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がんゲノム医療

2019年11月30日 土曜日

がんゲノム医療Cancer-RelatedGenomicMedicine鈴木茂伸*はじめに平成30年に閣議決定されたがん対策推進基本計画(第3期)には,「『ゲノム医療』とは,個人の『ゲノム情報』をはじめとした各種オミックス検査情報をもとにして,その人の体質や病状に適した『医療』を行うこと」と定義されている.個別化医療(personalizedmedicine),精密医療(precisionmedicine)などともよばれている.がん細胞の遺伝子の状態を調べるがんゲノムプロファイリング検査はこれまで研究として行われてきたが,2018年末にがん遺伝子パネルが薬事承認され,2019年6月に保険収載され,7月から実際の保険診療で行われるようになった.すなわち,これまで研究で行われてきたゲノム医療が,「ゲノム診療」として行われるようになった.現状では実際の眼科診療,眼腫瘍診療に直接役立つものではないが,現在の医学の一情報として知っておいたほうがよい内容と考える.本稿では,最初に分子標的治療,がん治療のコンパニオン診断などについて説明したあと,がんゲノム医療の本体であるがんゲノムプロファイリング検査について概説する.I分子標的治療分子標的薬とは,ある特定の分子を標的として,その機能を制御する薬剤のことである.従来の多くの薬剤も特定の分子を標的とすることが多いが,創薬の段階から分子レベルの標的を定めて開発されているものを分子標的薬とよぶ.がんにおいて,従来の抗がん剤は,DNAの合成を抑えたり細胞分裂を抑制したりすることにより細胞増殖を抑えていた.がん細胞は非がん細胞より細胞分裂が早く代謝も活発なため影響を受けやすく,これが治療効果として現れるが,一方で造血器や粘膜など細胞分裂の早い非がん組織も影響を受け,これが副作用として現れる.がん細胞だけに作用する薬剤があれば,細胞特異的な治療効果が期待され,副作用も回避できる.がんは遺伝子病ともいわれる.多細胞生物はもともと他の細胞とのバランスで生体を維持している.特定の細胞が増えすぎれば個体として成り立たないため,細胞レベル,分子レベルで種々の抑制メカニズムが働き,恒常性が保たれている.ある細胞で遺伝子変異が起こると,多くの場合はその細胞自体を維持することができずにアポトーシスを起こし排除されるが,ごく一部の細胞は生き残る.これらの細胞は遺伝子変異により増殖能が高かったり,種々の制御機構が働かないなどにより勝手に増殖する.最終的に体の免疫機構でも制御しきれず増大してきたものが「がん」として認識されている.実際には単一遺伝子変異によるがんはごくまれで,いろいろな遺伝子変異が積み重なっていることが多い.複数ある遺伝子変異のなかで,細胞増殖の「鍵」となる遺伝子変異に対して特異的に働く薬があれば,がん細胞の増殖を抑えることができ,一方で正常細胞には作用しないため副作用が回避できる.この考えに基づき種々の分子標的薬が開発されてきた.歴史的には1983年に*ShigenobuSuzuki:国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科〔別刷請求先〕鈴木茂伸:〒104-0045東京都中央区築地5-1-1国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(65)1407正常な状態BRAF遺伝子変異増殖因子受容体細胞膜RASRASBRAF変異BRAFBRAF阻害薬MEKMEKMEK阻害薬ERKERK細胞の増殖,生存異常増殖図1細胞内伝達経路の例:MAPキナーゼ経路通常は種々の制御機構が働くが,BRAF遺伝子変異があるとこの経路が活性化され,異常増殖を生じる.変異CBRAF蛋白やCMEK蛋白を阻害する薬剤を投与すると,細胞増殖を制御できる.はない.これはすでに標準治療に組み込まれていて,診療報酬において肺がんにおけるCEGFR遺伝子検査や悪性黒色腫におけるCBRAF遺伝子検査などが悪性腫瘍遺伝子検査として認められている.このような背景から,これまでは肺がん,乳がんなど発生臓器により分類されていたが,遺伝子変異に基づく分類も使われるようになってきた(たとえばCALK遺伝子変異をもつ腫瘍をALKomaとよぶなど).コンパニオン診断という言葉が使われるようになっている.これは医薬品の効果や副作用を投薬前に予測するために行われる臨床検査であり,薬剤と診断方法が組み合わせになって保険で認められているため,このようによばれている.一つは副作用予測であり,イリノテカンという抗がん剤はCUGT1A1遺伝子変異と好中球減少の副作用の関連があるため,投薬前にCUGT1A1遺伝子診断キットによる検査が必須とされている.もう一つががんの遺伝子変異であり,特定の遺伝子変異症例に対し特定の薬剤を投与することができる.眼科と関係のある例としては,悪性黒色腫でCBRAF遺伝子のコドンC600の変異(V600EやCV600K)がある場合にはベムラフェニブを使うことができる.ただし,保険で認められているのは,治験の段階の検査方法と同じ検査方法で同定されたものに限定されているため,コンパニオン診断薬として承認された方法以外で同定された遺伝子変異結果に基づいて治療薬を使うことは認められていない.この場合には改めて対応しているコンパニオン診断を行う必要がある(次に述べるがん遺伝子パネル検査を除く).CIIIがんゲノム医療現在のがんゲノム医療の本体は,がんゲノムプロファイリング検査・がん遺伝子パネル検査である.上述のがん遺伝子検査は一つの遺伝子に注目して変異を検出しているため,これが陰性の場合には改めて別の遺伝子検査を行う必要があり,時間,費用,労力が倍増する.がんゲノムプロファイリング検査は,次世代シークエンサーを用いて複数のがん関連遺伝子を一度に調べる検査法である.がん遺伝子パネル検査はがんゲノムプロファイリング検査の一つで,あらかじめがんに関連する数十.数百の遺伝子を選んだパネルを用いて遺伝子変異を調べる検査である.2019年C7月の時点で,OncoGu-ideTMNCCオンコパネルシステム(NCCオンコパネル)と,FoundationOneCDxがんゲノムプロファイル(F1CDx)のC2種類が保険診療で認められている.C1.検査の目的第一には,がん細胞のドライバー遺伝子(用語解説参照)変異を検出することにより,がん細胞特異的な薬物治療を選択すること(図2),第二には腫瘍変異負荷(tumorCmutationalburden:TMB)を調べることで免疫チェックポイント阻害薬による治療効果を予測することである.また,NCCオンコパネルでは付随的に遺伝性腫瘍症候群を発見することが可能である.後二者については8,9で説明する.C2.検査可能な遺伝子NCCオンコパネルはがん関連のC114遺伝子変異とC12融合遺伝子,また末梢血を同時に検査するため遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子も検出される(図3).F1CDxは324遺伝子変異を検索でき,一部の変異はコンパニオン診断として承認されている.どちらを用いた場合でも,病的変異が検出されるのは約半数であり,おもな分子標的治療対象となる遺伝子はどちらの検査でもカバーされているため,対象遺伝子が多いほど有用という結果にはつながらない.C3.検査可能な施設研究として行う場合には制限はない.保険で行う場合には,適正な病理検体の提出,エキスパートパネル(用語解説参照)の設置,遺伝性腫瘍の対応など種々の要件があるため,2019年C7月の時点ではがんゲノム医療中核拠点病院C11施設とがんゲノム医療連携病院C156施設でのみ検査を受けることができる.C4.検査対象保険で行う場合,①標準治療がない固形がん,②局所進行もしくは転移があり標準治療が終了した(終了見込みを含む)固形がん,③検査後に化学療法の適応となる可能性が高いと主治医が判断した場合,となっている.(67)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1409図2がんゲノム医療の概念図次世代シークエンサーを用いて,遺伝子異常を検出し,これに特異的に働く薬剤を選択するという個別化医療である.ABL1CRKLIDH2NF1RAC2ALKACTN4CREBBPIGF1RNFE2L2RAD51CAKT2AKT1CTNNBIGF2NOTCH1RAF1BRAFAKT2CUL3IL7RNOTCH2RB1ERBB4AKT3DDR2JAK1NOTCH3RETFGFR2ALKEGFRJAK2NRASRHOAFGFR3APCENO1JAK3NRG1ROS1NRG1ARAFEP300KDM6A/UTXNTRK1SETBP1NTRK1ARID1AERBB2/HER2KEAP1NTRK2SETD2NTRK2ARID2ERBB3KITNTRK3SMAD4PDGFRAATMERBB4KRASNT5C2SMARCA4RETAXIN1ESR1/ERMAP2K1/MEK1PALB2SMARCB1ROS1AXLEZH2MAP2K2/MEK2PBRM1SMOBAP1FBXW7MAP2K4PDGFRASTAT3BARD1FGFR1MAP3K1PDGFRBSTK11/LKB1BCL2L11FGFR2MAP3K4PIK3CATP53BRAFFGFR3MDM2PIK3R1TSC1BRCA1FGFR4MDM4PIK3R2VHLBRCA2FLT3METPOLD1CCND1GNA11MLH1POLECD274/PD-L1GNAQMTORPRKCICDK4GNASMSH2PTCH1CDKN2AHRASMYCPTENCHEK2IDH1MYCNRAC1図3NCCオンコパネルで検出される遺伝子日本人のがんに多くみられるC114遺伝子変異とC12融合遺伝子を検出できる.(国立がん研究センターホームページ:https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2019/0529/index.html)図4がん遺伝子パネル検査の流れと臨床情報を収集してがんゲノム情報レポジトリーを構築することが任務である.せっかく保険で検査費用を負担するのであれば,日本人のがんゲノム情報を集約し,政策決定に役立てたり,データを大学や企業に提供することで治療開発の促進をめざすことに活用するという方針である.C-CATへのデータ提出に関しては,担当医が検査説明を行う際に提出に関する同意を確認することになっている.非同意であっても検査は可能であるが,現在可能な治験や臨床試験情報などの付加情報を得ることができなくなる.C7.検査結果と限界NCCオンコパネルの前段階で行われた臨床試験において,なんらかの遺伝子変異が検出されたものはC8割を超えるが,エビデンスレベルの保障される変異はC5割程度にとどまり,遺伝子異常に対応した治療薬を投与できたのはC13%であった2).実臨床においても検査したうちのC10.20%程度しか治療には結びつかないと推定されている.遺伝子変異が見つかった場合,これを過去のデータベースを参照にして,病的バリアント,遺伝子多型,病的意義不明(variantsCofCunknownsigni.cance:VUS)の判定が行われる.この基準はデータベースの蓄積とともに変化する場合があるため,解釈結果の変更があれば追加報告される体制が考えられている.病理検体の質の制約もある.検査に提出するのはホルマリン固定標本であるが,あまり古いホルマリン固定標本からは質の高いCDNAを抽出できない.また,腫瘍細胞比率の低い検体は検査できないことがある.各パネルの基準と,各施設の病理医の判断が重要である.C8.腫瘍遺伝子変異負荷腫瘍遺伝子変異負荷(tumorCmutationalburden:TMB)とはゲノムのC1CMbあたりの変異塩基数として示される数値で,遺伝子変異の蓄積量を表す.TMBの高い腫瘍は免疫チェックポイント阻害薬が奏効しやすいことが示されているため3),効果予測因子として用いることができる.NCCオンコパネルではこの結果も返却される.C9.遺伝性腫瘍の検出遺伝子には優性(顕性)遺伝子と劣性(潜性)遺伝子がある.がん抑制遺伝子の多くは劣性遺伝子,すなわちC1細胞内にあるC2個の対立遺伝子座の両方に変異が生じている.体細胞には変異がなく腫瘍の細胞だけにC2段階の変異を生じた場合を体細胞変異とよぶ.一方,すべての体細胞にC1段階の変異が備わっている場合を生殖細胞系列変異とよび,複数の細胞でC2段階目の変異を生じることから多重がんを生じることがある.遺伝性腫瘍症候群を呈するおもなものとしては,網膜芽細胞腫(RB1遺伝子),家族性乳がん卵巣がん症候群(BRCA1,BRCA2遺伝子),Lynch症候群(MLH1,MSH2遺伝子など),Li-Flaumeni症候群(TP53遺伝子)などがある.腫瘍検体で遺伝子変異が検出された場合,たとえば乳がん患者でCBRCA1遺伝子変異が検出された場合,これがドライバー遺伝子変異と推定されるが,多くの場合は体細胞変異であるものの,一部生殖細胞系列変異であることがわってしまうことがある.この場合,患者本人は現在のがんの治療に専念すべきであるが,多重がんの可能性があり,さらに血縁者にも発病リスクがあるという不安を増やすことになる.検査目的であるがんの原因遺伝子変異の結果は患者本人に伝えるべきであるが,遺伝性腫瘍の可能性に関して開示するか否か,この点は検査開始時に患者本人の同意を得ておくことが望ましい.また,不幸にして結果開示前に本人が亡くなってしまった場合,遺伝性腫瘍の情報を血縁者に伝えるか否か,この点も事前説明の際に同意を得るとともに,説明時に家族が同席し情報共有をしておくことが望ましい.C10.がん遺伝子パネル検査とコンパニオン診断F1CDxは一部の腫瘍に対してコンパニオン診断として用いることが認められている.コンパニオン診断として行う場合には,保険請求は遺伝子パネル検査としてではなく悪性腫瘍組織検査の悪性腫瘍遺伝子検査として請求することになる.コンパニオン診断として行う場合,目的とする遺伝子以外の遺伝子情報に関しては治療方針1412あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019(70)図5バスケット試験肺がん,大腸がんなど異なるがん種であっても,共通の一つの遺伝子変異がある腫瘍をバスケットに入れるように集めて一つの治験を行うという治験の一形態.臓器ごとにプロトコルを作る必要がなく,治験対象者を集めやすいため治験の効率化とスピード促進が期待される.図6アンブレラ試験肺がんなどC1種類のがんを対象として,遺伝子変異の状態により複数の治験薬を使い分ける治験の一形態.一つのがん種に対して広げた傘のように複数の治療薬がある.■用語解説■クラスエフェクト:あるカテゴリーに分類される薬に共通した薬理作用のこと.たとえばCBRAF阻害薬に分類される薬剤はどれでもCBRAF変異を有する悪性黒色腫に有効である.副作用の観点でも同様で,BRAF阻害薬やCMEK阻害薬を使用すると,ぶどう膜炎や網膜色素上皮.離を生じる.ドライバー遺伝子:がんの発生や進展において直接的に重要な役割を果たす遺伝子のこと.がんの発生過程でゲノム変異が起こりやすい状態となるため,ドライバー遺伝子変異以外にがんの発生には無関係な遺伝子変異も多数生じている(背景変異,パッセンジャー遺伝子とよばれる).ドライバー遺伝子を標的とした分子標的薬が開発されている.エキスパートパネル:がんゲノム医療中核病院や拠点病院に設置される専門家チームで,担当医,病理医,遺伝医療の専門家,がんゲノムの専門家,バイオインフォマティクスの専門家など種々の専門家で構成される.遺伝子の検査結果をもとに,個々の患者に適した治療法を検討する.

重粒子線治療

2019年11月30日 土曜日

重粒子線治療Carbon-IonRadiotherapy牧島弘和*溝田淳**I放射線治療とがん治療における役割今日のがん治療は手術療法,放射線療法,薬物療法の3本柱によって成り立っている(表1).局所療法である手術療法は,古代ギリシアの時代から続く歴史の長い治療である.その長所は(十分なマージンをもった切除が可能であればという注釈がつくが)圧倒的な高い局所制御率にある.一方で,その侵襲の大きさから,患者の年齢や合併症によって適応の制限を受ける.また,切除された範囲はその機能と形態を喪失することになる.全身療法である薬物療法は,進行し,全身的な病気となった状態でも十分な治療効果が発揮されることにある.一方で,一部のがん腫を除き,根治性は低く,また全身に効くがゆえに全身的な副作用が存在する.もう一つの局所療法である放射線治療は,前者二つに比べるとC100年余りと歴史の短い治療ではあるが,患者への負担が少なく,機能と形態を温存しながらも根治治療が可能である.同じ局所療法である手術とは,がん腫やその進行度によって棲み分けがなされている.とくに形態の維持がきわめて大きな意味をもつ,眼科領域を含む頭頸部領域の治療では放射線療法の役割は大きい.実際のがん治療においては,これら三者を有機的に組み合わせながら,最適な治療を行っている.II重粒子線治療とその特徴重粒子線治療も放射線治療の一種だが,通常用いられるCX線やガンマ(Cg)線と比較して,大きく二つの特徴がある.一つは患部に集中して放射線を強く当て,他の正常な部分に当たる放射線量を下げることができること(良好な線量分布),もう一つは治療効果の大きい放射線であること(良好な生物効果)にある.X線やCg線は身体表面近くでもっとも強く,深く進むにつれて減弱しながらからだを突き抜けていく.このため,X線やCg線で特定の場所を強力に治療するためには,多くの方向から放射線を当てることで,線量の高い部分を病巣に集中させるという方法が採られる.しかしながら,重要な臓器に近く,しかも不正形に広がる腫瘍に対しては,周りの正常臓器を避けることが困難となる.これに比べて,重粒子線の場合はエネルギーに応じてある深さで急に強くなるが,その前後は弱く,ピークの部分を腫瘍に合わせることにより,容易に放射線を集中させることができる(図1).重粒子線治療のもう一つの特徴は治療効果で,X線,Cg線と比較した場合,同じ放射線の量で約C3倍程度の効果があることがわかっている.そもそも放射線治療の作用原理は,放射線によるCDNA損傷である.DNAは二本鎖の核酸が相補的につながることで成り立っているが,電離放射線に曝されると,付与されたエネルギーによって電離が起き,DNAが切断される.一本鎖の切断*HirokazuMakishima:国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構CQST病院肝腫瘍科**AtsushiMizota:帝京大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕牧島弘和:〒263-8555千葉市稲毛区穴川C4-9-1国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構CQST病院肝腫瘍科C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(59)C1401表1がん治療の3本柱とその特徴C-ion,LET60KeV/μm長所短所手術療法根治性が高い機能と形態の喪失適応の制限放射線療法機能と形態の温存侵襲が少ない根治性が高い(一部)局所での副作用手術よりも根治性が劣る(一部)薬物療法全身的な治療が可能根治性が低い(一部除く)全身的な副作用1.21.00.80.60.40.200246810121416到達距離(水中cm)図1X線と重粒子線の特性の比較体表近くで最大線量となり,その後減衰しながら反対側まで突き抜けて行ってしまうCX線に対して,重粒子線では一定の深さに線量を集中させることができる.このピークは任意に調節可能である.(CC-BY4.0に基づき文献C8より改変引用)相対線量X-ray図2放射線によって引き起こされるDNA二本鎖切断青く染まっている部分が細胞核で,核内のCgH2AXのある部分(オレンジ)でCDNAの二本鎖切断が起きている.重粒子線(Ca)ではX線(Cb)よりより密な二本鎖切断が起きていることがわかる.(CC-BY4.0に基づき文献C9より引用)図3国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構QST病院の重粒子線治療室0°とC90°の固定方向からの治療室(Ca)とC360°のあらゆる方向から治療が可能な回転ガントリー治療室(Cb).回転ガントリー室の動作風景はCcのCQRコードから確認できる(動画リンク).写真は量子科学技術研究開発機構の提供による.ab図5脈絡膜悪性黒色腫に対する治療の線量分布腫瘍に的確に放射線(重粒子線)を集中させつつ,毛様体や視神経乳頭の線量を低減できていることがわかる.図4脈絡膜悪性黒色腫に対する治療風景(a)と位置照合(b)緑の矢印は凝視点となるCLEDを示す.固定精度はC1Cmm未満である.図6涙腺がんに対する治療の線量分布

遺伝性網膜変性疾患の遺伝子治療

2019年11月30日 土曜日

遺伝性網膜変性疾患の遺伝子治療GeneTherapyforInheritedRetinalDegeneration池田康博*はじめに網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)などの遺伝性網膜変性疾患は現時点で有効な治療法が確立されていない難病で,早期の治療法開発が望まれている.その治療法として期待されているアプローチのひとつが遺伝子治療であり,欧米からは臨床応用の結果が数多く報告されていたが,ついに,米国においてCLeber先天盲(LeberC’sCcongenitalamaurosis:LCA)に対する遺伝子治療薬が認可された(2017年C12月).国内では九州大学病院でCRPに対する視細胞保護遺伝子治療の臨床研究が実施され,5名の被験者への投与が完了し,次のステップとして医師主導治験が開始されている.眼科領域において,遺伝子治療が有用な治療法として認識されつつあり,遺伝性網膜変性疾患の標準治療となる時代が確実に近づいてきているようだ.本稿では遺伝性網膜変性疾患に対する遺伝子治療の現状について紹介する.CI眼科領域の遺伝子治療の歴史眼科領域の遺伝子治療研究は,その他の領域に比べるとスタートが非常に遅かった.マウス網膜への効率的な遺伝子導入が報告されたのはC1994年であり1),世界初の臨床応用であるアデノシンデアミナーゼ欠損症患者への遺伝子治療(1990年)から大きく遅れていた.1996年にはCrdマウスというCRPモデル動物に対する遺伝子治療の治療効果が報告され2),これに引き続きCRPを中心としたさまざまな疾患モデル動物に対する遺伝子治療の有効性が世界中の研究室から報告されてきた3,4).2001年には,米国において,加齢黄斑変性(age-relat-edCmaculardegeneration:AMD)に対する遺伝子治療の臨床プロトコールが提出され5),眼科領域における遺伝子治療の臨床応用が始まった.これまでに,網膜芽細胞腫6),AMD7,8),LCA9~11),コロイデレミア12)などに対する遺伝子治療の臨床応用が報告されている.CIILeber先天盲に対する遺伝子治療LCAは,1869年にCLeberによって報告されたCRPの類縁疾患で,生後早期(多くは生後C6カ月以内)より高度に視力が障害される13).また,視力のみならず,暗所での行動にも大きな制限が生じる.これまでにC20種類以上の病因遺伝子が同定されており,ほとんどが常染色体劣性遺伝の形式をとる.もっとも頻度が高いのがCEP290遺伝子異常で,全体の約C15%を占める.報告により差があるものの,以下,GUCY2D遺伝子異常(約C12%),CRB1遺伝子異常(約C10%)などが頻度が高いとされている14,15)(図1).8万にC1~2人の頻度で認められ,先天盲の約C20%を占めるとされている.この疾患に対する臨床的に明確な効果を有する治療法は確立されておらず,予後は不良である.上述の病因遺伝子のなかで,RPE65(LCA2)遺伝子異常を対象とした遺伝子治療研究がこれまでに盛んに行*YasuhiroIkeda:宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒889-1692宮崎市清武町木原C5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(51)C1393abCEP290GUCY2D図1LCAの眼底写真a:CEP290遺伝子異常,Cb:GUCY2D遺伝子異常,Cc:CRB1遺伝子異常.(文献C14より改変引用)図2LCA2患者に対する遺伝子治療薬LuxturnaR米国では,両眼でC85万ドル(約C9,200万円)という値段で販売されている.図3コロイデレミア患者の眼底写真網膜が菲薄化し,その下にある脈絡膜の血管が透けて見える.神経栄養因子を使った視細胞保護遺伝子治療網膜に神経栄養因子(色素上皮由来因子)を遺伝子導入し,視細胞死を抑制する発症色素上皮由来因子遺伝子導入(ヒトPEDF)(SIV-hPEDF)視細胞網膜色素上皮細胞図4視細胞保護遺伝子治療のコンセプト年齢図5臨床研究(第3症例)の術中眼底写真右眼に,ドルク社製C41ゲージ網膜下注射針を用いて臨床研究薬を投与した.表1医師主導治験の概要2.わが国における網膜色素変性に対する疾患レジストリの現状厚生労働省難治性疾患克服研究事業「網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班」(班長:山形大学眼科山下英俊)において,RPに特化した疾患レジストリ(日本網膜色素変性レジストリプロジェクト,JapanRetini-tisPigmentosaCProject:JRPRP)が構築された.オールジャパン体制での臨床データを収集するとともに,RPの基礎研究・治療研究を推進することを目的としている.目標症例数は,わが国の患者のC1/10にあたる3,000名である.2018年C7月から,登録システムの運用が開始され,現時点で約C1,600例が登録されている.参加施設は以下のC24施設である.山形大学,千葉大学,順天堂大学,神戸アイセンター,大阪大学,東北大学,九州大学,東京大学,京都大学,名古屋大学,鹿児島大学,三重大学,東京医療センター,浜松医科大学,弘前大学,徳島大学,獨協医科大学・越谷,東京慈恵会医科大学,帝京大学,近畿大学,日本大学,日本医科大学,自治医科大学,宮崎大学(順不同).JRPRPがスムーズに運営されることにより,RPに対する治験や臨床研究の被験者リクルートに活用されることや,病因遺伝子ごとの自然経過が把握できることによって対照群(コントロール)として活用されることが期待される.おわりに遺伝性網膜変性疾患に対する遺伝子治療の臨床応用では,明確な安全性と一定の治療効果が確認されているものが多数報告されている.また,今回紹介した疾患以外にも,全色盲(achromatopsia,CNGA3遺伝子異常),X連鎖性若年性網膜分離症(RS1遺伝子異常),Star-gardt病(ABCA4遺伝子異常)などに対する遺伝子治療も欧米ではすでに臨床応用が進められている.まさに,遺伝子治療というアプローチが,遺伝性網膜変性疾患をはじめとする眼科領域の難治性疾患の標準治療となりそうな流れである.欧米と比較してわが国における遺伝子治療の臨床応用は大きく遅れているが,LCA2やコロイデレミアに対する治験(PhaseCIII)はわが国でも水面下で準備が進められているようである.また,筆者らも,今回紹介した視細胞保護遺伝子治療薬(DVC1-0401)の薬事承認を目標に,医師主導治験で安全性と治療効果を確認したいと考えている.文献1)BennettCJ,CWilsonCJ,CSunCDCetal:AdenovirusCvector-mediatedCinCvivoCgeneCtransferCintoCadultCmurineCretina.CInvestOphthalmolVisSciC35:2535-2542,C19942)Bennett.J,TanabeT,SunDetal:Photoreceptorcellres-cueCinCretinaldegeneration(rd)miceCbyCinCvivoCgeneCtherapy.NatureMedC2:649-654,C19963)LewinCAS,CDrenserCKA,CHauswirthCWWCetal:RibozymeCrescueofphotoreceptorcellsinatransgenicratmodelofautosomalCdominantCretinitisCpigmentosa.CNatureCMedC4:C967-971,C19984)AliRR,SarraGM,StephensCetal:Restorationofphoto-receptorCultrastructureCandCfunctionCinCretinalCdegenera-tionCslowCmiceCbyCgeneCtherapy.CNatCGenetC25:306-310,C20005)RasmussenH,ChuKW,CampochiaroPAetal:Anopen-label,phaseI,singleadministration,dose-escalationstudyofADGVPEDF.11D(ADPEDF)inCneovascularCage-relat-edCmaculardegeneration(AMD)C.CHumCGeneCTherC12:C2029-2032,C20016)Chevez-BarriosCP,CChintagumpalaCM,CMielerCWCetal:CResponseCofCretinoblastomaCwithCvitreousCtumorCseedingCtoCadenovirus-mediatedCdeliveryCofCthymidineCkinaseCfol-lowedbyganciclovir.JClinOncolC23:7927-7935,C20057)CampochiaroPA,NguyenQD,ShahSMetal:Adenoviralvector-deliveredCpigmentCepithelium-derivedCfactorCforCneovascularCage-relatedCmaculardegeneration:resultsCofCaCphaseCICclinicalCtrial.CHumCGeneCTherC17:167-176,C20068)RakoczyCEP,CMagnoCAL,CLaiCCMCetal:Three-yearCfol-low-upCofCphaseC1CandC2aCrAAV.sFLT-1CsubretinalCgeneCtherapytrialsforexudativeage-relatedmaculardegener-ation.AmJOphthalmolC204:113-123,C20199)BainbridgeJW,SmithAJ,BarkerSSetal:E.ectofgenetherapyonvisualfunctioninLeber’scongenitalamaurosis.CNEnglJMedC358:2231-2239,C200810)MaguireCAM,CSimonelliCF,CPierceCEACetal:SafetyCandCE.cacyofGeneTransferforLeber’sCongenitalAmauro-sis.NEnglJMedC358:2240-2248,C200811)HauswirthCWW,CAlemanCTS,CKaushalCSCetal:TreatmentCofLebercongenitalamaurosisduetoRPE65mutationsbyocularCsubretinalCinjectionCofCadeno-associatedCvirusCgenevector:short-termCresultsCofCaCphaseCICtrial.CHumCGeneCTherC19:979-990,C200812)MacLarenRE,GroppeM,BarnardARetal:RetinalgenetherapyCinCpatientsCwithchoroideremia:initialC.ndingsCfromCaCphaseC1/2CclinicalCtrial.CLancetC383:1129-1137,C2014C1398あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019(56)-

眼感染症主要病原体・多項目迅速PCR検査「Direct Strip PCR」

2019年11月30日 土曜日

眼感染症主要病原体・多項目迅速PCR検査「DirectStripPCR」MultiplexSolid-PhaseDirectStripPCRTestforOcularInfectiousDisease中野聡子*I眼感染症と病因検査病因検査は診断のみならず,他の疾患を否定し,根拠をもって治療を進めるための基本であり,病勢予測にも使える.たとえば,所見から明らかに糖尿病網膜症と臨床診断ができた場合でも,血糖が不明であれば採血検査を行うはずである.しかし,眼感染症では病因診断なしで治療を開始してこじれる症例も多い.一部の病因検査,たとえば定量ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)(用語解説参照)検査などが一般眼科医にはアクセスしづらいためと一定の理解はできる.しかし,ぶどう膜炎では感染性が約15%もあり1),塗抹鏡検や培養などの従来検査で検出困難なウイルスが主体で,種類も多岐にわたり,治療も異なる.急性網膜壊死の診断基準で眼内液中のウイルス検出が必須とされ,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)角膜内皮炎ではCMV陽性と,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)・水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)の陰性が必要とされる2).生物学的製剤などのリスク管理としても感染性ぶどう膜炎の除外は必要であり,昨今の医療環境を鑑みると,病因診断なき治療は許容されない時代となりつつある.細菌・真菌感染症の病因診断は塗抹鏡検,培養検査,薬剤感受性検査が検査室のゴールドスタンダードとして確立しているが,ウイルス検査は感度が低い免疫クロマトグラフィ検査か,おもに眼科研究室で行われる従来型定量PCR検査しかなかった.この状況を改善すべく,簡便な眼感染症PCR検査キット「感染性ぶどう膜炎キット(DirectStripPCR)」を開発した.この検査法は全国23都道府県で導入済み,または準備中で,3大臨床検査センターのうちLSIメディエンスとエスアールエル(以下,SRL社)で外注検査も開始されるなど,一般臨床に急速に普及しつつある.簡便に病因診断ができる分,正しい知識をもつ必要がある.PCR検査以外も含め,検査は,タイミング,採取検体,目的病原体の設定を誤れば期待した結果は得られない.安易に使用してはならず,各検査の適性を知り,臨床所見を注意深く観察して,目的病原体を念頭に,活動性炎症を有する部位の検体を用いて検査を行い,結果が病因として矛盾しないかを総合判断する必要がある.IIPCR検査の利点と限界PCR検査の利点は感度が高く,培養困難なウイルスなどを検出できることである.PCR検査の手法のうち,リアルタイムPCR法は量的情報が病勢や治療効果判定の参考となり,マルチプレックスPCR法は眼科微量検体からの多項目検査,混合感染検出に優れる.PCRの欠点は常在細菌・真菌,ヘルペス属のshedding(用語解説参照)による偽陽性や,鏡検のように簡便・安価でないこと,培養・薬剤感受性検査のように最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)はわからないことである.また,高感度のPCR検査も検出*SatokoNakano:大分大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕中野聡子:〒879-5593:大分県由布市狭間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(41)1383表1PCR検査が推奨される眼感染症・検査図1感染性ぶどう膜炎眼内液PCR検査全国調査網羅的PCRが4割を占める.(文献4より改変引用)図2感染性ぶどう膜炎キット「DirectStripPCR」すべての試薬がストリップチューブにあらかじコーティングされている.通常病原体が存在しない前房水・硝子体を対象とし,コンタミネーションが多かった細菌・真菌と,偽陰性が多かったトキソカラ・結核は省き,単純ヘルペスウイルス(HSV1)1型・2型,水痘帯状疱疹ウイルス(VZV),Epstein-Barrウイルス(EBV),サイトメガロウイルス(CMV),ヒトヘルペスウイルス6(HHV6),ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1),梅毒トレポネーマ,トキソプラズマの感染性ぶどう膜炎の主要病原体9項目に限定したため,陽性・陰性適中率はきわめて良好である.図3DirectStripPCR法の特徴DirectStripPCR法は,簡便・迅速・安価・微量検体対応・初心者でも高い再現性・正確性を特徴とし,コストと手間がかさむDNA精製操作・対照陽性遺伝子を省き,各病原体の増幅効率を揃えることで,PCRサイクル数(Cq値)による病勢判断を可能にした.⑤針を抜き,出血などの異常がないか確認.⑥検体は清潔操作で保存容器に入れる.⑦冷凍保存.図4前房水採取法の一例簡便で安全な房水ピペットを推奨する.採取量は再検分を含めC50.100Cμlが望ましいが,浅前房例ではC20Cμl強でよい.表2感染性ぶどう膜炎キット外注方法(LSIメディエンス)図5硝子体採取法の一例①プライミング後,吸引ラインの灌流液を吸引除去する.②カッターの接続部に三方活栓を接続する.③灌流ポート作製,カニューラを接続し,灌流準備する.④無灌流下で硝子体切除する.⑤チューブ内の硝子体がC100Cμl(約C10Ccm)になれば,カッターを外して灌流開始する.⑥三方活栓にシリンジをつけ,シリンジ内の空気で硝子体をチューブに押し出す,リンパ腫検査もある場合はあらかじめ延長チューブを接続,最大C2ml採取が可能である.(東京医科歯科大学眼科高瀬博先生のご厚意による)表3旧来の単項目PCR外注検査との違い旧来の単項目CPCR外注検査感染性ぶどう膜炎キット外注検査眼内液量眼内液集荷容器C費用報告日数量的情報△C100Cμl/1項目,全希望項目が検査できないことも.×提供なし△数万円/数項目△検体到着後数日.C1週間〇コピー数報告〇最低C20Cμl.再検含めC75Cμl/9項目〇有償提供〇C2万円台半ば/全C9項目〇検体到着翌日△定性検査,Cq値による量的情報提供図6感染性ぶどう膜炎キットの手順用手操作は約C1分で,最低限ピペットC1本あればよい.Ca,b:検体(前房水・硝子体)・反応液・ストリップチューブを試薬立てにセットする.説明付き試薬立て(島津製作所)が使いやすい.Cc:20Cμlピペット(例:WATSON,型番CNT-F20,深江化成)で,検体を反応液に入れる.Cd:10回ピペッティング.Ce:チップを変えず,ストリップチューブのCFC→CAに入れる.Cf:ストリップチューブの底にコーティングされた試薬に,チップの先が触れないよう注意する.Cg:攪拌はピペッティングでよいが,プレートシェイカー(例:アズワン,型番C1-2235-01/1-2235-12)や小型遠心機(例:BMS,型番CBSR-Mini6000KS)を使用すると確実である.いずれも数万円である.Ch:マルチプレックス・リアルタイムCPCR機器にセットし測定する.機器別の設定映像は大分大学ホームページに掲載されている.検査センター外注LSIメディエンスSRL(2019年度末~)神戸アイセンター病院・先進医療適用外・LSI,SRLは1件から集荷・輸送含め数日で結果ヘルペス性ぶどう膜炎,細菌・真菌性眼内炎(疑い含む)は先進医療症例数を満たす・届出症例数不足□届出(約1カ月で受理)□症例集積研究IRB申請□受理後,IRB開催□承認後,症例集積□オーダリング連携すると便利□測定(機器貸出もあり)□第1例開始・症例集積IRB書類は大分大学提供・症例集積用試験薬購入費は約20万円定期報告先進医療届出・治験審査委員会(IRB)・定期報告の書類見本は大分大提供図7感染性ぶどう膜炎キット外注,自施設導入~先進医療届出の流れ■用語解説■PCR:ポリメラーゼ連鎖反応.微量検体から病原体特異的遺伝子領域を短時間で増幅する.Cshedding:ヘルペス属が無症候性に涙液中などに排泄されること.==

遺伝性網膜変性の遺伝子診断

2019年11月30日 土曜日

遺伝性網膜変性の遺伝子診断TheGeneticDiagnosisofInheritedRetinalDystrophy堀田喜裕*細野克博*倉田健太郎*はじめに2015年1月,米国のオバマ前大統領は一般教書演説の中で,“precisionmedicine(精密医療)”という取り組みを開始すると述べた.これは,遺伝子などによって決められている個人差を考慮して治療や予防を行うという新しい医療の考え方である.患者の遺伝子の状態を調べてより精密な診断を行い,また薬の効きやすさを予測するなどして,個人個人に合った最適な治療や予防を行うことをめざす.個別化医療(personalizedmedicine)ともいい,癌治療で大きな話題となっている.こうした医療が可能になった背景として,次世代シークエンサー(nextgenerationsequencer:NGS)とよばれる機器を代表とする,膨大な遺伝子の情報を幅広く・迅速に調べる技術の急速な進歩があげられる.欧米では,表1にあげるように,遺伝性網膜変性(inheritedretinaldystrophy:IRD)に対する遺伝子別の臨床治験が進行している.IRD患者を前に,いつも無力感に苦しむ医師の一人として,効果的な治療が可能になる時代が来てほしいと期待している.本稿では,NGSによる遺伝子診断を中心に概略を説明し,なにが可能になるのか,なにが問題となるのか,眼科臨床医に向けてなるべくわかりやすく述べる.I次世代シークエンサー遺伝子の塩基配列を決める方法として,これまでサンガー法が使われてきた.サンガー法は,ノーベル化学賞を2度受賞した英国のFrederickSangerの名からとったもので,精度は高いが,1回の解析で約10,000塩基程度のデータしか得ることができない.現在市販されているNGSを用いて全ヒトゲノムを解析すると,1回の解析で約1.5Tb(1,500Gb)もの塩基配列情報を取得できる.実にヒトゲノム(3Gb)の約500倍もの塩基量である.このことから,NGSのパワーをご理解いただけると思う.NGSでは,DNAを酵素によって断片化してポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)法で増幅し,多数の遺伝子を同時に,同じ塩基位置を20~100回ずつ塩基配列を決める.NGSで1度に解析する情報量は膨大ではあるが上限はあるので,全ゲノムを見る(wholegenomesequencing:WGS)のか,エクソンのみ見る(wholeexomesequencing:WES)のか,選択した遺伝子のみ見る(targetsequencing:TS)のかによって,解析できる検体(患者)数が決まる.筆者らはNextSeq500(イルミナ社)というNGSを使ってWESを行っているが,1回で16人分を解析している.どの手法を用いるかは,目的や対象,予算によって決まる.コストが低下しているとはいっても,現状では1回動かすのに20~600万円もかかる.IIIRDにおける遺伝子解析研究IRDに対しては世界中で遺伝子解析研究が行われている.わが国でも種々のIRDに対して大規模な遺伝子解析研究が行われており1~6),1)わが国の網膜色素変性*YoshihiroHotta,*KatsuhiroHosono&*KentaroKurata:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕堀田喜裕:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(31)1373表1アデノ随伴ウイルスベクターを用いた遺伝子治療の治験GenePhaseVectorSponsorRPE653AAV2-hRPE65v2SparkTherapeuticsCHM1/2AAV2-hCHMSparkTherapeuticsMERTK1rAAV2-VMD2-hMERTKFowzanAlkurayaPDE6A1/2rAAV8.PDE6ASTZeyetrialPDE6B1/2AAV2/5-hPDE6BHoramaS.A.RPGR1/2AAV-RPGRMeiraGTxUKIILtdCNGA31/2rAAV.hCNGA3STZeyetrialRS11/2AAV-RS1NationalEyeInstituteCRB1(15.7%)NMNAT1(15.7%)IMPDH1(5.3%)網膜色素変性とUsher症候群RPGRIP1CRX0.8%IMPG20.8%GUCY2D(10.5%)(15.7%)LRAT0.8%NR2E30.8%MYO7A0.8%PRCD0.8%ROM10.8%GPR981.7%USH2A2.5%RHO5.8%PRPH23.3%TULP11.7%PRPF312.5%RPGR4.1%RPE651.7%x1RPSNRNP2002.5%Leber先天盲CRX1.7%RP11.7%UsherRDH121.7%CNGB21.7%C2orf711.7%adRPBEST10.8%NRL0.8%MERTK2.5%PRPF60.8%RP10.8%MAK2.5%TOPORS0.8%CNGA12.5%arRPPDE6B5.0%RP1L15.8%EYS28.9%USH2A9.1%図1わが国の網膜色素変性とLeber先天盲の原因遺伝子診断できる患者はそれぞれ,4割と6割であるが,その原因遺伝子の内訳は大きく異なっている.左側の円グラフは文献2より引用.錐体桿体ジストロフィLeber先天盲LCACRDCRB1,CWC27,EnhancedS-cone症候群CRX*,IFT140,IMPDH1,C8orf37,PRGRIP1LRAT,MERTK,CDHR1,RDH12,RPE65,RPGR,SPATA7,TULP1SEMA4AESCSNR2E3,ABCA4,PROM1,ADGRA3*,AGBL5,AHI1,NRLPRPH2ARHGEF18,ARL2BP,ARL3*,ARL6,BBS1,BBS2,BBS9,C2orf71,BEST1,CA4,CERKL,CLN3,CLRN1,CNGA1,CNGB1,MDFSCN2,DHDDS,DHX38*,EMC1*,EYS,GUCA1B,FAM161A,HGSNAT,HK1,IDH3A,IMP62,IDH3B,IFT172,KIAA1549*GNAT1,RP1L1,KIZ,*PDE6B,KLHL7,MAK,MVK,NEK2,NEUROD1,RHO,OFD1,PANK2,PDE6A,PDE6G,POMGNT1,BLBP1,CSNB黄斑ジストロフィPRCD,PRPF3,PRPF4,PRPF6,PRPF8,PRF31,SAGRBP3,RDH11,REEP6,RGR,ROM1,RP1,RP2,RP9,SAMD11,SLC7A14,SNRNP200,TORORS,TTC8,USH2A,ZNF408,ZNF513網膜色素変性RP先天停在性夜盲図2疾患と原因遺伝子は1対1ではない(文献7より引用)シークエンスデータマッピング,変異抽出,(Fastqファイル)アノテーション付加抽出された変異のフィルタリング得られた変異が疾患原因かどうかを評価する得られた変異をサンガー法により確認実験を行う偽陽性の変異を除外家族の検体を用いて分離解析を行う症例の遺伝形式と矛盾する変異を除外疾患原因変異の検出図3NGSを用いた遺伝子解析パイプラインとよばれる得られたシークエンスデータの筆者らの解析方法を示す.することもある.X連鎖性網膜色素変性(X-linkedreti-nitispigmentosa:XLRP)の場合,キャリアは眼底検査や自発蛍光検査でも診断できるが,遺伝子検査ではっきりすることは重さが違うと実感していて,遺伝子検査に先立って行う遺伝カウンセリングでは,とくにこの点をしっかりと話すようにしている.極端な例では,大規模な遺伝子検査によって,親子でないことがはっきりする可能性もある.二つ目は,治療できない別の疾患であると偶然に診断してしまう可能性がある.これを偶発的所見(incidental.nding/secondaryC.nding:IF/SF)という.予期しないで検出した患者の生命にかかわるような重篤な遺伝子変異,とくに介入困難な,たとえば神経変性疾患について,どのように対応するかはむずかしい.参考となる米国のガイドライン8,9)をあげるが,わが国でも検討中である.遺伝子検査を受ける前には,必ず専門家による遺伝カウンセリングを受けることが大切である.上記の問題も含めて,患者と場合によっては家族が遺伝子検査について十分に理解したうえで検査を受けることが望ましい.CVIわが国のXLRPとキャリアの臨床像NGSを用いたCIRDの遺伝子解析の成果の例として,わが国のCXLRPとキャリアの臨床像を紹介する10).XLRPは重症のCIRDであり,XLRPのキャリアである母親は著しく多様な臨床的重症度を示す.NGSでRPGR遺伝子またはCRP2遺伝子が原因と診断できたのはC12家系で,11の変異(RPGRが6,RP2が5,うちC5つは新規変異)を同定した(図4).このうち,男性患者13人,女性キャリアC15人について眼科検査を実施した.RP2変異を有する患者は,RPGR変異を有する患者よりも視機能が悪い傾向を認めた.キャリアの視力と視野はさまざまであった.キャリアのうち,92%に網膜電図異常を認め,63%に放射状の自発蛍光パターン11)があり,近視の強いキャリアは視力がより悪く,網膜変性がより重症であった(図5).今後いろいろな臨床治験も行われていくと考えられるが,IRDの場合は,視機能の悪化を少しでも遅らせることが最初の目標となる.網膜色素変性を例にとると,RP2遺伝子異常による網膜色素変性と,EYS遺伝子異常による網膜色素変性の経過,重症度は大きく異なる.それぞれの遺伝子異常についての詳細な自然経過を知ることは,より正確な治療効果の判定に重要であることはいうまでもない.CVII全身疾患を合併するIRDとIRUD全身疾患にCIRDが合併する症候群の数は多い.RetNet(https://sph.uth.edu/retnet/)によると,C“Syn-dromic/systemicCdiseasesCwithretinopathy”のうち,原因遺伝子が同定されているものはC61を数える.もっとも頻度の高いCUsher症候群は,網膜色素変性に難聴を合併する常染色体劣性の疾患で,15の原因遺伝子が同定されている.わが国においても,Usher症候群の原因はCUSH2A遺伝子異常がもっとも多いが,USH2A遺伝子異常は難聴を合併せず網膜色素変性単独のこともある12,13).IRDにCNGSを用いて解析して,Hermansky-Pudlak症候群やCBardet-Biedl症候群と診断できた症例を経験した14,15).すでに述べたが,一方で,解析する範囲によっては,重篤な介入困難な疾患が明らかになる可能性もあり,遺伝カウンセリングでしっかりと説明と同意を得ることが重要となる(表2).NGSを用いた診断技術の革新に伴い,診断のむずかしいまれな遺伝性疾患を,中央のいくつかの施設(IRUD解析センター)に集約してCNGSを行って診断を行う未診断疾患イニシアチブ(InitiativeConCRareCandCUndiag-nosedDiseases:IRUD)というプロジェクトが進行している16).これは,日本医療研究開発機構(JapanAgen-cyCforCMedicalCResearchCandDevelopment:AMED)のプロジェクトで,すべての診療科が参加している.図6に示すように,NGSが診断に有効と考えられる患者について,先生方から近くのCIRUD地域拠点病院や協力機関(https://www.irud.jp/hospital.html)に相談すると,拠点病院のCIRUD診断委員会で,IRUD解析センターに送付してCNGS解析を行うかどうかを検討する.解析を行うという判断になれば,国内に設定された数カ所の解析センターに集約してCNGSから診断まで行ってくれる.このプロジェクトには,「二つ以上の臓器にまたがったもの」という縛りがあるので,その点は留意が必(35)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1377Family1Family2Family3M/++M/+M/+MCarrier3(JU1601)Healthysubject1Carrier4(HM0159)(HM0158)Carrier1Patient1(HM0089)MM(HM0045)M/+Patient2Patient3(JU1538)(HM0157)Carrier2(HM0102)Family4+Family5M/+Family6M/+Healthysubject3Carrier6(JU1140)Carrier8(JU1486)(JU1139)M/+MM/++MCarrier9(JU1487)Patient6(JU1450)Carrier5Healthysubject2Patient5(JU805)M(JU940)(JU1079)M/+Carrier7Patient4(JU1485)(JU806)Family7Family8M/+Family9+Family10M/+Carrier11Healthysubject6Carrier13M(JU1221)(HM0161)M(HM0162)M/+Patient8Patient10M/++(JU1220)Carrier12(JU1467)(HM0043)M+/+Carrier10(HM0165)Healthysubject4(HM0164)MPatient9Healthysubject5(JU521)(JU1488)Patient7(HM0163)Family11+Family12M/+Healthysubject8Carrier15(HM0190)M(HM0191)+M/+Patient13Healthysubject7Carrier14(JU1216)(HM0032)(JU1215)Patient11Patient12(JU1214)(JU1217)図4筆者らが検討したわが国のXLRP家系■男性患者,.はキャリア(女性保因者),矢印は発端者,スラッシュは故人を示す.Mは変異の対立遺伝子,+は正常の対立遺伝子をさす.RPGR遺伝子異常とCRP2遺伝子異常を含む.(文献C10より引用)表2眼科領域症例のWESによる偶発的所見(incidental.nding.secondary.nding:IF.SF)解析対象遺伝子対象遺伝子数偶発的所見の有無検出された際に検討が必要な遺伝子例Leber先天盲の既知原因遺伝子C遺伝性網膜変性の既知原因遺伝子(*RetNet)遺伝性疾患の既知原因遺伝子(**HGMD)25約C300約C11,000無有有RB1(網膜芽細胞腫の原因遺伝子)検査時には発症していないが,将来的に発症が示唆される疾患の原因遺伝子Cabd図5キャリアの眼底写真,眼底自発蛍光(FAF),光干渉断層計(OCT)a:キャリアC15の眼底所見.眼底,OCTでは異常は認められないが,FAFではわずかに放射状のパターンを認める.b:キャリアC2の眼底所見.耳側から黄斑にかけてCtapetal-likere.exを認める.FAFでは放射状パターンを認めるが,OCTでは明らかな異常はない.Cc:キャリアC13の眼底所見.耳側周辺の網膜に色素斑を認める.FAFは放射状の蛍光パターンを示し,OCTでCEZは消滅している.Cd:キャリアC1の眼底所見.色素斑を含むびまん性網膜萎縮を認める.FAFでは放射状の自発蛍光パターン,網膜色素上皮萎縮と一致する低自発蛍光を示す.OCTでは重度の網膜外層と脈絡膜の萎縮を認める.バー:200Cμm.(文献C10より引用)図6未診断疾患イニシアチブ(IRUD)診断体制日本医療研究開発機構のホームページ(http://www.amed.go.jp/program/IRUD/)より.いままで診断が困難であったわが国の二つ以上の臓器にわたる希少疾患について,いくつかの遺伝子解析拠点に集めて次世代シークエンサー(NGS)で解析し,関係する病院で診断連携を行う.C–

角膜ジストロフィの遺伝子診断

2019年11月30日 土曜日

角膜ジストロフィの遺伝子診断GeneticTestforCornealDystrophies辻川元一*I角膜ジストロフィとは角膜ジストロフィは,遺伝性に発症し,両眼性,進行性に角膜の混濁をきたす非炎症性の疾患と定義される.つまり,角膜混濁をきたす疾患群のうち,遺伝性のはっきりしているものを角膜ジストロフィと分類している.元来,ジストロフィは細胞や組織が物質代謝障害や栄養障害によって変性・萎縮などをきたす病態であるが,他領域,とくに神経筋のジストロフィにおいては細胞の変性死を伴うことが多い.たとえば,黄斑ジストロフィでは錐体細胞死が起きる.しかし,角膜ジストロフィにおいては必ずしも細胞死を伴うとはかぎらず,何らかの物質の蓄積により角膜の重要な機能である透明性を失う病態が多い.用語についてであるが,角膜変性症という呼び方もされたが,遺伝性であることを明確にするため角膜ジストロフィと記載されていた.現在では他領域でもよく使用されるジストロフィー(長音がある)と記載することもある.II角膜ジストロフィの病態角膜の上皮,実質,内皮それぞれにジストロフィが存在する.上皮ジストロフィは蓄積病としての側面が強く,上皮細胞死が起きるかどうかは定かではない.蓄積物の沈着は上皮層にとどまらず,上皮下,実質に及ぶことが特徴であるが,あくまで上皮細胞が病態の主座であるので,沈着は浅層が中心となる.また,角膜移植を行っても,上皮細胞はレシピエントのものに置換されるため,再発を伴うことが多い.実質ジストロフィも同様に蓄積病であるが,沈着は実質全体に及ぶため,深層にもびまん性の混濁をきたすことが多い.しかし,実質細胞は移植後,レシピエントのものに置換されにくいため,再発は少ない.内皮ジストロフィではFuchsジストロフィが近年注目を集めている.欧米での発症率が高いことに加え,原因遺伝子の一つが特定され,それがTCF4遺伝子の第3イントロンにおいてCTGという三つの塩基のリピートが延長していることが原因とわかったからである.これはトリプレットリピート病といわれる神経変性疾患に分類され,現在病態についても検討が進んでいる.スペキュラーマイクロスコープで日常的に観察される滴状角膜は異常蛋白の蓄積によるものであるが,進行に伴い,内皮細胞死を引き起こし,重症例では水疱性角膜症に至る.III角膜ジストロフィの遺伝子変異角膜ジストロフィは遺伝性の疾患であるが,ここでの遺伝性とはメンデル遺伝をさす.つまり,通常は常染色体優性遺伝か,常染色体劣性遺伝かである.それぞれのジストロフィがどのような遺伝子のどのような変異で起きるのかは重要ではあるが,それが一般臨床において大きな意義があるかということについては疑問の余地があ*MotokazuTsujikawa:大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻生体情報学講座〔別刷請求先〕辻川元一:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻生体情報学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(23)1365るので,ここでは遺伝子の変異が起きたときに,どのように病態を引き起こすのかについて述べる.遺伝子に変異があるということは,おおざっぱにいって遺伝子の産物である蛋白質や酵素に変化が起きるということである.蛋白質の機能は亢進する場合(機能獲得型とよぶ)と減弱する場合がある(機能喪失型変異とよぶ).機能獲得型は単に機能が亢進するだけでなく,新たに異なった機能,とくに角膜ジストロフィにおいては沈着物を生み出すという新たな機能を獲得する場合が多い.この場合,同じ遺伝子であったとしても変異の種類によって,沈着物や沈着の起り方が異なるので,それがさまざまな臨床症状に違いをもたらす.また,機能獲得型変異は父方,母方どちらか一方の遺伝子に変異が起きても,沈着物は発生するので,遺伝形式は常染色体優性遺伝となることが多い.変異のホモ接合体ではこの以上沈着物の産生量が2倍となると考えられるから,重篤な症状を示すことが多い.TGFBI関連角膜ジストロフィがこれにあたる.また,移植などでも悪さをする遺伝子を完全に駆逐できず(とくに上皮型),再発を起こしやすい.機能喪失型の場合,その遺伝子産物の機能がまったくないか,あるいは遺伝子自体が発現しない(つまり,蛋白質や酵素がなくなってしまう)変異が多い.必要な遺伝子が働かない.たとえば斑状ジストロフィではケラタン硫酸を産生する機能が欠失することで,これを含むプロテオグリカンが難溶性となって,混濁を生じる.このような場合,父方,母方どちらか一方の遺伝子だけの変異であれば,正常のほうの蛋白質がケラタン硫酸を産生することができるので発症しない.つまり,常染色体劣性遺伝の形式をとることが多い.このような変異は遺伝子の途中でストップコドンが入ってしまう変異(ナンセンス変異やフレームシフト変異)が多いのも特徴である.また,移植により正常遺伝子が導入されてそれが維持されれば,再発はしにくい.ただし,上皮ジストロフィでは,患者上皮に置き換わってしまうため再発する.このように,上皮・実質の角膜ジストロフィは遺伝子が発現しているのが上皮か実質かと,機能獲得型か喪失型かを考えると病態や治療が理解しやすい.たとえば上皮型機能獲得型であれば,常染色体優性遺伝なので,両親のどちらか,あるいは兄弟にも発症が多い.沈着は浅層なので,治療的レーザー角膜切除(phototherapeutickeratectomy:PTK)や表層移植を選択するが,再発しやすいということになる.IV角膜ジストロフィの遺伝子検査遺伝子検査を行うためには原因遺伝子が同定されていることが基本的に必要である.このような疾患はゲノム科学の進歩により,1990年代より急速に増えた.格子状角膜ジストロフィや顆粒状角膜ジストロフィなどのTGFBI遺伝子関連ジストロフィ,Meesmann角膜ジストロフィ,膠様滴状角膜ジストロフィ,斑状角膜ジストロフィ,Schnyder角膜ジストロフィ,Fleck角膜ジストロフィ,Fuchs角膜内皮ジストロフィ,後部多形性角膜内皮ジストロフィなどがあげられる.どのような遺伝子のどのような変異で起こるかは種類の多い上皮・実質ジストロフィの代表的な物は表1に示したが,年々,その数は増加している.これをどのように臨床医でキャッチアップしていくかは後述する.このように遺伝子検査はその対象を急速に広げ,診断できる疾患も増えているが,実際に日本で臨床医が外注も含め,検査できるような疾患は存在していない.倫理的な問題も存在するので,遺伝子検査の体制が整っており,また倫理委員会の承認を取った大学や研究機関に依頼して検査を行うこととなる.実際の検査の手順については他書に譲る.V遺伝子検査の解釈臨床医がとまどうことの一つに,遺伝検査の結果をどのように解釈したらいいのかがわかりにくいということがある.TGFBIのR555W変異といわれても,それが病気の原因となっているのかどうかは,それだけではわからない.新しい変異であった場合,専門家はデータベースや文献を検索し,その病因性を検索するが,臨床医ではそのようなことはなかなかむずかしいと思われる.このようなデータベースのなかで米国国立生物工学情報センター(NationalCenterforBiotechnologyInforma-tion:NCBI)のヒトMendel遺伝病カタログ(online1366あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019(24)表1代表的な上皮・実質角膜ジストロフィOMIN#Name,(Alias)遺伝形式遺伝子座原因遺伝子原因変異臨床上の特徴121900顆粒状ジストロフィCI型CGranularcornealdystrophy,TypeI;GCDC1(Cornealdystrophy,groenouwTypeI;CDGG1)(Cornealdystrophy,punctateornodular)CADC5q31CTGFBICR555Wドーナツ様の表層の角膜が線状に配置される607541顆粒状ジストロフィCII型CGranularcornealdystrophy,TypeII;CGDC2(Avellinocornealdystrophy)(cornealdystrophy,AvellinoType;CDA)ADC5q31CTGFBICR124H実質中層に星状の濃い混濁その間に浅層の淡い混濁が生じるようになると視力を障害臨床症状は比較的軽微,再発も少ない122200C格子状ジストロフィCI型CLatticecornealdystrophy,TypeI(cornealdystrophy,latticeTypeI;LCD1)ADADADC5q315q315q31CTGFBITGFBITGFBICR124CA546NP551Q再発性角膜びらんを生じやすい中央部の瀰漫性の混濁があり,表面が隆起しているその周りに格子状の混濁が配置される105120C格子状ジストロフィCII型CLatticecornealdystrophy,TypeII(amyloidosis,finnishtype)(cerebralamyloidangiopathy,GSN-related,included)CADC9q33.2CGSNCD187N周辺から出現する格子状の混濁格子状ジストロフィCIIA型CADC5q31CTGFBICS538C臨床症状は比較的軽微unassiginedCLatticecornealdystrophy,TypeIVADC5q31CTGFBICL527R老年発症臨床症状は軽微602082Thiel-behnkeジストロフィCThiel-behnkecornealdystrophy;TBCD(cornealdystrophyofbowmanlayer,TypeII;CDB2)(cornealdystrophy,honeycomb-shaped)CADADC5q3110q24CTGFBIUNKNOWNR555QCBowman層を中心とした混濁ハニカム状の混濁608470Reis-bucklersジストロフィCReis-bucklerscornealdystrophy;RBCD(cornealdystrophyofbowmanlayer,TypeI;CDB1)(cornealdystrophy,geographic)(granularcornealdystrophy,TypeIII)CADC5q31CTGFBICR124LBowman層を中心とした混濁地図状の形をした混濁217800C斑状ジストロフィMacularcornealdystrophy,TypeI(groenouwTypeIIcornealdystrophy)CARC16q23.1CCHST6Cmany深い実質までびまん性の混濁204870膠様滴状ジストロフィGelatinousdrop-likecornealdystrophy;GDLD(familialsubepithelialamyloidosis)ARC1p32.1CTACSTD2Cmanyバリア機能の低下とアミロイドの沈着周辺からの血管侵入121800SchnyderジストロフィCschnydercornealdystrophy;SCD(schnydercrystallinecornealdystrophy)ADC1p36.22CUBIAD1CmanyC中間周辺部に透明体をともなう実質混濁C図1OMINの一例TGFBI遺伝子の異常で起きる疾患をみることができる.図2OMINの一例顆粒型ジストロフィCI型がCTGFBI遺伝子のCR555W変異で起きることがわかる.図3OMINの一例角膜ジストロフィを起こすCTGFB1変異の代表例,すべての一覧をみるには右上の“AllClinVarVariants”をクリックすればよい.図5格子状角膜ジストロフィI型臨床症状が比較的重く,再発性角膜びらんを生じやすい.中央図4顆粒状角膜ジストロフィII型部のびまん性の混濁があり,表面が隆起する.その周りに格子実質中層に星状の濃い混濁があり,その間に浅層の淡い混濁が状の混濁が配置される.生じるようになると視力が障害される.グリカンが存在し,これにケラタン硫酸がついて透明性を維持している.斑状ジストロフィ患者においてはこのケラタン硫酸の硫酸基を付加する酵素が欠落するため,正常なケラタン硫酸が産生されず,プロテオグリカンが難溶性となって混濁を生じる.全身においてこれが起こるのがCI型で,角膜においてのみ起こるのがCII型である.N-アセチルグルコサミンC6スルホトランスフェラーゼをコードするCCHST6遺伝子の変異により酵素活性が低下するCI型においては全身の病態を示す.一方,II型においてはCCHST6の蛋白質のコーディング領域には変異がないが,このプロモーター領域に大きな欠損や相同組み換えによる異常があり,この場合,角膜でのCN-アセチルグルコサミンC6スルホトランスフェラーゼの発現が減弱する.このため,角膜のみで表現型が出現する.治療はCTGFBI関連ジストロフィとは異なり,実質が病因の主座であるため,混濁が実質全層に微慢性に進行することからエキシマレーザーによるCPTKや表層角膜移植を選択しにくく,通常は全層角膜移植,もしくは深層角膜移植が行われる(つまり,より深層への介入が必要である).沈着は角膜実質細胞が産生するものであるので,術後の再発は通常ないが,長期観察後の再発の報告はある.これはホスト角膜の実質細胞が侵入したためと解釈されているようである.C6.膠様滴状角膜ジストロフィ(gelatinousdrop.likecornealdystrophy:GDCD)1914年中泉により初めて報告され,1932年に滝沢により膠様滴状角膜ジストロフィと命名された.遺伝形式は常染色体劣性遺伝で,患者はわが国に比較的多く,諸外国ではまれであることに特徴がある.罹病率は約C3.30万人にC1人とされる.また,わが国において位置的遺伝子検索法にて初めて原因遺伝子が同定された疾患でもある.典型的な患者はC10代頃より羞明感,異物感の自覚で発症し,両眼の角膜上皮下に乳白色のびまん性の小混濁が出現し,次第に数と密度を増していく.さらに,灰白色の隆起性病変(膠様病変)が眼瞼裂,角膜中央のやや下方に出現し,次第に数を増やし融合しながら周辺部へ侵入し,最終的には輪部を含めた角膜全体を覆ってしまう.この沈着物はコンゴーレッド陽性のアミロイド沈着である.また,本疾患においては角膜のバリア機能が低下していることと,周辺から角膜上皮に血管侵入が認められることが比較的特徴的な所見である.本疾患は辻川らが位置的遺伝子探索法にてCTAC-STD2(M1S1/TROP2/GA733-2)という癌マーカー遺伝子に複数の変異を同定した3).また,このうちQ118X変異は病因変異の実にC90%を占め,さらにこの周囲の遺伝マーカーの対立遺伝子の状態(ハプロタイプ)も共通であった.本疾患はこのような典型的な表現型のほかに,実質混濁型(stromalopacitytype),帯状角膜変性型(bandkeratopahtytype),金柑様型(KumC-quat-liketype)といわれるような非典型的な表現型を示すものも報告されており,遺伝子検査の有用性が高い疾患である.治療ソフトコンタクトレンズを装用することで病状の進行を遅らせることができる.C7.Fucks角膜内皮ジストロフィ(Fuchs'endothelialcornealdystrophy:FECD)角膜内皮のジストロフィで両眼性に角膜内皮機能障害をきたし,水疱性角膜症に至る.中年以降の女性に多く,短眼軸,挟隅角眼が多いことが知られている.滴状角膜とよばれる異常な沈着物が基底膜に沈着を起こしたのち,内皮細胞が変性死し,重症例では水疱性角膜症に至る.米国での有病率はC40歳以上でC4.5%と高く,わが国においても滴状角膜の有病率は低くない.若年で発症する早期発症型はCcollagenCtypeVIIIalpha-2遺伝子の異常といわれるが頻度は高くない.多くを占める晩期発症型には多くの遺伝子座が報告されているが,TCF4遺伝子のイントロンにおけるCCTGリピートの数が正常に比べ長くなるトリプレットリピート病として注目を浴びている(FECD3)4).文献1)MunierCFL,CKorvatskaCE,CDjemaiCACetal:Kerato-epithe-linCmutationsCinCfourC5q31-linkedCcornealCdystrophies.CNatureGenetC15:247-251,C1997(29)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1371’C

フェムトセカンドレーザー白内障手術

2019年11月30日 土曜日

フェムトセカンドレーザー白内障手術FemtosecondLaser-AssistedCataractSurgery脇舛耕一*はじめに眼科領域でのレーザーは,1970年代に網膜光凝固術やYAGレーザーによる後.切開術が使用されたことから始まり,1980年代にはエキシマレーザーによる治療的角膜切除(phototherapeutickeratectomy)や角膜屈折矯正手術(photorefractivekeratectomy),1990年代からは角膜屈折矯正手術法のひとつとしてlaserinsitukeratomileusis(LASIK)が行われるようになった.フェムトセカンドレーザーの眼科での臨床応用は1999年のLASIKでのフラップ作製のための角膜切開が最初であり,2000年代にはLASIKフラップの作製のほか,角膜移植や乱視矯正角膜切開,smallincisionlenticleextraction(SMILE)などに使用されるようになった.フェムトセカンドレーザーの白内障手術への使用は2008年に始まり2009年に最初の臨床報告がなされ1),2010年代には技術の進歩に伴い性能の向上が図られ,現在は世界各国での普及とともに国内でも使用可能となっている.本稿では,フェムトセカンドレーザー白内障手術の原理,構成と臨床的効果について述べる.Iレーザー原理眼科領域で用いられるレーザーの原理の種類としては,おもに網膜病変で使用される光凝固(photocoagula-tion),エキシマレーザーに代表される光切除(photoab-lation)のほか,YAGレーザーやフェムトセカンドレーザーでの光切断(photodisruption)がある.フェムトセカンドレーザーは,フェムト秒(=10-15,1,000兆分の1秒)単位の極短時間パルスの近赤外線レーザー(波長1,030~1,053nm)の照射が可能である.一般的に,レーザー強度はエネルギー強度に比例し,照射面積,照射時間に反比例する(レーザー強度=パルスエネルギー/ビームスポット面積・レーザーパルス時間幅)ため,エネルギー設定を上げずに照射面積を小さく,照射時間を短くすることで,周囲へ影響を及ぼすことなくピンポイントに高出力のエネルギーを照射できる.また,フェムトセカンドレーザーにはytterbium系レーザー媒質としてpotassiumyttriumtungstateなどが使用されており,エネルギー量がYAGレーザーよりも少なく周囲組織への影響が低いという特徴がある.1回の照射で組織蒸散により約10μmの間隙形成が得られ,連続照射により間隙をつなげることで任意の場所での組織切断を得ることが可能である.II実際の臨床使用現在販売されている白内障手術用フェムトセカンドレーザーの機種は複数あるが,2019年の時点で国内で認可されている機種はアルコンのLenSxRとJohnsonandJohnsonのCatalysRの2機種であり,この2機種の運用に沿って述べる.LenSxRでは24時間の温湿度管理(温度18~24℃,湿度65%以下)が必要であり,設置場所での空調設備が必要となる.CatalysRでは24時間の温湿度管理は設定されておらず,使用時に15~32℃,*KoichiWakimasu:バプテスト眼科クリニック〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニック0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(13)1355ab図1Patientinterface(PI)のシェーマa:LenSxRのPI.角膜と接眼面の間にSoftFitTMというソフトコンタクトレンズが入る.b:CatalysRのPI.最初に吸引リングで眼球を固定したあと,中にBSSplusRを入れてドッキングさせる.-ingが生じる問題があった.そのため現在では角膜屈折力が41D未満のフラットタイプ,41-46Dのノーマルタイプ,46Dを超えるスティープタイプの3タイプが使用可能となり,形状に応じて選択することでairpool-ingの問題はほぼ生じなくなった.また,SoftFitTMを角膜に接触させていった際に,涙液メニスカスが角膜中央付近にかかったタイミングで吸引を行うとairpoolingを回避しやすい.CatalysRのPIは接眼部が直接角膜に触れない非接触型となっている.円錐形の吸引リングとレンズ,液体キャッチメントから構成され,間にBSSplusRを入れドッキングさせる浸水式で,角膜に触れないため角膜形状変化をまったく生じさせず,吸引中の眼圧上昇も少ない状態で前眼部から水晶体位置の解析が可能である(図1b).角膜に触れないため角膜曲率を考慮したタイプ分けは不要で,直径が21.6mmと19.0mmの2種類がある.それぞれの特性上,LenSxRでは吸引固定とレーザードッキングが同時であり,CatalysRでは吸引固定を行った後レーザーとのドッキングを行う.その際,とくにLenSxRでは後述する切開位置設定およびcapsulotomyの特性から,ドッキング時に第一眼位で水晶体が水平となっていることが望ましい.また,2機種ともPIサイズが限定されているため,瞼裂狭小例ではPIが入らず吸引固定ができない場合があり,注意が必要である.2.前眼部および水晶体の解剖学的位置の把握と切開位置の決定正確なレーザー切開を得るために必要な解剖学的位置情報の把握として,前眼部光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)の技術が利用されている.白内障手術用フェムトセカンドレーザーに搭載されているOCTはおもに波長820~930nmのspectral-domainOCT(SD-OCT)で,角膜および水晶体の空間位置解析が可能である.LenSxRでは水晶体前.のみcirclescanとよばれる方法で360°把握し,後.深度を含む水晶体全体像はlinescanとよばれる,circlescan画面で選択した位置でのAスキャンのみ,深度8.5mmの位置まで把握する方法である.角膜切開の断層像も,主創口のprimaryincisionと乱視矯正角膜切開(astigmatickeratotomy:AK)ではそれぞれ切開位置の中央部分のみを把握し,サイドポートであるsecondaryincision位置での断層像は把握していない.CatalysRでは1万本以上のAスキャンを行い角膜および水晶体全体を360°,3Dで解析することが可能で,眼球が第一眼位でなくとも角膜および水晶体の傾斜を把握して切開を行うことができる.切開位置の設定法はとくにZ軸(深度)方向において2機種で大きく異なる.最初にcapsulotomy,lensfrag-mentation,cornealincision(併用時はAKも)それぞれのXY方向の位置を決めたあと,LenSxRではcapsu-lotomyでの前.面の最浅部,再深部の位置決定を行う.また,後.面の最浅部位置を選択し,その位置での水晶体断層像からlensfragmentationの深度範囲決定を行う.その後primaryincisionと,AK施行時はその切開深度の決定も微調整する.このように,LenSxRでは各パートでの確認と位置調整が必要であるのに対し,CatalysRでは位置調整はほぼ不要で,ほぼワンクリックずつで各パートをクリアしていくことが可能である(図2a,b).OCTでの解析は,CatalysRのほうが詳細な分,時間もかかる.一方で切開位置決定は,LenSxRのほうが各項目のチェックが必要なためCatalysRよりは煩雑となる.しかし,その分LenSxRでは位置の誤認識をしたまま切開を行うリスクは低い.一方,CatalysRでは自動的に進められるため,まれに誤認識している症例があっても気づきにくく,術者が確認する意識を高めておく必要がある.また,切開創やAKのXY方向の位置決定は,LenSxRでは連携システムの活用が可能であり,VerionImageGuidedSystemRで術前に撮影した前眼部画像とリンクさせることで回旋補正を自動的に行うことができ,また手術中にサージカルガイダンスとしてアライメントを投影することができる.CatalysRでは現在のところそのような連携システムがないため,事前にマニュアルでのマーキングが必要となる.また,いずれの機種にもセーフティマージンが設定されている.Capsulotomyでは切り残しを防ぐためにZ軸方向の選択範囲よりも広く,逆にlensfragmentation(15)あたらしい眼科Vol.36,No.11,20191357cd図2フェムトセカンドレーザーでの切開位置の設定と実際の切開a:LenSxRでの切開位置の設定画面.左画面でXY方向の位置を,右上画面でcapsulotomyの深度とlensfragmentationのlinescanの位置を,右下画面でlensfragmentationの深度を決定する.b:CatalysRでの切開位置の設定画面.左画面でXY方向の位置を決めたあと,深度設定はほぼ自動的に設定される.c,d:a,bそれぞれで設定した切開位置での実際の照射の様子capsulotomy,lensfragmentation,cornealincisionが順に行われていく.ab図3Lensfragmentationの照射パターンa:chop(6分割)とCcircleの組み合わせ.chopはC4分割,8分割も選択できる.また,circleのサイズと数も変更可能である.b:frag(賽の目状).賽の目のサイズを変更可能である.時の超音波発振時間の短縮である.マニュアルフェイコのみと比べて有意に短縮することが報告されており1,11),レーザーエネルギー量を考慮すれば角膜内皮細胞密度低下例での有用性が期待される.一方で,レーザーの透過性が低下した混濁例ではClensCfragmentationの効果が得られにくくなり,過熟白内障症例ではほぼ切開不可能となる.C5.Cornealincision主創口切開Cprimaryincisionはトンネル幅,トンネル長のほか,anterior/posteriorCsideCcutangleの設定によりC3面切開とすることが可能であるが,水晶体の切開と比べ注意を要する点がある.一つは切開位置であるが,上方切開を行う場合,老人環や結膜血管侵入があるとレーザーが減衰するため,切開が不十分で開創不全となる.エネルギー設定を高くすることである程度対応可能であるが限界があり,また後述する創口閉鎖不全の原因となる.そのため上方切開を選択する場合は,術前に切開予定位置の角膜透見性を確認し,レーザー減衰が危惧される場合は混濁のない内方(角膜中央側)または左右に切開位置を変える必要があり,それもむずかしい場合は従来のメスによるマニュアル切開が望ましい.筆者はレーザーで創口作製をする場合,透見性の得られやすい耳側で行うこととしている.また,後述するCAKを行う場合,レーザーの安全上の設計から二つの角膜切開を近い位置で設定できないため,創口切開位置とCAK位置が同方向である場合は,同様に切開創をマニュアル作成する必要となる.もう一つは創口閉鎖不全である.フェムトセカンドレーザーでの切開創は,メスによるマニュアル切開と比べ,手術終了時の創口閉鎖が得られにくいという問題点があるが,この原因のひとつに切開エネルギー設定値が関係している.Primaryincisionでのエネルギーの初期設定値はCLenSxCRでC6.0CμJ,CatalysCRでC5.0CμJとなっている.一方,白内障用の機種が使用可能となる以前から使用している角膜切開用のフェムトセカンドレーザーでは,LASIKフラップの作製時はC0.6CμJ,角膜移植でC2.0μJの設定で十分な切開が得られている.高エネルギー量での切開では創口負荷後の創拡大,創口不整が低エネルギーに比べ顕著であるという報告があり12),自験例でもC1.0CμJの設定値で透明角膜では容易な開創を維持したまま良好な創閉鎖を得られるようになった.そのほか,CatalysCRではCposteriorCsideCcutangleをC90°以上に設定することができ,3面切開の方向を,メスによるマニュアル切開では不可能な角膜中央側から周辺側とすることで良好な閉鎖が得られやすくなるとされている.最後に,創口位置の設定誤差がある.外方切開位置が輪部を超えて結膜にかかれば切開不良となり,逆に輪部より中央側に入りすぎると角膜内皮障害や視機能への影響が生じる.そのため輪部に近い透明角膜での切開が理想であるが,②での切開位置設定と,実際に切開された位置に解離が生じる場合がある.症例によるモニター上の見え方の差などが原因として考えられるが,LenSxCRではCVerionCImageCGuidedCSystemRデータの利用や,最新のバージョンアップではCOCTで角膜輪部の断層像をより詳細に表示することが可能となり,位置ずれ予防が図られている.C6.乱視矯正角膜切開白内障用フェムトセカンドレーザーではCAKプログラムが搭載されており,同時施行による乱視軽減が可能である.フェムトセカンドレーザーでは従来のマニュアル切開と比べ,均一な切開幅,深度,位置,角度を得ることが可能となり,再現性のある結果が得られる.また,切開位置を角膜実質内に設定することにより,マニュアル切開では不可能な,角膜上皮を傷つけずに実質のみを切開することが可能である.フェムトセカンドレーザーでは角膜上皮まで切り上げる方法と,この角膜実質内切開(intrastromalAK)の両方が選択できるが,CintrastromalAKでは,角膜上皮のバリア機能が温存され,術後疼痛の抑制と感染などの術後合併症リスクの減少,早期視機能の回復と安定性が利点とされている13).CIntrastromalAKの設定は機種によって異なり,CLenSxRの初期設定では,切開位置が直径C7Cmm,深さが前端は角膜上皮からC60Cμm,後端が角膜厚のC80%の深度で,角度は角膜上皮に対してC90°(垂直)となっている.切開幅はCShallhornのノモグラムから乱視矯正度数に応じて決定しており,矯正量が-1.25DまではC40°,1360あたらしい眼科Vol.C36,No.C11,2019(18)ab図4フェムトセカンドレーザー照射後の手術用顕微鏡下での所見a:LenSxRでの切開後.切開された前.は正円で前房内に遊離している.多数の気泡を前.下および.内に認める.b:CatalysRでの切開後.賽の目状に切開された水晶体核がみてとれる.--図5核処理終了時の残存皮質の状態マニュアル手術時と異なり,前.縁付近の残存皮質は全周前.縁直下より周辺側のみであり,中央側に遊離した皮質片は認めない.-

多焦点眼内レンズ

2019年11月30日 土曜日

多焦点眼内レンズMultifocalIntraocularLens大鹿哲郎*はじめに「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」はC2008年C7月に先進医療として承認され,それ以来,厚生労働省の認定を受けた医療機関で評価が行われている.手術そのものと眼内レンズの費用は患者の自己負担となるが,それ以外の診察・検査・薬剤などは保険診療でカバーされている.本制度は将来的な保険導入のための評価を行うものとして,未だ保険診療の対象に至らない先進的な医療技術などと保険診療との併用を認めたものであり,実施している保険医療機関は定期的に施行結果を報告することが求められている.その報告に基づきC2年ごとに評価が行われ,先進医療での評価を続けるのか,評価を終えるのかが判断される.CI2020年3月を迎えて「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」は,本稿執筆時点でC900を超える施設で先進医療として行われており,年間(2017年7月1日~2018年6月30日)の実施件数はC23,859件と報告されている.2018年C7月C1日~2019年C6月C30日の統計はまだ公表されていないが,恐らく前年の数倍の施行数となるのではないかと考えられている.多焦点眼内レンズの実施施設数と症例数は,他の先進医療技術を圧倒的に上回るものであり,全科のなかで非常に目立っている(図1).実際,2年ごとに行われる先進医療の評価に際しては,毎回,多焦点眼内レンズを今後どうするのかが問題となり,評価を終えて保険診療に導入するのか,自由診療とするのか,議論が行われている.これまではその議論に決着がつかず,先進医療で評価を継続するという判断となっていたが,2020年C3月で先進医療の枠組みでの評価がC12年に達することから,そろそろ決着すべきであるという各方面の意見がこれまでになく強い.CIIこれまでの評価の経過一般に知られているように,多焦点眼内レンズを挿入した症例では,グレア,ハロー,waxyvision,コントラスト低下などの不具合が一定の割合で発生する.わが国での検討では,多焦点眼内レンズ挿入例のうち不満例はC6.7%で,コントラスト感度低下が原因と思われる自覚的な見え方への訴えが多かったと報告されている1).また,海外の検討では,多焦点眼内レンズ不満症例のうちC4~7%で摘出が行われたとされる2,3).こういった状況では本技術を保険導入することはむずかしく,先進医療での評価を続行することが必要とされてきた.また,2015~2016年には,アルコン社の多焦点眼内レンズ挿入眼にCsubacute-onsettoxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)が多数生じるというでき事があった4).この際,先進医療であるにもかかわらず不具合が当局に報告されなかったことが問題とされ,その点を改善するために先進医療の結論が先送りされたという経緯*TetsuroOshika:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕大鹿哲郎:〒305-8575茨城県つくば市天王台C1-1-1筑波大学医学医療系眼科C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(9)C1351多焦点眼内レンズ陽子線治療重粒子線治療MRI前立腺生検ウイルス眼感染症PCR高周波子宮腺筋症核出術内視鏡下ロボット胃切除術抗悪性腫瘍剤薬剤耐性遺伝子腹腔鏡下広汎子宮全摘術歯科バイオリジェネレーション内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術腹腔鏡下傍大動脈リンパ節郭清S-1内服シスプラチン,胃癌腹腔鏡下センチネルリンパ腺生検FDGポジトロン+アルツハイマー診断MK細胞免疫療法,肺癌細菌真菌眼感染症PCRリツキマシブ,ネフローゼ内視鏡ロボット,子宮頸癌神経変性疾患の遺伝子診断05,00010,00015,00020,00025,000図1先進医療(A,B)92種類の年間実施件数2017年C7月C1日~2018年C6月C30日の実施件数を多いほうから順に並べたもの.図2可能性のある選択肢図3各団体・関係者の関連図

羊膜移植

2019年11月30日 土曜日

羊膜移植AmnioticMembraneTransplantation宮腰晃央*はじめに羊膜移植は眼表面再建に有用であるが,現在使用されている凍結保存羊膜には持ち込み感染の可能性や冷凍保存の煩雑さという問題点が指摘されてきた.これらの問題点を克服するために乾燥羊膜が提唱され,製造方法に関するさまざまな研究が進んできている.富山大学再生医学講座はハイパードライヒト乾燥羊膜(hyper-dryChumanCamnioticmembrane:HD羊膜)を開発し,2016年C1月には再発翼状片に対するCHD羊膜を用いた眼表面再建術が先進医療に承認された.本稿ではCHD羊膜の実際や可能性,今後の課題について紹介する.CI羊膜移植の歴史羊膜は胎盤の最内層を形成する半透明な膜である.組織学的には,単層の円柱上皮,基底膜,実質(海綿層と緻密層)のC3層から構成されている.羊膜には細胞が接着する足場として重要なコラーゲンCIVやラミニンなどの基底膜成分や,細胞の増殖・分化に必要な成長因子が豊富に含まれ,抗炎症,線維化や瘢痕の抑制,血管新生抑制などの作用がある.また,羊膜には血管成分がないため,移植後に拒絶反応を起こすことはまずないといわれている(表1).そのため,羊膜は以前より腟再建や皮膚熱傷後の被覆,腹部手術の際の癒着防止などに応用されてきた.眼科領域では,1995年にCKimとCTsengが家兎眼を用いて難治性眼表面疾患に対する羊膜移植の有用性を初めて報告した1).日本でもC1996年にCTsubotaらが,眼類天疱瘡とCStevens-Johnson症候群に対して羊膜移植が有用であると報告した2).羊膜移植はその後も再発翼状片をはじめとした難治性眼表面疾患に広く用いられてきており,2014年C4月には保険収載されている.しかし,現在用いられている羊膜は凍結保存されており,その問題点もいくつか指摘されている.CIIなぜHD羊膜なのか凍結保存羊膜の問題点は二つある(表2).持ち込み感染症と冷凍保存の煩雑さである.羊膜移植術後の感染症の発生頻度はC3.4%であり3),わが国でもメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantCStaphylococcusaureus:MRSA)感染が報告されている4).また,羊膜の保存には高価で大型の専用冷凍設備(-80℃)が必要であり,どこでも簡単に扱えるものではない.これらの解決策として乾燥羊膜の概念が提唱され,製造方法に関するさまざまな研究が報告されてきた.NakamuraらはCg線照射によって滅菌化され,室温保存可能なCfreeze-driedCamnioticmembraneの臨床応用を初めて報告した5).富山大学再生医学講座ではCHD羊膜を開発した(図1)6).HD羊膜は冷蔵保存可能でCg線照射によって滅菌化されている.CIIIHD羊膜の作り方HD羊膜の作り方の模式図を図2に示す.*AkioMiyakoshi:富山大学大学院医学薬学研究部眼科学講座〔別刷請求先〕宮腰晃央:〒930-0194富山市杉谷C2630富山大学大学院医学薬学研究部眼科学講座C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(3)C1345表1羊膜の利点表2凍結保存羊膜の問題点図1ハイパードライヒト乾燥羊膜の外観乾燥材とともに滅菌梱包されたハイパードライヒト乾燥羊膜の外観(赤矢頭).このまま冷蔵庫に保存可能である.(宮腰晃央ら,ハイパードライヒト乾燥羊膜を用いた外科的再建術,臨床眼科第C72巻第C7号:2018年より許可を得て転載)図2ハイパードライヒト乾燥羊膜の作り方同意が得られた妊婦から帝王切開時に羊膜を採取する.採取後,ハイパードライデバイスにて乾燥させる.乾燥させた羊膜にCg線を照射し滅菌する.図3ハイパードライヒト乾燥羊膜は取り扱いが簡単a:内袋を清潔な器械台に出してそのままハサミで切ることができ,簡単に形をデザインすることができる.Cb:凍結保存羊膜のように絡みつかないので,広げたまま簡単に移動させることができる.(宮腰晃央ら,ハイパードライヒト乾燥羊膜を用いた外科的再建術,臨床眼科第C72巻第C7号:2018年より許可を得て転載)図4再発翼状片に対するハイパードライヒト乾燥羊膜移植術前後の状態a:充血が強く,増殖組織が厚い再発翼状片.b:術後C1年.再発を認めず,鎮静化している.図5再発翼状片に対するハイパードライヒト乾燥羊膜移植の術式a:マーキング.b:頭部・体部を.離し,増殖組織を切除する.c:内直筋を同定し,周囲の増殖組織を除去する.Cd:5,000倍希釈ボスミンを浸したベンシーツで止血する.Ce:0.04%マイトマイシンCCを浸したベンシーツを結膜下にC3分間留置する.Cf:350Cmlの生理食塩水で洗浄する.Cg:露出した強膜上にハイパードライヒト乾燥羊膜を10-0ナイロン糸で縫合する.Ch:翼状片断端を翻転させてC6-0バイクリル糸でC2糸縫合する.Ci:角膜上の翼状片残存組織をゴルフ刀を用いてこすりとり,手術を終了する.その後,ベンシーツに浸したC0.04%マイトマイシンCをC3分間,結膜下に挿入する.強膜から染み出てきた血液をこまめに拭きとり,また露出強膜にベンシーツが接触しないようにも注意する.最後にC350Cmlの生理食塩水でマイトマイシンCCを洗浄する.C4.HD羊膜移植器械台の上でCHD羊膜の表裏を確認し,術野に運ぶ.基底膜側を下にして露出強膜の上にCHD羊膜を置き,少し水分を加える.数分たちCHD羊膜のごわつきが和らいできたら,なるべく強膜に密着させるようにC10-0ナイロン糸で縫合していく.C5.翼状片断端の翻転縫合翼状片断端は翻転させてC6-0バイクリル糸でC2糸縫合し,断端部にテンションがかかるようにしている.C6.残存組織の除去角膜上の翼状片残存組織をゴルフ刀を用いてこすりとる.眼球運動に問題がないこと,縫合離開が生じないことを確認した後,デキサメタゾンを結膜下注射し,治療用ソフトコンタクトレンズを装着させて手術終了とする.C7.術後管理術後は消炎目的のC0.1%ベタメタゾン点眼(1日C4回)をC3カ月,その後はC0.1%フルオロメトロン(1日C4回)に変更し,術後半年まで継続する.治療用ソフトコンタクトレンズは術後C1.2週間装着し,上皮化が得られればはずす.術後C1カ月の時点で可及的に抜糸を施行し,感染予防目的の抗菌薬点眼もこの時点で終了とする.充血が強く,強い炎症・増殖が疑われる場合にはこのかぎりではない.ステロイドレスポンダーでは,カルテオロール塩酸塩点眼を追加し,なるべくC0.1%ベタメタゾン点眼は継続するようにしている.再々発を予防するために,なによりも消炎を優先している.なお,免疫抑制薬の内服や点眼までは行っていない.8.合併症これまでCHD羊膜移植に起因する感染症や拒絶反応,前房蓄膿を伴う無菌性免疫反応を認めたことはない.CVIIHD羊膜の課題HD羊膜は水分を加えることで新鮮羊膜の形態に戻る.しかし,羊膜の乾燥過程で微細構造に損傷が生じ,重鎖ヒアルロン酸複合体,ペントラキシンC3,高分子ヒアルロン酸などの主要蛋白質が消失したとの報告もある8).HD羊膜の乾燥過程においてこれらの蛋白質が消失しているかどうかは,まだ検討されていない.さらに,HD羊膜においてこれらの蛋白質が消失していたとして,臨床的にどこまで影響があるかは不明である.しかし,HD羊膜の抗炎症作用や長期安全性に関して,今後は凍結保存羊膜との比較検討が必要になってくるだろう.CVIIIまとめ1.HD羊膜はCg線滅菌されており,冷蔵保存も可能である.2.HD羊膜は裁断・移動が容易で,取りあつかいが簡便である.3.「増殖組織が角膜輪部を超える再発翼状片」に対して,HD羊膜移植が先進医療に承認されている.4.HD羊膜特有の合併症はなく,凍結保存羊膜移植と同様の成績が期待できる.5.安全性や倫理面に注意しながら基礎データを集積し,さらなる臨床応用が期待される.文献1)KimCJC,CTsengSC:TransplantationCofCpreservedChumanCamnioticmembraneforsurfacereconstructioninseverelydamagedrabbitcornea.Cornea14:473-484,C19952)TsubotaCK,CSatakeCY,COhyamaCMCetal:SurgicalCrecon-structionCofCtheCocularCsurfaceCinCadvancedCocularCcicatri-cialCpemphigoidCandCStevens-JohnsonCsyndrome.CAmJOphthalmolC122:38-52,C19963)MarangonCFB,CAlfonsoCEC,CMillerCDCetal:IncidenceCofCmicrobialCinfectionCafterCamnioticCmembraneCtransplanta-tion.CorneaC23:264-269,C2004(7)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1349-

序説:眼科の先進的医療UP to Date

2019年11月30日 土曜日

眼科の先進的医療UPtoDateAdvancedMedicalCareinOphthalmology外園千恵*溝田淳**現行の治療では治らない疾患,十分に治療できない病態が多々存在する.それらを解決すべく,さまざまな研究が行われるが,臨床の現場に結びつくものは決して多いとはいえない.本特集では,いわゆる“frombenchtoclinic(基礎から臨床へ)”が実現したもの,あるいは実現しつつあるものを取りあげ,実際に行われてきた「先進医療」に加えて,遠くないうちに医療に組み込まれる可能性の高い先進的な医療を紹介する.本特集の9個のトピックスのうち,羊膜移植,多焦点眼内レンズ,角膜ジストロフィーの遺伝子解析,MuliplexPCR,重粒子線治療は,国の「先進医療」として過去に実施された,あるいは現在実施中のものである.「先進医療」とは国民の安全性を確保し,国民の選択肢を広げて利便性を向上するという観点から,保険診療との併用を国が認めたものである.症例数を重ねるなかで,その有用性と安全性が評価されれば,保険診療での実施が可能となる.実際に羊膜移植は先進医療後に保険収載となり,現在では9箇所の組織バンクが安定した供給を行っている.多焦点眼内レンズは承認施設が際立って多い先進医療であり,白内障手術と密接に関係することから眼科の医療経済への影響が大きく,今後の動向が注目される.同様にフェムトセカンドレーザー白内障手術も注目される技術である.設備投資が必要なことから誰でもできるわけではないが,興味のある眼科医も多いであろう.角膜ジストロフィーの遺伝子解析は角膜混濁の進行や治療後の予後の予測に役立っており,MuliplexPCRは原因不明のぶどう膜炎あるいは術後眼内炎などの迅速診断に威力を発揮してきた.いずれも有用性がほぼ確立されたと思われるが,どの企業が解析を行うか,解析にかかる費用,適応疾患の範囲をどうするか,必要とする患者数はどのくらいか,などの検討すべき課題がある.言い換えれば,企業にとってのリスクとベネフィット,保険収載した場合の医療費への影響が,先進医療を次のステップに進めるうえでのハードルと考えられる.遺伝性網膜変性にかかわる遺伝子がつぎつぎと報告されてきたが,網膜変性と遺伝子の関係を俯瞰して捉えることはむずかしい.系統立った遺伝子診断を行えれば,早期発見,早期診断につながり,さらには予後の改善に役立つ.本特集の「遺伝性網膜変性の遺伝子診断」が,皆さまの理解の一助となることを期待する.網膜変性疾患の遺伝子治療は,予後を変える画期的かつ根本的な治療法として国際的にも注目されている.国内ですでに医師主導治験が進行中であり,予後不良な遺伝性網膜変性の患者を前*ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**AtsushiMizota:帝京大学医学部眼科学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(1)1343