急性後天性共同性内斜視AcuteAcquiredComitantEsotropia吉田朋世*仁科幸子*はじめに最近,若年者において,スマートフォンなどのデジタルデバイスの使用と関連すると思われる急性後天性共同性内斜視の報告が散見される1~6).これらの症例は,これまでの急性後天性共同性内斜視の概念に当てはまらず,デジタルデバイスの使用制限のみで改善する例も報告されており,注目を集めている.しかし,実際に,内斜視発症にデジタルデバイスが直接的に関与しているのかどうか,まだ確証が得られていない.こうした背景のもと,現在,日本弱視斜視学会の主導で,急性内斜視に対するデジタルデバイスの影響について多施設研究が進められている.『あたらしい眼科』36巻6号(前号)ではデジタルデバイスと急性後天性共同性内斜視の関係について解説したが,本稿では,改めて本疾患の概念,症状,診断,鑑別点をまとめて解説する.最後に,デジタルデバイス機器が頻用される情報化社会において,本疾患の増加の懸念と課題について述べる.I急性後天性共同性内斜視とは生後6カ月以降に発症する後天性内斜視のうち,突然発症し,発症日が明らかに特定できる共同性内斜視を急性後天性共同性内斜視(acuteacquiredcomitanteso-tropia:AACE)とよぶ.この中には,調節性要因が原因のもの,器質疾患に続発するものなども含まれるが,狭義のAACEの定義は,「急性に発症し,調節性要因を含まない共同性の内斜視」とされている.本疾患の特徴を表1に示す.一般に10~20歳代に起こることが多い7)が,幼小児でも発症することがある.成人の症状として「突然生じる複視」が特徴的で,診断に有用である.しかし,小児の場合は複視を十分に訴えることができず,すぐに抑制がかかるため,眼位異常や片目つぶりなどの症状がいつ頃起こったか,何か誘因があったか,症状の変動があるかを保護者に問診し,過去の写真や動画を参考にして発症時期を特定することが重要である.診察時には周期性内斜視,開散麻痺もしくは開散不全,麻痺性斜視,重症筋無力症など,他の急性に発症する斜視との鑑別を念頭に置く必要がある.AACEの発症機序について詳しくはわかっていないがが,一般にBurianらの分類によって,片眼遮閉などにより融像が遮断されて起こるタイプ,心身のストレスが誘因となる原因不明のタイプ,近視に伴って起こるタイプの3種類に分けている8).これらのほかに,頭蓋内病変に伴って発症するもの9,10)や,急性の調節性内斜視,decompensatedmono.xationsyndrome(代償不全型の単眼固視症候群),周期性内斜視,器質疾患に続発する急性内斜視を広義のAACEとして分類する報告もある11).さらに,近年では3D映画の視聴12)やスマートフォンなどの小型機器(デジタルデバイス)の使用による急性内斜視1~4)も報告されている.以下,AACEについて,分類別にその特徴を紹介し,診断,治療について述べる.*TomoyoYoshida&*SachikoNishina:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕吉田朋世:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(25)995表1急性内斜視の特徴-ab図1近視によって起こった急性内斜視(15歳,男児)a:術前眼位,内斜視C40プリズム,立体視(-),融像(+).b:術後眼位,正位,立体視C50秒.Cab図2頭蓋内病変によって起こった急性内斜視(2歳,女児)a:共同性内斜視,35プリズム,外転制限を認めない.Cb:頭部CCTにて小脳腫瘍(pilocyticastrocytoma)を検出した.-一方,Williamsらによって報告された脳腫瘍による急性内斜視では,脳腫瘍の治療後にC6例中C4例が斜視手術を必要としたが,術後C1例も融像を獲得できなかった10).筆者らの経験した症例を図2に示す.内斜視を主訴に来院したC2歳女児で,問診にて他の症状はなく,1歳頃から内斜視が進行したとのことであった.共同性内斜視で斜視角はC35プリズムと一定であり,交代固視良好で,外転制限や眼振を認めなかった.調節麻痺下精密屈折検査にて両眼+0.5Dと遠視は軽度であった.前眼部~眼底に異常はなく,他に全身の神経症状も認めなかったが,頭部CCTで小脳腫瘍が見つかり,脳神経外科で治療を行った.その後,内斜視に対し手術治療を行い,良好な眼位を維持しているが,両眼視・融像は検出されない.C5.3D映像・デジタルデバイスに関連したAACEその他の原因によって起こるCAACEのうち,最近,注目を集めているのはC3D映像やデジタルデバイス(スマートフォン,携帯ゲーム機,タブレットなど)の使用を契機に発症したと考えられるタイプである.1988年に筑田らは,3D映画の視聴後に急性内斜視を発症し,治療に手術を要したC4歳男児の症例を報告している12).立体映画を見るために左右眼分離の状態で両眼視をしようと努力した結果,調節と輻湊のバランスが崩れ,内直筋の過剰な緊張を引き起こし内斜視を発症したのではないかと推測される.このように,両眼視機能の確立していない低年齢児や,融像の崩れやすい素因をもつ例では,3D映像視聴によるCAACEの発症もありえると思われる.デジタルデバイスの過剰使用による急性内斜視の発症については前号でも詳しく取りあげたが,ここで代表症例について解説する.2016年にCLeeらが初めて報告したCAACEのC12症例1)は,年齢7~16歳で,少なくとも4カ月以上,1日にC4時間以上スマートフォンを使用した例であった.全例神経や筋肉の麻痺のない共同性斜視で,遠見・近見ともに同等の斜視角であり,さまざまな程度の近視がある点はCBurian分類CIII型と共通していたが,いずれも近視は適矯正で視力良好であり,これまでのCAACEのタイプとは異なると論じている.この報告では,スマートフォンと急性内斜視の関係を直接的には証明できていないが,スマートフォンの使用制限を指示したのみで明らかに斜視角が減少したことから,その関与が示唆された.筆者らの施設でもスマートフォン,ゲーム機,タブレットの過剰使用が契機と思われた小児の急性内斜視,内斜視・外斜視の増悪例を経験したため詳細を報告している2).低年齢の急性内斜視例では,使用制限後も斜視角が減少せず,手術治療を要した.その後,Mehtaらも,過剰なスマートフォン使用によって急性内斜視をきたしたC16歳男児のC1例を報告している3).この例はコンタクトレンズを紛失してC1カ月間,近視を非矯正のままC1日C8時間以上スマートフォンを使用した後にCAACEを発症し,近視の矯正とスマートフォンのC1日C1時間未満の使用制限にて複視が改善した.また,Kaurらはスマートフォンを過剰使用した後に調節けいれんを起こしたC3例について報告している4).これらの症例は,1週間~1カ月の間,1日C4時間以上スマートフォンを使用した結果,調節けいれんおよび複視をきたし,そのうちC2例には小角度であるが内斜視も認めた.3例中C2例はスマートフォンの使用制限およびシクロペントラート点眼により症状が改善し,1例はスマートフォンの使用制限のみで症状の改善を得た.これらの報告のCACCEは,いずれも前述したCBurianらの分類には当てはまらず,中枢神経系疾患や他の器質疾患とも関連しないものであった.このような症例の発症機序に関して,Leeらは,もともと融像幅が狭く,もしくは潜在的な内斜視があった症例がスマートフォンを近い距離で過剰に使用することで,融像を保てず内直筋のバランスを崩し,急性内斜視をきたすのではないかと論じている.携帯電話やスマートフォン使用時のほうが書籍読書時の距離よりも近いことが報告24)されており,また携帯ゲーム機を長時間使用した場合,有意差はなかったものの一部の症例で近見眼位の内斜化を認めたとの報告25)もあることから,長時間近距離でデジタルデバイスを使用することで,過剰な輻湊反応が誘発され眼位の内斜位化を起こし,融像が崩れて内斜視を発症したと考えられる.998あたらしい眼科Vol.36,No.8,2019(28)表2問診のポイントにあると思われる.デジタルデバイスに依存しやすい若年者が使用を続けることで,今後CAACEや調節けいれんを呈する症例が増加することが懸念される.今後の課題として,デジタルデバイスがどのようにACCEの発症に関与するか,過剰使用をしてもCAACEを発症しない人が大多数であることから,どのような要因が発症に影響するのか,調査を続けていく必要がある.とくに,不可逆的な影響を受けやすい幼少児に対しては,注意を喚起すべきと思われる.おわりに急性後天性共同性内斜視の原因は未だ不明のものが多いが,なかには致命的な中枢神経系疾患が含まれていることもあり,慎重に鑑別診断を行う必要がある.また,昨今急増しているデジタルデバイスと関連する内斜視についても念頭に置きたい.さまざまな背景について問診を十分に行い,手術治療を検討する前に,デジタルデバイスの使用制限を指示して症状や眼位の変化を診る必要がある.文献1)LeeCHS,CParkCSW,CHeoH:AcuteCacquiredCcomitantCeso-tropiarelatedtoexcessivesmartphoneuse.BMCOphthal-mologyC16:37,C20162)吉田朋世,仁科幸子,松岡真未ほか:Informationandcom-municationtechnology機器の使用が契機と思われた小児斜視症例.眼臨紀11:61-66,C20183)MehtaCA,CGreensherCJE,CDahlCGJCetal:AcuteConsetCeso-tropiaCfromCexcessiveCsmartphoneCuseCinCaCteenager.CJPediatrOphthalmolStrabismusC55:e42-e44,C20184)KaurCS,CSukhijaCJ,CKhannaCRCetal:DiplopiaCafterCexces-sivesmartphoneusage.Neuro-OphthalmologyC2018:1-4,C20185)西川典子,伊藤はる奈,石子智士ほか:PATにより術量を決定した近視を伴う急性内斜視のC5症例.眼臨紀C8:424-427,C20156)荒木俊介,三木淳司:急性内斜視.あたらしい眼科C33:C1707-1712,C20167)山寺克,木村亜紀子,増田明:後天共同性内斜視の特徴と治療成績.眼臨紀10:223-226,C20178)BurianCHM,CMillerJE:ComitantCconvergentCstrabismusCwithacuteonset.AmJOphthalmol45:55-64,C19589)AndersonWD,LubowM:AstrocytomaofthecorpuscalC-losumCpresentingCwithCacuteCcomitantCesotropia.CAmJOphthalmolC69:594-598,C197010)WilliamsCAS,CHoytCS:AcuteCcomitantCesotropiaCinCchil-drenCwithCbrainCtumors.CArchCOphthalmolC107:376-378,C198911)BuchH,VindingT:Acuteacquiredcomitantesotropiaofchildhood:aCclassi.cationCbasedConC48Cchildren.CActaCOhthalmologicaC93:568-574,C201512)筑田昌一,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