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眼科の先達に学ぶ 3.岩田 和雄 先生

2019年12月31日 火曜日

【略歴】1927年10月30日新潟県三条市に生まれる1952年3月前橋医科大学を卒業1953年5月新潟大学医学部眼科に入局1961年8月AlexandervonHumboldt奨学生としてBonn大学に留学1964年6月新潟大学医学部眼科助教授1972年6月新潟大学医学部眼科教授1993年3月新潟大学を定年退官,名誉教授2018年12月7日逝去【ライフワーク】緑内障病態の解明に関する研究,診断,治療に関する研究【趣味】随筆,クラッシック音楽,山登り,シャクナゲ,マイクロ手術【主な学会講演】1973年5月,第77回日本眼科学会総会,宿題報告「公害と眼:新潟水俣病と眼」1)1978年,The11th.RochesterInternationalConferenceonEnvironmentalToxicity,招待講演“Neurotoxicityofthevisualsystem”1984年9月,第38回日本臨床眼科学会総会,特別講演2)「原発開放隅角緑内障の初期病態」1992年5月,第96回日本眼科学会総会・特別講演「低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態と視神経障害機構」3)(図1)1992年10月,第3回日本緑内障学会,須田記念講演「低眼圧緑内障の病理」4)1999年10月,第2回アジア・オセアニア緑内障学会・特別講演「緑内障における視神経障害機構」2018年9月,第29回日本緑内障学会,LegendaryLecture「正常眼圧緑内障─裸身への誘い」(図2)【学会の名誉会員】日本眼科学会,日本緑内障学会,日本眼光学学会,日本眼感染症学会,日本神経眼科学会,(71)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY岩田和雄先生【受賞歴】1985年新潟日報文化賞1992年緑内障須田記念メダル1993年環境保全功労賞(環境庁長官)1998年日本眼科学会賞2003年日本眼科学会特別貢献賞2004年日本神経眼科学会石川メダル2007年日本眼科学会評議員会賞【叙勲】2010年瑞宝中綬章(図3)【その他】1968年,日本最初の緑内障教科書『緑内障』を出版(金原出版)(図4)1975年3月,米国雑誌“Glaucoma”編集委員1975年10月,InternationalGlaucomaCommitteeメンバー図1日本眼科学会賞のメダルと賞状第96回日本眼科学会総会・特別講演「低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態と視神経障害機構」の際に贈られたもの(1998年5月).図2第29回日本緑内障学会LegendaryLectureでの岩田先生「正常眼圧緑内障─裸身への誘い」が,先生の生涯最後のご講演となった(2018年9月15日).岩田和雄先生の業績と教え,緑内障学への貢献福地健郎(新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野)私の恩師である岩田和雄先生は昨年(2018年)12月7日に満91歳でお亡くなりになられた.同年9月に新潟で行われた第29回日本緑内障学会に元気なお姿で出席され,LegendaryLectureではまさに日本の緑内障の歴史に残る名講演をされた(図2)わずか3カ月後のことであった.今回,木下茂京都府立医科大学教授から,「眼科の図3瑞宝中綬章受章(2010年)図4三国政吉教授と共著で出版されたわが国初の緑内障教科書(1968年)先達に学ぶ」の第3回として岩田和雄先生について取り上げたいので,ぜひ原稿を書いてほしいとのご依頼をいただいた.大変に光栄なことではあるが,正直,私では役不足は否めない.岩田先生の教授としての在任期間21年のうち,私が直接にご指導いただくことのできたのはわずか7年間でしかない.とはいえ,1992年の第96回日本眼科学会総会における特別講演は岩田先生と新潟大学眼科の歴史における一つの頂点であり,阿部春樹先生(現新潟大学名誉教授),澤口昭一先生(故人,前琉球大学教授)などの大先輩とともに,その頂点に向かうメンバーの一員に加えていただくことができたのは,私の幸運であり,まさしく原点であったと思う.今回は岩田先生の業績を大局的に振り返るのではなく,私の眼科医,緑内障専門医の原点という視点から,岩田先生の緑内障学と,その功績について述べてみたいと思う.■当時の日本の眼科と緑内障■私は1985年5月に新潟大学眼科に入局した.当時,日本国内ではようやく眼内レンズが標準治療としてひろまりつつあった時代.緑内障はまだGoldmann視野計が主体で静的視野計への移行が秒読みに入った頃,点眼薬はbブロッカーが標準になったばかりであり,レクトミーは5-FUやマイトマイシンC(MMC)といった代謝拮抗薬を用いる以前であった.すでに30数年が経過した今,当時を振り返えると,岩田先生は緑内障の変革期を迎えようとしていた時代にさまざまな最先端を試行錯誤されていた.自己の経験に基づいた,時代を先取りした主張は,当時はなかなか受け入れられなかったが,今となってはその多くが緑内障のごく一般的な常識になっている.岩田先生は,常々「私は時代に投げる,後に続く君たちが考えてくれれば良い」といっておられた.日本の緑内障を牽引したパイオニアのひとりとしての気概だったと思う.1.機械説と血管説岩田先生といえば「機械説」,というのが皆様の共通の認識だと思う.私が眼科に入局した1985年当時,先輩である澤口先生は新潟大学脳研究所で眼圧上昇と軸索輸送障害の研究をされておられた.同年の秋には第39回日本臨床眼科学会が新潟市で行われ,Radius教授(米国,Wisconsin医科大学)が軸索輸送障害と機械説のご講演を,一方でHayreh教授(米国,Iowa大学)が脈絡膜循環と血管説のご講演をされた.実は岩田先生も緑内障の視神経乳頭をフルオレスセイン血管造影(FA)で長年にわたって乳頭の血流について研究されておられ,それ以前には自身も「血管説」であったと振り返っておられる.ご自身がみてきた緑内障性視神経症とそのFA所見,その経過はどうしても矛盾すると,自説の展開に悩まれていたそうである.そんな頃,眼圧上昇による篩状板の変形と軸索輸送障害,つまり「機械説」を知り,「ぴったりはまった」とその後におっしゃっておられた.以来,生涯にわたって機械説の立場から緑内障と緑内障研究を見続けて来られたのは皆様もご存知の通りである.2.目標眼圧の概念緑内障は病期の進行に伴って治療目標とするべき眼圧は下がっていく.第96回日本眼科学会総会における特別講演「低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態と視神経障害機構」の日本の緑内障に残した功績は大きい3).それまでの緑内障治療は正常眼圧域への眼圧コントロールが一般的であった.しかし,病期が進行した場合にはそれでは不十分であり,さらに低い眼圧,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)では最終的にlowteens以下に低下させる必要性について説いた.実はすでに当時の多くの先生方が臨床の場で漠然と同様な意見をもっていたようで,これが「目標眼圧」という概念として明示されたことのインパクトは大きかった.ベースとなった長期経過に関するスタディは,POAGが主体のおもにGoldmann視野計による視野進行判定で,現在の自動視野計を用いた進行速度評価のそれとはやや異なる.その後に,目標眼圧とその概念,緑内障臨床における意義について数多くの研究と議論が行われることになり,結果として日本の緑内障の発展に大きく寄与したことは間違いがない.3.緑内障の視神経乳頭を見る,記録するa.視神経乳頭観察へのこだわり現在は緑内障診療に光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)がごく一般的に用いられている.当時の臨床の場における緑内障の眼底評価の唯一の方法は視神経乳頭の撮影と観察であった.岩田先生は眼底所見,とくに乳頭陥凹と神経線維層欠損(nerve.berlayerdefect:NFLD),さらに視野との関連について,図5岩田先生の海外のたくさんの先生方との交流a:ドイツ留学中の恩師,ErichWeigelin教授(ドイツ・Bonn大学,1978年)b:緑内障のNFLDを報告したWilliamFHoyt教授(米国・California大学,1979年)c:緑内障の乳頭出血で有名なStephenMDrance教授(カナダ・BritishColombia大学,1985年)d:緑内障画像解析の第一人者,BernardSchwartz教授(米国・Tafts大学,1989年)e:眼病理学のMarkTso教授(米国・Illinois大学,1989年)f:人工網膜で有名なEberhartZrenner教授(ドイツ・Tuebingen大学,2015年)国内でも先行して研究されていた第一人者であった5,6).とくに鮮明な立体写真による乳頭撮影を推奨され,岩田先生は自ら撮影した写真だけでなく,私たちが撮影したすべての乳頭写真をチェックされていた.とにかく視神経乳頭を見ることで,道具のなかった時代に,人は自分の能力を養う.岩田先生を含む当時の先輩方の乳頭観察の技術,能力に敬服するとともに,私自身が遠く及ばないことをまさに実感する.b.緑内障の眼底画像解析装置開発,黎明期乳頭所見の記録と量的解析のための画像解析装置の開発は,当時の緑内障研究を先取りするテーマの一つであった.私が入局した当時,岩田先生はStereochronosco-pyを開発し,難波克彦講師とともに乳頭陥凹の形態変化による緑内障の進行検出についての解析をされていた7).新潟での第39回日本臨床眼科学会でご講演されたSchwarz教授(米国・Tafts大学,図5e)はこの分野の世界的な第一人者で,岩田先生もご一緒され議論されておられた.図6aは国内のメーカーとともに立体写真を元に乳頭陥凹の形状や体積を量的に評価する方法で,岩田先生が開発にかかわった画像解析の先駆けとなった装置の一つである.4.正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)a.低眼圧緑内障(lowtensionglaucoma:LTG)はまれではない現在のNTGはかつてLTGとよばれていた.当時,眼圧が高いのが緑内障であり,LTGはまれというのが一般の認識であった.正常眼圧の症例も引水試験などの負荷試験,夜間眼圧など日内変動を調べると高眼圧を生じていることがあるといわれていた.つまり緑内障の診療と研究はPOAGが中心であった.岩田先生は(さすがに多治見スタディのNTGが緑内障全体の70%とまでは考えておられなかったようだが),「LTGはまれではない,眼圧が正常範囲でも視神経乳頭陥凹拡大と神経線維欠損を見落とさないように」といっておられた.b.NTGでも眼圧下降,そして手術当科にはNTG眼の病理標本がある.岩田先生はその症例についてしばしばご講演のなかで提示されていたが,その電子顕微鏡写真は私が基礎研究の駆け出しの頃,澤口先生にご指導いただき撮影したものである(図6b).わずかに1例ではあるのだが,このNTG眼の視神経乳頭を組織学的に見るかぎり,その所見は高眼圧眼トラベクレクトミーを行った左眼:7.9±0.73(7-10)mmHgMDスロープ-0.26dB/年p=0.012図6岩田先生はまさに日本の緑内障のオピニオンリーダーであったa:視神経乳頭立体写真を用いて乳頭陥凹の形態,容積を計測する装置の解析画面,緑内障画像解析装置の先駆け.b:NTGの病理所見は高眼圧緑内障の所見とほぼ同一であることを主張されていた.c:NTGでトラベクレクトミーが行われた症例の約10年の視野の経過,手術をした左眼は,点眼治療で経過観察された右眼に対してはるかに進行は緩やかで,NTGでも積極的な眼圧下降治療が必要で有効なこと,最終的には手術治療が必要であることを1992年当時にすでに主張されていた.d:新潟大学では5-FU,MMCレクトミー以前に,ACSEBとよばれるチューブシャント手術が行われていた.のそれとほぼ共通であった.岩田先生はこの症例の所見も含めて,NTGもその基本は眼圧であり,眼圧下降を徹底することがNTGの治療の基本であると強調されていた.実際に教授退任前の数年間はNTG症例に対して積極的にMMCを導入したレクトミーを行っておられた.図6cは当時,岩田先生がレクトミーを行われた症例の両眼の経過である.実際にレクトミーを行われ眼圧7~8mmHgで経過した左眼の進行は緩やかで,元々は視野は良好であった右眼は点眼薬で治療され,わずか数年後には術眼を追い抜いている.c.NTG診断に頭蓋内疾患の除外は不要NTGは「視神経乳頭所見で診断する緑内障である」というのが現職当時からの岩田先生の確固たる主張であった.かつて,NTGの確定診断に「頭蓋内疾患の除外」が明記されていた.臨床研究にエントリーするすべてのNTG患者にCT検査がされていた施設もあったと聞いている.その一方で,新潟大学では,相当する疾患の合併が疑われる例,不規則な視野欠損の例などを除いて,ほとんどの緑内障患者に頭蓋内検査は行われることはなかった.その後に作成され,現在第4版を重ねている「緑内障診療ガイドライン」には「頭蓋内疾患の除外」は記載されていない.既成概念にとらわれずに,自分の臨床スタイルを主張できる先生であった.5.緑内障手術a.トラベクロトミーとトラベクレクトミー1985年当時の緑内障手術,トラベクレクトミーはまだ5-FUやMMCを併用する前で,強膜弁の角は緩く縫合し,術後には前房が消失し,一週程度経過するのが当たり前の時代であった.そのころ岩田先生はPOAGの多くの症例にトラベクロトミーを行われていた.その後,日本国内では緑内障(おもにPOAG)に対してロトミーか,レクトミーかという議論があった.天理よろず病院の永田誠先生はトラベクロトミーを推奨され「ロトミー派」,岩田先生は「レクトミー派」とされていた.岩田先生自身はロトミーを術式として否定していた訳ではなく,自身の手術成績から眼圧下降効果が「足りない」といっておられた.つまり自身はすでに目標眼圧の概念に基づいており,緑内障手術はlowteens以下を目指すべきである,だからレクトミーであった.図7教授時代に主催された雪明緑内障シンポジウムa:開講10周年記念の第1回雪明緑内障シンポジウム(1983年),湖崎弘先生,東郁郎教授(大阪医科大学),澤田淳教授(宮崎医科大学),阿部春樹先生,黒澤明充先生とともに.b:退官記念の第4回雪明緑内障シンポジウム(1993年)のプログラム.図8岩田和雄先生ご夫妻(2017年)b.チューブシャント手術(anteriorchambertubeshunttotheencirclingband:ACTSEB)1985年当時に新潟大学では日本国内で先行してチューブシャント手術が行われていた.ACTSEB(図6d)とよばれる術式である.網膜硝子体術者がencir-clingを巻き,その後に緑内障術者が前房内にチューブを挿入する術式であった.導入のきっかけは5-FUやMMC使用以前の当時のレクトミー成績は不良で,手術を繰り返さなければいけない症例がしばしばだったことである.これについては私がpreliminarydataをまとめて新潟眼科集談会で発表,その後に先輩の関伶子先生が臨床眼科学会で発表し,さらに論文化された8).ACTSEBはある程度の効果を認めた一方で,手術手技は煩雑で,encircling周囲の瘢痕化による眼圧上昇や角膜内皮障害の合併症も経験した.結果的に5-FU,その図9研究室での岩田和雄先生(左),第29回日本緑内障学会招宴でのサプライズプレゼント(右)後はMMCによってレクトミーの成績が改善し,主体はレクトミーに移行した.岩田先生自身が緑内障の新しい術式を積極的に取り入れ,自ら経験し,結果を検討,時代に即して術式が次々と変わっていったことは貴重な経験であった.c.非穿孔性トラベクレクトミー(non.penetratingtrabeculectomy:NPT)岩田先生は日本国内でNPTを再興したといわれているが,これは1993年に新潟大学眼科教授を退任されて後のことである.岩田先生が残された自己のプロフィールのなかで趣味・特技の欄に,随筆,クラッシック音楽,山登り,シャクナゲとともに「マイクロ手術」と記されている.日本国内でレクトミーにMMCが標準的に使用されるようになり,低眼圧の遷延等々の合併症が頻発するようになった.レクトミーは基本的には古い手術で,効果増強と副作用対策の繰り返しの上に現在の術式が成り立っている.NPTは術後の過剰濾過,浅前房に伴う合併症軽減をめざした術式である.NPTについて新潟大学も経験したが,手術そのもので眼圧下降効果と副作用のすべてのバランスをとらなければ行けない術式であり,その成績は術者の技術(と勘?)に大きく依存する.そういう意味でNPTは標準的な手術にはなりにくい側面があり,岩田先生のNPTはまさに職人芸であったと思う.追悼第29回日本緑内障学会のLegendaryLectureでご講演された内容は,文献9として残されています.ご講演の最後の「これからも生涯,緑内障研究を続けていく所存」は,私たちへの惜別の言葉であるとともに,緑内障と緑内障研究に携わるすべての人たちへの励ましであり,遺言だった思います.岩田和雄先生の御逝去を悼み,心よりご冥福をお祈りいたします.文献1)岩田和雄:公害と眼,新潟水俣病と眼.日眼会誌2)岩田和雄:原発開放隅角緑内障の初期病態.臨眼39:407-424,19853)岩田和雄:低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態と視神経障害機構.日眼会誌96:1501-1531,19924)岩田和雄:原発開放隅角緑内障および低眼圧緑内障のNeu-ropathy.あたらしい眼科10:1139-1146,19935)岩田和雄,八百枝浩,祖父江邦子:緑内障性乳頭変化と視野.その1cuppingの定量:C/D比,面積比,容積について.日眼会誌78:148-157,19746)岩田和雄,八百枝浩,祖父江邦子:緑内障における網膜神経線維層の変化.その1生体眼底における神経線維描出法.日眼会誌79:1062-1066,19757)岩田和雄,八百枝浩,武田啓治:NewStereochronoscopy.日眼会誌87:768-776,19838)関伶子,福地健郎,安藤伸朗ほか:Anteriorchambertubeshunttoanencirclingbandによる難治性緑内障の治療成績.臨眼41:297-301,19879)岩田和雄:正常眼圧緑内障─Legendから真実へ─.日本の眼科89:1541-1544,2018恩師故岩田和雄名誉教授の教えと思い出阿部春樹(新潟大学名誉教授,新潟医療福祉大学教授)新潟大学名誉教授で日本緑内障学会名誉会員の岩田和雄先生が,2018年12月7日に91歳でご逝去されました.謹んで哀悼の意を表しますとともに,心よりご冥福をお祈りいたします.岩田先生は,日本を代表する緑内障研究の第一人者で,緑内障の研究と診療一筋に歩んでこられました.とくに緑内障の病態解明を目標に精力的に研究され,その治療の発展に大きく貢献されました.先生の数々の業績は,きわめてオリジナリティと独創性に富んだもので,私どもにとって刺激を受け啓発されるところがきわめて大きいものでした.たとえば,わが国初の緑内障のテキストブックの刊行や,岩田式圧迫隅角鏡の開発,さらに先生の永年の研究の集大成ともいえる日本眼科学会総会での特別講演の原著は,米国での大規模臨床試験に先立って,緑内障治療の根幹である眼圧下降と緑内障の予後に光を当てた先駆的論文として,現在も広く引用されております.この論文は先生の永年にわたる緑内障研究の集大成ともいうべきものです.この論文によって,先生が指摘された緑内障治療における眼圧下降の重要性が,その後の米国での数々の大規模臨床試験で証明されたといっても過言ではないと思います.さらに先生は,世界各国より選ばれたトップクラスの緑内障研究者から構成される「InternationalGlaucomaCommittee」のメンバーとして国際的にも活躍されていらっしゃいました.私事ですが,岩田先生のご推薦により,私も本会の総会で研究発表をする機会を与えていただきまして,審査の結果合格してメンバーに加えていただきました.岩田先生は,新潟大学眼科の第四代教授ですが,先生の教授時代に一番私の印象に残っていることとしては,何といっても学問と研究に対する姿勢の厳しさです.ご自身の研究や実験は自らの手でなされ,少しでも納得のいかないことがあれば,繰り返しやり直しておられました.そして共同研究者の報告についても,問題があればご自身で実際にやってみて,解決の糸口を見つけるといった具合でした.さらに先生は,「模倣でない自己の創造による国際的レベルの学問と研究の大切さ」を,機会あるたびに熱っぽく我々教室員に語りかけ,自らもそれを実行してこられました.私が尊敬の念を強くしたのは,大学を退官されて名誉教授になられた後も,その真摯な姿勢は変わりなく,先端的基礎研究から臨床検査機器に至るまですべてに関心を寄せ,理解されているお姿でした.さらに先生は,体調をくずされて入院される直前まで,緑内障の病態の根幹となる課題を解決するために,最新の画像診断装置図1在りし日の岩田和雄先生中国ハルビン医科大学の呂大光名誉教授夫妻とともに.(OCT)を駆使して視神経乳頭の形態変化に関する研究を続けておられ,その姿に感銘を受けました.次に先生は,多くの教室員を海外へ留学させるとともに,海外(とくに中国)から多くの留学生を受け入れました.とくに中国のハルビン医科大学をはじめとして,各地の医科大学より多くの留学生を受け入れました.このように先生は,海外との交流にも力をいれていらっしゃいました.先生の学問に対するひたむきな研究生活と研究業績などからしても,岩田先生は学問一筋の堅物で,あまり趣味はお持ちではないと思っておられる方も少なからずおられると思いますが,実は先生の趣味は多彩で専門的レベルでした.まずクラシック音楽の鑑賞のご趣味があり,ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを聴くために,ウィーンまで奥様と何回も足を運ばれていらっしゃいました.さらに先生は絵画や書の造詣も深く,とくに陶磁器に関する知識と眼力は専門家といっても過言ではありません.岩田先生は,研究者,教育者そして臨床医としてきわめて多忙な生活を送りながら,同時にこのような素晴らしい趣味と教養を身に付けられたということに対して,私は感心するとともに心から尊敬の念を強くもった次第です.私がまだ入局したての頃に,毎年のように米国のARVO(TheAssociationforResearchinVisionandOphthalmology)の学会に連れて行っていただき,フロリダで美味しいワインとストーンクラブを御馳走になったことなど,まだ色々と先生の思い出はたくさんありますが,最後に先生が好まれた漢詩の一節を思い出して書かせていただきます.それは「年年歳歳花相似たり,歳歳年年人同じからず」です.これは自然の悠久さと,人間の命のはかなさを対峙させて人生の無常を詠嘆した句です.生あるものは必ず死ななければなりません.それは人間の定めです.人間にとって死別ほど悲しいものはありません.岩田先生とのお別れは大変悲しいです.大変寂しいです.岩田先生!先生のこれまでのご指導に対して心より感謝するとともに,先生の教えを忘れることなく,学問と研究・教育・診療を継続して参りたいと思います.これからもどうぞ私たちを見守ってください.岩田和雄先生の思い出黒澤明充(黒沢眼科医院)私は,岩田和雄先生が教授になられて3年目の1974年に新潟大学眼科に入局しました.当時は眼科検査が未発達でした.眼底の倒像検査は,大暗室に設置された裸電球を缶で覆い一方向へだけ光を放つようにした暗室燈と,小型の凹面鏡である河本式検眼鏡,+13Dのレンズを用いました.この検査は,光源が固定されているため検者の位置と姿勢が制限され,また光源が暗く,見える範囲が狭いので,眼底のスケッチには苦労しました.岩田先生は,原発開放隅角緑内障性視神経症および正常眼圧緑内障性視神経症の病因解明を究極の目標とされていました.私は岩田先生のご指導で,澤口昭一先生(前琉球大学教授)とともにカニクイザルを用いて隅角レーザー照射による実験緑内障を作製しました.このサル実験緑内障眼を用いて,網膜,視神経の変化と組織像,トリプシン消化法による視神経乳頭篩板の走査電顕的観察,軸索輸送障害の研究,視神経篩状板における細胞外マトリックスの変化など,多くの研究が行われました.岩田先生は,研究に対しては強い信念と激しい闘争心で臨まれますが,医局員に対しては,穏やかに接してくださいました.ご家庭では,同じ眼科医の奥様の玲子先生をいつも大切にされていました.高校の山岳部以来の図1ボストン美術館にて(1980年3月)左より岩田和雄先生,筆者,妻の久子,岩田玲子先生.憧れであったシャクナゲの花をご自宅に沢山植えられ,丹念に世話をされていました.美術や音楽の分野にも造詣が深く,常に芸術家に対する尊敬の念をお持ちでした.中国の陶磁器や日本の絵画などに精通されていて,美術館などでいろいろ教えていただきました.ご夫妻で音楽会にもよく足を運ばれていました.音楽ではとくにウィーンフォルクスオーパーの喜歌劇「こうもり」がお好きで,何度もご覧になったそうです.若い頃のドイツ留学によりドイツ語が堪能なため,上演中の歌手のアドリブも楽しんでおられました.2004年1月には,ご夫妻でウィーンの楽友協会のニューイヤーコンサートを聴きに行かれ,そのお姿がテレビで国際放送されたそうです.図2岩田式圧迫隅角鏡南旺光学株式会社メディカル販売事業部のカタログより転載.岩田先生とのもっとも楽しい思い出は,1980年3月の2週間の米国旅行です.医局の黒板に「同行者求む」と張り紙があり,すぐに応募しました.始めの1週間は岩田先生,妻の久子(当時新潟大学眼科在籍),私の3名で,後半には奥様の玲子先生とお嬢様の恵美子様が合流されました(図1).岩田先生は,第4回国際緑内障会議(オランド)で岩田式圧迫隅角鏡(図2)の講演をされました.女性用のストッキングで虹彩を作り,隅角鏡で角膜を圧迫すると虹彩根部が押し下げられ,隅角が現れてくる様子をアニメーションで示されました.隅角を覆ったり,露出したりする虹彩の動きがユーモラスなため,会場から大きな声があがりました.この旅行の最終日に,サンフランシスコで私どもの結婚1周年記念をワインとチーズで祝っていただきました.40年以上公私にわたりご指導いただいた岩田和雄先生を失い,悲しみでいっぱいです.先生のご冥福を心からお祈りいたします.☆☆☆

術前・術中における消毒法の注意点

2019年12月31日 火曜日

術前・術中における消毒法の注意点PrecautionsforPreoperativeandIntraoperativeDisinfectionMethods子島良平*はじめに現在,わが国では年間C150万件を超える白内障手術が行われている.白内障手術をはじめとした内眼手術における合併症のなかで,もっとも重篤なものとして術後の感染性眼内炎がある.国内での白内障術後の感染性眼内炎の発症頻度は約C0.02%と報告されており1),他の国や地域と比べ高くはないが,その頻度を減らすことは重要である.術後眼内炎の発症メカニズムは未だ完全には解明されていないものの,眼内炎の起炎菌と外眼部の細菌叢が遺伝子レベルで一致していることが報告されており2),結膜.や眼瞼の常在菌が発症に関与していると考えられる.このため現在では,眼内炎の発症予防目的で周術期に減菌化療法が行われている.減菌化療法として,術前では抗菌点眼薬の投与および術直前のヨード製剤を用いた消毒,術中では抗菌薬の前房内投与やヨード製剤の点眼,術後では抗菌点眼薬の予防的投与が一般的な手法である.本稿では,おもにヨード製剤を用いた術前および術中の消毒法の注意点について述べる.CIヨード製剤の基礎現在,ヨード製剤は周術期の消毒薬として眼科のみならず他科領域でも広く用いられている.ヨード製剤の利点として,耐性菌を含む一般細菌からウイルスまで幅広い抗微生物スペクトルをもつこと,また抗菌薬と違い耐性化を誘導しないという点がある.一方,使用する際には,人体の正常細胞に対しても作用するという点に注意する必要がある.現在,眼科領域で広く使用されているヨード製剤には,ポビドンヨードおよびヨウ素・ポリビニルアルコール点眼・洗眼液(以下CPA・ヨード)がある(図1).ポビドンヨードはポリビニルピロリドンとヨウ素,PA・ヨードはポリビニルアルコールとヨウ素の複合体である.ヨード製剤の消毒効果は,製剤中の遊離ヨウ素が微生物の膜蛋白を変性させることにより得られる.このため,遊離ヨウ素が少ない原液よりもある程度希釈して遊離ヨウ素を増加させた状態で使用することで,高い消毒効果が期待できる.しかし,遊離ヨウ素は有機物に接触すると直ちに不活化するという特徴をもつため,希釈した場合の消毒効果の持続時間は短くなる点に注意が必要である.ポピドンヨードとCPA・ヨードの消毒効果については,日本眼感染症学会が主導して行った多施設共同研究で,両剤に差がないことが報告されている3).注意すべき点として,ポビドンヨードは眼の消毒には使用しないよう添付文書に記載されていることである.このことから結膜を含めた眼表面の消毒にはCPA・ヨードを使用することが推奨される.ヨード製剤を使用する際には,その消毒効果は温度・濃度・時間および保存方法により大きく異なるという点を理解しておく.秦野らはCPA・ヨードの抗微生物効果*RyoheiNejima:宮田眼科病院〔別刷請求先〕子島良平:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町C6-3宮田眼科病院C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(65)C15414abLog(微生物減少)3210図1ポビドンヨード(a)およびPA・ヨード(b)010203040ポビドンヨードは眼表面へ使用しないよう添付文書に記載反応温度(℃)されており注意が必要である.図24,20,37℃各温度でのPA・ヨードの抗微生物効果縦軸はどのくらい微生物が減少したかを示す.横軸は温黄色ブドウ球菌度.4℃では抗微生物効果がC1/10程度に低下する.(文献C4より許可を得て改変・転載)C8100Log(微生物数)有効ヨウ素残存率(%)90807060-2図3表皮ブドウ球菌に対するPA・ヨードの消毒効果50縦軸は微生物数を示す.横軸は濃度.PA・ヨードであれC012345ばC20倍希釈よりも高い濃度で良好な消毒効果が得られる.保存時間(時間)(文献C4より許可を得て改変・転載)図4栓なし容器中での6倍希釈PA・ヨード液中の有効ヨウ素残存率の経時的変化6倍希釈したCPA・ヨードを栓なし容器で保存した場合,5時間で遊離ヨウ素がC60%程度まで低下する.(文献C4より許可を得て改変・転載)図5眼瞼および皮膚の消毒10%ポビドンヨード原液を使用し,まず眼瞼から(Ca)その後に徐々に消毒範囲を周囲の皮膚に広げていく(Cb).その際,しっかりと閉瞼させる.図6ドレッシング材を用いた眼瞼の被覆テガダームTMなどを用いて眼瞼を被覆する.その際,睫毛やマイボーム腺開口部が露出しないよう注意する.右の症例では上眼瞼の被覆が不十分で睫毛が露出しており,術野が汚染されるリスクがある.図7開瞼器をかけた後の消毒PA・ヨードにマイボーム腺からの分泌物などが浮いていることがわかる.開瞼器をかけた後も再度CPA・ヨードによる洗眼を行う.図8ヨード製剤による角膜上皮障害左眼に白内障手術を行った症例での術翌日の前眼部写真.右眼(Ca)に比べ左眼(Cb)では強い角膜上皮障害を認め,患者も違和感を訴えていた.

小瞳孔への対処法-デバイス

2019年12月31日 火曜日

小瞳孔への対処法─デバイスPupil-ExpansionDevice留守良太*はじめに白内障手術や硝子体手術において,小瞳孔は経験の少ない術者だけでなく,達人といわれるような術者にとっても,術後成績に大きく影響する要因である.過去には「小瞳孔は破.せずに眼内レンズが挿入できれば問題なし」と考えられていたが,現在ではプレミアムレンズといわれる多焦点レンズやトーリックレンズの登場で術後裸眼視力の改善を目標とすることも多く,いかに小瞳孔であっても適切に対応し,安全で確実に手術を終了する必要がある.小瞳孔対策として,虹彩切開,アイリスリトラクターなどが一般的であるが,今回は近年注目され始めた瞳孔拡張リングについて解説する.それぞれに利点はあるが,特殊な小瞳孔として考えられる術中虹彩緊張低下症(intraoperative.oppyirissyndrome:IFIS)においては,瞳孔拡張リングが唯一対応可能なデバイスといえる.近年では良好な裸眼視力を得るための術中に使用する手術機器も進歩し,術前に予定した乱視軸を表示するイメージガイドシステムや屈折度数,乱視度数を測定する波面収差測定装置,フェムトセカンドレーザー白内障手術(以下,プレミアム白内障手術)などがある.これらは術中に角膜形状を変形させないことが重要となる,瞳孔拡張リングであればその影響は少ないといえる.どのような小瞳孔症例であっても対応できる利便性から多くの術者が選択するデバイスとなっている.I瞳孔拡張リング2006年にIQ-RING1)の名称でDrMalyuginによって考案,作製され2),2008年IFISに対する有効性3)が報告されたことが,現在の小切開白内障手術に対応した瞳孔拡張リングの始まりである.現在,国内承認されている瞳孔拡張リングは,①MalyuginRing2.0R(MST社),②I-RingR(BeaverVisitec社)の2種類がある.そのほかに近い将来承認される動きのある③XpandR(DAIA-MATRIX社),④APX200R(APXophthalmology社)がある.挿入後に確保できる瞳孔径はそれぞれ図1の左から①6.25mm,②7.0mm,③6.3mm,④6.7mm,⑤7.0mm程度である.II瞳孔拡張リングの利点と欠点瞳孔拡張リングを装着しさえすれば,術前の散瞳状態に関係なく,良好な散瞳状態で手術を行うことが可能である.IFIS症例においては,術中の縮瞳,虹彩の誤吸引,脱出に煩わされることがなくなる.小瞳孔であること忘れて通常症例のように手技に集中できるため余計なトラブルに遭遇することも回避でき,症例の難易度によって手技を変更する必要がなく,手術計画がシンプルとなる.そのため経験の少ない術者であっても有効なツールと考える.一方,眼球が小さく前房が浅い傾向にある国内の症例*RyotaTomemori:医)涼悠会トメモリ眼科・形成外科〔別刷請求先〕留守良太:〒648-0073和歌山県橋本市市脇5-4-23医)涼悠会トメモリ眼科・形成外科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(55)1531図1瞳孔拡張リング図2MalyuginRingR図3MalyuginRingR(6.25mm散瞳)図4挿入1:3時,6時,9時部の3カ所同時装着図5挿入2:スクロールのはずし方図6挿入3:瞳孔縁が水晶体中心より周辺の場合図7挿入4:瞳孔縁が水晶体中心より内側の場合図8Doublehookedtechnique法図9抜去1:スクロールを眼外へ引き出す図10抜去2:インジェクターを眼外で把持する図11抜去3:眼内でインジェクターに引き込む図12I.RingR構造図13I.RingR(6.3mm散瞳)図14挿入1:3カ所同時装着図15挿入2:12時同時装着図16挿入3:Doublehookedtechnique法図17抜去1:バックフリップ法図18抜去2:12時部からの操作抜去図19XpandR(6.7mm散瞳)図20挿入1:6時装着図21挿入2:虹彩上にリングを放出図22挿入3:12時装着図23抜去1:眼内で把持,乱視軸表示図24APX200R(7.0mm以上散瞳)図25セッティング1図26セッティング2図2719ゲージ創から挿入図28抜去と乱視軸表示表1瞳孔拡張リングの種類と特徴リングの種類CMalyuginRing2.0R(6C.25Cmm径)CI-RingRCXpandRCAPX200R材質5-0ポリプロピレンポリウレタン形状記憶合金瞳孔拡張サイズC6.25CmmC6.3CmmC6.75Cmm7.0Cmm以上切開サイズ1.8(C2.0)Cmm2.0(C2.4)Cmm2.0(C2.4)CmmC19G×23カ所同時装着C◎C○C△C─4カ所目の装着C◎C○C◎C─抜去C○C◎〇C◎リングの柔らかさ非常に柔らかい柔らかい柔らかいC─IFIS有用性C○7.0Cmm径◎重度CIFISC△C◎C◎プレミアム白内障手術C◎C◎C◎C×(〇イメージガイドシステム)◎非常によい,○よい,△ややむずかしい,×不可.図29MalyuginRingR豚眼練習図30I.RingR豚眼練習–

Zinn小帯脆弱例への対応-デバイス

2019年12月31日 火曜日

Zinn小帯脆弱例への対応─デバイスCataractSurgeryAssistingDevicesforaWeakZonuleofZinn徳永義郎*西村栄一*はじめに手術機器の進歩も相まって,水晶体乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:PEA)は安全に施行できる時代になっている.眼内レンズ(intraocularlens:IOL)も多焦点IOL,乱視矯正IOLなど付加価値IOLの選択肢も増えており,手術は合併症なく終了するのが当然で,その先の見え方の質に焦点が置かれることが現状である.しかし,白内障手術は一定の割合で合併症を生じる.筆者らの施設で施行した白内障手術例のデータをレトロスペクティブに検討したところ,0.76%の症例にZinn小帯断裂を生じていた1).Zinn小帯脆弱例において,手術によりさらなるZinn小帯断裂の悪化,後.破.,核落下などの合併症を生じてしまうと,付加価値IOLの効果が減弱する,もしくは適応外になってしまう.白内障手術に対して患者からの要求も大きい今の時代において,Zinn小帯脆弱例の手術を安全に行うにはどうしたよいか,どのようなデバイスを使えばよいのかなど,注意点を述べる.I術前診察術前診察時にZinn小帯脆弱例であると察知することは非常に重要である.手術を開始し,予期せぬZinn小帯脆弱例に遭遇した場合には術者の精神的動揺は大きい.付加価値IOL挿入予定患者であった場合にはなおさらである.術前になるべく危険性を察知し,この患者はZinn小帯が弱いかもしれないという気持ちで臨むことが大切である.一般的なZinn小帯脆弱のリスク因子として外傷歴,偽落屑症候群,緑内障発作の既往,硝子体手術既往,網膜色素変性症などが報告されている2~4).とくにこれらの因子がある場合には,前房深度やZinn小帯が正常にみえても,眼球を上下など動かしてもらうと水晶体振盪を察知できることもあり,極大散瞳をさせてZinn小帯断裂所見がないかを確認することも重要である.ベッドで仰臥位になった状態での診察は,水晶体偏位の所見が顕在化することもあり有用である.しかし,リスク因子のない正常眼と思われる症例で,術前に前房深度も深く,水晶体動揺を認めない場合でも,手術を開始してみるとZinn小帯脆弱例であったという症例も存在する.事前に自分なりの術式アルゴリズムの作成(図1)などの準備を行い,Zinn小帯脆弱例に直面した際の準備を常に欠かさないことが大切である.II実際の手術1.術式の選択高度のZinn小帯脆弱やZinn小帯断裂が疑われる症例に対しては,術者の技量と核硬度など患者背景を総合的に判断して術式を決める.難症例であっても小切開PEAを試みる時代にはなっているが,全例に当てはまるわけではない.患者背景にもよるが筆者らはアルゴリズムを参考に術式を決めている.Emery-Little分類核*YoshiroTokunaga&*EiichiNishimura:昭和大学藤が丘リハビリテーション病院眼科〔別刷請求先〕徳永義郎:〒227-8518神奈川県横浜市青葉区藤が丘2-1-1昭和大学藤が丘リハビリテーション病院眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(47)1523.内固定+CTR挿入毛様溝縫着術/強膜内固定術図1Zinn小帯脆弱程度による水晶体再建術アルゴリズム症例背景によるが,筆者の施設では上記アルゴリズムに沿ってCCE併用CPEAを施行している.(西村栄一:IOL&RS30:375-384,2016より一部改変して引用)C-表1水晶体.手術補助器具比較表虹彩リトラクターカプセルエキスパンダー水晶体.拡張リング器具水晶体.拡張C×拡張作用なし〇部分的に可能C◎全周性に可能水晶体.支持〇点で支持,はずれやすいC◎面状に支持C×支持作用なし手術終了時抜去が必要抜去が必要.内に留置可能挿入容易容易比較的容易抜去容易容易難保険収載なしなしあり(西村栄一:IOL&RS33:326-332,2019より一部改変して引用)図2左眼180°以上のZinn小帯断裂眼図3連続円形切.(CCC)開始時散瞳良好で,核硬度はCgrade2程度であり,カプセルエキヒーロンCVCRで前房置換したあとに,25G針で水晶体中央スパンダー併用水晶体乳化吸引術を選択した.を穿刺する.Vランスを用いてもよい.穿刺の際には垂直方向に押すだけだとCZinn小帯の負担が増すため,抵抗が強ければ.を針先で引き裂くようなイメージで穿刺する.図4連続円形切.(CCC)後CCCは直径C5Cmm程度がよい.後のカプセルエキスパンダー留置を考慮し,前.亀裂を作らずCcompleteすることが重要である.この症例では直径C5Cmm未満とやや小さめのCCCCになった.図5カプセルエキスパンダー(CE)留置前の眼粘弾剤注入CEを留置予定の前.下に眼粘弾剤を注入しスペースを作る.図6カプセルエキスパンダー(CE)留置この症例では①→②→③の順番でCCEを留置していったが,Zinn小帯断裂が一番強い部位は角膜サイドポートから距離あるため,③→②→①の順番でCCEを留置したほうがやりやすいケースもある.図7カプセルエキスパンダー併用水晶体乳化吸引術核片が残りC1/4程度になると後.の挙動も激しくなるのでフックで後.を抑える.超音波で吸引のリスクが高い場合にはビスコエクストラクション法で最後の核片を娩出してもよい.図8カプセルエキスパンダー併用水晶体乳化吸引術核除去後.皮質は水晶体裏にしっかりついている.図9カプセルエキスパンダー併用水晶体乳化吸引術皮質を落とさないよう,水晶体.を内側に折りたたむようにして切開創から娩出する.今回は有鈎鑷子で切開創から娩出しているが,最後の核片同様にビスコエクストラクション法も有用である.置部位の水晶体前.下にCOVDを注入し,スペースを確保する(図5).核硬度がCG2-3程度であれば比較的スペースができやすいが,核硬度が硬く,核が大きい症例(皮質やエピヌクレウスが少ない症例ではスペースができにくく留置に苦慮する.対策としては高分子COVDで前.下にしっかりスペースを確保すること,他のサイドポートからフックを挿入しCCEの屈曲部を押して前.下に留置することなどである12).CEは断裂部位に応じて本数を増やしていくが,全周のCZinn小帯脆弱の症例にはC4~5カ所留置する.また,断裂例で水晶体の傾きが大きい症例では,角膜サイドポートから挿入したCCEと前.縁の距離があるため留置がむずかしい.フックでCCE留置部位の前.縁を持ち上げたり,硝子体ポートをC1カ所作製し,ライトガイドかカッターなどで後房側から水晶体を持ち上げる方法が有用である.サイドポートと前.の距離が短い部位から順次設置していき,水晶体を前房側に少しずつ持ち上げるようにする方法も一つである(図6).CE設置が完了したら通常通りCPEAうが,核片が最後のC1/4程度になると後.の挙上も激しくなるので注意が必要である.後.を吸引する可能性が高い場合には,フックで後.を抑えておくか,切開創を少し広げてビスコエクストラクション法で娩出したほうが無難である(図7~9).また,Zinn小帯断裂例ではCinfusionCmisdirectonCsyndrome(IMS)が生じやすいので15),ボトル高を下げて施行することが好ましい.Cd.灌流.吸引まず,強膜内固定や毛様溝縫着術を考慮する症例においては,前.鑷子などを用いてCZinn小帯を全周はずし,水晶体.と皮質を切開創から摘出する.有鈎鑷子を切開創から眼内に挿入し引っ張るほうが摘出しやすいが,残存皮質が落下する可能性もあるので,ビスコエクストラクション法を用いて皮質と.を一塊として摘出したほうが安全である.IOLの.内固定を考慮する場合には,皮質除去を試みる.実はCZinn小帯断裂・脆弱例で一番むずかしいのはI/Aと思われる.CTR同様CCE留置部位の皮質はトラップされており吸引除去がむずかしいので,まずトラップされていない皮質から除去を試みるが,Zinn小帯の張力が減弱しているため,.から皮質をはがすのに苦慮する.フックで.を抑え,CEの本数を追加して.の張りを補強しつつ,ゆっくり吸引をかけて辛抱強く丁寧にはがして除去していく.バイマニュアルCIAの還流筒で.を抑えつつ吸引する方法も有効である..の誤吸引のリスクが高い場合にはCIOL挿入後にCCEを抜去し,残存した皮質の除去を試みる.IOLを挿入し前房の眼粘弾剤を除去したときに.が楕円形に変形する症例や,術中・術前所見でCZinn小帯脆弱・部分断裂を認める症例にはCCTRを挿入し手術を終了する.挿入するCIOLについて,筆者らは基本的にC1ピースIOLを使用しているが,IOL脱臼のリスクが高いと判断した場合には強膜内固定に至る可能性も考慮し,強膜内固定に適したC3ピースCIOLを挿入する場合もある.おわりにZinn小帯脆弱・断裂例は思わぬときに遭遇する.術者が慣れ親しんだデバイスを用いて白内障手術を安全に施行できるよう,常に準備を怠らないことが大切である.文献1)西村栄一,陰山俊之,綾木雅彦ほか:大学病院におけるC1万例以上の小切開超音波白内障手術統計─術中合併症の検討.眼科45:237-240,C20032)JakobssonG,ZetterbergM,LundstromMetal:Latedis-locationofin-the-bagandout-of-thebagintraocularlens-es:ocularCandCsurgicalCcharacteristicsCandCtimeCtoClensCrepositioning.CJCataractCRefractCSurgC36:1637-1644,C20103)HayashiCK,CHirataCA,CHayashiH:PossibleCpredisposingCfactorsforin-the-bagandout-of-the-bagintraocularlensdislocationandoutcomesofintraocularlensexchangesur-gery.OphthalmologyC114:969-975,C20074)SamCL.CPueringer,CDavidCOCetal:RiskCofClateCintraocularClensCdislocationCafterCcataractCsurgery,C1980-2009:ACPopulation-BasedStudy.AmJOphthalmolC152:618-623,C20115)Arshino.SA:Dispersive-cohesiveCviscoelasticCsoftCshellCtechnique.CJCataractCRefractSurgC25:167-173,C19996)谷口重雄,小沢忠彦,田中裕一朗ほか:前.切開時の水晶体動揺を基にしたCZinn小帯脆弱度分類および前.皺襞と眼内レンズ挿入後の前.切開窓変形の関係.臨眼C70:509-1528あたらしい眼科Vol.36,No.12,2019(52)

硬い核の白内障手術

2019年12月31日 火曜日

硬い核の白内障手術HowtoPerformSuccessfulCataractSurgeryinEyeswithaDenseNucleus稲村幹夫*はじめに黄色~褐色の白内障はわが国では皮質型白内障についで多くみられる(図1~4).これらは水晶体核の硬化を生じており,水晶体再建術を行うには困難を伴うことがある.硬化が著しいとさまざまな合併症を生じやすいからである.硬い核の白内障は比較的長時間経過した白内障であることが多い.遠視より強度近視眼に多く,硝子体術後,外傷後などにも生じる.核が硬化すると屈折率が変化して近視化が進むことが多い.この近視化は不整乱視(球面収差やコマ様収差など)を伴うことが多く,症状は単眼複視(二重視,三重視など)を伴うことが多い.不整乱視が少なければ近視化が進んでも比較的近方図1水晶体核の硬化水晶体核が黄色で皮質はまだ透明である.が見えるため不便を感じないこともあり,医療機関を受診する時期には核硬化がかなり進行している場合もある.すでに患者の感じる明るさは低下しているはずである.このような場合は,片目のみ進行している場合は不同視に悩まされることもある.いずれにしても本人が不便と感じるようになれば手術適応となる.本稿では硬い核の白内障への対処法について述べる.CI硬い核の白内障はなぜ難症例となるのか超音波吸引を行う現代の白内障手術では,硬い水晶体の処理に大きな超音波エネルギーを必要とするため,そのエネルギーでまわりの組織にさまざまな影響を与え合図2水晶体全体が硬化硬化が進むと褐色となり大きな核となる.*MikioInamura:稲村眼科クリニック〔別刷請求先〕稲村幹夫:〒231-0045横浜市中区伊勢佐木町C5-125伊勢佐木クイントパラディオC2F稲村眼科クリニックC0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(41)C1517図3図2の症例の散瞳後の写真全体が褐色になっている.図4Morgagni白内障さらに長時間経過したと思われる例で,一部皮質が液化し核がその中に沈んでいる.ab図5白内障手術前後の角膜内皮細胞密度の変化a:術前のスペキュラーマイクロスコープによる解析では角膜内皮細胞密度はC2,674/μmC2であった.Cb:術後,角膜の透明性は保たれたが,角膜内皮細胞密度はC1,117/μmC2と約C60%の減少がみられた.図6虹彩の組織へのダメージUSチップが接触したためか虹彩色素の脱失,組織の萎縮を起こした.図7超音波発振中の創口熱傷硬い核に超音波を連続発振したが,スリーブからの灌流が滞ったためにCUSチップが過熱して創口に熱傷が生じた.図8図7の症例の術後写真熱傷を起こした創口は閉鎖も困難になった.その後,創口は閉鎖しても血管侵入を伴う瘢痕となり角膜乱視も残った.表1硬い核の白内障手術でのチェックポイント散瞳が良好か散瞳が悪いと眼内操作が困難となり虹彩のダメージなどにつながる.散瞳が悪い例は糖尿病,偽落屑症候群,術中虹彩緊張低下症にはとくに注意をする.角膜内皮細胞は正常か角膜内皮密度が低下した眼は核処理にてこずれば,さらに内皮密度が低下して水疱性角膜症となる可能性が高くなる.Zinn小帯は弱っていないかPE症候群,外傷などでCZinn小帯が弱っている場合はハイドロディセクションや核を回転するなどの操作が困難となりやすい.前房深度は十分か単眼軸やCZinn小帯脆弱で前房深度が極端に浅いと,内皮への影響,虹彩へのダメージの可能性が高くなる.角膜全体の視認性はどうか角膜混濁で前房視認性が悪くてさらに核硬化が重なると,さまざまな操作が困難でリスクが高くなる.図10図8の断面図のシェーマ必ずしもきれいなクレーターを掘らなくても半月状に掘って(downslopeCsculpting),対面の壁にCUSチップを突き刺し分割する.図9Divideandconquer法硬い核では水晶体中央にクレーターを作製し,その周辺の水晶体へCUSチップを突き刺して左手のフックを使って核分割を行う.表2硬い核の白内障手術への準備粘弾性物質分散型と凝集型を両方使う超音波設定パルスモード>パネルモード,トーショナル>縦振動dutycycle小さめ.中心を掘る:最大吸引圧・吸引流量低め,超音波高め.核片破砕吸引:最大吸引圧・流量高め,超音波高め.USチップベベルの大きな角度のもの(4C5°)がよい.ストレートタイプよりカーブの大きなケルマン型やバランストチップなどがよい.前.染色用色素トリパンブルー染色など.瞳孔拡張器虹彩レトラクター,Malyuginring,I-Ringなど.CCTR標準型のもの.

灌流ハイドロダイセクション法の有用性

2019年12月31日 火曜日

灌流ハイドロダイセクション法の有用性TheUsefulnessofPhaco-SleeveIrrigation-AssistedHydrodissection増田洋一郎*はじめに白内障手術は,近年飛躍的な進歩により低侵襲化が進んできた.そのため,難症例以外の通常例ではほぼ問題なく遂行することが可能である.しかし,Zinn小帯脆弱,浅前房,術中虹彩緊張低下症(intraoperativeC.oppyCirissyndrome:IFIS),小眼球,後極脆弱症例,高い核硬度,散瞳不良例,眼粘弾剤(viscoadaptiveCophthalmicCviscoelasticdevices:OVD)の前房置換例,前.亀裂症例などの難症例においては,まだ低侵襲手術に課題が残されている.その課題一つが術中の加圧・虚脱操作の低侵襲化である.難症例は,通常例で認められない組織脆弱性を有するために,術中の加圧・虚脱操作によって虹彩脱出,前房消失,Zinn小帯断裂悪化,後.破損,前部硝子体膜破損,intraoperativeCmisinfusionsyndrome(IMS)などをきたしやすい背景があり,手術難度のさらなる上昇,合併症発生のリスクを有している(図1).この加圧・虚脱操作の低侵襲化の遅れの中に,従来のハイドロダイセクション法(以下,従来ハイドロ法)も含まれる.従来ハイドロ法は,超音波チップスリーブを入れるための大きな創口に細いカニューラを挿入して操作するため,closedeyesurgeryでなくなること,灌流量と漏出量のアンバランスが生じること,際限のない加圧が可能であることにより加圧と虚脱をきたしやすく,従来ハイドロ法はとくに難症例において問題となってくる.しかし,超音波チップスリーブ灌流を応用した灌流ハイドロダイセクション法(以下,灌流ハイドロ法)は,従来ハイドロ法にあげた問題点のほとんどを解決することが可能である1.5).本稿では灌流ハイドロ法を行うポイントと,その有用性を詳述する.CI従来ハイドロ法の問題点内眼手術である白内障手術は,前房を虚脱させずかつ余計な加圧をせずに行うことが眼組織への侵襲を低くするうえで重要である.従来ハイドロ法は,①超音波チップスリーブ挿入のための大きな主創口から細いカニューラを挿入して行うため,openedeyesurgeryとなること,②カニューラ灌流量≠眼内液漏出量となること,③マニュアルで行うため理論上は際限のない能動加圧が可能であること,が特徴である.これらの特徴は,通常の白内障手術症例では問題にならないことが多いが,難症例では重大な問題となることがある.それは,これらの特徴により前房が虚脱しやすく,眼内圧不均衡と余計に加圧されやすいため,IFIS,浅前房などでは虹彩脱出(図1),前房消失,Zinn小帯脆弱では水晶体振盪悪化,前部硝子体膜破損,IMSをきたす可能性があるためである.また,マニュアルで注水するため理論上は際限のない加圧が可能であり,水晶体後極脆弱症例(後極白内障),前.亀裂症例などで後.破損,viscoadaptiveOVDの前房置換例やフェムトセカンドレーザー白内障手術(femtosecondClaser-assistedCcataractsurgery:FLACS)ではCcapsularblocksyndromeによる後.破損をきたす危険性がある.このように従来ハイドロ法はと*YoichiroMasuda:東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕増田洋一郎:〒105-8461東京都港区西新橋C3-25-8東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(35)C1511図1カニューラによる従来ハイドロ法の問題点従来ハイドロ法は,超音波チップスリーブを入れるための大きな創口から細いカニューラを挿入して操作するため,Cclosedeyesurgeryでなくなること,灌流量と漏出量のアンバランスが生じること,際限のない加圧が可能であることにより合併症をきたすことがある.写真は従来ハイドロ法により虹彩脱出をきたしたCIFIS症例である.表1従来ハイドロ法の問題点特徴Copenedeyeカニューラ灌流量≠眼内液漏出量マニュアル能動加圧術中問題点虚脱加圧合併症虹彩脱出,前房消失,CZinn小帯断裂悪化,後.破損,前部硝子体膜破損,intraoperativemisinfusionsyndromeBottleheight70cmIOP(mmHg)80706050403020100図2灌流ハイドロ法による白内障手術の術中眼内圧変化灌流ハイドロ法は,超音波チップスリーブによる操作のため,創口にフィットしCclosedeyeで前房容積を一定範囲に保持し,また前房圧も設定灌流圧を限界として一定範囲に保てるため,余計な加圧をせずにハイドロダイセクションを施行できる.グラフは,灌流ハイドロ法による白内障手術中の眼内圧が設定灌流圧以上にならず,一定範囲内で施行されていることを示している.(文献C2より引用)05101520253035404550556065表2灌流ハイドロ法の利点特徴Cclosedeyeスリーブ噴流量=チップ吸引量+創口漏出量最大灌流圧設定による受動加圧カニューラ手技省略術中利点前房安定(非虚脱)限界最大眼内圧(非加圧)時間短縮清潔とくによい対象疾患IFIS,浅前房,CZinn小帯脆弱,水晶体後極脆弱症例(後極白内障),前.亀裂症例,CviscoadaptiveOVDの前房置換例,FLACS,小瞼裂,多動,ハイドロ不全時のハイドロ追加=図3灌流ハイドロ法(後.側)灌流ハイドロ法は,超音波チップ灌流スリーブ側孔からの噴流(jet)とフックのアシストによって行う.ハイドロを行ううえで重要な点は①専用設定で行うこと,②スリーブ孔の方向をハイドロしたい部分に向けること,③フットペダルによる意図的吸引によって噴流を誘発すること,④チップ先端を水晶体核などで閉塞させず解放させること,である.また,核分割手技による核回旋により.接着力をある程度弱めること,後.を露出させながらチップとフックで核を前方に持ち上げるようアシストし,噴流を後.側へ流すことがコツとなる.図4灌流ハイドロ法(前.側)スリーブは前房に位置させ,スリーブ孔の方向に留意し,フックによるアシストで意図的眼内液吸引によってスリーブ孔から誘発された噴流をスムーズに前.から赤道部,後.方向へ流す.表3灌流ハイドロ法推奨手術システム設定手術システム吸引ポンプシステムチップサイズ,スリーブ(-s)灌流圧(ボトル高)吸引圧(mmHg)吸引流量(cc/min)超音波パワー(%)CSignaturePROCVenturiC20G,yellow-sC60CcmH2OC160C0CSignatureCVenturiC20G,yellow-sC60CcmH2OC130C0CCenturionCPeristalticC20G,ultra-sC36CmmHgC350C45C0CConstellationCVenturiC20G,micro-sC60CcmH2OC200C0CINFINITICPeristalticC20G,micro-sC60CcmH2OC240C45C0図5カーブドチップの灌流方向カーブドチップでスリーブ側孔をチップベベルに対し上下に装着すると,下方からの噴流が優位となり灌流ハイドロ法を行いやすい.C-

多焦点眼内レンズの使い方

2019年12月31日 火曜日

多焦点眼内レンズの使い方ChoosingtheBestMultifocalIntraocularLensforYourPatients野口三太朗*はじめに老視矯正眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は完璧ではなく,グレア,ハロー,コントラストの低下などの副症状を発症することがわかっており,患者によっては,それは数字上の視力の改善よりも不快で,IOLの摘出に至ることもある.老視矯正IOLを移植するにあたり,視力はもちろんではあるが,それ以外の副症状をよく理解し,それらを天秤にかけながら患者と向き合う必要があると思われる.ある程度の使用経験のあるIOLを一覧にまとめ,串刺しに比較することで各IOLの性格の理解を深められたらと考えている.重要と思われるコントラスト,グレア・ハロースコア(Glare&Halosimulator:EyelandDesignNetwork社,Verden,Germany),全距離視力,レンズスペック一覧(メーカー公表値を参考に,筆者のシミュレーションスペックを記述,表1),各レンズの特徴を掲載する.これらのデータを参考にし,老視矯正IOLの癖を少しでも理解してもらえればと思う.どの患者にも一辺倒でよいということはなく,複数のIOLの引き出しをもち,ベストフィットのIOLを処方するのがもっとよいと思われる.Iコントラストコントラスト(図1)は,各IOLを理解するうえでもっとも重要であるといっても過言ではない.視力の次に重要な視機能とされる.光学的に近方加入の強いレンズほど遠方エネルギーは減少し,光学的ロスが発生するため,遠方コントラストは低下する傾向にある.低加入IOLのLC,MW,SV25T,ZXR00Vは他レンズよりもコントラストが良好であることがわかる.逆に加入の強いSN6AD1,ZMB00は加入が高いためコントラストは低い.IC-8は開口が小さく,エネルギー量が少ないためextendeddepthoffocus(EDoF)であるが,コントラストは不良である可能性がある(症例数が少ないため,参考程度としていただきたい).TECNISfamilyであるZKB00,ZLB00などは加入の割に,同加入IOLよりも若干コントラストが良好である.老視矯正IOL移植の不満感の多くはコントラストの低下の自覚である.術前よりも必ずコントラストを下げないようIOLの選択を行う.IIグレアとハローグレアとハロー(図2,3)は,多焦点IOLである以上,さらには単焦点IOLであっても不可避の光視現象である.移植した本人しか詳細な映像はわからず,定量化は困難とされてきたが,いくつかの手法でそれぞれをある程度評価することができるようになってきている.今回はGlare&Halosimulatorを用いたスコアを紹介する.低加入IOLはハロースコアが小さく,グレアも小さい.回折レンズでは加入が大きくなるとH1タイプのハローが増え,サイズも大きくなる傾向にある.単焦点のW60は70%以上の患者がハロー自体の自覚もないこと*SantaroNoguchi:ツカザキ病院眼科〔別刷請求先〕野口三太朗:〒671-1227兵庫県姫路市網干区和久68-1ツカザキ病院眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(25)1501表1各種老視矯正IOLのスペック会社IOL名焦点回折/屈折技術回折領域ringlighloss(3mm)光配分(3mm瞳孔)加入非球面値屈折率アッベ数リング製造法マテリアル製造範囲AcufocusIC-81Pinhole─022%100%D0D-0.22μm1.4849レースカット疎水性/PVDF15.5D-27.5D(0.5Dstep)Santen,OculentisLentiscomfort:LC2分節型──7%62%D/38%I1.5D0μm1.4658レースカット親水性疎水性表面(HydroSmart)10.0D-27.0D(0.5Dstep)OculentisLentisMplusX:LMX2分節型──6%52%D/48%N3.0D0μm1.4658レースカット親水性疎水性表面(HydroSmart)S:0.0D.36.0D(0.01Dstep)C:+0.25D.+12.0D(0.01Dstep)SIFIMiniWellReady:MW2.progressive,asphericcontroled──10%─3.0D非公開1.46非公開レースカットハイブリッド(親水性+疎水性)0.0D-10.0D(1.0Dstep)10.5D-30.0D(0.5Dstep)PhysIOLPodF3blazed,Apodizedfull2814%40%D/14%I/30%N1.75D,3.5D-0.11μm1.4658レースカット親水性6.0D-35.0D(0.5Dstep)RaynerRayOne:RAO3binary,Non-Apodized4.5mm1614%48%D/19%I/19%N1.75D,3.5D0μm1.4656レースカットRayacryl親水性6.0D-30.0D(0.5Dstep)AlconSN6AD12blazed,Apodized3.6mm915.6%58.9%D/25.5%N3.0D-0.1μm1.5539キャストモールディング疎水性6.0D-30.0D(0.5Dstep)AlconActivefocus:SV25T2blazed,Apodized3.4mm712.6%69.4%D/18%I2.5D-0.2μm1.5539キャストモールディング疎水性6.0D-30.0D(0.5Dstep)AlconPanOptix:TFNT3blazed,Non-Apodized(ENLIGHTEN)4.5mm1512.0%44%D/22%I/22%N2.17D/3.25D-0.1μm1.5539キャストモールディング疎水性6.0D-30.0D(0.5Dstep)VSYBiotechnologyAcrivaTrinova3binary,sinusoi-dalfull1510%31%D/28%I/31%N1.5D/3.0D-0.165μm1.4658レースカット親水性疎水性表面0.0D-32.0D(0.5Dstep)Johnson&JohnsonZKB002blazed,Non-Apodizedfull1519%41.5%D/41.5%N2.75D-0.27μm1.4755クライオレースカット疎水性アクリル5.0D-30.0D(0.5Dstep)Johnson&JohnsonZLB002blazed,Non-Apodizedfull1819%41.5%D/41.5%N3.25D-0.27μm1.4755クライオレースカット疎水性アクリル5.0D-30.0D(0.5Dstep)Johnson&JohnsonZMB002blazed,Non-Apodizedfull2219%41.5%D/41.5%N4.0D-0.27μm1.4755クライオレースカット疎水性アクリル5.0D-30.0D(0.5Dstep)Johnson&JohnsonSymfony:ZXR00V2blazed,ApodizedEDoFfull98%92%D.I1.75D-0.27μm1.4755クライオレースカット疎水性アクリル5.0D-30.0D(0.5Dstep)■nonGlare■Glare図1コントラストスコアが高いほどコントラストは高い.全体比較のための参考値として.EDoFが高く,高加入IOLは低い傾向にある.80706050403020100H3H2H1■H1■H2■H3■なし図2ハローのタイプIOLによってハローの種類が異なるのがわかる.IC-8,MW,LCは約半数がハロー自体を自覚していない.HaloGlare803025602040151020500■size■intensity■size■intensity図3グレア,ハローのサイズと強度基本的にサイズと強度は同程度であることが多い.ハローがもっとも強いのはRAOで,グレアがもっとも強いのはPodFという結果であった.ablogMARlogMAR-0.15-0.15-0.1-0.05-0.0500.050.050.10.150.150.250.20.250.350.30.350.455m1m70cm50cm40cm30cm5m1m70cm50cm40cm30cm─ZKBbi─ZLBbi─ZXRbi─ZLB&ZXR─D1&SV25─SNAD1Bi─SV25Bi図4ブレンドビジョンa:ZLBとZXRのブレンド.b:SN6AD1とSV25Tのブレンド.両者とも30cmの視力は高加入IOL両眼視よりは悪いが,40cm付近までの視力は中間の落ち込みも軽減され良好な明視域となる.40cmまでの明視域を獲得する手法である.両方の組み合わせとも,両眼加算コントラストは,EDoF両眼よりは若干不良ではあるが,それに近いコントラストを得ることができるのもメリットである.デメリットは左右差,立体視,ハローの残存,両眼移植の場合のみ施行可能なことである.IVSymfony(ZXR00V)回折型(di.ractive)格子をもったレンズは色収差を補正する.従来の回折型多焦点IOLでもある程度は補正されていた.しかし,遠方の焦点は屈折型(refrac-tive)にて焦点を作っていたrefractive-di.ractiveIOLということになる.Symfonyは回折ステップを約2.5倍深くすることにより,0次光がなくなり,すべての光を回折させ,一次光,二次光の両方がdi.ractiveになっている,di.ractive-di.ractiveIOLとなる.回折ステップは2種類になっており,中心の3ringは深く,遠方,中間両方にバランスよく光が配分されるが,残りの6ringは浅く,遠方重視となり,中間へのパワーは少ない.赤,緑,青の焦点が異なっており,とくに特徴的なこととして,青色光は中間に焦点をもち,遠方には焦点をもたない.逆に赤色光は遠方に焦点をもち,中間には焦点をほとんどもたない.つまり,光の波長(色)により非対称性のエネルギー効率となっている1).1.メリットTECNISプラットフォームは球面収差,素材,レンズの透明性,IOLデザインなどがもっとも眼科医に好まれるものである.色収差補正による遠方コントラストが非常に良好である.遠方から70cmまでの視力は全レンズのなかで一番良好である.瞳孔の小さい高齢者でも遠方視力が出やすい傾向がある.2.デメリット特徴的なスターバーストを伴ったハローが強く,夜間運転が多い患者には不向きである.近方視力が不良であるため,単独よりもブレンドビジョンなどで使用するほうがより有効であると考えられる.若年者ではハロー,近方視力不足を訴えやすい傾向がある.VMiniWellReady(MW)世界初のEDoFIOLで,一つのIOLの中にプラスとマイナスの球面収差をもったウェーブフロントカスタマイズEDoFIOLである2).IOLオプティカルゾーンは3ゾーンに分割されており,中央とその周辺のゾーンは異なる球面収差をもった領域となっている.最周辺のゾーンは単焦点となっている.瞳孔依存性の強いオプティカルデザインであることが考えられ,中央部は中近,周辺部は遠となっている.瞳孔は近見反射によって縮瞳し,遠方視には縮瞳は解除され散瞳する.瞳孔は固定ではなく絶えず動いており,瞳孔の運動ともにフォーカスが移動し,それにより全焦点性(polyfocality)を実現している.つまり,瞳孔運動量の大きい若い患者がとてもよい適応となる.従来型多焦点IOLで問題となるグレア,ハロー,単眼複視などがほとんどないといっても過言ではない.筆者はとくに若年者(30代まで)の白内障症例に用いることが多い.レンズの長径が小さいため水晶体.拡張リング(capsulartensionring)の併用が推奨される.1.メリット従来型多焦点で問題となるグレア,ハロー,単眼複視などがほとんどないといっても過言ではない.夜間遠方視には単焦点と同等の視機能を得る可能性がある.2.デメリット加入の割に近方エネルギーは少なく,近方視力は弱い.瞳孔依存性が高く,小瞳孔眼では近方加入部分の露出比率が高くなり,近視化する.レンズ長径が小さいためcapsulartensionring併用が推奨される.VIIC.8単焦点IOLの中心に,ナノ粒子の炭素(カーボン)を入れたポリフッ化ビニリデン(PVDF)製で開口部(aperture)に1.36mmのマスクが入ることで,眼内入射光の開口を小さくして,焦点深度を深くすることができている(図2).開口が小さいため集光する光はより鋭角となる.焦点から前後の部分もデフォーカスが少なく(29)あたらしい眼科Vol.36,No.12,20191505図5IC.8移植眼の視野a,c:術前の視野.b,d:IC8移植後も視野欠損は認めない.abD0.80.6-0.20.4-0.40.2-0.601W-SRK/T1M-SRK/T3M-SRK/T-0.2─LC─SV25T─W-60─ZXR00V60708090年齢図6自覚屈折変化,矯正視力と年齢の関係a:術後C1.3週にかけての自覚屈折変化.Cb:矯正視力と年齢の相関.a少数視力1.31.10.90.70.50.35m1m70cm50cm40cm30cm─IC-8─LC─MW─SV25T─ZXR00Vb少数視力1.31.21.11.00.90.80.70.60.50.40.35m1m70cm50cm40cm30cm─PodF─RAO─TFNT─Trinova図7EDoFと三焦点IOLの全距離視力a:EDoFIOL矯正全距離視力.Cb:三焦点CIOL矯正全距離視力.=が,コントラストがやや不良で,グレア,ハローが比較的出やすい.アポダイズド回折であるために,暗所での近方視力は弱くなる.今回は紹介をしていないが,遠方色収差補正を行ったCPodLGFというモデルが登場しており,視力,コントラストの改善が期待される.全体として平均的な視機能で,大きく当たることもないが,大ハズレもしないCIOLである印象である.CXIRayOne(RAO)Binaryを採用したCIOLである.特徴は回折格子数が少なくてすむために,製造リスクが減り,理論に近いIOLの作製が可能で,比較的コントラストが良好である.C1.メリット遠方コントラストが比較的良好で,近方コントラストも良好である可能性が考えられ,数字以上に日常近方作業には満足が得られやすい.インジェクターが非常に優秀でレンズはプリロードで,必要切開創も小さくて可能で,2.0Cmm角膜切開でも移植可能である.今回は紹介していないが,addonレンズとして,sulco.exという同じ三焦点CIOLがあり,単焦点から多焦点へアップグレードさせることが可能となっている.C2.デメリット遠方軸上色収差は増加することになるが,もともと人眼には大きな色収差が存在しているため,それを強く自覚する患者はいない.回折格子スムージングを行っていないため回折効率は高いが,グレア,ハローが現存する回折レンズのなかでもっとも強く大きい.また,逆光に弱く,グレアコントラストも不良となるのが特徴である.夜間作業がない患者には良好な結果を得やすいと考えられる.CXIIAcrivaTrinova正弦波回折を採用したCIOLである.回折エッジが立っていないため,くっきりとしたCH2ハローよりはモヤッとしたCH1タイプハローであるのが特徴である.メーカー公表値では光学的ロスはC8%と非常に低値である.1.メリット三焦点のなかでは比較的ハローのサイズ,強度が弱く,夜間運転も問題なく行える程度である.視力としても遠方からC70Ccm程度までを得意とし,その距離で満足される場合は非常に良好な結果が得られやすい.遠方から中間,夜間を重視とした患者にはとてもよいCIOLと考えられる.C2.デメリット近方視力が弱く,SV25Tと同程度の視力曲線であり,眼鏡の必要を術前に患者に理解してもらう必要がある.遠方軸上色収差は増加するが,患者からそのような訴えがあったことはない.CXIIIPanOptix四焦点CIOLを作製し,その一次回折を遠方重視に再配分することにより三焦点としたとてもユニークなCIOLである.アポダイズド回折は採用できず,4.5Cmmまでフル回折となっている.三焦点CIOLのなかで唯一キャストモールディング製法であり,回折格子の面精度,レンズの度数のバラツキ,レンズ製造のバラツキがもっとも少ないと考えられ,それが最大のアドバンテージであると考えられる.C1.メリット三焦点CIOL,3.25D加入でありながら,EDoFに迫るコントラストを実現できており,非常に用いやすい印象である.40Ccmまでの視力は良好であるが,30Ccmは若干厳しい.アクリソフマテリアルであるために固定性がよく,回旋が少ない.レンズが柔らかいため取り扱いも容易である.C2.デメリットハローはCSN6AD1よりも大きく,グレアも大きい.最大のデメリットはアクリソフマテリアルを採用している点である.アクリソフは.との癒着も強くなるためレンズ摘出に不適で,摘出する必要が出た際には.の損傷の覚悟が必要となる.グリスニングは減ったとしてもまだ存在し,新しい素材への移行が切に望まれる.(33)あたらしい眼科Vol.36,No.12,2019C1509

トーリック計算の最前線-角膜全乱視測定は必要か

2019年12月31日 火曜日

トーリック計算の最前線─角膜全乱視測定は必要かIsItNecessarytoMeasureTotalCornealAstigmatismbeforeToricIntraocularLensImplantation?上野勇太*はじめに角膜乱視を矯正するためのトーリック眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を用いた白内障手術の歴史は古い.しかし,以前はポリメチルメタクリレート(poly-methylmethacrylate:PMMA)製IOLであり,手術の切開創が大きく,惹起乱視が安定しなかったため汎用性に乏しかった.手術創の小切開化により惹起乱視が軽減されたことで再び脚光を浴びるようになり,2000年以降になると折りたたみ式のトーリックIOLが普及した.術後に良好な裸眼視力を獲得できるよう,発売から現在まで数多くの臨床研究やそれを基にした周術期の創意工夫がなされている.本稿のタイトルにある角膜全乱視も手術成績向上の一環として注目されるようになった.HoらやKochらによって正常眼の角膜前面と後面の乱視形態が異なることが報告され1,2),従来は角膜前面形状しか考慮しなかったことがトーリックIOLの手術成績に影響を及ぼしていたという考えが広まった.つまり,本稿のタイトルである「角膜全乱視測定は必要か」との問いに答えるには,「角膜後面乱視を考慮すべきか」という質問と,「角膜全乱視を実測する必要はあるか」という質問の両方に回答する必要がある.読者の中には角膜形状解析に詳しくなく,二つの意味の違いがわからないという方もいると思うが,本稿ではこれらの違いがわかるように解説し,最終的に角膜全乱視測定は必要かどうか,信念をもって回答できるように手助けできれば幸いである.I角膜後面乱視の問題点まずは角膜後面乱視の問題点を述べるが,その前に角膜形状解析について触れるべきであろう.古くから角膜形状を測定する際にはケラトメータやプラチド型角膜形状解析装置が汎用されていた.測定時間が短く,再現性も高いことから現在でもゴールドスタンダードといってよいが,欠点として角膜後面形状を実測できないという問題があった.そこで考案されたのがKeratometricindexであり,角膜前面と後面の形状を一定と考えて,前面形状から角膜全層の屈折力を概算する際に使用され,概算値であるK値は角膜屈折力として汎用されている.たとえば,ケラトメータで表示される角膜屈折力はK値であるし,ほとんどのIOL計算式はK値を使用するように設定されており,本使用法に関して臨床的に重大な欠陥を指摘するのはむずかしい.一方,乱視についてはK値を使用することで一定の誤差を生じることが注目されるようになったのは前述の通りである.前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)やシャインプルークカメラなど,角膜前面だけでなく後面形状まで精密に測定可能な検査機器が登場し,前述のHoらやKochら,もしくは筆者らの報告がなされ1~3),折りたたみ式トーリック眼内レンズの普及と時期的に重なったことで注目を浴びた.これらの報告で一致しているのは,前面形状をもとにしたK値の乱視と角膜前面と後面を実測した角膜乱視(角膜*YutaUeno:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕上野勇太:〒305-8577茨城県つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(17)1493図1前面直乱視のAxialPowerMap(CASIA)AxialCPowerMapでは前面(上)と後面(下)はともに鉛直方向の曲率が強く,前後面形状は似ている.左側にある屈折力のパラメータを参照すると,K値の乱視度数(CYL)はC1.8Dであり(),角膜全乱視(RealのCYL)はC1.6Dである().~図2前面倒乱視のAxialPowerMap(CASIA)AxialCPowerMapでは前面(上)と後面(下)はともに水平方向の曲率が強いが,後面は角膜乱視に特徴的な蝶ネクタイパターンが崩れている.左側にある屈折力のパラメータを参照すると,K値の乱視度数(CYL)はC3.5Dであり(),角膜全乱視(RealのCYL)はC3.8Dである().図3前面倒乱視のAxialPowerMap(CASIA)別の倒乱視症例を示す.前面のCAxialPowerMap(上)では水平方向の曲率が強いが,後面(下)では対称的に鉛直方向の曲率が強い.前後面で乱視形状が真逆になっていることを意味している.これは左側にある屈折力のパラメータにおいて,前面の強主経線軸度(Ks)がC168°である()のに対して,後面の強主経線軸度がC88°である()ことからも確認できる.K値の乱視度数はC1.4Dであり(),角膜全乱視(RealのCCYL)はC1.9Dである().~図4AMOのトーリックカリキュレータ:PCAオプション「角膜後面乱視の影響を考慮」のタブ()をチェックすることで,「PCAオプション」という独自のアルゴリズムに基づいた補正がかかる.図5HOYAのトーリックカリキュレータ:Abula.a.Koch回帰式「後面乱視の考慮:回帰式の適用」()をオンにスライドすることで,「Abula.a-Koch回帰式」が適応されて補正がかかる.図6Alconのトーリックカリキュレータ:Barretttoriccalculatorトーリック計算式として「Barrett」を選択することで,Barretttoriccalculatorという角膜後面乱視を補正した計算式を用いた計算が行われる.なお,前房深度の入力が必要となる.表1K値を使用して角膜後面乱視の影響を補正する方法方法概要スタイルアップ・スタイルダウン法カリキュレータの推奨より,直乱視はC1段階弱いモデル,倒乱視はC1段階強いモデルを選択CBaylortoricIOLnomogramK値の乱視タイプおよび乱視度数から文献8)の表を参照してモデルを決定各カリキュレータでのオプション操作眼内レンズメーカー(AMO,HOYAおよびAlcon)またはCAPCRSやCASCRSのウェブサイトで使用可能光学式眼軸長測定装置IOLMaster700(カールツァイス)の操作画面上で使用可能ここにあげた方法はいずれもCK値を使用する場合に有効な方法である.角膜全乱視の実測値を使用しないようにくれぐれも注意する.-

IOL度数計算の最前線-バレットは最強か

2019年12月31日 火曜日

IOL度数計算の最前線─バレットは最強かTheForefrontofIOLPowerCalculation─IsBarretttheStrongest?禰津直久*はじめにBarrettの眼内レンズ(intraocularlens:IOL)パワー計算式が登場し,世界中から注目を集めている.今ではほとんどの光学式眼軸長測定装置に搭載されるようになった.本稿では,パワー計算式の発達の流れにおけるBarrett式の位置づけと残された問題点について述べる.I歴史IOLパワー計算式は第三世代の理論式とよばれるHolladayI式(1988年),SRK/T式(1990年),Ho.erQ式(1993年)がごく最近まで,およそ30年の長きにわたって広く使われてきた.これらの計算式が長期に使われた要因としてはIOLマスターの登場によるところが大きい.IOLマスターは光学式測定の正確さのみならず,固視状態で眼軸を測定するため再現性が非常によく,世界中の眼科医がまったく同じ計測器で測定したデータからIOL定数を求めるULIB(UserGroupforLaserInterferenceBiometry)の登場も重要な要因であった.この間,Haigis式や光線追跡法などが登場し,第三世代の理論式の成績を超す報告も出ていたが,広く使用される計算式にはならなかった.Hillは他施設のHaigis式などのIOL定数の最適化を請け負い,世界中の眼科施設から集めた26万件のデータ(2004~2015年)を用いて,施設ごとのパワー計算の成績を集計した(表1).SRK/T式が発表された頃の論文1,2)は超音波Aモードの時代でもあり,予測誤差±1.0D以内が80%,表1施設別のパワー計算式の誤差0.5D以内の成績分布(26万件)%ofSurgeonsHaigis<1%92%≦6%84%VastMajority78%HolladayI91%83%77%SRK/T90%82%76%Ho.erQ89%79%74%SRKII76%67%59%(W.HillhandoutofASCRS2016より)0.5D以内は30~50%であった.Hillが集計したデータは光学式眼軸測定の時代であり,第三世代の理論式などでも多くの施設で予測誤差±0.5D以内が74~78%の成績を達成している.しかし79~84%の成績だと6%の施設が,89~92%の成績では1%の施設が達成しているに過ぎなかった.このような状況のなかで登場したBarrettUniversalII式は,予測誤差±0.5D以内が90%前後で,短眼軸長・長眼軸長でも成績がそれほど低下せず脚光を浴びた(図1,表2).BarrettUniversalII式の詳細は公開されていないが,BarrettはUniversalII式に至る前々段階と前段階の計算式を論文にしている.最初は1987年にuniversaltheoreticalformulaを発表した3).この式はハイドロジェルのIOLのパワー計算をするために開発されたもので,厚肉レンズとして設計され,IOL定数としては*NaohisaNezu:等々力眼科〔別刷請求先〕禰津直久:〒158-0082東京都世田谷区等々力3-10-12等々力眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(9)1485%誤差±0.5D以内の割合9492908886848280BarrettHill-RBFOlsenHolladayIIHaigisHolladayISRK/THo.erQ図1各計算式の成績(W.HillhandoutofASCRS2016より)表2予測誤差±0.5Dの割合(等々力眼科)全例241眼短眼軸22.5mm以下14眼標準眼軸22.5~25mm150眼長眼軸25mm以上75眼27mm以上27眼29mm以上5眼Barrett90%86%92%89%93%80%Hill-RBF290%93%90%91%93%80%SRK/T82%79%85%79%63%40%Haigis85%79%87%83%78%60%Ho.erQ80%93%86%65%41%0%HolladayI79%93%87%60%26%0%(241例,241眼,矯正視力0.7以上,術後90日以上)表3予測誤差±0.25Dの割合(等々力眼科)全例241眼短眼軸22.5mm以下14眼標準眼軸22.5~25mm150眼長眼軸25mm以上75眼27mm以上27眼29mm以上5眼Barrett56%36%57%57%56%40%Hill-RBF259%57%60%59%59%80%SRK/T54%43%59%44%37%0%Haigis49%50%49%48%48%40%Ho.erQ44%29%50%36%22%0%HolladayI53%43%60%40%11%0%(241例,241眼,矯正視力0.7以上,術後90日以上)角膜周辺部半径眼球後部正円虹彩平面図2Improveduniversaltheoreticalformula(文献4より改変引用)-図3ニューラルネットワーク(Hill.RBF)図4Boundarymodel:Hill.RBFVer.1の適用範囲図5Boundarymodel:Hill.RBFVer.2の適用範囲Ver.1よりも適用範囲が広くなっている.BarrettTKUniversalII-LF:+1.73DF:+1.5誤差0.5IOL(D)Ref(D)誤差0.25+20.50-1.71-1.49+20.00-1.35-1.24-0.99-0.99-0.74+19.00-0.64-0.49+18.50-0.30図6予測誤差±0.5Dと±0.25Dの比較==表4眼内レンズのパワー容認範囲表示された屈折力DL)許容誤差C0.0≦Dl≦15.0C±0.315.0<CDCl≦25.0C±0.425.0<CDCl≦30.0C±0.530.0<CDCl±1.0(ISO11979-2より)

長眼軸長の測定方法と注意点

2019年12月31日 火曜日

長眼軸長の測定方法と注意点MethodsandPrecautionsonMeasuringEyeswithaLongAxialLength島村恵美子*須藤史子**はじめに長眼軸長の定義はさまざまだが,一般的には眼軸長26mm以上をさすことが多い.眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算のために行う眼軸長測定では,標準眼軸長の場合と異なり,長眼軸長の場合は測定にも計算にも特別の配慮が必要となる.本稿では長眼軸長の測定方法とその注意点について,“今”のトレンドを述べる.昨今の技術革新はわれわれの想像を軽く超えてくることが往々にしてあり,本稿の内容も数年後には昔話となるかもしれないが,ご了承いただきたい.I眼軸長測定のデバイス―光か音か眼軸長の長短を問わず,眼軸長測定デバイスの第一選択は光干渉法を応用した光学的眼軸長測定装置である.2019年秋現在,わが国で入手可能な光学的眼軸長測定装置を表1に示す.いずれの装置も測定可能率が100%ではないため,光干渉法で測定不能の場合は超音波Aモード法を用いることになる.これは2000年初頭に部分的光干渉測定法(partialcoherenceinterferometry)のIOLMasterR(CarlZeissMeditec社)が普及した当時から揺るがない鉄則である.II光干渉法の方式―タイムドメインかフーリエドメインかタイムドメイン(time-domain:TD)方式とフーリエドメイン(Fourier-domain:FD)方式の比較を表2に示す.FD方式のうちスペクトラルドメイン(spectral-domain:SD)方式で商品化された眼軸長測定装置はわが国には存在しない.したがって本稿では「FD方式=スウェプトソース(swept-source)方式」と解釈してさしつかえない.自験例における眼軸長測定可能率はTD方式が90%台半ば,FD方式は98~99%であった1,2).混濁の強い白内障,とりわけ後.下白内障には深達度の高いFD方式が有利である.III光干渉法の屈折率―等価屈折率か区分屈折率か光学的眼軸長測定では“眼軸長”を以下のプロセスで取得している.①レーザ光で角膜表面から網膜色素上皮までの光路長(opticalpathlength)を測り,②測定波長に応じた屈折率を適用し,③光路長から“眼軸長”という幾何学長(geometricaldistance)に変換した値を装置に表示する.この“眼軸長”は水浸式超音波Aモード法の近似値となるよう,網膜厚を減じた値に補正されている.上記プロセス②において,従来は等価屈折率(grouprefractiveindex/equivalentrefractiveindex)を採用する装置が主流であったが,近年は区分屈折率(speci.crefractiveindexforocularmedium/individualrefrac-tiveindex/segmentalrefractiveindex)を採用する装置もある.等価屈折率と区分屈折率の長所・短所を表3に示す.*EmikoShimamura:埼玉県済生会栗橋病院視能矯正科**ChikakoSuto:東京女子医科大学東医療センター眼科〔別刷請求先〕島村恵美子:〒349-1105埼玉県久喜市小右衛門714-6埼玉県済生会栗橋病院視能矯正科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(3)1479表1光学的眼軸長測定装置方式製品名波長角膜厚角膜後面水晶体厚区分屈折率定数最適化IOLMaster500C780CnmC××××〇CタイムドメインCLENSTARCAL-ScanCALADDINC820Cnm830Cnm830Cnm〇C〇C〇C×××〇C×〇C××××〇C×PentacamAXLC475Cnm※〇〇C××〇OA-2000C1060Cnm〇C×〇C×〇CフーリエIOLMaster700C1055Cnm〇〇〇C××ドメインCARGOSC1060Cnm〇C×〇〇〇CANTERIONC1300Cnm〇〇〇C××〇:測定可あるいは機能あり.C×:測定不能あるいは機能なし.※:カタログ上の公表値.表2光干渉方式の比較方式タイムドメイン(時間領域)フーリエドメイン(フーリエ領域)スペクトラルドメイン(スペクトル領域)スウェプトソース(周波数走査)原理物理的に参照ミラーを動かして走査することで深さ方向の情報を得る.光信号を分光器で分光し,得られたスペクトルをフーリエ変換することで深さ情報を得る.発信波長が高速変化する波長掃引レーザを光源に用い,得られたスペクトルをフーリエ変換することで深さ情報を得る.特徴1回の走査でC1点の情報しか得られないため時間がかかる.眼の動きに影響を受けやすい.わが国では眼軸長測定には採用されていない.眼の動きに影響されにくい.組織深達度が高い.表3等価屈折率・等価音速と区分屈折率・区分音速の比較長所短所等価屈折率あるいは等価音速角膜表面と網膜色素上皮が検出できれば算出可能.眼球に占める各セグメント(とくに水晶体)の割合が標準でない場合に誤差を生じるおそれがある.区分屈折率あるいは区分音速眼球に占める各セグメント(とくに水晶体)の割合が標準的でない場合に誤差が少なくてすむ可能性がある.セグメンテーションエラーがあると精度が劣るおそれがある.水晶体の個別設定は個体差が大きくてむずかしい.測定軸がずれると誤差が大きくなるおそれがある.前房深度と水晶体厚にも配慮が必要.表4屈折率ARGOSGullstrand模型眼(調節休止時)LeGrand模型眼(調節休止時)角膜C1.376C1.376C1.3771房水C1.336C1.336C1.3374水晶体C1.410核:C1.406皮質:C1.386(略式眼ではC1.413)C1.42硝子体C1.336C─C1.336ARGOSの区分屈折率を示す.参考値としてCGullstrandおよびLeGrand模型眼の数値10)も併記した.-表5超音波Aモード法の音速有水晶体眼無水晶体眼核硬化:低(透明水晶体)核硬化:中(初発白内障)核硬化:高(過熟白内障)等価音速(m/sec)C─C1550C15481532区分音速(m/sec)房水C1532C1532C1532C1532水晶体C16591641C16291532硝子体C1532C1532C1532C1532一般に普及している超音波装置の音速を示す.透明水晶体用の等価音速はとくに設けられていない.=角膜径中心.と視軸+のずれ瞳孔中心(印なし)と視軸+のずれ角膜径中心視軸中心図1IOLMasterR(CarlZeissMeditec社)における視軸と角膜中心・瞳孔中心-