遺伝性網膜変性の遺伝子診断TheGeneticDiagnosisofInheritedRetinalDystrophy堀田喜裕*細野克博*倉田健太郎*はじめに2015年1月,米国のオバマ前大統領は一般教書演説の中で,“precisionmedicine(精密医療)”という取り組みを開始すると述べた.これは,遺伝子などによって決められている個人差を考慮して治療や予防を行うという新しい医療の考え方である.患者の遺伝子の状態を調べてより精密な診断を行い,また薬の効きやすさを予測するなどして,個人個人に合った最適な治療や予防を行うことをめざす.個別化医療(personalizedmedicine)ともいい,癌治療で大きな話題となっている.こうした医療が可能になった背景として,次世代シークエンサー(nextgenerationsequencer:NGS)とよばれる機器を代表とする,膨大な遺伝子の情報を幅広く・迅速に調べる技術の急速な進歩があげられる.欧米では,表1にあげるように,遺伝性網膜変性(inheritedretinaldystrophy:IRD)に対する遺伝子別の臨床治験が進行している.IRD患者を前に,いつも無力感に苦しむ医師の一人として,効果的な治療が可能になる時代が来てほしいと期待している.本稿では,NGSによる遺伝子診断を中心に概略を説明し,なにが可能になるのか,なにが問題となるのか,眼科臨床医に向けてなるべくわかりやすく述べる.I次世代シークエンサー遺伝子の塩基配列を決める方法として,これまでサンガー法が使われてきた.サンガー法は,ノーベル化学賞を2度受賞した英国のFrederickSangerの名からとったもので,精度は高いが,1回の解析で約10,000塩基程度のデータしか得ることができない.現在市販されているNGSを用いて全ヒトゲノムを解析すると,1回の解析で約1.5Tb(1,500Gb)もの塩基配列情報を取得できる.実にヒトゲノム(3Gb)の約500倍もの塩基量である.このことから,NGSのパワーをご理解いただけると思う.NGSでは,DNAを酵素によって断片化してポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)法で増幅し,多数の遺伝子を同時に,同じ塩基位置を20~100回ずつ塩基配列を決める.NGSで1度に解析する情報量は膨大ではあるが上限はあるので,全ゲノムを見る(wholegenomesequencing:WGS)のか,エクソンのみ見る(wholeexomesequencing:WES)のか,選択した遺伝子のみ見る(targetsequencing:TS)のかによって,解析できる検体(患者)数が決まる.筆者らはNextSeq500(イルミナ社)というNGSを使ってWESを行っているが,1回で16人分を解析している.どの手法を用いるかは,目的や対象,予算によって決まる.コストが低下しているとはいっても,現状では1回動かすのに20~600万円もかかる.IIIRDにおける遺伝子解析研究IRDに対しては世界中で遺伝子解析研究が行われている.わが国でも種々のIRDに対して大規模な遺伝子解析研究が行われており1~6),1)わが国の網膜色素変性*YoshihiroHotta,*KatsuhiroHosono&*KentaroKurata:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕堀田喜裕:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(31)1373表1アデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療の治験GenePhaseVectorSponsorRPE653AAV2-hRPE65v2SparkTherapeuticsCHM1/2AAV2-hCHMSparkTherapeuticsMERTK1rAAV2-VMD2-hMERTKFowzanAlkurayaPDE6A1/2rAAV8.PDE6ASTZeyetrialPDE6B1/2AAV2/5-hPDE6BHoramaS.A.RPGR1/2AAV-RPGRMeiraGTxUKIILtdCNGA31/2rAAV.hCNGA3STZeyetrialRS11/2AAV-RS1NationalEyeInstituteCRB1(15.7%)NMNAT1(15.7%)IMPDH1(5.3%)網膜色素変性とUsher症候群RPGRIP1CRX0.8%IMPG20.8%GUCY2D(10.5%)(15.7%)LRAT0.8%NR2E30.8%MYO7A0.8%PRCD0.8%ROM10.8%GPR981.7%USH2A2.5%RHO5.8%PRPH23.3%TULP11.7%PRPF312.5%RPGR4.1%RPE651.7%x1RPSNRNP2002.5%Leber先天盲CRX1.7%RP11.7%UsherRDH121.7%CNGB21.7%C2orf711.7%adRPBEST10.8%NRL0.8%MERTK2.5%PRPF60.8%RP10.8%MAK2.5%TOPORS0.8%CNGA12.5%arRPPDE6B5.0%RP1L15.8%EYS28.9%USH2A9.1%図1わが国の網膜色素変性とLeber先天盲の原因遺伝子診断できる患者はそれぞれ,4割と6割であるが,その原因遺伝子の内訳は大きく異なっている.左側の円グラフは文献2より引用.錐体桿体ジストロフィLeber先天盲LCACRDCRB1,CWC27,EnhancedS-cone症候群CRX*,IFT140,IMPDH1,C8orf37,PRGRIP1LRAT,MERTK,CDHR1,RDH12,RPE65,RPGR,SPATA7,TULP1SEMA4AESCSNR2E3,ABCA4,PROM1,ADGRA3*,AGBL5,AHI1,NRLPRPH2ARHGEF18,ARL2BP,ARL3*,ARL6,BBS1,BBS2,BBS9,C2orf71,BEST1,CA4,CERKL,CLN3,CLRN1,CNGA1,CNGB1,MDFSCN2,DHDDS,DHX38*,EMC1*,EYS,GUCA1B,FAM161A,HGSNAT,HK1,IDH3A,IMP62,IDH3B,IFT172,KIAA1549*GNAT1,RP1L1,KIZ,*PDE6B,KLHL7,MAK,MVK,NEK2,NEUROD1,RHO,OFD1,PANK2,PDE6A,PDE6G,POMGNT1,BLBP1,CSNB黄斑ジストロフィPRCD,PRPF3,PRPF4,PRPF6,PRPF8,PRF31,SAGRBP3,RDH11,REEP6,RGR,ROM1,RP1,RP2,RP9,SAMD11,SLC7A14,SNRNP200,TORORS,TTC8,USH2A,ZNF408,ZNF513網膜色素変性RP先天停在性夜盲図2疾患と原因遺伝子は1対1ではない(文献7より引用)シークエンスデータマッピング,変異抽出,(Fastqファイル)アノテーション付加抽出された変異のフィルタリング得られた変異が疾患原因かどうかを評価する得られた変異をサンガー法により確認実験を行う偽陽性の変異を除外家族の検体を用いて分離解析を行う症例の遺伝形式と矛盾する変異を除外疾患原因変異の検出図3NGSを用いた遺伝子解析パイプラインとよばれる得られたシークエンスデータの筆者らの解析方法を示す.することもある.X連鎖性網膜色素変性(X-linkedreti-nitispigmentosa:XLRP)の場合,キャリアは眼底検査や自発蛍光検査でも診断できるが,遺伝子検査ではっきりすることは重さが違うと実感していて,遺伝子検査に先立って行う遺伝カウンセリングでは,とくにこの点をしっかりと話すようにしている.極端な例では,大規模な遺伝子検査によって,親子でないことがはっきりする可能性もある.二つ目は,治療できない別の疾患であると偶然に診断してしまう可能性がある.これを偶発的所見(incidental.nding/secondaryC.nding:IF/SF)という.予期しないで検出した患者の生命にかかわるような重篤な遺伝子変異,とくに介入困難な,たとえば神経変性疾患について,どのように対応するかはむずかしい.参考となる米国のガイドライン8,9)をあげるが,わが国でも検討中である.遺伝子検査を受ける前には,必ず専門家による遺伝カウンセリングを受けることが大切である.上記の問題も含めて,患者と場合によっては家族が遺伝子検査について十分に理解したうえで検査を受けることが望ましい.CVIわが国のXLRPとキャリアの臨床像NGSを用いたCIRDの遺伝子解析の成果の例として,わが国のCXLRPとキャリアの臨床像を紹介する10).XLRPは重症のCIRDであり,XLRPのキャリアである母親は著しく多様な臨床的重症度を示す.NGSでRPGR遺伝子またはCRP2遺伝子が原因と診断できたのはC12家系で,11の変異(RPGRが6,RP2が5,うちC5つは新規変異)を同定した(図4).このうち,男性患者13人,女性キャリアC15人について眼科検査を実施した.RP2変異を有する患者は,RPGR変異を有する患者よりも視機能が悪い傾向を認めた.キャリアの視力と視野はさまざまであった.キャリアのうち,92%に網膜電図異常を認め,63%に放射状の自発蛍光パターン11)があり,近視の強いキャリアは視力がより悪く,網膜変性がより重症であった(図5).今後いろいろな臨床治験も行われていくと考えられるが,IRDの場合は,視機能の悪化を少しでも遅らせることが最初の目標となる.網膜色素変性を例にとると,RP2遺伝子異常による網膜色素変性と,EYS遺伝子異常による網膜色素変性の経過,重症度は大きく異なる.それぞれの遺伝子異常についての詳細な自然経過を知ることは,より正確な治療効果の判定に重要であることはいうまでもない.CVII全身疾患を合併するIRDとIRUD全身疾患にCIRDが合併する症候群の数は多い.RetNet(https://sph.uth.edu/retnet/)によると,C“Syn-dromic/systemicCdiseasesCwithretinopathy”のうち,原因遺伝子が同定されているものはC61を数える.もっとも頻度の高いCUsher症候群は,網膜色素変性に難聴を合併する常染色体劣性の疾患で,15の原因遺伝子が同定されている.わが国においても,Usher症候群の原因はCUSH2A遺伝子異常がもっとも多いが,USH2A遺伝子異常は難聴を合併せず網膜色素変性単独のこともある12,13).IRDにCNGSを用いて解析して,Hermansky-Pudlak症候群やCBardet-Biedl症候群と診断できた症例を経験した14,15).すでに述べたが,一方で,解析する範囲によっては,重篤な介入困難な疾患が明らかになる可能性もあり,遺伝カウンセリングでしっかりと説明と同意を得ることが重要となる(表2).NGSを用いた診断技術の革新に伴い,診断のむずかしいまれな遺伝性疾患を,中央のいくつかの施設(IRUD解析センター)に集約してCNGSを行って診断を行う未診断疾患イニシアチブ(InitiativeConCRareCandCUndiag-nosedDiseases:IRUD)というプロジェクトが進行している16).これは,日本医療研究開発機構(JapanAgen-cyCforCMedicalCResearchCandDevelopment:AMED)のプロジェクトで,すべての診療科が参加している.図6に示すように,NGSが診断に有効と考えられる患者について,先生方から近くのCIRUD地域拠点病院や協力機関(https://www.irud.jp/hospital.html)に相談すると,拠点病院のCIRUD診断委員会で,IRUD解析センターに送付してCNGS解析を行うかどうかを検討する.解析を行うという判断になれば,国内に設定された数カ所の解析センターに集約してCNGSから診断まで行ってくれる.このプロジェクトには,「二つ以上の臓器にまたがったもの」という縛りがあるので,その点は留意が必(35)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1377Family1Family2Family3M/++M/+M/+MCarrier3(JU1601)Healthysubject1Carrier4(HM0159)(HM0158)Carrier1Patient1(HM0089)MM(HM0045)M/+Patient2Patient3(JU1538)(HM0157)Carrier2(HM0102)Family4+Family5M/+Family6M/+Healthysubject3Carrier6(JU1140)Carrier8(JU1486)(JU1139)M/+MM/++MCarrier9(JU1487)Patient6(JU1450)Carrier5Healthysubject2Patient5(JU805)M(JU940)(JU1079)M/+Carrier7Patient4(JU1485)(JU806)Family7Family8M/+Family9+Family10M/+Carrier11Healthysubject6Carrier13M(JU1221)(HM0161)M(HM0162)M/+Patient8Patient10M/++(JU1220)Carrier12(JU1467)(HM0043)M+/+Carrier10(HM0165)Healthysubject4(HM0164)MPatient9Healthysubject5(JU521)(JU1488)Patient7(HM0163)Family11+Family12M/+Healthysubject8Carrier15(HM0190)M(HM0191)+M/+Patient13Healthysubject7Carrier14(JU1216)(HM0032)(JU1215)Patient11Patient12(JU1214)(JU1217)図4筆者らが検討したわが国のXLRP家系■男性患者,.はキャリア(女性保因者),矢印は発端者,スラッシュは故人を示す.Mは変異の対立遺伝子,+は正常の対立遺伝子をさす.RPGR遺伝子異常とCRP2遺伝子異常を含む.(文献C10より引用)表2眼科領域症例のWESによる偶発的所見(incidental.nding.secondary.nding:IF.SF)解析対象遺伝子対象遺伝子数偶発的所見の有無検出された際に検討が必要な遺伝子例Leber先天盲の既知原因遺伝子C遺伝性網膜変性の既知原因遺伝子(*RetNet)遺伝性疾患の既知原因遺伝子(**HGMD)25約C300約C11,000無有有RB1(網膜芽細胞腫の原因遺伝子)検査時には発症していないが,将来的に発症が示唆される疾患の原因遺伝子Cabd図5キャリアの眼底写真,眼底自発蛍光(FAF),光干渉断層計(OCT)a:キャリアC15の眼底所見.眼底,OCTでは異常は認められないが,FAFではわずかに放射状のパターンを認める.b:キャリアC2の眼底所見.耳側から黄斑にかけてCtapetal-likere.exを認める.FAFでは放射状パターンを認めるが,OCTでは明らかな異常はない.Cc:キャリアC13の眼底所見.耳側周辺の網膜に色素斑を認める.FAFは放射状の蛍光パターンを示し,OCTでCEZは消滅している.Cd:キャリアC1の眼底所見.色素斑を含むびまん性網膜萎縮を認める.FAFでは放射状の自発蛍光パターン,網膜色素上皮萎縮と一致する低自発蛍光を示す.OCTでは重度の網膜外層と脈絡膜の萎縮を認める.バー:200Cμm.(文献C10より引用)図6未診断疾患イニシアチブ(IRUD)診断体制日本医療研究開発機構のホームページ(http://www.amed.go.jp/program/IRUD/)より.いままで診断が困難であったわが国の二つ以上の臓器にわたる希少疾患について,いくつかの遺伝子解析拠点に集めて次世代シークエンサー(NGS)で解析し,関係する病院で診断連携を行う.C–