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GLP-1 受容体作動薬利用中の糖尿病患者に発症した 前部虚血性視神経症の1 例

2026年3月31日 火曜日

《第31回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科43(3):314.318,2026cGLP-1受容体作動薬利用中の糖尿病患者に発症した前部虚血性視神経症の1例山口順平*1山﨑智幸*1釣谷大輔*2兼子裕規*1*1浜松医科大学眼科*2浜松医科大学内分泌代謝内科CACaseofAnteriorIschemicOpticNeuropathyinaDiabeticPatientUsingGLP-1ReceptorAgonistsJumpeiYamaguchi1),TomoyukiYamazaki1),DaisukeTsuriya2)andHirokiKaneko1)1)DepartmentofOphthalmology,HamamatsuUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofEndocrinologyandMetabolism,HamamatsuUniversitySchoolofMedicineC背景:GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)は,血糖降下に加え心血管イベント抑制や体重減少効果も有することから広く使用されている.一方で,近年その使用と非動脈炎性前部虚血性視神経症(NAION)との関連が報告され,眼科的安全性への関心が高まっている.症例:78歳,男性.糖尿病,睡眠時無呼吸症候群,喫煙歴など複数のCNAIONリスク因子を有し,デュラグルチド投与中に左眼のCNAIONを発症した.起床時に視野狭窄を自覚した.受診時矯正視力は右眼(0.8),左眼(0.8)と保たれていたが,左眼視神経乳頭腫脹,左眼で水平経線を境界とする視野障害など典型的な所見を認めた.保存的加療されたが,視力,視野はほとんど変化なく経過した.結論:GLP-1RAとCNAIONとの直接的因果関係は不明だが,高リスク患者においては内科医と連携し,個々の患者背景に応じて診療を行うことが重要である.CBackground:Glucagon-likepeptide-1receptoragonists(GLP-1RA)arewidelyusedfortype2diabetesduetoCbene.tsCinCglycemicCcontrol,CcardiovascularCprotection,CandCweightCreduction.CRecently,CpotentialCassociationsCwithnon-arteriticanteriorischemicopticneuropathy(NAION)haveraisedophthalmicsafetyconcerns.CasePre-sentation:A78-year-oldmanwithdiabetes,obstructivesleepapnea,andahistoryofsmokingdevelopedNAIONinhislefteyewhileondulaglutide.Henoticedvisual.eldlossuponwaking.Best-correctedvisualacuitywas0.8bilaterally.CExaminationCshowedCleft-eyeCopticCdiscCswellingCandCaCvisualC.eldCdefectCrespectingCtheChorizontalCmeridian,CconsistentCwithCNAION.CConservativeCmanagementCwasCselected,CwithCstableCvisualCfunctionCoverCtime.CConclusion:WhileacausallinkbetweenGLP-1RAsandNAIONremainsuncon.rmed,ophthalmologistsshouldbeawareofthispotentialriskandconsidero.eringappropriateadviceorevaluationwhenGLP-1RAtherapyisbeinginitiatedinhigh-riskindividuals.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)43(3):314.318,C2026〕Keywords:GLP1受容体作動薬,非動脈炎性前部虚血性視神経症,デュラグルチド.glucagon-likepeptide-1re-ceptoragonists,non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy,dulaglutide.Cはじめに2型糖尿病に対する薬物療法は近年著しく進歩しており,とりわけグルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬(glucagon-likepeptide-1receptoragonists:GLP-1RA)は,血糖コントロール効果に加え,体重減少や心血管イベント抑制といった多面的な有用性を有することから,国内外で幅広く使用されるようになっている1).GLP-1RAは膵Cb細胞におけるインスリン分泌促進,グルカゴン分泌抑制,胃排出遅延,食欲抑制などの作用を通じて血糖を低下させるほか,血管内皮細胞や平滑筋細胞に発現するCGLP-1受容体を介して血管拡張やナトリウム利尿などの血圧降下作用を示すことも報告されている2,3).〔別刷請求先〕山口順平:〒432-8580静岡県浜松市中央区冨塚町C328浜松医療センター眼科Reprintrequests:JumpeiYamaguchi,DepartmentofOphthalmology,HamamatsuMedicalCenter,Tomitsuka,Tyuou-ku,Hamamatsu-shi,Shizuoka,432-8580JAPANC314(86)図1初診時の眼底写真a:右眼.b:左眼.境界不鮮明な蒼白様の視神経乳頭腫脹を認める.一方,GLP-1RAの眼科的安全性については未解明な部分も多く,近年になってようやく視神経障害との関連が報告され始めている.とくに,非動脈炎性前部虚血性視神経症(non-arteriticCanteriorCischemicopticCneuropathy:NAION)との関連に関しては注目が集まっている.NAIONは,視神経乳頭部の虚血により急性の視野障害を生じる疾患であり,人口C10万人あたり年間C2.10人程度の発症率とされ,50歳以上に好発する視神経障害のなかでも比較的頻度の高い疾患である4).2024年にCHathawayらは,セマグルチド使用者におけるNAIONのリスクを大規模データを用いて後ろ向きに検証した5).報告のなかでは,セマグルチド使用群ではCNAIONの累積発症率が非使用群と比較して有意に高いという結果が示された.この結果は,GLP-1RAのうちとくにセマグルチドの使用がCNAIONの発症に影響を及ぼす可能性を示唆しており,今後さらなる機序解明とリスク評価が求められる.NAIONは発症後早期から不可逆的な視機能障害を残すことが多く,治療介入が困難であるため,発症リスク因子の評価と予防が重要である.本稿では,GLP-1RA(デュラグルチド)使用中にCNAIONを発症した糖尿病患者のC1例を報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:起床時の左眼視野狭窄.現病歴:糖尿病に対し内分泌内科と眼科を定期受診していた.受診C3日前の起床時に左眼の視野狭窄を自覚して来院した.発症から来院時まで症状の変化はなかった.既往歴:大腿骨骨頭虚血,右内頸動脈狭窄(バイアスピリン内服),閉塞性睡眠時無呼吸症候群.糖尿病治療歴:X-18年より治療介入開始,X-2年C7月よりGLP-1RAデュラグルチドC0.75Cmg皮下注射を導入していた.眼科既往歴:X-4年に左眼霧視を自覚して初診.糖尿病網膜症なし(noCdiabeticretinopathy:NDR)および白内障と診断されたものの,白内障手術は希望がなく経過観察されていた.内服歴:メトホルミン塩酸塩C1,000Cmg,グリメピリドC1mg,カナグリフロジン水和物C100Cmg,プラスグレル塩酸塩3.75Cmg,ロスバスタチンカルシウムC5Cmg,ビソプロロールフマル酸C2.5Cmg,アムロジピンベシル酸塩C5Cmg,エゼチミブC10Cmg,酸化マグネシウムC990Cmg,バイアスピリンC100Cmgアレルギー:なし.生活歴:機会飲酒,喫煙C10本/日(18歳より継続).発症後初診時の所見:矯正視力は右眼(0.8C×sph.2.75D(cyl.1.00DAx115°),左眼(0.8C×sph.1.50D(cyl.1.50CDAx85°).眼圧は右眼13.5mmHg,左眼14.0mmHg.相対的瞳孔求心路障害(relativeCa.erentCpupillarydefect:RAPD)陽性.眼球運動制限や頭痛,顎跛行,側頭動脈の圧痛は認められなかった.図1に左眼のCNAION発症早期のカラー眼底写真を示す.右眼では視神経乳頭の境界は明瞭であり,明らかな異常所見は認められなかった.一方,左眼では視神経乳頭全体が腫脹しており,乳頭辺縁は不鮮明で,とくに鼻側において隆起が著明であった.乳頭周囲には出血や滲出斑を伴わず,網膜血管の蛇行やうっ血所見も明らかではなかった.左眼視神経乳頭部の光干渉断層計(opticalCcoher-encetomography:OCT)の結果を図2aに示す.視神経乳頭の明らかな腫脹が認められ,乳頭辺縁が不鮮明であった.図2左眼視神経乳頭部のOCT画像の経時的変化a:初診時.視神経乳頭周囲の網膜神経線維層(RNFL)に著明な腫脹を認める.Cb:初診後C14カ月.RNFLの腫脹は消失し,網膜の菲薄化を認める.図3動的視野検査結果(Goldmann視野計)a:左眼.求心性視野障害を認める.b:右眼.対応する断層像では,網膜神経線維層(retinalCnerveC.berCTでは脳圧亢進を示唆する所見や腫瘍性病変を認めず,粗layer:RNFL)の著明な肥厚が観察され,急性期のCNAION大な梗塞も確認されなかった.の乳頭浮腫所見として矛盾しない所見であった.血液検査:炎症反応軽度上昇(CRP:0.71Cmg/dl,血沈C1初診日のCGoldmann視野検査の結果を図3に,Humphrey時間値:46mm),抗核抗体,抗好中球細胞質抗体(anti-視野検査の結果を図4a,bに示す.右眼では明らかな異常所neutrophilCcytoplasmicCantibody:ANCA),抗カルジオリ見を認めなかったものの,左眼で求心性視野障害を認め,鼻ピン抗体は陰性だった.動脈炎を強く示唆する所見はなく,下側では水平経線を境界とする感度低下を示していた.頭部NAIONと診断した.図4静的視野検査結果(Humphrey視野計24-2)a:初診時の左眼.求心性視野障害と鼻側の水平経線を境界とする下方の暗点を認める.Cb:初診時の右眼.Cc:初診後C10カ月の左眼.初診時と比較してわずかな改善を認めるものの,視野障害は依然として残存している.d:初診後C10カ月の右眼.治療と経過:治療としてメコバラミンC1,500Cμg/日を処方し,経過観察とした.矯正視力は右眼(1.0),左眼(0.8p)で推移し,眼圧は両眼ともC10.14CmmHgの範囲内で安定していた.経過中,中心CFlicker値では両眼とも正常範囲内を維持していた.初診後C10カ月の視野検査結果を図4c,dに示す.右眼の視野に異常がなく,左眼の視野には一部改善を認めた.同時期に小脳梗塞により入院加療され,後遺症なく改善している.初診からC14カ月後の左眼視神経乳頭部のOCTを図2bに示す.視神経乳頭の腫脹は消失し,乳頭辺縁は明瞭となっていた.RNFLの浮腫性肥厚は消失し,鼻側では萎縮による網膜の菲薄化を認めた.初診からC18カ月後の最終受診時でも左眼の視野は「変わらず」と自覚しており,視力も大きな変化を認めなかった.CII考按本症例は,GLP-1RA(デュラグルチド)を使用中の糖尿病患者に発症したCNAIONの一例である.患者は,糖尿病や睡眠時無呼吸症候群,右内頸動脈狭窄,喫煙歴といった既知のNAIONのリスク因子6)を複数有していた.視力は比較的保たれていたものの,急性期には視神経乳頭腫脹,RAPD陽性および水平経線を境界とした視野欠損を認めた.頭蓋内疾患や血管炎,炎症性疾患などの除外を行ったうえで保存的加療を行い,視機能は慢性期にかけて著変ない経過をたどった.発症の様式および視野の変化はCNAIONとして典型的であり,とくに下方を中心とした視野狭窄と乳頭腫脹の所見は診断の根拠となった.初診時の左眼視野(図4a)では,中心性視野狭窄,鼻側下方の暗点を認めたが,一部垂直経線に沿って暗点が存在したため視覚野病変の鑑別も考慮した.頭部画像検査で特記所見なく経過とともに改善を示したことから,検査初回による偽陰性反応や集中力低下が影響したと考えられる.10カ月後の視野(図4c)では,下方視野にわずかな改善を認めた.これは神経浮腫の軽減や視神経機能の一部回復,もしくは検査の再現性向上による見かけ上の改善である可能性がある.OCT画像においても初期に視神経乳頭の腫脹と鼻側優位の神経線維層の浮腫性肥厚を認め,時間の経過とともに改善が確認された.視野障害は完全な回復には至らなかったものの進行はなく,定型的なCNAIONの経過を示した.本報告は一症例の観察に基づくものであり,GLP-1RAとNAION発症との因果関係を直接的に示すものではない.加えて,本症例では既知のCNAIONのリスク因子を多く有しており,GLP-1RAが発症に関与したかどうかを単独で評価することはできない.近年では,GLP-1RAとCNAIONとの関連を示唆する報告が散見されており,とくにセマグルチドに関して報告がなされている7,8).逆に関連がないとする報告もある9).罹患率が10万対C2.10人と低いことから,NAIONの予防のためにセマグルチドを制限する必要はないとも報告されている10).また,GLP-1RAにはさまざまな種類があり,その活性や作用持続時間は天然CGLP-1との類似性や構造修飾の有無によって異なる.NAIONのリスク増加との関連が報告されているセマグルチドは,GLP-1RAのなかでもとくに薬効が強く,体重減少効果にも優れる薬剤である.一方で,本症例のような高齢者や肥満を伴わない患者では,より安全性が高いとされるデュラグルチドが選択されることが多い.GLP-1RAとNAIONの関連を検討した一連の報告は,GLP-1RAの一部が視神経の灌流に影響を及ぼす可能性を示唆している.発症機序の一つとして,GLP-1RAの降圧作用を介した夜間低血圧の誘発がCNAIONの背景因子となりうることが考えられる.夜間低血圧は以前からCNAIONのリスク因子として知られており,GLP-1RAがほかの糖尿病治療薬に比べて夜間の血圧に与える影響が大きい可能性がある.ただし,同様に降圧作用を有するCsodium-glucoseCcotrans-porter2(SGLT2)阻害薬では,NAIONの発症リスク上昇はなく11),GLP-1RAと視神経循環との関係についてはさらなる検討が必要である.NAIONは一度発症すると不可逆的な視機能障害を残すことが多く,予防がきわめて重要である.本症例のように複数のリスク因子が重複する状況では,GLP-1RAの使用にあたって眼科的視点を加味した包括的な患者評価が望まれる.現時点では,GLP-1RAとCNAIONとの因果関係については議論が分かれており,関係を支持する報告と否定的な報告が混在している.したがって,使用を制限する根拠は不十分と考えられるが,内科医との連携を強化し,個々の患者背景に応じた診療を行うことが重要である.利益相反:兼子裕規(カテゴリーCR:参天製薬,バイエル薬品,ノバルティスファーマ,エイエムオージャパン,HOYA,日本アルコン,中外製薬,興和株式会社,千寿製薬,カテゴリーF:千寿製薬,エイエムオージャパン)文献1)日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドラインC2024.Cp95-97,南江堂,20242)DruckerDJ:MechanismsCofCActionCandCTherapeuticCApplicationCofCGlucagon-likeCPeptide-1.CCellCMetabC27:C740-756,C20183)NauckMA,MeierJJ:Theincretine.ectinhealthyindi-vidualsCandCthoseCwithCtypeC2diabetes:physiology,Cpathophysiology,CandCresponseCtoCtherapeuticCinterven-tions.LancetDiabetesEndocrinolC4:525-536,C20164)MillerNR,ArnoldAC:Currentconceptsinthediagnosis,pathogenesisCandCmanagementCofCnonarteriticCanteriorischaemicopticneuropathy.Eye(Lond)C29:65-79,C20155)HathawayJT,ShahMP,HathawayDBetal:Riskofnon-arteriticCanteriorCischemicCopticCneuropathyCinCpatientsCprescribedsemaglutide.JAMAOphthalmolC142:732-739,C20246)KimDH,ShinGR,ChoiYJ:Riskfactorsfornon-arteriticanteriorCischaemicCopticCneuropathyCinCaCKoreanCpopula-tion.NeuroophthalmologyC41:68-75,C20177)HsuAY,KuoHT,WangYHetal:Semaglutideandnon-arteriticCanteriorCischemicCopticCneuropathyCriskCamongCpatientsCwithCdiabetes.CJAMACOphthalmolC143:400-407,C20258)KatzCBJ,CLeeCMS,CLinco.NS:OphthalmicCcomplicationsCassociatedCwithCtheCantidiabeticCdrugsCsemaglutideCandCtirzepatide.JAMAOphthalmolC143:215-220,C20259)EtminanCM,CSodhiCM,CMaberleyD:GLP-1CRAsCandCnon-arteriticanteriorischemicopticneuropathy-makingsenseofthedata.JAMAOphthalmolC143:220-221,C202510)ChouCCC,CPanCSY,CSheenCYJCetal:AssociationCbetweenCsemaglutideCandCnonarteriticCanteriorCischemicCopticCneu-ropathy:amultinationalpopulation-basedstudy.Ophthal-mologyC132:381-388,C202511)SimonsenCE,CLundCLC,CErnstCMTCetal:UseCofCsemaglu-tideandriskofnon-arteriticanteriorischemicopticneu-ropathy:ACDanish-NorwegianCcohortCstudy.CDiabetesCObesMetabC27:3094-3103,C2025

糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に特異な眼内炎症を 生じた1 例

2026年3月31日 火曜日

《第31回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科43(3):309.313,2026c糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に特異な眼内炎症を生じた1例浅野瑠那*1佐藤孝樹*1五味文*1松本優輔*2*1兵庫医科大学眼科学教室*2川西まつもと眼科CACaseofIntraocularIn.ammationAfterVitrectomyforDiabeticRetinopathywithaChallengingDiagnosisRunaAsano1),TakakiSato1),FumiGomi1)andYusukeMatsumoto2)C1)DepartmentofOphthalmology,HyogoMedicalUniversity,2)KawanishiMatsumotoEyeClinicC目的:増殖糖尿病網膜症(PDR)に続発する硝子体出血に対して硝子体手術(PPV)を施行後に生じた,眼内炎のC1例を報告する.症例:53歳,男性.両眼硝子体出血で近医より紹介となる.両眼の白内障併用硝子体手術を施行し,術後C1カ月時に右眼前房炎症および硝子体混濁の増悪を認め,ステロイドCTenon.下注射を施行.反応性に乏しく,術後C2カ月に再度CPPVを施行した.術後硝子体混濁は軽度改善したものの持続し,牽引性網膜.離が出現したため,2回め手術からC1.5カ月後に再度CPPVを施行した.術中に網膜面の広範囲にフィブリン索状物を認めた.3回めの手術では組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)硝子体内注入とシリコーンオイル注入を行い,(0.3)までの視力改善を得た.結論:PDRのCPPV術後炎症は劇症化することがあり,フィブリン索状物を広範囲に認める炎症には,t-PAとシリコーンオイル硝子体内注入が有効であった.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCintraocularCin.ammationCfollowingCparsplanaCvitrectomy(PPV)forCvitreousChemorrhagesecondarytoproliferativediabeticretinopathy(PDR)C.CaseReport:A53-year-oldmanwasreferredwithbilateralvitreoushemorrhage.HeunderwentcombinedcataractsurgeryandPPVinbotheyes.At1-monthpostoperative,CtheCrightCeyeCshowedCworseningCanteriorCchamberCin.ammationCandCvitreousCopacity,CandCaCsub-Tenonsteroidinjectionwasadministered.Duetopoorresponse,asecondPPVwasperformedat2-monthspostop-erative.CAlthoughCvitreousCopacityCmildlyCimproved,CitCpersistedCandCtractionalCretinalCdetachmentCdeveloped.CACthirdPPVwasperformed1.5-monthslater,revealingextensive.brinoidbandsontheretinalsurface.IntravitrealinjectionCofCtissueCplasminogenactivator(t-PA)andCsiliconeCoilCwasCperformed,CleadingCtoCvisualCimprovementCto(0.3)C.Conclusion:PostoperativeCin.ammationCafterCPPVCforCPDRCcanCbecomeCsevere.CInCcasesCwithCwidespreadC.brinoidbands,intravitrealt-PAandsiliconeoilinjectionmaybee.ectivetherapeuticoptions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C43(3):309.313,C2026〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,フィブリン索状物,牽引性網膜.離.proliferativediabeticretinopathy,.brinoidbands,tractionretinaldetachment.Cはじめに硝子体手術後に高度な眼内炎症を認めた場合,視力予後に深刻な影響を及ぼす重大な合併症としてまず疑う必要があるのは感染性眼内炎であるが,その頻度はC0.02.0.04%と非常にまれである1,2).手術に関係して起こる眼内炎の鑑別疾患としては,ほかに交感性眼炎などがあり,手術と無関係に生じるものの鑑別としては内因性眼内炎,ぶどう膜炎など多岐にわたる.今回,鑑別に苦慮した,糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に生じた眼内炎症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:53歳,男性.主訴:左眼霧視.〔別刷請求先〕浅野瑠那:〒660-8550兵庫県尼崎市東難波町C2-17-77兵庫県立尼崎総合医療センター眼科Reprintrequests:RunaAsano,M.D.,DepartmentOfOphthalmology,HyogoPrefecturalAmagasakiGeneralMedicalCenter,2-17-77Higashinaniwacho,AmagasakiShi,HyogoKen,660-8550,JAPANC図1初回手術時の術中眼底所見右眼眼底(Ca)と左眼眼底(Cb)ともに視神経乳頭近傍に白色浮遊塊(.)を認める.既往歴:2型糖尿病(HbA1c:7.7%),高脂血症,前立腺肥大症.現病歴:左眼の霧視を主訴に近医受診し,両眼増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticretinopathy:PDR)と,それに続発する左眼硝子体出血と診断された.左眼は経過観察され,右眼は汎網膜光凝固術を開始された.経過中に右眼にも同様の硝子体出血を認めたため,近医初診からC1カ月後に手術加療目的に兵庫医科大学病院眼科(以下,当科)に紹介となった.初診時所見:右眼視力C0.02(矯正不能),左眼視力C0.02(矯正不能).眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C12CmmHg.前眼部は右眼に前房炎症と虹彩後癒着があり,中間透光体は両眼に軽度の白内障と硝子体混濁を認め,眼底は両眼透見困難であった.超音波CBモードでは両眼とも硝子体混濁を認め,明らかな網膜.離は認めなかった.経過:両眼ともCPDRからの硝子体出血と考え,水晶体再建術併用の硝子体手術の予定とし,右眼は前房炎症を認めたため,消炎後に手術を行う予定とした.まず,左眼の手術を施行し,2週間後に前房炎症の消退を確認して右眼の手術を施行した.術中所見では両眼ともに黄斑周囲の増殖膜と視神経乳頭近傍に白色浮遊塊を認めた(図1).右眼は一部網膜光凝固術を近医で施行されており,術中の網膜光凝固数は右眼538発,左眼C908発であった.術直後は右眼矯正視力(0.15),左眼視力C0.15(矯正不能)で眼底透見性は良好であり,眼内にフィブリンを認めなかった.退院後は紹介元で経過観察となった.右眼の初回手術からC1カ月後に右眼硝子体混濁をきたし,トリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射(sub-Tenontriamcinoloneacetonideinjection:STTA)が施行された.初回手術からC2カ月後に右眼矯正視力が(0.01)に低下し,硝子体混濁の増悪を認めたため,当科再紹介となった.採血検査および全身検査で非感染性ぶどう膜炎を疑う所C310あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026見を認めず,2回めの右眼硝子体手術を施行した.術中所見では耳側下方の網膜に白色沈着物,視神経乳頭周囲に増殖膜の再形成を認めた(図2).感染症の可能性も否定できないため,硝子体ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreac-tion:PCR)を提出した.術後視力は右眼矯正視力(0.125)で,眼底は明らかな網膜上膜やそれによる牽引は認めず(図3),硝子体混濁の軽度改善を認めた.術後C1週間で硝子体PCRからCCandidaalbicans(4.06Ccopies/μg)が検出されたため,抗真菌薬の全身投与を開始した.抗真菌薬投与開始後も眼底透見性の改善は乏しく,2回め手術より約C1.5カ月後に牽引性網膜.離を認めたため(図3),3回めの右眼硝子体手術を施行した.術中所見では網膜前面に広範にフィブリン索状物を認めた(図4).フィブリン索状物を除去し,組織プラスミノーゲン活性化因子(tissueCplasminogenactivator:t-PA)硝子体内注入とシリコーンオイル注入を行った.術直後は前房蓄膿と前房内フィブリンを認めたが,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼C1日C6回で徐々に改善し,術後C1週間で前房蓄膿は消失した.術後C2カ月で右眼矯正視力(0.3)まで改善した.眼底中間部にフィブリン索状物の再増殖を,OCTでは黄斑部に網膜の軽度肥厚を認めたものの,硝子体出血および網膜.離の再発はなかった(図5).今回の経過中に左眼に炎症所見は認めなかった.CII考按糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に生じる眼内炎症には,さまざまなものがある.手術による影響としては,術後感染性眼内炎や交感性眼炎などがあげられる.術後感染性眼内炎はおもに視力低下,前房蓄膿,結膜・毛様充血,眼痛の症状を呈する.細菌性眼内炎の場合は,術後数日で急性発症し,起因菌はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が主である.真菌性眼内炎の場合は,数日から数週間にかけての亜急性に症状(82)図2右眼2回め手術時の術中眼底所見a:乳頭周囲の増殖膜(C△).b:耳側下方の網膜に白色沈着物(.)を呈する.術後の真菌性眼内炎は細菌性眼内炎と比較してまれであり,所見としては前房・硝子体内に白色塊を生じるのが特徴である3).交感性眼炎は手術後C2週間.数年後に発症し,患者のC80%はC3カ月以内に,90%はC1年以内に発症する.臨床所見はCVogt-小柳-原田病と類似し,眼内炎症と漿液性網膜.離を認める4).また,術後と無関係で糖尿病患者に生じる眼内炎症としては,内因性眼内炎や糖尿病性ぶどう膜炎がある.内因性眼内炎は他臓器から血行に乗って眼内に感染するため,後部ぶどう膜炎から始まることが多く,感染が進行するにつれて網膜から硝子体,前眼部に炎症所見が出現する.糖尿病性ぶどう膜炎ではおもに前部ぶどう膜炎の所見を呈し,多くはC3カ月以内に消退して視力にはほとんど影響しないといわれている6).本症例は,再手術時の硝子体液のCPCRにおいて真菌を認めた.眼内炎症所見は高度なフィブリン索状物の析出を特徴としており,真菌性眼内炎に特徴的な所見ではなかった.抗真菌薬による治療を行ったが,治療に抵抗性があり,PCRによる検出も微量であったことからコンタミネーションの可能性も否定できないと考えられた.また,交感性眼炎については,本症例ではフィブリン索状物が析出し,Vogt-小柳-原田病と類似した漿液性網膜.離所見を認めないことから否定的である.内因性眼内炎については,経過中に全身症状がなく,血液検査で炎症反応やCb-Dグルカンの上昇も認めなかったことから否定的と考える.糖尿病性ぶどう膜炎は,前房内の炎症を特徴とし,今回の症例は後眼部に高度な炎症を生じていることから否定的と考える.本症例の眼内炎症の特徴として,高度なフィブリン索状物の析出があげられる.糖尿病網膜症患者に対する硝子体手術後に,網膜表面および硝子体内にフィブリン索状物が発生し最終的に牽引性網膜.離に進行することがあり,Sebestyenらはこれを,硝子体手術を施行した糖尿病網膜症患者の15/280例で生じたまれな合併症として報告した7).この病図3OCT画像a:右眼C2回め手術直後.Cb:約C1.5カ月後.図4右眼3回め手術時の術中眼底所見網膜前面に広範にフィブリン索状物を認める.図5右眼3回め術後より2カ月後のカラー眼底写真(a)とOCT画像(b)網膜面にフィブリン索状物の再増殖を認める(.).態では,術後眼内炎と異なり一般的に眼痛や重度の前眼部炎症を伴わない8).糖尿病網膜症患者の硝子体手術後において,硝子体内フィブリン索状物は術後C2.3日の早期に生じるものもあれば,術後C3.8週間後の晩期に生じることもある9).Luoらは多くの場合にフィブリン索状物は一般的な術後ステロイド点眼(プレドニゾロン酢酸エステルをC1日C4回点眼.2,3時間ごとの点眼)の継続によりC1.2週間で消失すると報告している8).両眼の糖尿病網膜症に硝子体手術を行った場合,フィブリン索状物が片眼のみで生じた報告もあれば,両眼で生じたという報告もある8,10).本症例との共通点としては,眼痛や重度の前眼部炎症を伴っていないこと,糖尿病網膜症の硝子体手術後であること,術中に網膜光凝固術を施行しているという点があげられる.病態は不明であるが,網膜光凝固術は糖尿病患者の硝子体内の炎症性サイトカインを増加させることが報告されており11),これが関与しているという説や,血管内皮細胞の障害による炎症の惹起が由来するという説がある8).本症例においては,2週間の間隔をあけて両眼に硝子体手術を施行した.初回手術中および術直後所見に左右差はなく,手術時の網膜光凝固数は右眼C538発,左眼C908発とフィブリン索状物を析出した右眼優位に多くはなかった.しかし,右眼には初診時に前房炎症および充血を認めたことから,炎症を惹起しやすい環境であった可能性がある.Nelsonらは術後に同様のフィブリン索状物を析出する症例に対して,ステロイド点眼に加えてCSTTAやトリアムシロノン硝子体内注射により改善を認めた例を報告した10).Alanらはフィブリン索状物に対してCSTTAを施行するも効果が乏しく,網膜下液が出現した症例に対して液空気置換とt-PA硝子体内注射での改善を報告している12).本症例では炎症所見の増悪時にCSTTAを施行したものの反応性に乏しく,炎症所見の増悪を認めた.そのため,3回めの硝子体手術時にはCt-PA硝子体内注射とあわせて,炎症を鎮静化させるため13),シリコーンオイルを注入した.それにより,網膜へのフィブリン索状物の析出は抑制できたが,前房に移行した高濃度の炎症性サイトカインを含んだ房水により,術後一過性に前房蓄膿を認めたが,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼の追加により速やかに前房蓄膿は軽快を認めた.本症例の経過から,糖尿病網膜症に対する硝子体手術後には,網膜面に高度なフィブリン索状物の析出を認めることがあり,とくに術前に炎症がみられる場合には留意が必要である.また,STTAなどのステロイド治療に抵抗性の場合は,再手術時にCt-PAを併用しフィブリン溶解をはかることが有用であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)EifrigCCW,CScottCIU,CFlynnCHWCetal:EndophthalmitisCafterCparsplanaCvitrectomy:incidence,CcausativeCorgan-isms,andvisualacuityoutcomes.AmJOphthalmolC138:C799-802,C20042)WuCL,CBerrocalCMH,CArevaloCJFCetal:EndophthalmitisCafterparsplanavitrectomy:resultsofthePanAmericanCollaborativeCRetinaCStudyCGroup.CRetinaC31:673-678,C20113)DurandML:BacterialCandCfungalCendophthalmitis.CClinCMicrobiolRevC30:597-613,C20174)ParchandS,AgrawalD,AyyaduraiNetal:Sympatheticophthalmia:aCcomprehensiveCupdate.CIndianCJCOphthal-molC70:1931-1944,C20225)肱岡邦明:内因性眼内炎.臨眼65:379-383,C20116)YangCW,CRenCR,CXieCYCetal:DiabeticCuveopathy.CSurvCOphthalmolC70:47-53,C20257)SebestyenJG:Fibrinoidsyndrome:aCsevereCcomplica-tionCofCvitrectomyCsurgeryCinCdiabetics.CAnnCOphthalmolC14:853-856,C19828)LuoCC,CRubyCA,CNeuweltCMCetal:TransvitrealC.brinoidCpseudoendophthalmitisCafterCdiabeticCvitrectomy.CRetinaC33:2069-2074,C20139)金村萌,鈴木浩之,河本良輔ほか:増殖糖尿病網膜症術後に生ずる硝子体腔内フィブリン索状物の臨床的意義.眼臨紀10:897-900,C201710)NelsonCAJ,CMehtaCNS,COchoaCJRCetal:TransvitrealCandCsubretinal.brinoidreactionfollowingdiabeticvitrectomy.AmJOphthalmolCaseRepC27:101594,C202211)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Panretinalpho-tocoagulationCinducesCpro-in.ammatoryCcytokinesCandCmacularthickeninginhigh-riskproliferativediabeticreti-nopathy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC247:1617-1624,C200912)HsuCAY,CChenSN:Ultrawide-.eldCopticalCcoherenceCtomographyCinCtransvitrealCandCsubretinalC.brinoidCsyn-drome:acasereport.CaseRepOphthalmolC14:147-152,C202313)西田健太郎:術後炎症(フィブリン析出含む).眼科グラフィック3:311-314,C2014***

基礎研究コラム:組織透明化と房水流出路の観察

2026年3月31日 火曜日

組織透明化と房水流出路の観察組織透明化組織透明化は組織観察で使用される手法です.この技術は,レーザー走査型顕微鏡と組み合わせることで標本内の表層から深層までの撮影画像の取得を可能とし,これを再構成することで三次元的な形態学的解析が可能です.これまでいくつかの透明化試薬が考案されてきましたが,いずれも原理は同じで,組織内の水分と透明化試薬が置換されることで,組織内の屈折率が均一となり,透明化されて見えるというものです.近年考案されたCLUCID(illuminationCofCclearedCorgansCtoCidentifyCtargetmolecules)は,2,2-チオジエタノールという非毒性の物質を主成分とした透明化試薬であり,自家蛍光や蛍光抗体を用いた従来の観察が可能なだけでなく,一度透明化した検体でも,また水に浸漬すれば元の状図1透明化前後のヒト眼上段はホルマリン固定後,下段はCLUCID浸漬後.強膜内の血管が透見できる.メラニンは残存している.図2ヒト眼の房水流出路の観察a~dの→はそれぞれ,虹彩根部(a),線維柱帯(Cb),Schlemm管様の空隙(Cc),集合管様の管腔構造(d).e,f:集合管様の管腔構造.朝比奈祐一東京大学大学院医学系研究科眼科学態に戻り,薄切しても病理診断でも問題ない程度のCHE染色や免疫染色が可能です1).眼の領域ではどうでしょうかたとえば強膜は不透明ですので,これを透明化することで強膜内の構造を可視化することが可能です(図1).筆者らはこれを用いて房水流出路を線維柱帯から集合管まで連続して可視化できることを報告しました.薄切することなく,任意の方向から房水流出路を三次元的に観察できます(図2)2).今後の展望不透明なために詳細な観察ができないものについては全般的に有用と考えられるので,たとえば角膜混濁は対象となりえます.薄切することなく観察でき,透明化後の検体も元の状態に戻せるため,病理診断のためのブロック検体として保存されている手術検体を観察対象とすることができます.また,脱メラニン化と併用すれば,ぶどう膜,とりわけ脈絡膜の観察にも応用が期待されます.文献1)AsahinaCY,CHinataCM,CTanakaCACetal:Transparency-enhancingCtechnologyCallowsCtheCthree-dimensionalCassess-mentCofCesophagealCcarcinomaCobtainedCbyCendoscopicCsubmucosalCdissection.CEsophagusC21:405-409,C20242)AsahinaY,AiharaM,MiyaiTetal:Visualizationofpor-cineCandChumanCaqueousChumorCout.owCtractCanatomiesCwithCtransparencyCenhancement.CJpnCJCOphthalmolC69:C460-468,C2025C(75)あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026C3030910-1810/26/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:274.糖尿病硝子体手術後に生じた眼内凝血塊

2026年3月31日 火曜日

274糖尿病硝子体手術後に生じた眼内凝血塊(中級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopa-thy:PDR)に対する硝子体手術後の再出血は頻度の高い合併症である.易凝血性の患者で術中に新生血管から網膜面上に凝血塊を形成することはあるが,術後にゲルのない眼内液中に大きな凝血塊を形成することは比較的まれである.●症例提示患者は27歳,女性.眼科的治療歴のない血管新生緑内障を併発した非常に活動性の高いPDR(図1)に対し,抗VEGF薬硝子体内注射を施行のうえ,初回手術で水晶体を温存した硝子体手術を施行した.術後,眼圧は低下し,矯正視力も0.5に改善していたが,術3週間後に再度眼圧が50mmHgに上昇し,前房出血および硝子体出血を認めたため,再手術を施行した.超音波Bモード検査では硝子体腔内に凝血塊を疑わせる大きな陰影を認めた(図2).再手術では視神経乳頭から下方にかけて大きな凝血塊が生じており,硝子体カッターで切除した(図3).視神経乳頭および下方の血管アーケード周囲に凝血塊と網膜の強固な癒着を認めたため,網膜と凝血塊の間隙を慎重に確認しながら切除を進め,眼内光凝固を追加し手術を終了した.血液検査で凝固系の異常はとくに認めなかった.●硝子体手術後に凝血塊を生じる症例の特徴PDRに対する硝子体手術後早期の出血は,赤血球が硝子体腔内に拡散し,大きな凝血塊を形成することは少ない.宮本らは,PDRに対する硝子体手術後に硝子体腔内に巨大な凝血塊を形成した1例を報告し,組織プラスミノーゲン活性化因子の硝子体内注入が凝血塊処理に有用であったと報告している1).また,このような凝血塊が形成される機序として,空気との界面の出血は凝血(73)0910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1初回手術前の左眼眼底写真非常に活動性の高い無治療の増殖糖尿病網膜症で,硬性白斑,網膜前出血,線維血管増殖膜を認めた.図2術後再出血時の超音波Bモード検査高輝度陰影を硝子体腔内に認め,大きな凝血塊が疑われた.図3再手術時の術中所見視神経乳頭から下方にかけて大きな凝血塊が生じていた.しやすく,その上に血液が流れ重なることによって巨大化するのではないかと述べている.本提示例は初回手術でガスタンポナーデを施行していないが,初期に形成された凝血塊の上に出血が重なって形成された可能性が考えられる.筆者は今までに数例,同様の症例を経験しているが,いずれも非常に活動性の高い若年のPDR症例であり,硝子体腔内を充満するような巨大な凝血塊をきたした症例では,術中網膜面の確認に苦慮し,不用意な操作で医原性裂孔を形成しやすい.また,いずれの症例も血液検査で凝固系の異常はみられず,易凝血性の原因については不明な点が多い.文献1)宮本武,雑賀司珠也,岡田由香ほか:硝子体切除後硝子体腔内血腫手術時に組織プラスミノーゲンアクチベーターが有用であった1例.眼臨医98:198-200,2004あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026301

考える手術:気体網膜復位術

2026年3月31日 火曜日

考える手術監修松井良諭・奥村直毅気体網膜復位術秋山邦彦国立病院機能東京医療センター眼科気体網膜復位術(PnR)はガスの浮力と表面張力によって.離網膜を.離前の元の位置に復位させ,光凝固または冷凍凝固を行って網膜を固定する方法である.この方法は観血的な手術手技とは異なり,きわめて低侵襲であることと,ガスの力でゆっくりきれいに網膜を復位させることが特徴であり,それによってより良い視機能が得られるとされる.屈折変化,白内障,眼球運動障害などの手術に伴う合併症も生じにくい.一方でPnRは治療前の網膜硝子体の病態観察が結果を大きく左右すること,ガス下でのレーザー治療にそれに対するすべての治療法のなかで,PnRは各患者の病態に基づく方法論を考え抜き,考えたとおりに実行する聞き手:最近,気体網膜復位術(pneumaticretinopexy:襲治療することができます.もうひとつ重要なポイントPnR)が話題にのぼる機会が増えていますが,すでに強は,手術中に液空気置換で強制的に網膜を復位させる硝膜バックリング手術や硝子体手術が確立されているにも子体手術と異なり,ガスの浮力を利用してゆっくり網膜かかわらず,網膜.離の治療方法としてPnRを考えるを復位させるという点です.それがどのように結果に反意義はなんでしょうか?映されるかというと,有名なものとしてはPIVOT秋山:たしかに裂孔原性網膜.離の手術治療は,とくにTrial(硝子体手術とPnRを比較したランダム化比較試日本では治療成績もかなり良好です.それに比較して験)で報告されている術後歪視の問題があります1).こPnRは初回復位率が10%程度落ちるとされていますのの研究ではPnRのほうが術後歪視は少なかったと報告で,いったいなぜあえてその治療を選択するのか,といされています.実臨床でどの程度差があるのかは今後検うのは当然の疑問です.それを考える前提として,PnR討を要するとはいえ,理論的にはPnRのほうが網膜には前房水抜去と硝子体内ガス注入,それにレーザー(ま無理な力を加えず自然に復位させることができる,といたは冷凍凝固)を組み合わせて,.離した網膜を.離すうことは間違いありません.したがって私は,手術とる前の状態にガスの力で「現状復帰」させ固定する,とPnRを同列で並べて選択する,というよりも,PnRでいう方法ですので,ほかの手術と比較して圧倒的に低侵治せる可能性があるものはなるべくPnRを行い,復位(71)あたらしい眼科Vol.43,No.3,20262990910-1810/26/\100/頁/JCOPY考える手術を得られなければ手術にスイッチする,という考え方で治療を行っています.もちろん患者には手術と両方の情報を説明し,復位率の違いも説明したうえで選択してもらっています.この方法を始めた当初は,復位率がより高い方法を選択するのではないかと思っていたのですが,実際には復位率が低くてもより低侵襲な方法をまず試したい,と希望する患者が圧倒的に多数派です.聞き手:では,実際にPnRを行うにあたって,適応はどのように考えればよいでしょうか.秋山:PnRの適応の判断は,まず網膜硝子体所見の正しい把握から始まります.硝子体手術や最近のシャンデリアを使用するバックル手術のように手術中に眼内から確認することはできませんから,術前の見落としは致命的です.最周辺部まで,よく観察してください.ガスで裂孔を閉鎖するので,やはり上方の小さめの裂孔が有利です.それを端的に表した適応はPIVOTtrialの論文にイラスト付きで説明されているので,参考にしてください1).術者と患者双方の理解とやる気が十分あれば,その適応からはずれたものも治療可能ですが,初回復位率は適応を広げるほど低下する傾向があります2).一方でPIVOTtrialの基準に合う患者を対象とする日本人での最近のデータでは初回復位率が90%以上でした2,3).聞き手:治療はすべての患者に同じ方法で行うのか,あるいは患者ごとにカスタマイズするのでしょうか?秋山:前房水抜去とガス注入までは,おおむね標準化された方法です.私が行っている方法は,先に前房水を30ゲージ針と1ccシリンジ(内筒を抜いたもの)で抜去し,抜去された量を計測して,抜去量+0.3ccの膨張性ガス(抜去量が0.3cc未満であってもガスの最低量は0.6cc)を硝子体内に注入する,というものです(動画①).1回のガス注入量で不十分であれば(下方裂孔,巨大裂孔や多発裂孔など),3日目あたりで2回目のガス注入を行い,ガスの体積を増やすことも検討します.ガス注入後は患者の頭位を指示するわけですが,これは網膜の状態によって変わります.典型的な方法はSteam-roller法といって,腹臥位を数時間,そこから1時間ごとに30°ずつ,裂孔の方向に向かって頭を挙上させていき,最後は裂孔がもっとも高くなる頭位を1週間程度保つ,というものです.これによって後極から周辺部に向かって網膜下液をガスの力で移動させ,黄斑部のズレ(fovea-o.の場合)や新たな黄斑.離(fovea-onの場合)を防ぐことができます.翌日以降,裂孔周囲の網膜が復位したらすぐにレーザーを開始します.裂孔や格子状変性の周囲を5列ぐらい,隙間なく,鋸状縁まで完全に埋300あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026めることがコツです4).ガスの浮力で裂孔が鋸状縁に向かって拡大する可能性も見越して,幅広く完璧にレーザーで囲む必要があるので,ここは術者の技量が試される部分です(動画②).もう完璧,といえるまで,毎日でも診察してレーザーを足していきます.ここで妥協すると治るものも治りませんので,面倒がらずに徹底的にやることが大切です.聞き手:合併症対策について教えてください.秋山:もっとも避けたい合併症の一つはガスの網膜下迷入です.これはガスが小さな多数の泡(.sheggs)になってしまい,しかも裂孔が大きめの時に生じやすい現象ですので,.sheggsを避けることが大切です.そのためには,ガス注入時の刺入部が眼球のもっとも高い位置になること,針の先端1/3だけを刺入し,比較的速い速度で一息に注入することがコツです(動画①).それでも.sheggsになってしまったら,1~2日で融合するまで腹臥位をしっかり保ってもらい,ガスを裂孔から離すようにすれば網膜下迷入をかなり避けることができます.迷入してしまって硝子体腔に戻らない場合は,早急に硝子体手術を行う必要があります.合併症対策はほかにもいろいろありますので,文献などにあたってみてください4).聞き手:PnRは手術ではなく低侵襲ではあるものの,簡単な手技ではない,と考えてよいでしょうか.秋山:そのとおりです.むしろPnRのほうが手術よりもむずかしい部分が多いうえに,手間はかなりかかります.決して簡単で単純な手技と思って安易に行うのではなく,患者のためによい治療を行う,という意識で徹底的に治療を行ってください.そうすればきっとよい結果が得られます.文献1)HillierRJ,FelfeliT,BergerARetal:Thepneumaticreti-nopexyversusvitrectomyforthemanagementofprimaryrhegmatogenousretinaldetachmentoutcomesrandomizedtrial(PIVOT).Ophthalmology126:531-539,20192)AkiyamaK,MatsukiT,WatanabeKetal:ImplementationofpneumaticretinopexyintheJapanesepopulation.JpnJOphthalmol2025.doi:10.1007/s10384-025-01241-z.Onlineaheadofprint3)YamadaH,AkiyamaK,SotaniYetal:OutcomesofpneumaticretinopexyforprimaryrhegmatogenousretinaldetachmentinaJapanesecohort.SciRep15:24182,20254)秋山邦彦:Pneumaticretinopexy.眼科手術37:193-198,2024(72)

抗VEGF治療セミナー:新生血管型加齢黄斑変性の長期マネージメントのコツ

2026年3月31日 火曜日

●連載◯165監修=安川力五味文145新生血管型加齢黄斑変性の太田光名古屋大学医学部附属病院眼科長期マネージメントのコツ新生血管型加齢黄斑変性の治療は抗VEGF薬投与が基本であり,treatandextend(TAE)法は視力維持と治療負担の軽減を両立する方法として現在主流となっている.本稿では,長期マネージメントに関して筆者の病院のデータを中心に現状と課題を述べる.はじめに新生血管型加齢黄斑変性(neovascularage-relatedmaculardegeneration:nAMD)は,抗VEGF薬の硝子体内注射の登場により視力予後は飛躍的に改善した.一方で,この治療法は継続的な投与が必要であり,薬剤コストの高さも相まって,患者のみならず医療従事者や医療経済全体にとって大きな負担となっている.抗VEGF薬の投与方法nAMDの治療は抗VEGF薬投与が第一選択である.投与方法としては,固定投与法,reactive治療であるprorenata(PRN)法,proactive治療であるtreatandextend(TAE)法に大別され,病状や患者背景に応じて選択される.抗VEGF薬は投与方法によって視力予後が異なることが報告されている.システマティックレビューおよびメタ解析により,TAE法は視力予後において固定投与法と同等であり,PRN法よりも良好であることが示されている.また,注射回数は固定投与法より少なく,PRN法より多い.これらの結果から,視力予後の維持と患者負担の軽減を両立できるTAE法が,現在では主流の投与方法となっている.00.1**TAE法の長期成績の実際日本においてアフリベルセプト2mgが発売されてから10年以上が経過し,長期使用における安全性と治療効果に関するエビデンスが確立されている.筆者らは以前,nAMD症例に対するアフリベルセプト2mgを使用したTAE法の5年間の成績を報告した1).対象は2014年1月.2016年12月に名古屋大学附属病院を受診した未治療nAMD患者111例112眼であり,後ろ向きに解析を行った.そのうち,アフリベルセプト2mgをTAE法で5年以上継続したのは66眼,脱落したのは46眼であった.脱落群は5年継続群と比較して有意に高齢であった(p<0.05)が,初診時の視力やnAMDの病型に有意差はなかった.最高矯正視力は,脱落群を含む全症例および5年継続群のいずれにおいても,初診から1年後に有意に改善し,その後5年目まで維持された(図1).ただし,3年目と4年目では有意差が消失していた.これは,19眼において白内障の進行に伴い,治療開始から平均38.3カ月後に白内障手術が行われたことが影響したと考えられる.網膜厚も初診から1年後に有意に減少し,5年目まで維持された.注射回数は1年目が平均約7回,2年**0.20.30.4012345(N=66)(N=66)(N=66)(N=66)(N=66)(N=66)Post-treatmentperiod(year)図1アフリベルセプト投与をTAE法で5年間継続した症例における視力推移*:p<0.05,Wilcoxon検定,Bonferroni補正MeanBCVA(logMAR)(69)あたらしい眼科Vol.43,No.3,20262970910-1810/26/\100/頁/JCOPY■4weeks■5~8weeks■9~12weeks■13~15weeks100%80%60%40%20%0%目から5年目は平均約5回であった.これらの結果は,nAMD症例においてアフリベルセプト2mgでTAE法を継続することで,比較的少ない治療負担で良好な視力成績が得られることを示している.一方で,注射間隔が8週以下に留まった症例が1.5年で21.7.30.3%存在し,頻回投与が必要な患者における治療負担軽減も今後の重要な課題と考えられる(図2).難治症例に対する治療法の変更これまでに,アフリベルセプト2mgで注射間隔の延長が困難な症例が他剤へ切り替えた場合の治療成績が報告されている.アフリベルセプト2mgからブロルシズマブへ切り替えた場合は,87%の症例で滲出性変化の改善が認められ,65%の症例で注射間隔の延長が得られている2).一方で,ブロルシズマブ使用例では,日本人において11.3.22.1%と比較的高率に眼内炎症が報告されており,使用にあたっては注意が必要である.ファリシマブへの切り替えでは,29.52%の症例で滲出性変化の改善が認められ,41%の症例で注射間隔の延長が得られている.また,アフリベルセプト8mgへの切り替えでは,68%の症例で滲出性変化の改善が報告されている.これらの結果から,頻回の注射を要する患者においては,他剤への切り替えにより注射間隔の延長が可能となり,患者負担の軽減につながることが期待されるTAE法の中断先述の筆者らの研究では,アフリベルセプト2mgでTAE法を継続した場合,最長注射間隔が16週以上に到達した症例は1.5年目で22.7.47.0%であった(図2).これらの症例は病状が安定していると考えられ,注射を中断する試みも報告されている.中断の方法として298あたらしい眼科Vol.43,No.3,202612345Post-treatmentperiod(year)図2アフリベルセプト投与をTAE法で5年間継続した症例における注射間隔の割合16~weeksは,TAE法で最長12.16週まで注射間隔を延長し,その間隔で2.3回連続して滲出性変化の再発を認めない場合に注射を中断し,その後は2.3カ月ごとに経過観察を行うというプロトコールが用いられている.その結果,1.2年間の経過で13.0.52.9%に再発が認められている.また,これらの報告の一部では,再発例において中断時と比較して有意に視力が悪化しており,中断に伴う再発や視力低下には注意が必要である.さらに,注射中断後1年間は,中断前と比較して有意に通院回数が増加することも報告されている.以上より,現状ではすべてのnAMD患者において,条件を満たした場合に注射を中断することのメリットがあるかどうかについては,依然として議論が分かれている.おわりに現時点でnAMDの完治は不可能であり,適切な治療と長期管理を行わなければ不可逆的な視力低下を容易に招く.黄斑新生血管の活動性は一時的に安定しても長期的には再発する可能性があり,滲出を繰り返すことで萎縮性変化や線維性瘢痕を生じ,視力が著しく低下する.今後も蓄積されるエビデンスを注視しつつ,病状や患者負担を考慮し,患者とともに持続可能な管理方法を選択することが求められる.文献1)OtaH,KataokaK,AsaiKetal:Five-yearoutcomesoftreatandextendregimenusingintravitreala.iberceptinjectionfortreatment-naiveage-relatedmaculardegen-eration.GraefesArchClinExpOphthalmol262:1-9,20242)OtaH,TakeuchiJ,NakanoYetal:Switchingfroma.ibercepttobrolucizumabforthetreatmentofrefractoryneovascularage-relatedmaculardegeneration.JpnJOph-thalmol66:1-7,2022(70)

屈折矯正手術セミナー:ICLサイズの多機種による決定法

2026年3月31日 火曜日

●連載◯310監修=稗田牧神谷和孝310.ICLサイズの多機種による決定法五十嵐章史代官山アイクリニックICLサイズ計算式は前眼部光干渉断層計によるものが主流となっており,計算式の改良により予想Cvaultのほか,術後前房深度,隅角も解析可能になっている.また,近年主流となっている垂直固定用の式もアップデートされている.●はじめに後房型有水晶体眼内レンズのCICL(implantableCcolla-merClens,STAAR社)はCcentral.ow技術(ICLCKS-AquaPORT)の登場により,国内の屈折矯正手術のゴールデンスタンダードとなっている.安全性が高いCICLであるが,術後合併症をなくすには最適なレンズサイズを選択することが重要である.近年新たなレンズサイズ計算式が続々と登場し,実用化に至っている.C●前眼部解析装置またはマニュアル測定によるWTWを用いた式STAAR社が提供するサイズ計算式はCwhitetowhite(WTW)と前房深度(anteriorCchamberdepth:ACD)から,適切なレンズサイズを推測する式である.しかし,WTWはもともと不明瞭な指標であり,測定機器によって測定値に差があることもわかっており,機器間の互換性に問題がある.STAAR社の式はもともとCOrb-scan(BauschC&Lomb社)で測定したCWTWを採用しているが,すでにこの機器は国内で販売されていないため,ほかの測定機器で代用しなければいけない.筆者が過去にCWTWを種々の検査機器とマニュアル法であるカリパー(Castroviejo型カリパーCHS-2810,はんだや)を用いて同一健常眼のCWTWを測定した結果1)では,Orbscan-2のCWTW値に対して,TMS-4(トーメーコーポレーション)は約C0.3mm,IOLmaster700(CarlZeiss社)は約C0.6Cmm有意に長く計測される傾向にあることがわかっている.現状ではこれらの誤差を考慮してOrbscan測定値に近づけるように他機種の値を変換しなければいけないが,機種により再現性が不良なものもあり,注意が必要である.C●超音波生体顕微鏡を用いたサイズ計算式ICLはCsulcusCtosulcus(STS)に固定するレンズであり,超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)は唯一直接CSTSを測定できる機器であることか(67)C0910-1810/26/\100/頁/JCOPYら,サイズ計算式の指標としては理想と思われる.過去に小島らはCVuMax-II(Sonomed社)を用いてサイズ計算式であるCK式を考案した2).K式で用いられたパラメータはCACD,STS,STSL(STSと水晶体前面の膨隆量)の三つで,この式を用いた平均CvaultはC0.64±0.25Cmm,0.25.0.75Cmm範囲にC74.1%が入ったとしている.ただし,一般的にCUBMによるサイズ式は測定の再現性に課題(検者間差・解釈のバラつき)があり,患者にとっても侵襲が高く,検査時間が長いことが欠点であり,現状ではサイズに迷う例に対する補助的な役割となることが多い.C●前眼部OCTを用いたサイズ計算式光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)は非接触かつ短時間に再現性の高い高精度な前眼部構造を測定できるため,現在CICLサイズ決定の主流となっている.とくに国内では世界に先駆けてCNK式,KS式といった計算式が発表され,各式は日々改訂を繰り返し精度の高いものになっている.これらの式はすでに前眼部COCTのCCASIA2(トーメーコーポレーション)に搭載済み(図1)であり,国内ユーザーにとっては必須の検査機器となっている.また,ANTERION(HeidelbergEngineering社)によるサイズ計算式を秦らが開発し,臨床応用可能となっている.C1.NK式NK式は強膜岬間距離(anteriorCchamberwidth:ACW)とCcrystallineClensrise(CLR)をメルクマールとして,最適なレンズサイズを算出する計算式で,Naka-muraが報告したオリジナル式3)から改良が加わり,最新はCVer.3式4)となっている.NK式は開発当初から横情報のCACWに加え縦情報のCCLRが採用され,最適なレンズサイズを算出する式であったが,予測Cvaultを算出する式でなかったため,当初は選択するレンズサイズを変更させた時に予測Cvaultが大きく変動する欠点があった.その後CNK3式になり,その点は改善され,現在あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026295垂直固定用の式も開発されている.C2.KS式KS式はCangletoangle(ATA)をメルクマールとして予測Cvaultを算出する計算式で,2019年に筆者が考案したオリジナル式5)から改良が加わり,現在はCVer.5となっている.当初は単純にCATAのみから術後Cvaultを予測した式であったが,その後CNK式で採用されているCLRを加え,水平・垂直固定式を別に作成した.現在の最新CVer.5はCATAの描出が向上し,各サイズ別に水平・垂直固定用の計C8式を作成することで,任意のサイズ・固定位置に対して精度の高い予測Cvaultを算出可能としている.C3.術後の予測ACD,隅角最新のCCASIA2には予測Cvaultのほか,術後の予測ACD(角膜内皮.ICL前面)やCtrabecular-irisCangle(TIA)500が算出可能となっている(図1).それぞれの予測値のカットオフ値はC2.0mm,15.2°とされており,最低でもその値を超えるようなサイズを選択すべきとしている.C4.ANTERIONを用いたICLサイズ計算式前眼部COCTは機器間による測定値の互換性に課題があるとされている.過去の報告6)でもCCASIA2とANTERIONでは主要なメルクマークとなるCATAやCLRに差がみられる傾向があり,当然これまでの計算式をそのまま導入すると誤差が生じるため,別の式を作成する必要がある.その問題に対して秦らは,ANTERIONC296あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026図1CASIA2におけるICLサイズ選択画面最新のソフトではCNK式,KS式の最新CVerおよび水平(H),垂直(V)式を任意に選択することが可能となっている(Ca).また,水平固定のみになるが予想CACD,TIA500も算出可能で,総合的な術後前房形状の予測からサイズ選択を行うことができる(Cb).Cbの測定値を用いたCICLサイズ式を構築し良好な結果を得たと報告6)している.垂直固定用の式も今後登場予定となっており,機器内にこれら式が標準装備されると臨床的には魅力的な機器となりえる.C●おわりにICLサイズ計算式は前眼部COCTが主流となっており,今後CAIを導入した新たな式の発表も控え,より普及が見込まれている.文献1)五十嵐章史:ICLのサイズ選択.あたらしい眼科C32:C75-76,C20152)KojimaCT,CYokoyamaCS,CItoCMCetal:OptimizationCofCanCimplantableCcollamerClensCsizingCmethodCusingChigh-fre-quencyultrasoundbiomicroscopy.AmJOphthalmolC153:C632-637,C20123)NakamuraT,IsogaiN,KojimaTetal:Implantablecolla-merClensCsizingCmethodCbasedConCswept-sourceCanteriorCsegmentopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol187:99-107,C20184)NakamuraCT,CNishidaCT,CIsogaiCNCetal:EvaluationCofCimplantableCcollamerClensCsizingCdevelopedCbyCreviewingCtheChorizontalCcompression-vaultCcoe.cient.CJCCataractCRefractSurgC49:525-530,C20235)IgarashiA,ShimizuK,KatoSetal:PredictabilityofthevaultCafterCposteriorCchamberCphakicCintraocularClensCimplantationCusingCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomography.CJCataractRefractSurg45:1099-1104,C20196)YamashitaK,KobayashiM,Igarashietal:EnhancedICLsizingCaccuracyCusingCadvancedCopticalCcoherenceCtomog-raphy-basedCpredictiveCformula.CAmCJCOphthalmolC268:C86-93,C2024(68)

眼内レンズセミナー:3焦点トーリック眼内レンズ亜脱臼症例の眼内縫着

2026年3月31日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋466.3焦点トーリック眼内レンズ亜脱臼症例水戸毅金沢医科大学眼科学講座の眼内縫着多焦点眼内レンズ眼における良好な視力の獲得のためには,レンズの偏位・傾斜,屈折誤差や残余乱視を最小限にする必要がある.それゆえに亜脱臼した多焦点レンズの温存整復はきわめて困難である.本稿ではトーリックモデルの多焦点レンズ亜脱臼に対して,眼内での縫着により良好な位置固定が得られた症例を紹介する.●はじめに多焦点眼内レンズ(multifocalintraocularlens:M-IOL)を扱うにあたっては,乱視のマネージメントは必須であり,トーリックモデルのラインアップもますます充実してきている.近年の社会の高齢化によりIOL亜脱臼症例が増えている状況にあるが,万が一トーリックM-IOLが亜脱臼を生じた場合は,M-IOLを抜去し単焦点IOLを用いた強膜内固定術などを行うことが一般的であり,多焦点機能は失われてしまう.今回,亜脱臼したトーリックM-IOLの眼内縫着を試み,良好な成績が得られた症例を経験した1).●症例患者は43歳,男性.他院にて左眼の白内障手術を施行され,PanOptixtoric(TFNT30,Alcon社)を乱視軸55°で.内固定された.術後2年経過した時点で突然の見えにくさを訴え,前医にてIOL亜脱臼を指摘され当院を紹介受診した(図1).当初はIOL抜去をすすめたが,患者自身がM-IOLの温存を希望されたため,縫着による眼内整復を施行した.術式はhapticexternalization(HE)法2)を用いた.まず眼内で完全に脱臼させたIOLを虹彩上に挙上し,支持部先端のみを角膜創から眼外へ引き出した.目標乱視軸55°にIOLのトーリック軸が近くなるように,強膜への縫着通糸部をあらかじめ設定しておき,眼内に通した10-0縫着用の糸を角膜創から引き出し,眼外にて支持部先端に結紮し眼内に戻した.その際にIOLの強い傾斜を認めたため,IOL光学部の前面あるいは後面に糸を張るtram-tracksuture(TTS)法3)によりIOL傾斜を修正した(図2).術後の偏心や深さといったIOL固定位置は良好で,IOL傾斜も許容範囲であり,目標軸に近いトーリック軸固定が得られた(図3).近方から遠方までの各距離における裸眼視力は0.8以上あり,グレアやハローも少なく(65)0910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1術前の散瞳下での前眼部写真下方のhapticが虹彩前方に亜脱臼している.1時と7時方向に乱視軸マークが確認できる.患者の満足度は高かった.●まとめ亜脱臼したM-IOLを抜去せずに眼内で整復固定した報告は少なく,トーリックモデルのシングルピースの場合となるとさらにまれである.その理由は明白であり,トーリックM-IOLの縫着には偏位・傾斜・屈折誤差(IOL深度)・そして残余乱視のすべてが最小限でなければならないという4重苦が待ち受けるからである.とくにトーリック軸合わせが最難関ポイントであり,術前の入念なシミュレーションが必須となる.本症例では結果的に良好な視力が獲得できたが,毎回同様の結果が得られるかは不明であり,症例を蓄積して検証する必要がある.また将来的には,より簡便に行える新たな術式や,縫着に適した乱視矯正M-IOLの登場が待たれる.あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026293図2術中写真亜脱臼IOLを前房内に移動させ,hapticのみを角膜創から眼外に引き出す(a,b).縫着時にIOLの乱視軸マークが目標軸に近づくよう,あらかじめ強膜への縫着部位を設定し,長針付き10-0糸を眼内に通糸する(c).眼内から10-0糸を引き出し,haptic先端に結び,眼内に戻す(d~f).強膜への縫着時にIOLが傾斜したためTTS法で修正を図った(g,h).a図3トーリックM-IOLの眼内整復術後の所見センタリングは良好であり,乱視軸マークも目標軸に近い位置に確認できる(a).ウェーブフロントアナライザーでは,角膜収差に対してトーリックM-IOLによる内部収差が打ち消しあい,眼球収差が改善されている(b).文献raryhapticexternalizationthroughaclearcornealinci-1)MitoT,TsuruokaH,OmuraSetal:Suturerepositioningsion.JCataractRefractSurg30:1049-1056,2004forsubluxationofatoric-typesingle-piecemultifocal3)KimSI,KimK:Tram-tracksuturetechniqueforpupil-intraocularlens.Cureus17:e89566,2025larycaptureofascleral.xatedintraocularlens.CaseRep2)KokameGT,YamamotoI,MandelH:Scleral.xationofOphthalmol7:290-295,2016dislocatedposteriorchamberintraocularlenses:Tempo-

コンタクトレンズセミナー:乱視と視機能

2026年3月31日 火曜日

■■コンタクトレンズセミナーあたらしいコンタクトレンズ診療監修前田直之2.乱視と視機能はじめにコンタクトレンズ(CL)診療において,乱視は日常的に遭遇する屈折異常であるが,トーリックCCLの選定の煩雑さや費用などの面から球面CCLが選択され,弱度の乱視は矯正されないことが多い.弱度の乱視であっても,見え方の質やパフォーマンスを低下させることが知られており,近年は弱度乱視の積極的矯正が推奨されつつある1.3).本稿では乱視の見え方と視機能への影響を整理し,弱度乱視矯正の意義について述べる.乱視の見え方乱視では,経線方向で異なる屈折力により光が一点に集まらず,方向性のある像のぼけを生じる.図14)は倒乱視眼の前焦線・最小錯乱円・後焦線での視標の見え方を示しており,遠方視(後焦線)では水平線が見やすい.直乱視は縦と横のぼけの方向が逆転し,垂直線が見やすくなる.一方,近方視により網膜の位置が前焦線に変わると,像のぼけ方が逆転し,倒乱視でも直乱視の遠方と同様の見え方となる(図2)5).強主経線弱主経線長谷川優実筑波大学眼科弱度の乱視が視機能に与える影響乱視量に応じて像のぼけは強くなり,視機能も低下する.どの程度の乱視から視機能は低下するのであろうか.通常視力は直乱視C2.0D以上,倒乱視C1.0D以上の乱視で低下する6)とされるが,実用視力はより弱度の直乱視C0.5Dから低下する7)という報告がある.筆者らの検討でも,倒乱視ではC1.0Dで通常視力が,0.75D以上で実用視力とコントラスト感度が低下した.斜乱視では0.75D以上で通常視力と実用視力が低下し,0.5D以上でコントラスト感度が低下した.一方,直乱視ではC1.0Dで通常視力と実用視力が低下し,コントラスト感度は低下しなかった4).乱視がもつ方向性のため,視機能に与える影響は視標や乱視軸によって異なり,視機能が低下しやすい倒乱視や斜乱視は,積極的に矯正する必要があると考えられる.弱度乱視を矯正する意義近年,弱度の乱視をトーリックCCLで矯正すると視機能や自覚症状が改善することが示されている.トーリックCCL装用で近方の高・低コントラスト視力,読書ス前焦線最小錯乱円後焦線図1倒乱視の前焦線,最小錯乱円,後焦線およびその見え方(文献C4より引用)(63)あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026C2910910-1810/26/\100/頁/JCOPY直乱視倒乱視遠方視50cm図22Dの直乱視・倒乱視における遠方視と近方視(50cm)のシミュレーション2Dの直乱視・倒乱視の遠方視・近方視(50cm)における焦点と網膜面の関係を示した図とV・H・Rの文字が乱視によってどのようにぶれて見えるかをシミュレーションした像である.直乱視の遠方視と倒乱視の近方視でぶれの方向が同じになり,直乱視の近方視と倒乱視の遠方視よりも文字が判別しやすいように見える.(文献C5より引用)ピード,必要コントラスト,読書エラー,自覚的な近見作業時の快適性やかすみ目が改善する1,2).Chaudhryらの報告では,両眼視力は球面CCLと同程度でも,視覚の鮮明度や満足度,疲れにくさがトーリックCCLで改善した3).これらの結果は弱度乱視の矯正が視力を改善するだけでなく,見え方の質,近方作業の効率,眼精疲労を改善するうえで重要であることを示しており,弱度乱視の積極的な矯正は,より良いCCL診療に不可欠である.まとめ1.0D未満の弱度の乱視であっても視機能が低下する可能性がある.CLは取りはずしが容易で,外科的な屈折矯正と異なり,乱視矯正の効果を気軽に試せるという利点がある.患者の「なんとなく見えにくい」「疲れる」「違和感」を見逃さず,乱視の影響を考慮することがより質の高いCCL診療につながると考える.文献1)ChaoCC,CSkidmoreCK,CTomiyamaCESCetal:SoftCtoricCcon-tactlenswearimprovesdigitalperformanceandvision-ArandomisedCclinicalCtrial.COphthalmicCPhysiolCOptC43:C25-34,C20232)ReadCSA,CVincentCSJ,CColoradoCLHCetal:TheCimpactCofCtoricCcontactClensCcorrectionCuponCfunctionalCnearCvisualCperformanceCwithCdigitalCdevices.CJCContCLensCAnteriorCEyeC48:102415,C20253)ChaudhryCM,CSahCSP,CSharmaCIPCetal:DoesCo.eringConlyCtheCsphericalcontactClenstrialtotheClowastigmatsmisleadCtheCpractitioners?CIntCJCOphthalmolC14:1281-1284,C20214)長谷川優実:乱視視機能への影響と各種治療アップデート乱視眼の視機能.IOL&RS36:356-361,C20225)長谷川優実:乱視と視機能.OCULISTAC135:6-11,C20246)大谷伸一郎,宮田和典,阪上祐志ほか:白内障手術時における乱視矯正同時手術の適応.IOL&RSC14:142-145,C20017)WatanabeCK,CNegishiCK,CKawaiCMCetal:E.ectCofCexperi-mentallyCinducedCastigmatismConCfunctional,Cconventional,CandClow-contrastCvisualCacuity.CJCRefractCSurgC29:19-24,C2013C

写真セミナー:結膜錯角化症

2026年3月31日 火曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史林仁502.結膜錯角化症神戸赤十字病院眼科高静花大阪大学大学院医学系研究科視覚先端医学講座図2図1のシェーマ①不鮮明な皮膚粘膜移行部②凹凸不整な肥厚した組織結膜本来の所見はみられない.図1初診時の上眼瞼翻転所見(左眼)通常みられる眼瞼結膜は存在せず,凹凸不整の肥厚した組織に覆われている.皮膚粘膜移行部も不鮮明である.図3左眼の角膜フルオレセイン染色所見広汎な角膜上皮障害を認める.上眼瞼異常組織による物理的な擦過刺激が主因と考えられる.図4図1の病理検査結果結膜組織はなく,異常に重層角化した皮膚のような構造である.結膜錯角化症と診断された.(61)あたらしい眼科Vol.43,No.3,20262890910-1810/26/\100/頁/JCOPY数年前からの左眼の異物感と視力低下を主訴に受診した75歳男性の症例を提示する.職業はトラック運転手.上眼瞼を翻転すると,本来存在するはずの眼瞼結膜はみられず,赤色調かつ凹凸不整に肥厚した組織に覆われていた(図1,2)1).結膜血管走行は確認できず,皮膚粘膜移行部も不鮮明であった.組織表面は湿潤状態というよりむしろ乾燥傾向を示していた.下眼瞼結膜では,瞼縁近くに慢性炎症所見がみられて血管走行は不明瞭であったが,上眼瞼結膜のような凹凸不整や肥厚は認められなかった.左眼の角膜全域にわたって著明な上皮障害があり,いわゆる“ハリケーン様”の所見を呈していた(図3).一方で,右眼の眼表面や上下眼瞼結膜には異常所見は認められなかった.既往歴として両眼の眼瞼下垂手術歴があったが,内眼手術歴や熱傷などの外傷既往歴はなく,点眼薬の頻回使用歴もなかった.この眼瞼結膜の病変に対して限局的切除による病理織診断を施行したところ,所見はおおむね次のとおりであった.①異常な重層化と角化,②偽膜形成なし,③軽度の炎症細胞の浸潤を認めるが悪性所見なし,④汗腺を含む皮膚に類似した構造.以上より,本病変は眼瞼結膜の錯角化症(parakeratosis)と病理学的に診断された(図4).この診断をふまえて,ステロイドを主とした消炎治療およびドライアイ治療に準じた湿潤加療で経過をみた.しかし数カ月間の保存的治療にもかかわらず所見の改善はみられず,逆に悪性化や増悪化も認められなかった.治療用ソフトコンタクトレンズにより角膜上皮障害および視力は一時的に改善したものの,上眼瞼からの圧排によりレンズが容易に脱落するため,継続装用は困難であった.さて錯角化症の理解には,まず正常角化という過程を考える必要がある.正常角化とは,皮膚(表皮)基底部にある角化細胞が順次表層へ分化移行して,最終的には自らの細胞死によって角質層という体表面を覆う層(膜)を形成する過程である.そして異常角化症には,錯角化と過角化がある.錯角化は不全角化ともよばれ,角化周期が早まることが根底にある.角化日数が短縮されて角質層が急に薄くなると,肌細胞は核をもったままの未完成な角質細胞となる.一方で,過角化は角化周期が遅れることが根底にある.角質層は過剰に作られて,角質層の上層がはがれ落ちずに付着したままになって続発的に肥厚する状態である.一般的に生体粘膜では皮膚(表皮)と異なり,通常角質層をもたないため,粘膜に角質層が出現することはすでに病的である.粘膜の角化病変としては,口腔外科学における口腔白板症(oralleukoplakia)と扁平苔癬(orallichenplanus)がある2).前者は口腔粘膜が角化と肥厚を呈する前癌状態,後者は口腔粘膜が癌化するリスクをもっている慢性炎症性角化症である.本症例は,病理像から扁平苔癬に近い病態と考えられた.扁平苔癬や結膜角化の原因としては,遺伝・免疫・金属などによる接触性アレルギー・精神的ストレスなどがあげられる3)が,本症例のように誘因なく片眼性に眼瞼結膜のみが特発的に角化する例はきわめてまれである.また,眼球結膜に異常所見が認められなかった点も特異的であり,病態形成には不明な要素が残る.治療方針としては,外科的切除と粘膜再建治療が最善であると思われ,その再建材料として羊膜,口唇・口腔粘膜,あるいは再生医療的な生体粘膜組織などが最適であると考えられる.文献1)HayashiH,KohS:Unilateralconjunctivalparakeratosis:Ararecaseofmucosalkeratosiswithpathological.ndings.AmJOphthalmol276:e3-e4,20252)水城春美:口腔粘膜の角化性病変─口腔白板症ならびに扁平苔癬の臨床病理と病因.岩医大歯誌27:67-73,20023)MaumeneeAE:Keratinizationoftheconjunctiva.TransAmOphthalmolSoc77:133-143,1979