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眼瞼・結膜:アデノウイルス結膜炎の最新の話題

2020年2月29日 土曜日

59.アデノウイルス結膜炎の最新の話題内尾英一福岡大学医学部眼科学教室●はじめにアデノウイルス(adenovirus:AdV)はウイルス性結膜炎の主たる病因であり,近年AdV結膜炎の原因として新型のAdVが注目を集めている.AdV結膜炎の最近の話題として,とくに新型AdVと臨床像について解説する.●アデノウイルスと結膜炎AdV結膜炎は流行性角結膜炎(epidemickeratocon-junctivitis:EKC)と咽頭結膜熱(pharyngoconjunctivalfever:PCF)の総称である.EKCとPCFの臨床所見はほぼ類似しており,潜伏期は7~10日である.典型的なAdV結膜炎では急性濾胞性結膜炎,角膜上皮下混濁,耳前リンパ節腫脹がみられる.発症早期にはしばしば点状表層角膜症を生じ,ときに結膜偽膜がみられる.結膜下出血はウイルス性結膜炎に特異性が高い所見である.一方,PCFは上記の角結膜所見が比較的軽症であるとされているが,それは原因の型がEKCはD種であるのに対し,PCFはB種であるからだとされる.しかし,臨床症状と型,種は完全には一致しない症例もある.AdV結膜炎の症状は,患者の年齢やアトピー性皮膚炎などの全身,局所の免疫状態により異なって現れることがあるからである.●アデノウイルス角結膜炎の現状国立感染症研究所の感染症疫学センターによると,2014~2018年の5年間の各年の型別検出頻度では,2015年に54型が約40%と最多となり,この状況は2016年以降も続いた.2017年からその他のアデノウイルス型(otheradeno)が増加しており,2018年は「その他」がもっとも多いという今までみられなかった状況となっている.その他の中には64型や85型1)という新型が多く含まれている.新型の53型と56型も毎年一定頻度で検出されている.(85)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY表1ヒトアデノウイルスの分類種型A12,18,31,61B3,7,11,14,16,21,34,35,50,55,66,76,77,78,79C1,2,5,6,57,89D8,9,10,13,15,17,19,20,22-30,32,33,36,37,38,39,42-49,51,53?54,56,58,59,60,62,63,64,65,67,68,69,70,71,72,73,74,75,80,81,82,83,84,85,86,87,88,90E4F40,41G52主要な結膜炎起炎型を太字で示す.●新型アデノウイルスが現れた理由AdVの分類法として,かつては血清型(serotype)が用いられていた.1型から51型までは血清型である.AdVに感染した生体では中和抗体が産生されるが,これは血清型ごとに異なる蛋白質を標的としたものであり,いわゆる中和試験として広く行われていた.しかし,その原理上,血清型を決めるためにはすべての血清型の中和抗体を準備する必要があるために,現実的にはむずかしくなっていた.そこで,2005年頃からPCR法2)を用いて,全ゲノム遺伝子の変異率から遺伝子型(genotype)で新しい型を決定するということになったわけである.血清型に取って代わった型(type)が52型以降に追加され,最近では100に近づく型数となっている(表1).●新型アデノウイルス結膜炎の臨床的特徴新型のなかで角結膜炎を発症することが報告されているのは53型,54型,56型,64型,85型の五つである.これらの新型AdVのなかで,わが国でもっとも結膜炎から多くみられるのは54型である.54型による角結膜炎では,強い角膜上皮障害(びらん,潰瘍など)(図1,2)が多数例にみられた.また,急性期経過後の期間にあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020199図1角膜全?離となったアデノウイルス結膜炎LASIK手術後10年後に罹患し,発症10日目に角膜上皮が全?離した.54型が検出された.abc図2図1の症例の前眼部OCT所見a:角膜中央付近は残存実質は475mmあり,LASIKフラップ作製痕()がある.b:角膜耳側では上皮欠損部にフラップ脱落を疑う明らかな実質欠損はなく(),c:角膜鼻側でも同様にフラップ脱落はみられず(),上皮のみが脱落していることがわかった.図3Thygeson点状表層角膜炎様の角膜合併症54型の症例で,発症後2カ月経過しても蒸気所見が遷延して観察された.Thygeson点状表層角膜炎に類似した上皮の隆起を伴う浸潤が遷延して,視力低下を生じる症例は治療抵抗例も多く(図3),これまでのAdV角結膜炎ではまれな臨床像であった3).ただその一方で,地域流行の多数症例を検討した筆者らの報告では,臨床的にはほとんどの症例が軽症であり,重症例が著しく多いわけではなかった.小児例を含む若年群が成人群よりも有意に重症なことや,多発性角膜上皮下混濁(multiplesubepithelialcor-nealin?ltrates:MSI)が77%にみられたことは他の型とは大きく異なる特徴であり,重症な角膜合併症と強く関連する臨床的特徴とも考えられる4).MSIに対しては,ステロイド点眼は漸減すると再燃することが多く,困難な症例が少なくない.タクロリムス点眼がステロイド抵抗性のAdVによるMSIに有効という最近の報告がある5).56型は臨床的には中等症の角結膜炎を生じることを筆者らが報告している6).また,53型はわが国では数%の検出率だが,中国ではAdV角結膜炎の起炎型としては4型,37型とともにもっとも多くなっているが,中国では54型は報告がない7)●おわりにAdV結膜炎は最近大きな流行をみせ,臨床像にも変化が生じている.新型の概念もすでに遺伝子レベルに変わっており,これからも臨床的に注目すべき疾患であるといえる.文献1)HashimotoS,GonzalezG,HaradaSetal:RecombinanttypehumanmastadenovirusD85associatedwithepidemickeratoconjunctivitissince2015inJapan.JMedVirol90:881-889,20182)TakeuchiS,ItohN,UchioEetal:Serotypingofadenovi-rusesonconjunctivalscrapingsbyPCRandsequenceanalysis.JClinMicrobiol37:1839-1845,19993)Tsukahara-KawamuraT,FujimotoT,GonzalezGetal:Epidemickeratoconjunctivitiscasesresultingfromadeno-virustypes8and54detectedatFukuokaUniversityHos-pitalbetween2014and2015.JpnJInfectDis71:323-324,20184)UemuraT,MigitaH,UenoTetal:Clinicalandvirologi-calanalysisofepidemickeratoconjunctivitiscausedbyadenovirustype54inaregionalophthalmicclinicinKyushu,Japan.ClinOphthalmol12:511-517,20185)GhanemRC,VargasJF,GhanemVC:Tacrolimusforthetreatmentofsubepithelialin?ltratesresistanttotopicalsteroidsafteradenoviralkeratoconjunctivitis.Cornea33:1210-1213,20146)藤田秀昭,ファン・ジェーン,小沢昌彦ほか:新型アデノウイルス56型による流行性角結膜炎の1例.臨床眼科66:659-662,20127)LiJ,LuX,JiangBetal:Adenovirus-associatedacuteconjunctivitisinBeijing,China,2011-2013.BMCInfectDis18:135,2018200あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(86)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性の予防

2020年2月29日 土曜日

高橋綾子京都大学大学院医学研究科眼科学はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は,前駆病変としてドルーゼン,網膜色素上皮異常があり,これらは早期AMDとも分類される.加齢黄斑変性(AMD)と一般的によばれるものは後期AMDであり,滲出型AMDと萎縮型AMDの2型に分類され,進行例では社会的失明に至る例もある.近年は光干渉断層計(opticalcoherencetomgraphy:OCT)での詳細な病状把握が可能となり,抗VEGF療法が確立され,AMDの視機能予後は明らかに改善した.しかし,重度の視細胞や網膜色素上皮の障害を受けた場合,機能回復は困難であり,発症予防にも関心が高まっている.AMDの治療指針には,前駆病変に対する予防的治療として,ライフスタイルと食生活の改善,サプリメントの摂取が推奨されている1).前駆病変は後期AMD発症のハイリスクであり(図1),患者は予防に留意し,医療者は慎重なフォローおよび適切なタイミングでの治療介入の判断が必要である.サプリメントの有効性AMDに対するサプリメントの有効性に関しては,欧米人を対象にして行われた大規模スタディであるAREDS(Age-RelatedEyeDiseaseStudy.1992~2012年)およびAREDS2(2006~2012年)が参考になる.AREDSでは,抗酸化ビタミン+亜鉛の摂取群が有意に後期AMDを予防することが示された.AREDS2では,ルテイン+ゼアキサンチン摂取群で有意に滲出型AMDの発症が抑制され,一方でbカロテンやオメガ3脂肪酸(DHA,EPA)摂取では予防効果が明らかでなかった.萎縮型AMD(地図状萎縮が中心窩に及ぶ)にはサプリメントによる抑制効果は認められなかった2).こ図175歳,男性(初診時矯正視力:右眼0.2,左眼1.2p)a:初診時カラー眼底写真,b:同OCT.右眼は滲出型加齢黄斑変性を発症しており,左眼は黄斑部に軟性ドルーゼンが集簇し,reticularpseudodrusenを伴い,後期加齢黄斑変性発症のリスクが高いと判断される.このような症例にはサプリメントの内服が推奨される.c:初診から5年後の左眼OCT.左眼にも脈絡膜新生血管が発生し,滲出型加齢黄斑変性となった.のスタディの対象は欧米人であり,この結論が食生活の異なる日本人に当てはまるかどうかは一概にはいえない.国内でサプリメントはさまざまなものが市販されているが(表1),ルテインを少なくとも10mg含むものが望ましい.喫煙者および過去に喫煙歴のある患者は肺癌発症リスクが高まるため,bカロテンを含むものは避けるべきである.サプリメントが推奨される患者両眼に前駆病変(ドルーゼン・網膜貴色素上皮異常)を認めない低リスク患者では,サプリメント摂取の必要性は乏しいことが示されている.多数のドルーゼンを認める症例,1眼に後期AMDを発症している症例に推奨(83)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020197表1市販サプリメント含有成分(1日摂取量.単位mg)商品名VCVEbカロテン亜鉛銅ルテインゼアキサンチンDHAEPAオキュバイトプリザービジョン2408242─301.5102──オキュバイトプリザービジョン40824215.8301.5────オキュバイトプリザービジョン+ルテイン408242─301.59───オキュバイト50プラス15020─9─5116090オキュバイト+ルテイン300601.290.66───サンテルタックス20+ビタミン&ミネラル300150─151.2203──サンテルタックス20─────203──サンテルタックス20+DHA─────203200─オプティエイドDE408.5─7─3─5481オプティエイドMLMACULAR408242─301.530───VC:ビタミンC,VE:ビタミンE.・項目別数値であり全成分は表示していない.・オキュバイド(ボシュロム),オプティエイド(わかもと製薬)は全種類にビタミンが含まれるが,サンテルタックス(参天製薬)はビタミン含有の有無を選択できる.・このほか,ルテインのみのサプリメントなども他社から市販されている.される.萎縮型AMD発症に関しては予防効果が示されていないが,萎縮型AMDの約10%は脈絡膜新生血管を続発し,滲出型AMDに移行する症例があるため3),サプリメントを推奨する.両眼に滲出AMDをすでに発症している症例ではサプリメントの効果は不明であり,推奨しない.また,とくに高齢者は内科からビタミン剤をすでに処方されている場合がある.腎機能が低下している患者の場合は排泄不良の問題もある.これらの場合は過剰摂取とならないように内科医と連携することが望ましい.サプリメントは1日2~4粒の内服で月当たり約3,000~5,000円の負担となるため,効果が見込まれる患者に推奨するべきである.ライフスタイルと食生活の改善喫煙はAMDの危険因子であることが数多くの研究で明らかにされており,喫煙をやめることで危険が減少することも示されている4).禁煙は患者自身が実行可能なライフスタイルの改善点として重要である.食生活の改善に関しては,ルテインを多く含む食品はホウレン草などの緑黄色野菜であり,積極的に摂取し,バランスのよい食事を摂ることが望ましいが,食事だけから必要量を摂取するのは困難である.198あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020今後の展望近年,ドルーゼンに乏しく脈絡膜肥厚を伴う黄斑疾患としてpachychoroid関連疾患が注目されている.従来AMDと考えられてきた疾患の中にはpachychoroid関連疾患が含まれており,実際日本人でAMDと診断された症例の中にもドルーゼンをほとんど認めない症例が多かった.これらのpachychoroid関連疾患に対しての予防法が,AMDの予防法と共通するのかは未知であり,今後の研究の課題である.文献1)髙橋寛二,小倉祐一郎,石橋達朗ほか:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,20122)ThorntonJ,EdwardsR,KellySPetal:Smokingandage-relatedmaculardegeneration:areviewofassocia-tion.Ey(eLond)19:935-944,20053)TakahashiA,OotoS,YoshimuraNetal:Pachychoroidgeographicatrophy:Clinicalandgeneticcharacteristics.OphthalmolRetina2:295-305,20184)ChewEY,ClemonsTE,AgronEetal:Ten-yearfollow-upofage-relatedmaculardegenerationintheage-relatedeyediseasestudy:AREDSreportno.36.JAMAOphthal-mol132:272-277,2014(84)

緑内障:開放隅角緑内障のゲノムワイド関連解析-緑内障診療における個別化医療実現に向けて

2020年2月29日 土曜日

236.開放隅角緑内障のゲノムワイド関連解析─緑内障診療における個別化医療実現に向けて志賀由己浩中澤徹東北大学医学部眼科学教室●はじめに緑内障は多因子疾患であり,遺伝要因と環境要因が発症にかかわることが知られている.主要病型である原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)のゲノム解析は,ゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)という手法を中心に行われてきた.GWASは,ヒトゲノム全体に分布する数百万の一塩基多型*1(singlenucleotidepolymorphism:SNPs)をマーカーとして使い,疾患や眼圧などの量的な形質に影響があるゲノム上のマーカーを網羅的に検索する手法である.ゲノム解析技術の目覚ましい進歩に伴って,安価に全ゲノム上のSNPsを高精度で取得することが可能となった.こうした背景から,GWASの対象者数の規模は年々拡大しており,POAG発症に関連する多数の遺伝子マーカーが同定されている.そしてこれからは得られた知見をいかに実臨床に役立てるかが求められる,いわゆるポストGWASの時代に向かっていくと考えられる.本稿では,個別化医療の実現に向けた緑内障診療におけるGWASデータの活用法について述べる.●GWASデータを用いた緑内障発症リスクの予測POAG患者を対象としたこれまでのGWAS結果から,同定される遺伝子マーカーのオッズ比*2は1.2程度であり,影響は小さいことが判明している.そのため,ひとつひとつの遺伝子マーカーを個別に用いて緑内障診療に生かすことは困難である.これを克服する方法として,疾患と関連する遺伝子マーカー(塩基情報)を組み合わせることで,遺伝子マーカーの数に応じた遺伝子リスクスコアを作成し,個人の発症リスクを予測する試みがなされている.MacGregorらは眼圧または視神経乳頭形状に影響を与える103カ所の遺伝子マーカーを用いて遺伝子リスクスコアを算出した.進行性緑内障を有する1,734人と2,938人の対照群において,リスクスコアの上位1/10の集団は下位1/10の集団と比較して緑内障有病率のオッズ比が5.6であったと報告している1).わが国においてもMabuchiらが,255人の狭義POAG患者,261人の正常眼圧緑内障患者および246人の対照の遺伝情報を解析し,欧米において眼圧との関連が報告されている10カ所の遺伝子マーカーを用いて遺伝子リスクスコアを算出した.その結果,リスクスコアが12以上の人はそれ以下の人と比較して狭義POAG有病率のオッズ比が2.5となることを明らかにしており,今後の緑内障予防への有用な情報になると思われる2).以上の知見は,POAGをはじめとする多因子疾患では数多くの遺伝子マーカーを駆使するアプローチが,個人の疾患リスク予測に有用であることを示している.しかしながら,疾患の遺伝背景には民族差があることを考慮する必要がある.筆者らは日本人POAG患者を対象とした大規模GWASを実施し,発症に関連する11の遺伝子マーカーを同定することに成功したが,このうち7個の遺伝子マーカーは欧米では報告のない新規の遺伝子マーカーであった(図1)3).このように,日本人の疾患リスクを正確に予測するためには,日本人を対象としたゲノム解析が不可欠であり,今後は日本人の遺伝背景を反映した緑内障発症や進行のリスク予測モデル作成が必要であると思われる.(81)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020195図1日本人開放隅角緑内障患者の遺伝解析結果GWASは疾患に影響するヒトゲノム上に分布するSNPsを網羅的に検索する.統計学的に関連が認められた遺伝子マーカーはオレンジのラインより上にあるものである.新規に関連が認められた領域を赤で,先行研究で報告のある領域は青で示す.(文献3より許可を得て改変,転載)●GWASで同定された遺伝子マーカーの機能解析近年,iPS細胞の技術を用いて,GWASで同定された遺伝子マーカーが表現型に与える影響を調べることが可能となった.ここではPOAGの遺伝子マーカーの一つであるSIX6を例に,iPS細胞を利用した機能解析について触れたい.これまでの遺伝子解析から,SIX6遺伝子におけるエクソン内の変異(rs33912345;C>A;His141Asn)がPOAG発症のみならず,光干渉断層計で測定された網膜神経線維層厚の菲薄化に関連することが明らかになっている4).Teotiaらは,SIX6遺伝子の変異を有する患者と有さない対照者の末梢血からiPS細胞を樹立し,分化誘導された網膜神経節細胞における神経突起の長さを比較検討している.その結果,SIX6遺伝子変異を有する緑内障患者由来の網膜神経節細胞における神経突起の長さは発生時から対照由来と比較して短く,細胞死が亢進していた5).SIX6遺伝子変異が網膜神経節細胞脆弱性に関与することをヒト由来の細胞を用いて示したものであり興味深い.このように,今後は数多くの遺伝子マーカーを用いた遺伝子リスクスコアのみならず,GWASで同定された特定の遺伝子マーカーに着目した機能解析のアプローチも緑内障の病態理解や個別化医療実現に貢献すると思われる.*1:一塩基多型(SNP):ゲノム上で一塩基だけが異なって多様性を生じている部位のうち,集団での頻度が1%以上存在するもの.*2:オッズ比.ある事象の起こりやすさについて二つの群で比較したときの相違を示す統計学的尺度の一つ.文献1)MacGregorS,OngJS,AnJetal:Genome-wideassocia-tionstudyofintraocularpressureuncoversnewpathwaystoglaucoma.NatGenet50:1067-1071,20182)MabuchiF,MabuchiN,SakuradaYetal:Additivee?ectsofgeneticvariantsassociatedwithintraocularpressureinprimaryopen-angleglaucoma.PLoSOne12:e0183709,20173)ShigaY,AkiyamaM,NishiguchiKMetal:Genome-wideassociationstudyidenti?essevennovelsusceptibilitylociforprimaryopen-angleglaucoma.HumMolGenet27:1486-1496,20184)ShigaY,NishiguchiKM,KawaiYetal:GeneticanalysisofJapaneseprimaryopen-angleglaucomapatientsandclinicalcharacterizationofriskallelesnearCDKN2B-AS1,SIX6andGAS7.PLoSOne19:e0186678,20175)TeotiaP,VanHookMJ,WichmanCSetal:Modelingglaucoma:RetinalganglioncellsgeneratedfrominducedpluripotentstemcellsofpatientswithSIX6riskalleleshowdevelopmentalabnormalities.StemCells35:2239-2252,2017196あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(82)

屈折矯正手術:LASIK後の多焦点眼内レンズ

2020年2月29日 土曜日

●連載237屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男237.LASIK後の多焦点眼内レンズ坂谷慶子●はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)が国内に導入されてから約20年が経過した.2006年に厚生労働省から承認を受け,累積手術件数は200万件以上と推定されている.一方,多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は2008年に先進医療として認定されたこともあり,普及してきている.このような流れのなかで,LASIKにより裸眼での快適な生活を獲得した患者が老視・白内障世代となり,多焦点IOLを用いた水晶体再建術を希望する場面にしばしば遭遇する.LASIK後の多焦点眼内レンズの注意点について述べる.●適応のポイント基本的に多焦点IOLは本人の希望で選択されるものであり,単焦点IOLとの差異を明確に説明し,理解してもらうことがもっとも重要である.過度な期待はトラブルの原因となるため,利点だけでなく問題点もしっかりと伝える.LASIKを受けた患者は,LASIK術後に裸眼視力の改善とともに見え方の質の変化も経験しており,多焦点IOLに関する説明への理解が得られやすい場合が多く,むしろよい適応ではないかと考える.しかし,すべてのLASIK患者が適応となるわけではない.適応を検討する際のポイントや注意点について,表1にまとめた.まず,LASIK後,老視や白内障を発症するまでの期間において,安定した視力が得られていたかどうかは重要である.老視や白内障がないにもかかわらず視力が不安定だった場合や,視力が良好でもコントラスト感度が著明に低下していた場合,夜間の見えにくさ・光のにじみなどの症状を強く感じていた場合には多焦点IOLの適応となりにくい.多焦点IOLの特性上,入射光の光表1LASIK後多焦点IOLの適応のポイントと注意点学的エネルギーが多焦点に振り分けられることや,結像に使用できない光学的ロスも発生することで,ハロー・グレアを生じたり,コントラスト感度が低下したりするなどのデメリットがあるので,LASIK後の見え方に不具合があればデメリットが大きくなる懸念がある.とくに,偏心照射などにより角膜不正乱視が認められる場合や,角膜の収差が大きい場合には,瞳孔領から入射する光束が不均一となるため,多焦点IOLを使用しないか,topography-guidedLASIKによって不正乱視や角膜収差を軽減する必要がある.次に,LASIK後の多焦点IOLは,光学的ロスが極力少ないものを選択することが重要である.吉野らは,LASIK後眼への多焦点IOL挿入は良好な遠方および近方裸眼視力が得られるが,コントラスト感度の低下に留意しなければならないとしている1).筆者らの施設において,分節状屈折型のLentisMplus(Oculentis社製)と回折型のATLISA(CarlZeissMeditec社製)の術後コントラスト感度を,LASIK群とLASIKの既往のない群とに分けて比較した.抽出条件は年齢40~69歳,眼軸長は24~30mm,術後3カ月以上経過観察できたものとした.解析対象を表2に示す.その結果,Lens-tisMplusではLASIKの既往の有無でコントラスト感度の差は認められなかった(図1)が,ATLISAではLASIK群のコントラスト感度が低い傾向があった(図2)2).このように多焦点IOLの光学的ロスの程度により,(79)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020193CSV-1000ContrastSensitivityCSV-1000ContrastSensitivityLENTISMplus(グレアなし)LENTISMplus(グレアあり)ATLisa(グレアなし)ATLisa(グレアあり)361218361218361218361218SpatialFrequency-(CyclesPerDegree)Ages20-59Ages70-80図1LASIK既往の有無による術後コントラスト感度の比較:LentisMplusの場合SpatialFrequency-(CyclesPerDegree)Ages20-59Ages70-80図2LASIK既往の有無による術後コントラスト感度の比較:ATLISAの場合表2術後コントラスト感度の解析対象LentisMplusATLISALASIK(+)LASIK(?)LASIK(+)LASIK(?)眼数35眼46眼14眼26眼年齢57.7±7.5歳57.6±7.9歳60.4±5.9歳60.3±5.9歳眼軸長26.9±1.5mm26.6±1.2mm26.4±1.8mm25.7±1.3mmIOL度数18.5±3.9D11.1±3.4D19.1±1.3D12.2±4.3Dコントラスト感度低下の程度も異なると考えられる3,4).●術後屈折誤差もう一つの重要なポイントとして,術後屈折誤差の問題があげられる.LASIK後眼に対してさまざまなIOL計算式が考案されているが,決定的に精度の高い計算式はない.筆者らの施設では,Haigis-L,BarrettTrueK,Camelline-Calossi,ASCRSのIOLcalculatorなどを用いて総合的に判断するとともに,術中計測装置ORA(Alcon社製)を併用することで屈折誤差を最小限にできるよう努めている.多焦点IOLを希望する患者は術後の眼鏡装用を望まず,屈折誤差は大きな問題となりうるため,術後屈折誤差の可能性とともに,LASIKタッチアップやIOL入替などについても事前に説明して理解を得ておくことが必要である.●おわりにこのように,LASIK後の多焦点IOLについては特有の注意点があり,適応判断は慎重であるべきと考える194あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020が,近年のLASIKはコントラスト感度の低下を防ぐためにカスタム照射が主流になっており,今後,LASIK後のIOL度数計算式の発展や,多焦点IOLの改良により光学的ロスの低減が進めば,より適応が拡大するものと思われる.文献1)吉野真未,南慶一郎,平沢学ほか:Laserinsituker-atomileusis(LASIK)術後多焦点眼内レンズ挿入眼の術後成績.日眼会誌119:613-618,20152)荒井宏幸:LASIK後の多焦点IOL肯定派.IOL&RS30:260-265,20163)AlioJL,Plaza-PucheAB,JavaloyJetal:Comparisonofthevisualandintraocularopticalperformanceofarefrac-tivemultifocalIOLwithrotationalasymmetryandanapo-dizeddi?ractivemultifocalIOL.JRefractSurg28:100-105,20124)AlfonsoJF,Madrid-CostaD,Poo-LopezAetal:Visualqualityafterdi?ractiveintraocularlensimplantationineyeswithpreviousmyopiclaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg34:1848-1854,2008(80)

眼内レンズ:新しい3焦点眼内レンズ「PanOptix」

2020年2月29日 土曜日

399.新しい3焦点眼内レンズ「PanOptix」ビッセン宮島弘子東京歯科大学水道橋病院眼科●レンズの特徴Alcon社のAcrySofIQPanOptixTrifocalおよびAcrySofIQPanOptixTrifocalトーリックが2019年に厚生労働省の承認を得て,国内初の3焦点眼内レンズとなった.同社の単焦点眼内レンズAcrySofIQをプラットホームとし,光学部4.5mm径が回折デザインとなっている(図1).従来の2焦点眼内レンズは,回折デザインの一つのステップの高さが一つの近方加入度となり,従来の3焦点眼内レンズは二つのステップの高さが二つの加入度,すなわち近方と中間の加入度となり,近方40cmと80cmで良好な視力が得られる.本3焦点眼内レンズは,日常生活における中間作業で重要な60cmに焦点が合うよう,回折デザインに三つのステップを作り,三つの加入度で120cm,60cm,40cmと,遠方を含め4カ所に焦点が合うように設計されている.ユニークな点は,三つ目のステップ,すなわち焦点距離が120cmの光を遠方に再分配して光利用率を88%とし,従来の多焦点眼内レンズより高い水準の視力が得られるようにしていることである.モデル名,眼内レンズ度数範囲,トーリックタイプの加入度を表1に示す.●臨床成績国内で行われた臨床試験の詳細は論文を参照いただき1),概要を紹介する.両眼裸眼視力は,遠方5m,中間60cm,近方40cmのどの距離においても術後3,6カ月において小数視力1.0以上,焦点深度曲線は2焦点眼内レンズ挿入後と比較して-1.0~-2.0D負荷での低下がなく,なだらかな曲線であった.視力は海外におけ図1AcrySofIQPanOptixTrifocal単焦点眼内レンズAcrySofIQと同じ疎水性アクリル素材,非球面着色レンズで,前面4.5mm径が近方+3.25D加入,中間+2.17D加入の回折デザインとなっている.表1レンズの特徴製品名AcrySofIQPanOptixTrifocalAcrySofIQPanOptixTrifocalトーリックモデル名TFNT00TFNT30TFNT40TFNT50TFNT60加入度数レンズ面+2.17D(中間)/+3.25D(近方)角膜面+1.64D(中間)/+2.48D(近方)円柱度数レンズ面─1.5D2.25D3.00D3.75D角膜面─1.03D1.55D2.06D2.57D度数範囲6.0~-30.0D(0.5Dステップ)(77)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020191図2手術時の3焦点トーリック眼内レンズ挿入後画像水晶体?内に眼内レンズが挿入され,眼内レンズの乱視軸マークが予定のトーリックカリキュレーターの固定位置に合わされている.る同レンズの臨床成績と比較して,同等あるいはそれ以上の結果で2~4),コントラスト感度は遠方および近方測定で正常範囲内であった.今回,臨床試験では用いなかったトーリックタイプも承認を受け,角膜乱視例への適応が広がる.モデル選択は,角膜前面のみでなく角膜後面乱視を理論的に計算し,症例ごとにe?ectivelenspositionを考慮するDr.Barrettのアルゴリズムが組み込まれたオンラインカリキュレーターの使用が可能である.実際の挿入例(図2)で,良好な裸眼視力が得られている.●今後の傾向欧州白内障屈折矯正手術学会(EuroepanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons:ESCRS)の調査によると,おもに使用されている老視矯正眼内レンズは,3焦点が2017年に45%,2018年に56%で,2019年には70%近くになると予想されている.2焦点眼内レンズと同等の遠方および近方視力が得られ,かつ中間視力が向上するのであれば,日本でも同じような現象が起きることが予想される.2焦点眼内レンズは,加入度の違いにより近方から中間の見え方が異なるため,患者への説明に時間を要し,生活スタイルに合ったレンズ選択が必要であった.3焦点眼内レンズが承認されたことにより,レンズ説明と選択が容易になるだけでなく,明視域を広げるために異なる近方加入度の2焦点眼内レンズを片眼ずつ挿入する必要性がなくなるであろう5,6).このように,老視矯正としては近方視力が良好な3焦点眼内レンズが期待されるが,回折デザインであるため,コントラスト感度の低下やグレア・ハローがゼロになるわけではない.より良いコントラスト感度と,遠方から中間距離での見え方を重視する患者には,近方加入度の少ない焦点深度拡張型レンズも選択肢として残る.今後,老視矯正眼内レンズとして3焦点レンズの割合が増えることが予想されるが,焦点深度拡張型との使い分けが重要になるであろう.文献1)Bissen-MiyajimaH,OtaY,HayashiKetal:ResultsofclinicalevaluationofatrifocalintraocularlensinJapan.JpnJOphthalmol2020Jan3.doi:10.1007/s10384-019-00712-4.[Epubaheadofprint]2)KohnenT,KerzogM,HemkepplerEetal:Visualperfor-manceofaquadrifocal(trifocal)intraocularlensfollowingremovalofthecrystallinelens.AmJOphthalmol184:52-62,20173)Garc?a-P?rezJL,Gros-OteroJ,S?nchez-RamosCetal:Shorttermvisualoutcomesofanewtrifocalintraocularlens.BMCOphthalmol17:7,20174)LawlessM,HodgeC,ReichJetal:Visualandrefractiveoutcomesfollowingimplantationofanewtrifocalintraocu-larlens.EyeVis(Lond)4:10,20175)NakamuraK,Bissen-MiyajimaH,YoshinoMetal:Visualperformanceaftercontralateralimplantationofmultifocalintraocularlenseswith+3.0and+4.0diopteradditions.AsiaPacJOphthalmol4:329-333,20156)Bissen-MiyajimaH,OtaY,NakamraKetal:Binocularvisualfunctionwithstagedimplantationofdi?ractivemul-tifocalintraocularlenseswiththreeaddpowers.AmJOphthalmol199:223-229,2019

写真:急性GVHDに伴う偽膜性結膜炎

2020年2月29日 土曜日

429.急性GVHDに伴う偽膜性結膜炎細谷友雅兵庫医科大学眼科学教室図2図1のシェーマ①上眼瞼結膜②偽膜③球結膜図1左眼前眼部写真上眼瞼裏の結膜上に白色の偽膜を認める.偽膜に覆われていない部分の瞼結膜は軽度充血を認めるが,球結膜充血は目立たない.図3左眼前眼部フルオレセイン染色写真上眼瞼裏に形成された偽膜がより明瞭となる.図4経過中の左眼前眼部フルオレセイン染色写真治療開始1カ月後の左眼.角膜上方に複数の太い角膜糸状物を認める.点状表層角膜症は上方に軽度認めるのみで,涙液減少は目立たない.(75)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020189性graft-versus-hostdisease(GVHD)に伴い発症した偽膜性結膜炎(pseudomembranouscon-junctivitis)の1例を紹介する.症例:30歳,女性主訴:左眼違和感現病歴:急性リンパ性白血病を発症し,臍帯血移植を実施.皮膚GVHD発症と原疾患の再発を認めたため,血縁者間HLA不適合移植を施行.移植2カ月後に皮膚GVHD増悪と大腸GVHDに対しステロイドパルス療法,インフリキシマブ,リツキシマブ点滴を行った.同時期に両眼の掻痒感が出現したが,この時点では偽膜形成は認めなかった.移植6カ月後に原疾患の再発と肝臓GVHDを生じ,放射線照射を施行.同時期に左眼の違和感を訴え眼科を再診した.受診時所見:両眼の上眼瞼結膜と左眼の下眼瞼結膜に偽膜形成を認めた(図1~3).軽度の瞼結膜充血を伴っていたが,球結膜に目立った充血はなかった.両眼の角膜上方に糸状角膜炎と点状表層角膜症を認めたが,角膜上皮欠損は認めなかった.前房,水晶体,眼底には特記すべき異常を認めなかった.経過:偽膜を除去し,抗菌薬点眼,リン酸ベタメタゾン点眼および眼軟膏を処方した.数日ごとに偽膜を除去し,約1カ月で偽膜形成は軽減したが,糸状角膜炎は残存した(図4).原疾患が再発し,再移植目的に抗胸腺細胞グロブリン投与後,急速に呼吸不全となり,偽膜性結膜炎発症から1カ月半後に死亡した.急性GVHDは,移植後100日以内に発症する古典的急性GVHDと,100日以降に発症する非典型的急性GVHDに分類される1).急性GVHDは同種造血幹細胞移植後早期にみられる皮疹・黄疸・下痢を特徴とする症候群で,移植片の宿主に対する免疫学的反応によるものと定義される.眼では病理学的所見として結膜にアポトーシスを伴う粘膜内リンパ球浸潤を認め,偽膜性結膜炎や角膜上皮欠損を生じる.確定診断には結膜生検を要するが,臨床的に診断する症例も多い.本症例は移植6カ月後に偽膜性結膜炎を生じ,結膜生検は施行していないが非典型的急性眼GVHDと診断した.偽膜の本態は強い炎症によるフィブリン膜で,内部には炎症細胞浸潤がみられる.1/3に角膜上皮障害を伴い2),生命予後不良の徴候である3).全身GVHDの初発病変となることもあり,筆者の施設では発見次第,血液内科に連絡している.偽膜は上眼瞼裏に生じることが多く,眼瞼を翻転して確認する.フルオレセイン染色を行うと境界が明瞭となる(図3).異物感や角膜上皮障害の原因ともなるためこまめに除去し,全身の免疫抑制治療の強化とともに,眼表面も高力価ステロイド点眼や眼軟膏を用いて消炎を図る.偽膜の消退後も急激な結膜下組織の線維化進行,涙液分泌能の低下を生じドライアイが悪化することがあるので,厳重な経過観察を行う.文献1)日本造血細胞移植学会:造血細胞移植ガイドライン-GVHD(第4版).JSHCTMonograph56:1-81,20182)NassarA,TabbaraKF,AljurfM:Ocularmanifestationsofgraft-versus-hostdisease.SaudiJOphthalmol27:215-222,20133)Auw-HaedrichC,PotschC,BohringerDetal:Histologi-calandimmunohistochemicalcharacterisationofconjunc-tivalgraftvshostdiseasefollowinghaematopoieticstemcelltransplantation.GraefesArchClinExpOphthalmol245:1001-1007,2007

Endpoint Management(PASCAL)

2020年2月29日 土曜日

EndpointManagement(PASCAL)野崎実穂*はじめに閾値下レーザーは,従来の凝固斑が観察できる光凝固とは異なり,凝固斑が「観察できない」光凝固である.英文ではnon-damagingretinallasertherapy(NRT)と表現されることもあるように,網膜組織に破壊や瘢痕を起こさず,治療効果をもたらす新しいコンセプトの治療法である.糖尿病黄斑浮腫や慢性漿液性脈絡網膜症などに対する有効性が期待されている.もともとはIRIDEX社のマイクロパルスモードのみが網膜閾値下レーザーの機種であったが,現在さまざまな機種に閾値下レーザーソフトウェアが搭載されている.本稿では,パターンスキャンレーザーであるPASCAL(トプコン)に搭載されている閾値下レーザーソフトウェアであるEndpointManagementについて解説する.IEndpointManagementとは2008年にわが国でも販売開始されたパターンスキャンレーザーであるPASCAL(トプコン)は,従来よりも短照射時間・高出力設定であり,パターンスキャンテクノロジーにより照射パターンもいろいろ選択できる,という特徴がある1).短照射時間・高出力設定であるために脈絡膜への熱拡散が少なく,痛みが少ない光凝固ができるというメリット2)のほかに,従来の凝固法に比べて,瘢痕拡大が少ない3),網膜内層への障害が少ない4,5)というメリットがあり,網膜色素上皮(retinalpigmentepi-thelium:RPE)のみをターゲットにした治療が可能になった.このPASCALの特徴を生かし,コンピューターでエネルギーとパターンを細かく制御し,再現性のある均一な凝固斑を用いてRPEに対して閾値~閾値下凝固を可能にしたソフトウェアがEndpointManagementである.網膜光凝固の治療効果について考えるとき,凝固エネルギーは,照射出力×照射時間となり,エネルギーが強すぎれば出血などの問題が,エネルギーが弱すぎると治療効果がまったく得られないことになる.EndpointManagementで用いられているアルゴリズム(図1)6)は,その間の治療効果のあるウィンドウを最大限に計算する式である7).熱拡散が,レーザー光凝固による網膜に対する障害のもっとも大きな因子であるという背景から,コンピューターモデルを用い,組織の温度上昇,動物実験により得られた熱ショック蛋白(heatshockpro-tein:HSP)の発現パターンなどをもとに,Arrhenius積分で計算された係数が得られ,それを元にアルゴリズムが作成された.つまり,100%(閾値)の照射エネルギーの50%(閾値下)のエネルギーで照射する場合に,その出力と照射時間は,単純に半分になるわけではなく,このアルゴリズムに則って計算される.100%閾値の出力設定は,“barelyvisible(見えるか見えないか)”凝固に設定することが重要であり,メーカーでは照射約3秒後に,わずかに凝固斑が観察できる程度の設定を推奨している.◆MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(69)183出血かろうじて見える(閾値)観察不可能蛍光眼底造影で観察可能光干渉断層計で観察可能治療効果なしエンドポイントアルゴリズム上限下限照射時間図1EndpointManagementのアルゴリズムのシェーマ治療効果のあるウィンドウを最大限に計算するアルゴリズムである.IIEndpointManagementの奏効機序閾値下凝固の黄斑浮腫や漿液性?離への奏効機序としては,従来の凝固ではRPEが死んでしまうが,閾値下凝固ではRPEが熱により刺激されることにより,細胞修復プロセスが活性化され,その修復プロセスの一環として浮腫が減少すると考えられている.動物実験の結果でも,EndpointManagementを用いた50%の閾値下凝固では,凝固1日目ではRPEのごく一部が障害されているが,3日目にはRPEは修復されていることが確認されている7).EndpointManagementを用い,さまざまな閾値下設定でウサギに照射して,1時間後の眼底所見を調べた実験では,100%閾値設定(見えるか見えないか程度の凝固斑)で照射すると,カラー眼底写真で観察可能であり,75%で照射するとカラー眼底写真では判定不能であるが,蛍光眼底造影では観察可能であり,50%の設定では,かろうじて蛍光眼底造影と光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で観察可能であり,30%の設定では,どの観察系でも判定不可能であった7).一方,30%でHSPの発現がみられ,網膜障害はなかったことから,Lavinskyらは,30%,spacing0.25の設定で,慢性漿液性脈絡網膜症の治療を行っている8).IIIEndpointManagementのメリットとデメリットEndpointManagementのメリットは,PASCALをもっていればEndpointManagementソフトウェアを購入するだけで閾値下凝固ができる点であろう.閾値下凝固用のみにレーザーを別に1台購入するのはむずかしいが,もしPASCALをもっていれば容易に閾値下凝固を始めることができる.また,PASCALで閾値下凝固を行う際,さまざまなパターンが選択できるので,凝固斑が観察できなくても,打ち忘れるところもなく,ある程度均一に照射することが可能である.EndpointMan-agementでは,さらに目印としてランドマーク機能がついている.ランドマーク機能とは,パターン隅の凝固斑のみベースライン(閾値)とした100%設定にして凝固する機能で,ランドマークを凝固後観察できるため,より正確な閾値下凝固が可能な便利な機能である(図2,3).しかし,従来のマイクロパルスを使った閾値下凝固は,dutycycle(%)(照射時間と休止時間の合計に占める照射時間の割合)を変えて閾値下凝固の強さを調節できるようになっているが,EndpointManagementはあくまでもマイクロパルスではなく連続波を用いており,照射時間と出力がアルゴリズムに則って閾値より弱い設定になるため,マイクロパルスを使った閾値下凝固設定とは異なる機序が働く可能性もある.IVEndpointManagementの使用法アーケード外の浮腫のないエリアでまずテスト照射(titration)を行う.照射時間は15msec,スポットサイズは200μm,照射して約3秒後にわずかに凝固斑が認められる最小出力を決める.その後,EndpointMan-agementで30~50%に設定し,ランドマーク機能をonとし,まず,maculargridパターンで,全周照射(spac-ingは30,40%であれば0.25,50%であれば0.5),その照射でカバーできなかったエリアを2×2などのパターンで追加凝固する(図4).閾値下凝固は密に凝固斑を置くほうが(spacingを0にしたほうが),より高い効果が得られるとされているが,EndpointManagementで100%(閾値)50%(閾値下)ランドマークo?50%(閾値下)ランドマークon図2実際のコントロールパネル(maculargridパターンの場合)左下(矢印)が,EndpointManagementの閾値下設定.LM(赤)がonになっており,パターンの外周隅の凝固斑はランドマーク(閾値)凝固となる.この図では30%になっている.出力(power)と照射時間(exposure)はパネルでは120mW,15msecになっているが,実際には30%にあわせた照射出力と照射時間に変換され閾値下凝固を行う.図3ランドマークの模式図(3×3パターン)ランドマーク設定がないと,閾値下凝固斑はすべて確認できないが(中央),ランドマークをonにすれば(右),四隅が閾値(100%)凝固斑となり,かろうじて確認できる.図4黄斑浮腫に対するEndpointManagement凝固例①浮腫のないアーケード外の網膜で閾値出力(100%)を決定する.②次にmaculargridパターンでランドマークをonにして,凝固斑を置く.EndpointManagement40%であればspacing0.25,EndpointManagement50%であればspacing0.5がメーカー推奨設定である.その他の部位は,2×2パターンなどで埋めていくことも可能であるが,中心窩近傍に凝固する際は,必ずランドマークをo?にする.はメーカー推奨のspacingは0.25~0.5のようで注意を要する.また,maculargridパターンで凝固した円周より内側を照射する場合は,中心窩に近いため,ランドマーク機能をo?にしておかないと100%閾値設定の凝図5EndpointManagementで閾値下凝固を行った糖尿病黄斑浮腫症例EndpointManagement50%,175mW,15msec,spac-ing0.25,maculargridパターンを用いて閾値下凝固した症例.術後enfaceOCTのRPE面(slab)で,ランドマーク(閾値凝固斑)()以外に,“閾値下”の凝固斑()も一部観察される.固斑(ランドマーク)が中心窩近傍に入ってしまい,長期的にはRPEの萎縮などが生じる可能性もあるため注意が必要である.凝固後,ランドマークは自発蛍光などで観察可能であるが,50%で設定した凝固斑は,基本的には検眼鏡でも自発蛍光,蛍光眼底造影検査でも,検出不可能とされている.ランドマークも,浮腫のない領域で設定した閾値であるため,浮腫の強い症例では,実際には観察できない場合もある.しかし,パターンで凝固できるため,ある程度どの領域が凝固されたかの判定は比較的容易である.閾値下凝固すべてにいえることであるが,最初のtitrationで,“見えるか見えないか”(閾値)の凝固設定abc図6糖尿病黄斑浮腫の1例61歳,男性.左眼汎網膜光凝固後に糖尿病黄斑浮腫が遷延,ステロイドレスポンダーでもあり,EndpointManagement40%(出力110mW,照射時間15msec,spacing0,maculargridと3×3パターンで全照射数598発)で閾値下凝固を施行した.a:治療開始前の視力(0.3),中心網膜厚323μm.b:1カ月後に浮腫はやや改善した.c:3年後の視力(0.5),中心網膜厚228μm,その間,浮腫の再発はみられなかった.(100%)が非常に重要である.閾値の設定が高出力になってしまうと,たとえ50%の閾値下凝固を行っても,凝固斑が検眼鏡で観察でき,“閾値下”凝固ではなくなってしまう(図5).VEndpointManagementの効果Lavinskyら9)は,慢性漿液性脈絡網膜症(発症して4カ月以上遷延)16眼に対して,EndpointManagement30%(spacing0.25)の閾値下凝固を行い,37%が初回治療で網膜下液が消失し,44%が3カ月後に再治療を受け,19%が再々治療を受けたと報告している.2カ月後から平均12文字の視力改善があり,6カ月まで視力は維持されており,6カ月後の時点で75%の症例で網膜下液は完全に消失し,25%ではわずかに下液の残存があった.Hamadaら10)は,びまん性糖尿病黄斑浮腫症例10眼にEndpointManagement50%(spacing0.5)の閾値下凝固を行い,6カ月後の時点で10眼中4眼で浮腫の完全な消退が得られ,その4眼では黄斑部の網膜感度も改善していたと報告している.しかし,自発蛍光では6眼で凝固部位に一致する点状の過蛍光が認められ,50%という設定は強すぎた可能性も否定できない.どの程度の閾値下で凝固を行えばいいか,まだ確立されていないが,慢性漿液性脈絡網膜症には30%で閾値下凝固を行い,黄斑浮腫に対しては40%で閾値下凝固を行い,3カ月後に効果を判定して,不足であれば再び追加する,という方針のほうがよいかもしれない.どちらにしろ,黄斑浮腫と漿液性脈絡網膜症に対する,日本人の至適設定の確立が必要であろう.図6はEndpointManagementを用いた閾値下凝固で治療した糖尿病黄斑浮腫の1例である.EndpointMan-agement40%,spacingは当時0で施行し,3年経過では視力低下はなかったが,外層障害があり,視力は(0.3)から(0.5)への改善にとどまっている.おわりに本特集のタイトルは「眼科レーザーをマスターしてAI時代を生き抜こう」であるが,AI時代の到来で,閾値下レーザーも,術前の中心網膜厚や黄斑体積,年齢,性別,眼軸長などのデータを入力すると,AIが“適正な“閾値”出力を教えてくれる時代がくるのではないか,OCTの厚みのマップや蛍光眼底造影画像から,適正な照射箇所も指示してくれるのではないかとも考える.将来,われわれ眼科医が介入できるところは,個々の患者に対して閾値下レーザーが有効であるかどうかを見きわめることかもしれない.マイクロパルスレーザーでは,術前の中心網膜厚が400μm以上の症例では反応が不良であり11),薬物療法である程度網膜厚を減らしてから施行することが推奨されている.閾値下凝固は薬物治療と併用して使用されることが多いが,今後,閾値下凝固の介入の最適なタイミング,どのようなタイプの浮腫や漿液性?離症例に効果が高いかなど,われわれ眼科医が見きわめる基準を確立していく必要があろう.文献1)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20062)MuqitMM,MarcellinoGR,GrayJCetal:PainresponsesofPascal20msmulti-spotand100mssingle-spotpanret-inalphotocoagulation:ManchesterPascalStudy,MAPASSreport2.BrJOphthalmol94:1493-1498,20103)HigakiM,NozakiM,YoshidaMetal:Lessexpansionofshort-pulselaserscarsinpanretinalphotocoagulationfordiabeticretinopathy.JOphthalmol2018:9371895,20184)PaulusYM,JainA,GarianoRFetal:Healingofretinalphotocoagulationlesions.InvestOphthalmolVisSci49:5540-5545,20085)植田次郎,野崎実穂,吉田宗徳ほか:網膜光凝固後の組織反応の光干渉断層計による評価PASCALと従来レーザーとの比較.臨床眼科64:1111-1115,20106)野崎実穂:エンドポイントマネージメント(PASCAL).あたらしい眼科31:37-41,20147)LavinskyD,SramekC,WangJetal:Subvisibleretinallasertherapy:titrationalgorithmandtissueresponse.Retina34:87-97,20148)LavinskyD,WangJ,HuiePetal:Nondamagingretinallasertherapy:rationaleandapplicationstothemacula.InvestOphthalmolVisSci57:2488-2500,20169)LavinskyD,PalankerD:Nondamagingphotothermaltherapyfortheretina:initialclinicalexperiencewithchroniccentralserousretinopathy.Retina35:213-222,201510)HamadaM,OhkoshiK,InagakiKetal:SubthresholdphotocoagulationusingendpointmanagementinthePAS-CALRsystemfordi?usediabeticmacularedema.JOph-thalmol2018:7465794,201811)MansouriA,SampatKM,MalikKJetal:E?cacyofsub-thresholdmicropulselaserinthetreatmentofdiabeticmacularedemaisin?uencedbypre-treatmentcentralfovealthickness.Eye(Lond)28:1418-1424,2014

マイクロパルス閾値下レーザー

2020年2月29日 土曜日

マイクロパルス閾値下レーザーSubthresholdMicropulseLaserPhotocoagulation大越貴志子*はじめに抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬がさまざまな黄斑疾患に適応承認されて以来,レーザー光凝固術の役割が変化しつつある.DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR-net)は糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対するレーザー単独治療とラニビズマブ硝子体注射を比較し,後者が視力をより改善させたことを報告している1).今日DMEに対するレーザー治療は,中心窩外の局所浮腫に対する単独治療が適応ではあるが,中心窩を含む進行したDMEについては抗VEGF療法が中心となっている.一方,マイクロパルスレーザーは1990年代に登場した非侵襲的に黄斑疾患を治療するレーザーシステムである.今日まで有効性を示す臨床研究が数多く報告されたが,専用の機器が必要なこともあり近年まで普及をみなかった.しかし今日,抗VEGF薬硝子体注射の効果の限界とその経済的負担が問題視されるようになると併用療法への期待が高まり,その結果,マイクロパルス閾値下レーザーへの関心が高まりつつある.本稿ではマイクロパルス閾値下レーザーの基本的な概念と臨床応用の仕方,そして具体的な治療方法について解説する.Iマイクロパルスレーザー1.マイクロパルスとは従来のレーザーはフットペダルを踏んでいる間レーザーが連続して発振されるのに対し,マイクロパルスレーザーでは,短い凝固時間のレーザーが断続的に発振される.マイクロパルスレーザーは500Hz,すなわち1秒間に500回のon,o?を繰り返す.レーザーが発振されていない時間(o?time)に対するレーザーが発振されている時間(ontime)の比率はdutycycleとよばれ,通常5~15%に設定される.すなわち5%dutycycleでレーザーを発振した場,ontimeは100μ秒となる(図1).レーザーのエネルギーは凝固時間×出力であるので,マイクロパルスレーザーを用いると,同じエネルギーの照射を行うためには,通常の条件より高い出力が必要となる.閾値下,すなわち凝固斑の出ない条件で照射するためには閾値,すなわち凝固斑が得られる最少のエネルギーをテスト照射(titration)を行って決定する必要がある.レーザーの機種によりtitrationの仕方が異なるが,可能であればマイクロパルスモードにてtitrationを行い,得られた閾値のパワーの40~50%程度の出力にて照射する.2.マイクロパルスレーザーの意義マイクロパルスレーザー開発の目的は,凝固時間を短くすることにより,網膜色素上皮層を選択的に照射することであったが,同時にレーザーのエネルギーを網膜に障害を及ぼさない安全な領域まで十分に低下させることが可能となった.適切なパラメータ設定を行うことで,色素上皮を中心とする網膜外層に細胞死のないレベルの◆KishikoOhkoshi:聖路加国際病院眼科〔別刷請求先〕大越貴志子:〒104-8560東京都中央区明石町9-1聖路加国際病院眼科(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(59)173(連続波)100mW200msTime(ms)(マイクロパルスdutycycle5%)2,000mWdutycycle5%100μs2msdutycycle15%100mW200msTime(ms)図1連続波とマイクロパルスの違い連続波はフットペダルを踏んでいる間,連続してレーザーが発振される.マイクロパルスは,短い凝固時間のレーザーを断続的に発振し,1回の照射とするシステムである.凝固時間が短いため,高出力照射となる.通常500Hz=1s(1,000ms)の中に500回onとo?があり,onとo?1回分の時間は2ms.Dutycycleとはontimeとo?timeの比率である.小さいほどレーザーが発振されている時間が短いため,より大きい出力を要する.温度上昇をもたらすことができ,それにより治療効果が得られるものと考えられている.そしてこの条件が後述する「閾値下レーザー」のコンセプトにつながっている.II閾値下レーザー1.閾値下レーザーとは閾値下レーザーの概念は古くからあり,古典的な閾値下レーザーはマイクロパルスを用いないものであった.当初は,凝固斑が出ないレベルの照射を行うレーザーを広い意味の閾値下レーザーとして大まかに定義していた.しかし,閾値下レーザーでも従来のレーザーを用いると黄斑感度が低下することや,長期的にはフレックが出る可能性が指摘されており,閾値下であっても必ずしも安全ではないことがわかってきた.閾値下レーザーの定義は未だ確定的なものはないが,閾値下レーザーの最大の利点である安全性と非侵襲性を条件とするのであれば,その定義を「レーザーを用いた細胞死のないレベルの温度刺激」とすべきであろう.しかし,海外では細胞死があり温度上昇をきたさない閾値下レーザーも存在するので,温度上昇のある閾値下レーザーとない閾値下レーザーに今後区別してゆく必要があろう.図2レーザーの侵襲のレベルと組織変化レーザーのエネルギーが大きい場合,網膜に凝固斑が確認できる.凝固斑が確認でないレベルのエネルギーの照射を行った場合,条件次第では,OCTで凝固斑が確認でき,自発蛍光検査で過蛍光となる.眼底写真で凝固斑がかろうじて観察できる条件のエネルギーを100%とした場合(黄色点線),75%のエネルギーの照射では,カラー眼底写真では凝固斑が確認できないがOCTで凝固斑が観察される(青点線).30%のエネルギーではOCTでもカラー眼底でも凝固斑が確認できない(緑点線).この条件での照射は,細胞死が起こっていない可能性がある.しかし,エネルギーが低すぎると,治療効果のないレベルの照射となる(赤枠).閾値下レーザーを安全かつ効果的に行うには,細胞死がない条件でかつ治療効果が発現できる程度の熱刺激を網膜色素上皮細胞に加えることであるが,閾値下レーザーでの治療効果が得られる範囲はかなり狭くなっている.(OCTとカラー眼底は文献2より改変引用)図2にレーザーによる網膜への侵襲のレベルを示す.閾値,すなわち凝固斑が確認できる最少のエネルギーを100%とした場合(黄色点線),このレベルの照射では光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で明瞭に凝固斑が確認できる.エネルギーを75%まで低下させると眼底写真上は凝固斑は確認できず,閾値下と判断されるが,OCTでは依然として凝固斑が確認できる(青点線).OCTでの形態変化は細胞死と考えられるため,閾値下の条件でもエネルギー次第では非侵襲的レーザーとはいえない.また,エネルギーが低すぎると細胞に熱刺激が加わらないため,治療効果のないレーザーとなる.閾値下レーザーの条件を非侵襲的でかつ治療効果をもたらすレベルに設定するための条件は,狭い範囲であることを認識しなければならない.閾値下レーザーの治療効果発現のマーカーとして,熱ショック蛋白(heatshockprotein:HSP)の発現上昇が報告されている.HSPは49℃以上で発現上昇し,かつ57℃以上で細胞死がもたらされる.すなわち,49℃以上56℃以下の狭い範囲の温度上昇が,閾値下レーザーを成功させるために要求される.動物実験ではおよそ細胞死の閾値の50%のエネルギーでHSPが発現上昇するとされており,安全な閾値下の条件は,40~50%ぐらいのエネルギーであると考えられている.しかし,実臨床においては網膜の厚さや色素の量などが不均衡であり,理想的な条件設定は困難であることが現状であり,残念ながらパラメーa3bc21001361224Timecourse(h)マイクロパルス連続波図3マイクロパルスレーザーによる熱ショック蛋白(HSP)の発現上昇a:マイクロパルス閾値下レーザー後の細胞内分子の評価の指標としてHSPA1Aという熱ストレスに対して発現する蛋白に注目した.12mmシャーレにヒト網膜色素上皮細胞を培養し,閾値下凝固に相当するエネルギーで81発レーザーを施行し,術後totalRNAを抽出しPCR定量を行った.HSPA1Aは,照射1時間後に照射前の2倍以上,3時間後に3倍以上に発現上昇し6時間後まで持続した.b,c:照射部の抗Hsp70抗体を用いた免疫染色(免疫染色24時間後).緑はHsp70が発現している部位.b:マイクロパルス閾値下レーザー照射部位(細胞死はなく細胞の形態が変化するレベルの照射)では照射部位の色素上皮細胞の形態変化を認めた部位にHsp70が強く発現している.c:連続波のレーザーでは照射部位の中心に細胞死をきたしたエリアが観察される.細胞死をきたした範囲は染色されず,非照射部位である周囲にHsp70が発現している.(文献3より引用)タ設定については経験による判断が大きい.閾値下レーザーを行うにはマイクロパルスレーザーを必ずしも必要としないが,閾値下のパラメータ設定のシステムが必要である.トプコン社のPASCALレーザーに搭載された「EndpointManagement」はマイクロパルスを用いない閾値下レーザーシステムである.2.閾値下レーザーの奏効機序これまで閾値下レーザーの奏効機序は謎であった.従来のレーザーは網膜外層の細胞死をもたらすことで浮腫を引かせるものと考えられていたので,細胞死のない条件で浮腫が引くメカニズムは解明されていなかった.しかし,これまで複数の基礎研究においてヒトや動物の網膜色素上皮細胞に細胞死のない条件でレーザーによる熱刺激を加えることで,HSPをはじめとするさまざまな蛋白が発現上昇することが報告されている3()図3).HSPは細胞が熱ストレスにさらされた際に発現し,細胞を保護する作用をもつ蛋白質で,抗炎症作用など,さまざまな働きを有している.HSPの発現上昇は閾値下レーザーの奏効機転のトリガーとなり,浮腫減少をもたらすさまざまな分子を動かしているものと推定されている.また,マイクロパルス閾値下レーザー後の前房水の分析でMuller細胞に関連する分子が動いていることも確認されており4),細胞死のない熱刺激がさまざまな経路で分子を動かし,網膜色素上皮細胞のポンプ作用を改善させたり,あるいは,Muller細胞の機能を回復させることにより浮腫を引かせているものと推定されている.IIIマイクロパルス閾値下レーザーの臨床応用1.適応と効果DMEをはじめとする黄斑疾患が適応となる.表1に適応疾患を示した.a.糖尿病黄斑浮腫DMEに対するマイクロパルス閾値下レーザー単独治療の適応は,中心窩外の局所浮腫,中心窩を含む領域の黄斑浮腫のうち,軽症な症例(中心窩網膜厚600μm以下)である(図4).今日までDMEに対する閾値下レーザー単独治療の有効性を証明した報告は多数ある6~9).ランダム化比較試験の結果も報告されており,従来のレーザー(modi?edETDRSレーザー)より有効であることが示されている7).このことから,閾値下レーザーが可能であれば原則毛細血管瘤の直接凝固は行わず,黄斑部の病巣部に広範囲にレーザーを蜜に照射する.一般に浮腫が比較的軽症である症例が単独治療の適応であり,重症な黄斑浮腫については,抗VEGF治療との併用療法10)が適応となる(図5).b.網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO)の黄斑浮腫は抗VEGF治療が奏効するため,単独療法としての閾値下レーザーの適応は狭く,視力が良好な軽症例に限られる11).重症例では出血が多くレーザーが網膜色素上皮層まで通過しないので効果に限界がある.しかし,出血が引き慢性化した?胞様黄斑浮腫や,注射を繰り返し行っても再発を繰り返している症例に対し閾値下レーザーが奏効することをしばしば経験する.閾値下レーザーと注射の併用療法が注射の本数を減らせたという後ろ向き研究結果が報告されている12,13).筆者らは網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO)の黄斑浮腫に対し,抗VEGF薬と閾値下レーザーの併用療法を行い,1年間に3.1本の注射で13文字の視力改善が得られたことを報告した13).c.中心性漿液性脈絡網膜症中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioreti-nopathy:CSC)は閾値下レーザーのよい適応である.CSCは遷延すると視細胞が障害され,恒久的な視力低下に陥る疾患である.これまで,漏出点が中心窩に近い場合や,漏出点が不明な症例ではレーザー治療が不能とされ放置されることが多く,視力低下を余儀なくされていた.このような症例に対し光線力学的療法(photody-namictherapy:PDT)の有効性を示す複数の報告がある.しかし,PDTはわが国では保険適用がなく,また表1マイクロパルス閾値下レーザーの適応疾患治療後に遮光が必要であることなど患者負担が大きい.マイクロパルス閾値下レーザーはこのような症例に対して有効かつ安全な治療法である(図6).約60%の症例で漿液性?離が消失する.PDTや従来のレーザーと比較した論文14~16)はいくつかあるが,効果はほぼ同等14,15),またはやや効果が低い16)との報告もある.いずれにしても,マイクロパルス閾値下レーザーは治療のハードルが低く副作用も懸念する必要がないので,まず試してみる価値がある治療である.CSCは放置されることにより視細胞の障害は不可逆的になるため,長期間自然回復を待つより閾値下レーザーで早期に治療を行い,視機能の温存を図ることが重要である.2.方法マイクロパルス閾値下レーザーは凝固斑がみえないレーザーであるため,パラメータの設定が重要な鍵となる.そのため入念に時間をかけてtitrationを行う.また,照射範囲も重要であり,広い範囲を照射しないと効果がない場合がある.本稿では,ピュアイエロー・レーザー光凝固装置IQ577(トーメーコーポレーション)という,もっとも使用されている機種での方法を解説する.a.テスト照射海外では固定されたパラメータで施行する医師もあるが,網膜は厚さや色調,そして水晶体の混濁の程度が個人個人で異なり,また,レーザーの出力もミラーの汚れなどで低下してくる可能性もあるので,毎回titrationを行うことが重要である.titrationはアーケードより外側の網膜でなるべく健常な部分を選び,5%dutycycle,100μm200msec,出力を500mWから徐々に上げてゆき,凝固斑の得られる最低の出力を閾値の出力に決定する.閾値は照射直後に網膜が白濁するレベルの出力では図4糖尿病黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下レーザーの単独治療例54歳,女性.?胞様黄斑浮腫を伴うびまん性糖尿病黄斑浮腫に対し,マイクロパルス閾値下レーザーを施行したところ,術前視力0.3から術後3カ月で0.7に改善した.a:レーザー直後の眼底写真.凝固斑はみられない.b:レーザー前の蛍光眼底写真.びまん性蛍光漏出を認める.c:レーザー前の光干渉断層計.中心窩網膜厚668μm.?胞様浮腫を認める.d:レーザー後3カ月.浮腫は減少している(中心窩網膜厚407μm).(文献5より改変引用)閾値下レーザー図5糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF硝子体注射とレーザー治療の計画的併用療法重症なびまん性黄斑浮腫では,抗VEGF薬硝子体注射を3回連続行い,その後浮腫の減少を見計らって閾値下レーザー治療を行う.その後は浮腫が再発するたびに必要に応じて追加注射と追加のレーザーを行う.図6中心性漿液性脈絡網膜症に対する閾値下レーザー治療56歳,女性.蛍光眼底撮影が不能だったため,漏出点を確認できず,遷延した中心性漿液性脈絡網膜症症例.中心窩を除く黄斑部全体にテクセル(TxCell)パターンモードにてマイクロパルス閾値下レーザーを施行した.治療前視力1.0.a:レーザー直後のカラー眼底写真.凝固斑はみられない.b~e:治療前後のOCT写真(b:治療前,c:治療後20日,d:56日,e:88日後).治療後速やかに下液は減少し,3カ月で完全に消失した.その後も3カ月にわたって再発はみられない.f,g:自発蛍光検査(f:レーザー前,g:4カ月後).照射部位に一致して蛍光の変化はみられない.なく,照後3秒くらいで凝固斑が得られる出力とする.b.パターン照射閾値の出力が決定したら,出力を40~50%程度に低下させ,TxCell(テクセル)モード(IQ577に搭載されたパターンモード)で照射する.通常7×7のテクセルパターンを「spacing」0に設定し,中心窩を除く範囲に蜜に照射する.中心窩の周囲には7×7のテクセルを8個並べることができる(図7).したがって49×8で最低392発の照射となる.病変部位が広い場合は,さらに周囲も追加照射する.この際,閾値をとっているのが健常部位で,実際治療するのが浮腫がある部分なので,症例によって閾値下のエネルギーを40~60%まで変化させて行う.筆者は,通常50%のエネルギーを用いるが,CSCや視力が良好で浮腫の軽症のDMEを治療する場合は40%を選択している.RVOではアーケード内の閉塞範囲に広く照射を行う.この場合は浮腫のない部分も含むことがある.表2に閾値下レーザーの凝固条件を示す.c.漏出点に対する局所照射CSCやパキコロイド関連疾患では,漏出点が明瞭な図7TxCellを用いたグリッドパターン照射のイメージ(IQ577)7×7のグリッドをspacing0に設定し作成.中心窩の周囲に8個のグリッドを並べて照射する.病巣部が広い場合はさらに周囲に追加する.表2閾値下レーザーの条件サイズ(μm)凝固時間エネルギー(mW,mJ)spacingdutycycleマイクロパルス閾値下凝固100200msec閾値の40~60%なし5%EndpointManagement20015msec閾値の30~50%0.5─スポットサイズはスリーミラーレンズ使用時.症例はまずそこを照射し,効果に乏しい場合は,中心窩を除いた黄斑部に広範囲にグリッド状に照射する.d.再治療治療後3カ月経過して効果がない場合再治療を検討する.その際には自発蛍光検査を行い,レーザー痕が描出されないのを確認してからのほうがよい.自発蛍光が過蛍光になっていたら,過蛍光が消えるまで待ってから治療したほうがよい.3.抗VEGF治療との併用(図5)重症なびまん性糖尿病黄斑浮腫の場合,抗VEGF治療との併用療法が推奨される.併用する際の注意点であるが,注射で浮腫を限界まで引かせ,その後浮腫が軽症になったところで,マイクロパルス閾値下レーザーを当てる.浮腫が重症な時点で注射とレーザーを同時に併用してもレーザーの透過効率が悪く効果に乏しい.筆者ら10)は注射を3本程度打ってから計画的に低侵襲レーザー(閾値下レーザーと閾値毛細血管瘤凝固)を照射する方法を行い,年間3.6本と少ない注射の本数で視力改善が5.9文字と海外の前向き臨床試験の結果に匹敵する視力の改善を得たことを報告した.併用療法は,抗VEGF薬による治療効果を低下させることなく注射の本数を減らすことが可能な方法と思われる.IVマイクロパルス閾値下レーザーの未来これまで多くの臨床研究によりマイクロパルス閾値下レーザーが従来のレーザーとほぼ同等,あるいは治療効果が高いことが証明されてきた.今後は黄斑疾患に対するレーザー治療の多くは閾値下レーザーに置き変わる可能性が示唆される.しかし,前述したように閾値下レーザーは凝固斑がみえないレーザーで,かつ治療効果が発揮できる条件設定はかなり幅が狭くなることから,閾値下レーザーをより確実性の高い治療にするためには,将来リアルタイムで網膜の形態変化を観察したり,温度測定をするなど,フィードバックシステムの開発が望まれる.文献1)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Expand-ed2-yearfollow-upofranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordia-beticmacularedema.Ophthalmology118:609-614,20112)LavinskyD,SramecC,WangJetal:Subvisibleretinallasertherapy:titrationalgorithmandtissueresponse.Retina34:87-97,20143)InagakiK,ShuoT,KatakuraKetal:Sublethalphotother-malstimulationwithamicropulselaserinducesheatshockproteinexpressioninARPE-19cells.JOphthalmol2015:729792,20154)MidenaE,BiniS,MartiniFetal:ChangesofaqueoushumorMullercells’biomarkersinhumanpatientsa?ectedbydiabeticmacularedemaaftersubthresholdmicropulselasertreatment.Retina40:126-134,20205)大越貴志子:マイクロパルス閾値下凝固.あたらしい眼科31:29-35,20146)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemaforJap-anese.AmJOphthalmol149:133-139,20107)LavinskyD,CardilloJA,MeloLASetal:RandomizedclinicaltrialevaluatingmETDRSversusnormalorhigh-densitymicropulsephotocoagulationfordiabeticmacularedema.IOVS52:4614-4323,20118)QiaoG,GuoHK,DaiYetal:Sub-thresholdmicro-pulsediodelasertreatmentindiabeticmacularedema:AMeta-analysisofrandomizedcontrolledtrials.IntJOph-thalmol9:1020-1027,20169)HamadaM,OhkoshiK,InagakiKetal:SubthresholdphotocoagulationusingendpointmanagementinthePAS-CALRsystemfordi?usediabeticmacularedema.JOph-thalmol2018:7465794,201810)InagakiK,HamadaM,OhkoshiK:Minimallyinvasivelasertreatmentcombinedwithintravitrealinjectionofanti-vascularendothelialgrowthfactorfordiabeticmacu-laroedema.SciRep9:7585,201911)InagakiK,OhkoshiK,OhdeSetal:Subthresholdmicro-pulsephotocoagulationforpersistentmacularedemasec-ondarytobranchretinalveinocclusionincludingbest-correctedvisualacuitygreaterthan20/40.JOphthalmol2014:251257,201412)TerashimaH,HasebeH,OkamotoFetal:Combinationtherapyofintravitrealranibizumabandsubthresholdmicropulsephotocoagulationformacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion:6-monthresult.Retina39:1377-1384,201913)姜正信,箕輪有子,稲垣圭司ほか:網膜静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫に対する血管内皮増殖因子阻害薬硝子体注射療法と低侵襲黄斑光凝固術の併用療法の検討.臨床眼科72:1413-1419,201814)MarukoI,KoizumiH,HasegawaTetal:Subthreshold577nmmicropulselasertreatmentforcentralserouscho-rioretinopathy.PLoSOne12:e0184112,201715)RocaJA,WuL,Fromow-GuerraJetal:Yellow(577nm)micropulselaserversushalf-dosevertepor?nphotody-namictherapyineyeswithchroniccentralserouschorio-retinopathy:resultsofthePan-AmericanCollaborativeRetinaStudy(PACORES)Group.BrJOphthalmol102:1696-1700,201816)vanDijkEHC,FauserS,BreukinkMBetal:Half-dosephotodynamictherapyversushigh-densitysubthresholdmicropulselasertreatmentinpatientswithchroniccen-tralserouschorioretinopathy:ThePLACETrial.Ophthal-mology125:1547-1555,2018

光線力学的療法

2020年2月29日 土曜日

光線力学的療法PhotodynamicTherapy(PDT)大中誠之*髙橋寛二*はじめに光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)は,光感受性物質であるベルテポルフィンと非発熱性近赤外線レーザーの光化学反応を利用した治療法であり,わが国では2004年に滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対して認可された.欧米における大規模臨床試験TAP試験1)の結果では,PDTの効果は視力低下の抑制にとどまったが,わが国で行われたJAT試験2)においては,視力の維持あるいは改善効果が示され,2009年にラニビズマブが認可されるまでは滲出型AMD治療の主流であった.欧米と比較してPDTの効果が良好であった理由は,滲出型AMDに占めるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)の割合が高いことがあげられる.PDTによるポリープ状病巣の閉塞率は確かなものであったが,単独治療後に多量の網膜下出血などの合併症によって15%程度の患者において視力低下が生じる3)ことに加え,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬の劇的な視力改善効果とその手軽さに圧倒され,多くの施設においてその使用頻度は激減した.しかし,近年,抗VEGF療法の長期経過から,視機能を維持するために抗VEGF薬を頻回に投与しなければならない症例が一定数存在することがわかり,それが問題としてクローズアップされる中,PCVに対するPDTとラニビズマブの併用療法の有効性が報告4,5)されたことで,再びPDTに注目が集まってきている.本稿では,滲出型AMD,とくにPCVに対するPDTについて基本的事項から臨床応用までを解説し,PDTの適応外疾患である中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)と脈絡膜血管腫に対するPDT治療についても触れる.IPDTの基本的事項1.方法光感受性物質ベルテポルフィン(6mg/m2体表面積)の静脈内投与を10分間かけて行い,薬剤注射開始15分後から病変最大直径(greatestlineardimension:GLD)に1,000μm(safetymargin)を加えた照射野にレーザー光〔波長689±3nm,光照射エネルギー量50J/cm2(照射出力600mW/cm2で83秒間)〕を照射する.GLDはフルオレセイン蛍光造影(?uoresceinangiogra-phy:FA)によって測定し,脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)のほかに漿液性網膜色素上皮?離(retinalpigmentepithelialdetachment:PED),出血,蛍光ブロック,光凝固瘢痕を含む.ただし,乳頭近傍の病変では視神経への障害を避けるために視神経乳頭縁から200μm以上の距離をあけて照射を行う必要がある.両眼に治療対象となる病変がある場合,基本的には片眼ずつの治療が望ましいが,経済的理由などやむを得ず両眼同時に治療を行う場合には正常組織への影響を考え,ベルテポルフィンの投与開始後から20分以内に◆MasayukiOhnaka&*KanjiTakahashi:関西医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕大中誠之:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学医学部眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(49)163両眼の照射を終えることが推奨される.実臨床においては,上記標準的方法に加えて,①インドシアニングリーン蛍光造影(indocyaninegreenangi-ography:IA)で検出されたCNVのみをカバーして照射野を決定する方法(IA-guidedPDT)6),②減弱PDTまたは半量PDT7),③PCVのポリープ状病巣のみを照射する方法(polyp-selectivePDT)8,9),④レーザースポットを動かしながら照射を行う方法(ironingPDT)10),などのmodi?edmethods11)が個々の病態に合わせて用いられている.2.CNVに対する作用機序ベルテポルフィンは血中の低比重リポ蛋白(low-den-sitylipoprotein:LDL)に結合し,CNVの血管内皮細胞に多数発現しているLDLレセプターを介して細胞内に取り込まれる.そこにレーザー光が照射されると取り込まれたベルテポルフィンが光化学反応を起こし,活性酸素の一つである一重項酸素が発生する.一重項酸素によって血管内皮細胞は傷害を受け,そこに血小板が粘着・凝集することで血栓が形成され,CNVが閉塞する.3.利点と欠点11)PDTの利点として,①眼内炎や脳梗塞などの抗VEGF療法で起こりうる重篤な有害事象がなく,全身副作用が少ないこと,②すでに脳梗塞,心筋梗塞などの脳心血管合併症を有する患者にも使用できること,③血管閉塞効果が高く長期間持続すること,④治療回数が少なくすむこと,⑤治療後の受診は3カ月間隔でよいので受診回数が少なくすむこと,などがあげられる.反面,欠点として,①治療後2日間は太陽光,ハロゲンランプなど強い光への暴露を避ける必要があること,②脈絡膜毛細血管やさらに深層の脈絡膜血管が一時的に閉塞するなど脈絡膜循環障害が生じること,③複数回の治療により網膜色素上皮が萎縮すること,④出血や急性視力低下などの術後の副反応がみられること,⑤視力0.1?0.5,病変サイズ5,400μm未満が標準的適応であり,適応に限界があること,などがあげられる.II滲出型AMDに対する治療1.PDT単独療法市販後に行われたPDT新ガイドライン調査12)の結果,PDT単独療法は日本人の滲出型AMD(典型AMDとPCV)に対して1年間の視力維持効果を示し,とくに病変最大径1,800μm未満の小さい病変やPCVに対しては視力の改善効果を認めた.しかし,PDT単独療法の副反応として急性視力低下(術後1週間以内に発生)と網膜下出血が問題としてあげられる.早期の副反応はPDT施行後に起こる著明な炎症反応やVEGFの増加によるものと考えられている13).出血はCNVへの血流の再灌流が起こり始める1カ月前後にもっとも多い.筆者らの経験では急性視力低下の頻度は約5%であり,その原因として2型新生血管を含む典型AMDや,進行した網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousprolif-eration:RAP)においてCNVの急速な収縮や線維化が発生した症例に多く,またPDT後に一過性に滲出の増強が生じやすい5,400μm以上の大きい病変に頻度が高い傾向にあった.一方,術後出血は,2005年に報告されたPDT術後出血スタディ(国内6施設,695眼,代表:白神史雄・岡山大学教授)の結果,血管アーケードを越える重症出血例は3.7%(典型AMD3.2%,PCV5.0%)にみられ,線維血管性網膜色素上皮?離(?brovascularretinalpig-mentepithelialdetachment:FVPED)における頻度も高い傾向にあった.硝子体出血の頻度は全例で1.0%(典型AMD1.3%,PCV0.5%)であった.現在は,上記副反応を減らす目的で次に述べる抗VEGF薬との併用療法が一般的であるが,脳梗塞直後など全身的な問題から抗VEGF薬が使用できない場合や,注射に対する恐怖心から硝子体注射を行えない症例には適応がある.2.抗VEGF薬とPDTの併用療法PDT単独療法後に生じる網膜下出血などの副反応を抗VEGF薬により抑制できることが報告14,15)されてから,PDTを行う場合,抗VEGF薬を併用することが一164あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(50)般的となっている.副反応の抑制効果は,抗VEGF薬がPDT後にみられる治療後1週以内の異常な滲出を抑制すること,PDT後の脈絡膜血管閉塞(相対的虚血)によるVEGFのup-regulationを抑えることでCNVの異常増殖を抑制することなどに起因すると考えられる.PDTと抗VEGF薬の治療のタイミングに関しては,抗VEGF薬による眼内炎などの合併症を考慮して,抗VEGF薬投与をPDTの前に行う施設が多く,さらにラニビズマブを使用した場合,PDTの7日前より2日前投与のほうが治療効果が高かった16)ことから,当院では基本的にPDTの2日前に抗VEGF薬の投与を行っている.2012年に報告されたAMDの治療指針17)では,典型AMDは抗VEGF薬の単独療法,PCVは視力0.5以下の症例はPDTを含む治療法,0.6以上の症例は抗VEGF薬の単独療法,RAPは治療回数の少ないPDTと抗VEGF薬の併用療法が推奨され,視力良好例には抗VEGF薬単独療法も考慮してよいとされている.典型AMDに対してPDT併用療法が推奨されない理由は,欧米の大規模臨床試験18,19)の結果,ラニビズマブ単独群のほうがラニビズマブ+PDT併用群より12カ月後の平均視力の改善幅が大きい傾向にあったことからもわかるように,典型AMDに対するPDTの効果が弱いことがあげられる.RAPに対しては抗VEGF薬とPDTの併用療法が推奨されているが,治療指針の公表後に発売されたアフリベルセプトの治療効果の高さや早期に治療が行われるようになったことによる重症例の減少,PDTを併用することによる黄斑萎縮促進の可能性などを背景に,現在は初期治療として抗VEGF薬の単独療法を選択する施設が多い.しかしながら,典型AMD,RAPにおいても,①抗VEGF薬投与例において,最初から治療抵抗性を示すinitialnon-responder,②抗VEGF薬投与の途中から効果が減弱あるいは無効となり,投与がより頻回になる耐性例,③経済的負担の問題または高齢者で頻回の通院や家族の付添いが困難であり,患者がより少ない治療回数を望む場合には併用療法も適応となる.ただし,PDTに抗VEGF薬を併用しても出血のリスクがすべてなくなるわけではないので,視力良好例に対する適応は慎重に判断する必要がある.視力0.5以下のPCVの治療には,PDTを含む治療法が推奨されていることからわかるように,併用療法の有効性についてはこれまでに多数の報告がある.とくに併用療法の適応を考えるうえで参考となるのはEVER-ESTII4,5)試験とPLANET試験20,21)である.EVERESTII試験はPCVに対して,ラニビズマブ単独とラニビズマブ+PDT併用の治療効果を無作為前向きで比較検討した試験である.1年目のポリープ完全退縮率はラニビズマブ単独群33.8%に対し,併用群では69.7%と有意に高く,視力の改善もラニビズマブ単独群+5.1文字に対し,併用群では+8.1文字と有意に高かった.2年目22)も併用群の優位性は変わらず,ポリープ完全退縮率は単独群26.7%に対し,併用群では56.6%,視力の改善は単独群+5.5文字に対し,併用群では+9.6文字と有意に高かった.この結果から,少なくとも2年間はラニビズマブとPDTの併用療法のほうが,ラニビズマブ単独療法よりPCVに対して治療効果が高いことが示された.PLANET試験はPCVに対して,アフリベルセプト単独とアフリベルセプト+PDTによるレスキュー療法を比較検討した試験である.1年目20)のポリープ完全退縮率はアフリベルセプト単独群38.9%に対し,レスキュー群では44.8%,視力の改善はアフリベルセプト単独群+10.7文字に対し,レスキュー群では+10.8文字であった.2年目21)のポリープ完全退縮率は単独群33.1%に対し,レスキュー群では29.1%,視力の改善は単独群+10.7文字に対し,レスキュー群では+9.1文字であった.この結果から,アフリベルセプト単独療法はアフリベルセプト+PDTによるレスキュー療法と比較して非劣勢であることが示された.また,PDTによるレスキュー治療が必要であった症例が15%程度と少なく,PDTレスキュー治療による追加の有用性が認められなかったことから,アフリベルセプト単独療法でPCVのコントロールが可能であることが示された.しかし,単独療法で治療に抵抗する症例も少なからず存在するため,レスキュー治療の有効性や初回併用療法が適している症例の特徴などについての検証が必要と考える.(51)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020165図1ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)に対する抗VEGF薬併用PDT70歳,女性のPCV症例.FA,IAにてCNVを同定し,1,000μmのsafetymarginを設けずにスポットサイズを決定した(3,000μm).ラニビズマブ投与後2日目にfull-dosePDTを施行した.治療1カ月後も漿液性網膜?離(serousretinaldetachment:SRD)が残存していたためラニビズマブを追加投与したところ,SRDは消失し,視力も1.0まで回復した.治療4カ月後のIAではポリープ状病巣は消失していた.現在,PCVに対する併用療法の適応を考えるうえで重要な所見としてあげられているのは,脈絡膜血管透過性亢進(choroidalvascularhyperpermeability:CVH)の有無と脈絡膜厚である.CVHのあるPCVではラニビズマブによる滲出抑制効果が弱く23),併用療法による治療成績が良好であった24)と報告されている.また,PCVは典型AMDや正常眼と比較して平均脈絡膜厚が厚いとされており25,26),併用療法の視力予後は脈絡膜の厚い症例で良好であったと報告されている27).この結果は,抗VEGF薬やPDTによって脈絡膜が薄くなること28?30),PCVでは脈絡膜の減少が視力の改善と相関があったとする報告31)からもリーズナブルである.一方,脈絡膜の薄い症例に対する併用療法は,脈絡膜のさらなる菲薄化を招き,黄斑萎縮のリスクが高くなるため適応に関しては注意が必要である.これらの結果から,CVHや脈絡膜肥厚を伴うPCVには抗VEGF薬とPDTの併用療法が推奨される.PCVに対するPDTの適応視力に関しては,2012年の治療指針では併用療法においても0.5以下が推奨されているが,前述のように併用療法によってPDT単独療166あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(52)図2アフリベルセプトによる治療効果不良例に対する抗VEGF薬併用PDT59歳,女性のPCV症例.アフリベルセプトを4回投与したが,漿液性網膜?離(serousretinaldetachment:SRD)の完全消失が得られなかったため抵抗例と判断し,視力は良好であったが,患者と相談のうえ,ラニビズマブとfull-dosePDTの併用療法を施行した.併用療法後1カ月目にはSRDは消失し,その後3カ月間再発なく,視力も1.5と良好であった.法後に生じる網膜下出血などのリスクが減少することがわかり,最近は視力良好例にも適応が広がっている.Fujisan試験32)は,初回からラニビズマブとPDTを併用する群とラニビズマブ単独で治療を開始する群に分け,経過中に滲出性変化を伴うポリープ状病巣が確認されれば,いずれの群においてもPDTを追加するというデザインの前向き試験である.この試験では視力0.1?0.7までの症例を対象としており,結果的には8文字以上の改善が得られたことから,併用療法を行う場合は少なくとも視力0.7以下まで適応を広げてもよいと思われる.PDTを併用するタイミングに関しては,Fujisan試験の結果,1年間の治療回数が初回から併用療法を行った群で有意に少なかったことから,少なくともラニビズマブ使用時は初回からの併用が望ましく,これはPCVの治療において早期にしっかり病態を抑えることが重要であることを示唆している.以上の結果を踏まえて,当院ではGLD5,400μm未満,脈絡膜厚200μm以上,視力0.7以下のPCV症例で,全身状態が悪く初回治療としてラニビズマブを使用する,もしくはアフリベルセプトに対して抵抗性を示す場合にPDT併用を積極的に考慮している(図1,2).IIICSCと脈絡膜血管腫の治療1.CSCに対するPDTCSCの原発病巣は脈絡膜血管の異常な透過性亢進であり,そのために網膜色素上皮のバリアが破綻し,網膜下に漿液が漏出する.急性期は自然回復が望めるために患者の強い希望がなければ経過観察となるが,長期にわたって網膜下への滲出が持続する慢性CSCに対しては,網膜下への漏出を止めるために適応外使用ではあるがPDTが用いられている.(53)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020167図3慢性中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)に対する半量PDT64歳,男性の慢性CSC症例.トラック運転手で中心暗点を自覚.当院紹介受診後,カリジノゲナーゼ内服にて3カ月間経過観察したが,漿液性網膜?離(serousretinaldetachment:SRD)の増加を認めたため,半量PDTを施行した.2カ月後にはSRDは完全に消失し,中心暗点の自覚もなくなった.4カ月後の視力は1.5と良好であった.PDTを行うと異常な脈絡膜血管の透過性が抑制されるため,網膜色素上皮のバリア機能は回復し,網膜下への漏出は停止する.その結果,網膜下液は速やかに吸収される.藤田らは,慢性CSC204眼に半量PDT(ベルテポルフィン投与量半量)を行ったところ,治療1年後には89.2%で漿液性網膜?離の完全消失がみられ,著明な視力低下は1例もなく,平均視力は治療前と比較して有意に改善したと報告している33).当院でも慢性CSC症例に対して,照射時間を42秒に短縮し,造影検査による漏出部位と隣接するCVH領域を含め,最小限のスポットサイズで治療を行っており,良好な治療効果を得ている(図3).2.脈絡膜血管腫に対するPDT脈絡膜血管腫は,脈絡膜内に拡張した太い血管が集簇して存在する海綿状血管腫の組織像を示し,黄斑部に漿液性網膜?離や網膜浮腫を生じることがある.これら滲出性変化は,腫瘍血管の透過性亢進や腫瘍の隆起による脈絡膜毛細血管の圧排の結果,網膜色素上皮が傷害されて生じると考えられており,PDTは腫瘍血管の透過性亢進を抑制する目的で用いられる.5年の長期経過の報168あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020(54)図4脈絡膜血管腫に対するPDT46歳,男性の脈絡膜血管腫症例.黄斑部に漿液性網膜?離(serousretinaldetachment:SRD)が生じたため,視神経乳頭から200μm離し,safetymarginを設けずに腫瘍部全体にfull-dosePDTを施行した.治療後2カ月目にはSRDは消失し,視力も1.2まで改善した.1年後に再び黄斑部にSRDが生じたため,同様にPDTを施行したところ,3週間後にはSRDはほぼ消失し,2カ月後には視力も1.2まで改善した.2回目治療後1年目においても黄斑部にSRDはなく,視力も良好であったが,腫瘍部には網膜浮腫を認めている.告34)もあるが,症例数が少なく,脈絡膜血管腫に対するPDTは保険適用外である.標準的なfull-dosePDTを血管腫全体に照射することで,滲出は速やかに消失することが多いが,血管腫自体は残存するため再発することもまれではない(図4).しかし,過去に行われてきた光凝固治療による強い網膜色素上皮のダメージによる不可逆性のCMEはPDTでは起こりにくいという利点がある.おわりに滲出型AMDの治療にPDTを用いる場合,網膜下出血などの副反応は抗VEGF薬を併用してもゼロにはならない.しかし,抗VEGF薬の頻回投与が問題となってきている今,エビデンスのあるPDTを活用することは重要なことである.近年,脈絡膜大血管(Haller層)の拡張や造影検査による脈絡膜血管透過性亢進などを特徴とするパキコロイド関連疾患の概念が提唱され,その疾患群にCSCとPCVも含まれている.これら2疾患にPDTが有効であることから,パキコロイド関連疾患の一つであるpachychoroidneovasculopathy(PNV)に対してもPDTが有効である可能性は高い.現在,PNVに対するPDTの効果については各施設で検討されており,今のところ有効とする報告が多いようであるが,長期成績を含め,今後のさらなる検討が必要であろう.(55)あたらしい眼科Vol.37,No.2,2020169最後に,カールツァイス社のビズラスPDTシステム690Sの製造中止に伴い,現在はカンテルメディカル社の眼科用PDTレーザー装置VitraPDTレーザーシステムも保険適用機器であることを付記しておく.文献1)BresslerNM;TreatmentofAge-RelatedMacularDegen-erationwithPhotodynamicTherapy(TAP)StudyGroup:Photodynamictherapyofsubfovealchoroidalneo-vascularizationinage-relatedmaculardegenerationwithvertepor?n:two-yearresultsof2randomizedclinicaltri-als-tapreport2.ArchOphthalmol119:198-207,20012)JapaneseAge-RelatedMacularDegenerationTrial(JAT)StudyGroup:Japaneseage-relatedmaculardegenerationtrial:1-yearresultsofphotodynamictherapywithvertepor?ninJapanesepatientswithsubfovealchoroidalneovascularizationsecondarytoage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol136:1049-1061,20033)OishiA,KojimaH,MandaiMetal:Comparisonofthee?ectofranibizumabandvertepor?nforpolypoidalcho-roidalvasculopathy:12-monthLAPTOPstudyresults.AmJOphthalmol156:644-651,20134)KohA,LaiTYY,TakahashiKetal;EVERESTIIstudygroup:E?cacyandsafetyofranibizumabwithorwith-outvertepor?nphotodynamictherapyforpolypoidalcho-roidalvasculopathy:arandomizedclinicaltrial.JAMAOphthalmol135:1206-1213,20175)TakahashiK,OhjiM,TerasakiHetal:E?cacyandsafe-tyofranibizumabmonotherapyversusranibizumabincombinationwithvertepor?nphotodynamictherapyinpatientswithpolypoidalchoroidalvasculopathy:12-monthoutcomesintheJapanesecohortofEVERESTIIstudy.ClinOphthalmol12:1789-1799,20186)OtaniA,SasaharaM,YodoiYetal:Indocyaninegreenangiography:guidedphotodynamictherapyforp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汎網膜光凝固

2020年2月29日 土曜日

汎網膜光凝固PanretinalPhotocoagulation(PRP)─PastandPresent和田伊織*中尾新太郎*はじめに眼疾患に対するレーザー治療は,1949年Meyer-Schwickerathによる眼底への太陽光線の照射に始まった.以来,光源にはキセノン,ルビーレーザー,アルゴンレーザー,クリプトンレーザー,アルゴンダイレーザーが使用されてきた.1960年代には眼科領域として初めて糖尿病網膜症に対する治療法として用いられた1).1971年にアルゴンレーザーが市販され,1976年には網膜疾患に対する周辺部網膜への部分的光凝固による新生血管の退縮が報告され,汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)の有用性が示された2).1973年にはわが国でも導入され,糖尿病網膜症による失明を防ぐ治療として日常診療に広く普及した(表1).本稿ではPRPの歴史と臨床的意義について述べる.I汎網膜光凝固PRPの有効性については,わが国において1973年に菅が報告しているが3),1981年には米国における糖尿病網膜症に対する大規模臨床試験(DiabeticRetinopathyStudyResearchGroup)により有効性が報告された3).PRPの奏効機序について述べる.レーザー光のおもな吸収体は網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)や脈絡膜メラノサイトに存在するメラニン色素になるが,吸収されずに拡散した熱が周囲の細胞や酸素需要量が高い視細胞を変性壊死させ,その結果,酸素需要が減少し,脈絡膜から網膜側への酸素供給が促進されることで,酸素の需要と供給のバランスが改善するとされる.また,虚血状態の改善により,虚血網膜からの血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)などの血管新生促進因子を抑制し,新生血管発生予防や鎮静化をもたらすとも考えられている.これらの仮説は動物実験や細胞培養実験により裏づけられている4).また,より有効なPRPを施行するために,近年では幾何学的側面から有効性の検討も行われている.たとえば網膜全体の表面積を測定し(1,092mm2),密にPRPした場合とそうでない場合でのスポット数の差や(1,222vs1,814),網膜全体に対するスポット数の割合を計測している5).現在のPRPは定性的な側面があるが,今後定量的な治療となることが期待される.PRPは,網膜血管閉塞による虚血状態が生じ,虚血状態の持続により血管新生緑内障や増殖性変化が進行する場合が適応となる.以下に代表的な適応疾患である,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,血管新生緑内障について解説する.II糖尿病網膜症糖尿病網膜症における網膜光凝固の目的は大きく二つに分けられる.一つは新生血管の発生予防と消退,活動性を低下させること,もう一つは細小血管や毛細血管瘤からの血漿成分の漏出を防止することである.前者は増殖前糖尿病網膜症(または重症非増殖網膜症)および増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:◆IoriWada&*ShintaroNakao:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕和田伊織:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(43)157表1網膜光凝固治療の歴史年次網膜光凝固治療の変遷1949年1960年代1971年1973年1976年1981年1986年1994年1995年1999年2000年代以降Meyer-Schwickerathが太陽光線を眼底に照射眼科領域として初めて糖尿病網膜症の治療に適用アルゴンレーザーが市販わが国へレーザー治療が導入される.菅がPRPの有効性を報告部分的光凝固による新生血管退縮の報告→PRPの有用性が示唆されるDiabeticRetinopathyStudyResearchGroupにより糖尿病網膜症に対するPRPの大規模臨床試験が実施BRVOstudy厚生省(当時)よりわが国の糖尿病網膜症に対する適応および実施基準が示されるCRVOstudyETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)により糖尿病網膜症に対するPRPのエビデンスが確立パターンスキャンレーザーの開発(2005年)部分的光凝固によるPDR進行抑制の報告(2012年,日本)PDR)が,後者はおもに黄斑浮腫が対象となる.1994年に糖尿病網膜症に対する光凝固の適応および実施基準が厚生省(当時)から示された.この実施基準によると,PRPの適応は,PDR,隅角および虹彩新生血管,蛍光造影検査にて無灌流領域が3象限以上に存在する場合となる.この適応はわが国の眼科医に広く浸透しているが,明確なエビデンスに基づくものではない.また,わが国では,FAを行い無灌流領域に対してのみ部分的光凝固術を行うことでPDRへの進行が抑制されるという報告があり汎用されている6).一方,海外ではEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)による大規模臨床試験にてエビデンスが確立されている7).こちらは,軽症あるいは中等度の非増殖糖尿病網膜症に対してPRPは奨めず,より重症な場合や,ハイリスクなPDRに至っている場合についてPRPが推奨されている.米国ではこれらの臨床試験の結果から,ETDRS分類で非常に重症な非増殖糖尿病網膜症以上に対してのみPRPを推奨している.以上を基準に考えると,単純網膜症,軟性白斑のみを主要な所見とするDavis分類における増殖前糖尿病網膜症ではPRPの適応とならず,網膜内細小血管異常表2網膜光凝固の特徴利点欠点(副作用)黄斑浮腫新生血管の発生予防と消退硝子体出血血漿成分の漏出防止視野狭窄血管新生緑内障の発生予防夜盲低コスト網膜裂孔全身的な副作用が少ない凝固班の拡大(creeping)最終的な硝子体手術の必要性(intra-retinalmicrovascularabnormalities:IRMA)や静脈拡張,数珠状拡張,ループ形成といった静脈の異常が多発している場合,また蛍光眼底造影において広範な無灌流領域を認めた場合には,PDRに移行する可能性が非常に高いことからPRPの施行を考慮すべきかもしれない.もちろん,PDRは確実なPRPの適応である.また,より早期のPRPを考慮すべき臨床上の要因として,定期的な経過観察が困難な場合,蛍光眼底造影が不可能な場合,若年齢の場合などがあげられる.III網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症は頻度の高い網膜血管閉塞性疾患である.閉塞部位により,網膜中心静脈閉塞症と網膜静脈分枝閉塞症とに分けられる.さらに網膜中心静脈閉塞症は,網膜虚血の程度により,非虚血型と虚血型とに分類される.前者は血管閉塞がないかまたは軽度で,視力予後も良好な場合が多いのに対し,後者は血管閉塞が広範囲に及んでおり,新生血管やルベオーシスを生じ,牽引性網膜?離や血管新生緑内障をきたすこともあり予後不良であり,PRPの適応となる.無灌流領域に対しては密に凝固する必要がある.とくに高度の虚血を伴う網膜中心静脈閉塞症では,しばしば乳頭上新生血管発生や血管新生緑内障に至ることが多く,PRPを考慮すべきである.部分的な閉塞である網膜静脈分枝閉塞症でも,1986年に米国で行われた多施設共同研究(BranchVeinOcclusionStudyGroup)により,無治療群では22%に,PRP群では12%に新生血管を認めることが報告された8).一方,1995年に報告された網膜中心静脈閉塞症の無作為化臨床試験(CentralVeinOcclusionStudy)では,PRP早期治療群で20%,無治療群では35%に新生血管を認めた9).IV血管新生緑内障血管新生緑内障は糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,未熟児網膜症,高安病,Eales病などで発生し,網膜に広範な血管閉塞が起きた結果,網膜の虚血部位よりVEGFなどの血管新生促進因子が産生され,後眼部のみならず前眼部にまで及んで,虹彩や隅角に新生血管が発生する疾患である.原因としては糖尿病網膜症と網膜中心静脈閉塞症によるものが多数を占めるが,失明のきっかけとなるため,適切な時期に光凝固を行うことで何よりも発症を予防することが大切である.また,発症後も徹底的に光凝固を施行し,血管新生促進因子の発生を抑制することが重要となる10).前眼部や隅角所見の程度にかかわらず,蛍光眼底造影により眼底に虚血を認めるものについてはPRPの適応となる.蛍光眼底造影において広範囲に虚血領域が広がっているような症例では,現時点でまだ血管新生緑内障を発症していなかったとしても,無治療で経過するとその後移行する確率が高いので,眼底が透見可能であれば直ちに光凝固治療を行う必要がある.また,すでにPRPが施行されている場合でも,隅角に新生血管が認められているようであれば,できるだけ早期に光凝固を追加する必要がある.一見十分に施行されているようであっても,周辺部が不十分であったり,凝固斑同士の間隔が広かったりと,追加の余地があるケースが多いからである.V合併症と対策1.黄斑浮腫血液網膜関門(blood-retinalbarrier:BRB)の破綻,網膜循環動態の変化,脈絡膜循環障害,硝子体の収縮などにより生じる.とくに糖尿病網膜症では,施行前より黄斑周囲の血管透過性や血管閉塞が亢進している可能性が十分に考えられる.PRPに伴う炎症反応を抑える対策として,治療日の間隔を少なくとも1週間以上あけること,1回の治療における凝固数を減らすこと,照射領域をあけることが大切である.2.硝子体出血光凝固はBRBを破壊するため,一度に多数の凝固を行うと硝子体の収縮を誘導し,後部硝子体?離を生じることがある.さらに糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症といった網膜新生血管を伴う症例では,後部硝子体?離によって新生血管が破綻し,硝子体出血を生じる可能性がある.対策として,狭い範囲内に密で強度の凝固は避けるべきである.しかし,後部硝子体?離は,時に進行し,格子状変性に網膜裂孔が形成されることがあるので注意が必要である.また,患者へ施行前に説明しておくことも大切である.3.視野狭窄網膜内層に及ぶ強凝固時には,神経節細胞,神経線維層が破壊されて,時に視野欠損,狭窄を生じることがある.網膜静脈閉塞症などの強い網膜出血を伴う症例に,ヘモグロビン(Hb)吸収の高い波長(緑-黄色)で出血部位を凝固した場合,出血で吸収されたレーザー光は網膜内層で熱を発し,神経線維障害を誘導する.破壊された赤血球は貪食処理されるため,出血自体は早期に改善するが,その後視野欠損を生じることがある.対策として,出血部位はできるだけ避けて凝固するか,軽度の出血では赤色波長レーザーにより網膜色素上皮にレーザー光を吸収させて,網膜外層のみに凝固を行う.4.夜盲PRPの場合,網膜周辺部に凝固を行うことになる.網膜周辺部にはとくに桿体細胞が存在するため,凝固により細胞が破壊されると,患者は視野全体を暗く感じる二次性の夜盲を生じることがある.5.時間経過に伴う網膜裂孔の出現と凝固斑の拡大強凝固斑では,時間経過とともに網膜の菲薄化が進行し,網膜裂孔となることがある.たとえば,糖尿病網膜症のPRP後,周辺部に胞状網膜?離が出現した場合,原因として凝固斑に一致した小さな裂孔を認める場合を臨床上経験することが多い.また,時間経過とともに凝固斑周囲では網膜色素上皮細胞の萎縮が拡大する.この現象は“creeping”とよば図1パターンスキャンレーザー後の再発(蛍光眼底造影写真)れ,中心窩への萎縮拡大を起こし,時に不可逆性の視力障害を生じる.VI最近の汎網膜光凝固治療PRP治療の新たな方法として,パターンスキャンレーザーについて紹介する.パターンスキャンレーザーとは,従来の1照射1凝固とは異なり,1回の照射であらかじめ機械に内蔵されたパターン通りの形に網膜光凝固を施行することができるレーザー装置のことである.内蔵されているレーザーパターンには,正方形や円形,弓状などが存在し,等間隔で均一な光凝固を施行することが可能である.パターンスキャンレーザーは,複数あるスポットを連続で順番に照射するため,1スポットの照射時間が短いショートパルスのレーザーを採用している.最大の利点は,一度の手技で複数の照射を得られることである.それにより施術時間の大幅な短縮を望める.たとえば5×5の計25発のパターンを使用した場合,PRP時間は3?4分程度ですむ.また,PRP施行時の最大欠点であった“疼痛”についても,脈絡膜への熱の放散を抑えることで,照射時の痛みを大幅に軽減することが可能となった.欠点としては,ショートパルスであるがゆえにレーザーの安全域(凝固斑が形成される強さから脈絡膜出血を起こすまでの強さ)が狭いこと,中間透光体の影響を受けやすいことである.以上より,1スポットあたりの凝固斑が弱いと考えられ,PRP後にも増殖性変化を伴う症例を経験することがある.パターンスキャンレーザーのほうが従来のPRPに比べ,網膜新生血管,虹彩新生血管,血管新生緑内障の頻度が高いことも報告されている11).以下に筆者らの施設でパターンスキャンレーザー後に再発を認めた症例について報告する.症例:49歳,男性両増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫造影検査にて広範囲の無血管野と多数の新生血管を認めたため,PRPの方針となった.当初,従来のレーザー機器を用いて加療を開始したが,疼痛の訴えが強く連続した施行が困難であったこと,網膜症の状態が進行しており早急なPRPの必要があったことから,パターンスキャンレーザーに切り替えた.0.2msec,200μm,300mWと条件設定を行い,全象限に計4,000発施行した.施行2週間後にPRP後の炎症に伴い黄斑浮腫の増悪を認めたが,施行時における疼痛の自覚はなく,その後は経過良好であった.しかし,施行1年後に経過観察目的にて造影検査を再施行したところ,レーザー未治療部のみならず,レーザー瘢痕部にも新生血管の出現を認めた(図1).そこで,従来のレーザー機器を用いてPRP(0.2sec,300μm,100?120mW,yellow)の追加を行った.その後は新生血管の再出現を認めず,経過は良好である.この症例のように,パターンスキャンレーザーに関しては疼痛や時間短縮といった利点があるものの,どのような症例に適応があるのか,またその条件設定などを今後検討していかなければならない.おわりに最近,PDRに対するPRPと抗VEGF療法の治療効果を比較したProtocolSが報告された12).長年にわたりPRPはPDRの標準治療であったが,本報告は抗VEGF療法のPRPに対する非劣勢を示している.さらに,PRPによる標準治療と比較して,周辺視野狭窄,硝子体手術の必要性,糖尿病黄斑浮腫発生率の減少も認めた.しかし,抗VEGF療法の長期的な有効性,予後は未だ不明であり,高コスト,全身的な副作用の問題もある.今後もさまざまな治療薬や治療法が開発されていく中で,PRPは眼科治療に貢献していくと思われる.文献1)MeyerschGr:OphthalmologyandPhotography.AmJOphthalmol66:1011-,1968&DOIDoi10.1016/0002-9394(68)90809-X2)L’EsperanceFAJr:Focalphotocoagulationofretinovitre-alneovascularization.IntOphthalmolClin16:127-143,19763)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photo-coagulationtreatmentofproliferativediabeticretinopathy.ClinicalapplicationofDiabeticRetinopathyStudy(DRS)?ndings,DRSReportNumber8.Ophthalmology88:583-600,19814)LipPL,BelgoreF,BlannADetal:PlasmaVEGFandsolubleVEGFreceptorFLT-1inproliferativeretinopa-thy:Relationshiptoendothelialdysfunctionandlasertreatment.InvestOpthalmolVisSci41:2115-2119,20005)NishidaK,SakaguchiH,KameiMetal:Simulationofpanretinallaserphotocoagulationusinggeometricmethodsforcalculatingthephotocoagulationindex.EurJOphthal-mol27:205-209,20176)SatoY,KojimaharaN,KitanoSetal:JapaneseSocietyofOphthalmicDiabetology,SubcommitteeontheStudyofDiabeticRetinopathytreatment:Multicenterrandomizedclinicaltrialofretinalphotocoagulationforpreproliferativediabeticretinopathy.JpnJOphthalmol56:52-59,20127)FongDS,FerrisFL,DavisMDetal;EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyGroup:Causesofseverevisuallossintheearlytreatmentdiabeticretinopathystudy:ETDRSreportno.24.AmJOphthalmol127:137-141,19998)RosenbergN:Argon-laserscatterphotocoagulationforpreventionofneovascularizationandvitreoushemorrhageinbranchveinocclusion.Arandomizedclinical-trial.ArchOphthalmol-Chic104:34-41,19869)Arandomizedclinical-trialofearlypanretinalphotocoagu-lationforischemiccentralveinocclusion.TheCentralVeinOcclusionStudy-GroupNreport.Ophthalmology102:1434-1444,199510)DukerJS,BrownGC:Thee?cacyofpanretinalphotoco-agulationforneovascularizationoftheirisaftercentralretinalarteryobstruction.Ophthalmology96:92-95,198911)ChappelowAV,TanK,WaheedNKetal:Panretinalpho-tocoagulationforproliferativediabeticretinopathy:pat-ternscanlaserversusargonlaser.AmJOphthalmol153:137-142,201212)SunJK,GlassmanAR,BeaulieuWTetal:Rationaleandapplicationoftheprotocolsanti-vascularendothelialgrowthfactoralgorithmforproliferativediabeticretinopa-thy.Ophthalmology126:87-95,2019