視覚障害児の支援SupportforChildrenwithVisualImpairments堀寛爾*I「弱視」という言葉眼科医,とくに小児眼科の領域で弱視といえば,当然amblyopiaのことであるが,福祉や教育の現場,また患者会などで弱視といえばlowvisionのことになる.医療側にも福祉・教育側にも徐々にロービジョンという言葉が浸透してきてはいるが,それでも完全に置き換えられるとは考えにくい.どちらが正しいという話でもなく,それぞれの歴史に裏づけられた背景があり,医療者以外と「弱視」について情報交換をするときには,この点をまず理解する必要がある.II乳幼児期の支援乳幼児のロービジョン者の特徴としては,視覚経験や刺激が少なく,保護者の庇護下にあるため,視覚を利用せずに育ってしまうことがあげられる.ロービジョンをきたす疾患には屈折異常を伴うものもあり,基礎疾患に加え屈折異常弱視を併発させてしまっては,本来使えたはずの視機能すら獲得できない可能性がある.なるべく早期に視機能評価と屈折矯正を行い,保護者に地域の視覚特別支援学校(盲学校)での養育相談や療育指導などの情報提供を行うことが重要になる.乳幼児期の視機能検査としては,視反応や追視の有無,行動観察などである程度の評価は可能である.屈折異常が確認できた場合には,適切な眼鏡装用と随時調整を行い,適切に視反応を引き出すために,視覚障害児の使用する玩具などは色や明暗のコントラスト,輪郭などが明確なものを用いるとよい.III就学前から学童期の支援就学前となると,視機能評価もある程度できるようになり,文字や図形の認識も増えていくので,屈折矯正がより重要になる.視覚補助具の紹介,選定,使い方の練習,そして就学相談などもこの時期には欠かせない.就学にあたっては,どうすれば文字が読めるか,という点が非常に重要である.文字を拡大すれば読める,眼を近づければ読める,コントラストをくっきりさせれば読めるなど,個々人の特性に合わせたケアが必要になる.文字を拡大するにしても,拡大教科書などのように文字自体を大きくする,拡大鏡を使い光学的に大きくする,拡大読書器やタブレット端末を使い電子的に大きくする,顔を近づけて相対的に大きくする,などの方法がある(図1,表1).網膜の感度や解像度と屈折異常の程度などの視機能や個人の能力に応じて読みやすい文字の大きさがあるため,実際に使用予定の教科書などを参考に,最適な手段を検討するとよい(図2).拡大教科書は文字や図そのものが大きく書かれており,またコントラストなども標準の教科書よりも高めて読みやすく作られている.他の視覚補助具と併用することも可能で,視覚障害児の学習にとって有効な方法のひとつである.拡大教科書の標準的な規格1)は,小学3年生までは文字サイズとして26ポイント程度,それ以降*KanjiHori:国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部〔別刷請求先〕堀寛爾:〒359-8555埼玉県所沢市並木4-1国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(67)1107abdcebd図1文字サイズと拡大鏡などの使い方a:電子的拡大は白黒反転もできるため,ロービジョン者にとって幅広く有用.b:スタンプルーペは採光性も高いが,大きいものは重いので持ち運びには不便.c:行を追って文章を読む場合にはバールーペが便利.d:置き型の拡大鏡は周辺の歪みも大きく,倍率の高いものでは有効な視野が意外と狭い.e:手持ちの拡大鏡は近すぎると拡大せず,離しすぎると文字が反転し,また片手が塞がるのも勉強にはデメリットとなる.表1拡大の方法,補助具とそのときの見かけの像の位置相対的距離による拡大:文字を近づけるハイパワープラスレンズ近づく相対的な大きさの拡大:大きい文字で印刷拡大教科書,拡大コピーそのまま電子的拡大:画面に大きく表示拡大読書器,ICT機器そのまま視角の拡大:レンズで大きく拡大鏡遠ざかる拡大の方法の名称は『ロービジョン・マニュアル』(JacksonAJ,WolfsohnJS著,小田浩一総監訳,2010年,エルゼビア・ジャパン)に従った.図2学習用の環境整備の例教科書の拡大文字の大きさに合わせ黒い紙を切り抜き,タイポスコープとして用いる.罫線の太いルーズリーフに太めの水性ペンでノートをとる.黒板は単眼鏡を使って見ることもできるし,さらに拡大を要する場合は拡大読書器のカメラを黒板に向ければ,ディスプレーに表示することもできる.図3日本地図の触地図(西田朋美:あたらしい眼科30:457.463,2013年より引用転載)表2大学入試センター試験での受験上の配慮事項より抜粋・再編対象となる者解答方法試験時間試験室その他の配慮点字学習者点字解答1.5倍別室・試験室入り口までの付添者の同伴・試験場への乗用車での入構上記に加え・拡大文字問題冊子(14pt/22pt)・拡大鏡など持参使用・窓側の明るい座席を指定・照明器具の持参使用または試験場側での準備視力0.15以下強度視野狭窄※文字解答1.3倍上記以外でマーク困難延長なし上記以外で要配慮※強度視野狭窄とは身体障害者手帳の視野3級に相当する程度である.(大学入試センター「令和2年度大学入学者選抜大学入試センター試験受験上の配慮案内」より作成)設計がなされているのであろう.しかし,視覚障害者は一般に自覚の有無は別にして羞明があることが多く,窓際では文字が読みにくくなることもしばしば経験される.申請書の選択肢にはないが,診断書の現症の欄と申請書のその他の希望配慮事項の欄にその旨を記載することは可能である.V進学と職業適性色覚の話で似たような話題はよくあるが,おもに運転や操縦などの免許を要する職業については,ロービジョン者の就職は困難である.ただ,その仕事ができないという理由で,そのための勉強ができないわけではない.時に本人の視機能と希望進路に乖離がみられることもあるが,一方的にすべてを否定するのではなく,本人や保護者の希望をよく確認しながら話を進め,納得できる進学先が決まればベストである.専門学校に入学はできても,その先の資格試験の欠格事由に該当する可能性も含め,おもに進路指導の先生が配慮すべき問題ではあるが,眼科医としても助言を求められることがある.なお眼科医としてはあくまで助言であり,視覚障害児やその保護者に明確な進学先や就職先を提示しないことが重要である.VI身体障害者手帳申請乳幼児期から視覚障害のある小児にとって,視力検査や視野検査は健常児と比べてむずかしいことがある.無眼球症など病態が明らかであれば,年齢や検査実施の有無を問わずに身体障害者手帳(以下,手帳)を申請することができる.もっとも悩ましいのは,発達そのほかの遅れに伴い,検査自体が成立しない場合である.「身体障害認定基準等の取扱いに関する疑義について」3)には,「片眼摘出,僚眼健常の2歳児について,健側を幼児の一般的な正常視力(0.5.0.6)と見做して6級に認定することは適当ではなく,障害の程度を判定することが可能となる年齢(概ね満3歳)になってから認定を行うことが適当と考えられる」という事例が記載されている.Landolt環による万国式試視力表の評価が困難であっても,たとえば絵視標や縞視力など複数の検査法を複数回試し,ある程度整合性のある結果が得られるなら,その旨を記載して申請を検討することができる.成長とともにより正確な検査ができる場合もあるため,「軽度化による将来再認定」の欄にその旨を記載し,再認定の時期を1年後などと明記することで,認定される可能性がある.一般にGoldmann視野計がある程度の精度で成立するのは,8歳頃とされている.成長しても眼振がある場合などはイソプタが引けない場合もある.平成30年7月の改正から,視野障害の意見書には視野結果の添付が求められるようになったが,それ以外の情報も必要時には添付することができる.眼底写真やOCT画像などを添付し,明らかにアーケードの内側まで変性が進行しているため,I/4視標の視野は最大でも10°以内であることが推察される,などと記載すると,判定の助けとなる.小児の手帳の有無は,公的サービスを受けられるかどうか,という点だけでなく,特別児童扶養手当の受給可否や所得税,住民税の障害者控除など,家計に直接的に影響することもある.障害を過大評価して手当や控除を不当に受けることがあってはならないが,ただ検査ができないからという理由で受けられるはずのものが受けられないことも同様にあってはならない.なお,このように経済的な問題も含むため,将来再認定の際に実際に軽度化していた場合,保護者から強い疑義申し立てを受ける場合がある.再認定の欄を「要」で意見書を記載した際には,とくに保護者に対してその旨を十分に説明し理解を得ておくと,トラブルを回避しやすい.手帳が認定された場合には,原則,補装具費支給制度を活用して眼鏡処方をすることができる.眼鏡に度数を加入する場合には,視力障害が必須で視野障害のみでは不可とする市区町村が多いので留意を要する.Lowvisionであっても適切な屈折矯正がなければamblyopiaをきたしうるため,9歳未満の場合には小児弱視などの治療用眼鏡などにかかる療養費の制度活用が検討できる可能性もある.視力および視野から等級の計算を行う際には,国立障害者リハビリテーションセンターのWebサイトに計算機があるので活用されたい.「視覚障害者等級計算機」で検索すると表示される.(71)あたらしい眼科Vol.37,No.9,20201111ab図4筆記具と見え方のシミュレーションa:通常のルーズリーフと太罫のルーズリーフに,鉛筆,水性ペン,マジックで書いたものと,黒い紙に白いポスカで書いたもの,およびサインガイドの一例.b:aの写真にぼかし処理を加えたもので,普通のルーズリーフの罫線や鉛筆の文字がほとんど見えなくなっていることがわかる.る.黒い紙は切り抜いた窓の部分が触ってわかるようにある程度厚口で,また表面の光沢の少ない画用紙のような紙質のものを選ぶとよい.一般的なノートやルーズリーフなどは,罫線がきわめて薄く細く引いてあり,ロービジョン者にとっては使いにくい.罫線が太く濃く書かれているノートやルーズリーフを使うことで,今まで字をまっすぐ書けないと思われていた児童がマス目通りに字を書き,家族が驚く場面もしばしば見受けられる(図4).その他,ゲームやおもちゃでも視覚障害者用のものがある.点字付きのトランプやUNOのカード,石の表面に突起のあるオセロや囲碁,6面すべて白いが触感の違うルービックキューブなど,一般で使われているものをベースに視覚障害者も楽しめるような工夫が加えられている.これらを使うことで,家族や視覚に障害がないほかの児童とも同じゲームやおもちゃをユニバーサルで楽しむこともできる.これらの補助具は,日本点字図書館の用具の販売のページ4)から見ることができる.VIII情報収集の手段情報社会といわれる現代であっても,視覚障害に関する情報は一般的にはほとんど浸透していない.そのため,ロービジョンであることがわかったばかりの視覚障害児とその家族は孤立しがちである.眼科で簡便に情報提供できるツールのひとつとして,「スマートサイト」の活用があげられる.スマートサイトにはロービジョンの関連連絡先が書いてあるので,まずはそこに相談することをお勧めするのも一案である.スマートサイトは各都道府県眼科医会が中心となって全国的に整備が進んでいる.ちなみに,日本眼科医会のWebサイト5)の会員ページ内にアクセスすると,全国のスマートサイトがPDFなどでダウンロードできる.各都道府県に少なくとも1校はある視覚特別支援学校に相談することも有効である.視覚特別支援学校に通うつもりはないから相談できないと考えている保護者も多いが,相談したら視覚特別支援学校に通わないといけないわけではない.状況によっては普通校の弱視学級などと連携して視覚障害児の支援を行っている.さまざまな補助具の紹介や制度の相談などもできるので,まずは相談してみるとよい.乳幼児期からの相談も可能なので,早い段階から地元の視覚特別支援学校にコンタクトをとって関連情報を得られれば保護者の安心にもつながる可能性がある.近隣に患者会などの活動があれば,それを紹介するのも有効である.あるいは病院またはクリニックに同じような年代,疾患,視機能の患者がいる場合,相互に同意を得たうえで引き合わせるのも有効である.経験上,当事者同士の会話によって解決する問題は意外と多い.就学や就職に関しての情報収集は,視覚障害者ライフサポート機構“viwa”6)などを紹介することも有効である.viwaは視覚障害者やその家族のため「情報発信」「情報やノウハウの蓄積」「人や情報をつなぐ」ことを目的に活動している.ブログやメルマガの形式でさまざまな情報発信を展開しており,セミナーの案内や個別の相談も受け付けている.IXスポーツ「障害のない人はスポーツをしたほうがよいが,障害のある人はスポーツをしなければならない」とはスイスの車椅子陸上競技選手のハインツ・フライの言葉だが,受障時期を問わず視覚障害者ももちろんスポーツをしなければならない.視覚特別支援学校には体育教諭が在籍し,体育の授業もあるので,定期的にスポーツをする時間が作られているが,普通校の弱視級の場合には体育は見学になってしまうことも多い.ルール自体を視覚障害の特性に配慮したものに改変している競技は多く,その場合はユニバーサルに楽しめる.体力作りだけでなく,パラリンピックのようにさらに上をめざすなら,パラスポーツの各競技団体は選手の発掘に難渋しているので,経験の有無を問わず大歓迎だと思われる.日本眼科学会と日本眼科医会の「アイするスポーツプロジェクト」のWebサイト7)には,おもな視覚障害者スポーツ競技団体の連絡先一覧があるので,参照されたい.X困ったときはロービジョンケアには地域特性があるのは否めない.補装具,日常生活用具に関する見解も市区町村で異なる(73)あたらしい眼科Vol.37,No.9,20201113