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難治性緑内障におけるマイクロパルス経強膜的毛様体凝固術の短期治療成績

2019年7月31日 水曜日

《第29回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科36(7):933.936,2019c難治性緑内障におけるマイクロパルス経強膜的毛様体凝固術の短期治療成績山本理紗子藤代貴志杉本宏一郎淺野祥太郎淺野公子坂田礼本庄恵相原一東京大学医学部附属病院眼科CShortTreatmentOutcomesofMicropulseTransscleralCyclophotocoagulationinRefractoryGlaucomaRisakoYamamoto,TakashiFujishiro,KoichiroSugimoto,ShotaroAsano,KimikoAsano,ReiSakata,MegumiHonjoandMakotoAiharaCDepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospitalC目的:マイクロパルス経強膜的毛様体凝固術(MP-CPC)手術の短期治療成績を検討すること.対象および方法:東京大学医学部附属病院眼科にてC2017年C7月.2018年C7月にCMP-CPCを施行した難治性緑内障患者の診療録を後向きに調査し,眼圧と点眼スコア,術後の合併症を検討した.結果:対象はC27例C28眼,平均年齢はC67.2C±17.8歳であった.平均眼圧は手術前C34.5C±9.4CmmHg,術後C1カ月後にC24.8C±11.0CmmHg,6カ月後にC17.7C±6.8CmmHgとなり,有意な眼圧下降が得られた(p<0.05,pairedt-test).点眼スコアは,手術前C4.2C±1.0から術後C6カ月でC3.0C±1.7に有意に減少した(p<0.05,pairedt-test).眼内出血や眼球癆などの重篤な術後合併症は観察期間中みられなかった.結論:MP-CPCは難治性緑内障症例に対して術後C6カ月間では安全性も高い有効な治療法と考えられる.CPurpose:Thepurposeofthisstudyistoevaluatethee.cacyandsafetyofmicropulsetransscleralcyclopho-tocoagulation(MP-CPC)forC6months.CMethods:WeCretrospectivelyCinvestigatedCpatientsCwhoCunderwentCMP-CPCCapprovedCbyCtheCinstitutionalCreviewCboardsCofCtheCUniversityCofCTokyoCfromCJulyC2017toCJulyC2018.CIntraocularpressure(IOP)andmedicationscoreweremeasuredatbaselineandaftertreatment.Wealsoevaluat-edcomplicationsafterMP-CPC.Results:Twenty-eighteyesof27patients(67.2C±17.8yearsold)wereenrolledintheCcurrentCstudy.CTheCmeanCIOPCbeforeCtreatmentCwasC34.5±9.4CmmHg;itCdecreasedCtoC24.8±11.0CmmHgCatC1monthand17.7±6.8CmmHgat6months(p<0.05,pairedt-test)C.Themedicationscorebeforetreatmentwas4.2±1.0;itCdecreasedCtoC3.0±1.7at6months(p<0.05,Cpairedt-test)C.ThereCwereCnoCseriousCcomplications.CConclu-sions:Inrefractoryglaucoma,MP-CPCwase.ectiveandsafeinloweringIOPandmedicationscorefor6monthsaftersurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(7):933.936,C2019〕Keywords:マイクロパルス経強膜的毛様体凝固術,眼圧,点眼スコア,合併症.micropulsetransscleralcyclo-photocoagulation,intraocularpressure,medicationscore,complication.Cはじめに難治性緑内障の治療方法として従来は,経強膜的毛様体光凝固術(continuousCwaveCtransscleralCcyclophotoCcoagula-tion:CW-CPC)が行われてきた1,2).CW-CPCは毛様体皺襞部を熱凝固することで,毛様体組織を破壊し,房水の産生を減少させることを目的とし,良好な眼圧下降の効果は得られる2,4,7.11)が,術後に重度の炎症,前房出血,眼球癆などの合併症が多いことが知られている2,3,9,10).そのため術後合併症の少ない新しい毛様体光凝固術が必要とされていた.2017年から,マイクロパルス毛様体光凝固術(micropulse-cyclo-〔別刷請求先〕山本理紗子:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部附属病院眼科医局Reprintrequests:RisakoYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital,7-3-1Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8655,JAPANC眼圧(mmHg)403020100術前術後1日2週間1カ月2カ月3カ月4カ月5カ月6カ月経過日数図2平均眼圧の術前と術後経過術前平均眼圧はC34.5CmmHgであったものが術後C6カ月で17.7CmmHgまで下降した(p<0.05,pairedt-test).(平均±標準偏差)図1MP.CPC照射イメージ上下方向にそれぞれ片道C10秒,合計C4往復でCMP-CPCを施行した.photocoagulation:MP-CPC)がわが国に導入され,行われC6るようになった.C5MP-CPCによる治療は,眼圧下降は良好で,術後の合併症が少ないと報告されているが,報告は海外からのものだけである1,4.6).これまでのところわが国では有効性と安全性を点眼スコア432示した報告はない.そこで今回筆者らはCMP-CPCの有効性と安全性を評価した.CI対象および方法対象はC2017年C7月.2018年C7月末に東京大学医学部附属病院眼科でCMP-CPCを施行した難治性緑内障患者で,診療録を後向きに調査した.検査項目は術前,術後C1日,2週間,1,2,3,4,5,6カ月の細隙灯顕微鏡検査,眼圧と点眼スコア(配合剤はC2点,内服薬はC1日の内服をした錠数につきC1錠をC1点とカウント),そして術後の合併症を検討した.MP-CPCはCCycleG6(P3GlaucomaCDevise,IRIDEX社,CA,USA)のマイクロパルスモードを使用し,プローブはMPプローブを使用した.出力はC2,000CmWで,dutycycleはC31.3%で,0.5Cmsの持続時間と,1.1Cms間隔で施行した.MP-CPCの麻酔は4%リドカイン塩酸塩点眼と2%リドカイン塩酸塩による球後麻酔(5Cml)もしくはCTenon.下麻酔(3Cml)を使用した.手順は局所麻酔ののち,開瞼器を装着し,スコピゾルCRを結膜に滴下し,MPプローブを結膜,強膜へ眼球の垂線方向に押し付け,MP-CPCをC2,000CmWで,上下それぞれ片道C10秒合計C4往復,上下それぞれC80秒間施行した(図1).CII結果患者の平均年齢はC66.7C±19.3歳(平均C±標準偏差),男女比は男性C23例:女性C4例,病型は続発緑内障がC10眼,血10術前術後1日2週間1カ月2カ月3カ月4カ月5カ月6カ月経過日数図3点眼スコアの術前と術後経過術前平均C4.2剤であったものが術後半年でC3.0剤まで減少した(p<0.05,pairedt-test).管新生緑内障がC8眼,原発開放隅角緑内障(原発開放隅角緑内障疑いC1眼を含む)がC5眼,その他がC5眼であった.その他の内訳は落屑緑内障C3眼,慢性閉塞隅角緑内障C1眼,発達緑内障C1眼であった.平均眼圧は手術前C34.5C±9.4CmmHgに対して術後翌日,2週間後,1,2,3,4,5,6カ月後にそれぞれ,29.3C±8.8,C25.5±11.5,24.8C±11.0,23.8C±8.9,23.4C±9.0,25.1C±9.7,C20.9±9.6,17.7C±6.8CmmHgとなり,有意な眼圧下降が得られた(p<0.05,pairedt-test)(図2).眼圧下効率は術前と術後翌日,2週間後,1,2,3,4,5,6カ月後ではC14.0,24.6,26.1,30.4,29.8,29.7,43.0,51.5%の下降がみられた.点眼スコアは手術前C4.2C±1.0であったのが,術後翌日,2週間後,1,2,3,4,5,6カ月後にそれぞれ,2.3C±2.2,2.3C±2.1,2.7C±2.0,2.8C±2.1,2.8C±2.1,3.1C±1.9,3.1C±1.7,C3.0±1.7と手術翌日から術後C6カ月まで有意に減少した(p<0.05,pairedt-test)(図3).その他術前の矯正視力(logMAR)12)は術前C1.9C±0.9であったのに対し,術後C6カ月後はC2.0C±0.9と有意な変化はみCW-CPCCMP-CPCCプローブGプローブMPプローブプローブの向き眼球の視軸と平行眼球の垂直方向・・・当てる場所毛様体皺襞部毛様体扁平部2,000CmW80CsecC2,000CmW2Csec0.5Cmsの持続時間と,パワー(ポップ音出る程度)1.1Cms間隔で施行CCWPulseMicroPulseDurationExposureDuration・照射範囲CTimeTimeCWパルスモード(連続波)マイクロパルスモードPowerPowerぶどう膜強膜流出路による房水流出目的房水の産生を減少を促進合併症多い少ない図4CW.CPCとMP.CPCの比較られなかった(p=0.81).術後の合併症に関しては術後観察期間中に持続的にC5mmHg以下となる低眼圧4),脈絡膜.離,フィブリン析出はなかった.1例に硝子体出血を生じたが,これは,増殖性糖尿病網膜症の進行のためと考えられ,MP-CPCの合併症ではなかった.また,全症例で前房出血,眼球癆などの重篤な合併症は観察期間中みられなかった.CIII考按MP-CPCはCCW-CPCと同様にCCycleG6(P3GlaucomaCDevise,IRIDEX社,CA,USA)を用いて行う.CycleG6は810Cnmの赤外線光を照射するレーザー装置で,専用のプローブを接続することにより,強膜ごしに毛様体へのレーザー照射を行う.CycleG6は二つのモードを搭載しており,CW-CPCで用いるCGプローブを使用した連続照射モードとMP-CPCで用いるCMPプローブを用いたマイクロパルスモードがある.CW-CPCとCMP-CPCの比較を図4に示す.CW-CPCはC2,000CmWの出力で持続的に毛様体皺襞部を刺激することで房水産生を抑制していたが,MP-CPCは従来の連続波(continuouswave:CW)によるレーザー発振をONとCOFFに極短時間に制御することにより,マイクロパルス秒でレーザー発振し,毛様体扁平部を刺激してぶどう膜強膜流出路による房水流出を促進することを目的としている.ここでCMP-CPCの既報について表1にまとめた.これまでの報告の対象は難治性緑内障がほとんどであった.病型や観察期間にばらつきがあるも,眼圧はCTanら1)では術前眼圧C39.3CmmHgから術後C6カ月でC25.8CmmHg,術後C12カ月時点でC26.2CmmHgまで下降し,術後C6カ月でC36%,術後12カ月でC38%の眼圧下降を示した.Aquinoら4)では術前眼圧C36.5mmHgから術後C6カ月でC20mmHg,12カ月でC18mmHgまで眼圧下降し,術前に比較し術後C12カ月でC51%まで眼圧下降を示した.Toyosら5)では症例がすべて原発開放隅角緑内障,かつ中等度から進行した緑内障で,その他の既報より早期であるため,術前の眼圧はC25.6CmmHgと低めであるものの,術後C6,12カ月の時点でC18CmmHgと,30%眼圧下降を示した.またCKucharら6)は観察期間がC2カ月と短いものの,術前眼圧C37.9mmHgから術後C2カ月でC22.7mmHgとC40%程度の眼圧下降を示した.既報の平均眼圧は術前C34.9CmmHgから術後最終眼圧C20.6CmmHgまで下降し,38%の眼圧下降を示した.また点眼スコアはCTanら1)は術前C2.1から術後C1.3に,Aquinoら4)は術前C2.0からC1.0まで,Toyosら5)が術前C3.3から術後C1.8に,Kucharら6)は術前C2.6から術後C1.9と,既報の平均点眼スコアは術前C2.5から術後はC1.5とC1剤程度減少していた.今回の症例も術前C4.2から術後C3.0とC1.2剤減少していた.既報では経過観察中に重篤な合併症を呈した報告はなかった.また術後低眼圧の報告はなく,本検討も同様であった.以上の報告をまとめると,今回の報告では術前平均眼圧は34.5CmmHgから術後C6カ月でC17.7CmmHgまで下降,50%程度の眼圧下降を示し,点眼スコアに関しても術前から術後ではC4.2から術後C3.0まで改善し,既報よりも眼圧の下降が得られた.術後の低眼圧は,CW-CPCでは,既報においてCGerberら10)はC23%,Aquinoら4)はC20.8%,Diamondら9)はC9.5%発症していると報告しているが,既報のCMP-CPCの報告と同様に今回の検討でも低眼圧の発症はなかった.表1既報のMP.CPCの報告n年齢対象病型(%)研究眼圧(mmHg)点眼スコア合併症(%)新生血管緑内障原発開放隅角緑内障その他術前1日14日30日60日90日180日360日540日術前術後低眼圧視力低下Chewら1)C2010C40C63.2難治性緑内障C40C22.5原発閉塞隅角緑内障C25,その他12.5前向きC39.3C31.1C28C27.4C27.1C25.8C26.2C2.1C1.3C0C0Chewら4)C2014C24C63.5難治性緑内障C29C21原発閉塞隅角緑内障C21,その他C29前向きC36.5C21.5C22.5C20C20C18C20C2C1C0Toyosら5)C2016C26C62中等度.難治性緑内障C0C100C0後向きC25.6C20C18C3.3C1.8C0C12*1Waisbourdら6)C2016C19C71.2難治性緑内障C15.8C26.3続発緑内障31.6,原発閉塞隅角緑内障C2.3後向きC37.9C22.7C2.6C1.9C0C21*2今回C28C67.2難治性緑内障C28.6C28.6続発緑内障35.7,その他C7.1後向きC34.5C29.3C25.5C24.8C23.8C23.4C17.7C4.2C3C0*177%変化なし,11%改善,12%2段階以上増悪,*214人変わらず,1人1段階改善,4人1段階増悪今回の報告の限界として,観察期間が半年間とまだ短く,長期成績が出せていないこと,また症例数がC30症例に満たない小規模な症例での報告に限られていることがあげられる.今後は観察期間を長く,また症例数を増やして検討を行い,術後の眼圧経過,点眼スコアの経過,そして術後合併症について注意深い観察が必要と考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TanAM,ChockalingamM,AquinoMCetal:Micropulsetransscleraldiodelasercyclophotocoagulationinthetreat-mentCofCrefractoryCglaucoma.CClinCExpCOphthalmolC38:C266-272,C20102)BloomPA,TsaiJC,SharmaKetal:C“Cyclodiode”:Trans-scleraldiodelasercyclophotocoagulationinthetreatmentofCadvancedCrefractoryCglaucoma.COphthalmologyC104:C1508-1520,C19973)SuzukiCY,CAraieCM,CYumitaCACetal:TransscleralNd:CYAGlasercyclophotocoagulationversuscyclocryotherapy.CGraefesArchClinExpOphthalmol229:33-36,C19914)AquinoMC,BartonK,TanAMetal:MicropulseversuscontinuousCwaveCtransscleralCdiodeCcyclophotocoagulationCinrefractoryCglaucoma:aCrandomizedCexploratoryCstudy.CClinExpOphthalmol43:40-46,C20155)ToyosCMM,CToyosR:ClinicalCoutcomesCofCmicropulsedCtranscleralCcyclophotocoaguiationCinCmoderateCtoCsevereCglaucoma.JClinExpOphthalmolC7:620,C20166)KucharS,MosterMR,ReamerCBetal:Treatmentout-comesCofCmicropulseCtransscleralCcyclophotocoagulationCinCadvancedglaucoma.LasersMedSci31:393-396,C20167)MuhammadK,BaigRA,BaigMJetal:TransscleraldiodelasercyclophotocoagulationforthetreatmentofrefractoryCglaucoma.PakJOphthalmolC23:204-208,C20078)SchloteT,DerseM,RassmannKetal:E.cacyandsafe-tyCofCcontactCtransscleralCdiodeClaserCcyclophotocoagula-tionCforCadvancedCglaucoma.CJCGlaucomaC10:294-301,C20019)MurphyCCC,CBurnettCCA,CSpryCPGCetal:ACtwoCcentreCstudyCofCtheCdose-responseCrelationCforCtransscleralCdiodeClaserCcyclophotocoagulationCinCrefractoryCglaucoma.CBrJOphthalmolC87:1252-1257,C200310)IlievCME,CGerberS:Long-termCoutcomeCofCtransscleralCdiodeClaserCcyclophotocoagulationCinCrefractoryCglaucoma.BrJOphthalmolC91:1631-1635,C200711)EgbertPR,FiadoyorS,BudenzDLetal:Diodelasertrans-scleralCcyclophotocoagulationCasCaCprimaryCsurgicalCtreat-mentforprimaryopen-angleglaucoma.ArchOphthalmolC119:345-350,C200112)GroverS,FishmanGA,AndersonRJetal:Visualacuityimpairmentinpatientswithretinitispigmentosaatage45yearsorolder.OphthalmologyC106:1780-1785,C1999

基礎研究コラム 26.マイクロバイオーム

2019年7月31日 水曜日

マイクロバイオームマイクロバイオームとは何かマイクロバイオームmicrobiome(-omeは「すべての」という意味)とは,ある場所に生息する微生物の総体を意味しています.ヒトは口腔,腸管,皮膚,外陰部などにマイクロバイオームを保有していて,ヒト細胞の1~3倍に及ぶヒト以外の細胞が存在するといわれています.とくに口腔,腸管にはきわめて多様な微生物が存在しており,いまだにすべてを把握することはできていません.また,マイクロバイオームの構成には個体差が大きく,まったく同じマイクロバイオームをもつ人はいないのです.マイクロバイオームに対する新しいアプローチわれわれがある部位の細菌を調べようと考えたとき,これまでは古典的な細菌培養による方法を用いてきました(図1).しかし,培養することができる細菌は,細菌全体のうちごく一部に過ぎないことがわかっています.つまり,細菌培養で生えない細菌は調べることができないため,この方法で微生物の総体であるマイクロバイオームを調べることには限界があります.そこで登場したのがメタゲノム解析という方法です(図2).メタゲノム解析では,採取した検体を培養することなく,直接DNAを抽出・増幅します.得られたDNAは次世代DNAシーケンサーによってDNA配列を解読します.これにより,その部位に存在する細菌のDNAを網羅的に解析します.メタゲノム解析を用いると,これまで細菌培養では知ることのできなかった未知の細菌を含め,いろいろなこと細菌培地に接種使用した培地で発育可能な細菌だけが増殖する単離した細菌を用いてDNAシークエンスなどさまざまな方法で解析する図1細菌培養による従来の細菌学研究検体は細菌培地に接種され,培養条件に合致した細菌だけが発育する.そのため,人工培養が不可能な細菌を調べることはできない.戸所大輔群馬大学大学院医学研究科病態循環再生学講座眼科学分野がわかります.肥満の人とやせている人では腸内細菌の構成が異なっているという有名な研究結果1)がありますが,こういった研究もメタゲノム解析の手法を用いています.眼表面のマイクロバイオームでは,眼表面のマイクロバイオームはどうなっているでしょうか.古典的な細菌培養では,眼表面の常在細菌叢はおもに表皮ブドウ球菌,コリネバクテリウム,アクネ菌,黄色ブドウ球菌から構成されるとされています.しかし,常在細菌叢は高齢や涙道閉塞症などによりそのバランスを失い,腸球菌や緑膿菌などの細菌が分離されるようになります.筆者らが眼表面から分離される腸球菌の性質を詳しく調べたところ,一部のドライアイ患者の眼表面には同一の菌株が数年以上も棲みつづけていることがわかりました2).近年報告されたメタゲノム解析による結膜.マイクロバイオームの研究では,これまでに考えられていたよりもPseudomonas属やAcinetobacter属などの環境菌が多く検出されています3).眼表面のマイクロバイオームは何に影響され,回復にどのくらいの時間がかかるのか,今後の研究が期待されます.文献1)LeyRE,TurnbaughPJ,KleinSetal:Microbialecology:humangutmicrobesassociatedwithobesity.Nature444:1022-1033,20062)TodokoroD,EguchiH,SuzukiTetal:GeneticdiversityandpersistentcolonizationofEnterococcusfaecalisonocularsurface.JpnJOphthalmol62:699-705,20183)OzkanJ,WilcoxM,WemheuerBetal:Biogeographyofthehumanocularmicrobiota.OculSurf17:111-118,2019M(メガ)またはG(ギガ)のオーダーの塩基配列が1回で読める検体から直接細菌DNAを抽出・増幅し,16SリボゾームDNAを増幅次世代シークエンサーでDNAシークエンス図2次世代DNAシークエンサーによるメタゲノム解析培養を行わず,検体から直接,細菌の16SリボゾームDNAを検出し解析する方法である.未知の細菌,培養不能菌を含む多数の細菌DNA配列を得ることができる.(81)あたらしい眼科Vol.36,No.7,20199190910-1810/19/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 194.経毛様体扁平部超音波水晶体乳化吸引術による強膜熱傷(初級編)

2019年7月31日 水曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載194194経毛様体扁平部超音波水晶体乳化吸引術による強膜熱傷(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめにMicro-incisionvitrectomysurgery(MIVS)の普及により,20ゲージ(G)硝子体手術を施行する機会は激減したが,20G硝子体手術システムの延長上で施行できる経毛様体扁平部超音波水晶体乳化吸引術(parsplanephacoemulsi.cationandaspiration:PPPEA)は,水晶体亜脱臼,白内障手術時の水晶体核落下,先天白内障術後の固い残存水晶体組織の除去など特殊な症例にかぎって,現在でも有用な手術手技である.通常のPEAはスリーブ内に流れる灌流液によって超音波チップに発生する熱を冷却できるが,PPPEAの場合はチップがむき出しになるので,強角膜創に及ぼす熱傷害が大きくなる.筆者らはPPPEAの強膜創に与える熱傷害について,豚眼を使用してサーモグラフにより計測し,組織学的に検討し報告したことがある1).●PPPEAの強膜創に与える熱傷害20Gシステム硝子体手術装置を用い,チップ内を開放にした場合と閉塞させた場合の二通りでPPPEAを施行し,強膜創周囲に発生する熱をサーモグラフにて計測した.また,術終了時に強膜創の状態を顕微鏡下で観察するとともに,強膜創を含む組織切片を作製し,光学顕微鏡で観察した.サーモグラフによる計測では,開放チップは強膜創周囲の温度上昇は軽度であったが,閉塞チップは著明な温度上昇を認めた(図1).術直後の顕微鏡所見では,開放チップ例の強膜創は直線状の切開創が保持されていたが,閉塞チップでは創周囲の強膜が著明に収縮し,創が大きく緩開していた(図2).組織学的検討では,開放チップは強膜創周囲の強膜の変性は軽度であったが,閉塞チップは熱による著明な組織傷害が認められた(図3).図1サーモクラフによる計測強膜創周囲(.)の温度上昇は,開放チップでは軽度であった(a)が,閉塞チップでは著明な温度上昇を認めた(b).(文献1より引用)図2術直後の強膜創の状態開放チップは直線状の切開創が保持されていた(a)が,閉塞チップでは創周囲の強膜が著明に収縮し,創が大きく緩開していた(b).(文献1より引用)図3強膜創の組織変化開放チップでは強膜創周囲の強膜の変性は軽度であった(a)が,閉塞チップでは熱による著明な組織傷害が認められた(b).(文献1より引用)●PPPEA施行中の注意点PPPEAでは,チップ内の閉塞によりチップ自体の温度が急上昇し,強膜創の熱傷害が顕著になるため,強膜創の熱傷害を防止するためには,術中に核片などによりチップが閉塞した状態で超音波を発振する時間を極力短くすることが重要である.文献1)SatoT,YasuharaT,FukumotoMetal:Investigationofscleralthermalinjuriescausedbyultrasonicparsplanaphacoemulsi.cationandaspirationusingpigeyes.IntOphthalmol2018.doi:10.1007/s10792-018-1036-6.[Epubaheadofprint](79)あたらしい眼科Vol.36,No.7,20199170910-1810/19/\100/頁/JCOPY

眼瞼・結膜:リグニアス結膜炎

2019年7月31日 水曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人鈴木崇52.リグニアス結膜炎東邦大学医療センター大森病院眼疾患先端治療学講座リグニアス結膜炎は,慢性,再発性の偽膜を特徴とする結膜炎で,眼部以外に鼻・子宮・歯肉など他の粘膜にも膜形成を認めることが多い.病態にはフィブリン溶解酵素プラスミンの前駆体であるプラスミノーゲンの量的,機能的低下が関与しているため,治療として,フィブリン産生抑制とプラスミノーゲンの補充が重要である.●はじめにリグニアス結膜炎は,慢性,再発性の偽膜性結膜炎を特徴とする非常にまれな結膜炎で,その偽膜が木のように厚く硬いことから「木質結膜炎=ligneousconjuncti-vitis(リグニアス結膜炎)」と名付けられた.リグニアス結膜炎は1847年に初めてフランスで報告されてから,世界各国で100例以上報告されており,わが国でも数例報告されている1,2).20世紀までは原因が明らかな偽膜を有する結膜炎を除外した原因不明の偽膜性結膜炎をリグニアス結膜炎と診断していたが,近年,リグニアス結膜炎の詳細な病態が明らかになり,診断も変化している.●リグニアス結膜炎の臨床像リグニアス結膜炎の症状としては,小児から高齢者まで幅広い年代に,粘性の眼脂,充血,異物感を生じる.臨床所見として眼瞼結膜上の硬くて比較的厚い偽膜を認める(図1).また,眼瞼の硬結も観察される.通常,偽膜を除去しても再発する.偽膜が長期に存在すると,角膜混濁や角膜潰瘍などを引き起こす場合もある.眼部以外の粘膜症状として,耳,鼻腔,上気道,子宮などの粘膜に膜形成を示し,また歯肉炎も引き起こす場合がある.そのことから,oculo-oro-genitalligneousdiseaseともよばれ,リグニアス結膜炎は全身性の粘膜疾患の一つの表現形とされる.しかしながら,脳梗塞や心筋梗塞といった血栓症の合併はまれである.●リグニアス結膜炎の病態生理1994年に先天性プラスミノーゲン欠損症の症例にリグニアス結膜炎が合併したことから,リグニアス結膜炎の病態にプラスミノーゲンが強く関与していること明ら(77)0910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1リグニアス結膜炎の1例(70歳代,女性)上眼瞼結膜に厚い偽膜形成を認める.かになった1).プラスミノーゲンはフィブリン溶解酵素プラスミンの前駆体であり,プラスミノーゲンの量的,機能的低下があると,フィブリンを溶解する機能が低下する.リグニアス結膜炎に認めた偽膜の組織所見ではフィブリンの集積を認めるため,プラスミノーゲンの欠損によってフィブリンが溶解できずに偽膜として出現していると考えられる.そのため,リグニアス結膜炎は感染や手術や外傷を契機に出現する場合が多く,さらにプラスミンのフィブリン分解作用阻害をもつ止血薬(トラネキサム酸)の服用を契機に発現した報告もある1).先天性プラスミノーゲン欠損症のなかでも,遺伝子変異(ホモ接合性あるいは複合ヘテロ接合性)を有する場合にリグニアス結膜炎を発症する.リグニアス結膜炎の罹患率は,英国では100万人に1.6人とされている1).●リグニアス結膜炎の検査・診断臨床所見として慢性,再発性の偽膜性結膜炎を認めるあたらしい眼科Vol.36,No.7,2019915図2眼瞼より摘出した偽膜の病理組織像(HE染色)好酸性無構造な滲出物が主体.好中球,リンパ球浸潤も認める.以外に,組織検査や全身検査を行い診断していく必要がある.摘出した偽膜の組織所見では,炎症細胞を伴ったフィブリンの集積を認める(図2,3).また,全身検査では血液中のプラスミノーゲン量,活性値の低下を認め,他の粘膜疾患の有無を検索する必要がある.それらの検査を基に,1)偽膜性結膜炎,2)組織所見でフィブリンの集積,3)プラスミノーゲン量,活性値の低下,4)他の粘膜疾患が認められればリグニアス結膜炎と診断できる.また,遺伝的素因が関与していることが多いため,両親が血族結婚をしていないかなど,家族歴の問診も診断に重要になってくる.鑑別疾患としてウイルス性結膜炎,クラミジア結膜炎などを考慮する必要がある.●リグニアス結膜炎の治療前述のように,リグニアス結膜炎の病態としてプラスミノーゲンの質的,量的低下によるフィブリンの溶解機能の欠失が考えられるため,病態に沿った治療戦略を講じる必要がある.その治療戦略としては,フィブリン産生の抑制とフィブリン溶解の促進を考慮するべきである.フィブリン産生の抑制としては,フィブリン産生の契機となっている炎症を抑えるために,ステロイドやシ図3眼瞼より摘出した偽膜の病理組織像(フィブリンを染めるPTAH染色)青く染まるフィブリンの集積を認める.クロスポリンの局所投与を行い,またフィブリン産生を直接抑えるヘパリンやアルガトロバンの局所投与も有効である1,2).フィブリン溶解の促進においては,プラスミノーゲン製剤の補充が理想的であり,効果についても報告さているが,精製や入手が困難であることが多いため,プラスミノーゲンの量や活性値が正常な血漿(新鮮凍結血漿など)の局所投与も有効である1,2).これらの治療を偽膜摘出後に行うことで速やかな治療効果が得られると思われる.文献1)SchusterV,SeregardS:Ligneousconjunctivitis.SurvOphthalmol48:369-388,20032)SuzukiT,IkewakiJ,IwataHetal:The.rsttwoJapa-nesecasesofseveretypeIcongenitalplasminogende.ciencywithligneousconjunctivitis:successfultreat-mentwithdirectthrombininhibitorandfreshplasma.AmJHematol84:363-365,2009916あたらしい眼科Vol.36,No.7,2019(78)

抗VEGF治療:私の糖尿病黄斑浮腫の治療方針

2019年7月31日 水曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二66.私の糖尿病黄斑浮腫の治療方針喜田照代大阪医科大学眼科学教室VEGF阻害薬の登場により,糖尿病黄斑浮腫患者のCQOLが飛躍的に向上し,硝子体内注射の施行件数が増加した.一方でトリアムシノロンアセトニド(マキュエイドCR)も承認され,また,レーザー光凝固や硝子体手術も治療選択肢の一つである.本稿では筆者の見解を述べる.はじめにVEGF阻害薬の登場により,黄斑疾患における視力予後をはじめ,患者の視覚の質(qualityCofvision:QOL)が飛躍的に向上した.わが国ではラニビズマブ(ルセンティスCR)とアフリベルセプト(アイリーアCR)の2剤が糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)に承認されており,その恩恵を受けている.VEGF阻害薬は,反復投与の必要性や合併症の危険があること,高価な薬剤であること,薬剤耐性,抗菌薬点眼による結膜.常在細菌叢の変化などの問題もあり,これらを認識し十分なインフォームド・コンセントのうえで治療を行うことが重要である.一方で,VEGF阻害薬ではないが,副腎皮質ステロイドであるトリアムシノロンアセトニド(マキュエイドCR)もCDMEに承認されており,今なおCDME治療の重要な選択肢の一つである1).投与間隔はラニビズマブとアフリベルセプトがC1カ月であるが,トリアムシノロンアセトニドはC3カ月以上あけること,と他剤に比べ長くなっている.また,これらの注射薬登場の前より,DMEに対してはレーザー光凝固や硝子体手術が施行されてきた.症例実際の症例を示す.図1はレーザー光凝固と抗VEGF療法を組み合わせて治療した視力良好な一例で,図2は最初に抗CVEGF療法を繰り返し施行したのち白図1単純型糖尿病網膜症におけるDMEの一例(69歳,女性)治療前視力は(0.9)であった.FAで黄斑耳側に毛細血管瘤があり,FA後期で蛍光漏出がみられる(Ca:FA初期C30秒,Cb:FA後期C11分).抗CVEGF療法および毛細血管瘤へのレーザー光凝固を施行したところ,DMEは軽快した(Cc:治療前,d:治療C1カ月後のCOCT黄斑マップ).視力はC0.9~1.0を維持している.(75)あたらしい眼科Vol.36,No.7,2019C9130910-1810/19/\100/頁/JCOPY図2白内障および眼底後極部に著明な硬性白斑を伴うDMEの一例(63歳,女性)a:治療前の眼底写真.治療前視力は(0.3)であった.Cb:治療前のOCT.黄斑上膜を伴う.Cc:抗CVEGF療法後の眼底写真.硬性白斑は減少したが黄斑浮腫は残存.視力(0.2).d:手術施行C3カ月後のCOCT黄斑マップ.Ce:12カ月後のCOCT黄斑マップ.f:術後C2年半後の黄斑部OCT.術後視力は(0.7)に改善した.内障手術併用硝子体手術を施行し,後極部の硬性白斑が減少した例である.図2のような眼底で白内障がない症例では,筆者は抗CVEGF療法でなくトリアムシノロンアセトニドのCTenon.下注射をまず施行することもある.抗CVEGF療法単独で患者のCQOVが向上しない場合は組み合わせて治療するのも一案かと思われる.また,糖尿病網膜症が進行期で,フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)を施行して新生血管や中間周辺部の無灌流域が広範囲にみられるCDME症例では,無灌流域のレーザー光凝固を施行することにより,しばらくするとCDMEの改善がみられることがある.周辺網膜の虚血はCDMEに関与する2).いずれの眼科治療にせよ,生涯できるだけ良好なQOVを維持するためには,血糖や血圧,腎機能維持などの内科的なサポートは必要不可欠であると思う.おわりに遷延性黄斑浮腫に対しては治療に難渋することが多いが,DRCR.netのサブ解析の結果では辛抱強く抗CVEGF療法を続けるのも一法として報告されている3).DMEにかぎらず,どのような疾患であれ,治療に際し,なぜこのような状態が生じて患者が日常不自由な思いをされているのか,発症のメカニズムや病態を考慮することはC914あたらしい眼科Vol.36,No.7,2019臨床上不可欠である.まずは患者との信頼関係を築くことが重要であり,とくに通院加療期間が長いCDMEでは,治療を継続するにつれ病態も変化していくので,患者自身が今一番困っていること,通院が辛くなっていないかどうか,注射治療を受けた感想などをできるだけ聞き出すように努めている.検査面では,光干渉断層計(opti-calCcoherencetomography:OCT)画像に頼りすぎず,検眼鏡的眼底所見の確認や必要性に応じてCFAの施行を怠らないことが大切である.FAはCDMEにおける血管漏出や透過性亢進の程度を把握することができるので今なお有用であるが,侵襲的な検査であるので,非侵襲的なCOCTangiographyの進展に期待している.文献1)vanCderCWijkCAE,CCanningCP,CvanCHeijningenCRPCetal:CGlucocorticoidsCexertCdi.erentialCe.ectsConCtheCendotheli-uminaninvitromodeloftheblood-retinalbarrier.ActaOphthalmol97:214-224,C20192)WesselCMM,CNairCN,CAakerCGDCetal:PeripheralCretinalCischaemia,CasCevaluatedCbyCultra-wide.eldC.uoresceinCangiography,CisCassociatedCwithCdiabeticCmacularCoedema.CBrJOphthalmolC96:694-698,C20123)BresslerCSB,CAyalaCAR,CBresslerCNMCetal:PersistentCmacularCthickeningCafterCranibizumabCtreatmentCforCdia-beticmacularedemawithvisionimpairment.JAMAOph-thalmol134:278-285,C2016(76)

緑内障:若年性黄色肉芽腫による小児緑内障

2019年7月31日 水曜日

●連載229監修=山本哲也福地健郎229.若年性黄色肉芽腫による小澤憲司岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野美濃市立美濃病院小児緑内障若年性黄色肉芽腫は眼科領域では非常にまれな疾患である.虹彩・毛様体に発生することが多く,続発小児緑内障の原因となる.小児の自然発生した前房出血をみたときは鑑別する必要がある.ステロイド投与にて改善することが多いが,治療が遅れると失明の原因となりうるため,本疾患概念を知っておくことは必要である.●はじめに若年性黄色肉芽腫(juvenileCxanthogranuloma)は乳幼児の頭蓋,顔面,体幹の皮膚に好発し,5歳頃までに自然消退する良性腫瘍として皮膚科領域でよく知られており,non-Xhistiocytosisに属する疾患である.眼科領域では,1949年にCBlankらにより前部ぶどう膜炎を併発することが初めて報告された1).眼合併症頻度は全若年性黄色肉芽腫患者のC0.2~0.4%とされる2,3).白色人種に多く,欧米での症例報告は多数されているが,アジア人における発症はまれである4).眼科領域における好発部位は虹彩・毛様体であり,他に結膜,強膜,眼瞼,眼窩にも発生することがある.皮膚病変は眼病変に対して先行して認められることもあれば,8~10カ月遅れて出現することもある2)(図1).臨床所見の特図1体幹に認めた若年性黄色肉芽腫の皮疹所見背部に暗赤色で境界明瞭な丘疹を認める.(文献C4より引用)徴としては①虹彩腫瘤,②片眼性緑内障,③自発的前房出血,④ぶどう膜炎による充血,⑤虹彩異色症の五つが主とされており5),これらの症状のなかでは結膜充血がもっとも頻度が高くC40%,ついで虹彩腫瘤がC13%,前房出血がC13%,虹彩異色症はC7%,緑内障合併はC13%であったとの報告がある.とくに,小児に自然発生した前房出血が本疾患の特徴的所見とされている6)(図2).小児の前房出血をきたす疾患の鑑別診断には外傷,網膜芽細胞腫などの腫瘍性病変,髄芽腫,未熟児網膜症,白血病などの血液疾患があげられる.C●診断皮膚病変があれば生検にて診断確定に至るが,皮膚病図2若年性黄色肉芽腫による続発小児緑内障の前眼部写真高眼圧に伴う角膜混濁浮腫と前房内出血(→)を認める.(文献C4より引用)(73)C0910-1810/19/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.36,No.7,2019C911図3背部に認めた丘疹の病理組織像(HE染色)腫瘍細胞のびまん性の浸潤と,Touton型巨細胞様の所見(→)を認める.(文献C4より引用)変を認めない場合は,診断のため前房を穿刺し吸引細胞診が行われることがある7).組織学的にはCTouton型巨細胞がみられる(図3).また,CD1a染色陰性を確認することで肉眼的所見が類似するCLangerhans細胞組織球症を否定することも必要である.最近は,早期診断に超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)による評価が有用とされている.UBMは非侵襲的に腫瘍病変の部位・広がりを把握することができ,エコーパターンから他の虹彩腫瘍との鑑別にも有用とされる8).検鏡にて明らかな腫瘍性病変を確認できるときは,UBMにて内部が均一なエコー像がみられる.一方,境界不明瞭なびまん性腫瘍浸潤の場合は,UBMにて虹彩表面に不整な凹凸がみられると報告されている9).C●治療現在のところステロイドの点眼あるいは結膜下注射による局所投与が第一選択であり,効果不十分の場合はステロイドの経口全身投与を行う場合がある10).海外の報告ではステロイド治療無効例に,ビンブラスチン全身投与11),あるいはベバシズマブの眼内投与(前房内/硝子体内)を施行し改善が得られたと報告されている12).本疾患は眼科領域において非常にまれな疾患であるため,皮膚に黄色肉芽腫が認められたとしても,すべての患者に眼科的スクリーニングを行うことはメリットが乏しいとされる3).ただし,適切な治療介入が遅れると重度の視力障害をきたすため,軽視することはできない疾患であり,小児の前房出血を認めた際は鑑別疾患として早期に考慮することが必要である.文献1)BlankCH,CEglickCPG,CBeermanH:Nevoxantho-endothelio-mawithocularinvolvement.CPediatrics4:349-354,C19492)ChangCMW,CFriedenCIJ,CGoodW:TheCriskCintraocularjuvenileCxanthogranuloma:surveyCofCcurrentCpracticesCandCassessmentCofCrisk.CJCAmCAcadCDermatolC34:445-449,C19963)SamuelovL,KinoriM,ChamlinSLetal:RiskofintraocuC-larandotherextracutaneousinvolvementinpatientswithcutaneousCjuvenileCxanthogranuloma.CPediatrCDermatolC35:329-335,C20184)小澤憲司,澤田明,川瀬和秀ほか:角膜浮腫のため診断に難渋した若年性黄色肉芽腫による小児続発緑内障のC1例.臨眼71:681-686,C20175)SmithCME,CSandersCTE,CBresnickGH:JuvenileCxantho-granulomaCofCtheCciliaryCbodyCinCanCadult.CArchCOphthal-mol81:813-814,C19696)SamaraCWA,CKhooCCT,CSayCEACetal:JuvenileCxantho-granulomaCinvolvingCtheCeyeCandCocularadnexa:TumorCcontrol,visualoutcomes,andglobesalvagein30patients.COphthalmologyC122:2130-2138,C20157)VendalCZ,CWaltonCD,CChenT:GlaucomaCinCjuvenileCxan-thogranuloma.SeminOphthalmol21:191-194,C20068)LichterCH,CYassurCY,CBarashCDCetal:UltrasoundCbiomi-croscopyCinCjuvenileCxanthogranulomaCofCtheCiris.CBrJOphthalmol83:375-376,C19999)SyedCZA,CChenTC:NewCultrasoundCbiomicroscopyCirisC.ndingsCinCjuvenileCxanthogranuloma.CJCGlaucomaC25:Ce759-e760,C201610)TreacyCKW,CLetsonCRD,CSummersCG:SubconjunctivalCsteroidinthemanagementofuvealjuvenilexanthogranu-loma:aCcaseCreport.CJPediatrCOphthalmolCStrabismusC27:126-128,C199011)PollonoCD,CGalanCM,CCuruchetCACetal:JuvenileCxantho-granulomaCwithCbilaterallCocularinvolvement:completeCresponseCafterCtreatmentCwithvinblastine:caseCreport.CEurJOphthalmol19:1069-1072,C200912)AshkenazyCN,CHenryCCR,CAbbeyCAMCetal:SuccessfulCtreatmentCofCjuvenileCxanthogranulomaCusingCbevacizum-ab.JAAPOSC18:295-297,C2014912あたらしい眼科Vol.36,No.7,2019(74)

屈折矯正手術:LASIK(レーシック)術後の視機能

2019年7月31日 水曜日

監修=木下茂●連載230大橋裕一坪田一男230.LASIK(レーシック)術後の視機能山村陽バプテスト眼科クリニック中等度の近視に対する最新のテクノロジーを用いたCLASIK術後の視機能をみると,高次収差は解析径C6Cmmでは球面(様)収差がわずかに増加するが,解析径C4Cmmでは増加せず,コントラスト感度も低下しないレベルに達している.「LASIKをすると高次収差の増加によってコントラスト感度が低下する」という従来の認識が見直されてもいいのではないかと考える.C●はじめに日本白内障屈折矯正手術学会による多施設研究では,2015年に国内で施行された屈折矯正手術C15,011眼のうち約C80%がレーシック(laserinCsitukeratomileusis:LASIK)となっており,術後成績については裸眼視力1.0以上がC94%,矯正精度C±0.5D以内がC87%,C±1.0D以内がC96%と良好であったと報告1)されている.視覚の質(qualityCofvision:QOV)や生活の質(qualityCoflife:QOL)を向上させる屈折矯正手術として現在でも主流に施行されているCLASIKだが,ここ数年は国内における景気低迷の影響やC2013年に発表された消費者庁の注意喚起の影響などにより,施行件数はピーク時の1/10程度にまで減少したとされている.C●コントラスト感度検査要求されるCQOVが高まっている現在,視力検査による視機能評価だけでは対応が困難となっている.日常生活では明所,暗所,薄暮下などの照度が異なる条件のもと,必ずしもコントラストがはっきりしたものばかりを見ているわけではない.したがって微細な自覚的視機能を評価するには,視力検査よりもコントラスト感度検査のほうが有用である.コントラスト感度検査が昨年保険収載された(算定条件あり)ことからも,実臨床におけるニーズは増えていると思われる.たとえば,LASIK術後の裸眼視力がC1.0以上であっても高次収差などの増加によって「何となくかすむ・ぼやける・すっきり見えない」「薄暗いと見づらい」などの訴えを日常診療でときに経験する.このような場合にコントラスト感度検査は有用と考えられる.C●高次収差・wavefront.guidedLASIK近視矯正CLASIKでは,角膜中央部の切除によりCpro-lateからCoblateへの角膜形状変化や中央部と周辺部との(71)照射効率の違いなどから球面(様)収差が増加する.また,照射部位のずれによりコマ(様)収差が増加することも知られている2).約C20年前当時のコンベンショナル照射で行うCLASIKは,矯正量に依存して高次収差が増加し,コントラスト感度の低下は避けられなかった3).しかしその後,エキシマレーザー機器のレジストレーションやアイトラッキング機能の向上,カスタム照射の導入,フェムトセカンドレーザーによるフラップ作製,高解像度波面センサーによる生体計測などといったLASIKに関する技術革新が進んだ4).カスタム照射のひとつであるCwavefront-guidedCLASIK5)は,術前に眼球全体の高次収差を測定し,誘発される高次収差の抑制や術前から存在する高次収差の軽減をコンセプトとしており,コントラスト感度の低下を起きにくくする効果が期待できる.C●LASIK術後の視機能当院において2016年4月~2018年3月にwave-front-guidedLASIKを施行し,術後C6カ月以上経過観察可能であったC13例C26眼の術後視機能について紹介する.患者背景は,年齢C35.0C±7.1歳(24~48歳),屈折度数-4.34±1.47D(-2.00~-7.25D),術前裸眼視力はC0.07,矯正視力はC1.39である.角膜フラップをパルスレートC150kHzのフェムトセカンドレーザーCIntra-laseiFS(Johnson&Johnsonvision)にて作製し,エキシマレーザー照射はCVisxStarS4IR(Johnson&John-sonvision)を用いた.眼球の高次収差はCOPD-Scan(NIDEK)を用いて,散瞳下に解析径C4CmmとC6Cmmで測定した.球面収差のほか,3+5次収差をコマ様収差,C4+6次収差を球面様収差,3~6次収差を全高次収差として扱った.コントラスト感度はCCSV-1000E(VectorVision)を用いて,明所において無散瞳下と散瞳下で測定した.結果,術後C6カ月の裸眼視力はC1.39,1.0以上の割合あたらしい眼科Vol.36,No.7,2019C9090910-1810/19/\100/頁/JCOPY0.60.60.50.50.4****0.100-0.1**:p<0.01-0.1高次収差(mm)高次収差(mm)0.30.20.1球面収差コマ様収差球面様収差全高次収差pre0.140.30.180.376M0.220.320.270.43球面収差コマ様収差球面様収差全高次収差pre0.0020.120.050.136M-0.010.110.060.13図1高次収差(解析径4mm)図2高次収差(解析径6mm)術前後で球面収差,コマ様収差,球面様収差,全高次収差のい術前後で球面収差と球面様収差はわずかに増加していたが,コマ様収差と全高次収差は増加していなかった.ずれも増加していなかった.C2.52.5対数コントラスト感度21.510.50図3コントラスト感度(無散瞳下)術前後ですべての空間周波数でコントラスト感度の低下はなかった.はC96%,矯正視力はC1.60であり,屈折度数は-0.09±0.43D(-0.88~1.00D),矯正精度C±0.5D以内はC88%,C±1.0D以内はC100%であった.矯正視力C2段階以上の悪化はなかった.術前後の高次収差を図1,2に示す.解析径C4Cmmにおいては,球面収差,コマ様収差,球面様収差,全高次収差のいずれも増加していなかった.解析径C6Cmmにおいては,球面収差と球面様収差はわずかに増加していたが,コマ様収差と全高次収差は増加していなかった.術前後のコントラスト感度検査を図3,4に示す.無散瞳下と散瞳下のいずれの条件においても,すべての空間周波数でコントラスト感度の低下はなかった.C●おわりにLASIK術後の視機能については,「高次収差の増加によってコントラスト感度が低下する」と現在でも多くの眼科医が考えているかもしれない.しかし,少なくとも中等度の近視に対して最新のテクノロジーを用いてLASIKを施行すれば,「高次収差はほとんど増加せず,C910あたらしい眼科Vol.36,No.7,2019361218空間周波数(cycles/degree)対数コントラスト感度21.510.50図4コントラスト感度(散瞳下)術前後ですべての空間周波数でコントラスト感度の低下はなかった.コントラスト感度は低下しない」レベルに達している屈折矯正手術であることを認識していただけたら幸いである.文献1)KamiyaCK,CIgarashiCA,CHayashiCKCetal:ACmulticenterCprospectiveCcohortCstudyConCrefractiveCsurgeryCinC15011Ceyes.AmJOphthalmol175:159-168,C20172)OshikaT,MiyataK,TokunagaTetal:Highorderwave-frontCabberationsCofCcorneaCandCmagnitudeCofCrefractiveCcorrectionCinClaserCinCsituCkeratomileusis.COphthalmologyC109:1154-1158,C20023)YamaneCN,CMiyataCK,CSamejimaCTCetal:OcularChigher-orderaberrationsandwavefrontaberrationscontrastsen-sitivityCafterCconventionalClaserCinCsituCkeratomileusis.CInvestOphthalmolVisSciC45:3986-3990,C20044)SandovalCHP,CDonnen.eldCED,CKohnenCTCetal:ModernClaserCinCsituCkeratomileusisCoutcomes.CJCCataractCRefractCSurgC42:1224-1234,C20165)MrochenCM,CKaemmererCM,CSeilerT:Wavefront-guidedClaserinsitukeratomileusis:Earlyresultsinthreeeyes.CJRefractSurg16:116-121,C2000(72)361218空間周波数(cycles/degree)

眼内レンズ:低加入度数分節眼内レンズ「レンティスコンフォート」の基礎

2019年7月31日 水曜日

392.低加入度数分節眼内レンズ大鹿哲郎筑波大学医学医療系眼科「レンティスコンフォート」の基礎レンティスコンフォートは+1.5Dの加入度数を有する屈折型の2焦点眼内レンズで,遠方から中間距離まで焦点が合うよう設計されている.その設計上の特徴から,ハロー/グレアといった不快な光学現象が生じにくく,またコントラスト感度の低下もほとんどみられない.広い明視域をもちながら不具合が少なく,保険診療の枠内で単焦点眼内レンズと同じ感覚で使用できる新しいタイプの眼内レンズであり,大きな注目を集めている.遠用ゾーン後面中間用ゾーン(+1.5D)前面図2光学デザイン遠用ゾーンと中間用ゾーンが非対称・扇形に配置されている.図3エッジデザイン360oスクエアエッジとなっている.●はじめに近年,遠近二つの焦点をもつ従来の多焦点眼内レンズとは異なったコンセプトの眼内レンズが,市場に登場してきている.低加入度数分節眼内レンズ「レンティスコンフォート」(参天製薬)もその一つで,+1.5Dの差がある二つの光学部をasymmetricな扇状に配した独自の形状を有するレンズである(図1).先進医療の枠組みではなく,保険診療で使用できる.●デザインの特徴二つの異なる度数の単焦点レンズを繋ぎ合わせたような光学デザイン(dualmonofocaldesign)となっている(図2).このことから分節型(segmented)とよばれている.従来の多焦点眼内レンズが同心円状のデザインであったのに対して,非対称の配置となっているところが特徴的である.瞳孔径によって遠用/中間用ゾーンの面積比率が大きく変わらないため,遠中の見え方のバランスは瞳孔径に影響されにくい.後発白内障を抑制するために,周辺部は360oスクエアエッジ(シャープエッジ)となっている(図3).図1低加入度数分節眼内レンズ「レンティスコンフォート」●光学的特徴+1.5Dの加入であり,遠方と中間距離に焦点が合うというのがコンセプトである.焦点深度曲線をみると,遠方を中心になだらかな曲線を描いており,明視域が広いことがよくわかる(図4)1).裸眼視力0.8で区切ると,眼前67cmまでその視力が得られることになる(図5).裸眼視力0.5ならば,眼前45cmまでその視力が得られる(図6).光学部の形状は非球面設計で,球面収差は0μlとなっている(aberrationneutral).光学部素材のAbbe数は57と高く,色収差の低減が図られている.●光学的不具合の少なさ従来の同心円状の屈折型や回折型の多焦点眼内レンズと異なり,二つの度数の移行部分が1本のラインとなり最少面積である.しかも移行部の境目が確認しにくいほど滑らかであることから(図7),光エネルギーのロスが抑制されている.また,空間周波数特性(modulationtransferfunction:MTF)曲線をみると,二つの焦点の山の間隔が狭く,その間の谷が浅いことも特徴である(図8).これらが相まって,ハロー/グレアがきわめて少なく,コントラスト感度の低下も起こしにくいレンズとなっている.ハロー/グレアは従来の多焦点眼内レン(69)あたらしい眼科Vol.36,No.7,20199070910-1810/19/\100/頁/JCOPY-0.4-0.2-0.200.20.40.4VisualAcuity(logMAR)0.60.811.21.40.60.811.21.4+2+1.5+1+0.50-0.5-1-1.5-2-2.5-3-3.5-4-4.5-5+2+1.5+1+0.50-0.5-1-1.5-2-2.5-3-3.5-4-4.5-5Defocus(diopters)Defocus(diopters)図4焦点深度曲線図5裸眼視力0.8が得られる範囲(文献1より引用)眼前67cmまで0.8の裸眼視力が得られている.+2+1.5+1+0.50-0.5-1-1.5-2-2.5-3-3.5-4-4.5-5Defocus(diopters)図6裸眼視力0.5が得られる範囲眼前45cmまで0.5の裸眼視力が得られている.図7挿入眼の前眼部写真二つの度数の移行部が見てわからないほど滑らかである.ズよりはるかに少なく,単焦点眼内レンズと同程度である1).コントラスト感度は,年齢をマッチさせた正常有水晶体眼と差のない値である1).●おわりに独自のテクノロジーによって低加入度数を分節させた従来の遠近眼内レンズレンティスコンフォート解像力解像力遠方中間近方遠方中間近方図8MTF曲線従来の遠近2焦点眼内レンズに比べて,二つの焦点の山の間隔が狭く,谷が浅い.レンティスコンフォートは,遠方から中間距離まで連続的な明視域を提供する一方で,光学的不快現象が従来の多焦点眼内レンズよりはるかに少なく,単焦点眼内レンズと同程度といった特徴を有する.明視域の拡大と光学的不快現象は,これまでトレードオフと考えられていたが,本レンズはそのジレンマを払拭した新しいカテゴリーの眼内レンズとして,臨床への貢献が大いに期待される.文献1)OshikaT,AraiH,FujitaYetal:One-yearclinicalevalu-ationofrotationallyasymmetricmultifocalintraocularlenswith+1.5dioptersnearaddition.SciRep,inpress

コンタクトレンズ:光(波長)と眼

2019年7月31日 水曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方さらなる一歩監修/下村嘉一57.光(波長)と眼●はじめに太陽から発せられる電磁波のうち,人間の眼に見える光のスペクトル(可視光線)を捉えることで,われわれの視覚は外界を捉えている.可視光線はおよそC380~780Cnmであり,この領域の光は角膜や水晶体を通過・屈折して網膜に到達することができる.コンタクトレンズは光という波動をコントロールし,網膜(中心窩)に焦点を結ばせる光学技術である.われわれがモノを見るということは,“光を捉えている”ということにほかならない.日常生活において光を捉えるためには,太陽光だけでなく,蛍光灯・LED照明器具や,タブレットなどの電子デバイスからの光など,生活シーンに応じてさまざまな光を捉えることが求められる.コンタクトレンズ処方に,光をマネージメントする視点を加えることで,患者にとってより質と満足度の高い屈折矯正につながると考える.C●光と眼の保護光から眼を保護するために,可視光線だけでなく,隣接して短い波長側にある紫外線(UV-A,UV-B)への対策が必要である.太陽放射の電磁波である光は,波長が短くなるほどエネルギーは大きくなる.可視光より波長の短い紫外線に対しては眼を保護する観点で対策が必要である.屋外で作業する際に,適切な着衣(帽子を含む)と日焼け止めが皮膚の損傷を減らす効果があるのと同様に,紫外線(UV-A,UV-B)をカットするコンタクトレンズには眼の損傷を防ぐ効果が期待できる.近年,可視光線のなかで波長がもっとも短いブルーライト(380~500Cnm)による視機能への影響も懸念されており,コンピューターやスマートフォンなどを長時間直視する際には,ブルーライトカット眼鏡の装用,液晶画面へのブルーライトカットフィルムの貼付などが有効である.しかしながら,ブルーライトは朝など覚醒時に浴びることで体内リズムを整える重要な役割もあり,夜間にタブレットやスマートフォンなどCICT(informationCandCcommunicationtechnology)機器を操作する場合(夜間はCVDT作業を行わないことが理想)など,生活シーンに応じて対策をとることが望ましい.(67)C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY半田知也北里大学医療衛生学部視覚機能療法学光源(分光分布)物体(分光反射率)図1物(色)を見るための光源,物体,観察者の眼の関係●波長制御によるQOVの向上われわれが日常,眼で物体を見る際には,光源から放射された光が物体を照らし,照らされた物体から反射光が観察者の眼に入射し,物体の色・形を認識することになる.したがって,視覚の質(qualityofvision:QOV)を考える際には,「光源」と「物体」「眼」の三者の特性を考慮する必要がある(図1).「光源」と「物体」の特性を考えるうえで,照明による波長制御を考える必要がある.近年,照明光源は従来の白熱電球や蛍光灯からCLED照明へ変化し,さまざまな波長特性を持ったCLED照明が開発されている.加齢に伴う水晶体の黄変1)により,色覚(色弁別)の低下を起こし,短波長の少ない室内での見えにくさ,コントラスト低下など日常生活に支障をきたす場合が想定される.これを補完する技術として,LED照明の波長制御とレンズによる波長制御が実用可能である.加齢による色覚の低下の場合,青色光など短波長が知覚しにくくなるが,通常の昼白色照明の色温度C5,000CK(ケルビン)から,色温度C6,200CKの照明光に変えることでコントラストが向上して,物がよく見えるようになることが報告されている2)(図2).照明光は物体固有の分光反射率で反射され,物体表面からの反射光は照明光の条件によって変化するため,QOVを考えるうえで光源(照明)による波長制御は注目していく必要がある.従来,「眼」の特性からの対応として,遮光眼鏡がグあたらしい眼科Vol.36,No.7,2019C905図2波長制御によるコントラスト向上効果色温度の異なるデスクライト(LD521-S,パナソニック)にて照明された新聞紙面の見え方を示す.左右のデスクライトの照度はともにC500Clxである.左図の照明の色温度はC5,000CK(ケルビン),右図の照明の色温度はC6,200CKである.レアの軽減,コントラストの改善,暗順応の補助を目的としてロービジョン患者を中心に使用されている3).遮光眼鏡は短波長領域の青色光をカットする機能を有し,羞明の軽減を主目的として装用されている.一方,羞明を軽減させるだけでなく,紙面の文字コントラスト向上,鮮明な色知覚を得ることを目的としたC580Cnmの選択的波長カットレンズ(NeoContrast,三井化学)も市販され,とくに高齢者は,羞明感を感じやすいC550~610nm付近の黄色光をカットすることで,明らかなCQOVの向上を自覚できる可能性が考えられる.今後,生活シーンに応じたレンズによる波長制御によりCQOVの影響について検討していく必要がある.C●おわりにわれわれ人間の視覚システムは照明光の変化に左右されず,同一物体を同じ色として知覚することができる.この現象は色の恒常性として知られた現象であり,この現象ゆえに加齢に伴う色覚変化を自覚しにくい現状がある.しかしながら,「光源」「物体」「眼」の三者の特性に図3選択的波長カットレンズ580Cnmの波長を選択的にカットしたレンズ(NeoContrast,三井化学)による見え方のイメージを示す.レンズを通してみることでコントラスト(とくに白と黒のコントラスト)および色の鮮明さが向上して知覚される.より,色の見え方,文字の見え方,羞明など,見え方の質は変化する.今後,コンタクトレンズ矯正においても,生活シーンに応じて眩しさから眼を守る調光機能,明るさとコントラストを向上させる波長制御機能など,“光を捉え,光のノイズを和らげる視点”を有するコンタクトレンズの開発が望まれる.文献1)TanitoCM,COkunoCT,CIshibaCYCetal:TransmissionCspec-trumCandCretinalCblue-lightCirradianceCvaluesCofuntintedCandCyellow-tintedCintraocularClenses,CJCCataractCRefractCSurg36:299-307,C20102)MatsubayashiY,MukaiK,HandaT:E.ectsoflightcolorofCilluminationCandCilluminanceConCvisualCperformanceCwhenusingmattePaperandInk.IESNA2013conferenceproceedings,20133)清水朋美:遮光眼鏡.新しいロービジョンケア(山本修一,加藤聡,新井三樹監修),p50-55,メジカルビュー社,C2018CPAS119

写真:キョウチクトウ科の植物による角膜浮腫

2019年7月31日 水曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦422.キョウチクトウ科の植物による角膜浮腫上松聖典長崎大学大学院医歯薬学総合研究科眼科・視覚科学分野図2図1のシェーマ①球結膜充血②角膜全体の浮腫およびCDescemet膜皺襞③角膜びらん図1受傷翌日の散瞳後前眼部写真球結膜充血を伴う角膜全体の浮腫とCDescemet膜皺襞,耳下側には角膜びらんを認める.図3前眼部光干渉断層計(OCT)写真角膜浮腫により角膜厚が増大している.図4受傷9日後の前眼部写真(a),スペキュラマイクロスコープ(b)および前眼部OCT写真(c)角膜浮腫は改善し,明らかな角膜内皮細胞密度の低下はない.(65)あたらしい眼科Vol.36,No.7,2019C9030910-1810/19/\100/頁/JCOPY図5キョウチクトウ科の植物a:アスクレアピス(トウワタ).b:フウセントウワタ.茎と実の断面からは白色の乳液が出ている.キョウチクトウ科の植物は園芸用として広く栽培されているが,その乳液はカルデノライドを含み,毒性を示す.カルデノライドはNa/Kポンプのa-サブユニットに結合し,その機能を阻害する.角膜内皮細胞ではCNa/Kポンプが細胞内から前房へCNa+を能動的に移行させており,角膜実質から前房へ水の能動的な移行が起こる.カルデノライドによりCNa+/K+ポンプの機能が抑制されると,角膜浮腫が生じる.キョウチクトウ科のCStrophanthusgratusから得られるウワバインはCNa+/CK+ポンプの機能を可逆的に阻害するため1),角膜内皮細胞機能を評価する実験で用いられる.本症例(図1~3)はC68歳の女性で,アスクレピアス(キョウチクトウ科)の剪定中に乳液が左眼に飛入し,近医で角膜耳下側に上皮欠損を認めた.ステロイド点眼と抗菌薬点眼C1日C4回を処方されたが,徐々に霧視を自覚し翌日再診.上皮障害は改善したが,Descemet膜皺襞および角膜浮腫を認め当科紹介となった.当科初診時視力は右眼C0.2(1.2),左眼C0.06(0.09)で,点眼継続にて所見は改善し,9日後には角膜びらんおよび浮腫は軽快し(図4),視力は左眼C0.1(1.2)に回復した.角膜内皮細胞数の明らかな減少は認められなかった.キョウチクトウ科の植物(図5)による角膜浮腫はこれまでも報告されている2,3).角膜浮腫は一過性で,角膜内皮細胞数の減少はない場合が多いが,不可逆的な角膜内皮細胞数減少を生じる症例もあり4),注意を要する.文献1)TrenberthCSM,CMishimaS:TheCe.ectCofCouabainConCtheCrabbitCcornealCendothelium.CInvestCOphthalmolC7:44-52,C19682)多田憲太郎,角環,福島敦樹:トウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至ったC1症例.あたらしい眼科C25:1712-1714,C20083)松尾藍子,吉澤豊久,大橋あゆみほか:風船唐綿による角膜障害の一例.眼臨紀7:477,C20144)Al-MezaineHS,Al-AmryMA,Al-AssiriAetal:Cornealendothelialcytotoxicityofthecalotropisprocera(Ushaar)Cplant.CorneaC27:504-506,C2008