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ブリモニジン/チモロール配合点眼液の原発開放隅角緑内障(広義)および高眼圧症を対象とした第III相臨床試験―チモロールとの比較試験

2020年3月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(3):336?344,2020?ブリモニジン/チモロール配合点眼液の原発開放隅角緑内障(広義)および高眼圧症を対象とした第II相臨床試験―チモロールとの比較試験新家眞*1福地健郎*2中村誠*3関弥卓郎*4*1公立学校共済組合関東中央病院*2新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野*3神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野*4千寿製薬株式会社PhaseIStudytoEvaluatetheE?cacyandSafetyofNovelBrimonidine/TimololOphthalmicSolutionComparedwithTimololOphthalmicSolutioninPatientswithPrimaryOpen-angleGlaucoma(BroadDe?nition)orOcularHypertensionMakotoAraie1),TakeoFukuchi2),MakotoNakamura3)andTakuroSekiya4)1)KantoCentralHospitaloftheMutualAidAssociationofPublicSchoolTeachers,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,3)DepartmentofSurgery,DivisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)SenjuPharmaceuticalCo.,Ltdはじめに緑内障は,わが国における視覚障害原因の第1位を占めているが1),根本治療法はなく,エビデンスに基づいた唯一確実な治療法は眼圧下降である2).緑内障診療ガイドラインでは,薬物治療を行う場合,まず単剤(単薬)療法から開始し,有効性が十分でない場合には多剤併用(配合点眼剤を含む)〔別刷請求先〕新家眞:〒158-8531東京都世田谷区上用賀6-25-1公立学校共済組合関東中央病院Reprintrequests:MakotoAraie,M.D.,Ph.D.,KantoCentralHospitaloftheMutualAidAssociationofPublicSchoolTeachers,6-25-1Kamiyoga,Setagaya-ku,Tokyo158-8531,JAPAN336(88)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYを行うとされており2),多剤併用患者は年々増えている3?5).その一方で,アドヒアランスの低下や点眼剤に含まれる保存剤による角膜上皮障害,点眼間隔を十分に空けずに点眼することによる治療効果の減弱(洗い流し効果)などの多剤併用治療特有の問題も発生している6?8).それらを軽減または回避するため,多剤併用の際には配合点眼剤の使用による患者のアドヒアランスを考慮する必要がある2).現在,わが国で承認されている配合点眼剤の有効成分の組み合せはプロスタグランジン関連薬とb遮断薬,または炭酸脱水酵素阻害薬とb遮断薬の組合せのみであることから,上記以外の組み合わせの配合点眼剤の開発は治療の選択肢を拡大するという点において臨床的意義があると考える.0.1%ブリモニジン酒石酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼剤(以下,SJP-0135)は,a2作動薬であるブリモニジン酒石酸塩とb遮断薬であるチモロールマレイン酸塩を有効成分とする,わが国初のa2作動薬を含む配合点眼剤である.ブリモニジン酒石酸塩は第二選択薬として使用される薬剤であり,房水産生抑制およびぶどう膜強膜流出促進することで眼圧下降効果を示す9).臨床試験においては他の緑内障治療薬と併用することでさらなる眼圧下降効果が得られている10).また,眼圧下降効果に相応しない視野維持効果があることも報告されている11).チモロールマレイン酸塩は第一選択薬として使用される薬剤であり,房水産生抑制により眼圧下降効果を示す12,13).わが国では,ブリモニジン酒石酸塩点眼剤の使用患者の約6割にb遮断薬が併用されている14).SJP-0135は作用機序の異なる両有効成分を配合していることから,相加的な眼圧下降効果が期待される.海外では,0.2%ブリモニジン酒石酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼剤(COMBIGAN,米国Allergan,Inc.)が60を超える国と地域で承認,販売されている.今回は,SJP-0135の第III相比較試験として,原発開放隅角緑内障(広義)または高眼圧症を対象に,SJP-0135の有効性(眼圧下降効果)および安全性について,SJP-0135の有効成分の一つである0.5%チモロールマレイン酸塩点眼剤(以下,チモロール)を対照に比較検討したので報告する.I方法1.実施医療機関および治験責任医師本治験は,2017年3月?2017年12月に表1に示す全国67医療機関で実施した.治験開始に先立ち,すべての医療機関の治験審査委員会で審議され,治験の実施が承認された.本治験は,ヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則,本治験実施計画書,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」第14条第3項および第80条の2に規定する基準,ならびに「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)に関する省令」などの関連規制法規を遵守して実施した.治験の実施状況の登録は,UMIN-CTRに行った(UMIN試験ID:UMIN000026472).2.目的SJP-0135を4週間点眼したときの有効性(眼圧下降効果)および安全性について,チモロールを対照に比較検討する.さらに,参照群として0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼剤(以下,ブリモニジン)およびチモロールの併用群を設定し,SJP-0135の有効性および安全性が各単剤の併用と同程度であることを確認する.3.対象対象は,原発開放隅角緑内障(広義)または高眼圧症と診断され,チモロールを4週間投与後の眼圧が18.0mmHg以上で,表2の基準に該当する患者とした.すべての被験者から治験参加前に文書による同意を得た.4.方法a.被験薬被験薬は,点眼剤1ml中にブリモニジン酒石酸塩を1.0mg,チモロールを5.0mg(チモロールマレイン酸塩として6.8mg)含有する水性点眼剤である.b.治験デザイン・投与方法本治験は,多施設共同無作為化単遮閉(評価者遮閉)並行群間比較試験として実施した.観察期にチモロールを両眼に1回1滴,1日2回(朝および夜),4週間点眼した後,治療期に,SJP-0135群はSJP-0135およびSJP-0135基剤(プラセボ)点眼剤,チモロール群はチモロールおよびプラセボ点眼剤,併用群(参照群)はブリモニジンおよびチモロールを,両眼に1回1滴,1日2回(朝および夜),4週間点眼した.治験薬の点眼間隔は5分以上10分以内とした.遮閉性を確保するため,SJP-0135群およびチモロール群ではプラセボ点眼剤を用い,すべての投与群で2剤の治験薬を点眼した.治験デザインを図1に示した.治験薬は点眼容器を小箱に入れて封緘し,外観上の識別不能性を確保した.治験薬の割付は,割付責任者が,識別不能性を確認したのち,無作為割付を行った.被験者への割付は,観察期終了日(治療期開始日)の眼圧値の2時間値および観察期終了日(治療期開始日)の2時間値のスクリーニング検査日からの変化値を因子とし,施設および各因子の群間のバランスを確保するため,動的割付を行った.SJP-0135群,チモロール群,併用群の割付比は,3:3:1とした.割付表は厳封し,開鍵時まで割付責任者が保管した.c.被験者数SJP-0135群とチモロール群の眼圧下降の差を1.0mmHg,共通の標準偏差を約2.8mmHgと推定し,有意水準両側5%,検出力90%と設定し,必要な評価被験者数を各群166例と表1実施医療機関および治験責任医師実施医療機関治験責任医師実施医療機関治験責任医師富士見台眼科浅野由香医療法人社団緑泉会南波眼科南波久斌三橋眼科医院三橋正忠医療法人かがやきくぼた眼科久保田泰隆道玄坂加藤眼科加藤卓次医療法人菅澤眼科医院菅澤啓二成城クリニック松﨑栄医療法人泰明堂福島アイクリニック狩野廉医療法人社団はしだ眼科クリニック橋田節子医療法人前田眼科前田秀高医療法人社団ひいらぎ会若葉台眼科佐藤功医療法人創夢会むさしドリーム眼科武蔵国弘たまがわ眼科クリニック關保尾上眼科医院尾上晋吾医療法人社団富士青陵会なかじま眼科中島徹医療法人稲本眼科医院稲本裕一医療法人社団ムラマツクリニックむらまつ眼科医院村松知幸医療法人湖崎会湖崎眼科湖崎淳医療法人社団優あい会小野眼科クリニック小野純治杉浦眼科杉浦寅男医療法人社団橘桜会さくら眼科松久充子ふじつ眼科藤津揚一朗北川眼科医院北川厚子医療法人社団鈴木眼科鈴木克佳医療法人良仁会柴眼科医院柴宏治新井眼科医院新井三樹東北大学病院津田聡医療法人杏水会右田眼科右田雅義福井大学医学部附属病院稲谷大松村眼科医院松村明東京大学医学部附属病院坂田礼医療法人慶明会宮崎中央眼科病院髙岸麻衣北里大学病院松村一弘姶良みやもと眼科宮本純孝岐阜大学医学部附属病院川瀬和秀医療法人陽山会井後眼科馬渡祐記熊本大学医学部附属病院井上俊洋医療法人恕心会さめしま眼科鮫島基泰株式会社日立製作所土浦診療健診センタ坪井一穂医療法人耕真会えとう眼科クリニック江藤耕太郎医療法人社団いとう眼科大原睦子新潟大学医歯学総合病院福地健郎医療法人社団悠琳会しぶや眼科クリニック渋谷裕子さいとう眼科齋藤代志明医療法人社団泰成会こんの眼科今野泰宏医療法人社団豊栄会さだまつ眼科クリニック貞松良成医療法人社団優美会川口あおぞら眼科清水潔医療法人社団済安堂お茶の水・井上眼科クリニック岡山良子医療法人社団恵香会やまぐち眼科クリニック山口恵子医療法人健究社スマイル眼科クリニック岡野敬医療法人社団深志清流会清澤眼科医院清澤源弘神戸大学医学部附属病院中村誠いまい眼科今井雅仁みなもと眼科皆本敦医療法人社団善春会若葉眼科病院吉野啓医療法人社団仁香会しすい眼科医院呉輔仁医療法人高橋眼科髙橋研一東海大学医学部付属東京病院山崎芳夫医療法人豊潤会松浦眼科医院松浦雅子東邦大学医療センター大橋病院石田恭子野村眼科野村亮二東海大学医学部付属病院中川喜博医療法人湘山会眼科三宅病院三宅豪一郎祇園すやま眼科クリニック須山貴子長坂眼科クリニック長坂智子みぞて眼科溝手秀秋吉村眼科内科医院吉村弦算出した.併用群は参照群とし,評価被験者数を55例とした.中止脱落を考慮し,SJP-0135群,チモロール群の目標被験者数を各群175例,併用群を58例,合計408例と設定した.5.検査・観察項目眼圧,最高矯正視力,眼科的所見(結膜・眼瞼・角膜),眼底,視野および血圧・脈拍数の各検査を表2のスケジュールで実施した.眼圧は,Goldmann圧平眼圧計で朝の点眼前を0時間値として8時?10時の間に測定し,点眼後は2時間値を測定した.有害事象は,治験薬を投与された被験者に生じたすべての好ましくないまたは意図しない疾病またはその徴候を収集した.治験薬との因果関係を否定できない場合表2おもな選択基準および除外基準おもな選択基準1)20歳以上の外来患者(日本人),性別不問2)両眼とも最高矯正視力が0.3以上3)観察期終了日(治療期開始日)の眼圧値が18.0mmHg以上31.0mmHg以下おもな除外基準1)緑内障に対する手術またはレーザー療法,内眼手術(各種レーザー療法を含む),角膜移植術または角膜屈折矯正手術の既往のある者2)コンタクトレンズの装用が必要な者3)高度の視野障害がある者4)スクリーニング検査日の過去180日以内に副腎皮質ステロイドの眼内注射,Tenon?下注射または結膜下注射を実施した者5)治験期間中に病状が進行するおそれのある網膜疾患を有する者6)原発開放隅角緑内障(広義),高眼圧症以外の活動性の眼科疾患を有する者7)がんに罹患している者,または重篤な全身性疾患(例:肝障害,腎障害,心血管系疾患,内分泌系疾患)を有する者8)脳血管障害,起立性低血圧,心血管系疾患などの循環不全を有する者9)気管支喘息,気管支痙攣もしくは重篤な慢性閉塞性肺疾患を有する,または既往のある者10)コントロール不十分な心不全,洞性徐脈,房室ブロック(II,III度)もしくは心原性ショックを有するまたは既往のある者11)肺高血圧による右心不全,うっ血性心不全,糖尿病性ケトアシドーシス,代謝性アシドーシスまたはコントロール不十分な糖尿病のある者12)ブリモニジン酒石酸塩または他のa2作動薬,チモロールマレイン酸塩または他のb遮断薬,本治験で使用する薬剤の成分に対し,アレルギーまたは重大な副作用の既往のある者13)緑内障・高眼圧症に対する治療薬,副腎皮質ステロイド,交感神経刺激薬,交感神経遮断薬,副交感神経刺激薬,モノアミン酸化酵素阻害薬,抗うつ薬,炭酸脱水酵素阻害薬,抗コリン作用を含む治療薬および眼局所の治療薬を使用する予定のある者14)その他,治験責任医師または治験分担医師が本治験への参加が適切でないと判断した者SCR注1前治療観察期治療期4週・現行治療(緑内障点眼薬の種類は問わない)または無治療・チモロールを点眼・観察期終了日の0時間値および2時間値の眼圧値が18mmHg以上31mmHg以下の場合,治療期へ移行する・SJP-0135群:SJP-0135+プラセボチモロール群:チモロール+プラセボ併用群:ブリモニジン+チモロールを点眼注1:スクリーニング検査日図1治験デザインは副作用とした.6.併用薬および併用処置治験期間中は,表3の除外基準に抵触する薬剤および処置の併用は禁止した.7.評価方法および解析方法a.有効性有効性は,最大の解析対象集団(fullanalysisset:FAS)を主たる解析対象集団とした.主要評価項目は,治療期の投与4週における治療期開始日からの眼圧変化値(2時間値)とした.欠測値に対しては,lastobservationcarriedfor-ward(LOCF)によりデータを補完した.副次評価項目は,治療期の投与4週における眼圧値,治療期開始日からの眼圧変化値,眼圧変化率(それぞれの0時間値,2時間値,7時間値,0時間値と2時間値の平均値および0時間値と2時間表3検査・観察スケジュール観察期(4週)治療期(4週)Visit1Visit2Visit3中止脱落時スクリーニング検査日観察期終了日(治療期開始日)4週─測定時点(時間)─027027027同意取得○背景因子●●点眼●●最高矯正視力●●●●結膜・眼瞼・角膜所見●●●●●●眼圧●●●(●)●●(●)●●(●)眼底●●●視野●●●血圧・脈拍数●●●(●)●●(●)●●(●)点眼状況●●●有害事象○:スクリーニング実施前に文書による同意を取得した.(●):7時間値を測定することに同意が得られた被験者について実施した.値と7時間値の平均値)とした.7時間値測定は,7時間値測定に同意が得られた被験者のみを対象とした.t検定(有意水準両側5%)によりSJP-0135群およびチモロール群の2群間で比較した.眼圧値については,治療期開始日と治療期の投与4週をpairedt検定(有意水準両側5%)により比較した.b.安全性安全性は,治療期に組み入れられたすべての被験者のうち,治験薬の投与を一度も受けなかった被験者,初診時(治療期開始日)以降の再来院がないなどの理由により安全性が評価できなかった被験者を除外した集団を安全性解析対象集団(safetyset:SS)とした.有害事象,最高矯正視力,結膜・眼瞼・角膜所見,眼底,視野,血圧および脈拍数を評価した.有害事象は,発現割合(発現例数/SS)を算出した.最高矯正視力,結膜・眼瞼・角膜所見,血圧および脈拍数は,治療期の治験薬投与前後を比較した.眼底および視野は,スクリーニング検査日からの悪化の有無について比較した.II結果1.被験者の構成同意を取得できた被験者は487例で,観察期としてチモロールの投与を開始したのは470例であった.このうち385例が無作為化され,治療期の投与を開始した.治験完了例は380例,治験未完了例は5例であった.治療期を開始した385例全例(SJP-0135群163例,チモロール群164例,併用群58例)をSSとした.このうち,治療期開始日以降の有効性評価が可能な検査データがなかった5例を除く380例(SJP-0135群159例,チモロール群163例,併用群58例)をFASとした.被験者背景(FAS)を表4に示した.2.有効性眼圧値ならびに治療期開始日からの眼圧変化値および眼圧変化率を表5に,治療期投与4週の眼圧変化値を図2に示した.主要評価項目である,治療期投与4週における眼圧変化値(2時間値)(LOCF)の平均は,SJP-0135群では?3.1±2.4mmHg,チモロール群では?1.8±2.1mmHgであり,統計学的に有意な差を認め(点推定値:?1.3mmHg,95%両側信頼区間:?1.8??0.9mmHg,p<0.0001),SJP-0135群のチモロール群に対する優越性を検証できた.副次評価項目の治療期投与4週における眼圧値,眼圧変化値,変化率は,2時間値および0時間値と2時間値の平均で,SJP-0135群のチモロール群に対する統計学的に有意な差を認めたが,0時間値は両投与群間で統計学的に有意な差を認めなかった(いずれもp<0.01).測定時点に7時間値を含む7時間測定同意症例の結果についても,同様であった(いずれもp<0.001).SJP-0135群およびチモロール群で,治療期投与4週における眼圧値は,すべての測定時点で投与前と比較して,統計表4被験者背景(FAS)項目分類SJP-0135(n=159)TIM(n=163)併用(n=58)合計(n=380)性別男75(47.2)72(44.2)24(41.4)171(45.0)女84(52.8)91(55.8)34(58.6)209(55.0)年齢(歳)平均値±標準偏差62.0±12.462.1±12.861.7±14.7?最小値?最大値32?8722?8520?87?対象疾患注1原発開放隅角緑内障(広義)115(72.3)121(74.2)43(74.1)279(73.4)(有効性評価対象眼)原発開放隅角緑内障80(50.3)86(52.8)26(44.8)192(50.5)前視野緑内障35(22.0)35(21.5)17(29.3)87(22.9)高眼圧症44(27.7)42(25.8)15(25.9)101(26.6)緑内障治療薬注2有128(80.5)124(76.1)47(81.0)299(78.7)無31(19.5)39(23.9)11(19.0)81(21.3)眼局所の合併症注2有113(71.1)104(63.8)37(63.8)254(66.8)無46(28.9)59(36.2)21(36.2)126(33.2)眼局所以外の合併症有116(73.0)114(69.9)42(72.4)272(71.6)無43(27.0)49(30.1)16(27.6)108(28.4)例数(%),TIM:チモロール?:該当なし注1:対象疾患は下のように定義した.原発開放隅角緑内障:以下の(1),(2)を満たす者前視野緑内障:以下の(2)を満たし治療が必要と判断された者(1)緑内障性視野異常の存在,(2)緑内障性視神経乳頭の存在注2:左右眼どちらか一方でも該当した場合,有とした.表5眼圧値,眼圧変化値および眼圧変化率測定時点SJP-0135TIM併用0時間値治療期開始日眼圧値(mmHg)19.9±1.9(159)20.2±1.7(163)20.3±1.8(58)治療期投与4週眼圧値(mmHg)18.1±2.5*(159)18.5±2.6*(163)17.9±2.2(58)変化値(mmHg)?1.8±2.3(159)?1.7±2.0(163)?2.3±1.9(58)2時間値変化率(%)?8.8±11.0(159)?8.6±9.9(163)?11.5±9.0(58)治療期開始日眼圧値(mmHg)19.7±1.8(159)19.7±1.9(163)19.8±1.8(58)治療期投与4週眼圧値(mmHg)16.6±2.4*†(159)17.9±2.7*†(163)16.8±2.2(58)変化値(mmHg)?3.1±2.4†(159)?1.8±2.1†(163)?3.0±2.2(58)変化率(%)?15.7±11.4†(159)?9.2±10.7†(163)?14.9±10.0(58)7時間値治療期開始日眼圧値(mmHg)18.9±2.4(137)19.2±2.1(137)19.5±2.2(47)治療期投与4週眼圧値(mmHg)16.9±2.7*†(136)18.1±2.5*†(137)17.1±2.5(47)変化値(mmHg)?2.0±2.2†(136)?1.1±2.0†(137)?2.3±2.1(47)変化率(%)?10.1±10.9†(136)?5.4±10.1†(137)?11.8±10.1(47)0時間値と2時間値の平均値治療期開始日眼圧値(mmHg)19.8±1.7(159)20.0±1.7(163)20.0±1.7(58)治療期投与4週眼圧値(mmHg)17.4±2.2*†(159)18.2±2.5*†(163)17.4±2.1(58)変化値(mmHg)?2.5±2.0†(159)?1.8±1.8†(163)?2.7±1.9(58)変化率(%)?12.3±9.6†(159)?8.9±9.2†(163)?13.2±8.7(58)0時間値と2時間値と7時間値の平均値治療期開始日眼圧値(mmHg)19.5±1.8(137)19.7±1.7(137)20.0±1.8(47)治療期投与4週眼圧値(mmHg)17.2±2.2*†(136)18.2±2.4*†(137)17.4±2.1(47)変化値(mmHg)?2.4±1.7†(136)?1.5±1.6†(137)?2.5±1.8(47)変化率(%)?12.0±8.4†(136)?7.5±8.2†(137)?12.7±8.3(47)平均値±標準偏差(例数),TIM:チモロール*:p<0.0001(SJP-0135およびチモロールの眼圧値について,治療期開始日と治療期投与4週をpairedt検定で比較した.有意水準:両側5%)†:p<0.01(SJP-0135vsチモロールt検定,有意水準:両側5%)00時間値2時間値-1-2-3-4-5-6■SJP-0135チモロール■併用7時間値(159)(163)(58)(159)(163)(58)(136)(137)(47)平均値±標準偏差,*:p<0.01(SJP-0135vsチモロールt検定,有意水準:両側5%)図2治療期投与4週の眼圧変化値(例数表6治療期副作用の発現割合安全性解析対象集団例数SJP-0135(n=163)TIM(n=164)併用(n=58)副作用名注1件数例数(%)件数例数(%)件数例数(%)全体2218(11.0)77(4.3)55(8.6)眼障害2118(11.0)66(3.7)44(6.9)点状角膜炎44(2.5)33(1.8)11(1.7)眼刺激44(2.5)22(1.2)11(1.7)結膜充血44(2.5)11(0.6)22(3.4)角膜びらん22(1.2)00(0.0)00(0.0)眼部不快感22(1.2)00(0.0)00(0.0)結膜浮腫11(0.6)00(0.0)00(0.0)アレルギー性結膜炎11(0.6)00(0.0)00(0.0)羞明11(0.6)00(0.0)00(0.0)閃輝暗点11(0.6)00(0.0)00(0.0)眼そう痒症11(0.6)00(0.0)00(0.0)眼障害以外11(0.6)11(0.6)11(1.7)徐脈00(0.0)11(0.6)00(0.0)耳そう痒症11(0.6)00(0.0)00(0.0)傾眠00(0.0)00(0.0)11(1.7)TIM:チモロール.注1:副作用名はICH国際医薬用語集MedDRA/JVersion19.1のPT(基本語)を用いて分類した.学的に有意な変化を認めた(いずれもp<0.0001).測定時点に7時間値を含む7時間測定同意症例の結果についても,同様であった(いずれもp<0.0001).併用群の治療期投与4週における眼圧変化値(2時間値)の平均は,?3.0±2.2mmHgであり,SJP-0135群の眼圧下降効果と同程度であった.3.安全性本治験でSJP-0135群,チモロール群および併用群に発現した有害事象はそれぞれ39例(23.9%)54件,29例(17.7%)34件および11例(19.0%)12件で,各投与群の発現割合は同程度であった.このうち副作用は,それぞれ18例(11.0%)22件,7例(4.3%)7件,5例(8.6%)5件で,各投与群の発現割合は同程度であった.副作用の発現割合を表6に示した.おもな副作用は,SJP-0135群では点状角膜炎4例(2.5%),眼刺激4例(2.5%),結膜充血4例(2.5%),角膜びらん2例(1.2%)および眼部不快感2例(1.2%),チモロール群では点状角膜炎3例(1.8%)および眼刺激2例(1.2%),併用群では結膜充血2例(3.4%)であった.重度と判定された有害事象はいずれの投与群にもなく,中等度と判定された有害事象はSJP-0135群に3例(1.8%)3件,チモロール群に1例(0.6%)1件,併用群に2例(3.4%)2件であり,その他は軽度であった.有害事象による中止例,死亡例,重篤な副作用はなかった.バイタルサイン,身体的所見および安全性に関連する他の観察項目でも,臨床上問題となるような変動や所見に関連する副作用はなかった.III考按今回,SJP-0135の有効性を検証するにあたり,SJP-0135の有効成分の一つであり,わが国でプロスタグランジン関連薬とともに第一選択薬として広く使用されているチモロールを対照薬として用い,比較試験を行った.有効性に関しては,治療期投与4週における2時間値の眼圧変化値および眼圧変化率の比較の結果,SJP-0135群のチモロール群に対する統計学的に有意な差を認めた.また,測定時点に7時間値を含む日内眼圧下降効果の検討において,眼圧変化値および眼圧変化率はともに,SJP-0135群で治療期投与4週の2時間値,7時間値,0時間値と2時間値の平均および0時間値と2時間値と7時間値の平均のいずれにおいても統計学的に有意な差を認め,1日を通して良好な眼圧下降効果を確認した.さらに,眼圧変化値および眼圧変化率は全測定時点において,SJP-0135群と参照群とした併用群で同程度であった.これらのことから,SJP-0135はチモロール単剤から切り替えることで,追加の眼圧下降効果が得られること,ブリモニジンとチモロールの併用から切り替えることで薬剤数を減らしかつ同程度の眼圧下降効果が得られると考える.SJP-0135と同様にチモロールと第二選択薬の配合点眼剤として,ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩点眼液(コソプト配合点眼液)およびブリンゾラミド/チモロールマレイン酸塩配合懸濁性点眼液(アゾルガ配合懸濁性点眼液)がわが国では販売されている.いずれの製剤においてもSJP-0135と同様に観察期にチモロール点眼液(1日2回)を点眼した国内第III相二重遮閉比較試験の報告がある.これらの治験開始時および終了時の2時間値の眼圧値(平均値±標準偏差)は,ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩点眼液で20.58±2.07mmHg,18.04±2.79mmHg15),ブリンゾラミド/チモロールマレイン酸塩配合懸濁性点眼液20.7±2.5mmHg,17.5±3.3mmHg16,17)であった.一方,本治験では,SJP-0135群における治験開始時および治療期4週の2時間値の眼圧値(平均値±標準偏差)は19.7±1.8mmHg,16.6±2.4mmHgであった.このことから,SJP-0135は他の配合点眼薬と同様に,チモロール単剤からの切り替えにより良好な眼圧下降効果を示すことが期待される.安全性に関しては,有害事象の発現割合はSJP-0135群で23.9%,チモロール群で17.7%,併用群で19.0%に認め,各投与群の発現割合は同程度であった.副作用発現割合も3群間で同程度であり,いずれの群においても重篤な副作用は認めなかった.SJP-0135群で比較的発現割合の高かった副作用は点状角膜炎(2.5%)および眼刺激(2.5%)であったが,これらは0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液(アイファガン点眼液0.1%)およびチモロール点眼液において既知の副作用であり,発現割合はチモロール群および併用群と同程度であった.このことから,4週間の使用ではSJP-0135の安全性はチモロール単剤および併用療法と同様に良好であると考える.以上の結果より,SJP-0135は原発開放隅角緑内障(広義)または高眼圧症の患者に対して,既承認薬であるチモロール点眼剤に比べ眼圧下降効果は有意に高く,その効果は1日を通じて良好であること,さらに安全性に問題のないことを確認した.このことから,b遮断薬単剤からSJP-0135に変更することで,薬剤数および点眼回数を変えることなく,より高い眼圧下降効果を得ることができると考えられる.また,すでにa2作動薬およびb遮断薬を併用している場合は,SJP-0135に変更することで併用治療と同程度の治療効果が得られることに加え,薬剤数および総点眼回数が減ることで患者のアドヒアランスが向上すると考えられる.SJP-0135はa2作動薬であるブリモニジン酒石酸塩を有効成分として含有するわが国初の配合点眼剤である.ブリモニジン酒石酸塩は眼圧下降効果に相応しない視野維持効果が報告されていることから11),SJP-0135でも同様の効果が期待される.以上より,SJP-0135は緑内障治療において有用性の高い配合点眼液であると考える.文献1)MorizaneY,MorimotoN,FujiwaraAetal:IncidenceandcausesofvisualimpairmentinJapan:the?rstnation-widecompleteenumerationsurveyofnewlycerti?edvisu-allyimpairedindividuals.JpnJOphthalmol63:26-33,20192)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第4版.日眼会誌122:5-53,20183)清水美穂,今野伸介,片井麻貴ほか:札幌医科大学およびその関連病院における緑内障治療薬の実態調査.あたらしい眼科23:529-532,20064)新井ゆりあ,井上賢治,塩川美菜子ほか:多施設による緑内障患者の治療実態調査2016年版─正常眼圧緑内障と原発開放隅角緑内障.臨眼71:1541-1547,20175)石澤聡子,近藤雄司,山本哲也:一大学附属病院における緑内障治療薬選択の実態調査.臨眼60:1679-1684,20066)溝上志朗:点眼アドヒアランスに影響する要因とその対処法.薬局65:1835-1839,20147)ChraiSS,MakoidMC,EriksenSPetal:Dropsizeandinitialdosingfrequencyproblemsoftopicallyappliedoph-thalmicdrugs.JPharmSci6:333-338,19748)FukuchiT,WakaiK,SudaKetal:Incidence,severityandfactorsrelatedtodrug-inducedkeratoepitheliopathywithglaucomamedications.ClinOphthalmol4:203-209,20109)BurkeJ,SchwartzM:Preclinicalevaluationofbrimoni-dine.SurvOphthalmol41(Suppl1):S9-S18,199610)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象とした臨床第III相試験─チモロールとの比較試験またはプロスタグランジン関連薬併用下におけるプラセボとの比較試験.日眼会誌116:955-966,201211)KrupinT,LiebmannJM,Green?eldDSetal:Arandom-izedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisualfunction:resultsfromthelow-pressureglaucomatreat-mentstudy.AmJOphthalmol151:671-681,201112)LarssonLI:Aqueoushumor?owinnormalhumaneyestreatedwithbrimonidineandtimolol,aloneandincombi-nation.ArchOphthalmol119:492-495,200113)CoakesRL,BrubakerRF:Themechanismoftimololinloweringintraocularpressure:Inthenormaleye.ArchOphthalmol96:2045-2048,197814)2014年4月?2018年3月における縮瞳薬及び緑内障治療剤:局所用の使用状況.株式会社JMDC15)北澤克明,新家眞;MK-0507A研究会:緑内障および高眼圧症患者を対象とした1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼液(MK-0507A)の第III相二重盲検比較試験.日眼会誌115:495-507,201116)YoshikawaK,KozakiJ,MaedaH:E?cacyandsafetyofbrinzolamide/timolol?xedcombinationcomparedwithtimololinJapanesepatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol8:389-399,201417)アゾルガ配合懸濁性点眼液添付文書.ノバルティスファーマ株式会社,2019◆**

シンガポールから日本に一時帰国中に認められたMicrosporidiaによる角膜炎の1例

2020年3月31日 火曜日

《第56回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科37(3):332?335,2020?シンガポールから日本に一時帰国中に認められたMicrosporidiaによる角膜炎の1例鈴木崇*1,2岡野喜一朗*3鈴木厚*1宇田高広*1堀裕一*2*1いしづち眼科*2東邦大学医療センター大森病院眼科*3シンガポールラッフルズジャパニーズクリニック眼科ACaseofMicrosporidialKeratitisObservedinaJapanesePatientDuringaTemporaryReturnTriptoJapanfromSingaporeTakashiSuzuki1,2),KiichiroOkano3),AtsushiSuzuki1),TakahiroUda1)andYuichiHori2)1)IshizuchiEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,Ra?esJapaneseClinicMicrosporidia(微胞子虫)による角膜炎は,東南アジアにおいて,土壌などが眼に混入することで発症する角膜炎であるが,わが国での報告は少ない.今回,シンガポールから一時帰国中に受診し,Microsporidiaによる角膜炎と診断できた1例を経験したので報告する.患者はシンガポール在住の11歳の日本人の男児.日本に一時帰国中に左眼の充血,疼痛を自覚し受診した.左眼結膜充血,角膜上皮内の顆粒状浸潤を数個認めた.患児の親から,シンガポールで所属しているサッカーチームでMicrosporidiaによる角膜炎が流行していることを聴取できたことから,本疾患を疑い,角膜擦過を施行した.擦過物の塗抹標本のグラム染色において2?3?mの無染色の卵型像を認めたため,Microsporid-iaによる角膜炎と診断した.抗菌点眼薬を投与し,3日後には改善傾向を確認した.直後にシンガポールに戻ることとなったため,点眼継続を指示した.その後,顆粒状浸潤,充血は消失した.今回,東南アジア在住の日本人の一時帰国中に診断できたMicrosporidiaによる角膜炎を経験した.東南アジアからの旅行者や一時帰国中の邦人などに顆粒状の上皮内浸潤を示す角膜炎を認めた場合,本疾患も考慮する必要がある.InSoutheastAsia,therearereportedcasesofmicrosporidialkeratitis(MK)duetosoilcontamination,yettherehavebeenfewreportsofMKinJapan.HerewereportthecaseofaJapanesepatientinwhomMKwasobservedduringatemporaryreturntriptoJapanfromSingapore.An11-year-oldJapaneseboylivinginSinga-porepresentedatourhospitalwiththeprimarycomplaintofpaininhislefteyeduringatemporaryreturntriptoJapan.Conjunctivalhyperemiainthelefteyeandseveralgranularin?ltrationsinthecornealepitheliumwereobserved.Amedicalinterviewofthesubjectrevealedthatseveralmembersofthehisa?liatedsoccerteaminSin-gaporewerediagnosedandtreatedasMK.SinceMKwassuspected,cornealabrasionwasperformed.TheGramstainofadirectsmearusingcornealscrapingshowed2-3?munstainedovoidimages,sohewasdiagnosedasMK.Hewastreatedwithantibacterialeyedropsandhisconditionappearedtoimprove,andhesubsequentlyreturnedtoSingapore.Afterreturninghome,thegranularin?ltrationandhyperemiadisappeared.WeexperiencedacaseofMKinaJapanesepatientresidinginSoutheast-AsiawhowasdiagnosedduringatemporaryreturntriptoJapan.Ifkeratitiswithgranularintraepithelialin?ltrationisobservedintravelersfromSoutheastAsia,orinJapanesereturningtoJapanfromSoutheastAsia,MKshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(3):332?335,2020〕Keywords:微胞子虫,角膜炎,顆粒状細胞浸潤,塗抹標本,輸入感染症.Microsporidia,keratitis,granularin?ltration,directsmear,importedinfectiousdisease.〔別刷請求先〕鈴木崇:〒792-0811愛媛県新居浜市庄内町1-8-30いしづち眼科Reprintrequests:TakashiSuzuki,M.D.,Ph.D.,IshizuchiEyeClinic,1-8-30Shonai,Niihama,Ehime792-0811,JAPAN332(84)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYはじめにMicrosporidia(微胞子虫)はさまざまな動物や人の細胞内に寄生する単細胞真核生物の真菌に分類されており,胞子は1?40?m程度の卵形をしている.これまでに1,200種以上が知られており,昆虫,甲殻類,魚類,ヒトを含む哺乳類などに感染する病原体が多く含まれている.おもに免疫不全患者に多臓器疾患を引き起こす日和見病原体であるが,免疫正常者への感染報告もある1).一方,Microsporidiaによる角膜炎(microsporidialkeratitis)は健常者においても認められ,インド,シンガポール,台湾において報告されている2?9).Microsporidiaは水・土・家畜・昆虫などを介して人に感染するため,農業従事者,スポーツ選手,温泉利用者での報告例が多い2?9).また,季節の影響もあり,夏に発症頻度が高いといわれている.リスクファクターとして,上記以外にも免疫抑制薬の使用歴,屈折矯正手術があげられる3).臨床所見では軽度?中等度の充血が認められ,角膜像は多発性で斑状の上皮障害から角膜膿瘍までさまざまである.診断には塗抹標本の鏡検が有用といわれている3).培養検査では増殖しないため検出できないが,PCR検査や生体共焦点顕微鏡検査は補助診断として利用されている5,10).日本では現在のところ,2例報告されているのみである11?13).今回,筆者らはシンガポールから一時帰国中に受診し,Microsporid-iaによる角膜炎と診断できた1例を経験したので報告する.I症例患者:11歳,男性.主訴:右眼充血,疼痛.現病歴:シンガポール在住で,サッカーチームに所属しており,土壌が眼に入った既往があった.シンガポールから日本(愛媛県新居浜市)に一時帰国中に左眼の充血,疼痛を自図1初診時細隙灯顕微鏡検査角膜のやや上方に散在する角膜上皮内の顆粒状の細胞浸潤を認める(?).図2初診時細隙灯顕微鏡検査(フルオレセイン染色)細胞浸潤に一致して染色されている(?).図3角膜病巣擦過物の塗抹検査(グラム染色)直径2?3?m卵形の無染色もしくはグラム陽性の卵型像(?)を認める.図4角膜擦過3日後の細隙灯顕微鏡検査顆粒状の細胞浸潤の減少を認める.覚し,いしづち眼科を受診した.患児の母親からシンガポールで所属しているサッカーチーム内でMicrosporidiaによる角膜炎が流行しているということを問診で聴取した.初診時所見:細隙灯顕微鏡検査で軽度の結膜充血に加えて,左眼の角膜上皮内にびまん性に散在する顆粒状の細胞浸潤を認め,細胞浸潤に一致して,フルオレセイン染色像を認めた(図1,2).右眼には異常所見は認めなかった.経過:問診・前眼部所見より,Microsporidiaによる角膜炎を疑い,診断と治療の目的で病巣部角膜擦過を行い,治療用ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)装用を行った.角膜擦過物の塗抹標本を作製し,グラム染色を行い,検鏡を行ったところ,無染色からグラム陽性の直径2?3?m大の卵形の像を認めた(図3).臨床所見と塗抹検査所見よりMicrosporidiaによる角膜炎と診断した.感染予防のため,0.5%モキシフロキサシンを1日4回点眼した.3日後受診時,浸潤病巣は減少していた(図4).SCL装用と点眼を継続し,シンガポールラッフルズジャパニーズクリニック眼科へ紹介した.シンガポールに戻って受診したところ,角膜上皮内の浸潤は消失していたため,SCL装用・点眼は中止した.II考察Microsporidiaによる角膜炎は,非常にまれな角膜炎で,わが国では2例のみ報告されている11?13).1例は,関節リウマチに合併した周辺部角膜潰瘍に対して長期間ステロイドを点眼していた後に,真菌性角膜炎とMicrosporidiaによる角膜炎が合併した症例で,日和見感染が疑われた.臨床所見は,角膜実質内に顆粒状の細胞浸潤を認めたが,抗真菌薬・消毒薬の点眼は効果がなく,表層角膜移植を行った.摘出した角膜を透過型電子顕微鏡で確認したところ,角膜実質内にMicrosporidiaの像を多数認めた12).一方,別の症例では,角膜内皮移植術後に認めた角膜内にクリスタリン様の混濁を呈した症例で,戻し電顕でMicrosporidiaによる角膜炎と診断した13).2症例とも角膜実質内に病変を認めた.海外での報告では,Microsporidiaによる角膜炎の臨床病型には,結膜炎を伴い角膜上皮内に斑状から顆粒状の病変がある上皮型と,角膜実質に細胞浸潤や膿瘍を示す実質型に分けられる.上皮型,実質型とも,結膜充血は軽度から中等度であると報告されている3,9,11).Dasらは,インドにおいて277例のMicrosporidiaによる角膜炎を報告しているが,すべての症例が結膜炎とともに角膜上皮に斑状の上皮欠損を伴う上皮病変であり,診断はcalco?uorwhitestainとグラム染色によって行われていた3).一方,角膜実質炎の病型として発症する症例も存在しているが,円板状角膜実質炎の病型を示している症例が多かった9).本症例では,角膜上皮内に顆粒状の細胞浸潤を認めており,角膜上皮に病変がある上皮型であると考えられる.わが国では,海外でよく報告されているMicrosporidiaによる角膜炎の上皮型は,筆者らが調べた限り,報告例がない.海外では,ラグビーチーム内での発症など,土壌が眼に混入したのちに,上皮型のMicrosporidiaによる角膜炎が発症していることが多い7,8).上皮型の鑑別疾患として,アデノウイルス結膜炎後の角膜上皮下浸潤やThygeson表層点状角膜炎が考えられる.上皮型のmicro-sporidialkeratitisでは,境界明瞭でかつ辺縁が整な小さな円状の細胞浸潤を示すため,アデノウイルス結膜炎後の淡くて境界不明瞭な角膜上皮下浸潤やThygeson表層点状角膜炎における不整形の細胞浸潤とは異なるため,細胞浸潤の状態で鑑別することが重要である.Microsporidialkeratitisの病態については,上皮型は上皮内に病原体が限局している状態で,実質型は病原体が角膜実質まで存在する状態と推測できる.Microsporidiaの増殖スピードがかなり遅いため,上皮型・実質型のいずれも慢性的な炎症を引き起こし,組織融解などの強い障害はないと思われる.近年,アジアでのmicrosporidialkeratitisの報告が増加している.現在,シンガポール,タイなどのアジア諸国に多くの日本人が居住しており,Microsporidiaによる角膜炎に罹患することも考えられる.そのため,アジアの在留日本人が,今回のように一時帰国中に本疾患を呈することも考えられる.さらに,アジアからの訪日外国人も増加しており,輸入感染症としても認められる可能性もあり,日本における本疾患の認知度を上げる必要があると思われる.Microsporidiaによる角膜炎の診断には,海外住居歴,渡航歴,土壌の混入などの問診や特徴的な臨床所見に加えて,角膜擦過物の塗抹標本検査が有用である3).グラム染色では,染色性が不良で,無染色もしくは薄く青(陽性)か赤(陰性)に染まる.また,好酸性染色では真菌は染色されないのにMicrosporidiaは陽性に赤く染まることが特徴である.さらにファンギフローラ染色にも染まるため,カンジダなどの真菌との鑑別が重要であるが,カンジダは大きさが5?mで,菌糸から酵母形を示すが,Microsporidaの形は,卵型で大きさが2?3?mと細菌よりは大きく,カンジダよりは小さい.本症例の塗抹標本の観察では,好酸性染色やファンギフローラ染色は行っていないが,グラム染色で染まらない卵型像を呈し,Microsporidiaの特徴に一致した.本疾患を疑った場合は,積極的に塗抹標本検査を行う必要がある.Microsporidiaによる角膜炎の治療法はいまだに確立されていないのが現状である.軽度な症例の場合,自然治癒もありうると報告されているが2),症例によっては自然治癒しないこともあり,対処療法としては,アカントアメーバ角膜炎同様に擦過除去がもっとも有効といわれている3).薬物治療では,駆虫薬であるアルベンダゾールやイトラコナゾールの全身投与,フルオロキノロン,ボリコナゾール,クロルヘキシジンの局所投与が有効という報告があるが,実際の効果は不明である3).本症例では角膜擦過を行い,所見が消失した.とくに上皮型では,角膜擦過でMicrosporidiaを除去することが重要と思われる.Microsporidialkeratitisにおけるステロイドの使用については一定の見解が得られていないが,炎症自体が慢性的であり,また病原体の存在自体が臨床所見に反映していると思われるため,ステロイドによる所見の改善は少ないと思われる.今回シンガポール在留邦人の一時帰国中に診断できたMicrosporidiaによる角膜炎を経験した.東南アジアからの旅行者や同地域から帰国した邦人などにおいて,土壌の混入などの既往歴に加えて,角膜上皮内の顆粒状の浸潤を示す角膜炎を認めた場合,本疾患も考慮する必要がある.文献1)DidierES,WeissLM:Microsporidiosis:notjustinAIDSpatients.CurrOpinInfectDis24:490-495,20112)SharmaS,DasS,JosephJetal:Microsporidialkerati-tis:needforincreasedawareness.SurvOphthalmol56:1-22,20113)DasS,SharmaS,SahuSKetal:Diagnosis,clinicalfea-turesandtreatmentoutcomeofmicrosporidialkeratocon-junctivitis.BrJOphthalmol96:793-795,20124)AgasheR,RadhakrishnanN,PradhanSetal:Clinicalanddemographicstudyofmicrosporidialkeratoconjuncti-vitisinSouthIndia:a3-yearstudy(2013-2015).BrJOphthalmol101:1436-1439,20175)FanNW,WuCC,ChenTLetal:Microsporidialkeratitisinpatientswithhotspringsexposure.JClinMicrobiol50:414-418,20126)ThanathaneeO,AthikulwongseR,AnutarapongpanOetal:Clinicalfeatures,riskfactors,andtreatmentsofmicro-sporidialepithelialkeratitis.SeminOphthalmol31:266-270,20167)TanJ,LeeP,LaiYetal:Microsporidialkeratoconjuncti-vitisafterrugbytournament,Singapore.EmergInfectDis19:1484-1486,20138)KwokAK,TongJM,TangBSetal:Outbreakofmicro-sporidialkeratoconjunctivitiswithrugbysportduetosoilexposure.Eye(Lond)27:747-754,20139)SabhapanditS,MurthySI,GargPetal:Microsporidialstromalkeratitis:Clinicalfeatures,uniquediagnosticcri-teria,andtreatmentoutcomesinalargecaseseries.Cor-nea35:1569-1574,201610)MalhotraC,JainAK,KaurSetal:Invivoconfocalmicro-scopiccharacteristicsofmicrosporidialkeratoconjunctivitisinimmunocompetentadults.BrJOphthalmol101:1217-1222,201711)友岡真美,鈴木崇,鳥山浩二ほか:真菌感染症を併発したMicrosporidiaによる角膜炎の1例.あたらしい眼科31:737-741,201412)川口秀樹,鈴木崇,宇野敏彦ほか:透過型電子顕微鏡にて病理像を観察したMicrosporidiaによる角膜炎の1例.あたらしい眼科33:1218-1221,201613)UenoS,EguchiH,HottaFetal:Microsporidialkeratitisretrospectivelydiagnosedbyultrastructuralstudyofformalin-?xedpara?n-embeddedcornealtissue:acasereport.AnnClinMicrobiolAntimicrob18:17,2019◆**

全身疾患に起因する眼症状を有する患者の視機能障害と補助具による対処

2020年3月31日 火曜日

《第24回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科37(3):327?331,2020?全身疾患に起因する眼症状を有する患者の視機能障害と補助具による対処橋本佐緒里*1荻嶋優*1黒田有里*1田中宏樹*1井上順治*1堀貞夫*2井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院VisualImpairmentCausedbySystemicDiseaseandCopingwithVisualAidsSaoriHashimoto1),YuOgishima1),YuriKuroda1),HirokiTanaka1),JunjiInoue1),SadaoHori2)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospitalはじめに糖尿病などの全身疾患を有する患者に,視力低下,視野異常,眼位異常,眼球運動障害などの視機能の低下をきたすことが知られている.厚生労働省「平成26年患者調査の概況」では糖尿病の総患者数は316万6,000人であり,前回(平成23年)の調査から46万人以上増加していた.社会の高齢化により,全身疾患を有する患者数は増加の一途をたどり,それに伴い全身疾患に起因する眼症状を訴える患者も増加している1).西葛西・井上眼科病院(以下,当院)は,網膜・硝子体疾患の診断・治療を専門としており,糖尿病をはじめとする全身疾患を有する患者が多く来院し,これらの眼疾患に対応し〔別刷請求先〕橋本佐緒里:〒134-0088東京都江戸川区西葛西3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:SaoriHashimoto,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPANている.当院ではさまざまな原因で起こる視機能の低下に対する治療の一環として,不自由さの改善のために遮光眼鏡や拡大鏡,プリズム眼鏡などの補助具に関する特殊検査の予約を設けている.検査の際に日常どのようなことに不自由を感じているのかを詳しく聞き取り,その訴えに応えるために適切な補助具を選定している.眼疾患ごとの補助具選定の特徴についてはこれまでも報告されているが,全身疾患に起因する眼症状とその対応に関する文献は少なく,竹田らは全眼疾患において処方された補助具の種類に差はなかったとし,上野らも処方された補助具はさまざまで,一定の傾向はなかったとしている2,3).今回筆者らは,当院で受診した糖尿病をはじめとする全身疾患に起因する視機能障害を有する患者の眼症状を検討し,視機能の低下に対する治療の一環としてどのような補助具などを用いて対処したかについて疾患別に診療録から後ろ向きに調査した.また,全体の約半数を占めた糖尿病の症例では,網膜症なし,単純網膜症,増殖前網膜症,増殖網膜症の四つの病期に分け,各病期の眼症状と対処についても調査したので報告する.I対象および方法対象は2015年5月?2018年4月に当院で受診し,全身疾患に起因する視機能の低下で視機能検査を受けた患者83例(男性45名,女性38名,平均年齢68.4±12.9歳)である.方法は,診療録より眼症状を視力低下,羞明,視野異常,複視,色覚異常,変視に分け,これらの訴えに対してどのような対処をしたかについて疾患ごとに調べた.今回の調査では,白内障や緑内障,網膜色素変性症や加齢黄斑変性症などの眼疾患が原因で視機能検査を受けた症例や,原因が全身疾患と判別できない症例は対象から除外した.また,複数の全身疾患を有する症例に関しては,対象患者の重複がないよう視機能検査を受ける原因となった眼症状から,原因疾患を判別し検討した.II結果全身疾患に起因すると思われる視機能検査を受けた患者83例の疾患の内訳は,糖尿病が45例(54%)ともっとも多く,ついで頭蓋内疾患が19例(23%)であった.以下,高血圧8例(10%),精神疾患5例(6%),甲状腺疾患3例(4%),ミトコンドリア病2例(2%),原田病1例(1%)であった(表1).眼症状は,視力低下40例,羞明31例,視野障害13例,複視31例であった(重複あり)(表2).糖尿病患者のもっとも多かった眼症状は視力低下34例,ついで羞明が23例であった.視力低下の原因はおもに糖尿病網膜症による黄斑部の病変が27例と多く,ついで視神経萎縮が15例であった(重複あり).頭蓋内疾患,高血圧,甲状腺疾患,ミトコンドリア病のもっとも多かった眼症状は複視であった.複視の原因は,頭蓋内疾患では脳出血後の後遺症,高血圧は外眼筋栄養血管の微小循環障害,甲状腺疾患は甲状腺機能異常による甲状腺眼症,ミトコンドリア病は慢性進行性外眼筋麻痺であった.精神疾患の眼症状は全例が羞明で,向精神薬濫用による薬剤性の眼瞼けいれんが原因であった.原田病はぶどう膜炎による視力低下であった.糖尿病と頭蓋内疾患は視力低下,羞明,視野異常,複視と眼症状が多岐にわたっていた.視機能検査でどのような対処を行ったかを疾患別に示す(表3).糖尿病のもっとも多かった対処は視力低下,羞明に対して遮光眼鏡22例であった.頭蓋内疾患,高血圧,甲状腺疾患,ミトコンドリア病では複視に対してプリズム眼鏡が多かった.精神疾患では羞明に対して遮光眼鏡が多く,そのうち2例はクラッチ付きの遮光眼鏡が処方された.原田病は視力低下に対して拡大鏡の選定がされていた.糖尿病と頭蓋内疾患では矯正眼鏡,遮光眼鏡,拡大鏡・拡大読書器,プリズム眼鏡など,眼症状への対処も多岐にわたっていた.処方に至らなかった例では,元々持っている補助具を誤った方法で使用していたことが発覚し,使用方法を再度指導することで満足を得られた症例や,低視力の症例では検査を行っても患者が期待する見え方に至らず,現状と変化が得られないため処方をせずに様子をみた症例など,さまざまであった.視機能検査を行ったきっかけの内訳を示す(表4).医師からのアプローチが疾患全体で31例(34%),視能訓練士からのアプローチが13例(16%),患者からのアプローチが36例(43%)であり,医療従事者からの提案がやや多い結果となった.ここからは約半数を占めた糖尿病45例を四つの病期に分け,各病期の眼症状と対処を示す.各病期の内訳は,網膜症なしが6例(13%),単純網膜症が5例(11%),増殖前網膜症が0例,増殖網膜症が34例(76%)であった(表5).糖尿病の病期別の年齢,視力がよいほうの眼の矯正小数視力,眼症状と対処について示す(表6).網膜症なしでは,小数視力が0.3?1.2,平均1.0と視力良好の症例が多かった.訴えた眼症状は外眼筋栄養血管の微小循環障害による複視が多く,対処はプリズム眼鏡が多かった.単純網膜症では,小数視力が0.08?0.8,平均0.5であった.増殖網膜症では,指数弁?小数視力1.0,平均0.3と,病期別のなかでもっとも視力が悪かった.単純網膜症の眼症状は黄斑部の病変による視力低下,羞明が多く,増殖網膜症の眼症状は黄斑部の病変や視神経萎縮による視力低下,羞明が多かった.対処は単純網膜症,増殖網膜症とも遮光眼鏡が多かった.増殖網膜症では全例が汎網膜光凝固術(pan-retinalphotocoagulation:PRP)施行後の症例であった.表1全身疾患の内訳(n=83)頭蓋内甲状腺ミトコン表2疾患別眼症状の内訳(n=83)頭蓋内甲状腺ミトコン症状の重複あり.表3疾患別対処の内訳(n=83)頭蓋内甲状腺ミトコン拡大読書器眼鏡スコープITサポートとは電子情報支援技術を用いた障害者支援のことである.対処の重複あり.表4視機能検査に結びついたきっかけ(n=83)表5糖尿病患者の病期分類(n=45)医師視能訓練士患者不明網膜症なし単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症症例数3113366症例数65034表6糖尿病網膜症の病気別属性と眼症状および対処(n=45)網膜症なし(6例)単純網膜症(5例)増殖網膜症(34例)年齢(平均)57?85歳(69歳)62?75歳(70歳)40?84歳(68歳)視力(平均)0.3?1.2(1.0)0.08?0.8(0.5)指数弁?1.0(0.3)眼症状(重複あり)視力低下1例複視5例視力低下3例羞明3例視野異常1例視力低下30例羞明20例視野異常5例複視1例対処(重複あり)矯正眼鏡2例プリズム眼鏡5例矯正眼鏡1例遮光眼鏡3例拡大鏡1例拡大読書器1例矯正眼鏡5例遮光眼鏡19例拡大鏡12例プリズム眼鏡1例タイコスコープ1例III考察今回調査した全身疾患では,糖尿病と頭蓋内疾患は眼症状が多岐にわたり,対処もさまざまであった.これは,糖尿病網膜症の重症度によっても病状が異なるためであり,頭蓋内疾患は障害部位によって視野障害や眼筋麻痺など影響される眼症状が異なるためである4?7).今回の調査では高血圧疾患の眼症状のほとんどが複視であったが,視力低下を訴えた1例は高血圧由来の網膜静脈分子閉塞症による黄斑浮腫であったことから,高血圧による眼症状も多岐にわたることが考察される.糖尿病が原因で遮光眼鏡の検査を行った症例では,患者の好みの色を重視して選定されたものと,眩しさの軽減重視で選定されたものが半数ずつであった.そのため,今回の調査では色系統の傾向や特徴的な結果を得ることはできなかったが,乾らも遮光眼鏡の色や透過率において疾患による特異な傾向はなかったと報告している8).糖尿病が原因で拡大鏡・拡大読書器の検査を行った症例では,読みたい文字の大きさや,使用距離,視力,視野など個々のニーズと眼症状によって選定が行われていた.今回の筆者らの調査では特徴的な結果は得られなかったが,乾らは拡大鏡の度数には視力と視野が大きく関係し,低視力者ほど度数が大きくなり,視野狭窄がある患者では,残存中心視野の大きさと形が拡大鏡の度数に関係したと述べている9).これらのことから,患者一人一人によって異なる日常の不自由さを軽減するためには,どのような症状を抱えているのかを詳しく聴取し,患者の潜在的ニーズを汲み取ったうえで補助具の選定を適切に行う必要があると考える.眼症状に特徴がみられる疾患では,各疾患の眼症状が起こる原因をあらかじめ理解しておくことが,適切な補助具の選定に繋がると考える.ただし,眼症状に先入観をもつことなく,患者が訴える眼症状や日常の不自由さを理解したうえで対応することが,どのような場合でも重要であると考える.糖尿病では45例中28例に黄斑症がみられたが,色覚異常,変視は全疾患で訴えがみられなかった.これは「見づらい」「見えなくなった」など視力低下の眼症状に集約されたためと考えられる.見づらさの内容はさまざまで,眩しくて見づらい羞明,中心暗点などの視野異常,歪んで見づらい変視,霞みや老眼などを区別する必要がある.なかには低視力のため,歪みや色を判別できないと思われる症例もあった.また,糖尿病の眼症状では視力低下についで羞明が多くみられ,病期や視力に関係はみられなかった.これは,糖尿病に伴うさまざまな眼合併症のなかには羞明を訴える疾患が多いためと考えられる.一般に羞明の原因は,入射光路に光の散乱を引き起こす病変や,眼底に反射を増強する病変があることがあげられるが,その他,白内障手術,PRP施行後に羞明を訴えやすいとされている10).今回の筆者らの調査でも糖尿病で羞明を訴えた症例は,黄斑症,視神経萎縮,PRP施行後で多くみられたが,同様の症例でも羞明の訴えがないこともあった.「視力低下」「羞明」に集約される眼症状の内容は多岐にわたるため,眼症状を見逃さないためにも問診の際は具体的に尋ねる必要がある.今回の調査結果で視機能検査を行った糖尿病の症例は45例であったが,網膜・硝子体を専門としている当院としては少ない印象を受けた.また,外来で問診を行う視能訓練士から視機能検査に結びついたきっかけは16%と低い結果であったことから,問診時の聞き取りをより積極的に行うことで視機能検査のきっかけが増え,適切な検査の実施と補助具の選定により患者のqualityoflife向上につながると考える.すでに補助具を使用している患者でも,とくに糖尿病に関しては全身状態によって眼症状が変化しやすいため,再度選定が必要である症例は少なくない.また,視機能検査の際の聞き取りにて補助具を誤って使用していたことが発覚した症例も数例あったことから,選定後の使用状況の確認も重要であると考える.今回の調査では,診療録から後ろ向きに検討を行ったため,患者のその後の満足度については調査できなかった.問診時に使用状況の確認を行うことで満足度も測れるため,今後の課題としたい.今回糖尿病などの全身疾患に起因する眼症状とその対応について調査を行った.患者が抱えるさまざまな眼症状による不自由さを理解し,治療の一環として適切な検査の実施と補助具の選定などを援助する必要があることがわかった.文献1)KnudtsonMD,KleinBE,KleinR:Age-relatedeyedis-ease,visualimpairment,andsurvival:theBeaverDamEyeStudy.ArchOphthalmol124:243-249,20062)竹田宗泰,竹田峰陽:糖尿病網膜症患者に対する視覚補助具の有用性.眼紀54:947-951,20033)上野恵美,柴田拓也,黒田有里ほか:当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較.あたらしい眼科33:115-118,20164)宮本和明:眼球運動麻痺をみたら.あたらしい眼科30:753-759,20135)田口朗:複視と全身疾患.あたらしい眼科27:917-923,20106)大鹿哲郎,大橋裕一:麻痺性斜視,特殊な斜視の治療.専門医のための眼科診療クオリファイ22:275-277,20147)中村桂子:糖尿病によるロービジョン患者のものの見え方,見えにくさの評価.看護技術48:34-40,20028)乾有利,宇津木航平,河端陽子ほか:真生会富山病院アイセンターにおける遮光眼鏡処方の傾向.臨眼70:543-548,20169)乾有利,永森麻菜美,植田芳樹ほか:ロービジョン外来で処方した拡大鏡の倍率と患者の視機能の検討.臨眼72:551-556,201810)南稔浩,中村桂子,澤ふみ子ほか:大阪医科大学における遮光眼鏡の検討.日視会誌36:133-139,2007◆**

基礎研究コラム 34.コンタクトレンズとドラッグデリバリー

2020年3月31日 火曜日

基礎研究コラム?監修北澤耕司・村上祐介・中川卓コンタクトレンズとドラッグデリバリー南貴紘ハーバード大学スケペンス眼研究所ドラッグデリバリーの観点からみた点眼の問題点薬を体の中の効かせたい部位に効率よく到達させることは,薬の効果を最大化し,副作用を減らすために大変重要なことです.このことはドラッグデリバリーとよばれ,医工学の一大研究領域となっています.もともと眼は体の表面にあるため薬を到達させやすく,眼科は点眼という優れたドラッグデリバリー方法の恩恵を享受しています.しかし,その点眼といえども,薬剤のほとんどが眼の外に流れてしまうといわれ,そのため頻回点眼が必要になったり,皮膚や循環器系に副作用をもたらしたりすることがあります.また,点眼特有の施行のむずかしさや不快感などからアドヒアランスを得られにくいという問題点もあります.コンタクトレンズを用いたドラッグデリバリーこのような点眼の欠点を克服するために,コンタクトレンズによるドラッグデリバリー,すなわちレンズに薬を含ませて,眼の表面で放出させるというアイディアが半世紀ほど前からあり,今日に至るまで,より多くの薬を,よりゆっくり放出させるためさまざまな製法が提案されてきました1).しかし,薬剤が使用直後に大量に放出される問題や,薬剤によるレンズの着色,薬剤放出に伴うレンズの形状変化,高コストな製造工程など,各提案にそれぞれ課題があったため,未だに実用化されているものがありません.ところが,最近素材の技術的発展により実用化が近づいてきているようにみえます.たとえば筆者らの検討で,薬剤がもつ電荷と反対の電荷をもつ分子を用いてコンタクトレンズを形成すると,コンタクトレンズと薬剤が電気的に引き合い,薬剤をゆっくり放出することが示されており,少なくとも1日使い捨ての用途においては期待ができそうです(図1)2).またこの方式ですと,適切な素材を用いてコンタクトレンズを普通に作製し,薬液に漬けてそのまま保管するだけなので,製造が簡単で安価に可能です.2019年には,抗ヒスタミン薬を含ませたコンタクトレンズを用いた臨床研究の報告3)もされています.今後の展望技術的に実用化が近づく中で,規制の観点で,この新しい治療法の認可や社会実装の仕方などについて今後整理が必要でしょう.それらを乗り越えた暁には,市場の大きな疾患だaヒスタミン投与後b点眼治療時c抗ヒスタミン薬含有レンズdコンタクトレンズ治療時図1モルモットの眼にヒスタミンを投与し血中の青色色素の結膜漏出量を定量するアレルギー性結膜炎モデルヒスタミン投与で青色の色素が多量に結膜に漏出している無治療コントロール(a)に比し,抗ヒスタミン薬点眼治療を行うことで青色の色素の結膜への漏出が減少するが(b),抗ヒスタミン薬剤含有コンタクトレンズ(c)を装用することで青色色素の結膜への漏出を,同じ薬剤量の点眼よりさらに有意に減少させる効果を示した(d).けでなく,後期緑内障や難治性の感染症など1日に複数の点眼を何回もしなければならず現場の切実なニーズがある疾患においても,コンタクトレンズによるドラッグデリバリーを駆使した新たな治療で,患者の予後を改善してあげられる可能性がみえてくるかもしれません.文献1)XuJ,XueY,HuGetal:Acomprehensivereviewoncontactlensforophthalmicdrugdelivery.JControlRelease281:97-118,20182)MinamiT,IshidaW,KishimotoTetal:Invitroandinvivoperformanceofepinastinehydrochloride-releasingcontactlens.PLoSOne14:e0210362,20193)PallB,GomesP,YiFetal:Managementofocularaller-gyitchwithanantihistamine-releasingcontactlens.Cor-nea38:713-717,2019(65)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020313

硝子体手術のワンポイントアドバイス 202.黄斑円孔に対する硝子体手術後晩期に発症する網膜剝離(中級編)

2020年3月31日 火曜日

202黄斑円孔に対する硝子体手術後晩期に発症する網膜剝離(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに黄斑円孔(macularhole:MH)は眼底周辺部に異常な網膜硝子体癒着を有する頻度が高く,後部硝子体?離(posteriorvitreousdetachment:PVD)作製時に医原性裂孔を形成することがある1).術中の裂孔見落としなどに起因する網膜?離(retinaldetachment:RD)は通常術後早期に発症するが,まれにRDが晩期に生じることもある.筆者らは過去にMH術後,数年を経過した後にRDをきたし,再手術を行った4例につき報告したことがある2).●症例の特徴筆者らが報告した4例の発症時の平均年齢は64.7歳で,男性2名,女性2名であった.初回手術からRD発症までの期間は2~7年(平均4.0年)で,他院で手術が施行された1例を除いて,いずれの症例にも初回手術時に医原性裂孔は生じていなかった.裂孔形成部位は上方が3眼,下方が1眼で,RDの形状は全例胞状であった(図1).裂孔はいずれも残存硝子体が網膜と癒着した辺縁に形成されていた(図2).再手術時に2例でMHの再開を認め,2例は閉鎖したままであった.●MH術後晩期に発症するRDの発症機序術後2~7年という長期を経過したのち,RDが発症する機序としては,初回手術の手技的な問題よりも,術後に緩徐に進行する残存硝子体の収縮による可能性が高いと考えられる.当科で初回手術を施行した3例は,人工的PVD作製時に医原性裂孔は生じなかったが,赤道部から周辺は無理にPVDを作製しなかった.MHは網膜格子状変性巣を伴う割合が高いとの報告1)があるが,今回の4例中2例は網膜格子状変性巣を認めず,1例は下方に網膜格子状変性巣を認めたものの,RDの原因裂孔は異なった部位に生じていた.このことは,MHでは網膜格子状変性巣を認めなくても,赤道部から周辺側は網膜硝子体癒着が強固で,硝子体手術後に周辺部残存硝子体の緩徐な収縮により,新たに周辺部裂孔が生じる可図1代表症例の眼底写真60歳,女性.58歳時に右眼MHに対して硝子体手術を施行したが,2年2カ月後に胞状のRDをきたした.図2代表症例の術中所見原因裂孔は上方で,周辺の残存硝子体が網膜と癒着した辺縁に裂孔が形成されていた.能性が高いことを示唆している.●MH再開例の予後再手術時にMHの再開を認めた2例では内境界膜はすでに?離されていたため,MH縁の網膜を求心的に牽引するのみで,とくに他の処置を加えずに術後MHの閉鎖が得られた.しかし,2例とも3カ月後と9カ月後にMHが再発した.この機序については,検眼鏡やOCTではとらえにくい軽微な増殖がMH周囲に生じ,黄斑部網膜を遠心的に牽引した可能性が考えられる.今後は再手術時に内境界膜の遊離弁を用いたinverted?ap法などを考慮すべきなのかもしれない.文献1)上水流広史,小椋祐一郎:特発性黄斑円孔における網膜周辺部変性の頻度.臨眼49:1095-1097,19952)森下清太,大須賀翔,河本良輔ほか:黄斑円孔に対する硝子体手術後晩期に網膜?離をきたした4例.眼臨紀12:824-827,2019(63)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020311

眼瞼・結膜:眼瞼外反の病態と治療

2020年3月31日 火曜日

60.眼瞼外反の病態と治療原田幸子熊谷眼科医院野田実香慶應義塾大学医学部眼科学教室●はじめに眼瞼外反症とは,瞼縁が眼球より離れて外方へ向き,瞼結膜の一部が眼球に接さず露出した状態をいう.閉瞼不全となり,眼表面の乾燥による角膜上皮障害,流涙,充血が起こり,長期経過した症例では角結膜障害の重篤化による視力低下,瞼縁および瞼結膜の肥厚・表皮化などによる異物感が生じる.また,整容面を大きく害し,qualityoflifeの低下を招く.●病態生理眼瞼には前葉(皮膚・眼輪筋)と後葉〔瞼板・瞼結膜・下眼瞼牽引筋腱膜群(lowereyelidretractors:LERs)〕がある.正常時は垂直方向にLERs,水平方向に眼輪筋と内眼角靱帯,外眼角靱帯による牽引がかかり,眼表面と瞼結膜が密着してメニスカスが形成される状態を保っている.下眼瞼外反症は,前葉の短縮や後葉の過剰にてバランスが前葉に傾いた場合や,下眼瞼にかかる水平方向や垂直方向への牽引が緩んだ場合に発症する1).●病因退行性,麻痺性,瘢痕性に大別される.退行性は,LERsの垂直方向の緩みや,眼輪筋と支持組織の水平方向への牽引が緩むために発症する.麻痺性は,閉瞼に必要な眼輪筋を支配する顔面神経の麻痺により起こる.瘢痕性は,外傷や熱傷などが原因で,前葉の瘢痕拘縮により起こる1).●術前評価詳細な病歴の聴取(顔面神経麻痺や外傷,手術の既往など)が重要であり,前眼部所見を丁寧に診る必要がある.角結膜所見,眼瞼前葉の瘢痕化の有無,眼瞼後葉の肥厚や増大による瞼板形態の変化の有無,眼球突出,支(61)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY持組織の弛緩の有無はとくに重要である.退行性や麻痺性の眼瞼外反症では,眼瞼の水平方向の弛緩が原因となるため,その評価が必須である.水平方向に対する評価としては,眼瞼の弛緩性試験(snapbacktest,pinchtest),内眼角靱帯の弛緩性試験(lateraldistractiontest),外眼角靱帯の弛緩性試験(medialdistractiontest)があるが,詳細は文献を参照されたい2~4).●病因に応じた治療瘢痕性は眼瞼の前葉組織の不足や牽引により起こるので,瘢痕を解除したあと,Z形成術や植皮,皮弁などで対応する.退行性と麻痺性は類似の病態を示す.両者とも下眼瞼水平方向の弛緩があるが,退行性は内眼角靱帯,外眼瞼角靱帯と瞼板が弛緩し,麻痺性では内眼角靱帯,外眼角靱帯は正常だが瞼板だけが弛緩する.どちらも眼輪筋の緊張が低下しており,重力に抗って下眼瞼の位置を適切に保持できない2,5).そのため水平方向を短縮する手術の適応である.下記に眼瞼外反の原因の多数を占める退行性外反症に対する治療について説明する.●退行性外反症の治療退行性外反症の下眼瞼水平方向の弛緩への治療は,水平短縮術またはlateraltarsalstripなどがある.後者は下眼瞼瞼板の外眼角と眼窩骨膜を縫合する手術手技4,5)であり,より難易度が高いと思われる.こちらに関しては他の良書を参考にしていただき,ここでは水平短縮術の説明にとどめる.水平短縮術は,肝心な角膜の領域近辺での引き締めができるため,水平方向の眼瞼の弛緩を確実に軽減させることができる.手術の方法としては,まず睫毛下で皮膚を切開する.そして短縮したい瞼板の長さだけ眼瞼を全あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020309図1水平短縮術+上眼瞼からの皮弁a:65歳,男性.顔面神経麻痺や外傷の既往なく,瘢痕などの外表所見もないため,退行性外反症と診断.b:睫毛下皮膚切開線と,万が一の下眼瞼組織不足に対し,上眼瞼にも皮弁用のマーキングをしておく.c:水平短縮後,座位にして口を開けて上方視させると,下眼瞼の組織不足があることがわかる.d:上眼瞼皮膚と眼輪筋を皮弁として下眼瞼に移植した.層で切除する.このとき,一方の辺だけに切開を入れて,眼瞼弁を重ね合わせて切除量を見積もると安全に切除できる.瞼板の縫合には6-0プロリン糸を使用する.瞼板縫合後に患者を座位にして外反が残ってないかを確認する.その際,口を開けて上方視させると組織不足の有無がわかり,もし下眼瞼の組織不足がある場合は上眼瞼からの皮弁で補?する(図1).水平短縮術は,外反の強い部位にポイントをしぼって治療できること,手技が比較的簡便であることが利点であるが,瞼縁に創が残ることと,創周囲の睫毛乱生が生じる可能性があることが難点である3,6).●おわりに眼瞼外反症は術前の眼瞼所見の評価が大事であり,症例ごとの病態,病因を見きわめたうえで手術方法を選択することが重要である.文献1)太田優:眼瞼外反症.臨床眼科11:1732-1737,20162)矢部比呂夫:眼瞼外板.眼瞼・眼筋(久保田伸枝編),眼科手術書7,p49-63,金原出版,19953)石嶋漢,野田実香:水平短縮術.専修医石嶋くんの眼瞼手術チャレンジノート.p372-383,金原出版,20174)柿崎裕彦:Lateralcanthoplastyによる下眼瞼外反症手術.Pepars51:112-118,20115)金子博行,長西裕樹:眼瞼外反症.眼瞼(野田実香編),眼手術学2,p428-446,文光堂,20136)野田実香:瞼板短縮術による外反症手術.Pepars51:119-122,2011☆☆☆310あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(62)

抗VEGF治療:網膜静脈分枝閉塞症の治療方針

2020年3月31日 火曜日

74.網膜静脈分枝閉塞症の治療方針飯田悠人はじめに網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO)は,高血圧や動脈硬化を背景として網膜動静脈交叉部において静脈内血栓が形成され,静脈閉塞をきたすことで発症する.BRVOでは発症からの時間経過で区分して治療を考える必要があり,本稿では急性期と発症6カ月以降の慢性期に分けて治療方針を述べる.急性期の治療方針抗VEGF薬の有効性が確立された現在においては,発症後できるかぎり「速やかに」抗VEGF薬治療を開始することが,良好な視力予後のためにもっとも重要である.投与プロトコールについては,初回投与後4週間以上あけて必要時(prorenata:PRN)で追加投与を行う.初診時視力が0.5以下の症例では,導入期にまず3回毎月投与を行う3+PRN投与のほうが視力の改善が早く1),通院負担も減らすことができるため,3+PRN投与を勧めている.抗VEGF薬治療の導入を行い,黄斑浮腫がいったん完全に軽快した状態での矯正視力は,今後の治療方針を考えるうえで大切である.黄斑浮腫の消失が得られても視力改善に乏しい場合にはほかの要因を考慮する必要があり,網膜下出血,網膜光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)におけるellipsoidzoneの不整,黄斑虚血による網膜内層萎縮,などがあげられる.黄斑浮腫以外にも不可逆的な視力低下の要因が存在する場合,浮腫再燃時に抗VEGF療法を継続していくかどうかは,変視症状やコントラストなど視力以外の自覚改善の有無や患者の希望を考慮し決定するようにしている.難治性の黄斑浮腫慢性期のBRVOは,ほとんど追加治療を要さない軽症例から,継続的な治療が必要な重症例まで,症例によりばらつきが大きい.難治性の黄斑浮腫と,網膜新生血管からの硝子体出血が臨床上問題となる.慢性期にも再燃を繰り返す難治性の黄斑浮腫は,中心窩近傍に形成された毛細血管瘤が原因であることが多い.網膜浮腫が遷延し,さらに漏出した蛋白質や脂質の沈着により硬性白斑が円周状に増加してくる.黄斑部の硬性白斑は長期間を経て中心窩へ集積してくる傾向があり,注意が必要である.毛細血管瘤が同定できる場合には,血管瘤に対する直接光凝固が有効な治療法となる.原因となる毛細血管瘤を認めない場合には,慢性炎症による黄斑浮腫に対する治療としてトリアムシノロンアセトニドがよい適応となる.しかしながら眼圧上昇,白内障の進行などの合併症があるため,長期の反復投与は慎重に行う必要がある.網膜新生血管・硝子体出血網膜新生血管は,無灌流領域と灌流領域の境界に好発し,破綻による硝子体出血が問題となる.網膜無灌流領域が広い(5乳頭径以上)症例では,自然経過にて約3割で硝子体出血をきたすと報告され,予防には網膜無灌流領域に対する部分的汎網膜光凝固が有効である2).抗VEGF薬治療は,発症から網膜新生血管の形成,硝子体出血までの期間を延長するが,将来的な発生を完全に抑制するものではない.そのため,抗VEGF薬治療が奏効し浮腫の再燃が少なくなってきた頃,フォローアップ間隔を伸ばしていく前に,網膜無灌流領域の評価を行うことが大切である.広い網膜無灌流領域を認める症例では,部分的汎網膜光凝固の施行を検討する.網膜新生血管発生の予測に有用な因子の一つに,BRVO原因交叉部の動静脈交叉パターンがある.従来,原因交叉部のほとんどは,動脈が静脈より網膜表層を走行するarterialovercrossingであると想定されてきたが,OCTやOCTAngiographyを用いた検討により,静脈がより網膜表層を走行するvenousovercrossingのタイプも約4割存在することが明らかとなっている3~6).Venousovercrossingのタイプでは,より広い網膜無灌(59)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020307図2原因動静脈交叉部所見図1と同一症例の初診時OCT画像.原因交叉部の静脈の走行に沿って撮像すると,静脈が動脈より網膜表層を走行するvenousovercrossingであった.静脈は動脈と内境界膜の間で狭細化し,交叉部の中枢側に血栓の形成を認める.流領域領域を生じ4),慢性期での網膜新生血管発生率も高いことが報告され6),より注意深いフォローアップが必要である(図1,2).文献1)MiwaY,Muraoka,Y,OsakaRetal:Ranibizumabformacularedemaafterbranchretinalveinocclusion:Oneinitialinjectionversusthreemonthlyinjections.Retina37:702-709,20172)TheBranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserscatterphotocoagulationforpreventionofneovasculariza-tionandvitreoushemorrhageinbranchveinocclusion.ArchOphthalmol104:34-41,1986308あたらしい眼科Vol.37,No.3,20203)MuraokaY,TsujikawaA,MurakamiTetal:Morpholog-icandfunctionalchangesinretinalvesselsassociatedwithbranchretinalveinocclusion.Ophthalmology120:91-99,20134)IidaY,MuraokaY,OotoSetal:Morphologicandfunc-tionalretinalvesselchangesinbranchretinalveinocclu-sion:Anopticalcoherencetomographyangiographystudy.AmJOphthalmol182:168-179,20175)佐藤尚栄,田中慎,稲崎紘ほか:光干渉断層計を用いた網膜静脈分枝閉塞症における動静脈交叉部形態の観察.日眼会誌122:920-927,20186)Iida-MiwaY,MuraokaY,IidaYetal:Branchretinalveinocclusion:Treatmentoutcomesaccordingtothereti-nalnonperfusionarea,clinicalsubtype,andcrossingpat-tern.SciRep9:6569,2019(60)

緑内障:緑内障と中心窩無血管領域

2020年3月31日 火曜日

237.緑内障と中心窩無血管領域庄司拓平●はじめに緑内障の本態は網膜神経節細胞軸索の障害と網膜神経節細胞死の促進であると考えられている.網膜神経節細胞の約半数は黄斑部付近に集簇し,緑内障性視野障害が認められる頃には約半数の細胞死が起きていると考えられている.スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomography:SD-OCT)の普及以降,緑内障眼における構造変化を黄斑部で確認することが可能になり,現在では日常診療でも広く使用されるようになった.OCTによる構造変化だけではなく,光干渉断層血管撮影(opticalcoherencetomographyangiography:OCTA)を用いた形態変化は近年さまざまな報告がなされている.●緑内障とFAZ網膜中心窩には網膜血管が存在せず,中心窩無血管領域(fovealavascularzone:FAZ)が存在することは古くから知られていた.このFAZは網膜静脈閉塞症や糖尿病網膜症において形態が変化することも,また古くから知られていた.従来,FAZ形態を確認するにはフルオレセイン蛍光造影(?uoresceinangiography:FA)検査が必要となり,造影剤注射を伴った侵襲的検査を頻繁に行うことは日常臨床では容易でなかった.しかし,OCTAは造影剤などを必要としない非侵襲的検査であり,OCTAを用いて,FAZの形態変化を観察することが可能となった.とくに緑内障のみを罹患している患者にFAを施行することはまれであり,FAを用いてFAZ形態と緑内障の関連を研究した報告もほとんどなかった.しかし,OCTAを用いたFAZ形状と緑内障の関連について近年いくつか報告があるので本稿で紹介する.abc図1緑内障眼(右眼)と僚眼a:眼底写真.b:Humphrey静的視野計24-2の検査結果.c:OCTA画像と自動抽出されたFAZ領域.左眼に比べ右眼のFAZが拡大している.Choiらは,正常眼に比べ緑内障眼では,FAZの真円率は低下し,FAZの周径は伸びるという報告をしている.そしてこれらのパラメータは緑内障診断にもある程度有効であると報告している(ROC曲線下面積で0.86~0.90)1).これは横断研究であるため因果関係は不明であるが,緑内障眼においてはFAZ形状が変化している(57)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020305ab図2緑内障術前後のFAZ領域の変化(OCTA画像)67歳,男性.右眼開放隅角緑内障.術前矯正視力(0.9),MD値は-28.41dBだった.a:術前画像.b:術後画像.c:術前後の重ね合わせ画像.術前では描出されていない血管が術後に描出され,自動計測されたFAZ領域が縮小していることが確認できる.cことを示唆している.また,同じ研究グループのKwonらは,緑内障眼を周辺視野欠損型と中心視野欠損型に分類したときに,中心視野欠損型のFAZ面積がより拡大していること,真円率が低下していることを報告している2).筆者らは,スウェプトソース(swept-source:SS-OCTA)で得られた網膜浅層の無血管領域をImageJマクロ言語を用いて自動的に抽出する方法を開発し,すでに報告している3).この方法を用いると,従来の手動での描出に近いFAZ境界領域の抽出が自動で可能になり,再現性の向上と作業時間の短縮を実現できた.図1に示す通り,同じ被検者の左右眼を比較しても,緑内障が進行している眼のほうがFAZは大きい傾向があることを確認した.また,本法を用いて緑内障手術前後の眼底OCTA画像を取得し,FAZ面積を測定した.一部の症例においては,術前には検出感度以下の血流量または血管径であったため観察できなかったと思われる中心窩の毛細血管が,術後には描出されることが確認できた.結果として,緑内障術後では有意にFAZ面積が縮小していること,緑内障眼におけるFAZ面積は中心窩感度と相関することが確認できた.●おわりにFAZは古くから知られているが,OCTAの普及に伴い,非侵襲的に観察可能となった.FAZの形態変化は黄斑部の血流動態変化を反映し,緑内障眼における黄斑部の神経節細胞の活動性や中心視野感度と関連していることが示唆された.今後,緑内障の発症や進行との関連がさらに明らかになることが期待される.文献1)ChoiJ,KwonJ,ShinJWetal:Quantitativeopticalcoher-encetomographyangiographyofmacularvascularstruc-tureandfovealavascularzoneinglaucoma.PLoSOne12:e0184948,20172)KwonJ,ChoiJ,ShinJWetal:Anopticalcoherencetomographyangiographystudyoftherelationshipbetweenfovealavascularzonesizeandretinalvesselden-sity.InvestOphthalmolVisSci59:4143-4153,20183)IshiiH,ShojiT,YoshikawaYetal:Automatedmeasure-mentofthefovealavascularzoneinswept-sourceopticalcoherencetomographyangiographyimages.TranslVisSciTechnol8:28,2019306あたらしい眼科Vol.37,No.3,2020(58)

屈折矯正手術:LASIKとSMILEの使い分け

2020年3月31日 火曜日

●連載238屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男238.LASIKとSMILEの使い分け戸田郁子●はじめにレーザー角膜屈折矯正術は,1980年代後半に第一世代のPRK(photorefractivekeratectomy)が臨床応用されて以来,1990年に入って第二世代のLASIK(laserinsitukeratomileusis),そして2010年代には第三世代のSMILE(smallincisionlenticuleextraction)が登場した.SMILEはまだ厚生労働省未認可の治療であるが,PRKとLASIKは認可済である.LASIKとSMILEは,上皮?離を行わずに実質の一部を切除するという点では非常に類似した手術であり,適応はオーバーラップするものの,フラップ作製の有無により,その適応選択がやや異なってくる.●LASIKとSMILEの方法と特徴LASIKとSMILEはレーザー切除によって角膜形状を変え,屈折力を調整するという原理は共通であるが,大きな違いは角膜垂直切開の長さである.LASIKではフラップを作製するため,フェムトセカンドレーザーにて直径8~9mm程度,約300°周の角膜に100?mの深さの垂直切開を加える.その後フラップをリフトし,エキシマレーザーにて角膜ベッドに対して矯正度数に合わせて実質切除を行う.一方SMILEでは,フェムトセカンドレーザーにてあらかじめ角膜実質内に2層の水平切開行って,矯正度数に合った角膜組織片をレンチクルとして作製しておく.レンチクルを約2~3mmの垂直切開創からマニュアルで除去する.すなわち角膜水平切開の範囲は同程度であるが,SMILEの角膜垂直切開の長さはLASIKの8~10分の1程度である(図1).角膜内神経は輪部の上下左右から実質3分の1の深さで神経幹として侵入し,水平方向がもっとも多い1).上方ヒンジのLASIKフラップを作製すると,神経幹の8割程度が切断されることになり,SMILEと比較すると術後の一時的角膜内神経減少が有意に多いことがわかる2()図2).涙液の分泌は角膜知覚からの反射であることから,LASIKでは術後一時的に涙液分泌が減少し,ドライアイが起こる3).術後ドライアイの程度はSMILEに比較するとLASIKのほうが強いという報告が多い4).また,LASIKではフラップが存在するため,フラップに関連する合併症(上皮迷入やフラップ偏位)の可能性がある.一方,SMILEは切開創が小さくフラップが存在しないため,ドライアイになりにくく,外傷に強い.角膜の強度は水平切開より垂直切開に依存するといわれていLASIKSMILE図1LASIKとSMILEの手術模式図赤点線は角膜垂直切開の部位.その長さはLASIKがSMILEの8~10倍である.(55)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,2020303a角膜上皮基底膜下神経叢密度bLASIK角膜中央3mm,?m/mm2SMILE表1LASIKとSMILEの利点と欠点図2LASIKとSMILE手術直後の角膜内神経密度の比較a:術前の角膜上皮基底膜下神経叢の密度を100%とした場合の,術後の神経密度をLASIKとSMILEで比較した(文献4参照).LASIKにおいて有意に神経密度が少ない.b:LASIKとSMILEにおける角膜内神経切断のイメージ.る5).ただし,-2D以下の軽度近視では,2層間のレーザー照射が近い関係で炎症が起こりやすく,またレンチクルが薄いために操作中の断裂のリスクがあり,よい適応ではない.●LASIKとSMILEの使い分けレーザー屈折矯正術の適応は角膜厚に依存するが,術後の残存角膜厚が400?m以上を保てる症例でも,術後の視機能を考慮し,LASIK,SMILEともに適応の目安は球面度数-6D以下,乱視度数2D以下で,球面度数-6D~-8Dについては要検討,球面度数-8D,乱視度数3D以上は有水晶体眼内レンズを第一選択として勧めている.もちろん,以上の屈折矯正術の適応選択方針は施設や医師によって多少差がある.LASIKとSMILEのメリット・デメリットを簡単に表1にまとめた.両者の特徴を考慮し,当院においては,その使い分けを以下のように考えている.1)SMILEのみを適応とする場合:格闘技の選手など,眼の外傷の可能性が高い人2)SMILEをおもに推奨する場合:術前からのドライアイがある人,術後ドライアイが心配な人3)LASIKをおもに推奨する場合:乱視が強め(回旋補正がないと精度が落ちる),モノビジョンやアンダーコレクションを希望(再手術での調整が行いやすい),角膜形状不良(カスタム照射が推奨される),45歳以上の人304あたらしい眼科Vol.37,No.3,20204)LASIKのみを適応とする場合:-2Dより軽度の乱視,遠視矯正の人以上は目安であり,適応条件のオーバーラップも多いことより,当然患者の希望により2)と3)が逆の方法になることはありえる.●おわりにLASIKは約30年の歴史があり,もっとも一般的なレーザー屈折矯正術であるが,フラップ関連合併症であるドライアイ,外傷性フラップ偏位,上皮迷入などにより術後治療に苦慮することがある.SMILEはLASIKのこれらの欠点をカバーする方法として有用と考えられる.一方で,LASIKが優位なケースもあり,両者の特徴を理解したうえで,患者にとってもっとも適切な治療を選択することが大切である.文献1)LindaJ,M?llerL:Cornealnerves:structure,contentsandfunction.ExpEyeRes76:521-542,20032)LiM,ZhaoJ,ShenYetal:Comparisonofdryeyeandcornealsensitivitybetweensmallincisionlenticuleextrac-tionandfemtosecondLASIKformyopia.PLoSOne8:e77797,20133)TodaI,Asano-KatoN,Hori-KomaiYetal:Dryeyefol-lowinglaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,20014)KobashiH,KamiyaK,ShimizuK:Dryeyeaftersmallincisionlenticuleextractionandfemtosecondlaser-assist-edLASIK:Meta-analysis.Cornea36:85-91,20175)KnoxCartwrightNE,TyrerJR,JaycockPDetal:E?ectsofvariationindepthandsidecutangulationsinLASIKandthin-?apLASIKusingafemtosecondlaser:abiome-chanicalstudy.JRefractSurg28:419-425,2012(56)

眼内レンズ:白内障手術後のNegative Dysphotopsiaに眼内レンズ交換と位置矯正が効果的であった症例

2020年3月31日 火曜日

400.白内障手術後のNegativeDysphotopsiaに眼内レンズ交換と位置矯正が効果的であった症例高橋鉄平松島博之獨協医科大学眼科学教室●はじめに白内障手術後に,不快な光視症状であるnegativedysphotopsia(ND)またはpositivedysphotopsia(PD)1)を訴える症例が報告されている.わが国では報告が少ないことから対処方法に苦慮することも多い2).今回,白内障手術後のNDが6カ月続く症例に眼内レンズ(intra-ocularlens:IOL)交換を施行したところ症状が軽減し,再度IOL光学部の位置を矯正したところ,さらにNDが減少した症例を経験した.●症例68歳,男性.両眼白内障・左眼黄斑前膜の診断で手術目的で当科紹介となった.術前に特記すべきその他の所見はなく,入院後,左眼水晶体再建術+硝子体手術,右眼水晶体再建術をそれぞれ施行した.使用したIOLは右眼PU6A(興和),左眼PCB00V(ジョンソン・エンド・ジョンソン)であった.術後経過は良好で,矯正視力は右眼1.2,左眼0.7であったが,術後より右眼鼻図1Reverseopticcapture交換したNX-70を水晶体?内から前房側に脱出させてキャプチャーすることでIOL位置を虹彩側に移動させた.側に陰影を知覚した.経過観察により消失する症例も報告されているので外来経過観察としたが,半年経っても改善しないため,右眼のNDと考え,右眼のIOLを光学部径の大きいNX-70(参天製薬)に交換する摘出交換術を施行した.術後,右眼鼻側の影が移動して症状は改善したが,NDの残存と再手術を希望したので,IOLと虹彩間距離を縮める目的で右眼のIOLの位置を前房側に移動(reverseopticcapture)した(図1)ところ,NDはほぼ消失した.●白内障手術後NDと治療白内障手術後に,不快な光視症状であるNDやPDを訴える症例が報告されている(図2).NDはIOLを通過せず虹彩とIOLの隙間から直接網膜に到達した光と,IOLを通過することで屈折した領域の間に光間隙を生じて,暗く感じる現象である.PDは眼内に入った光線が瞳孔を通過する過程で一部の光がスクエアエッジ内面に図2NDとPDNDは直接網膜に到達した光と,IOLを通過することで屈折した領域の間に光間隙を生じて暗点が生じる現象.PDは光線の一部がスクエアエッジ内面に当たって反射し,半月状光輪として自覚する現象.(53)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.3,20203011回目2回目3回目図3NDの経過と前房深度術後経過とIOL種類,位置,IOL-虹彩間距離,NDの症状を示す.IOL光学部径が大きくなり,IOL-虹彩間距離が短くなるに従いNDの症状は減少した.当たって反射し,入射してきた方向と違う網膜に当たることにより,光源とは違う方向に半月状光輪として自覚する現象である.NDの発症リスクは,①IOL素因(スクエアエッジ・高屈折度数・小光学径),②明所での小瞳孔,③IOL-虹彩間距離が大きい,④鼻側前?がIOLをカバーしていること,が指摘されている.今回のNDは,過去の報告と同形のIOLを用いて発生していたので,光学部径が大きいNX-70にIOL摘出交換術を施行したところ,NDは小さくなり上方へ移動した.しかし,患者がさらなるNDに対する治療を望んだので,もう一つのリスクである③IOL-虹彩間距離を縮める目的でIOL位置をreverseopticcaptureした.本症例の経過観察中の前眼部OCT解析結果を図3に示す.3回目にreverseopticcaptureを施行すると,IOL-虹彩間距離は著しく縮小し,症状はさらに改善した.Holladayらの研究で,NDはIOLで屈折した光束と,IOL~虹彩間を通過した光束の間に光が当たらない部位が生じる場合に生じることが報告されており1),この定義を裏づけるようにIOL-虹彩間距離を縮める治療が有効であった.今後も同等のNDやPDを訴える症例は増加することが考えられる.発生機序の解明と確実な対処法,そしてNDやPDが発生しないIOLの開発も必要である.文献1)HolladayA,PortneyV:Analysisofedgeglarephenome-nainintraocularlensedgedesigns.JCataractRefractSurg25:748-752,19992)大塚斎史,森井香織,三浦真二ほか:Negativedysphotop-siaに対する手術治療を施行した2症例.眼科手術31:449-454,2018