険はきわめて少ない.注射針が水晶体に触れるリスクのある症例では,眼内に刺入させる針の位置や角度だけでなく,長さも考慮する必要がある.繰り返しトレーニングし,眼内に入れる針先の長さもコントロールできれば,外傷性白内障のリスクを克服できると考える.ただし,硝子体内の刺入した針先の長さが短すぎると,薬液の注入時に針が抜ける可能性がある.また,毛様体無色素上皮下に誤注入する危険性があるので注意が必要である.注射針には,長さのめもりは付いていない.実際に利用できる長さの情報として,以下のことが考えられる.一つは,キャリパーを使ってマークした角膜輪部から針の刺入部位までの距離で,有水晶体眼の場合,通常その幅はC3.5~4Cmmとなる.また,針の長さも参考になる.12Cmmの長さの針の場合は,半分でC6mm,3分のC1でC4Cmmとなる.1336あたらしい眼科Vol.36,No.10,2019(114)図3針先を確認できる模擬眼の作製食品包装用ラップフィルムで「ふた」を覆い,ラップフィルムの一部にセロハンテープを貼り強度を高めた.テープを貼った位置で,硝子体内注射の練習を行った.刺入した針先の確認ができる.刺入された針先が長ければ,その角度が水平方向に傾くと水晶体損傷を起こす1,5,6).本モデル眼では,刺入時の角度や抜去時の角度を意識した模擬練習も繰り返し可能である.また,実際の薬物の代わりに,空気や水を注入する練習も容易にできる.おわりに今回紹介した硝子体内注射のトレーニング方法は,わずかな時間とスペースがあれば可能である.また,衛生面での注意も必要なく,使用したモデル眼と注射針を何度も再利用できる利点もある.文献1)服部知明:抗CVEGF薬硝子体内注射による合併症.あたらしい眼科31:1003-1004,C2014図4モデル眼の傾きの調整今回は使用済みのハガキを利用した.これを細く切り,重ねてテープで固定した後,模擬眼の下に置いた.切ったハガキをC9枚重ねてあるが,異なる種類の紙や枚数を変えれば,傾斜は意図的に調整できる.2)小椋裕一郎,髙橋寛二,飯田知弘:黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン.日眼会誌120:87-90,C20163)猪俣武憲,本田美樹:硝子体内注射の日米ガイドラインの比較.眼科手術30:5-11,C20174)上甲覚,中山馨:新しい眼科手術練習用モデル眼の試作.臨眼72:419-423,C20185)安井絢子,山本学,芳田裕作ほか:硝子体内注射後の水晶体後.破損に対する硝子体手術併用水晶体再建術を施行したC1例.臨眼69:457-460,C20156)加納俊介,清崎邦洋,福井志保ほか:硝子体内注射C1カ月後に診断された外傷性白内障のC1例.あたらしい眼科C36:C544-547,C20197)LeeCAY,CDayCAC,CEganCCCetal:PreviousCintravitrealCtherapyisassociationwithincreasedriskofposteriorcap-suleCruptureCduringCcataractCsurgery.COphthalmologyC123:1252-1256,C20168)ShalchiCZ,COkadaCM,CWhitingCCCetal:RiskCofCposteriorCcapsuleruptureduringcataractsurgeryineyeswithpre-viousCintravitrealCinjections.CAmCJCOphthalmolC177:C77-80,C2017C☆☆☆(115)あたらしい眼科Vol.36,No.10,2019C1337

両眼に視神経管浸潤による視神経障害のみをきたした篩骨洞原発びまん性大細胞型B細胞性悪性リンパ腫の1例

2019年10月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科36(10):1330.1334,2019c両眼に視神経管浸潤による視神経障害のみをきたした篩骨洞原発びまん性大細胞型B細胞性悪性リンパ腫の1例阿部竜大佐藤智人高山圭竹内大防衛医科大学校眼科学教室CACaseofPrimaryDi.useLargeBCellLymphomaoftheEthmoidSinusIn.ltratingtheOpticCanalTatsuhiroAbe,TomohitoSato,KeiTakayamaandMasaruTakeuchiCDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollegeC目的:視神経管浸潤による視神経障害のみをきたした篩骨洞原発びまん性大細胞型CB細胞性悪性リンパ腫(DLBCL)のC1例を報告する.症例:68歳,男性.数週間前より徐々に進行する右眼視力低下で近医眼科を受診し,右眼視神経炎疑いで当院紹介となった.初診時,矯正小数視力は右眼C0.7,左眼C1.2.相対的瞳孔求心路障害(RAPD)は右眼陽性.限界フリッカ値(CFF)は右眼C10CHz,左眼C27CHzであり,前眼部と眼底に特記すべき異常はなかった.複視もなく,眼球突出・眼位も異常なく,眼球運動も正常で眼球運動時痛もなかった.コンピュータ断層撮影で右側が大きい篩骨洞内の腫瘤性病変と右眼視神経管内浸潤があり,生検でCDLBCLと診断された.左眼も同様に視神経管に浸潤し矯正小数視力は右眼光覚弁・左眼C0.3まで低下し視野障害も悪化したが,化学療法による腫瘍の縮小と視神経管浸潤の消失に合わせて改善し,RAPDは右眼陽性が残存したが矯正視力は右眼C0.8,左眼C1.5,CFFは右眼C23CHz,左眼35CHzに回復した.結論:視神経管に浸潤した篩骨洞原発CDLBCLを経験した.視神経障害のみでも腫瘍性病変を検索することが重要である.CPurpose:Toreportacaseofprimarydi.uselargeBcelllymphoma(DLBCL)oftheethmoidsinusin.ltratingtheopticcanalanddefectingbilateralopticnerves.Casereport:A68-year-oldmalewasreferredtoourdepart-mentwithsubacutevisualacuitydefectandvisual.elddefectinhisrighteye.At.rstpresentation,visualacuitywas20/30intherighteyeandrelativea.erentpupillarydefectwaspositiveintherighteye.Duringthecourse,visualCacuitiesCinCbothCeyesCworsened.CComputerizedCtomographyCdisclosedCaCmassCinCtheCethmoidCsinus,CwithCin.ltrationtotherightopticcanal.AfterdiagnosisasprimaryDLBCLbypathologicalexamination,systemicche-motherapyCwasCinitiatedCandCvisualCacuityCimproved.CConclusion:ItCisCimportantCtoCsearchCforCneoplasticClesionsCwithopticnervedisorder.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(10):1330.1334,C2019〕Keywords:視神経障害,視神経管,悪性リンパ腫,化学療法.opticnervedisorder,opticcanal,malignantlym-phoma,chemotherapy.Cはじめに悪性リンパ腫は通常リンパ節ないしは生理的にリンパ組織をもつ臓器に発生し,頭頸部悪性腫瘍における悪性リンパ腫の占める比率は約C10%とされる1,2).頭頸部領域の悪性リンパ腫の好発部位は頸部リンパ節3)やCWaldeyer輪4)だが典型的なリンパ節組織を欠く鼻副鼻腔にも悪性リンパ腫は発生する可能性があり,副鼻腔悪性リンパ腫の発生頻度は頭頸部悪性リンパ腫のC10.25%1,5)とされる.そのなかで,篩骨洞に発生した悪性リンパ腫の場合,視神経,動眼神経,外転神経など,三叉神経のさまざまな神経障害や眼窩部腫脹をきたすことが報告されている6.12).今回,両眼の視神経管に浸潤したことによって視神経障害のみをきたした篩骨洞原発びまん〔別刷請求先〕高山圭:〒359-8513埼玉県所沢市並木C3-2防衛医科大学校眼科医局Reprintrequests:KeiTakayama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8513,JAPANC1330(108)abcd図1初診時の眼底写真とCT画像両眼底・視神経乳頭に異常はなかった(Ca,b)が,CT検査にて両側の篩骨洞に腫瘤性病変,右視神経管浸潤(.)と右眼眼窩内浸潤があった(Cc).また,右後頭葉に陳旧性脳梗塞と考えられる一部低吸収域があった(C.,d).性大細胞型CB細胞性悪性リンパ腫(di.uselargeBcelllym-phoma:DLBCL)のC1例を経験したので報告する.CI症例68歳,男性.1カ月前から右眼の視力低下が出現し徐々に増悪するため近医を受診した.矯正小数視力が右眼C0.8・左眼C1.0,相対的瞳孔求心路障害(relativea.erentpupillarydefect:RAPD)が右眼陽性,限界フリッカ値(criticalCfusionfrequency:CFF)が右眼低下していたとのことで,右眼視神経炎疑いで当院に紹介となった.既往歴として,62歳時に脳梗塞の既往があるが副鼻腔炎はなかった.当院初診時,矯正小数視力は右眼C0.7,左眼C1.2,眼圧は右眼11.0CmmHg,左眼C10.5CmmHg,RAPDは右眼陽性,対座法で右眼耳側の視野狭窄があり,CFFは右眼C10CHz,左眼C27Hzと右眼が優位に低下していた.眼瞼腫脹はなく,眼位は正位,眼球運動は正常で眼球運動痛はなかった.両眼の前眼部・中間透光体・眼底に特記すべき異常なく,視神経乳頭も色調正常・境界明瞭で腫脹はなかった(図1a,b).右眼の球後視神経障害を疑い,占拠性病変の除外診断のために当日に緊急でコンピュータ断層撮影(CT)を施行したところ,両側の篩骨洞に腫瘤性病変,右眼視神経管浸潤,右眼眼窩内浸潤があった(図1c).また,右後頭葉に陳旧性脳梗塞と考えられる一部低吸収域があった(図1d).右視力障害・視野障害の原因として篩骨洞悪性腫瘍の眼窩内浸潤を疑い,耳鼻咽喉科にて内視鏡下鼻副鼻腔手術を施行し病理検査を施行したところ,腫瘍は明瞭な核小体を含有する類円形核を有する比較的大型で核/細胞質(N/C)比の高い腫瘍細胞が一部CstarryCskyappearanceを呈しつつびまん性に増殖し,免疫染色にてCCD20,CD10,bcl-2が陽性だった(図2a.d).転移性悪性リンパ腫を疑い陽電子放出断層撮影を施行したが,同部位以外の有意な集積はなかった(図2e,f).以上から,篩骨洞原発のCDLBCLと診断した.上記精査中のC10日間で視力ef図2病理画像と陽電子放射断層撮影の結果強拡大像(400倍)にて,腫瘍は明瞭な核小体を含有する類円形核を有する比較的大型でCN/C比の高い腫瘍細胞が一部CstarryCskyappearanceを呈しつつびまん性に増殖し(Ca),免疫染色にてCCD20(b),CD10(Cc),bcl-2(Cd)が陽性だった.転移性悪性リンパ腫を疑い陽電子放出断層撮影を施行したが,同部位以外(Ce)の有意な集積はなかった(Cf).スケールバー:50Cμm.障害・視野障害が増悪し,矯正小数視力が右眼光覚弁,左眼に対してシクロフォスファミド・ドキソルビシン・ビンクリ0.3,CFFは右眼測定不可,左眼C25CHzと減少,CT検査にスチン・プレドニゾロンからなるCCHOP療法を施行したとて篩骨洞腫瘤性病変の拡大,右眼眼窩内浸潤の拡大,左眼視ころ,眼窩内浸潤と視神経管浸潤の縮小(図3c)に伴い視神経管への浸潤がみられ(図3a),Goldmann視野検査にて力・視野障害が改善した.治療開始C1カ月にてCRAPDは右右眼測定不能,左眼多数の暗点が出現した(図3b).DLBCL眼陽性と残存したが,矯正小数視力が右眼C0.8,左眼C1.5,図3治療前後でのCT画像とGoldmann視野検査結果CTにて篩骨洞腫瘤性病変の拡大,右眼眼窩内浸潤の拡大,左眼視神経管への浸潤がみられ(Ca),Goldmann視野検査にて右眼は検査不能,左眼に多数の暗点が出現した(Cb).化学療法で腫瘍が縮小し視神経管浸潤が消失すると(Cc),Goldmann視野検査も右眼は耳側の欠損が残存したが,左眼は正常と改善した(Cd,e)CFFが右眼C22CHz,左眼C35CHzに改善し,治療C2カ月にて,矯正小数視力が右眼C1.0,左眼C1.0,CFFが右眼C20CHz,左眼C36CHz,Goldmann視野検査も右眼は耳側の欠損が残存したが,左眼は正常と改善した(図3d,e).現在,血液内科で化学療法を継続している.CII考按今回,片眼性の視力低下・視野障害で発見された,視神経管に浸潤し視神経障害のみが出現した篩骨洞原発CDLBCLの1例を経験した.頭頸部悪性腫瘍全体のなかで悪性リンパ腫は約C10%とされ1,2),副鼻腔原発悪性リンパ腫の発生頻度は頭頸部悪性リンパ腫のC10.25%1,5)とされる.以上から,頭頸部悪性腫瘍のうちで副鼻腔原発悪性リンパ腫は1.3%(10%×10.25%)と予想される.金田らはC36例の副鼻腔原発悪性リンパ腫の症例検討を行い,DLBCLとCNK/Tcelllym-phomaがそれぞれ半数を占め,さらにCCT検査にて悪性リンパ腫に特徴的とされる浸透性進展像はあまり示さずに非特異的所見が多いことを報告した13).本症例では病理検査でDLBCLと確定診断されたが,CT検査にて浸透性進展像を示した点と両眼に進展したために両眼に症状が出現した点が既報とは違う点だった.浸透性進展がみられたため,視神経への圧迫による症状が出現するとともに急速に増悪したと考えられる.篩骨洞に発生した悪性リンパ腫の場合,視神経,動眼神経,外転神経など,三叉神経のさまざまな神経障害や眼窩部腫脹をきたすことが報告されている6.12).本症例では,視神経障害のみが出現,増悪し,その他の神経症状や眼窩部症状は出現しなかった.CT検査でCDLBCLが両視神経管を経由して眼窩先端部に浸潤していたことを確認したが,眼窩先端部に浸潤すると多数の神経症状や血流圧迫による眼窩部腫脹が出現すると考えられる.しかしながら,解剖学的に視神経と非常に密に接している関係にある視神経管への浸潤による視神経圧迫か視神経への浸潤によって,眼窩先端部症候群の症状が出現する前に視神経障害が出現したと考えられる.CHOP療法が奏効したため視神経障害による症状が改善し他の症状は出現しなかったが,もし同療法の効果が不十分な場合には他の神経症状・眼瞼腫脹も出現したと予測される.一般的に視神経症の鑑別診断には造影CMRIが必要とされている14).本症例では,まず占拠性病変の除外のために緊急で検査を行う必要があった.当院では緊急で核磁気共鳴画像検査(MRI)を撮影できないため,CT検査を選択して副鼻腔内腫瘍を発見した.後日,耳鼻科での腫瘍生検前にCMRIを施行して,篩骨洞原発CDLBCLの視神経管への浸潤を確認するとともに視神経を確認している.CIII結論今回,片眼性の視力低下・視野障害で発見され,両眼の視神経管に浸潤することによって視神経障害のみが出現した篩骨洞原発CDLBCLのC1例を経験した.視神経障害のみ場合でも悪性リンパ腫によるものの可能性があるため,球後視神経炎が疑われる場合も画像検査にて腫瘍性病変を検索することが重要である.文献1)久保田修,榎本仁美,善浪弘善ほか:症例をどうみるか鼻副鼻腔悪性リンパ腫のCCT画像の検討.JOHNSC17:C1407-1411,C20012)丹生健一:頭頸部がん.日本癌治療学会誌C50:335-336,C20153)若杉哲郎,三箇敏昭,武永芙美子ほか:頸部リンパ節生検術C114例の臨床的検討.頭頸部外科24:101-107,C20144)長谷川昌宏,古謝静男,松村純ほか:当科におけるワルダイエル輪リンパ腫型CATLのC15症例の検討.日本耳鼻咽喉科学会会報103:1101,C20005)古謝静男,糸数哲郎,新濱明彦ほか:当科における鼻・副鼻腔悪性リンパ腫症例の検討.耳鼻と臨床46:37-40,C20006)後藤理恵子,米崎雅史:三叉神経の単神経障害を初発症状とした悪性リンパ腫例.日本鼻科学会会誌56:103-109,C20177)高橋ありさ,川田浩克,錦織奈美ほか:眼症状を伴った小児の副鼻腔原発CBurkittリンパ腫のC1例.眼臨紀C11:349-352,C20188)山本一宏,神田智子,中井麻佐子:Tolosa-Hunt症候群様症状を呈し,篩骨洞病変で診断された悪性リンパ腫のC1症例.日本鼻科学会会誌41:19-22,C20029)浅香力,三戸聡:外転神経麻痺で発症した蝶形骨洞悪性リンパ腫例.耳鼻咽喉科臨床補冊:48-52,201010)米澤淳子,安東えい子,手島倫子ほか:急速な増大を示した眼窩悪性リンパ腫のC1例.眼臨C97:107-109,C200311)野澤祐輔,佐藤多嘉之,十亀淳史ほか:非ホジキンリンパ腫の一症例.北海道農村医学会雑誌41:100-102,C200912)三浦弘規,鎌田信悦,多田雄一郎ほか:当院における鼻腔・篩骨洞悪性腫瘍の検討.頭頸部癌39:21-26,C201313)金田将治,関根基樹,山本光ほか:鼻副鼻腔原発悪性リンパ腫の検討下鼻甲介腫大を呈する症例の紹介.日本耳鼻咽喉科学会会報121:210-214,C201814)毛塚剛司:【多発性硬化症最前線】視神経炎の鑑別と治療について.神経眼科35:33-40,C2018***

眼窩先端部症候群を合併した眼部帯状疱疹の1例

2019年10月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科36(10):1326.1329,2019c眼窩先端部症候群を合併した眼部帯状疱疹の1例川端真理子*1,2福岡秀記*1向井規子*1,3奥村峻大*1,3岩間亜矢子*1外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2京都市立病院眼科*3大阪医科大学眼科学教室CACaseofOrbitalApexSyndromewithHerpesZosterOphthalmicusMarikoKawabata1,2),HidekiFukuoka1),NorikoMukai1,3),TakahiroOkumura1,3),AyakoIwama1)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospital,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeC症例はC68歳,男性.左眼部帯状疱疹と眼球運動障害を発症した.水痘帯状疱疹ウイルス血清抗体価の上昇と,磁気共鳴画像法ガドリニウム造影検査にて動眼神経および滑車神経の炎症と視神経周囲炎を認めたため,眼窩先端部症候群と診断した.帯状疱疹に対する治療は新規作用機序の抗ヘルペスウイルス薬であるアメナメビル内服を使用し,さらにステロイドミニパルス療法(125Cmg/日)に加え大量ステロイドパルス療法(1,000Cmg/日)を施行することで発症C2カ月で改善を得た.本症例では適切な検査とステロイドパルス療法を行ったことにより,早期の眼合併症状改善と早期の社会復帰につなげることができた.CPurpose:ToCreportCaCrareCcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCwithCherpesCzosterophthalmicus(HZO).CCaseReport:A68-year-oldmalepresentedwithHZOontheleftsideofhisfaceandophthalmoplegiainhislefteye.UponCexamination,ChisCserumCvaricella-zostervirus(VZV)antibodyCtiterCwasCincreased,CandCmagneticCresonanceCimagingshowedgadoliniumenhancementintheleftopticperineuritis,oculomotornerve,andpulley-liketrochlea.HeCwasCdiagnosedCasCorbitalCapexCsyndromeCsecondaryCtoCHZO.CAfterCaC2-monthCsystemicCtreatmentCwithCame-namevir,CaCnovelCantiviralCagentCagainstCVZVCandCherpesCsimplexCvirus,CandCsteroidCpulseCtherapy,CtheCpatient’sCconditionCimproved.CConclusions:WeCconcludeCthatCophthalmoplegiaCsecondaryCtoCHZOCshowedCearlyCimprove-mentviatheproperchoiceofexaminationsandsubsequenttherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(10):1326.1329,C2019〕Keywords:眼部帯状疱疹,眼球運動障害,視神経周囲炎,眼窩先端部症候群,アメナメビル.herpesCzosterCoph-thalmicus,ophthalmoplegia,opticperineuritis,orbitalapexsyndrome,amenamevir.Cはじめに帯状疱疹とは水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が原因となるウイルス感染症であり,一次感染によって神経節に潜伏していたCVZVが,なんらかの原因で再活性化されることで発症する.そのなかでも眼部帯状疱疹は,三叉神経節に潜伏したCVZVが再活性化し,三叉神経第C1枝支配領域の帯状疱疹として発症する.眼部帯状疱疹は眼瞼を含む広範な皮疹に加えて角膜炎,虹彩炎・ぶどう膜炎や結膜炎などを認めることが多いが,ほかにも動眼神経,外転神経,滑車神経麻痺による外眼筋麻痺を引き起こすこともある.まれではあるが中枢神経内感染などによる神経症の合併も報告されている1).帯状疱疹の治療薬としては長年,抗ヘルペスウイルス薬であるアシクロビル,バラシクロビル塩酸塩,ファムシクロビルが用いられてきたが,2017年より新規作用機序をもつアメナメビルが処方可能となった.既報では,帯状疱疹による外眼筋麻痺に対して,従来の抗ヘルペスウイルス薬に加えてステロイド内服や静脈投与での加療が中心に行われているが,その治療方針は確立するに至っていない.今回,眼窩先端部症候群を合併した眼部帯状疱疹に対し,アメナメビルとステロイドパルス療法により著明な改善を得た症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕川端真理子:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町C1-2京都市立病院眼科Reprintrequests:MarikoKawabata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospital,1-2Higashi-Takada,Mibu,Nakagyo-ku,Kyoto604-8845,JAPANC1326(104)図19方向眼位左眼は外転方向以外の運動障害を認める.図2初診時前眼部写真およびフルオレセイン染色(左眼)毛様充血と,5時からC8時にかけての角膜周辺部に浮腫と上皮障害を認める.I症例68歳,男性.特記すべき既往歴はなし.左眼痛と充血を自覚し前医を受診した.点状表層角膜炎および虹彩炎と診断され,0.1%フルオロメトロン左眼C4回/日点眼を開始された.2病日に左顔面に皮疹を認めたため,近医皮膚科を受診し,帯状疱疹の診断にてアメナメビル内服とレボフロキサシン左眼C4回/日点眼を開始された.また,同日頃より複視も自覚しはじめた.7病日には左眼の眼圧上昇(33CmmHg)を認めたためドルゾラミド点眼左眼3回/日,アセタゾラミド500Cmg内服を開始されたが,高眼圧の改善なく,11病日に当院紹介となった.当院初診時の検査では,右眼矯正視力C1.2,左眼矯正視力0.3,右眼眼圧C14CmmHg,左眼眼圧C28CmmHgであった.左前頭部,左眼瞼,鼻尖部といった三叉神経第C1枝領域に痂皮化した皮疹を認め,軽度左眼瞼下垂を認めた.眼位は右眼正位,左眼外転位であり,著明な左眼内転,上転,下転運動障害を認めた(図1).瞳孔径は右眼C3Cmm,左眼C6Cmmと左眼は散瞳固定しており,対光反射が消失していた.左眼には毛様充血を認め,角膜周辺部に上皮障害と角膜浮腫を認め,前房内炎症を認めた(図2).中心フリッカ値は右眼C39CHz,左眼C35CHzであった.図3MRI画像(ガドリニウム造影)左眼窩部(1)視神経周囲炎,(2)動眼神経,(3)滑車神経に炎症を示す造影効果を認める.左眼ヘルペス角膜炎およびヘルペス虹彩炎,左動眼神経麻痺と診断し,アシクロビル眼軟膏左眼C5回/日点入,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム左眼C6回/日点眼,レボフロキサシン左眼C6回/日点眼,ドルゾラミド塩酸塩チモロールマレイン酸塩液(コソプトCR)左眼C2回/日点眼で治療開始した.14日目には,左眼の角膜上皮障害,浮腫ともに改善を認め,前房内炎症も消失し,左眼圧C11CmmHgと低下した.abcd図4HESS試験a:当院初診時C11病日.Cb:ステロイドパルス開始前C53病日.Cc:ステロイドパルス終了後C60病日.Cd:81病日.眼球運動の改善を認める.図581病日前眼部写真(左眼)毛様充血や角膜上皮の状態は改善し,散瞳状態も改善傾向にある.しかし,左眼痛と左動眼神経麻痺は改善を認めなかったため,メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム125Cmg点滴を投与したあとに,プレドニゾロン(PSL)30mg/日をC3日間,また同時にアメナメビルC400Cmg/日をC4日間内服し,点眼薬はベタメタゾンリン酸エステルナトリウム左眼C4回/日へ減量し,その他は継続とした.18病日には,角膜上皮はさらに改善したが,依然,眼痛と動眼神経麻痺は改善を認めなかった.その後もCPSLの投与量を漸減したが,眼球運動障害は改善なく,左眼視力も矯正C0.7以上の改善が乏しいため,25病日に脳神経内科に対診を依頼した.血液検査でCVZV抗体価:IgM1.20(基準値:0.80未満)IgG367(基準値:2.0未満)と高値でありCVZVによる感染初期と考えられ,また磁気共鳴画像法(MRI)ガドリニウム造影検査で,左視神経周囲炎および動眼神経(第CIII脳神経),滑車神経(第CIV脳神経)の炎症を示す造影効果を認めたため(図3),左眼窩先端部症候群と診断された.髄液検査ではリンパ球の増加を認めるもののCVZV-PCRではCDNAを検出しなかったため,髄膜炎への移行のリスクは低いと判断し,54病日よりステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロンC1,000mg/日をC3日間)を入院にて施行し,その後にCPSL50Cmg/日の内服を開始し徐々に漸減した.60病日には眼球運動と矯正視力ともに急激に改善し退院となった(図4).その後もCPSLを漸減するも再発は認めず,左眼散瞳状態は時間経過により徐々に改善傾向である(図5).CII考按眼窩先端部症候群とは,眼窩深部や海綿静脈洞の病変により,視神経(第CII脳神経)と,動眼神経(第CIII脳神経),滑車神経(第CIV脳神経),三叉神経(第CV脳神経),外転神経(第CVI脳神経)が障害される複合神経麻痺であり,主症状は視力低下と眼球運動障害,眼痛である.眼窩深部から海綿静脈洞にかけては,非常に狭い範囲に第CIII.VI神経が走行しており,どの神経が障害されるかによって上眼窩裂症候群や海綿静脈洞症候群とよばれるが,これらに第CII神経障害が加わった場合,眼窩先端部症候群と診断される2).本症例では,眼瞼下垂,瞳孔散大,眼球運動障害を認め,初診時にはヘルペス角膜炎およびヘルペス虹彩炎による視力低下と考えていたが,それらが治癒したあとも視力低下が遷延したことにより,眼窩先端部症候群を疑った.さらに造影CMRI検査にて視神経周囲炎(第CII脳神経)と,動眼神経(第CIII脳神経),滑車神経(第CIV脳神経)の造影効果があったことにより確定診断に至った.Marshらは眼部帯状疱疹の合併症について,頻度の高いものでは,結膜炎(75%),眼瞼浮腫(68%),虹彩炎(54%)があるが,精査すればC29%に眼球運動障害を認め,それらは動眼神経,外転神経,滑車神経の順に多いと報告している1).一方,眼球運動障害のC29%に比して,視神経障害は0.4.1.9%と報告されており1,3)本症例のように眼球運動障害に加えて視神経障害を合併する眼窩先端症候群の例はきわめてまれである4.7).治療に関しては,皮疹に対しては抗ヘルペスウイルス薬の内服投与,神経合併症がある場合は点滴静注を行うとされている.眼球運動障害を合併した既報では,ステロイドは内服投与が中心であり,投与量はC30.60Cmgと体重C1Ckg当たりCPSL1Cmg量から開始されることが多いが,ステロイドミニパルス(PSL500Cmg/日をC3日間)やステロイドパルスを施行した報告もあるなかで,佐藤らの報告では,発症後C3カ月で眼球運動の改善を認めたが8),西谷らの報告は発症後C24カ月でも眼球運動の改善は得られなかった9).本症例における眼球運動障害は,125Cmgステロイドミニパルスで十分な改善が得られなかったため,さらに大量ステロイドパルスを追加することで,治療開始からC1.5カ月で著明な改善を得ることができた.本症例では前医からアメナメビル内服にて加療されていた.従来の抗ヘルペスウイルス薬のアシクロビルやバラシクロビルが核酸類似体であるのに対して,アメナメビルはヘリカーゼ・プライマーゼ複合体として新規作用機序として抗ヘルペスウイルス活性をもつ.VZVへの活性が高いとされており腎排泄性でないことから,腎機能の低下した患者に使用しやすい薬剤となっている.本症例ではアメナメビルで加療を行ったが,眼合併症に対してアメナメビルで加療した既報にはなく,十分な検討はなされておらず,今後のさらなる臨床応用が待たれる.眼球運動障害の自然寛解率は76.5%,2週間からC1.5年(平均C4.4カ月)を要するとされている10).自然寛解が多いとされながらも,眼球突出を伴う全眼筋麻痺や虚血性乳頭炎などのように閉塞性血管炎が疑われる場合はステロイドの全身投与が推奨される2).血管炎が進行し虚血性変化が高度になったことにより眼球癆となった全眼筋麻痺を伴う症例も報告されており11),不可逆な虚血性変化が起こる前に迅速なステロイドの全身投与が必要であるといえる.一方でステロイドの全身投与は,ヘルペス脳炎や髄膜炎への移行,免疫抑制作用による合併症の懸念もあるため,全身状態の評価や投与後の全身管理が重要となる.今後,免疫抑制薬の使用やヒト免疫不全ウイルス(humanCimmunode.ciencyvitus:HIV)感染などにより免疫不全状態の患者が増加すると考えられる.これらは眼部帯状疱疹発症の高いリスク因子であり,なおかつ合併症が強く顕在化しやすいため,その治療と全身管理にはよりいっそうの注意が必要となる12).本症例ではステロイドパルス加療前に,感染症検査および髄液検査を施行し,髄膜炎移行リスクが低いことを確認して治療へと踏み切った.本症例では適切な検査とステロイドパルス療法を行ったことにより,早期の眼合併症状改善と早期の社会復帰につなげることができたといえる.CIII結論眼窩先端部症候群を合併した眼部帯状疱疹に対し,ステロイドパルス療法により著明な改善を得た.適切な時期のステロイドパルス療法は早期の眼合併症状改善と早期の社会復帰を可能とした.文献1)MarshCRJ,CDulleyCB,CKellyV:ExternalCocularCmotorCpal-siesCinCophthalmiczoster:ACreview.CBrCJCOphthalmolC61:677-682,C19772)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,C20053)KahlounCR,CAttiaCS,CJellitiCBCetal:OcularCinvolvementCandCvisualCoutcomeCofCherpesCzosterophthalmicus:CreviewCofC45CpatientsCfromCTunisia,CNorthCAfrica.CJCOph-thalmicIn.ammInfect:4-25,C20144)ArdaH,MirzaE,GumusKetal:OrbitalapexsyndromeinCherpesCzosterCophthalmicus.CCaseCReportsCinCOphthal-mologicalMedicine:854503,C20125)青田典子,平原和久,早川和人ほか:眼窩先端部症候群をともなった眼部帯状疱疹のC1例.臨皮C62:220-223,C20086)曺洋喆,国分沙帆,竹内聡ほか:眼部帯状疱疹に続発した眼窩先端部症候群が疑われたC1例.あたらしい眼科C31:453-458,C20147)岡本真奈,細谷友雅:眼部帯状疱疹に合併した眼窩先端部症候群.目のまわりの病気とその治療,(外園千恵,加藤則人編),p153-155,学研メディカル秀潤社,20158)佐藤里奈,山田麻里,玉井一司:眼部帯状疱疹に続発した全眼筋麻痺.臨眼C62:1223-1227,C19849)西谷元宏,児玉俊夫,大橋一夫ほか:眼部帯状疱疹に続発した海綿静脈洞症候群のC1例.眼紀C53:898-903,C200210)LeeCY,TsaiHC,LeeSSetal:Orbitalapexsyndrome:CanCunusualCcomplicationCofCherpesCzosterCophthalmicus.CBMCInfectDisC15:33,C201511)土屋美津保,輪島良平,田辺譲二ほか:全眼筋麻痺および眼球突出をきたした眼部帯状ヘルペスのC2例.眼臨C81:C855-858,C198712)GhaznawiN,VirdiA,DayanAetal:Herpeszosteroph-thalmicus:diseasespectruminyoungadults.MiddleEastAfrJOphthalmolC18:178-182,C2011

発症後10年でコーツ病を疑う眼底所見を呈した網膜中心静脈閉塞症の1例

2019年10月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科36(10):1321.1325,2019c発症後10年でコーツ病を疑う眼底所見を呈した網膜中心静脈閉塞症の1例神田慶介*1張野正誉*2呉文蓮*3中井慶*4*1関西ろうさい病院眼科*2はりの眼科*3住友病院眼科*4淀川キリスト教病院眼科CACaseofCentralRetinalVeinOcclusionPresentingFundusAppearancelikeCoats’Disease,10YearsafterOnsetKeisukeKanda1),SeiyoHarino2),BunrenGo3)andKeiNakai4)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiRosaiHospital,2)HarinoEyeClinic,3)CHospital,4)DepartmentofOphthalmology,YodogawaChristianHospitalCDepartmentofOphthalmology,Sumitomo背景:網膜中心静脈閉塞症を発症しC10年以上経過後に,周辺部にのみコーツ病のように多量の硬性白斑が出現したC1例を報告する.症例:44歳,女性.1995年に右眼の網膜中心静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫を発症し,薬物療法,硝子体手術により加療された.その後黄斑浮腫の再燃もなく視力良好であったが,10年以上経過後に周辺部から硬性白斑が増加し,成人型コーツ病のように多発連続した形態を示した.しかし,レーザー光凝固により改善した.結論:網膜中心静脈閉塞症は,急性期を過ぎ,いったん寛解したと考えられても,硬性白斑を伴う滲出性の病変が出現することもある.それにより成人型コーツ病との鑑別が困難となる場合がある.CBackground:WereportacaseofdeterioratedCRVOinwhichmultiplehardexudatesresemblingCoats’dis-easeCincreasedConlyCperipherally,C10CyearsCafterC.rstConsetCofCCRVO.CCase:WeCreportCtheCcaseCofCaC44-year-oldCfemalewhodevelopedmacularedemawithCRVOinherlefteyein1995,andwastreatedwithinfusiontherapy,oralCtreatmentCandCvitrectomy.CVisualCacuityCwasCmaintainedCatC20/20CwithoutCtheCrecurrenceCofCmacularCedema.CHowever,CmoreCthanC10CyearsCafterC.rstConset,ChardCexudatesCincreasedConlyCinCtheCperipheralCretina,CandCpro-gressed,CeventuallyCdemonstratingCadult-onsetCCoats’Cdisease-likeC.ndings.CTherapeuticCphotocoagulationCwasCe.ective.Conclusion:AfterCRVOisresolvedintheposteriorpolelesion,anexudativelesionwithhardexudatesmaydevelop.Di.erentiationfromadult-onsetCoats’diseasemaytherebybecomedi.cult.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(10):1321.1325,C2019〕Keywords:網膜中心静脈閉塞症,硬性白斑,コーツ病,網膜周辺部,無灌流領域.centralretinalveinocclusion(CRVO),hardexudates,Coats’disease,peripheralretina,non-perfusionarea(NPA)C.Cはじめに網膜中心静脈閉塞症(centralCretinalCveinocclusion:CRVO)は,黄斑浮腫や血管新生がおもな治療の対象である.後者は,無灌流領域(non-perfusionarea:NPA)の広さにより,10乳頭径以上は虚血型,それ以下は非虚血型と診断され治療されている1).筆者らは,CRVOの後極の病変がいったん寛解後C10年以上たって周辺部から硬性白斑が増加しコーツ病を疑う眼底所見を呈したCCRVOのC1例を経験したので,周辺部の網膜血管変化とその臨床経過を中心に報告する.周辺部の血管異常やCNPAを,長期にわたり観察した報告はまれである.CI症例症例はC44歳,女性.10日ほど前からの右眼の視力低下を主訴にC1995年C7月に淀川キリスト教病院眼科(以下,当科)を受診した.右眼の矯正視力はC0.7であり,黄斑浮腫および眼底全象限に火炎状出血としみ状出血を認めた(図1).両眼とも白内障はごく軽度であった.既往症として高血圧があった.〔別刷請求先〕神田慶介:〒660-8511兵庫県尼崎市稲葉荘C3-1-69関西ろうさい病院眼科Reprintrequests:KeisukeKanda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiRosaiHospital,3-1-69Inabasou,Amagasaki,Hyogo660-8511,JAPANC図11995年7月,初診時の右眼眼底写真眼底全象限に火炎状出血としみ状出血を認めた.矯正視力は0.7.図21996年8月,硝子体手術後の右眼眼底写真網膜出血はかなり減少したが,乳頭上にCCRVOが原因と考えられるシャント血管がループを形成していた.矯正視力はC0.3.図32003年12月,右眼FA写真赤道部より周辺を中心に毛細血管瘤の多発と,約C2乳頭径の無灌流領域,黄斑部に蛍光色素の漏出を認めた.矯正視力はC1.2.画像は残っていないが,同年C8月のフルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangiography:FA)により,NPAはみられず,非虚血型CCRVOと診断した.ウロキナーゼC12万単位と低分子デキストランC250Cmlの点滴をC5日間行い,以降ワーファリン内服による抗凝固療法をC5カ月間行った.その後,右眼の視力は徐々に低下し,1996年C1月にはC0.2(矯正不能)となった.同月,黄斑浮腫に対して硝子体手術を施行し後部硝子体.離の作製を行った.術後の眼底を図2に示す.網膜出血はかなり減少したが,乳頭上にCCRVOが原因と考えられるシャント血管がループを形成していた.徐々に視力は改善しC2002年には矯正視力C1.0となった.2003年頃より眼底C11時方向の赤道より周辺に硬性白斑が出現し,FAでは耳上側に軽度のCNPAと網膜毛細血管瘤の多図42009年4月,右眼眼底写真周辺部の硬性白斑は軽度の増加を認めるのみである.矯正視力は1.0.発,毛細血管の透過性亢進を認めた(図3).その後,視力も良好であったためか通院中断された.2007年C2月,右眼の視力低下を主訴に当科を再診した.右矯正視力はC0.5であり,中等度の核性白内障を認めた.白内障による視力低下と考え,同年C3月に右眼白内障手術を行った.術後の右眼矯正視力はC0.9であった.その後半年ごとに再診し,2009年C10月時点で右眼矯正視力C1.0であり安定していると考え不調時再診を指示した.硬性白斑はわずかに増加を認める程度であった(図4).2015年C3月,右眼視力低下を訴え再診した.右眼の矯正視力はC0.6であった.右眼の後発白内障を認めたためCYAGレーザーによる後.切開術を施行した.眼底は網膜周辺部の9.1時に硬性白斑の範囲が拡大し,成人型コーツ病のよう図52015年5月,右眼眼底写真と光干渉断層計(OCT)写真硬性白斑が多発し,連続性を示していた.一部,網膜毛細血管腫様の変化を認めた(C.).OCTで黄斑部の形態は異常を認めなかった.矯正視力はC1.0.図72016年1月,光凝固後1カ月の右眼眼底写真硬性白斑の範囲はほぼ変わっていなかった.に多発連続した形態を示した.一部に網膜毛細血管腫様の変化もみられた(図5).2015年C12月,視力は保たれていたが,今後の中心窩への影響を危惧し毛細血管障害部およびCNPAに散発的に光凝固を行い,網膜毛細血管腫様変化をきたした部位に直接光凝固を行った(図6,7).条件はC200μm,0.2秒,120発であった(使用レンズはMainsterCPRPC165Lens,波長は532nm).その後,周辺部の硬性白斑はゆっくりと減少を認め,1年以上の経過後でも視力は良好に保持されている(図8).図62015年5月,右眼のFA写真とOCT写真FAで網膜新生血管の存在は明らかでなかった.黄斑部に軽度蛍光漏出を認めたが,OCTでは黄斑浮腫を認めなかった.周辺部に約C15乳頭径のCNPAを認めたが,後極部に虚血性変化は認めなかった.後に破線部分に光凝固を施行した.矯正視力はC1.0.図82017年2月の眼底写真光凝固からC1年以上経過し,硬性白斑は減少し,沈着の範囲も縮小していた.矯正視力はC1.0.CII考按本症例はCCRVO発症後C10年以上たってから,周辺部に網膜血管腫様の変化と,成人型コーツ病を疑う多発連続する硬性白斑を認めたものである.周辺部の毛細血管の軽微な透過性亢進が持続し,硬性白斑が増加したものと考えた.本症例では急性期を過ぎ,後極の血管が正常化しても,周辺部の血管の変化が長期に残存していた.本症例では通常のCRVOと経過が異なったのか,もしくは通常の症例では周辺のために気がつかれなかった経過が本症例で認識されたものと考えられる.周辺部のCNPAの広さは,2003年(図3)の時点でいったん安定していたのか,その後に徐々に拡大したのか,FA検査を最周辺部まで繰り返し撮影することが困難であったこともあり,明確ではない.最終的に周辺部のCNPAがC10乳頭径以上(図6)となり,定義上虚血型に移行していたといえる.周辺部に約C15乳頭径のCNPAを認めるが,後極部に虚血性変化は認めなかった.すなわち本症例では,後極部の眼底出血の増加や網膜静脈の再度の拡張を認めず,周辺部にのみ循環障害を残したものと考えられる.既報では網膜静脈分枝閉塞症(branchCretinalCveinCocclu-sion:BRVO)から成人型コーツ病様の変化をたどったものがある2,3).しかし,これらの報告では初診時より成人型コーツ病様の滲出性変化が起こっている点,初期から虚血型のBRVOである点,血管交差部に近接した部位や後極がおもな病変部位である点で,本症例とは異なる.近年,光干渉断層計の進歩,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬の普及によりCCRVOの病態の理解が格段に進んだ.また,広角眼底撮影の開発により,周辺部CNPAに関する議論が注目を集めるようになっていきている.それらによると,通常のCCRVOでは,眼底のCNPAが広いほど黄斑浮腫が増悪し,視力低下とも相関すると報告されている4.6).本症例ではCNPAの拡大後も黄斑浮腫の増悪はなく視力低下も認めなかった.また,その他の報告では後極部のCNPAと灌流領域との境界ではCFAで蛍光漏出を認めることが多いが,周辺部ではCNPAと灌流領域の境界では漏出はごくわずかであるとされている4).しかし,周辺部の血管異常からきわめて緩徐に硬性白斑が広範囲に増加した報告はない.本症例のようなケースの存在にも留意すべきである.1996年に黄斑浮腫に対する硝子体手術を行った.合併症なく通常の型どおり手術を終了しており,手術により網膜血管の異常に影響を与えたとは考えにくい.本症例では,透過性の亢進した異常血管を光凝固で閉塞,瘢痕化させる目的のため,および色素上皮層から脈絡膜への滲出液の吸収を期待して,散発的にレーザー加療を行った.網膜毛細血管腫様変化以外の直接光凝固は行わず,虚血網膜すなわちCNPAを中心に行った.NPAから産生されるCVEGFを減少させ,異常血管からの漏出を軽減させる目的で行った.時間は要したが,硬性白斑はゆっくり減少した.その治療根拠は成人型コーツ病の周辺部に対するレーザー加療に準じたものとした.硬性白斑が減少したことから,レーザー光凝固の効果があったと考えられた.本症例のように初期からの経過が追えた場合は,大量の硬性白斑はCCRVOの変化に伴う周辺部の滲出性変化であると診断することができる.しかし仮に,初診時にすでにCCRVOの後極の変化が落ち着いており,周辺部の変化のみが目立つ場合,診断に苦慮するかもしれない.鑑別は成人型コーツ病やイールズ病などがあげられる.成人型コーツ病7)との鑑別はむずかしい.本症例のように乳頭に血管ループを形成するなど過去のCCRVO発症を疑う所見があれば,CRVOの長期変化によるものと診断できる.成人型コーツ病は,周辺部の滲出性変化に起因する病態が主体で,乳頭に血管ループを形成することはない.イールズ病はおもに両眼性で,周辺部から後極に向けて進行する網膜血管の強い閉塞所見が主体となる疾患である8).本症例ではC2009年の眼底写真(図4)でわずかな硬性白斑を認めているが,2015年の受診時では同部位を含む広範囲で硬性白斑の拡大を認めた.このように始めは微小な周辺部の変化であっても,長期の変化で強い滲出性変化を伴うことがある.網膜静脈閉塞症では定期的に最周辺部の変化を経過観察することが望ましい.成人型コーツ病と診断されたもののなかに網膜静脈閉塞症に続発するものがあるかもしれない.近年,超広角走査レーザー検眼鏡を用いることで従来の眼底カメラよりも網膜周辺部の観察が容易となった.BRVOにおいて比較的高率に静脈閉塞の存在しない網膜周辺部に網膜血管外漏出がみられたという報告9)もあるが,本症例のように広範囲な滲出性変化を認めたものはまだ報告されていない.しかし,今後この方法を駆使することにより,多数例での経過観察が容易になり,最周辺の血管異常の病態解析が進歩することが期待される.本症例から,CRVOは急性期を過ぎていったん寛解したと考えられても長期の観察が必要であり,注意深い周辺部の観察で異常血管や硬性白斑などがみられた場合は,適宜CFAを施行して病態を解析することが重要である.文献1)CentralVeinOcclusionStudyGroup:Naturalhistoryandclinicalmanagementofcentralretinalveinocclusion.ArchOphthalmolC111:1087-1095,C19932)LuckieAP,HamiltonAM:AdultCoats’diseaseinbranchretinalCveinCocclusion.CAustCNCZCJCOphthalmolC22:203-206,C19943)ScimecaG,MagargalLE,AugsburgerJJ:Chronicexuda-tiveischemicsuperiortemporal-branchretinal-veinobstruc-tionCsimulatingCCoats’Cdisease.CAnnCOphthalmolC18:118-120,C19864)SpaideRF:PeripheralCareasCofCnonperfusionCinCtreatedCcentralCretinalCveinCocclusionCasCimagedCbyCwide-.eldC.uoresceinangiography.RetinaC31:829-837,C20115)SingerM,TanCS,BellDetal:AreaofperipheralretinalnonperfusionCandCtreatmentCresponseCinCbranchCandCcen-tralretinalveinocclusion.RetinaC34:1736-1742,C20146)JaniPD,VeronicaKJ,MauriceL:In.uenceofperipheral8)MohammedCK,CBaraziCR,CMurphyP:EalesCdisease.In:CischemiaCinCtheCdevelopmentCofCmacularCedema.CInvestCRetina,4thed.ElesvierMosby,Philadelphia,p1479-1482,OphthalmolVisSciC53:908,C2012C20067)SmithenLM,BrownGC,BruckerAJetal:Coats’disease9)鈴木識裕,太田聡,島田郁子ほか:網膜静脈閉塞症におCdiagnosedCinCadulthood.COphthalmologyC112:1072-1078,ける超広角蛍光眼底造影の有用性.眼臨紀C6:650-653,C2005C2013***

側頭部殴打にて後房型有水晶体眼内レンズが脱臼し観血的整復が必要だった1例

2019年10月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科36(10):1317.1320,2019c側頭部殴打にて後房型有水晶体眼内レンズが脱臼し観血的整復が必要だった1例山本彌佐藤智人高山圭神田貴之竹内大防衛医科大学校眼科学教室CACaseofImplantableCollamerLensDislocationCausedbyBlowtoTempleWataruYamamoto,TomohitoSato,KeiTakayama,TakayukiKandaandMasaruTakeuchiCDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollegeC目的:頭部殴打にて後房型有水晶体眼内レンズ(ICL)が脱臼したC1例を報告する.症例:33歳,男性.両側頭部の殴打後(左側頭部C2回,右側頭部C1回)の左眼視力低下で受診した.10年前に他院で両強度近視・乱視に対しCICL挿入術が施行され,裸眼小数視力は両眼C1.5だった.初診時,左眼小数視力は裸眼C0.4(矯正C1.5),眼圧はC14CmmHg,右側頭部に皮下血腫と左眼眼瞼に皮下血腫がみられたが,眼球運動は正常で眼窩底骨折はなかった.左眼の前眼部に前房出血とCICLの鼻側側が虹彩上に脱臼し,眼底は網膜振盪を呈していた.散瞳および仰臥位によるCICL整復を試みたが戻らず,観血的整復を要した.術後,炎症は消失し矯正視力は良好でCICLは虹彩下に復位したが乱視が残存した.その後外科的にCICLのトーリック軸を修正し,乱視は消失した.結論:頭部外傷によりCICLは脱臼・回転することがあり,観血的処置により整復が可能であっても乱視の残存に留意することが必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCposteriorCimplantableCcollamerlens(ICL)dislocationCcausedCbyCtempleCblow.CCasereport:A33-year-oldmalewasreferredtoourdepartmentwithvisualacuitydefectafterreceivingablowtoChisCleftCtemple.CHeChadCreceivedCposteriorCtoricCICLCimplantationC10CyearsCbefore,CandCpreviousCtoCtheCtempleCblowChadCuncorrectedCvisualacuity(UCVA)ofC30/20CinCtheCleftCeye.CAtC.rstCpresentation,ChisCUCVACwasC20/50ClefteyeandICLhadbeencapturedbytheirisandrotated.Aftersurgicalrepositioning,UCVAwasnotimproved,duetoastigmatism.Additionalrotationsurgerywasnecessarytodecreaseastigmatism.Conclusion:ICLdisloca-tionCmayCoccurCwithCaCblowCtoCtheCtempleCatC10CyearsCafterCimplantation.CPatientsCwithCICLCshouldCtakeCcareCregardingheadtrauma,includinghandblows.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(10):1317.1320,C2019〕Keywords:有水晶体眼内レンズ,脱臼,外傷,後房型.implantablecollamerlens,dislocation,trauma,posterior.はじめに近視は世界的に増加傾向を示しており,2050年には世界人口のC50%が近視に分類され,さらにC10%が強度近視になると予測されている1).とくに東アジアにおいて有病率が高く,わが国においても成人の近視率が世界平均より高い2,3).近視矯正法として眼鏡使用およびコンタクトレンズ装用が主流だが,一度施行すればメンテナンスが不要であり,裸眼視力で眼鏡の煩わしさから解放されるとのことで屈折矯正手術を受ける割合が増加している.屈折矯正手術は以前よりさまざまな手術方法が開発されてきた.当初は角膜をメスで放射状に切開するCrefractiveker-atectomyが施行されたが,エキシマレーザーやフェムトセカンドレーザーにより可能となったCphotorefractiveCkera-tectomy,laserCinCsitukeratomileusis(LASIK)やClaser-assistedCsub-epithelialkeratectomy,さらにはCsmallCinci-sionClenticuleCextractionCsmallCincisionClenticuleCextraction(ReLexSMILE)によって一般的な手術となった4.6).2010年に有水晶体眼に眼内レンズ(implantableCcollamerlens:ICL)を挿入するCICL挿入術が認可された7).ICL挿入術での創は小さく,術後合併症もCLASIKに比べ少ない可能性が〔別刷請求先〕高山圭:〒359-8513埼玉県所沢市並木C3-2防衛医科大学校眼科医局Reprintrequests:KeiTakayama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8513,JAPANCabcd図1初診時顔面写真・前眼部写真・眼底写真両側頭部の眉毛外側を殴打され,左が強く腫脹している(Ca).左眼の前眼部に結膜出血がみられ(Cb),ICLの鼻側側が虹彩上に脱臼していた(Cc).眼底は鼻側・下方の周辺部網膜に網膜振盪(白色部)があった(Cd).指摘されており8),ICL挿入術の施行数は増加傾向である9,10).今回,頭部打撃にて後房型CICLが脱臼し,観血的整復が必要だったC1例を経験したので報告する.CI症例33歳,男性.両側頭部の殴打直後(左C2回,右C1回,図1a)の左眼視力低下で当院を受診した.10年前に他院で両強度近視に対し後房型CICL挿入術が施行され,殴打前の裸眼小数視力は両眼C1.5と良好だった.初診時,裸眼での小数視力は右眼C1.5,左眼C0.4と左眼低下していたが,矯正視力では左眼(1.5C×.0.25D(cyl.5.00DAx20°),オートレフラクトメータCsph:+1.25Dcyl:C.3.50DAx:29°と強い乱視があり,眼圧は右眼C17CmmHg,左眼C14CmmHgだった.右側頭部に皮下血腫と左眼瞼に皮下血腫があったが,眼球運動は正常で眼窩底骨折はなかった.左眼の後房型CICLの鼻側側が虹彩上に脱臼し(図1b,c),軽度の前房出血があった(図1c).眼底は周辺部に網膜振盪があった(図1d).水晶体動揺および前房内硝子体脱出は術前では確認できなかった.また,ICLのトーリック軸は約C135°にあった.当初,非観血的整復である散瞳および仰臥位安静によるCICL整復を試みたが整復せず,観血的整復が必要と判断し,緊急入院・観血的整復を施行した.点眼麻酔・消毒ののち,角膜創を作製して前房を粘弾性物質で置換したうえで,ICLを虹彩下に再挿入,その後前房内を洗浄し縮瞳させて整復を終了した.ICL挿入時に入れられたトーリック軸が整復時には不明であったため,ICLの角度はそのままの位置にした.術C2週間後,左眼CICLの位置は正常の後房に復位し(図2a)周辺部網膜振盪は消失したが(図2b),左眼矯正視力は(1.5C×.0.25D(cyl.5.00DAx20°),オートレフラクトメータCsph:+0.25Dcyl:C.5.00DAx:19°と乱視が残存した.整復術後にCICL挿入を施行した前医に確認したところ,ICL施行時のトーリック軸はC7°であった.その後待機的にICL回転術を施行し,左眼矯正視力は(1.5C×.0.25D(cyl.0.75DAx155°)となり,全乱視が改善した(図3).CII考察今回,殴打によって後房型CICLが脱臼・回転したC1例を経験した.後房型CICLが外力によって脱臼したという報告は海外では散見されるが11,12),筆者らが調べるかぎりわが国では初めての報告である.既報での後房型CICL脱臼の原因は転倒や殴打などの鈍的外傷によるものが多く11,12),また受傷部位も前頭部から後頭部まである.本症例も同様に,図ab図2整復術後2週間の前眼部写真・眼底写真整復術後,ICLの位置は正常位に復位し(Ca),周辺部網膜振盪は消失した(Cb).1aのとおり眼球正面ではなく眉毛外側からの殴打が原因で脱臼した.側方.やや後方からの衝撃によって前方への外力がかかり虹彩上に脱出・回転した可能性がある.また,後房型CICL挿入術から外傷による脱臼までの期間は,既報ではC4カ月からC6年の幅があるが12.14),本症例ではCICL挿入術施行から受傷までC10年であった.後房型CICL挿入眼は長期経過後でも衝撃時にCICLが脱臼する可能性があり注意する必要がある.本症例では,外傷性にCZinn小帯が断裂している可能性も否定できないこと,整復術前にトーリックレンズの軸位置が不明であったため,脱臼部位からそのままの位置で虹彩下に再挿入とした.当院初診でのCICLの軸は前眼部写真から約C135°であった.整復術後に取り寄せできた前医での診療記録・手術記録からは,ICL挿入術前に角膜乱視がC.4.0D・軸C12°がありトーリックレンズ(TICM125V4C.16.5+4X90)を軸C7°で挿入し術後乱視はC0であった.整復術後に乱視が残存(C.5.0D軸20°)してしまった原因として,殴打の衝撃によってCICLが脱臼とともに回転し,そのままの位置で整復したために約C50°のトーリック軸ずれとなったために,レンズの乱視矯正効果が消失したことが考えられる.LASIKは後遺症としてドライアイ15)や角膜上皮接着不良16),グレアやハローによる夜間視力の低下の可能性がある17).さらに,術後の近視化も問題とされ18),裸眼視力で夜間の活動が必要とされる職業で問題となる可能性がある.一方,ICLは術時の創も小さく上述したCLASIKの後遺症とされる症状の発現が少なく19,20),また白内障手術時や必要時には眼内から除去可能であるため21,22),今後,屈折矯正手術としてCICLが挿入される患者が増加することが予想される.しかしながら,本症例のように鈍的外傷を受けた場合,ICL脱臼およびCICL回旋が生じて裸眼視力が低下し,観血的整復術が必要となる可能性がある.図3待機的に施行したICL回転術の術直前写真整復したCICLのトーリック軸(C.)は前医で施行されていたトーリック角度(C━)から回転していた.今回,側頭部への殴打によってCICLが脱臼・回転し,観血的整復および軸位置の調整を必要とした症例を経験した.ICL挿入眼は挿入後長期間経過しても脱臼する可能性があり,整復時には前医のデータを収集し,ICLが乱視矯正レンズが用いられている場合は軸度数を確認することが重要である.わが国でも今後の施行例増加に伴い本症例と同様の合併症が増加することが予測される.文献1)HopfCS,CPfei.erN:EpidemiologyCofCmyopia.COphthalmo-logeC114:20-23,C20172)川崎良:近視および強度近視の疫学と疾病負担.日本の眼科88:1459-1466,C20173)WuPC,HuangHM,YuHJetal:Epidemiologyofmyopia.AsiaPacJOphthalmol(Phila)C5:386-393,C20164)小橋長英,坪田一男:屈折矯正手術.あたらしい眼科C35:C11-15,C20185)川守田拓:屈折矯正手術.眼科手術31:519-522,C20186)小島隆司:SMILE手術と術後成績.IOLC&CRSC31:552-557,C20177)荒井宏幸:強度近視に対する屈折矯正手術(有水晶体眼内レンズ).OCULISTA:53-60,20168)野口三太朗:MiniWellReady.あたらしい眼科35:1089-1090,C20189)神谷和孝,五十嵐章史,林研ほか:屈折矯正手術前向き多施設共同研究.眼科手術31:392-396,C201810)五十嵐章史:屈折矯正手術の最新動向.視覚の科学37:36-40,C201611)MoshirfarCM,CStaggCBC,CMuthappanCVCetal:TraumaticCdislocationofimplantedcollamerphakiclens:acasereportandreviewoftheliterature.OpenOphthalmolJC8:24-26,C201412)SchmitzCJW,CMcEwanCGC,CHofmeisterEM:DelayedCpre-sentationCofCtraumaticCdislocationCofCaCVisianCImplantableCCollamerLens.JRefractSurgC28:365-367,C201213)Espinosa-MattarCZ,CGomez-BastarCA,CGraue-HernandezCEOCetal:DSAEKCforCimplantableCcollamerClensCdisloca-tionCandCcornealCdecompensationC6CyearsCafterCimplanta-tion.OphthalmicSurgLasersImaging43Online:e68-72,C201214)KongCJ,CQinCXJ,CLiCXYCetal:ImplantableCcollamerClensCdislocation.OphthalmologyC117:399.Ce391,C201015)CohenCE,CSpiererO:DryCeyeCpost-laser-assistedCinCsitukeratomileusis:majorCreviewCandClatestCupdates.CJOph-thalmolC2018:4903831,C201816)TingCDSJ,CSrinivasanCS,CDanjouxJP:EpithelialCingrowthCfollowingClaserCinCsitukeratomileusis(LASIK):preva-lence,riskfactors,managementandvisualoutcomes.BMJOpenOphthalmolC3:e000133,C201817)SalzJJ,BoxerWachlerBS,HolladayJTetal:NightvisioncomplaintsafterLASIK.OphthalmologyC111:1620-1621;Cauthorreply1621-1622,200418)IkedaCT,CShimizuCK,CIgarashiCACetal:Twelve-yearCfol-low-upCofClaserCinCsituCkeratomileusisCforCmoderateCtoChighmyopia.BiomedResIntC2017:9391436,C201719)PackerM:Meta-analysisandreview:e.ectiveness,safe-ty,CandCcentralCportCdesignCofCtheCintraocularCcollamerClens.ClinOphthalmolC10:1059-1077,C201620)GuberI,MouvetV,BerginCetal:ClinicaloutcomesandcataractCformationCratesCinCeyesC10CyearsCafterCposteriorCphakicClensCimplantationCforCmyopia.CJAMACOphthalmolC134:487-494,C201621)LiCS,CChenCX,CKangCYCetal:FemtosecondClaser-assistedCcataractsurgeryinacataractouseyewithimplantablecol-lamerClensinsitu.JRefractSurgC32:270-272,C201622)AlmalkiCS,CAbubakerCA,CAlsabaaniCNACetal:CausesCofCelevatedCintraocularCpressureCfollowingCimplantationCofCphakicintraocularlensesformyopia.IntOphthalmolC36:C259-265,C2016C***

病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄が奏効した緑膿菌による壊死性強膜炎の2例

2019年10月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科36(10):1312.1316,2019c病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄が奏効した緑膿菌による壊死性強膜炎の2例厚見知甫明石梓下山剛徳永敬司原ルミ子加古川中央市民病院眼科CTwoCasesofNecrotizingScleritisDuetoPseudomonasAeruginosaCChihoAtsumi,AzusaAkashi,TsuyoshiShimoyama,TakashiTokunagaandRumikoHaraCDepartmentofOphthalmology,KakogawaCentralCityHospitalC症例1:78歳,男性.2013年C4月に左眼の翼状片手術を受け,6月より左眼痛と充血が出現しステロイドおよび抗菌薬点眼にて治療が開始されたが改善せず,当科を紹介受診となった.抗菌薬全身投与後も改善がなく,結膜・強膜融解部分を切開し培養提出を行ったところ,融解した鼻側強膜よりCPseudomonasaeruginosaが検出された.まずC0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩で連日洗浄を開始したが,経過中,他部位に結膜下膿瘍を認めたため,洗浄液をポビドンヨードに変更し,病巣の切除,洗浄を繰り返したところ病巣部は徐々に縮小し,瘢痕治癒した.症例2:69歳,男性.2011年に硝子体出血に対して左眼の水晶体再建術および硝子体切除術が施行された.2016年C10月に左眼痛と充血が出現しステロイドおよび抗菌薬点眼にて治療後も改善せず,当科紹介となった.融解した鼻側強膜からCPseudo-monasaeruginosaが検出され,症例C1と同様に病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄を行い,最終的に瘢痕治癒した.CPurpose:ToCreportC2CcasesCofCnecrotizingCscleritisCdueCtoCPseudomonasCaeruginosa.CaseReports:Case1involvedCaC78-year-oldCmaleCwhoCwasCreferredCafterCsteroidCandCantibioticCdropsCwereCfoundCine.ectiveCforCtheCtreatmentofpainandhyperemiainhislefteyethatoccurred2monthsafterpterygiumsurgery.Anasalconjunc-tival/scleralCtissueCsamplesCwereCobtainedCforCculture,CandCtreatmentCwithCsystemicCantibioticsCwasCinitiated.CTheCculturesCwereCfoundCpositiveCforCP.Caeruginosa.CTreatmentCwithCsystemicCantibioticsCwasCdiscontinued,CandCdailyCwashingCwithCpovidoneCiodineCwasCinitiated.CHowever,CaCsubconjunctivalCabscessCdevelopedCinCaCdi.erentCarea.CAfterCresection,CtheCdailyCwashingCwithCpovidoneCiodineCwasCresumedCandCtheCsymptomsCwereCresolved.CCaseC2Cinvolveda69year-oldmalewhobecameawareofpaininhislefteye5yearsafterundergoingvitreousandcata-ractCsurgeryCforCaCvitreousChemorrhage.CScleritisCwasCdiagnosed,CandCsteroidCandCantibioticCeyeCdropsCwereCpre-scribed.However,hewasreferredtoourinstitutionafterhissymptomsdidnotimprove.P.aeruginosawasisolatedfromnasalnecrotizingsclera.AsinCase1,dailywashingwithpovidoneiodinewasinitiated,whichresultedintheresolutionofsymptoms.Conclusion:Dailywashingwithpovidoneiodinewasfounde.ectiveforthetreatmentofnecrotizingscleritisduetoP.aeruginosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(10):1312.1316,C2019〕Keywords:緑膿菌,壊死性強膜炎,ポビドンヨード,結膜下膿瘍,結膜切開,排膿.Pseudomonasaeruginosa,necrotizingscleritis,povidone-iodine,subconjunctivalabscess,conjunctivalincision,abscessdrainage.Cはじめに類されている1).今回,筆者らはまれな緑膿菌による壊死性壊死性強膜炎はしばしば強膜穿孔をきたす難治性疾患であ強膜炎のC2例を経験し,繰り返し病巣の切開,排膿,16倍る.病因として,自己免疫性疾患に合併するもの,ウイルス希釈ポビドンヨードによる洗浄を施行し,病勢を終息させるや細菌などによる感染によるもの,および特発性のC3群に分ことができたので報告する.〔別刷請求先〕厚見知甫:〒675-8611兵庫県加古川市加古川町本町C439加古川中央市民病院眼科Reprintrequests:ChihoAtsumi,DepartmentofOphthalmology,KakogawaCentralCityHospital,439Kakogawacho,Honmachi,Kakogawa-city,Hyogo675-8611,JAPANC1312(90)〔症例1〕78歳,男性.主訴:左眼痛と充血.現病歴:2013年C6月より左眼痛,充血が出現し近医を受診した.モキシフロキサシン,ベタメタゾン点眼が開始されたが改善せず,精査加療目的に同年C7月某日加古川中央市民病院(以下,当院)紹介となった.既往歴:糖尿病,膵臓癌(手術後).眼科手術歴:2013年C3月左眼白内障手術,2013年C4月左眼翼状片手術(マイトマイシン使用については不詳).初診時所見:視力は右眼(1.0C×sph+1.0D(cyl.1.5DCAx80°),左眼(0.4C×sph.0.5D(cyl.1.5DAx90°),眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C18CmmHgであった.左眼に膿性白色の眼脂と毛様充血および前房蓄膿を認め(図1),眼底には上方と耳側に脈絡膜.離を認めた.血液検査ではCRPは2.01Cmg/dlと軽度上昇,白血球数はC6,040/μlと正常値であった.血沈はC1時間値C59mmと亢進していたが,リウマチ因子は9CIU/ml,抗核抗体はC40倍未満と陰性で,自己免疫性疾患を疑わせる所見は認めなかった.経過:臨床所見から細菌感染によるものを疑い,同日より入院のうえ,モキシフロキサシン,セフタジジム,バンコマイシンの点眼,チエペネムC0.5CgC×2/日の点滴治療を開始した.また,白内障術後C3カ月であったため術後眼内炎の可能性も考え前房洗浄を施行し,前房水を提出したが培養検査の結果は陰性であった.治療開始後も病状に改善傾向がなく,また,鼻側結膜下に白色の膿瘍病巣を認めたため排膿目的に同部位の切開を行ったところ,病巣の底部には硬い板状Ccalci.cationplaque(図2)を認め,周囲の強膜は壊死性変化を伴い菲薄化していた.16倍希釈ポビドンヨードで病巣を洗浄後,切開部は強膜を露出したままとし翌日から連日C0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩を用いてC1日C1回洗浄を行った.入院C1週目に眼脂および切除したCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeruginosaが検出され,薬剤感受性を参考に,点眼液をバンコマイシンからトブラマイシンに変更した.いったんは改善傾向にあったが,入院C3週目に他部位にも同様の結膜下膿瘍(図3)が出現したため,病巣部結膜を切開し排膿を行ったうえで,今回はC16倍希釈ポビドンヨードを用いてC1日C1回の創部洗浄を連日行ったところ,徐々に病巣は縮小した.入院約C6週目で洗眼を中止し,点眼治療のみ継続したところ瘢痕化が得られたため,治療開始からC9週目に退院となった(図4).その後点眼を漸減し中止したが,強膜の強い菲薄化は残存するものの再発は認めていない(図5).〔症例2〕69歳,男性.主訴:左眼痛と充血.現病歴:2016年C10月初旬に左眼痛が出現し近医を受診し図1症例1:初診時前眼部写真結膜毛様充血,前房蓄膿を認める.図2症例1:左眼鼻側融解した結膜下にCcalci.cationplaqueを認める.図3症例1:新たに出現した上方の結膜下膿瘍点眼点滴モキシフロキサシンセフタジジムバンコマイシントブラマイシンチエペネムセフタジジム入院1W3W4W6W9W退院クロルヘキシジン(洗眼)ポビドンヨード(洗眼)切開排膿★★★★図4症例1:治療経過モキシフロキサシン,セフタジジム,バンコマイシンの点眼,チエペネムの点滴治療を開始した.病状に改善傾向がなく,鼻側結膜下に認めたCcalci.cationplaqueを切除し,0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩で病巣を連日洗浄した.入院C1週目に眼脂および切除したCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeru-ginosaが検出され,感受性を参考に抗菌薬の点眼,点滴を変更した.入院C3週目に他部位に結膜下膿瘍が出現したため,そのつど病巣を切除しC16倍希釈ポビドンヨードによる洗浄を入院C4週目からC6週目まで繰り返し行った.図5症例1:治療1年後の前眼部写真図7症例2:結膜切開後結膜下にCcalci.cationplaqueを認める.図6症例2:初診時前眼部写真結膜毛様充血,鼻側結膜に白色病巣を認める.た.左眼結膜充血と前房内炎症を認め,モキシフロキサシン,ベタメタゾンの点眼加療が開始されたが,眼痛の増悪と所見の悪化があり,精査加療目的にC10月某日当院紹介となった.既往歴:糖尿病,慢性腎不全(透析中),狭心症.眼科手術歴:2011年左眼硝子体出血に対し白内障手術および硝子体手術.初診時所見:視力は右眼(1.0C×sph.2.0D(cyl.1.5DCAx90°),左眼C0.03(矯正不能),眼圧は右眼C10mmHg,左眼12CmmHgであった.左眼は全周性に球結膜充血と毛様充血があり,鼻側結膜に一部膿状の黄白色病巣(図6)を認めた.角膜には既往の腎不全に伴うと推測される帯状角膜変性部位があり,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.眼底には既存のトブラマイシンセフタジジムシプロフロキサシン点眼点滴内服入院1W2W3W4W5W6W7W8W9W10W再入院退院退院ポビドンヨード(洗眼)切開排膿★★★★図8症例2:治療経過モキシフロキサシン,セフメノキシム塩酸塩,トブラマイシンの点眼,セフタジジムの点滴治療を開始した.入院C6日目,結膜下に認めたCcalci.cationplaqueを切除し,16倍希釈ポビドンヨードで洗浄した.眼脂およびCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeruginosaが検出された.いったんは改善がみられ退院となったが,退院後再度疼痛と下方の結膜充血の悪化をきたしたため,再入院のうえ同様の処置を行った.その際に採取した強膜の膿瘍病変からもCPseudomonasaeruginosaが検出された.その後,多発する結膜下膿瘍に対し切開・洗浄を繰り返し行った.図9症例2帯状角膜変性部に角膜障害を認める.図10症例2:治療開始1年半後の前眼部写真糖尿病網膜症を認めるのみであった.血液検査ではCCRPは0.86Cmg/dlと軽度上昇,白血球数はC6,690/μlであった.リウマチ因子はC9CIU/ml,抗核抗体はC40倍未満と陰性で自己免疫性疾患を疑わせる所見は認めなかった.経過:感染性強膜炎を疑い,同日より入院のうえ,モキシフロキサシン,セフメノキシム塩酸塩,トブラマイシンの点眼,セフタジジムC0.5Cg48時間毎(透析中のため)の点滴治療を開始した.治療開始後も自他覚所見の改善が得られなかったため,入院C6日目に病巣の切開排膿およびC16倍希釈ポビドンヨードによる洗浄を行ったが,その際症例C1と同様に強膜に癒着したCcalci.cationplaqueを認めた.また,周囲の強膜は軟化し,強い壊死性変化も伴っていた(図7).後日,眼脂およびCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomo-nasaeruginosaが検出され,薬剤感受性を参考にシプロフロキサシンの内服を追加した.症例C1の経験からC16倍希釈ポビドンヨードで病巣の洗浄を続け,いったんは改善がみられ治療開始C4週目に退院となったが,退院後再度疼痛と下方の結膜充血の悪化をきたしたため,退院後C1週目に再入院のうえ,同部位に対しても再度同様の処置を行った.同部位の強膜は融解し膿瘍を形成しており,その際に採取した,壊死した強膜片からもCPseudomonasaeruginosaが検出されたが,Ccalci.cationplaqueの形成はなかった.その後,切開・洗浄を繰り返したところ,徐々に病巣部が縮小し,瘢痕化が得られたため,発症C10週間で退院となった.当院での治療経過を図に示す(図8).複数回に及ぶ希釈ポビドンヨード洗浄により,帯状角膜変性部に角膜障害が遷延したが血清点眼などで治療を行い,徐々に改善した(図9).治療開始後C1年半が経過し,強膜の菲薄化は残存し,ぶどう膜が透見されているII考按一般的に壊死性強膜炎の病因は感染性自己免疫性,特発性の三つに大別できる1)が,自己免疫性疾患に伴うものが圧倒的に多い.感染性そのものは強膜炎のC5.10%を占める2)と報告されており,とくに緑膿菌による壊死性強膜炎は翼状片切除後の報告が多く,Huangら3)は翼状片切除後の壊死性強膜炎C16例中C13例で培養により緑膿菌が検出されたと報告している.硝子体手術や斜視手術後でも報告はあるが,眼科手術歴と発症までの時期は一定でない4,5).今回のC2症例でも,症例C1は白内障手術後C3カ月,翼状片手術後C2カ月で発症しているが,症例C2では眼手術後C5年が経過してからの発症であった.緑膿菌による壊死性強膜炎の発症機序については明らかではないが,2症例とも既往の手術創と病巣が一致しており,手術後に局所的な強膜の軟化が起こり易感染性の状態が継続していた可能性が高い.また,両者とも既往に糖尿病があり,全身的に免疫機能の低下があったことも影響したと推測される.緑膿菌感染では特徴的なCcalci.cationplaqueを強膜に認めることがあるとされ6),今回のC2症例ともに病変部に同所見が確認され,後日培養で緑膿菌が検出された.緑膿菌感染による壊死性強膜炎は薬物治療のみでは治療に難渋することが多いが,これは菌が産生するプロテアーゼが組織を破壊しバイオフィルムを形成することで,薬剤が病巣部に到達しにくい環境となり,感染の遷延化,難治化に関与している7,8)と考えられている.Calci.cationplaqueはバイオフィルムの結果生じる所見であり,緑膿菌感染を疑う有力な所見となりうる.いったんバイオフィルムが形成されると薬剤は到達しにくくなるため,緑膿菌による強膜炎では外科的治療が有効とされ,その一つに病巣部の膿瘍切除,殺菌作用のあるポビドンヨード液・生食による洗眼9)がある.今回のC2症例でも結膜を切開,排膿し,calci.cationplaqueを切除したうえで洗浄することにより,薬剤の浸透性が増し,殺菌作用が向上したことが病勢の鎮静につながったと考えられた.また,2症例とも初発の病巣と隣接した部位に新たな病巣が出現し,結果的に複数回の外科的治療を要した.これは初回治療の時点で切開部隣接の結膜下に緑膿菌が残存し,感染を再燃させた可能性が高く,初回の切開排膿や病巣切除をできるだけ広く行うことが重要と考えられた.ポビドンヨード液には細菌,ウイルスに幅広く有効で,耐性ができにくいという利点があるが,一方で粘膜障害,角膜障害が生じるリスクもある9)ため,ポビドンヨードによる治療中は角膜障害に注意が必要であると考えられた.他の外科的治療方法として病巣部への保存強膜移植や大腿筋膜移植などの報告があり良好な成績を納めているが10,11),手技の簡便さや薬剤入手の容易さを考慮すると,長期治療期間を要するもののポビドンヨードによる洗浄はどの施設でも施行でき,有効な治療方法と思われる.薬物治療に抵抗し,融解した強膜にCcalci.cationCplaqueを伴う場合は緑膿菌感染の可能性を念頭におき,早期に広範囲の切開・排膿,病巣切除ならびにポビドンヨード液を用いた洗眼などの外科的治療を検討すべきである.文献1)RaoCNA,CMarakCGE,CHidayatAA:Necrotizingscleritis:CAclinic-pathologicstudyof41cases.Ophthalmology92:C1542-1549,C19882)RamenadenCER,CRaijiVR:ClinicalCcharacteristicsCandCvisualCoutcomesCinCinfectioussclerosis:aCreview.CClinCOphthalmolC7:2113-2122,C20133)HuangCFC,CHuangCSP,CTsengSH:ManagementCofCinfec-tiousscleritisafterpterygiumexcision.Cornea19:34-39,C20004)RichRM,SmiddyWE,DavisJL:Infectiousscleritisafterretinalsurgery.AmJOphthalmolC145:695-699,C20035)ChalDL,AlbiniTA,McKeownCAetal:InfectiousPseu-domonasCscleritisCafterCstrabismusCsurgery.CJCAAPOSC17:423-425,C20136)DunnCJP,CSeamoneCCD,COstlerCHBCetal:DevelopmentCofCscleralCulcerationCandCcalci.cationCafterCpterygiumCexci-sionandmitomycintherapy.AmJOphthalmol112:343-344,C19917)亀井裕子:細菌バイオフィルムとスライム産生.あたらしい眼科17:175-180,C20008)戸粟一郎,久保田敏昭,松浦敏恵ほか:緑膿菌による壊死性強膜炎の一例.臨眼57:25-28,C20039)松本泰明,三間由美子,河原澄枝ほか:緑膿菌性壊死性強膜炎のC1例.あたらしい眼科22:1253-1258,C200510)SiatiriCH,CMirzaee-RadCN,CAggarwalCSCetal:CombinedCtenonplastyCandCscleralCgraftCforCrefractoryCPseudomonasCscleritisCfollowingCpterygiumCremovalCwithCmitomycinCCCapplication.JOphthalmicVisRes132:200-202,C201811)児玉俊夫,鄭暁東,大城由美:壊死性強膜炎に対して大腿筋膜移植が奏効したC3例.臨眼65:647-653,C2011***